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 前記事・【籔半めにゅう】素晴らしい町の豆腐屋さんの小揚も、蕎麦屋の味付け次第。 気合いを入れて!、そして、前々記事・【籔半めにゅう】「その街ならではのその店」と言われたい!の2記事で紹介させて頂いた弊店メニュー・『揚げ力そば・うどん』は、小揚の仕入れ先が決まり、最後の味付け加減も決まり、メニューとして継続を決定となりました。
 実は、今回の新しい仕入れ先の「街の豆腐屋さん」の『小揚』が、今まで以上に分厚く、そのため味付け出汁をよく吸い、小揚に歯を立てた時のあふれ出る出汁の量は今までの『小揚』の比ではありませんでした。
 味付け加減も今まで以上に微妙になって。
 板長も『小揚』がこんなに違うものなのかと感動しながら、大慌てで味付け加減を調整してきたわけです。
 
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 これで、安心して『揚げ力そば・うどん』メニューを継続できます。
 いや、今まで以上に『小揚』の味は良くなったと自負してます。
 まったりと甘辛く分厚い『小揚』に歯を立てた途端あふれ出る出汁にハフハフいいながらお召し上がりください。 同じく「街のお餅屋さん」の丸小餅の歯ごたえある弾力、そのミスマッチが愛おしいメニューでございます。
 
 こんな風に『揚げ力そば・うどん』を紹介すると、情報誌のライターさんならおそらく、
 「素材に徹底的こだわる」、
 「妥協を許さない食材選び」、
 「頑固親爺の思い入れメニュー」、
なんてコピーを早速使い、その店主を「頑固な偏屈親爺」に仕立て上げてくれます。(^^)

 が、これがたまらなくこそばゆく、いたたまれなくなるのです。
 そこそこのお値段をいただいているのです。
 何も当たり前と言えば当たり前なだけの話です。
 「こだわる」なんて本来は、ちょっとしたことを必要以上に気にし気持ちがとらわれる、という悪い意味だったのが、60年代後半の学生運動当たりから「その物事へ思いを入れ、深い奥行を極めたい、微妙な所を味わいたいと強く願う」という意になってしまった。
 しかし、私ども飲食業界では「こだわると失敗する」とも言われているのです。

 どういう意味かというと、蕎麦屋親爺のたった三〇有余年の経験でも、体調も体力も気力も素材も天候も全て万全で、その条件打っても自分が最高の蕎麦(麺)と言えるのは、1年365日打ったとしても30日あるかどうかです。 
 最近は手打ち蕎麦ブームですから、それを理解していただける方が増えているので助かります。
 つまり、ソバ打ちという「作業」だけに「こだわって」しまうと、泥沼に陥り、気分も落ち込み、体力を消耗し、身体をこわしてしまう。
 トータルで「こんくらい」に抑えることが肝心だ、というわけです。

 亡くなった小樽の蕎麦屋業界の長老は、「蕎麦屋はトヨタカローラだ」と言ってくれたものです。
 その長老がお元気だった時代、トヨタ・カローラが自動車販売台数のナンバーワンのシェアでした。 しかし、スピードでは他社の車が、馬力では別会社の車が、サスペンション周りではこれまた他社が、価格ではどこそこの車がとそれぞれ特性があり、しかしトヨタカローラはその個々の特性は皆80%くらいの出来でしたが総合力で打ち勝ったのです。
 蕎麦の世界も同じだとその長老は言いたかったのです。

 きつねうどんは、大阪南船場の「松葉屋本舗」が発祥だという。
 明治26年(1893年)創業だから、119年続く。
 今は「うさみ亭マツバヤ」となり、今は、三代目。

usami 創業者である寿司職人だった宇佐美要太郎氏が、いなり寿司を別皿でメニューに置いていて、そのいなり寿司の甘辛い油揚げを別皿のサイドメニューにしたところ、その油揚げをお客様がそのまま素うどん(かけうどん)に入れて食べるようようになり、店主も試すと美味いとなり、メニュー化した。
 寿司屋では「いなり」と呼ぶ油揚げを「きつね」とネーミングし、それをうどんメニューの1品にしたところにもうさすが大阪・船場の感覚・センスが(^^)
 爾来、日本の麺で「きつねうどん」は定番メニューになった。
 『きつねうどん口伝』で有名な、二代目・宇佐見辰一氏は、
 「うどんは百点満点やとおいしない。百点の腕を持ってても、八五点から九〇点の味でとめておく」
と語る。
 それでいて、徹底的に食材の勉強と入荷には『思い入れ』ておられる。

 TVのグルメ番組で「今日はスープが上手く取れなかったから店は休業します」なんてバンダナ姿のラーメン屋店主を『こだわり』のラーメン屋などと紹介します。
 が、商いの何たるかから外れている。
 昔なら、もしこんな店主がいたら、飲食業界の長老や先輩がすっ飛んできていきなりはっ倒したはずです。(^^)
 「てめぇは、いつからそんな増長し傲慢になった?
  わざわざお前の店まで訪れてきて頂くお客様を帰させるぅぅ?、いつからそんなエライ奴になったてんだ。」
と・・・。
 雨の日も風の日も来て頂く、街場で毎日食べてくれるお客様のことは一切そこにない。
 毎日85〜90点で一定のスープも取れない、っていう技量の未熟さを自己暴露しているわけですから。

 大阪人にとって『きつねうどん』は毎日食べるもので、「最高の味」は毎日は食せない、普通を少し越え当たり前に美味しいから食せるわけです。

 又、長々と(^^)
 弊店の先代がまだ健在だったら、本ブログで蕎麦屋親爺が書き連ねる駄文を読んで、怒り狂って私ははっ倒されただろう。(^^)
 「おめぇてぇ奴は、野暮中の野暮だわ。
  蕎麦屋が蕎麦屋の中身を語ってどうすんだ。
  てめぇのパンツの中を見せてどうすんだ。 
  蕎麦屋はこれだけ苦労して作るんだから有り難く食え、ってお客様に暗に要求しやがって。
  黙ってあっさりお客様の前に出し、召し上がって頂く。
  せいぜいお客様の食べっぷりを見守る。
  それが蕎麦屋だ。
  それが出来りゃ、ふん、おめぇみたい奴でもせいぜい野暮じゃねぇってところだわ。
  ブログなんかで、蕎麦屋を語んな、わかったな。」
と、はっ倒されて目を白黒している私に・・・言っただろう。(^^)