2017年01月23日

「物価水準の財政理論」は正しいが不適切

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2017年01月22日

物価水準の財政理論 メッセージは当たり前のこと

物価水準の財政理論が難しいとか、結論が革命的で、目からうろこだとか、ケインズの再来だとか、言っている専門家もいるが、現実の経済政策へのメッセージという点に関して言えば、それらはすべて間違っている。

少なくともミスリードだ。

現実へのメッセージは当たり前のことを言っているに過ぎない。

そして、それはとても基本的で、重要なことだ。

第一に、物価水準は金融政策だけでは決まらず、金融政策と財政政策の両方により決定される。

第二に、金利引き下げが不可能な場合には、金融緩和による物価の上昇の影響は弱まるから、物価上昇のためには、とりわけ財政政策、財政赤字の拡大が必要である。

第三に、量的緩和政策またはバランスシートポリシーと呼ばれる、中央銀行が保有リスク資産を大幅に拡大することによって物価水準を上昇させようとする政策は、将来の物価上昇つまり名目金利上昇により、損失が非常に大きくなり、この財政的な影響を考慮する必要があるが、財政面を考慮に入れない緩和拡大策はリスクが非常に大きい。そして、これは現実に十分に認識されていない。

第四に、そうなると、効果がなく、リスクが大きい量的緩和政策を闇雲に拡大するのは最も不適切な政策であり、量的緩和は止めて、財政赤字の拡大が長期に継続すると人々が信じるような政策を取ることが望ましい。

第五に、財政赤字の拡大が長期に継続する、と人々が信じることが重要であり、そうでないと、将来の増税を予期して、現在の消費の拡大は起きない。

***

これが、物価水準の財政理論の、現在の日本などへの政策的メッセージだ。

これに対し、賛否両論ある、と思われているが、それも誤りだ。

このメッセージは、誤りであり得ようがない。

絶対的に正しい。理論的には誰も否定できないはずだ。

かつてリフレ派と呼ばれた人々(それも専門家と一般に思われている人々)が、日本では、この理論の強力な支持者になっているようだが、彼らが明らかに間違っているのは(おそらく確信犯的に)、量的緩和は縮小すべき、というところを排除していることだ。

物価はマネタリーな現象ではなかった、と反省するところまではいいが、それなら、量的緩和は止めなければならず、縮小が必要なはずだ。そこには、触れず、異次元の金融緩和は残したまま、次は財政赤字拡大、というところだけ取る。

これはリフレ派とはポピュリストだ、というだけのことだ、という事実を踏まえれば何の驚きもないが、しかし、現実経済への副作用としては甚大な被害を引き起こす。

しかし、一方、物価水準の財政理論を非現実的だ、と非難する人々は、その多くは、財務省派と一般にみなされているが、実のところは、財務省派というよりは、アンチポピュリズムということであって、実は財務省の本質もアンチポピュリズムであるから、財務省的だ、という認識は正しいのだが、財務省派ではない。

それはいいとして、彼らの議論も間違っている。

物価水準の財政理論は、理論的にも、そして現実的にもどこも間違っていない。

現状でインフレを起こすためには、金融緩和では無理で、金融緩和は資産インフレだけを起こすのであり、資産バブルは起こせるが、実体経済の実物財のインフレを起こすことはできない。これは、実物への支出が増えなくてはインフレにならない。金利効果が現状の金融政策にない以上、それは政策で言えば、財政政策で行うしかない。そして、財政赤字の拡大が持続的であると信じられない場合には、消費の拡大が起きないのも当然だ。

ポピュリストを論破するのは重要であるが、ポピュリストたちが利用している理論を攻撃するのは間違っている。批判は、ポピュリストたち、しかも、学者だったりエコノミストだったり、さらには政権のブレーンだったり、人々および首相などに知的に正しいことを言っていると思われている人々が、確信犯的に、政権やメディア、人々に受けたいからという理由で、理論を利用していることを徹底的に批判すべきなのだ。

***

物価水準の財政理論自体に誤りはない。メッセージも正しい。

しかし、物価水準の財政理論を主張する人々、例えば、シムズの提言する政策を実行すべきではない。

なぜなら、彼らの理論とメッセージは正しいが、正しいからこそ、経済を悪くするからだ。

経済を明らかに悪くする政策である以上、それを実行してはいけない。

彼らの理論が間違っているのは、理論やロジックそのものではない。

その議論の前提が間違っているのだ。

経済理論の現実社会への提言の誤りは、すべてここからくる。

間違っているのは、すべてのコストを払ってでも物価を上げる、そのためには財政赤字拡大しかない、と言っているところだ。

すべてのコストを払って、なぜ物価を上げる必要があるのか。

ケインズが穴を掘って、それを埋めてもやる必要がある、と言ったのは、25%の失業率、実質的な失業率は50%を越えており、実際の物価は半分以下に下落するような危機的な状況においては、どんな犠牲を払っても、これをとめる必要があった。そのためには、一見無駄な公共事業でもやったほうがいいのである。だから、役に立つ公共事業を財政赤字を気にせずやれば、経済は必ずよくなったのである。

現在は、失業はほば解消、実質完全雇用、むしろ人手不足、需要不足ではなく、経済の問題点があるとすれば、長期的な成長力低下、そのためには供給サイドか、需要サイドか、という議論はあるが、需要サイドにあるにしても、すべての犠牲を払って物価を上げる必要があるということはあり得ない。

名目金利がゼロになってしまい、完全雇用、あるいは中立的な実質金利と言われる望ましい実質金利がたとえマイナスに低下していたとしても(これ自体議論が大きく分かれるところだが)、実質金利をマイナスにするにはインフレにするしかないから、すべての犠牲を払ってインフレにするべきかどうかは自明ではない。

正確に言えば、すべての犠牲を払うのはほぼ常に間違っているから、実質金利をマイナスにすることによるメリットと、財政赤字が拡大することのデメリットを比較して決めないといけない。

そのためには、中立実質金利がマイナスであるかどうかを議論する必要があるし、そもそもインフレ率が2%というのが最も望ましい水準であるかどうか、現在の経済では確かではなく、また、2%ではなく1%であることのデメリットが、財政赤字の恒久的な拡大のデメリットとどちらが大きいか、比較考量は絶対に必要である。

さらに、マクロだけでなく、ミクロの効率性も重要で、ほとんどのエコノミストは政府の効率性に懐疑的なのだから、財政支出を増やすことは無駄であると考えているはずで、やるなら減税であり、しかし、減税をやるのであれば、どのような減税にすべきか、それが将来の年金不安などをもたらさないようにはどうするか、考える必要がある。

だから、物価水準の財政理論からのメッセージを現在の経済に、とりわけ日本で実行するのは、間違っており、極めて危険なのである。

ただし、金融緩和よりも財政赤字拡大の方が物価上昇には効果がある、という点は正しく、物価を上げることが重要であれば、量的緩和の縮小が可能であれば、それとバランス可能な範囲で、減税、あるいは増税を先送り、縮小することが正しい、ということになろう。

さらに、物価を上げることがそこまで重要でない、と考えれば、財政赤字拡大による国債市場の崩壊リスクを犯さずに、増税先送りで、量的緩和を淡々と縮小する、というのが現実的なポリシーミックスであり、実際の日銀はそれに近いところを目指しており、シムズの提案よりは、現在の日銀の政策の方がましであると思われる。
  
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2017年01月21日

ニューズウィーク 日本版 トランプおよびその他ポピュリストたちの罪を深くしているのは誰か

新・転機の日本経済のコラムとしても掲載されました。

  
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2017年01月20日

トランプおよびその他ポピュリストたちの罪を深くしているのは誰か

トランプについて、様々なことが語られるが、要は、テレビタレント出身のポピュリスト大統領であり、既存勢力でないアウトサイダーの政治家ということに尽きる。
だから、トランプの政策の狙いやヴィジョンについて議論しても無駄である。それにもかかわらず、百家争鳴、皆で議論してしまっては、まさにトランプの思う壺である。彼は話題になることが狙いだから、それは泡沫大統領候補だったときから何も変わらない。炎上ビジネスであるから、放っておくのがもっとも正しい対処法である。
ただし、これは世界の潮流である。我が国の首相も、ヴィジョンや信念を持った政策はすくなくとも経済に関しては存在しない。しかし、それを「アベノミクス」というブランドとして確立し、これを使ったマーケティングに大成功したのである。だから、アベノミクスについて議論しても意味がない。
都知事においても同じで、わたくしファーストであるから、劇場の主役に自分がなればよいので、盛り上がれば何でも良いのである。
ただし、この三者でいうと、アベノミクスというブランド戦略がもっとも持続的に機能しているのは、我が国のリーダーシップの特性によるものである。すなわち、トップは偉くないから、菅氏を軸に一部の官僚が戦術をデザインしていることにより、完全に支離滅裂で崩壊することはここまで回避されてきた。一方、トランプは、参謀がデザインして、トランプがアクターとしてそれに乗っかっているわけではなく、トランプの行動に合わせて、周りがなんとか辻褄をあわせようとしているだけなので、何か想定外のリスクが起きたときに対処はむしろむつかしいだろう。もちろん、米国の方が安全保障上の危機管理能力には優れた国家組織であるから、それなりに機能はするが、経済政策については、かなりリスクが高い。
ただし、トランプは局地的には賢明であるから、収拾がつかなくなるような大風呂敷は広げず、局地戦で部分的に勝利を上げ続け、攻撃相手を次々と変えてきているので、破綻しにくい面もある。そうなってくると、大きな動きも期待できず、トランプラリーと称して盛り上がっている金融市場がもっとも崩壊に近いところにいるとも言えるだろう。
都知事の場合は、個人的な直観に基づくものであり、単純なイシューに絞って展開しているが、話が具体的すぎるだけに、トランプと違って(壁とは何か、NAFTA見直しとは具体的にどこまでやるのか、ということに解釈の余地が十分あるから、部分的な成果で引き上げることが可能である)、最後の幕引きの場面が具体的に実現してしまうために、そこでは破綻は避けられず、自らを日々追い詰めていると言えるだろう。
一方、社会への実際の悪影響という点からは、都が最小であろう。壮大なロス、エネロス、コスト、時間の浪費であることを除けば、実害はない。異常な無駄をしただけのことであって、破滅はしない。その意味で、実効性のある政策が何もない分、ポピュリズムの被害は三者の中では大きくないと言える。
最も世界に深刻な影響を与える可能性があるのはトランプだ。米国は依然、世界における圧倒的な影響力を持つ。米国の安全保障、外交戦略の歪はたとえわずかでも、影響は計り知れず、歴史に傷跡を残す可能性がある。
アベノミクスの場合は、株価を一時的に盛り上げ、需要を先食いして、コストとリスクを先送りしているから、それらが実現する将来の被害は大きい。そして、さらに目に見えない大きなコストは、人々が、これで経済はうまくいっている、と安心してしまい、必要な構造転換、危機感が失われることだ。ただ、これはアベノミクス以前も同じことだから、財政破綻が起こるまで危機感は高まりようがないから、アベノミクスの問題ではない。しかし、問題は過剰な金融緩和で、これのリスク、コストは大きく、これがアベノミクスのコストと言えるだろう。日銀の金融政策であり、それは政府の政策ではない、ということであれば、日銀の異次元緩和による被害が深刻だ、ということになろう。

ここの議論に象徴されるように、実は、ポピュリズムによる被害が大きくなる要因は、ポピュリストである政治家自身にあるのではない。権力にすり寄るブレーン、自称インテリたちの下心により、初めて実害が生じるのだ。ポピュリストも素手では世の中を悪くできない。
その意味で、アベノミクスはもっとも深刻な被害が知的に広げられた、と言える。ここでは、次にこの議論をしていきたい。



  
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AJC杯

AJCCと今は言うらしいが、我々の世代にはAJC杯だ。

予想の気力が起きないので、このレースは、かんべえ氏に任せる。ほとんど考えが一緒だ。セーヴィントの母は、わたくしの一口の中でもっとも活躍した馬。オープン勝ちが三度、GI掲示板もあるが、重賞は勝てなかった。息子には重賞をとって欲しいので、ここは過剰人気だが、応援はこちら。

土曜日は、すばるS。こちらは、須田鷹雄氏に任せよう。

東海Sは、人気上位二頭の一騎打ちを見てみたい。

  
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2017年01月18日

日本将棋連盟 谷川会長辞任

谷川会長は、この事件の被害者だと思うが、辞任は止むを得ないと思う。

三浦九段を出場停止にした時点で、この結末は確定していた。

疑わしきは罰せず。

それだけのことだ。

それを貫けなかった以上、仕方ない。

しかし、それを貫くことを強烈に拒否する力が会長を苦渋の立場に追い込んだとすると、とても残念だし、悲しいし、谷川十七世名人を多くの人が今後は支えてあげてほしい。

将棋界は、組織の地道な改革が必要だと思う。  
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2017年01月17日

物価水準の財政理論 シムズの真のメッセージ

意図的に誤解しているのか、そうでなければシムズを読んでいないのか。

ほとんどの議論は誤っている。とりわけ、政治的意図による財政出動を煽る人々はすべて間違っている。

シムズの最大のポイントであり、メッセージは、

「金融政策は財政政策から独立であることはあり得ず、金融政策はすべて財政的意味を持つ」

ということだ。

とりわけ、ゼロ金利制約の下で、量的緩和、正確には、バランスシートポリシーを行う場合、とりわけそれは重要になる。

ということだ。

バランスシートポリシーとは中央銀行のバランスシートを使って、中央銀行が資産を抱える、ということであるが、こうして抱えた国債などは、金利上昇により、損失が膨らみ、それは経済に大きなネガティブインパクトを与える。その損失は、要は財政的損失、財政赤字であるから、そんな金融市場に大きなひずみと将来リスクを与えるぐらいなら、先に財政支出をしてしまう、具体的には、インフレが起きるまで財政赤字を拡大する、と財政的にコミットすることにより、インフレ期待が起こり、そして、実際に消費者などの支出や投資により需要が拡大し、インフレが起きる。

やみくもに金融緩和を続けること、とりわけ資産を抱えてリスクを先送りすることは、民間セクターの消費、投資増加につながらず、リスクだけを膨らますことになり、実需によってしかインフレが起きないことを一般均衡的に考慮すれば、財政赤字を膨らませて、金融緩和は縮小する(資産買い入れは縮小する)ことが妥当である、というものである。

シムズに同意するかどうかはともかく、一つの議論としてバランスがとれている。

それを金融緩和拡大を残したまま、財政赤字を増やす、というのは明らかに間違っている。

確信犯か、無理解なのか、いずれにせよ、それは財政破綻と金融破綻、実体経済崩壊をもたらす。


  
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2017年01月15日

オトナカレッジ 1月15日 朝6時5分

文化放送 オトナカレッジ 1月15日 朝6時5分から20分

3回シリーズの完結編です。

『2017年、世界と日本の社会はどうなる?』がテーマ。

2016年はイギリスのEU離脱、トランプ氏のアメリカ大統領勝利...

世界が「まさか」と思う出来事が続きました。

いったい、これは何を意味するのでしょう?

そして、これからの私たちの社会は、

どの方向に進んでいくのでしょうか?

今週も小幡さんに、じっくりうかがいます。
  
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2017年01月12日

トランプの本質

要はネタとノリだ。

当選後の初の記者会見とはやし立てて、マーケットもメディアも待ち構えていたが、予想通り、何もなかった。

選挙の前も後もトランプ自身が変わるはずはない。

吉崎氏は、プロレスと呼んだが、別名は、ネタとノリだ。

巨大な壁、というのも、そういうノリで向かう、ということだし、トヨタをやり込めてやって、あいつらも投資することにしたぜ、と吹聴したいだけのことであり、実害ゼロでパフォーマンスをあげる手法だ。

某知事が、幕引きで必ず失敗が露呈するに決まっているパフォーマンスを繰り広げているのに比べ(有権者が某知事によって、自分たちが多くの実害を受けているのに、知事のパフォーマンスを支持しているのが悪いのだが)、トランプは言うだけでコストがかからない手法をとっている。

ネガティブな実害も小さい分、実現するメリットも小さいだろう。

減税の実現は議会次第だし、減税する勢いだぜ、と言うこと自体が重要なので、米国が実際に良くなろうが悪くなろうが知ったことではないし、信念もないから、面倒なコストがかかる(政治コストを含めて)ほとんど何も動かないだろう。

これは就任後も同じと思う。

ただ、政権のメンバーと議会の要人は、それぞれの思惑を持っているだろうから、それ次第だろう。  
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2017年01月11日

シリーズ 転機の日本経済 経済政策論争の退歩

ニューズウィーク日本版にも掲載しました。

  
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経済政策論争の退歩 

現在の政策論争は、ケインズ以前の19世紀に逆戻りしてしまった。

要因は、欲望と知性の堕落だ。

こうして社会は退歩していくのだ。

我々は、その生き証人として有意義な人生を送ることになるだろう。

***

一昨年までは、経済政策論争といえば、金融政策だった。量的緩和を中心とした非伝統的な金融政策の是非が焦点だった。

しかし、昨年から、流れが変わり、金融政策から財政政策へ、焦点はシフトしてきた。

これには、いくつかの背景がある。

第一に、FEDがプラス金利に戻ったことで、0から1への変化ではなく、1から2への変化になったから、その意味が小さくなったこと。

第二に、失業率は低下、ほぼボトムで、景気循環としても順調であり、いわゆる単純な景気対策、需要刺激の必要性はなくなったこと。

第三に、それにもかかわらず、金融危機以前(リーマンショック以前)の状態に経済が戻らず、長期の成長力が落ちてきたこと。

第四に、これが、長期停滞論を喚起し、ゴードンなどのサプライサイド、長期の供給力が落ちてきたこと、背景にはイノベーションが従来の産業革命ほど進んでいないことがある、とするものと、サマーズに代表される、有効需要不足により、長期の供給力もスパイラル的な影響を受けて落ちてきてしまったことが成長力の低下をもたらしている、という主に二つの考え方があるが、サマーズの長期停滞論が、論壇を席巻していること。

これらにより、金融政策から財政政策へ議論の中心はシフトした。

金融市場、インフレーションから、実体経済における長期成長力という実物へ問題が移ったのであれば、政策手段もマネーから実物の財政出動に移るのも自然だ。

この一方で、依然としてインフレにならないことの問題が、金融政策論争の残り火としてくすぶっており、それに火をつけたのが、夏の恒例のジャクソンホールでの中央銀行関係者の集まりにおけるシムズの講演であった。これが、FTPL(Fiscal Theory of Price Level:物価水準の財政理論)のブーム再来に火をつけた。

ただし、浜田宏一氏が目からうろこ、新しい波と書いているが、これはなんら新しい議論ではなく、1990年代半ばに登場してちょっとしたブームになったものであり、ここにきて最脚光を浴びているだけだ。

議論の中身と言うよりは、インフレにならない、金融緩和を狂ったようにやってもならない、という現在の状況が、これを招いたのであり、困り果てた金融政策論者が飛びついただけである。

これ自体は、愚かであろうが愚かでなかろうが、学者の世界の流行に乗るかどうか、時流に乗るかどうか、という問題だから、実害はない。学者には遊ばせておけばよいのである。

しかし、問題なのは、政治である。政治がこれに飛びついたのが最悪なのだ。

偉大なサマーズの長期停滞論からの公共事業を中心とした財政出動の推奨、インフレを起こすための最終手段として財政赤字(シムズは日本については消費税引き上げをインフレが2%になるまでしないことを提案している、いわばインフレーションターゲット減税だ)、この二つを政治が都合よく利用しようとしているだけだ。

サマーズもシムズも浜田氏も政治利用されているだけなのだ。

政治的には、金融政策はしゃぶりつくした、もう使いすぎて、シャブ中ならぬ金融緩和中毒に市場と経済はなってしまったから、次は、財政をしゃぶり尽くす、それだけのことなのだ。

学者たちがしゃぶりつくされるのは自業自得だが、経済自体、社会が政治にしゃぶられ、中毒になり、安楽死へ向かうのは放っては置けない。

なんとしても全力で止めなくてはならない。

これからのシリーズで、これらの誤りを議論し、経済の現状、あるべき政策、経済のために真に必要な政策について議論していきたい。  
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2017年01月10日

本日のラジオ生出演 吉田照美 飛べ!サルバドール

1月10日 火曜日 文化放送 吉田照美 飛べ!サルバドール

飛べサルクロスカウンター というコーナーに出演します。 17時過ぎからかな?  
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2017年01月09日

メジャーエンブレム 競走能力喪失で引退

衝撃のニュースだ。

引退すること自体は牝馬であるから構わない。問題は、繁殖牝馬としてはやっていけるかどうかで、JRAの発表では、北海道勇払郡安平町のノーザンファームで繁殖馬となる予定です、となっているから一安心なのだが、予断は許さない。

彼女は、母の父にオペラハウスを持ち、日本では成功しえない重い血統であるにもかかわらず、母のキャッチータイトル自身も5勝を挙げており、そのまた母の父もrainbow questで、底力のあるスピードを伝えるマイラー血統であり、日本の至宝ともなり得る母系である。

そして何より、メジャーエンブレム自身が、底力のあるスピード馬であることを、ハイスピードで逃げてそのまま押し切る、というレーススタイルで紛れもない力、底知れぬポテンシャルを証明しており、繁殖牝馬として数多くの子供を産んでくれることを期待する。

ともかく、無事であってほしい。

  
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2017年01月08日

シンザン記念

昨年の馬券収支は近年まれにみる好成績で、回収率100%だった。

つまり、馬券を1枚も買ってないのである。これが馬券必勝法だ。

さて、金杯はエアスピネルが勝ったのはいいが、フィエロはどこへ行っても勝てないという現象で、実力があるのに歴史から埋もれていく運命にある。今、このような馬を見ると感じ入るものがある。

一方、シンザン記念は、これからの馬たちで、注目は、その名もドバイマジェスティ。

彼女は、エクリプス最優秀短距離牝馬にも選ばれた名牝で、父の名も、エッセンスオブドバイ、母はグレイトマジェスティ。これだけの名前を授かって、競走成績としての結果も出す、しかも牝馬というのは余りに偉大で、奇跡の牝馬だ。こういう牝馬を買えてしまうというのが社台の恐ろしいところで、競馬とは資本力であり、資本主義をもっとも直接的に体現しているビジネスであり、スポーツである。

彼女を母に持つアルアインがシンザン記念に出走する。

彼は、この重みに耐えられるか。

無事に、かつ勝利してクラシックに進むことを期待したいが、多くの馬はフィエロと同じ運命をたどる。

それが競馬でもある。

  
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2017年01月07日

トランプとトヨタ

トランプの企業への圧力はパフォーマンスであり、実際に大統領になってからは、発言にある程度抑制はかかるし、実際に関税などの手段に出るためには、議会を通さないといけないから、さらに抑制がかかるだろう。

もちろん、良いことではないし、ある程度の実害、つまり、解釈の範囲でダンピング関税をかけるなどの可能性はあるが、これは80年代に起きたことと同じであり、個別の議員が行うのではなく、行政府のトップである大統領自らがパフォーマンスを行うところが違うだけだ。

一方、ならばトランプが何を今言っていても関係ないかというと、そういうわけでもないだろう。彼自身はパフォーマンスが命だから、某知事と同様に、就任してからもパフォーマンスは続けるだろう。

ただ、両人とも、実際に結果を出すのは難しく、現実には行き詰るだろう。

それは、世界経済にとって不幸であるが、仕方がない。ポピュリズムのコストだ。我々の自業自得ということだろう。

最大の問題は、経済よりも、外交・安全保障であり、こちらでパフォーマンスが起きると、ただの事件では済まない。

トランプが何らかのパフォーマンスをしなければならないとすると、経済にダメージを与えるパフォーマンスで済むならまだましだから、甘受せざるを得ない。

トヨタたたきで済むなら、世界にとって安いものだ、という解釈もあり、トヨタは世界を救う犠牲者なのだろう。  
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トランプお化け

現実に賃金上昇からインフレが始まり、そこへトランプ政策で、財政支出拡大、ということになれば、景気は過熱で最悪の展開だ。

ただ、実際は、トランプがそれほど財政支出を拡大すると思えない。減税が大きなものになる可能性は十分だが、財政支出は、リップサービス最大、実際の支出は最小限、トヨタの工場問題のように、メディアには訴えるが、実弾は少ない、と個人的には予想する。

減税も大きなものとなれば、資産家、富裕層、大企業優遇になることは必至であり、政治的には矛盾が噴出、支持者から裏切りの声が高まるし、実際にそれを大減税にする必要はなく、こちらも最小限のものになるのではないか。

TPPお化け、という変な言葉が一時使われたが、トランプお化け、であろう。  
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雇用統計

雇用統計で、ドル高に回帰している。

雇用者数の増加は予想の水準だったが、一番の焦点である、賃金上昇率(前年比)が前月を大きく上回り、2.9%上昇となったため、FEDの利上げ確率が高まった、という解釈である。

もはや、雇用統計は数の増加はどうでもよい、というか、増加数が減少してくれば、完全雇用に近づいた、という解釈であり、賃金が上昇するかどうか、これが最大の焦点で、しかも、賃金が上昇することは、景気回復でプラスではなく、いよいよインフレになる、ということで、利上げとなり、景気を金融政策からは抑え込むことになる、ということだ。

つまり、賃金上昇は景気にマイナスなのであり、経済にマイナスなのだ。

  
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オトナカレッジ 1月8日 朝6時5分

文化放送 オトナカレッジ 1月8日 朝6時5分から20分


朝活版オトナカレッジ第28回目は・・・
毎週日曜日の朝6時5分からお届けします、『朝活版オトナカレッジ』
朝活版第28回目となる講義は、
慶應義塾大学ビジネススクール准教授の小幡績さんを講師に
「経済・ビジネス学科」をお送りします!
今回は『2017年、世界と日本の経済はどうなる?』がテーマ。
前回、2017年のマーケットはどうなるのか伺いましたが、
では、実体経済はどうなるんでしょうか?
小幡さんお聞きしていきます!
日曜日の朝を有意義な時間に変える「朝活版オトナカレッジ」、
1月8日、朝6時5分から講義スタートです!!

※オトナカレッジの「聴く図書館」で配信中!

 ⇒聴く図書館URL(http://www.joqr.co.jp/college-pod/)  
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2017年01月06日

ドル安 急速

ドル円は2円以上下落して、115円も割れそうな勢い。

これは、ドルの全面安で、人民元も裏を返せば急騰で、ビットコインが20%の暴落となった。

ビットコインは投機だから通貨ではないので、無視することにしても、ドル安の理由は重要だ。

もちろん、理由は単純で、ドルがこれまで急騰しすぎただけのことで、その祭りが終わった、手仕舞いが始まり、ドルロングの人々が、仕掛けに対して慌ててポジションを落とした、ということだろうが、テクニカルなその状況以上に、トランプ祭りの終わりが始まった、という単純な事実のほうが重要だ。

ストーリーとしては、トランプのプレッシャーで米国製造業が工場をメキシコから米国内に回帰させているというニュースがひろまったことがきっかけで、それなら為替もドル高を容認はしないだろう、ということが語られているが、それはストーリーに過ぎず、巻き戻しを起こすためのきっかけのひとつの道具に過ぎない。

11日にトランプが会見をする、というニュースも、ドル売りを加速させているが、会見の中身よりも、それを材料に、市場がどちらに動かすか、ということが問題だ。これはどちらもありうるだろう。為替の乱高下が続く展開で楽しむ、というのがひとつの彼らの仕掛けシナリオ。もうひとつは、ここまでたまってきたのであれば、ドル安の仕掛けはとことん効く、ということであれば、さらにドル安が進むだろう。

ただ、乱高下のシナリオとしても、長期的には、祭りは終わったのだから、ドルバブルは終わり、ドル安となるだろう。

さらに問題なのは、日本株だけでなく、米国株が、トランプ祭りの終わりをどう受け止めていくか、ということだ。

為替が巻き戻すのであれば、株もいつ巻き戻してもおかしくないわけで、ただ、それはまだ都合が悪いから様子見をしていると言うことに過ぎない。

それがいつ始まるか。

それが次の焦点だ。  
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2017年01月03日

欲望はどこから来たのか 欲望とは何か 欲望はどこへ行くのか

経済学が根本的に誤っているのは、その価値観のベースを効用、という概念においていることだ。

経済学は、金儲けの理論でも、利益最大化が目的でも、資本主義の体系でもない。

効用の最大化なのである。

そして、それは金銭的価値を超えて、すべての価値を内包しているとされた。金銭至上主義であれば、それは金銭から効用を受け取ると捉え、性欲がすべてであれば、性的快楽に対する効用が極端に大きい経済主体と考えればよかったし、私のエクスタシー理論であれば、エクスタシーを求めて人間は生きていることになるが、それはエクスタシーからのみ効用を得る主体の理論ということになる。

だから、経済学は、効用という概念により、すべての経済主体あるいは人間の行動を描写できるフレームを手に入れたのである。

経済学は経済を超えて、いかなる人間の行動をも描写できる道具を手に入れたのである。もし、描ききれないとすれば、それは理論の、フレームワークの誤りではなく、考慮する要素が不足しているだけであり、行動経済学が、効用最大化理論で説明できない現象を指摘しても、それは効用の適用範囲を拡大することで、あるいは個と個の関係をより包括的に考えることで、発展的に理論を再構築できるはずと考える。

一方、行動経済学は、効用最大化原理に対抗する別の原理、人間の行動理論体系を構築することを目指すものであり、prospect theoryはその代表であるが、依然体系の構築には成功していない。しかも、効用最大化理論に対抗するために、効用の枠組みで思考している。思考していなくとも、議論せざるを得ないので、結局、その思考に縛られる。


つまり、我々は根本的に間違っているのではないか。

効用最大化理論にせよ、行動経済学にせよ、人間の欲望をベースにおいて考えている。それの実現を効用と呼び、長期に安定した欲望を合理的と呼び、短期的な衝動的な欲望を非合理的と呼ぼうが、短期をfast、長期をslowと呼ぼうが、要は、欲望を整理しているだけだ。

しかし、我々は、欲望に基づいて動いているのか。本能と欲望とは同じものなのか。

そもそも欲望とは何か。

どこから生まれているのか。

欲望は明日には消えてしまうもの、我々は忘れてしまうものなのか。

性欲が満たされた直後の性欲とは数分前の性欲と同じものなのか。

それは毎回繰り返されるが、5歳のときと80歳のとき、あるいは食欲と言えども、89歳の食欲は25歳の食欲と同じなのか。

今の欲望は、明日振り返るとどう捉えられるのか。22世紀に、いや30世紀に、あるいは11世紀に人々が欲望と呼んだものと、今、我々が欲望と考えているものと同じものなのか。我々が突き動かされているように見えるものと同じものなのか。


我々は欲望に本当に動かされているのか。支配されているのか。

行動原理などというものを考えたいという欲望により、欲望という概念をでっち上げているのではないか。

欲望と言う安直なものに流される人間、というもっとも安直に人間像を構築しているのではないか。


人間とは、動物とは、植物と同じように、意思も欲望も持たないのではないか。

逆に言えば、植物と同じような意思と欲望を持つだけではないのか。

意思や欲望とは、どちらも、妄想ではないのか。

それらに突き動かされていると言うのは、妄想に突き動かされているのではないか。

結局は、物質と同じように、何らかの原理に支配されて動いているだけであり、また、物質と同じように、原理に支配されずに、偶然の下に浮遊しているだけ、いや、浮遊しているものなのではないのか。

我思う、ゆえに我あり、が妄想であると同時に、我々が実在する、という実在の概念も妄想ではないか。

我々は生きている。しかし、それは生きているというだけのことで、死んでいることと同じなのではないか。

生命体という概念は、特殊なものではなく、岩石と同じく、変化しているだけのことではないのか。やや腐食が早いだけのことではないのか。

***

ここで議論すべきことは何か。

欲望も、実在も、良くわからない。

「しかし、この中で、経済、社会を考えなくてはならない。その場合に、やはり、現実的には欲望に帰らざるを得ない。」

これが間違っている、という可能性を考えなくてはいけないのではないか。

その考えは堕落したものであるだけでなく、間違っているのではないか。

人々の幸福の最大化、とは人々の欲望を満たすことではなく、また、人々の価値観という別の高尚といわれる欲望を満たすものでもなく、社会に対する公正感という欲望でさえない。そもそも、人々を幸福にするために社会はあるのではなく、また、生物として存在しているのはない。幸福という欲望も妄想だ。

例えば、欲望を実現するのが民主主義であり、だから民主主義は間違った方向に行くのではないか。

政治はもちろんのこと、経済も社会も、誤った欲望、幸福というフレームワークに囚われている。

そこから人々と社会を解放すること。

それが、新しい学問として必要なことだと思う。



  
Posted by sobata2005 at 05:30Comments(24)clip!