2012年07月29日

狂気か、愛か。荒川が燃えた史上最高の二日間~荒川区民オペラ「マクベス」の大隅智佳子と板波利加

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予想通りでありまた、予想以上だった。主役のプリマの二人に関しては、恐らく日本のオペラ・声楽史上、これ以上のハイレベルなWキャスト競演はあるまい。いや、世界でも殆ど困難だろう。

とにかく、日本人の場合、今までどれだけ無理に頑張って歌っているマクベス夫人を聴かされて来たか。もう、歴史は動いたのだ。

それにしても初日の大隅さんの、あまりの絶対的完全さには感嘆した。ただ、既に多くの人に完全無欠ソプラノの様に言われるが、今までなら私は、常に厳しい注文をつけて来た。杉並で何年か前、ヴェルレクをやった時も、世界中の大ソプラノが必ずミスる所も含めて、取り敢えずノーミスで歌ったにも拘わらず、「あなたは“響かせ”に行っちゃってるけど、ヴェルディとしてそれだけでいいの?」と言った。

やはり絶賛された和光のデズデーモナに関しては、もっとシビアな駄目出しをして、彼女は本当にそれに真摯に応えてくれた。

要は彼女、言葉のコントラストが弱かったのだ。「エミーリア!」と言ったって、和光の二階からは「ママーママ」としか聴こえなかった。

それから考えたら、今回のオースミの、特に宴の所の響きなんて、超絶的なまでに最高だった。

あるソプラノはこう言った。「もし、オースミさんに、そういう課題があるならば、それが克服された時は、響きまで全体として変わっているはずです」。そう、変わっていた。明らかに響きのキレが、前より強いのだ。東敦子先生みたいに、本番前にキレを上げる為に、わざとステーキ食ったかは知らないが(笑)。まああのオースミちゃんが、そんなしちめんどくさい事をするとも思えねえが(笑)、しかし、スーパーソプラノになればなる程、秋にヴェルレクでの共演が待っている、小林研一郎さんの注文は厳しくなろう。

要は明確性が確立しても、今度はそこに円やかさを乗せろとか、そこは地声にしろとか(地声は最強生野やよいには言っても、オースミには言わないかな。美質の掴み方は、コバケンだって心得ている)、まあとにかく大変だよ、とは昨夜、本番後のオースミに言ったら、「あたしゃ最近はもう、ただ歌うんだってめんどくさいんだからさあ」と来やがった(笑)。

皆さん、くれぐれも本気にしない様に。オースミって、わざとそういう事言うの(笑)。こんなに真っ直ぐで熱い女いないのに、わざとそういう事言う彼女が、私は本当に大好きなんです。

さて、そのオースミでも、あの「血の手洗い」のとこだけは、かなりなハードルになると思ったが、見事な内面の怯えの表出だった。だから初日が終わった時、私は、そのオースミが「本当のヴェルディ」として認める板波でも、水準的に拮抗するのは難しいだろうとさえ思った。

何故なら、板波ちゃんはここんとこ、“心うるわしい”女を演じ続けているイメージがあったからだ。

ところが板波は、やはり伝家の宝刀をここに来て抜いて来た。ハッキリ言って、その血のたぎり、迫力、とてもじゃないが、誰が束になっても敵うものではない。

その言葉の入り込みへの凄さは、例の宴の時、バンコーの亡霊を見て怯えるマクベスを見た後で、再度宴の歌を始めた時、その中にひきつった震えを入れるという念の入れ様にも現れる。だから一見、オースミより更に入り込んだ劇性にも見えるのだが、オースミはそこで怯えがそこまで出ない事が、最後の手洗いでのひきつりを、慄然としたものとして見せる事にも繋がっているのだ。

ところがだ。板波の手洗いは、自分の狂気の収拾がつかなくなっている事を表現する以上に、そこでもまだ、旦那のマクベスの事を徹底的に思い抜いている事へのエネルギーが強く出ている。狂気の中に尚かつ、愛を表出させずにはおかない、我等が板波魂が、ここでも爆発したのだ。

私は、こういう板波利加ちゃんが、本当に大好きなのである(お前、本当はどっちが好きなんだという突っ込みは、この際なしという事で(笑))。

マクベスについては、品格ある響きを崩さずに、ひ弱だった所から、決然と修羅の道へ進む所を上手く表現した、初日の井上雅人さんも健闘したが、そういう表現に加えて、修羅の道の中での孤独の様な境地までを表現し得ていた、二日目の秋山隆典さんを大殊勲としたい。これ程素晴らしい表現力は、日本人のヴェルディでは、なかなかお目にかかれないと申し上げて、何の誇張もあるまい。

思えば秋山さんは、汐澤安彦さんのあの96年の“稲妻の第九”でも、また、やよいさんのマッダレーナの時のジェラールでも登場している。何故か、私の人生のポイント・ポイントに現れる方だ。

マクダフでは、初日の田代誠さんの迫力も素晴らしかったが、個人的には、響きがより絞れている二日目の川久保博史さんの方が、私の好みではある。但し、今日の川久保さんの声の伸びは、明らかに彼のベストではない。また来月の新宿区民オペラで健闘されん事を期待したい。

指揮の小崎雅弘さんは、レオンカヴァッロのボエームの日本初演(今尾滋・田島茂代・堪山貴子他)以来8年振りだが(会場には若杉先生もお見えで、少しお話しした想い出もある)、別人の様に逞しくなられた。もっと劇的に煽るテンポもありうるが、決め所などは入魂の迫力である。ただ、オケの出来は二日目が圧倒的に上。

他には、台湾から来られて藤原歌劇団の団員になられているという、ジュリアン・ローさん(二日目のバンコー)が印象に残った。

尚、通常ならカットされるバレエをちゃんとやったり、区民交響楽団でオペラをやり遂げたり、荒川区って素晴らしなと、御世辞抜きに思ったものである。

私にとっても多くの方にとっても、これ以上ない二日間だったのではあるまいか。


smj_ohkanda at 22:12│Comments(4)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 音楽 

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この記事へのコメント

1. Posted by 初日マクベス   2012年07月30日 01:30
ご来場ありがとうございました!
二日目は私も客席にて「マクベス」を味わう事ができました。
2. Posted by 大神田   2012年07月30日 01:57
5 勝手な事を書いて、失礼しております。

しかし、日本文化史に残る、大イベントだったと、信じております。

これからも、ご活躍を御祈り致します!。
3. Posted by 初日マクベス   2012年07月30日 09:42
いえ、実際に観られた方の感想はさらに進むための大事な材料の一つです。大変有り難く読ませていただきました。
ありがとうございます。
4. Posted by 大神田   2012年07月30日 09:56
5 恐縮です(汗)。

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