2007年09月04日

澤田実のチャレンジ 黒部横断 11時間18分

このチャレンジは2004年3月にチーム84の澤田実氏によっておこなわれた、多分、日本で最初のスピードチャレンジです。
kurobe
2004年3月17日、21日
澤田実(山岳同人チーム84)

3月の初め、スペインで行われた山スキーの世界選手権に参加してきた。そこでの経験は、私に全く新しい知見を与えてくれた。それは、山スキーでも斜面を駆け上がれるということ。夏のクロスカントリーレースのように、まさに野山を駆け巡れるということだ。
もちろん、それにはそれ相応の準備が要る。軽くて歩きやすいスキー、動きやすいウエア、荷物を最小限に抑えるための技術、そして体力など。それらが揃えば、これまで誰も思いもしなかったスピードで、山を登り下ってくることができる。私が山スキーの世界選手権で得たものは、その想像力であった。

世界選手権の最中から、挑戦してみたいと考えていた計画があった。それは黒部の最短時間横断。今回の道具と経験、体力を持ってすれば、これまでとは全く違った横断ができると確信していた。
今回のルートの概要を説明すると、車で入れる最奥の日向山ゲート(長野県大町市 標高1000m)から扇沢(標高1420m)を経て針ノ木峠(標高2536m)まで登り、針ノ木谷を滑って黒部湖(標高1430m)を渡り、中ノ谷からザラ峠(標高2348m)まで上がって、湯川谷を地鉄立山駅(富山県立山町 標高480m)まで滑る。水平移動距離は38kmほど、登りの標高差は累計2454m、下りは2974mである。

今回の挑戦にあたり、重要なのが装備である。すべて世界選手権の時と同じものを使った。ブーツはディナフィットの軽量兼用靴。スキーは、テック機構のビンディング(ディナフィットのツアーライトテック)が付いた軽量スキーである。これは軽さもさることながら、歩行時のつま先の支点位置が指先の真下にきて、とても歩きやすい。ストックは、腕による「漕ぎ」が有効に生かせる140cmのクロカン用のもの。また看過できないのはウエアで、クロスカントリースキー用のレーシングスーツを着用した。体に密着するタイプのもので、私も今大会で初めて使ったのだが、体の動きが楽で10%はパフォーマンスアップする。
あとは最低限の装備と食料をザックに詰めて、東京を出た。

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<一回目の挑戦 3月17日>
記録 14時間13分
日向山ゲート発4:50―8:18針ノ木峠8:28―12:12ザラ峠12:25―19:03立山駅


前日のうちに信濃大町に入り、駅で仮眠をとる。朝、タクシーで日向山ゲートへ。ゲートにタッチして4時50分出発。運動靴でどんどん飛ばす。時々走ったりもする。そう、これは持久系サバイバルゲームではなく、中距離走なのだ。
扇沢で靴を履きかえ、身支度を整えて出発。針ノ木雪渓は、表面のザラメが凍って硬いバーンになっていた。世界選手権の有力選手達が使っていたのと同じシールは、予想外に滑りが悪かったが、ラッセルは無いに等しいので、ペースは悪くない。マヤクボ沢分岐手前で、溜まった雪にシールが利かず、アイゼンに切り替える。アイゼンを履くと歩幅が縮むので、ペースは落ちた気がした。
針ノ木峠で、エネルギージェルを一本飲む。峠からの下りもアイスバーンだったが、スキーの速さを最大限利用しなければ、この挑戦にも意味がない。カリカリのバーンも、エッジの利かせ方が分かればどんどんスピードを上げた。カッコいいターンなどしない。バーン全体を使って、斜滑降と横滑りを交えたギルランデのような要領で、標高を落としていく。谷のU字型の地形などは最大限利用し、出過ぎたスピードを反対斜面の登りで殺して、また反対斜面へ直滑降する。大腿筋が痛くなってくるが、なるべく止まらないように滑った。途中、雪が繋がっていないところで一回と渡渉で二回、スキーを脱いだ。
順調に黒部湖まで滑ってきたが、なんと黒部湖は川になっていた。湖面を歩けるという期待は裏切られ、代わりに渡渉できるかという不安が浮上する。さいわい水量は少なく、どこでも渡渉できそうだ。靴を脱いで裸足になって川を渡る。この黒部らしさが面白い。世界選手権の選手達にこのルートを走らせたら、何と言うだろうか。
中ノ谷は下部ゴルジュが心配であったが、しっかり雪に埋もれており、雪崩もなく無事通過。上部はU字型の明るく開けた谷で、とても気持ちがいい。どうにか2時間以内で登りきる。ザラ峠で写真を数枚撮り、少しゆっくりする。まだ12時半前。密かに目標にしていた10時間も夢ではない。雪の付いていない斜面を30mくらいつぼ足で下り、スキーを履く。雪は日射で弛んで重いザラメとなっている。足を取られてけがをしないように慎重に高度を落としていく。
ただひたすらに滑る。標高1100mあたりから、川沿いに下るのは難しそうに見えたので、地図に載っている工事用鉄道の軌道を利用しようと考えた。が、それが失敗だった。橋で右岸に渡り、トンネルに入ったものの行き止まり。戻って脇の斜面をシールで登って、トンネルの上を越す。その先も軌道をたどるが、またもやトンネル部分で不明に。樹林の斜面を巻いて越す。さらにショートカットしようと欲張って谷を下ると、滝で下降不能となり、またシールで登り返す。いつしか川原が開けていることに気づいて下りてみると、そこには道があった。
道はずっと続いており、途中からは古いスキートレースも出てきた。最後はヘッドランプの明かりで立山駅へ。14時間13分での完走。身も心も疲れ果てたゴールであった。
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翌日、東京に戻って、昨年に中根穂高さんが行ったザラ峠越えの記録を読んでみた。するとそこには、湯川谷から常願寺川の下りは地図にない作業道があり、快適に滑って下れた、ということが書いてあった。それを知ったとたんに、私の中には猛烈な後悔と再挑戦への欲求が沸きあがって来た。さっそく中根さんを訪ね、ルートについて伺う。そして21日の再挑戦を決意した。最短時間記録に挑戦するのだから、これからどんな強者が挑戦しても、はね返すだけの記録にしなければ意味がない。

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<二回目の挑戦 3月21日>
記録 11時間18分

日向山ゲート発5:10―8:41針ノ木峠8:52―12:45ザラ峠12:58―16:28立山駅


今回は大町まで夜行バスを使った。バスの中で泊まれるので、インナーシュラフを省くことができる。ゲートで写真を撮った後、5時10分スタート。荷物の重さは前回と変わらないが、さすがに4日前の横断の疲れからか、体がやや重い。それでも前回より2分早い、1時間4分で扇沢に着いた。
この4日の間の降雪で、針ノ木雪渓は多少のラッセルがあった。しかしその分シール登行には向いていて、マヤクボ沢分岐の上までスキーで登る。最後はアイゼンに履き替えて、風で溜まった雪のラッセルに喘ぎながら、針ノ木峠に着く。前回より気温が低く、キャメルバックのドリンクはずっと凍ったままだった。
今回の下りは新雪が載ってはいるが、場所によってアイスバーンが出ていたり、ウィンドパックされて締まっていたりと、滑りにくかった。前回ほど飛ばせない。本谷に下りてからはヒールフリーにして漕ぎ滑る。すると不意に前に転倒し、左手親指を捻挫した。骨折でなくて良かった。黒部の谷の中では携帯も無線も通じないので、大きなけがはしたくない。
黒部川の渡渉はもはや考えることもなく、黙々と作業としてこなす。それでも前回より11分早いだけの42分かかった。中ノ谷の登りでは前回より8分遅れの2時間5分。全体的に見ると、前回よりペースは落ちている。積雪などルート状況の違いもあるが、疲れもあるのだろう。その遅れを、シール脱着や渡渉など、二回目の要領の良さでカバーしている。
ザラ峠ではゆっくり休み、パンも食べる。やはりこれくらい動くと、シャリバテがくる。下り始めの斜面は硬そうだったのでアイゼンで下りた。雪面に出たところでスキーに履き替え、どんどん高度を下げる。川が口を開けはじめてくると右岸に沿って滑り、1330mの広場まで順調に出る。大きな堰堤を越え、板の外されたつり橋を渡って右岸へ。その先1120mの橋までは、前回のトレースを追って右岸を行った。橋を渡って道沿いに行くと、中根さんから聞いていたように、川沿いの道に繋がっていた。
あとはがんばるのみである。左手親指の捻挫が痛いが、なるべく衝撃を与えないようにストックを漕ぐ。左足の脛が靴のどこかにあたって痛いが、締め具をすべて開放しても痛いので、耐えるしかない。とにかく休まずに漕ぎ滑る。
立山の町の建物群が見えてきた。悔いのないようにと、痛い足にかまわず飛ばし、最後はスキーを手に持って近道を走る。16時28分立山駅着。11時間18分での完走。前回に比べると、湯川谷の下りを3時間以上縮めた。

なお、17時12分立山駅発の電車に乗ると、特急と新幹線を乗り継いで、その日のうちに東京に帰ることができた。夜行日帰り黒部横断となった。


時間にこだわった私の挑戦も、まずはこれくらいで納得せねばならないだろう。まだまだ湯川谷の下りでは早いルートがあるだろうし、雪質などの状況のいい時であれば、さらに好記録が望めると思う。しかし第一は体力。現在の私の実力では、このあたりが限界かと思う。山スキーの世界選手権で感じた衝撃と興奮を、自分の体で表現したい。そんな私の欲求は、こうして満たされた。


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