2016年08月24日

オリンピックは要らない

これだけオリンピックを見ておいて言うのもなんだが、やはりオリンピックは要らない。

正確に言えば、商業化されたオリンピックは要らない。

旧共産圏諸国のドーピングが非難されている。それは、国家として、報奨金が出て、金メダルを取れば一生安泰だからで、共産圏はやはりおかしい、と言われているが、いわゆる資本主義諸国も同じことだ。

オリンピックで目立ち、美女であれば(でなくとも)、次からはスターだ。事務所に所属し、タレント業を行い、バラエティに出演し、堕落していく。堕落せずにトレーニングをしたとしても、プロ化してしまい、オリンピックでの戦いにはマイナスだ。それならプロの方がまだましで、同じ分野でプロであるからだ。

しかし、これは選手が悪いのではなく、商業化したオリンピックが悪いのだ。

ドーピングをするか、タレント化するか、要は同じことだ。これはオリンピックに限ったことではなく、サッカー選手やその他でも見られるが、それは個人の自由だが、要は商業化していて、本来のスポーツから乖離しているのである。

日本はメダルを増やした。素晴らしいことだ、というのは自由だが、要はカネを国家でかけるようになったからだ。それはトレーニング施設もそうだし、強化に取り組むには人が要る。余計な背広組の役員は多すぎるが(しかし、背広組も重要ではある)、指導者の養成、いやそもそも指導者が指導に専念して食べていけなくてはいけない。

要は、まじめにカネをかけるようになったから、またマイナースポーツに力を入れればメダルが取りやすいから、メダルのために、カネと人を投入してきた。それが実を結んだのである。

それはそれで良いのだが、個人はタレント化してカネを得て、国家はカネを動員してメダルを増やして達成感に浸り喜ぶ。そして、ヒマで金銭的に余裕のある人々は感動し、幸せを、感動をありがとう、などと呑気なことを言う。

こんなオリンピックは要らない。

スポーツは素晴らしい。

しかし、国家として増やすべきはメダルではなく、メダルを取るアスリートでもなく、スポーツをする人々、青少年達であろう。彼らこそをスポーツをすることによって、学び、育ち、幸せになる必要がある。我々の感動や幸せなどどうでもいいのだ。

そのためには、義務教育レベル、コミュニティレベルで、スポーツを正しく、真剣に、厳しく、楽しく、行うためにカネと人をつかったらよい。

学校の部活も最近は一部では改善が見られるが、本当に競技とスポーツを理解した指導者が放課後やってきて、真摯に指導する体制を整えたら良い。学校の先生は、授業に専念し、放課後は、補習授業や、授業のための準備、訓練をしたらよい。

そのためには、地域の指導者を部分的に金銭援助、社会補助をしたらよい。

このような幅広いスポーツ競技者の中から優れた選手が出てきたら、彼らをオリンピックに送り出せば良い。それでメダルが取れようが、取れまいが、知ったことではない。テレビをみて感動する必要もない。我々の周りで、我々自身が、スポーツをして、豊かな生活を送り、学び、育っていくのだ。

すべてはカネの動くオリンピックが悪い。

2020年の東京へのデモンストレーションは、個人的には本当に陳腐でくだらないと感じた。日本文化を貶めるのはやめて欲しいと思ったし、リーダーの威厳もなくなると思った。安売りだ。外人を子供だましで喜ばせようとすることにはうんざりだ。

しかし、ふと気づいた。オリンピックとは、ああいうイベントセレモニーとはそういうものだと。所詮、エンターテイメントなのだ。馬鹿馬鹿しくて構わない、いや馬鹿馬鹿しいものなのだから、そんなにまじめに日本文化を貶めるなどという方が、粋でないのだ。

すべては、広告代理店、メディア、一部の関係者、あるいは様々な業者、彼らを儲けさせるための商業イベント、エンターテイメントイベントなのだ。

それでも感動するのだからいいじゃないか、選手達の素晴らしい姿が見られるではないか、と言われるだろう。

いや、商業主義がなくても、それは見られる。

そして、それはより純粋だ。

単にモントリオールオリンピックに戻せば良い。2020よりも1964の東京オリンピックの方が断然素晴らしいものであっただろう。1972札幌でも、感動は遙かに大きかった。

やはり、商業化されたオリンピックは要らない。

これからは、どれだけカネが絡まない、カネをかけない(それは民間を利用することではない、民間ベースでもカネをかけないのだ)、本来のアマチュア精神に戻ったオリンピックになることを強く望む。
  
Posted by sobata2005 at 09:02Comments(20)clip!

テニスはオリンピックに要らない

もちろん、ゴルフもサッカーも男子バスケットもだ。

コメント欄に、卓球の方がテニスに比べて面白いなどと、メジャー大会を見ずに言うのは間違いだとご指摘頂いた。

まさにその通りだ。

だからテニスはオリンピックに要らないのである。

オリンピックのテニスはつまらないのである。

それは錦織が悪い訳でもマレーが悪い訳でもない。

4年に1度、人生を賭けて戦う選手と、もっと大事な大会が年に最低4度はある選手とでは、魂のぶつかり合いが違う。

テニスプレーヤーは、ツアートーナメントに戻っていくだろう。ゴルフは言わずもがな、サッカーは地元ブラジル以外は意味がなく、そもそも年齢制限をしてわざわざ弱いチームのプレイを見なくてはいけない。ラグビーも子供だましとまでは言わないが、別物だ。

女子バスケは素晴らしい戦いだが、男子が退屈なのは当然で、オリンピックの重さが違う。米国を倒すことを目標にする、という点では少しおもしろさはあるが、それでも米国は勝つ。そして、NBAに戻っていく。

卓球。体操。水泳。陸上。マラソンはこんなに賞金レースが増えても、やはりオリンピックが重いのであり、その他の競技、レスリング、柔道ももちろんだ。カヌーを入れても構わない。ホッケー、もうきりがない。

オリンピックは、やはり、いや当然、アマチュアの祭典なのである。

卓球も女子バスケもプロ化はしているが、それでも、オリンピックは重い。皆が人生を賭けてくる。

アマチュアの、アマチュアでありながら、人生を捧げ、人生を賭けて戦うこと。それが美しいのだ。

オリンピックにプロスポーツは要らないのである。  
Posted by sobata2005 at 08:32Comments(5)clip!

今日のテレビ出演

24日 水曜日 2100-2154 BS11  報道ライブINsideOUT

「円高で景気はどうなる あるのか有効な処方箋」

ゲスト:宿輪 純一(帝京大学 経済学部 経済学科 教授・経済学博士)、小幡 績(慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授)  
Posted by sobata2005 at 07:47Comments(3)clip!

2016年08月23日

オリンピック もっとも印象に残った選手

結局、選手だ。

人に尽きる。

卓球は、いよいよこれで日本でも本格的にメジャースポーツの仲間入りか。

卓球ほど面白いスポーツはなく、卓球の後でテニスを見ていると退屈でたまらない。

今回のオリンピックでは、水谷の復活、いや飛躍が素晴らしかった。個人の金メダルまで取らせてやりたかったが、そこはまだ実力的には向こうが一枚上だったか。

実力を発揮して欲しい、というのが私のすべての願いで、勝敗は二の次と言うより、勝つべき選手、勝つべき試合をした方が勝つべきで、実力のある選手が実力を発揮して勝つのを見ることが好きだ。

だから、レスリングの吉田はやはり残念で、ある意味の油断、負けることへの恐怖からのダウンサイドシナリオの準備不足だったから、内容は完敗で、負けて当然だったが、やはり残念だ。本人も力を発揮できなかったことを謝っているのは、謝ることはないが、しかし、心の底から出た言葉だろう。吉田の素晴らしいのは、インタビュアーがまったく機能しなくても、自分ですべてを出してくれることで、その素直さが強さでもあり、弱さでもあり、好かれ、尊敬されるところなのだろう。

ナイジェリアのサッカーも、カネに困って試合にも来られないチームと準備万端のチームで、あの試合であれば、やはりナイジェリアが勝つべきで、銅メダルもよかったと思う。

逆に、女子バドミントンダブルスは、松友の開き直りは素晴らしかったが、デンマークペアはあれで負けてしまっては、一生悔いが残る。その痛みを想像して胸が詰まった。同じく、伊調馨に負けたロシアの選手も、伊調馨のタックルに反応してカウンターでタックルをしてしまったが、あそこでカウンターをする必要はなく、柔道のフランスのリネールのように、レスリングを忘れてとにかく金メダルだけを考えれば、逃げることだけすればよかった。彼女も大金星を逃して残念だろうが、リネールよりも我々の感覚では良い選手、レスリングを愛している選手という点で良いかもしれない。

残念なのは、女子バスケで、予選でオーストラリアに20点以上の差をつけながら第4クオーターに一気に逆転されたことで、あそこで勝っていれば、あわよくば米国に決勝まで当たらず、多くの良い試合をできたことであろう。スタミナと、行き詰まったときの打開、渡嘉敷の個人プレー以外の打開を準備する必要があり、あのときのベンチが動かなかったのが残念だった。

個人的には、石川佳純が、序盤でオーバーのミスが続いたときに、自分でも不思議そうに目をしぱしぱさせている姿が印象的だったが、それはここでは関係ない。

何と言っても印象が強かったのは、その石川佳純と福原愛を破った北朝鮮のキムソンイ。石川はあそこで接戦の末落としてしまったのが本当に残念で、初戦でなければ勝てた可能性が高く、運も悪く、残念だ。

しかし、キムソンイは、本当に素晴らしい選手だし、どのような環境でここまできたのかを想像し、福原に勝った後の号泣している姿を見て、胸が詰まった。

彼女が勝つべき選手だったし、勝つべき試合だった。

日本選手二人を倒したこと、およびそれにより彼女を政治利用されないことを望むが、そういうことと関係なく、彼女の姿に今オリンピックではもっとも感動した。

おめでとう。  
Posted by sobata2005 at 08:30Comments(27)clip!

2016年08月21日

驚愕の日本

女子マラソンの実況について、反応があり、貴重な情報が寄せられた。

このほかにも、個人のブログなどで、この件に関して、まったく逆の意見が多数寄せられていることが報告されている。

驚きだ。

為末氏の言うことも私の言うことも間違っていて、やはり、日本の多数派は、ああいうインタビューとああいう中継を求めているのか。

立ち直れない。

  
Posted by sobata2005 at 09:00Comments(16)clip!

史上最悪の女子マラソン

レースは良いレースだったと思うし、福士については、有森氏が、道路の真ん中を走った、集団の外をうろちょろして定まらなかったことを批判しているが、道路に傾斜があり、フラットな真ん中を選んだという説もあり、なんとも言えない。もちろん有森氏の全力で勝ちに行っていない(1つでも上を目指して、アフリカ選手以外には負けないなど)という批判には強く同意する。ただ、結果からすれば、順当で、強い選手のうち、調子の悪かった選手が脱落し、生き残りのレースになって、最後に勝負強さが出た選手が優勝した、ということだ。

問題は、テレビの実況の解説だ。

レースについてはほとんど触れず、過去の逸話やエピソードだけを延々しゃべり続ける。日本選手がまったく写っていない時間が続いても日本選手の裏話ばかり。やっと先頭集団のケニア、エチオピアの選手の話になったと思いきや、こちらも延々エピソード。今のレース展開がどうか、どの選手のどの行動が良いか、悪いか、レースの話は一切ない。

ケーブルテレビの副音声でやるならともかく、メインの中継でこれでは見る意味がない。諦めて音声を消して見ようかと思ったが、あまりに唖然としたので、最後までどうなるか、興味本位で音を出していたが、最後の最後までそのままだった。


男子はこうでないことを期待したい。  
Posted by sobata2005 at 08:21Comments(3)clip!

インタビュー

スポーツは試合後のインタビューが一番楽しみだ。

しかし、オリンピックでは最悪の展開もあり得る。

為末氏がまさにその通り、というコラムを書いているので、そちらを読む方が良いのだが、少し付け加えると、メディア側の問題も選手の問題もある。

為末氏が選手だった時には、このようなインタビューの答えではなかったはずで、彼はやはり自分の感覚を自分の言葉で話していた。そういう選手は技術や能力を超えた結果を残すし、引退後も食っていける。やはり、戦府側の要素もあって、画一的になりながらも、選手の真の姿は垣間見える。有森は好きではないが強い選手だし、野口は大好きだが、危ういところがあるし、高橋はやはりいい感覚をしていると思っていた。今大会で言えば、ケンブリッジはやはり勝負強いし、福原は素晴らしい人だが、選手としては実力を発揮できない。試合での頭の良さは日常の頭の良さとは違うのだ。柔道で言えば、大野が実力もインタビューも飛び抜けて素晴らしかった。

レスリングの吉田は、あれはあれで、素晴らしいインタビューだったし、歴史に残るインタビューで、彼女が歴史の残り続けるのと同じだ。ただ、決勝の試合内容が、この一戦だけが悪かったに過ぎない。

ただ、インタビューがつまらなくなる理由の大半はもちろんインタビュアーサイドにある。

試合を見ていたのか、と疑いたくなるような試合内容と無関係に、気持ち、喜び、感謝、それだけだ。上の指示通りなのか(これは政治や経済関連のインタビューでも同じだが)、頭が使えないのか、為末氏が言うように、日本の社会の一部が圧力として要求していることなのか、いずれにせよ、試合直後の、今しか聞けない機会を台無しにしているのだ。台本がなくとも、台本通りのような受け答えにならざるを得ない。それが希のメディアであるのが諸悪の根源なのだ。

NHKの中継しか見ない理由は、ここにもある。やはり、NHK以外は、インタビューを無意味にするインタビュアー(最悪の場合にはタレント)が多すぎる。松岡修造のような例外もあるが。

為末氏がいうように、この状況に選手が慣れてきて、無難な答えで仕事を済ませる、ということになっている面があるだろう。ただ、同時に、素晴らしいアスリートの全力の試合直後は、ほんとうにみな素直になっているので、聞かれたままに素直に答えている。だから、当たり前だが、インタビュアーの側の問題、メディアの問題100%と考えるべきだと思う。

だからオリンピックは嫌いなのだ。地味な世界選手権ならインタビュアーも地味だからだ。  
Posted by sobata2005 at 08:03Comments(3)clip!

2016年08月19日

吉田沙保里

残酷な現実だ。

彼女にとっては、これまでのすべての栄光と素晴らしい勝利は消えてしまい、最後に敗戦したことだけが記憶に残ってしまうのか。

終わりよければすべてよし。

結果もそうであるし、実力を出し切ったか、思い残すことはないか。

しかし、気持ちよく引退できる選手はほとんどいない。

その意味で、フェルプスは偉大な選手であり、バタフライでも勝ちきったところに、その選手の人間としての運も含めた強さ、強さが運をもたらすのだが、それがある。

伊調と吉田の運命の差。

その理由はどうでもいい。

吉田が、1試合は負けたが、これまでに無限の素晴らしい試合に勝ったことが彼女の心の中の99%を、実際に99%以上勝ってきたのだから、99%の素晴らしい思い出が占め続けること、彼女のこの後の人生において、彼女の心に残り続けることを祈りたい。



  
Posted by sobata2005 at 08:29Comments(52)clip!

2016年08月09日

オリンピック 

商業化されたオリンピックには強く反対するが、選手達の戦いおよびインタビューはやはり素晴らしいので、見てしまう。

私のただ1つの願いは、勝つべき者が勝つことだ。

サッカーのナイジェリア日本戦では、ナイジェリアを応援した。

なぜなら、彼らが勝つべきチームだからだ。

強いものが勝つ。

実力のあるものが実力を出し切って勝つ。

それを見たいし、応援する。

福原の気合い、内村のすべてを賭けた決勝、白井の才能、田中の努力、すべて素晴らしい。

錦織の不調の中でのしたたかさ。

もちろん、萩野。彼こそ王者に相応しい。

非常に残念なのは、フェンシング太田、卓球の石川。内村もそうかもしれないが、実力者が実力を出せないまま去って行くのが悲しい。だからテレビには出ないで欲しい。テレビのせいだとすると後悔するだろうから。

毎回、残念なのは柔道。

柔道で銅メダルばかりな理由は明らかだ。

大野が金メダルの後のインタビューで(彼の賢さを見事に表している)言っていたように、金メダルが当たり前、というプレッシャーのせいだ。大野は当たり前のことを当たり前にやる難しさ、と表現していたが、実力者が実力を出し切って、すべての挑戦者を退けるということは当たり前でないのだから、背広組とでも呼びたい無神経な役員達、メディアは消えて欲しい(理解しろと言っても無駄だろうから)。(ちなみに、競馬の世界は1番人気で勝つことの難しさを誰もが知っているから、ギャンブルという厳しい世界に身を置くことは重要なことだろう。)

この呪縛によって、柔道の実力者は勝つチャンスを失っている。一度負けて、金メダルの呪縛がなくなって、開き直って、その後はすべて勝って、銅メダル。ほとんどの銅メダルが敗者復活での銅メダルで、銀がないことは象徴的だ。

井上康生は素晴らしい監督で、その上の背広組、重鎮達は自分たちに責任があることを感じて欲しい。
  
Posted by sobata2005 at 10:30Comments(133)clip!

2016年08月08日

天皇陛下 お気持ち表明

やはり天皇が日本の君主なのだ。

素晴らしいお話しだった。

世界に誇る日本のトップである。

理想的な、「日本的な」「リーダー」なのだ。

天皇の下での、政治家達にも、このような謙虚で威厳のある素晴らしいリーダーの下で働いていることを再認識して欲しい。  
Posted by sobata2005 at 15:16Comments(17)clip!

2016年08月07日

女子ホッケー 日本先制

オリンピックでもっともメダルに近い、女子ホッケー。

初戦インド戦、押されていたのに、第1クオーター 終了間際、ペナルティコーナーを見事にものにし、1点先制!

大学時代の親友がスタッフで参加している。

全力で応援したい。  
Posted by sobata2005 at 23:20Comments(4)clip!

2016年08月05日

米国 雇用統計

とても良い数字だ。25.5万人の増加。

これで9月利上げはほぼ確実だと思う。

為替市場も急激なドル高。

米国株も上昇。  
Posted by sobata2005 at 23:40Comments(12)clip!

2016年08月02日

もっとも恐ろしいこと

日本国債の下落が始まった。

これがもっとも恐ろしいことだ。

いよいよ始まったか。  
Posted by sobata2005 at 15:02Comments(85)clip!

下落の始まり

世界も日本も雰囲気が悪い。

原油は40ドルを割った。

流れが変わるだろう。

日本はもっと悪い。日銀の政策による暴落は、とりあえず株の直接買入だから暴落ではなかったが、そのインパクト(メンタルな)は出尽くしで、明日政府の経済政策の正式決定で、失望から今後良いことはないだろう。

警戒が必要だ。  
Posted by sobata2005 at 15:00Comments(4)clip!

2016年07月31日

政治とはしがらみ

政治とはしがらみである。

しがらみのない人間は信用できないということである。

政治においては、もっともそうなのである。  
Posted by sobata2005 at 21:54Comments(32)clip!

ジュヒョウ

今日は小倉で復帰。

無事を祈りたい。  
Posted by sobata2005 at 12:42Comments(4)clip!

2016年07月29日

日銀は死んだ

Posted by sobata2005 at 19:08Comments(231)clip!

なぜ日銀は自殺してしまったのか

日銀の執行部の立場に立って、推測してみたい。

***

もはや金融緩和は限界だ。拡大して経済によいことはない。副作用、リスク、コストを考えると拡大するべきではない。

一方、これで何もしないわけにはいかない。金融市場の怒り、暴落、円高も怖いし、官邸に対しても、なにもしない、というわけにはいかないだろう。何かは、アリバイ作りであったとしてもやらないわけにはいかない。

では、何をするか。

まず、もはや量的緩和は本当に限界だ。これ以上副作用を大きくするわけにはいかない。

とりわけ、国債買い入れ増加額の増加は、政府の発表した28兆円対策と相まって、ヘリコプターマネーの前哨戦を連想させる。したがって、これはできない。

次に、マイナス金利の拡大は、ー0.1%から-0.2%への変更なら、ほとんど効果もないが、実害もなく、金融政策の筋としても、金利引き下げだから、理論的には整合的だし、説明もつきやすい。もっともまともだ。

しかし、金融機関、銀行の反発が怖い。前回、あまりに評判が悪く、三菱でさえ反旗を翻した。これは政府としても良くないから、官邸からも批判が来るだろう。だからできない。

となると、質しかない。

ETFの買い入れなら、またマーケットの流動性はあるから買い入れは出来るし、額からいってもたいしたことはなく、ほとんど実害はない。日銀の財務にとっても値下がりするとしても多少のことであり、減損額は生じたとしてもほとんどない。しかも、株式市場は喜ぶ。米国にも為替操作と言われない。誰にとっても悪くない。経済政策として意味はないが、誰にも迷惑はかからない。非難されない。副作用という実害ももっとも小さい。ほとんどない。

これでアリバイ作りをしよう。

****

こういうことではないか。


それが最悪なのだ。

実害は、日銀への信頼と金融政策の理念の死。

自殺である。
  
Posted by sobata2005 at 14:27Comments(28)clip!

日銀は終わってしまったのか

なぜだ。

日銀の黒田総裁とは、金融政策の具体的な手段についての考え方は違うが、その信念は強く尊敬し、すべては日本経済のためにある、という強い信念を共有してきた、と思っていた。

しかし。

今日、その信念は崩れ去った。

なぜ株の買い増しなんだ。

説明が出来ない。

何の意味もない。

為替への影響は賛否はあるが、為替は一気に円高だろう。

黒田氏からすれば、円高を抑える、為替の安定が重要で、株価は日本経済の結果に過ぎないから、株価の変動は関係ないはずだ。株価のために、金融政策があるわけではない、ということだけは一貫していたはずだ。

それは世界の中央銀行に共通する、それだけは譲れない矜恃だ。

その矜恃を誰よりも強く持っていたのが黒田総裁だったはずだ。

しかし、これは何だ。

国債買い入れを増額しないのは良い。当然だ。財政にも、経済にもよくない。

マイナス金利も拡大しない方が良い。これも当然だ。

ETFを買って何になる。

短期的な株価上昇だけだ。

何のためだ。

投機家たちを喜ばせるだけだ。

最悪だ。

株式市場、金融市場を弄んで、自分たちの利益のためだけに、金融政策を動きづらくする。才覚の奴らのためだけに尽くす金融政策とは、いったんなんなんだ。

マーケットに屈したのか。

それは考えられない。

マーケットに屈する必要は一ミリもないからだ。

では、マーケットに屈した官邸に屈したのか。

慮ったのか。

そのリスクは、本ブログの昨日のエントリーでも警告していたが、このような最悪の形で実現するとは。

株価対策以外に説明できない金融政策。

木内委員が株価を目標にしているとの誤ったメッセージになるとして、反対した、という政策変更文の注意書きがある。全くその通りだが、それも誤りだ。誤ったメッセージではない。それを実施する以上、誤解ではなく、誤りそのものなのだ。魂が売られてしまっているのだ。

最悪だ。

そして、株価にもすぐに見放されるだろう。

総会屋、ゆすりに屈したのと同じだ。

たとえそれが官邸経由、あるいは勝手にそれを増幅させた日銀内部の慮りが理由であっても。

それを振り払うために、マーケットを支配してきた黒田総裁がいたのではなかったか。

日銀も、エコノミストも、経済学者も、まともな経済策論争も、言論も、

すべて、今日死んだ。

本当の終わりが始まった。

ヘリコプターマネーよりは実害は少ないが、精神的に殺されてしまったのだ。

終わりの始まりではなく、終わりだ。  
Posted by sobata2005 at 13:09Comments(11)clip!

日銀は株買い支え機関へ転落

日銀の政策変更が発表された。

ETFの買い入れ額を倍増。6兆円へ。

あとは変化なし(ドル調達に関するもの以外はなし)。

これは何のための政策か。

株価対策だけだ。

GPIFから日銀に「株価支援機構」のニックネームは転売されたようだ。

最悪だ。  
Posted by sobata2005 at 12:52Comments(1)clip!