2010年03月22日

覇権 経済力と軍事力

覇権について語るのであれば、軍事力および戦争を中心に据えて議論する必要があるというご指摘を複数いただいたが、ここでは、軍事力については考慮しない。

理由は3つ。

1つは、私が軍事力の専門家ではなく、またここで考えているのは、経済的な覇権であること。

2つめは、軍事よりも経済の方がシステムとして議論する場合に、論理的に予測できる可能性が高いこと。その理由は、軍事的な意思決定に比べ、経済的な意思決定は、分散化されているため、個人的な資質や偶然により左右される割合が低いと考えられることである。

3つめは、現在の世界においては、軍事的な覇権の重要性は相対的に低下していることである。

3つめの点は、賛否が大きく分かれるところであることは承知している。そして、将来的に、軍事の重要性が高まる可能性はあると考えている。また、日本においては、軍事力の重要性を軽視しているという指摘も正しい。しかし、あえて、私が、経済的覇権の方が現在において重要と考えている理由は、国民国家の影響力の低下が顕著であることである。

国民国家の成立までは、世界の覇権争いは、ある意味、個人の戦いであった。あるいはせいぜい一族同士の戦いであった。一族同士の戦いを民族同士の戦いに引き上げるには、質的な飛躍はないが、それを国家という枠組み同士の戦いに置き換えるのは、質的な変化どころかシステム転換が必要だった。

その意味で、国民国家同士の戦争を成立させたことこそが、近代の革命であって、民主主義とは、その中のツールのひとつに過ぎなかったのではないか、と考えている。

この記事へのコメント
適用条件から軍事を除いた分析は、学問としては有効であろう。
物事を単純化し、モデル化して分析するのは、研究者としての常套手段であるし、相応の成果は認められる。
しかし、現実から乖離した分析は学者の議論としての域を脱しない。軍事を考慮してこそ、社会に有効な研究となりえるのではなかろうか。
Posted by majawapt at 2010年03月24日 22:26