2006年06月13日

第三回報告

【議題:ウェブ進化論】

1.本書の流れ

・「インターネット」「チープ革命」「オープンソース」なる「三大潮流」
・その三大潮流をもとに「三大法則」が生まれた。

 機Э世了訶世らの世界理解
 供Д優奪半紊忘遒辰真祐屬諒身が金を稼いでくれる新しい経済圏
 掘А腹睫妓詑隋法漾腹皀璽蹇法something、あるいは消えて失われるはずの価値の集積

・この三つの法則をうまく利用しているのがgoogleでありAmazonである。
・これらに加え、ブログ、wikipediaなど、双方向性の高まったウェブサービスを主にweb2.0と呼ぶ。
・こうした流れの中で、ウェブは「こっち側」の世界にあった常識や権威を、ネットの「あっち側」の世界で壊しつつある。

2.webと監視社会

・ウェブの危険性を考慮するとき、今までは主にウェブのコンテンツの危険性が指摘されてきた。
・しかし本書は、ウェブコンテンツの有用性のみならず、技術的な有用性についても述べている
・そこで、ウェブの危険性を考慮する場合、技術的な危険性についても考慮する必要がある。
・Amazonの購買履歴を利用したお勧め品リストや、Gメールの広告リンク最適化構想、「自動秩序形成システム」などは、一種の監視技術である。
・「サービスを受けることと監視されていることは等しい」
・かつこうした監視は本人が監視とは気付かず、自由意志の結果として「監視されに行っている」状況が発生している
・こうした状況を環境管理・監視型社会と呼ぶ
・環境管理・監視型社会は、それと気付かれずに監視の手を及ぼすことが出来るため、国家権力は利用したがるであろう。

レジメの流れとしてはこんな感じですね。
以下議論の流れ。

・ファーストフード店やテレビなど、環境管理型の構造は割と身近にある。
・googleの中国検閲問題:一民間企業のさらに検索システムという一技術が、ジャーナリズムを持つ必要があるのか?→「しかし検閲の受容は世界中の知の集積」という理念に反するのでは?

他にも色々ありましたが、まぁこんな感じで。

【次回について】

集まり自体は夏休み明けの九月になると思います。ただ二ヶ月開くので、一冊古典的な作品を読んでみようかと思います。
候補としては
・マルクス
・ウェーバー
・ルソー
・ロック
ここら辺の作品を読んでみようかなと。具体的な作品名、または他の学者等、ぜひ案を出してみてください。お願いします。



sociary at 23:38|PermalinkComments(5)TrackBack(0) 報告 

2006年05月16日

第二回報告

今度から、このブログでは次回のゼミの日程の確認等に加え、これなかった人も内容を大体把握できるよう、報告をすることにします。また、ゼミの中で出た疑問点なども後日調べてここに掲載します。復習の意味でも是非アクセスしてください。

【議題:ニートって言うな!】

1.本書のまとめ

・本家イギリスの「Neet」と日本版「ニート」の定義の違い
・日本版ニートは「ひきこもり」と≒で結ばれている
・その「ひきこもり」的イメージのニートは、実は増えていない
・日本版ニートはその原因が「個人」に還元されている(本人のやる気の問題だ、等)
・ニートは、パラサイトシングル、フリーターなど、メディアが「発見」し「問題」化している「ヒット商品」の一つではないか
・原因が「個人」に還元されているため、提示される解決手段もまた個人に焦点を当てている
・社会構造の変化の結果として、ニートを捉える必要がある

2.「ニート」と「希望」の親和性

・ニート問題に前後し、「希望」という言葉が増えてきた
・「希望格差社会」「希望のニート」「希望学」など
・「将来への希望をなくした者」としてのニートに対する「希望」という処方箋
・「希望」とは現在の立ち位置から将来的に予測できる立ち位置の上昇的落差である
・そのため、「希望を持てる社会」を安易に目指すと、立ち位置をわざとグンとさげて、そこから希望を得ようとする、「0→+」ではなく「−→0」的な希望の得方が広がる可能性がある。
・安全で平和な社会の中で、働いて経済的豊かさを望める「希望」と、戦争中の不安と混乱の中で戦争に協力し勝利を望む「希望」も、「希望を持てる社会」というシステムの中では等価

3.まとめ

・ニート問題解決策の積極的模索は、ニートを問題視する煽りの延長線上にあるのではないか
・ニートに対する誤った知識・報道を「『ニート問題』問題」として包括的に捉え、他の若者バッシングの一つの支流として考慮する必要がある。

レジメの中身的にはこんな感じですね。
その後の議論の流れとしては

・メディアの力が非常に大きい
・「希望」を持とう、という同質的な価値基準を強制する世の中になりはしないか
・資本主義である以上、「上流」も「下流」も必然的に生まれる。誰が「上流」でだれが「下流」なのかのイメージ付けは恣意的かもしれない。
・世の中に流れている言説の「神話構造」を読み解き、レトリックにはまらないようにする

こんな感じ。
あとレジメの他に「サイゾー」06年5月号で本書の著者達が対談していたので、コピーしました。参加してない方にも差し上げますので、学内で俺を見かけたら声かけてください。
あ、その中で出てきた「エントロピー」について
要は「不確実さ・乱雑さ」って感じですかね。文脈から判断しないと難しそうです。

【次回について】

次回のネタ本はウェブ進化論です。日程は六月の最初の週を予定しております。火曜日なら6月6日ですね。


sociary at 23:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 報告 

2006年05月12日

第二回ARMS

5月16日(火)六時半くらいからです。
ネタ本は「ニートって言うな!」です。
友人等の参加も募ってお願いします。


sociary at 14:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 次回予告 

2006年04月22日

第一回ARMS

4月25日(火)の18:30からということでよろしいでしょうか。

途中参加等の連絡ありましたらお願いします。



sociary at 21:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 次回予告 

2006年03月01日

名前について追記

もし、大学生である僕らが今集まり話す意義みたいなもの、つまり僕らの世代ををひとくくりにして呼ぶことばが欲しければ、「Lost Decades Children(失われし十年の子供達)」てのもありです。略すとLDCですか。

僕らが人格形成に大切な時間を過ごした1990〜2000を、しかし大人たちは「失われた十年」と呼びます。

なぜか?それは経済的な発展が止まった年代だからです。しかし、経済的な発展が止まろうが、その十年は我々の世代にとって大切な十年であったことに変わりはありません。

むしろ、経済的な発展を第一に掲げた大人たちが作った社会が、現代社会の問題を生み出している面も否定できないわけです。

そういう意味で、「Lost Decades」に生まれついた僕らが、そう呼んだ大人たちの作った社会について議論し、捉え返すことは一定の意味があることだと思います。

長々とすいません。

sociary at 12:07|PermalinkComments(1)TrackBack(0) ARMSについて 

第0回勉強会

昨日はお疲れ様でした。
3時間は長いかなと思ったんですが、何のことは無い、足りないくらいでしたね。
トラウマの話もなかなか面白かったです。

次回なんですが、題材は「社会認識のあゆみ」ってのがいいんでないかという声が。
テスト直後あたりに(まぁテスト中でもいいんですが)やってみたいと思います。
どうでしょう?






後は名前についてなんですが、一つ考えてみたのがあるので載せておきます。

「Analysts of Real Modern Society」

略して「ARMS」

どうでしょう。発音もアームズで言いやすいし・・・

他にも案があればガシガシどうぞ。







sociary at 10:53|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 報告