自分の欠点は、「突き詰めてしまい過ぎる」ことにある。

つまり、過剰で、暑苦しい奴なのであるwww

そういう輩だから、ボディビルをやろうとしても、ついつい気負い過ぎてしまい、息切れしてしまいがちなのである。

で、これからは、「自然体」でトレーニングに臨みたいと心に決めている。

「かくあるべし」と決め付けず、淡々と行うこと。

だから、種目の順番が後先に成っても気にしない。

勿論、重量が上がらなくても気にしない。

「今日は、そういう、『上がらない日』なのである」。

筋力とは、さながら「金力」のようである。

「無い袖は振れない」のである。

かつて、「自分は、月に40万円ももらっていたのだ!」と云っていても、現在は月に12万円しか入らない派遣労務者であるならば、それに見合った金の使い方をするしかないのである。

それと同様に、かつてベンチプレスで100キロ上がっていたとしても、現在は50キロしか上がらなければ、その50キロのウェイトでしっかりとトレーニングするしかありえないのである。

それと同様に、先週上がった重量が、今週に成って上がらなくても、悲憤慷慨するべきではないのである。

上がったり、上がらなかったりの繰り返しのうちに、筋力と筋量は上昇していくだろうから、である。

こういう、地道でコツコツというのは、自分は不向きなのかもしれない。

ただ、「執念深い」粘着気質なので、その分で、何とか「補填」しているのかもしれない。

あとは、「ちょっと、やり残した」感じでトレーニングを終えるようにしたい。

「腹八分目」ではないが、ジムに対して「後ろ髪を引かれる」ような気分の方が、次にトレーニングをしようとする意欲が増すだろうからである。

激し過ぎるのは、困りものである。

もう、あと数年後には、「職場」の有り方が激変すると予想される。

それは、「企業」に於ける、「組織」の有り方が激変するからであると、自分は思う。

何故、「企業」に於ける「組織」が激変するのか、と云えば、それはここ数年来での急激な科学技術の進歩によるものである。

とりわけ、インターネットとスマートフォンやタブレット端末による科学技術の進歩によって、我々人類の社会的枠組みは否応無く激変してしまったと云える。

かつての「近代」から「現代」に於いて、それは「マス」(mass)の時代であった。

そのキーワードは「大衆」であり、「集団」であり、「多数」「多量」であった。

そもそも「中世」や「封建」という時代は、権力や権威などの分割、分立の時代であった。

それが、絶対王政、帝国主義というかたちで「集中」されていく。

「近代」に於いて、当初は「君主」に権力や権威が「集中」されていった。

これが云わば「帝国主義」である。

だが、この「帝国主義」は、市民革命やブルジョア革命というかたちで王制が打倒された後に設立された民主制の国家に於いても、その権力や権威の「集中」の傾向は変わらない。

むしろ、隣接する周囲の外国からの対「反革命」戦争を勝ち抜くための「戦時体制」として、より加速される。

ロピスエールのジャコバン派の恐怖政治、さらには、その反動とも云えるテルミドールののクーデターが有り、ついにはブリュメールのクーデターでナポレオンによる「帝政」が誕生するまでに到る。

権力と権威の「集中」は、フランス大革命による時点から、「君主」によるものでなければ、「党派(セクト)」によって実行される、という「流れ」が誕生していた。

その後の、マルキシズム、ボリシェビキによる「革命に於ける前衛党」による「党中央による独裁」がまさにそうである。

また、「社会主義の亜種」であるファシズムや、さらにその「ファシズムの亜種」であるナチズムによって、大衆に依拠したかたちでの「独裁」というかたちと成った。

いわゆる「民主制」「共和制」の国家に於いても、「大統領制」というかたちで、「定期的に政権交代の革命を制度化した君主制」というかたちで、権力と権威の集中が為されている。

権力と権威の集中ということは、情報や知識、資本(財産、現金)、そして人々を集約し、」集中させることによって、国家や社会、組織の強化を図った。

また、ピラミッド型の単純明快で、硬質な組織構造は、効率的とも云えた。

そして、この権力と権威の集中の時代的な傾向に於いて、新聞・映画・ラジオ・TVと云った「マスコミ」が、集約化された権力と権威への「安全装置」として、その「暴走」を制御することが求められた。

だが、皮肉なことに、その「マスコミ」こそが、何時しか「第四権力」と化し、傲岸不遜な振る舞いをする始末と成る。

だが、この「集中」という、「流れ」が、インターネットによって激変されようとしているのである。

それは、従来型の「mass」(マス)の手法とは、明確に異なると云うことである。

従来は、「職場」に出勤し、機械を操作したり、会議をしたりしなければいけなかった。

だが、テレビ会議が物珍しい存在とはなくなり、「企業」の「構成員」が、必ずしも「一堂に会する」必要性は「絶対」ではなくなったのである。

勿論、まだ、その「重要度」は維持されているのだが、それは、いつまでも維持され続けられるとは思えない。

かつての東インド会社から始まる「企業」という組織体は、「利潤を生む」ということを目的とした機能的組織体である。

だから、利潤を今よりもさらに増加させることが可能であるならば、その組織体の存在目的である目標に向かって、融通無碍に、どんどんその有り方を変貌させていくのである。

いずれは、自宅に於いて、「在宅勤務」というスタイルが普及していくだろう。

だが、「在宅勤務」ということに成った場合、「就業時間」という「概念」そのものが成立しなくなる可能性が有る。

一応、「業務用のパソコンの電源を入れた時間」を「始業時間」とみなし、「電源を落とした時間」を「終業時間」とみなす「運用」と成るだろう。

だが、そのような就業体制と成った場合、明らかに現行の「就業時間」とは違ってくる。

「残業」や「休日出勤」という、「概念」そのものが無くなるだろう。

これは、或る面、「長時間過重労働」を強制する方向に成る。

さらに、もっと云えば、「企業」の「施設」に「立ち入らない」人間が、定期的に「業務」に「従事」した場合、それは「雇用」関係と見なすべきなのか?

それとも、「業務発注請負」というかたちの「業務委託契約」関係と見なすべきなのか?

もし、「請負」ということに成れば、現行の「労働法規」の管轄外に成る。

つまり、労働者としての権利が、全く「発生しない」とみなされるのである。

何故なら、「請負」は「資本家階級」の事業主だからである。

従来は、「企業」という「組織」に「採用」され、「帰属」することによって、教育や研修も為され、企業秘密の保持や金銭の管理も為された。

と云うより、「授業員」「被雇用者」として、「社員」にしなければ、「企業」が経営出来なかったからである。

だが、ネット社会の広がりと深化によって、個人と個人が著しく簡単にコンタクト可能に成ったのである。

何も、「組織」に「帰属」する必要は無く成ったのである。

そのような時代の「傾向」と成るならば、この世界の中に、夥しい数の「個人」が遊離し、それをインターネットで結び合う「時代」と成ろう。

この「時代」は、或る面、非常に苛酷な時代と成ろう。

何故ならば、「個人」そのものの「優劣」がむきだしで評価されることとなるだろうからである。

従来であるならば、「帰属」する「組織」に於けるポジションである「地位」や「肩書」が、「個人」に対する「付加価値」として威光を放っていた。

だが、「個人」というものが前面に出過ぎる「時代」と成れば、「組織」というものの「実感」が乏しく成って行くだろう。

そうなった時、「組織」の「真価」が認識しにくい状況と成るかもしれない。

「個人」としての「真価」が、従来とは比較に成らない程、大きな「選定基準」として捉えられるようになるならば、「個人」としての「力量」や「才覚」、そして「人格」や「徳」という「要素」が、「決定的な」意味合いを持つことと成ろう。

間違い無く云えることは、今後、自分自身に対して、如何に「鍛練」を課していけるか、ということにかかってこよう。

それは「知的」な鍛練、身体的鍛練、精神的鍛練、社会的交渉能力の鍛錬、全てに取り組めるかどうかということに成ろう。

そして、その絶え間無い「鍛練」によって、「世界」から「評価」され得た人物は、従来とは比較に成らない程の知名度と収益を得るということに成るのだろう。

だが、そんな「成功者」は、ごくごく少数であろうが。

後は、現在の自分のような派遣労務者として、低賃金で安く酷使されるのみであろう。

だから、間違い無く、これからの社会的な平均収入額は低下する。

激減するだろう。

当然、消費活動は、ほんの一握りの「セレブ」だけが旺盛に行うのみとなろう。

これは、「良い」とか「悪い」とか、そんなことではない。

否応無く、「そう成っていくだろう」ということである。

「適応」していく道も有れば、「反時代的」に振る舞って自滅していく「美学」も有る。

それは、個々の選択の自由である。

「村上春樹の最新作って、綾小路翔が殺されちゃう話しでしょ?」

(字が違うwww。同じ「キシ団長」だけど)

今月に入って、仕事の「現場」が変わった。

今度の現場は、「手上げ」が有る。

「手上げ」とは、荷物を手で持って運び上げることである。

エレベーターが無い場所を、階段を缶コーヒーやペットボトルを満載にした荷物を2階や3階まで運び上げるのである。

先月までの現場は、猫車が有ったので、階段でも猫車に載せて運べる。

だが、今月からの現場は人力で運ぶしかない。

で、しかも「折りコン」である。

パタパタと折り畳みの出来るプラスチック製の箱である。

この折りコンに缶コーヒーなどを満載すると、結構な重量に成る。

しかも、段ボール箱と比べて横幅が有るので、重量化した折りコンを持ち運ぶには、背中の筋力が必要と成る。

で、約1年ぶりに「手上げ」の仕事をした。

当然、背中は筋肉痛が出て来る。

だが、背中の筋肉痛を感じたことから、「筋トレ」の「快感」を思い出してしまったのである。

なんだかんだ、約1年ほど、筋トレをしていなかった。

したい、したい、と思いながらも、体調不良などで、何時しかジムから足が遠いのいていた。

だが、自分は「筋肉」が好きだし、「筋トレ」も好きなのだ。

だから、捨てたり、諦めたりは出来なかった。

 

先週末に、本当に久しぶりにジムに行った。

案の定、パワーは情けない程、無くなっていた。

だが、社会人で、「ボディビル」に全てをつぎこめるような人は、少ない。

「意志」の問題も有るのだが、やはり、「幸運」でなければ、ボディビルに限らず、あらゆるスポーツも趣味・道楽も継続することは困難である。

さながら、「賽の河原の石積み」であるのだが、また筋肉を鍛え直していかないといけない。

 

トレーニングのメモ帳が有るのだが、今日、あまり厳密にノートを付けていくべきではないのではないか?と思った。

トレーニングのノートというのは、「記録」である。

ただ、そのノートで記録された重量や回数に関して、どうしてもその「数値」に捉われてしまうのである。

考えてみれば、晴れた日も有れば、曇りの日も有り、土砂降りや台風の日も有る。

トレーニングの体調や、実施時間帯も、必ずしも一定には保てない。

状況や背景が変化したにもかかわらず、「結果」は同一で、不変である、ということは、実はかえって不自然なことであろう。

例えば、ベンチプレスで100キロを5レップ上げられたとする。

だが、それは、いつも上げられる重量値であるとは限らない。

とはいえ、自分がそうであったが、どうしても、そういう「数値」や「データ」に拘ってしまうのである。

勿論、限界までトレーニングを追い込んでいくことは必要である。

だが、トレーニングを追い込んで行くことと、「数値」を「再現」させることは、必ずしも同一では有り得ない。

それこそ、腰や脚などのトレーニングで鍛える「標的」とする筋肉以外の筋肉を使って、無理やり上げてしまうことも出来る訳である。

だが、それでは、本当に鍛えたい筋肉に「効かせる」ことは出来なくなってしまう。

さらに、関節などに無理な負担と成って大怪我につながる危険性も出て来る。

 

そうなると、トレーニングを実施していくに当たっての「判断基準」は、「感覚」ということになるだろう。

自分自身で、正確なフォームを意識しながら、限界まで追い込む。

だが、無理はしない。

 

長いブランクに入る前から、トレーニングノートに関しては、その日に出来得た重量と回数のみを記し、感情的に受け止めないようにしては居た。

考えてみれば、「機械」ではないのだから、どうしても「上がらない」日も出て来るのである。

それを「根性が無い」とか「クソだ!」といくら悲憤慷慨したところで、「上がらないものは上がらない」のである。

ただ、人間と云う者は、ついつい、解り易い「数値」や「データ」に傾斜しがちなのである。

かのブルース・リーは映画「燃えよドラゴン」の冒頭部で、ストーリーとは無関係なシーンでこう云っている。

「考えるな。感じるんだ。」

これは、小さな子供に武術の稽古を付けている時の「指摘」である。

 

哲人パスカルによると「人間は考える葦である」という。

だから、どうしても、論理に偏重するところが多い。

勿論、論理を軽視や無視していてはいけない。

ただ、人間は肉体が有り、肉体に関しては五感が指標であるということである。

だから、感覚と論理を絶えず往復させながら、現状の把握と対策の実施を志向していかなくてはいけない。

 

これからボチボチと気負わずに自然体でボディビルを再開させて行きたいと思う。

トレーニングはひたむきに。

でも、トレーニングノートは「いい加減」にやっていこうと思う。

なんだか、「仕事」に於いて、「格差」が本当に拡大している感じがする。

例えば、「忙しい人」は、どんどん多忙に成る。

一方、お声がかからない人は、貧困層に堕ちていく。

ひとくちに「忙しい人」と云っても、二つに大別出来て、

「業務処理能力は高く、迅速に仕事が出来るのだが、依頼される業務の数が多過ぎる」。

「業務の数はそれほどでもないのだが、いつまでたっても仕事が完了出来ない」。

一つ目の「仕事早く出来るのだが、量が多過ぎる」と云うタイプは、まさに「頼みごとは忙しい人に頼め」というテーゼ通りの人である。

で、頼まれると嫌な顔もせずに、しかも、パッと完了させてしまうのだ。

こういう「使い勝手の良い」人には、仕事の依頼が後から後から押し寄せて来てしまう。

だが、そういう「重宝」な人は、間違い無く「過労」と成り、大抵、「短命」でもある。

やはり、「忙しい人」は、請け負う仕事量を減らすべきだと思う。

そして、自分のような所在無げなポンコツに、少しは仕事を回したら良いのである。

これからの世界は、ほんの一握りの「セレブ」を除いて、大多数の人々は所得が激減するのだ。

近い将来、欲望を自制し、なるべくお金を使わない人々だらけの世界に成る。

勿論、景気の動向に直撃する訳だが、「景気」は、ほんの一握りの「セレブ」が「投資信託」でもって、作り出していき、そして、その「果実」も上の方だけでやり取りして終わる。

多分、最早「富」は下まで降りて来ることは無い。

ならば、後は、いかに「貧乏を味わっていくのか」ということしか有り得ないだろう。

だから、個人があくせく働くことはやめるべきだ。

なるべく、周囲へ「仕事」を散らしていくように仕向けていくべきだと思う。

気が付いたら、春のお彼岸が終わってしまった。

 

ところで、お墓参りをされた人はどれだけおられるだろうか?

もし、いわゆる「パワースポット」とやらを巡ることが大好きな御仁が居られたらならば、是非とも、お墓参りをされることをお薦めしたい。

何故なら、自分の家のお墓とは、我が家の「パワースポット」だからである。

自分の家のお墓参りもろくに行なわずに、よその「パワースポット」とやらにうつつを抜かしていたら、いくら「パワー」とやらを掻き集めたところで、底から全部抜け落ちてしまうだろう。

まずは、「足元を固める」ことである。

 

ちなみに、「お墓参りをしない人は不幸」なのだという。

何故なら、「お墓参りをしない人」は、「うわべだけで物事の本質を見ようとせず、手間暇をかけることを嫌う」からであるという。

「お墓参りをしない」から「不幸」なのではない。

「不幸」に成る傾向の人は、大抵、「お墓参りをしない」ということなのである。

今回の、いわゆる「森友学園」問題のせいで、政治家の先生方の「ガード」が固く成ると思う。

とても非常に良いことである。

今迄が、あまりに「フレンドリー」過ぎたのだ。

いくら、「政治活動」に熱心でも、いくら「肩書」が立派であっても、あくまで「ひとりの人間」として評価してみて、あまりに異常な人物とは、不用意な「交遊」は忌避すべきであろう。

往々にして、「理念」や「正義」の「燈火」の下には、「病んでいる」人々が蝟集して来る。

だから、「狂犬に噛まれる」リスクは、絶えず意識しておかなくてはいけないと思う。

 

ちなみに自分は、偉い先生方と「交遊」したいとは思わない。

何故なら、自分には、そんな大それた「資格」が無いからである。

もし、自分が偉い先生方に接することが有るとすれば、それは「下働き」の「使い走り」として、使役されることを申し出る時でしかない。

まあ、そもそも、下賤な自分が、そんな偉い先生方と接点が生じることも無いだろうし、また、仮に、そのような「僥倖」を得たとしても、自分は軽軽に口外するつもりは無い。

だから、自分は、そんな偉い先生方と「接することは無い。」(と書いておく。)

「投網で魚を獲ろうと思うな」

 

こんな自分でも、人前でお話しさせていただくことが、無い訳では無い。

で、何人かの前で、お話しをさせていただく上で、自分が肝に銘じていることが、「投網で魚を獲ろうと思うな」ということである。

人前でお話しをさせていただくにあたって、5人なら5人、10人なら10人を目の前にしてお話しをさせていただく。

で、自分は「専門家」ではないので、自分が話し始めていくうちに、つまらなさそうにしている人がちらほらと出て来る。

まあ、当然の帰結と云える訳であるが、「話し手」としては、どうしても心をかき乱されるものである。

人によっては不快に感じるかもしれないが、自分としては「申し訳ない!どうしよう。」と狼狽し、焦燥してしまうのである。

そこで、何とか「受け」を取ろうと、「受け狙い」に走ってしまうのである。

ただ、慌てて「方向転換」を強行すると、それはガタガタに揺れ動く結果に成ってしまう。

話している事柄が、何が何だか訳が解らなくなってしまうのである。

自分は、これで、悩んだ。

まあ、所詮、素人だから致し方ないのだが、どうしたら良いのか、どう工夫したら良いのか、困り果てた。

そこで、或ることに気が付いたのである。

5人なら5人、実は、1人が「5人」集まって5人なのである。

10人なら10人、実は、1人が「10人」集まって10人なのである。

つまり、「5人」は「ひとかたまり」ではないのだ。

同様に、「10人」も「ひとかたまり」ではないのだ。

だから、5人の内、自分の話しなど聞く耳持たない御仁が居たところで、それは、当り前なことなのである。

むしろ、残りの4人の内、自分の話しに耳を傾けてくれる人のために、全力でお話しさせていただければ充分なのである。

だから、5人のうち、たった1人でも、熱心に自分の話しを聞いてくれる人が居られたならば、そのたった1人のために、誠心誠意、全身全霊でお話しをさせてもらえば良いのである。

「5人」だろうが、「10人」だろうが、「50人」だろうが、本当は1人1人バラバラの個人が寄り集まっているのに過ぎないのである。

だから、「5人」を目の前にして、「5人」全員を「引っ括ろう」と狙ってはいけないのである。

それこそ、「5人」のうち、1人1人をそれぞれ「釣り上げる」ぐらいの気持ちでなくては駄目なのだと思う。

 

これは、極めて逆説的だとも云えるのだが、「極私的であることが普遍的に通じる」のであると思う。

自分が拙文を綴る時、徹頭徹尾、念頭に置いているのは、実は「自分自身」でしかない。

「自分自身」が読み返してみて、「納得」が出来るかどうか。

その一点だけにこだわって書き綴っている。

だから、極端な話し、他人がどう受け止めるかどうかは、あまり考えていない。

ただ、こういう、云わば「独り善がり」の書き方に徹しているにもかかわらず、意外と良い反応が有ったりする。

それは、とことんまで「自分自身」に向かって掘り下げて書いているので、「自分自身」と多少似た傾向の「他人」には、「共感」してもらえるのだ。

一方、「広く大衆に向けて」とか、「万人に対して」などと、なまじ「高邁な」精神で書こうとすると、かえって上手く行かないものである。

何故ならば、「大衆」とか「万人」という、「不特定多数」を対象とすると、訴求する焦点が絞り込めずにピンボケの代物に成ってしまうのである。

だから、事前に、訴求すべき「対象者」が特定出来ていない場合は、むしろ、独善に徹し切った方が、かえって、他人の共感を得やすいのである。

自分は、拙ブログに於いて、10年以上、ただひたすら「独善」で書き進めて来た。

だからこそ、ずっと「無名」なままなのだろうが、その一方で、過分なお褒めを頂戴する栄誉を得ることも有った。

自分の拙文はあくまで独善で極私的だと思う。

だが、それに徹し切った結果、自分に似た趣向の方々からは、評価をいただくことが出来た。

自分は、それで充分だし、また、それ以外の「やりかた」が解らない。

そして、多分、その他の「やりかた」を教えてもらったとしても、自分には到底実行出来ないであろう。

 

自分は、人前でお話しをさせていただく時、自分の話しに興味を持って下さる「たった1人」のために、精一杯、お話しをさせてもらう意識である。

何故なら、「魚を投網で獲る」能力を自分は持っていないからである。

自分に能力が無い以上、その「能力」を保持することを前提とした「行為」を行うことは「無理」であり「不可能」である。

だから、自分は自分自身に対して、「投網で魚を獲ろうと思うな」と肝に銘じているのである。

と云う訳で、自分にとって「聴衆」の多寡は、全く問題に成らない。

100人だろうと数人だろうと、自分はあくまで、その中の「たった1人」の為に、精一杯、お話をさせていただく意識だからである。

 

なお、聴衆の全員の心を惹きこみ、聴き入らせることが出来るような「雄弁家」に対しては、この限りではない、と思う。

只今、話題沸騰中の「時の人」である籠池ヤスノリ理事長。

彼に5年ほど前、自分は、大阪護国神社で会ったことが有る。

で、その時の感触を基に、これから辛辣なことを云わせてもらう。

実は、この籠池のおっさんと、その他、いわゆる「保守派」の方々の「違い」を指摘することが出来ない。

いや、明確には、「異なる」のではあるのだが、パッと見の印象では、ほとんど見分けがつかないのである。

これが、非常に厄介至極なのである。

別に、これは「いわゆる保守派」だけに限定されない。

自分のような、「保守ではない」と指弾される人間も含めて、区別が困難なのである。

現に、左翼の連中は、意図的に「糞味噌一緒くた」にして、いわゆる「保守派」全体のイメージダウンを狙っている。

例えば、先日の日本テレビ系「バンキシャ」に於いて、教育評論家の尾木ママは、明確に「教育勅語は駄目だ。」と云い切った。

極めて巧妙な手口である。

あんな籠池のおっさんの映像の後に、したり顔でコメントされたら、大抵の人間は、「教育勅語なんて古臭い奴を持ち出すなんて愚かしい。」と思い込んでしまう。

ここが問題なのである。

さて、籠池のおっさんと、いわゆる「保守派」の違いとしては、やはり「恥じらい」の「有る無し」ではないだろうか?

なんと、籠池のおっさんは、畏れ多くも、天皇皇后両陛下の行幸啓に絡めての記事をネット上にアップした。

宮内庁は、「そんな事実は無い。」とカンカンだが、その真偽はともかくとして、ご皇室に自分が関わった際の事柄についてあまりにも安直にネット上にアップしてしまうという、その「神経」が問題である。

少なくとも、いわゆる「保守派」ということを自任する者であるならば、そんな畏れ多いことを軽軽に触れ回るようなことは隠忍自重するのが当然であろう。

何故なら、ご皇室の方々、天皇皇后両陛下やご皇族の方々は、「有名人」ではないからである。

映画俳優やアイドル歌手と同様の「扱い」で、妥当な訳がなかろう。

もっと云えば、「これから二郎ラーメンの全マシマシ、食べまーす!」や「特大イチゴパフェ、ウマー!!!」と同じ感覚でしかない、ということである。

だから、結果として、籠池のおっさんは「尊皇忠君」では有り得なかったのである。

ただの「ミーハー」に過ぎなかったのだ。

もし、仮に、自分がこのような畏れ多いことに成ったとしたならば、ネット上はおろか、周囲にそのような「事実」が有ったことさえ云うことを憚るであろう。

余程、親しい御仁以外は、絶対に口外しない、と思う。

まあ、「無位無官」の自分に、そんな「誉(ほまれ)」が有るかどうかは解らないが。

 

或る御仁がこう云われた。

「撒いた種には土を被(かぶ)せよ。」と。

人間と云う者は、ついつい、「自分があれをやった、これもやった。」と吹聴したくなるものである。

それは、さながら、種を撒いたということを多くの人々に知って欲しいと願うあまり、人目に付くように土の上に種を置いたままにしているようなことである。

だが、種というものは、乾燥し、干からびてしまえば、芽を出すことは出来なくなってしまう。

つまり、折角、種を撒いても、「種を撒いた」ということを他人に知らしめたいばかりに、肝腎の「芽吹く」ことを台無しにさせてしまうのである。

だからこそ、「撒いた種には土を被せよ。」ということなのである。

勿論、土を被せてしまえば、いくらどんなに種を撒いたところで、誰も察知することは出来ない。

但し、時が経てば、いずれ芽が出て、葉が茂り、花実と成る訳で、成果は出て来るのである。

そして、最終的には、「種を撒いた」事実は、周知されることと成るのだ。

今、「種を撒」かなくてはいけない。

そして、多くの方々が、種を撒き続けている。

ところが、折角、種を撒いたにもかかわらず、土を被せずに悦に入っている人が多過ぎるのだ。

そもそも、何故、種を撒くのか?

それは、花実を得ることに有るのではないのか?

ならば、種を撒いたことを誇示するのではなく、あくまで、確実に花実を成さしめ、収穫出来るように努力することが肝心なのではないのか?

だからこそ、「撒いた種には土を被せよ。」、なのである。

先日、某所でマイクを握ってお話しをさせていただいた。

下書きも準備も丸で無し、という、誠に不謹慎なwww「ぶっつけ本番」だった。

文字通り、無我夢中で、どうにかこうにか、時間いっぱいまでを務めさせてもらった。

どれくらいの「出来」だったのか、正直云って、自分は判断が付かない。

ただ、喜んでくださった人もおられたようなので、ホッとしている。

実は、以前、選挙のボランティアをさせていただいた時、いわゆる「つなぎ弁士」をしたことが有った。

例えば、候補者が街頭で演説している途中で、通行人が握手を求めて来たりする。

その際に、短時間、マイクをお預かりしてその場をつなぐのである。

そういう「つなぎ弁士」だから、突然、いきなり「出番」に成る。

しかも、何分しゃべるのか、時間が決まっていない。

ものの2、3分かもしれないし、10分くらい持たさないといけないかもしれない。

或る時、交差点で街宣し始めたら、候補者が突然呼び出されて街宣車から離れなくてはいけなくなった。

で、「つなぎ弁士」を始めたのだが、5分経っても10分経っても、候補者がお戻りにならない。

後でうかがってみたところ、いろいろと協議したり、幾人かと挨拶を交わす流れに成ってしまい、事前の見込み以上に時間がかかってしまったらしい。

急にマイクを渡され、何とか「つないだ」のであるが、一通りネタを話尽くしてしまったので、困ってしまった。

ただ、それから、また別の話題で「つないだ」訳であるが、どうやら全部で20分近くやっていたようである。

あの時も、本当に無我夢中だった。

一番驚いたのは、駅前で、候補者が応援弁士の政治家の先生と打ち合わせをされ始めたので、「3、4分持たせれば良いかな?」と思ってマイクを握って話し始めたら、突然、前から見知らぬ人が近付いて来て握手して去って行った。

実は、自分は、その時の選挙ボランティアの時に、はじめて選挙の街頭演説をやったのである。

その割には、粗相に成らなかったのは、ひとえに、長年に渡って延々と拙文を書き綴っていたからであろう。

やはり、文章を書き続けていくという「作業」を継続していかなくては、他人への訴求力は身に付かないと思う。

あとは、自分が「話芸」が好きだから、と云うことも有る。

子供の頃から、落語や漫才など、「話芸」というものを心身に沁み込ませるように堪能してきたことが、生きて来ているのかもしれない。

勿論、それが、講演や演説という「スタイル」に必ずしも妥当な代物ではないのかもしれないが。

自分は学者でも評論家でもないので、格調高い弁舌は無理だと思っている。

自分が出来るのは、愛嬌の有る軽口みたいな代物。

でも、それで良いと思っているし、それしか出来ないと思っている。

無理をしてはいけない。

水島総監督について、自分は「ネット保守」のパイオニア(開拓者)であり、ファウンダー(創業者)であり、オルガナイザー(組織家)としても(保守派の中では)極めて優秀であったと高く評価している。

或る御仁は、「私心が無いから立派だ」と評された。

「私心」に関しては、各人でその評価や受け止め方に違いが有ると思う。

ただ、惜しむらくは「狭量」であったことに尽きよう。

このことが、かえすがえすも無念でならない。

稲田朋美防衛大臣の「言動」に対して、失望の意を表する方々あまりにも多過ぎる。

これに対して一筆啓上仕り候。

以前、靖国神社参拝に関して民進党の辻元清美からの国会委員会質問で、閣僚答弁をする際に、つい涙ぐまれた。

これに対して、「あまりにも情けない」「弱腰だ」「防衛大臣としての資質が問われる」などと批判が起こった。

だが、自分は、この時の「涙ぐまれた」ことに関しては、むしろ肯定的である。

何故なら、もし、ここで居丈高な答弁をすれば、「そんなに強がるのだったら、何が何でも8月15日に参拝するべきだろうが。」と突っ込まれてしまうだろう。

変に、強い態度を示せば、傲岸不遜で、黒を白と言いくるめるように見えてしまう。

自分は、むしろ、率直に「苦悩」している様を見せることで、かえって、多くの人々に、「本当は8月15日に靖国神社参拝したかったのだ。それを妨害されたのだ。」ということを理解させることが出来たと思う。

だから、自分は、あの時の答弁を、ただ単に「軟弱さ」であったと酷評しない。

一方、今回の一連の答弁の混迷ぶり、「森友学園」問題や、PKOの日報の問題に関しては、その批判に対しては首肯出来る。

下手くそだし、恰好が悪いと実感するからである。

だが、それを以てして、「防衛大臣は男性たるべし」という安直な結論を表明して得意然としているのは、浅慮であると自分は思う。

自分は、何も、「男性と女性は平等」「男性と女性は同じ」であるという、フェミニストやジェンダーフリー論者どもの愚論には与しない。

男性と女性では、明確に異なるのである。

それは、身体の形状から臓器の成り立ち、脳内構造から血中ホルモンの状態まで、明確に異なるからである。

だから、一般論として「男性はこういう傾向が得意」「女性はこういう分野が苦手」という「論理」は成立する。

具体的には、男性の方が論理的で、女性の方が感覚的である、など。

だが、その「性差」の存在だけをもって「閣僚」としての「条件」の「論拠」にしてしまうのは、乱暴としか云いようが無い。

問題は、「防衛大臣として、相応しいかどうか」ということである。

で、この「人事」に関して、その選択、選別は、「絶対的な基準」でもって為される訳では無い。

あくまでも「相対的な基準」でもって、人事は為されるのである。

やはり、一国の安全保障の担当閣僚ということになれば、それなりの資質や経歴などでもって、事前に絞りこまれる。

その「候補者群」の中から、内閣総理大臣が「指名」していくわけである。

その中で、男性の候補者もいれば、女性の候補者もいるのである。

ここで、話しをいったん変える。

男性と女性の「性差」の一番明確な項目としては、筋力が上げられる。

特に上半身の筋力は、男性と女性では、決定的な差が認められる。

だからこそ、オリンピックでも世界選手権に於いても、男性と女性で分けて競技を行うのである。

ところが、男性でも平凡な一般人と、女性でもスポーツ・スーパーアスリートと組み合った場合はどうなのであろうか?

それこそ、女子レスリングの吉田沙保里選手に対しては、平凡な一般男性が組み合っても、絶対に敵わないのである。

女性のボディビルダーの腕力には、平凡な一般男性では太刀打ちできないのである。

つまり、男女の「性差」の「一般論」も、状況設定によっては「相対的評価」でもって、変わってくるのである。

ここで、また、話しは戻る。

防衛大臣選考の時も同様である。

防衛大臣を選考する際においては、男性であるのか、女性であるのか、という「性別」よりも、防衛大臣に就任して以降の「機能性」の優劣こそが、選考判断基準として絶対的であろう。

確かに、優秀な男性の防衛大臣が就任出来れば最高最善であろう。

だが、防衛大臣を選考する「候補者群」の中で、一番優秀である候補者がたまたま女性であったのならば、その候補者が女性であったとしても、その人物こそが、「その時」の防衛大臣としては最適な候補者であると決定せざるを得ないのである。

ならば、「防衛大臣は男性であるべき」という意見は、能力主義を否定しているということである。

だからこそ、現在の政治状況や社会態勢から見て、全く評価するに値しない。

さて、問題は、稲田朋美防衛大臣についてである。

稲田朋美先生が、国会議員の中では「優秀」な政治家であることは衆目の一致するところである。

しかしながら、現時点に於いて、稲田朋美先生が防衛大臣として「最適」であったかどうか、という点が「問題」なのである。

そもそも、安倍内閣が改造される前に、既に「改造内閣には稲田朋美議員を入閣させる。」ということが「決まっていた」のである。

しかも、「閣僚でも、重要閣僚として起用する。」ということが「決まっていた」のである。

ところが、財務大臣も外務大臣も、現実的には「留任」させるしか選択肢は無かった。

そこで、消去法でもって、たまたま充てられたのが「防衛大臣」であった、ということ「なのかもしれない」わけである。

そして、「政治家」としては「優秀」であっても、「防衛大臣」としては「最適」であるかどうか、という点に関しては「未知数」であった訳である。

さらに、稲田朋美先生は、「防衛大臣が政治的キャリアとしては、最高位置」というかたちには「したくない」わけであったのである。

防衛大臣を退任された後は、「さらなる政治的キャリアを高めてほしい」という意図が有った訳である。

だからこそ、防衛大臣職を捨て身の覚悟で行うことが出来なくなってしまったのである。

そして、それは「守りの姿勢」となり、とにかく「無難な」言動と立ち居振る舞いへと成っていったわけである。

別に、「冒険」することが、最良・最適な閣僚としての有り方であるとは云えない。

ただ、その「守りの姿勢」が単なる「保身」としか見なされなくなった場合、裏目に出てしまうということである。

以上、書き連ねて来てみて、自分として云えることは、現在の稲田朋美先生は、「お気の毒」であるとしか云いようがない。

だが、現状の稲田朋美防衛大臣の「存在」が、安倍政権そのものを倒壊させてしまうだけの「危険因子」と化したり、もしくは日本国家の安全保障を損なうほどのリスクと成り得るのであるならば、最早、防衛大臣としては不適格であり、時機を見て退任されるのが宜しかろうとは思う。

とはいえ、それを「判断」するのは、あくまで安倍総理である。

安倍総理を嫌い、内閣を倒したいと願っているのならば、安直に「稲田防相は辞めるべき」と囃し立てたら宜しかろう。

そういう御仁こそが、只今「時の人」である、籠池ヤスノリ理事長と「同類」であるように、自分には見えるのである。

 

もし、「防衛大臣には、男性が相応しく、女性が成るべきではない。」という「論法」を通すのであるならば、小池百合子東京都知事に対しても、そのように指摘しなくてはおかしい。

東京都知事は、それこそ、防衛大臣よりも「直接的」に「東京都民」という大量の人命を預かっている。

「危機管理能力」という面に於いては、防衛大臣よりも、はるかに条件が厳しい筈である。

何故なら、防衛大臣には、内閣官房長官をはじめ、他の閣僚によるサポートが可能だからである。

さらに、最終的には総理大臣が、その責任を背負い込めば良い。

だが、東京都知事は、最多4人までの副知事や各局長クラスの役人がサポートするに過ぎない。

そういう面では、東京都知事ほど「女性には不向きな」ポストはない、とも云えるだろう。

防衛大臣が「女性では不適だ」というのであるならば、東京都知事も「女性では駄目だ」と云い切るべきである。

 

そもそも「人事」とは、あくまで、その時の選考状況に於ける「相対的基準」でもって決定せざるを得ないのである。

だからこそ、男性の世継ぎに適任者が「その時点」で存在しなかったから、井伊家に於いて「おんな城主」が誕生した訳である。

ただ、昨今、由々しきことは、逆に「女性」というジェンダーを選考基準項目の「筆頭」にして売り込んでしまう事例が散見するからである。

「とにかく、まずは“女性”ということで、」という、「女性」であることを「選定条件」の第一にしてしまい、「女性」であることを最大のセールスポイントとして「売り」にしてしまっていることである。

これは、或る面、「女性」であるという「性(ジェンダー)」を「利用」しているのである。

そして、そこには「人事」に於ける、「能力主義」が否定されているのである。

この「とにかく、まずは“女性”ということで、」という「手法」と、「男性が防衛大臣として相応しい」と決め付ける「論理」は、見事なまでに「同じ」である。

だからこそ、「浅はか」であるとしか、云いようが無いのである。

稲田朋美先生が苦境に立たされている。

いろいろとそれについての理由づけが為されている。

特に顕著なのは、稲田朋美防衛大臣が「女性」であるから、というもの。

自分は、この見立てに反対する。

そもそも「女性」だから軍事や国防に不向きであるという根拠に、軍事や国防に於いて実績を上げた「女性」がほとんどいない、と云う指摘が有る。

だが、それは、統計の恣意的なミスリードに過ぎない。

何故なら、そもそも「女性」の軍事や国防の「司令官」「将軍」の「数」がほとんど皆無だからである。

しかしながら、「女性」が軍事や国防の指揮官にかつて成らなかったのは、「伝統」や「文化」から来ている。

つまり、「そもそも女性は軍事に関わるべきではない」とされて来たからである。

向き、不向き、という議論以前に、「伝統」や「文化」的背景から、そういう選択肢自体がほんの少し前までは存在し得なかっただけに過ぎない。

ならば、かつて、少ないながらも存在した「女性」の軍事や国防の「指揮官」の事例こそ、厳密に吟味すべきではないのか?

1982年3月19日から6月14日まで、南米アルゼンチン沿海に浮かぶフォークランド諸島で戦闘状態が勃発した。

当時、軍事政権であったアルゼンチンのレオポルド・ガルチェリ大統領が紆余曲折の末に、英国領であったフォークランド諸島へ侵攻した。

一方、攻め込まれた英国は、かのマーガレット・サッチャーが総理であった。

米国をはじめ、国際社会は、外交交渉による穏便な「解決」を模索していたが、サッチャー首相は毅然と、フォークランド諸島奪還の為の軍事作戦決行を指令した。

当時の閣議で、重苦しい空気と成った時、「この中で、私以外に“男”はいないのか?!」とサッチャー首相が声を上げたと云う。

結果として、フォークランド紛争は1年以上も長引くことなく、さらに英国の勝利で明確にかたがついた。

戦前、内閣支持率が低迷していたサッチャー政権は、一気に高い支持率を獲得。

長期政権へ弾みを付けた。

他にも、帝政ロシアの女帝エカテリーナなど、女性ながらも「有事に成果を上げた女性」は存在する。

本朝に於いても、仲哀天皇崩御の直後に、幼帝を擁して外国へ攻め込んだ「神功皇后の三韓征伐」という「事例」が存在している。

つまり、「女性」でも「有事」には充分に対応出来得るのだと云えよう。

この「男性だから」「女性だから」という「類型化」は、明快で解りやすいのであるが、それゆえに、安直に論拠として多用されやすいように感じる。

ならば、何故現在、稲田朋美防衛相が「不適格」に見えるのだろうか?

自分から見ると、それは、稲田朋美防衛相が就任以来ずっと「守りの姿勢」で有り続けるためだと思う。

何も、「専守防衛」を旨としている訳ではなかろうがwww

つまり、稲田朋美防衛相は、「将来の総理候補」と云うことで、極力「無難に」というスタンスに傾斜し過ぎているのだと思う。

それは、稲田朋美防衛相ご本人というよりも、安倍総理など周囲の方々の「総意」として、そういう「空気」に成っているのである。

だが、人間というものは、いつも「無難に」と「守りの姿勢」に留まっていると、どんどん精彩を欠いていくのである。

ここは、近い将来に総理に成るかどうか、ということをいったん度外視して、肚を括って、あくまで「防衛大臣」としての「立ち居振る舞い」に徹し切ることこそ肝要なのだと思う。

だから、もし、「男性」であっても、腰の据わらない、フラフラした人物が担当したら、「有事」に対応出来る筈が無い。

そう云えば、かの「民主党政権」時に、国会審議中に退席して「行方不明」に成った御仁が居りましたな。

何でも、コーヒーを国会内でしばいていたとか。

そして、「もう、コーヒーは国会内でしばきません。」と云ったとか、云わないとか。

確か、長老格とも云える、大ベテラン議員だったと記憶しているが。

それに、防衛相の適格な候補者として、田母神俊雄さんの名が出ている。

軍事技術的な面に関してはともかく、自分の個人事務所の「金庫番」の監督管理さえ満足に出来得ない人が、今更、「危機管理」も何も無理だろう。

国民に対して、全く説得力が欠ける。

こういう「主張」を不用意に出来てしまう、いわゆる「保守派」の「感性」の「鈍さ」こそが、自分にとっては由々しきことだと痛感する。

全く以て、いわゆる「森友学園」問題が“終結”しない。

“主演”の籠池ヤスノリ氏の他に、副園長の夫人。

さらに記者団とやりあった長男という“新キャラ”まで登場し、毎日、見る者を飽きさせない。

ただ、自分が辟易としたのは、彼等が一様に、この狂騒劇の渦中にあることの嬉しさを隠しきれないでいることである。

そうなのだ。

只今、彼らはマスコミの取材陣から追い回されていることに得も言われぬ充実感を満喫しているのだろう。

よく「悪名は無名に勝る」と云うが、世間の脚光を一身に浴びて、脳内のアドレナリン分泌はピークに達しているのであろう。

しかしながら、いくら抑えていてもにじみ出でしまう、承認欲求願望が充たされたことによる嬉しさを感じ取ってしまうと、そもそも、この人たちの本当の「目的」は、ただ単に「注目されたかった」だけだったのではないか、と思わざるを得ない。

つまり、周囲から注目され、脚光を浴びることそのものこそが、本当の「願望」だったのだ。

だから、保守も愛国も政治も教育も、全部、「もっと自分を見て!」という自己顕示欲求を満たす為の“ツール(道具)”に過ぎなかったのではないだろうか?

ここまで、マスコミで大騒ぎと成り、国会に於いても大波乱の元凶と成っているにもかかわらず、いまだに有力政治家とのコネクションを誇示するというのは、異常な精神構造だと云わざるを得ない。

いくら、「安倍首相頑張れ!」と幼稚園児に云わせたところで、マスコミや野党政治家どもへの「好餌」を与え続けていることによる安倍政権への悪影響の大きさについて、全く自覚が無いのだ。

あまりに「自己愛」が強烈で、所詮は安倍総理夫妻も稲田朋美夫妻も鴻池議員も、みんな、自分たちを飾りたてるためのアクセサリーでしかなかったのであろう。

実は、自分は、数日前に、いわゆる愛国・保守系の集まりに顔を出したのだが、そこでの話題は、「あの理事長は何なのだ?」という悲鳴に近いものであった。

つまり、「森友学園」について、「とてもじゃないが、保守とは思えない」という認識なのである。

かつて、当人と面識が有った自分としては、もう、本当にいたたまれなかった。

だが、ニュース映像に映る、彼らの噛み殺しても抑えてもどうしてもにじみ出て来る嬉しさの表情を見るにつけ、救い難いまでのナルシズムに陶酔していることに、まさに反吐が出る思いであった。

さらに、自称「保守」の菅野完まで登場してきた。

彼もまた、どうしようもないほど自己顕示欲が旺盛である。

彼は、ジャーナリストなのか?評論家なのか?政治活動家なのか?

多分、「その全てに該当し、兼ねているのだ」とご本人は回答するのだろう。

だが、自分は西暦2000年代からの「ネット保守」運動の、「あまりに目立つことを求め過ぎる」リーダーたちのその無惨な末路を見て来た。

もし、ジャーナリストであり、評論家であり、政治活動家としてこれから業績を上げていこうという意識が有るのであるならば、やはり謙譲さや恥じらいという「意識」をもっと厳しく自らに課していくべきではないか、と思う。

この「森友学園」問題が、いつまでも収束しないのは、実は明確な理由が有る。

一つは、登場人物の多彩さと面白さである。

下手なTVドラマなんかよりも、よほどキャラが濃いwww

そして、もう一つ重要な点は、つじつまが合わない事実が露呈したのだが、それから一切、明快な説明や解説、申し開きが為されていないことに有る。

つまり、「謎はますます深まるばかり」なのである。

これはミステリー・サスペンス連続ドラマの脚色としては、極めて巧妙な「手法」であろう。

多分、この問題の真の「キーマン」は、行政の裏も表も知悉している「プロのブローカー」であろう。

だから、政治家や役人まで追及しようとしても、多分、尻尾を捕まえるのは至難の技だと思う。

また、例え、「利益供与の便宜」というストーリーの全貌が明らかと成ったとしても、既に「森友学園」の小学校の開校は絶望と成り、今後の進展も有り得ないだろう。

ならば、汚職や癒着という点で斬り込んでも、攻めきれないような気がする。

結果として、この「森友学園」問題が、あまりに「面白過ぎる」ために、その他の「政治問題」が全部吹っ飛んでしまった。

特に、朝鮮半島を巡る安全保障問題の重篤さに対しては、あまりに鈍感さが過ぎよう。

下手をすれば、ミサイルや核兵器や化学兵器などが発射・炸裂する凶事とも成りかねないのである。

いくら「憲法9条を守れ。憲法9条を守れ。」と云い続けたところで、核ミサイルの発射は防げないし、軍事的緊張を解消する何の足しにも成らないのである。

ただ、古代ローマ時代から、民主政治とは「パンとサーカス」である。

キャラが立って、ミステリアスで、面白過ぎる「代物」の方に、衆目が惹かれていくというのは、やむを得ないことなのである。

しかし、それにしても、「保守」の劣化が凄まじすぎる。

つくづく、(自称)「真正保守」から、「お前なんか保守じゃない!在日の創価信者だ!自宅を探そう!」と指弾されて、良かったと思っている。

嗚呼。

疱瘡神社を参拝しました!(立川諏訪神社境内、摂社・末社)

立川諏訪神社摂社末社・疱瘡神社

確定申告(所得税など)を最終期日ぎりぎりで何とか提出www

そう云えば、小学生から高校生まで、毎年8月31日は、夏休みの宿題にかかりきりで泣きながら徹夜していた。

毎年、「今年こそは、7月中に済ませて、」などと決意するのだが、結局、毎年8月31日に「終わらない!終わらない!」と泣きながら宿題を片付けていた。

「学習能力」が無い、ということなのだが、いわゆる「ADHD(注意欠陥多動症)」の人間には、典型的な発達障害の症状らしい。

別に、だから「許される」訳ではないのだが。

まあ、そういうことを予想していて、実は、昨年12月中旬までに、ほとんどの領収書などの伝票を整理してしまっていたのだ。

だから、いざ、取り掛かると、すぐに終えることが出来たのである。

「何故、はやく出来るのに、何故、はやくやらないのか?」という指摘をされるのだろうが、そこが、発達障害ゆえの「ままならぬ」ところなのである。

 

それはさておき、思いのほか早めに、自分と母と叔母の確定申告が終わった。

叔母は管轄が異なるので、税務署を二カ所もはしごしたのだが、それでも半日で終わった。

で、空いた時間をどうしようか、と思い、久しぶりに立川諏訪神社の疱瘡神社を参拝することにした。

立川諏訪神社は、JR中央線立川駅南口から徒歩で行ける距離に在る。

主祭神は諏訪明神(タケミナカタノミコト)であるが、稲荷神と八幡神もお祀りされている。

真新しく、豪華な神社であり、隣接して立川市の相撲道場と弓道道場が有る。

いかにも武神の御宮に相応しい。

で、この摂社・末社の中に、疱瘡神社が有る。

他の摂社・末社は、ちゃんとした祠や社なのだが、疱瘡神社は灯篭の一部の残骸のような不思議なかたちをしている。

紙の御幣が上に有るので、何とか「神道」の形式なのかな?と感じさせるくらいである。

で、そこで、略拝詞を上げ、お題目を上げ、法華経の五番神呪陀羅尼を上げ、懇ろに参拝させてもらった。

「疱瘡神社」とは、疱瘡(天然痘)を封じるために祭祀された神社である。

流行り病を抑える「医薬神」が祭祀されている場合と、「病魔」そのものを「祀り上げて」神とした場合とが有る。

だから、気が弛んでいると、祟りをかぶる危険性だって有り得ると云えよう。

自分は、誠心誠意、心身を引き締めて参拝させてもらった。

実は、大祓詞も上げたかったのだが、他の参拝者がやって来たので、いつまでも「占有」している訳にもいかず、やむなく切り上げたのである。

只今現在、「疱瘡神社」なんぞ、その存在自体が全く意識されない状況だと思う。

ただ、意識されない、ということは、おとなしくお鎮まりに成られておられる、ということでもあろう。

祟ったり、怪異現象が有る訳ではなさそうなのである。

もし、参拝するだけで「障り」が有るのならば、多分、神職しか出入り出来ない場所に設置してしまう筈だからである。

だが、おとなしくお鎮まりに成られておられる、ということは、もっと評価されるべきではないだろうか?

「神」としてお祀りされた以上は、多分、何らかの「お働き」を為されておられるのではないか、と考えるべきだと思う。

つまり、只今現在も、この「疱瘡神社」の「御祭神」は、何らかの「お働き」を為されておられるのであろう。

その「お働き」とは、禍(わざわい)の「抑え」であろう。

いわゆる小さな祠や石仏というものは、間違い無く「抑え」の役割を果たしてもらうために設定されたものがほとんどである。

「道祖神」「地蔵」「馬頭観音」「庚申塚」「青面金剛」「稲荷社」「お犬様」「石敢当」などなど。

「道祖神」は「道陸神」とも云い、「道切りの神」「賽(さい)の神」とも云う。

これは、云わば「門番」のような存在で、道路を通じて侵入してくる病魔を、境界線で防衛する神である。

「道祖神」というと、長野県の男女の神一対が並んでいるかたちが馴染み深い。

だが、この男女の神は、実は性的な関係に有る。

事実、珍しい造形ではあるのだが、性交している様子の道祖神も存在している。

さらに露骨なのは、陰陽の性器そのものの造形であったりする。

つまり、ペニスが屹立する形状のものだったりするのだ。(女陰の場合も有り)
これは旺盛な性的生命力でもって、悪しき存在を圧倒させるための狙いから来ているのだろう。

なお、朝鮮半島の「天下大将軍・地下女将軍」の「将軍標」(チャンスン)も同様である。

「地蔵」や「馬頭観音」は、横死した者を慰霊するために設置される場合が有った。

「六地蔵」は、「六道(天道・人道・阿修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道)」にそれぞれ救済を担当する地蔵である。

「馬頭観音」は、牛馬などの畜霊を慰霊するために設置された。

「庚申塚」は、道教の「庚申信仰」から来ており、「青面金剛」の像に成っていることが多い。

なお、「青面金剛」は疾病を司る神である。

「稲荷社」は、五穀豊穣や商売繁盛の他に、火伏せや鼠除けのために祭祀されることが多かった。

「お犬様」とは、武蔵の国を中心とした「オオカミ信仰」であり、狼の霊を神格化し、火難・盗難除け、田畑の病虫害除けと狐憑き落としのために設定された。

「石敢当」は、道教由来の信仰で、辻の魔除けとして設定される。

沖縄県や鹿児島県に比較的多い。

以上、列記した神仏は、皆、魔除けや禍事(まがごと)への「抑え」のために設置されたものである。

だから、それらの「抑え」が除かれた場合は、今迄防いでいた悪しきものが、一気に噴き出すということに成るだろう。

「神仏」というかたちで、存在されている以上は、やはり何らかの「お働き」を為されておられるのである。

確かに、その「役割」から云って、「無事であるのが当たり前」なので、全く気が付かないものなのである。

ところが、その「存在」が「失われて」はじめて、その「価値」を思い知らされることとなるのである。

 

かく申すそれがしも、しがない一介の派遣労務者に過ぎない。

全くもって、取るに足らない、些末な存在である。

だが、そんな軽輩であっても、それなりの役割と働きをしているのである。

だから、こんな自分であっても、いなくなったら「困る」人や場所が、実は存在しているのであるwww

 

「疱瘡神社」は、本当に我々が意識することも無い「存在」である。

だからこそ、「祭祀」をされることなく、ひっそりと耐えておられるのだと思う。

しかし、そういう「人知れず」役割を果たしている存在に対して、感謝を捧げ、祭祀をさせてもらうことは、とても大切なことなのだと自分は思う。

多分、沈黙している「小さな神仏」は、時折、祭祀をされることを、実は心待ちにされておられるような気がするのである。

 

「疱瘡神社」に対して、自分は略拝詞・お題目・五番神呪陀羅尼を上げさせていただいた。

「疱瘡神社」の「ご祭神」が、この「行為」をどう受け止められたのかは、そういう「不思議な世界」のことを感じ取れる能力を自分は持ち合わせていないので、全く不明である。

ただ、同じような「無名」の存在である自分にとって、「疱瘡神社」は、何とも、親近感が有るのである。

自分もそうされたら嬉しいと感じるだろうから、多分、自分の行いは間違っていなかったのではないか、と一人合点している。


もう、悄然としている。

先週の土曜日、3月11日から鬱状態に入っている。

思考が沈鬱して、どうしようもないのだ。

こういう書き方をすると、こんな自分は、気分に波が有って、誠に扱いにくく厄介な輩に感じられるだろう。

まあ、事実、そんな代物なのかもしれないのだが。

ただ、逆に、年がら年中「元気溌剌」というのも、どんなもんだろうか、とも思う。

晴れた日も有れば、曇りの日も有り、大風や土砂降り、暴風雪の日だって有る訳である。

所詮、生身の人間なのだから、「虫の居所」「気持ちの浮き沈み」は、有って「当然」と割り切ってもらいたいと思う。

だいたい、気鬱の傾向に成るのは「過労」、「疲労困憊」から来ている。

だから、休めば良いのである。

 

それはさておき、政治の報道を見ると、これまた悄然とせざるを得ない。

かの「森友学園」籠池ヤスノリ氏を巡る「波乱」が全然収束する気配が無い。

ついには、主要閣僚たる防衛大臣・稲田朋美先生の国会委員会答弁が問題に成ってしまい、下手をすると大臣辞任まで追い詰められてしまうかもしれない。

はっきり云って、先週末ぐらいからの「空気」は、非常にきな臭く成り、誠に「危険」な状況に成りつつある感じがしている。

よく、「景気は気分、つまり、経済も気分なのだ」と云う。

人心の「何となく」と云う「感じ」が、大きな「流れ」を形成してしまうと、その「印象」が、「空気」「雰囲気」を熟成してしまう。

この「空気」「雰囲気」を払拭したり、打破することは非常に困難である。

「違うのだ、そうじゃないのだ、解ってくれ!」といくらしゃかりきに成っても、かえって裏目、裏目に出てしまう。

この「底なし沼」から抜け出すのは、本当に性根を据えて、取り組まないと駄目だ。

とにかく、籠池ヤスノリ氏という、あまりに「面白過ぎる」過剰なキャラクターのお蔭で、「保守政治活動」そのものの「印象」が大暴落してしまった。

「教育勅語やら日の丸・君が代を崇拝するような奴は、嘘つきで、有力政治家と癒着して私服を肥やしている。さらに、幼児を洗脳し、虐待している。」

こう云う、最悪の「印象操作」「ミスリード」が、かつてないほどの「成功」を収めつつある。

もう、泣くに泣けないほどの「大逆風」である。

もし、これから、稲田防衛大臣・辞任、安倍内閣支持率急落、国会紛糾、さらに安倍内閣支持率急落と云うことに成ったらどうするのだ?

それだけではない。

東京都議会である。

小池百合子東京都知事とその配下の「都民ファーストの会」が、数か月後に迫った7月2日の東京都議会議員選挙を巡って席捲している。

築地市場の豊洲移転問題は、石原慎太郎元都知事がマスコミの前に出て来るなど、大きな展開が見られたが、小池百合子都知事への「ダメージ」には全く成っていない。

むしろ、石原慎太郎氏の「老残」「老醜」という「印象」が熟成されはじめている。

しかしながら、知事に土木や土壌の技術専門職からの「進言」を、「科学的」に「検証」することなど、石原慎太郎でなくとも絶対に不可能だろう。

逆に、菅直人は総理の時に、福島第一原発が大惨事に成った時、「自分は原発の専門家だ。」と云って、東京電力の幹部をヒステリックに怒鳴り上げるなど、かえって現場最前線を混乱させたのである。

政治的指導者が、技術論まで立ち行ってしまうことは、むしろ避けるべきであろう。

石原慎太郎に、全くの「瑕疵」が無かったとは云えないかもしれないが、その「瑕疵」をあげつらったところで、豊洲市場の問題は解決されない。

ただ単に、かつての東京都知事、しかも選挙で4選もされた「大知事」が貶められて晒し者にされるという「見世物」を「大衆」に提供するためのものであろう。

さらに、都議会公明党と「都民ファーストの会」の候補者が、都議選に於いて「相互推薦」し合うと云うことが決まった。

実は、この「相互推薦」は、むしろ民進党東京都連の方が、咽喉から手が出るほど切望していたものだろうが、「都民ファーストの会」はにべも無かった。

民進党へは、徹底的に追い詰めて、切り崩し、殲滅する戦略なのだろう。

勿論、これは自民党東京都連に対しても同様である。

この状態で指摘出来ることは、いわゆる「4月衆院解散・総選挙」もしくは「都議選とのダブル選挙(衆院解散・総選挙)」は最早「不可能」に成ったということである。

もし、安倍総理が、自らの意志でもってその選択を決断したのならば、間違い無く、公明党・創価学会は反対する。

何故なら、既に都議選では「反自民」で戦うことを決めてしまったからである。

だが、自公連立政権を解消するところまでは、現在、踏ん切りがついていない。

だから、都議選と衆院選で、「解りやすい」「明快な」選挙を戦うことが出来なくなるのだ。

さて、話しは、「森友学園」の件に戻る。

この籠池のおっさんの問題は、ついに稲田防衛大臣の「首」にまで到達してしまった。

先述した通り、只今の「空気」は非常に悪い。

それこそ、1980年代から1990年代だったならば、閣僚の首が飛ぶだけでは済まされず、間違い無く、内閣そのものが吹っ飛んでいたと思う。

ただ、現在の民進党蓮舫・野田執行部があまりに駄目過ぎるので、安倍内閣へ「致命傷」を与えられることができないだけに過ぎない。

このままだと下手をすると、安倍内閣は「追い込まれて」解散・総選挙へ、雪崩れ込んでしまうかもしれない。

そうなった場合、衆院選では創価学会・公明党の自民党への選挙支援活動は、間違い無く、前回2014年12月の時よりも鈍くなるだろう。

更に、日本共産党と小沢一郎が「野合」し、それに巻き込まれるかたちで、民進党も「野党共闘」へ、現時点に於いて既に傾斜している。

株価も賃金も劇的に上昇は見込めない。

ただ、ただ、「森友学園」と豊洲市場に対する「悪印象」だけが世間に蔓延している。

そんな状況でありながらも、政務官だった人がトンチンカンな軽口を叩いて「失言」問題に発展してしまう。

自民党の代議士の意識が緩み切っているのである。

こんな体たらくであるならば、衆院選で勝てる道理が無い。

下手をすれば、公明党が連立政権から離脱するかもしれない。

そうなれば、「公明党も含んだ上で」ようやく達成出来得た「憲法改正発議可能な衆参両議院3分の2の改憲勢力議席」は、無惨にも瓦解することと成る。

まさに「千載一遇の好機」であった「憲法改正」の「機」は、「延期」と云うことに成る。

 

よくよく考えてみれば、小池百合子東京都知事は「保守政治家」なのだそうな。

また、「森友学園」の理事長だった籠池ヤスノリ氏は、日本会議大阪の「幹部」で、有力な「保守政治活動家」である。

ということは、第二次安倍内閣を崩壊させ、さらに「憲法改正」の「好機」を瓦解させた「張本人」は、いずれも「保守」の人物であったということに成ってしまうだろう。

これは、あまりに辛辣過ぎる「現実」である。

これで、悄然と成らない人がいるとするなら、自分は或る面、「尊敬」する。

もう、あんまり「尊敬」し過ぎて、二度と接触したくないくらいであるwww

東京ぼん太ではないが、このままでは「夢もチボーも無い」のであろうか?

我が、鬱屈は解消され得ず。

嗚呼。

若い人に一言。
「叱られているうちが花。そのうち、誰も何も云ってくれなくなるぞ。」

自分は文字通り、無為に馬齢を重ねて来た。

まだまだ未熟者だ、と嘆きつつ、いつかは人並みに成りたい、と念願して来た。

だが、未熟者だと思っているうちに、何時の間にか、加齢による劣化が散見されるように成ってしまった。

熟す、どころか、腐ってしまったのであるwww

もう、どうしたら良いのだろうか、と途方にくれている今日このごろである。

 

それはさておき、齢い四十半ばを過ぎて、ようやく腑に落ちたことが有る。

「目に見えないことがら」の「重さ」である。

例えば、地味で、人目につかない「ことがら」が有る。

それは、便所の下履きが散乱していたら、きちんと揃える、といったことがらである。

別に、そんなことは、敢えて周囲に触れ回ることでもあるまいし、だいたい、誰一人他人が見ていないことが多い。

だから、便所の下履きを揃えようが、揃えまいが、他人は「察知」出来ないのである。

ならば、そういう「ことがら」は、全く他人が知ることは無いのだろうか、というと、実はそうではないことを、自分はようやく思い知らされたのである。

便所の下履きを揃える。

これを、たまたま、ただの「一度」だけ実施したくらいでは、何のことはない。

だが、便所の下履きが散乱しているところに出くわしたら、必ず毎回揃えるようにし続けていったらどうなるか?

さらに、便所の下履きを揃える、という「行為」に通じる、その他の行動、例えば路上に落ちたゴミを拾う、電車やバスで席を譲る、そういった「ことがら」を延々と実行し続けて来たならばどうなるであろうか?

やはり、他人から見た「印象」へ、大きく影響していくのである。

勿論、便所の下履きを揃えたのか、揃えなかったのか、そんなことは他人はうかがい知ることは出来ない。

にもかかわらず、他人はちゃんと然るべき評価を下してくれるのである。

このことに気が付いて、自分は背筋がゾッとしたのである。

他人は見ていなくても、結局はごまかしきれないのだ、と。

いくら、その場その場を巧妙に取り繕ったところで、人間の眼というものは誤魔化しきれないのである。

例え、上手に言いくるめたとしても、相手は決して釈然としてはくれないのだ。

一方、どうせ誰にも解らないだろうと諦観していても、やることをやり続けていれば、その全貌の詳細は理解出来なくとも、その存在感は解ってしまうのである。

そして、その存在感から、他人は評価をし、判断を下すのである。

よく、「陰徳を積む」という。

人知れず、陰ながら、黙々と善業をしていくことである。

そして、肝腎なのは、その善業を吹聴したり、誇らないことである。

まあ、「ちゃんと説明しなければ、解らない」のが当然なのだが、或る人物の賢愚や善悪といった、漠然としたことがらについては、実は他人は感じ取れてしまうのである。

そして、そういう「感覚的な印象」でもって、人間は判断し、決定するのである。

だから、「陰徳を積む」というのは、結局、他人にばれてしまうのである。

目につかない、目に見えないかたちで思っていたこと、考えていたこと、実行していたこと。

これが、最終的には、「察知」されてしまう、ということである。

 

自分は、このことを思い知らされて、狼狽してしまった。

だが、このごろは、あまり、気にしなく成って来ている。

結局、良いことも、悪いことも、常日頃行って来たことが、最終的には必ず評価される、ということである。

だから、何時の日か、ねぎらいやお褒めの言葉をいただける時が来る時まで、それに相応しく、恥ずかしくないような日々の立ち居振る舞いを実行していこう。

そのように心掛けながら、只今現在、日常生活をおくっている。

とは云いながら、ろくに出来ていないので誠に情けないのであるがwww

よく「若い時に、苦労は買ってでも、しろ。」と云う。

何故か。

実は「苦労」なんか、誰も好き好んでしたくはない、と云うのが正直なところ。

でも、一度「苦労」を経験していると、次に「苦労」した時、「耐性」が出来るので「耐えられる」のだ。

一方「人生、順風満帆続き」だった人は、それこそ、ちょっとつまづいただけで「心が折れてしまう」。

だから、「苦労」は、あらかじめ経験しておいた方が、後々、生きて来るのだ。

特に、若い頃は、心身共に「回復力」が旺盛なので、再起がしやすい。

ただ、「感受性」も鋭敏過ぎるので、実は、脆さも抱えているのではあるのだが。

年齢が上がって来ると、神経が耄碌して来て、鈍感と成り、ふてぶてしく成る。

「したたか」に成って来るのだ。

だが、心身共に無理が利かなくなってくるので、あまりにダメージが大き過ぎると、持ち直すのにとても苦労する。

年取ってからは、本当に「苦労」はしたくない、と云うのが本音だ。

食事で、苦手な「にんじん」や「ピーマン」が出て来たら、初めのほうで、鼻でもつまんで呑み込んでしまうに限る。

最後の最後まで残してしまうと、本当に「食べられなくなる」からである。

人生に於ける「苦労」も同じ。

どうせしなきゃいけない「苦労」なら、若いうちに済ませておきたいものである。

 

いやあ、ここ数年、いやに「苦労」が心身に堪えますわwww

既に何度も書いているのだが。

政治信条としての「立場」、もしくは「党派」として、「保守」と「左翼」が有る。

なお、かつては「左翼」は「革新」とも云い、「保守」は「保守反動」と批判されていた。

この「保守」と「左翼」というのは、違いが有る。

ただ、その位置付けに於いて、厳密な区分は、あくまで相対的なものである。

相対的である以上は、その正確な位置の認識は、あくまで客観的な視点からでなければ不可能であろう。

つまり、主観的な「自己認識」による「自己申告」による位置付けは、往々にして不正確である、ということである。

それは、本人の自覚と他人の認識にずれ、乖離が生じる可能性が有る、ということである。

現に、民進党の「党首」(正確には「代表」)の蓮舫大先生は、「むしろ自分は保守だと思います。」と云ってのけた。

だが、その発言を聞いて、首肯した人はほとんどいない。

これは、いかに本人が「保守」だと考えていても、他人から見れば「保守」ではないと認識されているからである。

なお、世の中は「生生流転」「諸行無常」である。

時代の移り変わりの中で、政治信条の座標軸の「基盤」そのものが移行するのである。

そうなった時、座標軸の中の「点」である「個人」の「位置」が不変であったとしても、座標軸そのものが移行した場合、「点」そのものの「位置付け」「認識」は必然的に変わらざるを得ない。

つまり、かつてはバリバリの「保守」であった人が、「リベラル」や「中道左派」という認識に変化してしまうということである。

(ちなみに、かつての「保守」にとって、韓国も統一協会も「味方」であった。

特に、統一協会の「勝共連合」は頼もしかったのである。

だが、今や、いわゆる「保守派」にとっては朝鮮、韓国は「不倶戴天の敵」である。)

そう考えると、些末な事柄に目を奪われてしまったならば、「本質」を見誤るという間違いを犯してしまうだろう。

「保守」と「左翼」は異なる。

だが、その位置付けを認定するのは、あくまで他人であるのに過ぎない。

だから、他人が「お前は保守だ!」と云うのならば「保守」と成る。

また、「お前は保守では有り得ない!」と認定されたならば、「保守」ではない、ということである。

肝腎なのは、周囲がどうこう云って来たところで、決して狼狽しないことである。

右顧左眄しないためには、何も頑固に成らなくても良い。

ただ、自分自身の中で、内省と熟考を突き詰めていけば、おのずと揺るぎの無い「確信」が生じて来る。

その自らに対する「確信」を掴み取ることこそが肝心なのである。

勿論、その「確信」が、他人の目には、「保守」に見えたり、或いは「左翼」に見えたりすることであろう。

だが、それは、単に他人の価値観でしかない。


まあ、党派(セクト)内を「遊泳」するにあたっては、「迎合」することも「処世術」であるので、その時その時で立ち居振る舞いや言動が変貌することも致し方ないことではある、が。

いわゆる「森友学園」に関しての報道を見ると、正直、いたたまれない。

実は、大阪在住時、いわゆる「保守派」の集まりで、当の籠池氏とはしばしば顔を合わせていた。

また、お話しを聞いたことも有る。

ただ、その時に頂戴した名刺には「靖憲」名義だった。

作家や役者、ミュージシャン、画家といった、いわゆる「アーティスト」が名前を変えていくことは、それほど違和感は無い。

かの葛飾北斎は、改号(改名)すること生涯で30回、転居すること93回であったと云う。

だが、それ以外の職業で、結婚や家督相続など以外の理由で名前を変えると云うのは、一般的ではないように思う。

つまり、籠池氏は、エキセントリックな人なのだと思う。

まあ、そういう自分も相当な「いかれポンチ」なのだから偉そうなことは云えないのだが。
しかし、「教育者」であり、学校法人の「経営者」という立場でもって、あまり「エキセントリック」であることは褒められたものではないだろう。

自分は、今回の「森友学園」を巡る問題で、一番、危惧しているのは、「教育勅語」そのものや「日の丸掲揚」をする行為が、さも「異状」であるという印象が流布されることにある。

自分は、実際に、いわゆる「保守派」の活動の中で、頭脳や精神が破綻しているような人を見聞きして来た。

だが、それは、いわゆる「保守派」の「全員」ではない。

それは、いわゆる「左翼」が「全員」、現在沖縄県辺野古地区の「テント」群にたむろしている連中のようではない、というのと同じである。

つまり、あくまで「特殊事例」なのである。

「正義」という代物は、人間を魅了し、陶酔させる。

だから、様々な人間が、「正義」の為に参集して来るのである。

だが、その中には、「おかしな人」が散見されるのである。

そして、そういう御仁は、あくまで「善意」でもって、結果として「悪行」を為すのである。

本人は、あくまで「良かれ」と思って没頭しているのだが、それは致命的な「オウンゴール」の「味方殺し」であったり、世間や社会秩序に対する「背信」や「破壊」行為でしか有り得なかったりするのだ。

改めて書かせてもらう。

自分がかつて大阪在住時に会った籠池氏は、「いい人」だった。

「いい人に見えた」のである。

だから、「約束も出来ていない中高一貫学校への推薦枠の表明」や「建設工事に関する申請書類の記載事項の虚偽」や「経歴詐称」と云った「背信行為」をする「悪人」だとは、とても思えなかったのである。

さらには、意に沿わない「感じ」を持った他人に対して高圧的に罵声を浴びせるような、「人非人」とは思えなかったのである。

ただ、自分も10年以上、こういういわゆる「保守派」の活動に足を突っ込んでいると、或る時から「豹変」する人間が多いことを思い知らされることがあまりにも多かった。

初対面は、「温厚篤実な好人物」と思われた人が、実はとんでもない「暴君」で「異状粘着気質」であったことを思い知らされることが、本当にあまりにも多過ぎた。

だから、只今自分は、「おまえなんか保守じゃない!」と「認定」されて、本当にホッとしている。

あんな輩と一緒にされたくないし、一緒に成りたくもないからである。

なお、この「病理」は、何も「いわゆる保守派」特有のものではない。

「左翼」も同様である。

と云うよりも、もっともっと重篤なのである。

現に、かつての新左翼セクトに於いては「内ゲバ」というかたちで殺し合いをしていた。

共産党だって、「査問」にかけて、精神的・社会的・政治的な「生命」を破壊・抹消している党員や同志がごまんと存在している。

だから、「保守」が駄目なだけでも、「左翼」が駄目なだけでもないのである。

いわゆる「活動」に参加する人間の中には、少なからず「困ったちゃん」が含有されている、という悲しい現実である。

それは、狡猾で冷血な「敵」と戦うだけではなく、愚昧で熱狂する「味方」とも対峙しなくてはいけない、ということである。

ちなみに、厄介至極なのは「狡猾な敵」ではなく、むしろ「愚昧な味方」の方である。

「狡猾な敵」と成らば、取引や一時的な休戦も可能であるし、最終的には殲滅してしまえば良い。

だが、「愚昧な味方」は、説得不可能であり、かといって邪魔だからとぶち殺すわけにもいかない。

そして、放置したり、冷淡にしたりすると、激昂して「敵」に回ってしまうのである。

「左翼」だと、「愚昧な味方」は、「反党分子」として、明らかな「敵」として見做し、ばっさりと斬り捨てる。

この非情さ、明快さが、「左翼」の最大の強靭さである。

ところが、賢愚の「判断」というのは、実は極めて困難なのである。

例えば、左翼セクト内に於いては「左翼イデオロギー理論」という「判断基準」が存在する。

それは、「教義」であり、「美学」であり、「定義(ドグマ)」である。

つまり「セクト」内部に於いては、「左翼イデオロギー理論」に「合致」したものが評価される。

ところが、「左翼イデオロギー理論」が、実社会の動向から乖離してしまうことが往々にして起こる。

すると、現実と理念がかけ離れてしまうため、説得力が失われ、結果として有効性が失われて、成果が上がらなくなるのである。

ところが、「セクト」内部という「閉ざされた言語空間」に於いては、「左翼イデオロギー理論」の「合理性」は揺らいでおらず、その「合理性」は維持され続ける。

すると、「党内路線対立論争」に於いては、「現実派」は「理論派」を説得することも、論破することも出来ないのである。

だから、結局、「現実主義者」たちは「日和見主義」「腰抜け」「反党分子」「攪乱者」「裏切り者」「工作員」といった、有らん限りの汚名を着せられて、追放もしくは粛清されてしまうのである。

ちなみに、元「左翼」だった自分は、この「病理構造」は「左翼特有」であると思っていた。

ところが、結果として、それは人間の「運動」や「組織」に於ける、普遍的な「病理構造」であることを思い知らされたのである。

だから、いわゆる「保守派」の集まりでは、「工作員」というキーワードが驚くほど飛び交っている。

かつて、自分は、2014年田母神俊雄さんの東京都知事選挙の選対事務所やネット上で、この「工作員」という語句が頻繁に飛び交うことに、とても違和感が有った。

勿論、選挙に於いては「情報」こそが最重要の要素であるので、情報漏洩は絶対に注意しなくてはいけない。

とは云うものの、何か有るたびに、「あいつは工作員かもしれない。」「誰か工作員が入り込んでいるのだろう。」という言葉が飛び交うのは、奇異に見える。

むしろ、「工作員」ではないのだが、善意と不注意の結果、選対関係者が「心ならずも」情報漏洩してしまう「迂闊さ」の方が、もっと恐ろしいと思う。

 

こういう厄介至極な「困ったちゃん」からの被害を受けない一番の方法は、「無名」であることである。

こういう「おかしな人」は、決まって「ミーハー」である。

何故なら、こういう人たちは物事であれ、人物であれ、「本質」を重視しないからである。

うわべだけを見て、それが全ての価値判断の拠り所とする。

だから、「無名」であれば、そういう「異常な人」は、率直にその禍々しさを見せつけてくれるのである。

ところが、いわゆる「センセイ」と呼ばれるような「有名人」に成ってしまうと、途端に猫をかぶり、よそ行きの装いに成ってしまう。

そういう「邪悪な人」を見抜くのは実に困難である。

だから、「無名」であるに越したことは無いのだ。

安倍総理夫妻にしろ、鴻池議員にしろ、その他の政治家やいわゆる「保守派」関係者にしろ、「有名人」であったがゆえに、ここに来てとんでもない「とばっちり」を受けることと成ったのである。

或る面、「野良犬に噛まれた」ような災難であるのだが・・・・。

 

こういう事例を目の当たりにすると、自分はあくまで「使い走り」の「下支え」に徹し切り、「無名人」のままでいたいと痛感してしまうのである。

今日は、わざわざ休暇を取っている。

実は、自分と母と叔母の分の確定申告をしないといけないのだ。

ところが、昨晩から全然「やる気」が起こらないwww

もう、何年来もやって来ていることなので、始めてしまえば、すぐに終えてしまえるのだが、その「着手」が億劫なのである。

何だか、子供じみていて、情けない。

でも、嫌々ながら無理やりやろうとしても、「因業」な性分なので、結局、全く手が付かないのだwww

けれども、そんな「愚図」だけども、いったん「スイッチ」が入ると、結局「仕上げられる」のだが。

サイトを見ていたら、やっぱり「大人の発達障害」の「ADHD(注意欠陥多動症)」そのものに該当していたwww

何か、きちんと出来ないのだ。

ただ、それでも何とか社会生活がおくれるのは、最終的には「帳尻を合わせる」ことが出来るためである。

それにしても、どうしたもんだか。

まあ、こうなることを予期して、明日も休暇を取得しておいたのだがwww

思い切って、今日は「オフ」の日にしちゃおうか、とも思う。

自分は村上春樹を好きに成れない。

なんだか、単にスケベなだけの感じがする。

あと、リアリズムとファンタジーが混然と成っていて、非常に解りにくく読みにくい。

何だか、村上春樹を読んで「よく解らない。」などと云おうものなら「愚か者」扱いされそうなのだが、単に文章が不親切なだけだと思う。

そんなに、現実と非現実の境界のあやふやさを堪能したいのならば、内田百里鯑匹鵑世蚓匹い隼廚Α

後、川端康成の「幻想小説」群は、慄然とするくらいの絶妙さである。

まあ、所詮、小説とは文学であるし、文学とは芸術である。

芸術は感性で受け止める代物だから、個人的な嗜好によって評価は左右されるものである。

 

それにしても、芸術に生半可な政治的文脈を織り込んで、いかにも「誠実なモラリスト」面(づら)をするのはいただけない。

醜悪である。

だからこそ、今度は確実に「ノーベル文学賞」をもらえそうな気がするwww

ついに「クロネコヤマトの宅急便」のヤマト運輸が、輸送請負値上げを打ち出した。

取り分け、通信販売最大手のアマゾンとの交渉が注視される。

既に、佐川急便は、採算性が取れないアマゾンから撤退した。

佐川急便と云えば、動画投稿サイトで、セールスドライバーが配達中に自暴自棄となり、配達荷物や台車をブン投げるという醜聞が露呈した。

あまりの光景に、世間は呆気に取られたのだが、同業者からは同情の声が上がったという。

佐川急便と云えば、よく、街中で、トラックが2,3台近接して駐車している光景をみることが有る。

はじめは、ドライバー同士がつるんでいるのか、としか思わなかったが、実は佐川急便ならではの理由が存在していた。

元々、佐川急便は企業向けの大口顧客対応の配送業者であった。

だから、一つの顧客に大量の配達物を一括して配送する方式が主だったのである。

そのため、大規模なトラックターミナルは保有しているのだが、いわゆるサテライトセンターのような狭い地域を担当する集荷拠点をあまり持っていないのである。

だから、ヤマト運輸は、サテライトセンターでもって配達物のやりとりをすればいいのだが、佐川急便は、いちいち巨大なトラックターミナルまで戻らないといけないのである。

そこで、窮余の一策で、路上で、トラック同士で配達物の仕分けや遣り取りを行っていたのである。

そういう特殊な背景も有ったため、アマゾンの対応が困難に成り、早めに撤退したのである。

一方、ヤマト運輸は、個別宅配の最大手としてのプライドから、撤退した佐川急便の分まで引き受ける感じに成ってしまった。

しかし、配達物の個数は激増し、さらに配達先の不在がちさから、配達依頼が激増。

ただでさえ、配達箇所が激増した上に、さらにそこを2回も3回も再配達のために訪問しなくてはいけなくなったのである。

アマゾンは、今迄、その取扱い個数の絶大な多さによって、配送業者よりも強い立場で「交渉」をしていた。

ところが、現場のサービスドライバーの過労激務の惨状から、これ以上の現行の運営は、「戦線崩壊」を惹起すると認識したのだと思う。

さすがのアマゾンも考慮せざるを得ないだろう。

一方で、つい先日、埼玉県でアスクルの巨大物流センターが火事と成り、ほぼ全焼した。

ここに来て、いわゆる「物流」(ロジスティック)の「危うさ」が露呈して来たのである。

よく、「物流が重要だ。」とは云われる。

しかしながら、その一方で、「物流」業者への待遇は改善されないし、世間からの「評価」もあまり高くない。

あんまり、頭脳や神経を使わないような印象を持たれているのである。

だが、実は自分も、広義の「物流」の仕事に関与していることもあって、この仕事の激務ぶりを実感する。

やはり、この「物流」という「業務」は、本当に産業社会の「下支え」である。

だから、その「重要性」が、なかなか認識されにくいのであろう。

そう云えば、旧日本陸軍に於いては、「輜重兵(しちょうへい)」の地位は驚くほど低かった。

つまり、軽視されていたのである。

実に、輜重兵科の陸軍大学卒で、最高階級は中将まで。

陸軍大将まで昇進した者は皆無だったのだ。

さらに、戦闘に直接従事しない、後方支援の部署であったため、どうしても軽視されがちであった。

だが、「輜重兵」とは「兵站(へいたん)」、補給である。

つまり、勇んで攻め込んだは良いものの、戦線が伸びきってしまい、補給が追いつかないと、最終的には最前線の部隊が武器弾薬から食料から何から何まで枯渇し、枯れ果てることに成り、「撤退」もしくは「全滅」という憂き目に追い込まれた。

そして、「撤退は容認出来ぬ」とばかりに「玉砕」を選択する者が多発したため、悲劇が頻発したのである。

考えてみれば、大東亜戦争に於いて、西はインド・ビルマ国境、南はオーストラリア、東はラバウル、北はアラスカ付近のキスカ島という、気の遠くなるような広大な領域に軍隊が突き進んでしまったのである。

まあ、開戦の攻撃目標が、ハワイ・真珠湾というのが、そもそも奇想天外だったのである。

もし、あくまで「兵站」を重要視していたならば、最大版図はともかくとして、早々に戦線を再構成し、下がれるところまで下がるべきであった訳である。

だが、結局、旧日本軍は、米英軍などの連合国軍に押し戻されるかたちで戦線を後退させていくしか、なかったのである。

こう見て来ると、何とも言えない「既視感」を憶えてしまう。

今を時めく小池百合子東京都知事の愛読書ということで、ここ最近、にわかに話題と成ったのが、中公文庫の「失敗の本質」である。

この「失敗の本質」という本の「肝」は、単に、「大東亜戦争の日本軍は駄目でした。」という自虐的なところに有るのではない。

何しろ、当時の陸軍や海軍には、間違い無く、日本という国家社会に於けるもっとも優秀な人材が集積されていた組織だったのである。

つまり、日本人のエリート中のエリートが寄り集まったにもかかわらず、何故、大惨敗したのか?

単にそれを国力や資源力といった物量の圧倒的な大差によるものであると決め付けてしまってはいけない。

そこには、日本人エリート特有の、もしくは日本型組織の「負の特質」こそが、大敗北の本質であったのである、という指摘である。

そして、この「負の特質」は、残念ながら、今に到るまでも「継承」され続けているのである。

現在の我々の日常生活は、「物流」の存在抜きには成り立たないものである。

ならば、その物流の職場が、「戦線崩壊」をきたすまで、何故、自分たちに立場ばかりの主張を押し通して来たのであろうか?

もっと安く、もっと速く、もっと便利に。

もっと、もっと、と要求ばかりしていった結果、ついに限界まで到ってしまったのである。

 

我々は、ついつい、目につく、上っ面の表面しか見ようとしない。

だが、物事の本当に重要な点は、実は「目に見えない」ところに存在しているのである。

もしくは、視界の中には入っているのであるが、その重要性に気が付かないために、看過してしまっているのだ。

だから、意識の外であるのだし、理解も出来ないのであろう。

ただ、物事の成り立ち、動向、様々な兆し。

これらを注意深く読み取り、思索を巡らしていけば、ようやくそこで、キーポイントが何処に隠れているのかが解って来るのではないのだろうか?

 

「物流」は、近い将来、車の自動運転やドローンによる配達など、現在のようなたくさんの人員を必要とする、労働集約型産業から激変すると云われている。

多分、その予測は間違ってはいないだろう。

だが、その新しい科学技術が実用段階まで開発応用可能に成るまでは、まだ、しばらくの期間が必要である。

その期間の間は、間違い無く、「物流」の職場で働いてもらう人々が必要なのである。

一人一人の人間の重要性を、もっともっと認識し直すべきだろう。

ごくごく平凡な、普通の人々の業務に於ける関わり方。

そして、そのごくごく平凡な、普通の人々が、一人一人、覚醒し、仕事の行い方に改良の成果が上がったならば、その行く末は、世界的なかたちでの良き変化へと結実していくことと思う。

英雄待望論や「天才よ!出でよ!」という、才能傾倒主義も一理有るのだが、その一方で、一人一人の「力」の可能性と素晴らしさをしっかりと再認識して欲しいと思う。

いくらずば抜けた才能を有する人が居ても、やはり、国家社会の下支えを担ってくれている、ごくごく平凡な、普通の人々の「立ち居振る舞い」や「意識」が、その国家社会の行く末を決定付ける最も重要な要素なのではないかと、自分は感じるのである。

かのホリエモンが、最新号の「サピオ」誌での対談で、「これからは『働かない』時代に成る。」などと発言していた。

要は、趣味と実益が両立可能な、「夢のような」時代と成る、というのだ。

各人の好きな、得意な、やりたいことを実行していくうちに、それに対する「評価」の「報酬」が与えられて、それが従来の「賃金」や「給与」に取って代わると云うのである。

確かに、ネットでのやり取りで、ネット関係業界の会社から「報酬」を得ることも、既に現実化しては、いる。

だが、その「事実」を「普遍化」「一般化」することが、果たして可能なのだろうか?

また、それが妥当なのだろうか?

よく「趣味を仕事にしてはいけない。」という。

何故かというと、「趣味」はあくまで「主観的」に行うものであり、「仕事」は極力、「客観的」に進めていかないといけないものであるからである。

「趣味」は、自分が満足出来ればそれで良いのだが、「仕事」は、あくまで「顧客」が満足してもらえるものでなくてはいけない。

実際に、いわゆる「ユーチューバ―」と云われる動画投稿サイトでもって「評価」され、結果として「報酬」を得ている人たちも、その「取り組み方」やアップ映像の「出来」を見ると、ピンからキリまで、千差万別である。

「これはお金が取れる代物だ。」と感心するものも有れば、ゴミでしかないものも有る。

だから、自称「ユーチューバ―」であっても、「報酬」は結局、「数円」しか得られていない奴も居るであろう。

また、例え、何万人というチャンネル登録をしてもらって、いわゆる「ユーチューバ―」として広く「認知」されていたとしても、「経営」が出来ていなければ、経済的に早晩破綻することに成る。

つまり、多数の人々から評価されるような素晴らしい映像をアップ出来ても、その映像を制作するにあたって生じる「諸経費」が、「報酬」よりもはるかに多額に成ったならば、結局、「ユーチューバ―」を「生業(なりわい)」としていくことは不可能になるのである。

自分は、三流私立大学の、しかも、農学部卒だから、「経営」なんぞからきし勉強してはいないのだが、そんな無茶を承知で述べさせてもらうと、こうなる。

「経営」とは、「入金よりも出金が少なければ良い」。

そして、「金が回り続けることが出来れば破綻しない」と云うことだと思う。

つまり、収支決算と利潤率、キャッシュフローさえ押さえておけば、破綻はしない。

極めて乱暴な「理解」であるが、多分、それで「経営」については、当たらずとも遠からず、だと思う。

そう考えるのならば、「これからの世の中は、働いて給料をもらわなくても暮らしていける」と云い切ってしまうのは、あまりに杜撰過ぎると思う。

どうもこのホリエモンと云う人は、緻密さと粗雑さがごちゃ混ぜな上に、その落差が極端過ぎるのである。

その感覚と発信力・表現力が特異であるために、今現在も彼の「ご託宣(たくせん)」を有り難がる人が結構多い。

だが、彼には、とてつもない巨大な知的空虚が存在している。

そのあまりの迂闊さが、彼を真の「知識人」として評価され得ない根本的な要因だと思う。

 

これからの来たる「時代」に於いて、「賃金」は下がる。

何故なら、「賃金」が上がる「傾向」や「要素」が見当たらないからである。

また、「所得」と「資産」の格差は増大する。

ITなどのネットに関係する知的コンテンツでもって能力を発揮出来得る人は、初期投資も必要経費も、「ものづくり」業界とは比較にならないほど低額で済むので、短期間のうちに巨額な利潤を得ることが可能と成る。

つまり、「所得」の格差が生じる訳である。

また、「不動産」や「現預金」「有価証券」を既に多数保有している者は、その「資産運用」によって、ますます富んでいくことに成る。

「資産格差」は、天文学的な数値に成るだろう。

そして、ここからが問題なのは、遺伝子操作や細胞工学の技術革新によって、「肉体」への「投資」が為されるということであろう。

つまり、「不老不死」や「肉体改造」という、神を畏れぬ領域に踏み込む可能性が現実化して来たことである。

癌が発症する危険性の高い細胞遺伝子の箇所を、事前にゲノム操作で処置してしまう。

さらには、脳機能や筋肉などの能力の活性化を格段に上昇させるための遺伝子操作と細胞やタンパク質に人工的な合成による加工が為される。

だが、それは、事実上、「人類」という「種」からの「逸脱」を意味するだろう。

この「逸脱」を「超越」というかたちで肯定的に認識する場合、「超人」という「概念」が間違い無く、「肉感」を持って体感することが可能と成るであろう。

そうなった時、「資産格差」は「生命格差」に変貌することに成る。

その時代に於いて、「平等」という「概念」や「意識」は、どのように人々の中で共有され得るのであろうか?

下手をすると、「人類は皆平等である。」という「良識」を「共有」出来る「期間」は、もう残り少ないのかもしれない。

 

話しは戻る。

「資産格差」が増大し、「労働賃金」が下がり続ける場合、人々が「労働賃金」を主とする収入では、生存困難な状況に成る可能性が出て来る。

そうなった時、いわゆる「ベーシック・インカム」という、国家社会からの「支給金」制度というものが打開策として出て来よう。

だが、既に現行の「生活保護」制度に於いても見られるように、何もしないまま、ただ無条件にお金が支給されてしまうということは、人間の精神衛生上、非常に良くないのである。

まず、間違い無く、国家社会に対して「負い目」を感じる。

だが、その「負い目」や「恥じらい」を、「基本的人権の尊重」という「人権思想」でもって糊塗しようとすると、「与えられること」が当然のことに成ってしまう。

しかし、「有り難い」ことが「当たり前」に感じてしまうように成った時、それは、人間にとって本質的には不幸である。

感謝することが出来なくなり、後は、愚痴不足不平不満ばかりが止めど無くほとばしるばかりになってしまうのである。

そういう状況は、重度の麻薬患者のように、極限までの「心地良さ」を与えられなければ、最早、満足することが不可能な状態と成る。

つまり、「幸福感」の「飢餓」状態に成るのである。

確かに、「最低限」の「衣食住」は完全に保障される。

しかし、セレブのような贅沢三昧は出来ない。

「地獄」ではないのだが、「天国」でもない。

そういう、さしづめ「煉獄」のような「認識」を持つ人が多数生じた場合、その国家社会は、「素晴らしい」と評価出来得るのであろうか?

自分は、「ベーシック・インカム」は絶対に駄目だ、とは思わない。

現行の経済状況が、このまま、加速度的に展開され続けるのであれば、いわゆる「貧困問題」を解決するには、「ベーシック・インカム」制度も念頭に置いておかなくては駄目だと思う。

だが、「お金を支給される」と云うことに対する「対価」を、どこかで、認識させ、実感させる「手順」が絶対的に必要であると、自分は思うのである。

よく、有りがちな「解決策」として、ボランティア活動に従事することによって、その「評価」として「ベーシック・インカム」を支給する、という考えが有る。

だが、それは、「ボランティア活動」という「労働」に対する「賃金」という「意味あい」と成ろう。

そうなれば、それは既に「ボランティア活動」ではなく、「雇用」や「労働賃金」とみなされるべきであろう。

例えば、同じ「便所掃除」に従事したとしても、「ボランティア活動」による「ベーシック・インカム」の「支給金額」と、清掃員としての「労働賃金」としての「支給金額」が、果たして「同額均一」に成るのだろうか?

「ベーシック・インカム」は、「社会福祉」としての「支給金」なので、「家計の維持」を主眼として「金額」の設定が為される。

一方の「労働賃金」は、雇用主の「経営」、つまり、「利潤」や「経費」によって算出される訳である。

「ベーシック・インカム」は、生鮮食料品やエネルギー資源の価格上昇という「現象」が生じた場合、「文化的最低限の生活の保障」を第一に優先するので、支給金額は増大する傾向と成る。

一方、「労働賃金」は、「必要経費高騰」ということに成り、「経営」を考慮すれば、支給金額は減少する傾向と成る。

そういう場合、同じ「便所掃除」に従事したとしても、「ボランティア活動」として従事した人の方が、「業務」として従事した人よりも「支給金額」が多い、という事態と成ろう。

これは「同一労働・同一賃金」ではなくなる訳である。

勿論、「ベーシック・インカム」は、あくまで「社会福祉」の範疇なので、「労働賃金」とは「比較されない」だろう。

だが、それは、社会的に「勤労」に対する「意識」を間違い無く、混乱させ、毀損させることになると危惧される。

 

これからの「社会」がどのように変貌をとげるのかは、本当に予測が困難である。

ただ、やっぱり、働いた分の「労働賃金給与」でもって、満足な「家計」が賄える、という「ありかた」の方が、人間にとって一番しっくり来る「生き方」だと思う。

働くことが生きることであり、生きることは、他の誰かの為に寄与することでありたいと思う。

 

なお、自分は、あくまで自分の満足のために拙文を書き殴っている。

だから、ビタ一文にも成らないし、一円も生まない。

つまり、自分の書いて来た拙文は、「経済的」には、全く「無意味」なものであると断言されるのだ。

またもや、母から「いつまでもパソコンで遊んでないで、しっかりと派遣先で稼いで来なさい!」と怒られるのであるwww

今週から、仕事の現場が変わった。

今迄の現場は、嫌いでは無かったし、人間関係も全く問題は無かった。

だが、結局、「お金」の問題で、現場を変えてもらったのである。

先週までの現場は、派遣先の会社の支店で「人件費」が膨らみ過ぎた為、派遣社員に「残業をさせるな。」という「指導」が為された。

そのため、自分は、「残業」で稼ぐことが出来なくなってしまった。

さらに、11月から付いたドライバーさんは、物凄く手際が速い人だったので、6時間以内で業務が終了することがほとんどだったのである。

さらに、「派遣社員にも休憩をしっかり取らせる」方針と成ったので、「お昼休み」が与えられた。

しかし、「60分間」の「休憩時間」と云いつつ、実際は正味15分くらい。

それ以上は、休憩なんか取れない。

でも、「勤務時間」からは、きっかり「マイナス1時間」差し引かれるのである。

以前は、しっかり8時間は勤務していたので、結果として、ひと月あたり「マイナス4万円強」に成ったのである。

ひとくちに「マイナス4万円強」と云っても、「月収45万円」の人が「月収41万円」に成ったところで、約9%減である。

ところが、月収20万円未満の自分だと約20%以上の減収と成るのだ。

しかも、さらに「国民年金」「国民健康保険」「雇用保険」などをマイナスしなくてはいけない。

最早、家計の限界であったので、現場を変えざるを得なかった。

 

かの「電通、過労死問題」の余波で、各職場で「残業削減」の傾向に拍車がかかっている。

極端なところでは、「残業禁止」というお達しが下されたところも有るだろう。

しかし、「業務内容」や「仕事量」は、全く変わっていない訳なのだ。

つまり、極端な話し、「便所も食事もしないで仕事しろ」と云うかたちに成る。

勿論、「残業」は削減すべきである。

しかし、「何故、残業しなければ業務を仕上げることが出来ないのか?」という問題解決が為されなければ、今度は違ったかたちでの「従業員いじめ」が発生することに成る。

また、給与体系によっては「残業手当」の存在が不可欠なところも有るだろう。

それは、基本給が安いところである。

そういう職場で、「残業をゼロにする!」と云うことに成ったら、事実上の「賃金カット」と成る。

住宅ローンなどを組んでいる家庭だったら、その影響は悲惨であろう。

ちなみに、某IT企業は、残業をゼロにするに当たって、残業手当が削減されて「浮いた金」を、残業を減らした社員に対して「褒賞金」として支給したという。

この「対応」を知った時、自分は心から感心したものであった。

 

昨日からの現場は、先週よりも少し、出社時間が早まったが、きっかり8時間働くことが出来た。

おまけに、「休憩時間」も、結果的に「勤務時間」を削減されるような「かたち」で設定されなくなったので、取り敢えず、自分はホッとしている。

サラっと人前で、「自分は頭が悪いもので」と云える人は、クセ者である。

何故なら、実際、そういう人は「頭が悪く」ないことがほとんどだからである。

では、頭が悪くない代わりに、何処が悪いか、というと、性格が悪い。

だから、「頭が悪い」自分は、そのことをよくよく注意するように心掛けている。

小池百合子の「凄さ」とは何か?

政治家・小池百合子の出発点は、誠に華やかなものであった。

かの「日本新党」の4名の参議院議員として、華々しく国会へ登場した。

それから、細川護煕、小沢一郎、小泉純一郎と云った、「時の人」「政界の渦」とも云える有力者の目に止まり、瞬く間に政界の階段を上って行った。

だが、順風満帆の彼女は「蹉跌」をきたす。

安倍晋三と相性が悪かったのである。

安倍晋三が、政界の頂点に達したと同時に、彼女の政治的な「精彩」がみるみる欠いていったのである。

一時は、「女性初の総理候補」の最有力者だったのだが、ここ数年は、「ダークホース」扱いまで堕ちたのである。

ところが、小池百合子の凄いところは、腐らなかったことである。

つまり、「冷や飯」を延々と食わされ続けながらも、彼女は決して腐らなかった。

自棄を起こさなかったのである。

そして、心中深く、再起の好機到来を虎視眈々と狙っていたのである。

その間、彼女は、再び「政界の表舞台」に復帰した際にどのように「立ち居振る舞い」をしたら良いのか、ずっとずっと思案し続けて来たのだ。

只今現在、彼女は「時の人」に成った。

だが、好機を逃さずに掴み取るだけではなく、その期間を維持していくのは、その場その場の「反射神経」だけでは不可能である。

つまり、彼女は、長らく「仕込み」をしていた訳である。

だからこそ、突如、脚光を浴びることに成っても、浮つかず、揺るがないのである。

それは、かつて「三角大福中」という、自民党の各派閥の主の中で、長らく雌伏を強いられた中曽根康弘が、結果としては一番の長期政権を維持することが出来たことを思い起こさせる。

中曽根康弘も、長い長い下積みの期間に、もし、総理に成ったらどうしよう、そのように意識し、思案し続けていた訳である。

小池百合子の凄さは、「あきらめない心」「好機到来に備える意識」と云うことに成ろう。

小池百合子に敵対する者たちが勘違いしているのは、彼女が長年に渡って「仕込み」を怠らなかったことに対して考えが及んでいないからである。

だから、敵の力量を見くびることと成り、結果として大火傷を負う破目に到ったのである。

いわゆる「森友学園」絡みの報道が酷過ぎる。

まあ、確かに「褒められた話し」ではないのだが、政治家に「浸透」して「便宜」を引き出すことは、何も「右」に限定されたものではない。

自分が不思議に感じるのは、そこまで「森友学園」を指弾するのであれば、「朝鮮学校」はどうなのだ。

あの“学校”こそ、「長年に渡る」「政治的便宜」そのもののではないか。

もし、それを「マイノリティー民族教育の尊重」と主張するのであれば、「森友学園」とて「日本民族教育」そのものである。

どちらか片方が糾弾されて、片方は擁護されるというのは、論理的に破綻している。

さらに、「朝鮮民族は日本に迫害されているから、それぐらいの便宜は必要」というのであるならば、具体的に、どのように「国際的に比較して」迫害されているのかを証明してほしい。

また、朝鮮学校は、その組織は、明確に「北朝鮮」の国家、もしくは「党派」の支配下に有る。

そうであるならば、日本政府や日本国の地方公共団体から「補助金」を受け取る資格が果たして有るのか?

もし、「補助金」を受け取るのならば、然るべき報告書の提出や内部組織の情報開示が有って当然である。

現に、日本共産党は、そのような「公権力からの介入」を拒絶するゆえに、政党交付金を辞退している。

朝鮮学校は、或る時は「日本国内の学校法人」として振る舞い、また或る時は「在外公館」として「日本の国権」が及ばない「独立性」を主張する。

こういう「ご都合主義」は、「いかがなものか?」。

また、夕刊フジ(産経新聞)や週刊文春、週刊新潮といった、いわゆる「保守系」のメディアが、何故、あそこまで悪しざまに書く「必要性」が有るのだろうか?

確かに、「森友学園」の「運営」は、下手くそだったと思う。

だが、それを、ここまで悪罵してしまって良いのだろうか?

自分は、ここに二つの意味での「頽廃」を見る。

「頽廃」とは、「衰えてすたれること。くずれ荒れること。廃頽。」である。

つまり、基準や目安や規範が崩れ、善悪の判断がおかしくなってしまったことである。

報道に於いては、マスコミメディアの問題の追及と指弾の矛先についてであろう。

一方は、いわゆる保守派の経営センスの問題である。

はっきり云って、いわゆる保守派のほとんどは、経営センスがまるで駄目である。

何か、というと「ご寄付を」「ご入金を」と云う。

その陰で、ふつうの企業などの法人だったら有り得ないような、野放図で杜撰な経営を行って平然としている。

世の中で、評判が暴落する醜聞とは、「金と女」と相場が決まっている。

ならば、何故、「金と女」に対して、気を引き締めて取り組まないのだろうか?

確かに、幕末維新の志士は、藩や商人たちから大金を引き出して来ては、遊郭で酒色に耽ったものであった。

だから、平成の「志士」たちも、さしずめ、先人のひそみに倣ったのであろう。

だが、かつての「維新の志士」たちは、正真正銘の「命のやりとり」をしていたのである。

では、平成の「志士」は一体全体どうなのだ?

デモや街頭集会で、朱に染まって憤死した者が何人居るのだ?

せいぜい、左翼のゴロツキに殴打されたくらいではないか?

左も右も「ごまかし」と「ごっつぁん」ばかりではないか。

この「自己愛」の過剰さに、自分は辟易とするしかない。


(付記・平成29年3月8日夜更け)
「森友学園」の報道による、「実情」を見ると、正直云って、うーむ、「きつい」なぁ。

やはり、感覚的についていけないし、擁護が難しい。

さらに、愛知県の某中高一貫学校への「推薦」に関して、全くの「嘘」を広言してしまった。

やはり、「教育の現場」で「嘘」は、いけない。

致命的であり、決定的である。

 

あと、云えることは、このような「森友学園」の人々では、いわゆる「国有地払下げ」など、単独では不可能である、ということであろう。

とは云うものの、ならば、「政治家」の関与だけで可能であったか、というと、それも有り得ないだろう。

と云うことは、間違い無く、「プロ」が介在していたのだと云えよう。

つまり、「国有地払下げ」をもぎ取って来た、「プロ」の「ブローカー」が存在していたのである。

そうでなければ、「成果」を上げることは出来なかったろう。

もし、「プロ」の「仕事」だとするならば、全容究明は、ほぼ有り得ないと思う。

さらに、結局、そういう「プロ」の「仕事」無しには、いわゆる「保守派」は何も成果を上げることは出来ないのだ、という惨めな現実である。

理想と現実、ロマンと打算はバランスの問題である。

ただ、現実主義によって立脚しなければ、結局、成果を上げることは出来ない。

しかし、悩ましいのは、実は「現実主義」と「ご都合主義」は「地続き」であることである。

「現実主義」と「ご都合主義」は、明確に異なる。

とは云うものの、何処から何処までが「現実主義」で、何処から先が「ご都合主義」なのか。

この「境界線」が、あまりに明瞭に出来得ないことが悩ましいのである。


「疱瘡(ほうそう)社」を参拝しました

c52e73b5

本日、約一年ぶりに或る有名神社を参拝した。

何故、その神社を参拝したのかを説明すると長くなるので、敢えて神社名を伏せて、その話題に関しては割愛させていただく。

その神社の入り口のところに、ポツンと小さな社(ほこら)が有る。

いわゆる「摂社」「末社」なのだが、大鳥居のすぐ外にある、この小さな社は、横光利一風に書くならば「路傍の石のように無視され」て捨て置かれた存在であった。

この小さな社を「疱瘡社」という。

疱瘡(ほうそう)とは、天然痘のことである。

現在、天然痘は種痘によって根絶されたものであるが、歴史的に見ると、人類にとって最も恐れられ、忌まわしい病気であった。

致死率が20%から50%という高さであると共に、飛沫感染・接触感染による感染力が非常に強い。

発病すると、高熱と全身に発疹が生じ、その発疹は皮膚上だけでなく体内臓器にも及ぶ。

発疹は化膿して膿疱と成るが、その膿疱の瘡蓋が剥がれ落ちると治癒する。

但し、その痕は瘢痕と成り、いわゆる「あばた顔」に成る。

そのボツボツさは、「にきび痕」など比較に成らない程の強烈なものであり、醜い印象と成る。

また、病変が眼に及ぶと失明する。

かの伊達政宗や小林虎三郎(「米百俵」のモデル)も一命を取り留めたものの片目を失明し、隻眼と成ってしまった。

(かつての映画「ベン・ハー」に於いても、天然痘は出て来る。)

かくも恐ろしい「流行り病」であるため、かつて、この「病魔」に対する「信仰」が日本でも存在した。

一番明確なのは、「赤」を嫌うということで、

赤い御幣や

赤い鐘馗(しょうき・道教に於ける守護神。鬼を退治する)や

赤い源鎮西八郎為朝(超人的な弓矢の豪傑。保元の乱で活躍)、

赤い猩々(しょうじょう・小さな赤い猿の神。大酒飲み。神と云うよりも精霊に近い)の絵を「病魔除け」としたりした。

民俗郷土玩具の「さるぼぼ」もそうで、その身体が赤いのは、「疱瘡除け」から来ている。

さらに、「赤飯」や「小豆」を供えて鎮撫し、外部に出ていってもらうことを祈念した「疱瘡神送り」という神事も有った。

「疱瘡神」とは、「疱瘡」という恐ろしい病気に対しての、人々の「祈り」の対象であった。

そのため、特定の「神の名前」が設定された訳では無かった。

また、「疱瘡神」の「性質」も、

「疱瘡」という禍々しい「病魔」そのものを「神」として祀り上げることによって災厄を鎮撫させよう、というものと、

「疱瘡」という「病魔」を、排除する「守護神」を祭祀する、

この二つに大別出来る。

だから、「病魔」としての「疱瘡」そのものを祭祀している社であるならば、御利益を念願するような「甘えた」気持ちで礼拝したら、禍ごと(まがごと)を「被る」危険性を有すると愚考する。

だが、一方で、只今現在に於いて、神社関係の神職以外は、ほぼ参拝する者は皆無と思われるお社である。

自分は、これは、良くないのではないか、と感じたのである。

限り無く「封印」に近い「かたち」ではあるのだが、かつて、我々のご先祖たちは、この「疱瘡神」のお社に対して、真摯な祈りを捧げて、祭祀を続けてこられたのである。

それを、このまま捨て置いてしまっていたならば、いま治まっているものも、いつかは治まらなくなってしまうかもしれない。

そのように危惧したのである。

だから、「疱瘡神」の小さなお社を見かけた時は、努めて、懇ろに真摯に参拝させてもらうようにしている。

この「疱瘡社」でも、まず、「大祓詞」を奏上して、祓い清めさせてもらった。

さらに、お題目や五番神呪陀羅尼などをお唱えし、仏教の「経力」によって「法楽」を捧げさせてもらった。

勿論、自分は宗教者でも呪術師でもない、ただのポンコツ派遣労務者に過ぎない。

自分のような者が、いくら祈念したところで、何の足しにもならないかもしれない。

しかし、「至誠、天に通ず」とも云われる。

これから恐ろしい流行り病が蔓延することが無いように、自分は心を込めて「疱瘡社」をお参りさせてもらった。

どうか、この祈念が通じてほしいものである。

ムッシュ・かまやつ、こと、かまやつひろしさんがお亡くなりになった。

享年78歳である。

この人の実父(ティーブ・かまやつ)は、日系2世で、日本にジャズを戦前の1930年代後半に広めたジャズマンだった。かの「上海バンスキング」のモデルにも成った店でも演奏したという。

日本のジャズは、戦後に爆発的に流行するのだが、実は、戦前から存在していた。

「戦前」は、「暗黒」でも「無骨」でもなかったのである。

「モダン」で「お洒落」だったのである。

それはさておき、かまやつひろしは、実はカントリー&ウェスタンで歌手デビューする。

カントリー&ウェスタンは、戦後直後から1950年ぐらいまでに一世を風靡した。

故人だが、俳優の小坂一也も元来はカントリー&ウェスタンの歌手だった。

それから、ロカビリー歌手と成り、グループサウンズ(GS)の「ザ・スパイダース」のメンバーと成る。

こう見て来ると、「かまやつひろし」とは、日本芸能史の大衆洋楽の歩みをほぼ体現して来たと云っても過言ではなかろう。

さらにフリーに成った後は、フォーク歌手の吉田拓郎の作詞・作曲による「我が良き友よ」でブレークする。

その後も、音楽業界の第一線で活躍し続けていた。

かまやつひろしさんの履歴を振り返ってみて、いわゆる芸能界の「大御所」「大功労者」といったまばゆいばかりの“称号”や“勲章”が相応しいような人物だったのである。

だが、我々の感じていたかまやつひろしさんは、もっと軽妙でフレンドリーである。

つまり、常に自然体でおられた人だったと云えよう。

さらに、「ボクは、君たち(若い)世代と話が出来なくなったらおしまい。」と語っておられたそうである。

こういう言葉は、実は、なかなか口に出来るものではない。

若い時はそれほど感じないのだが、年齢を重ねて来るに従って、年下の人達と話をすることが億劫に成って来るものなのである。

はっきり云って、相当、自らに努力を課さない限り、実行出来ない。

かまやつひろしさんは、軽妙洒脱でチャーミングであったのだが、それこそ死ぬまで精進することをひたむきに打ち込んでこられた人だったと云えると思う。

そう云えば、ここ最近、軽妙洒脱な人が相次いで亡くなっている。

藤村俊二がそうであるし、永六輔もそうであった。

共通して云えることは、そのキャリアに比べて、恐ろしく若い世代への敷居が低い人であった。

だから、彼らの周りには、常に、若き俊英たちが親しみと憧憬の念を持って囲んでいたのである。

この「生きて来た年数」の「重さ」を他人に対して感じさせない、という立ち居振る舞いは、これから老いていく自分にとっての明確な目標である。

実は、我が亡父がそうであった。

亡父は、誰からも愛され、怖がられたり煙たがられたりはしなかった。

けれども、死して年月が経つにつれて、我が亡父の鋭さ、凄味というものに気が付き始めている。

日本の音楽界の一時代を築いた天才・かまやつひろしさんの死を悼むと共に、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

自分は、今、まさに「労働運動」の危機だと感じている。

「労働運動」と云うと、左翼の「専門」のように考えている人があまりにも多い。

確かに、「労働者」という「存在」を一番意識的にとらえていたのは、社会主義者たちである。

しかしながら、プロレタリアート対ブルジョアジーという「二元対立構造」でもって、既存の社会秩序や伝統文化を破壊することを最終目的とする「革命理論」で突き進んで来た、左翼陣営は、理論に於いても、実践に於いても、既に破綻している。

今更、暴力手段による「二段階革命論」など時代錯誤であるし、「価格」に於ける「剰余価値論」も説得力を失っている。

しかしながら、今もって、左翼党派が残存し得ているのだろうか?

それは、左翼党派の存在が必要とされているからに他ならない。

何故、必要とされているのか?

それは、その他の党派、つまり、保守陣営の政党が対応出来ていないことによる。

具体的に云えば、貧困問題、労働問題である。

現在、安倍政権は、アベノミクスと一億総活躍社会政策によって、貧困問題、労働問題に対応している。

勿論、その成果は、目覚ましく上がってはいない。

しかしながら、失業率や求人倍率の数値を見れば、間違い無く、民主党政権の時よりかははるかに改善されているのだ。

いくら、民進党や労組幹部、さらに左派アカデミズム学者どもが、「アベノミクスはアホノミクスだ!」などと揶揄しようとも、全く、説得力が無い。

だが、インターネット、スマートフォン、タブレット端末の著しい普及により、我々の世界は激変している。

実は、とてつもない程の、文明史的な「転換点」を通過してしまったことを、どうやら我々はまだ、正確に認識出来得ていないような気が自分はするのである。

無理やり、そのことを一言で云い現わそうとするならば、人と人との「つながり」の「形態」が激変したのである。

かつての我々は、村落共同体から始まって、実際に「対面」した人間同士でしかコミュニケーションは取り得なかった。

そして、そこには、明瞭かつ厳格な「階級格差」が存在していた。

つまり、低位の人間が、高位の人間とコミュニケーションを取ろうとするならば、その間に「取り次ぎ」の人間が必ず介在していたのである。

王侯貴族に、直接、話しかけることが出来る人間は、限定されていた。

つまり、臣下が「申し上げた」ことばを、お付きの人間が聞いて、高貴な人の近くまで行って伝言したのである。

そして、高貴な人物の発言は、その逆の順番で、お付きの人間を介して、臣下に伝わったのである。

この「構造」は、多少、形態が変化したものの、ほんの少し前までは、継承されていたのである。

例えば、平社員が重役や社長に何かを伝えたいと思っても、正式なやり方ならば、まずは直属の上司である課長や係長へ上申することから始めなくてはいけなかった。

そして、部長、秘書室、そして、本人へ伝言、と成った訳である。

それが、電話に成ってもそうである。

電話には「電話番」という下位の人間が担当し、偉い人が直接電話口に出ることなど、本当に有り得なかったのである。

それは、政治家などでもそうで、政治的指導者が、世間一般大衆に直接語りかけるには、街頭や講堂での演説しかなかった。

国営放送しか存在しないような「後進国」はともかくとして、どうしてもマスコミを通じてコミュニケーションを取るしか有り得なかったのである。

ところが、インターネットによる通信網が社会的インフラとして定着し、さらに、受信・発信の端末であるスマートフォンやタブレット端末が広範に普及したのである。

つまり、人と人との「つながり」の中間に「取り次ぎ」が不要に成った、そういう時代に激変したのである。

まさに、2016年のアメリカ大統領選挙で当選したドナルド・トランプこそが、この「状況」を象徴的に体現している。

トランプは、ツィッターを多用している。

かつてならば、記者会見やテレビ演説という手法しか有り得なかった。

だが、そのいずれも仰々しく、また、途中に「取り次ぎ」の人間を必要としていた。

ところが、現在は、ツィッターにしろ、SNSにしろ、ブログにしろ、発信者本人の直接の生の肉声が、そのまま、発信されるのである。

そして、そのまま受信されるのである。

そこには、解説も解釈も挿入される余地など有り得ないのだ。

だから、運営上の問題をクリア出来れば、企業内での全従業員参加のラインが設定され、社長と新入社員がライン上で直接やりとりする事態が、現実に成ったのである。

これは、人類史上、文明史的な、根本的な大変革であろう。

この当事者間の直接通信が「当たり前」という「前提」の社会と成ったならば、それは、あらゆる面で、従来の手法が通用しない事態と成るだろう。

当然、「労働運動」も、現在の手法は通用しなくなる。

まず、「従業員」という「概念」が、激変するだろう。

採用や雇用契約の対象者が激減するだろう。

現に、アマゾンは、通信販売の商品の配達に、「シェアリング」を「悪用」している。

これは、配送業者に「発注」するのではなく、「個人」の「片手間」の「空き時間」を「シェアリング」してもらい、「配達可能な数量」を「配達可能な区域」で配達してもらう、というものである。

そして、その「報酬」は、ネットバンキングでの振込で行うのだ。

だから、この配達に「従事」する人間は、アマゾンの事務所で人事担当と履歴書や契約書を提出する必要も無いし、経理担当とやり取りする必要も無いのだ。

ところが、実際に、気軽に「シェアリング」をしてみたら、一個あたりの「報酬」があまりにも低額で、さらに「配達要請」の個数がどんどん増大し、スマホ上でアマゾンから追い立てられる事態となってしまった。

そして、ついに、「シェアリング」のメンバーたちが集団で裁判所へ提訴する事態と成ったのである。

これは、これからの我々の社会の労働環境を予想する上で、極めて重要な事例だと思う。

つまり、かつては、各地に点在する個人と、それぞれコンタクトすることは、事実上不可能であり、もし、行おうとしたならば、その実務処理に物凄い手間と費用が必要であったのである。

ところが、ネットとスマホの普及で、「求人の呼びかけ」と「求人申し込み」の受発信は、劇的に容易と成り、安価と成ったのである。

今後、これにAI(人工知能)が導入されたならば、メールなどのやりとりでの、申請や履歴書や契約書の処理を担当することとなり、その処理容量は現在のとは比較に成らないくらいに増大するだろう。

そうなれば、業務ごとに毎日毎日、対応可能な個人を募集し、その募集に応じた個人に割り振ることによって業務が遂行可能と成る。

それは、あらゆる業種や業務に於いて、「日払い」が可能と成るということである。

つまり、ほとんどの人々が「日雇い人夫」と化す、と云えよう。

そういう労働環境に変化した場合、まず、間違い無く、「企業別労働組合」という組織形態は維持不可能と成るだろう。

さらに、ベア(定昇)や賞与といった「概念」そのものが成立しなくなるだろう。

何故なら、「雇用契約」が存在しない以上、被雇用者ではないからである。

ここで、「日雇い人夫」は、被雇用者なのか、個人事業主なのか、という解釈の問題が生じて来る。

先記した、アマゾンと「シェアリング」運送した個人たちとの訴訟に於いて、法廷の判決は、「被雇用者である」という認定であった。

だが、今後は、最初のスマホでの登録入力時の画面に表示される「契約」や「規約」の文言によっては、個人事業主への発注契約という形式に持ち込まれる傾向が増すことだろう。

そうなれば、近い将来、全世界から「被雇用者」という「労働者」は「消失」してしまうかもしれないのだ。

しかしながら、それは、あくまで「法制度」上の「隙間」を衝いたものであり、実際に業務に従事する「労働者」は「消失」することは有り得ないのである。

ここから予想され得ることは、間違い無く、将来に於いて、家計の所得は減少するであろうということである。

労働に対する報酬が、「賃金」という形態ではなく、「出来高払い」といったかたちに変貌してしまえば、間違い無く、その金額は下振れ傾向へ向かっていくことだろう。

その一方で、属人的な要素、つまり、特定の「個人」でしか処理不可能な業務というものも存在する。

云ってみれば、仕事のエキスパートである。

逆に、そう云う「個人」は、天井知らずの報酬を手にすることに成るだろう。

何故ならば、そういう「個人」には、注文が殺到する。

当然、全ての注文に対応出来ないので、選別をするしかない。

そこで、発注金額が低額な仕事は、謝絶されることに成っていく。

そうなれば、後は、この「個人」の「言い値」で「報酬」が決まっていくことになる。

仕事の出来不出来、その稀少性によって、所得の甚大な格差が発生することとなろう。

文字通り、仕事が出来ない人間は、カツカツの生活しか出来なくなってしまう。

そこで、多分、「ベーシック・インカム」制度が救済処置として出て来ると思う。

しかしながら、短絡的に「現金を配給する」と云うのは、精神衛生上、非常に問題が有ると思う。

残念ながら、現状の「労働運動」は、今もって、マルキシズム、ボルシェビキの呪縛から離脱出来ていない。

だから、どうしても「攻撃的」でヒステリックになってしまい、肝腎の労働者への成果が上がらないのだ。

まずは、「労働運動」を左翼イデオロギーから分離させること。

その上で、人類文明史的な大転換点を深く認識したかたちでの「労働運動」を展開させていかなければ、間違い無く、ディストピア、暗黒の未来社会が待ち受けているように、自分は深く憂慮している。

(なお、これに関連して「貧困の平等」についても記述したいのだが、それは別途にさせていただきたい。何卒悪しからずご了承の程、お願い申し上げる。)

 

しかし、そうすると、自分のような「英語が出来ない」「偏差値が低い」「性格にクセが有る」「不器用な」人間は、もう、間違い無く貧困層に堕ちますなぁ・・・・

(付記)

また、今夜も母に怒られた。

「もう、パソコンで遊んでばかりいて!一円にも成らないんだから!

もう、お前なんか、単純作業、肉体労働でしか稼げないんだから、早く寝なさい!」と。

まあ、確かに、自分がいくら文章を書き綴っても、ビタ一文にも成らない。

お金が稼げない以上は、それは「仕事」では絶対に有り得ないし、さしずめ「遊んでいる」ことに成る。

でもね、「ベーシック・インカム」なんて語句を使って「遊んでいる」のは、世の中で、多分、自分ぐらいしかいないと思うのだけど。


就寝しようと床に入ったのだが眠れない。

何て駄目なんだろう、と思いつつ、書かせてもらう。

 

いきなり出し抜けで恐縮だが、田母神俊雄さんについて、以下、書かせてもらう。

佐藤和夫先生が、現在、公判中の法廷の状況をご報告下さっているので、とても有り難い。

さて、田母神俊雄さんである。

もう、既に、「過去完了形」で語られてしまうように成ってしまわれたが、自分はそれではいけないと感じている。

勿論、現在の状況や諸事情、さらに年齢的な要素も勘案すると、最早、田母神俊雄さんが選挙に出られて当選し、「政治家」として活躍してもらう可能性は、ほぼ皆無であろう。

だから、そういう意味で、「過去完了形」で語られてしまうのは、仕方が無いとは思う。

だが、我々自身が、「そう云えば、かつて田母神さんって人が居たよね。」と、さながら「歴史上の人物」を語るような「他人事」の意識であるのは、やはり、駄目だと思う。

自分は、今現在も、田母神俊雄さんは、もっと違う「現在」が有り得た、と思っている。

一つは、東京都知事選挙に出馬せずに、「保守系言論人」としてご活躍している「現在」。

或いは、もっと「小規模」な別の選挙に出ていた場合。

さらには、もっと違ったかたちの「選対本部」でもって選挙戦を戦っていた場合。

まあ、今と成っては、「詮無き繰り言」なのかもしれないが。

実は、自分は、当初、田母神さんの都知事選出馬に猛反対したのである。

SNS上で、とうとうと反対の論陣を張ったのである。

だが、現在は、田母神さんが都知事選で戦ったことを大いに評価している。

実際に、事前に自分が「無理だ」と指摘したことを、思わぬかたちではあったが、それなりに「対処」出来たからである。

無論、最善なかたちでは無かったのだが、かといって、全く何も出来なかった訳でも無い。

つまり、「やろうと思えばあそこまでは出来た」という証明を体現出来たことが、評価するに値するのである。

自分は「転向左翼」であるが、自分が転向した2003年は、客観的に見れば、いわゆる「ネット保守」の運動の勃興期と云えるだろう。

まだ、その当時はSNSもスマホも現在のような「完成形」ではなく、「掲示板」や「メーリングリスト」「チャット」でもって主に対応していた。

それからブログが一般化し、拙ブログも2006年2月に開設した。

さらに動画投稿サイトが、新たなメディア媒体と成り、西村修平・在特会桜井誠といった「行動する保守運動」が威力を発揮し始めた。

特に、日本文化チャンネル桜・水島総は、CS衛星放送として2004年に設立されたが、CS衛星放送「のみ」の時期は、本当に影響力が低かった。

しかしながら、動画投稿サイトが普及し始めた頃、採算を捨てて、制作番組を大胆に動画投稿サイトに提供することに踏み切ったのである。

その結果、収入面に於いては寄与しなかったものの、認知度は格段に上がり、日本文化チャンネル桜と水島総に対する評価とシンパシーは一気に高騰し、その影響力は侮れないものに成ったのである。

これは、インターネットにおける産経新聞の取り組みに似ており、ネットへの参入が一番早かったので、ネットに於いての産経新聞ニュースの認知度は一気に上昇したのである。

勿論、それが紙媒体の産経新聞の購読拡大には、あまり貢献しなかったのだが、しかしながら、言論媒体としての産経新聞の認知度と影響力は、以前とは比較に成らないほど増大したのである。

そして、そういう背景の中で、2013年の12月に猪瀬都知事辞職の後の都知事選出馬への胎動に到った訳である。

明けて翌2014年1月に、田母神俊雄さんは、水島総と共に東京都知事選挙出馬を正式発表した。

この時から、いわゆる「ネット保守」主導の前代未聞の選挙戦が始まった訳である。

この選挙に於いて、最大の評価点は、選挙告示日の当日中に、東京都全域のほぼ全ての公営選挙ポスター掲示板にポスターを貼ることが出来た、ということに尽きる。

今迄も、東京都知事選挙には、「変わり種」の立候補者が存在してはいた。

雑民党の東郷健や、ドクター中松、建築家の黒川紀章にロック歌手の内田裕也など。

だが、彼らは選挙告示日当日に、公営選挙ポスター掲示板全てに自分の選挙ポスターを貼ることをしなかった。

と云うより、不可能だったのである。

それは、ポスターを貼る、「人手」が確保出来なかったことによる。

だが、それが、選挙戦に於ける「有力候補」なのか、「泡沫候補」の「通行人」なのか、その決定的な判断基準であった。

だから、選挙ポスターをほぼ全部張り終えることが出来得た、ということで、マスコミも政治や選挙の「プロ」も、田母神俊雄陣営を見る目が一変したのである。

このことは、絶対に評価しなくてはいけない。

そして、選挙戦中は、まあ、いろいろと有った(ようだが)、結果として61万票もの得票が出来た訳である。

自分は、選挙前の段階で、「数万票しか得票出来なかったならば、田母神俊雄さんの『政治的価値』は無くなってしまう。」と危惧していた。

だから、せめて10万票を超え、さらに20万票以上獲得しなければ「次の選挙」は有り得ない、と考えていた。

ところが、結果として61万票を超えた訳だったのだから、選挙に「勝」てはしなかったのだが、「負け」たことにも成らなかったのである。

選挙の「プロ」である、或る公明党の関係者が、「選挙には、勝ち、と、負け、と、負けない、の3種類が有る。」と云ったという。

「大事なのは、負けない選挙をすることだ。」と。

2014年2月の東京都知事選挙に於いて、田母神俊雄さんは「負けない」結果を叩き出せた訳である。

そこから、「田母神新党結成」やら「参議院全国比例代表出馬」といった「話題」がネット内で飛び交う状態と成った訳である。

ところが、同年12月の衆議院解散総選挙によって、田母神俊雄さんは「次世代の党」公認で、公明党の太田昭宏の選挙区・東京12区に出馬し、惨敗してしまう。

また、「次世代の党」自体も大惨敗してしまうのである。

だから、いわゆる「ネット保守」の政治運動は、2014年2月の東京都知事選挙に於いて、その「可能性」を示したと同時に、同年12月の衆議院選挙に於いて、その「限界」を露呈した訳である。

それから数か月後に、週刊文春の記事掲載を察知した水島総による記者会見と自社番組制作、そしてその番組の動画投稿サイトへのアップ・公開と到り、田母神俊雄「事務所」の金銭スキャンダルが炸裂することと成るのである。

田母神俊雄さんの金銭スキャンダルは、単に田母神俊雄さん個人の「失墜」に止まらなかった。

水島総という、「ネット保守」の代表者の「偶像」をも破壊させることに成ってしまったのである。

かつての「頑張れ!日本」の代表と幹事長、さらに都知事選の候補者と選対責任者という、政治的には「運命共同体」とも云えるご両人が、聞くに堪えない言葉の応酬を延々と繰り広げると云う、誠に暗澹たる気持ちにさせる惨状と成った訳である。

実は、自分は、都知事選直後から「金銭に関しては、舛添陣営以上に厳格で潔白であれ」と指摘していた。

何故なら、あの都知事選は、全国からの支援者から寄せられた「浄財」によって賄われたからである。

だから、選挙制度上の会計処理報告だけに留まらずに、もっと踏み込んだかたちで詳細を公表すべきだろう、と指摘したのである。

だが、結局、それは一部の「関係者」への謝礼と、私的流用に手を染めてしまったため、実現することは無かったのである。

田母神俊雄さんは、結局、これで、「政治家」としての道を断たれた。

さらに、保守の「言論人」としての活躍も望めなくなってしまった。

「言論人」として、かつてのような状況にまで回復するには、まだまだ年月が必要な感じがする。

どうしてこうなってしまったのだろうか?

これを「田母神俊雄」という、一人の人物の資質の問題にしてしまうのであれば、それは問題点を矮小化していることに成ろう。

勿論、それを「水島総」に置き換えても同様である。

「田母神俊雄」にしろ、「水島総」にしろ、欠陥を有していた。

しかしながら、その「破綻」の「全て」を、個人の欠陥が「原因」であると決め付けてしまうのであれば、それは「ごまかし」である。

歴史を紐解いていけば、過去の偉人や天才は、奇矯かつ異常な人物だらけである。

けれども、そういった重大な欠陥を抱えておりながらも、成果を出している訳である。

何故なのか?

それは、個人の欠陥を補う「存在」が有ったからである。

それが、補佐役であり、参謀であり、支援者であり、理解者であった訳である。

つまり、「田母神俊雄」や「水島総」が「破綻」した原因の一端は、間違い無く、我々一人びとりの中に有る、ということである。

そして、我々一人びとりが、その問題点を意識し、改善し、克服しない限り、登場人物の顔ぶれがいくら代わろうとも、同じような「破綻」に到ってしまう、ということである。

我々に、何が出来得たのだろうか?

そして、今後、何を心掛けて行動していったら良いだろうか?

ちゃんと胸に手を当てて、内省と熟考を自らに課すべきであろう。

「時間が無い」

「早くしなくては」

「とにかくやれば良い」

「道義が有れば、結果などどうでも良い」

こういうセリフに感覚と頭脳を麻痺させてしまっていてはいけないと思う。

田母神俊雄さんは、「終わって」しまった。

だが、「終了」させてしまったのは何故なのか?

誰なのか?

結局、「田母神俊雄」という誠に得難い「キャラクター」を我々は「蕩尽(とうじん)」してしまったのである。

このことを、もっと、我々一人びとりが意識するべきだろう。

西暦2000年初頭から勃興した、いわゆる「ネット保守」は、現在、「破綻」した。

その証拠として、昨年(2016年)6月から7月にかけて吹き荒れた「日本会議」批判である。

つまり、警戒すべき「保守政治組織」とは、「日本会議」であると見なされた訳である。

それ以外の、いわゆる「ネット保守」は、最早「恐れるに足らず」と見なされた訳である。

2017年2月に、桜井誠が「日本第一党」を結党したという。

だが、それがどこまで政治的なパワーと成るのだろうか?

現時点では、自分は全く評価していない。

ただ、演説の才能としての桜井誠は、評価はしている。

だが、マイクパフォーマンスだけでは、政治的成果は上がらないのだ。

むしろ、もっと地味で目立たずに緻密な活動が出来る人物の登場こそが期待されよう。

そんな、「泥臭い」人、どこかに居ませんかねえ?

(付記)

先日、田母神俊雄さんについての拙文を書いた。

その中で、自分は「我々は」という表記に敢えてしたのである。

「我々、保守派は」という表記にわざとしなかったのである。

理由は、筆者である自分が「保守派」ではないからである。

いわゆる「保守派」ではない自分が、「我々」と書いたならば、そこに「保守派」という表現は不適切である。

また、「保守派は」と書いたならば、自分を含めたかたちの「我々」という呼称には出来ない。

「彼等は」と書くしかないのだ。

何度も書いているように、自分はかつて「左翼」であった。

そこから「転向」した訳だから「転向左翼」である。

そして、自分は、それから、いかに「保守派」に成れるのか、と思い詰めて懸命に頑張った。

次第に、いかにも「保守派」という感じの「枠組み」でもって、意見を述べるように成っていったのである。

ところが、そこは「因業な性分」であるので、どうしても「生粋」の「保守派」のようには成れない。

ついには「善意による」諫言、進言を行っても、自分の本意を汲み取ってもらえないどころか、人格攻撃としか云いようのない悪罵が浴びせられて来たのである。

そして、SNS上で、自称「真正保守」の人物から、明確に「お前なんか保守ではない。」と云い渡されたのである。

さらに加えて「在日の創価信者」認定まで受け、「自宅を探そう。」とまで書かれた。

もう、怒る気力さえ失せた。

「そうか、自分は、最早、保守ではないのだ。」

そう思った時、自分はとても気が楽に成ったのである。

もう、「保守派」であるように「装い」「振る舞う」ことをしなくて良い、と思ったのである。

それから、自分の論理のどの部分が「保守」で、どの部分が「左翼」なのか、といった問題意識は完全に払しょく出来た。

自分のことを「保守ではない」と指弾するのであれば、自分は「保守ではない」のだろう。

逆に、「いや、保守の範疇に該当する」と指摘されるのであれば、そういう解釈も可能なのだろう、と了解したのである。

どちらにせよ、保守なのか、保守では有り得ないのか、を決めるのは自分ではなく、他人なのである。

現に、民進党の「党首」である、蓮舫大先生は、「自分はむしろ保守だと思います。」と表明して、「どの口が云っているのだ!」と云われる始末である。

つまり、「政治的な立ち位置」とは、所詮、相対的なものでしか有り得ないのである。

かつて、自民党内での「最右翼」とは、中曽根康弘の派閥であった。

そして、中曽根康弘が引退して、その派閥を誰が継承するかという時に、二人の有力者が名乗りを上げ、結局、二派に分裂してしまった。

亀井静香のグループと山崎拓のグループである。

つまり、かつては、亀井静香も、山崎拓も、バリバリの「保守派」という「位置付け」だったのである。

しかしながら、亀井静香は小泉純一郎に反発して、自民党から「追放」扱いと成り、以降、野党政治家として政界を遊泳していくことに成った。

また、山崎拓も、第一次安倍政権の時、自民党内に於いて、えげつないほど安倍総理の足を引っ張ったのである。

今や、いわゆる「保守派」の人々から、亀井静香はかろうじて「保守」の扱いであるが、山崎拓は完全に「保守」の枠外に認定されている。

そう考えれば、「右」だ「左」だなどと云ったところで、絶対的なものではない。

ちなみに、ロシアの「マルクス主義の父」と云われたゲオルギー・プレハーノフは、メンシェヴィキと成り、レーニンのボルシェヴィキ政権から追われて、隣国・フィンランドで客死した。

一時は、「一元論的史観」でもって、レーニンから激賞される程だったにもかかわらず、である。

まあ、プレハーノフは、カール・シュミットのように、生涯に於いて思想的な論点が変遷した傾向が有るように思う。

ナロードニキから、第二インターナショナル、ロシア社会民主労働党・メンシェビキと「党派の変遷」が有った。

だから、プレハーノフを「右」なのか、「左」なのか、一言では断定出来ない。

だが、プレハーノフ本人にとってみれば、「自分は全くぶれていない。」のである。

それは、戦後の日本のトロツキストである太田竜(後に太田龍)も同様である。

日本共産党を離党して、後に革マル派のカリスマと成る黒田寛一と共に「革命的共産主義者同盟(革共同)」を設立し、第四インターナショナルに参加する。

その後、黒田寛一らから離脱し、日本社会党への潜入工作「加入戦術」を主張。

その後、新左翼運動の激流の中を遊泳するのだが、「中心と周辺」論ではないが、アイヌ民族解放、自然環境保護運動、さらには反ユダヤ陰謀論者と成って、最終的には靖国神社へ昇殿参拝するまでに到る。

だが、彼からすれば、「自分は、終始一貫して反米主義だった。」と云うことに成るのだ。

以上、列記した事例に比べれば、自分なんぞは比較するのもおこがましい限りであるのだが、つまり、「右」や「左」という「位置付け」は、他人が決めることであるとしか云いようがない。

だから、自分は、自分なりに考え抜いたことをそのまま述べるしかない。

その後の「評価」は、あくまで他人が決めることである。

幸い、自分は「無名人」である。

「保守」という「位置付け」が為されていない「段階」に居る。

だから、どういう「位置付け」にされようとも、そもそもの「認識」されていない、「存在していない」訳なので、何の問題も無いのである。

今後、それがどうなって行くのかは、不明であるが。

ただ、「使い走り」の「下働き」に徹する覚悟なので、どちらにせよ、どうでも良いことである。

「感覚」と「論理」は、よく対比される。

対照的な要素であり、対立軸に有ると思われる。

つまり、「感覚」の横に「論理」が位置して、いる、と。

だが、それは誤りである。

それは、「感覚は論理を超越する」からである。

人間は、「論理」では「理解」するのだが、それは「判断」の決定的な要因には(必ずしも)成らない。

むしろ、「感覚」、それも「体感」によるもののほうが「判断」を下す決定的な要因と成る。

何故か。

それは、人間とは、「感覚」がまず根本として存在しているからである。

そして、「論理」は、その「感覚」という基礎の上に乗っかっているだけに過ぎない。

だから、いくら壮麗な「論理」を構築仕立て上げたところで、「感覚」という地盤そのものが揺らぎ始めたならば、ひとたまりも無いのである。

だから、他者を圧倒し、支配し、操作しようと画策する者は、手っ取り早く、「論理」を超越した「感覚」に訴える手法を多用するのである。

この「メカニズム」を肝に銘じて、あらゆる物事に対処すべきなのだと、自分は考えている。

東芝がつぶれる。

と云うか、「解体」されてしまいそうである。

このことは、もっと深刻に受け止めるべきだと思う。

先年のシャープの身売りの件と比較されてしまうがちだが、東芝は、やはり違うのである。

何しろ、創業者は九州・肥前の佐賀藩の「からくり儀右衛門」こと初代・田中久重である。

つまり、東芝(東京芝浦電気)という企業は、近代日本産業の「歩み」そのもののと云っても過言では無い存在なのである。

特に戦後に於いては、石坂泰三、土光敏夫といった「財界総理」と云われた経団連会長を輩出した超名門大企業であったのである。

その東芝が、只今、「断末魔」の喘ぎである。

「諸行無常」の思いは否応無く深くなる。

東芝に関してはこれ以上は触れないが、この「こと」は、まさに只今現在という「時代」を明瞭に示しているであろう。

よく「寄らば大樹の陰」と云う。

どうせ、身を寄せるのであれば、大きなしっかりとした組織の方が良い、ということである。

ところが、超名門企業であった東芝が、消失してしまいそうな事態と成った。

最早、「過去の栄光」だけでは、将来は占えないということである。

もっと云えば、韓国のサムソンだってそうである。

ほんの十年くらい前は、「日本企業はサムソンに学べ!」と云われたくらいなのに。

ちなみに、「サムソン」と云っても、アッチ系ではなく、「三星財閥」のことである。(みんな、解っていると思うけどwww)

ところが、カリスマ経営者の二代目が急病で倒れてから、途端におかしく成り始めた。

オーナー企業の強さと脆さを、まさに如実に示していると云えよう。

自分は、漠然とであるが、これからの社会は、「硬質」な「組織」ではなくなると思う。

その最大の原因は、ネット社会にある。

ネット社会に於いて、個人間のコミュニケーションの有り方が激変したからである。

極端な話し、アメリカと欧州とシンガポールのそれぞれの人間と一緒に「共同プロジェクト」を設立して、発展させることも容易に成ったのである。

そして、しかも、一度も全参加メンバーが一堂に会さなくとも、何の支障も来たさない。

そんな「時代」に成ってしまったのである。

そういう時代に於いて、「管理職」というポジションは否応無く、その存在意義が変容せざるを得ない。

かつての「ピラミッド型」の社会であるならば、経営陣・上層部と末端構成員との「情報」の結節点として、明確な「役割」が存在した。

ところが、今と成っては、全社員参加のラインが設定され、社長の発信に対して、平社員が返信するような事態と成った。

そうなった場合、部長・課長・係長といった中間管理職の存在意義は、最早、経営陣・上層部がカバー出来ない部分の「フォロー」のみという、極めて軽微な「存在」に成りかねない。

かつてのような、「管理職」としての「ありかた」そのものが、変わらざるを得なくなるだろう。

ただ、そこで、決定的な必要な「要素」として、「コミュニケーション能力」が求められてくることだろう。

ひとくちに「コミュニケーション能力」というが、まず、発信と受信に大別出来る。

発信に関しては、いかに、相手(部下、顧客、監督官庁、投資者、社会全体)に理解してもらい、好意的に受け止めてもらえるか、という「表現力」。

受診に関しては、発信先からの「メッセージ」を的確に受け止め、分析し、最適な対応を行うという「読解力」と「判断力」「洞察力」、そして「決断力」「実行力」であろう。

多分、表面上は、「ネットでのやりとり」ということに成って行くだろうが、この「コミュニケーション」の巧拙、正誤いかんで、間違い無く、天と地ほどの大差が生じることであろう。

従来も、「コミュニケーション能力」は重要であった。

だが、今後は、間違い無く、致命的かつ決定的な要素と成る。

上っ面だけの「暗記」は、AI(人工知能)に代用されるだろう。

だが、本当の意味での「コミュニケーション能力」には、幅広く奥深い知識と経験が不可欠と成る。

そこで、「学習課題」は、いかに「コミュニケーション能力」を涵養させるために知識や情報を摂取していくべきか、という観点から設定し直さないといけなくなるだろう。

これは、「現場」からアカデミズムへという、「逆算」的な手法に成らざるを得ないと思う。

それはさておき、「コミュニケーション能力」とは、それ即ち「語学力」以外の何ものでも有り得ない。

つまり、言語能力が低いということは、即ち、「人員」としての能力の「低劣さ」そのものと成る。

そして、現在のインターネット空間に於いては、「英語」が「公用語」なのである。

つまり、「英語」を解さないということは、即ち「人語」を解さないということに等しい。

だから、英語がからきし駄目な自分は、まさに何の価値も無く、さしずめ「滅ぶべき種族」である。

最早、この年齢に成ると、今更、勉強し直したいとも思わないし、このまま捨て置かれても構わないとも感じる。

嗚呼。

昨日、平成29年2月24日金曜日は、「プレミアム・フライデー」だった。

業務を午後3時に終了させて、夕方から「遊んで、お金を使ってください。」ということであった。

新聞紙を開いてみて驚いた。

関ジャニエイトの面々が出ている新聞広告がドカンと掲載されていたのだ。

何だか、高級マンションの新聞広告と同様に、全くの「他人事」としか思えなかった。

だいたい、月末の週末で、「自己都合」で、業務時間を短縮可能な「職場」なんて、その「職場」そのものが既に、現在の社会状況の中で「プレミアム」な存在だと思う。

そういう「職場」は、既に、十二分に「恵まれている」と思う。

何も今更、政府が「ご指導」をしなくとも、有給休暇を取得したり、ちゃんと「プレミアム」な日常を満喫されていると思う。

問題は、取引先からの要望や職場環境の現状から、「自己都合」でスケジュール構成が不可能な「職場」である。

そんな「職場」では、通常は、「お前らに休日なんか無いんだ!」と凄んでいる。

時々、「たまには休め。」と云われる時は、だいたい労働基準署からの手入れが有りそうな時である。

何と云うか、或る程度は、行政から枠組みをはめていくような「やり方」も必要なのだが、それで全ての問題が解決されるのか、というと、それは無理だと思う。

多分、「正規雇用」と「非正規雇用」の「格差」を埋めようとしたり、残業時間を制限したところで、絶対に「抜け道」を行く者が続出する。

既に存在しているのだが、「企業」を包括企業の「ホールディング」へと組織を変えてしまう。

そして、子会社をたくさん作り、「本体」の人事給与体系から分離させてしまうのである。

つまり、役所の「キャリア組」「ノンキャリア組」のように、「経営陣・管理職候補生」は「本体」の社員としての高給と福利厚生や身分保障を設定する。

残りの大多数の「その他大勢」は、子会社の社員として、各社独自の人事給与体系にしてしまうのだ。

そして、子会社でも「本体」に「籍」を有する「出向者」は、「本体」の給与体系と成る。

つまり、「同一職場・同一賃金」は実現しないのである。

後は、「雇用者」としての「職員」にしないのである。

つまり、「請負」というかたちで、業務委託外部発注としての「出入りの個人事業者」として「契約」するのである。

だから、「労働三法」の管轄ではなくなるのである。

こうなると、結果的に、職場内での「一体感」「連帯感」が維持不可能と成るのだ。

「みんな働く仲間」と云う同質的な意識が消え失せていくだろう。

実際に、自分は現在、派遣労務者であるが、年々、働いている「現場」に対する勤労意識が薄れていっているのを痛感する。

「ここをこうすれば、もっとこの現場は良くなるだろう。」などと以前は脳裏に浮かんだものだが、派遣社員として勤務する期間が長く成って来るにしたがって、そういう職場や業務に対する改善提案への意欲や意識が無くなって来ているのである。

「そういうことは、自分には関係無い。」という思いが全身に満たされてしまい、ただ単に、「正規雇用」の人から「指示」されたことだけを、唯々諾々と「こなす」だけに成って行くのである。

そして、さらに、馴染んで来て、愛着も生じて来た「職場」も、或る日突然、変更されてしまうのである。

「明日から、こちらの現場に行って下さい。」と申し渡されるのである。

そういう「配置転換」を幾度か経験していくと、次第に「職場」に対する「当事者意識」が無くなるのである。

次第に「お客様」と云うか、「アウトサイダー(部外者)」という感覚と意識に満たされてしまう、「職場」や「業務」に関しても、醒めてしまうのである。

別に、さぼったり、手を抜いたりということは無いにしても、ただ単に「淡々とこなす」だけに成って行くのである。

 

かつて、幕末の長崎にオランダ人(だったか)がやって来た。

で、ロシアの黒船が押し寄せて来て、騒然と成った。

オランダ人が、「大変なことに成りましたね。どうしたら良いと思いますか?」と、懇意にしている商人に話しかけた。

すると、「いやあ、そういうことはお侍のお方がお考えに成ることですから。」と笑って、おしまいにしてしまった。

この返答に、オランダ人は驚愕したという。

「もし、ロシア軍が上陸して来たならば、武士も商人も区別無く、蹂躙されるというのに。」

 

今、日本の「職場」のあらゆるところで、このような傾向が浸透しているように感じる。

かつての、いわゆる「日本型企業風土」というものは、「みんな働く仲間」という意識であり、極めて「同質性」が濃厚であった。

だが、とにかく「経費節減」ということで、「固定経費」である「人件費」を削減するために、「社員」数を削減していった。

ところが、ついに、「職場」に於ける「最低限人員数」を割り込むように成り、これ以上「経費削減」のために「社員数」を削減した場合、「戦線崩壊」と成り「職場」が維持不可能に成るところまで来てしまった。

そこで、「頭数」は削減しないのだが、「経費」は削減する。

つまり、「職員」だけど「社員」ではない、「非正規雇用者」という「抜け道」が生じた訳である。

この「ご都合主義」の「つまみ食い」は、企業に於いては誠に「美味しかった」のである。

だが、それによって、現在、「職場」の到る所で、「いやあ、そういうことは正規雇用のお方がお考えに成ることですから。」という「意識」で占められるように成ってしまったのである。

そうなると、「職場」の中の、ごくごく限定された「正規雇用者」しか、問題意識を持たなくなるように成って来ている。

いわゆる「非正規雇用者」は、「職場」に関しての全ての事柄が「他人事」でしか有り得なく成って来ている。

これはどういうことか云うと、「封建主義」化してきているのである。

この職場内封建主義が蔓延することと成った場合、業務そのものからイノベーションやらクリエイティブと云った、躍動感や熱情(パッション)が消え失せていくことに成る。

まあ、「そういう世界」も、あながち不幸ではないのであるのだが、多分、現状維持のみに汲々とする「職場」や「組織」と云うことに成るだろう。

一方で、時代の加速度はどんどん速度が上がって来ている。

勿論、その変化のスピードに対応出来る訳が無い。

そもそも「時代は急激に変化している。」と云う、意識すら皆無なのだから。

 

自分は、最早、期待をしていない。

結局、「お金」の問題から離脱していない以上、みんな「薄給」から逃れる術はないのである。

既に自分は何度も書いているのだが、「人件費」や「賃金」は、「固定経費」ではなく、「未来」に対する「投資」なのだと。

「経費」と「投資」では、お金を支出するにしても、「意識」がまるで違ってしまうだろう。

そこまで、「意識」を切り替えられるのだろうか?

その「意識の転換」が為されない限り、成果など上がろう筈が無いと思う。

NHK大河ドラマの「おんな城主・直虎」が苦戦中とのこと。

確かに、「毎度お馴染みの顔ぶれ」という登場人物が少ないからだと思う。

その点、昨年の「真田丸」は、秀吉、家康、三成と有名どころが揃っていた。

さて、自分は、今年の「直虎」も、なかなか満足している。

確かに、「地味」と云えば地味だが、何となく「親近感」が湧くのだ。

自分の家は「士族」で、ご先祖は一応「武士」だったようである。

だが、我がご先祖は、槍働きで獅子奮迅の大活躍をされたような気が、自分はあまりしないのである。

むしろ、帳面と算盤と筆を前にして、

「米が足らない。銭が足らない。人が足らない。時が足らない。」

と苦心している様が思い浮かぶのである。

ただ、「どうしよう、どうしよう。」と悩み苦しみながらも、最終的には帳尻を合わせてしまうような「手腕」を持っていたような気がするのである。

自分の父や祖父や曾祖父の話しを聞いて、想像するには、我が一族はなかなか時流を見抜くことに長けていたようである。

さらに決断が速く、細かい目配りもちゃんと出来たようである。

何しろ、明治維新の時に、「武士」から「商人」に見事に転身出来たからである。

そういう意味では処世術に秀でていたご先祖であったようである。

そうは云うものの、自分自身は、このご先祖に比べれば、全くお話しに成らないのが悲しい。

もっと、頭を使わないといけませんなあ。

当たり前のことなのだが、全部が「正」で、全部が「誤」というようなことは、実はほとんど存在しない。

また、全部が「善」で、全部が「悪」というようなことも、同様である。

それゆえに、「解釈の余地」が生じて来る。

間違い無く、「小池百合子東京都知事」についての意見表明で、現在、いわゆる「保守派」の中で「分断」が生じている。

小池百合子東京都知事を賞賛する人と、そうではない人である。

さて、自分の立ち位置を鮮明にしておこう。

自分は、現在の東京都知事に於いては、小池百合子で良いと思う。

だから、小池都知事を知事から引きずり降ろそうという立場には成らない。

もう、今だから白状するのだが、自分は最終的には、小池百合子へ投票した。

本当に、迷いに迷い、逡巡に逡巡した末のことである。

自分はほとんどの選挙で、期日前投票にしている。

告示日の時点で、もう、投票先は決まっている。

だが、都知事選挙に関しては、セクハラ鳥越は論外として、「ますだおかだ」にするか、どうするかで、本当に困惑した。

投票日の夜19時30分過ぎに、投票所へ向かって駆け出して行くことに成った。

そして、投票用紙を手にして、鉛筆を持つまで、「ますだおかだ」にするかどうか、決まらなかった。

だが、最終的に、「ますだおかだ」としか思い出せないような、全く存在感の無い候補に投票するのが嫌だった。

だから、あくまで消去法で、小池百合子へ投票したのである。

当選後の小池都知事には、来たる2020年の東京五輪の予算額の異常な高騰ぶりといわゆる「豊洲市場」移転に関しての「闇」の問題が露見して、さらに追い風が吹いた。

ただ、いわゆる「豊洲市場」の問題は、小池百合子が都知事選挙に立候補する時から取り組んでいた訳では無い。

それを云ったら、そもそも、この「豊洲市場」の問題を一番最初に取りあげたのは共産党であった。

ならば、共産党の「調査力」が凄かったのか、というと、そうではなかろう。

つまり、石原・猪瀬・舛添という歴代の都知事は、自民、公明、さらには民主まで「与党」であって、完全に都庁と議会が「一体化」していたのである。

だから、いくら「豊洲市場」についての諸問題の「告発」をしようとしても、共産党へ「持ち込む」しか出来なかったのである。

ところが、小池都知事は議会「与党」と全面対決した上で勝利した。

そこで、「豊洲市場」に関しての諸問題に知悉している東京都庁内の技術系職員が、小池都知事へ「内部告発」をした訳である。

そして、勝負勘が冴えわたる小池都知事が、この「垂れ込み」を却下せずに採用したことから、ようやく「日の目を見た」訳であろう。

もし、小池都知事が都議会自民党に担がれて当選出来ていたならば、この「豊洲市場」の問題は、きっと闇に葬られていたことと思う。

どのような経緯であったにせよ、「豊洲市場」の問題が世間に露見したことは、良かったと思う。

問題は、有識者の会議によって「盛り土をすべき」と決定されたにもかかわらず、何時の間にやらコンクリート製の「地下空間」に「変更」されてしまったという点である。

しかも、ほとんどの関係者でさえ、この「変更」を知らなかったのである。

つまり、手続きとしての合意と決定が正式に為されたにもかかわらず、秘密裏に決定事項が覆され、その変更そのもの自体さえ隠蔽された訳である。

これは、まさに「東京都庁」という「役所」そのものの「闇」である。

勿論、その都庁を「管理する」のが都議会であるのだが、議員や知事といった「政治家」が専門的な技術に関する事柄までは精査は無理だろう。

役人が完全に隠蔽しようと覚悟して進めて来た場合、どこまで議員や知事が制御可能なのであろうか?

結局、「信用」して、「良きに計らえ」としか云いようが無いような気もする。

と同時に、「利権」というかたちで、「結託」したところも有るようである。

だから、こういった「闇」に切り込んでいくことに関しては、自分は反対も批判もしない。

しかしながら、来たる都議会議員選挙に於いて、いわゆる「小池都知事派」である「都民ファーストの会」単独で、都議会の過半数を占めてしまおうというやり方は、あまりにも乱暴であろう。

自分は、小池都知事と都議会自民党の対立ぶりが醜悪であった、平成28年9月の時に、「宗論は、どちらが勝っても釈迦の恥」と評した。

小池都知事は自民党に籍が残っている訳だし、ここは小池都知事も都議会自民党も、折り合えるところは折り合い、協力出来るところは協力するべきだと願っていた。

だが、2月5日の東京都の特別区である、千代田区長選挙の結果を受けて、都民ファーストの会で70人規模の立候補者を擁立する、という流れに成った。

さらに、都議会民進党に対しては、「民進党という政党全体ではなく、各議員一人びとりに対して支援する」というつれない態度に変わった。

つまりこれは、「小池都知事の『お墨付き』が欲しいのなら、現在の党籍を抜いて、“入党”しろ。」ということである。

実際に、民進党公認候補だった元都議の候補が離党して、都民ファーストの会から鞍替え出馬することに成った。

さらに、都議会の自民党会派から分離した「新風」の3都議のうち、2都議が「自民党」を離党したのである。

これは明確に、「都民ファーストの会」が「純化・拡大路線」へ大きく舵を切ったことを意味する。

つまり、「つまみ食い」の「なんちゃって小池都知事派」は絶対に「認めない」ということである。

だがそれは、事実上、政治的に小池都知事へ絶対服従を誓うことを強要されることである。

これでは、最早「妥協」も「取引」も成立のしようが無い。

かくなる上は、都議選に於いては「徹底抗戦」有るのみであろう。

都議会自民党は、やはり、猛省し、悔い改めて、生まれ変わらなくてはいけない。

しかしながら、都議会自民党の議員が、枕を並べて落選するような事態と成れば、それは即ち、政党「自民党」の「敗北」を意味する。

いくら小池都知事が、いまだに「自民党籍を有する」とはいえ、それで「問題は無い」ということにはならない。

自民党の都議が多数落選し、その分が「都民ファーストの会」の候補に取って代わられたということに成れば、明確に「自民党が選挙で大敗した」という「受け止め方」に成る。

そうなれば、自民党と公明党の連立政権である「安倍政権」への影響は絶対に避けられない。

間違い無く、朝日新聞やTBSなどの左派大マスコミは、「自民党・安倍政権に対する批判も、有ったと云えよう。」などと書き立てて、安倍政権そのものを毀損させようと仕掛けて来るだろう。

そうなれば、当然、「現時点での解散総選挙実施」は、躊躇せざるを得なくなる。

事実上、首相の「解散権」が封じ込められてしまえば、総理や政権への求心力は一気に低下する。

そうなれば、安倍総理が意欲的に取り組んでいる安全保障の問題、毅然とした外交政策、アベノミクス、そして「憲法改正」への取り組みが制限されることに成るだろう。

当然、「憲法改正隠し」と云うことに成って、「当面の間は、憲法改正については触れないようにしよう。」という「政治判断」に成るだろう。

それは、事実上、「都議選に於ける都議会自民党の敗北によって、折角、現実性が生じた憲法改正への道筋が消滅する」ことを意味する。

だから、小池都知事を応援したり、支持したりするのは、まだ良い。

また、小池都知事を応援するために、「都民ファーストの会」にシンパシーを感じるのも、まあ、良いだろう。

だが、都議会自民党を徹底的に叩く、と云うのは、絶対に駄目である。

だから、「都議選」に於いて、目指すべき方向は、

都議会自民党が負け過ぎず、

「都民ファーストの会」がそれなりの議席数を獲得し、

その分の左派的党派の議席が減る、

という選挙結果であろう。

平成29年2月23日現在に於いて、小池都知事への都民の支持率は高止まり傾向のままである。

ならば、あと4か月ほどの都議選に於いては、小池都知事の「直参・旗本」「近衛師団」である「都民ファーストの会」の都議候補は、ほぼ高位当確の可能性が濃厚である。

はっきり云えば、候補者を立てれば、例え「案山子(かかし)」であっても、楽勝で当選出来るだろう。

只今現在、小池都知事と「都民ファーストの会」には、千載一遇の追い風が吹き付けている。

だが、ここで、都議会自民党が壊滅的な大惨敗を喫すれば、間違い無く、安倍政権が大いに揺らぐことに成る。

つまり、都議会自民党は、「いかに負けない選挙戦にしていくか。」ということが課題と成ろう。

まあ、どのようにしていくのかは、「政治のアウトサイダー」である、しがない派遣労務者である自分には誠に荷が重過ぎる。

具体策に関しては、「選挙の専門家」諸賢に奮闘努力してもらうようにお願い申し上げたい。

神仏に対して、あれこれとお願いをし、御守護をしてもらうようにお祈りをする「段階」では駄目なんだそうな。

そして、神仏を加持祈祷や呪術によって、自分の望むように働いてもらうようにする「段階」でも、まだ、駄目なんだそうな。

神仏の方が、「これは捨て置けぬ!」と勝手にお働き下さる「段階」にまで到らなければ、駄目なんだそうな。

つまり、その生き方、日常の立ち居振る舞いそのものが、神仏をして感応せしめる程でなければいけないということである。

ただ、それは、人間として、「誠」の有る生き方に徹しておれば、誰しもが到達出来る可能性が有ると思う。

がんばりましょうwww

今の自分を支えて下さっている「言葉」が有る。

以前、歌人の福永眞由美先生から自分に対して仰って下さった「言葉」である。

「貴方のような人は、神様が絶対に放っておかないから。」

この言葉を頂戴した時、ただただ恐懼するしかなかった。

この先生からのお言葉に恥じないように、より一層精進を重ねていかなければならないと、常日頃、肝に銘じている。

ただ、その割りには、まだまだ精進が足らずに、「到らない」のである。

昨晩、TVの天気予報を見て、慄然とした。

何でも、明日は「春二番」の強風が吹き荒れ、夕方からは雨天に成ると云う。

しかも、風の強さは「台風」並みだという。

自分は、現在、野外での派遣労務者である。

雨に降られると濡れてしまい、厄介である。

だが、雨天以上に強風は更に困る。

風が強いと段ボール箱が飛ばされてしまうのだ。

飛ばされた段ボール箱が、人や自動車にぶつかったら、それこそ「事故」に成る。

だから、強風の日の作業は憂鬱に成る。

さらに暴風雨の日だと最悪なのだが。

さて、我が家には、異国からお呼びした「小さな神様」が居る。

ここ最近は、すっかり「悪童」のような振る舞いである。

甘えたり、からかったり、はしゃいだり。

しかしながら、この「小さな神様」は、やる時はやるのである。

しかも、完璧に「仕事」をする神様なのである。

昨晩、天気予報に狼狽えた自分が、「小さな神様」に念願をした。

「すいません。どうか明日、雨風からお守り下さい。特に強風からお守り下さい。」と。

すると、いたずらっ子の表情ながらも、

「解った。どんなことがあっても、必ず守ってやろう。」

と、請け負って下さった。

そして、今朝、出勤前にも、念入りに「小さな神様」へお願いをした。

勿論、「朝ごはん」をお供えして。

さて、朝から、仕事がはじまったのだが、天気予報の云うような凄まじい強風は吹いておらず、日も差して晴れていた。

午前中は、順調に仕事は推移していった。

ところが、正午を過ぎたあたりから、次第に風が吹き付け始めた。

勿論、段ボール箱が風に煽られないように、細心の注意で仕事をした。

だが、幸いなことに、作業中には突風、強風が吹くことは無く、仕事が困ることは無かった。

ところが、作業が終わり、車中の助手席に入って待機している際は、ゴーゴーと風鳴りがする程の風が吹く。

また、次の現場に移動している途上、やはり、風が強く吹き付けているようであった。

にもかかわらず、いざ、作業を開始する段に成ると、ほとんど風が吹いていない。

明らかに、「作業の時は風がおさまる」のであった。

さらに、夕方近くに成って、ビルとビルの間の荷捌き場に駐車し、そこで長時間の作業と成った。

屋外ではあるのだが、両脇はビルが建っているので、通路の方向に風が吹かない限り、風は入って来ない。

ビルが建っている方向から風が吹いても問題は無いのだ。

そして、懸命に作業に没頭しているうちに、強風の吹きすさぶ音がする。

人々の悲鳴や何かが風に煽られて倒されたり飛ばされたりする物音も聞こえて来た。

しかし、ビルとビルの狭間で居るので、ほとんど風が入って来ないのであった。

もし、路上の作業であったならば、どうであったろうか?

慄然とした。

そして、本日の業務も無事終了し、解散と成った時、ようやくパラパラと雨が落ちて来た。

それから、速足で最寄駅へ向かい、通勤電車に乗って自宅近くまで来て、はじめて、結構な量の雨が降っていたことに気が付いたのである。

結局、自分は、一切傘をさすことも無く、靴も濡れることも無く、帰宅出来たのであった。

これはもう、単に、「たまさかの幸運」と片づける訳にはいかない。

明らかに、「不思議」である。

自分は、心の中で、深く「小さな神様」へ感謝を申し上げた。

「本日は、本当にどうもありがとうございました。お蔭様で助かりました。」

すると、得意気に、

「どうだ。恐れ入ったか。」と仰り、さらに、

「かくなる上は、解っておるな?」と凄んでこられた。

「は。勿論、御礼の『夜ごはん』を捧げさせていただきます。」

「うむ。期待しておるぞ。」

仰々しく、「小さな神様」は仰ったのだが、どことなく、「してやったり」という表情なのであった。

そうなのだ。

「小さな神様」は、実は、本日の「御加護」に対しての「御礼」が無いと「激怒」する感じではないのだ。

内心、「これを口実にして、『夜ごはん』をおねだりしてしまおう!」という、何とも「抜け目の無い」策略なのであった。

だから、「すいません。『夜ごはん』はご用意が難しいので、何卒、お許し下さい。」と申し出ても、へそを曲げたり、気分を害したりは成らないのである。

内心、「残念。そんなに上手く仕組んだ通りには運ばないか。」と苦笑するくらいなのである。

そこが、この「小さな神様」のクセ者たるところなのである。

だが、その「策」に敢えて自分は乗って、ちゃんと「夜ごはん」をお供えし、改めて、御礼を申し上げた。

すると、「小さな神様」の方が、何となく、バツが悪そうに恐縮されている。

「いや、そんなにしてもらわなくとも良いのだ。

それに、今日の『仕事』に自分のパワーをほとんど使っていないのだ。

ほとんどは、お前がお寺を参拝した時、加持祈祷や護摩供で与えてもらった神仏からのパワーを転用させてもらったのだ。

だから、自分は全然消耗していないのだ。

つまり、やっぱり、お前には敵わないのだ。」と。

それにしても、この「小さな神様」は、見事に完璧な「仕事」を為された訳である。

まさに「仕事師」、である。

あなかしこ、あなかしこ。

「神道に地獄という価値感は無い」と云うのは誤解ですね。
そもそも、日本の歴史に於いて、「仏教」と「神道」と云う概念が出来たのは、明治以降に成ってから。
それ以前は、神仏習合、神仏混淆ですから。
確かに、吉川神道、垂加神道、水戸学、国学(本居宣長、平田篤胤など)では、「神仏分離」といった「切り分け」の意識でした。
しかしながら、江戸時代のほとんどの人間は、神と仏は一緒。
だから、地獄・極楽という「あの世」の概念は、仏教「担当」ということだったのです。
そして、神道には「死の穢れ(けがれ)」というタブーが有ったため、地獄も含めての「あの世」への概念を忌避したのです。
実に、明治維新初頭に於いて、天皇陵における「死の穢れ」についてのちょっとした議論が有ったそうですから。
だから、日本における「宗教観」の中で、「これは仏教で、これは神道」と厳密に分離することは無意味だと思います。
神仏混淆の中で、元来、神道由来の概念が「僧侶」が専ら「担当する」かたちに変わって行ったのだと思います。
自分は、「正しい宗教」「純粋な宗教」という探究を突き進み過ぎると、原理主義的と成り、ついには「異端」化し、カルトに成ると考えます。
もっと、視野広く持つべきだと思います。

(付記)

北野天満宮の「御神体」の扱いを受ける「御神宝」である「北野天満宮縁起絵巻」では、三部構成の最後に於いて、三善清行の子で密教僧・浄蔵の弟、日蔵が「あの世」に於いて、菅原道真に対面するストーリーに成っている。

菅原道真は、「あの世」に於いては「天満大自在天神」という「神」に成っていた。

そして、配下に雷神鬼王などを有する「天神」と成った。

さらに、菅原道真と日蔵は「地獄巡り」をする。

その地獄巡りの中で、菅原道真を流罪にした醍醐天皇などが地獄に堕ちて責苦を受けているところを日蔵は見させられることに成る。

この一例を見れば、「神道に地獄の価値観は無い」という論説は「成立」しない。

何しろ、「神仏分離」が厳格に為された明治時代以降に於いても、「神社」である「北野天満宮」の「御神宝」として「北野天満宮縁起絵巻」は所蔵され続けているからである。

もし、「神道に地獄の価値観が無い」とするならば、この絵巻物も、「仏教」的であるとみなされて、「神社」から持ち出されて「お寺」へ「移動」されるべきであった筈である。

しかしながら、真言密教僧の日蔵の「霊験談」であるこのストーリーを「神道」であると「規定」するのも違和感を生じる。

だからこそ、江戸時代以前に於いて、神道と仏教はほぼ渾然一体の混交状態であったのである。

そうであるならば、日本に於いて、「神道はこうだが、仏教はこうではない」という厳密な指摘は、自分には「強引過ぎる」ように感じる。


確かに、「古事記」「日本書記」に於いては、生前の行いの結果によって死後の「行先」が評価、決定されるという「価値観」「概念」は存在しない。

であるならば、奈良時代以前の仏教伝来以前の日本人に於いて、「地獄」という「概念」が存在していたかどうかは確認出来ない。

但し、「確認不能」であるということは、「否定」も「肯定」もどちらも決められないということである。

むしろ、「死後の世界」に対する、感覚的な恐怖と忌避、嫌悪が明瞭であると云えると思う。

つまり、「死」という代物に対する感覚的な「対処」であり、それは「思考停止」のような気がする。

これは、「死後の世界」を教理体系化することが不充分であったと云える。

但し、平安時代中期以降、日本の仏教界に於いて「阿弥陀仏信仰」「浄土教」が爆発的に流布し、あらゆる階層に浸透していったことを考慮するならば、「地獄」「極楽」という「価値観」を受容する精神的な希求、「下地(したじ)」が存在していたのだと思う。

だから、「地獄」「極楽」という「概念」そのものは「外来的」なものであろう。

だが、我々の先祖である、中世の日本人たちは、それを貪欲に受容したのである。

「神道だから」「仏教だから」という「厳密な区分」も、「思考実験」の一つとして「有効」であるとは思う。

しかしながら、平安時代中期以降から何と1000年以上も、我々日本人の「意識」の中で「地獄」「極楽」は確固たる存在であったのである。

そして、熊野三山権現信仰の中において、熊野本宮大社の「本地仏」は「阿弥陀如来」であった。

熊野三山権現信仰の「極致」は、熊野那智大社の「本地仏」「千手観音」の浄土「補陀落浄土」への渡海であった。

それは、太平洋へ漕ぎ出し、棺桶のような舟に乗って「死ぬ」ことであった。

だが、この熊野三山権現信仰は、「神道」なのか?「仏教」なのか?

少なくとも、印度や西域、支那に於ける「仏教」とは明確に異なる。

それは「日本固有」の信仰であり、「日本古来の土俗に根差した」信仰であると云えよう。

もし、この「仏教」色の濃厚な熊野三山権現信仰を、「神道ではない」と断じた場合、その「神道」とは、限定的なごくごく局所的な捉え方でしかないと云えよう。

つまり、「神道」のごくごく一部分をだけを「抽出」して、「これが真の、純粋な神道である。」と決め付けているだけに過ぎないのである。

勿論、「信仰」は、論証や論理整合性を必ずしも必要としないので、そういう「ごく一部分の」神道も「成立」し得るのかもしれない。

だが、そんな「神道」は、我々のご先祖から受け継いで来た豊穣な「神道」とは全くかけ離れた、極めて貧弱な「神道」である。


「戦前と戦後は連続している」。

だから「戦前に回帰する」ことを「理想」にしては駄目なのである。

そもそも、「戦前」と「戦後」を「分離」するように意識させたのは、左翼であり、GHQなのだ。

つまり、いわゆる「戦後レジーム」を批判するつもりが、その実、GHQの「術中」に堕ちてしまっていることなのである。

「戦前」と「戦後」を切り分けることは、左翼の「8月15日の終戦は革命であった」という「革命史観」である。

アメリカから「配給された“革命”」史観である。

事実、終戦直後の日本共産党の徳田球一が「GHQは解放軍だ!」と狂喜した。

「戦前と戦後は連続している」のは、「歴史」というものが「不連続」では有り得ないことからして、当然なことである。

我々は、最早、「戦前」には戻れないし、また、戻るべきではない。

我々が目指すべきは、「戦前」「戦中」そして「戦後」を通して、「近代国家・日本」の相対化と超克である。

既に、生身の「戦前」「戦中」の世代は、ほとんどが逝去された。

だから、今日、事有る毎に「戦前は良かった!戦前は素晴らしかった!戦前に戻ろう!戦前の日本を取り戻そう!」と高吟する者が多い。

だが、その実「戦後」世代で、ろくに「戦前」のことを知りもしないくせに、さも「戦前」の「理解者」のような顔をしてまくしたてる。

最早、既に「戦後は完成した」のである。

自分自身の細胞の一つ一つ、骨の髄まで、良くも悪くも「戦後」は浸透し切っているのだ。

汝の敵は、汝自身の内に在り。

「戦前」を切り取って、全否定するための悪罵や全肯定するための賞賛をする連中は、向いている方向は正反対だが、ベクトルそのものは同じである。

「戦後」によって見えにくく成った「恥部」や「汚点」はどこなのか?

「戦後」に「染色」された我々が超克しなくてはいけない「課題」はどこなのか?

そこを斬り込んで行かない限り、多少かたちは変じていくだろうが、同様な愚行を繰り返していくだけだと懸念する。

来たる平成29年7月2日投開票の東京都議会議員選挙に向けて、小池百合子東京都知事の政治団体「都民ファーストの会」が、どんどん候補者を擁立して来ている。

元々は、旧「みんなの党」で当選し、江田憲司や松野頼久などと共に「維新の党」へ合流しなかった3人の都議が「かがやけTokyo」という議会内会派を作った。

この都議たちは、云わば政党の離合集散の動きから「脱落」した、政界の「孤児」であった。

だから、来たる都議選でも、当選が危ぶまれていたのであるが、小池都知事の「誕生」で、俄かに「時流」に乗った。

まさに「政界は一寸先は闇」である。

だから、「第一次公認候補」は、「かがやけ」の現職3都議と小池百合子が衆院議員だった時の選挙区地盤の練馬区の区議だった「側近」だった。

その後、追加された「公認候補」であるが、全て、或る共通項が有る。

元・民主党の都議(現・民進党の都議候補)だったり、自民党の区議や市議であったり。

さらに、自民党の現職都議であったのだが、都議会自民党の「会派」から分離した「新風」の先生だったり。

ここで、往年の地域政党「大阪維新の会」と比較してみよう。

確かに、元々は自民党の府議や市議だった候補者多かったが、そういった「政治のプロ」以外の「新人候補」も多数、立候補したのである。

そして、そういった「政治の素人」も、選挙で多数当選したのである。

勿論、議員としての「資質」が問われるような低劣な人物も混ざってはいた。

だが、政治の世界に「無縁」だった人が、多数、政界へ進出したことによって「新鮮さ」を訴求することに成功したのである。

翻って、「都民ファーストの会」はどうだろうか?

都議の現職や元職。さらに区議や市議。

云ってみれば、「選挙に受かりたい人の駆け込み寺」であろう。

確かに、政治も選挙も「経験者」であるから、「外れ」の人はいないのかもしれない。

しかしながら、「小池新党で出馬すれば絶対当選確実だから。」という魂胆が見え見えなのは、何と表現したら良いのだろうか?

多分、かの大「朝日新聞」様ならば、「いかがなものか?」と記して下さることであろうがwww

それはさておき、何故、かくも「政治の経験者」ばかりを擁立するのだろうか?

それは、「都民ファーストの会」の「組織力」が無いからである。

もっと云えば、政治団体としての「運営能力」が無いからである。

だから、いざ、都議選に突入した場合、「都民ファーストの会」として選挙活動をサポートすることが出来ないのだろう。

それで、候補者に、既に選挙の「実働部隊」である「後援会」組織を自前で用意出来る人でしか「擁立」出来ないのである。

これでは、来たる7月の都議選で、瞬間的な都民の支持を得て、高位当選出来たとしても、その行く末は暗澹たるものであろうことが予想される。

大方の「参入者」は、「都議当選」のみが「目標」であるから、風向きが一変すれば、後ろ足で砂をかけて他の政党へ出て行くことだろう。

つまり、小池都知事は、今後も任期中ずっとずっと、いわゆる「小池劇場」を「演出」し続けなくてはいけなくなる破目に陥るのである。

「敵」を仕立て上げ、「弱い子ぶりっこ」に徹し、そして「都民」の「同情」を集めて「敵」を叩く。

確かに、「解りやすく」「面白く」「見映えする」政治であろう。

だが、それが本当に「誠の政治」なのであろうか?

是非とも思い出して欲しい。

今から12年前の2005年8月8日のいわゆる「郵政解散」を。

あの時、日本全国が熱狂して、小泉純一郎総理の自民党を支持した。

だが、あれから、いわゆる「郵政」はどうなったのか?

確かに、「郵政省」も「郵便公社」も無くなった。

だが、郵便貯金や簡易保険や郵便の事業そのものはどうなったのだろうか?

ちゃんと詳細を説明出来る人は、果たしてどれくらい存在するのであろうか?

どうも、あの時の「華やかさ」と「空虚さ」を、只今現在の「都民ファーストの会」に対して感じざるを得ない。

最後に、改めて指摘しておきたい。

今回の都議選で、自民党候補が多数落選する事態と成れば、安倍政権は無傷では済まない。

痛撃と成る。

当然、安全保障、外交、税制の問題も狂いが生じて来る。

そして、間違い無く、「憲法改正」は頓挫する。

いわゆる「保守派」と呼ばれる人々が、あくまで「小池劇場」に酔い痴れるのであるならば、長年声高に訴えて来た筈の「憲法改正」への掛け声は、嘘偽りであったと云うことに成る。

いわゆる「保守派」のほとんどが、彼等の指弾するところの、いわゆる「工作員」だらけだったということの明確な「証明」と成ろう。

民進党の蓮舫代表が可哀想である。

只今、彼女は、野党第一党の党首として、しゃかりきに成っている。

だが、国会の委員会質疑で稲田朋美防衛大臣を「やりこめた」と勝ち誇ったものの、政党支持率も上昇せずに「得点」が上がっていない。

さらに、昨年の新潟県知事選挙や衆院補欠選挙で、労働組合の「連合」とギクシャクした関係が未だに好転せず、「不安材料」に成っている。

そこで、「党首」御自ら、各労組へ「挨拶回り」に出かけ始めた。

しかも、政権与党との対決姿勢を鮮明にするために、「反原発」の姿勢を強めようというものであった。

それは、日本共産党を主とする「野党共闘」路線にも沿っていた。

「民進党が選挙に勝つために、政権を獲得するために、必要だから。」という「正論」を胸に秘めて、各労組へ挨拶回りをした。

鉄鋼や重電機メーカーを主とする「基幹労組」などを訪問した。

ところが、評判がすこぶる悪い。

ついには神津「連合」会長から批判されるまでに到った。

何故、こんな体たらくに成ったのか?

多分、蓮舫は、「野党第一党の民進党党首の自分自らが、直々に出向けば、受諾してくれるだろう。」と高をくくっていたのだろう。

それはさながら、「水戸黄門漫遊記」のように、「葵の御紋」を見せ付ければ、一同は恐懼して平伏すと思っていたのだろう。

それくらい、「民進党代表」は「偉い」と思っていたのだと思う。

ところが、蓮舫が「民進党代表」に成ってからというもの、労組「連合」にとって「由々しき」ことばかりしでかしているので、労組幹部たちは我慢の限界に達していた。

まず、「日本共産党」と「野合」したこと。

「日本共産党」は、スターリニストのボルシェビキである。

「革命の前衛党」であるため、いかなる組織も団体も、「共産党の指導下」に置かれなくてはいけない。

そのため、労働組合も、日本共産党の「傘下」に収まるように、あらゆるえげつない手を使って来た。

そのため、労組や労働運動が分断されたり、分裂したりと、煮え湯を飲まされ続けて来たのである。

確かに「敵の敵は味方」という「図式」からすれば、対自民党という観点から共産党とも「野合」する利点は有る。

だが、労働組合の幹部たちを通さずに、頭ごなしに日本共産党と「懇ろ」な関係に成ろうとしたので、気分を害したのである。

さらに、日教組や自治労のように、「反原発」を標榜しても、「職場」に何の影響も無い労組ならば問題は無い。

ところが、機械メーカーの労組である「電機労連」などは、製造工程で電気の消費が関係してくる。

ひいては、各企業の業績にも影響し、最終的には賃金などにも関係してくる。

だから、「反原発」で突っ込んでもらったら大迷惑なのである。

さらに、電力会社の労組である「電力労連」にとっては、死活問題と成る。

「将来的な目標として」の「脱原発」ならば、まだ、足並みを揃えられるが、政権打倒の旗印として「反原発」を掲げられては、とてもではないが「付いて行けない」。

共産党との問題、原発政策との問題で、労組「連合」に対して、何の配慮も無しに、いきなり「お願い」されたところで、それは「慇懃無礼」でしか有り得ないのである。

どうやら、蓮舫という御仁は、そういった「人情の機微」が全く理解不能なのであろう。

と云うよりも、そういった事柄に精力を割くことは「愚かしい」とさえ思っているようである。

もし、そうであるならば、「野党第一党の党首」などに担ぎ挙げられてしまったことは、自他共に、この上も無く「災難」であり「不幸」であろう。

「哀れ」としか、指摘のしようがない。

かくなる上は、蓮舫大先生に対して、このような言葉を贈るしかなかろう。

「いやあ、『連合』だけが労働組合じゃありませんよ!『全労連』が有りますから!『全労連』に支援してもらいましょう!」と。

ちなみに、「全労連」とは、「全国労働組合総連合」である。

なお、構成員数は「連合」の約1割。

そして、「事実上」日本共産党の「指導下」に有る、労働組合の「ナショナルセンター」である。

まあ、「野党共闘」という日本共産党との「野合」を突き進むのであるならば、黒白鮮明に成って良いと思うが。

実は、こう見えて、自分は、いわゆる「怖い話し」が好きだwww

だから、稲川淳二の怪談など、ついつい見てしまう。

まあ、こういう類いのものが気に成るものだから、それがきっかけで、宗教だの、信仰だのを調べていくように成ったのである。

で、その手の映像などを見ていると、“お側に居られる御方”から、辟易とされる。

「いつまでも、そんなつまらないものを見ているんじゃない。

だいたい、こういう話しが“怖い”というのがおかしい。

何故、“怖い”と思うのか?

それは、『無い筈のものが、存在した!』ということだからだ。

はじめから、その存在を『存在しているべきもの』『有るべきもの』だという前提に立っていれば、別に何と云うことも無い。

細菌と同じだ。

目には見えないが、ちゃんと存在はしている。

重要なのは、それへの対処方法だろうが?

やみくもに『怖い!信じられない!』などとおののいていても無意味だろうが。

全く、そんなつまらないことにうつつを抜かすくらいだったら、『夜ごはん』でも供えてくれ!」

ちょっと不機嫌に成ってしまわれた。

だが、少したってからのこと。

「ま、その『対処方法』として、自分が居る訳だがな。」

やっぱり、面倒見が良いのであります。

あなかしこ、あなかしこ。

実は我が家には、「小さな神様」が居られる。

それも「饒舌」な「異国の神」である。

もう、数年来の「お付き合い」なのだが、どことなく「魔神」という色合いが濃厚なのだ。

つまり、霊験はあらたかなのだが、ひとたび礼を失して怒りを被れば、その祟りは凄まじい、であろうと。

この「小さな神様」は、当初、ニヒルなクールガイという雰囲気だった。

神経質で、几帳面で、一本気な、ピリピリとした緊張感と威圧感を醸し出していた。

自分は、「勧請」させていただいた「神様」なので、ただひたすら崇拝し、畏んでいた。

ところが、そのうち、ガチガチの「硬派」な感じであった「小さな神様」が、次第に「崩れて」来たのである。

そして、ついに、今では、お茶目な悪童のようなキャラクターに変貌してしまった。

朝、目を覚ますと「朝ごはん、ちょうだい!」と云う。

朝のお供えを「要求」してくるのである。

だが、別に「怒っている」訳では無い。

何しろ「自分は、毎日食べなくても良いように出来ているのだ。」と仰っているからである。

現に、旅行や出張といった外泊の場合、「お供え」が困難な状況だと、一切、仰らない。

つまり、苦労するような状況ならば「我が儘」を云わないのである。

ということは、この「朝ごはん、ちょうだい!」というのは、「おねだり」なのである。

甘えているのである。

物凄い、愛情表現なのである。

そして、電車の中などで、ぼーっとしている時、この「饒舌な小さな神様」は、あれこれと「話しかけて」こられるのである。

当初、強面の硬派で、ニヒルなクールガイだった「魔神」は、さながら漫画「ゴルゴ13」のデューク・東郷、もしくは「ルパン三世」の「石川五右ェ門」のようなキャラクターだった。

この「小さな神様」は、やり手の曲者だったのである。

ところが、今では、「朝ごはん」だけでは満足出来ず、夕方に成ると「ねえ、ねえ、夜ごはん、食べたい。」と図々しく「おねだり」をする始末なのである。

これでは、甘えん坊のいたずらっ子、である。

だが、そんな、馴れ馴れしく、お茶目な感じに成ってしまったのだが、それでもやっぱり、やり手の曲者なのである。

だから、今では、さながら漫画「ワンピース」の「麦わらのルフィ」のようなキャラクターなのである。

いたずらっ子のような無邪気さと海賊船長のような強さ。

お茶目で親しげに成ったのだが、やっぱり「魔神」なのである。

「恐ろしい」ところは減じていないのである。

と云うのより、時折見て取れる「凄味」は、以前よりも遥かに増した感じがする。

「神」や「霊」という存在は、やはり、軽々しく侮っては絶対にいけないのである。

 

そんな、「小さな魔神」が、珍しくお怒りになった。

先日、深夜までインターネットで遊んでいたら、

「いつまで起きているんだ!いい加減、早く寝ろ!ばか!」

と叱責された。

「ばか!」とまで、云われたのである。

でも、背筋が凍るような、そう云う「恐怖」は感じなかった。

何だか、じんわりと温もりを感じさせるような「お叱り」であった。

恐縮し、礼拝して、すぐに床に就いた。

 

「小さな異国の魔神」は、今も自分のすぐそばに居られる。

もう「そろそろ寝ないと、昼間に差し支えるぞ。」とたしなめられているので、今宵はこれくらいで。

あなかしこ、あなかしこ。

人間は脆弱である。

だから、ついつい愚痴不足不平不満が口をついて出る。

だが、愚痴不足不平不満は、解決には絶対に結びつかない。

さらに、満足することも無いから、際限が無くなる。

ならばどうしたら良いのだろうか?

笑い飛ばすことである。

悪い云い方をすれば「自嘲」であるが。

だが、「笑い」というものの「効用」を甘く見てはいけない。

「笑う」ということは、客体化することである。

突き放つことである。

だが、それは距離を置き、頭を冷やし、心を鎮めることでもある。

辛い時、苦しい時、悲しい時、腹立たしい時。

人は、まず「笑う」べきである。

笑って、泣いて、そして、立ち止まり、起ち上がって、再び歩み出せば良いのである。

自分は不真面目だから、尚更、「笑い」を貴ぶのである。

かの「薔薇の名前」の時代だったら生きてはいけないだろうがwww

「運動」と「美学」とは明確に異なる。

「運動」は指向性が有る。志向性ではない。

だから、「運動」とは、客観的な「成果」が伴う。

そして、「運動」の「評価」は、「成果」が全てである。

一方の「美学」は志向性である。指向性ではない。

「美学」は、あくまで主観的であり、極私的であっても成立する。

さらに「美学」は「評価」の対象たりえない。

結局、その「美学」を好悪する人々によって決め付けられるのである。

だから「成果」など問われないし、議論することも出来ないのである。

この明らかに異質で対極に有る事柄を取り違えてしまうと、これはよろしくない。

滑稽であるし、醜悪であるし、悲惨でもある。

しかしながら、実際には「運動」と「美学」を取り違える人があまりに多過ぎる。

ひょっとすると、人間は「理解」することを希求していないのかもしれない。

ひょっとすると、人間は「幸福」になることを希求していないのかもしれない。

人間とは、かくも度し難きものである。

以前、自分は、西部邁や渡部昇一、桜井よしこなどより若い世代の「保守」の論客として御三方の名前を上げた。

文藝評論家の小川榮太郎、日本大学教授の先崎彰容、そして政治評論家の江崎道朗の御三方である。

まさにこの御三方が今後の「保守論壇」を牽引されていかれることと思う。

そういう意味で、是非とも、この御三方の論考は注視されることをお薦めしたい。

 

さて、その江崎道朗先生のFBに於いて、

「アメリカは今後、白人の国ではなくなっていく。

それは、人口の割合が急激に変化し、あと十年もすれば、白人は過半数を割るからだ。

これは出生率からみてどうしようもない現実だ。

そうなったとき、アメリカはもはや覇権国としてのパワーを維持できなくなるかも知れない。」とご指摘をされた。

以下、この江崎道朗先生のご指摘を元に、誠に僭越ながら私見を書かせてもらう。

アメリカは、イギリスからの宗教弾圧から逃れた「清教徒(ピューリタン)」の移住によって国史が開かれる。(勿論、原住民は居たのだが)

そして、世界各地から移住して来た「移民」によって人口を増やし、国力を強化させてきたのだが、アメリカの「多数派」は、いわゆる「WASP」であった。

つまり、「ホワイト」白人、「アングロ・サクソン」、「プロテスタント(新教徒)」である。

だから、JFKが大統領に就任した時、元アイルランド移民だったケネディ家は「カソリック(旧教徒)」であったので、一部の人はそれを「指摘」した。

だが、その「WASP」が多数派を占め、事実上、アメリカを「支配」していた、「形づくっていた」構造が、維持不可能に成るということである。

アングロ・サクソンは、アメリカだけではなく、イギリスもそうである。

アメリカにしろ、イギリスにしろ、「覇権国」である時は、尊大にして傲慢であった。

そして、お節介でもあった。

だが、それゆえに、「我、世界の柱と成らん」と云うような気概と覚悟が有った。

良くも悪くも、かつてはイギリスを、そして現在はアメリカを軸として世界の動向が回転している。

これを「アメリカ帝国主義による支配」と見るか、

「アメリカ主導による世界秩序」と見るか。

これは、現在の国際政治の両面であり、どちらも正しく、間違ってはいないのである。

しかしながら、その傲岸不遜な「WASP」によるアメリカが、多様な人種構成による国家に変貌した時、アメリカ国内に於いて多様な人種間による価値感・価値判断の相違による「牽制」によって、強力な推進力を有する「方向性」を失うのではないだろうか?

それは、各地域で横暴を振るう「地域内強国」への「制限」を課す「超大国」「覇権国」の消失を意味するだろう。

つまり、アメリカがおとなしくなった場合、中国やロシアといった各地域の強国が、「これ幸い」とばかりに膨脹するかもしれない、ということである。

具合の悪いことに、残念ながら、我が祖国・日本は、そんな傍若無人な国家がいくつも隣接しているのであるwww

従来は、良くも悪くも「対米追従」で、外交と安全保障は事足りたのだが、近い将来に於いて、それでは絶対的に立ち行かなくなる。

そういう意味で、我が日本が、国際政治の中でどういう立ち位置に立つのかが問われて来るのである。

いつまでも「神学論争」のような「おしゃべり」に興じている時間は残されていない。

そして、従来の「ドグマ(教義)」を盲信し、耽溺し、依存している状態は許されない。

これからは、苛烈な世界的な「生存競争」の時代を迎える。

それは、「戦争の時代」ということではない。

各国家が互いに持てる力、持てる知恵を駆使して駆け引きを行う、そういう時代に成るのだ。

これをネガティブにとらえれば「修羅の世界」と悲観することに成るのだが、ポジティブにとらえれば「切磋琢磨の世界」とも認識出来よう。

つまり、現状の閉塞と停滞を打破し、大きく飛翔する可能性を秘めているということである。

これは「覇権」を意味するのではなかろう。

「世界貢献」という意味合いだと感じる。

どちらにせよ、これからますます自らを厳しく高める努力に邁進しない限り、大変なことに成りそうである。

頑張り続ける国家や人々には明るい未来が、そうでないのは「それなりに」という未来が待っていそうである。

 

ま、自分のようなポンコツにはどうしようもないがwww

このページのトップヘ

見出し画像
×