奈良に鎮宅霊符社という神社が有る。
奈良まで行って、そこの御札を戴いて帰った。

御札を授かって、すぐに「彼」の不機嫌な感じが解った。
「何か御不満でしょうか?」
お応えに成らない。
しばらくしてから
「何で、そんな御札を買ったんだよお」
意外なご発言だった。
「まずかったですか?」
お応えに成らない。
また、しばらくしてから
「お前は、何故そこまで守りを固くするんだ」
「駄目なんですか?」

「自分の『やること』が無くなっちゃうじゃないか」

ああ、そういうことか。
「楽してもらって良いんですよ」
お応えにならない。

「彼」は、几帳面でクソ真面目な「仕事師」だから、仕方ない。
ご機嫌斜めにさせてしまいました。

バスに乗って通院。
病院の最寄り駅、駅頭に「粉もん屋」が有る。
「たこ焼き」屋さん。
老夫婦を中心とした小じんまりとしたお店。
たこ焼き、お好み焼き、焼きそばをつくり、店内では少人数の座席が有って食事することも出来る。

で、「鯛焼き」も焼いている。

そう。「彼」が「反応」した。

「鯛焼き。」
控え目な物言いであったが、明確に「自己主張」をして来た。

「他の和菓子じゃ駄目ですか?」
「ヤダ」

仕方がない。
怒らせたら恐ろしいのは勿論のことであるが、何しろ「彼」は「しつこい」。
その執念深さと粘着気質には参ってしまう。
ここは素直に「彼」の「我が儘」を聞いて差し上げよう。
店先に足を運び、店のおばあちゃんに「鯛焼き、2つ」と声をかけた。
「つぶ餡で良いですか?」
ここは、カスタードクリームの鯛焼きも焼いているのだ。
「ええ、餡子で」
店のおじいちゃんが保温器から「鯛焼き」を2尾取り出して紙袋に入れてくれた。

帰路、無言ながら浮き浮きとご機嫌な「彼」の感情が伝わって来た。
家に着いてから、あれこれと雑事をしていると、
「もう、そんなのは後にして、早く早く!」
と鯛焼きのお供えの「催促」。
お線香を焚いて合掌すると、
「有難う」。
満面の笑み、であった。

「彼」の「鯛焼き」に対する「執着」の「理由」は解らない。
ただ、「好き嫌い」というのは「理屈」ではない。
「彼」にとっては、ホカホカの鯛焼きがとても気に入ってしまったのであろう。
それ以上、あれこれ詮索しても仕方が無い。

しかし、御神酒の銘柄に関しては、あっさりと妥協と譲歩をしてくれたのだが、こと「鯛焼き」については全く譲歩はしない、のである。
その「こだわり」の強さに、改めて驚かされてしまった。

自分は下戸。
お酒をたしなまない。
だが、清酒を定期的に購入している。
御神酒としてお供えするためである。
だから、うちでお酒を飲むのは、神様だけ。

御神酒の残りが少なく成って来たので、スーパーに買い出し。
どれにしようか?
ただ、新型コロナなどで懐が寂しい。
とはいえ、料理酒や合成酒まで安酒にしてしまえば、さすがに失礼である。
どうしたものか。
すると、

「鬼ころしで良いよ」

清酒でも最安値の銘柄である。

「良いのですか?」
「良いよ。仕方ないじゃない。」

「彼」の配慮に感謝、である。

真夜中、ついつい楽しく成って夜更かし。

すると、

「夜更かし、ダメ。
明日に響くよ。
早く寝る」

頭の中で声が聞こえる。

「彼」だ。

そうだよね。
ハイハイ、もうすぐ寝ます。

まるで、「お母ちゃん」みたいだ。

ちなみに、近頃は口調がだいぶ穏和に成って来た。
どちらにせよ、感謝の心が大切。

「神仏を試してはいけない」
これは大前提である。
だが、この頃、自分はその「禁」を破ってしまっている。
早晩、手痛い罰を食らうことであろう。
そこは潔く甘受するべきである、と覚悟している。

自分が東南アジアから手配した「呪物」は「お地蔵さん」が、あぐらをかいているような形状。
だが、自分は感覚的に、「中の霊」は、やんちゃ
な若者、と思った。
ニヒルな曲者。
そんな「キャラクター」だった。
長身でイケメンの悪役キャラクター。
だから、こちらも怖々と接していた。

ある時に、卒然と解った。
「彼」は「巳(み)」、つまり「蛇神」だと。
そこに気が付いてから合点がいった。
物凄い「粘着質」。
タフで狡猾、というか賢い。
また、緻密で技巧にこだわる。
そして、「水」が得意。

自分は長らく屋外での仕事をしていた。
ある時に、
「この雨、止めてみせようか?」
と、持ちかけられた。
その時は、一瞬考え込んだ後に謝絶した。
「彼」はブチ切れ、直後に豪雨に見舞われた。
だが、それからは、自分は仕事中に豪雨に祟られることが「ほとんど」無くなったのである。
確率からいって「異常」であった。
ある時は、作業が終わり、トラックに乗り込んだところで一斉に豪雨に変わった。
トラックの中で雨合羽を着込み、次の現場に向かった。
トラックの走行中、ワイパーがフル稼動するぐらいの大雨に成った。
「これは困った」
ところが、次の現場に到着し、トラックから降りた途端、雨が上がり日が射して来たのである。
雨合羽なんか要らなくなってしまった。
そんな「嘘みたいな」ことが頻発したのである。
偶然というには、あまりに確率が高過ぎる。

「彼」が得意気に言う。
「お前は、仕事に支障が無いようにして欲しい、としか望まない。
晴れにしろ、とまでは望まない。
ならば、話しは簡単。
お前が仕事をする場所と時間から雨を『ずらせば良い』だけのこと。
造作も無いことだ」と。
確かに、必ずしも毎回、雨が上がる訳でもない。
だが、傘を差さなくても良いくらいの霧雨まで抑えられているのだ。
そういうところは、ビシッと仕事をする。

先日、遠雷の轟音がずっと鳴り響いていた。
雷が近くに落ちそうでパソコンが心配だった。
すると、
「大丈夫だ。雷は落ちない」
遠雷の音はずっと続いていたが、近くで落雷することはなかった。
そして、突如、豪雨が降ったかと思うと、10分後には雨が上がり、カラリと晴れた。

今日も、帰宅途中、空がどんよりとかき曇り、墨をひいたように成った。
電車の車窓を雨水が容赦無く打ち付けて来た。
乗り換え駅でも雨は降り続いた。
「うわっ、傘、無いよ」
試してはいけない、と思いつつ「彼」に愚痴った。
「どうしてくれるんですか、もう、ずぶ濡れですよ」
すると、
「安心しろ。自分の凄さを思い知らせてやる」
最寄り駅に着き、外へ出ると雨は小降りながらも降り止まないでいた。
走ってバス停の屋根の下に逃げ込んだ。
ほどなくしてバスが到着して車内に乗り込むと、案の定、豪雨に変わった。
バスが動き出し、いくつものバス停を通り過ぎて行った。
雨の勢いは衰えず、激しくなる一方だった。
自分は傘を用意してこなかった不明を恥じた。
ずぶ濡れを覚悟して、バスを降りた。
歩道は雨で濡れている。
だが、道を歩く人々は最早傘を差していなかった。
「え、マジすか!」
「だ、ろ?」
「彼」の得意満面の様子が解った。
心から感謝すると共に、これを「当たり前」と甘えてはいけない、と内心、深く反省した。
やはり、「神仏を試してはならない」からである。

奈良県天理市の天理大学附属天理参考館に行った。
道教の企画展示だったので足を運んだ。
展示も面白かったが、記録映像も大変興味深いものであった。
道教の祈祷についての映像を、はじめから終わりまで見入ってしまった。
時々、うなずいたり、「ああ、そうか、そうなんだな」などと感嘆したり。

すると、例の「彼」がボソリ。
「お前、真面目だな」

天理参考館を見終えた後は、石上神宮を参拝しようと歩き出した。
ふと空を見上げてみると、灰色の雲がかかっている。
しかも、ポツリと水滴が顔に落ちて来た。

「おい、行くのか?」
「ええ、行きます」
「濡れるぞ」
「え!何とかして下さいよ」
少し「彼」は沈黙した後、
「解った。その代わり、帰ったら『お供え』だぞ。
そうだな、これは『鯛焼き案件』だな」
「解りました」

すると、石上神宮に近付くにつれて日差しが戻り、炎天下に変わった。
口には出さないが、気配で「彼」がドヤ顔であるのが解った。

石上神宮を参拝した後、天理教の「ぢば」、巨大な神殿を参拝した。
参拝を終えて神域を出ようと歩いていると、
「お前は神仏を大切にしているからな。
どこへ行っても大丈夫なんだよ」
と、ポツリと言う。

帰宅途中、駅構内の鯛焼き屋で「約束通り」に鯛焼きを購入した。
「餡この鯛焼き、2つ」
すると、
「え!3つじゃないの?」
と、すかさず「彼」が突っ込んで来た。
内心、「2つで良いでしょ!」と押切ると、
「じゃ、2つで良いよ」と、素直に引き下がってくれた。

「彼」は、曲者で「遣り手」なのだが、生真面目で優しい。

先日も、途方に暮れて弱音を吐いてしまった時のこと。
「もう、いったい、どうしたら良いんだろう?」
「お前の人生なんだ。お前が決めろ。
自分はお前が何をどう決めようとも、お前を守護するから。
そういうことだから」
よく、コックリさんなどの降霊術で呼び出された霊は、あれこれと「指令」してくる。
場合によっては、様々な「指令」を出して翻弄し、おちょくる。
その点、「彼」は、「悪役」キャラなのだが「悪霊」ではない。
ま、「悪霊」呼ばわりすると叱責が飛んでくるので、これくらいにしておく。

某所を何気なく歩いていた。
ふと交差点で立ち止まり、通りの向こうを目にした。
瞬時に顔が引きつった。
と同時に「彼」の声が。
「鯛焼き!」
自分は、「彼」の恐ろしさを身に滲みて痛感している。
「彼」に逆らってはいけない。
後々、ネチネチと執拗に「言われ続ける」。

鯛焼きを買うことを「受け入れる」とすかさず、
「三匹ね」。
数まで指定してくる。

いざ鯛焼きを買う時に気が変わり、
「四匹下さい」と頼んだ。
すると「現金」なもので
「お前は優しいね」
と「彼」。
いや、あんたがめちゃくちゃしつこく言うからじゃないの。
とにかく、鯛焼きに対して異常に執着する「理由」は解らない。
謎である。

急転直下、就職と引っ越しをすることに。
で、「引っ越し」で気に成るのは、「事故物件」。
入居してみたら、大家以外の「主(ヌシ)」が居着いていた。
なんてことに成ったら深刻である。
どうしたら良いのか、迷いに迷い、悩んだ。
しかし、「期日」は迫って来る。
こういう時の自分の「思い切り」の凄さは我ながら感心するのだが、いきなり不動産屋に電話して「決めて」しまった。
内覧もしていない。
そして、引っ越しの前日に初めて鍵を開けた。
たが、不安は無かった。

引っ越し先をどうしようか?と思い悩んでいた時のこと。
「事故物件は嫌だな」と考えていた。
そこに「彼」の声が。
「事故物件は大丈夫だ。安心しろ」
「事故物件かどうか解らないのですが」
すると、「彼」は、ちょっとイラっとしたようで。
「だから、『事故物件でも大丈夫』なんだよ!」
意味が解らなかった。
「彼」はますますカチンと来てしまった。
「あのさぁ、『事故物件』のヤツより、自分の方がもっと『凶悪』だから」
「あー」
納得してしまった。
つまり、「あちらの存在」については「彼」が対処してくれる、と請け負ってくれたのである。

で、転居した先は?というと、
「快適」である。
勿論、「彼」がどのように働いてくれているのかは、よく解らない。
でも、氏神様に参拝してお札もいただいて来た。
「彼」に対しても、きっちり「お祀り」させて頂いている。

なお、「彼」からは、よくこう言われている。
「あのさぁ、
自分は『祟り神』や『怨霊』じゃないんで、
そこまで強迫観念に駆り立てられるようにお祀りしなくて良いから」
でも、内心はとても嬉しい、らしい。

自分は不器用で、慌て者。
どうして自分は、こうなのか。

落胆しながら、自分は自分自身に言い聞かせていた。
「自分は、ただ愚直に懸命に取り組むことしか出来ない。
自分には、たった一つ、これしか持っていないのだ」と。

すると、いつものように「彼」が話しかけて来た。
「そうだ。
お前には、たった一つしか、持っていやしないのさ」
さらに、「彼」は続ける。
「だがな、お前が持っている、たった一つの『愚直さ』を持っているのは、実は他にはほとんどいないのだ。
だからな、頑張れ。
無理しない程度に、ほどほどに頑張れ」

自分はビビりである。
取り分け、幽霊が怖い。
だから、魔除けの御札をもらって来てお祀りしている。
さらに、魔除けの御守りや破魔矢、魔除けの団扇なども、てんこ盛りで置いてある。
ついには、東南アジアの強力な魔除けまで取り寄せた。

ある夜から、自分が床につく頃に、部屋の中で「気配」を感じるようになった。
部屋の中に誰か居る。
黒っぽい人影。
長身で180センチを越えている。
さらに、筋肉質で格闘家のような体型だった。
もし、生身の人間だったとしても、とても太刀打ち出来ないだろう。
そいつは爛々と怪しいギョロ眼で寝ている自分を見下ろしている。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、口から舌を覗かせてじっくりと舌舐めずりを始めた。
そして、クックックックッと圧し殺したように含み笑いをした。
「この時を待っていたのだ」
舌舐めずりを止めると満足そうにつぶやいた。
だが、爆笑したい衝動を必死に我慢しているようだったが逞しく盛り上がった肩の筋肉は小刻みに震えていた。
「一日の中で、一番無防備に成る、今この時を、待っていた」
そうつぶやくと、そいつは瞬時に自分の寝ている身体の上に馬乗りに成っていた。
端正な若者の顔が下卑た満面の笑みで嫌らしく歪んでいる。
そして、そいつの鼻の頭 と自分の鼻の頭がくっ付くくらいに顔を近付けて来た。
「こうしてしまえば、どんな」
気が付いたら、眠りに落ちていた。

風呂に入る際、当然、身に付けているものを全て脱ぎ、外してから入る。
風呂場の中で、気配と視線を感じる。
身体を洗い、頭も洗ってから湯船に入った。
すると、耳元で声がする。
「風呂場の中には誰も入って来ない、と思っているだろう?」
クックックックッと嫌らしい含み笑いが始まった。
もう、何とも可笑しくて我慢出来ない、という感じである。
「風呂場の中には御守りは身に付けられない。
そして、壁に御札も貼れない。
まさに、無防備そのもの」
何者かの気配を背後のすぐ近くに感じた。
そいつは、湯船の中の自分の背中に貼り憑いているようであった。
「もう、お前からは絶対に離れないし、絶対に離さないからな」
もう、笑いが止まらない、といった風であった。

「あのー、何で風呂場の中まで入って来るんですか?」
「心配だからだ。
こうやってお前の身体にがっちり取り憑いてしまえば、どんな悪霊、邪霊も取り憑くことは出来ない!」
「いや、それでしたら、風呂場の中に入って来れないようにすれば良いじゃないですか?
結界を張ってしまう、とか」
「だって、一緒に居たいんだもん」
「あと、それと、何でそこまで悪役キャラなんすか?
やっていることと全然違うでしょう」
「別に良いだろ。どういう顔をしたって。
仕事はきっちりやっているんだから!」
「いや、そうですけど、もう、雰囲気とか仕種とか、まるで悪魔、妖怪、魑魅魍魎じゃないですか?」
「こっちは遠路はるばるお前を守護するために来ているんだ!
何をどうしようといちいちケチを付けるな!」
「お言葉ですが、ご守護して下さるならば、それに相応しい立ち居振舞いをして下さいませんと」
「うるさい!祟るぞ、コラ!」

いくら魔除けの御札を貼っていても、
お祓いやご祈祷をしたところで「彼」には「効かない」。
むしろ、ますますパワーアップ、ビルドアップ、バルクアップして強靭化が止まらない。
よく、海千山千と言う。
年月を重ねると霊も成長するのだ。
さらに、祭祀や供養を繰り返すともっと強力に威力を増大する、という。
だから、忌まわしい魔や鬼、魑魅魍魎は浄化するか、外部に追い出すか、封印しないと年月と共にその危険性、脅威を増してしまう、というのだ。
逆に、歴史の有る神仏や祭祀や祈りが盛んな神仏はより強力に成長するのである。

「彼」は自分のところに来てから相当、威力を増した、らしい。
自分には、全く解らないのだが。

古来、人は神との関わりを持つために「捧げもの」を捧げた。
さもなくば、人は神に対して願いを訴えることも出来なければ、
神意を受け取ることも出来なかった。
ユダヤやキリスト教で言うと「羊」である。
古代支那に於いても「羊」を捧げた、という。
だが、本来は「人」それ自体が「捧げられた」。
マヤに於いては、「人」それ自体が「捧げられた」。
日本に於いても、古墳に殉死というかたちで「人」が葬られたが、埴輪という土器に代替された。
しかし、橋や堤防などの「治水」に於いては「人柱」が立てられる伝説が有る。
その後、神社神道では、神饌や神酒といった食べ物と「祝詞」という「言葉」が捧げられた。
仏教の「護摩」は、拝火教の影響を受けていると思われるが、「護摩」の火中に米や香油などを投じて神仏を「供養」する。
また、「経典」を読み、真言、陀羅尼を唱え、香を焚く。
香を焚くのはキリスト教のミサでも同じである。
日本の民間信仰では、「お狐さま」には「油揚げ」である。
「河童」には「キュウリ」をお供えする。

さて、自分のところの「彼」である。
「彼」が「捧げもの」を「要求して来た」。
それは、突然であった。
街中を歩いていた途中、目の前に「鯛焼き」屋が見えた。
「こんなところに」と思った瞬間
「鯛焼き、食べたい」と。
自分は、「彼」の「恐ろしさ」を「身に沁みて」いる。
以前、「彼」が「鯛焼き、食べたい」と言って来たのを、
「今、時間が無いからダメ」と「拒絶」した。
すると、「恐ろしい」ことが続いた。
「鯛焼き、食べたい、鯛焼き、食べたい、鯛焼き、食べたい」
そう、
「彼」は、延々と「鯛焼き、食べたい」を言い続けたのである。
何という「粘着質」
何という「執念深さ」
何という「あきらめの悪さ」。
「彼」は、「やる」と決めたら、どんな汚い卑怯な非道な手を使ってでも「絶対にやる」のであった。
慄然とするしかない。
だが、ホカホカの鯛焼きを購入したところ、何とも満足げな「感情」が伝わって来た。
物凄く「嬉しそう」なのであった。
ま、そこまで鯛焼きで喜んでくれるのであれば、「安上り」と云えよう。
それに、最後は自分たちで食べる訳であるし。
「彼」は嬉しそうな「感情」のまま、黙っている。


また、「おかしな話」を。

自分がボーっとしていると、「彼」が話しかけてくる。
朝は「おはよう」という。
また、
「もう、下げて良いから。ご馳走様」と礼儀正しい。
そして、夜更かしをしていると、「早く寝なさい」と云う。

ただ、「彼」が数多く言って来るのは、
「大丈夫、大丈夫」である。
「大丈夫だから、心配しないで、元気を出して」
これを毎日、いつも言ってくれている。
気鬱の淵に沈み込みそうになるのだが、
「彼」は、何度も何度も繰り返し、「大丈夫、大丈夫」と。
「君なら大丈夫だから」
「彼」のこの絶え間無い「エール」が、もの凄い「守り」と成っているのだろう、と今更ながら感じている。
感謝に絶えない。

あ、
「いや、別に気にしなくて良いから」と。
「彼」はシャイなのだ。
「くせ者」の「やり手」なんだけど、ね。

今回は、「目に見えない」話。
荒唐無稽と指弾されても、自分は甘受する。

うちには「小さな神様」がいる。
しかも、外国から来た。
一言で説明すると、「曲者」。
癖が有るし、毒舌だ。
ただ、大変饒舌であれこれと話し掛けてくる。
勿論、仕事中などは邪魔をしないが、こちらが暇そうにしているとニヤニヤしながら話し掛けてくる。

ある時、本当に心底落胆してしまい、どうしたら良いのか解らなくなってしまった。
そこで、「小さな神様」に、「自分は、いったいどうしたら良いのでしょうか?」と泣き付いた。
いつものように、からかい半分でアドバイスをしてくれると思っていたら、しばらく黙りこくってしまった。
少したってから。
「それは君が決めることだ。君の人生なのだから」
続けて
「君が決めたことなら、自分はどんなことであれ、全力で守るから。だから、心配するな」

思わず、ホロリとしてしまった。
そして、改めて「彼」が小さいながらも「神様」であることを確信出来たのである。

今年、2022年(令和4年)は、7月に第26回参議院議員通常選挙が実施される。

参議院は「解散」が無い。

「解散」が無いのは参議院「だけ」である。

衆議院は「解散」が有り、むしろ「任期満了」による選挙に成ることが少ない。

地方議会(都道府県、区市町村)も、「解散」が有る。

だが、首相が衆議院を解散するよりも首長の「解散権」行使への「ハードル」が高いため、余程のことが無い限りは「解散」されない。

だが、「統一地方選挙」が「4月」に行われるのだが、東京都議会議員選挙は「7月」である。

これは、大昔、都議会で大スキャンダルが起こり、議会が解散されて任期途中で選挙が行われたためである。

あとは、自治体の合併などで自治体の体制が一新されたために議会選挙が行われた場合、「統一地方選挙」から選挙期間がずれることに成る。

参議院は「解散」が無いので、半分ずつ改選される。

ちなみにアメリカの連邦議会上院は2年ごと、3分の1ずつ改選され、大統領選挙の時と中間選挙の時に改選される。

参議院は、「選挙区」(地方区)と「比例代表区」(全国区)に分けられる。

「選挙区」(地方区)は、都道府県ごとの選挙区である。

そして、人口の人数に比例して改選議席数が指定されている。

人口が少ない県は「2議席」で、半分ずつに改選なので選挙の際は「定数1」ということに成る。

ところが、人口の格差が大きく広がってしまい、中国地方山陰の島根県と鳥取県、四国地方の徳島県と高知県は、「合併」させられてしまった。

つまり、島根県は「0.5議席」に成ってしまったのである。

しかし、議員を「0.5」人には出来ないので、難しい。

島根・鳥取、徳島・高知は共に自民党が強いため、救済処置として比例代表区の「特定枠」で当選させることにした。

「選挙区」(地方区)は、かつて「4議席」、選挙では「定数2」という県が多かった。

だが、人口が都市部に集中してしまったため、過疎の県は議席が減らされてしまっている。

一方、都市部の東京、大阪、愛知、福岡、神奈川、千葉、埼玉、兵庫は増やされている。

東京はかつて「定数4」であったが現在は「定数6」である。

北海道は「定数4」であったが現在は「定数3」に減らされてしまった。

仙台が有る宮城県は「定数2」から「定数1」に減らされてしまった。

そのため、「定数1」という「小選挙区」の県が増えてしまい、選挙の結果はオセロゲームのように激烈なものに変わってしまった。

いわゆる「野党統一」という選挙手法が広まったのは、「定数1」の県で「アンチ自民」ということで候補者を一本化すると当選出来てしまう「選挙実績」が有ったからである。

 

一方の「比例代表区」であるが、元来は「全国区」であった。

選挙区は日本全国であり、「個人名」での投票であった。

だが、「個人名」での投票であると、日本全国に選挙活動を実施するには莫大な選挙資金が必要と成った。

また、政治家としての「資質」よりも「知名度の高さ」が選挙で優位に成るため、TV局のアナウンサーや芸能人の候補者が多数当選することと成った。

ただ、それでもNHKアナウンサーの宮田輝にはトヨタ自動車グループが下支えし、芥川賞作家の石原慎太郎には宗教団体の霊友会の選挙支援が有った。

TBSアナウンサーだった田英夫も社会党公認であったので、総評の労働組合が選挙を取り仕切ったものと考えられる。

「全国区」は選挙資金がかかり過ぎるため「銭酷区」とも揶揄された。

また、戦後の誕生直後の参議院は政党色を薄めて衆議院との違いを出したかったのだが、無所属議員が多数所属した議会内会派「緑風会」は選挙のたびに議席を減らし、政党公認候補者の当選が増えていった。

そこで、「全国区」を「政党比例代表区」に変えることになった。

このあおりを食って、有名人であるということで当選出来ていた「タレント議員」は相次いで「ミニ政党」を設立して何とか当選しようとした。

だが、野末陳平の「税金党」、八代英太の「福祉党」、「サラリーマン新党」などは自民党に吸収されてしまった。

青島幸男と漫才師、コロンビア・トップの「第二院クラブ」は長らく議席を獲得出来ていたのだが、青島幸男が東京都知事をやめて以降は議席獲得が出来なくなった。

「比例代表区」は、「政党名」での投票であり、政党が獲得した得票数の割合に応じて議席数が配分されていった。(ドント式という計算方法である)

そのため、プロレスラーのアントニオ猪木が参院選に出馬した際は、新しい政党として「スポーツ平和党」を設立した。

だが、「アントニオ猪木」という「無効投票」が相当数、存在したと言われる。

政党名での選挙であるため、選挙前に政党内で「名簿順位」が存在した。

そのため、大政党であるならば、名簿順位が上位であれば選挙前に当選が確定出来た。

自民党や社会党で名簿順位1位であれば当確であった。

だが、この方式だと「名簿順位」が確定した時点で、当選確実の順位の候補者の選挙は事実上「終了」してしまう。

そのため、選挙活動に尽力しなくなってしまう。

また、「名簿順位」を決める指標として「新規党員獲得人数」を見るため、本人の承諾無しに「入党」届けを出して党費を肩代わりして「人数」を水増しする議員事務所が出て来た。

そこで「拘束名簿式」ではなく「非拘束名簿式」に変わった。

「非拘束名簿式」により、「政党名」での投票の他に「個人名」での投票が「可能」に変わったのである。

※ここでややこしいのは衆議院選挙との「比例代表区」との「違い」。

衆院選は、各地域「ブロック選挙区」ごとで「政党名」のみ。

「個人名」は「無効」と成る。

衆院選は、「小選挙区立候補者比例復活」が有るため、「個人名」投票が認められないのだ。

参院選で、「選挙区」と「比例代表区」との「重複立候補」は認められて「いない」。

だが、衆院選は「重複立候補」が認められて「いる」ため、「小選挙区落選、比例区復活当選」といういわゆる「ゾンビ議員」が誕生するのだ。)

この「非拘束名簿式比例代表区」は「ややこしい」。

「政党名」でも「個人名」でも投票は「有効」と成っている。

ただ、当選するためには「個人名」得票数が多くなければいけない。

だが、ここで問題に成るのは「当選ライン」の得票数なのである。

まず、いわゆるミニ政党、ここは1議席獲得の目安は約100万票である。

「個人名」と「政党名」、合計で100万票を獲得出来れば1議席が獲得出来る。

2018年にいわゆる「N国党」が1議席を獲得したのだが、比例代表では98万7885票であった。

社民党は104万6011票で1議席、れいわ新選組は228万0252票で、2議席を獲得した。

だが、ここ近年、「個人名」得票で100万票を超える候補者は皆無である。

2001年参院選で舛添要一が自民党公認で出馬し、158万8862票を獲得。

2018年参院選では山本太郎がれいわ新選組公認で出馬し、99万1756票を獲得した。

2016年参院選の青山繁晴が自民党公認で出馬し、48万1890票を獲得した。

いわゆる「保守派」界隈でダントツの著名人であった青山繁晴でさえ、48万票である。

これは、いわゆる「保守派」界隈には、他にも投票先の候補者が何人も居たため分散してしまったためである。

「日本のこころ党」から西村真悟、中山成彬が出馬していたし、自民党からは日本会議推薦候補の山谷えりこ、山田宏、自衛隊隊友会関係の宇都隆史、日本遺族会の水落敏栄、片山さつきなどが当選している。

いわゆる「保守派」の票が集結すれば200万票ぐらいかもしれないが、業界や組織に所属してそこの「推薦候補」に投票するため、「日本のこころ党」は73万4024票に止まったため議席獲得に届かなかった。

いわゆる「保守新党」が参院選比例代表区に「出陣」しているのだが、果たして「100万票」を獲得可能な目途がついているのであろうか?

さて、ここで問題なのは、「全体」の得票数が100万×いくつ、というのが獲得議席の「予測」に成る。

で、自民党の比例代表区の候補者の「当選ライン」は「15万票」と言われている。

だが、実はこれは「当てに成らない」。

何故なら、「個人名」得票だけでは「当選」出来ないからである。

つまり、「政党」に対する「支持率」と、その「熱量」が決定要素と成る。

まず、投票するに当たり、「拒絶感」「嫌悪感」が無いこと。

さらに、「投票したい」と感じさせること、である。

「比例代表区」において、特定の候補者の名前は思い付かないのだが、「自民党の誰か」「民主党の誰か」という「気持ち」によって「政党名」で投票される票数が決定的なのである。

例えば、2007年参院選に於いて、民主党は比例代表区で2325万6247票を獲得した。

自民党は1654万4671票で14議席獲得。

民主党は20議席を獲得し、最下位の山本孝史は6万7612票で当選した。

一方の自民党は、有村治子が20万1294票で最下位当選。

武見敬三は18万6616票をも獲得したのだが落選した。

つまり、「政党名」投票が、党首や政党自体の「イメージ」によって広範な国民から好感を持たれれば得票数が増大する訳である。

だから、選挙の事前の「当選ライン」を設定したところで、所属政党の「イメージ」が悪化してしまうと「個人名」得票数が多くても落選する可能性は有るのである。

勿論、「政党名」の得票数など、その見極めは至難の技である。

選挙対策本部としては、地道に事前に「読める票」を確実に固めていくしかない。

但し、「イメージ」というのは「失言」や「しぐさ」でもって瞬時に暗転することが有る。

まさしく「げに恐ろしきは選挙なる哉」、嗚呼。

外国人による、神社の「宗教法人」格、乗っ取り画策の「疑い」。

もし、これが「事実」なら由々しきこと。

 

【注意喚起】村の小さい神社に突然現れて掃除をする若者たち…”善意”と見せかけた行動の裏に潜んだ、驚愕の事実とは…? | citrus(シトラス) (citrus-net.jp)

 

ツィッター「ツノが三つある女」さんの元の投稿。

 

村の小さい神社にある日突然、たくさんの人が清掃に来た。皆村民ではない。「この神社は由緒正しい神社だからきちんと守りたい」と、若者が一生懸命掃除してくれると、村人は喜んだ。それは一年以上続いた。ある日「この村は高齢化が進んでいて大変だろうから、私達がこの神社を管理したい」

午後5:20 ・ 2022年2月17日Twitter

 

との申し出に「お願いしようかと思うんだけど…」と相談をうけた。彼らはいくら御礼だと言っても金銭は受け取らず、この神社が好きで守りたいだけだと言う。私は「それ、神社じゃなくてお宅のお家だとしてもあげるん?」と聞くと、怖くなってその後断ったようだ。

午後5:24 ・ 2022年2月17日Twitter

 

彼らには散々文句を言われたようで、怖がっておられましたがやっとそれも落ち着いた。これが乗っ取りだったと気付かれたのは、それからかなり後。彼らは宗教法人格がほしいんだ。村のおばあちゃんがボソリと「日本人じゃないのに、熱心な人たちや」と手を合わせていたらしいので、お気を付けください。

午後5:29 ・ 2022年2月17日Twitter

 

告知すれば良いですよ。と教わったので。 氏子が長年守ってきた神社は、金に変えられ無くなる。その後宮司は引っ越せばよい。神主として職務と向き合う人もたくさん居ますが、悪い人に埋もれてしまいますね。私が戦い続ける神社と様相は酷似しています。早期の解決を

午後5:12 ・ 2022年2月19日Twitter

 

宗教法人格の乗っ取りや詐取は、以前から問題になっていた。

かつて、ソープランド経営者が宗教法人を取得しようとした事件が有った。

宗教法人は、宗教行為に関しては免税である。

事業行為とみなされた場合も優遇される、という。

外国人が日本の土地を買い漁っている問題が産経新聞などによって報じられて来た。

一方、「限界集落」問題などで地方の神社やお寺によっては、事実上、祭祀が出来なく成ってしまい、中には「廃墟」と化してしまっているところも有る、という。

その、「間隙を衝い」て来たわけであろう。

かのオウム真理教に対して警察の捜査がなかなか入らなかったのは、憲法の「信教の自由」により、違憲訴訟を起こされかねないためであった。

警察も宗教法人が、まさか犯罪集団と化していたとは思わなかったからである。

もし、宗教法人が「外部」から乗っ取られていた場合、なかなかその「対処」は難しそうである。

(ちなみに、「阿含の星まつり」で有名な阿含宗であるが、教祖の桐山靖雄が死去して以来、教団経営が苦境に有るという。

一部では、「外部」に多大な借金をしてしまい、そのため現在、その「外部」に教団の主導権を掌握されてしまった、という風聞が飛んでいる。)

(東大、と言えば「おいら、岬の〜」って、違うか。)
小林よしのりの漫画「東大一直線」が想起される。
だが、現在、「東大」って、そんなに超絶的なキャッチ―な「アイコン」なんだろうか?
かつては、「東大法学部卒、大蔵省主計局」みたいな「出世コース」が存在した。
だが、今や東大生で国家公務員志望の学生は減少している。
むしろ、経営コンサルタント会社に就職し、そこでスキルアップを目指し、いずれは独立・起業を想定している。
官庁や大企業への「就職」という解りやすい「出世コース」が破綻しているからだろう。
大企業に「就職」出来ても倒産や救済合併されたり、左遷や出向・転籍の可能性が有る。
官庁は、真夜中でも霞が関は煌々と電灯が点いている「不夜城」という「ブラック職場」。
おまけに、定年退官後の「天下り」も近年は先細り。
若者にとって、もはや「ワクワク感無し」である。
また、エリートにとっての「最高学府」は「東京大学」では無くなっている。
アメリカのアイビーリーグ(ハーバードなど)、MITやUCLA。
イギリスのケンブリッジやオックスフォード。
最近は中国やシンガポールの大学の評価も上がって来ている。
さらには、アメリカの陸軍幼年学校から陸軍士官学校を経て、大学進学といった経歴の日本人も既に存在している。
かつては、「一高・東京帝大・大蔵省」といったパッケージシステムとしての「エリート」であった。
エリートに成るためには、エリートの養成システムの中に「入り込み」、そのまま「上昇」して「エリート」の「構成員」と成っていった。
現在は、エリートに成るためには、エリートの家庭に生まれなければ困難である。
経済的にもそうであるが、ソフト面において「エリートに成りたい」という動機付けや「エリートに成るためにはまずどうあるべきで、何を為すべきか」という意識の覚醒がエリートの「家庭」でなければ困難であろう。
あとは、ある分野に於いて突出した才能の発露が見られた場合、「家庭外」から「エリート」へ「引き上げる」ための手が差し伸べられる場合である。
そこから先は、エリートに成るための「コース」の選択である。
いみじくもイギリスのファンタジー小説「ハリーポッター」では、魔術師という「エリート」に成るために「魔法学校」に入って行った。
現在の我々にとっても、事実上、「そのように」成りつつある。
「魔法使い」に成るためには、「魔法学校」という「エリート学校」に入らなければ「エリート」とは見なされない。
重要なのは、その「エリート学校」の授業や教育カリキュラムの内容や質量が「絶対的」では、必ずしもない、ということであろう。
本当に重要なのは「エリート学校に一緒に在籍出来た」ということである。
そもそも「エリート学校」に「入れる」子弟は、既に「エリートの後継者」である。
だから、将来の「エリート」たちが多感な十歳代から二十歳代前半時に、「一緒に時間と空間を共にする」ということこそ重要なのである。
そして、少なくとも、現在の「東京大学」は従来の「東京大学」ほど、その度合いが薄らいで来ている可能性を感じるのである。
日本の「野球エリート」は、甲子園、プロ野球、そしてアメリカ大リーグという「順番」だった。
ところがマック鈴木が「ショートカット」で渡米した。
残念ながら、米大リーグで結果を出している選手が、日本のプロ野球を経た選手ばかりなので、まだ日本のプロ野球がメジャーリーガーの「供給源」と成っている。
しかし、今後は、マック鈴木のような「ショートカット」が増えるかもしれない。
そして、「野球」に限らず、あらゆる「エリート」養成に於いて、日本国内を「ショートカット」して海外留学に踏み出す傾向に拍車がかかる可能性が有る。
下手をすると、「東京大学」は「クイズ王」の「養成機関」としかみなされないようにまで成り果てるかもしれない。
日本の高等教育をどうするのか、ということと共に、日本の社会に於ける「理想の大人像」をどのようにしていったら良いのであろうか?
残念ながら、「いい大人」である自分自身が、情けない体たらくであるので、若者諸君らに対しては誠に申し訳けがない。

政治に関する言論について。
或る事柄に対して意見を表明したり、政治的主張に賛同すると、自動的に「その他」の事柄についての賛否も「決定」されてしまう。
政治的言論の「党派性パッケージ」である。
事実、自分も「靖国神社への首相の参拝」の是非を「賛成」に「転向」してから、一気に全ての政治的主張が「転向」した。
だから、或る事柄は「保守」だが、或る事柄は「左派」である、という「図式」は成り立ち難い。
だが、よくよく考えてみれば、世の中とはそもそも「複雑にして怪奇」であり、黒白(もしくは紅白)でもって峻別可能なことばかりではない。
「丁半博奕」とは違うのである。
もし、それが可能であるならば、「ディベート」であろう。
しかし、「ディベート」とは知的な「ゲーム」である。
所詮は「ゲーム」として、醒めた目で割り切らなければいけない。
ところが、「ゲーム」を「ゲーム」と見なせずに、過剰にシリアスにとらえてしまっている。
そのため、現在、「真正保守であるならば、マスクもワクチン接種もしない」という「主張」がまかり通ってしまっている。
そもそも病原体である新型コロナウィルスに政治的党派性など無い。
この未知で新しい病原体への対処に、政治的党派性を組み込むことの意味が有るのであろうか?
やはり、自分は硬直化した「言論の党派性パッケージ」を痛感する。
だから、自分は数年前から自らを「保守」と称することを敢えて控えている。
いわゆる「保守」と表明してしまうことで、「自動的」にあらゆる事柄の「結論」が「決定」されてしまうのである。
それは、「リベラル」に於いても同様である。
現に、「リベラル」と自分の政治的「立ち位置」を「規定」してしまったならば、「改憲」に賛同出来ない。
本当なら、敢えて「改憲」の「国民投票」に持ち込んで、ほぼ現在の「日本国憲法」と同じ「案」を提示して多数派を形成出来れば、戦略的には「護憲」を勝ち取ることが可能だ。
にもかかわらず、現在、「リベラル」は「改憲」に賛同出来ない。
それは、「言論の党派性パッケージ」による「思考停止」「論理圧殺」が起因している。
また、皇位継承に於いて「男系」を主張する根拠として「X,Y染色体」が持ち出されている。
何故、遺伝子やらDNAを持ち出す必要が有るのだろうか?
「男系というのが伝統であり、伝統は堅持するものである」
これで充分であろう。
逆に、遺伝子やらDNAなどを持ち出したならば、「皇室固有の遺伝子要素を発見、分析しよう」などということに成るだろう。
そこで、「皇室固有の遺伝子要素は存在しなかった」という研究結果が出てしまったならば、どうするのか?
さらに、「皇室固有の遺伝子要素は存在した」という研究結果が出た場合でも、「その固有の遺伝子要素を培養して」などと遺伝子工学に「流用」されたら、どうするのか?
そもそも、皇室の偉大さ、尊さは遺伝子やDNAに有るのではなかろう。
そこところを深く考えていないから似非科学に魅了されてしまうのである。

幸か不幸か、自分はいわゆる「真正保守」を自称する御仁から批判されて、いわゆる「保守」から放逐された身である。
それ故に、今更、敢えて「草鞋を脱ごう」などとは思わない。

ユーチューバーの「ゆたぼん」と「クラウドファンディング」について色々と考えていたら、西野亮廣(お笑いコンビ「キングコング」の西野)が脳裏に浮かんだ。

今や、「ビジネスオピニオンリーダー」といった「カリスマ」である。

かつては、フジテレビ系深夜番組「はねるのトびら」のお笑い芸人だった。

まぁ、あの当時から独自の価値観、ポリシーにこだわりを持っていた、らしい。

別に、芸人が頭を使って理屈っぽい話しをするのは駄目な訳でもない。

そんなことを言い出したら、故・立川談志は評価出来なく成ってしまう。

ただ、日本人好みの陰鬱で自虐的な論理分析という傾向ではなく、徹底した自己肯定感から醸し出される「持て余し気味の肥大した自己愛」が鼻につくのであろう。

とは言え、人間は皆、自分が大好きのエゴイスト。

卑下や自虐でさえ、所詮は自己愛が倒錯して噴出しただけのこと。

どちらにせよ、恥部を晒していることに他ならないのだろうが、その「露出」に到るまでの「過程」が人々の好悪を分かつのかもしれない。

 

現在、西野亮廣を「お笑い芸人」扱いしたら怒られそうな気配。

本人から直接指摘されそうだし、さもなくば彼の「信奉者」たちから指弾されそうである。

彼が「お笑い芸人」から「離脱」したのはタモリからアドバイスを受けて絵本を描き始めたところからだろう。

その後、小説も書いている。

だが、小説はあまり肌が合わなかったようで、エッセーやビジネス書が多い。

多分、文章に於いては理屈が勝ち過ぎるのであろう。

小説や物語というのは、説明してはいけないのだ。

さらにもっと言えば、読者を説得してはいけないのである。

論破したり、デマゴーグやアジテーターたらんとするとストーリーが硬く成り過ぎる。

ストーリーテラーというのは、或る面、論理破綻している人でないと駄目なような気がする。

元来が、論理とはかけ離れた狂騒的な情緒気質の人が、必死に成って辻褄を合わせようと七転八倒した結果、人智を超えた戦慄すべき「大風呂敷」に拡散していく。

そういう感じがする。

勿論、はなから論理の欠片も造形出来ないような能無しならばストーリーも何も生み出せる筈もない。

だが、設定し構築していく巨大な「構造体」が、建設し終えた端から次々と破綻・連鎖崩壊し始める。

そこを大慌ててで後付けの「理屈」とプロットで補強し糊塗して胡麻化そうするのだが、上手くいかない。

最終的に、論理とプロットの壮大なカタストロフィが読者のカタルシスを惹起させる。

ストーリーテラーとは、そういう因業な才能なのではないか、と。

従って、明晰にして怜悧な人は小説や物語といった「媒体」を介在させることに耐えられないのだろう。

絵本とは、美術センスと場面転換のテンポが肝要であろう。

言葉の語感よりも優先される。

言葉や「語り」に関心が有る人は小説や物語に進むが、西野亮廣はそうではなかったようだ。

絵本は、既に7冊出している。

だが、西野亮廣が西野亮廣たらんとしているのは、その絵本から先の展開の先頭に立って突き進んでいる点である。

絵本原画展示や美術館の創立構想など、彼のクリエイティブな才能の興味は、絵本それ自体の創作のみならず、絵本から派生したプロデュース展開の方が目立っているのである。

解りやすい「例え」で示すならば、スタジオジブリのアニメに於いては、アニメ作品の制作担当は、宮崎駿監督や高畑勲監督であった。

それらの作品の制作プロデュースは、徳間書店のアニメ雑誌「アニメージュ」の編集長だった鈴木敏夫が担当したのである。

言ってみれば、西野亮廣は、宮崎駿のように絵本を描くことよりも鈴木敏夫のようにプロデュースをし、広告宣伝まで仕掛けるところの方に面白さを見出してしまったような感じを受けるのである。

一人の人格と才能が、どこまでの役割を分担していくのか、というのは即断し難い。

だが、絵本の原作者が、絵本から派生したプロデュースのマーケティングを喜々として話していることに我々は違和感を持ってしまったのである。

ひとつは、我々の中に、商品の売り込み方がクリエイティブな表現手法の一つである、と思えないからであろう。

「金儲けのどこがクリエイティブなのだ?」と。

何と云うか、いまだに徳川幕藩体制の朱子学的倫理観が深層心理にこびり付いているような感じがする。

「金儲け」だって、今や、さながらクリエイティブでアートなのであろう。

故・石原慎太郎にとって、文学と政治は地続きで一体のものであった。

さながら小説を執筆するように政治に臨み、政治に明け暮れながら小説の執筆に思いをはせていたのである。

それが西野亮廣にとっては、絵本を描くこととプロデュースやマーケティングを語ることと地続きで一体のものなのであろう。

ただ、人間は動物的に或る「もの」の「正体」や「気質」を「特定」したがるのである。

「これは、何々で、あれは何々である」と。

例え、それが幻想や勘違いであったにせよ、説明が付いて断定が可能であるならば、そちらに引っ張られてしまうのである。

何故なら、その方が「安心」出来て居心地が良いからである。

我々は、西野亮廣は「絵本作家」だけで居て欲しいのであろう。

それが、絵本を描くよりも活き活きと、さらに喜々として「金儲け」の話しをする。

そこに違和感をおぼえ、さらに極言するのならば欺瞞や詐術さえ感じ取ってしまうのであろう。

確かに「金儲け」や「立身出世」「成功のためのセオリー」を語り始めた時、胡散臭さを感じてしまう。

だが、そもそも彼は「お笑い芸人」ではなかったか?

「お笑い芸人」が口八丁手八丁、手練手管で「金儲け」の話しをしたところで、「そういう」能力に長けているのならば必然的にビジネスオピニオンリーダー然と成っていくであろう。

あとは、「都市伝説」と同じである。

「信じるか、信じないかは、あなた次第」(関暁夫)

自分の価値判断基準から照らして言うならば、「話芸」として成立しているのならば許容範囲内である。

但し、「話芸」としてならば、松本人志と比較すると、数段落ちる。

「お笑い芸人」として徹し切れなかった、という点からしても、当然の帰結であろう。

つまり、絵本作家に成っていなければ、放送作家に転じていた、という「業界ではよく有りがち」の話しであろう。

ただ、西野亮廣の才能と意欲が、ビジネスオピニオンリーダーの方向に突き進めさせた、ということに過ぎない。

後は、彼の発言をビジネスオピニオンリーダーの「カリスマ」として信奉してしまうのかどうか、ということであろう。

ただ決定的な問題点として、「カリスマ」本人の信奉者に対する意識である。

「カリスマ」である自分に対する信奉者を最優先するのか、あくまで「カリスマ」である自分自身を最優先にするのか。

「カリスマ」は、「カリスマ」として信奉してくれる人々に対して最優先に尽くす意識であるならば、「カリスマ」とその信奉者は「救済され得る」であろう。

願わくば、あらゆる「カリスマ」とその信奉者が「そのような」関係性であることを、自分は心より切望するものである。

少年革命家でユーチューバーのゆたぼん(13)

彼が、新しいプロジェクトとして、トラック「ゆたぼんスタディ号」を企画し、日本全国の不登校の子らと交流し、学びの「場」とする、という。

そのための資金を「クラウドファンディング」で募ったのだが、目標金額になかなか到達しなかった。

だが、つい先日、大口の企業による寄付金のお陰で目標金額を達成出来た、という。

まずは、ご同慶の至り、とお祝い申し上げておこう。

そもそも、この「ゆたぼん」だが、関西弁のキャラクターという点はともかくとして、「不登校」肯定論者としては新しくはない。

それこそ、現在、東京都の世田谷区長、保坂展人は教育ジャーナリストとして管理教育批判などから不登校を取り上げた。

元々、中学生在学時に「全共闘」運動に共鳴。中学校に「全共闘」を組織した。

そのため、高校進学のための内申書に学生運動について記述され、それが原因で全日制高校からは全て不合格とされた。

この内申書について訴訟を起こす。

このように書いてみると、「ゆたぼん」は全然「かわいい」。

「ゆたぼん」の説く「不登校」に関してだが、自分は半分賛成、半分反対である。

まず、そもそも「不登校」=「人間失格」といった図式は成立しない、と思う。

教室内での壮絶ないじめなど、生命の危険に関わるような状況であるならば、緊急避難で「不登校」する選択肢は間違いではない。

ただ、「不登校するべきだ」とか、「不登校の子の方が素晴らしい」というのは一面的な「決め付け」である。

それは、「生徒は絶対に登校するべきである」という一面的な「決め付け」と同様である。

あとは、現状に於いて、まだまだ「登校し、卒業するのが多数派」である以上、登校して卒業した方が無難である、とは言える。

やはり、「卒業証書」というのは社会的には「通行手形」「パスポート」に成っている。

義務教育の小学校、中学校の「卒業」は、例え「不登校」であったにせよ、何らかのかたちで「認定」される可能性が有る。

だが、高等学校以上に成ると、主体的かつ意欲的に取り組まない限り、「卒業証書」は手に入らない。

大学受験のための「大学検定」に受かるのも、結構、大変である。

現時点に於いて、「不登校」であることの評価をどうするのか?という視点と、5年後、10年後、20年以上後のことを考慮して評価する視点と、二つ持たなくてはいけないだろう。

「学校はクソだったから不登校。でも、自分、地頭は良いんで、四大卒と同等の評価をヨロシク!」って言ったところで、世間は認めてはくれない。

それこそ、保坂展人のように法廷闘争を戦い続け、教育ジャーナリストとして世間に認知されるような「頑張り」をやり通さなくてはいけないだろう。

この「世間から認めてもらう」というのは、大変、ハードルが高い。

少なくとも、「クソな学校」を卒業することよりも、遥かに困難なのである。

「ゆたぼん」は「少年革命家」を自称するくらいだから、既に肚を括っているのであろう。

敢えて、険しい道を踏破しようという心意気なのであろう。

それについては認めよう。

だが、広く万人に対して、その険しい進路を勧誘するというのは、疑問を感じる。

 

さて、もっと未来の話しをしよう。

「ゆたぼん」は、ようやく13歳。

中学2年生に成られたくらいであろう。

だが、人間というのは年年歳歳、加齢していく。

かく申す自分だって、10歳代の「紅顔の美少年」の時期が有った。(睾丸じゃないゾ)

今では醜悪かつポンコツな「おっさん」に成り果ててはいるが。

それこそ、古今東西、お釈迦様から、秦の始皇帝、小野小町、ドリアン・グレイに到るまで、人は皆、等しく年老いていくのである。

ファウスト博士は悪魔の手先、メフィストフェレスの魔力によって望みを叶えるのだが、それは常人の進む道ではない。

「ゆたぼん」とて同じである。

5年後には18歳と成り、10年後には23歳、15年後には28歳、20年後には33歳と成る。

「少年老い易く、学、成り難し。一瞬の光陰、軽ろんずべからず」

「ゆたぼん」はいつまでも「少年革命家」ではいられない。

いつかは「少年」が外れてしまうのだ。

かつて、その加齢により苦悩に苛(さいな)まれた天才が居た。

「十代のカリスマ」尾崎豊である。

彼は、高校を中退して歌手の道を突き進む。

そして、その非凡な才能は十代の若さの煌めきと共に、まばゆいばかりの輝きを放った。

だが、20歳を迎え、いつまでも「十代のカリスマ」という訳にはいかなくなってしまった。

そこから彼の苦悩と迷走が始まる。

覚醒剤で逮捕され、自殺も図る。

そして、26歳の若さで夭折する。

ただ、「晩年」の作品は、人間の内面性を深く鋭く表現した佳品が多く、「もし、小説を書いていたら芥川賞を取れたかもしれない」と評された。

この尾崎豊の苦悩を、「ゆたぼん」は踏襲してしまうのかもしれない。

勿論、尾崎豊は歌手であり、シンガーソングライターであった。

そういったアーティストとしての苦悩を歩むことはないのかもしれない。

 

ただ、「ゆたぼん」は「不登校」による「少年革命家」として、既に「公約」をしてしまった感じがする。

「不登校でも、これだけの大人に成れるのだぞ!」という「約束」である。

現在、「不登校」であることに苦しみ、悲嘆にくれている子供や生徒たちに「不登校でも良いのだ!」と高らかに宣言するのであるのならば、「ゆたぼん」の将来は明るく大成したものでなければいけないだろう。

勿論、「成功」や「幸福」というのは極めて主観的な事柄であり、本人が「これで充分!」と納得出来得たならば、それが「成功」であり「幸福」であろう。

しかしながら、「少年革命家」として「不登校」のアジテーターとして高らかに自説を主張しているのならば、「ゆたぼん」を敬慕する子供や生徒たちが納得するような「成功」や「幸福」像を勝ち取らなければ示しがつかないであろう。

「ゆたぼんは、自分たちの目標であり、夢であったのに」と落胆させてしまって良い訳がない。

そこが、後々、「ゆたぼん」に対して重くのしかかって来ることとなるだろう。

果たして「ゆたぼん」は、その「重さ」に耐え切れるのであろうか?

なお、「ゆたぼん」と彼を敬慕する人々が納得出来るような「成功」や「幸福」とは何だろうか?

考えられるとすれば、「ビジネスリーダー」であろう。

新たなベンチャー企業を起こして成功させる。

高度資本主義経済社会において、「金持ち」というのはそれだけでステータスとして成立する。

その他は「オピニオンリーダー」かもしれないが、それはこの先、どれくらい読書量を増やせるかにかかってくるだろう。

動画の作成などの「アウトプット」ばかりに時間も精力も取られてしまうならば、「インプット」がままならずに不足してしまう。

これから10年かけて1万冊を読破する、といった遠大にして緻密な長期的計画を立てなければ、いずれ「軽薄」の一語でもって切って捨てられることとなるだろう。

 

話しは変わって、「クラウドファンディング」である。

改めて、「クラウドファンディング」の「怖さ」を痛感した。

かつて、それこそ「資金繰り」というのは至難のことであった。

頭を下げ、両手をついて、靴底を磨り減らすように歩き回る。

多くの人々の侮蔑と憐憫に晒されながら、歯を食いしばって1円でも多くの資金を搔き集める。

極めて泥臭く、不細工な苦行。

それが「資金繰り」「資金集め」であった。

ところが、「クラウドファンディング」が一般化することによって、「資金繰り」「資金集め」は、格段に容易となった。

さらに、おしゃれでスマートなものに変わってしまった。

そのせいかどうか定かではないが、いわゆる金融機関(銀行など)の存在意義がかつてないほど揺らぎはじめている。

かつては、投資家とは金融機関であり、金融機関の中の「目利き」「名伯楽」と呼ばれた人々が新規事業、ベンチャー企業に対して「育ての親」の役割を果たした。

だが、「クラウドファンディング」により、金融機関や投資家たちの厳しい指摘を受けなくとも目標とする金額を搔き集めることが出来るようになったのである。

だが、どのような言い方ややり方が変わろうとも、「金集め」ということに変わりはない。

人々が金を出そうとする気持ちを起こさせるには、やはりそれ相応の水準(レベル)が有る。

その水準(レベル)を超えない限り、人は自分の財布からビタ一文、お金を出そうとは思わないのだ。

よく、「乞食と浮浪者は違う」と言われる。

「乞食は施しを得るために頭を使い、技を用いる。浮浪者は、ただ寝ているだけ」と。

もっと残酷な話しをすると。

ある発展途上国のある都市の道端に子供たちが居る。

「ほんの少しで良いからお金を下さい」と。

その大勢の子供たちの中に、たまたま障害が有った子供が居た。

そこへ偶然、何も知らないピュアな外国人が通りかかった。

「まあ、あの子、可哀想。本当に気の毒」

そう言って、障害の有る子供だけに施しをして去っていった。

翌日のこと。

ある発展途上国のある都市の道端に居る子供たちのほとんどが、何らかの障害をもった子供たちに「変わっていた」。

自分が慄然としたのは、「クラウドファンディング」の奥底に、このエピソードに通じる「何か」を感じ取ったからである。

それは、「クラウドファンディング」が持つ「何か」であると同時に、人間それ自体が持っている「何か」なのである。

 

お金というのは、そもそも貨幣という記号である。

だが、その記号が我々の欲望を満たし、そして日々の生活の糧と成っている。

その記号が我々の生殺与奪を握り、我々の過去・現在・未来をも左右する。

もっと「資金繰り」や「資金集め」は過酷で悲惨であって良い。

何故なら、金を巡る我々の日常が、そもそも過酷で悲惨であるからである。

そのありのままの実態を覆い隠してしまう「こと」は、最終的には破滅しか生まないように感じられてならない。

昭和天皇陛下の「証言」TV番組を視聴して。

自分は拙文を書く際に「下書き」を書かない。

いきなり、思い付くままに書き散らしている。

だから、いつまで経っても下手糞なままで向上することがない。

 

先程、拙文を書き上げたのだが、いくつか書き洩らしが有ったので、ここで「拾遺」をさせていただく。

 

1)昭和天皇陛下の「不快感」

 

昭和天皇陛下が、軍部に対する「不快感」をお持ちに成られたのは、いわゆる「軍部」の中の人々の中で、実際の「天皇陛下」と彼らの求めている「あるべき天皇陛下像」に著しい乖離が有ったことである。

軍部は、事有る毎に「天皇陛下の大権・統帥権」を振り回していくようになるのだが、それは軍部にとっての「ご都合主義」の正当化に利用していた訳である。

「天皇」というご存在の難しさは、天皇陛下という「生身の人間」と観念的な一種の「概念」として理想化された「あるべき天皇陛下像」が2種類並存していることにある。

だから、昭和5年のロンドン軍縮会議を巡って、当時の立憲民政党・浜口雄幸内閣を野党の政友会が「統帥権」干犯で指弾したことは、後に複雑な影響を及ぼすことに成った。

「統帥権」干犯の批判の矛先は、内閣に対してだけではなく、昭和天皇陛下の「側近」であった牧野伸顕や鈴木貫太郎らにも向けられた。

いわゆる「君側の奸」批判である。

だが、「君側の奸」批判の底流には、開明的で平和主義者である昭和天皇陛下ご自身に対する「不満」が込められている。

そして、現に、軍部の一部では、昭和天皇陛下を退位させ、陸軍将校である秩父宮殿下を即位させようと考えていた。

これは昭和天皇陛下にとって、自分自身の「人格の全否定」を意味する。

この点を理解しておかないと、昭和11年の2.26事件で、昭和天皇陛下が「朕の股肱の老臣を殺戮し」と激昂した「理由」が解らなくなってしまう。

その後、「大権」を保持している筈の天皇陛下ご自身のご意思が、全く無視されて物事が決められてしまう、というパラドックスが常態化していってしまうのである。

これが昭和天皇陛下にとってどれくらいの心理的負担と成っていったのであろうか?

 

大東亜戦争開戦の直前までの内閣総理大臣は近衛文麿であった。

「近衛家」は、五摂家筆頭という公家の中でも最高位の家柄である。

公家は明治に成って「華族」の中に含まれた。

「華族」とは、公家の他に武家の元・大名家や明治維新などの国家功労者の家が含まれた。

渋沢栄一も男爵の爵位を授けられた。

大東亜戦争開戦時の内大臣・木戸幸一は、明治の元勲である木戸孝允(桂小五郎)の孫に当たる。

木戸幸一と近衛文麿は学生時代から親密であり、そのコネクションから内大臣に推挙されたのである。

近衛文麿は、「育ちの良さ」を体現したようなところが有った。

容姿端麗にして長身。

弁舌爽やかにして傾聴に長けており、何よりも洒脱であった。

そのため、政治家としても大衆から大変人気を博していたのである。

彼についての逸話の中に、「天皇陛下に対する近さ」が有る。

「御前会議」において、政府の要人が一堂に会する。

会議の席上、参加者は各自、椅子に座ることに成るのだが、天皇陛下を前にして皆緊張して背筋が伸びる。

椅子の背もたれに寄りかかるなどということにはならない。

だから、背もたれを触ってみても「冷たい」のが当たり前であった。

だが、近衛文麿の椅子の背もたれだけは温もりが有った、という。

「華族」とは「皇室の藩屏」であり、その存在は「皇室」のご存在が有ってこそ、である。

「華族」にとって「天皇陛下を御守りする」ということは、自分自身のアイデンティティーを守ると言っても過言ではなかった。

だからこそ、近衛文麿は内閣総理大臣として尽力した訳なのであるが、昭和天皇陛下との間には次第に不信感が生じて来てしまった、とされる。

今となっては、自分如きには事の真相は計り知れないのであるが、多分、近衛文麿の政治家としての「華麗さ」が、或る時から昭和天皇陛下にとって「軽薄さ」と感じられてしまったのではあるまいか?

近衛文麿という政治家は極めて独特であり、或る面「空前にして絶後」の存在であったのかもしれない。

その評価はなかなか決め難いところが有る。

 

2)日本の組織と指導者像

 

従来、日本の組織を支えて来たのは優秀な中間管理職であった、というイメージであった。

だが、日本の中間管理職は本当に優秀なのであろうか?

問題は、中間管理職は優秀であるが、その上の役員クラスの経営者の問題である。

つまり、経営者としての資質と中間管理職としての資質に「乖離」「食い違い」が有るのではないのか?という疑念である。

日本の組織の中間管理職としての「優秀さ」が、さらにその上の経営者に昇格すると「優秀さ」ではなくなってしまう、という「残念さ」のことである。

いわゆる「中間管理職」としての優秀さとは、没個性的であり、上意下達の忠実さに有った。

だが、経営トップに昇格した時点で、個人のビジョンが求められてしまう。

ところが個人としてのビジョンの明確さや強靭さは、「中間管理職」としては求められてはいない。

つまり、「中間管理職」に選別される段階で、経営トップに適性な人材をふるい落として排除している可能性が有るかもしれないのだ。

勿論、人材として、その状況やその段階において求められる資質に自らを適応させていけるような有能な人物でなければいけない、のかもしれない。

だが、「中間管理職」として徹底的に「自分を殺して」来た人間が、役員クラスになっていきなり「個人としての卓越したビジョン」を提供してくれと要請されても、果たして即応出来るのであろうか?

そう考えてみると、日本の組織の人材登用や人材育成という面で「課題」を感じざるを得ない。

 

この日本の組織の人材登用や人材育成についての「問題点」についての解決策として、「オーナー家」という存在が思い到る。

オーナー家の子弟は、いずれ「家業」を継承しなくてはいけない。

勿論、本人に「職業選択の自由」が有り、また各個人の資質や能力という点も存在する。

だが、オーナー家の子弟やその配偶者が経営トップを「世襲」し「相続」していく。

これは、「叩き上げ」の昇格による経営トップとは異なる。

或る面、「生まれながら」の経営者であり、または婚姻によって突如、担ぎ上げられるかたちとなる。

それは、人事昇格の選考の結果ではない。

だから、日本の組織の人材登用や人材育成の「問題」から回避したかたちで経営トップに就任出来ることを意味する。

いわゆる創業者の経営トップや世襲による経営トップの「良さ」というところは存在する。

ただ、創業者や創業家出身の経営には、その「親近さ」が「公私混同」という欠点として露呈してしまう場合も有る。

だから、「オーナー経営」は万能ではない。

ただ、日本の組織の人材登用や人材育成の従来手法が、既に時代に適応出来なくなっている可能性は、強い憂慮として危機感を持つべきである、と考える。

これからの日本の組織の人材登用や人材育成は「どうあるべきなのか」。

その点もよくよく考えていくべきことであろう。

NHKEテレ。

かの悪名高き「女性戦争法廷」番組を制作するなど、左派的(とされる)NHKの中でも「最左派」のチャンネル、と言われる。

だが、それでも良い番組は良い。

「レッテル」を貼り、そしてその「レッテル」でもって一元的に評価をしてしまう愚は、左派も右派も醜悪極まりない。

どちらも思考停止であり、知的劣化による衝動的判断である。

 

ETV特集で、昭和天皇陛下の「証言」番組を見た。

初代宮内庁長官・田島道治が、昭和天皇陛下から折々に戦前の状況の話しを拝聴し、記録した「拝謁記」。

また、侍従長であった百武三郎の「日記」。

さらに内大臣であった木戸幸一の証言テープなどを主とした番組であった。

まず、感想として、戦後80年たってもなお、「新資料」が出て来るのか、という驚きであった。

つまり、右と言わず、左と言わず、「閉ざされた言語空間」という「状況」が、まだまだ我々の社会に存在している、ということなのであろう。

田島道治の「拝謁記」に於いて、昭和天皇陛下が語り起こそうとした事柄は、「張作霖爆殺事件」からであった。

この「事件」の「処理」方法が間違っていたために、陸軍を中心とした「下剋上」が幅を利かせるようになっていく。

少なくとも、昭和天皇陛下は、そのように理解されていた、ということである。

自分も、視聴していて、戦前の段階で、既に「國體」は「変容」されていた、と感じた。

つまり、大東亜戦争終結にあたり、「國體の護持」ということが、事実上、唯一の「絶対条件」とされていたのであるが、そもそも我々が死守するべき「國體」とは何であったのか、どの時点の「國體」を指していたのであろうか?という疑問を自分は感じてしまった。

 

このNHKの番組は、昭和天皇陛下の「下剋上」というキーワード共に、「勢い」というキーワードを強調している。

そして、「勢いは、その芽のうちに摘んでおかなくてはならない」という「お言葉」を強調して番組を締めくくっている。

うがった見方をすれば、TV番組制作者の意図として、昨今の国民世論や政治家の一部に存在する「前のめり」的な政治姿勢を暗に批判しているのかも、しれない。

この「勢い」というのは、評論家・山本七平の「空気の研究」で論じた「空気」と同じであろう。

この「空気」というのは、当たり前のことなのだが、思想的もしくは政治信条による要素ではない。

日本における「組織」や「集団」に「ありがち」な「傾向」である。

つまり、今、論考するべきは我々自身の「組織」論であり、「組織統治戦略」(ガバナンス)の問題であろう。

 

かつて、司馬遼太郎は、大日本帝国憲法における「統帥権」について鋭く批判をした。

司馬遼太郎にとって、「統帥権」とは明治近代国家・日本に組み込まれた「時限爆弾」のような認識であったのであろう。

だが、「張作霖爆殺事件」は昭和3年(1928年)であり、いわゆる「統帥権」干犯が政治的議論として浮上したのは昭和5年(1930年)の浜口雄幸・立憲民政党内閣の時である。

2年も早い。

つまり、「問題」の「根源」は「統帥権」干犯が声高に指摘されるよりも「以前」であった、ということが「重要」であろう。

それは、大東亜戦争敗戦に到るまでの「道程」は、「統帥権」が諸悪の根源であったとは言えない、ということを意味する。

裏を返せば、「統帥権」が存在しない「状況下」においても、過去の過ちを繰り返す危険性は除去されていない、ということであろう。

 

司馬遼太郎は「戦車兵」で、現在の大阪大学外国語学部蒙古語学科卒という経歴も有った為か、「ノモンハン事件」に対して、大変思い入れが強かった。

だが、「それゆえ」なのか、「にもかかわらず」なのか、結局、「ノモンハン事件」についての著書を書き上げることは出来なかった。

この「ノモンハン事件」において、ソ連側の評価は、

「日本軍の下士官、前線指揮官は勇猛果敢であり優秀であった。

だが、司令官は無能であった」というものであった。

この日本の組織の「中間管理職優秀論」は、長らく我々の社会の中で「神話」のように流布され続けていた。

だが、果たしてそのように言い切れるのであろうか?

 

昭和天皇陛下の「証言」を視聴して感じたことは、「中間管理職」「現場指揮官」の「独断専行」による「冒険主義」である。

「冒険主義」という左翼政治用語が「死語」と化しているので意味不明ならば、「ガバナンス無視」と言うべきであろう。

昭和3年の「張作霖爆殺事件」以降、陸軍の「現場独断専行・本部上層部現状追認」の「ガバナンス無視」は、最終的に日米開戦に通じてしまう。

昭和天皇陛下も、内閣も日米開戦を望んではおらず、日米首脳会談によって和平交渉を締結させよう、という意欲は旺盛であった。

にもかかわらず上手くいかなかったのは、「外交交渉が妥結出来たとしても、最前線の軍部を果たして制御出来るのか?」という不信感を持たせてしまったところに有る。

昭和3年の「張作霖爆殺事件」以降、日本の国家は、緩慢なかたちではあったが、確実に「ガバナンス」が壊死していったのであろう。

それが昭和天皇陛下のお言葉によれば「下剋上」であり「勢い」という語句に現わされたのであろう。

この「ガバナンス」が「効かなくなってしまう」という組織的病理は、果たして「戦前特有」と片付けてしまって良いのだろうか?

 

会社員に於いて、「現場」と「本社管理部門」との「認識のずれ」は何かにつけて悲哀を生んだ。

かのフジテレビのドラマ「踊る捜査線」においての名台詞、

「事件は会議室で起こっているんじゃない!現場で起こっているんだ!」

という叫びは、多くの人々の共感を得た。

だが、一方で、「現場」の独断専行は、「セクショナリズム」である。

特に組織が巨大化し、さらに複雑化していった場合、個人の「目の届く」範囲に収まることは不可能に成る。

人間は、自分の認識可能な範囲内でしか思考は出来ないし、判断も下せない。

だが、個人の認識出来る範囲と直面する課題解決策は、あまりに大きく乖離している。

個人の判断だけではなく、組織におけるガバナンスによって対処していくしか有り得ない。

ただ、個人と組織のガバナンスを対立構造として捉えてしまったならば、やはり最終的には破綻するしかないのだろう。

個人の認知と組織のガバナンスをお互いにフィードバックさせ、補完させ合うかたちにしていかなければいけない。

 

ここで自分は「明治維新」の組織構造的問題点に思い当たった。

この「中間管理職優秀論」は、明治維新を成功させた真髄であったであろう。

いわゆる「明治の元勲」と見なされる人々は、そもそもは社会や組織の既存上層部の出身ではなかった。

西郷隆盛、大久保利通、伊藤博文、岩崎弥太郎、渋沢栄一。

実は、公家社会於いては岩倉具視でさえ、そうであった。

明治という日本の近代化を作り上げて来た「英雄」たちは、「成り上がり者」であったのである。

そして、「中間管理職」が突進していくことで旧弊の打破を実現していった。

この「成功体験」は、我々の意識の奥底に、現在もなお影響を与え続けてはいないだろうか?

勿論、革新を起こしていくには、右顧左眄していては前進出来ない。

だが、自らの「セクショナリズム」と組織全体の「ガバナンス」を絶えず意識し、確認し合う慎重さ、注意深さが無ければ、単に軽率でしか有り得ないであろう。

 

我々の中に、組織全体や組織の「長」に対する「意識」は、果たしてどれくらい持ち得ているのであろうか?

自分自身の「職務」への「没頭」さ、ばかりを賞揚し続けてはいまいか?

「真面目に、一生懸命に、頑張ったのだから」で「済ませよう」としてはいまいか?

個人の「頑張り」が、最終的に全体の「破滅」を生んでいることが有るのではないのか?

 

組織を運営していくにあたっては、現状認識が肝腎である。

だが、現状認識はどのように行っていくべきなのか?

末端や現場に関しては担当者が一番、接している。

だが、一担当者が組織全体の現状認識を得る最適任者とは、なかなか言えない。

やはり、一担当者の上の「上長」、つまり「中間管理職」の存在が重要と成る。

だが、「中間管理職」であっても組織の全体像は把握が難しい。

そこで現場と上層部との認識のズレをどのように解決していくのか?ということとなろう。


田中角栄は、官僚のブレーンをつくることに極めて意欲的であった。

各省庁の課長クラスの人々と努めて声をかけ、顔を合わせて、アドバイスを乞うた。

その成果が「日本列島改造論」へと結実していく。

これは、戦後の日本に於いても、組織や社会の「原動力」と成っているのは、「役員、部長クラス」ではなく、「課長クラス」である、ということの証左であろう。

しかしながら、その「課長クラス」が「セクショナリズム」の「独断専行」でもって突進し、全体を「引きずり回す」ようなことに成れば、かつてのようにガバナンスは壊死する。

自分は、昭和天皇陛下の「証言」から、以上のように思い至った。

 

今年は、大東亜戦争開戦から80年。

大東亜戦争が「終戦」して70年以上。

果たして、大東亜戦争は「終わった」のであろうか?

自分は何度も指摘し続けて来たのであるが、「インパール作戦は、未だ終結せず」と思っている。

「インパール作戦」から、我々はいったいどれくらい学び得て、乗り越えられているのだろうか?

現在の我々の卑近的なところで、未だに「インパール作戦」を戦い続けているように自分はしばしば感じてしまう。

 

物事から「どれくらいのこと」を読み取って考えていくのか。

それが「思考の射程距離」である。

自分が頻繁に乗車する京王電鉄車両内で凶行事件が発生した。
発車して、約9分間走行し続ける「特急」電車内で、刃物による刺傷とオイルを散布し着火させて車両内火災を起こそうとした。
電車は緊急停車し、犯人は逮捕された。

数か月前の8月には、小田急電鉄車両内で、刺傷事件が発生した。
さらに数日前には上野駅構内で、刺傷事件が発生した。
今回の事件は、小田急の事件を念頭に置いた「模倣犯」であった、という。

ただ、今回の事件で衝撃的なのは、犯人がアメリカンコミックでハリウッド映画の「ダーク・ヒーロー(悪役)」であった「ジョーカー」(バットマンの悪役)の衣装に扮していたことである。
ちょうど、犯行実行日は10月31日の「ハロウィン」だった。

何故、犯人は「ジョーカー」に「扮した」のだろうか?
「ジョーカー」というキャラクターは、「バットマン」の悪役の中でも取り分け有名で印象深いダーク・ヒーローである。
過去にもジャック・ニコルソンなど、ハリウッドの名だたる名優が演じて来た。
2019年には、スピンオフとして「ジョーカー」自身を描いた映画「ジョーカー」が制作・封切られた。
「ジョーカー」は不遇の大道芸人(ピエロ)であった。
年老いた母親を抱え、発達障害というか、精神的なハンディを持って苦労していた。
社会の底辺で不遇な境遇に打ちのめされそうになっていた。
だが、悲しく不遇で善良なピエロは、発狂した犯罪者「ジョーカー」として自分たちの住む都市「ゴサッムシティ」に「君臨する」こととなる。
つまり、「不遇な弱者」が、「犯罪者」に変貌することによって「恐怖の支配者・暴君」に一変するのである。
この「キャラクターの転換、変貌」という構図は、まさに「公共の密室でのテロ行為」に於いても見ることが出来る。
犯人は、まだ20歳代と若く、さらに仕事などで不遇であった。
自らの将来に悲観・絶望し、自己破滅的破壊衝動に駆られるようにして凶行に及んだ。
犯人は、多分、凶行に及んだ際に、一種の高揚感に浸ったのであろう。
日常生活から「浮き上がった」ような異様な衣装。
多数の乗客たちは、「そんな彼に対して」意識にも留めず、無視していた。
そして、目の前の老人から「何だ、お前は」と言われた途端、刃物で切りつけた。
その瞬間から、犯人は車両内に於いて、「絶対的な恐怖の支配者」と変貌した。
多数の乗客たちは、恐れおののき、逃げ惑った。
その時の犯人の「万能感」たるや、さぞかし恍惚としたであろう。
今まで、抑圧され、鬱積していた内面の暗部が一気に噴出し、その排泄・放出による満足感は、或る種の「カタルシス」に匹敵したであろう。

我々は、二重の意味で慄然としなくてはならない。
一つは、言うまでも無く、いつ、どこで「ジョーカー」に死傷させられるか解らない、という恐怖である。
そして、もう一つは、いつ、どこで、自分が「ジョーカー」と化してしまうか解らない、という恐怖である。
現在の新型コロナ禍とは、まさに「不条理」の極致とも呼べる状況である。
ただ、それ以前から、日本の社会の中に於いて、閉塞と停滞と格差の瘴気が蔓延し、少なくない人々の間で憂鬱と憤激への衝動に心身を浸(ひた)してしまう状況に成って来た。
キナ臭い空気が蔓延し、ちょっとした火花で誘爆しかねない、そんな不安な状況。
感情的かつ短絡的に「決行」を渇望するように成って来てはいまいか?
軽挙や短慮に対する自制と警戒が薄らいではいまいか?
個人はもとより、組織や集団や社会や国家が、「発狂」への誘惑に耐え難く成ってはいまいか?

どこかで立ち止まらなくてはいけないだろう。
それは、まさに「今」である。
心を落ち着かせ、衝動を抑えることである。
そして、何よりも手の届くところから細部に渡って、現実的に着手することを思案していくことであろう。
それには、まず、自分自身の「愚かさ」「醜さ」「弱さ」「悪さ」といった暗部に対して、しっかりと向き合うことであろう。
他人を変えることは難しいが、まずは、自分自身を改めていくことであろう。
あとは、逆説的ではあるのだが、全てを自分自身の「はからい」で済ませようと考えこまないことであろう。
残念ながら、人間は、自分が思っているほど、何でもかんでも抱え込むことは出来ない。
ついには、放り出してしまうか、潰れてしまう。
どこかで「預けて」しまわない限り、持たない。
その「預ける」ということへの意識を持てるのかどうか。
結局、最後は「意識」と「覚悟」が問われてくるのだ。
果たして、自分の「意識」と「覚悟」を省みて、「どうだ?」。

まだ総選挙は4日目、1022日である。

だが、マスコミ各社の情勢分析を目にして思ったこと。

「立憲民主党が気の毒だ」。

何故か。

それは、予想以上に議席を獲得出来そうだから。

しかも、小選挙区で議席を獲得出来そうだから。

 

人間というのは、成功すると大抵、慢心する。

特に野党が「独り勝ち」すると、どうしようもなく「増上慢」に成る。

土井たか子「フィーバー」で大勝した日本社会党。

結党直後の「大阪維新の会」。

「選挙結果は、『民意』だ」とばかりに得意の絶頂と成った。

だが、日本社会党の「独り勝ち」で欲求不満を鬱積させた公明党と民社党は、当時の自民党幹事長であった小沢一郎に切り崩されてしまい、PKO法案可決などのいわゆる「自公民」で国会を切り回すようになる。

いつの間にか、野党第一党の日本社会党は「蚊帳の外」に置かれてしまうのだった。

大阪維新の会も、自民、公明、共産、民主党系から総スカンを食らい、孤立してしまう。

それに、立憲民主党は、現在に於いて既に野党内での政党支持率ではダントツであることを鼻にかけている。

衆院選後の「大勝利」を受けて、その増長はより一層醜悪なものに成るであろう。

その点、自民党は老獪で、選挙でどんなに大勝しても公明党・創価学会に対しての気配りを決して忘れない。

何だかんだ言いながら、「自公」で選挙を共闘し続けられるのは、そういう人情の機微をきちんと押さえているからである。

 

また、人間は成功すると「成功体験」に固執するようになる。

今回、共産党と組むことによって小選挙区で当選が可能になることに味をしめてしまえば、とにかく共産党と組もう、とするようになるだろう。

だが、一方で、共産党が全面に出ると逃げてしまう票が立憲民主党ならば獲得出来る、という「政党のソフトイメージ」ゆえに、共産党に対して居丈高に成るだろう。

現に、「野党統一候補」と言いながらも、当選出来るのはほとんどが立憲民主党の候補者である。

共産党は、沖縄1区の赤嶺政賢ただ独りなのではあるまいか?

今回の衆院選では、「アンチ自民党」の微風が吹いているために、比例区の共産党への得票も伸びそうな予測が出ている。

だが、次の衆院選などで、小選挙区の立憲民主党候補ばかりが当選し、共産党の候補は落選。比例区での共産党の得票も伸び悩むような事態となれば、共産党がいつまで我慢出来るであろうか?

また、「野党統一」路線は、かの不破哲三が「旗振り役」と言われている。

その「党中央」不破哲三は高齢であり、彼が死去して共産党内の政治力学が変化した場合、どうなるであろうか?

共産党としては、政党の基盤である「党員」の高齢化と減少化によって、その集金力と政治・選挙活動力が落ちて来ている。

そのため、以前のように全小選挙区に落選覚悟で候補者を擁立するような「物量戦」を継続することが出来なく成った。

だからこそ、「野党統一」戦術に舵を切ったのである。

ただ、問題は、共産党や公明党、そして自民党は「組織政党」であるのに対して、立憲民主党は「ふわっとした無党派層」の得票に依存している。

つまり、事前に「計算出来る票」を融通させることが不可能なのである。

さらに、立憲民主党は、共産党に「近付き過ぎてしまった」ために、旧同盟系の民間労組産別の組織が離れてしまった。

全トヨタ労連や電力労組は、立憲民主党から離れてしまった。

労働組合は、一昔のような集票力は失ってしまったのだが、選挙などの実働部隊としての組織力は落ちていない。

今後、立憲民主党は、旧総評系の産別と共産党の組織力でもって選挙戦を戦うことになるだろう。

だが、あまり共産党の組織力に依存し過ぎてしまった場合、どうなるのであろうか?

 

自公連立の「妙味」は、「政権政党」ならでこそ、である。

つまり、公明党・創価学会が自民党に対して「選挙協力」を全力で行った見返りは、「予算」である。

さすがに、外交や国防・安全保障などは公明党の言いなりには出来ない。

政策に関しては、妥協は難しいのである。

その代わりに、予算や補助金、特別処置といった面で公明党・創価学会の「不満」を解消させているのだ。

一方、立憲民主党と共産党は、どんなに大勝しても「政権政党」は難しい。

例え、衆院選で「政権獲得」出来たとしても、参院は自公で過半数を超えている。

むしろ、「野党連合政権」は「茨の道」と成ろう。

同じ、野党同士である以上は、立憲民主党が共産党へ、「選挙協力」の「お返し」として出来るのは、政策だけである。

つまり、立憲民主党の政策は、共産党の政策に近付けていくしかなくなる。

すると、以前よりもより一層、政権との「対決色」を鮮明にせざるを得なくなる。

これで、中道や保守の支持層が立憲民主党に付いて行けなくなるだろう。

また、現在、立憲民主党に「合流」した保守系の候補者も、いよいよ「立ち往生」することになるであろう。

ポロポロと立憲民主党から脱落していく者が続出していくだろう。

 

さらに、日本維新の会が、大阪近辺の「地域政党」から日本全国に支持基盤を構築出来るようになってくれば、立憲民主党と共産党が「野合」することで「野党統一」には成らなくなる。

自民、維新、立憲・共産という対立構図と成った場合、「野党統一」候補が小選挙区で当選出来る、と短絡的にはいかなくなるだろう。

 

今回の立憲民主党の「大勝」は、その「終わりの始まり」と成るであろう。

嗚呼、立憲民主党が本当に気の毒である。

稲田朋美先生が隘路に嵌(はま)っている。
今では、「いわゆる保守派」界隈からは「裏切者」呼ばわりされている。
何故か?
そもそもは、防衛大臣の時に、いろいろとゴタゴタが有った。
服装が場違いだったとか、態度が傲慢だったとか。
だが、そういう「立ち居振る舞い」のトラブルならば、「いわゆる保守派」の「有名人」には他にも「該当者」は何人も居る(らしい)。
ただ、西村真悟先生から「女に防衛大臣は無理」発言をされて、一気に「ダメ」の烙印を押されてしまった。
考えてみれば「女に防衛大臣は無理」発言は、明確に「性差別発言」であって、その標的が「稲田朋美」じゃなかったらとっくに「炎上」していただろう。
けれども「ポスト安倍」とも目されていた彼女へ、しかも「味方である筈」の「いわゆる保守派」から狙撃されたかたちだったので、朝日新聞などは「敢えて」事を荒立てなかった。
こういう狡猾な点は、「いわゆる保守派」もよくよく見習って欲しい、と思う。
で、「後ろから狙撃された」かたちになったことで、稲田朋美先生は、政界の現実を直視するようになった、と考える。
その現実とは、「いわゆる保守派とは、あまりに政治的少数派に過ぎない」ということ。
つまり、「ポスト安倍」を伺うのであるならば、「いわゆる保守派」だけ、では到底たどり着けない。
安倍晋三が自民党総裁・内閣総理大臣に到達出来得たのは、
岸信介・佐藤栄作・福田赳夫・安倍晋太郎、といった派閥と閨閥の遺産を継承している「政治的プリンス」であったからである。
「いわゆる保守派」だったから、総理・総裁に成れた訳ではない。
総理・総裁に成れた「安倍晋三」が、「たまたま保守派だった」というだけに過ぎない。
だから、「いわゆる保守派」だけに政治的に立脚していると、とてもではないが「上」は望めない。
そこで、「ウイングを左に伸ば」そう、という戦略に出た訳である。
独断と偏見で断言してしまうのだが、
左派は4割
保守派は2割、
残りの4割は「どちらでもない」。
だから、「どちらでもない」を引き込まない限り、絶対に保守派は左派には、多数派対決では勝てない。
ところが、ここで稲田朋美先生は痛恨の選択ミスをしてしまったのだろう。
敢えて、「ジェンダー」の分野に足を踏み入れてしまったのである。
まず最初は、LGBTの議論。
そして、「女性」問題に。
だが、はっきり言って、「いわゆる保守派」には「女性」という「概念」は存在していない。
だから、「いわゆる保守派」でありながら「ジェンダー」を論じ始めてしまうと、途端に「論理的整合性」が無くなってしまったような「感じ」に成ってしまった。
また、「女性」「ジェンダー」の分野は、それこそボーボワールなどから半世紀以上も左翼が「耕し続けて来た」政治的土壌なのである。
言わば、「敵の土俵」に、うかうかと乗ってしまった感じに成ってしまったのである。
ならば、稲田朋美先生は、どのように「ウィングを左に伸ば」したら良かったのだろうか?
自分ならば、「母性」と「貧困」問題である。
「女性」という政治的概念ではなく、「母性」という切り口であるならば、「いわゆる保守派」から憤激を買うことは無かっただろう。
そして、「母性」という切り口ならば、「妊娠」「出産」「子育て」という点に「特化」するかたちで切り込むことが出来たであろう。
或る面、稲田朋美先生が「女性」であった、ということも災いしてしまったような気もする。
かくなる上は、「ジェンダー」は封印して、「保守回帰」を目指すべきだろう。
既に、最早、「ポスト安倍」といった「空気」は雲散霧消してしまっている。
だから、原点から出直し・やり直しを図らなければ、今後さらなる「上」にたどり着くことは望めないだろう。

この「新型コロナ禍」という災厄で露呈したのは、日本の「戦後」体制の限界、であった。
既に、薄々と気付かされていたことではあったのだが、日本の行政、立法、そして産業構造が「危機的状況」に対して、いかに即応出来ないのか、という醜態をまざまざと目の当たりにすることとなった。
そして、ついには、我々自身の肉体的生命に対する危機感さえ覚える状況となった。
今、熱発し、呼吸困難に陥いったところで、救急搬送されて入院することが困難な状況である。
これは、菅政権の失政であるが、それが「全て」ではない。
いまだ「戦後」が総括されず、そして超克されていないためである。
この危機感は、いわゆる護憲派と呼ばれる人々にも、ようやく体感出来得たと思う。
基本的人権という私権は絶対なのか?
国家による強制力は、どのようなタイミングで、どこまで徹底されるべきであるのか?
図らずも、我々は、今この「問い」に直面せざるを得なくなった。
もし、今この「問い」に真摯に向き合うことをしなければ、致命的な知性の怠惰であろう。
なお、「戦後」は我々にとって「他人事」ではない。
「戦後」は我々の中に内在されている。
既に、無意識下まで潜在化し、骨の髄まで染み込んでいるのだ。
表層的ないわゆる「戦後レジーム批判」なんぞ射程距離が短過ぎる。
まずは、我々自身の「戦後」を相対化しなければ、超克の段階まで進めない。
今、我々自身の「戦後」を直視し、煩悶する「自覚」は有るのだろうか?
その意識と覚悟が持てないようであるならば、自分は、論争する意味を見い出せない。

令和3年8月15日の靖国神社ご社頭にて

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(令和3年2021年8月15日、午前10時50分頃、神門から拝殿方向を撮影)

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(令和3年2021年8月15日、午前10時50分頃、神門から外苑方向を撮影)

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(令和3年2021年8月15日、午前11時頃、遊就館付近「特攻勇士の像」。
彫刻家の故・北村西望氏の作。北村西望の代表作は長崎の原爆平和祈念像など)

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(特攻隊員の雄姿の銅像である。お水やお神酒などお供えが多数。
なお、雨水でふやけてしまったが、煙草が供えられていた。
かつて「御賜(おんし)の煙草」が存在し、軍隊に入営してから煙草を吸うことを憶えた人々も多数存在した。「あの時代」に於いて、煙草は嗜好品として大変貴重であった。
ちなみに、2013年12月の映画「永遠のゼロ」封切り以降、特攻勇士の像へのお供えが激増した感じを個人的には持っている。)


(おにぎり)


昨日、令和3年(2021年)8月15日の大東亜戦争終戦の日を迎えた。
例年、8月15日は晴天であることが多く、自分も雨天であった記憶が少ない。
ただ、2003年、インターネット巨大掲示板「2ちゃんねる」での呼び掛けで「2ちゃねらー」たちが8月15日に昇殿参拝した時、珍しく大雨が降った。
自分もその時に参加していたので記憶している。
だが、それ以来、8月15日に雨が降る日は3回ぐらいしかないような気がする。

さて、東京は新型コロナ禍による「緊急事態宣言」地域である。
先月7月末からの急激な新規感染者数の増加により、人流の抑制が求められている。
このため、自分は8月15日の参拝を敢えて避けよう、と思った。
だが、結果として8月15日に靖国神社へ向かってしまった。

地下鉄の九段下駅から九段坂を登る歩道沿いに、「各種団体」のビラまき、署名活動が行われているのだが、今年は雨天のため、単にビラを配布すると雨水に濡れてグチョグチョになってしまう。
そこで、ビニル袋を用意して、その中に入れて配布しないといけなくなった。
結果として、資金力が有る「幸福の科学」と「顕正会(冨士大石寺顕正会)」ぐらいしかビラ配布をしていなかった。
法輪功なども街宣活動をしていたが、やはりあまりビラまきがやりにくそうであった。

あと、沖縄県内の土砂を辺野古沖埋め立てで使用していることに対する抗議ハンガー・ストライキをしている人たちが街宣をしていた。
それは、まだ沖縄県内で沖縄戦の遺骨採集が出来ていないところの土砂を乱暴に掘り起こして辺野古沖に埋め立て用として使っていることへの抗議であった。
もし、ご遺骨が混ざっていたらどうする?ということである。

新型コロナ禍の下で、2回目の「8月15日」であるのだが、神門に近付くにつれて参拝者の行列の長さに驚愕した。
ソーシャルディスタンスといった間隔を設定しているわけだが、青銅の鳥居を超えて、道路を超え、さらに外苑まで伸びていた。
ただ、参拝者の年齢層は60歳以下、という感じであった。
50歳の自分が、既に「相対的に高齢者層」と思える程、30歳代や20歳代が多いように感じた。
その一方で、いわゆる「あの戦争の体験者」、戦没者の遺児の世代でさえ80歳台である。
亡き父は昭和10年生まれで、終戦時は10歳だった。
存命ならば86歳である。
もはや、戦時中にひもじい思いをし、空襲の恐怖を記憶している世代でさえ、外出がままならない年齢になってしまった。
それに、今は新型コロナ禍で「過去最悪」の感染状況であるのだし。

自分は、拝殿迄の長い列を目にして拝殿前の参拝を断念した。
ちょっと離れたところから合掌した。
いずれ、日を改めて参拝をさせてもらいたい。
実は、自分はこの新型コロナ禍の最中であるので、「境内は閑散として、並ばずに参拝出来るだろう」と甘くみていたのであった。
しくじった。
境内の能舞台横に、靖国神社崇敬奉賛会青年部「あさなぎ」が、参拝者へ「麦茶の無料接待」を例年実施している。
だが、今年は雨天で気温が上がらないため、「温かい麦茶」も提供することになった、という。

経済再生担当大臣の西村代議士、萩生田文部科学大臣、井上国務大臣、小泉環境大臣、そして安倍前総理などが参拝された。
自分は2003年に保守転向以来、足掛け18年靖国神社を参拝し続けて来た。
だが、新型コロナ禍ということもあってか、令和3年・2021年の今年、ついに参拝者の「層」が変わった、と感じたのである。
2001年8月13日に当時の小泉純一郎総理が靖国神社を参拝した頃、靖国神社境内で見かける若者は、「事件の現場」を見に来た野次馬であった。
拝殿前の木の鳥居まで来ると、横に曲がって遊就館(軍事博物館)の方に歩いていってしまう人が多かったのだ。
だが、小林よしのりが漫画「戦争論」を刊行してから若者たちの意識が変わった。
鳥居の前で一礼するし、参道は左側に寄って歩く。
拝殿前では並んで自分の順番まで待ち、「二礼二拍手一礼」の神道式参拝作法を「正確」に行う人が増えた。
「戦争論」は、1巻が1998年7月10日、2巻が2001年10月1日、3巻完結巻が2003年7月25日に刊行された。
まさに、2003年以降、若者たちの中で「靖国神社」が「発見」され、「意識される対象」と成ったのである。
丁度同時期に、「スピリチュアルブーム」が始まり、神社が「パワースポット」と認識されて、何となく「おしゃれ」で「カッコいい」感じに成って来たのである。
勿論、それ以前にも、信仰を持っている若者たちの中では、その信仰と関係する範囲として靖国神社を大切に意識していた。
それは、「ご先祖供養」といった意識でもって靖国神社を大切にしていたのである。
ところが、小泉総理による靖国神社参拝という「報道」と、
小林よしのりの漫画「戦争論」によって、信仰とは無関係だった若者たちが靖国神社を「発見」することになったのである。
さらに、若者たちが靖国神社を強く意識するようなきっかけとなったのは、2013年12月21日封切りの映画「永遠のゼロ」であった。
この映画は、実は「いわゆる保守派」内では評判は散々であったのだが、若者たちの意識を振り向かせる点では決定的に有効であった。
2003年以来、靖国神社ご社頭に参拝し続けてきた自分の「感覚」として、そのように思う。

だが、月日は流れ、人々は年齢を重ねていった。
中には鬼籍に入り、泉下の人と成る方もおられた。
自分が、保守転向して間もない頃、2004年、2005年といった時期、まだ「戦友さん」と呼ばれる「戦争体験者」の方々がご社頭に集まり、署名活動などに従事されておられた。
だが、まだまだ若者たちの参拝者は少なかった。
インターネット上では、
「いわゆる靖国問題は、時間が解決してくれる。
現在、参拝しているのは年寄りばかり。
戦争世代が死に絶えれば、靖国神社を参拝する者はいなくなり、神社として維持出来なくなって、
いずれは潰れてしまうであろう」と冷笑的に指摘された。
あの時の「戦友さん」たちの無念の思いは、間近に居て心身に沁みた。
「このまま、閣僚も総理大臣も参拝せず、天皇陛下のご親拝も望めず、若い次の世代たちが靖国神社を支えてくれなければ、先に死んでいった戦友たちに、何と詫びれば良いのだ。
このままでは、死んでも死にきれない」と。
そして、さながら櫛の歯が落ちていくように、
「あの戦友さんが亡くなった」
「あの人も施設に入って、外出もままならない」
そういう「知らせ」を相次いで耳にするようになっていった。
自分はただ切歯扼腕(せっしやくわん)するしかなかった。
だが、気が付けば、かつては想像出来なかったような大勢の若者たちが、真摯な祈りを捧げるために靖国神社を参拝するように状況は変わって来たのである。

だが、この「状況」を手放しで喜んでしまって良いのだろうか?
自分は一抹の憂慮を感じる。

2015年に俳優の愛川欽也さんが亡くなった。享年80歳。
テレビ東京系の「出没!アド街ック天国」の司会者として記憶されている人が多いだろうが、アニメ「いなかっぺ大将」の「にゃんこ先生」などの声優としても活躍した。
2時間ミステリーサスペンスドラマの常連でもあり、往年の邦画「トラック野郎」シリーズでは三枚目「やもめのジョナサン」役で大いに観客の目を楽しませてくれた。
この愛川欽也さんは、靖国神社の熱心な崇敬者であった。
毎年7月の「みたままつり」では、著名人揮毫の「ぼんぼり」を奉納されていた。
だが、愛川欽也さんは死の間際、憲法改正の時代的潮流に対して、大いに「憂慮」していたのである。
つまり、愛川欽也さんは、「護憲派」だったのである。
令和3年2021年8月15日、靖国神社境内の靖国会館に於いて日本会議などを主催とした憲法改正などの保守派の集会が開かれた。
例年であれば、外苑の参道に大テントを設営して「国民集会」を開催している。
だから、靖国神社=「憲法改正」論者、という「図式」が出来ているように見える。
だが、よくよく考えてみれば、靖国神社は神社であり、祭祀と祈りの場、である。
政治的な場所、ではない。
読売新聞主筆の渡辺恒雄は、「靖国神社は軍国主義」とプロトタイプの断定をしているが、あくまでそれは彼の恣意的な主張に過ぎない。
確かに、戦前の明治国家体制に於いて、軍事と密接に関係した神社であることは否定出来ない。
実際に、陸軍省、海軍省も関係していた。
だが、封建主義を脱して、西欧型近代国家体制として身分制を排した。
武士は廃止され、「士農工商」の四民は「平等」となった。
そして、軍事や戦役に駆り出されるの武士だけではなくなり、国民全員が総動員される社会となった。
それが「徴兵制」である。
「徴兵制」は、かのフランス大革命による市民たちが生み出したものであり、まさに「徴兵制」は「民主主義」とセットなのである。
そして、民主主義国家が戦争、戦役でもって犠牲となった人々の名誉を国家の責任として保障する「かたち」として、国家による戦没者の慰霊追悼なのである。
もし、民主主義国家に於いて、祖国防衛のために殉じた人々の犠牲を慰霊追悼しなければ、決死の覚悟で戦闘に従事する者は絶えてしまうであろう。
戦没者に対する慰霊追悼とは、近代民主主義国家の責務であり、「心の問題」「祈りの問題」ではない。
「国防問題」なのである。
現に、世界を見渡して、戦没者に対する慰霊追悼の儀礼と恒久的な施設は必ず設定されている。
靖国神社に対して批判を加える、中華人民共和国も北京・天安門広場に「人民英雄記念碑」が存在している。
(余談だが、千鳥ヶ淵の戦没者国立墓苑は、あくまで満州事変、日華事変、大東亜戦争に限定された遺骨墓苑に過ぎない。
それ以前の戦争、戦役(日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦など)の包括的な慰霊追悼施設は靖国神社「だけ」なのである。
そもそも比較対象として成立せず、当然、靖国神社を凌駕する戦没者慰霊追悼施設としてはみなされない。)
これは、靖国神社がモダンでリベラルな神社であることを意味している。
だが、日本の伝統的な慰霊追悼の「かたち」として、明治時代に「神社」という形式に定められたのである。
「神社神道としては異例である」「慰霊追悼は仏教的であるべきだ」という指摘は、無意味なものである。
それを言い出したら、神道の祭祀王である「天皇」が治める「日本」に於いて、「鎮護国家」の祈念の対象として仏像を崇拝するのは「筋違い」、ということになってしまう。
だが、聖武天皇は奈良の東大寺に毘盧遮那仏の大仏を建立して「鎮護国家」を祈った。
それから1000年以上も、我が国では、神社と仏閣は混然一体となって祭祀を行って来た。
何を基準とし、何を異例とするのかは、一概に決め付けることは出来ない。
だいぶ横道にそれてしまった。
靖国神社は、軍事的な関係性は有していたが、それをもってして「好戦的」であるとか、「軍国主義的」である、と批判するのは表層的過ぎる。
実際に、戦後、靖国神社を参拝する人には社会主義者もたくさん存在した。
自分も10年以上も昔だが、早朝、靖国神社の神門が開扉される時に、たまたま知り合いに成った年配の方は、
「日本も朝鮮半島で相当悪いことをやっていたんだ」
と、つぶやかれたことを記憶している。
その人は、多分、ほぼ毎朝、靖国神社へ参拝されている人である。
その人の靖国神社や英霊に対する「祈り」に嘘偽りは無い。
だが、「いわゆる左派的」な、もっと酷な表現ならば自虐的な意見を持っていたのであった。
これは、珍妙奇天烈なことであろうか?
そうではあるまい。
靖国神社を参拝し、英霊に対して真摯に祈りを捧げながら、
「2度と戦争を起こさないために憲法9条を守ろう」
という政治信条は併存可能なのである。
では、何故、それが可能であったのだろうか?

靖国神社や護国神社、そして忠魂碑は、戦没者の個人名によって祭祀されている。
靖国神社や護国神社は、目に見えやすいかたちで戦没者の個人名は確認出来ないが、「祭神調査」を申し込めば、詳細な報告書を無料で入手することが出来る。
但し、戦没者の親族であれば、という条件付きであるが。
戦没者の身内であるならば、それは死後の「おみたま」「ほとけさま」であり、「ご先祖さま」という意識になる。
だから、靖国神社の英霊は、「九段の母」にとっては愛しい我が子であり、戦争未亡人にとっては愛しい配偶者であり、兄弟姉妹や遺児にとっては愛しい肉親であった。
だが、月日が流れ、戦没者から数えて直系血族で4親等、つまり曾孫(ひまご)の子(玄孫、やしゃご)以上の隔たりが生まれて来ると、もはや「家族」「肉親」という実感は湧いて来なくなってくる。
自分より、遥か昔の歴史上の遠い先祖、という意識に変わってしまう。
そうなると、「肉親の情」としての「祈り」ではなく、「先祖代々」としての「観念的」な「祈り」に成らざるを得ないであろう。
それは、明治神宮に対しても言えることで、明治神宮が御創建された大正時代では明治天皇陛下に対する親近感が濃密であった。
だが、中村草田男の「降る雪や 明治は遠く なりにけり」の名句のように、明治の御代が時代的に遠のいていくに従って、明治天皇陛下に対する意識は「感覚的」なものから「観念的」なものへと変わっていかざるを得ない。
靖国神社第5代宮司の松平永芳宮司は、「靖国神社は、日本国民総氏子の神社である」という認識を示されていた。
それは、靖国神社に祭祀されている英霊は膨大な数であり、大東亜戦争に限らず、日本国民にとっては何らかの「関係性」が有り得たであろう、という認識を表現したものであった、と想像される。
だから、「日本国民総氏子」という感覚は、或る面、戦後30年、40年という「時代」の「世代の空気」であった、とも言えよう。
しかしながら、大東亜戦争終戦、昭和20年1945年8月15日から既に76年が経過してしまった。
いよいよもって、「あの戦争」と云える世代の感覚は消え失せていこうとしている。

一般論として、「観念的」というと、肉体的実感から離れてしまうことから、尖鋭・過激化しやすい。
つまり、結論を補強するための論説を形成しやすい。
だが、靖国神社は歴史的、政治的な影響下から逃れ難い「経緯」を持つ神社ではあるのだが、神社としての祭祀・祈りに関しては、必ずしも歴史的、政治的な要素は不可欠ではない。
自分は、「敢えて」そのように考える。
かの本居宣長大人は以下のように定義されておられる。

『古事記伝』三之巻

(筑摩書房版『本居宣長全集』第9巻、125〜6頁)

さて凡て迦微(カミ)とは、

古御典等(イニシヘノフミドモ)に見えたる天地の諸(モロモロ)の神たちを始めて、
其(ソ)を祀(マツ)れる社に坐(ス)御(ミ)霊(タマ)をも申し、
又人はさらにも云(ハ)ず、
鳥(トリ)獣(ケモノ)木草のたぐひ海山など

其余何(ソノホカナニ)にまれ、尋常(ヨノツネ)ならずすぐれたる徳(コト)のありて、
可畏(カシコ)き物を迦微(カミ)とは云なり


本居宣長大人は「尋常(よのつね)ならず、すぐれたる徳(こと)のありて、可畏(かしこ)き物をかみ(神)とは云なり」と定められた。
ならば、戦争、戦役などで殉じられた御霊を神として祭祀した以上は、天神地祇に対して祭祀するのと同様に精進潔斎して全身全霊でもって祭祀させていただくのみ、であろう。
また、菅原道真公(天満大自在天)や徳川家康公(東照大権現)、豊臣秀吉公(豊国大明神)と同様に祈りを捧げるべきであろう。
さらに論を進めるのならば、八幡大神(八幡大菩薩)に対して祈りを捧げるような意識であれば良い、と自分は考える。
勿論、大神様の「ご事績」などに思いをはせることが有って悪いことではない。
だが、仏教で言う没後の「三十三回忌」も経過して「祀り上げ」の時期を過ぎた今、靖国神社の英霊の個々人、各自の経歴についていちいち議論することは、祭祀や信仰としては「そぐわない」。
だが、祭祀や信仰という事柄を軽視し、もしくは無視して議論する場合、この「感覚」は共有出来ないのである。
既に「靖国大神」として祭祀している以上は、「いわゆるA級戦犯とみなされる」からといって祭祀対象ではなくなる、ということはない。
だが、祭祀や信仰という事柄を避けて通るのであるならば、それは「論点」として残存し得る。
それは、さながら「菅原道真公は、京都御所清涼殿に落雷をさせるなどの大怨霊であって、福徳ご利益などもたらす筈など有り得ない」などと「言挙げ」しているような感じを受ける。
だが、神として霊を祀り、祭祀と祈りを繰り返し繰り返し継続していった結果、「祟り神」は「福徳神」に転じて、学問の神、文筆の神として世間に認識されるようになったのである。

しかしながら、「靖国大神」として、観念的な信仰対象に変わった後、その「周辺」に「付随」してしまうであろう「ことども」が想起される。
それが、「いわゆる保守派」の存在である。
靖国神社は、いわゆる左翼や反日国家勢力から集中攻撃の対象と成って来た。
そのため、「対左翼」「対反日国家勢力」という政治的図式が構造化してしまった。
つまり、左翼的な思想信条を持つ人は、そもそも靖国神社に「近付かない」。
逆に、左翼に対抗しようとする人は、霊や神々や魂という信仰が皆無であったとしても、政治的シンボルとして靖国神社を意識するようになる。
これは、靖国神社の「政治的」な「固定化」である。
靖国神社とは、本来は、日本人が政治的思想信条を超越して、緩やかに「祈り」を捧げられる対象として意識されるべき神社である。
だが、長年の政治的争点の渦中に位置付けられてしまったため、最早、政治的な色分けや政治的枠組みの「中」に押し込められてしまった観、なのである。
しかしながら、それは戦没者慰霊追悼の「あり方」としては、誠に残念至極なことである。

よく「わだかまり無く、戦没者への慰霊追悼の祈りを捧げられるための無宗教の施設が設定されるべき」という主張がされる。
だが、いわゆる無宗教形式の代物に、自分は祈りを捧げることが難しい。
やはり、仏教的な装置、もしくは神社のような装置がなければ、自分はむしろ「わだかまりを感じる」。
最終的に重要なのは、いわゆる無宗教形式にこだわる人たちは、本当に戦没者への慰霊追悼の祭祀や祈りを捧げようと心底思っているのであろうか?
願っているのであろうか?
自分はとてもそうは思えない。
現実に、無宗教形式の後楽園付近の東京都戦没者墓苑や千鳥ヶ淵戦没者墓苑には、参拝者が少ない。
靖国神社の方が圧倒的に多い。
この事実から、戦没者への慰霊追悼の祭祀や祈りへの思いの強さ、重みは歴然としている。
だからこそ、靖国神社は、今後未来永劫に到るまで、政治的思想信条を一切問わずに、静かに、そして真摯な祈りを捧げる「場」として設定されるべきであろう。
そして、我々ひとりびとりも、靖国神社には極力、政治的思想信条の問題を持ち込まない、持ち込ませない、といった意識と覚悟を持つべきではなかろうか?
下手をすると、「贔屓(ひいき)の引き倒し」に成るようなことにもなりかねない。
もっと我々は、俯瞰的に、冷静で客観的に「靖国神社」を捉え直すべきなのではあるまいか。
いよいよ只今、ついに、その「パラダイム変換」を図る時期が到来したのではあるまいか。

令和3年8月14日。
前日の13日の段階で、日本全国の一日当たりの新規感染者数が2万人を超えた。
全体の分母人数が増えたことから、重症化患者数も激増している。
医療関係者から、「災害レベルの危機」と悲鳴が上がった。

これは、とてもではないが「褒められたものではない」。

だが、ここで、「何がまずかったのか」ということを冷静に検証してみたい。
よく、「菅政権の人災だ」といった、菅総理の個人的資質の問題を指摘する人がいる。
確かに、その指摘は明快で解りやすい。溜飲が下がる。
しかし、それは単なる矮小化であろう。

菅総理の判断が最適でなかったことは確かである。
だが、それを全て菅総理個人のせいにしてしまって果たして良いのだろうか?

1)ワクチン接種が遅れた
現在、イギリス、フランス、アメリカなど変異株「デルタ株」(インド株)が猛威を振るい、新規感染者数が万単位である。
だが、人流の抑制などの規制が緩和されている。
それは、ワクチン接種済みの人口割合が多くなっているからである。
ワクチン接種のお陰で、新規感染者数が激増しても、重症化に到らずに医療崩壊にはならない。
そこが現在の日本の危機的状況と決定的に異なる。
では、何故、日本でのワクチン接種は遅れたのか?
ひとつは、「ワクチン嫌悪感」である。
各種のワクチン接種の副反応による、様々な訴訟や反対運動が長年続いてしまった。
子宮頸がんワクチンを巡る論争は特に激烈であり、事実上、子宮頸がんワクチンを推奨する運動はタブーに追い込まれてしまった。
そのため、ワクチン接種全体が減少傾向になり、ワクチン製造が産業として儲からなくなってしまった。
だから、かつてワクチンを大量に生産していた医療メーカーは、ワクチンから撤退してしまっていたのである。
ところが、アメリカは、ワクチン研究と製造を保護した。
何故か?
それは、国防・安全保障の問題として保護したのである。
「細菌兵器」という忌まわしき兵器が存在している。
もし、細菌兵器によって攻撃された場合の対策として、自国でワクチンを研究・製造・補給出来なければ他国に依存しなければいけない。
そのために、ワクチン産業を死守したのである。
翻って、日本は「平和憲法」によって、「平和、平和」と口にしていれば戦争にならない、と錯覚している。
この錯誤が原因で、ワクチン製造が国内で即応出来なくしてしまったのである。
これは、菅政権の責任ではない。
安倍政権以前の過去の政権の責任である。
また、新しいワクチンは、どんな副反応が出るか不明である。
事後に医療訴訟を起こされた場合のことを憂慮して、他国での実績を「様子見」した訳である。
イスラエルは当時のネタニエフ首相の「トップ外交」で最優先にファイザー社からワクチン供給を取り付けた。
これは、イスラエルが、常時戦争状態であるので、国防意識が強かったからである。
医療訴訟のリスクよりも感染蔓延のリスクを優先させたのである。

2)新規感染者数の激増が想定出来なかった
日本は、「日本国憲法」によって、「基本的人権」に基づく「私権」が強い。
また、「平時」以外の状況を「想定」「議論」「研究」することさえ、「軍国主義」であり「好戦的」と指弾された。
それゆえに、非常事態に於ける「戒厳令」というものが設定されない。
もし、超法規的な緊急避難で「戒厳令」を実施した場合、事後に違憲訴訟を起こされて日本国政府が敗訴する可能性が有る。
それゆえに、ロックダウンという強権的な規制ではなく、自粛要請といった「協力のお願い」ベースで進めるしかなかった。
これは、「日本国憲法」が内在している負の要素である。
政府としては、感染者の感染源を精密に追っていくことで感染蔓延を防ごうとしたのだが、新規感染者数の増加により、この手法は限界を迎えた。
担当部署の「保健所」のキャパシティを超えてしまったからである。
これは、公務員人数を抑制し続けて来たためである。
日本型の「お願い」ベースの自粛要請で、世界的に見れば、新規感染者数を抑制し続けていた。
また、重症化患者も高齢者層が多く、労働人口の層を直撃していなかった。
そこで、高齢者層を隔離し、感染させずにワクチン接種まで「時間稼ぎ」をする対策を取った。
ようやく、今年(2021年)の4月頃から高齢者層へのワクチン接種が開始された。
結果として、高齢者層の新規感染者数は抑制され、重症化患者数も抑えられている。
つまり、「重症化リスクの高い高齢者層を守る」という「目的」は達成出来た訳である。
だが、当初、感染して重症化リスクが少ない、と見なされた50歳代以下の年齢層の感染状況が一変した訳である。
これは、感染対策の前提条件が激変したことを意味する。
問題は、この感染状況の激変する「リスク」をどれだけ重要視していたのか?ということであろう。
現在の危機的状況を予知するヒントは存在していた。
ひとつは、約100年前の「スペイン風邪」(新型インフルエンザ)の教訓である。
日本に於ける「スペイン風邪」の感染猛威は、計3波存在した、とされる。
第1波は、感染者は免疫力が弱めの人が多く、症状も重篤ではなかった。
ところが、第2波に於いて「強毒化」する。
若年層の感染者が爆発的に増え、しかも重症化して容態が急変し死に至る。
宮様から華族、劇作家の小山内薫などの著名人までも命を落とした。
つまり、感染の状況変化によって「強毒化」し、若年層への感染が一気に蔓延する危険性が生じる。
これは、可能性として十分に意識可能であった、と感じる。
二つ目は、インドで発見された「デルタ株」という変異株について。
「日本人を含む、アジア人種の免疫を効きにくくする変異をしている」という指摘が有った。
つまり、この変異株が日本で蔓延すれば、従来のような感染状況では収まらない、ということは想定可能であったと考えられる。
現時点に於いても、数か月前に於いても、感染を抑制するには、ワクチン接種しか思い当たらない。
治療薬に関して、アビガンなど話題には成るものの一向に医療現場で投与される兆しが見えない。
ようやく「免疫カクテル療法」が薬事承認されたのだが、いかなる背景や思惑が有ったにせよ、「ワクチンのみ」で対処する、という点では変わりがない。
だが、世界的なワクチンの「奪い合い」の状況であり、ワクチンの供給が増やせない。
さらに、保存温度が超低温という特殊な保存状態であり、その保存管理の面でミスが連発。
廃棄するワクチンも多かった。
また、接種する注射器もロスが多いタイプが有り、ひと悶着有った。
これらは、全て近年、ワクチン接種が少なくなっていたため不慣れであったことと、人員削減によるギリギリの人員運営による錯誤によるものであった。
現場のスタッフは、特殊で初めての業務に、いきなり従事され、しかもスケジュールをせかされて疲労困憊し、注意力が低下していたのであろう。
つまり、日本の各職場の構造的な問題が露呈してしまった、ということであろう。

ただ、「デルタ株」の感染蔓延の急激さと重症化のスピードは、あまりに速過ぎた。
わずか1,2週間で「うなぎ上り」の爆発的、指数関数的増加であった。
これは、事前に想定可能であったのだろうか?
また、例え、事前に想定可能であったとしても、どこまで対処可能であったのだろうか?

3)東京オリンピックの開催
東京オリンピックの開催は、6月末や7月上旬の時点でも「中止」の選択は困難であった、と考える。
多分、IOCから、「今、オリンピック開催中止をしたら、今後、日本はいかなるオリンピックにも選出されることはないだろう」と「脅迫」されたのだろう。
だからこそ、「無観客」であろうと「開催」は強行したのだろう。
また、新規感染者数も「抑制可能」と判断したのであろう。
ただ、「緊急事態宣言」と「まん延防止」の期間がずっと続き過ぎた。
さらに、飲食業に対する給付金が機能不全をきたしていた。
もはや「背に腹は代えられぬ」ということで、「自粛」をしなくなった店舗が増えたのである。
店舗が営業すればお客は入る。
また、「オリンピックは開催しているのだから」ということで、自粛の気持ちは薄らいでしまう。
やはり、新規感染者数は抑制出来なかった。
ただ、ここまで指数関数的な激増は想定していなかったのではなかろうか?
さらに指摘したいのは、「水際対策」である。
「日本国憲法」は「私権」が強い。
空港検疫での隔離も、実は徹底出来ていないのではないのか?
だから、本当は防げた筈の変異株の流入も、防げなかったのではないのか?
この疑念は解けない。
さらに、東京オリンピック開催による、オリンピック関係者とマスコミ関係者によって「変異株」が「持ち込まれてしまった」可能性はゼロではないのではないのか?
現に、只今「最恐最悪」と呼ばれる変異株、南米由来の「ラムダ株」が空港検疫で発覚した。
それも「東京オリンピック関係者」という。
オリンピック選手の管理も違反者が出たことで解るように、本当は徹底出来ていなかったのではないのか?
実は、「ラムダ株」を「感染者」がその他、国内に流入している可能性は本当に皆無なのであろうか?
これは、例え「事実」であったとしても、多分、表沙汰には出来ないだろう。
特に、東京パラリンピックの開催の前である現在としては。
東京オリンピック開催を強行したことは、結果として現在の感染爆発、医療体制崩壊の原因であろう。

4)東京オリンピック開催強行をした上での感染防止策としてどうしたら良かったのか?
東京オリンピック開催によって、その「祝祭的雰囲気」は、「緊急事態宣言」の緊張感を削ぐには充分であった、と云えよう。
だが、ここで、国民の、特に都市部の住民の人流を抑制させるために、政治指導者は何が出来得たのであろうか?
よく、「オリンピックは開催出来るのに、運動会は中止するのか」といった指摘が有る。
しかし、考えてみれば、それは同次元で論じられる事柄ではない。
やはり、ここは、「皆さん、苦しいでしょうが、世界の皆さんのために、我々は我慢しましょう!」と毅然と呼び掛けられたのか、ということであろう。
東京オリンピックを開催する「意義」というものを、肚を括って心底信じ切ることが出来たのならば、国民に対して毅然と呼び掛けられたのではあるまいか?
さらに、感染蔓延防止のための有効策を徹底的に講じる、そのための覚悟を具体的に提示するべきであったのではなかろうか?

今まで4項目を列記した。
1)ワクチン接種遅滞
2)新規感染者激増の想定
3)東京オリンピック開催の是非
4)東京オリンピック開催強行後の対策
これらを元に、菅総理の「責任」の所在を改めて考察する。
1)ワクチンに関しては、積年の構造的な問題であって、菅総理を指弾するのは酷だろう。
2)新規感染者激増に関しては、デルタ株が想定以上の凶悪さであったであったということ大きい。
だが、変異株の「強毒性」化と若年層への感染シフト移行は、充分に予想可能であったと考えられる。
この点に関しては、認識が甘過ぎた訳であり、失策と指弾されて当然であろう。
3)東京オリンピック開催に関しては、7月上旬までの判断は「未来永劫、日本でオリンピックが開催出来ないかも」というリスクを考慮すると、開催強行を選択したのはやむを得ない。
だが、医療体制の充実などに関してどれだけ意識していたのかどうか。
オリンピック開催を強行するからには、感染蔓延に対しての「カード」を準備しておくべきだったのではないか?
4)東京オリンピック開催強行後、オリンピックに「はしゃいで」しまった感じさえ受ける。
平時であるならば、それで問題無い。
だが、「緊急事態」下に於いて、それはあまりに弛緩し過ぎていたように感じられる。

さて、批判ばかり繰り返していても詮無きこと。
今後、取れるべき対策は何か?
1)人流を抑え込む
飛沫感染であるから、人流を抑え込めば感染リスクは抑えられる。
ならば、公共交通機関を停止し、店舗や諸施設を閉鎖すること。
これに尽きるであろう。
2)補償をする
自宅から外出しないことを強要することであるから、当然、収入が断たれる人が出て来る。
だが、「低所得者層」であるかどうか、などと個別の条件を設定して給付金の支給先を限定しようとするならば、必ず漏れが生じるし、何よりも時間的に間に合わない。
全国民一律に、早急に給付金を支給すること。
具体的には、「個人個別宛て」で「1人30万円給付」である。
3)ワクチン接種は送迎バスで
公共交通機関を停止させたため、ワクチン接種は送迎バスを手配すること。
4)「自宅療養者」を集約させること
自宅療養者が難儀なのは、訪問医の時間的ロスの問題が有る。
自宅療養者を施設に収容して集約させれば、個別に対応するための時間的なロスを軽減出来る。
収容施設としては、オリンピックの選手村が最適だし、また大型豪華客船を借り上げて「病院船」にしたら良い。

このまま、医療体制の危機的状況が続くのならば、少なくとも東京パラリンピックの「医療ボランティア」の動員は望めない。
これを無理やり開催強行したならば、「国民の生命を捨てて、パラリンピック開催を取るのか!」と国民は激昂するであろう。
少なくとも、「医療体制崩壊の危機」が完全に回避出来る状況に落ち着くまで、パラリンピックの開催は望めない。
あくまで、開催日時にこだわるのであれば、もはや「中止」にするしかなかろう。

マスコミ各社(NHK、読売新聞、朝日新聞、JNN、共同通信など)の世論調査が出た。
菅内閣の支持率が下がった。
JNNに到っては、前回比で約10%マイナスである。
ただ、他社の数字は、「下がった」割には「少なめ」。
「むしろ、下げ止まっているのでは」などという解釈も「可能」だ。
ただ、支持率が下がって喜んでいる訳にはいかない。
しかも、3か月以内には確実に衆議院議員選挙は実施されるのである。
ここに来て、「菅総理では選挙に勝てないから、新しい選挙の顔に代えるべきだ」という「菅降ろし」論が出て来た。
笑止。
はっきり言う。
現時点で、菅義偉以上の総理・総裁はいない、だろう。
現在の菅政権の「諸問題」は、「菅総理だから」といった個人的な欠陥、瑕疵とは言えない。
もし、安倍総理だったら「逆ギレ」して、失言、舌禍事件を起こしているだろう。
石破総理だったら、総理会見は行うがやたらとクドクドと長口上で、しかも頓珍漢。聞いている時間は、無駄でしかない。
岸田総理だったら、内閣官房長官やら自民党幹事長に半ベソで、「自分はどうしたら良いのでしょう?」と聞いて回っていることだろう。
野党の枝野などは論外。
2011年3月11日の東日本大震災や福島原発メルトダウンの時点から、危機管理対応能力として、全く「成長」も「学習」も「洗練」もされていない。
結論として、「現時点で最善の総理」でありながら、「この体たらく」であるという「残念な現実」である、ということである。
勿論、だから「現状維持で良い」ということにはならない。
駄目な政治的対処は、きっちりと批判しなくてはいけない。
現在の菅総理のままで行く、とすると、「選挙に勝つためには党の顔を変えるべきだ」という反駁が有るだろう。
ならば確認したい。
選挙に勝つため、というが、具体的には「どの選挙」なのか?
現在、菅総理交代論を口にする人が議論の前提にしているのは「衆院選に、いかに勝つのか」ということだけである。
実は、これは愚昧極まりない。
確かに、これから3か月以内には衆議院議員選挙が有る。
だが、参議院議員選挙も、約11か月後には実施されるのである。
ここで改めて問い直したい。
「衆院選と参院選、絶対に負けられない選挙はどちらか?」
解答は、参院選である。
よく、「参院選は、政権交代にならないので重要ではない」といった見方が有る。
違う。
参議院は、いくつかの点だけ衆議院が優越するものの、残りは「同等」なのだ。
だから、衆参が「ねじれて」しまうと、国政は「判断停止」に陥る。
さらに、参議院は「半数改選」で総選挙ではない。
しかも「解散」が無い。
だから、参議院選挙の「影響」は、少なくとも3年以上有する。
それに、マイナス十数議席以上の「惨敗」を期すと、その回復に6年、12年もかかる場合が有る。
一方の衆議院は、政権さえ失わなければ、いつでも「解散」可能である。
しかも「総選挙」だから、一気にひっくり返せる。
だから、極論を言うと、来年7月の参議院選挙で絶対に負けないためには、ここ3か月以内の衆議院選挙の勝利だけにこだわらない。
そういう、冷徹な戦略眼が不可欠なのである。
もし、仮に、菅総理を引きずり降ろして、大衆受けのする誰かを自民党の「選挙の顔」に据えた、とする。
衆議院議員選挙は、大敗しないで済む、だろう。
だが、政権の有り様が現在とほとんど変わらないならば、国民は「騙された」と感じて憤懣が鬱積することであろう。
すると、来年7月の参議院議員選挙に於いて、自民党は大惨敗するであろう。
特に、「定数1」の地方区と呼ばれる各県の選挙区で、野党候補に負けることになる。
衆参が「ねじれ」てしまった場合、早晩、政権交代をするしかない。
或いは、参議院の野党勢力を連立で抱き込むか、議員個人を1人1人切り崩していくかたちしかなくなる。
民主党が政権を2009年に獲得出来たのは2007年の参院選で衆参「ねじれ」国会に出来たからである。
また、2012年に自民党が政権奪還出来得たのも、2010年の参院選後に衆参「ねじれ」国会に持ち込めたからである。
要は、姑息で小細工な選挙対策をするな、に尽きる。
国民が真に渇望している政治的な対処を実行することこそ、唯一の選挙対策である。
それを「しない」「出来ない」というのであれば、後は何をやったところで、成果は望むべくもなかろう。

東京都議会議員選挙。
はっきり言って、予想外の結果。
都民ファーストの「大健闘」である。
事前の予想では、5議席から3議席まで「激減」する、と見られた。
ところが、1人区の青梅市選挙区でNHKの「当選確実」が出た。
NHKの出口調査などの予想で、20議席を超える、という。
まさに「大健闘」であろう。
一方の自民党であるが、2〜8人区の中選挙区で手堅く当選が予想されている。
だが、武蔵野市選挙区で立憲民主党候補の「当確」が出る、など圧倒的な勢いが感じられない。
一言で言えば、「無党派層が自民党を嫌った」ため。
雨天ということもあり、投票率が下がった。
だから、硬い支持基盤が有る政党が有利となる選挙になった。
だが、無党派層は自民党候補に投票しない。
何故か。
「新型コロナ禍」である。
投票日が近付くにあたって、日に日に新規感染者数が増加。
ワクチンの職域接種などが、供給が滞り、先が見えない。
にもかかわらず、東京オリンピックは開催されそうである。
これらの鬱憤が、アンチ自民党の空気となった。
だが、そのアンチ自民党の票は、一部は立憲民主党や共産党が受け皿と成ったが、多くが迷走した。
自民党には入れたくないが、立民や共産にも入れたくない。
そこで都民ファーストに投じられたのであろう。
立民、共産、共に20議席台は堅い、という事前予想も有ったくらいなので、予想よりも獲得議席を取りこぼしてしまいそうである。
さらに、「新型コロナ禍」で、公明党・創価学会の「選挙手法」が発揮出来なかった。
NHKの出口調査を見ると、公明党候補が軒並み落選。
かの藤井富雄(公明の幹部)の新宿区選挙区で落選の出口調査にはタマゲタ!
公明党は、「全員当選」を目標にしていたが、下手をすると5議席以上失うかもしれない。
創価学会や公明党内で「責任問題」が噴出する「非常事態」に成りかねない。
(※結局、公明党は「全員当選」。逆に自民党候補が煽りを食って落選、という選挙区が続出。)
この東京都議会議員選挙は、来る衆議院議員選挙の「前哨戦」とも言われている。
この選挙結果からすると、菅政権は「逆風」と言わざるを得ない。
さらに、深刻なのは、自民党を下支えしている公明党・創価学会の存在で、4年前と同じくらいの「票」を積み上げてもらえるかどうか見通せなくなってしまった。
公明党・創価学会の選挙協力を得てもらっても、立憲民主党と共産党、社民党などの「野党統一候補」に競り負ける可能性が高く成った訳である。
ならば、選挙に勝つためにはどうするべきなのか。
「新型コロナ対策」に尽きる、であろう。
ワクチンを徹底的に打ちまくり、新規感染者数を抑え込まない限り、自民党は勝てない。
下手をすると、「与野党伯仲」もしくは「少数与党転落」という惨状さえ想定され得る。
いやー、参った!

(追記)
何故、今回の東京都議会議員選挙で公明党が議席を減らしたのか?
この「新型コロナ禍」により、事実上、選挙用語で言う「地上戦」が出来なかった、ということではないだろうか?
「地上戦」とは、
戸別訪問
ミニ集会
座談会
という、「三密」といった感染リスクが高い選挙手法、ということになるであろう。
だから、今回は事実上、実施出来なかった。
あと、「電話作戦」。
電話でも、固定電話と携帯電話(スマホ)で、受け止め方が違う。
固定電話だと、「営業電話」がかかって来ても拒絶反応が少ないが、携帯電話だと、より個人のプライベートの度合いが高く、「営業電話」がかかってくると、「何で、この電話番号を知っているのだ?」という拒絶反応が出やすい。
また、若い世代は固定電話を引かないため、「電話作戦」の名簿の年齢構成が高齢者に偏って来ている。
さらに、近年の「オレオレ詐欺」といった固定電話宛ての詐欺電話が激増しているため、固定電話に「出ない」人が増えた。
そもそも「電話作戦」は、じかに有権者の反応を聞き取るところに醍醐味が有った。
電話口の反応で、得票数が固められたのである。
ところが、留守電ばかりだと、電話先の反応が解らない。
投票してくれるのか、見込みが無いのか、さっぱり解らない。
そろそろ「電話作戦」は、時代的な限界を迎えつつあるように感じる。
「地上戦」が出来ないと、ツテや人脈などで、票を囲い込むことが出来ない。
つまり、票を固め切れない、訳である。
すると、組織票が無党派層化してしまい、流動化してしまったのかもしれない。
公明党だけではなく、ベテランの自民党候補も惜敗しているケースが結構見受けれらる。
或る面、「新型コロナ禍」によって、昭和から継承して来た「選挙手法」が、一気に更新されてしまったのかもしれない。
今後は、より一層インターネットを用いた選挙が重要になってくることが予想される。
報道も紙の新聞や雑誌ではなく、スマホで読む時代である。
選挙をどのように戦い、得票に結び付けていくのか。
試行錯誤、暗中模索の過渡期に入っているのかもしれない。

支那に対して気の毒に思う。
何故なら、このままだと世界的に孤立しそうな予感がするのだ。
その元凶は、「あまりに戦略的過ぎる」点にあるだろう。
中華人民共和国の世界的な戦略は、極めて巧妙かつ緻密である。
「一路一帯」にしろ、
新型コロナウィルスワクチン戦略にしろ、
国連の諸機関(WHOやユネスコなど)対策にしろ、
「お見事!」と感嘆する他ない。
さすがは、「孫子の兵法」を生んだ国である。
だが、ここにきて、かつては中共の「金城湯池」と言えたアフリカなどから「恨み節」が聞こえ始めて来た。
「結局、最後は全部、中共が吸い取ってしまうのだろう?」
そういう事実に「気が付いて」しまったのである。
目先の損得勘定では、誠に有難い限りなのだが、
さながら「庇(ひさし)を貸して、母屋を取られる」感じに成って来た。
「善意による施し」ではなく、「高利貸し」でしかなかった。
そのように見られてしまってきている。
また、あまりに秘密裡で隠蔽体質であることから、さすがに欧米世界は「価値観を共有出来ない」と見切りを付けられ始めている。
軍事、安全保障の問題では、最早、警戒心を隠さなくなった。
経済・金融の分野でも、従来のようなフランクでフレンドリーな関係性は無理であろう。

さらに、悪手が続いている。

まずは、ウィグル問題。
確かにウィグルは中共にとって「国内問題」であり、「内政干渉」という認識であろう。
また、ウィグルでの住民運動を、「イスラム教過激派テロ活動」とみなして鎮圧して来たことは、アルカイーダやアフガニスタンのタリバンなどと対峙していたアメリカやロシアを説得しやすかった。
だが、ウィグルでの「統治戦略」は、イスラム教圏の諸国・諸地域に於いて敵対意識を生じさせるには充分過ぎたであろう。
今後、中華人民共和国は、アメリカや欧州と対抗していくにあたっては、
「有色人種」
「アジア・アフリカ」
といった「アンチ欧米」という「対立構図」を演出していかざるを得ない。
だが、その際に「イスラム教圏」が味方してくれなければ、「アンチ欧米」という「対立構図」は成り立たない。

そして、周辺諸国との軋轢(あつれき)である。
日本は勿論のこと、フィリピン、ベトナム、インドといった国々と領土、領海の問題で緊張関係に有る。
そのため、国境線で緊張関係が無いのは北朝鮮ぐらい、ということになるのだが、北朝鮮は中共に対して全幅の信頼を置いているのだろうか?
また、中共も「社会主義体制に於ける世襲」という北朝鮮の国家権力の「ありかた」などに対して、どこまで許容出来ているのだろうか?
今のところ、ロシアのプーチン体制とは上手くいっているようであるが、それも所詮はアメリカという「共通の敵」が存在しているだけの話。
かつて、日本の松岡洋右外務大臣がモスクワで日ソ不可侵条約を締結した際に、かのヨシフ・スターリンは、「我々は同じアジア人ではないか」と喝破した。
よくも言ってのけたものである。
ロシア人が自分たちのことを「アジア人」などと毛頭思う筈など有り得ない。
むしろ、ロシア人は「自分たちこそ、正統な欧州人」と信じ込んでいる筈。
現在の習近平との「連携」も、アメリカや欧州への牽制に過ぎない。
中華人民共和国の勢いが強くなり過ぎたと判断したら、瞬時に手のひらを反すことであろう。

今、中華人民共和国は、誰が敵で誰が味方なのか、訳が解らなくなっているのだろう。
その元凶は、「超大国としてのメンツ」である。
さすがにアメリカを凌駕したとは、まだ言えないが、既にアメリカに対抗可能な位置まで登り詰めた。
そのような自負が「メンツ」となってしまっているのであろう。
だが、それゆえにあまりに傲岸不遜な立ち居振る舞いが、世界中の反感を煽り立てている。
このままだと、「世界からの孤立」に成りかねない。

最後に、中華人民共和国は、本当に自分たちの味方が誰なのか、理解出来ていない。
中華人民共和国にとって、唯一、信頼出来得る「味方」は、日本しか有り得ない。
経済規模、科学技術、安定した国民秩序。
これらの好条件を保有し、連携可能な国家は、実は日本しか有り得ない。
にもかかわらず、日本に対しては領土問題、歴史認識問題など、徹底的に攻撃を加え続けている。
かつての日本人は、「戦争加害者」という意識を引きずっていたので、韓国などからの歴史認識問題で畳み込まれると沈黙してしまう傾向であった。
だが、7年にも渡る安倍政権、そして日本人の世代交代と意識の変化によって歴史認識問題で日本人を屈服させることは、最早不可能である。
むしろ、反感と反発を増加させ、「仮想敵国視」しやすい状況に「誘導」させてしまっている。

「東洋鬼子」と日本人を「悪しき権化」にプロパガンダするのも、一つの戦略であろう。
だが、欧米は、日本やインドを押し立てて「包囲網」を狭めていくであろう。
状況によっては、ロシアや韓国、東南アジア諸国も態度を一変させるであろう。

中華人民共和国にとって、日本との関係をどうするのか?ということが、早晩、「生命線」と成るであろう。
勿論、それは、日本にとっても重要な「選択の時」となる。
だが、今のままならば、日本は、欧米の「尖兵」として決戦する覚悟を固める他はなさそうである。
その選択が、どのような結果を生むのか。
そこまでは、さすがに自分も解らない。

久しぶりに書く。

現在(令和3年、2021年5月2日)、世界的に新型コロナウィルスの感染蔓延により、日常生活は一変してしまった。
「疫病」という「社会的脅威」は、既に科学文明によって「制圧」されていたかのように人類は感じていたのだが、それは大いなる錯覚に過ぎなかった。
2年前の2019年の秋頃に、中華人民共和国の武漢市周辺から感染がはじまりはじめ、翌2020年2月頃から東アジア全域から世界各地へと瞬く間に広がっていった。
この「疫病」という災厄は、人類の歴史を紐解いていくと、文明史的な転換を強いていることが理解出来る。
つまり、この新型コロナウィルスの「前」と「後」に於いて、全世界的な転換、変動は不可避である、ということである。
この新型コロナウィルスという災厄を契機として、マニアックな題材を論じていきたい。

「法華三十番神」信仰が有る。
これは、日蓮聖人による日蓮宗、法華宗の中で、日本の天神地祇をどのように位置付けるのか?という信仰である。
具体的には、法華経信仰をする者を、日本の天神地祇が「日替わり」でもって「守護」する、という信仰である。
この「三十番神」という信仰は、元来は天台宗の比叡山延暦寺から起こった。
天台宗の、しかも山門(比叡山延暦寺)の影響が伺えるのは、神々のリストの中に「赤山大明神」が入っていることからも言える。
「赤山大明神」は、日本の神ではない。
支那の道教の神、「泰山府君」のことである。
赤山大明神は、京都の赤山禅院で祀られた神であり、神社の神ではない。
渡唐した、後の天台三代目座主・慈覚大師円仁によってもたらされた「蕃神(ばんしん、外国の神)」である。
なお、比叡山延暦寺と対抗する寺門こと、三井寺(園城寺)は、天台五代目座主・智証大師円珍によって開かれたのだが、その守護神は「新羅明神」という外国の神である。
この、元来は比叡山延暦寺(特に横川の)守護神として誕生したのが「三十番神」信仰、とされている。

さて、話は変わって、日蓮聖人である。
日蓮聖人は、何故、「日蓮」たりえたのか?と言えば、既存の仏教の各宗派を全て批判したからである。
有名な「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」という「四箇格言」は、日蓮聖人を原理主義的で狂信的なイメージを想起させる。
だが、日蓮聖人は、単なる「怒り」の人ではない。
「公憤」と「慟哭」の人であった。
何故、感情を荒げて既存の各宗派を批判し尽くしたのであろうか?
それは、当時の日本が、ありとあらゆる国難・災厄に苛まれていたからである。
地震、洪水、嵐、旱魃、疫病と人々は過酷な国難・災厄に襲われて、虚しく死んでいったのである。
まさに「神も仏も有るものか!」と。
日本全国津々浦々には寺や神社が建ち、僧侶は読経や加持祈祷をし、神主は祝詞や祭文を奉りて神酒御饌を捧げていた。
「にもかかわらず」国難・災厄は立て続けに襲い来る。
「何故だ?」
そこで日蓮聖人は、「正しい祭祀、祈りが行われていないから、神も仏も無きが如き惨状に到った」と考えられたのである。
これが「神天上」という概念である。
「法華経の祈りをないがしろにしたせいで、守護神が天上に行ってしまったため、守護神が不在なのである」と。
さらに、日蓮聖人は、当初は阿弥陀仏信仰(浄土信仰)の批判から、禅、律、真言と批判を広げていき、最終的には法華天台の比叡山延暦寺まで批判をされる。
その論拠は、真言密教のように護摩の祈祷を重用しているためであった。
従って、日蓮聖人による「祈祷」は、護摩による「祈祷」ではなかったのである。
そして、日蓮聖人の後継者たちも、その「祈祷」に於いて護摩を修することは無かったのである。

日蓮聖人やその後継者たちによって、法華経に特化した信仰の宗派「日蓮宗」「法華宗」と後に呼ばれる流派が生まれる。
日蓮聖人は、比叡山延暦寺にてご修行され、また四天王寺や高野山など近畿の各霊場を巡拝、ご修行されてはいた。
だが、自らの主張を確立し、布教を始められたのは関東に戻られてからである。
そのご活動は、鎌倉や生まれ故郷である現在の千葉県などに限定されていた。
さらに、鎌倉幕府に処罰されて、伊豆や佐渡に流された。
そして、佐渡から鎌倉に戻された後は、甲斐の身延山にお入りになり、最期は武蔵の国、池上でお亡くなりになる。
京都などの西国に伝わってはいなかった。
特に、帝が居られる京都での布教は、宗派としての「宿願」であった。
そして、京都に於いて布教が始められた時、京都に於いては吉田神道が大きく影響を与え始める。
吉田神道というのは、語弊を恐れずに簡単に表現させてもらうならば、神道の理論や概念を新たに集大成しようという、野心的かつ革新的な宗教運動であった。
後に、この吉田神道は江戸時代の徳川幕府のお墨付きを得て、神道「業界」の「家元」的な存在となる。
「日蓮宗」「法華宗」の指導者たちは、信者からの依頼に応えるための「加持祈祷」の「システム」構築に迫られた。
先述の通り、護摩修行には進めない。
そこで、陰陽道や神道的な「加持祈祷」の「システム」を取り込んでいくのである。
その中で、日本の天神地祇の「オールスターキャスト」である「三十番神」を採用していくことは、不自然ではなかったであろう。
そして、「神天上」という概念が、逆転して活用される。
「正しい法華経による祈りが行われるならば、神天上となった日本の天神地祇が、逆に守護神となって最優先に守って下さる」と。
思えば、日蓮聖人は、日本の天神地祇を強く意識されていた。
「日本は、本来は神々が守り給う国である筈なのに、何故?」と。
それゆえに、「神天上」という概念に到達され、また、「神天上」の元凶が解決されたならば、真っ先に守護神と成って下さる、と感じたのであろう。

さて、神道の立場からするならば、「三十番神」信仰など「許し難い」。
神道の主祭神たる「大神さま」たちが、さながら「警備員」扱いされているよう。
国学者の平田篤胤は、「神敵二宗論」という著書で「一向宗と日蓮宗が神の敵である」と指弾された。
一向宗に関しては、親鸞聖人の「神祇不拝」という点をとらえてのことであろうが、日蓮宗に関してはどうであろうか?
自分のあくまでも独断と偏見であるのだが、日本の神々を「そのまま」取り入れたことが原因であろう。
いわゆる「本地垂迹」説は、実は、仏は仏であり、神は神、なのである。
ところが、日蓮聖人が著された「法華大曼荼羅」には天照大神と八幡神が、「そのまま」書かれているのである。
あくまで自分の「感覚」なのだが、日蓮聖人は、
「この日本に於いて、手を合わせる大曼荼羅の中に天照大神と八幡大菩薩が書かれていないのは不自然である」
とお感じになったのではなかろうか?
それは、仏教僧としての日蓮聖人としては、最大限の尊崇と礼拝の意が込められていたのではなかろうか?
確かに、神道の立場からすれば許し難いということになるのだろうが、しかし、この我が日本に於いて、天神地祇と仏教の仏や諸天善神の「関係性」や「構造」は、そんな短絡的なものではないように考えられる。

話は、大きく変わる。
人類は、かつて、幾度となく疫病の災厄に苦しめられた。
中世のヨーロッパにおける黒死病(ペスト)は、ローマ・カソリック教会の権威を失墜させてしまった。
その後、ルネッサンスや宗教改革が起こって、ローマ・カソリック教会の絶対性は相対化されていってしまうのである。
つまり、疫病によって宗教や信仰の「有効性」が破壊され、否定されてしまうという歴史的事実である。
実は、この現象は、日本でも起こっていた。
奈良時代の聖武天皇の御代に於ける天然痘(疱瘡)の大流行である。
当時、約300万人と言われた日本の人口のうち、約100万人から150万人が死んだ、という。
朝廷の閣僚、8人中5人が罹患して死去。
国家権力の中枢に位置していた藤原不比等の子供、藤原四兄弟が全員、死去した。
「続日本紀」をして、聖武天皇は「朕の不徳の致すところなり」と。
この疫病に対して、全国の山川各所に於いて、天神地祇に祭祀を行った。
だが、全く効果が見られない。
そもそも、天皇陛下が天下を統べるのは、神々から統治を命じられたからである。
つまり、一種の「王権神授説」である。
だが、その神々が天下万民を疫病の脅威から守ってくれない。
このような事態には、どのように対処したら良いのであろうか?
結論は、「新しい神を祀る」のである。
奈良県生駒郡に龍田大社が有る。
紅葉の名所で、古来より和歌に詠まれた。
だが、その龍田大社は、第10代崇神天皇の御代に於いて、数年に渡って凶作が続き疫病が流行したため、天皇自ら天神地祇を祀って祈願したところ、夢で天御柱命・国御柱命の二柱の神を龍田山に祀れというお告げがあり、これによって創建されたという。
この他、春日大社の「若宮」なども、新たに付け加えられて祭祀された神である。
聖武天皇は、「蕃神(ばんしん、外国の神)」として受け入れられた仏教を、「新たな国家の守護神」として据える決断を下された。
これが、いわゆる国分寺、国分尼寺である。
国分寺は、「金光明最勝王経四天王護国の寺」であり、国分尼寺は、「法華滅罪の寺」である。
日本全国に、
金光明最勝王経と法華経を祀る寺を建立して国家を守護しようとしたのである。
さらに、平城京の東大寺に毘盧遮那仏の大仏を建立することとした。
東大寺は、大和の国の「国分寺」である。
つまり、祭祀王たる「天皇」である聖武天皇が、疫病・天然痘から天下万民を救済するために、仏教の神仏を「守護神」として徹底的に取り込んだのである。
そこに、古来の日本の天神地祇を否定し、貶める意思は存在しなかったと自分は考える。
あくまで、「最新鋭の科学技術」を採用する、といった感触であったと思う。
逆に、仏教を大々的かつ徹底的に日本全国に取り込んだ結果、天然痘の脅威から奈良の朝廷に対する権威と権力が失墜する危機を防ぐことが出来た、ということに成るだろう。
そのような歴史的経緯を考慮していくならば、我が国・日本に於いて、神道の天神地祇と仏教の諸尊の「関係性」や「構造」は、短絡的な上下、優劣といったものと理解してはならないであろう。

少なくとも、自分の心の中に於いて、日本の天神地祇と仏教の仏や神々は、「みんな仲良く和合」している。
差異や違いをあげつらい、順番や序列を数え上げ、いがみ合い罵り合うことが、果たして良いことなのであろうか?
少なくとも、我々のご先祖は、千年以上もの長い長い年月の間、神々と仏たちを「みんな仲良く和合」して拝んでいた。
自分は、それが我々の「伝統」だと考える。



白井裕一
この投稿はFacebookコミュニティ規定に違反しています
以前も、フェイスブックから投稿に関して警告された。
それが、以下の投稿。
約6年前に投稿したものだが、明らかに、特定の語句を検索させて抽出していることが想定される。
やはり、機械的に検索をかけて、集中的に告発している組織が有るのだろう。

しかし、この投稿で「コミュニティ規定違反」というのなら、そんな規定は、
「どうかしている」。

この投稿はFacebookコミュニティ規定に違反しています
あなたの投稿について
2020年4月12日日曜日 13:55
あなたの投稿は他の人には表示されません。



2014年9月13日投稿
先程、読売テレビの「ウェークアップぷらす」を視聴した。
東電福島原発の「吉田調書」に関する朝日新聞の誤報に関して、詳細に取り上げていた。
だから、いわゆる慰安婦問題の「吉田証言」に関しては、少な目の扱い。
但し、自分としては得るところが多かった。
アメリカ外交官だったケビン・メア氏がゲストで出演していた。
さぞかし、先般のいわゆる慰安婦問題の「吉田証言」誤報の件で、朝日新聞をけちょんけちょんに云うかと思ったら、「朝日新聞を弁護する訳ではありませんが、」と切り出した。
そして、「いわゆる慰安婦に関する、強制性の問題に関しては議論しない方が良い。『河野談話』にしろ、クアラスミ勧告にしろ、いずれも『吉田証言』以外の証言や証拠に基づいているので、『吉田証言』が虚偽だとしても全否定は出来ない。この問題は歴史学者に任せるべきだ。」と。
ここで、「アメ公が何を云うか!」と激怒してしまってはいけない。
むしろ深刻に受け止めるべきだろう。
いわゆる、強制連行かどうかという事柄は、海外に於いては最早、論点になっていないようである。
女性に対して、本人の意思に反するかたちで性行為を強制されたという点が争点にされているようなのだ。
こうなると、いわゆる吉見義明をはじめとする、左翼人権屋の主張と大差が無い。
これは、左翼人権屋の長年の運動の成果によって、国際世論に深く浸透してしまったということを意味する。
「国際世論は、まだ歴史の真実を知らないから誤解しているのだ。」と考え、こちら側が粘り強く教導していけば、全部ひっくり返せるという考えが有る。
だが、これは、ひょっとすると認識が甘いかもしれない。
今や、国際世論は、「戦時に於ける公的売春行為」そのものを指弾しようとしている可能性がある。
勿論、「戦時に於ける公的売春行為」は日本だけが行ったものではない。
だが、こちら側の話法の持って行き方によっては、「日本人は歴史的事実を何とか言いくるめて否定しようとしている。いわゆる歴史修正主義ではないのか。」という印象を持たれかねないかもしれない。
このような現実認識に立った場合、戦い方を根本から考え直さないといけないだろう。
最終的には、過去に、政府が、国軍が関与したかたちでの女性の人権侵害が有ったことは認め、謝罪しなくてはいけないかもしれない。
但し、事実誤認が甚だしく、また、意図的に日本を貶めようとした恣意的な情報操作が為されたことを主張しないといけないだろう。
あとは、いわゆる慰安婦問題は、大昔の過去の歴史的な問題であって、現在・今日の日本に於いては、公娼制度も廃止され、慰安婦は存在せず、また私的売春に関しても拡大しないように努力していることを主張すべきかもしれない。
つまり、過去と現在を切り離すのである。
これは、条件闘争のようでもあり、姑息に見える。
だが、既に、そこまで日本人は国際世論に於いて、追い詰められているということなのだろう。
怒りの矛先は、国際世論に断じて向けてはいけない。
むしろ、今迄の我々、日本人の保守派の怠惰こそが責められるべきかもしれない。
「河野談話」に関しても、国内と海外で運動を使い分けないといけないかもしれない。
日本国内では、あくまで政府や政治家を突き上げる為に、「河野談話の破棄もしくは撤回」を主張する。
だが、安倍政権が「河野談話」について何も為さなくても、それが安倍政権批判に転化してはいけない。
また、河野洋平の国会招致を求めても、「河野談話」の瑕疵の酷さを印象付けることに留めないといけないかもしれない。
実は、「『河野談話』は撤回してはいけない。」という意見を聞いたことがある。
それは、テキサス親父日本事務局の藤木俊一氏からである。
「既に、『河野談話』は歴史的な事柄になっている。これをいじくることは、国際的には認められない。」というのだ。
その時は、「そんなもんかなー。」としか思わなかったが、今朝のケビン・メア氏の発言を聞いて、俄然、深刻に受け止めなければいけないと思った。
今後、左翼側が取ると予想される戦術は、我々保守派を「歴史修正主義者」と云うレッテルを貼って悪印象を植え付けようとするものだろう。
「歴史修正主義」というと、ピンと来ない方が多い。
だが、それは、事実上「ネオ・ナチ」認定に等しい。
「ユダヤ人のホロコーストは無かった。」というような、妄説を主張する、頭の異常な奴等、人種差別主義者でありレイシストであると決めつけたいのである。
こうなると、こちら側は全く望まないにもかかわらず、ユダヤ人や黒人の人権団体とことを構える構図に引きずり込まれてしまうかもしれない。
そんなこんなを考えさせられた。

フェイスブックからこういう警告が来た。
しかし、これで警告されたら何も書き込めなくなるね。
しかも、投稿して、6年以上も経過した大昔の投稿である。
多分、検索を機械で処理して組織的にフェイスブックに告発しているのであろう。
いわゆる「ネトウヨのアカウントをバンさせる」活動であろう。

あなたの投稿について
今日 18:18
投稿したコンテンツにコミュニティ規定に違反しているものがあるようです。Facebookでは、性的サービスの提供、性的な素材の募集、性的暴力による脅迫やその描写、性的な画像を曝露するという脅迫、未成年者が関わる性的なコンテンツは禁止されています。
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白井 裕一
2014年3月9日
ついに朝鮮人は「パンドラの箱」を開けてしまったようだ。
平成26年3月9日日曜日朝日新聞9面国際面掲載記事より。
(以下引用開始)
「韓国も謝罪を」
元慰安婦が要求
ベトナム戦争の性暴力
 韓国人の元日本軍従軍慰安婦と支援団体代表らが7日、ソウルで記者会見し、ベトナム戦争に参戦した韓国軍による「ベトナム人女性に対する性暴力や民間人虐殺」について、「韓国政府が真相を究明し、公式謝罪と法的責任をとるように」と訴えた。
 会見した元慰安婦らは毎週水曜、ソウルの日本大使館前で「日本政府の公式謝罪と賠償」を訴え続けている。支援団体関係者が2月にベトナムを訪れ、ベトナム戦争時に韓国軍から性暴力を受けた女性や、その子供らと面会。女性たちは「社会で蔑視され、苦しい生活を余儀なくされている」と訴えたという。
 元慰安婦の金福童さんは「同朋が犯したことは韓国政府が解決すべきだし、知らないふりはできない」。支援団体の尹美香代表は「私たちが望むのは慰安婦の悲劇が繰り返されないことだ。日本政府に求めるだけでなく、我々自ら平和をつくりたい」と話した。韓国軍のベトナム戦争参戦時の行為に関しては、故・金大中大統領が2001年のベトナム訪問時の首脳会談で「ベトナムの人々に苦痛を与えたことを申し訳なく思う」と述べた。(ソウル=中野晃)
(以上引用終了)
まず、朝日新聞のくせにw「こども」を「子供」と表記したことを褒めたいwww「子ども」って変な表現だもんね。
それにしても、”性暴力”って造語の巧みさというか、トリッキーさというか、悪辣さを痛感しますなぁ。
”性暴力”ってどういう定義なのかね?
旧日本軍の「慰安婦」は、公共売春だった訳で、しかも彼女らには高給が支払われていた訳だ。
一方のベトナム人の方は戦場に於ける“強姦”だ。
云って見れば、双方の合意の上での商行為としての和姦と、強姦を糞味噌一緒くたにして弾劾している訳である。
それを可能にしたのが、”性暴力”という造語である。
ま、「女性の人権」とやらをあくまで追求するのであれば、日本は駄目で韓国は良し、って訳にはいかないことになる訳だが、どうもこれには裏が有りそうだ。
と云うのは、ベトナム戦争(正確には第二次ベトナム戦争)の時期と朴正熈政権の時期が重なるからだ。
ベトナム戦争は1960年12月から1975年4月30日までで、朴正熈政権は1963年から1979年までなのだ。
見事に重なる。
これは、韓国の親北朝鮮・左翼勢力にとっては格好の攻撃材料であって、ベトナムの女性問題を契機として、朴正熈の娘である朴現大統領を糾弾しようという深謀遠慮であろう。
ただ単に、ベトナム人女性に対する同情や贖罪意識に突き動かされた言動と単純に評価しないべきである。
http://www.asahi.com/articles/ASG374Q7LG37UHBI028.html


この他にも、こんな投稿が駄目とされた。

字幕【テキサス親父】慰安婦は売春婦!証拠はコレだ!と親父ブチギレの巻!
【動画解説】 以前より慰安婦問題に関して様々な事を調べているテキサス親父が最近発見したネット上に上がっている1944年に報告された「尋問調書」に注目した。しかし、ネット上にある物の中には、捏造された物が多く存在し、その米軍の報告書とされている物が本物であるかという疑問を持った。 そこで、以前も竹島問題で「マッカー...

http://www.youtube.com/watch?v=ggQaYD37Jm4


第16回 「従軍慰安婦問題」
今回から従軍慰安婦問題です。韓国は世界の売春婦の供給国であり「売春させてくれ」と売春婦デモがおこる国だ。日本大使館前の慰安婦像について、韓国への財政支援スワップ5400億を削減して元に戻すとしても9900億円もの支援をするわけだ、最低限この慰安婦像といわれているものの撤去を条件にすべきだ。従軍慰安婦像は世界中に建...

http://www.youtube.com/watch?v=Qba5GFUf_pI&feature=share

月刊誌「文芸春秋」令和二年1月号で、数学者の藤原正彦先生の「英語教育が日本を滅ぼす」という論文が掲載された。

さすがは藤原先生の論文であり、読み応えが有った。

詳細は、当該記事をお読み願いたいが、これに関連して私見を述べたい。

 

自分は、現在、論議を呼んでいる「大学入試改革」に対して懐疑的であった。

その理由は、「改革」と銘打つ割りには「不徹底」であるからである。

そもそもの発端は、産業界から求められる「新社会人」の「能力」に関して、変化が見られたからである。

従来は、社会人に相応しい「教養」や「常識」を記憶し尽くして来ることが望まれた。

もしくは、「受験勉強」という一つに「勝負」に対して、自己管理や節制、受験勉強に関する計画性や実行性を「受験合格」という「結果」でもって判断し得た。

つまり、受験偏差値の高い大学入試に合格出来た学生は、記憶力や思考能力といった頭脳の機能の他に、受験に対して日常生活を構成し直し、忍耐と自律する精神性に於いても優れている。

だから、優秀な「学生」であり、優秀な「社会人」の候補生である、とみなされた。

しかしながら、科学技術の長足の進歩により、人間の頭脳の機能を機械で代用可能に成って来たのである。

計算能力がそうであり、記憶能力についてもそうなってきた。

それは、従来、優秀と見なされた人間の頭脳に関して、計算や記憶に関しては機械(人工知能、AI)でもって代替可能な状況を迎えつつある、ということである。

ならば、今後、従来のような高等教育によって育成され、社会に輩出された「新社会人」たちは、人工知能と「競争」する形に成る。

そうなった時、人工知能に敗れて、リストラされてしまいかねない。

今後は、人工知能に代替出来ない(もしくは、出来にくい)分野に於いて卓越した能力を持つ「人材」が必要とされてくる、と云う訳である。

だから、ただ単に、「記憶力」が良い、という人はあまり相応しくない、とされた訳である。

そこで、大学入試に於いても、予想問題と模範解答を丸暗記するような受験優等生に有利な試験ではないかたちにしたい、ということになった。

では、どのようなかたちが良いのか?というと「アクティブラーニング」思考する能力を試験したい、と云う訳である。

そのために、マークシート方式の選択問題ではなく、記述式の解答様式にする。

とりわけ、英語に関しては、読み書き、聴き取り、発声、などを総合的に試験したい。

ということに成った訳である。

 

ところが、「大学入試」に於いて、「一番重要な点」である「公平性」に於いて、保障出来なくなって来た訳である。

まず、英語に関してだが、一つの「組織」が出題から採点に到るまで全部一括で運営出来るところが無かった。

そこで、既存の民間教育組織に「外注」するかたちにした。

ところが、その「外注先」が複数以上に多く成ってしまった。

これでは、受験生全員一律に順位を付けることが出来ない。

何故なら、実施する「試験内容」が、バラバラになってしまうからである。

さらに、民間教育機関は、全国各地に全て受験体制を網羅出来ている訳では無い。

そして、受験費用に関しても金額に差がみられる。

ここらへんは「調整不足」「準備不足」という点でもあるのだが、根本的にバラバラの試験を受けさせておきながら、点数に関しては全国一律でもって総合的に合否を評価する、ということに無理が有った。

また、国語と数学の記述式の答案に関しても、採点者は「アルバイト」「非正規雇用者」であり、入試採点の専門家ではない。

ということは、採点者が過去の学識経験によって妥当な多様的な採点評価を行うことは困難である。

つまり、「模範解答」の「マニュアル」に準拠したかたちで、自動的に採点していく方式しか現実的には運営出来ない。

だが、「模範解答」をそのまま採点に反映させる方法であるのであるならば、それは「予想問題と模範解答を丸暗記する」という従来の受験勉強のやり方が一番確実である。

事実上、本来の「大学入試改革」の「目的」は達成されない。

結論として、「大学入試改革」としては無意味である、と云わざるを得ない。

 

さて、ここで考えておきたいことは、大学入試の前提として掲げられている「試験の公平性」である。

現在、日本の試験の「公平性」とは、受験者が例えば1000人いたとするならば、1番から1000番まで、それこそ1点刻みで順番が算出可能である、という試験である。

つまり、出された設問を解答した場合、正答であれば決められた点数が加点される。

誤答であれば、加点されない。

もしくは、減点されて加点される。(丸ではなく、三角、という評価)

だが、解答された「内容」がとびきり優秀であった場合でも、事前に決められた点数以上の点数は加点されない。

それは、設問に関しても、模範解答にしても、解釈の幅が生じ得ない、決まりきったことがらでなければ設定出来ない。

もし、「こういう解釈も有り得る」といった流動性が有り得るかたちであったならば、採点の際に明確な採点が難しくなってしまう。

だが、「決まりきったことがら」を設問し、解答させるような試験は、事実上、記憶力の機能に依存することがらばかりに成る訳である。

様々な不確定要素を、類推と思考の果てに仮説を導き出す。

こういう思考能力の発揮を求められる「試験」は、極論を云えば、「公平性」が担保出来ないのである。

つまり、本当の意味で思考能力を問う試験を設定するのであるならば、受験生全員の順位が1番から最終番まで、1点刻みに明確に算出することなど出来なくなるのだ。

畢竟、合否の判断は、試験者、採点者の主観と裁量に依存せざるを得なくなる。

それは、従来の「大学入試」に対する「認識」から大きく逸脱する代物に成らざるを得ない。

だから、「大学入試改革」を徹底させようとするのならば、「公平性」から脱却・転換せざるを得ない。

ところが、受験生も教育関係者も、この「大学入試」の「公平性」に対して、懐疑することも否定することも出来ていない。

「公平性を守る」ということは大学入試に関して無謬の要素である、と思い込んでいる。

この「公平性」にこだわり続けるのであるならば、自分は、「大学入試改革」なんぞまだまだ「時期尚早」であると断ぜざるを得ない。

 

自分は、「大学入試」に関する「公平性」は、既に破綻している、と考えている。

まず1点は、「推薦入学」と「AO試験」である。

実は、自分も「推薦入学」だったので、入学してから一般入試で合格した友人から「お前はずるい」と云われたことが有った。

確かに、指摘された通りで、少なくとも英語に関しては、自分は一般入試で受験したならば合格など出来なかったであろう。

だが、一般入試の合格者と推薦入学の合格者、入学後、同じ講義や学習カリキュラムが出来ないくらい「基礎学力」に格差が有ったであろうか?

少なくとも、自分の母校の某私立大学の農学部では、無かった。

自分も友人も同じように進級できたし、卒業も出来た。

あくまでも「大学入試」の「公平性」を厳格に云うのであれば、「推薦入学」や「AO試験」での合格者は、入学後に「日陰者」扱いされなくてはいけない。

だが、あまりに基礎学力が劣っている学生はともかくとして、大学に入学した後は、「大学受験」とはまた違った「ジャンル」の「ゲーム」が始まった、と理解するべきであろう。

 

さらに云うと、もう1点。

「大学入試」は、必ずしも「能力」を「評価」出来ていない。

例えば、20世紀に於いて「世界的な天才」と云えば誰を想起するであろうか?

パブロ・ピカソであろうか?

ロバート・マクナマラであろうか?

やはり、アルバート・アインシュタインであろう。

だが、かのアインシュタインは大学入試に「落第」しているのである。

本当は不合格であったのだが、大学側の教授が物理などの得意科目の優秀さを評価して、1年間、「補習学校」で学習させることを条件に、合格させたのである。

もし仮に、アインシュタインが大学受験に失敗して大学進学出来ていなかったならば、かの「相対性理論」も世に出ることは無かったかもしれないのである。

 

人間の能力、才能というものをどのように評価していくのか。

これは或る面、永遠の課題、と云っても過言ではなかろう。

例えば、日本の文学の名作で、人気の有る「三人」の作家がいる。

夏目漱石と太宰治と宮澤賢治であるという。

だが、宮澤賢治は、多分、生涯に於いて「原稿料」や印税収入をもらったことが無い人であったろう。

宮澤賢治が死去した時、彼の肩書は「作家」ではなかった。

土壌改良をする石灰の販売営業員だった、という。

宮澤賢治の作品が世に知られ、文名がとみに上がっていったのは死後のことである。

しかも、死の直前に、以前に自費出版した童話集「注文の多い料理店」を、岩波書店の創始者である岩波茂雄に宛てて寄贈しようとしたところ、拒絶されたという。

現在、宮澤賢治の著作は岩波文庫でも刊行されているし、宮澤賢治に関する研究著書だって多数、岩波書店から発行されている。

 

自分は、最早、従来のような「大学入試」という「選別方法」は不要である、と考えている。

そもそも、「大学入試」は何故必要であったのであろうか?

それは、大学側の受験生受け入れ許容量に限界が有ったからである。

つまり、東京大学に10万人、100万人の入学希望者がいたとしても、それらの受験生を入学させるだけの収容能力が無いからであった。

だから、3000人ぐらいしか入学者がいないのである。

ところが、今後、状況は大きく変わる可能性が有る。

例えば、バーチャル・リアリティの技術が進歩していけば、講義というものは距離と収容の制限が無く成る。

現在の衛星中継によるサテライト予備校の授業の「進化系」である。

つまり、東京大学教授の講義を聴きたい学生は、東京大学の本郷校舎の講義室に着席しなくても聴講が可能に成るのだ。

さらに、講義の「コマ」に関しても、「東京大学」にこだわる必要性が無く成る。

例えば、法学部であるならば、「民法」は東大の教授、「刑法」は中央大学の教授、その他にも京都大学や北海道大学などといった様々な大学の講義を自由に聴講することが「技術的」には可能になるであろう。

さらに、もっと云えば、同時翻訳機能が進歩すれば、ハーバード大学やケンブリッジ大学、ソルボンヌ大学といった世界中の大学の最高峰の教授陣の講義を聴講することが可能になるであろう。

そうなると、シラバスやカリキュラムも、膨大な講義のコマ数の中から、学生が自由に選択して編集することが可能になるであろう。

そうなった時、現在の「学閥」やら「出身大学」に於ける「選別」ということに、意味が無く成って来るであろう。

勿論、実験や実習のというカリキュラムの於いては「実験室」などの「現場」へ行かなければVRでは限界が出て来るものもあるであろう。

だが、その「実験」や「実習」のコマの選択は、「早い者順」であったり、「抽選」であったり、教官による「試験」によって選別可能であろう。

 

このような「新世代の学び」の世の中に変わった時、「大学」は、入学出来たことが問われるのではなく、卒業(もしくは、修了)出来たことが問われて来ることになるであろう。

或る面、そういう「大学」の方が、「学び」という点に関しては厳格で苛酷であるのかもしれない。

さらに、「大学」に関わる教育者のありかたも厳しくなるであろう。

事実上、「大学」の枠組みが消失してしまう訳であるから、狭い研究室や大学の教授会の「ムラ社会」の力関係だけで保身出来るような状況ではなくなる。

勿論、一般大衆受けしやすい教授やコマばかりに人気が集中し、「カルチャースクール」化してしまう学問的劣化のリスクは生じて来るであろう。

だが、現在の日本の「徒弟制度」としか云いようがないような大学組織のありかたは大きく変わることとなると感じられる。

 

今回の「大学入試改革」に於いて、問題であると考えるのは、「英語」を活用する必要性が増したからである、という理由付けである。

要は、卒業後の仕事に於いて「英語」を使うことになるから、「大学」の段階でしっかりと学習させておけ、ということなのであろう。

確かに、「英語」はグローバル社会のビジネスワークに於いて多用される言語である。

言語とはツール(道具)であり、英語を使いこなせなければ仕事が出来ない、ということであろう。

また、職場によっては様々な国や民族から成る人々のよって構成されていく。

そうなった時、英語を「共通語」「公用語」として使用しなければいけない、ということであろう。

確かに、そうである。

だが、それはあまりに表層的な結論である。

つまり、現在、ビジネスに於いて、英語圏の企業が取引額が巨大であるから英語を「共通語」「公用語」にしよう、と云うことに過ぎない。

ならば、仮に、コンピューターの「5G」世代の技術開発競争に於いて、支那がアメリカを圧倒し、支那が「世界の覇者」に取って代わったならばどうするのか?

多分、英語教育などかなぐり棄てて北京語の教育を大人から子供まで課そうという大転換が生じて来るであろう。

さらに、欧米やアジアの人口増加率が鈍化していき、人口の増加、若年労働人口の増大、天然資源の有効活用が可能に成った場合、ひょっとするとアフリカが急激な経済成長を遂げる可能性だって皆無ではない。

もし、仮に、アフリカが世界経済の「成長点」に浮上したならばどうなるのか?

英語教育ではなく、スワヒリ語でも教育させていくようになっていくのであろうか?

結局、そういう功利的な目的意識によって語学教育を行って行こう、そういうことであろう。

だが、それで果たして良いのか?

 

ことほど左様に、英語の「話す」「聴く」という能力を高めたいのならば、日本国内に居ては駄目だろう。

 「大学進学」する学生は、全員、英語圏の大学に留学させるべきである。

 優秀な学生は、アメリカやイギリスに。

 「それなり」の学生は、フィリピンやインドへ留学させれば良い。

そして、大学入試は、留学先の大学の試験を受験させれば良い。

 英語は言語であり、ツール(道具)である。

 「使い込む」期間が無ければ、身に付くものではないだろう。

 日本国内に居たら、日本語が英語の」「邪魔」に成る。

そんなに「英語」「英語」と云うのならば、乳幼児から英語圏の外国で育成したら良い。

そうすれば、見事にネイティブな英語使いに成れる。

だが、それで良いのか?

かつて、いわゆる「帰国子女」が就職に於いてとても持て囃された。

だが、現在は、かつてほど「帰国子女」「帰国子女」と云われない。

まあ、既に「帰国子女」の数が多く成って、珍奇な存在では無く成って来たということもあるであろう。

しかし、「帰国子女」に対しての「幻想」が冷めたことも有ると思う。

 「帰国子女」は、「日本人」ではないのだ。

 確かに「日本人」なのだが、育って来た地域の「外国人」の感覚なのである。

ところが、日本の企業などでは、「帰国子女」とは、価値判断や感覚は日本人そのものなのだが、語学力に関しては英語圏の外国人と同じ、という誤解が有った。

つまり「ご都合主義」だったのである。

 語学力が英米人と同じであるならば、その感覚も英米人そのものである、ということに何故思い到らなかったのであろうか?

 

一方で、携帯型の自動翻訳機器の技術進化が著しい。

勿論、現在は「単語対単語」という段階から、少し、抜け出たぐらいのレベルである。

とてもではないが、「自動翻訳」という段階ではない。

だが、人工知能やITの技術革新は加速度的であり、対数関数グラフのような急激な進歩展開が予想され得るのである。

ただ単に、「正確な」翻訳であるのならば、いずれ自動翻訳機がある程度のレベルまで機能してくれるかもしれない。

そうなった時、「語学教育」とはいったい何が求められていくのであろうか?

 

自分が歯がゆくてならないのは、今回の「大学入試改革」に関わった「頭の賢い」お歴々の「ことば」に対する「意識」があまりにお粗末であるからである。

「ことば」とは、文化なのである。

そして、自己を規定し、確立させるアイデンティティーの重要要素なのである。

さらに、「ことば」は論理なのである。

論理的思考を行うためには、「ことば」でなければ無理なのである。

勿論、数学や物理学のように、数式でもって理論構築と証明を行っていく方法も有る。

だが、数学の証明問題がそうであるように、「ことば」と「数式」は不可分ではない。

やはり「ことば」に対する読解力や表現力がなければ、人間は知能が確立出来ないであろう。

そこに、日本人の大多数が抱いていた「言語」に対する認識の甘さを感じる。

 「言語」とは、文化であり、日常であり、価値判断基準であり、感覚であり、論理なのである。

 他国の言語を学習する、ということは、自分とは違う文化や日常や価値判断基準や感覚や論理を学習する、ということに他ならない。

だからこそ、言語を学び、研究するということは素晴らしく、尊いのである。

 現在の我々に於いて、決定的に欠落していることは、言語に対する敬意であり、畏怖であろう。

それは、言語だけに止まらない。

 知性そのものに対しても、敬意と畏怖が無いのである。

だからこそ、言語や知性に対する憧憬の念も薄いのである。

 有るのは功利的な、欲得づくばかり。

そんなことでは、「教養」なんか無縁な「えせエリート」を量産するだけである。

 国内の無知蒙昧な大衆どもは、それでも平伏してくれるかもしれない。

だが、外国の真のエリートからは侮蔑されて「おしまい」である。

そこのところの危機意識は無いのであろうか?

 丁度、ODECの各国の学力比較で、日本は「読解力」が低下した、という結果が出た。

 読解力が駄目、ということは、そもそも「問題文」が読み取れない、ということである。

 問題がちゃんと認識出来なければ、当然、正答なんか出て来よう筈が有り得ない。

 読解力に問題が有る、ということは、そもそも「言語」に対する意識が無いのである。

まずは、言語に対しての意識をしっかりと持つべきであろう。

 

冒頭の藤原正彦先生の論文に於いて、やはり、「国語教育」の重要性を説かれておかれた。

自分も同感である。

現在、我々の社会に於いて、長い文章を根気よく読み解いていく、ということをしなくなってきた。

それこそ、ツィッターのような断定的な云い切り、決め付けの文句で表現することばかり。

確かに「寸鉄人を制す」と云う。

だが、ツィッターのような「短さ」では、とてもではないが論理展開など満足に出来得ない。

間違い無く、我々の「国語能力」は劣化している。

さらに「ことば」ではなく、「映像」でもって満足させてしまう方向に行っている。

確かに、「映像」の方が楽である。

だが、「映像」は「流される」のである。

享受されたかたちで「流されてしまう」のである。

しかし、思考というのは、立ち止まり、制止し、踏み止まっている「時間」が絶対に必要不可欠なのである。

それを軽視し、感覚や意識が鈍化していったならば、いずれ、物事をしっかりと受け止めて理解し、思考することが出来なくなってしまうであろう。

繰り返すのだが、まず、母国語で満足に読解し、表現することが堪能でないのならば、いくら外国語を学習し、駆使しようとしても無理である。

母国語以上に、外国語の能力は向上する筈が無い。

例えば、英語に堪能な人は国語も堪能な筈なのである。

もし、英語に比べて国語があまりに能力が貧弱であったならば、その人は言語に於いては「外国人」である。

つまり、その人の母国語が英語に成ってしまったのであるからである。

そして、国語を疎かにし、言語を軽視したならば、論理性が欠落して失敗・挫折するのは当然の帰結である。

藤原先生が「英語教育は日本人を馬鹿にしてしまう」というのは、あながち暴論ではない。

勿論、英語教育が駄目なのではない。

「英語教育」に浮かれ踊り騒いでいる「意識」が愚かしいのである。

 

最後にはっきり云わせてもらう。

現在のような軽佻浮薄な意識であるならば、「英語教育」も「プログラミング言語教育」も「亡国への誘導」でしかない。

まずは、言語に対して敬意と畏怖を持つべきである。

現在、韓国のムン(文)・ジェイン政権の対日政策に関して、既に日本人は気持ちが冷めている。

だが、それこそ1990年代ぐらいまで、韓国に関しては「贖罪意識」一辺倒であった。

かつて、1986年第三次中曽根内閣当時の文部大臣であった藤尾正行が月刊・「文芸春秋」誌に、「韓国併合は合意の上に形成されたもので、日本だけでなく韓国側にも責任がある」等の発言が掲載されて問題となった。

当時、歴史教科書の記述に関して、いわゆる「歴史認識問題」が議論されていた。

いわゆる「政治的失言」という扱いでもって「辞任」を求められたのだが、藤尾大臣はこれを拒絶。

そこで、「罷免」された。

当時の内閣官房長官は護憲・ハト派の後藤田正晴であった、ということも作用していたようである。

往時を知る世代としては、現在の状況に関しては、驚きと感慨を持たざるを得ない。

 

それはさておき、自分は、日本人が韓国からの「贖罪」「謝罪」の要請に辟易したのは、現在の文政権に成ってからでは無いように感じる。

それは、パク(朴)・クネ政権の時だったと感じる。

2013年の3月1日の三・一独立運動記念式典で、

「(日本と韓国の)加害者と被害者という歴史的立場は、1000年の歴史が流れても変わることはない」と演説した。

この演説をきっかけとして、韓国で「千年恨」という言葉が流行したという。

だが、これで、少なくない日本人の意識の中で、韓国に対する「気持ち」が冷め果ててしまったような気が、自分はしている。

つまり、今後、いくら日本側が「謝罪」を繰り返したところで、1000年先までも恨みは消えない、と云うのである。

幾らなんでも、この「感覚」に対しては日本人にとって違和感が強かった。

「じゃあ、もう、いくら謝罪を繰り返したところで、許してもくれないし、和解するつもりは無いのだ」と感じてしまったのである。

まあ、韓国人に限らず、世界に於いては、歴史に関しての「意識」というのは、日本人のように「過去を水に流す」などという甘ったるいものはむしろ「例外」なのである。

「恨み」は「恨み」として、ずっと抱き続けているのである。

ただ、日本人の「悪いところ」で、それまでは「日本人と同じ感覚」でもって「謝罪」を繰り返していた。

だが、この2013年3月のパク演説でもって、「韓国人と我々は感覚が違う」ということを痛感してしまったのであろう。

そこで、一気に「気持ち」が冷め果ててしまったのである。

それこそ今迄は、「同じ人間同士なんだから」といった「慣れ合い」の気持ちだったのが、明確に、「異物」という認識に一変してしまったのである。

そうなると、日本人はあっという間に冷淡に変わる。

さらに、2015年12月末に、電撃的に「日韓合意」を取りつけて、さらに10億円もの大金を送付した。

ところが、その受け取った10億円の基金はムン政権に成ってから「凍結」され、どのように使われてしまうのかさえ先行きが不透明な状態に成ってしまった。

これで、韓国に対しての「擁護」の声が日本側から出にくくなってしまったのである。

現に、うちの家人はアンチ自民党で、現在の安倍政権のやることなすこと、全部批判をしている。

ところが、そんな「アベ政治を許さない!」という人間でさえ、「10億円ももらっておいて、約束を踏みにじるような韓国は許せない!」と云っているのである。

だから、韓国で「これは反日ではなく、反アベ政権なのだ!」と云い換えたところで、最早、遅過ぎるのである。

 

韓国という国家、というか、韓国の社会は、現在の日本人の意識の変化をちゃんと受け止めていなかった。

だから、従来通りの「やり方」が、今回、全く通用しなくなって、狼狽しているのであろう。

日本人というのは、いったん気持ちが冷め果ててしまうと、もう、振り向いてくれないし、耳も傾けてくれなくなる。

韓国側は、日本人に対する「一線を越えてしまった」という観が有る。

ここは、いち早く意識を転換させて対日姿勢を変えない限り、どんどん事態は悪化していくと思う。

それは日本にとって悪いことでもあるのだが、韓国にとっては最悪の状況をもたらすことに成りかねない。

これは、まずいと思う。

奈良県護国神社へ御祈祷をお願いしました!

母の祈祷札
母が、長年苦痛であった整形外科の症状を解決するために、手術を行いました。
一応、全身麻酔をかけたりしますので、「手術成功」の御祈祷をお願いすることにしました!
そこで、お願いをして、奈良県護国神社で御祈祷をしてもらいました!
奈良県護国神社の御祈祷のお札は、紙札と木札が有ります。
自分は木札をお願いしました。
御祈祷のお札とお守りを拝受致しました!
なお、お守りは「厄祓い」「安産祈願」「交通安全」「合格祈願」「病気平癒」など、祈願内容別に対応したお守りがセットに成ります。
そして、お送り下さった御祈祷札とお守りを病室に持っていきました。
手術は無事に終了しました。
後は、術後の回復を待っているところです。
奈良県護国神社の御祈祷のお蔭で、手術そのものは無事に済みました。
奈良県護国神社のご祭神のご加護をいただいて、助けてもらいました。
この場を借りまして、心より御礼・感謝申し上げます!

来る令和元年10月22日火曜日(本年限りの特別の祝日)午前10時から、奈良県護国神社では秋季例大祭が行われます。
本年は、「令和」の「御代替わり」で、最初の例大祭と成ります。
また、10月22日は天皇陛下の即位礼が執り行われ、国内外にご即位を宣明されます。
そのため、奈良県護国神社では、秋季例大祭と併せて「即位礼奉祝奉告祭」が斎行されます。
本当は参列させていただき、参拝したいのですが、遠方ゆえ叶いません。
ですので、祝意と崇敬の「気持ち」を「かたち」としてお送りしたいと考えております。

韓国の文政権は、本当に何がしたいのだろうか?

日本に対して、過去の「戦争責任」を追及すれば「賠償金」がいくらでも、何度でも取れると考えているのだろうか?

そうであるとするならば、日本の社会の現状認識を間違えている。

現在の日本の社会に於いて、一昔のような「贖罪意識」は、相当、薄らいでいるのだ。

韓国や左翼たちは、日本に於いて「反動」や「歴史修正主義」「反知性主義」が蔓延している、という認識である。

それは、一部の極右の煽動によって広範な国民が騙されている、と云う認識なのであろう。

そうではない。

むしろ、逆である。

既に、戦前の生まれの世代はほとんどが死に絶え、良くも悪くも「日本が侵略した約十五年間のアジア・太平洋戦争」に関しての体験も知識も乏しく成っている。

それだけ、年月が経過して「遠く」成ってしまった。

かつては、反権力の立場から、反日・反天皇制というスタンスで、とにかく「日本が悪かった」という「贖罪意識」に染め上げられていた。

だが、「おじいさんやひいおじいさんの時代のことまで、何故、自分たちは責任を取らされなくてはいけないのだろう?」という素朴な違和感から、若い世代の中から「贖罪意識」にとらわれない状況が出て来たのである。

さらに、いわゆる左翼の論理が、無様に破綻していて、「批判する為の批判」でしかないことに気付かされた人々は、最早、左翼が高説する「贖罪意識」に従わなく成って来たのである。

そこへ、「日本は悪くなかった」という、保守派の論理が徐々に浸透して云った訳である。

だから、2010年ぐらいを境に、日本の社会に於いて、「もう、戦争責任を贖罪させられることに疲れ果てた」という心理が熟成されたのである。

もし、極右のプロパガンダによる煽動で国民が騙されているのならば、左翼側もよりプロパガンダ工作に注力すれば、失地を挽回出来ることに成る。

だが、そうは成っていない。

むしろ、左翼側はどんどん消耗していって、際限の無い後退戦を強いられている。

日本人の、特に若い世代に対して、いくら過去の戦争責任を追及したところで、かつてのような謝罪一辺倒の対処から大きく変わってしまっているのだ。

多分、中国共産党あたりは、この潮流の変化に気が付き始めていると思うが、韓国と北朝鮮は「まだまだやれる」という認識なのだろう。

「安倍政権が潰れれば、また、元に戻る」という認識なのだろう。

確かに、安倍政権が瓦解すれば、少なくとも現在のような「強硬姿勢」はやわらぐかもしれない。

だが、それこそ1990年代のような、日本人全体の「贖罪意識」は、最早、再現されないであろう。

日本人というのは、いったん肚を括ると、途端に意固地に成る。

今度は、意地でも譲歩や取引に一切応じなくなるだろう。

それが例え、日本の国益に反することに成ってでも、そうなるであろう。

自分はツィッターをやらない。

アカウントは有るのだが、ほとんど閲覧もしないし、自分からも投稿しない。
ツィッターは、よく「馬鹿発見器」と呼ばれる。
ツィッターによって、その「発信者」の頭の良し悪しが如実に露呈してしまうからである。
そう、自分がツィッターをやらないのは、「馬鹿がばれる」からwww

と云うのは嘘であるwww
自分が馬鹿なのは、既に、衆目の一致する周知の事実である。
だから今更「馬鹿がばれ」たところで、何のことはない。
では、自分がツィッターをやらない理由は何なのか?

それは、「短か過ぎる」から。

あの文字数制限では、論理展開が出来ない。

すると、どうしても、断定、決め付けの形に成らざるを得ない。

それが不快なので、自分はツィッターを自分から書かないし、他人のものも読まない。

自分がツィッターを使う場合は、「告知」や拙ブログ記事の「紹介」のみにしている。

現在の若者たちの多くが、ツイッターでもって「読み」「書き」していることに、自分は危惧している。

世の中や人情と云うのは、そんな単純にして簡潔で済ませられるものではない。

そう云えば、ビジネスの世界などで「1分で話せ」という課題が流行しているようである。

この意図は理解出来るし、その効用も否定はしない。

だが、何でもかんでも「1分で話せ」という枠にはめてしまうことに、自分は躊躇してしまうのだ。

 

そう云えば、日本陸軍・関東軍の参謀で、戦後は伊藤忠商事のトップとして財界で辣腕を振るい、中曽根内閣の「行政改革」などでもブレーンとして活躍した人物が居た。

瀬島龍三である。

ノンフィクション作家の保阪正康は、その論調は極めて左派・リベラル的であるものの、膨大な人数のインタビューを行って来た。

彼の著作の結論に対しての是非はともかくとして、彼が記した夥しい証言取材の記録は軽視してはならない。

その保阪正康が、瀬島龍三に対して、幾度もインタビューを行っている。

実は、瀬島龍三は大きな闇を背負っている。

大東亜戦争終戦時、彼は関東軍参謀として、ソ連軍との終戦交渉に立ち会っている。

だから、いわゆる「シベリア抑留」に関しての日ソ間の交渉について、知り得る立場にあった。

さらに、「シベリア抑留」中に、瀬島龍三は「東京裁判」のソ連の「証人」として法廷で証言をしている。

(個人的には、アガサ・クリスティーの「検察側の証人」を思い起こしてしまったwww)

だが、そんな瀬島龍三は、この「シベリア抑留」に関しての核心的な事柄には、ついに一切、証言することはなかった。

95歳という稀れに見る長寿を全うしたのだが、結局、彼は「シベリア抑留」に関しては「墓場まで持って行ってしまった」。

だが、瀬島龍三は、全く「シベリア抑留」に関しての証言を残さなかった訳では無い。

ただ、どうでも良い些末な事柄に関しては詳細な証言をするのだが、肝腎の核心的な事柄については一切、明確な証言をしなかった。

そういう意味で、やはり頭脳明晰であった、ということであろう。

また、瀬島龍三が、何故、戦中・戦後を通してその能力を評価されたのか?ということについて、保阪正康はこう説明している。

分厚いファイルいっぱいの膨大な資料を、紙切れ一枚にまで要約出来た、という。

これが、官僚としての能力の優秀さである、という。

 

確かに、「要約」することが出来る、ということは徹底した理解が無ければ不可能であろう。

つまり、「要約」の成立条件として、「理解」が担保されている訳である。

だが、注意しなくてはいけないのは、「要約」が、必ずしも「理解」を伴っていない場合が有ることである。

もっと云えば、「要約」というかたちを取りつつも、実際は「誘導」である場合が有り得る、ということである。

「要約」することによって、資料全体を読破してはじめて感じられる「雰囲気」「論調」と云うニュアンスが削ぎ落とされてしまう訳である。

そういう背景を考慮した場合、「要約」することを無批判に享受することが、果たして妥当なのであろうか?

 

勿論、自分のようなズルズルベッタリの長談義は、要領を得ずに解りにくいのであろう。

悪文の代表例みたいなものである。

だが、意を尽くしきれぬ、ということを読み手に感じさせてしまう、ということも時には必要なのではなかろうか?などと自分は思ってしまったりするのであるwww

 

ま、そんなこんなで、自分はツィッターをやらない。

そのうち、SNSからも撤退して、のんべんだらりと暮らしていくのかもしれないwww

韓国人・朝鮮人にとって「日韓併合」は、許せない過去なのだろう。
確かに、民族が南北に分断されている現状を思えば、憤懣やるかたないのであろう。
だが、「日韓併合」ではない場合は、どうなっていたであろうか?
ロシアか、支那に占領されていただろう。
当時の支那は、半ば内戦状態だったから、ロシア領になっていたかもしれない。...

もし、ロシアになっていたら、帝政ロシアから苛酷な重税が課せられていたろう。
ロシア革命後は、シベリア出兵のように、日本軍が攻めて来ただろう。
さらに、ソビエト連邦になれば、かのスターリンの大粛清が猛威を奮ったであろう。
第二次世界大戦が始まったならば、日本軍は、ヒトラーに呼応して、朝鮮半島へ攻め寄せたであろう。
そして、日本が敗戦した後は、再びスターリンのソ連になり、日本軍の占領下にいた、指導的な立場の人間は、全員、粛清されていただろう。
但し、その結果、南北に分断されることなく、プーチンのロシアになっていただろう。
勿論、「国語」はロシア語になっていた。


これが、支那に占領されていた場合は、第二次世界大戦開戦まで、軍閥や国民党、共産党が 相い争う際限の無い内戦状態が続く。
そして、日本軍に攻め込まれる。
日本敗戦後は、国共内戦となり、毛沢東の中華人民共和国になる。
朝鮮戦争は起こらないが、大躍進政策やプロレタリア文化大革命の猛威が吹き荒れることになる。
勿論、南北に分断されることはないが、習近平の中国共産党支配下になる。
「国語」は北京語になっている。
さらに、漢人が大量に植民されて、同化政策が徹底される。
そのうち、自分たちは「漢民族」という意識に転換させられてしまうだろう。


無論、日韓併合が無ければ、満州事変なども起こらない訳だから、日米開戦も無かったかもしれない。
とはいえ、日韓併合ではない場合の朝鮮半島は、現在のような南北分断にはなっていなかったであろうが、「赤化統一」されていたということであろう、
日韓併合を、あくまで否定する人は、今まで想像してきたような朝鮮半島を望んでいる、ということになるのだろう。

自分は、奈良県護国神社を崇敬している。

だが、だからといって、奈良県護国神社「だけ」が繁盛すれば良い、とは思っていない。

日本全国には、50社以上の旧内務省指定の各県の護国神社が存在している。

なお、北海道と岐阜県には3社、島根県や広島県、兵庫県には2社存在するなど各都道府県に1社存在する訳ではない。

また、神奈川県は、戦時中に空襲で焼失してから再建が為されず、唯一、旧内務省指定の護国神社が存在していない。

(現在、篤信の有志が、神奈川県護国神社の御再建に向けて、地道な活動を為さっておられるとのこと)

靖国神社は、良きにつけ悪しきにつけ、人々の耳目を集めている。

しかし、各県の護国神社に対しては、あまり関心が向けられていない。

自分も東京で生まれ育ったせいで、各県の護国神社に対しての認識が無かった。

だが、大阪に転勤し、地方から東京を見る状況に身を置いた時、護国神社を参拝することの尊さにようやく気が付かされたのである。

東京近郊の方はともかく、遠方の土地に居住される方々にとって、靖国神社はとても遠方に在る。

だが、戦争で亡くなられた方々の霊魂は、云わば、我々にとっての「ご先祖さま」であり、血縁関係であろうとなかろうと、やはり、きちんと拝まさせていただくべきものであると自分は感じている。

だが、現在、護国神社は、お社によっては、なかなか法人運営にご苦労されておられるところも有ると云われている。

地方の人口流出や経済活動の沈滞など、各県の状況はなかなか厳しい。

神社やお寺、墓地などの維持管理運営さえ不安な状況と成って来た。

各地域の氏神、産土神といった神社も、維持が難しい状況でもある。

しかし、護国神社は「氏子」が無く、いわゆる「崇敬者」のみによって支えられている。

護国神社へ心を寄せる人がいなくなってしまえば、護国神社の祭祀は途絶してしまうかもしれない。

また、現在、各家の先祖代々のお墓でさえ、「墓じまい」というかたちで撤去、処分する動きである。

護国神社に対しては、本当に厳しい状況である。

ただ、「お墓参りをしない人は、うわべだけの人」という分析が有る。

目につく表面上のことしか気に留めず、見えないところは放置してしまう性分の人が居る。

だが、そういう人は軽佻浮薄であり、じっくりとお付き合いをする人とは云えない。

やはり、目に見えない部分をきちんと意識して、ちゃんと対処している人というのは、お付き合いさせてもらうに相応しい人であると思う。

勿論、オカルトに傾倒して、非現実的な人であっては駄目なのだが。

そう考えてみると、過去の歴史認識や戦争の惨禍といったことがらはともかく、亡くなった方々の霊魂に対して、きちんと敬意を示すことを怠るような社会や時代に成ったならば、その将来は危うい、と云えると思う。

そういう意味で、全国各地の護国神社を、何とか「風化」させずに、祭祀がちゃんと行われ続けるようにしていかなくてはいけない。

そこで、それぞれの皆さんに関わり合いの有る護国神社を、どうか意識されて大切に護持していくようにお願いしたいのである。

各人には各々、関わり合いや御縁の有る護国神社が必ず存在する筈であり、気が付かない人は是非、見つけてもらいたいのである。

各人の出来る範囲のことがらで充分なのである。

そして、そこから、きっと「良い流れ」が生まれていくのだ、と自分は確信している。


来年がはじまって、すぐに、大学入試が行われる。

来年から大学入試「改革」が実施されて、特に英語教科について、大きく変化する。

それに際して、民間業者からの「出題」と「採点」を採用しようとしているのだが、はっきり云って、ちゃんと実施出来るのかどうか疑わしいレベルの体たらくである。

 

こんな状態であるならば、大学入試は「出来ない」だろう。

何故なら、日本人にとって「試験」は「客観的公平性」が絶対視されているからである。

つまり、仮に1000人受験した場合、1番から1000番まで、きちんと明示出来るようでなければ「納得しない」のである。

いくつもの民間業者から「出題」され、「採点」がされる。

それで、「試験」の「公平性」が保証出来るのか?

甚だ心許ない。

現在の日本の社会に於いて、「試験」は「公平性」が絶対である以上、こんな現状では、「試験」として成立しないであろう。

 

ただ、自分は、いわゆる「大学入試」が従来通りのままであって良いとは考えない。

何故なら、我々の「社会」が激変しているからである。

そもそも「教育」とは何か?

それは、子供たちを「理想の大人にするための行程表」なのである。

つまり、その社会なり、国家なり、共同体なり、組織なりにとって「理想の大人」像に仕立て上げるためのロードマップが「教育」なのである。

だから、「社会」が激変している以上、「社会」が求めている「理想の大人」像も否応無しに変わらざるを得ない。

当然、「教育」も現状維持のままで良い、と云う訳にはいかなくなる。

もし、「社会」が大きく変化していっているのに、「教育」が不変であったならば、「社会」が必要としている「大人」と「教育」によって育成される「大人」に齟齬が生じてしまうであろう。

その齟齬が、まだ些少な状況であるならば、「社会」に出てから微調整を施せば対処が可能である。

だが、その齟齬がどんどん大きくなってしまったならば、「需要」と「供給」に乖離が生じてしまうことに成る。

「社会」の方が、「教育」に対して、「もっと社会に合致した教育にしてくれ!」という要求が出て来る訳である。

 

では、何故、「社会」が激変しているのであろうか?

それは、科学技術の進歩による。

具体的に云えば、人工知能(AI)の加速度的な技術革新による。

つまり、技術の進歩により、人間の「能力」の「需要」が変化した訳である。

 

例えば、かつて目に見えた「もの」を、あたかも「ありのまま」のように描きだす技術は得難いものであった。

また、同じ「もの」(図形であったり、文字であったり)を「そのまま」写しとることは、やはり、難しかった。

ところが、写真や印刷の技術が発明されると、人間の能力はそれらは機械によって代用されて、「需要」の重要度が下がったのである。

計算もそうである。

かつては、算盤や暗算が出来る能力は重宝された。

だが、電卓が発明されてからは、算盤や暗算の能力の重要性は低くなってしまった。

それらと同様の状況が、もっと広範囲に及びはじめている訳である。

勿論、写真や印刷や電卓が発明されたからといって、必要とされる人間の能力はゼロにはならなかった。

それは、今後もそうであろう。

だが、従来、必要とされ、重要視されていた「能力」が、あまり必要とされなくなっていく「傾向」には、間違い無く成って行くであろう。

 

20世紀の社会とは、大量生産・大量消費、少品目・多量生産という傾向であった。

だが、今後は、少量生産・少量消費、多品目・少量生産という傾向に変わっていくであろう。

それは、化石燃料を主としたエネルギー源の枯渇への危惧やエネルギー消費による深刻な環境破壊という背景がある。

これは、規定された計画を正確に遅滞無く遂行する、という傾向からの脱却を意味するであろう。

これからは、多様化した要求に対して臨機応変に対応していく、という傾向であろう。

そうなると、決まりきった「ことがら」を丸暗記して正確に遅滞無く作業する、という業務よりも、ゼロから企画を生み出し、試行錯誤と臨機応変な対応を果断に行い続けていく、という業務に転換していく傾向に変わっていくのではないだろうか?

そうなると、「減点採点法」のような、ミスや間違いが無い、正確性よりも、いかに瞬時に本質的な対処を行えるのかが重要になっていくであろう。

だから、順番や表現の不適切さは致命的な欠陥とはみなされなくなっていくであろう。

まさに「拙速は巧遅に勝る」と云うことに成るであろう。

そのように価値判断基準が転換してしまったならば、正確さや正答への固執は、かえって悪影響を及ぼしかねない。

多少の粗相は目をつぶって、より効果的な対処を瞬時に、果断に繰り出して行く事の方が重要と成っていくかもしれない。

 

これは、「試験」そのものの「ありかた」が問われていくことであると思う。

既に、我々は、そこまでラジカル(根源的)な段階まで突入しているのではないだろうか?

となれば、「教育」に関しても、「大学入試」に関しても、ラジカルでドラスティックな変革まで踏み出さなくてはいけないのではないだろうか?

 

そもそも「大学入試」は何故、必要であったのだろうか?

それは大学に「定員」が存在したからである。

教室やキャンパスの収容人数には「上限」が有ったからである。

東京大学や京都大学、早稲田や慶応義塾といった大学に、志望者が全員入学させようとしたらキャパ・オーバーに成ってしまう。

その大学の「教育」の「質」を維持出来なくなってしまう。

だから、「定員」が設定され、「定員」から超過した人数を「落とす」ための「入学試験」が設定された訳である。

しかし、全国の大学が一元管理、可能であるならば、受験者の大学教育に必須な学力を試験するかたちでも問題が無いのではないだろうか?

いわゆるフランスのバカロレアなどはそういう「りくつ」であろう。

それは、志望する大学のための入学試験、ではなく、大学進学するために必要な学力を有しているかどうかの入学試験、ということになる。

それは、「免許」の「試験」に近くであろう。

だが、受験生の学力には差が有る。優劣が有る。

そして、優秀な学力を持った学生と、そうでない学力の学生を「同じ」カリキュラムで教育させていくのは「不可能」であるとされた訳である。

そこで、優秀な学生が進学する「優秀校」と、そうではない学生が進学する「それなりに校」wwwに大別されていった訳であろう。

 

だが、これからはどうなるのか?

まず、そもそも、「通学」する必要性が有るのであろうか?

既に、インターネットの動画配信で「講義」は視聴が可能である。

レポートの提出と添削は、メールで充分であろう。

課題図書や資料の貸し出しや閲覧は、ネットでの検索で事足りる。

ゼミナールのディスカッションも、チャットやTV会議で可能であろう。

いわゆる、実験や実習以外の科目は、最早、「通学」せずに「自宅」や車中などでも充分、実行可能であろう。

そうなれば、物理的な「定員」という限界は、最早、消失してしまうのではないだろうか?

つまり、ただ単に科目の「単位」を取得する、ということが「大学教育」である、とするならば、最早、「通学」も「下宿」も必要不可欠ではなくなるであろう。

さらに、VR(バーチャル・リアリティ)の技術が進歩すれば、その度合いはさらに強まっていくであろう。

 

これは、インターネットに接続出来れば、大学教育を受けられる、という状況である。

この状況に於いて、殊更に「大学入試」を設定して、受験生の優劣を1番から最終番まで提示する必要は無いのではないだろうか?

 

「大学入試」に於いて、「客観的な公平性」が絶対であったのは、「本当は合格し、入学出来ていた受験生が、不合格にされて進学出来ない」という「不正義」が有ってはならない、ということであったと感じる。

だが、「大学の定員」が、ほぼ「無制限」という状況に成れば、殊更、「大学入試」に於ける「公平性」が要求される重要度が下がっていくであろう。

今後は、数学に於いてはトップクラスであるが、地理に関しては劣等生、という学生でも、その教科ごとのレベルに対応したカリキュラムをインターネット上から選択して受講すれば、科目単位を取得することは可能であろう。

極端な話し、或る科目は東京大学で単位を取得し、或る科目は中洲産業大学で単位を取得する、ということも可能に成るであろう。

そうなったならば、最早、「出身大学校」でもって学生を評価する、という「ありかた」ではなくなっていくであろう。

 

勿論、「大学教育」は、「講義」や「ゼミ」、「レポート提出」だけではない。

やはり、実際に人と人とが出会い、同じ場所で同じ時間を「共有する」ということからでないと「学び得ない」ことが存在すると思う。

まさに「同じ釜の飯を食う」、「裸の付き合い」といった人間関係、交流の中から学び得ることは大きいと感じる。

 

だが、「そこまで」大学教育の「ありかた」が変わった状況の中で、従来の「大学入試」の「ありよう」を議論したところで、それにいかほどの意味が有るのであろうか?

確かに現状の「大学入試」のままでは、時代に取り残されてしまうであろう。

だが、かといって、民間業者の試験を導入したぐらいで、今後、ますます加速度的に激変していくであろう現代社会に於いて、何の足しに成るのであろうか?

それこそ、ペーパーテストでもって受験生を絞り込んで行く、という「前提」それ自体から脱却していく必要性が有るのではないだろうか?

それには、「大学入試」だけではなく、「高校教育」の「ありかた」とその評価に関しても議論していくべきであろう。

 

現に、アメリカの難関私立大学は、高校時代の成績と諸々の活動などを吟味し、さらに面接を課して、合否を決めている。

だが、その合否の決め方は、「公平性」が乏しいように見える。

けれども、「大学入試」による合否の選別も、実は「公平性」が担保されていない。

何故なら、既に、「推薦入学」している学生が、相当な割合で存在しているのである。

だから、日本の「大学入試」に於いて、「客観的な公平性」は、或る面、破綻している、と云っても過言ではないのかもしれない。

 

今迄、長々と駄文を書き連ねて来たのだが、「大学入試」は、最早、数か月後に実施が迫っている。

原理原則論でもって議論していたならば、とてもではないが、来年は間に合わない、であろう。

ならば、どうすべきなのか?

今のような、不完全な英語の入試であるならば、自分は英語の科目だけ入試を削除した方が良いだろうと思う。

事実上、英語の科目入試を「免除」するかたちになる。

これは大問題である。

しかし、現在のような不完全なかたちであるならば、実施した後、必ず、不具合が続出するであろう。

その際に、「不合格」とされた受験生に対して、どのように対応するつもりなのだろうか?

かといって、今年と同じような入試形態を、現時点から慌てて設定し直しても、最早、間に合わないであろう。

そうであるならば、「英語」の「科目」は「無し」でいくしかなかろう。

もし、英文科や国際学部のような英語の学力をシビアに評価する必要性の有る学校・学部は、独自に過去の問題集などから再編成した入試を課していくしかないだろう。

 

大学受験生諸君には、甚だ迷惑千万であろうが、「所詮、この世はままならぬもの」と諦観してもらいたい。

或る面、これは「社会勉強」であり、「人生のほろ苦い教訓」に成るであろう。

とても気の毒であるし、誠に申し訳けないとは思うのだが・・・

奈良県護国神社にお願いをして、母の御祈祷をしてもらうことにした。

母が、整形外科の「手術」をする。

長年の腰と臀部(お尻)の痛みを、根本的に解決するための「手術」である。

内科系の手術ではないので、多少、気が楽ではあるのだが、やはり「手術」は「手術」である。

何がどうなるか解らない。

そこで、自分が崇敬している奈良県護国神社で、母の「手術成功」の御祈祷をお願いした。

自分は、御祈願や御祈祷は、なるべく靖国神社や護国神社でお願いしている。

そうすることで、靖国神社や護国神社を財政的に下支えすることにも成る。

そして、やはり、自分にとって常日頃から崇敬している神社やお寺にお願いするのが一番、自然であろう。

 

そう云えば、先日、自宅の庭の灌木を伐採してしまった。

やはり、草木とはいえ「生命」である。

殺生をしてしまった以上は、然るべき「対処」をさせていただこうと思った。

奈良県護国神社では、「お浄めの砂」を頒布して下さっている。

本当は、参拝した上で拝受させていただくのが筋である。

だが、これも無理をお願いさせていただいた。

奈良県護国神社から「お浄めの砂」をお送り下さり、庭の伐採した灌木の跡に撒いた。

自分の気のせいなのかもしれないが、樹木を不用意に伐採すると手足に「障り」が出て来るようである。

よく、「ご神木」と呼ばれるような巨木に刃を入れると、実作業の従事者である植木職人や木こり、更に「持ち主」に「障り」が出て、最悪の場合、生命まで取られることが有ると云う。

やはり、「地鎮祭」などの神事や仏事は、無視してはいけないと思う。

 

奈良県護国神社には、本当にお世話になっており、大変恐縮している。

来月の10月22日には、秋季例大祭が斎行される。

残念ながら、参拝は難しいのだが、感謝御礼の気持ちを込めて「玉串料」だけでもお送りさせていただこうと思っている。

ビートたけしが「TVタックル」でもって、コメントをしたという。
「日韓関係がこんな状態なのに、TV局で韓流ドラマを放送しているなんて」と。

たけしも焼きが回ったな。
別に、韓国ドラマが放送されたところで、それが何?
それとも、韓国ドラマを視聴したら、それで現在の韓国の文政権に対して融和的に変化してしまうのか?
もし、そうなら、韓国ドラマが悪いのではなく、それで政治意識や歴史認識が 影響されてしまう人の「頭が悪い」のではないのか?
本当に、毅然とした態度がとれるのなら、
韓国ドラマを見ようが、
Kポップを聞こうが、
真露やマッコリを飲もうが、
タッカルビを食べようが、
微塵の揺るぎも生じない筈であろう。...
つまり、所詮、日本人の「毅然たる態度」なんてものは、「そんなもん」ということを吐露してしまった訳だ。

たけし、機を見るに敏だから、日和ったな。

糟糠の妻と別れるなど「老いらくの恋」でもって、どうもビートたけしの行状が「らしくない」。
耄碌しちゃったの?
何だか哀しいし、寂しい。

それはともかくとして。
自分が危惧していること。
韓国に対して、毅然と対応するのは、日本の国益と国民の生命と財産を守るため。
だが、「状況」が変わったら、どうする?
その時、あくまで、日本の国益と国民の生命と財産を守ることを「最優先」することを貫き通せるのだろうか?
「日本の国家よりも、憲法9条が大事」とか、...
「国益や国民の生命・財産よりも、名誉を死守すべき」などと、興奮することになりはしないか?

(でも、こういうコメントをすると、途端に「いわゆる保守派」からは石が飛んで来るwww
つくづく、保守派から追放されてホッとしているwww)


自分は、いわゆる「失われた世代」に対して、行政や企業が全面的に救済すべきであるとは思わない。

やはり、自助努力はしなければいけない。

だが、いわゆる「自己責任論」でもって、今迄、あまりに行政や企業が現実逃避をして放置し過ぎていた。

だから、敢えて救済論に偏るかたちで書いている。

ただ、「弱者」というのは、「情報弱者」であることがほとんど。

例え、努力して頑張っても、それが間違っていたり不充分であったりすれば、やはり成果は上がらないのだ。

どうも日本人は、「正誤」や「善悪」の二元論で断じることが多過ぎる。

「正しい」か「正しくない」か、という座標軸の他に、「巧拙」という座標軸が存在すると自分は感じるのだ。

だから、悪戦苦闘している人に対して、「お前は駄目だ」「お前は正しくない」という批判ばかりを叩きつけると、反発したり、意気消沈してしまったりする。

場合によっては、「正しいけれど、下手くそなんだ」「間違っていないけれど、不充分なんだ」という指摘をしなければいけない、と思う。

話しは戻るが、「失われた世代」を、全部丸ごと救済することは不可能であるし、行うべきでもない、と思う。

ただ、ピンポイントで効果的なアシストは絶対に行わないと駄目だと思う。

「失われた世代」は、日本の社会に於いて、それなりの割合と規模を有する。

自分が危惧しているのは、「失われた世代」が50歳代や60歳代にまで年齢が上昇した時、循環器系などの重篤な成人病を発症することである。

現在は、かろうじて自活出来ていても、脳梗塞や心疾患などで半身不随の状況に陥り、さらに初期治療が為されずに不可逆的な症状が重くなってしまえば、最早、社会福祉として面倒をみなければいけない状況に成るだろう。

現在、貧困ゆえに食生活が偏り、住居や衣服に関しても不充分な環境にあれば、風邪といった病気も医師に診てもらうことを断念し、薬店の販売薬さえ購入せずに我慢するしかない人もいるだろう。

そして、どんどん病状が悪化し、或る時突然、昏倒して病院に担ぎこまれるような事態に成るかもしれない。

そうなってからでは遅過ぎるのである。

成人病を予防するような方向へもっていかなくてはいけない。

ただ、健康と云うのは、将来に対しての希望が持てなければ意識を持てないと思う。

半ば自暴自棄の絶望的な状況に有った時、飲酒や煙草といったストレスを紛らわせる対象に依存したくなってしまうであろう。

だから、「酒や煙草に溺れるような奴は馬鹿だ」と断じたところで、何の解決にもならないのである。

「もっと美味しいお酒が飲めるように成りましょう」

「もっと美味しい煙草が吸えるようにしていきましょう」

といった切り口から、生活の見直し、人生の立て直しをはかっていかないといけないと思う。

「失われた世代」だけでも2百万人は下らないだろう。

その大群が、一気に要介護5といった重篤な障害を発症するような状況に陥ったら、日本の国家は内側から支えきれずに崩れ落ちてしまうであろう。

緊迫する安全保障問題対策も重要であるし、少子化対策だって軽視してはいけない。

だが、最早、中高年に突入してしまった「失われた世代」をピンポイントで補助していなければ、日本の国家、社会の底が抜け落ちてしまうと思う。

ただ、いわゆる「希望者を全員、正社員にすべき」や「最低賃金を高額にせよ」というのは不可能であると思う。

日本の企業や社会の「組織」のあり方そのものが、今、激変しようとしている訳で、1960年代に確率されたような「正社員」像は、最早、維持出来ないだろう。

自分は、ただの派遣労務者だから、具体的な改善策を提示することは出来ない。

だが、強いて上げるとするならば、せめて「居住」に関しての補助であろう。

一つは、「家賃補助」であり、公共による寮の整備である。

とにかく、ネットカフェや貸しコンテナ倉庫を「住居」にするしかないような状況下の人は、早晩、路上生活者に堕ちてしまう。

ただでさえ、人手不足が深刻化するにもかかわらず、一方で「働けない」人が出てしまうのは、情けないことである。

まずは、心身の健康を損なわない程度の最低限の救済を早急に整備しておくべきだと愚考する。

斉藤緑雨という明治時代の小説家が居る。

今では、彼の代表作が何なのか知る人はほとんどいない。

だが、彼は尽力しなければ、かの樋口一葉が後世まで広く知られることは無かった。

つまり、現在の5千円紙幣の肖像をもたらしたのは、斉藤緑雨と云うことに成ろう。

 

斉藤緑雨の小説は知られていないのだが、彼が当時の新聞紙上に掲載したアフォリズム(警句集)が、今日まで知られている。

「ギヨエテを、俺のことかとゲーテ云い」というのは、実は斉藤緑雨の手によるものであった。

その他にも、痛快なものが多々有る。

「貧を誇るは、富を誇るよりもさらに卑し」

「人は常に機会を待てども、機会は遂に人を待たず」

「鏡は悟りの具にあらず、迷いの具なり」などなど。

(なお、衒学趣味の押井守監督は、かの映画「イノセンス」にて、「鏡は・・・」の警句を引用している)

 

その中で、自分が馴染み深いのが、これである。

「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。衆寡敵せずと知るべし」

やはり、文学にしろ、本や雑誌は売れなければいけないのである。

 

あまり論じる人を見受けないのだが、出版も立派な「経済活動」である。

やはり、売れなければ駄目なのである。

かつて、いわゆる保守系の書籍や雑誌は、本当に入手が難しかった。

そもそもが売れないから、近所の中小の書店で見かけることが無かった。

何しろ、産経新聞だって、自宅に取っている家庭が少なかった。

自分が小学校の頃の多摩ニュータウンでは、図画工作の授業で使うために「家から古新聞を持って来て下さい」と云われて、見てみると、朝日、読売、毎日、日本経済といった新聞は目に付いた。

しかし、産経新聞は、東京新聞よりも少なく、しんぶん赤旗よりも下だった。

ちなみに聖教新聞は、連載新聞小説「人間革命」などを切り抜いて保存するために、そういう家庭の子弟は持って来なかったようである。だから、目にした記憶が無い。

それくらい、保守系の言論媒体は「売れなかった」。

だから、保守的な言論は、「売れない」「無視される」「批判されても、反駁が周知されない」ますます「駄目扱いされる」、といった「悪循環」に陥っていた。

「諸君!」も「正論」も「サピオ」も、好事家だけが読むような、「趣味の雑誌」か業界雑誌みたいな扱いだった。

ところが、「月刊WILL」が創刊された頃から、次第に、いわゆる保守系の書籍が売れるように成って来た。

今では、「月刊WILL」や「月刊hanada」は、書店で平積みされて、2週間も経つとほぼ売り切ってしまっている。

かつて、政治や歴史などの専門書の書棚に行くと、ほぼ全てが左翼系の書籍で占めていた。

だが、今では、保守と左翼系で、ほぼ半々である。

図書館の司書や出版社の編集者の多くが左翼シンパであるように、書店の販売員もその多くが左翼シンパである。

事実、小川榮太郎先生の朝日新聞批判の書籍は、自分の行きつけの書店では、あまり目立たないところに配置されていた。

一方、左翼的書籍は、敢えて目立つ場所に置かれていた。

しかし、左翼的書籍は、売れ行きが悪いので、いつの間にか「返本」されて見かけなくなってしまうのである。

「月刊WILL」や「月刊hanada」は、最早、確実にはけていく「売れ筋商品」であるため、否応無く、目立つところに配置するしかなくなっている。

 

そう考えてみて、今、一部で話題と成っている、映画「主戦場」であるが、それも「この視点」で考察してみたら、面白いと考えた。

この映画「主戦場」というのは、日系アメリカ人のミキ・デザキという人物によるものである。

元々はユーチューバ―だったそうだ。

ユーチューバ―で、いわゆる「言論人」に出世したのは、「テキサス親父」こと「トニー・マラーノ」である。

彼は、アメリカの保守層の「一般人」の典型であり、その論説がニューヨークやロスアンゼルスなどの「民主党・リベラリスト」ジャーナリズムばかりを「アメリカの世論」もしくは「アメリカの良識」と思い込まされ続けていた日本人にとって、とても新鮮であったのである。

当初、自分が「テキサス親父」の存在を知ったのは、西村修平を通じてだった。

西村修平は、シーシェパードなどのアンチ捕鯨運動に関して、対抗運動にも注力していた。

そのいきさつで、「テキサス親父」を喧伝したのであろう。

だが、「テキサス親父」と彼をプロデュースしている藤木俊一は、西村修平と距離を置いた。

これは賢明な選択であった。

それから、夕刊フジにコラムを短期連載したり、来日して講演会を開催したり、書籍を出版したり、「言論人」としてのキャリアを形成出来た。

他にも、ユーチューバ―から「言論人」として認められたのが、KAZUYAである。

彼も書籍を出版し、週刊新潮でもコラムを連載している。


一方の左翼系はどうであろうか?

ほとんど存在していない。

強いてあげられるとするならば、リチャード・コシミズ(爆笑)ぐらいであろうか?

勿論、朝日新聞や「世界」、週刊金曜日などには、「それなりの若手言論人」が輩出されてはいる。

だが、そのほとんどが「大学准教授」といった研究職である。

つまり、「筆一本」では生計が成り立たないのであろう。

現在、左翼のブレーンのインキュベーターなのは、アカデミズムである。

つまり、大学やその系列の研究機関が、かろうじて左翼のブレーンたちを養っているのであろう。

 

そう見てきて映画「主戦場」のミキ・デザキの「立ち位置」はどうであろうか?

はっきり云って、日本で稼ごうとは考えていない、と感じる。

では?

多分、韓国と中華人民共和国であろう。

かの藤岡信勝先生が言及されておられるように、江川詔子が「保守系言論人とインタビューするテクニックを知りたい」と思った訳である。

長い間、保守系の言論人は、マスコミやジャーナリストから「取材」をされ、それに快く応じた結果、歪曲されたり、「ご都合主義」でもって「コメントを切り刻まれる」といった酷い仕打ちを受け続けていた。

だから、左派的な思想信条の持ち主からから取材を持ちかけられても、一切、謝絶することが多く成った訳である。

そういう状況の中で、ミキ・デザキは、自らの思想信条などの「背景」を伏せたまま、巧みに「映像」をせしめた訳である。
多分、他の「監督」だったら、これだけの「オールスターキャスト」を収められることは不可能であったろう。

現在、日本国内で於いて、いくら朝日新聞や週刊金曜日がヨイショしたところで、その興業結果はたかがしれていよう。

かつて、「言論弾圧だ」何だと話題に成った、映画「靖国」も、さほど興業的には数字が出なかったと感じる。

だから、ミキ・デザキの「主戦場」も、日本国内での「あがり」は、期待出来ない。

しかしながら、これにハングルや簡体漢字の字幕を付けて、韓国や中華人民共和国で上映すれば、反応は違ってくるであろう。

ソウルや北京、上海などでは一躍「時の人」に成れるかもしれない。

 

アメリカの下院議員に、日系のマイク・ホンダという政治家が居た。

だが、彼は、「票田」として韓国系の市民の支持が欲しかったから、徹底して「反日」のスタンスを取った。

ミキ・デザキも同じであろう。

ひとくちに「日系人」といっても、「日本」に対する「意識」は一様ではない。

そもそも、生粋の「日本人」でさえ、反日で自虐史観に没我してしまうのが多数存在する訳である。

「日系アメリカ人」が、「日本」に対して、さながら悪意を感じさせるような立ち居振る舞いをしたところで致し方なかろう。

それだけ、我々「日本人」が、あまりに「ウブ過ぎている」ということであろう。

いろんな意味で猛省すべきことが多い、と痛感する。

今日は、令和元年8月31日である。

曜日の配列の関係で、9月1日は日曜日。

だから、「新学期」は9月2日から始まる学校が多いだろう。

 

9月1日は、かの関東大震災が起こった日である。

東京を中心に、大勢の人命が失われた。

だが、今や「9月1日」は、多くの子供達が自ら命を絶つ、そんな日に成ってしまった。

 

振り返れば、自分は小学校から高校まで、毎年、8月の下旬は憂鬱であった。

8月31日は、毎年のように泣きながら過ごした。

夏休みの宿題を一気に片付けようとしていたからである。

時折、今年のように、曜日の配列のお蔭で9月に入ってから「新学期」が始まる年が有ると、とても有り難く思ったものであった。

まあ、それこそ、7月から計画的にペース配分をして宿題に取り掛かっていれば「泣きながら、やる」なんていう醜態にはならない。

だが、そんなに自律的に日常生活を制御出来るような子供は、そんなに数は多くない。

 

「夏休み」というのは、1か月以上も連続する「非日常」の期間である。

週末や連休といった「長さ」では、意識しなかった「日常」への違和感を覚えてしまう子供達が出て来てしまう。

それこそ7月上旬まで、ごく当たり前のように「登校」することが「日常」であったのが、「夏休み」という長期の「非日常」を過ごすうちに相対化されて、懐疑と不安が生じて来る。

また、緑の木々が繁茂していくように、セミやクワガタなどの昆虫が成虫に成って飛び回るように、子供達も心身共に「夏休み」の期間を通して成長を速めている。

心身の成長によって、今迄、見えなかったことや感じられなかったことを意識するように成って来る。

そうなると、最早、「何も解らない」状態には戻れない。

何故?

どうして?

そういう気持ちが湧き上がって来ることを抑えつけられなく成って来るのだ。

 

子供が成長する、ということは、生物として激変していくことでもある。

だから、子供達は絶えずアンバランスで不安定な状況に有る、と大人が意識しておくべきであろう。

大人に取って、子供達は「扱いにくい」代物であるし、一方、子供達も刻々と成長していく過程で、自分自身を持て余していく「意識」に捉われていくのだ。

 

そういう「危うさ」が、ぽっかりと陥穽と成って口を開く「瞬間」が「9月1日」なのであろう。

 

さて、自分は世間一般から見れば「駄目人間」である。

現在、「無職」であるし、50歳手前の大人として、恥ずべきものである。

だが、そんな「駄目人間」の「先輩」として、「新学期」の初日を絶望感でもって受け止めている子供達にエールを送りたい。

 

「新学期の学校へ行きたくない」という「気持ち」が生じて来たならば、まず、自分自身でその「気持ち」をしっかりと見つめ直すことである。

何故、学校へ行きたくないのか。

宿題が終わっていないから?

友達と喧嘩してしまったから?

クラスに行ったらいじめられるから?

教師とそりが合わないから?

クラブ活動に付いて行けなくなったから?

学習カリキュラムに付いて行けなくなったから?

家族(特に親)との関係が悪いから?

それとも、「何となく漠然と行きたくない」から?

 

もし、学校へ行こうとして「苦しい」と感じたならば、それは、結構、問題は深刻であると理解してほしい。

逆に、「何だか、気分が乗らない」といったレベルで済んでいるのならば、勇気を奮い起こして、とにかく学校へ行ってみることである。

やはり、「苦痛を感じる」ということは、何かしらの問題を抱えているのだと思う。

 

もし、学校へ行くことが「苦しい」のであれば、やはり、他人に相談するべきである。

それも、自分が想定可能な、出来得る限りの多くの人に相談すべきである。

まずは、両親。

祖父母や兄弟。

友達。

教師(クラス担任、クラブの顧問、保健室の先生など)。

塾や習い事の先生。

SNS上の「友達」。

「こども電話相談」。

これら、多くの人々へ、自分の「苦しみ」を相談してみることである。

自分の「苦しみ」を、自分だけで抱え込んでは決していけない。

 

勿論、両親は「とにかく頑張って学校へ行け」と叱り付ける場合も有るだろう。

また、「こども電話相談」のカウンセラーは、「苦しかったら無理をしないでも良い」とアドバイスしてくれるかもしれない。

相談する相手によって、回答がまちまちに成るであろう。

だが、その中から、選んでいけば良いと思う。

 

ここから先は、より具体的な話しをしたい。

 

もし、「宿題が終わらないから学校に行きたくない」と思っているのならば、まずは、出来るところまで宿題を終わらせよう。

そして、学校へ行って、「すいません。宿題が出来ていません」と謝ることである。

よく、「宿題なんか、別に無理してやらなくても良い」と無責任に甘言する大人がいる。

「駄目人間」の先輩としては、この甘言に乗っては絶対にいけない。

「宿題をやらなくていい」ということを認めてしまったならば、これからの人生に於いて、逃げたり、投げ出したりすることに成るからである。

ここは、歯を食いしばって踏ん張ることである。

勿論、「宿題が出来ていない」という事実は覆らない。

また、「夏休み」を過ごすことと、宿題をやることは、「セット」である。

これは、学校や教師との「約束」である。

この「約束」は、出来得る限り守らなくてはいけない。

そして、もしその「約束」を破ってしまったのならば、その責めは当然、甘受しなくてはいけない。

人間というのは、骨身に沁みないと思い知らないところが有る。

だから、「宿題が出来ていません」と云って登校し、大いに叱られ、大いに嘲笑され、大いに恥じて、大いに反省するべきである。

そして、「来年の夏休みこそは、ちゃんと宿題を終わらせるのだ!」と決意すれば良いのである。

 

新学期、登校することに「苦痛」を感じる場合は、深刻である。

その場合は、「とにかく頑張れば何とかなる」と云う訳にはいかない。

「頑張ならなくてはいけない」訳であるが、正しく、効果的に「頑張らなくてはいけない」。

物事には、何事も、原因が有り、根拠と理由が有る。

だから、何故、登校することに「苦痛」を感じるのかを、きちんと精査、分析しなければいけない。

 

そして、どうしても「学校へ行くことが苦痛である」というのであれば、緊急避難として「学校へ行かない」という選択が有る。

だが、「学校へ行かない」という選択は、あくまでも「通過点」であり、「最終目的地」にしてはいけない。

取り敢えず、新たな「第一歩」を踏み出すためのモラトリアム(執行猶予)と意識すべきである。

ただ、「学校へ行きたくない」から「行かない」で済ませてしまっては、勿体無い。

家でゴロゴロしていても良いのだが、そこで自分自身を内省する「期間」であると意識して欲しい。

例えば、いじめを受けていたとするならば、自分自身を鍛えていくことである。

いじめられる、と云うことは、自分自身に自己肯定感や自信が欠如していることから起因することが多い。

だから、取り敢えず、徹底して身体を鍛えてみることである。

ボディビルをはじめて筋肉量が増えれば、肉体的な暴力には対抗出来る。

また、精神的ないじめに対しては、読書である。

法律や心理学から始まり、小説や歴史書を徹底的に読み込んで行けば、いじめに耐えられるだけの精神世界を広げられる。

また、いじめを受ける「日常」とは異なる、別の自分の「居場所」をつくることである。

それが、スポーツや格闘技のジムであったり、図書館であったり、音楽やダンスのスタジオであったり。

それらは、或る種の逃避と代償行為であるかもしれないのだが、自室にこもって鬱々としているのに比べれば遥かに良い。

 

自分は高校1年から高校2年に成る時に、「留年」の危機に直面した。

苦手科目の英語の成績があまりに悪過ぎたからである。

クラス担任教師は何もしなかったのだが、自分が入っていたクラブの顧問の先生がとても心配して下さって、わざわざ保護者面談を設定してくれた。

こういう時、母は動転してしまって腰が引けてしまった。

代わりに、父が勤めを休んで保護者面談に行ってくれた。

そこで、父はこう云ったそうである。

「息子の祖父、つまり自分の父は、旧制高校で好きな教科しか勉強しなくて、最終的に放校処分に成りました。

云わば、隔生遺伝でしょう。

それに、長い人生において、1年2年の回り道は大したことはありません。

落ちるのであれば、どうぞ、落っことしてやってください」と。

そして、帰宅してから「おい。先生には、こう云っておいたぞ」と云われて、自分は納得してしまった。

最終的に、自分はギリギリ留年をしないで済むことに成り、進級出来た。

だが、自分は、本当なら「留年」していた筈であるし、大学進学も本当は出来ていない人間である、と自覚している。

 

新学期の登校を「苦痛」に感じる子供達へ。

君たちは、まだ、生れ落ちて間もない。

だから、もっと生き永らえるべきである。

また、ここまで生きてこれたことは、全て両親をはじめとした多くの方々のお蔭なのである。

生きている間に、その恩義に必ず報いなくてはいけない。

中には、親子の問題で苦しみ抜いている子供達もいることであろう。

だが、人生は長いし、世間は広い。

自分のようなポンコツが云うのも何であるが、人生は何度でもやり直しが出来る。

そして、生きていれば多くの苦しみも降りかかってくるのだが、喜びもまた多く感じられるのである。

やはり、生を受けた以上は、死ぬその瞬間まで、全力で生き抜いていくべきであろう。

 

それと、世の中には、自分が感じている以上に多くの方々が、あなたの存在を喜ばしく感じているのである。

だから、短絡的に死に急いでしまったならば、本当に多くの方々を悲しませることに成るのだ。

 

まずは、生き永らえることである。

そして、生き永らえたならば、より良く生きていくことを目指していこうではないか?

あなたがたよりも40年近く「駄目人間」として生き続けて来た自分が、駄目人間なりに励ましの言葉を贈らせてもらっている。

この拙文やこの拙文を書いている自分を嘲笑することはいっこうにかまわない。

だが、読者である、あなた自身については、絶対に嘲笑したり絶望してはいけない。

 

頑張っていきましょう。


産経新聞の「正論」コラムで、「大きな曲がり角にある英語教育」 文化功労者、慶応義塾学事顧問・安西祐一郎(令和元年8月29日木曜日)が掲載された。

これは、≪自ら表現する力に弱点≫と見出しが付けられた。

『今年の文部科学省「全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)」で中学3年生に初めて英語4技能(読む、聞く、書く、話す)の調査が実施された。

その正答率は「読む」56・2%、「聞く」68・3%に比べ「書く」46・4%、「話す」30・8%が低かった。

問題の難易度などにも依存するので慎重な見方が必要だが、自分で表現を創り出す「書く」「話す」が低正答率であることは見過ごすことのできない点だ。』

とある。

現在、巷では、「2020」と云えば、「東京オリンピック・パラリンピック」がもっぱらである。

だが、2020年には、大学入試に於いて大きな「改造」が為される。

特に、英語に関しては、リスニングや発音などが重視され、従来の公共機関による大学入試問題作成と採点ではまかないきれず、民間業者へ委託していく、ということも予定されている。

「英語」が、大学入試で大きくその質的な変革が目指されたのは、「英語」の「語学力」に対する社会的な必要性がますます重要となり、とりわけ、より実用的な「英語」の「語学力」の需要が高まってきたせいであろう。

かつてのような「教養」としての「英文学科」と云うよりも、「言語ツール」としての「英語学科」としての意味合いが社会的に、(もしくは時代的に)求められているからである。

 

だが、ここで指摘されている「問題点」は、実は「英語」だけの「問題点」ではない、と気が付くべきである。

筆者の安西先生は意図的に「英語学力」のみに、論点を限定させているのかもしれないが、この産経新聞「正論」コラムで指摘されている「問題点」は、もっと深刻に考えるべきであろう。

この≪自ら表現する力に弱点≫という「指摘」は、大学入試の「改造」(敢えて、「改良」という言葉を使わないwww)のもう一つの柱である、「アクティブラーニング」にも関わる重要な指摘である。

つまり、従来の「知識詰め込み教育」からの「転換」を目指している訳であり、「知識吸収偏重」から「思考する能力の育成」を目指すということである。

それは、具体的には「インプット(入力)」の教育から「アウトプット(出力)」の教育ということであろう。

 

自分は、そもそもが、この「パラダイム設定」がナンセンスであると呆れ果てているのだが、それは、ここでは詳述しない。

 

この「インプット」から「アウトプット」へ、という「傾向」に着目していくならば、≪自ら表現する力に弱点≫というのは、何も「英語」という「教科」に限定されない、ということにすぐに気が付く筈である。

考えても見よ。

今、我々の「日常」に於いて、「自らを表現する」ことに対して、どれだけ「求められている」であろうか?

学校教育に於いては、いまだに教師が生徒に対して「一方通行」の「講義」を浴びせかける「座学」である。

つまり、延々と続けられる「インプット」の時間、である。

また、例え、「発表」なり「自説開陳」の機会が与えられたとしても、そこには絶えず「査定」が為される。

そこで重要視されるのは、「自分の意見を主張する」ということであっても、「いかに模範解答に接近させていくのか」という生真面目さである。

これは、「同調圧力」であろう。

例えば、熱心な日教組の教師の授業であるならば、その「クラス」での生徒の「主張」は、平和と人権と平等を左派リベラリズムの論理に合致したものでなければ評価されない。

どこかの国会議員のように、「武力によって奪われた領土は、再び戦争によって勝ち取らなければ戻って来ないのではないのか?」という「主張」をしようものなら、徹底的に「指導」されることとなろう。

つまり、「英語教育」に於いて≪自ら表現する力に弱点≫ということではない。

「英語教育」以前の、「国語教育」に於いて≪自ら表現する力に弱点≫なのである。

何故、そういうことに成るのか?と云えば、それは、日本のあらゆる社会や日常に於いて、「自らを表現し、自説を表明することを忌避させる同調圧力」が支配しているからである。

「空気を読め」という「マイルドな強制」は、まさにそうである。

 

いわゆる「アクティブ・ラーニング」という「教育」に対して、自分が懐疑的なのは、我々日本人自身が、心底、「アクティブ・ラーニング」の「能力」を求めているのかどうか信じられないからである。

そもそも、学校教育や家庭教育に於いて、子供達に自分の思いをちゃんと吐き出させて、さらにその上で、大人たちがしっかりと受け止めているであろうか?

そうでなければ、子供達や生徒達に対して「アウトプット」の方法論や技術を指導することなどしないだろうし、出来る筈など有り得ない。

そして、「もの云えば、唇寒し、秋の風」と云った「異論封殺」「同調圧力」の「空気」が蔓延していたならば、やはり「アウトプット」なんか為される筈がなかろう。

 

今、我々の社会に於いて、単なる流行や気分でもって「アクティブ・ラーニング」が持て囃されている。

だが、教育の場に於いて、特に大学入試対策として「アクティブ・ラーニング」を「学習させられる」のならば、それは「出題者の意図を忖度、配慮して、模範的な解答を、さも、自分のオリジナリティーのように修辞して表現すること」しか生まないだろう。

だから、自分は、いわゆる「アクティブ・ラーニング」の教育カリキュラムに変わったとしても、「教育者」の意識が従来通りであるならば、現在と大差の無い結果に成ると思う。

また、仮に、教育の現場、学校の「内部」で、めでたく「アクティブ・ラーニング」が「構築」されたとしよう。

だが、学生たちが大学教育なりで身に付けた「アクティブ・ラーニング」は、社会に出た時点で、年長者たちからの反発、軋轢を生むだけの代物と化すだろう。

多分、要領の良い、賢い若者ならば、社会人に成ってすぐに、「アクティブ・ラーニング」を捨て去っていくだろう。

さながら学生時代の金髪やらモヒカンなどといった髪形を、社会人に成った途端に捨て去ってしまうのと同じことに成る。

 

そもそも、日本人は「アクティブ・ラーニング」の中の「ディベート」を勘違いしている。

「ディベート」と云うのは、弁論術である。

それは、或る論点に関して「賛成」「反対」の論者に分かれる。

だが、その「賛成」「反対」の「役割り」は、直前に、「くじ引き」などで決めるのである。

つまり、自分の「感情」や「好悪」とは切り離して、純粋に技術的に、「賛成」「反対」の弁論を行う、と云う訳である。

だが、「討論」と云うと日本人は相手を屈服させ、論破させることが目的だと勘違いしている。

論破することが「勝利」だと、勘違いしている。

だが、「ディベート」と云うのは、そんな底の浅いものではない。

「ディベート」で、まず、何よりも重要なのは博識であることである。

いかに知識が豊富で潤沢であるか。

何故なら、例えば、或る「論理」を構築するにあたって、様々な根拠や論証を積み上げていく。

だが、いくら重厚で精緻な「論理」を構築したところで、その「論理」に合致しないデータや知識、情報が提示されたならば、瞬時に転覆することに成る。

もし、そういう「不都合な真実」を突き付けられた場合、「それはあくまで、特殊な例外事項であるから」とまぜっかえすことは出来るが、それはあまり上等な戦略とは云えない。

ここで、自分が敢えて強調しておきたいことは、「アウトプット」に於いて、その優秀さを担保するのは「インプット」の圧倒的な質量である、ということである。

だから、「インプット」と「アウトプット」を「対立事項」とする認識は、致命的に駄目なのである。

さらに、「ディベート」とは、対する論敵を論破することが重要なのではない。

むしろ、物事を多面的に、ニュートラルに見て、考察し、さらに理解を深め合って和合していくことこそが重要なのであろう。

多分、ピンと来ない人もいるであろうが、実は「論破して、議論に負ける」ということが有るのである。

論破する、ということは、討論する相手が絶句することである。

だが、それは、ただ単に「これ以上討論を続けない」という「現象」でしかない訳であり、議論それ自体の勝敗とは無関係の場合が有る、のである。

具体的に云うと、発言した人間の「品位」や「人間性」や「信頼感」が疑われるような「発言」が飛び出した場合、敢えて「反駁しない」訳である。

つまり、議論の「内容」に関してジャッジメントしてもらうのではなく、論者の「人間性」それ自体を評価対象に「すり替えて」しまう訳である。

そういう「敵方の土俵」に据えられてしまった場合、どんなに精緻な理屈を繰り出したところで、最早、胡散臭くあざといものとしか感じられなく成ってしまう訳である。

さらに、関連して云うと、「論破」されること「だけ」を回避する為には、議論をしないことなのである。

敵対する論者に対して、あらかじめ、その人間性を否定するような「レッテル」を貼り付けて決め付ける。

そして、あとは、延々と情緒的な繰り言ばかりをまくしたてる。

すると、議論はあたかも白熱しているようであるのだが、その「内容」は全く以てスカスカ。

巨大な虚無、と云うことに成る。

 

自分は、いわゆる「アクティブ・ラーニング」そのものを否定している訳では無い。

むしろ、これから「アクティブ・ラーニング」をしっかりと学ぶ若者がいなければ、日本人は他国の「下請け作業」しかさせてもらえなくなってしまうであろう。

勿論、日本人は敢えて「下請け作業」に「特化」する、と覚悟していくのならばそれもまた良いだろう。

だが、日本人の中の独創的な人材が、その才能を開花させ、そしてその才能によって生み出された「ことがら」によって、多くの人々や社会が多くの利益を享受することが出来るのならば、やはり、「アクティブ・ラーニング」は必要と成っていくであろう。

ただ、今、日本の教育行政や日本の産業界の中枢が、どのような若者たちを求めているのか、今一つ鮮明でないような気が自分はしている。

現時点で間違い無く云えることは、従来のような大学教育では限界である、ということだけ。

そして、「アクティブ・ラーニング」を教育の主軸に据えるのならば、それに対応したかたちでの「大人たち」の受け入れ態勢を準備する必要があるであろう。

どうも、大学入試を改革する問題は、子供や生徒の問題「だけ」だと矮小化している。

そうではない。

「教育」を変革するということは、国家や社会そのものを変革していくことに他ならない。

「教育」が変わっていったならば、いずれ否応無く、社会全体も変わらざるを得なくなっていく。

若い世代を忌々しく感じていた年長の世代たちも、年月が経ち、年老いていったならば、いずれはその「忌々しい」世代たちに依存して行かざるを得ない訳である。

それほど、「教育」というのは重要事項なのである。

既に自分は何度も指摘しているように、

「教育とは、その共同体(国家、社会、民族、地域、組織など)が理想とする大人像を完成させるための工程表(ロードマップ)である」からである。

だから、これからの日本の社会に於いて、どのような「大人」が求められているのか。

そこが確固していない限り、いつまでたっても「教育」の足元が定まらないことに成るのだ。

現時点に於いて、「アクティブ・ラーニング」を確実に身に付けさせていくとするならば、大学受験を海外の名門難関大学に設定することであろう。
そして、大学卒業後、就職は日本では行わないこと。
まず、海外で然るべきキャリアを形成してから日本の職場に入らなければ、多分、潰されるか「宝の持ち腐れ」に成ると思う。
だから、優秀で裕福な家庭の子弟は、早期から海外への大学進学を見据えて戦略を練るべきであろう。
後は、いわゆる「ギフテッド」と目される、特異的な才能を持った子供達を日本と云う国家が戦略的に海外へ留学させていくことであろう。
自分は、日本国内に於いて、いわゆる「ギフテッド」と呼ばれる特異的な才能の持ち主が現状に於いて育成可能であるとは感じられない。
むしろ、現時点では、欧米に奨学金を付けて留学させて送り込む方式の方が、投資金額に見合った成果が上げられると思う。
実は、日本人の若者の海外への留学生数は減少しているという。
ただでさえ、「内向き」の状況なのだから、日本国内で何とかしようと思っても、多分、成果が上がらないと思う。
多分、日本で「アクティブ・ラーニング」が本当に確立出来るのは、20年後ぐらいかもしれない。
その時には、これから海外へ戦略的に留学させた子供達が、優秀な次世代と成って成長しているであろう。
その「次世代」に期待するしかない、と思う。

フェイスブックで、また、アカウント停止。
「めくら滅法」が、ヘイトスピーチ認定。
馬鹿馬鹿しい。

自分はこう見えて「恥ずかしがり屋」「シャイ」である。

「自己愛」が無い、とは云わないが、かと云って自分の「写真」を撮りまくるのは嫌である。

以前からそうであったが、ここ最近は、或る「自論」から自発的には「写真」や「動画」を自分自身に撮影することをしないようにしている。

 

海外の或る学者は、自分自身の「データ」を日々、記録し続けている、という。

動画で逐一自分自身を撮影し、自分自身の「データ」を記録し続けている、という。

その目的は、コンピューター、AI(人工知能)そしてそれらを搭載した「アンドロイド(人間型ロボット)」に自分の「データ」を「入力」させよう、というのだ。

つまり、自分の死後に、自分という「人格(キャラクター)」を「アンドロイド」に移し替えて、事実上の「不老不死」を得よう、と云うのである。

云ってみれば、生身の肉体としての「人格」は死滅するわけであるが、「データ」化された「人格」は、「アバタ―」としての「アンドロイド」に移し替えられて、未来永劫まで生き続ける、と云う訳である。

自分は、この或る学者の「構想」を知って慄然とした。

つまり、「人格」とは、その「人物」の「データ」と「行動パターンの確率」によって「構成」される、という「認識」なのだろう。

「人格」を「データ化」する。

これは何を意味するのであろうか?

現在、「データ」化された「もの」は、瞬時に「コピー(複写)」され、「拡散」される。

「データ」には、事実上、「オリジナル(原本)」と「コピー(複製)」の違いは無い。

印刷物の「初版第一刷」と「第十刷」の違いは、「管理上」の違いぐらいしか意味を持たない。

「第一刷」と「第十刷」に於ける「差異」をいくらあげつらったところで、ほとんど意味を為さない。

そこで、「オリジナル」の決定的な「優位性」や「絶対性」は、「相対化」されて無意味に成る。

さらに、インターネット上を拡散されることにより、同一のものが一斉に多発することに成る。

「陳腐化」するのは不可避であろう。

いずれ、我々の「文明」は、生身の「人格」でさえも「データ化」して「メモリーサーバー」に貯蔵するようにしていくのではないだろうか?

さしあたりは、VR(バーチャルリアリティ)によって、ほとんど「記録映像」と変わらない「再現映像」ならぬ「再生映像」が創作されるであろう。

何しろ、その「人格」に関する「データ」とその「行動パターンの確率」によって導き出された「様子」は、ほぼその「人格」そのものを「再現」させ、シュミレーションすることに成る。

さらに、3Dプリンターが、現在の化学樹脂だけではなく、いずれタンパク質やアミノ酸レベルまで加工・製作可能に成っていけば、遺伝子工学との組み合わせで、「柔らかくしなやかで温もりの有る」アンドロイドを誕生させることに成るであろう。

と成れば、その「人格」の「自意識」に於いては、「断絶」が感じられるかもしれないが、他者の「視点」からは、あたかも「連続」した「人格」としか感じられないかもしれない。

それでは、さながら山田風太郎の「魔界転生」の「魔界衆」ではないか?

「魔界転生」とは、島原の乱で無念の死を遂げた天草四郎時貞が甦り、南蛮伴天連妖術を駆使して、既に死人と成った英雄・豪傑(宮本武蔵など)を蘇らせて徳川幕府転覆を謀る、という傑作「伝奇時代小説」である。

今迄、2度も実写映画化され、沢田研二が天草四郎役で主演をし、「角川映画」として大ヒットした。

そのような「状況」に成った時、「人間の死」とは何なのであろうか?という極めてラジカルな問題に直面するであろう。

さらに、ここまで来れば、アンチエイジングなどという概念ではなく、老化した身体を丸ごと捨て去って、若々しい「アバタ―」の身体へ「人格」を移し替えていけば良いことに成る。

まさに「不老不死」が実現してしまうであろう。

だが、「不老不死」を得た「人類」は、必然的に「生殖活動」に対する「意識」も変容せざるを得ない。

何故なら、人間は老いて、病み、そしていずれは死滅していくからこそ、次世代を生み、育てていくことが「当然」であった訳である。

しかし、自分たちが「不老不死」の存在になってしまったならば、敢えて、子供を産み、育てる必要性が無く成ってしまうことに成りはしまいか?

 

自分の「妄想」は、どんどん暗鬱な感じに成っていくのでこれくらいにしておきたい。

つまり、あまりにも「自分」に関するデータを残してしまったならば、将来に於いて、自分の預かり知らぬところで、自分の「人格」を「再現」されて、複製されてしまうのではないか?という危惧である。

勿論、自分のようなポンコツを何人複製させたところで、つくだ煮にも、キャンプファイアーの焚き付けにも成りはしない。

だが、やっぱり、何となく「嫌」なのである。

自分自身の肉体が死滅したならば、きれいさっぱり後腐れが無いように終わって欲しい。

自分の「データ」と「行動パターンの確率」でもって、再現されたら、その「人格」はいったいどういう立ち居振る舞いをしでかすのであろうか?

ここまで来ると、慄然とする、というより茫然自失するしかない。

ま、と云う訳で、そんな愚にもつかない理由で、現在、あまり写真にも写りたくも無いし、動画にも出たくない気持ちなのである。

頭、イカレテいますねwww

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