昨日更新した日記を読み返すと、
自分が錯乱しているのがよくわかってなんだかお恥ずかしい限りです。








話が煮詰まってここ二日程寝ていなかったのですが、
夕べはぐっすり眠る事が出来ました。



おかげで気持ちが凛として過ごせています。





先ほど大切な方へ送らせていただいたメッセージから抜粋し、
こちらにも載せさせていただくことにいたしました。

そうした方が自分にとっても
冷静に振り返れる良い機会だとも思います。




事態が急展開したのは、
夫が昨年11月にバイクで事故に遭ったという事からでした。


相手が車で飛び出してきた事故で、バイクで直進中の夫は転倒し、重傷を負いました。




三カ所の骨折をしており、手術によって骨折している鎖骨をプレートでとめ、一ヶ月強の入院を余儀なくされました。


事故の時、救急車で夫についていた私は夫の事を大切な家族だと確信しました。
以来、可能な限り夫の病室へ訪れ、精一杯看病しました。

それまで二人の溝の深さに自覚があったのか、
私のその行為は夫にとって想像以上だったようでした。






しかしその一方、夫は病院で沢山の闘病中の患者さん達を見ているうちに、
月に何度も体調を崩す私の姿、過去を乗り越えられない私の姿勢が、
ただの甘えに見えてくるようになったと言いました。





同時に、夫は自分が六年間もの結婚生活の中で、私の後ろ向きな性格をまったく変えられなかった事に失望していました。

これ以上自分が努力をしても私の成長は見込めないという結論に達した夫は、今回の件ではっきりと私に言いました。





私には足りないもの多すぎる。

成長意欲が無さすぎる、と。







足りないものとは、思いやり、素直さ、情熱、相手を包み込む女性らしさだそうです。

続けて夫は言いました。
病院でお世話になった看護師さんと比べ、私は怠けていて、劣っている、と。









それは明らかに私への存在意義の疑問視でした。



私は夫の言葉に自分のすべてを否定されたような気持ちになり、深く傷付きました。

なぜそのようにひどいことが言えるのか、私にはまったく理解ができませんでした。





夫いわく、そもそもそうやって人が傷付くのは、自分が相手からヒドイことを言われた、という身勝手で強い思い込みから始まるのだそうです。






そして、つまりそれは被害者意識以外の何物でもないのだそうです。










夫は言いました。

お前が今の性格、生活態度を180度改めない限り、結婚生活の継続は困難だと。

そして現在、私たちの夫婦関係は事実上破綻しているとも言いました。






私は驚愕しました。


私と夫の価値観がこれほどまでに食い違ってしまっていたことに。

私が思っていると同等の違和感を、
夫もまた長い間、私に感じていたことに。







夫は、これは自分が結婚生活の中で変化し続けた成果なのだと言いました。


つまり、自分は素晴らしく変化したが、
妻の私は何も変わっていないという事がすさまじく危機的な状況を招いている。

私が変わらないという事は退化していっている事と同じなのだと。





成長していく自分(夫)。
退化していく私(妻)。





二人の溝は深まっていくのは当然なのだと。














夫の口から出てくる全ての言葉に驚き、
落胆を隠しきれなかった私は最後の力を振り絞って尋ねました。




では、それほどまでに成長できたあなたには果たして思いやりはあるのかと。

私にだけではなく、
他者に対しても厳しい夫。




どれほど客観的に見たとしても、
寛容なのは自分の欠点に対してだけのように見えて仕方がないのです。






夫は自信に満ちた表情で、
マイナスの感情しか抱こうとしない者にかける思いやりは、
実質上の思い遣りではない、と言いました。
だから思いやる必要がないのだと。




要するに思いやりの定義、根本から覆して認識してしまっているのです。





もはやそこには私の理解できる答えは存在していませんでした。



夫の視点からすると、
夫は上しかみておらず。
私は下しか見ていない。



その事態を重く受け止めていた夫は、
私を上に引き上げようと、健やかな心になるように
日々鍛えようとしていたそうです。






辛い悲しい過去をいつまでもダラダラと引きずって何になる?
何かそれでいい事はあるのか?

と、逆に聞かれました。







私は好きで過去に捕われているわけでないと言いました。







残念な事に、夫はそれがもっとも理解出来ないようです。

むしろ夫の目に映るそんな私の姿は、
向上心もなく、
逃げ道と言い訳づくりに余念のない、廃人同様なのでした。





プラスになる感情しか抱かなくてもよいではないか。
そのように無意味なことで苦しむのはおろかであり、
苦しむのは成長に伴うことだけでよろしい、と。






こういう理屈のかたまりのような夫と話をする事に、私はいい加減にすっかりやつれ、疲れてしまいました。


私は思うのです。

もしも万が一、彼が、子供のころ虐待にあっていたら。

親に捨てられていたら。

配偶者に理解することを拒否されたら。





今と同じことが言えていたのだろうか?と。






彼から言わせれば、そもそもそういう考え自体が無意味で、正解のない答えを求める行為自体が愚かしいのです。








結婚当初から理屈っぽくはありましたし今より荒々しい性格でしたが、
よもやここまで理屈っぽくなかったのです。




今が結婚前ならば、間違いなく彼との結婚を決意したりはしないと思います。

きっとお互いさまなのでしょうけれど。









夫は自分で、昔の自分の性格のままならば、
とっくにお前とは離婚していると言いました。




自分の飛躍的な成長のおかげでここまで結婚生活が維持できたのだと断言します。

だからこそお前を変えてやりたかった、と。

自分の力不足でもある、申し訳なかった、と。







私は実質、夫への理想と願望に愛情を抱いてしまっていたようです。

信じた道を否定することはしたくありません。
無駄だなんて、少しも思わない。





あのころの私は精一杯考え、悩み、信じ、彼を愛しました。

それだけで十分なのです。









話し合いは明日の日曜日まで行う予定です。
















大変長くなりましたが、夫と私が別居を決意した大まかな理由です。








夫はただでさえ自分は成長しているが、
さらに進歩するためにこれまで意地でもしようとしなかった料理に関心を持ち始めていると言っています。


そうして自分の意志が貫かれた事に気をよくしているのか、ご機嫌で台所に立とうとする夫。





正直に言うと、今、私は夫が気味が悪くて仕方ありません。




どれほど本音を明かしても、届かない、心の通じない恐怖が、
確実に私を襲ってくるのです。












できることならば一刻も早く離れ、夫のいない生活の練習をしたいです。

当然、こんな状態ならば私たちはきっと別居した方が断然いいのですよね。















今日も重々しい内容ですみません。

読みづらい文章を最後まで読んでくださりありがとうございます。。m(_ _)m







もっとがんばれ〜〜〜☆↓っていう心優しい方↓はクリックしてね<複数でも可>
人気ブログ・ランキングfc2 ブログランキングみんなのプロフィール人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ブログランキング・にほんブログ村へ

ブログ検索☆BITZ