2006年05月16日

第二回報告

今度から、このブログでは次回のゼミの日程の確認等に加え、これなかった人も内容を大体把握できるよう、報告をすることにします。また、ゼミの中で出た疑問点なども後日調べてここに掲載します。復習の意味でも是非アクセスしてください。

【議題:ニートって言うな!】

1.本書のまとめ

・本家イギリスの「Neet」と日本版「ニート」の定義の違い
・日本版ニートは「ひきこもり」と≒で結ばれている
・その「ひきこもり」的イメージのニートは、実は増えていない
・日本版ニートはその原因が「個人」に還元されている(本人のやる気の問題だ、等)
・ニートは、パラサイトシングル、フリーターなど、メディアが「発見」し「問題」化している「ヒット商品」の一つではないか
・原因が「個人」に還元されているため、提示される解決手段もまた個人に焦点を当てている
・社会構造の変化の結果として、ニートを捉える必要がある

2.「ニート」と「希望」の親和性

・ニート問題に前後し、「希望」という言葉が増えてきた
・「希望格差社会」「希望のニート」「希望学」など
・「将来への希望をなくした者」としてのニートに対する「希望」という処方箋
・「希望」とは現在の立ち位置から将来的に予測できる立ち位置の上昇的落差である
・そのため、「希望を持てる社会」を安易に目指すと、立ち位置をわざとグンとさげて、そこから希望を得ようとする、「0→+」ではなく「−→0」的な希望の得方が広がる可能性がある。
・安全で平和な社会の中で、働いて経済的豊かさを望める「希望」と、戦争中の不安と混乱の中で戦争に協力し勝利を望む「希望」も、「希望を持てる社会」というシステムの中では等価

3.まとめ

・ニート問題解決策の積極的模索は、ニートを問題視する煽りの延長線上にあるのではないか
・ニートに対する誤った知識・報道を「『ニート問題』問題」として包括的に捉え、他の若者バッシングの一つの支流として考慮する必要がある。

レジメの中身的にはこんな感じですね。
その後の議論の流れとしては

・メディアの力が非常に大きい
・「希望」を持とう、という同質的な価値基準を強制する世の中になりはしないか
・資本主義である以上、「上流」も「下流」も必然的に生まれる。誰が「上流」でだれが「下流」なのかのイメージ付けは恣意的かもしれない。
・世の中に流れている言説の「神話構造」を読み解き、レトリックにはまらないようにする

こんな感じ。
あとレジメの他に「サイゾー」06年5月号で本書の著者達が対談していたので、コピーしました。参加してない方にも差し上げますので、学内で俺を見かけたら声かけてください。
あ、その中で出てきた「エントロピー」について
要は「不確実さ・乱雑さ」って感じですかね。文脈から判断しないと難しそうです。

【次回について】

次回のネタ本はウェブ進化論です。日程は六月の最初の週を予定しております。火曜日なら6月6日ですね。


sociary at 23:32│Comments(0)TrackBack(0) 報告 

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