新年早々、「罰当たり」をかましたwww
靖国神社へ初詣でに行ったのだが、既に拝殿前からの参列が「人大杉」www
まあ、小一時間並んで待っていれば良いのだが、この後に神田明神と千葉県護国神社を参拝する予定だったので、時間が無かった。
ということで、物凄い「行列の後ろ」から”礼拝”して、千葉県護国神社への「お土産」(靖国ゴーフレッド)を購入して退出した。
靖国神社の境内まで入っておりながら、参拝をしない、とは「罰当たり」以外の何ものでもないだろう。...
多分、早晩、この「不敬」の「神罰」を被ること、必定であろう。
ちなみに、明日の正月二日は、皇居の一般参賀も有り、より一層参拝者が押し掛けることと拝察される。
だから、社頭参拝は寒中、長時間、行列で待つことが予想される。
ならば、昇殿参拝をお奨めしたい。
個人ならば2000円の玉串料で、御本殿まで奥深く参拝が出来る。
また、待機する参集殿は暖房も効いており、身体にやさしい。
新年の始めに、是非、「昇殿参拝」をなさってみてはいかがだろうか?

自分は2006年7月に大阪へ転勤した。
そして2011年8月に退社し、東京へ戻った。
約5年間の「大阪暮らし」であった。
幸い、靖国神社崇敬奉賛会青年部「あさなぎ」の関西支部の立ち上げが翌2007年2月に為され、その準備委員会の段階から自分は関わることが出来た。
そして、2007年2月の「あさなぎ」関西支部設立の懇親会へ、ご多忙な中で和歌山県護国神社と奈良県護国神社の両宮司様が駆け付けて下さった。...
このことを自分は、個人的に大変有り難く感じ、それぞれの護国神社へ参拝し、宮司様へ御礼のご挨拶をして回った。
そして、奈良県護国神社へ参拝した折、宮司様が「折角だから社務所へお上がりなさい。」と仰ったことから奈良県護国神社との現在に至るまでの「御縁」が生じたのである。
あれから、奈良県護国神社の宮田康弘宮司様とは、「うまが合い」、長時間に渡って雑談させていただくようになった。
気が付けば、自分は(大阪在住時)毎月、奈良県護国神社へ参拝し続けていたのである。
奈良県護国神社詣でが2年ほど過ぎた頃、宮田宮司様から、
「白井君は陸軍墓地を知っていますか?」と云われた。
「大阪の真田山の存在は知っています」と答えたところ、
「実は、奈良にも在るのです」とのこと。
そして、現在の奈良陸軍墓地の「惨状」を聞いた訳である。
お話しが終わった後、宮田宮司様が「何ならご案内しましょうか?」と仰ったので、そのまま奈良陸軍墓地へ宮司様の車で連れて行ってもらった。
「ここです」とご案内されて、絶句した。
雑木林の中の荒れ地の中に、不釣り合いな石の鳥居と墓碑が目に入った。
辺りは荒涼たるもので、寂寥感で満ちていた。
ただ、ただ、言葉を失う状態であった。
英霊の墓地が、捨て置かれて荒れるにまかされていたのである。
常日頃、「靖国神社が!」「英霊が!」などとご大層な口を利いていた以上、この惨状を目にして、そのままにしておくことは出来なかった。
すぐさま、「あさなぎ」関西支部の仲間にこの窮状を訴え、有志での参拝を実施した。
そして、それから自分は、毎月、奈良陸軍墓地を参拝してから奈良県護国神社を参拝するようになった。
別に宮司様から頼まれた訳ではない。
また、自分自身も「月参りをしよう!」と決心した訳ではない。
ただ、「あ、そろそろ奈良陸軍墓地に行こう」と思い立って、振り返ってみたら、結果的に毎月ずっと参拝していた、と云うことに過ぎない。
自分は、リュックサックに2リットルの空のペットボトル2本に水を入れ、お線香一箱とマッチを持ち、2対の仏花を買って、大祓詞とお経本を持って泉州の大阪府泉大津市から向かって行った。
春夏秋冬、毎月、参拝した。
まず、二つの大きな墓碑へ献花をし、満州事変の大きな墓碑に向かって、大祓詞の祝詞を上げ、さらに読経した。
そして、大きな二つの墓碑とその他の小さな墓碑の一基づつに、少しづつお水を捧げて回った。
さらにお線香を2、3本くらいを小さな一基づつに手向け、残りを大きな二つの墓碑にも捧げた。
お水とお線香の際には、ずっとお題目を上げながら行った。
ただ、それだけのことである。
そのうち、水をつめるのを自宅ではなく、奈良県護国神社にするようにして、順番を入れ替えた。
たった約3年間の「月参り」だった。
残念ながら、会社を辞めることとなり、大阪に住み続けることが出来なくなって、東京の実家に戻ることに成った。
そのため、奈良陸軍墓地も奈良県護国神社も、「不義理」をしている。
ただ、宮田宮司様とは頻繁にお電話をしている。
本日、有志の方々が、奈良陸軍墓地の清掃奉仕をして下さったそうである。
誠に有り難く、かたじけなく思う。
自分は奈良県の英霊とは何の縁も所縁も無い。
だが、今や、自分にとって奈良陸軍墓地と奈良県護国神社は、とても大切な「存在」なのである。
我が身は、遠方に居るのであるが、何とか出来得ることはさせていただきたいと常日頃から意識しているものである。
英霊がどのようにお感じになられておられるのかは、自分にはよく解らないのではあるのだけれど。

今日、帰りの電車の中で醜悪なものを目にした。
電車の床にべったりと座りこんでいる奴が居たのだ。
それもいい歳をした「おっさん」。
まあ、「おっさん」だけなら侮蔑だけで終わる。
ところが、その「おっさん」に寄り添うように座り込んでいる3,4歳ぐらいの子供が二人。...
間違い無くこの「おっさん」の子供達であろう。
二人の子供達は、父親がしていることに何の疑問も抱かずにあどけなくまどろんでいた。
自分は、これを目にして無性に腹が立った。
さながら排泄物でも目にしたような、生理的な嫌悪感を憶えた。

数年前、路上の地べたに平気で座り込む若者たちが報道で冷笑された。
そして「ジベタリアン」などと呼ばれた。
確か曽野綾子先生だったかもしれないが、「路上の地べたに平気で座り込む者が出てくれば、いずれ電車内でも平気で座り込む者が出て来るだろう」と指摘されていた。
まさしく、その「想定」通りに成ってしまった訳である。

自分は、ただ単に電車の床に座り込むのが駄目だ、とは思わない。
体調を崩し、倒れ込むようにして、やむなく座り込むのであるのならば、それは致し方がなかろう。
だが、この親子連れは、単に立っているのが嫌だったから座り込んだだけなのである。
この、あまりに弛緩しきった精神を自分は受け入れられない。
しかも、まだ、年端もいかない子供達が二人もこの父親の振る舞いをうのみにしていた訳である。
この子供達が、数年後、進学して友人や教師からその「異状性」を指摘された時のことを考えると心が痛む。
あくまでも、弛緩しきった父親のやり方が良い、と思っているに成らば、今後の人生の様々な局面でずれや行き違いに直面して苦労することだろう・
一方、父親が「異状であった」と思い知らされた場合は、親子間の信頼関係は亀裂が生じることになるだろう。
親は子供の鑑(かがみ)なのである。
「おれがどうやろうと勝手ではないか」と開き直ったならば、そのツケは、そういう親の生き様を見て育ってしまった子供達が支払う破目と成ろう。
まさに「親の因果が子に報い」という図式と成る。

本当は、自分がこの「おっさん」に一喝してやれば良かったのだが、車中もどっと混雑して来たし、また、子供達二人の気持ちを思うと頭ごなしに父親の恥をかかせるのも気の毒におもってしまった。
そうこうしているうちに、3人は何ともなく立ち上がって電車を降りて行ってしまった。

残念ながら、我が日本は本当に劣化してきている。
公徳心や恥じらいを喪失したこの親子三人がまさにそうである。
と同時に、嫌悪感だけでイラついているだけの自分自身も、全く以て駄目であろう。
まあ、風邪がひどくなって、頭が朦朧としてきたのも有ったのだが。

嗚呼、情けない・・・・

BSで坂本龍馬没後150年記念の番組をやっていた。
坂本龍馬を巡る人々の反応と云うか、「ことば」に自分はちょっと違和感が有る。
何と云うか、生前の坂本龍馬がとてつもなく「有名人」であった、という錯覚を抱いているような気がする。
実際は、当時の生前の坂本龍馬は「無名人」だった。
「インサイド」のごくごく少数の人々の間では話題には成っていたのだが、世間一般に於いては、全く「無名人」だったのである。...
現に、明治維新の「当事者」で、長命を得た「最後の将軍」徳川慶喜は、晩年時にいわゆる「大政奉還」などに於いて「坂本龍馬」という「一介の脱藩浪士」が黒子で動き回っていたことを始めて知って愕然としたと云う。
つまり、幕末・明治維新の当時、徳川慶喜は坂本龍馬の「存在」そのものを知らなかった訳である。
今、坂本龍馬を回顧するにあたって自分が必要と感じるのは、小さな「私」の名利を求めずに大業を為さんとする志を持って欲しい、ということである。
坂本龍馬は、あの幕末の当時、自分が後世に於いて「有名人」と成り、日本各地に自分の銅像が立つことを全く望んではいなかったと思う。
ただ、彼は、この「日本」を立て直したかった。
「今一度、この日本を洗濯致したく候」と書き残した坂本龍馬は、ただ単に、「仕事」をしたかっただけなのだと思う。
この「名誉も要らず、金も要らず」というのは、かの西郷隆盛にも通じている。
この、「無名」の存在であることを悲しまず、自負を持って目の前の「仕事」に精一杯取り組む「意識」こそ、今の自分たちが学ぶべきことであろう。
そうでなくては、坂本龍馬の魂は、きっと泉下で苦笑されておられると、自分は思う。

只今、いわゆる「保守界隈」に於いて、左翼のことを「パヨク」と呼んでいる。
いわゆる蔑称ということになるのだろう。
まあ、侮蔑されるだけの「知的劣化」をしている連中もいる。
だが、左翼そのもの、もしくは左翼「全て」が、愚昧であると高をくくっているようであるならば、それは大間違いである。
対峙する相手を侮るということは、油断を生む。...
このままだと、保守は、また、左翼に負けることに成りそうである。
ま、自分は、もう、「保守じゃない」そうだから、保守の方々は可哀想に、としか思わないけど。

いわゆる「保守界隈」の方々に問いたい。
そもそも「左翼」とは何なのか、貴方がたはきちんと説明出来得るのだろうか?
また、「左翼」と「右翼」の違いをどう説明出来るのか?
上記の事柄が「抽象的過ぎて、回答する気にさえ成らない」と云うのであるならば、これはどうだ?
トランプ政権発足以前に於いて、「TPPに参加すると、日本はアメリカに蹂躙される」といった「意見」が有った。...
水島総はその代表格だった。
そして、日本の主要政党の中で、「TPP断固反対」を主張したのは日本共産党である。
この「TPP」を巡る「態度」を見て、日本共産党は「左翼」なのか?「右翼」なのか?
もし、日本共産党は「TPP反対」なので「左翼」である、というのであるならば、水島総も「左翼」なのか?
いいや、水島総は「右翼」であるし、「TPP反対」も「右翼」である。
だが、そうなると「TPP断固反対」の日本共産党は「右翼」なのか?
さあ、どうなのだ?
ちなみに中島岳志は、自らを「リベラル保守」であると「自認」し、「TPP断固反対」という「姿勢」を評価して、「日本共産党と共闘出来得る」と主張している。
この中島岳志の「論理」は、何処が正しくて、何処が間違っているのか?
是非とも、きちんと説明してもらいたい。
それとも、「肉体言語」でしか「語れない」から、「無理」?
(続く)

以前も書いたことが有るのだが。
よく、「叱られる」と云う。
或いは、「怒られる」という。
さて、この「叱られる」と云う行為と「怒られる」と云う行為は「同じ」なのだろうか?
この「疑問」は、かの「笑点」終身名誉司会者の桂歌丸師匠もお感じに成られていて、「違うのは解るのだが、どう違うのかが上手く説明出来ない」と仰っておられた。...
自分は、毎日ように「お小言」をくらっているせいもあってwww、何となく違いが解る。
以下、自分なりの「解釈」である。
「怒る」と云うのは、相手の人格を否定する。
「叱る」と云うのは、相手の行為を否定する。
つまり、相手の人格を否定するか、しないのかが明確な違いだと思う。
「怒られる」場合は、
「何だ、この、馬鹿!」
「根性が駄目だ!」
と云われる。
一方、「叱られる」場合は、
「何でそんなことをしでかしたんだ!」
「そんな口のききかたが有るか!」
と云われる。
一見、同じように聞こえるのだが、そこには明確な違いが認められることが理解出来ると思う。
よく、「怒る」と「叱る」の違いは、
論理的であるか、感情的であるか、
愛情が感じられるか、感じられないか、
と云った「説明」がされている。
しかし、例え、論理的に否定されても、ネチネチとやられたら、その「論理」は相手には届かない。
また、「愛情」がこもっていると云われても、それが相手にとって苦痛に感じられたならば、それは「愛情」とは云わない。
それは「愛執」に過ぎないと思う。
自分の過ちや誤りを指摘されるのは辛いことである。
だが、慢心の中から成長は決して生まれてはこない。
重要なのは、相手が「いったん立ち止まり、やり直さなければいけないことを自覚して、再出発をしてくれるかどうか」ということにかかってくる。
だから、例え、相手の人格を否定しないことを念頭に置いていたとしても、「叱り方」が拙劣な場合は、相手にこちらの「真意」は届かないのである。
その点、亡父は凄かった。
自分に叱る時も、場所、タイミング、言葉遣い、時間配分、それら諸々を全部考慮してから叱った。
だから、亡父から叱られた時は、本当にこたえた。
これは、ちゃんと受け止めないといけないと心底思ったものである。
実は、「叱る」にしろ、「怒る」にしろ、相当なエネルギーが要る。
心身共に余裕が無く成って来ると、ついには「叱る」ことも「怒る」ことも出来なくなる。
また、以前に或るお年寄りの方がこんなことを仰っていた。
「もう、この年齢に成ると、自分のことを叱ってくれる人がほとんど死んでしまっていなくなってしまった。
これはこれで寂しいもんだ。
人間、叱られているうちが花ですぞ」と。
今の若い方々は、如何だろうか?
「怒られる」ことはともかく、「叱られる」こともちゃんと受け止められるのだろうか?
「叱られる」ことをちゃんと受け止めることが出来なければ、後年に成って、しっかりと「叱る」ことも出来る筈が無いと思う。
今は「新入り」や「新人」であったとしても、しばらく経てばいずれその下に「新入り」や「新人」が付いてくる。
その時に、お互いが「不幸な関係」に成らないように、是非とも、意識してほしいと願うものである。

自分は路上で仕事をしているせいで、よく、道をたずねられる。
(ちなみに、自分は路上で生活しているわけではないwww。
いずれはそこまで身を落とすかもしれないがwww)
で、そういう場合、ほとんど自分は「解りません」と答えて断ってしまう。
「なんて薄情な奴だ!」と侮蔑されるだろうが、自分は道をたずねられても、断ることに決めた。...
実は、道に迷った人に道を説明すると云うのは、とても難しいのである。
何故、説明するのが難しいのだろうか?
そこで、ちょっと視点を変えてみたい。
そもそも「道に迷う」ということは、いったいどういう「状態」なのだろうか?
つまり「道に迷う」という「状態」を成立させる「条件」が有るのである。
どういう「条件」なのか、しばらく、お考え下されたい。


何故、人は道に迷うのだろうか?
道に迷うには、二つの条件が有る。
一つ目は、自分の居場所が解らなくなること。
二つ目は、自分の向かう目的地の有る方向が解らなくなること。
この二つがあやふやに成ると、人間は道に迷うことになる。
だから、道に迷った場合、道が解るところまで「戻る」のが一番確実なのである。
電車やバスなどで降りたところまでいったん戻って、そこから道を聞かないと結局は道に迷うことに成る。
一番駄目なのは、道に迷っているにもかかわらず、取り敢えず、歩き出してしまうことである。
もう、そうなると「戻る」ことさえ出来なくなってしまう。


で、「道に迷っている人」に対して、「自分の今の居場所」と「目的地までの方向」を、「言葉」だけで説明するのは、とても難しいのである。
だから、「道に迷っている人」への説明には地図が無ければ、要領を得ない。
そのことに気が付いてから自分は、「言葉」だけで「道案内」することをやめた。

さらに、だいたい「道に迷っている人」というのは、駄目な人が多いwww
まず、こちらが作業中に忙しくしているにもかかわらず、平気に聞いてくる。
多分、ただ単に「目に付いた」だけで聞いてくるのである。
で、さらに聞いてくる「ことがら」もマイナーことばかりなのである。
例えば、「なんとかビルは何処ですか?」
「なんとかという店なんですけど」。
そんな、ゼンリンの分厚い白っぽい地図帳にしか載っていない様なマイナーな名前なんぞ、答えられる人はほとんどいない。
どうせ聞いてくるならば、もっと一般に名の知られたランドマークを上げて来なければ無理である。
「新宿駅はどちらですか?」
「伊勢丹に行きたいのですが、どちらですか?」
こういう聞き方ならば、まだ答えようが有るのである。
で、こういう駄目な人にあれこれ説明しても、徒労に終わる。
最終的には、「カム ヒア」と云って、自分がそいつをその場所に連れて行かないと駄目な破目と成る。
勿論、こちらは作業中で、そんな「お人好し」なことは出来ない。
結局、駄目だと予測出来るのならば、初めから断った方が後腐れが無い。
変に情けをかけて、いろいろとやりとりをした挙句に、「駄目だこりゃ」と成った場合、気まずいことに成る。
そこまで「乗りかかった舟」ならば、もう、自分がそいつを引っ張って行って道案内しないと引っ込みがつかなくなるだろう。
かといって、自分の今の仕事は一分一秒も惜しいのである。
昼食だってトラックの移動中に助手席で口の中に押し込むようにして食べている。
それくらい、時間に追われている我々に、ぶしつけに「あのー」と聞いてくる奴に対して、自分は憎悪しか感じない。
だから、何が「おもてなし」だ!と思う。
そんな、「おもてなし」なんてきれいごとを云う奴は、「大層な御身分」だと思う。
こっちは、食事も便所も我慢して追われるように作業をしているのである。
「おもてなし」「おもてなし」とはやし立てるのならば、「おもてなし」の専門の人間が担当すれば良い。
もし、我々が、「道に迷う」人々にいちいち親身に成って付き合っていたら、会社はそのことを「美徳」として賞賛してくれるのか?
勤務評定の中で、「たいへんよくできました!」と評価してくれるのか?
する筈が無いだろう。
じゃあ、会社はどう「指導」するのか、といえば、
「そういうことは、上手い具合にやれ」と云うのだ。
文字だけで読むと、全く意味不明なのだが、要は、
「悪感情を抱かれないように、上手に断れ」
と云っているのである。
「道に迷っている人」に対して、情けをかけ、いくら親切にしたところで、売り上げにも業績にも一切反映されない。
だいたい「道に迷う」ような迂闊な人が、親切にしている人間の所属している企業名まで瞬時に記憶出来る訳がなかろう。
だから自分は現在、路上で作業中に道を聞かれても、
「ごめんなさい。自分もよく知らないのです。」
といって、断っている。
そうしなければ、埒が開かないのである。
そして、この現状は、日本の社会そのものがどんどん余裕を失って世知辛いものに劣化していることの証しなのである。


この分だと、いずれ日本の社会から無償の「おもてなし」は、絶滅することと成ろう。
はたして、その良し悪しについては、賢明なる諸氏に結論を出してもらいたいと思う。
自分はただ、現状報告のみしか出来ない。

今、自分の身の回りで一種の「逆転現象」が起こっている。
正社員(正規雇用者)は、定期的に「異動」が存在する。
或いは、不本意な「人事異動」が下された場合、会社を辞めてしまう。
現在、一人でも「職場」から抜けると、なかなか補充が難しい。
新規の補充が出来ない場合、玉突きのように、穴埋めのための穴埋めをするために、広範囲を巻き込んで対処しないと収まらないように成って来ている。
そうなると、正社員は、新しい場所で仕事をすることに成る。
しかし、会社に「辞表」を叩きつけて辞めた人間とは、業務の引き継ぎがきちんと為されないことが多い。
だから、正社員は、新しい職場のことがよく解らないまま、過重なノルマを課せられることと成る。
一方、職場には非正規雇用者(契約社員もしくは派遣社員)が居る。
そして、結構、大人数、存在する。
非正規雇用者は、一般的に見て、仕事が出来ないwww
自分を見れば、納得してくれると思うwww
ところが、仕事が出来ない筈の非正規雇用者の方が、職場については習熟し、知悉していることが多くなってしまったのである。
そういう「逆転現象」が起こるようになった時、どういう悲喜劇が繰り広げられるのだろうか?
非正規雇用者は、多くの職場に於いて、会議に参加出来ない。
いわゆる「社外秘」の「ことがら」について「知らされる」ことはない。
会社や職場に関する「数字」(業績や予算など)を「正式」な場によって示されることはない。
そうなると、非正規雇用者にとって、会社や職場とは目の前の自分の作業に関すること「だけ」しか認識され得ないのである。
例えば、会社全体、職場全体で「経費節減」という目標が掲げられたとしよう。
正社員は、その「経費削減」という目標が掲げられた背景や経緯、根拠や数値まで知らされる。
だから、トータルな視点でもっておのずと業務を行わなければいけない、といった意識が持たされるようになる。
だが、非正規雇用者にとっては、ただ単に「無駄遣いはするな」としか認識出来ないので、目の前の自分の作業に関することしか考えられない。
だから、会社全体、職場全体の「新潮流」の中で、どう自分の作業を組み替えていくのか?といった意識は持ちようが無いのである。
ただ、上から命じられたことだけやれば良い。
それしか、規定されないのである。
さらに、非正規雇用者は、「人事異動」というものは存在しない。
勿論、職場が変わる、ということは有るのだが、それは正社員の「人事異動」とは明確に異なる。
いずれ、会社という組織の中で、どのような役割を与えられていくのか?といった問題意識が生まれようが無いのである。
だから、非正規雇用者にとっては、今現在の「職場」の「居心地」だけしか関心が持てなくなるのだ。
今の「職場」で、今の「作業」が、いかに自分にとって「居心地が良いのか」ということしか考えなくなるのである。
そして、「新しい」職場に来た正社員は、古株の非正規雇用者から、様々ことを「教えてもらう」立場に成らざるを得なくなる。
倉庫内の何処に何が保管されているのか?
得意先までの道順、
効率的な作業のやり方、など。
だが、非正規雇用者は、「全体」を見ている訳でもないし、「全体」を意識しようとも考えないように成っている。
結局、非正規雇用者は、現在の職場に於ける「マイ・ルール」「自分の好みの作業のやりかた」を押し通すようになるのである。
そこで、正社員と軋轢が生じる。
しかし、以前のように、非正規雇用者に対して高圧的な態度に出ることは出来なくなった。
もし、非正規雇用者に嫌われたら、酷い場合は非協力的な仕打ちをされかねない。
最悪の場合は、いきなり辞職していなくなってしまう。
そうなったら、例え短期間であったとしても、その穴を正社員が埋めなくてはいけなくなる。
かろうじて「戦線維持」がされていた職場で、非正規雇用者といえども作業をさぼったり、職場からいなくなったりしたならば、「戦線崩壊」といった惨事に成りかねない。
だから、非正規雇用者に対して以前のように強く出られなくなってきたのである。
一方、非正規雇用者からすれば、今迄、軽く見られていたことに対する鬱憤が少なからず溜まっている。
そこへ、正社員側からの圧迫が無くなってくれば、次第に増長が生じて来る。
勿論、そんな増長するような奴は人間として駄目な奴なのだが、今迄ひたすら虐げられて来た非正規雇用者の中には、「好機到来」とばかりに勘違いをする者が必ず出て来る。
それに非正規雇用者には、会社に対する帰属意識や忠誠心は薄い。
当然である。
何故なら、正社員と違って、「会社の構成員」と見なされていないことを常日頃から痛感しているからである。


かつて、或る金融機関の帳簿管理をパートの女性が長年に渡って担当させられていた。
彼女以外の正社員は、人事異動で次々に通り過ぎて行ってしまうため、いつしか、そのパートの女性でしか知り得ないことがらが多くなってしまったのである。
そして、そういう業務の丸投げを長年続けて来た結果、その金融機関で多額の使途不明金が発覚した。
なんと!そのパートの女性が、金融機関から多額の現金を横領していたことが判明したのである。
そして、この使い込みに関するチェックが全く出来ていなかったのである。
その当該金融機関にとっては「飼い犬に手を噛まれた」という気持ちだったろうが、横領したパートの女性にとっては、多分、「自分はこの金融機関とは、所詮、他人だ」としか感じられなかったのであろう。


今や、契約社員でさえ、なかなか補充が出来ない状態に成っている。
さらに、例え、非正規雇用者が補充出来得たとしても、職場の戦力としてちゃんと機能してくれるような人材が入ってこない。
だから、例え「問題児」の非正規雇用者であろうと、以前のようなあしらいが出来なくなって来たのである。
そして、さらには、増長した非正規雇用者の方が、新人の正社員を職場や現場に於いて振り回したり、衝突したり、さらにはいじめたりするような惨状が出て来ている。
最悪な事例としては、
折角、苦労して獲得し、入ってもらった新入社員が、非正規雇用者にいびりつぶされてしまい、会社に対して嫌気がさして退社してしまう。
しかしながら、そんな「問題児」の非正規雇用者であっても、機嫌を損ねたり、辞められたりしたら業務に支障が出るので厳しい処分が出来ない。
そんな、悪夢のような状況が、多分、全国の到る所で起こっているようである。

以上を見て来ると、短絡的に、
正社員(正規雇用者)が悪い、
いや、非正規雇用者(契約社員もしくは派遣社員)が悪い、
とは即断し難い、と云えると思う。
ただ、この「難問」は、個々人が「各自奮励努力セヨ」と頑張ったところで、とても解決は出来ないだろう。
最早、「個々人の頑張り」で克服出来るような状況ではなくなったのである。
そして、さらに、この上に、女性や外国人を多用することによって「しのごう」とするのである。
ますます、この「難問」は複雑化していくことだろう。


自分は、あと少しすれば、いわゆる「正社員」は、出世コースに乗った「次世代の経営陣候補」「幹部候補生」のみしか認められなくなり、大多数の「従業員」が非正規雇用者に変わると思う。
ただ、そうなった時、従来のような「日本型の会社組織」は維持出来ないだろう。
また、高圧的な姿勢で「従業員」に対して当たることも出来なくなると思う。
大多数の勤労者は低所得の貧困層に落とされ、さらに、個人個人がバラバラに遊離し、浮遊する状態と成るだろう。
「定年」という制度が事実上消滅し、いつまで自分が働けるのか、絶えず不安感を抱えながら生活することとなろう。
日本社会の「底」が抜ける「瞬間」が刻々と近づいていることを自分は予感している。

自分は、靖国神社に新たな「記念碑」を建てることには反対である。
そもそも、靖国神社は、各戦友会からも慰霊碑を建てることを極力断り続けて来た。
その代わりに、各県の護国神社に於いて、各戦友会からの慰霊碑を引き受けていたようなところが有った。
「記念碑」というものは、いったん認めてしまうと、後から後から増殖してしまって収拾がつかなくなる。
考えても見よ。...
仮に、靖国神社の境内の到る所に「記念碑」だらけになった光景を想像して見よ。
今の境内と比べて、雑然としているであろうことは想像に難くない。
それに「記念碑」ばかりの境内に成ったら、それはさながら「墓地」のようである。
自分は、現在の境内のままが良い。
だから、これ以上、靖国神社に新たな「記念碑」を建てることには反対である。


また、「記念碑」を建てることによって、いわゆる「靖国問題」という政治的問題を解決しようと意図している(らしい)。
自分は、姑息だと思う。
いわゆる「靖国問題」とされる政治的問題は、あくまで「言論」でもって勝ち抜くべきだろう。
物や仕組みを利用して政治闘争を勝とうという魂胆は卑しい。
総理や閣僚などの政治家が靖国神社へ参拝することを裁判所へ訴えて「法廷闘争」を仕掛けた、左翼の「やり方」と同じではないか?
いわゆる「保守派」が、周回遅れで「左翼」どもに追いつき、追い越そうとしているようにしか自分には見えない。
「左翼」どもの「政治闘争戦術」のみを取り込もうとしているのかもしれないが、そのうち「ものの見方」や「ものの考え方」まで見事に「左翼」そのものと同じに成り果てるだろう。
醜悪にして愚昧極まりない。

平成29年の後半に於けるベストセラーとして、一冊の漫画が話題と成っている。

マガジンハウス社刊行の「君たちはどう生きるか」である。

作画は羽賀翔一であるが、実はこれには原作が有る。

原作者は吉野源三郎である。

この「君たちはどう生きるか」と云う本は、いわゆる学校の「課題図書」である。

国語の教師から「お墨付き」が与えられた「名著」であり、中勘介の「銀の匙」と並んで、よく推奨されたものであった。

自分もこの「君たちはどう生きるか」というのは、確か中学校時代に読破している。

この「君たちはどう生きるか」という本は、初版が1937年昭和12年である。

つまり「戦前」の本なのである。

ところがそんな80年前に出版されたこの本が、今、漫画化されたということで、俄かに世間から脚光を浴びている。

ただ、原作者の吉野源三郎という御仁が、実は曲者wwwなのである。

彼は社会主義者だったのだ。

そのため、1931年に治安維持法で逮捕される。

そして、1937年に「君たちはどう生きるか」を執筆し、戦後は1946年昭和21年に月刊誌「世界」を創刊して初代編集長と成る。

いわゆる、「戦後進歩的知識人」「岩波文化人」「左翼文学者」の代表的な人物だったのである。

こういう「経歴」を書いてしまうと、いわゆる「保守派」の連中は「脊髄反射」で、即座に否定してしまう。

そして、原作者・吉野源三郎を否定すると同時に、この「君たちはどう生きるか」と云う本まで否定してしまうのである。

全く愚かしいことである。

「君たちはどう生きるか」と云う本は、紛れも無く、「名著」である。

一読するに値する「良書」である。

だが、重要な問題は、このような「良書」を書き上げた人間が、最終的には「左翼」に到達してしまった、ということなのである。

だから、いくら吉野源三郎が左翼だからといって、「君たちはどう生きるか」を拒絶するというのは間違いなのである。

 

「君たちはどう生きるか」という本の真骨頂は、「自分で考えよ」ということに尽きる。

つまり、「他人の考えに流されずに、とことんまで自分の頭で考え抜け」ということである。

勿論、そのメッセージの通底には、昭和10年代に濃厚に成った戦前の日本の国家権力に対する強烈な懐疑が込められている。

だが、吉野源三郎は、その「真意」を解りやすく込めていない。

つまり、単なる「プロパガンダ」(宣伝工作)に止まらないからこそ、「名著」足り得た訳である。

これは中沢啓治の漫画「はだしのゲン」にも通じる。

但し、「はだしのゲン」は、後半部から日本共産党系の「文化評論」誌や日教組系の「教育評論」誌に連載され、紙上媒体が移行するにつれて、最初の「週刊少年ジャンプ」に連載された時のよりも左翼党派色に傾き、「プロパガンダ」化してしまうのだが。

それはさておき、「君たちはどう生きるか」という本では、「自分の頭で考え抜け」と示した吉野源三郎は、戦後は典型的な左翼人として活躍していく。

そこには、反米・反韓国(南朝鮮www)・親ソ・親中・親北朝鮮と云う、誠に解りやすい構図でもって論考が展開されていった。

つまり、吉野源三郎は、あれほど「君たちはどう生きるか」という本でもって、「他人の考えに流されずに、とことんまで自分の頭で考え抜け」と熱く語りかけたのにもかかわらず、結局、左翼・ボルシェビキセクト(党派)の世界観を無批判で受け入れたのである。

つまり、吉野源三郎は、戦前の日本の国家権力や権威に対して「抵抗」するために、左翼・ボルシェビキセクトの権力と権威に「従属」したということに過ぎなかったのである。

かのレーニンによれば、「国家と革命」によって、暴力革命によってプロレタリアートが、ブルジョアジーや帝国主義者どもとの「階級闘争」に勝利する。

そして、「階級闘争」に勝利し、全世界に於いて共産主義革命が成就した結果、「国家」は消滅する、と予言した訳である。

ただ、プロレタリアートを暴力革命による階級闘争で指揮・指導するのは、「革命に於ける前衛党」たるボルシェビキである、と規定した。

つまり、「革命に於ける前衛党」たるボルシェビキ(共産党)は、「国家」の「上位」に存在するのである。

最終的に「国家」を消滅させ、階級闘争勝利後の共産主義革命の「権力」は、「革命に於ける前衛党」たるボルシェビキ(共産党)が担当するのである。

それは、結局、従来の国家権力の支配から左翼セクト(党派)による権力の支配へと、看板が付け替えられるだけに過ぎないのである。

 

吉野源三郎は、戦後、一貫して左翼知識人として生き抜いた。

それは、左翼セクトの「党中央」の指導に依存したかたちでの「思考停止」であった。

吉野源三郎は、「自分で考えよ」と書き綴ったくせに、結局、「自分で考えずに、党中央の考えを従属した」のである。

これは、何と云うアイロニー(皮肉)であろうか?

だから、こういう皮肉な「背景」を含んだ上で、敢えて「君たちはどう生きるか」という本を一読してもらいたいと自分は考える。

だってそうではないか?

吉野源三郎が左翼だから、彼の著作は全部駄目だと否定し尽くして良いのか?

それなら、三島由紀夫が右翼だから、彼の著作は全部駄目だと否定し尽くすことと同じではないか?

そういう上っ面の表層的な「理解」では、知的劣化は克服出来ない。

自分は、長らく「左翼」として生きて来た。
勿論、神社や仏閣が好きで、神社巡り、お寺巡りをしてはいたが、政治的な思想信条としては、30歳過ぎまで明確に「左翼」だった。
だから、少なくとも、「シールズ」の若い連中よりかは、こと「左翼」に関しては年季が入っている。
だが自分は、マルクス・レーニン・毛沢東から、
トロツキー・グラムシ・ローザ=ルクセンブルクと変遷し、...
最終的に竹内好に到達した。
竹内好とは、魯迅の翻訳家で研究者であった。
そして「大アジア主義」であった。
なお、「大アジア主義」は、西郷隆盛・頭山満・玄洋社という「右翼」の系譜が存在する。
だから、後年、或る御仁からは、「竹内好まで来たら、もう、保守じゃないか」とも云われた。
つまり、自分は「左翼」思想の隘路の中を懸命に暗中模索した結果、最終的に竹内好まで到達したのである。
だから、「転向」出来た。
いきなり、マルクス・レーニン・毛沢東・トロツキーといった「ボルシェビキ」の「左翼」から「保守」への「転向」は、ほぼ「跳躍」に等しい。
だが、「大アジア主義」の竹内好まで変遷した結果、「左翼」と「保守」の断絶は、あまり無かったのであった。
だから、2003年の小泉総理の靖国神社参拝に関して、自分は研究し直し、考え抜き、悩み抜いた末に、「転向」した。
ちょうど、いわゆる「ネット保守」の「勃興期」の渦中に自分は飛び込んでいったことに成る。
西村修平、桜井誠、水島総、田母神俊雄、等々。
巨大ネット掲示板「2ちゃんねる」の「オフ会」にも参加し、その時の事柄は西村幸祐が著作の中で記録してくれている。(自分の名前は一切、記載されていないが)
だから、自分は、比較的、いわゆる「ネット保守」の活動を間近で見ていた。
そして、自分も自分なりに、懸命にそれらの活動に関わって来た。
だが、今、その「ネット保守」の活動に関しては、失望と幻滅の思いが強い。
何故か。
既に、2004年2005年の段階で、当時の「我々」の「憂愁」はあまりに深刻であった。
そして、そこから込み上げてくる「焦燥感」には、正直、いたたまれない思いだった。
「とにかく、早くしなければ。早くしなければ手遅れに成る!」
この切迫感と焦燥感と苛立ちが、寝ても醒めても「我々」を苛んで行った。
だが、あれから、15年近く年月が経とうとしている。
その間、2009年から2012年まで、民主党政権が続いた。
「1000年に1度」という東日本大震災が有り、福島第一原発の壊滅的な事故も起こった。
だが、この十数年の間、果たして「我々」は「前進」したのであろうか?
自分は、「後退」はしていない、と思う。
だが、いわゆる「ネット保守」の「しゃかりき」な「情熱」の割りには、あまりに「成果」に乏しい、と評価せざるを得ない。
そして、いわゆる「ネット保守」の可能性と限界を提示してくれたのは、2014年2月の東京都知事選挙に於ける田母神俊雄候補の約61万票獲得と同年2014年12月の衆議院選挙に於ける次世代の党の壊滅的な惨敗にあった。
はっきり云って、自分から見て、現在、いわゆる「ネット保守」は、この2014年の都知事選の「成果分析」と衆院選の「敗戦総括」が、両方とも全く出来ていないと感じる。
もし、それらがきちんと為されていたならば、「ネット保守」の「選挙対策」はそれなりの「かたち」に成っていた筈である。
だが、分析も総括もしないし、出来ないようであるならば、最早、「ネット保守」は恍惚としつつも隘路の途上に居るのであろう。
だから、2年前、1年前と同じことを繰り返し続けている。
そして、今年に行ったことを、来年も再来年も、飽きもせずに、ただ、何の疑問も抱かずに同じように繰り返していくのである。
何故、「ネット保守」はそういう「マンネリズム」の「ループ」に嵌まっているのだろうか?
それは、運動目標とそれに対する「ロードマップ」(行程表)を作成しようとしないことである。
その代わりに、「大変だ!大変だ!今すぐに、急いで、早く早くやるんだ!」と「だけ」絶叫している。
だから、結局、何も「出来ない」のである。


自分は、お金が無くなった。
能力は、元から無いwww
体力も無くなった。
だから、いつ果てるとも知れない「消耗のループ」から身を引いた。
もう、いわゆる「保守派」の集まりで、名刺を配って自己紹介などしない。
別に、「保守界隈だけ」の有名人に、どこの馬の骨とも解らぬ自分の名刺を渡したところで、資源の無駄であろう。


じゃあ、何をするのか?


その回答は、「例え話し」でもってさせていただきたい。

只今現在、「我々」は飢えている。
ろくに食べるものも、飲む水さえも不足している。
このままでは、この「飢饉」でもって、皆が飢え死にしてしまう。
だから、大慌ててで稲や麦の種を撒こうとする。
田畑を必死に成って耕そうとする。
しかしながら、ちょっとした雨風で、土砂崩れや河川の氾濫が起こり、折角、撒いた種たちも泥をかぶるか、水に流されてしまった。
そこで、自分は山々に苗木を植えたい。
或いは、草花の種を撒き、山々の斜面に緑を取り戻したい。
さらに、川底をさらい、川幅を広げ、堤を厚く高く長くしていきたい。
水路を掘り、田畑の石や砂利をさらい、堰や水門を作りたい。
そして、山河に対して、しっかりとケアを施した上で、改めて、田畑を耕し、稲や麦の種を撒きたい。
これは、誠に迂遠である。
切迫した「飢饉」に対しては「手遅れ」に成るかもしれない。
だが、自分は、東大や早稲田・慶応を出たような「頭の良い」賢い人たちのように妙案は浮かばない。
要領が良く、短期間で成果を上げられるほど器用でもない。
浅学菲才で短慮で愚昧で不器用で無様な自分には、このような、どうしようもないくらいの「遠回り」をするしか出来ないのである。
この愚かさを嘲笑するなら、嘲笑してもらって大いに結構である。
もし、仮に、もっと早期に容易に成果を上げられる妙案が有り、実現可能であるならば、それが出来る方々で、是非ともおやりに成れば宜しかろう。
だが、自分は自分の「やり方」で進むだけである。
かのレーニンも云っている。
「別々に進んで、共に撃て」である。


だから、自分の「やり方」しか無いとは思わないし、これが絶対に正しいとも決め付けるつもりはない。
ただ、自分は自分の「やり方」で、あくまでも突き進む。
勿論、「たった独りぼっち」で行く訳ではない。
頼もしい仲間や思慮深い諸先輩方のご理解をいただきながら、一歩一歩、歩みを進めて行きたいと考える。
自分の一歩は、あまりにも小さいし、しかもその歩みは遅いだろう。
だが、決して後戻りはすまい、と心に誓っている。
この「決して後戻りはすまい」というのが、2003年からのいわゆる「ネット保守」の活動に関わって来た自分が、その骨身に沁みた経験から出て来た結論である。

昨晩のNHKEテレ、の深夜番組、ETV特集で、ロシア革命100周年の検証番組を放映していた。
そう云えば、自分が学生時代の頃、「社会主義革命70周年」の特集を雑誌「経済」とかで為されていて、左翼学生だった自分はよく読みふけったものであるwww
つまり、「あれから30年!」である。
綾小路きみまろもびっくりであるwww
それはさておき、改めて、レーニンの主著である「国家と革命」が「最重要文献」であることを再認識させられた。...
つまり、いわゆる対「左翼」批判を行うにあたっては、最低限、レーニンの「国家と革命」は読み解かなければ、全く話しにならない。
だから、いわゆる「保守派」の中で、左翼に対して「ブサヨ」などと偉そうに嘲笑している奴で、レーニンの「国家と革命」を読んでいない奴は、ただ単に「日の丸」を振っているだけの「ハタ坊だじょー」ということである。
ちなみに、日本共産党は、党員への「学習文献」として、意図的にこのレーニンの「国家と革命」を外している。
もう、既に、ここに日本共産党の欺瞞性が露呈されている。
もし、「国家と革命」を「否定」するのであれば、日本共産党の組織理論、「民主集中制」も「否定」しなくてはいけない。
だが、日本共産党は、頑なに「民主集中制」を維持し続けている。
だから、日本共産党は「ご都合主義」なのである。
そう云う意味では、「終始一貫して、ぶれない、二枚舌」の政党なのであるwww

まあ、それはさておき、東京大学名誉教授の和田春樹。
全く、いけしゃあしゃあと出て来てしゃべりまくる。
その面の皮の厚さには、或る面、感服した。
典型的な「左翼文化人」の振る舞いであり、「左翼」の「鑑」と云ってよろしかろう。
自分は、ああは成りたくなかったので、転向したのである。


しかし、本当に、左翼に関する「基礎知識」が風化している。
これじゃ、「論争」に成らない。
勿論、左翼はそもそも「論争」に乗ってこないのであるが、だからといって、水掛け論の非難の応酬、罵り合いのレベルに堕ちてしまえば、広範なノンポリの「中立」勢力の支持と理解が得られない。
左翼は知性劣化したが、保守もそれにお付き合いして、恐ろしく知性劣化が著しい。
こんな体たらくだから、「嗚呼、つくづく『お前は保守なんかじゃない!』って認定してもらって良かった!」って痛感してしまうのである。


最後にもう一度繰り返す。
「資本論」は大著だから、せめてレーニンの「国家と革命」は読破しろ!

これは何も「政治運動」に限定されないのだが、若者と女性の参加が多く望めない限り、その「運動」は、絶対的に尻つぼみに成る。
当然、成果が上がらない。
勿論、若者や女性に対して「媚び諂う(こびへつらう)」ことを推奨しているのではない。
ただ、若者や女性に対して、敬意を抱いているのか?
若者や女性が求めている事柄に対して、どのように回答出来るのか絶えず真摯に意識しているのか?...
そこのところである。
口先だけで、「青年たちよ!女性たちよ!」と褒め称えていたところで、本音は単なる「頭数確保」でしかないならば、早晩、彼等や彼女等は離れていく。
別にやりかたが稚拙で良い訳ではないのだが、かといって、上手くやることが良い訳でもない。
結局、若者や女性たちと「呼応」出来る「関係性」が構築出来るかどうか、にかかってこよう。
頭ごなしに「とにかく、俺に云うことをきけ!俺の云う通りにしろ!」とだけ云うのならば、駄目だろう。
但し、「いったん関わったからには、地獄の底まで同道して面倒見る。」と肚を括れるのならば、また別であるのだが。

最早、「死語」と化してしまった、と自分は思っていた。
かつて、「一宿一飯の恩義」と云う言葉が有った。
いわゆる、「股旅もの」や「任侠もの」といった、浪曲(浪花節)や大衆演劇で演じられた「渡世人」の物語の中で語られる「言葉」であった。
いったん、草鞋(わらじ)を脱いで、一晩の宿を貸してもらい、握り飯ひとつでも出されたからには、その恩義には絶対に応(こた)える、という「義理と人情」である。
この「義理と人情」という「行動規範」もしくは「美学」は、我々の父祖たちから、延々と語り継ぎ受け継いで来たものであった。...
で、戦後に於いても、この「一宿一飯の恩義」といった「行動指針」は、廃れることはなかった。
東映が時代劇の代わりに量産した任侠映画で、大衆は改めて「義理と人情」というものを再認識していったのである。
特に、左翼学生と云われた「戦後レジームの申し子」たちも鶴田浩二、高倉健の任侠映画に熱狂した訳である。
だが、それから既に半世紀以上経った。
「義理と人情」なんぞ、犬でも喰わぬ時代に成り果てた、と思った。
ところが、思わぬところから「一宿一飯の恩義」は今時の若者たちに受け継がれていたのである。
格闘技漫画の「刃牙」シリーズの中の登場人物に、「喧嘩師」花山薫がいる。
桁外れの握力を持つヤクザなのだが、それはともかく、彼の背中に掘られた刺青が「侠客(おとこ)立ち」と云われる。
かつて、庄屋の家柄であった花山家に、或る晩、流れ者の渡世人が宿を借りた。
無名の一渡世人に対し、花山家は宿と風呂とご馳走をふるまった。
だが、その夜、花山家を逆恨みした連中が徒党を組んで斬り込んで来た。
寝込みを襲われた当主夫妻や使用人など、皆殺しの憂き目を見た。
ただ一人、幼子の嫡子が、宿を借りて泊まっていた渡世人に背負われて生き延びた。
しかも、渡世人は、背中の幼子の上に釣鐘を被(かぶ)せ、追っ手からの刃傷を防いだ。
だが、渡世人自身は、文字通り「立ち往生」して事切れていた、と云う。
これが侠客・花山家に伝わる「侠客(おとこ)立ち」の伝承である。
このエピソードは、いわゆる「刃牙」ファンなら、知らない者はいないだろう。
で、このエピソードを若者たちは、まぶしげに受け入れているのである。
自分は、このエピソードを読んで、とても懐かしく感じた。
まさに、これこそが、「一宿一飯の恩義」そのものではないか!
もう、時代遅れの極とも云える「一宿一飯の恩義」という「行動規範」「美学」が、今の十代や二十代の若者たちに共感されているのである。
ああ、やっぱり、「義理と人情」というのは、普遍的なものなのだなあ、と改めて痛感した次第なのであった。

そう云えば、只今、大人気の漫画「ワンピース」であるが、あれをスタジオジブリの敏腕プロデューサー鈴木敏夫が開口一番、
「ワンピースって、任侠ものだよね。」とwww
自分はそれを聞いて、「激しく同意!」www
あの「ワンピース」を読んで行くと、もう、往年の任侠映画を彷彿とさせてしまうのである。
別に、「ワンピース」が任侠映画をパクっていると貶めているのではない。
まさに「娯楽の王道」を突き進んでいる訳である。

ちなみに、いわゆる任侠映画が大好きなのは日本人だけではない。
かのラモス瑠偉選手も任侠映画が大好きだし、映画監督では鬼才タランティーノも熱狂的なファンである。
古臭くて、もはや時代遅れだと自覚してはいるのだが、自分はやっぱり「一宿一飯の恩義」や「義理と人情、浪花節」って云うのは捨てられませんなあ・・・

かの聖徳太子を描いた名作少女漫画「日出処の天子」の作者、山岸涼子はその他にも優れた作品を描いている。
その中で、あまりに知られていないのだが、自分が感銘を受けた秀作が有る。
「白眼子」という。
常日頃、ご指導を頂戴している講師の方に、この漫画をご紹介しようと思ってネットで調べてみたら、現在、「絶版」である。
この作品は、或る、「霊能者」の生涯を描いた作品であり、この「霊能者」というのが、ネックになって、どうも「絶版」になっているのかもしれない。...
だが、この作品は、自分としてはもっと読まれても良いと感じている。
全てをご紹介すると、ネタバレに成ってしまうので、自分が感銘を受けた、作中の霊能者・白眼子のセリフのみ、引用させてもらう。

「どうやら人の幸・不幸はみな等しく同じ量らしいんだよ。」

「だけど本当は災難をさけようさけようとしてはいけないんだ。
災難は来る時には来るんだよ。
その災難をどう受け止めるかが大事なんだ。
必要以上に幸運を望めば、隅に追いやられた小さな災難は大きな形で戻ってくる。」

いわゆる「保守派」に顕著なのは、「やたらとマイクを握りたがる」こと。
だから、自分自身は、このことに注意して、極力戒めている。
自分も「下手の長談義」の口なので、話し始めると長く成るのだがwww。
或る程度、長く話し続けていくと、「脳内麻薬」が分泌されて、「快感」を得られるのである。
そうなると、止まらなくなるのだ。...
だから、「話し」ながら、冷徹に「聞き役」としての自分を意識していないと、そのうち、話しの内容が支離滅裂に成って、訳の解らない代物に堕していく。
ただ、そんな状態でも、「熱意」が込められると、聴衆の半分はその「熱意」にほだされて、一緒に成って「興奮状態」に成ってくれる。
そこで、話し手と聞き手の双方が「脳内麻薬」だだ漏れwww状態となる。
この状況は、一概に良し悪しが付け難い。
ただ、こういう即断が難しい事柄に関しては、意識的に反省していかないと、そのうちボロが出て、必ず害毒を生じる。
だから、自分がスピーチした後は、自分の評価が一番厳しく成る様に努めている。
そうしないと、「やたらとマイクを握りたがる」誘惑に負けてしまう。
カラオケと同じ。
「もう、やめちゃうの?」と云われているうちに、退くのが上等。

話し始めて、話しながら、「はやくまとめて切り上げないと」自分自身をけしかけないと、絶対長くなりすぎる。
あとは、盛り込む「ネタ」の数を絞り込む。
もし、時間の配分上、絞り込めなかったら、「ネタ」に関して「強弱」、「アクセント」を付ける。
「この話しは、聞き流してくださーい。」
「ここの部分は重要なので。試験に出ますよー、って試験はしませんがwww」
と云う感じ。
そうでないと、聞いている方は頭に残らない。

これが、街頭演説だと、始めにガツンとやって、通行人を振り向かせるか。
もしくは、はじめは低いトーンでゆるゆるやって、途中から、トントントンと上げていくか。
まあ、街頭演説は結局「出たとこ勝負」だし、「本弁士」と「つなぎ弁士」で、また違って来る。

ま、しがない派遣労務者には、もう、遠い世界の話しに成ったから、今更どうだっていいやwww

自動車製造メーカー大手各社が、現在の「期間工」の「無期」化を逃れる為に、「対策」を講じている。
こういう事実を目にすると、最早、「企業」は、なるべく「社員」を抱え込みたくない、というのが本音なのだな、と痛感する。
つまり、この先、10年、20年と雇用し続ける「自信」が「経営的」に無くなっているのである。
それだけ、経済界の時代の変化のサイクルが急激化しているのである。
いわゆる、現在の諸問題の根本は、「企業」の「旬」の期間が短縮化したことである。...
かつては、鉄鋼・造船メーカーが経済全体を牽引する期間が20年とか30年も続いた。
家電・自動車のメーカーもそうだった。
だが、ここ最近の「企業」はどうか?
かつて一時代を風靡した「スターバックスコーヒー」はどうか?
さすがに潰れてはいないが、かつてのような圧倒的な「勢い」は最早無い。
一方、ソフトバンクやグーグルやアマゾンは、注意深く見て行けば、かつての「コアビジネス」から大きく逸脱した、別の事業に主軸を移して「存続」している。
まさに、映画「山猫」の台詞、
「変わらないためには、まず自分が変わらなくてはいけない」のである。
つまり、企業が、その存続を賭けてサバイバルを繰り広げている状況の中で、ただ単に「従業員の雇用の確保」という「硬直化」した主張ばかりでは、企業側からの「現実主義」という回答に圧倒されてしまうだろう。
それに、必ずしも「企業」に「帰属」し続けることが、「確実」でも「安全」でもなくなりつつある、とも云える。
企業に「正社員」として依存し続けることが、従業員にとって、本当に良いことなのか?
ただ、一方で、「組織とは畢竟、人なり」である。
「人」を大切にしない「組織」は、早晩、破綻する。
だから、「人はいらない、人はいらない」と我が身を切り刻んでいった「企業」は、いずれ「人もいらないが、そういう会社もいらない」と放棄されることと成ろう。
まあ、結局は「塩梅」の問題なのだろうが。

個人としては、「企業」の中に「入っていく」というよりも、「企業」と「つながる」という「距離感」「位置関係」にいずれは変化していくのではないだろうか。
それは、すなわち帰属「企業」内の「人事考課」と共に、「企業」外での「人物としての評価」が、重要に成る、と。
究極的には、ほとんどの「勤労者」が「フリーランス」と化していくのかもしれないのだが、その過程として、「企業」外に於いて、どれだけ「評価」されているのか、ということが、今後問われていくのであろう。

ま、派遣労務者のポンコツには関係ないけど、さwww

自分に対して、ズケズケと物を云って下さる方がおられる。
どういう御方か?というと、「曲者」www
とにかく、狡猾でw、剽悍w
しかも剛直で律儀。
だから、さんざんからかわれたり、悪口を浴びせかけらりたりするのが、不快に感じないのであるwww...
で、その御方に、
「もう、ひと月近く、左手が痺れているんです。」
と泣き言を。
で、しばらく、こっちの云うことを聞いてくれた。
「日常生活は少し不便だが、仕事に行くことは出来る。
痛みは有るが、寝付けない訳ではない。
でも、大好きな筋トレが出来ないので、不満が溜まっている。」と。
すると、
「そりゃあ、お前、”守られている”んだよ。」とポツリ。
「え?」
「だって、そうだろう。
日常生活はおくれる。
仕事にも行けて、問題は起きない。
ただ単に、筋トレだけ出来ない。
そうだろう?」
「はい。」
「ということは、『筋トレだけ休め』ということじゃあないか?
つまり、無理をしないで、少しは休養を取れということ。」
「はあ。」何だか、釈然としない。
「あのさあ、神様や仏様っていうのは、『良いことも悪いことも与える』んだ。
ただな、それはな、食事に於いて『食べて美味しいものと、不味いけれど健康に良いもの』と両方出してくれているようなもんだ。
つまり、お前が調子に乗って筋トレで無理をしないように、左の肩を痛めさせたのさ。
そして、ただ単に痛いだけなら、筋トレを中止しないから、さらに左腕を麻痺させたんだよ。
だから、身体の休養が十分に取れるようになったら、全部治るさ。
逆に、全部治るまでは、『無理をするな』『調子に乗るな』という戒めだな。」
ちょっと、この御指摘にはびっくり。
「お前、実は、ちょっと、神仏を恨んだだろう?
全く、思慮が浅過ぎて話しに成らない。
そういうのを、『我が儘な逆恨み』と云うのだ。
折角、大怪我や大病に成らないように仕向けてもらったのに、全然、気が付かない。
もし、仮に、神仏がお前のことをお守り下さらなかったとしたならば、何で、仕事に行けるんだ?
日常生活だって、もっと、痛みや苦しみが酷い状態に成ったって当然だろう?
それが、ちょうど『筋トレだけ出来ません』という『状況』にされている。
つまりだ、お前は、神仏の『ご守護の範囲内で不幸に遭っている』訳なのだ。
ということは、『良いことも悪いことも皆、御守護の範囲内』ということだろう?
それを、お前は、仮初めにでも神仏を恨んだ。
全く、愚かしい奴だ。
次には、本当に神仏の罰をかぶってもだえ苦しんだら良いのだ。
そうすれば、少しは思い知るんじゃないのか?」
もう、ケチョンケチョン。
シュンと成っていると、
「もう、良いから、はやく養生して治してしまいな。」と云われてしまった。
はやく、治ると良いな。

(別のところで)
左腕の痺れが治らず、なかなか筋トレが再開出来ない。
正直、欲求不満がたまっている。
だが、ここで愚痴不足不平不満を爆発させても、何の足しにも成らない。
あくまで、自分なりの解釈なのだが、物事には必ず「意味」が有る。
幸・不幸、共に、そこから何かしら「教訓」や「示唆」が秘められている。...
だから、絶えず、この「現象」の奥の「寓意」を読み取れるように「意識」することに努めなくてはいけないだろう。
なお、比較的「寓意」を読み取り易いのは、むしろ不幸や災難の時である。
人間、順調な時には絶対に「反省」なんかしない。
「上手くやった。おれは正しい。」
そうとしか思わない。
その先に、大きく深い落とし穴が口を開けて待っているにもかかわらず、「僥倖」は当分続くであろうと、たかをくくってしまうのである。
その点、不幸や災難に見舞われ、自慢の鼻をへし折られ、地獄の底に叩きつけられると、ようやく目を覚ますことが出来る。
そこで、やっと、自分の愚かしさ、至らなさを自覚出来るのである。
また、今迄自分が与えられていた「愛情」や「環境」がいかに得難い、有り難いものであったのかを身に沁みて理解出来るようになる。
「有って当たり前」と思っていた「ことがら」が、みな、「当たり前ではなかった不思議」ということに、ようやく気付かされるのである。
人間、「気付き」を得られた時、ようやく歩み出すことが出来る。
いったん、地獄の底に叩きつけられたならば、あとは、そこを這いずり回り、這い上がっていけば良いだけの話しである。
今迄、「不幸や災難に対しても感謝の気持ちで」という言葉が理解出来なかった。
だが、ようやく、その真意が自分にも腑に落ちるように成った。
「南無地獄大菩薩」
合掌。

現在の好景気は、ひとえに安倍政権の経済政策の賜物である。
と同時に、この「アベノミクス」の恩恵に浴すまで、何とか生き延びられて来た各企業は、経費の圧縮、支出の抑制によって可能に成った。
具体的に云えば、本来ならば、「従業員」に支払うべき「賃金」を、徹底的にコストカットしたお蔭である。
本来ならば、「従業員」は全員「正規雇用者」であった筈である。
だが、今や、約4割が非正規雇用者である。...
また、従来ならば、「社内」で行っていた「こと」を、どんどん「外部発注」している。
これも、その大元は、「余剰人員を抱え込みたくない」というところから発している。

企業に於ける「固定経費」の一番の要素が「人件費」ということなのである。
だが、「人件費」が「経費」であるということならば、「正規雇用者」の数を削減すればするほど、企業経営の「数字」が「改善」される、と云う理屈になってしまう。
しかし、考えても見よ。
人間が少なければ少ないほど良い「組織」と云うのは、本当に良いのか?
もっと考えれば、究極の姿として、「無人の企業」が「理想形」なのだろうか?
それは、単に「ペーパーカンパニー」ではないのか?
いずれ、AI(人工知能)やロボットのみの「人件費ゼロ」の「企業」が誕生し、機械やシステムが「自己完結」して、ただひたすら「利潤」や「富」を「生産」し続けることに成った時、それは、本当に「理想の企業体」なのだろうか?
そして、「人が要らない」「人が不在」の「企業」によって構成された「社会」は、「人間」に対して「配当」だけしてくれるのだろうか?
だが、それは、本当に「理想社会」なのだろうか?
いずれ、AI(人工知能)から、「人間が介在すると、経営が悪化しますので、人間は一切不要です」と申し渡された時、人間は、その「企業」から退出して全てをAIに任せるのだろうか?

そうなって来ると、いずれ、人間にとって「働く」ということはどういうことなのか、が問われて来よう。
さらに、人間にとって「生きる」ということはどういうことなのか、ということも問われて来ることと思う。
だが、その「問い」に、果たして、我々は真摯に受け答えが出来るのであろうか?
それこそ、「オッケー、グーグル。質問が有るんだけど」って安直にAIに依存するのではないのだろうか?www

面白いことに気が付いた。
仕事場で、「残念な」人ほど、「自分は仕事が出来る」と思っているらしい。
また、現在の仕事の「出来」に満足してしまっているらしい。
だが、実際は、「残念」な代物なのである。

...

一方、憧憬を抱くほど、仕事が出来る人、もしくは、仕事に打ち込んでいる人ほど、自己分析が「過小評価」しがちなようである。
要は、自己評価が「正確」であるかどうか、ということが重要なのではないようだ。
「自己評価」が「過小評価」しがちな人は、さながら駆り立てられるようにして、創意工夫、分析調査、奮闘努力に打ち込むということなのである。
もし、「自己評価」が「正確」で、現状に「満足」してしまったならば、もう、成長も改善も努力も、それらに対する「意欲」が減退してしまうのであろう。
だから、傍から見ていると、仕事が出来る人ほど、気の毒なくらい、自分自身をとことんまで追い込んでいる。
「嗚呼、辛そうだなあ・・・」と感じる。

まあ、自分のように、何をやっても空回りしている「残念」な人よりかは、ましであるがwww
本当に、自分は、どうしてこんなに稼げないのだろうか?
「仕事が出来ない」ということの悲哀を噛み締めつつ、今日もこけつまろびつ頑張っていくしかない。

SNSでもって、「いいね!」が欲しくなるのは、何故なんだろうか?
まあ、褒めてもらえるのは誰しも嬉しい。
それに、「有名」に成れる。
よく、ユーチューバーと云われる方で、「自分」を映している御仁が多い。
「被写体として映る」という「気持ち」が維持出来る、ということだけでも、自分は尊敬する。...
はっきり云って、自分なんかカメラに撮影してもらえるほどの代物じゃない。
だから、写真を撮るのも、写るのもあまり好きじゃない。
あと、「有名」に成ることが、そんなに良いことなのか、自分は、実はピンと来ないのである。
なお、自分は、現状に於いても、一回会うと、だいたい「記憶されてしまう」。
何だか、めちゃくちゃ「強烈」なようなのである。
こっちは失念していても、向こうはしっかりと憶えておられる。
そういうことがしょっちゅうなのだ。
だから、下手に悪いことが出来ないwww
誰が何処で見ているか解らない。
で、しかも、しっかりと印象に残ってしまうようなのだ。
これを喜んでいいのか、哀しんでいいのか、よく解らない。
ただ、そんなにシャカリキになって、「有名」に成らなくても宜しかろうに、と感じる。
変に「有名」に成ると、訳の解らない「もの」まで押し寄せて来る。
だったら、「路傍の石」の方が余程、気が楽である。
一番良いのは、「玄人受け」www
ただ、これは「本物」に成らないと、絶対に無理。
「中身」が伴わないと「名は知られない」。
まあ、所詮、「名利とは無縁」と割り切った方が無難である。
好意を抱いて下さる方や評価をして下さる方が、ひとりでも二人でも居られたならば、もう、それで「以て瞑(めい)すべし」なのではないだろうか?
幸い、自分は、今迄、無名であっても素晴らしい人とたくさん出会うことが出来た。
また、無名であったとしても、ただの市井の一凡人として生涯を終えたとしても、悔いの無い幸福な人生を送った人を何人も見て来た。
だから、無名であろうが、有名であろうが、自分にとってはどうでも良いことである。

それに「悪名は無名に勝る」と云うが、「悪名」が世間に轟き渡ると云うのは、多分、壮絶な人生だと思う。
まあ、「ぼちぼち」で充分ですわwww

新作映画「サークル」の於いて、現在そして近未来のSNSの「ディストピア」が描かれている(らしい。未見なのでwww)
どうしても、SNSなどでは「いいね!」が欲しくなるのである。
これは人情として解る。
そして、さらに、「いいね!」やフォロワー数が増えると、その数に応じて広告料などの「収入」が入ったりするという。
自分のようなIT音痴には、「何処の世界の話しなんだろう」と云う感じである。...
はっきり云って、自分は拙ブログにしろ、FBにしろ、誰のことを念頭に書いているのか?と云うと、全部、「自分の為」だけに書いているwww
まさに「独善」である。
ただ、「世界には自分にそっくりな人が3人居る」という。
つまり、自分の為に書いたものでも、自分と多少同じ性癖の御仁には少しは「共感」してもらえるのである。
だから、徹頭徹尾、自分だけに対して書いた「極私的」な拙文であっても、意外と他人から「面白い」という評価をいただけるのである。
だいたい、なるべく多くの人の「いいね!」を頂戴しよう、という「感覚」が自分には卑しく感じる。
そんな、「不特定多数」の「没個性的」な「のっぺらぼう」のネット世界の大多数からの歓心を買おうなどというのは、まさに媚び諂い(こびへつらい)としか自分には思えない。
自分は、今迄もそうであったし、これからも徹頭徹尾、「自分のためだけ」の独善の拙文を綴り続ける。
どうせ所詮は「路傍の石」である。
揉み手しいしい、下卑た笑みを浮かべたところで、醜悪でしかなかろうが。

家業を継いだ若い経営者の方とお話しする機会を得た。
そこで、
「今、人を雇うことがリスクに成って来た」と云う。
何となく、漠然と「そうじゃないかなあ?」と感じていたのだが、実際に「企業経営者」の方の口から聞くと、やはり驚かざるを得ない。
詳細を書きたいのだが、そうすると、睡眠時間が無くなるので、詳述は後日ということで。...

昨日、週刊ダイヤモンド誌を購入。
特集は「右派と左派」。
ひとくちに「右翼」「左翼」と云うが、実はよく解っていない人が多い。
というか、「大杉」www
で、「左と右がねじれている」と指摘。
自分から云わせると、「何を今更www」。
既に、1980年代後半に、評論家呉智英が、「現在、右と左の違いがあいまいになっている」と指摘されている。
具体的な例として、
「イランのホメイニ師によるイスラム革命は、右翼なのか?左翼なのか?」。
なお、リビアのカダフィ大佐による「緑の革命」は「アラブ民族主義」と「社会主義」の「融合」によるものとされているので、広義の「左翼」に該当するだろう。
もう、既に、「左派」「右派」でもって政治対立軸を説明しようとする見方は、「破綻」している。
しかしながら、「左翼」も「右翼」も厳然として存在している。
そこを、どう読み解き、理解していくのか?
一見、簡単なようで、実はややこしいのである。
それはともかく、この特集はいささか期待外れ。
でも、さすがは「経済誌」なので、データや図表の見せ方は卓越している。
そう云う面で、一読してみる価値は有ろう。

なお、「左派」に関して、致命的な「欠落」が有ったことを指摘しておく。
「左派」の中に、「部落解放同盟」と「生協」が全く記載されていないこと。
「解同」は、西日本地域に於いては、政治的な影響力は侮れない。
かつては上田卓三、小森龍邦といった国会議員も輩出した。
日本社会党の強力な支援組織であったし、現在もそうである。
にもかかわらず、「水平社」や小説「橋の無い川」など、一切記述が無い。
また、生活協同組合・生協もそうである。
生協もピンからキリまで有るので、一緒くたには出来ないのだが、生活クラブ生協は、「生活者ネットワーク」というかたちで「地域政党」を生み出している。
で、その「生活者ネットワーク」の歴史認識や平和への意識は、全くの「左翼」なのである。
また、「生活者ネットワーク」の都議出身の大河原雅子は、民主党の参院議員であったし、今回の衆院選で立憲民主党の比例候補として代議士に当選し、政治家として復活した。
出来得れば、さらに山岸巳代蔵の「ヤマギシ会」「ヤマギシズム」などをも含めて「生協」についても言及して欲しかった。

なお、中核派全学連委員長のインタビュー記事は、ネットでのダイヤモンド・オンライン上に全文が掲載の予定。
こちらの方が読み応えが有る。

以前も書いた内容なのだが、再度、書かせてもらう。

上手くいかない時、
苦しい時、
哀しい時、...
辛い時、
不本意な時、
そういう時は「逆境」と云えよう。
その「逆境」の時こそ、
自分の「修行」の時と知るべきである。
「艱難(かんなん)辛苦、汝(なんじ)玉にす」と古来から謂われる。
また、「若いうちの苦労は、買ってでもせよ」とも云う。

一方、
得意の絶頂、
会心の笑み、
当たりが続く、
そういう時は「順境」と云えよう。
だが、その「順境」の時こそ、
自分は「試されている」と心身を引き締めなくてはいけない。
「勝って兜の緒を締めよ」と古来から謂われる。

人間、哀しいかな、上手く行っている時は、絶対に「反省」なんかしない。
「ああ、助かった」と思った、その直後から、もうケロリと忘れてしまっている。
だから、もし、失敗するならば、中途半端に「助かる」よりも、いっそのこと、地獄の底まで落ちた方が良い。
人間は、結局、骨身に沁みるような思いをしなければ、思い知ることは無い。
不幸のどん底、地獄の底まで突き落とされて、這いずり回るような責め苦を体験して、ようやく「猛省」するのだ。
だが、ひとたび、反省し、意識が転換されれば、後は立ち上がって、這い登れば良い話しである。

その点、「順境」の方が恐ろしい。
あまりにことが上手く運び過ぎると、現状把握も認識も制御も出来なく成って行く。
そして、調子に乗って慢心し、いくつもの「気付き」の機会を見過ごして、挙句の果ては、ほんの些細なつまづきで一気に暗転する訳である。

小池百合子東京都知事を見よ。
ほんの3か月前は、得意の絶頂で「向かうところ敵無し」であった。
ところが、今や、下手をすれば東京都知事さえも「辞任」へ追い込まれるやもしれぬ、と云うほど、悄然としてしまった。

また、山尾しおり代議士を見よ。
彼女は大変「気の毒」である。
何故ならば、彼女はその「才覚」ゆえに、「落ちる選挙」に勝ってしまったのである。
勿論、勝ったとはいえ、薄氷を踏む辛勝に過ぎないのだが、「ダブル不倫」という重い醜聞を抱え込みながらも、当選してしまったのである。
選挙に「勝ってしまった」以上、彼女は「反省」なんか絶対にしない。
案の定、選挙終了後、ひと月もたたぬうちに、不倫相手の弁護士を「政策顧問」に指名した。
このあまりの「厚顔無恥」さには辟易とせざるを得ない。
多分、彼女は、その持前の「才覚」や「容貌」ゆえに、短期間で一気に野党勢力の「顔役」に上り詰めていくだろう。
だが、そもそもの「ダブル不倫」の醜聞も、身内から「刺されて」週刊誌に情報がリークされたとも云う。
今度は、更なる致命的な醜聞を暴露されて、一気に叩き落されることだろう。
勿論、それは結局、彼女自身の「身から出た錆」なのだが。
本当は、彼女は、僅差で惜敗し、落選して悲嘆にくれるべきであったのである。
そして、その悲しみの中から立ち上がり、選挙区の地盤を日々、頭を下げて歩き回り、有権者へ許しを乞うべきであったのである。
だが、この「お詫び行脚」は、最終的には彼女の選挙区の地盤固めに成る。
数年後の衆院選では、間違い無く「判官びいき」で彼女は大量得票をしてぶっちぎりで当選するだろう。
そして、以後の選挙も負け無しの常勝将軍と成るであろう。
だが、実際は、中途半端に「辛勝」してしまったために、彼女は折角の「再起」の「好機」を逸してしまったのである。
数年後の次の選挙以降、彼女はどうなるのか?
ただ、ぶっちぎりで当選する可能性は低いと思う。
自民党の候補とデッドヒートを繰り広げる破目になるだろう。

ところで、自分は長らく、ずっとずっと人生の「修行」をさせてもらっているwww
だが、そろそろ「試されて」みたいものであるwww
しかしながら、なかなか人生の「受験」の機会が巡って来ないのである。
ひょっとしたら、死ぬまでずっとこのまま「修行」なのかもしれないwww
嗚呼・・・

我ながら、自分の愚かさが情けなくて泣けてくる。

40歳代も半ば過ぎて、やっと、ようやく、気が付いたことが多い。

よく、「子供は神様からの授かりものだよ」と云われる。...
このことばを考えていくうちに、ようやく気が付いたことがある。
「人間、みんな、預かりもの、借りものなんだよ」と。
まず、身体。
自分の身体は、「自分の物」と思いがちである。
だが、自分の身体というは、本当に「ままならない」ものである。
自分自身、ひんぱんに体調を崩す。
病気をする。
怪我をする。
調子が悪くなる。
「自分の物」と思う割りには、全然、管理も制御も出来ていない。
だが、そもそも、自分の身体は、どうやって「手に入れた」のだろうか?
オギャアと生まれ落ちて、気が付いてみたら自分の身体は「自分の物」だった訳である。
お金を出して購入した訳でもないし、親に頼み込んで作ってもらった訳でもない。
つまり、自分の身体でさえ、自分の「はからい」で所持出来得た訳ではないのだ。
ということは、自分の身体でさえ、自分が生まれ落ちる前に
「与えられた」訳である。
いいや、「与えられた」というよりも、
「預けられた」
「貸し与えられた借り物」
このように思うべきなのではないだろうか?
ならば、「自分の身体は自分の物。だからどうしようと自分の勝手だ」などという「理屈」は通らなくなる。
無理をして、身体を壊したり、痛めたりしてはいけないということになる。
不摂生などしたら、「預かりもの」を毀損することになる。
無論、自殺したり、「緩慢な自殺」とも云える「依存症」(アルコール、ニコチン、薬物、ギャンブル、セックスなど)も、神仏への冒涜と成ろう。
この自分自身の「身体」も、「お金」も、「時間」も、「所持品」も、「縁」も、全部全部、自分がこの世に「送り出される」際に「お預かり」させてもらった「借り物」なのだ。
だからこそ、大切に、きちんと、「使わさせて」もらわないといけないのだろう。
今後、「預かりもの」「借りもの」という「意識」でもって、自分は「生きていこう」と思う。

ま、どうせポンコツの派遣労務者として死ぬだけですがねwww

結局、小池百合子も「東京都知事」としては「スカ」だった、という評価に成りそうである。
それにしても、7月の都議選は、いったい、何だったのだ?
側近の野田数が、創価学会・公明党を引っ張り込んだ、という「噂」が流れたが、それにしては、あまりにあっさりと都議会公明党は「都議会与党」から離脱してしまった。
多分、都議会の公明党は、
「勝手に擦り寄って来て、勝手に離れて行った」ということだろう。...
結局、小池百合子の周辺には、頼り甲斐の有る「側近」が皆無なのだろう。
そもそも、「側近力」などという著書を出した、若狭勝は、今いったい何をしているのだ?
何だか、もう、「政界引退」を表明したとか。
何だ、こいつは。
「長」である小池百合子東京都知事が、一番苦しんでいる時にこそ、「側近」はしっかりと下支えをするべきなのではないのか?
「勢い」が失せたと感じたら、さっさとトンズラするような薄情な奴は、「側近」とは呼ばれない。
「虎の威を借る狐」「腰巾着」と呼ぶ。
結局、小池百合子の周囲には、「側近」たるべき「臣」が居ない。
ただ、そうなったのは、やはり小池百合子自身が原因だろう。
実は、彼女自身、「側近」なんか不要なのだ。
多分、彼女はナルシストであり、ニヒリストなんだと思う。
だから、自分自身しか頼ろうと思わない。
他人なんかは、一切、あてに成らないと思っている。
まあ、そこまで「徹底」し尽くして来たからこそ、一時は得意の絶頂だったのだろう。
だが、今思えば、あまりに短い「賞味期限」だったような気がする。

しかし、まあ、東京都民は、これで、
猪瀬直樹
舛添要一
小池百合子
と三代に渡って、「欠陥商品」をつかまされた訳である。
ただ、猪瀬と舛添は、「東京の自民党に騙された!」と責任転化が可能であるが、小池百合子の「製造責任」は、東京都民自身に有る。
はたして3年後の東京都知事選挙はどうなるのか?
下手をすれば、宇都宮健児が、満を持して出馬して当選してしまうかもしれない。
かくなる上は、東京の保守党派は、3年後を念頭に於いて、迅速に、候補者の発掘を進めるべきだろう。
そうしないと、今度こそ、共産党系の宇都宮に、都政を持っていかれてしまうぞ!

ついに創価学会・公明党の組織力の劣化が露呈してきた。
これを単純に喜んではいけない。
何故なら、自民党候補者の当選は、「創価学会・公明党」の「票」の下駄をはいて、ようやく達成出来ているからである。
本来、創価学会・公明党の構成層は、未組織中小企業の経営者とその従業員・労働者である。
いわゆる「都市部の低所得者層」である。...
だが、それらの「層」は、本来ならば共産党の支持層なのである。
いわゆる公営住宅地で、共産党と激烈なバトルを繰り広げているのは、創価学会・公明党なのだ。
だから、本来は、共産党へ投票される「票」が、創価学会・公明党を「経由」して、現在、自民党へ投票されているという「図式」なのである。
だから、もし、創価学会・公明党によって絡め捕られていた「人々」が、次第に「流出」していったならば、多分、そのほとんどを共産党が「回収」することと成ろう。
創価学会・公明党の組織力劣化は、少なくとも、現時点に於いては、安倍連立政権の基盤を揺るがすこととなろう。
自分の見るところ、創価学会・公明党の組織力は、相当、無理をして何とか維持している。
無理と云うのは、「当面」は維持可能であるが、いずれは限界を必ず迎える。
このまま、創価学会・公明党の組織力に「依存」しているようであれば、「安倍一強」「自民一強」などという「図式」は、呆気無く破綻するだろう。
迂遠なようであるが、創価学会・公明党に取って代わるくらいの、広範で強靭な「保守」の「組織」の構築を目指さなくては駄目だ。

TVアニメ「ルパン三世」は、第一期の大塚康生、宮崎駿が中心と成った通称「旧ルパン」と、第二期で現在も再放送が繰り返される通称「新ルパン」が有る。
また、主人公のルパン三世の着ているジャケットが、旧ルパンは「緑」で、新ルパンが「赤」であることから、「緑ルパン」「赤ルパン」とも呼ばれている。
で、「新ルパン」に於いても、実は2作品は宮崎駿が制作している。
TV第二シリーズの最終回である「さらば愛しきルパンよ」ともう一つである。
「さらば愛しきルパンよ」には、ヒロインの小山田マキが、映画「カリオストロの城」のヒロインであるクラリスとそっくりであり、また、ロボット兵器が重要な役割を果たすところから後年の映画「天空の城 ラピュタ」の先駆的な作品とも云われている。...
ただ、もう一作の「死の翼 アルバトロス」もなかなかの佳作である。
こちらは、巨大な爆撃飛行機(というか空飛ぶ要塞)という設定は、後年のTVアニメ「未来少年コナン」の中のギガントの先駆的なものである。
この「死の翼 アルバトロス」というのは、核兵器のミニチュア化と云う、これまた時代を先取りした設定だった。

で、今迄のは、単なる「前振り」でwww
ここから本題。
この「死の翼アルバトロス」の中で、効果的に使用されている「劇伴」(音楽)が、実はこのフランスクラシック音楽の名作、サン・サーンスの交響曲第三番「オルガン付き」である。
その中の「第二部」の第三楽章と第四楽章の聞かせどころを効果的に使っている。
第三楽章で、旋律が音階を駆け下りていくような部分が有るが、その部分。
それと、第四楽章の冒頭の荘厳なパイプオルガンの演奏で、「アルバトロス」号が発進するのである。

ま、そんな「マニアック」なことはどうだって良いかwww
なお、サン・サーンスは初期の映画に於いて、「劇伴」「映画音楽」を提供した大作曲家である。
ちなみに、あくまで「サン・サーンス」であって、
「さいざんす」だとトニー・谷になってしまうので、どうかお間違えの無いのないように。(って、間違える訳ないか!www)

(しかし、まあ、自分って、どうでも良いことはだけはよく憶えているなあ・・・
これらの代わりに、英単語の一つでも憶えられていたら、もっと良い大学に合格出来ただろうし、人生ももっと違っていただろうに・・・)
https://www.youtube.com/watch?v=y5lqacPz2nk

自分は政治家中山成彬先生を尊敬している。
また、その業績に関しても敬意を払っている。
だが、今回の衆院選に関しての自分の感想は、
「一将功成って、万骨枯る」
である。...
また、昨年の参院選で北海道から「日本のこころ」党から出馬された佐藤和夫先生は、
中山成彬先生、中山恭子先生が「日本のこころ」党に復帰され、さらにあと二人の国会議員を引き入れれば、「政党要件」を満たすことが出来る、とコメントされた。
確かに、それもひとつの「道」だと思う。
しかしながら、例え、それで「日本のこころ」党が「政党要件」を満たしたところで、少なくとも自分は、もう、戻る気持ちには成れない。
自分は、もっと、迂遠な道を選択する。
ただ、どういう「道」なのかは、ネットで書くのは恥ずかしいので、それはご勘弁願いたい。
それに、自分は、今更「いわゆる保守派」のなかには戻れないだろう。
(自称)「真正保守」の方は、(自称)「真正保守」の「気の合った」方々だけでよろしくおやりに成れば良いと思う。
自分は、まだ「保守とは何なのだろう?」と感じている方々ともに試行錯誤をしていきたいと思う。
「そんな、悠長な、呑気なことでどうする」とお叱りを受けるのは承知している。
だが、不器用な自分には、「この道」しか、ない。
頭の良い人、器用な人、能力の有る人らは、どんどん「前衛」として突き進んで行かれたら良い。
自分はさながら「ラクカラチャ」wwwのように、後からくっ付いて行きますからwww

元・陸上自衛隊一佐の佐藤和夫先生は、度量が広いとつくづく感服している。
と云うのは、自分は、しばしば佐藤和夫先生の御高説に真正面から批判する書き込みを自分のところでしているからである。
さすがに、佐藤先生のフィールドに書きこみは出来ないがwww
にもかかわらず、ネット上で「絶縁」されないのである。
これは、「いわゆる保守派」の中では、ほとんど「有り得ない椿事」であるwww...
だいたい、自分が毛並みの変わった主張をすると、激昂して、終わり。
後は、「絶交」「絶縁」するだけである。
自分は、そのたんびに、「何てナイーブでケツの穴が小さいのだろう。そんなタマじゃ、左翼と論争なんか無理だね。」と思う。
まあ、こっちも「勿怪の幸い」と思っているが。
そんな中で、佐藤和夫先生は、多分、自分の批判に激怒されながらも、切り捨てずにおられる。
そこは、本当に凄いと思っている。

それはさておき、ここに来て、2年前のいわゆる「日韓合意」に関して、安倍総理の「決断」が批判されている。
まあ、「ほら、云わんこっちゃない。」ということなのだが、自分は敢えて、安倍総理を擁護する立場に立つ。
自分は、何も、「安倍総理無謬説」を取るのではない。
安倍総理だって、批判すべき点は多々有る。
だが、「安倍総理批判」の「やり方」によっては、朝日新聞をはじめとした「反安倍」勢力へ、「武器」を供与する「可能性」も有る。
はっきり云って、まだまだ「左翼」の方が、はるかに狡猾なのだ。
だから、安倍総理への批判を行うにあたっては、絶えず、「左翼」の動向を念頭に於いて、「適切」に行うようにしないと、結果的に「利敵行為」に成りかねない。
よくよく注意したいものである。

さて、先年の年末に電撃的に結ばれた「日韓合意」であったが、自分とて「日韓合意」に対して心から高く評価している訳ではない。
あの「日韓合意」は、その内容から云っても、また合意を締結した時機、タイミングから云っても、全く評価出来ない代物であった。
だが、にもかかわらず、自分は安倍総理を擁護する。
まず、思い出して欲しいのは、当時のアメリカは「民主党政権」であり、しかも、「バラク・フセイン・オバマ大統領」だった訳である。
そして、民主党は、クリントン夫妻の影響力が極めて大であったということである。
あの時点で、ヒラリー・クリントンの「次期合衆国大統領」は圧倒的に予想されていた「未来」であった。
オバマ政権というのは、「インサイド」はともかく、自分のような一介の「日本国民」の目から見れば、全く「極東アジアに対して無関心」であったように感じられた。
それこそ、「北京の連中に、極東アジアは上手い具合に仕切って欲しい」と望んでいたような感じさえ抱いた。
だから、まず、アメリカのオバマ政権そのものが「日韓関係」について関心が薄かったのだろうということ。
さらに、そのオバマ政権の「無関心」さにつけ込む形で、北京やソウルからの米国政界ロビー活動が功を奏した。
だから、かの「日韓合意」は、「アメリカ」様からの「上意」であったように自分は愚考する。
「これ以上、ソウルともめるな!」
そう、ワシントンDCから釘をさされたのであろう。
はっきり云って、現在の日本に、それをひっくり返せるだけの「パワー」は無い。
もっと云えば、このワシントンDCからの「上意」を受けて、日本国内の「インサイド」の人間たちが、少なからず「呼応」したと想定出来る。
つまり、安倍総理は、外堀・内堀を埋められてしまったのである。
これを「だから、安倍は駄目なんだ!」と批判するのは容易(たやす)い。
しかしながら、ならば、他の「選択肢」は果たして有り得たのであろうか?
自分は無かったと思う。
だから、自分は「日韓合意」は、評価はしないが、それを決定した安倍総理を責めることは出来ない、という意見である。
この「日韓合意」をもって、「必ずしも、全て安倍総理を評価するのはおかしい」という意見の「論拠」にしている。
だが、自分はむしろ、「このような、不本意な決定を強いられる現状を打破するためにも、なお一層、安倍総理を下支えするべきではないのか?」という「論拠」にしたい。

それに、例え「安倍総理」を引きずり降ろしたとして、ならば、その代りの「人間」はいったい誰が居るのだろうか?
少なくとも、選挙の直前に自党を逃げ出して新党に潜り込むような政治家は、該当しないだろう。
また、「ポスト安倍」を謳われていた稲田朋美先生に対しては、「女性に防衛大臣をさせてはいけない。」と非難ごうごうではないか?
防衛大臣が務まらぬようでは、総理も全く無理ではないか?
ならば、「自分は靖国には行きません。」といってのけた石破茂か?
「憲法改正は時期尚早」と云った岸田文雄か?
それとも、小泉進次郎?
野田聖子?
二階俊博?
まさか、小池百合子とは云いませんよね?
ならば、どうするのか?
この「ポスト安倍」に関しての自分の質問に返答出来ないならば、単なる腹立ち紛れの癇癪破裂でしかないと思わざるを得ない。

いわゆる「保守派」の論説の中で、一見、胸がすっとするような爽快な「意見」が幅を利かせている。
だが、問題は「長期的展望」が全く無いことである。
これでは、いつまでたっても「きれいごと保守」を打倒することは不可能であろう。

さて、以上の拙文によって、ついに佐藤和夫先生から「義絶」されてしまうかどうか?
もし、そうであるのならば、全てそれは自分の不徳の致すところであると恥じ入るばかりである。

自分はつくづく文章を書くのが下手糞だと思う。
昨晩書いた拙文に関して、早速ご批判をいただいた。
ここの部分である。
「それに、例え「安倍総理」を引きずり降ろしたとして、ならば、その代りの「人間」はいったい誰が居るのだろうか?
少なくとも、選挙の直前に自党を逃げ出して新党に潜り込むような政治家は、該当しないだろう。」...
これに対して、
「お前は、中山恭子先生や中山成彬先生を批判するのか!」と。
自分は、「前原誠司」を念頭に書いた。
当然、いわゆる「保守派」ならば、この「表現」を読んだら、まず「前原誠司」を思い浮かべる筈だと思い込んでいた。
ところが、ご批判、ご指摘をいただいて、確かにそういう「視点」も有るなあ、と、むしろ感心した次第である。
ただ残念なのは、いわゆる「保守派」でさえ、前原誠司と中山恭子先生・中山成彬先生を「一緒くた」にしてしまうという「認識」であることである。
自分の拙文の下手糞を嘆くと同時に、いわゆる「保守派」の読解力の無さにも、ただただ、哀しいとしか云いようが無い。

マスコミの「商法」は「上げて、落す」。
だから、今は「安倍叩き」がマスコミでは「儲かる」と思い込んでいる。
そこが問題だと自分は感じる。




そういえば、先日、坂本龍馬のドラマをやっていました。
まあ、あれも龍馬暗殺の「仮説」なんでしょうが、最晩年の坂本龍馬は、何と云うか、藩や将軍家まで「手玉に取る」くらいの「交渉能力」に長けていたということでしょう。
まあ、あまりにも桁外れ過ぎて、それで「消された」と。
「過ぎたるは、猶、及ばざるが如し」ですか・・・

「日本のこころ」党が昨夏の参院選で、惨敗したのは、選挙直前に、青山繁晴さんが急遽、自民党から出馬したためだと云う意見が有る。
なるほど、そうかもしれない。
しかしながら、見方を変えれば、青山さんを何故、「日本のこころ」党から出馬させるようなことが「出来なかった」のか?
そこが本当の問題だったような気がする。
仮に、青山さんが「日本のこころ」党から出馬され、青山さんが目出度く当選出来たとしよう。...
そして、さらに、青山さん「だけ」が当選出来たとしよう。
実は、そういう「結果」を望まない「考え」が、「日本のこころ」党に有ったのではないか?
つまり、「絶対当選確実」な「有名人」候補を擁立することを望まない、そういう「計算」が、実は「日本のこころ」党に有ったのではないのか?
そもそも、「日本のこころ」党は、何時の段階で、どれくらい参院選を「戦おう」と「想定」されていたのか、アウトサイドの自分は、さっぱり解らない。
あくまで、自分の独断と偏見だが、「日本のこころ」党が、昨夏の参院選にまともに戦おうと決意したのは、選挙の5か月弱前の昨年2月ぐらいではないのか?
はっきり云って、自分の目から見て、とても参院選をまともに戦おうという「計算」も「戦略」も見えなかった。
勿論、自分はあくまで選挙の素人だから、この見立ては「間違っている」と思う。
だが、そこが問題ではない。
傍目から見て、参院選を本気で戦おうと云う風に見えなかったということが問題なのだ。
「日本のこころ」党が「政党要件」を失ってしまった原因は何なのか?
安倍総理が「潰した」からか?
有権者の「民度」が低いからか?
確かにそうなのだろう。
だが、それをひっくり返すほどのパワーと戦略を「日本のこころ」党に無かったことが本当の原因ではないのか?
或いは、その持てるパワーと戦略を駆使しなかったことが本当の原因ではないのか?
安倍が悪い、有権者が愚かだ。
そう云っていれば、気楽なものである。

自分も「お気楽」な方だが、これでは、やはり、成果は出せないと思う。
「じゃあ、どうしたら良いんだ?」と訊かれても、困る。
だって、自分は、もう、「保守」じゃないそうだから。
(自称)「真正保守」のお偉方から、御高説を聞いて欲しい。

自分は、比較的、「論理」と「言語」にこだわる方である。
「論理」と「言語」を大切にしたいと思っている。
ただ、浅学菲才で短慮で愚昧だからでもあるのだが、「論理」や「言語」に「限界」が有ることも痛感している。...
それは、「論理」や「言語」を否定する訳でも、幻滅する訳でもない。
人間は「論理」と「言語」を頼りにするしか、前に進むことは出来ない。
直感や好き嫌いでもって、物事を判断したならば、必ず破綻する。
だが、「論理」や「言語」にも「果て」が有り、その向こうには「論理」や「言語」が及ばない「領域」が存在するのである。
ならば、その「論理」や「言語」の果ての向こう側に対しては、人間は無力なのだろうか?
そこは触れてはならぬタブーなのだろうか?
そうでもない。
「論理」や「言語」の限界を何とか踏み越えようと悪戦苦闘、試行錯誤された末に編み出されたのが、「先人の知恵」であろう。
「先師先哲」の「教え」とも云える。
それらは、人智に於ける「論理」や「言語」ではなく、「畏れ」と「敬い」を持った「礼儀作法」「立ち居振る舞い」なのだと、自分は解釈する。
先人は、これを一言で、こう云いあらわされた。
「人事を尽くして天命を待つ」と。
人間は、すべからく、出来得る限りの努力と精進をしなくてはならぬ。
いや、すべきであろう。
だが、「人事」だけでは、「完成」出来得ないことが有る。
そこから先は、「先人」「先師先哲」の「知恵」に学び、「畏れ」と「敬い」を持った「礼儀作法」「立ち居振る舞い」を行うことで対処するのである。
それが「伝統」であり、「祈り」という「かたち」なのだと愚考する。
「人事」だけでも駄目だ。
かといって、はじめから「天命」任せでも、いけない。
天地人の「三才」が合い噛み合い、合い助け合って、はじめて「完成」するのではないか?
こう、愚考するものである。

11月23日は「新嘗祭」(にいなめさい)。
一年の「実り」を天神地祇へ感謝申し上げる日。
本年に収穫された初穂を御神前へ奉り、新穀をいただく。
一年の「実り」への感謝を捧げ、言祝ぐ(ことほぐ)日。

...

だから、人間だけの労働について云々する日じゃない。

11月25日は「憂国忌」である。
「憂国忌」とは、三島由紀夫大人の御命日である。
世に云う「三島事件」、もしくは「三島義挙」というと、三島由紀夫大人ばかりに視点が行きがちである。
だが、「三島義挙」の「三島義挙」たるゆえんは、やはり森田必勝烈士が死を共にされたところに有る(と自分は愚考する)。
まだ若く、しかも、その人品・才覚共に評価された森田必勝烈士が、敢えて殉じられた。...
そここそに、「三島義挙」の本当の「意味」と「価値」が有る。
現に、三島由紀夫大人は、生きのびることを「厳命」した、二人の「盾の会」会員に対して、「森田必勝の精神をしっかりと伝えて欲しい」と云った内容のことを云い残されている。
また、鈴木邦男らの新右翼「一水会」が設立されたのは、やはり森田必勝烈士の後に続こうという意思であった。
三島由紀夫大人は、希代の天才であり、芸術家であり、表現者であった。
だが、それゆえに、逆に「巧すぎて」「あざとく」見える場合も有る。
一方の森田必勝烈士は、本当に「青年」であり「学生」だった。
その森田必勝烈士が、殉じられたのは何だったのだろうか?
三島由紀夫大人を論評し、三島由紀夫大人の残された言葉を反芻するのも宜しかろう。
だが、自分は、敢えて、森田必勝烈士に対して思いをはせたい。
これは、自分の「いつもの」早合点なのだろうがwww

熊本市議会の議場の於いて、女性議員が自分の赤ん坊を伴って入場したことに対して、騒動に成った。
何だかなあ・・・
まず、議会事務局からの「赤ん坊入場を認めない」理由が何ともかんともwww
「議員以外は傍聴人とみなす。傍聴人は傍聴席のみ。議場には許可無く入場は出来ない」と。
「赤ん坊」が「傍聴人」であるwww...
いやあ、いかにも「お役所」という理屈である。
だが、こういう世間一般常識と乖離した論理を振り回すから、広範な大衆から憤激を買う破目に成るのである。

一方で、何故、「赤ん坊」を議場に入れることにこだわるのであろうか?
確かに、赤ん坊の「乳幼児教育」「乳幼児育児」ということを考慮すれば、なるべく長時間にわたって母子が一緒であるべきなのが望ましい。
だが、もし、長時間の母子共にいる時間を最優先させるのならば、母親は乳幼児育児に専念すべきではないのであろうか?
つまり、そこまで我が赤ん坊と離れたくないのであるならば、市議会議員を辞職すべきであろう。
市議会議員は、何も議場だけで仕事をする訳ではない。
様々な場所に出向き、視察もしなくてはいけない。
また、役人や関係者から報告や聞き取りもしなくてはいけない。
そういうところまで、赤ん坊を連れて行くというのであろうか?
また、赤ん坊を連れて行くべきだと思っているのであろうか?
もし、視察する場所が、危険を伴う場所、もしくは天候が厳しい場所でも赤ん坊を連れて行くのであろうか?
例えば、福島第一原発の現場へ視察する際も、赤ん坊を連れて行くのであろうか?
もし、赤ん坊が、放射線の許容摂取範囲を超えるような事態が予測されたとしても、連れて行くのであろうか?
或いは、高齢者介護の現場に視察に行く際も、赤ん坊を連れて行くのだろうか?
御存知の通り、赤ん坊は「泣くのが仕事」である。
勿論、母親と一緒に居れば、比較的「泣かない」のかもしれないのだが、それでも「全く泣かない」ということも有り得ないだろう。
ということは、市議が一緒に伴った赤ん坊が泣き出しても、一切、構わないということであろうか?
また、赤ん坊は、まだ、免疫機能が未発達である。
むやみやたらに外へ連れ出せば、それだけ感染症の発生リスクが増すことに成る。
だから、赤ん坊の健康のことを考えれば、あまり外へ連れ出すのも問題であろう。
こう考えると、赤ん坊をとにかく無理やりにでも「伴う」という「意識」そのものが、おかしいと思う。
「職業意識」が間違っていると思う。
とにかく、「赤ん坊」を伴って、「タブーを打破した」というスタンドプレーこそが、そもそもの目的なのだろう。

ただ、この女性市議が議場に赤ん坊を無理やり連れ込もうとした気持ちも解らないでもない。
赤ん坊を伴って、議事進行の真っ最中に赤ん坊がぐずったり泣き出したりしても、全く問題が無いのだろう。
だって、ほとんどの議員が居眠りしたり、「内職」していたりしているのだろう。
むしろ、赤ん坊が大泣きすることで、熟睡している議員が目を覚ましてくれるかもしれないwww
つまり、それだけ、現在の地方議会が弛緩し切っているのであろう。
本当に、緊張感でピリピリするような「仕事場」へは、赤ん坊はおろか、大人でも関係者以外は立ち入れない「空気」に成る。
そう云う意味では、熊本市議会議場は、保育所と同じくらい「快適」で「和やかな」場所なのであろう。
だったら、別に、赤ん坊を入場させても問題無いのかもしれない。

宮澤賢治の「ことば」が自分の心の中の「芯」と成った


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昨日、録画していた宮澤賢治のTV番組を見た。
見ながら泣いてしまった。
かの有名な「雨ニモ負ケズ」の朗読では、涙が止まらくなってしまった。

自分にとって、宮澤賢治は単なる「作家」ではない。
もっと「決定的」な存在である。


自分の高校時代には「苦悩」が有った。
それは、英語の成績があまりにも悪過ぎたからである。
中間、期末テストで0点を取ること多々。
点数が取れても、掛け声のように「1、2、3」www
もう、てんで話しにならなかった。
現に、あまりに英語の成績が悪過ぎて高1から高2の進級が問題と成った。
教職員会議の議題に成り、進級させるかどうか、検討されることに成った。
最終的に、無理やり小数点以下の四捨五入をして、辛うじて進級となった。
何故、そこまで英語が出来なかったのかというと、英語の勉強をしなかったからである。
とにかく、英語が嫌いだった。
そもそもの原因は、中学に入ってすぐ、両親が
「中学から英語が始まるから、落ちこぼれないように、しっかりと勉強させなくてはいけない」と思ったことである。
まだ、ろくに中学校の教科書も開かないうちに、NHKラジオの「基礎英語」のテキストを買ってきた。
そして、NHKラジオの「基礎英語」は、朝6時頃の時間帯であった。
もう、毎日のように叩き起こされて、ラジオの前に無理やり座らされた。
そして、少しでも眠そうにすると、激烈に叱られた。
それを、10日20日とやらされた結果、ものの見事に自分は「英語」が大嫌いに成った。
もう、理屈というよりも生理的に受け付けない状態に成った。
こうなると、いくら教科書やテキストを開いたところで、全く頭に入らない。
とにかく、見るのも嫌だし、脳が一切反応しなくなるのである。
この自分の異常な「英語嫌い」は、英語そのものというよりも、親に対する愛憎、依存と独立といった情念が凝り固まった結果の反応だった。
とにかく、「英語嫌い」の「成り立ち」が解ったところで、今更、「英語嫌い」は克服出来なかった。
というより、未だに英語は大嫌いなままである。
一生、勉強したいと思わない。
しかし、そんな体たらくでは、大学受験なんぞ不可能であった。
自分は、大学進学に対して「絶望」していた。

大学へ進学出来なければ、社会人としてもたかがしれている。
10代にして、自分は自らの将来に「絶望」するしかなかった。
そこへ、生来のアトピー性皮膚炎とぜんそくが悪化した。
痒さに全身をかきむしり、毎日のように出血した。
一方、アトピー性皮膚炎が治まって来ると、今度はぜんそくが荒れ狂った。
夜中に息苦しさで目が覚め、全身をくの字に曲げて咳き込んだ。
この「苦悩」の中で、自分は否応無く「生きることの意味」を探求し始めたのである。

そんな憂鬱な日々の中で、自分は宮澤賢治の或る一節を知った。
それは比較的マイナーな彼の作品の中の一節であった。
だが、この箇所は、とても有名である。

「農民芸術概論綱要」の中の一節である。


おれたちはみな農民である 
ずゐぶん忙がしく仕事もつらい
もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった
近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於て論じたい
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう 
求道すでに道である


この「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という一節が、自分にとって決定的であった。
何と、迂遠で、無謀で、途方もない「目標」であろうか。
だが、自分は、この「目標」こそが「まこと」であると確信したのである。

勿論、この宮澤賢治の「ことば」を手にしたところで、「苦悩」も「不安」も「焦燥」も「苛立ち」も、全く解決はしなかった。
ただ、この宮澤賢治の「ことば」は、間違い無く、自分の心の中の「芯」として入ったのである。

あれから既に数十年の月日が経ってしまった。
まさにいたずらに馬齢だけを重ね、太宰治ではないが
「恥多き人生を送って」来た。
それでも、なお、今もって自分の心の中には、この「ことば」がしっかりと入っている。


「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」


宮澤賢治の死後、彼の愛用の手帖の中から、何かの書き付けのように書かれたものが、下記のとおりである。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋(いか)ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノカゲノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ


南無無辺行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如来
南無妙法蓮華経
南無釈迦牟尼仏
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩


この「あらゆることを自分を勘定に入れずに、よく見聞きし解り、そして忘れず」
「皆にでくのぼうと呼ばれ、褒められもせず、苦にもされず、そういう者に私は成りたい」
と云うのは、自分にとっての「人生の指針」である。
このように生きていこうと、本当に思っているし、願っている。
残念ながら、まだまだ精進が足らず、誠が足らぬゆえに、ただ単なる「でくのぼう」でしかない。
この「でくのぼう」とは、単なる「でくのぼう」ではない。
この「でくのぼう」とは、「常不軽菩薩」のことである。
つまり、「常不軽菩薩」としての「生き方」を全うせよ、という「指針」である。

最後の7行は、横書き表記だとピンと来ないのだが、これは日蓮大聖人が書き表された「法華大曼荼羅」の真ん中の部分である。
お題目とお釈迦様、多宝如来、そして地涌の菩薩の四大菩薩が書かれている。


今回見たTV番組は、意図的に宮澤賢治の「信仰」を削除していた。
これは、誠に情けないことであるが、NHKだから、まあ、「やんぬるかな」である。
だが、宮澤賢治は、間違い無く「法華経の行者」であった。
「行者」とは、実践者である。
そして、必ず成果を上げることを自らに課す者である。
理想と現実の狭間の中で、自らの身命を惜しまずに、ただひたすら突き進む愚直な人である。
その中に剛毅さと繊細さを兼ね備え、ただひたすら菩提心で生き切る人である。
果たして、そんな「人間」に成れるのだろうか?


目指す山の頂(いただき)はあまりにも高い。
だが、歩みを止めずに進み続けて行けば、必ず、山頂に於いて見事な御来光をいただけそうな気がする。
この「念願」が、浅学菲才にして短慮で愚昧な自分が生きていくための唯一の原動力なのだろう。

自分は宮澤賢治から決定的な「ことば」を受け取った。
だが、まだ、その「ことば」による成果は全く挙げられていない。
その無念さが、TVを見ている時の止まらない涙だったのかもしれない。

(別記)

宮澤賢治は、「農民芸術概論要綱」に於いて、
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と書いた。
だが、彼は後年、かの「銀河鉄道の夜」の中で、文中にこういう表現を書いている。
「みんなのほんたうのさいわい」
この表現は、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という表現と比較すると、とても穏当である。...
思わず読み飛ばしてしまいそうなくらいである。
だが、これは、宮澤賢治の「思想」がより深くまで到達し、彼自身の内面に於いて「こなれて」いた結果なのだろう。
この「みんなのほんたうのさいわい」という表現には、最早、何の力みもてらいも無い。
ただ、それゆえに、宮澤賢治ではない、読者にとって、この表現はあまりに深すぎて「謎」としか云いようのない言葉に成ってしまった。
「みんなの本当の幸い」とは。
やはり、自分は、宮澤賢治が自らの手帖に、「雨ニモ負ケズ」と書き記した後に「法華大曼荼羅」を書き残した「思い」を考えざるを得ない。
やはりそれは、法華経への絶対的な信仰によるものであったのだと云わざるを得ない。
現世安穏、平等利益。
常寂光土。
まさにこれは「佛の世界」である。
宮澤賢治にとって「みんなの本当の幸い」は、「佛の世界」そのものであったのではなかろうか?

そう考えるのならば、いわゆる「いのり」や「信仰」というものを「決まりきった」理解でしか語れない人間にとっては、とてもではないが、手が届かないものであろう。
 残念ながら、現代社会に於いては、往々にして、知性が「いのり」を忌避するのである。

幸い、自分は知性が乏しいせいかwww「いのり」を忌避することなく、ここまで生きて来れた。


足らぬからこそ、満たせてもらえたのかもしれない。

(別記)

宮澤賢治の文学や「生き方」から、「自己犠牲」という語句で「論評」している人が多い。
確かに、そうである。
そして、それゆえに、宮澤賢治の「自己犠牲」の「精神」が、後の「特攻作戦」と通じるところが有る、という「批判」をする人が出て来る。
そして、「特攻作戦」と2011、09、11の「自爆テロ」を同一視する人も居る。
だが、それは、極めて皮相的な解釈であり、恣意的な理解であろう。...
宮澤賢治の文学や「生き方」は、短絡的な「自己犠牲」というひとことでもって片付けられるのだろうか?
自分から見れば、そういう人は「自己犠牲」という語句を出した瞬間に「思考停止」に陥っている人である。
そして、「命を捨てる行為」としてしか理解出来ない、ということを表明しているのに等しい。
こういう人たちは、近代的自我や人権思想による個人主義の枠組みの中でしか論理展開が出来ない人である。
つまり、「生命とはあくまで一個人の所有物に過ぎない」という「認識」なのである。
この「前提条件」から論理展開を繰り広げていくならば、必然的に、「みんなのほんたうのさいわい」という表現の意味も理解不能であろう。
しかし、「生命は連続し、連環し、連携している」
「生命は部分であり、全体である」
「生命は一個人の所有物では有り得ない」
という「理解」が出来得た時、宮澤賢治の遺(のこ)した「ことば」は、従来よりもなお一層の深さと輝やきを我々に感じさせてくれるであろう。


最後に、誠に僭越ながら、泉下の宮澤賢治に代わって、皆様方へ問いたい。


はたして、人間は「生きている」のですか?
それとも、人間は「生かされている」のですか?

ご回答は、急ぎませんので、是非ともじっくりとお考えくださいませ。

自分の今の「予感」として。

まず、これからの「社会」に於いて、国民の平均所得は下がると思う。
何故なら、国民の所得が上昇するという「理由」が自分には思いつかないからである。
まず、労働賃金。
ここ数年、安倍総理が「アベノミクス」の一環として、財界に対して、猛烈に労働賃金の上昇を要請している。
ところが、財界の中の各企業は、労働賃金を上昇させることを嫌がっている。
何故ならば、今迄の日本の労使関係に於いては、いったん労働賃金を定めたならば、余程の事が無い限り、労働賃金を下げることが難しいのである。
これは、戦後の労働運動、労働組合運動の「成果」なのだが、それゆえに、労働組合側は、労働賃金の減額や雇用の「整理」に関しては、断固として抵抗する。
ところが、一方で、現在の各企業を取り巻く環境は、大変厳しい。
変化の速度と大きさが桁違いに成ったからである。
また、リーマンショックのような、突発的な「金融危機」が起こった場合、各企業は瞬時にして、キャッシュ・フローに於いて現金の確保が困難に成ってしまう事態に陥る。
現に、リーマンショックの際に、あのトヨタ自動車が倒産の危機に直面した。
御存知の方も多いと思うが、トヨタ自動車は、創立して間もない時の苦い経験から、内部留保金を蓄えて、外部から資金を調達する割合を減らしている企業である。
俗に「トヨタ銀行」と云われるくらい、内部留保金を蓄えている企業であった。
だが、その超優良企業である筈のトヨタ自動車でさえ、突発的な世界的金融危機であったリーマンショックの時には、倒産の危機に陥ったのである。
その時は、日本政府が動いて「裏技」的な対策でもってしのぐことが出来た。
だが、この「経験」は、企業経営者たちに対して、とにかく内部留保金を蓄えるだけ蓄えなくてはいけない「傾向」に追い込むこととなった。
「平時」である只今現在ならば、何も、ここまで内部留保金を貯め込む必要性は低い。
だが、いつまた、リーマンショックのような世界的な金融危機が勃発するかも解らない。
そういう「有事」「非常時」のことを考えれば、とにかく内部留保金を貯め込むだけ貯め込まないと安心出来ない。
今は、そういう「漠然とした不安感の時代」なのである。

「経済学とは心理学である」と、よく云われる。
つまり、社会の中の人々が、明るく前向きな「心理」である場合、消費が増え、売上額が上がり、設備投資や雇用も積極的と成って、経済活動が活発化する。
ところが、社会の中の人々が、暗く縮こまる「心理」であるならば、消費は冷え込み、何をやっても売り上げが上がらず、経費節減に必死に成って、経済活動は「守り」のかたちに成って行く。
つまり、企業にしろ、国民にしろ、この「漠然とした不安感」を払拭させない限り、根本的な経済問題の打開は不可能なのである。

国家や世界的な連携でもって、突発的な世界的金融危機に対する「セーフティーネット」を構築しない限り、世界中の各企業経営者は、内部留保金の増額を止めないだろう。
そして、一番、効果的な経費節減である、人件費削減もしくは労働賃金の抑制を止めることはないと思う。
そうなれば、労働賃金全般は、否応無く、抑制される傾向に成るだろう。
だから、国民の所得は抑制されると思う。

また、労働賃金を抑制させるにあたって、現在、多用されているのが「非正規雇用者」数の増大である。
つまり、「正規雇用者」(正社員)の割合を削減することによって、人件費の帳簿上に於いては「人員削減」を行っていることに等しい。
ただ、既に、各職場に於いては「戦線崩壊寸前」まで、人員数が削減されているため、最早、「頭数」は減らせない。
そこで、人件費は減らしたいのだが人員数は増やしたい、この相矛盾する難問を解決する方法が「非正規雇用者」の増大なのである。
だが、これは、事実上、労働賃金の削減であり、労働賃金を下げることである。
そして、本来ならば労働賃金として広範な国民の所得として支払われるべき「現金」が、各企業によって収奪、搾取された訳である。
しかしながら、「企業」という「法人」は、それじたいに既に「自己保存本能」を有している。
各企業も生き残るために、なりふりなど構ってはいられないのだ。

そして、「非正規雇用者」の割合は、現在、全労働者の約4割まで増えた。
「非正規雇用者」は、厚生年金に加入することはない。
厚生年金は、加入者(従業員)が支払う保険料と同額の金額を企業も負担している。
つまり、各企業も年金の保険料を支払っているのである。
ところが、「非正規雇用者」の割合が増えれば、年金制度への保険料は加入者のみの保険料となる。
これは、労働賃金以外の「正規雇用者」と「非正規雇用者」の「格差」の一例である。
各企業が、何故に「非正規雇用者」を増やすのかというと、労働賃金以外の「社員に対する福利厚生」に対する経費を節減出来るからである。
他にも、「住宅手当」「家族手当」なども「非正規雇用者」ならば支払う必要が無い。
また、健康保険に於いてもそうで、健康診断も「非正規雇用者」ならば各市町村の健診を受けてもらえば良いのである。
(中には健診は正社員と一緒に受けられる職場も存在するが)
だから、「正規雇用者」を減らして、その分「非正規雇用者」に転換させてしまえば、各企業は本当に経費節減が出来る訳である。
そして、本来ならば各従業員に対して支払うべき「諸経費」を収奪して、企業経営に回すことが出来る訳である。

また、労働賃金も「正規雇用者」と比較すると少ない。
ということは「所得額」が少ない。
そうなるとどうなるか?
これは、行政への負担額増加、ということになる。
まず、年金制度への保険料は、厚生年金の加入者の割合が減って国民年金の加入者の割合が増えるため、各企業が支払っていた厚生年金保険料額が減る。
それは、年金制度全体の「収入減」と成る。
また、「非正規雇用者」は所得金額が少ないため、当然、所得税額も少なく成る。
さらに、「正規雇用者」には、「住宅手当」や「家族手当」などが労働賃金「以外」にも支払われるため、その分、「消費」が増やせる。
それは単に、「商品をたくさん買う」ということではない。
家賃や教育や育児のための費用をたくさん支払う余裕が出て来るということである。
ところが、ただでさえ「手取り」の所得が少ない「非正規雇用者」は、家賃と食費の割合がとても大きく成る。
だから、家賃や食費を引くと、もう「可処分所得」はほとんど無く成ってしまうのである。
そうなれば、否応無く「消費」はしなくなり、当然、「消費税」収入も増えない。

さらに、「非正規雇用者」は、借金が出来ない。
自分も正社員を辞めた後に、新たにクレジットカードを作ろうとしたのだが、出来なかった。
クレジットカードが作れないような「身分保障」であるならば、当然、カー・ローンも住宅ローンも設定など無理であろう。
つまり、「非正規雇用者」の割合が増大すれば、不動産購入件数は減少するのである。
それは、「マイホーム」「持家」を断念せざるを得ない「層」が増大することと成る。
一方で、現在、若い従業員は、実家に同居する割合が結構多いと云う。
現に、自分のように、亡父が残してくれた家に住みながら「非正規雇用者」として働いている。
だが、老親が倒れ、高額な医療費が必要に成った場合。
或いは、老親が死に、親からの家屋を相続することに成った場合。
多分、「非正規雇用者」は、自宅を維持、相続は出来ない。
家屋や土地といった不動産を処分して、金銭に代えざるを得ないだろう。
そうなれば、家屋の所有者が高齢化すると同時に、あちこちの持家や分譲型マンションは売り出されていくことと成る。
「非正規雇用者」は、住宅ローンが組めないので、そもそも不動産を購入することなど有り得ない。
だから、「需要」は減る。
一方で、「非正規雇用者」は、現在の不動産を維持、もしくは相続出来ないので、不動産を換金して、出て行く。
だから、「供給」は増える。
不動産価格は、市場価格なので、需要と供給の兼ね合いで決定される。
当然、不動産価格は下落する。

不動産価格が下落すれば、「路線価」などが下落する訳だから、それらの不動産価格によって算出される「固定資産税」も下落する。
各地方自治体の収入源である「固定資産税」が減少する訳である。

「非正規雇用者」の割合が増大することにより、
「所得税」収が減る。
年金保険料が減る。
「消費税」収が減る。
「固定資産税」収が減る。
さらに、自動車やバイクの購入も減るであろうから、自動車所得税やガソリン税などもどんどん減っていくだろう。

社会全体の消費が冷え込む、と同時に、国家や地方自治体の財政を支える相当な割合の税収も減っていくこととなる。
これも、全て、企業が自らの生き残りのために搾取をしたためである。

企業の経営陣を「敵視」し、さらに短絡的に労働者へ金銭をばらまけば良い。
これが、現在の「左翼」の一般的な「説明」である。
だが、社会全体の貧窮が極まれば、この「左翼」の安直な「説明」に奇妙な「説得力」が生まれて来るのである。

また、社会全体が「不愉快」に成る。
そこらじゅうで欲求不満がうっ積する。
そうなった時、「選挙」は不満解消の憂さ晴らしの格好の「イベント」と化すのである。

現在の日本の「左翼」の決定的な欠陥は、日本と云う国家意識が皆無なところである。
世界的に見て、日本以外の「左翼」は、実は強固なナショナリストである。
「左翼」の狡猾さは、或る時はナショナリストとして愛国者として振る舞い、また或る時はインターナショナリスト(グローバリスト)として国際主義者として振る舞うのである。
キューバのカストロ、ベトナムのホーチミン、リビアのカダフィ、全員、強烈なナショナリストとして社会主義革命を成功させた。
また、ソ連のスターリン、中共の毛沢東、北朝鮮の金日成、カンボジアのポルポト、全員、ナショナリズムと社会主義イデオロギーを駆り立てて国民を支配した。
だが、日本の「左翼」は、それが無い。
何故なら、日本の「左翼」は、外国の「左翼」の「下請け」であることを、本当に「生真面目」に実行し続けてきたからである。
だから、現在の日本の「左翼」は、「反日」であることが全ての論拠なのである。
最早、今更、「階級闘争史観」でもって民衆を鼓舞させることなど不可能である。
そこで、最後に残った「彼等」の拠り所が「反日」だったのである。
だが、その「反日」理論も、恐ろしく陳腐化してしまったのだが。

このままだと、日本の戦後の労働運動の「成果」は全部、無くなる。
日本の労働運動の存在意義さえ、問われて来よう。
まずは、労働組合が根本的な総括を行い、出直しを図るべきである。
だいたい、保守政党の総理が財界に「賃上げ」を要請して、さらにそれが成果を上げている、というのである。
これは、実は奇妙奇天烈な椿事なのである。
しかしながら、労働組合側から、この現状に対する「危機感」が残念ながら、自分には感じられない。

また、日本の官僚たちも、どれだけ、日本社会の底が抜け落ちそうであるのか、その切迫した現状認識がどれだけ有るのか、甚だ疑わしい。
そして、最後に、日本の政治家である。
特に保守政治家は、この「非正規雇用者」の増大に関して、あまりに関心が薄過ぎる。
いまだに「自己責任論」にとらわれ過ぎている。
確かに「自己責任論」にも首肯出来る点も見受けられるのだが、現状は、既にその「段階」を超えている。
政治とは、理論だけでは戦えない。
現状を正確に認識し、把握し、分析した上での実践こそが重要である。
また、「国家」という「意識」は最低限に守らなくてはいけない。
しかしながら、「国家」の通底に有るのは何なのか?
それは「国民」である。
国民が困窮し疲弊し尽くしてしまったならば、その「国家」は既にその「存在意義」を喪失したと断じられて当然である。
国民を愛し、国土を愛し、国柄を愛する。
その一点がぶれてしまったならば、いくら財政収支が健全化しようとも、核兵器や航空母艦を有して軍事的に強靭と成ろうとも、そんな「国家」は無意味である。
何よりも、そんな日本を陛下はお望みになられない筈だと、自分は畏れながら、拝察する次第である。


(別記に書いたこと)

だって、「非正規雇用者」の割合が増えているし、例え「正規雇用者」(正社員)に成れたとしても、給料が増える確信が得られない。
結局、「将来に於ける経済的な不安感」から、手元に現金を置いておこうという「心理」に成る。
そして、さらに、いったん「消費」を我慢してみたら、それはそれで「幸福感」や「充足感」が得られてしまったので、最早「消費すること」にこだわらなくなってしまったのだ。
つまり「貧困であることに慣らされてしまった」訳である。
だから、賃上げのためのストライキやデモ行進も起こらない。...
その代り、生活や人生の「スタイル」に「デフレーション」が馴染んでしまったのである。
これは、結局、「企業」たちへ痛烈なしっぺ返しと云うかたちでもたらされるだろう。
「笛吹けども踊らず」で、今迄の「消費喚起」のテクニックや方策が全く効果を上げなく成って行くのだ。
すると、「企業」は売上金額が予算未達と云うことに成り、経営は「守り」に傾斜していくとだろう。
だから、いくら「市場」に通貨量が蔓延させたところで、結局「デフレ」は解消できないことに成る。
そうなれば、「企業」は、またもや「経費節減」に没頭し、賃金は低下し、人員整理を行うことになる。
それは、現在よりもさらなる「非正規雇用者」の割合を急増させることとなる。
はっきり云って、「非正規雇用者」や「偽装個人請負」の割合が、労働者全体の50%を超えた時点で、戦後の「労働運動」の「成果」は壊滅した、と指摘せざるをえない。
となれば、これは日本のナショナルセンターの「連合」にも責任が問われて来よう。
勿論、「労働運動」の上に乗っかって来た「左翼党派」も、その「敗戦責任」は免れない。

ならば、どうしたら良いのか?
「経済とは心理である」という「指摘」に立ち返るべきである。
国民の消費購買意欲が減退しているのは、漠然とした将来への不安が蔓延しているからである。
ならば、この「将来への不安」を「将来への希望」、「将来への安心」へ転換し得ない限り克服出来ない、と云えよう。

以前も似たような拙文を書いたことが有るが、また、ここで書かせてもらう。

 

これから、「いわゆる保守派」の活動や運動へ参入しようとされる人への「忠告」である。

まあ、或る面、「いわゆる左翼」にも通じるのであるが、とりわけ「いわゆる保守派」に於いて顕著である。

 

まず、最初に、「政治思想」並びに「政治運動」としての「保守」それ自体が「虚妄」であるということではない、ということをしっかりと明記しておきたい。

ただ、ここ最近、跳梁跋扈している「いわゆる保守派」の惨状を目にした結果を踏まえた上での「忠告」である。

 

もし、何らかの契機でもって、自分が「いわゆる保守派」の活動や運動へ参入しようと思ったならば、とにかく「有名人」に成ることである。

「いわゆる保守派」は、「ミーハー」である。

別に、「本物」の「有名人」に成る必要はない。

「いわゆる保守派」の「閉ざされた言語空間」内で「有名人」に成れば良い話しである。

一番、簡単な方法は、身近な友人たちと集まって、数人規模の小さなもので良いのだが「保守系市民団体」を結成してしまうことである。

そして、そこの「代表」を名乗ることだ。

そうなれば、「小」成りと云えども、「一軍の将」として、「待遇」してくれる。

後は、本を出版することだ。

「いわゆる保守派」は、オヤジどもが多いので、出来得れば電子書籍ではなく、紙媒体の本を出版することである。

「自分はこんな“言論活動”しています!」とPRすれば、それで、一応は「文化人」扱いとなる。

後は、「肩書」を持つこと。

大学の「教員」(非常勤でも“効力”有り)、

「評論家」(これは本の出版が一番の証明となる)、

「議員」(区市町村議会でも、ちゃんと一目置いてくれる)

「経営者」(個人事業主でも、ちゃんと一目置いてくれる)

「管理職」(大企業や著名な団体職員、もしくは非営利の組織でも有名ならば“効力”有り)、

「宗教者」、(お寺の住職、神社の神主など)

以上である。

これらの「肩書」を保有する者は、「いわゆる保守派」内に於いて、「先生」と呼ばれ、云わば「客分」「軍師」「指南役」という「待遇」に成る。

だが、それ以外、つまり、単なる平凡な「一個人」であるならば、どんなにひたむきに活動しようとも、単なる「足軽」「陣笠」「雑兵」でしかない。

なお、学生の場合だと、そこに在籍する学校の「偏差値」が大きく影響する。

東京大学やら早稲田・慶応義塾などの「六大学」の学生ならば、諸手を挙げて歓待してくれる。

だが、「日東駒専」「大東亜帝国」といった私立大学生に成ると、「何だ。バカ学生か。」と内心は露骨に見下している。

けれども、例え「バカ学生」と思っていても、何処かの「団体」の「青年部」の肩書を持っていれば、一気に高い評価に成る。

下手をすれば「一軍の将」、「幹部候補生」として、瞬時に「上位」へ引き上げられる。

ただ、得てして、著名な「団体」の「青年部」の「幹部」は、それなりの「高偏差値」の学校の学生が成ることが多い。

日本共産党系の「民青」のトップは、かつては東大生が多かったのと同じである。

あとは、「出自」であろう。

例えば、祖父が「保守」の「業界」で「功績」が有った、とか。

また、いかにも「保守」という「家柄」(例えば、有名な神社の神主の家)の子孫である、とか。

逆に、NGなのは「左翼転向組」。

所詮、「裏切り者」であり、「志操堅固にあらず」と見なされ、内心は侮蔑され、不信感を抱かれている。

だから、かつては左翼思想にシンパシーが有った、とか、実は創価学会会員の子弟だった、とか、そういう「プライバシー」を明かすと、その「一点」を以て「人格」や「言動」が「全否定」される「瞬間」を迎える。

だから、むやみやたらに自分の「プライバシー」を明かさないことである。

だいたい、「いわゆる保守派」は、「同志だ!」「仲間だ!」「戦友だ!」などと云い合い、「共に戦い、共に死のう!」と安直に誓い合う。

ところが、それから間も無く、例え出会っても視線も合わさない、そういう「不倶戴天の敵」と変じる。

まあ、或る面、「共に戦い、共に死ぬ」という「関係性」は維持される訳であるがwww

だから、何の用意も準備もしないで、「いわゆる保守派」の活動や運動へ、純情でもって身を投じると、直(じき)に辛い思いをすることに成る。

もし、「いわゆる保守派」の活動や運動へ参入するのならば、自分の「人間関係」を「いわゆる保守派」だけに絞り込まないことである。

他に、趣味や娯楽や地域などの、全く別の「人間関係」を必ず温存、維持しておくことである。

「いわゆる保守派、有る有る」で、或る瞬間、突如、「いわゆる保守派」内の「人間関係」から「絶交」される場合が有る。

まあ、それは「何気無いひとこと」であることが多い。

「失言」と云えば、誠にそうなのだが、そのたった一言の不用意な軽口が、「いわゆる保守派」内での「全て」を喪失させる可能性が結構な割合で存在するのである。

だから、「いわゆる保守派」内の「一個人」は、極力発言をしないことである。

そもそも、「いわゆる保守派」内では、「一軍の将」でもなければ「先生」でもない、単なる「一個人」からの「発言」など望んでいない。

無名な「一個人」は、「有名人」たる「一軍の将」や「先生」方の「御高説」を褒め称え、

「そうだ、そうだ!」

「異議無し、異議無し!」

「マンセー、マンセー!」

と絶叫していれば、それで良いのである。

この、「有名人」や「肩書」が大好き、異論は認めない、という傾向は、韓国人とまるっきり同じである。

韓国人も「肩書」が付いていないと露骨に侮蔑するので、日本国内では単なる「平社員」であっても、韓国人向けの特別な「名刺」には、「営業部長補佐」などと「日本国内では存在しない肩書」が明記されると云う。

かつての「保守派」は、韓国は、同じ「反共」ということで「仲間意識」が有った。

だが、ここ数年は、韓国人に対して蛇蝎のように忌避する。

多分、「似た者同士」の「近親憎悪」の感情から起因しているせいだろう。

 

何度も書いているのだが、自分は、自称・真正保守という御仁から「お前なんか保守じゃない!在日の創価信者だ!」と「認定」されて、めでたく「保守」でなくなった。

だから、現在、自分は「保守」だとか、「左翼」だとか、そういうことを意識せずに、その時その状況に於いて、自分の感じたこと、分析したことを率直に表現出来るように成った。

本当に有り難い限りである。

但し、「敵からの転向者」というものは、「実戦」に於いては、極めて「有用」であると思うのだが。

そう、かの「銀河英雄伝説」のメルカッツ提督を見れば、容易にご理解出来ると思う。

(勿論、自分なんぞは、メルカッツ提督の足元にも及ばない愚昧の徒であるのだがwww)

今回の衆院選で、野党が大敗したのは、「野党ぼけ」。
いわゆる「与党ぼけ」というのはよく聞くが、まさに「野党ぼけ」。
この「野党ぼけ」の症状を悪化させたのは、大新聞とTV局といった大マスコミの「森友・加計両学園」の「醜聞報道」。
まあ、確かに、無様では有ったのだが、それでもって政権を打倒し、さらに与野党政権交代が可能であると「自惚れ」させてしまったことは、どうしようもないくらいの醜態。
つまり、朝日新聞をはじめとした左派大マスコミは、「野党は政権批判、スキャンダル追及だけしていれば充分」と野党政治家どもを「調教」してしまったのである。...
しかし、「現政権批判だけ」では、政権は担当出来ない。
その「真理」を、国民は既に、過去3年間の「民主党政権」で「学習」済みなのである。
だから、「いかに政権を担当していくのか」という、現実的な政策を提示出来得なければ、最早、「とにかく、政権交代させて下さい!」という論法は国民に対して全く届かないのである。
そこのところの「認識」が甘過ぎるから、今回の野党全体は「大敗」したのである。
本来は、「森友・加計」なんぞの問題に血眼にならずに、地道に安倍政権に対する「対案」の政策を構築していくべきだったのである。

多分、朝日新聞なんぞは、「立憲民主党、大躍進!」という一点のみをクローズアップさせるだろうが、その陰で、共産党がほぼ議席を半減させるなど、「死屍累々」の惨状なのである。
立憲民主党は、所詮、アンチ自民党・アンチ安倍の票が吹きだまって出来た、「あだ花」のような代物。
かの党派が、この日本を新たなかたちへ導いていくことなど有り得ない。
ただ、哀しいのは、その立憲民主党へ投票した国民の多くは、現状の変化を望んでいない為なのである。


あと、「日本のこころ」に関してだが、これに関しては、得票数を見てから、きっちりと批判させてもらう。

ども。「ポンコツ」ですwww

さて、本日平成29年10月22日の夜21時過ぎ。

衆院選の開票速報が放映されて1時間あまり。

現段階の概況は、

「自民公明・大勝!」

「希望失速」

「立憲民主大躍進」

であろう。

ただ、各選挙区の情勢を見ると、必ずしも自公の与党候補は「圧倒的優位」である訳では無い。

むしろ、接戦に追い込まれている選挙区も多い。

ところが、自公対希望だと「圧勝」で、自公対立民だと「接戦」という「構図」である。

つまり、「自公与党候補は、必ずしも全国的に“勢い”が有る訳では無い」

むしろ、「希望の党と立憲民主党との有権者の受け止め方があまりに対照的」である。

それは、小池百合子東京都知事の「希望の党」が、明らかに有権者から嫌われたのである。

一方、その対比ではないのだが、「立憲民主党」へ、アンチ自民党の票が集約された、ということであろう。

この「立憲民主党」への支持拡大、大躍進に関して、TV番組の各報道各社は大きく取り上げられている。

だが、自分が注目したのは、日本共産党の「大不振」ぶりである。

しかも、超大型台風の接近という「大悪天候」で、投票率も大きく下がる傾向にありながら、日本共産党が伸び悩んでいる。

多分、間違い無く、前回よりも獲得議席を減らすだろう。

日本共産党は、既に国会議員である衆議院議員を引退し、さらに日本共産党の「議長」さえも勇退した、一「党中央委員」でしかない不破哲三が主導した(と想定される)「反ファシスト統一人民戦線」の「野党共闘・国民連合政府構想」の下で、今回の衆院選を戦った。

特に、小選挙区に於いて、立憲民主党の候補者が出るところはなるべく日本共産党の候補者を出さずに、「調整」したのである。

で、この「野党共闘」が、実は、大いに効果を上げている。

与党候補との接戦を演じているのは、まさに「左派勢力」による「野党共闘」が成立した選挙区がほとんどなのである。

ところが、比例代表区に於いて、日本共産党への得票が伸び悩み、議席の上積みが出来ていない。

つまり、アンチ自民、アンチ安倍の左派の得票を、ほとんど立憲民主党へ掻っ攫われて(かっさわれて)しまったのである。

日本共産党は、コミンテルンの日本支部として誕生した「ボルシェビキ」のセクト(党派)である。

つまり、レーニンの「革命に於ける前衛党」である。

政治的には、あらゆる面で「指導的立場」でなくては「理論上」、成立出来ないのである。

もし、立憲民主党が大躍進しつつも、日本共産党の「比例代表」の得票が伸び、選挙に於いて明確な「勝利」が獲得出来ていたならば、立憲民主党を背後から「操縦」することも可能であろう。

だが、立憲民主党は選挙で大勝したのだが、肝腎の日本共産党の議席が減少することとなれば、「何の為に立憲民主党を支援したのか?」という党内外からの批判は抑えられないだろう。

現在も、事実上、日本共産党を掌握している不破哲三の指導力がここで大きく問われてくると予想される。

かつて、日本社会党の土井たか子委員長の時代に、俗に「マドンナブーム」と呼ばれた時期が有った。

一時は、「すわ社会党政権誕生か?」などと云われたのだが、海部総理との対決での衆院選で、自民党は「体制の選択」という「対立軸」を提示し、土井たか子の日本社会党の勢いを止めた。

ちなみに、この時の自民党幹事長は、かの小沢一郎である。

そして、さらに日本社会党の勢いを削いだのが、当時、「明確に」野党陣営だった公明党と民社党だった。

社会党は大躍進したのだが、そのあおりを喰らって公明党と民社党は伸び悩んだ。

で、社会党の首脳陣は、「我が党は市民の支持を得た」とばかりに増長してしまった。

一方、公明党と民社党は、社会党をひがむようになった。

その野党三党「社公民」内に生じた亀裂を、小沢一郎は見逃さなかった。

公明党と民社党へ猛烈な根回しを行い、いつしか国会の運営は自民党・公明党・民社党の「自公民」三党での話し合いで決定されていくようになってしまった。

野党第一党の日本社会党は何時しか、「蚊帳の外」に置かれてしまったのである。

いわゆる緊迫する中東情勢を基に、自衛隊の「PKO法案」が成立したのが、丁度この頃である。

多分、今回の野党各党内で、立憲民主党の「独り勝ち」は、野党間に於いて嫉妬とひがみの悪感情を生じさせるであろう。

一方、「成功」した「好調」の立憲民主党は、「反省」することなどしないだろう。

「自分たちの主張が市民に受け止められた」としか感じない。

だから、日本共産党からの「指導」を丸呑みすることなど有り得ない。

日本共産党は、現在、党員の高齢化が凄まじく、今迄通りの「戦い」が維持出来ない。

だから、かつてのように全選挙に「参戦」して党勢を伸ばすという「戦い方」は無理だろう。

だから、「野党共闘」というかたちで行かざるを得ない。

だが、今回の立憲民主党の「独り勝ち」の選挙結果によって、「野党共闘」戦略への踏み込みのやり方が「党指導部内」に於いて、議論されていくことだろう。

 

一方、「希望の党」と「立憲民主党」で、あまりに選挙結果に両極端の差が生じてしまった。

これは、日本のナショナルセンター、労組「連合」に於いて、深刻な問題と成ろう。

今回の衆院選で、「連合」は、支持政党を一本化出来なかった。

もし、民進党のままの選挙戦であったなら、「連合」は統一した選挙支援が出来得ただろう。

だが、「希望の党」「立憲民主党」さらに「無所属」と三分裂したため、各候補者へ傘下の労組が支援するかたちを取らざるを得なかった。

結果として、立憲民主党を支援した、左派系の自治労・日教組といった旧「総評」系の労組が、「選挙に於いて」は「勝利」することとなった。

一方、「希望の党」系の候補者を支援したかった保守系の旧「同盟」系の労組は、「選挙に於いて」は「惨敗」する結果と成った。

現在、労組「連合」は、会長が(比較的)保守系の「基幹労連」出身。

そして、次期会長候補だったのが保守系の「UAゼンセン」出身だった。

ところが、先月のいわゆる「残業無し」の「働き方改革」への取り組み方で、労組「連合」内で「大荒れ」という惨状と成った。

結果として、労組「連合」の会長は、「続投」し、当初は次期会長の予定だった幹部は「会長代行」というポストに棚上げされてしまった。

つまり、労組「連合」内部に於いて、旧「総評」系の左派労組の発言力が以前よりもさらに強まっているのであると思われる。

そして、今回の衆院選で立憲民主党の支援をした旧「総評」系の左派労組は、アンチ自民・アンチ安倍の国民の「判官贔屓(ほうがんびいき)」的な支持によって、選挙に「勝利」した。

これは、間違い無く、労組「連合」内に於いて、決定的な「地殻変動」要因と成ろう。

多分、今以上に、労働運動は左派的と成り、政府と対決的に成ると思う。

だが、労組「連合」は、いわゆる「労働運動」に於いても、既に安倍政権の「働き方改革」「一億総活躍社会構想」の後塵を拝している。

さらに、政治に関しては、傘下の労組間に於ける「路線対立」があまりにも激しく成り過ぎた。

かの山岸章の力技でもって成立した労組「連合」であるのだが、最早、統一した「組織」として維持していくのは、限界に達していると感じる。

また、時代的な「役割り」も、最早、終わったと思う。

ここは、かつての「総評」「同盟」のように、明確な旗幟を鮮明としたかたちで「組織」を改編すべきであろう。

 

まだ、衆院選の最終的な結果が出ていないのであるが、以上が、あくまで「政治の素人」の「ポンコツ」の目から見た、今回の選挙結果に対しての一考察である。

お粗末様でしたwww

いよいよ、あと数時間で平成29年10月22日の衆院選の投開票が始まる。

で、ちょっと気が早いのだが、新党「希望の党」の「惨敗」結果を前提に、いわゆる平成28年7月から始まった「小池旋風」「小池劇場」「都民ファーストの会」とは、いったい何であったのか?を自分なりに考察してみたい。

 

結論から云うと、「小池百合子」が、とてつもない「破壊力」と「吸引力」を保持し得たのは、彼女が「保守」であったからである。

つまり、「保守政治家」でありながら、刷新を目指す。

その、「爽快さ」こそが、彼女の「神通力」であった。

彼女が東京都知事選挙に圧勝したのは、いわゆる「組織票」でもって固め切った増田候補よりも広範な都民の支持を集めたからである。

その後の千代田区長選挙、東京都議会議員選挙に於いて、顕著と成ったのは、いわゆる「支持政党無し」の「無党派層」を独り占めにしたことと、対決していた自民党支持層からの票をも奪ったことに有る。

つまり、比較的弱い、潜在的な保守支持層が多い「無党派層」と、従来の保守支持層である自民党支持層を切り崩した。

それは、保守支持層を従来の「自民党支持層」から「溶解」せしめ、流出させ、吸引したことによる。

勿論、そこには創価学会・公明党との「距離感」も加味された。

ところが、そもそもが、国政の国会議員(衆院議員)であった小池氏が、「辞職」して東京都知事に「転身」した筈なのに、僅か1年ちょっとで「国政復帰」するというのは、ちょっと説明がつかない。

これで、一気に彼女を取り巻いていた「魔法」のオーラが消え失せてしまったのである。

また、同じ「保守政治家」同士の対決では、とてもではないが、安倍総理には勝てなかった訳である。

事実、平沼赳夫を党首とし、田母神俊雄、西村真悟といったそうそうたる「保守政治家」「保守文化人」を擁した「次世代の党」が、2014年の衆院選で勝てなかったのである。

東京都政のレベルならば、まだ、防衛大臣まで務めたという「保守政治家」としての「箔」が物を云ったのであるが、対安倍総理では全く勝負に成らなかった。

かといって、日本共産党が事実上主導する「反ファシスト人民統一戦線」の「野党共闘」に、「お神輿」として乗っかる、という選択肢は、小池百合子という「政治家」の「センス」として受け入れられなかったのであろう。

彼女は口八丁手八丁の超「やり手」であるがゆえに、他人に「任せる」ということが「我慢」出来ないのである。

この「何でも出来得てしまう」という人物は、得てして「何でも自分でやらないと気が済まない」。

ところが、「個人」には、時間・空間・体力といった面で「有限」である。

その「限界」を超越させるためには、やはり「チームプレー」「組織戦」を行わなくてはいけない。

ところが、肝腎の手足と成るべき「側近」が、自ら臆面も無く「側近力」なる著書を早々に売り出してしまうような若狭勝である。

そもそも「側近」というのは、匿名であることに喜びを見出せるような人物でなければ務まらない。

何かと云うと、「いやあ、あれは自分が」などと吹聴して回るような「軽い」人間では、とてもではないが「側近」には向いていない。

では、何故、小池百合子は若狭勝を側に置いたのだろうか?

それは「使いやすい」ためだけである。

つまり、若狭勝とは、「近習」であり「小姓」なのであるwww

勿論、「近習」や「小姓」も、自分のような不器用で魯鈍な人物では務まらないのであるが。

だが、小池百合子にとって、「良きに計らえ」と云う「側近」は不要なのである。

そう云う面で、彼女は孤高であり、孤独なのである。

多分、彼女は対人関係に於いてはニヒリストなんじゃないか?と自分は感じるwww

「私の云うことが聞けないのなら、出て行ってちょうだい!」と。

 

ここまで考察を進めて来ると、小池百合子が、民進党から希望の党へ「転換」する際に「排除の論理」という「失言」「失策」をしでかしたのは、むしろ「必然」であったような気がする。

ただ、彼女の「酷薄さ」や「底意地の悪さ」を長らく広範な国民の目に触れさせないように作用したのが朝日新聞などの大マスコミである。

本来ならば、東京都知事という巨大な権力者でありながら、朝日新聞は、さも「挑戦する弱小者」という「図式」に落とし込んだのである。

ただ、これは明確な「詐欺」であったのだが、「反自民」「反安倍政権」という朝日新聞の「大義」の前には「正当化」されたのである。

 

思い起こせば、細川政権、小泉政権、民主党政権を誕生させるにあたって、どれだけ朝日新聞などの大マスコミが関与していたことか。

既に文藝評論家の小川榮太郎氏が指摘されるように、朝日新聞などの大マスコミの「兇状」はあまりにも目に余る。

やはり、ここは、国民ひとりひとりが物事の本質を見抜けるようにならないといけない。

まあ、なかなか至難の技であるが。

だが、そうしなければ、いずれ国民の生命と財産が危険にさらされることと成ろう。

そういうことを踏まえて、衆院選の投票はしかと心して、行うべきであろう。

かつて、いわゆる「保守」は、単に「保守」とは呼ばれなかった。
「保守反動」と呼ばれたものである。


さて、「排除の論理」で、「希望の党」から袖にされた枝野ら民進党左派の連中が急ごしらえで結党した「立憲民主党」。
小池百合子の「底意地の悪さ」が、さすがに鼻に付き過ぎて、俄かに「判官びいき」という「同情」を買われることと成った。...
その結果、今では、「野党第一党」の予測である。
何なのだろうこれは。
しかも、彼等は「右でも左でもない。前へ。」などと云っておる。
いや、あんたらの論理も感覚も行動指針も、みんな「米ソ冷戦体制」の頃から変わっていないから。
いわゆる「YP体制」(ヤルタ・ポツダム体制)だから。
だから、立憲民主党は、「右でも左でもない」。
そして、勿論「前へ」でもない。
「左翼反動」である。
多分、前後の方向感覚が、180度違っているのである。
まさに「残念な勘違い党派」なのである。
そういう「痛い」政党を、例え一過性であっても、支持を集めてしまう我が日本の国民性が、堪らなく「哀しい」。

ビートたけしこと北野武は、大変なマザコンである。

ただ、これは無理からぬことで、彼の母である北野サキは大変、聡明な女性であった。

彼女の口癖は「とにかく勉強しろ!」だった。

何故か。

それは、彼女の生きて来た環境が貧乏だったからである。

そして、聡明な彼女が出した結論は、「貧乏の世代連鎖から脱却するには教育しかない」ということであった。

北野家は、職人の家庭である。

また、職人でも一番偉いのは「大工」であるのだが、北野武の父・菊次郎はペンキ職人。

まあ、「左官屋」の「身分」である。

そこの子弟だから、本来なら「勉強、勉強」とせかされる家庭では無かった筈なのである。

北野家の子弟で、一番、勉強が苦手だった北野武も、それでも、明治大学の工学部に入学はした訳である。

これが、いかに大変で、凄かったことか。

 

「教育」によって、「貧困からの脱却」を目指す例は、戊辰戦争で佐幕派として敗北した、越後の長岡藩の小林虎三郎の「米百俵」の逸話でも有名である。

敗戦によって、貧困に苦しんだ長岡の人々にとって、「米百俵」は本当に垂涎の的であった。

だが、この「米百俵」を元手に、小林虎三郎は学校を建設する。

現在の新潟県立長岡高校である。

後に、山本五十六元帥などの俊英を輩出する。

 

さて、この「貧困の世代間連鎖からの脱却の解決策としての教育」という「セオリー」なのだが、自分は、これからの新時代に於いて、いつまでもこの「セオリー」は成立しないように「悲観」している。

まず、労働賃金が上がらないこと。

つまり、生涯に於ける労働賃金は、今後、抑制され続けるように予想する。

現在、「正規雇用者」(正社員)が「基準」と成っている「社会」であるのだが、自分は、早晩、現在の「非正規雇用者」(契約社員や派遣社員、パートなど)が、「主流」と成り、「基準」と化す「社会」と成ると予想する。

で、現在の「正社員」は、その「職場」の「幹部候補生」以外は成れない。

つまり、いわゆる「キャリア組」と呼ばれる者以外は、「正規雇用者」に成れない時代と成ろう。

何故か?

それは、「企業」や「業界」の「旬」の期間があまりに短く成ったからである。

かつての鉄鋼・造船、もしくは家電・自動車といった「メーカー」の「黄金時代」は20年から30年は続いた。

ところが、IT企業などの栄枯盛衰の期間サイクルはそれに比較すると驚くほど短い。

現在、とんでもないほどの「大金持ち」に成るには、「起業」や「創業」した後、その「企業」が「高値」の状態で「転売」することである。

つまり、「企業経営」は必ずしも「富」を生まない苛酷な時代に成った訳である。

そんな激変する経済状況の中で、「勤続30年以上」ということが、果たして可能なのか?

また、かつてのような「意義」や「価値」が保持され続けるのかどうなのか?

多分、今後、いわゆる「仕事が出来る」人材は、どんどん「企業」間を渡り歩くことに成ると思う。

逆に、現在の「経理畑勤続20年」などという「固定化」「特殊化」もしくは「過剰適応化」してしまった「人員」は、遠からずAI「人工知能」に置換されるか、もしくは外部企業へアウトソーシングされていくであろう。

そうなると、「仕事が出来る」「余人を以て代え難い」人材は、引き抜かれるだけ引き抜かれ、どんどん「給与」が上がっていくだろう。

というより、最早「出来高払い」で、「労働賃金」というかたちには成らない。

また、そういう人物は、「社員」というよりも「仕事請負人」のようなものである。

「組織」や「職場」への「帰属意識」や「忠誠心」というよりも、どれだけの「成果」を上げられたのか?という「実績」評価と成ろう。

一方、自分のような「お前の代わりなんぞ、幾らでも居る」という「人員」は、徹底的に「人件費削減」の対象と成る。

 

そこで、「教育」なのだが、自分の「教育」の定義とは、「その国家、社会、組織、共同体にとって理想とする大人(構成員)への行程表」である。

つまり、「教育」を課すべき、国家なり、社会なり、組織なり、共同体なりの「価値判断基準」が確立されていなければ、その「教育」によって形成される理想的な人間像そのものが確定出来得ない訳である。

現在、日本の高等教育(大学の教育)の「ありかた」が「漂流」しているのは、そもそも日本という国家の「国家観」そのものが確立出来得ていないせいである。

我々は、どういう世界を目指し、そのために日本という国家をどのように構築し、社会基盤を形成するのか。

その「目標」が定まらない限り、「行程表」は曖昧模糊とした、単なる情緒的な努力目標で終わってしまうのである。

そこへ、「価値観の多様化」と「時代の激変の加速度化」が加味される訳である。

つまり、いくら「教育」のプログラムを精緻に構築したところで、環境や状況の激変に対処出来ずに、あっという間に「陳腐化」してしまう訳である。

下手をすると、「教育」によって労働に付加価値を生じさせる「期間」が無くなってしまう、という事態に成りかねない。

プログラミングにしろ、新規事業のイノベーションにしろ、その「職場」へ参入するための「教育」を課せられる「時間的余裕」が無くなってしまうかもしれない。

「教育」とは、人材の能力の平均的な底上げを目指す工程である訳だが、「教育」が「職場」の変化の速度に対応出来ない状況と成れば、あとは個々人の「資質」が露骨に評価の対象と化すことと成ろう。

そうなれば、要領の良い、器用な「仕事の出来る」人間だけが選別されることとなろう。

自分のような不器用な人間は、容赦無く、振るい落とされる。

そして、選別から落とされた人間は、最早、貧困の淵から抜け出すことは有り得ない。

 

さらに、戦後型核家族の「脆弱性」である。

夫婦と子供、といった「少数」の「世帯」に於いて、独りでも“健康”を損なった時点で、その「家族」は瞬時に暗転する。

従来通りの勤労状況を維持することは不可能と成り、それは即家計の経済的な危機へ直結する。

つまり、「正規雇用者」の家庭が、家族の中の独りでも“健康”を損なった時点で、「正規雇用者」としての「社会的身分」を喪失しかねないのである。

現に、老親による「介護離職」や老親の介護と幼児への育児が二重に重なり「離職」を余儀無くされる状況が多発している。

これが、社会全体に於ける重苦しい「不安感」として滞留しているのである。

そして、この「不安感」こそが、「景気」を冷え込ませ、経済成長を抑制してしまっている訳なのである。

 

ここまで述べて来て、いわゆる「貧困問題」を解決するには、単に「補助金」や「助成金」をばらまき、福祉施設の箱モノをばんばん作ることでは駄目なのであると云えよう。

それは、我々自身の「国家観」を確立し、さらに、貧弱で脆弱な「家族制度」そのものを再構築することこそが根本的な解決への一歩なのである。

だからこそ、自分は、いわゆる保守政治家が今一番着手しなくてはいけない政治問題は「貧困問題」なのだ、と訴えているのである。

現在、「貧困問題」に一番熱心な連中は、ただひたすら金や福祉サービスを「与える」ことばかりを論じている。

だが、それは単なる「対症療法」に過ぎず、いわゆる貧困層を自分達の「組織内」(というか党派内)へ組み込むための方策としか認識していない。

それは、結局、国家内もしくは社会内の「富」を蕩尽し尽くすだけで終わってしまう。

自分は、それでは根本解決に成らない、と訴えているのである。

 

ま、所詮、ポンコツの派遣労務者の拙論だから、誰も相手にはしてくれないのだが。嗚呼。

何故、関ヶ原の戦いで、石田三成が敗れたのか?
ひとつの「見方」として、「石田三成があまりに切れ過ぎた」からである、と云う。
つまり、当時の大名の中で、彼よりも優れていた頭脳は他に居なかった、と。
確かに、かの徳川家康でさえ、こと「行政能力」「事務処理能力」に於いては、石田三成よりも劣っていたであろう。
ただ、既にその時の徳川家康は、豊臣政権の「重役」であったから、別に問題に成らなかっただけのことである。...
ならば、尚更、傑出した能力の持ち主であった石田三成が、関ヶ原の戦いで敗北しなくてはならなかったのだろうか?
それは、石田三成が己の「優秀さ」を自他共に認めていたからであろう。
別の云い方をすれば、周囲の人間が皆、「愚か」に見えてしまっていたのであろう。
残念ながら、こういう人は「個人プレー」では「敵無し」なのだが、「組織戦」に成った場合、途端に齟齬をきたす。
結局、石田三成が「天下の奉行」でいられたのは、太閤・豊臣秀吉の「ご威光」が有ったからである。
だから、秀吉在世時は、全て「想定通り」に事が進んだ。
しかしながら、太閤薨去後は、今迄の「順風」が一気に反転し、逆流したかのような惨状と成った。
或る面、石田三成ただ一人のみが、豊臣秀吉死後も「不変」であったのである。
だが、それゆえに、石田三成は、秀吉が残した「負の遺産」まで背負い込まざるを得なくなった訳である。
多分、従来通りに事が進まず、齟齬と破綻ばかりの有様に、彼の緻密な頭脳は許容範囲を超えてしまったのであろう。
こう考えると、「頭が良い」というのも、「良し悪し」ということになってしまう。


さて、小池百合子東京都知事にして、新党「希望の党」の代表である。
彼女の「胆力」と「魅力」は傑出している。
ただ、彼女のその「才智」の陰に「孤高」を感じ取れてしまうのは何故だろうか?
多分、彼女も「ずば抜けて過ぎている」のである。
だから、周囲の人間が皆、「腰抜け」で「無神経」にしか見えないのであろう。
だが、これは、決定的に「不幸」であろう。
何故なら、結局、小池百合子は、その賞賛も批判も悪罵も、全部、「独り占め」せざるを得ないからである。
全てを小池百合子は独りで抱え込まなくてはいけなくなるのである。
だが、「上手の手から水が漏れる」と云う。
どんな「超人的」な人間でも、全部独りで済ますことなど不可能である。
だから、只今、小池百合子は「無理」をしている。
ちょうど、今現在は「無理が通れば道理引っ込む」で、彼女のもくろみは当たりに当たり続けている。
だが、「無理」は「続かない」のである。
早晩、綻びが生じよう。
その時の「破綻」が、「彼女ただ独り」だけで済めばまだ良い。
もし、日本国家や日本国民諸共を「道連れ」にするようなことに成ってもらうことだけは、「ご免こうむる」。

いわゆる「野党選挙協力」と云う名の「野合」が急ピッチで「実現」されている。
だから、「野党の選挙態勢が整う前に、解散する」というのは、的外れ。
結局、組織が固く残っている日本共産党へ「依存」するというだけのこと。
日共の「候補」を降ろしてもらい、更に、選挙の実働部隊も「依存」しまくる、ということ。
つまり、民進党は日本共産党にとてつもない「負い目」を感じる破目に成る。...
事実上、民進党で当選した代議士は、共産党への「ご機嫌伺い」をするように化すだけのこと。
それは、現在の自民党の代議士のほとんどが、創価学会・公明党を無視出来得ないというのと同様。
結局、「カルト」政党が、大政党の首根っこを抑えつけてしまうということではないか?
今回の選挙、本当に甘くはいかないですぞ!

いわゆる「保守派」が何故、政治的な影響力を持ち得ないのか?
それは単純な話し、選挙に弱いからである。
いわゆる「保守派」と呼ばれる「政治家」は、こと選挙に関しては両極端である。
絶対に「落ちない」くらい選挙に強い、か、時たま偶然に「受かっちゃった」というくらいで後は落選続き、か。
で、選挙に強い「政治家」は、実は、いわゆる「保守派」内で「好き嫌い」が二分される。
何故嫌われるのか?というと「おもねっているから」。
つまり、票を得るために「筋を曲げている」と云うのである。
まあ、その指摘はあながち間違いではない。


いわゆる「保守派」には、「組織」が無い、と云う。
「組織」が無いから、集会や街宣に於いても、左翼に対して見劣りがするくらい「少人数」という惨状となる。
まだ、集会や街宣だと、「少人数」でもまだ「意気軒昂」に成れる。
だが、こと選挙と成ると現実は残酷である。
もう、当選はおろか、次点でさえ遥かに届かない。
すると、「選挙に落ちても大義は残る」などと「都合の良い」の表現を口にする。
それは単に「現実逃避」でしかない。
選挙に当選しなくても良い、ということであるならば、何も選挙に出る必要は無い。
集会と街宣をやっていればそれで良いではないか?


何故、いわゆる「保守派」は政治的影響力が無いのか?
それにひきかえ、創価学会・公明党や共産党の方が、遥かに政治的影響力が有る。
何故なのか?
彼等の云っていること、やっていることは、「正しい」とは云えない。
しかしながら、こと選挙に於いては、確実な実績を残している。
だからこそ、政治的影響力を有するのである。
ならば、この彼我の違いは何処に有るのだろうか?


自分は既に「保守」ではない。
だって、(自称)「真正保守」から、「お前は保守ではない。左翼の工作員だ。在日の創価信者だ!」と「認定」されたからである。
それ以降、自分は自分が「保守」であることを名乗るのをやめた。
(自称)「真正保守」という御仁から「お前は保守ではない。」と云われたからには、多分、実際に自分は「保守」ではないのだろう。
さらに、ろくに「国語」の「読解力」も無いくせに、極めて安直に他人を罵倒するのが「保守」ならば、そんな奴等と自分は一緒にされたくは無い。
むしろ、こちらから「保守」の盃を叩き返したい。
だから、自分は、もう、「保守」ではない。

ただ、一時期、「保守」だった期間が有ったので解るのだが、いわゆる「保守派」の連中は、本当に「付き合い」が狭い。
だって、土日のいわゆる「保守派」の集会やら講演会やらに行くと、会う人会う人、みんな同じなのであるwww.
「おや、先程もお会いしましたね。」という挨拶を、一日に何回も交わす訳である。
だから、「参加人数」の「のべ人数」と比べて、実数は多分、10分の1ぐらいだと感じる。
一方、創価学会・公明党や共産党の連中は、組織からの指導で、町内会やPTAの役員を率先して引き受けるように云われている。
民生委員なども、「是非やらせてもらえ!」と指導されている。
そして、独居老人などを見回り、また、借金苦で落胆している人には生活保護や公営住宅の入居を斡旋して回っているのである。
これが、選挙の時には、決定的な得票に成るのだ。
いくら、不特定多数に対して「正論」をがなり立てたところで、そんな「高尚」なもんは、みんな人々の頭の上を通り過ぎてしまうのである。
あまりにも「お高くとまって」おられるから、そんなナンセンスなことになる。


かつて共産党が、青年層を「オルグ」(組織化)する際に用いたのが「歌声運動」であった。
喫茶店で、みんなでロシア民謡などを大声で歌った訳である。
この歌った歌が「軍歌」や「文部省唱歌」でなかったところがミソである。
そうやって、当時のソビエト・ロシアに対する親近感を熟成させ、最終的には左翼大衆運動へ引き入れる手法であったのだ。
一方、現在のいわゆる「保守派」はどうなのか?
もう、はじめから終わりまで、ゴリゴリのもんしか参加しないし、主催もしないではないか?

さらに、そういう保守派の集会や街宣に「間違って」www参加してしまった青少年たちを、はじめはちやほやして持て囃すのだが、そのうち「本性」を丸出しにする。
「何だ、お前はそんなことも知らないのか?」
「何だ、お前みたいな若造が生意気な口をきくな!」
そうやって、青少年たちを押し潰して優越感に浸りまくる。
何時しか、青少年たちの足は遠のき、二度と顔を出すことは無く成る。
そして、彼等彼女等に対して、「ネトウヨ、最低!」というイメージを頭と心に刻み付ける結果と成る。
何故、そうなのか?
それは、いわゆる「保守派」の連中が、ただひたすら「まくしたてる」からである。
青少年たちの抱いている、心の中のもやもやを吐き出させ、受け留めるような「度量」が無いからである。
だから、折角、近づいて来た青少年たちも、すぐに「うざい」と感じて、二度と来なくなるのである。
まあ、その方が、「お互い」にとっては良いのだろうがwww


よく、いわゆる「保守派」は「組織」が無い、という。
だが、いわゆる「保守派」は、果たして本当に「組織」を望んでいるのだろうか?
自分は、本当の意味で、いわゆる「保守派」は、「組織」なんかどうでも良いと思っているとしか思えない。
要は、選挙の時の「票」であり、集会や街宣の時の「頭数」であり、出版即売会の時の「本の売り上げ」だけ、欲しいのである。
後は、不要なのである。
つまり、SNSでもって、「読んでくれなくても、見てくれなくても良いからとにかく必ず”いいね!”を押してね!」と云っているのと同じなのである。
「組織」を形成したり、仲間に引き入れたりするにあたっては、本当に「泥臭い」作業が不可避なのである。
そういった、「泥臭い」作業を、今の「スマート」で「高尚な」「意識が高い」いわゆる「保守派」のお歴々がやろうと思うだろうか?
絶対にしない。
そんな馬鹿げたこと、やる訳が無い。
だって、「大義のためには死んでも良い!」としか云わないのだから。
何かと云うと、「死ぬ死ぬ」と云う。
どんなことでも「決死の覚悟で!」と叫ぶ。
そんな、肩をいからせた人ばかりだから、「雑用」なんか絶対にしないのである。
みんなマイクを握りたがる。
みんな旗指物を振り回して大得意に成りたい。
いや、もう、そう云うのは、好きなだけおやりに成れば宜しい。


もし、いわゆる「保守派」が選挙に関わりたい、というのであれば、まずは、いわゆる「保守派」の「催し」に参加することを減らすことである。
そして、その分の空いた時間を、違う分野の人間関係の「場」に使うのである。
地域のサークルだったり、消防団だったり。
朝のラジオ体操や町内会のドブさらい。
多分、いわゆる「保守派」で、日々「決死の覚悟」の方々は、そういう「くだらない」ことには一切参加していないだろう。
だが、そういう生の人間関係の中からしか、はっきり云って選挙の得票と云うのは出て来ないのである。
そして、何よりも「聞き役」に徹すること。
徹し切ること。
「自分は、お前よりも知っているのだ、賢いんだ、立派なんだ!」とひけらかさないこと。
いわゆる「保守派」は、やたら滅多羅「正論」を浴びせかけるから、どうしようもなく鼻に付くのである。


ここまで、書いて来て、自分はいわゆる「保守派」が選挙に関わることには絶望的である。
いや、もう、選挙なんか、どうでも良いんでしょ?
だったら、「仲間内」だけで、楽しくやっていれば良いと思う。
選挙は、創価学会や共産党や労働組合に任せて。
で、「仲間内」だけで、「全く、こいつら民度が低過ぎる!」って吼えまくっていれば良いと思う。
その方が、お金も体力も時間も消耗しなくて、楽しく過ごせますよ!

関ヶ原の戦いとそれから15年後の大阪の陣について。
そもそもは、豊臣秀吉が、「軍事的」に徳川家康を圧倒出来なかった。
かの小牧・長久手の戦いに於いて、「戦闘」に於いては、豊臣秀吉は徳川家康を攻め潰すことが出来なかった。
その後、地震などの天災が有り、豊臣秀吉は、「軍事的」に徳川家康を屈服させることを断念し、外交交渉などの「非軍事的」なかたちで徳川家康を恭順させる道を選んだ。
ただ、豊臣秀吉の脳裏には、死ぬまで、徳川家康は「仮想敵」で有り続けた。...
まず、先祖以来の三河・遠江といった東海地方の領地から、関東八州の後北條氏の旧領へ、「領地加増」としながらも、遠方へ「転封」させた。
これで、徳川家康が「逆ギレ」したならば、「お取り潰し」で後顧の憂いが断てたのであろうが、徳川家康は堪忍して受諾する。
そして、当時では「日本最大の外様大名」の城下町として、江戸が誕生する。
古来、武士の心の拠り所であった「鎌倉」は、三方を山に囲まれ、前面の海は比較的狭く、260万石とも云われる徳川家康の城下町としては手狭であった。
それから、湿地帯でしかなかった「未開の土地」である江戸城の周辺は、大々的な「土地改良」が為される。
一方、豊臣秀吉は、「徳川家康包囲網」を敷く。
まず、北方の会津には、織田信長家中の「俊英」蒲生氏郷を配した。
彼は文武両道に秀でた、「戦国の俊英」であった。
人格も高潔であり、人望も厚かった。
だが、逆にそれゆえに、豊臣秀吉の本拠地、大坂や京都から遠ざけられ、徳川家康の「押さえ」として東北の要の地に封じられてしまう。
なお、蒲生氏郷は早逝してしまい、豊臣秀吉は、慌てて徳川家康の「押さえ」として、越後の上杉景勝を転封させることとなる。(なお、蒲生氏郷、上杉景勝は、徳川家康への「押さえ」であると共に、北方の伊達政宗への「押さえ」でもあった。)
さらに、徳川家康の旧領であった東海地方は、豊臣秀吉と関係の深い、中村一氏、山内一豊、福島正則といった「子飼い」の武将を配した。
また、上州から北信州にかけては、戦国時代から徳川家康と丁々発止の駆け引きを繰り広げた「謀将」真田昌幸の「本領安堵」させ、中山道の「押さえ」とした。
そして、関東でも常陸の佐竹家を存続させて、徳川家康を圧迫せしめたのである。
ところが、豊臣秀吉が薨去すると、「豊臣家」の内部でもって、対立が表面化する。
豊臣秀吉が生きている間は、「豊臣家」としての「内部矛盾」は、彼の「人格」がそれを体現し、また統制させていた。
だから、あらゆる諸問題も、豊臣秀吉の「御意向」というかたちで「解決」させられたのである。
これは無理からぬことで、豊臣秀吉は、尾張の「百姓」の出であるから、先祖代々の「譜代の臣」というものが存在しなかった。
つまり、豊臣秀吉の「同僚」「友人」「弟子」といった、極めて「近しい」、ウエットな人間関係が基礎と成る「組織」であった。
そのため、この「豊臣家」という存在は、必然的に豊臣秀吉という個人の人格に大きく依拠せざるを得ない「組織」と化した。
また、実は当の豊臣秀吉自身が、そういう「組織」に成る様に望んだところが見受けられる。
結果として、「後継者」として設定した豊臣秀次が「切腹」するかたちに成り、また、金吾中納言秀秋も小早川家へ養子入りしてしまった。
そして、「世継ぎ」の秀頼は、まだ幼子であった。
「関ヶ原の戦い」とは、「豊臣秀吉の不在」という「結果」であった。
NHK大河ドラマ「葵徳川三代」の原作者であった脚本家のジェームス三木が、当時の雑誌「ダ・カーポ」誌上に於いて、「関ヶ原の戦いの裏の主人公は、豊臣秀吉なんです。」と書いていたのを記憶している。
つまり、石田三成、福島正則、宇喜多秀家、小早川秀秋、などは明らかに、豊臣秀吉の「存在」を意識して行動している。
しかし、何もそれは「豊臣恩顧」の大名たちだけではない。...
徳川家康自身も、既に死んでいるとはいえ、絶えず豊臣秀吉の存在を意識せざるを得なかったであろう。
結局、豊臣秀吉の喪失という、あまりに「巨大な空虚」を中心として、双方がせめぎ合ったのが「関ヶ原の戦い」と云えよう。

「関ヶ原の戦い」以降、権力の中心は近畿地方から大きく東方へ移動することと成った。
かの建武の中興、足利尊氏・直義による足利政権から南北朝時代、室町幕府、さらに織田信長の岐阜や安土の政権、そして豊臣秀吉の大坂・京都(聚楽第)・伏見といった「権力の中枢拠点」は、ほぼ「畿内」に位置していた。
ところが、関ヶ原の戦いの以降、権力の実質の頂点は徳川家康に成り、彼の城下町であった江戸が「本拠地」と成る。
勿論、関ヶ原の戦いが勃発する以前のように、京都の伏見や大坂に居ても良かったのだろうが、大坂には豊臣秀吉の遺児・秀頼とその生母・淀の方が居た。
だから、大坂近辺に徳川家康が本拠地を構えることは憚られたのである。
結果として、関東の武蔵国・江戸に「権力の中枢拠点」が移転し、否応無く「まちづくり」が為されることと成った。
最終的に、「大坂冬の陣、夏の陣」に於いて、徳川幕藩体制が完成されるのであるが、これによって江戸という「城下町」は、「天下普請」というかたちで大々的な「まちづくり」によって、新たな巨大な「まち」と成るのであった。
さらに、天皇陛下や公家衆が残って居る京都や大坂と江戸を結ぶ「街道」が整備され、その途上である東海地方の名古屋も発展することと成った。
結果として、云えることは、「関ヶ原の戦い」と「大坂の陣」で徳川家康が勝利したことにより、日本の国土の開発が大きく東方へ及んだ、と云うことである。
もし、江戸が、単なる「外様の大大名」の「城下町」で過ぎなかったのであれば、江戸は現在の石川県金沢市のような規模までしか発展しなかったであろう。
「関ヶ原の戦い」が、もし、石田三成方「西軍」の勝利で終わっていたならば、その後の日本の国土の発展は、現在よりも大きく西に傾斜していたことだろう。
日本の国土の「中心」は京都と大坂に限定され、畿内より東へはなかなか及ばなかったと想定される。
むしろ、瀬戸内海から九州北部が、より一層開発されていただろう。
ただ、そうなると、いわゆる「西国」と「東国」の「格差」が、とてつもない程に拡大していたと思われる。
関東に江戸が在ったお蔭で、そのさらに東北部の「みちのく」は、距離的には江戸と京都・大坂とあまり変わらなくなったのである。...
もし、江戸がもっと小さな城下町でしかなかったならば、「みちのく」の開発も大きく遅れたことであろう。
また、明治以降も、「西国」と「東国」の「格差」があまりに拡大し過ぎていたならば、「日本」という「統一国家」としての「国民意識」を涵養させることが困難であっただろう。
最悪の場合は、東西で泥沼の内戦と成っていただろうし、「最大の国難」とも云える、対ロシア戦争をも戦い抜くことが不可能であったかもしれない。
「歴史」というものは、或る面、「必然」なのかもしれないのだが、「関ヶ原の戦い」が東軍・徳川家康の勝利で終わったことにより、「日本」の拠点が大きく東へ展開することが出来た訳である。
その結果、「日本」の発展は、より「平均的」に行われるように成ったのだと、自分は愚考する次第である。
つまり、「関ヶ原の戦い」は、現在の日本の国土の有り様そのものを決定付ける戦いであった、と云えよう。
勿論、その前提として、徳川家康が関八州へ「国替え」に応じたということが有ったからであるのだが。

(こんなもんですが、お楽しみ出来ましたか?www)

小林よしのりが遥か遠くに行ってしまった。
何とも残念である。
だが、彼が遥か彼方に活路を見出した「気持ち」は理解出来る。
彼は、間近で「いわゆる保守派」に「幻滅」したのである。
その「失望感」は、当初の「いわゆる保守派」への「思い入れ」が強固であった分、甚大であったのであろう。...
つまり、「アーティスト」としての小林よしのりには、あまりに「重過ぎる」「落差」であったのだと思う。
既に、自分も「保守ではなくなった」ので、なおさら、よく理解出来る。
ただ、自分は「転向左翼」なので、彼ほど「振り子の振れ幅」が大きくは成れない。
いったん「左翼」を経験している以上、例え「反米愛国」であっても、何処までが左翼との「境界線」なのか、何となく解るのである。
だから、「いわゆる保守派」から脱落したとしても、「左翼」にまで「回収」はされないのである。
もし、「左翼」に「回収」される時は、「再転向」をしなくてはいけないだろう。
但し、自分は、鈴木邦男も小林よしのりも「広義の保守」だと「認識」している。
現に、彼等が「反安倍政権」の「陣営」に居ることが、実は要所要所で「効いている」のである。
具体的にどう「効いている」のかは、敢えて書かない。
例え「指摘」したところで、「いわゆる保守派」にも、「左翼」にも理解は出来ないだろうからwww
それにしても、鈴木邦男や小林よしのりを「内包」出来得ない、「いわゆる保守派」の「体質」は、まさしく「左翼」の「相似型」であろう。
いわゆる(自称)「真正保守」の方々から早々に、「在日の創価信者」認定をされて、自分としては「勿怪の幸い」であると感謝にたえないwww

安倍総理が消費税増税を総選挙の争点にされると云う。
しかも、消費税増税の分を教育などの目的税にすると云う。
これは駄目である。
何故なら、消費税を「目的税」化してしまったならば、間違い無く、財政は「硬直化」する。
例え、消費税の税収が増加しても、使用項目が限定されてしまう以上、財政の中で「不足」が発生する。...
必然的に、「財政逼迫」と成り、さらなる増税が求められてしまう。
そもそも、「歳入」と「支出」というものは、融通性が無くてはならない。
「この収入はこの分野しか支出しない」というのは「税収」とするべきではないのである。
事実、「年金」がそうではないか?
あくまで「年金」に「支出」するために「支払ってもらう」から「保険料」なのである。
もし、どうしても「特定目的」のための徴収であるならば、「税」というかたちでは駄目であろう。
つまり、消費税の増税分を教育なり福祉なりに特化させるということは、土台、無理なのである。
結局、「教育目的」「福祉目的」で徴収した「筈」の「税」が、道路財源や産業振興の補助金に回されることと成る。
これは「財政」の硬直化を防ぐためには致し方の無いことである。
だが、この「内幕」が暴露された瞬間、それは「醜聞」と成る。
「国民に対して、教育や福祉だけに使うために増税したのに、何故、他の目的に流用したのだ!
これは、公約違反だろう!
国民を騙したな!」
このような指弾は免れない。
当然、内閣の支持率は急落する。
つまり、これは、事実上の安倍内閣の「自爆装置」そのものであろう。
例え、今回の総選挙でめでたく勝利出来たとしても、遠からず、この「自爆装置」が作動すれば、一気に命脈が断たれるだろう。
要は、消費税増税の目的税化とは「朝三暮四」であるということである。
「大衆は馬鹿だ!」と喝破したのは全学連の唐牛健太郎であった。
だが、選挙に勝利し、政権を強固にするには「大衆に依拠しなければならない」。
「大衆に依拠」するのであれば、大衆に対しては、やはり「敬意」と「畏怖」を持たなくては駄目だろう。
それは例え、「口先だけ」であろうとも、そうしなくてはいけない。
間違っても「大衆」を愚弄し、嘲笑したならば、いずれ、その「基盤」は崩壊することと成る。

(付記)
消費税を10%に増税するという。
但し、教育や福祉に使う、という。
さながら、貧困層へ火を放っておいて、後から消火活動に頑張るようである。
こういうのを「マッチ・ポンプ」と云う。
もしくは、「自作自演」か?www...
これで、「何と素晴らしい!」と云う程、日本国民は愚昧ではないぞ。

(さらに付記)
今回の衆院解散・総選挙の「大義」とは何だ?
また、「争点」とは何だ?
憲法改正?
消費税の増税?
はたまた、一院制にする?...
あまりに「問題提起」が可笑し過ぎるではないか?
今回の選挙は「政治と政権の安定化の構築」これに尽きるではないか!
つまり、予想される「未曾有(注・みぞうゆう、ではないwww)の国難」の襲来に備える為の「国家体制固め」のための「選挙」である筈。
だから、最終目的として、憲法改正は存在するのだが、今回の選挙の争点にしてはいけない。
今回の選挙は、あくまで「緊急避難」「緊急事態対策」のためのものである。
あとは、「好景気への最終仕上げ」でなくてはならない。
必然的に「消費税増税」なんぞ、有り得ない。
アクセルとブレーキを一緒に踏んでしまってどうするつもりなのだ?
国民は、現在、多面的な「将来への不安」を抱えている。
一つは経済的な不安。
そして、もう一つは国家安全保障上の不安。
この「国民の不安を払拭する」ということのみに、今回の選挙は傾注すべきなのだ。
「あれもこれも」と目移りすると、焦点がぼやけて、ピンボケに成る。
勿論、「いわゆる保守派」の常套句である、「選挙に負けても大義は残る!」と云い切ってしまうのであれば、自分はもう、何も云わないがwww

被害者意識を持った人間と云うのは厄介至極である。
自分は可哀想だから、ということで、何をされても感謝する気持ちが湧いて来ない。
それくらいされてもらって当然、と思う。
だって「被害者」なんだから。
そして、「被害者」なんだから、自分が何を要求しても、何をしでかしても当然だと思っている。...
だから、被害者意識を持つと、人間はとてつもなく酷薄に成る。
どんな残酷なことをしでかしても全く呵責を感じない。
いわゆる「悪人」のほとんどが、自分のことを「可哀想」と思い「被害者意識」を持った人間である。
では、そういう「悪人」から脱却するにはどうしたら良いのだろうか?
それは、「感謝」と「祈り」である。
どんな環境であれ、「感謝」と「祈り」を行い続けれていれば、この「被害者意識」を払拭出来る。
逆に、「感謝」と「祈り」が足りない人には、あまり近づかないことである。
何をされるか解らないからである。
こちらがあきれ返る程の酷い仕打ちをされても、向こうは平然としている。
「だって、あたしは可哀想な被害者だから」
厄介至極である。

ついに「衆議院解散・総選挙」と成る。
かくなる上は「是非に及ばず」である。
さて、「衆議院解散・総選挙」に打って出るということは、安倍総理は、「今こそ、好機」とご判断されたのであろう。
だが、この「好機」というものが曲者である。
例えば、かの惟任日向守明智光秀が水無月一日に京都本能寺に逗留中の織田信長を討つことを決意したのは、「今こそ、好機」と判断したからであった。...
そして、現に、明智光秀は首尾良く、織田信長を本能寺に於いて死に至らしめた。
世に云う「本能寺の変」である。
しかも、彼の「幸運」は連続する。
同日、京都の二条城に逗留中の、嫡子・織田信忠を死に至らしめることに成功する。
つまり、明智光秀は、織田家当主の織田信長だけでなく、後継ぎの長子・信忠まで殺せた訳である。
しかも、数日後には、かの名城・安土城も焼け落ちることと成る。
しかも、北陸の柴田勝家は上杉との戦いで釘付け、丹羽長秀や織田信孝は四国の長宗我部攻めのため、大阪あたりでもたついていた。
滝川一益に至っては、遠く、関東の上州に居たし、織田信長の同盟者であった徳川家康は、堺を見学中に、大慌ててで脱出し、伊賀越えで死にかかる。
もう、この上無い「好機」だった訳である。
だが・・・
その後の「歴史」は、ここで今更書くまでもあるまい。
結局、明智光秀の「好機」は、単に「織田信長を殺す」ということのみだった訳である。
織田信長を討った後に、「天下人」に成るという「好機」ではなかった、ということであった。
だから、「その時が好機であるか否か」は、後々に成ってみないと、何とも云えないところが有る訳である。
ここで、自分が思い出したのは、明智光秀が本能寺へ攻めかかる直前に、京都・愛宕山に於いて、おみくじを引いたという逸話である。
明智光秀が火伏の神で有名な愛宕山でおみくじを引いた際、「大凶」が出たと云う。
狼狽した明智光秀は、何度も何度もおみくじを引き続けた(らしい)。
そして、続けざまに「大凶」が出たという。
奇しくも彼の末路を知っている我々は、このおみくじの結果に納得してしまう。
だが、自分は、むしろ、その引いたおみくじが「大凶」であったことを重要視しない。
問題は、「大凶」というおみくじを引いた後に、何度も何度もおみくじを「引き続けた」ということこそが駄目だったと思うのである。
もし、仮に、その時の明智光秀が織田信長であったならば(まあ、織田信長を織田信長が討つ、というのもおかしな表現なのだが)、こうはならない。
多分、おみくじを引くのは1回のみ。
それが「大吉」であろうと、「大凶」であろうと、それで織田信長は肚を括ったであろう。
いざ、決戦という時、勝敗を決するのは「時の運」である。
「勝敗は時の運」と云うのである。
だが、その「時の運」というものは、実は我々自身で掴み取ることが出来る。
と云うより、「時の運」は我々自身で是が非でも掴み取らねばならない。
それは、「覚悟」だと思う。
やはり、「覚悟」を決め、徹底的に「戦い」に立ち向かうことであろう。
逆に「覚悟」が定まらなければ、どうしても「ふらつく」。
その逡巡が、一瞬の気の迷いと成り、決断を遅らせることとなる。
「拙速は巧遅に勝る」訳である。
覚悟を決め、後は、頭がのぼせ過ぎず、かといって、腰が引けることが無いように、頭脳と神経を研ぎ澄ますのである。
まずは、「覚悟」を決めなくてはいけない。
後は、只今この瞬間に、何を為すべきなのか。
このことに注力することであろう。
「決戦」の火ぶたは、事実上、切って落とされた。
今迄、我々が蓄えて来た「ちから」を、今こそ発揮するべき「時」であろう。
いざ、「出陣」である!!!

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