静岡県の熱海に、日本共産党の党大会を行う施設がある。

山の中の、大変不便な場所にあるのだが、これは云ってみれば「要塞」である。

党大会の秘密保持のためと、最後の最後の抵抗拠点としての「要塞」なのだ。

「政党」でありながら、ここまで党外に対して警戒心が著しいのは共産党とその「亜種」である新左翼系トロツキストの左翼過激派セクトだけである。

その熱海の施設で、日本共産党の党大会が有り、終了した。

日本共産党の党大会の歴史で、はじめて、他の政党から「来賓」が来た。

仕掛けたのは、小沢一郎である。

日本共産党は、現在、「野党共闘」路線に大きく舵を切った。

かつては「唯我独尊」であったのに。

これは、減少傾向が著しい、党員と機関紙「赤旗」購読者の数が日本共産党の「戦術」を変えたのである。

要は、共産党という「セクト」の組織が、人員数に於いても、収入源に於いても「ジリ貧」に成り始めている、ということであろう。

それでも党員が30万人くらい存在するというのだ。

とはいうものの、平均年齢は60歳代とも70歳代とも云われ、高齢化の傾向が凄まじいようである。

かつては、各大学に「民青」などの人材供給のための学生組織が機能していたのだが、それもさっぱりのようである。

つまり、共産党は、単独ではジリ貧になるのが目に見えているので、他の野党と連携することによって、他党派内に潜入し、最終的には「乗っ取ってしまおう!」ともくろんでいるのである。

この他組織潜入工作戦術は、ロシア革命以前からボルシェビキの「お家芸」であった。

日本に於いては「丹頂鶴(頭のてっぺんだけ赤い、ことから)」と云われている。

革マル派がかつての国鉄の動労、現在はJR総連に浸透しているのは、大人数の労組に食い込むことによって、資金と活動家人材の供給源としているからである。

なお、動労、JR総連へ革マル派が潜入することを公安当局は或る面、「黙認」していたようなふしが有る。

それは、国鉄内の最大労組であった国労が日本社会党左派や日本共産党系だったため、彼等と対抗させるためであった。

よく、当局が、労組の力を削ぐ為に、第二労働組合、第三労働組合を結成させて労組同士でつぶし合いをさせるやり口である。

さて、日本共産党の「ほほえみ戦術」は、単に組織がガタガタに成ったためである。

一方の、保守系の組織はというと、こちらもガタガタである。

というより、元から「組織」が存在しない。

これでは駄目である。

日本共産党の組織が若者たちから見放されたのは、「民主集中制」という上意下達の独裁組織だったからである。

この極めて硬直化した組織であるために、若者たちが寄り付かなくなったのである。

一方の、いわゆる「保守派」の「グループ」では、自意識肥大の「保守オヤジ」どもが牛耳っているために、折角、訪れて来た若者たちを苛め抜いて追い出してしまっている。

「何だ、こんなことも知らんのか?」

「そんな根性でどうする!」

「とにかく、決死の覚悟でぶつかることに意義が有るのだ!つべこべ云うな!」などなど。

自分は、こういう「保守オヤジ」どもから、「お前なんか保守じゃない!」と認定されたので、最早「保守派」と思わなくなった。

それと同様に、「ネトウヨは人間の屑の集まりだ。」と思い知らされて、離れていく若者たちがあまりに多いのだそうである。

ならば、自分は提案したい。

いわゆる「保守派」に、ほとほと愛想が尽きた皆さまへ。

最早、「保守」とか「愛国」とは、そういうことはともかくとして、

真剣に、素朴に、「人間が生きていくこととは何だろうか?」や

「人間が生き生きと生きていくための意識や志向性とは何だろうか?」といったことがらを、共に考える「場」をご一緒に作ろうではないか?

誰が偉い、とか、とにかく死ぬ気でやれ、などという誠につまらないことは一切抜きにしたい。

共に悩み、共に楽しみ、共に拝み合う。

そう云う、謙虚で慎み深い、合掌を基(もとい)とする、そういう仲間に成ろうではないか?

いかがであろうか?

もし、自分が我が子をどういう大人に成長して欲しいか、というのを考えてみた。

現在は、「胎教」や「知能開発早期教育」など、頭を賢くさせるカリキュラムがたくさん存在する。

また、「才能を伸ばす教育」というものも有る。

頭が賢く、学校の試験も高成績で、素晴らしい職場に入って精勤して欲しい。

もしくは、「才能」を開花させ、芸術の分野、スポーツの分野などで世間に認められて欲しい。

こういう「期待」というか、「願望」が世間の数多くの親には有る。

けれども、自分はちょっと考えてみて、思った。

「頭が賢い」というのは果たして良いことなのか?

「才能に秀でている」というのは本当に望ましいことなのか?

実は、「頭の賢さ」も「才能」も、絶対的評価ではないのだ。

その時の社会状況や時代背景によって、求められることがらや内容が変わって来るのである。

つまり、或る時代や環境に適合した「賢さ」や「才能」は、時代や環境が激変した後は「評価されない」と云うことを意味する。

具体例として、江戸時代に於ける「教養」とは漢籍、つまり支那の古典である四書五経(論語や孟子など)をどれだけ読み込み、理解出来ているのかということであった。

さらには、源氏物語をどれだけ読み込み、理解し、そこからどれだけ素晴らしい和歌を詠むことが出来るのかということであった。

しかし、嘉永6年のペリー黒船来航以降、漢籍や本朝の古典を読み込むだけでは駄目に成ってしまった。

勿論、明治時代の日本の国家や社会を構築してこられた先人は、江戸時代の教育によって育成されている。

つまり、江戸時代の寺子屋や藩校などの「教育」は、明確な成果を上げたのである。

だから、絶対的な「頭の賢さ」や「才能」というものは、どのような時代の変遷や環境の激変が有ろうとも、消滅したり減少したりすることは無いのである。

しかしながら、「評価」というものは「相対的」であることが多く、その絶対的な真価が正当な評価を得られない場合が結構多いのである。

 

また、頭が賢い人が陥りやすい傾向として、他人の愚かさを侮蔑するのである。

確かに、愚昧であることは侮られて当然なことではある。

しかしながら、この世の中に於いて、賢者の数は圧倒的に少ない。

というより、大多数の人々が馬鹿ばっかりなのである。

だが、その大多数の馬鹿野郎どもを全員敵に回すようなことに成ったならば、例え、どんなに神に等しいような賢さを誇る俊英であろうとも、ひとたまりも無いのである。

頭の賢い人は、自分が大多数の愚か者たちによって支えられているという「現実」を真摯に受け止めなくてはいけないのである。

 

さらに「才能」に到っては、或る程度は持ち合わせているに越したことはないのだが、あまりに有り余る程のものを持ち得てしまうとろくなことにはならない。

天才とは、その人の人格以上の才能を保有してしまった人を指すと云う。

例えてみれば、軽自動車の車体にF1のエンジンが搭載されているようなものである。

確かに、走り出したら凄まじい速度を出すのだが、しかし、果たしてこの自動車に乗ってみたいと思えるだろうか?

下手をすれば、「疾走する棺桶」に成りかねない。

「才能」というものは、そういう「危うさ」を必ず伴う。

「才能」とは、人々によって認知されて、はじめて「才能」と認定される。

「埋もれた才能」だとか「隠れた才能」などというのは、「才能」ではない。

但し、時間差を置いて、後世に「才能」と認知・認定されたものが、その当時に於いては「才能」として全く認知・認定され得なかった、と云う場合である。

「才能」というものの存在は絶対的なものである。

「才能」の有る無しは、明瞭である。

しかしながら、「才能」には大別して二つのタイプが有り、「時代に祝福される才能」と「時代を超越してしまった才能」とが有る。

「時代に祝福される才能」は、「その時代」を象徴し、体現した「才能」である。

だから、一世を風靡し、時代の寵児と成るのだ。

だが、或る特定の「時代」に適応してしまっているがゆえに、「時代」の変遷によって、その光彩がいずれは色褪せて来る運命を背負ってしまう。

一方の「時代を超越してしまった才能」は、「同時代」に於いては、ただ単に「奇矯」でしかない。

無視されてしまうのだが、それは或る面、「同時代」の人々にとっては評価のしようが不可能なのである。

そして、時代が変遷し、「前時代」の「価値判断基準」から解き放たれた状態と成った時、ようやく、その「普遍的」な真価が評価され得るのである。

自分は何度も書いているのだが、

「天才とは、その存在そのものが既に『事件』なのである」。

だから、我々は、才能に関しても、事件に関しても、常に「手遅れ」なのである。

気が付いた時には、既に、「終了」していることが多過ぎるのだ。

 

それに、「才能」というものは、持っていたら持っていたで、なかなか始末に負えないようである。

現金や資産と同様に、皆無だと生きていくには侘し過ぎるのであるが、かといって有り余る程持ち過ぎるとどのように管理したら良いのか途方に暮れてしまう。

まだ、現金や資産は「管財人」を他人に委託することが出来る。

しかし、「才能」は感覚的かつ生理的なものであるので、他人に任せたりすることは不可能なのだ。

だから、「才能」が「発動」してしまったら最期、その保持者であっても、その「才能」に振り回され続けることになる。

いわゆる「天才」が、奇矯であるのは、常人の枠組みに収まり切れないからである。

「リンゴの皮をきれいに包丁でむける」といったぐらいの「才能」ならまだしも、

「古今東西の偉人英傑の霊やその守護霊と交信出来る」などと云った「才能」と成ると、常人の「日常」など存在し得ないだろう。

これはこれで、とてつもない「才能」だと痛感するのであるが、少なくとも自分は、愛する「我が子」に、こういう「天才」に成って欲しいとは思わない。

 

結局、頭が賢く、才能が豊か、である人間に成っても果たして「幸せ」に成れるかどうかはなはだ不安である。

人の親たるものは、やはり、愛する我が子が「幸せ」に成ってくれることを第一に願うものだろう。

ならば、頭が賢くなくても良い。

勿論、才能なども無くて良い。

つまり「周囲の誰しもから愛される馬鹿」で充分なのではないだろうか?

世の中には、そんなに頭が良くなくても、また人並みはずれた才覚を持ち合わせていなくても、何となく憎めなくて、何だかんだと周囲が面倒を見てくれる人がいる。

そういう「放っておけない人」というのは、結局、一番「幸せ」な人、なのではないだろうか?

ただ、そういう人は、善良で愛嬌の有る人である。

自分は、人間は、善良で愛嬌が有れば、それで充分なのではないか、と思う。

だから、もし自分が我が子に向かって云うとするならば、

「いいかい。みんなから好かれる馬鹿野郎に成るんだぞ。」

と言い含めようと思っている。

いわゆる「大学入試受験批判」と云うのは、ここ数年に始まった訳では無い。

受験勉強の過熱ぶりから「受験地獄」というオドロオドロしい表現が為されたのは、1960年代からであろう。

いわゆる「左翼学生運動」は「60年安保闘争」が有名だが、「60年安保闘争」は、労働者などの学生以外の参加者も存在した。

だが、1968年から1972年までのいわゆる「全共闘」運動は、そもそも大学の学費値上げ問題に対する学生から大学当局への「異議申し立て」から始まったのである。

そのため、「全共闘」運動とは、その根底に「大学生と大学」についての問題意識が強く存在していたのである。

「60年安保闘争」に於いては、日本社会の「前衛」としての、いわば「エリート意識」に突き動かされた大学生によるものであった。

だが、「全共闘」運動は、日本における大学制度と大学生に関しての根源的な問いかけの面が有った。

いわゆる「全共闘」運動のクライマックスとも云えるのが東京大学安田講堂での警察機動隊との攻防戦であるが、そもそも東大闘争は、東大医学部に於ける医学生の「インターン」を巡る問題から始まったのである。

そこから、「東大解体」といったスローガンが飛び出して来たのである。

戦後の左翼学生運動は、1972年の連合赤軍の仲間内の粛清・リンチ事件とあさま山荘立て籠もり事件によって、国民の大多数からシンパシー(親近感)を喪失させてしまい、事実上、頓挫してしまう。

ただ、その後も、「大学入試受験」への問題意識は継承され続けていき、そこからいわゆる「ゆとり教育」という「改革」が為されるのである。

だが、その「ゆとり教育」は今や「恥ずべき過去」の扱いである。

現在の文部科学省の方針は脱「ゆとり教育」であり、大学教育の国際競争力を高める方向に成っている。

この、「ゆとり教育」を巡る問題は、「知識詰め込み偏重教育」に対する批判が有った。

そして、「子供や生徒に自発的に学習する意欲を喚起させる」という「目的」から「ゆとり教育」は規定されたようだと自分は感じている。

また、この「ゆとり教育」については、「子どもの人権尊重」といった「人権思想イデオロギー」の色合いも感じられるのである。

だが、どうも日本人の教育を巡る論争が今一つ噛み合わないのは、実践と理念が混同されている点が指摘出来ると思う。

本来、「子ども」は、どう生きていくのが理想なのか?といった「問題提起」である。

ただ、ここでも、「子どもは大人と平等の人権尊重がなされるべき」「子どもの人権を守れ」と云いながら、「未成年は保護されるべき」とも云う。

つまり、子供と大人との「位置付け」がおかしいのである。

勿論、子供と大人は「差異」が有ると同時に、子供はいずれ必ず大人に成る存在である。

子供と大人の違いを強調し過ぎてもおかしくなってしまうのだ。

これは、結局、「教育」というものが、いったいどういうものなのかという理解が浅いことから起因している。

自分は何度も書いているのだが、

「教育とは、その組織、社会、民族、国家といった共同体にとって理想とする大人に成るための行程表である」。

つまり、まず「理想とする社会」や「理想とする国家」が明確でなければ、必然的に、その社会や国家を形成するための「理想とする大人像」も明確に成る筈がないのである。

そして、「理想とする大人像」が不鮮明であるならば、必然的に「教育」のありかたも右往左往して定まることが無いのである。

戦後、我が国・日本は、事実上、国家観を意識しないように努めて来た。

勿論、あまりに敗戦に到る過程での損耗が著しかったため、まずは復旧作業が優先されたのである。

そして、我が国・日本は、豊かさと平和への希求だけを目標にして邁進し続けたのである。

しかしながら、明確に「国家」を意識し、理想とする「国家観」が喪失してしまったならば、やはり理想とする社会や国家のイメージが漠然としてしまうのである。

そして、漠然としたゴールに行くまでの教育という「行程表」も不鮮明に成らざるを得ない訳である。

現在、大学入試に関して暗中模索が始まっている。

それは、明らかに、米英の有名大学(ケンブリッジ、オックスフォード、ハーバード、エール、MIT、UCLAなど)を意識した大学入試改革である。

また、人工知能(AI)の技術革新をも意識している。

そういう中で、「思考力」「発想力」を重視し、知識を記憶することの価値を低く認識するように変わりつつ有る。

自分は、日本の大学教育、大学入試に於いて知識や定理などの学習能力と計算能力については、高く評価すべきだと思う。

やはり、大学入試を高得点出来る学生は、優秀な人材であることは間違い無いと思う。

しかしながら、問題はその後で、大学の入試に合格した後に、どのような「学び」を追求していくのか、もしくは課していくのか。

そこのところが、途端にぼやけてしまうのである。

戦前に於いては、「末は博士か、大臣か」という言い方が有った。

だから、折角、東京大学に合格・入学したのだが、その先がぼやけてしまうのである。

後は、国家資格や優良な「職場」への「就職」しか、方向性が見出せないのである。

だが、本当は、国家資格を取得・合格した後、もしくは優良な「職場」へ「就職」出来た後に、どういうかたちで自己を成長させ、そしてどのようなかたちで社会や国家へ貢献するのか。

そこまでの「意識」が為されていないのである。

この「意識」の有る無しが、いわゆる「世界のトップエリート」と我が日本のエリートとの決定的な格差なのだと思う。

つまり、トップアスリートたる基本的な身体能力は鍛練されているのだが、どのスポーツの種目で、どのような結果を出すべきなのかが「意識」されていないのである。

勿論、「就職」後に、上司から指示をされて、その目標に向かって「意識」が構築されていくのであろうが、それはまさしく「配給された『意識』」であろう。

自らで掴み取り、獲得し、内発した「意識」ではないのだ。

やはり、この点が、決定的な格差に成っているのだと思う。

 

日本の大学入試や大学教育に於いて、もっと問われるべきは、受験生一人びとりに対して、

「貴方の目指す『自分』とは何ですか?」

「貴方は何を学び、何をしたいのですか?」

といった内発喚起を促す「問いかけ」であろうと思う。

 

我が国・日本は、絶えず「進取学習」の道を歩んで来た。

だから、目指すべき理想像は、いつも「他のところ」に存在していた。

或る時は支那。

或る時は、イギリスやドイツやフランスやアメリカ。

しかし、今や世界は飛行機とインターネットで、急速に「一体化」が進んでいる。

「理想像」の「他のところ」をコピー・アンド・ペーストしたくらいでは最早立ち行かなく成って来ている。

あらゆる面で、オリジナリティーが問われて来ているのである。

「お前は何者だ?お前は何が出来るのだ?お前は何をしてくれるのだ?」

そういう詰問に絶えずさらされ続けていくのである。

そういう中で、従来の大学入試の「やり方」に於ける「意義」と「限界」が見えて来よう。

間違い無く、従来の日本の大学入試の「やり方」を墨守するだけでは展望は開けまい。

しかしながら、全てを否定し尽くし、破壊しつくしてしまったならば、それもまた無意味な愚行であろう。

結局、「意識」と「覚悟」の問題だと思う。

技術的な実践方法論も重要だが、その原点と成る、理念や意識が明確に固まらなければ駄目だろう。

逆に、理念と意識が明確に自覚出来たならば、後は、実践方法も自然に導き出されていくと自分は思う。

平成29年の東京都政は、その初頭から一気に「風雲急を告げ」そうである。

まず、昨日1月14日に、豊洲市場の環境調査値が発表され、事前に予想されていたよりもはるかに「高濃度」の測定値が検出されてしまった。

まさしく、その数値は「衝撃的」であった。

ただ、ここで注意しておきたいのは、「数値」というものの捉え方である。

確かに、「高濃度」の数値が検出された以上は、その事実を重く受け止めなくてはいけない。

つまり、「もう、とにかく移転しちまおう!」といった、拙速な対応は「不可能」であると覚悟しなくてはいけない。

ここまでの数値が検出された以上は、何らかの「対処」をせざるを得ないだろう。

というよりも、何の「対処」もせずに、金銭面やオリンピックなどを睨んだ諸々のスケジュールを「理由」に、豊洲市場への移転を「強行」するならば、それは「科学」に対する冒涜となる。

但し、「有毒物質」というものが、どれだけ人体の健康を損なうのか、それは、実は、「試験してみないと正確には解らない」という面が有る。

それは、試験管に於ける「化学的反応」と人体内での「生理的反応」が、必ずしも等しくないからである。

とは云うものの、「科学的数値基準」を軽視したり、無視するわけにはいかない。

さて、都議会日本共産党は、「築地市場に戻せ」「豊洲市場移転反対」を明確にしている。

だが、その主張は、「情緒的」で極めて解りやすく、同意しやすいのであるが、ならば、何千億円もの都税を投入した豊洲市場を今さらどうするのか?ということになる。

さらに、現在の築地市場は、老朽化が著しく、また、衛生面でもネズミの大繁殖など既に限界に来ている。

築地市場を「現状維持」することは困難であり、また、築地市場を「改築」するにしても、いったん(仮設)の「市場」に移転しなくては改築工事さえ出来ない。

結局、豊洲市場への「移転」しか有り得ないのだ。

但し、これらの汚染物質の影響が及ばないような「対策」を万全に行った後の「はなし」であろう。

「現実的な落としどころ」というのは、そんなに明快にはいかない。

ただ、明快にいかないところを、何とかかんとか論理的な整合性を維持出来るような対処法を講じて実施するしかない、のである。

 

さらに、小池都知事と都議会自民党との「対決」は、本年平成29年7月に実施予定の東京都議会選挙であるが、その「前哨戦」として千代田区長選挙が来月初頭に有る。

1月29日告示、2月5日投開票である。

この「前哨戦」で、事実上の「ターニングポイント」と成るだろう。

現在、都議会自民党を事実上取り仕切っているのは、千代田区選挙区選出の内田茂都議である。

長年、自民党東京都連の「幹事長」の要職に有った。

現在は、小池都知事誕生の都知事選敗北の責任を取って辞任したのだが、「政治的影響力」は、まだ残存していよう。

但し、「地元」の千代田区長選挙の結果次第で、「都議会自民党のドン」という「政治力」もどうなるか解らない。

自分は、内田茂都議にお会いしたことが無いので、何とも云えないのだが、いわゆる「やり手」と云う感じの「鋭さ」を感じない。

むしろ、「鍋奉行」のような、まめで面倒見の良い、「取りまとめ役」という感じである。

勿論、「ボス」だから、こちらから頭を下げ、懐に飛び込んで来た者は面倒見てもらえるのだろうが、ちょっとでも口答えでもしようものなら徹底的に邪険にされていびられる。

そういう二面性を持っているのだと思う。

「組織」や「人員」の操縦法の基本は「アメとムチ」であるのだが、肝腎なのは、その使い分けのタイミングの見極めである。

「アメとムチ」の行使が、急所を射ぬいているのならば効果が上がるのだが、急所から外れてしまった場合は、怨恨ばかり買って潜在的な「敵」ばかりを生むだけに成ってしまうのである。

どうやら、内田茂都議は、ここ近年の間に、そのタイミングを見誤り続けて来たように思う。

まず、2013年2月、つまり前回の千代田区長選挙で、副区長だった大山恭司を擁立した。

しかし、元々、石川雅巳を東京都の局長としての仕事ぶりを評価して、2001年の千代田区長選挙に担ぎ挙げたのは、他ならぬ内田茂都議だったのである。

確かに、石川区長は、「高齢・多選」という批判に該当する要素を持っている。

しかしながら、現職の首長を追い落とすには、健康面と醜聞の問題以外は極めて困難である。

特に石川区長は、行政上、特段、失点が有った訳でもない。

多選ゆえに区議会に対して「高姿勢」が出て来たのかもしれないが、それは石川区長だけの責任問題とは云い切れないだろう。

そこらへんの「力学的変動」を見込んだ上で、いかに政治的に折り合いを付けていくかが、「政治家」としての真価が問われて来るのだと思う。

また、自民党東京都連の「実力者」として、東京都選出の国会議員にも「強面」の面が有ったと云われている。

特に、小池百合子議員には、小泉純一郎総理の2005年「郵政解散」の時に、「刺客」として急遽「国替え」擁立されたと云うことも有り、「生理的」に嫌悪していた感じが有ったようである。

ここだけ見て来ると、内田茂都議は、「好き嫌い」でもって、政治的な「対立軸」を形成してしまう傾向が有るようである。

もし、そうであるならば、政治家としては致命的な欠陥が有ると云わざるを得ない。

政治家に於いては「政治的闘争」は不可避である。

その際に、どのように勝つか、ということが絶対的に重要と成る。

つまり、誰を敵に回してはいけないのか、ということを常に意識していなくては駄目だろう。

「気に食わない奴は全部つぶせ!」という情緒的かつ短絡的なやり方であるならば、最終的には政治的敗北は絶対的に不可避だと思う。

現に、国政の参議院に於いて、かつて「参議院のドン」「尊師」「法王」と畏怖された村上正邦は、小渕総理急逝直後の後継総理選出にあたり、俗に「5人組」と云われた主要メンバーとして森喜朗に決めた。

だが、いわゆる郵政問題に於いて、村上正邦に連絡が行く前に話が進んだことを激怒して嫌がらせをしたという。

そういう傲慢さが、結局、小泉政権で狙い撃ちにされて、KSD汚職でもって被告人まで追い落とされてしまったのである。

一方の、「喧嘩上手」の野中広務は、「次期衆院選不出馬」「政治家引退」を表明し、小泉政権からの攻撃をかわした。

結局、村岡兼造が日歯連闇献金事件で、被告人にされて有罪にされてしまう。

ここらへんが、野中広務の「喧嘩上手」たる証しであろう。

 

さて、昨年平成28年7月に小池都知事が誕生した時から、翌年の千代田区長選挙は「剣が峰」と云われていた。

ただ、中央大学教授の佐々木信夫を擁立しようとして固辞されるなど、「対」石川雅巳千代田区長選挙の「対策」が固まらなかった。

そして、平成29年1月13日に元衆議院議員で閣僚経験者だった与謝野馨の甥の与謝野信が立候補表明をした。

まあ、41歳の若さ、ケンブリッジ大学卒で国際的な金融機関で勤務という輝かしい経歴。

石川雅巳区長が「高齢・多選」という弱点を抱えているところを衝くには、最適な候補に見える。

だが、この与謝野馨議員の「血筋」というのが、果たしてメリットと成るかどうかというと、必ずしもプラス面だけではないだろう。

それは、与謝野馨が、2010年に自民党を離党し、平沼赳夫・園田博之・藤井孝男らと新党「たちあがれ日本」に合流した。

さらに、翌年2011年にはたちあがれ日本を離党し、あろうことか、民主党菅直人政権で内閣府特命大臣として入閣までしてしまうのである。

その後、喉頭がんの悪化により、次期衆院選不出馬・政界引退を表明し、自民党は山田美樹を東京第1区に擁立する。

与謝野馨は、中曽根康弘元総理の秘書出身で、政界随一の政策通で鳴らした。

また、与謝野鉄幹・晶子の孫という血統でもあるのだが、政治家としての最後の最後の「晩節」を「変節」でもって汚してしまった。

だから、千代田区が地盤だったとはいえ、旧来の支援者が今回の選挙でどう反応するのだろうか?

さらに、東京1区は、新宿区と港区と併せてである。

必ずしも、千代田区の有権者に「強い」とは云えないと感じる。

また、千代田区という地域の特殊性も無視出来ないだろう。

千代田区は、その面積の多くを皇居や官公庁、オフィス街が占めるため、「住民票」に登録された有権者数は、極めて少ない。

平成27年4月の区議選で最下位当選者は477票である。

だから、或る面「村の選挙」とも云えるので、「組織」でもって徹底的に締め付けて、固めていけば勝てる選挙に見える。

千代田区は、元々、「麹町区」と「神田区」が合併して出来た。

そのため、麹町地区と神田地区で、街の様子が異なる。

神田地区は、問屋街や中小企業が多く、小さなビルの中に経営者家族が居住する感じが多かった。

一方、麹町地区はいわゆる「お屋敷街」高級住宅地であった。

そのため、以前は神田地区の方が住民は比較的多かったのである。

一方の麹町地区は大きな邸宅が多かったので、「戸数」は少なかったのである。

ところが、大きな邸宅の当主が死去し、相続税絡みで、大邸宅がどんどんマンション化されていった。

つまり、今や麹町地区は高級マンション地帯なのである。

神田地区は「古い」住民が多いので、町内会や神社の氏子会の「組織」が固まっている。だから、票を固めやすい。

ところが、麹町地区は新興の高級マンションである。

どこまで、地域住民が「組織化」されているのか不明である。

多分、「新住民」は、従来の「しがらみ」とは無縁だろうし、忌避する傾向が強かろう。

となれば、いわゆる共産党系に投票はしないだろうが、小池百合子的なリベラル的な保守のカラーには投票をする傾向が強いと思う。

そう考えると、与謝野候補の勝算は薄いと見るべきだろう。

 

今回の与謝野信候補擁立は、東京第1区で、「与謝野系」の候補者が「非自民」で出馬することを阻止することが本当の「目的」であるように感じる。

だから、与謝野信候補の擁立は自民党にとって悪くはなかろう。

但し、これでもって内田茂の勢力挽回という流れにはならないと思う。

むしろ、「けり」が着いてしまいそうである。

 

ちなみに、おときた都議がブログで「与謝野派&内田派の合体は、悟空とベジータが手を組んだようなもの?!今年最初の天王山・千代田区長選を徹底解説」と解説しているが、まあ、「小池都知事派」の都議の書いている文章である。

「さじ加減」は行って当然だろう。

http://otokitashun.com/blog/daily/13933/

 

2月5日以降、都政は大きく変わりそうである。

この後の「潮流」をよくよく見定めてみなければ、7月の都議選は予測不可能だろう。

1月14日、ひょんなことから千葉県市川市の中山法華経寺を参拝した。

母方の実家が日蓮宗で、そこの菩提寺の御住職が「修行」する際には法華経寺に行かれるということだったので、自分は子供の頃から中山法華経寺に参拝していた。

中山法華経寺は、千葉県に在るのだが、「江戸の三大鬼子母神」の一つとして有名「だった」。

残念ながら、現在は過去形になってしまい、必ずしも有名とは云えない。

しかし、そもそも、日蓮大聖人が鎌倉の草庵を追われた時に、ここの豪族である富木常忍と太田乗明が大聖人をお迎えして庇護されたのである。

特に、富木常忍は、桓武平氏系の千葉氏の“書記”として仕えていたこともあり、文書の取り扱いに長けておられた。

そのため、日蓮大聖人とも書簡のやりとりが盛んであり、大聖人が遷化された後は、出家されて自邸をお寺に変えた。

それが、現在の法華経寺の起源である。

入道となった富木常忍は「日常」と成り、日蓮大聖人の著作なども精力的に収集され、保存された。

現在、千葉県に有る「国宝」の一つが、日蓮大聖人ご自筆の「立正安国論」であり、その宝物は法華経寺の所蔵である。

法華経寺は、三代目の住職(貫主)に千葉氏の猶子であった「日祐」が入り、その時に、千葉氏が信仰していた妙見菩薩が祭祀される。

なお、千葉県内、特に下総に於いては、そこらじゅうに妙見さんが祭祀されており、千葉神社は「妙見本宮」と称している。

そもそも千葉氏の家紋が、月星紋で、星(北極星)と三日月と日輪をデザインしたものである。

その法華経寺は、江戸時代に於いて、とりわけ徳川将軍家と大奥から信仰された。

そのため、江戸の三大鬼子母神は、雑司ヶ谷(法明寺境外堂)鬼子母神・入谷真源寺・谷中本佛寺だったが、本佛寺の代わりに法華経寺がカウントされるようになったようである。

入谷鬼子母神は、毎夏、7月6・7・8日に「朝顔市」で有名である。

そして、江戸の地口(じぐち、言葉遊び)で「恐れ入谷(いりや)の鬼子母神、びっくり下谷(したや)の広徳寺、情け有馬の水天宮、なんだ神田の大明神」で有名である。

雑司ヶ谷の鬼子母神堂は、加賀前田藩が寄進した東京都の文化財になっていて、すすきの穂で作った民芸品「みみずく」で有名である。

また、境内が広く、さらに都電荒川線(チンチン電車)の沿線でもあるため絶好の観光スポットに成っている。

実は、我が家のお墓は都立雑司ヶ谷霊園に有るため、雑司ヶ谷鬼子母神も馴染み深い。

そのため、自分が明確な「礼拝対象」として意識したのは、実は鬼子母神様だったのである。

だから、自分にとって、鬼子母神様は大変身近な御存在であり、実は節分の時の豆まきでは、自分は「鬼は外」を云わない。

「福は内」しか云わない。

それは、鬼子母神様をお祀りするお寺では、皆、そうである。

「鬼」は「鬼」でも、法華経擁護の「善神」だから、「追い出す」など「もっての外」なのである。

また、法華経の中の「陀羅尼」は「五番神呪」とも云われ、薬王菩薩・勇施菩薩・多聞天(毘沙門天)・持国天の「二聖二天」と鬼子母神十羅刹女の説かれたものである。

鬼子母神は毘沙門天の配下の半支迦薬叉王の妃である。(自分は毘沙門天の妃だと思っていた。)

そして、鬼子母神の十人の娘が十羅刹女であり、全ての鬼の「母」とされる。

つまり、鬼・夜叉・羅刹の総元締めが鬼子母神十羅刹女であり、その威力は凄まじいのである。

 

さて、鬼子母神様についての「不思議な話」はたくさん有るのだが、その中の一つをご紹介する。

日本を代表する漫画家の一人に永井豪がいる。

「エッチ!」という罵倒語を「発明した」、「ハレンチ学園」をはじめとして、「デビルマン」「マジンガーZ」「キューティー・ハニー」などの名作を数多く描かれた天才である。

その永井豪の作品の中で、「手天童子」という作品が有る。

かの「大江山の酒呑童子」を連想させるように、「鬼」が全編に登場する漫画である。

修験道の「始祖」である、役(えん)小角(おづぬ)の「眷属」であった「前鬼」「後鬼」を連想させる「戦鬼」「護鬼」が登場したり、なかなか凝ったつくりである。

さて、小説なり、お芝居なりで、「目に見えない世界」の「存在」を扱う場合、しばしば怪異を被ることが有る。

有名なのは「東海道四谷怪談」の怨霊・お岩さんの「たたり」である。

お芝居でも映画でも、事前に、お岩さんを祭祀した「於岩稲荷」に参拝しておかないと、事故や怪我、病気などのトラブルが続出するという。

そして、この漫画「手天童子」に於いても、「鬼」を描いていたためか、作者の永井豪には体調不良などのトラブルが頻発したという。

そこで、入谷鬼子母神真源寺で祈祷をしてもらったところ、おさまったという。

だから、入谷鬼子母神の「あさがお市」には永井豪の献灯提灯が掲示されていた。

(最近はどうだか知らないのだが、かつては明確に献灯されていた。)

 

現在、自分は法華経擁護の守護神として、鬼子母神・妙見菩薩・七面天女を大切にしている。

ただ、この神々は、実は皆、凄まじく荒っぽいのである。

あな、かしこ、あな、かしこ、である。

自分は三流私大農学部を、教授たちを拝み倒して「お慈悲で出してもらった」ような代物である。

だから、当然ながら、いわゆる「エリートビジネスマン」などという方々からは程遠い人間である。

で、その「エリートビジネスマン」と呼ばれる方々の中でも、さらに「意識の高い」方々は、いかにして「人脈」を築くか、ということに傾注されているという。

よく知られているのは「朝食会」というもので、様々な業種や業態の「エリートビジネスマン」たちが、出勤前に、テーブルを囲んで朝ごはんを食べるというものである。

別に、「朝ごはんを食べる」ということが目的ではなくて、朝ごはんを食べる「場」に集まることで、交流の「場」を意識的に新たに設定することに目的が有る。

但し、その参加するための会費は、結構な高額らしい。

自分も参加してみたいと思ったことも有ったが、参加費用の問題と共に、多分、「入会審査」で拒絶されるだろう。

やはり、出身学校の偏差値や勤務先のランクが決め手になるだろうからだ。

ただ、もし、実際にその「朝食会」に参加出来たところで、どんなもんだろうか?

まあ、行くことが出来ない自分が云うと、さながらイソップ寓話の中の狐である。

「多分、あの取ることの出来ないブドウは酸っぱいに違いない。」とwww

それはさておき、例え、そう云った「場」に参加出来て、何を語らうかが問題だと思う。

多分、「今朝の日本経済新聞のこの記事についてどう思われますか?」といったやりとりが予想される。

まあ、それはそれで「楽しいひととき」なのだと思うが、そんなもんで世に云うところの「人脈」とやらが果たして構築出来るのだろうか?

 

自分は、只今、一介の派遣労務者に過ぎないのであるが、そういう割にはお付き合いをさせていただいている御仁に恵まれている方だと思う。

実際に、「すごい人脈をお持ちですね!」と過大評価されたことも有る。

もし、仮に、自分が人並み以上に「人脈」とやらを持ち合わせていたとするならば、それは二つの点を意識的に行って来たからであろうと思う。

一つは、「出会い」を大切にすること。

人間というものは、絶えず、動いている。

そして、動き、また、動かされていくうちに、さまざまなところで「出会い」の「機」が有る。

自分は、そういう「出会い」によって見知った方々との「縁」を、努めて大切にしてきた。

それも、損得勘定抜きで。

むしろ、自分の方が「持ち出し」に成ることを厭わなかった。

そして、「この前御縁が有ったあの人が喜んでくれるにはどうしたら良いのだろう?」と、それだけを考えてきた。

だから、自分がその時その時に出来得る限りの好意の行為をさせていただくことに専念して来たのである。

そして、その相手が喜んでくれたならば、自分にとって、もう、それで充分だったのである。

まあ、所詮「暑苦しいお節介」なのであるが、これを馬鹿馬鹿しいほどやり続けて結果、どうやら、それが自分にとっての「人脈」とやらに成ったようである。

 

もう一つは、「戦略を立てて食い込んで行く」こと。

こちらは、明確に、「お付き合い」をさせて欲しい、と望む人々の中に飛び込んでいくことである。

それには、まず、明確な目的と確固たる意識が無くてはいけない。

「自分は、こういう目的が有るので、その目的のためにこういう人々の輪の中に入って行くのだ!」という「戦略」である。

自分はそのために、東京都八王子市の自宅から、埼玉県や千葉県まで足を伸ばした。

しかも事前のアポ無しである。

勿論、その成否は全く不明で、自信も無かった。

ただ、別に失敗したところで、交通費がふいになるだけで、後は何も失うものは無い。

それに、生前の亡父がよく云っていたが、「別に飛び込んで行っても、命までは取られやしないし。」で、全く「恐怖感」も無かった。

で、結果として、それらの「飛び込み」で行った先の方々とは、現在までお付き合いが続いている。

しかも、極めて濃密な人間関係まで出来た。

だから、自分にとって、いわゆる「人脈」というものは、「つくるもの」である。

誰かからお世話してもらうまで何も出来ない、などということは、自分にとって理解に苦しむ。

ただ、「人脈」は「なまもの」であるので、絶えず「手入れ」をしないといけない。

そして、その「手入れ」には、お金と知恵と情熱が無くては継続出来ないのである。

ここは、絶対に、留意しておかなくてはいけないポイントだと自分は思う。

 

よく、「自分は膨大な数の名刺を持っている。」と云って自慢する人がいる。

しかし、名刺をいくらたくさん保有していたところで、それは単に「連絡先」を知っている、ということでしかない。

問題は、そこから先なのだ。

後は、相手から見て、自分が「お付き合いするに値する人間であるかどうか」ということが問われてくるだろう。

そして、自分が愚考した結果、「お付き合いするに値する人間であるかどうか」の要素として絶対不可欠なのは、「誠意」と「愛嬌」だと思う。

それが無ければ、絶対に人間関係は構築など不可能だと思う。

自分は浅学菲才、無芸大食、不器用極まりないポンコツである。

だから、「誠意」と「愛嬌」でもって人間関係を構築するしか術は有り得ないと痛感している。

だいたい、三流私大農学部卒の自分がいくら「智の賢き」を誇ったところで、いったいどこの誰が認めてくれるのだろうか?

もう何度も「告白」しているが、自分は30歳過ぎまで「左翼」だった。

だから、マルクス、エンゲルス、レーニン、トロツキー、毛沢東の著書も読んだ。

さらに、マルコムXなどのアメリカ公民権運動に関しても調べた。

ただ、自分の高校生の時に、ベルリンの壁崩壊と第二次天安門事件が有り、いわゆる「社会主義信仰」が崩壊した。

「左翼」だった自分は、呉智英、福田恒存、カール・シュミット、網野義彦、白川静、宮崎市定、司馬遼太郎などをも読み込んでいった。

そして、最終的に竹内好に到った。

竹内好は「大アジア主義者」である。

中野好夫といった左翼人と親しかったが、「近代の超克」研究など、保守派の論客とも親交が有った。

そして、竹内好を経て、自分は「転向」した。

「転向」してからは、先鋭的な活動をしてきた。

一生懸命に、いわゆる「保守派」の「論理」を踏襲するために、いわゆる「保守派」であることを「意識」して、立ち居振る舞いをしてきた。

ところが、自分は、いわゆる「保守派」と云われる御仁から「批判」されるようになる。

当初は、自分が「保守派」として「間違っている」と思い、大いに恥じ入った。

だが、そのうち、自分の一言半句で激昂する連中が、ただ単に一言半句「のみ」をとらえて激昂しているのに過ぎないことに気が付いた。

つまり、枝葉末節にこだわって、根幹についてまで考えが及んでいないのである。

そう、浅慮なのだ。

理解が浅いから、杓子定規で、定型的プロトタイプの「表現」以外に成ると、途端に拒絶反応を示すのである。

理解出来ないのだろうし、理解しようともしないのだ。

ただ単に、興奮していたいだけなのだ。

そこにようやく気が付いた。

そして、或る(自称)「真正保守」の御仁から、「お前は保守じゃない。在日の創価信者だ!」という「認定」を受けた。

自分は、「勿怪の幸い」とばかりに「自分は保守ではない。」と云い切った。

勿論、今更「左翼ですらない」訳だが。

今や、(自称)「真正保守」の連中のあまりの「高邁さ」ゆえに、「そんなのと一緒にしないでくれ!」という次第である。

もう、(自称)「真正保守」の方々は、「そういうムラ」の連中とだけ、お付き合いしていたらよろしかろう。

自分のような「異物」とは、関わらない方が良い。

勿論、自分も、そう感じている。

自分の“道楽”は神社とお寺巡り。

それこそ、いわゆる「パワースポット」ブームなんか起こる、はるか以前から自分は実施していました。

例えば、大阪に住んでいた時は、毎月28日に道頓堀の法善寺水掛け不動さんのお護摩に参拝していました。

勿論、それだけじゃなかったのですが。

で、或るご指摘をいただきました。

「お前は、そこらじゅうの神社やお寺巡りをしているから、神仏との縁は深い。

だが、ちなみにお前にとって一番濃密な縁はどの神仏か、解るか?」

「えーと、祖父が祀られている靖国神社ですか?」

「違う。鬼子母神だ。

お前が一番最初に、“信仰の対象”として、明確に礼拝したのが鬼子母神だったからだ。

つまり、『一番古い付き合いだから』だ。

それに、あまり意識していないようだが、お前は長年、ずっと題目をあげてきていた。

つまり、“法華経の信仰”をずっと続けてきたのだ。

だから、“法華経擁護の諸天善神”たる鬼子母神が強く作用しているのだ。」

「はあ。個人的に、人知れずやって来ただけなんですけど。」

「そういうところは、お前は全然鈍いよな。」

ということで、本日、かの孝明天皇陛下も礼拝したと云う「天拝・尊神」のお寺(遠壽院)に参拝して、イチゴをお供えしてきました。

これこそまさに

「イチゴ一会」

なーんてね♪

「恥多き人生をおくってきました」とは太宰治であるが、自分もいたずらに馬齢を重ねるのみにて、今の今迄、何の成果もあげられていない。

ただ、そんなポンコツでも、ようやく思い至ることがある。

人生を「より良く」生きていくための一つの秘訣。

それは、「借りもの、預かりもの」という「意識」を持つことであろう。

お金や土地と云った財産、地位や名誉、これら全てが実は神仏・ご先祖からの「借りもの、預かりもの」であるということである。

また、家族や人との縁、体力や健康、そして自分自身の生命も。

みんなみんな、所詮、神仏・ご先祖からの「借りもの、預かりもの」なのだ。

どうしても、「自分のもの」という意識だと、ついつい「我」が出てしまう。

さらに「我執」という「愛執」「執着」といった抜き差しならない事態に到る。

しかし、よく考えてみれば、それらの「もの」は、いずれ、「最期の時」を迎えれば、全部、手放さなくてはいけない。

「あの世」まで、お金も土地も名誉も地位も家族も恋人も我が身我が命も、全部持って行くことは出来ないのだから。

最期の最期に到った時、それら全てを神仏・ご先祖へお返しをし、お戻しさせていただくのである。

そう考えたら、何だか急に寂しいというか、空虚な気持ちに成るかもしれない。

しかしながら、所詮全ては「借りもの、預かりもの」と「意識」出来れば、もっと俯瞰的に、冷静に見ることも出来るだろうし、接することも出来るように成ると思う。

 

さて、「とは云うものの」、実は、この世に生きて来て、来世まで持って行けるものが有る。

一つは「徳」である。

自分が生きているうちの「立ち居振る舞い」全ての行状が「評価」されて、来世まで持ち越して行くのである。

ただ、人間は善きことも悪しきことも為す。

善行の結果は「徳」と成るが、悪行の結果は「業」(悪業)と云うことに成る。

ちなみに「業」とは、今生で為して来た「善悪全ての行い」云うのが正確なので、「善業」と「悪業」という表現の方が妥当なのかもしれない。

つまり、自分が「あの世」に持って行けるのは、只今現在に於いて、周囲に対してどのような行いをしてきたのか、という「結果」しか有り得ないということなのである。

それは、出来得る限り、誠を尽くしていけるかどうか、ということにかかってくるのではないだろうか?

ちょっとした一言半句の「発言」。

何気無い「仕草」「所作」。

それが、思いもかけぬかたちで、他人を傷つけたり、他人を喜ばせたりするのか解らないのである。

この「因縁」こそが、極めて厄介で難解である。

 

いかに「生きていくのか」。

それも「いかにより良く生きていくのか。」

それには、「意識」と「覚悟」だと思う。

「意識」を持つ。

「意識」を固める。

「意識」を揺るがせない。

そして、「覚悟」を決める。

これが、生きていく上での「要諦」なのかもしれない。

 

嗚呼。

このことを、何故、もっと以前に気が付かなかったのだろうか。

もう、今と成っては、自分にとってはいささか遅過ぎたような気がする。

せめて、15年前に気が付いていれば、自分の人生はもっとましなかたちで送れただろうに。

残念ながら、自分にとっては、過ぎ去った年月は、もう、戻らない。

既にポンコツに成ってしまった自分が、これから「余生」をどれだけ「より良く」変えていけるのかどうか。

精進しないといけない。

そう云えば、昨年、民進党の代表の蓮舫が「自分は保守政治家です。」とコメントしていた。

このコメントの重要性を指摘した人が皆無だったので、敢えて指摘しておきたい。

そもそも、大東亜戦争敗北後、労働組合を支持基盤とした野党第一党の党首が、「自分は保守の政治家です。」とコメントしたことは皆無だった。

「保守」とは、「自民党」そのものであり、自民党を打倒するべき野党第一党の政治家は、口が裂けても「自分は保守政治家だ。」などと口走ることなど有り得なかったのだ。

それは、愛国的な社会主義者であった、旧「同盟」系の西尾末広、西村栄一、春日一幸などもそうであり、そのために「中道勢力」という公明党の「造語」を踏襲したりしたのである。

さらに、かつては「保守」と云う語句では「不充分」だったのである。

それは「金日成主席」では、「不完全」で「輝ける太陽、我等の偉大なる首領様、親愛なる同志、金日成主席」とまで明記しないと「不備」であったようにwwwである。

かつては「保守反動」と云っていたのだ。

つまり、「古臭くて、時代の流れに逆行する狂人」ということである。

はやい話が、「まともに取り合ってもらえない存在」だったのである。

ちなみに、自分が葦津珍彦や福田恒存、西部邁を読もうと思ったきっかけの一つは、1985年6月発刊の「別冊宝島・保守反動思想家に学ぶ本」だった。

その「保守」という言葉、今や、あの蓮舫でさえ「自称」する事態と成ったのである。

まさに「隔世の感」である。

 

さて、折角、蓮舫民進党“党首”大先生様wwwが己れのことを「保守政治家」と表明されるのならば、その「保守政治家」たるところを、思う存分アピールしてもらいたいところである。

もし、自分が、政界にそれなりの影響力が有る立場であったのなら、すぐさま、蓮舫大先生にお願いをして、「是非とも、『保守政治家・蓮舫』として、90分間、思う存分、語って下さい!」と頼み込む。

勿論、演壇の上に立ったところで、客席から猛烈な野次を浴びせかけて吊し上げるような「愚策」は絶対にしない。

ひたすら静聴に徹する。

さらに、講演の後は、司会を交えてのシンポジウムにして、これもひたすら「協力的」に蓮舫大先生に話させるように進行させていく。

さて、何故、こんなことをするのか。

勿論、「保守政治家」としての「蓮舫」の「考え」を聞き出すためである。

しかし、蓮舫が「自分は保守政治家だ。」と云った時、ほとんどの人が「どの口が云うんだ。」とあきれた。

だから、その「考え方」に感銘を受けることが出来るだろうとまでは、はなから期待はしていない。

ただ、誰からも仕向けられた訳でも無く、自分から「保守政治家だ」と表明されたのである。

ならば、いかなる思想信条や政策、政治姿勢でもって「保守政治家」であると結論づけられるのだろうか?

これは、とことんまで、蓮舫から説明してもらわなくてはいけないだろう。

もし、ろくに説明が出来ないようであるならば、「自分は保守政治家だ。」という表明には、何の根拠も存在しないということに成る。

そして、何の根拠も存在しないことがらを臆面も無く云い切ってしまえるということは、蓮舫が、演説などで表明すること、全てに於いて根拠が無く、その場その時の思いつきで口から出て来る、単なる「口から出まかせ」に過ぎないということになろう。

逆に、90分間の時間を埋めるだけの、論理的構成がしっかりと為された説明が可能であったならば、それはそれで「保守政治家」として認識されることに成る。

だが、「保守政治家」として自他共に認められるような論拠を有した場合、国政選挙に於いて「選挙協力」を打診して来た日本共産党や社民党がどういう評価を下すのか。

明確に、蓮舫が「保守」であるならば、共産党や社民党のサイドが拒絶反応を示す可能性が出て来よう。

もし、蓮舫が明確に「保守」であるにもかかわらず、共産党や社民党が臆面も無く「選挙協力」を強行するのであれば、それこそ勿怪の幸いで「選挙目当ての野合ではないか!」という批判を全面的に繰り広げられる訳である。

つまり、蓮舫が「保守政治家である。」ということを、徹底的に突き詰めていったならば、どう転んでも美味しい「王手飛車取り」なのである。

こんな絶好の材料が目の前にぶら下がっているにもかかわらず、いわゆる「保守派」の連中は、「二重国籍」問題しか取り上げようとしない。

はっきり云って、「二重国籍」問題は、「しくじりました!ごめんなさい!」と平謝りしたならば、それで大多数の国民は納得してしまう「問題」なのである。

だが、野党第一党の「党首」である、蓮舫が本当に「自称」通り、「保守政治家」なのかどうか。

そこを追求した場合、蓮舫の政治的スタンスや、政治的発言に対する意識の問題まで問われて来る訳である。

もし、ここでつまづけば、そのダメージは致命的であろう。

ただひたすら口撃するだけでは能が無い。

逆に、蓮舫のような「口だけが達者な」政治家には、喋るだけ喋らせてみる、という「攻め方」も有効だろう。

そんなことも気がつかない「保守派」は、本当に戦い方が下手くそだと思う。

自分は外回りの仕事も内勤の仕事も両方経験させてもらった。

よく、営業と経理が「衝突」することがある。

その原因の一つに、双方の仕事の「スケジュール」の差異が有ると思う。

外回りの仕事は、お客様の前に立つ時の緊張感は大きい。

だが、それ以外の移動時間などは、ちょっとした休憩時間に成る。

勿論、その移動時間も書類作成や資料の読み込みなどに忙殺されることも有るのだが、だが、それもやり方次第である。

一方の内勤は、初対面の仕事関係者と会うことはあまり多くない。

また、会うとしても、自分の方が立場が上のことが多いので、さほどストレスは感じない。

しかし、そのかわり、始業から終業まで、昼休みを除いて、ほぼひたすら仕事をしないといけない。

かつて、メールやラインなどが無い時代は、とにかく電話が多かった。

それも内線電話、社内での電話である。

その受け答えや対応が大変だった。

今は、専らメールに変わったので、昔に比べると事務所内が本当に静かである。

ただ、内勤だと、絶えず管理職の視線を背後に感じながら、ひたすら作業をしていかないといけない。

どちらが楽で、どちらが苛酷だとは、一概には云えない。

人との出会いに喜びを感じる人は、外回りに向いている。

一方で、マイペースにこつこつと仕事に専念したい人は内勤に向いていると思う。

さて、外回りと内勤の人がケンカする一つの事例としては、「電話」が有る。

内勤の人が、回って来た書類や伝票、領収書などで確認が必要に成った場合、外回りの人へ電話を入れる。

今は携帯電話なので、捕まらないと云うことは無い。

ただ、携帯電話をかけて、すぐに電話に出ないと怒り出す人が居る。

しかし、外回りの人は、ずっと机の上に座って待機しているわけではなく、電車の中だったり、便所だったり、食事中だったりする訳である。

さらに、内勤の人は、確認が必要だと思った場合、その都度、電話を掛けるのである。

人によっては、一日の内に3回も4回も電話を掛けるのである。

で、一方の外回りの人は、手元にその書類やら伝票や領収書が無いので、質問されても思い出せない場合も有る。

さらに、何度も何度も電話をされると、場合によっては、顧客との商談中だったりするわけである。

そこで、内勤の人は「何故、すぐに電話に出ない!そして、訳が解らないといってはぐらかすのだ!」と不機嫌になる。

一方の外回りの人は、「つまらないことで何度も何度も電話をかけて来るな!」といらつくわけである。

そして、双方共に感情がネガティブな状態を継続し続けると、いずれは「衝突」するのだ。

但し、外回りの人は、書類や伝票や領収書の提出が、例え一日でも期限に遅れると、どれだけ内勤の人の仕事が増えるのかが解らない。

「いやあ、うっかりして、この領収書が出て来ちゃって」なんて云おうものなら、大変なことになる。

折角、まとめあげた帳簿の数字を、下手をすれば、一から作り直さないといけなくなる訳である。

外回りの人は、「たった1枚くらい」としか思わないのだが、数字を「しめる」ということはそんなに生易しいことではないのだ。

もっと、この違いを意識的にお互いが言語化して説明する努力をするべきだと思う。

外回りの人へ電話を入れる時は、客先に入っていない時間帯であることを見越して、なるべく確認件数をまとめた上で行う。

もしくは、まず、メールを入れて、外回りの人から電話をかけてもらうようにする。

そして、外回りの人は、「提出期日」は絶対厳守を肝に銘じる。

これだけで、だいぶ軋轢は減ると愚考する。

 

ま、もう、派遣労務者の自分にはどっちも関係無いけどさwww

本日は平成29年1月4日の「仕事始め」の日だった。
しかし、自分は、お正月も結構忙しいのだwww
懇意にしている神社・仏閣が多いので、「初詣」の件数が異状wwwなのである。
それに、皇居の一般参賀も有るし。
実は、自分は7月からずっと体調が良くなかった。
それを、何とか騙し騙し、続けていた。
しかし、昨年末、ついに顔中が化膿し、足や腕も毛包炎が発症してしまった。
抗生物質を飲んでいるのだが、化膿が全然治らない。
そして、今朝がたは、ついに咽喉が炎症していることに気が付いた。
かといって、仕事は休めないし。
ということで、まだ、「宵の口」なのだが、大事を取って就寝する。
本当は、6つぐらい書きたいものが有るのだが。
ま、ビタ一文にもならないから、致し方無い。
現在、自分の現金収入はあくまで「派遣労務者」の仕事のみなのだから、何よりもこちらを最優先にしなくてはいけない。
どうせなら、「一円も生まないのだから、もう、文章なんか一切書かない。」と割り切れたら苦労しないのである。
誠に因業なことである。

さて、「大人」と「子供」の違いは何でしょうか?

「大人」と「子供」の違いは、「自分の限界を知る」ことに有ります。

そして、「自分の役割を知る」ことに有ります。

これは、「自分と云う人間は、何処から何処まで出来て、どこから先が不可能なのかをちゃんと把握している。」ということです。

よく子供特有の特徴として「万能感」ということが上げられます。

それは「自分の望んだことは何でもしてもらえる。何でも出来る。」と思い込んでいることです。

しかし、その「幼児的万能感」は、成長していくなかで、さまざまな「限界」や「制限」を思い知らされていくわけです。

そして、最終的に、「自分の適切な立ち居振る舞いを理解出来る」ようになって、ようやく「大人」として認められる訳です。

つまり、自己と周囲との「輪郭」を正確に認識出来ている人が「大人」なのです。

だから、自分の愚かさや弱さや駄目さを解っている人は、既に「子供」ではありません。

ただ、真の「大人」は、その「短所」を踏まえた上で、「ならば、自分は何が出来るのか?」ということを懸命に探求し続けていける人です。

状況は刻々と変化していきます。

そう云った中で、自分の手札はどれで、ゲームの状況を見た上で、どのカードを切っていくのか。

それを的確に実行出来る人が「大人」なのです。

まあ、「精神年齢」が幼い自分は、その境地までは程遠いのでありますがwww

よく、「うちの職場の連中は使えない奴ばかりだ。」と云う愚痴を聞きます。

そういう人は、将棋を指す時に

「この勝負には絶対に勝てない。だって、飛車と角行の駒がひとつづつしか無いから。」

と云う人だと思います。

「そんな馬鹿な!」と云われるかもしれませんが、「うちは使えない奴ばかりだ!」と愚痴を云っている人は、つまり、そういうことなのです。

世の中には、実際に、ずば抜けた能力を保有している人は存在します。

しかしながら、そんな「優秀な人物」はほんの少しです。

その他の大多数の人々は、見方を変えれば「使えない奴」ばかりなのです。

そう云う中で、成果を出せる組織とそうでないところに分かれるのは、一見「使えない奴」をいかに「使いこなす」か、ということでしょう。

将棋がまさにそうです。

金も銀も2枚づつです。

それを「銀は5枚欲しい!」と云ったら、さながらチョコボールの「おもちゃの缶詰」ですwww(ちなみに、それだと、「金なら1枚」ですがwww)

他には、桂馬や香車と歩兵です。

歩兵の数はやたらと多いのですが、前に一つしかすすめません。

しかしながら、将棋の巧者は実は歩兵の使い方が上手なのです。

勿論、歩兵の使い方だけが上手い訳ではありません。

全種類の駒の使い方が絶妙なのです。

人事も組織の経営もまさにそうです。

また、「あいつは使えるから。」と云って、何でもかんでも「仕事」を振ってしまったら、さすがに潰れてしまいます。

「適材適所」で、各人に応じた役割分担を行い、さらに、その人その人に応じた指示や指導を施さなくてはいけないのです。

だから、「愚痴不足や不平不満を云う前に、もっと上手に指示して欲しい。」と「使えない奴」の自分は、いつも痛感するのであります。

いたずらに馬齢を重ねて来て、痛感することである。

人間は「生身」であることである。

人間は「生身」である以上は、休養と栄養は絶対に必要である。

ところが、往々にして、この休養と栄養の補充を疎かにしがちである。

この休養と栄養の補充を疎かにしがちな一番の要因は「多忙」にある。

「多忙」であるがゆえに、睡眠時間を削り、食事を抜いたり、間に合わせのものでしのいだりするのだ。

だが、「明朝までに仕上げる」といったような「短期決戦」の「追い込み」の場合以外は、休養と栄養を疎かにした場合、絶対に駄目である。

日本人の悪弊の一番は、「短期決戦」の「追い込み」を「常態化」させてしまいがちであることにある。

あくまで「特別対応」であったことが、「常態化」しルーチンワークに成ってしまうことである。

「あの時出来たのだから、いつも出来て当然だ。」というのである。

だが、それは云わば「火事場の馬鹿力」であって、その「瞬間」でなければ発揮不可能な「異常事態」なのである。

だから、「あの時」と同じ「条件」を「基準」にして、人員数、時間数、装置数でもって、ルーチンワークを設定してしまった場合、遠からずほころびが発生する。

それは、自動車がいつもトップギアの状態で走ってはいけないのと同じである。

個人としては、絶好調の時を基準にするのではなく、不調の時を基準にすべきなのである。

だから、休養(睡眠)と栄養(食事)は意識して摂取しなくていけない。

「意識して行う」ということは「戦略的に行う」ということである。

ちなみに、自分から見て、休養と栄養の摂取を一番戦略的に取り組んでいるのはボディビルダーだと思う。

ボディビルダーにとって、休養と栄養の重要性は基本中の基本だからである。

休養と栄養が何故大切なのか。

それは、人間の身体は、毎日毎日「破壊されている」からである。

全身の数多くの細胞が死んでいっているのである。

一方、その死んでいった細胞を補充するために新たな細胞を作らなくてはいけない。

そのためには休養と栄養が無ければ不可能なのである。

だから、一日二日の「無理」は目立たなくとも、月単位に成れば、明確な有意差が出て来るのである。

だいたい「寸暇を惜しむ」というスケジュール設定そのものが「無理筋」なのだ。

「出来ないことはどうあがいても出来ない。」のである。

だから「出来ないことは行わない。」ことである。

その代り、「いかにして出来るように行うか。」という「戦略」をきちんと立てるべきであろう。

無理の無い日常生活の累積が、結果として実り有る人生なのだと思う。

 

実は、今日一日、ほとんど就寝していた。

だが、まだ疲労が残っているので、これから就寝する。

明後日1月4日から、また仕事である。

「仕事始め」でダウンする訳にはいかない。

情報を大量に摂取することが大事なのではない。
実効性の有る、現実的な戦略を立案出来るかどうかが大事なのだ。

自分は、社会人に成って一年目の時に、褒められた言葉が「君は真面目だね。」というものだった。

自分は、この褒め言葉を聞いて悲しくなった。

何故なら、「真面目」であるのは、社会人としては「最低限」の「条件」だと思っていたからである。

例えば、「頭が良い」とか「器用だ」とか「積極性が有る」とか「タフだ」とか、人を褒める表現は、結構たくさん存在する。

にもかかわらず、自分は「真面目」とだけしか云われなかった。

つまり、それは、相手にとって自分を褒める場合、「真面目だ」としか褒めようが無かったのだろう。

それは、「君は、何一つ褒める要素は無いのだけれど、嫌いではないよ。」と云っているのだと思った。

やっぱりそうか。

自分は、改めて、自分自身の浅学菲才、無芸大食である「事実」を痛感せざるを得なかった。

それから、自分は、ひたすら「愚直」の道を歩み続けた。

「愚直」であることしか、不器用な自分には不可能だと覚悟したからである。

だが、先程、ネット上で、何故、黒田官兵衛が評価されたのかを書いた文章を読んでびっくりした。

それは「なぜ最大の才能が「真面目」なのか」というものであった。

いわゆる「口八丁手八丁」と云われる人や「天才肌のひらめき」と云われる人を世人は評価する。

だが、そういった「長所」は華麗であるものの、今一つ安心感に欠ける。

つまり、安定感が無いのだ。

それに比べて、「真面目」というのは、地味である。

しかしながら、それゆえに安定感が有るのだ。

よく、頭脳明晰で器用な人が、その持てる実力に不釣り合いな低い評価しか与えられていないのは、ところどころで「不真面目」な印象を持たれるからであろう。

「真面目」というのは、最低限の条件であるがために、この「真面目」さが欠落した場合、その他の「長所」では埋め難いのであろう。

そう考えると、自分に対しての「真面目だ」という評価も、あんまり嘆き悲しむものでもないのかもしれない。

平成29年謹賀新年!本年も何卒宜しくお願いします!

凶のおみくじ

平成29年、新年あけましておめでとうございます。

昨年は大変お世話に成りました。

本年も相変わりまして何卒宜しくお願い申し上げます。

 

さて、元日早々、靖国神社を参拝致しました。

驚きましたのは、境内に露店が無かったことです。

夏の七月の「みたままつり」は、参拝者(特に若年層の)不埒なふるまいが目に余ったため、露店を「自粛」しました。

そして、ついに、本年からお正月も露店を「自粛」したようです。

テキヤがいなくなったので、境内がガランと成りました。

自分は、テキヤを一切排除したら良いとは思っていません。

ただ、ここ最近の靖国神社に於けるテキヤの存在は、「自粛」されても仕方がないとも感じていました。

テキヤの親分集も、もっとちゃんと管理して欲しかったと思います。

自分としては、靖国神社での初詣に露店が無くても良かったと感じました。

 

さて、新年早々におみくじを引いたのですが、何と!「凶」!

一瞬、何が明記されているのか理解出来ませんでしたwww

しかし、「凶」という運勢を引いてみて、不思議と心は平穏でした。

「ああ、やっぱり。」と合点が云った次第です。

心身共に疲労でガタガタだし、頭の働きの悪さも拍車がかかっています。

まさしく、「絶不調」な状態です。

ですから、「凶」と云う運勢は間違っていないのです。

ならば、その「凶」の「現状」をどう真摯に受け止めるかどうかということでしょう。

よく、おみくじを引いてみて、「大吉」が出るまで粘る人がいます。

しかし、おみくじの表記が現在の引く人の状態を「表して」いるだけであって、「小吉」の人が、無理やり「大吉」が出るまでおみくじを引き続けたところで、「大吉」の状態に変わる訳ではないのです。

つまり、「凶」であれ、「大吉」であれ、それが神仏からの「示唆」である以上は、それを素直に真摯に受け止めなくては意味が無いのです。

自分は、「凶」と出た以上は、無理をすることをあきらめました。

具体的には、明日、1月2日は一日自宅で静養することにしました。

1月2日は皇居の一般参賀の日なのですが、かくなる上は致し方ありません。

何事も、波が有り、浮き沈みが有ります。

順境の時、逆境の時、とございます。

ただ、朝の来ない夜は無く、春の来ない冬は有り得ません。

また、晴れの日には晴れの日の良さが有ると同時に、雨の日にも雨の日の良さや「役割」が存在します。

 

不遇であることは、何も「見放されている」訳ではありません。

不遇であるという逆境の中で、いかに立ち居振る舞いを行っているのか、そこを周囲の人々はじっと見守っておられるのです。

しかも、周囲の人々だけではありません。

神仏もちゃんと見守っておられるのです。

だから、不遇であることで自暴自棄に陥ってしまった場合、それは、自分自身が自分の境遇や将来に対して「見放した」ということを意味するでしょう。

肝腎の「本人」が自分自身を「見放した」ならば、いくら周囲の人々や神仏が手を差し伸べようとしても救い上げることは出来なくなってしまうでしょう。

 

漫画「白眼子」(山岸凉子・著)に於いて、霊能力者・白眼子がこう語りかけます。

「どうやら人の幸・不幸はみな等しく同じ量らしいんだよ。」

「だけど本当は災難をさけようさけようとしてはいけないんだ。

災難は来る時には来るんだよ。

その災難をどう受け止めるかが大事なんだ。

必要以上に幸運を望めば、すみに追いやられた小さな災難は大きな形で戻って来る。」

 

結局、人間と云うものは、不遇である時期のうちでしか、人間としての「基礎」を構築出来る時期は存在しないように感じます。

脚光を浴び、あちこちから出番の声がかかるようになったら、後は無我夢中で目の前の注文をひたすらこなしていくしかなくなってしまうのでしょう。

そんな多忙な中では、今迄の人間としての「貯金」をどんどん切り崩していくしかなくなると思います。

ですから、不遇な時期も、後から振り返った時、極めて重要な「仕込み」の時期だったと気が付くのかもしれません。

 

ただ、自分の「仕込み」の時期は、何だかとても長過ぎるような気もするのでありますが。

ひょっとしたら、仕込むだけ仕込んで、それだけで終わってしまいそうな気さえしますwww

まあ、とにかく、やるべきこと、やれることをひたすら実行していくしかないのであります。

取り敢えず、明日は、じっくり養生に専念します。

他人から見たら、取るに足らない、つまらない馬鹿げた代物だと思う。

しかし、自分の頭の中から湧き出してくる「言葉」の奔流。

これを自分はどうしても捨てておけないのだ。

だから、「もういけない」と思いながらも夜な夜なキーを叩き続ける。

制御が出来ないのだ。

書き始めると引きずり回されて、どこまで連れて行かれるのか、自分でさえ解らない。

ただ一つ云えることは、自分は「作文」の「技術」が有るのではない。

「技術」というのは、習得や修練が存在し、使い手の制御が可能なのである。

だが、自分は「技術」で文章を書いていないので、何処をどう改めたら良いのか、直したら良いのかさっぱり解らないのだ。

ただ、読み直して見て、しっくりこない「感覚」になった箇所のみは手を入れることが出来る。

けれども、それ以外は、もう、自分でもどうしようもないのだ。

だから、全部そのまま甘受するのか、もしくは初めから破棄してしまうのか、どちらかしか選択することが出来ない。

これは自分の「体質」であり、「業」(ごう)なのだと思っている。

誠に以て、因業なことである。

多分、自分は間違い無く、世に云う「因業ジジイ」に成り果てるのだろう。

これはもう、苦笑するしか、しょうがないじゃないか。

 

よく「アーティスト」に対して、「この部分は、どういう意図で書かれたのですか?」という質問をする人がいる。

愚問である。

それは、絵画にしろ、映像にしろ、音楽にしろ、文章にしろ、歌唱にしろ、演技にしろ、ダンスのような身体表現にしろ、その「表現」の構成最小単位の一部分を取り出してどうのこうのと論評しても実は意味が無いのだ。

一方で、論評する立場に立つと、極めて細部まで目配り出来ていることが、論者としての優秀さや賢明さを主張することに成るので、ついつい穿った見方をしてしまう。

さらに、微細な事柄を論じることによって、論者なりの新たなストーリーを展開することが出来るのだ。

まあ、それが批評を行う者の「話芸」「文芸」ということになるのであるが。

ただ、実際に作っている当事者にとっては、それは論理的な根拠によって構成されたものでないことがほとんどである。

「今までの展開からの行きがかり上」だったり、「こうした方がしっくりくるから」という感覚的なものなのだ。

ただ、その感覚的な「仕掛け」が、受け手の感性のツボにはまった時、何とも云えない絶大な効果が上がるのである。

「芸」というものは、事前に、或る程度、算盤を弾き、設計図を引いておくものである。

だが、あまりに精緻に作り込み過ぎると、意外と反応が良くない。

押さえるべきところは必ず押さえておかなくてはいけないのだが、あとは「余白」というか、「遊び」の部分を残しておくのだ。

そして、あとの残りは、その「瞬間」に降りて来た「もの」をパッと掴み取って当てはめていくのである。

用意周到さとアクシデントとも云える即興性の融合。

これが「芸」の「妙」たる境地だと思う。

だから、すべからく「巫(かんなぎ)」としての素質を有さなければ、頭一つ抜け出すことは不可能なのである。

それは、その人物の「才能」や「実力」であるのだが、実は「我の力にあらず」という「事象」であるのである。

時に「才能」が「人格」を破壊することが有る。

それは降臨して来た「もの」が、手に余る場合であろう。

それは果たして幸福とよぶべきなのか、災厄とよぶべきなのか。

浅学菲才にして無芸大食な自分には誠に解答不能である。

西暦2016年も残すところ、あと一日だけとなった。

明日は「おおつごもり」である。

さて、自分は、西暦2003年に左翼から保守へ転向した。

で、西暦2000年代というのは、かの小泉純一郎政権の時代である。

当時は、かろうじて、「戦争体験者」つまり「戦友さん」が多数居られた。

ただ、既に80歳代の方が多かった。

しかし、そのご高齢の「戦友さん」が、それこそ「余命を賭して」靖国神社へ参拝されておられた。

本当に、心底「靖国神社を自分達が御護りするのだ!」という覚悟がひしひしと伝わってきた。

しかしながら、新聞や地上波TV放送は、ほぼ「反靖国神社」で染め上げられ、靖国神社を「訪問」することさえも、何となく憚られるような、異状な「空気」だった。

勿論、「参拝」など、「右翼」や「ナショナリスト」しかしないものだと思われていた。

小泉総理が参拝していた期間、確かに、若い世代の方々が靖国神社境内に「来て」はいた。

だが、拝殿前の白木の鳥居の前で右折してしまい、参拝する人は本当に少なかった。

10数年前は、若い世代の方々にとって靖国神社は所詮、「ニュースの現場」でしかなかったのである。

自分は、このどうしようもない現状を目にするにつけ、懊悩した。

この靖国神社は、散華された戦没者の方々との「約束の地」である。

「もし、非命に斃れることに成ったら、未来永劫、靖国神社でしっかりとお祀り致します。」という「生者と死者との契約の地」なのである。

ところが、靖国神社を参拝し、物心両面から御支えして下さった「戦友さん」の世代は、既に老境に入り、余命も尽きようとしておられた。

だから、「戦友さん」たちは、「このままならば、まだまだ自分は死ねない。死んで、あの世で、戦場で散っていった戦友たちに合わす顔が無い。」と口ぐちに漏らしておられた。

だが、そのかくしゃくたる「戦友さん」たちも、月を追うごとに、一人また一人と顔を見せなくなってしまわれた。

本当に、あの当時、自分は、あまりの情けなさに狂おしい気持ちでいたたまれなかった。

そして、5年後、そして10年後の「荒涼たる様」を想像して暗澹たる思いに成っていた。

 

ところが・・・

何時の頃からだろうか?

靖国神社へ参拝する際に、鳥居でちゃんと一礼をする若い人の姿をよく見かけるようになった。

いわゆる「パワースポット」ブームが始まったぐらいの頃である。

今でも忘れられない思い出が有る。

いつものように、拝殿前で参拝して退出しようとした時である。

向こうから、革ジャンにヘビメタの鋲があしらわれたいでたちで、髪は金髪どころか緑色に染めた上に、ツンツンのモヒカン頭だった。

ピアスもバシバシ入っていて、見るからに「ファンキー」な「ロックンロール」の若者のカップルだったのである。

「何だ、こいつら。わざわざ冷やかしに来やがって!」

つい、カチンと来て、「何かしでかしたら容赦しないぞ」と後を付けてみた。

すると、このファンキーなカップルは鳥居の前できちんと一礼をしたのである。

「え!」

さらに、拝殿まで進むと、それは、それは、きちんとした二礼二拍手一礼の作法でもって、見事な参拝をしていったのである。

思わず、自分は全身の力がヘナヘナと抜けてしまった。

人は見かけで判断してはいけなかったのであるwww

 

そして、映画「永遠のゼロ」が封切られて、これが「決定打」に成った。

「靖国神社を参拝すること」は「時代遅れ」でも「ダサい」ものでも、「軍国主義」でもなくなったのである。

確かに、一部の左翼学生は、残存している。

だが、明らかに境内に入って来る若い方々の「感じ」が変わったのである。

特に、8月15日の参拝の際に、若い方々の割合が増えたことが象徴的であった。

 

先日の12月23日に、自分達が遊就館で清掃奉仕を行った。

すると、たまたま館内に来られていた若い方々が神職の方に、「掃除をしに来ているのですか。凄いですね!」とリスペクトしていったという。

 

十数年前の頃を知る自分としては、まさに「隔世の感」である。

今の状況を、ほんの数年前に鬼籍に入られた「戦友さん」たちにお見せ出来たならば、どんなに喜ばれたことだろうか。

ようやく、本当にようやく、若い方々に気が付いてもらえたのである。

だが、10年で良くなったことが、10年で悪化する可能性も否定出来ない。

今の現状に慢心していては絶対に駄目である。

もっと、さらに一歩踏み込んで行くようにしていかなくてはいけないと痛感する。

 

取り敢えずは、「初詣で」には、靖国神社と千葉県護国神社へ参拝するつもりである。

「一番優しい神様」に対して、新年のご挨拶と抱負と覚悟を真心から捧げたいと思う。

今の「自分」が存在出来ているのは、誰のお蔭なのだろうか?

それは、まずは当然ながら両親である。

そして、両親の両親である祖父母であり、そのまた両親の曾祖父母ということになる。

そして曾祖父母の両親は・・・と云う風にどんどん遡って行ける。

これが「ご先祖」である。

だが、「ご先祖」は、何も「血族」だけではない。

一人の人間が生きていく間に、どれだけの数の人々との出会いが有るだろうか?

つまり、「血族」以外の膨大な「他人」の存在無しには、人間は生きてはいけないのであるし、新たな世代を生み、育てて継承することも不可能なのである。

自分の「血族」に関わる人々。

それは、「地域」の人々であり、郷里の人々である。

そして、そういった「ご先祖」とその周囲を取り巻く膨大な人々は死後、故郷を守護する「存在」と成る。

それが「祖霊神」であり「地霊」とも云える「存在」である。

だからこそ、我々は「故郷」から断絶することは不可能なのである。

どんなに郷里から離れていても、自分と故郷はつながっているのである。

それを神社神道では「敬神崇祖」と誠に簡潔な言葉で表現した。

明治維新以降、我が国・日本は「国民国家」と成った。

「国民国家」とは、いざとなったら国民全員が防衛のために立ち上がるということである。

逆に、侵略されたならば、その攻撃は残酷なまでに国民全員に向けられるという恐ろしい時代に成った。

勿論、それ以前も、侵略軍によって住民が殺戮される事例は多数有った。

だが、それは、攻撃された城郭都市の住民だったり、ごく一部の地域に限定されたりしたものだった。

しかし、「国民国家」と成った以上は、「国民皆兵」の「徴兵制度」である。

そう考えた時、ようやく、「戦争で戦って亡くなった方々」も、我々にとって「ご先祖」であるということが理解出来るだろう。

ちなみに、我が祖父はフィリピンの戦場から還らなかった。

そして、我が家の墓には、祖父の遺骨は戻って来なかった。

だから、我が祖父の御霊は靖国神社に鎮まっている。

自分にとって、靖国神社の「英霊」は、文字通りの「ご先祖」である。

しかしながら、何も自分は、我が祖父の為だけに、靖国神社を参拝するのではない。

あの苛酷な時代の下で、精一杯生き抜き、非命に斃れた「英霊」全てに対して、哀悼の誠を捧げているのである。

その中には、坂本龍馬や吉田松陰、久坂玄随、高杉晋作も居る。

広瀬武夫、橘周太も居る。

山本五十六、栗林忠道も居る。

そして、特攻隊で散華された数千柱の方々も。

そういった全ての「英霊」の方々の「存在」が有って、そして現在の我々が有るのである。

だからこそ、「英霊」は我々全ての「ご先祖」であるのだ。

自分の尊敬する或る先輩は、「英霊は一番優しい神様だから。」と云われた。

その理由は、生前に物凄いご苦労をされ、そして、まだ見ぬ子孫のことを思い、その成長を信じて亡くなられた方々だからである。

そういう「神々」が、子孫である我々に対して優しくない訳が有り得ないのである。

平成28年12月29日、防衛大臣の稲田朋美先生が靖国神社を参拝された。

当然である。

何を以て批判されなくてはいけないのだろうか?

「もういくつ寝るとお正月」と成った。

間近に迫った新年の初詣には、是非とも「一番優しい神様」へ新年のご挨拶に参拝したいものである。

英霊は東京の靖国神社に「だけ」居られる訳ではない。

全国各県には護国神社が有る。

その護国神社には、地元ご出身の英霊がお祀りされておられる。

是非とも、各県の護国神社にどうかご参拝下されたく、心よりお願い申し上げます。


(付記)
稲田朋美防衛相が靖国神社を参拝したことを受けて、与野党や政府事務方から批判が上がっているという。

何故、自国の戦没者を祭祀する「施設」を参拝したことで、「和解の水をさす」とか「理解を得られない」などと訳知り顔で批判するのだ?
ならば、アメリカのアーリントン墓地に合衆国大統領が訪れる際に、ベトナムやイラクやアフガニスタンに対していちいち謝罪をするのか?
また、天安門広場の人民英雄記念碑は、見方を変えれば「日本人を殺した連中の記念碑」であろう。
ならば、日本人はそれに対して批判や悪罵を投げ掛けただろうか?
慰霊追悼に関して、政治問題や外交問題にさせている「奴等」がゲスなのである。
ゲスに対して「和解」だの「理解」だの有り得ない。
こちらがいくら誠意を持って対応しても、あちらは媚び諂わない限り、認めないからだ。
そういう「奴等」とは徹底的に「論争」するしかない!

平成28年12月28日、アメリカのハワイに於いて、安倍総理とオバマ大統領が真珠湾攻撃で亡くなった戦没者の慰霊追悼をされた。

これについては、左右両極から批判が有る。

今回の安倍総理の真珠湾での慰霊追悼は、今年5月のオバマ大統領の広島訪問を明らかに意識したものであった。

だから、「広島の原爆の犠牲者と真珠湾攻撃の戦没者を同じようにして良いのか?」という疑義が左右から出て来た。

確かに、広島は国際条約違反の「無差別爆撃」であり、しかも特殊兵器である原子爆弾であった。

犠牲者も数も約14万人と云われている。

一方の真珠湾攻撃の戦没者は約2400人。

圧倒的な人数の違いが有る。

しかし、失われた人命に対しての哀悼の意は、「数量」の多寡で云々するものではなかろう。

肉や魚の「量り売り」じゃあるまいし。

一方で、左翼側からは、

「日本の戦争加害者として慰霊をするのであれば、まずアジアからすべきではないか。」と。

要は、南京や重慶などを安倍総理が出向け、というのだ。

さらに、「反省の語句は有ったが、謝罪の語句は無かった。」と批判する。

はっきり云って、既に戦争の事後処理が片付いている現在に於いて、謝罪を繰り返し表明することにどれだけ意味が有るのか?

また、「まずアジアで慰霊すべき」ということに関してだが、少なくとも中華人民共和国と南北朝鮮両国に対しては、行かなくて良いと自分は思う。

何故なら、彼等は、我が国の総理が戦没者の魂を祭祀している靖国神社への参拝を批判し、事実上「妨害」しているのだから。

故人に対する慰霊に良いも悪いも無い。

それは「区別」ではなく、明確に「差別」である。

これは、いわゆる「靖国神社参拝」を批判する奴等、全員に云えることで、日本人だろうと外国人だろうと許されることではない。

奴等は、日本人の戦没者の慰霊追悼は批判し、支那や東南アジアでの戦争犠牲者の慰霊追悼ばかりを強要するのである。

本当の慰霊追悼とは、「差別」してはいけない。

声高に罵り、口撃するものではない。

結局、奴等は「慰霊追悼」を政治の駆け引きに利用しようとしているだけなのだ。

つまり、「祈り」という人間の行為、さらには「霊魂」さえも政治闘争に利用しているのである。

こういう奴等とは、「対話」そのものが成立しない。

さらに、朝鮮半島に関して。

朝鮮半島の南北両国と、日本は「交戦状態」には無かった。

だからこそ、戦後に於いて、「戦勝国」でも「敗戦国」でもない「第三国」と呼ばれたのだ。

むしろ、朝鮮人は「日本国民」として戦ったのである。

にもかかわらず、何か云ってきたら、黙殺すれば良いだけの話である。

自分が印象的だったのは、真珠湾攻撃での米軍生存兵士の方の感想である。

彼は、心から安倍総理の訪問を喜び、感謝したのである。

もう、これで充分ではないだろうか?

また、安倍総理の「不戦の誓い」に関して、「空虚だ。」とシニカルな反応しかしない左翼どもはあまりにも救い難い。

安倍総理は、「戦争は起こさないようにする。」と何度も表明されている。

だからこそ、いわゆる安保法にしろ、防衛費の拡充にしろ、「戦争をしないため」に行っているのである。

一方の左翼はどうか?

ただ単に「憲法9条を守れ」とデモやら集会やらを「日本国内で」大騒ぎをしているだけではないか。

もし、本当に戦争を防止したいというのなら、北京でも平壌でも大挙して乗り込んで行って、「軍事的緊張を高めるな!」とお得意のデモや集会を実施したら良い。

しかしながら、奴等は、そんなことは一切実行しない。

多分、「攻め込まれて無抵抗であること」を望んでいるのであろう。

それは、事実上、「売国」ではないのか?

北海道の新千歳空港で、大雪のため飛行機が欠航と成ったが、それで空港に足止めされた支那人100人が激昂して大騒動に成った。

これを以て、「だから支那人は・・・」と云う論調に誘導したがる手合いがネットには多い。

多過ぎる。

この問題を、支那人特有の「問題」に矮小化してはいけない。

現在、大挙して訪日している外国人が支那人であるから、支那人が目立つだけだと思う。

そもそも、地震などの突発的な災害や事故、事件の発生でパニックを起こさないのは、世界中で日本人くらいなのだ。

何しろ、3.11の東日本大震災の時に、東京の交通網などが麻痺した際に、日本人のあまりの落ち着きぶりに世界中が驚嘆したのだ。

だから、世界的に見たら、何かハプニングが起こったら、パニックに成って暴動に到るのが「当然」であると認識しなくてはいけない。

自分は、今回の騒動で猛省すべきは、我々日本人の方だと痛感する。

やはり、我々日本人は能天気過ぎるのだ。

危機管理という点で、まだまだ不十分だと思う。

我々日本人は、あまりに不用意に「観光立国」などと云い始めた。

しかしながら、本当に、大勢の外国人を受け入れるだけの「態勢」が出来ているのだろうか?

そもそも外国人は、我々日本人と価値観や感覚が違うのである。

だから、日本人だけの時のようなルールで、そのまま唯々諾々と従ってくれると思い込んでしまうところが愚かしい。

今後、外国人観光客によるトラブルが多発してくると思う。

そうすると、今度は、一転して「外国人など来なくて良い。」なんて云いだすのである。

極論から極論へ飛び移る感じである。

そうではなくて、外国人が日本へ入国したら、どう対処すべきなのか。

あらゆる事態をシビアに考慮していかないと駄目なのである。

 

それに「おもてなし」などと云っているが、それも本当に外国人のことを考慮して行っているのだろうか?

「この『おもてなし』のやり方が、本当の日本人のやり方なのです。」と悦に入ってしまい、肝腎の外国人の「気持ち」を理解しているのだろうか?

我々日本人は、日本らしい、本物の「日本」を提供することが、外国人観光客にとって喜んでもらえるものだと勝手に思い込んでいる。

訪日する外国人観光客の全員が、本当に「日本式」を与えられて喜ぶ筈が無いのだ。

例えば、料理の味付けである。

いくら、日本料理の最高級のものであっても、外国人によっては「ピンボケの薄い味」としか感じてくれないことも有るのだ。

だから、折角、日本人が精魂込めて出した料理に、外国人がソースやマヨネーズやケチャップをぶっかけはじめても、決して怒ってはいけないのである。

ここで注意したいのは、我々日本人が「良かれ」と思って行っている事柄が、必ずしも外国人にとって満足してもらえないことも有るということを覚悟すべきなのである。

我々日本人の「おもてなし」のやり方でもって、それが唯一最善のサービスだと思い込んでいるとしたならば、それは独善の押しつけであろう。

そういうのを「有りがた迷惑」と云う。

 

もっと云わせてもらうと、戦前の日本人の朝鮮半島や満州国などでの振る舞いもそうだと思う。

日本人は、あくまで「五族協和」で、「善意」でやっているつもりだったのだ。

だが、「植民地」に於いては、アングロサクソンの「えげつない」、「分割して統治する」やり方の方が、「上手くいった」のである。

正しい、とか、道義的にどうか、といった議論をすると、まとまらない。

所詮、統治者と被統治者では、意見の完全な一致は不可能なのである。

 

我々日本人は、あまりに不用意に「お前の気持ちはよく解る」と云い過ぎる。

解る訳が無いのだ。

所詮、他人同士なのだから。

お互いの気持ちや考えが理解不能であるという前提で臨まなくていけないのだ。

だからこそ、共感し、何か一つでも合意にこぎつけた時の喜びが無上のものなのである。

日本人の生真面目でお人好しである美点が、短所と成って、裏目に出ることも有るのである。

今月の初め、自分は九州・宮崎県を旅行した。

そこで宿泊したホテルで、たまたま日本経済新聞を読んだ。

以下、あくまでうろ覚えの記憶によるので、間違いがあるかもしれないことを明記しておく。

たまたま読んだ日本経済新聞で、慶応義塾大学の特任教授で、KADOKAWAの重役もしている御仁が、教育について語っていた。

現在、この教授が教鞭を取っている学部では、入試に於いて2教科の選考試験でもって合否を判断しているという。

もう、これからの時代は「柔軟な発想」でもって取り組んで行く時代なので、従来のような全ての教科を点数でもって選考する必要は無くなった、というのである。

自分は、これを読んで頭がクラクラした。

ホテルの温泉で「湯あたり」はしなかったのに。

自分が大学を卒業して既に20年に成る。

大学の現状も大きく変化している訳であるが、自分が十代の頃から私立大学(しかも比較的偏差値が「低い」大学)で、入試の選考科目を減らすところが見られた。

確か、亜細亜大学だったと思うが、「一芸入試」と称して、ペーパーテストではなくて、高校生までの生き方や取り組み方などを面接などで評価し、合否を決める入試を行った。

その後、それと追随もしくは模倣する大学が出て来た。

はっきり云って、自分はこの手の入試を評価しない。

何故なら、こういう入試だと、自分のような人間が合格してしまうからである。

自分は、中学・高校と優等生と劣等生を一人でやった。

国語と社会(地理・歴史・政治経済)は優等生。

それも学年でトップクラスだった。

一方の英語は100点満点中一桁なんて点数を取り、英語一科目の成績があまりに悪過ぎるために留年しかけた程の劣等生。

進級会議で、小数点以下を「四捨五入」して何とか進級させてもらったような体たらくだったのだ。

これが、美術や保健体育だったらまだ「御愛嬌」かもしれない。

しかし、インターネットやコンピューターのプログラミングでは英語が飛び交う。

さらに、外国人との交流や共働が常態化して、「社内公用語」に英語が規定されるような「ご時世」である。

「英語が出来ない」ということは、最早「人間にあらず」という状況である。

だから、自分のような人間は今や「知的障碍者」と指弾される時代だと思う。

だが、そんな自分であっても、「2教科で選考」という選考基準であったなら、それこそ難関有名大学でさえ合格してしまうだろう。

それが果たして、相応しいのだろうか?

 

さらに、現在、教育の「あり方」として、「アクティブ・ラーニング」が持て囃されて来ている。

「アクティブ・ラーニング」とは「対話的・主体的で深い学び」を実現し、知識だけではなく思考力・判断力・想像力の育成をねらう、のだそうである。

自分は英語が駄目なので、「アクティブ・ラーニング」と英語の語句がそういう意味であるのかどうか、解らない。

ただ、現在、我々が志向していこうとしている「教育」は、「そういう方向」であるらしい。

だが、この「アクティブ・ラーニング」を行うに当たっては、何か重大な勘違いをしているような気がしてならない。

つまり、「アクティブ・ラーニング」を行うには、従来の「知識詰め込み型」のやり方をするべきではない、と思い込んでいるのである。

もっと極論すれば、柔軟な思考と感性でもって問題に取り組める人材を育成するには、国語・数学・英語・社会・理科といった主要科目全てが出来なくても良い。

膨大な知識量は必要ではなく、思考力・判断力・想像力の育成をすれば良い、と。

自分は、こういう「論理」がまかり通るように成ったことについて、明確に「教養の頽廃」が起こっていると思う。

「教養」とは、生きていくなかで人間として社会的、文化的に必須な事柄であると云えよう。

「頽廃」とは、「くずれて衰えること」であるが、何が正しくて何が間違っているのかその差異や価値判断があやふやに成って来ていることである。

つまり、「教養の頽廃」とは、「人間として社会的、文化的に生きていくにあたって必須な知的ことがらに対して、何が正しくて何が間違っているのか解らなくなっていること」である。

「頽廃」する原因は、状況の急変である。

時代や環境が激変してしまったため、従来の手法やスタイルでは合致しなくなってきたからである。

とりわけ、コンピューターの進化はその大きな要因であろう。

それこそ、資格試験や検定試験のような、語句や数値への「正確な記憶」を評価する試験は、コンピューター、さらにはAI(人工知能)が日常生活に組み込まれていくように成れば、その決定的な意義が失われていくだろう。

現に、入学試験などでスマートフォンの持ち込みが禁止されている。

つまり、従来の入学試験などは、スマホのアプリでもって、瞬時に正確な回答が可能なのである。

かつては、語句や数値への「正確な記憶」が、人間の頭脳の「賢さ」に直結していた。

しかしながら、今後は、「記憶装置」はコンピューターやAIが「代行」してくれるのである。

むしろ、「記憶装置」の方が、正確で間違いが無いとも云えよう。

ならば、「多くの知識を記憶する」ということが、人間の頭脳として優劣を判断する基準には成らなくなった、と云うことに成る。

だが、果たして、そう云い切れるのだろうか?

 

そもそも「柔軟な思考と感性」とは何だろうか?

ならば、敢えて正反対のほうを考えてみよう。

「柔軟ではない思考と感性」とは何だろうか?

それは「意固地で狭隘な思考と感性」ということになる。

「意固地で狭隘」ということは、「限定され」「固定化された」思考と感性ということであろう。

ならば、何故、思考と感性が「限定」され「固定化」されるのだろうか?

簡単な話しである。

知識と情報の量が少な過ぎるからである。

人間が思考するにあたっては、さまざまな知識、情報、さらに経験や個人的な傾向(好き嫌い)を突き合わせていくことによって構成される。

だから、知識や情報が少量で限定的であるならば、当然、そこから派生する思考は固定的に成り、柔軟性に劣る。

また、感性というものも、最終的には「好き嫌い」に成るのだが、それも画一的で限定的な接し方しかしなければ、凝り固まったものでしか成り得ないだろう。

だから、「知識の量を減らして」柔軟な思考と感性を育成することなど不可能なのだ。

現に、日本の左翼がそうである。

日本の左翼が、政治的にほとんど成果が上がらないのは、知識と情報の摂取量が圧倒的に少過ぎるからである。

また、「量」は多くとも、その中身が「限定的」で、どれもこれも同じような内容の繰り返しであるのならば、それは画一された情報や知識を反芻しているだけに過ぎない。

それでは、選択の幅が広がる訳が無く、柔軟な思考や感性など出て来ようが無いのである。

 

今、我々日本人は、決定的な勘違いをしている。

柔軟な思考と感性を育てるにあたっては、膨大な知識量が必須なのである。

知識や情報を数多く持っているということは、そこから派生する思考や想像の選択肢も多く成る訳であるし、最終的な判断を下すにあたっても様々な角度から論考した結果による、緻密なものに成って行くのである。

我々が思考していくなかで、往々にして「不都合」な情報や知識と遭遇することがある。

だが、そこで「不機嫌」に成ってはいけないのである。

むしろ、そこから「不都合」な情報や知識に関する情報や知識を貪欲に吸収していかなくてはいけないのである。

場合によっては、その結果、当初の思考が誤りであるという「不本意」な形に成るかもしれない。

もしくは、「不都合」な情報や知識は有るけれども、それらはその他の情報や知識と突き合わせた結果、当初の思考を否定するまでには至らない、という結果に成るかもしれない。

ただ、良いも悪いも、情報や知識が「充分」でなければ、「正しい」思考も想像も判断も出来ないのである。

勿論、柔軟な思考と感性を育成する為の「方法論」は存在する。

それは、「決め付けない」ことである。

短絡的に結論を出さないことである。

それは、一つの考え、それは持論であることが多いのだが、その自分の持論に対して懐疑的であることである。

但し、逆説的に思われるであろうが、絶えず持論を懐疑の念を投げかけることによって、結果的に持論は鍛練されて、精緻で揺るぎ無いものに成っていくのである。

逆を云えば、揺るぎ無い価値判断基準を構築するには、絶えず、「懐疑」という試練を課し続けなければ、達成は不可能であるとも云えよう。

ただ、「懐疑」とは精神的には不安定で負荷がかかる行為である。

だが、その「懐疑」のダメージを低減させる方法が有る。

「面白がる」ことである。

これは何なのだろうか?

面白い、面白いと興味を持つことである。

「面白がる」ということは、いきなり自分の体内に呑み込む行為ではない。

ちょっと距離を置くのだ。

そして、ちょっと遠巻きにして、眺めていく行為なのである。

ところが日本人は生真面目過ぎるので、物事は「呑み込む」か「突き放す」か、の二択しか有り得ないと思い込んでいるのだ。

だが、それは「純真」ではあるが、「知的怠惰」である。

自分の持論と異なる「存在」を認識して、そこから思考していく。

さらに、間違いが認識出来たら、率直に改めるべきである。

だから、「無謬性」に固執しているようであるならば、柔軟な思考や感性など絶対不可能であろう。

 

そろそろ結論に行きたい。

どうやら、日本人の教育はどんどん劣化して行こうとしている気配が濃厚である。

まず、「早とちり」で短絡的なのだ。

いわゆる「アクティブ・ラーニング」を行うということで、従来の「知識学習」中心の教育手法そのものを全否定している。

今、従来の手法が閉塞しているのは、たくさんの知識を吸収しているにもかかわらず、画一的な「結論」に決め付けているからである。

さまざまな「異論」を「面白がる」、そういう度量の広さが皆無だから駄目なのである。

既に、評論家の呉英智は20年も前から指摘している。

「勉強してきた馬鹿」が「勉強してこなかった馬鹿」に成るだけだ、と。

 

ユーチューブで茂木健一郎のシンポジウムの動画を見た時、その会場の参加者からの発言が有った。

アメリカの大学に入学していた女性だったが、その時の寮生活での友人との会話がとても忘れられないと云う。

或る時、アメリカ人の女性の友人が何気にこうつぶやいたそうだ。

「あの子、良いよね。」

「どうして?」

「だって、変わっているから。」

これを聞いた彼女は衝撃を受けたという。

自分も同感だった。

日本に於いて「変わっている」というのは「悪」である。

ところが、アメリカでは「変わっている」というのはリスペクトの対象たりえるのだ。

自分はこの彼我のあまりの違いに絶望的に成った。

日本に於いて、周囲から「変わっている」ことは、和を乱し、秩序を破壊する邪魔な存在なのだ。

ならば、そんな環境に於いて「柔軟な思考や感性」など、「均一な思考や感性」で統一されるべき「場」に於いては、悪しき代物でしか有り得ないではないか。

 

自分は中学生の頃から感じていた。

「個性的であれ」

「個性が大事」

「個性的あることが一番」

そういうことを発言する連中の、何と画一的で狭量で没個性的であることか。

「個性的である」という「固定概念」に束縛され、自閉しているのである。

「個性的に成ろう」という人が、あまりに周囲に付和雷同しているのである。

 

例えば、ダンスを「必修科目」にした。

ダンスが悪いのではない。

ダンスは、若者が大いに行うべきだと思う。

しかし、学校で「必修科目」に指定しまうというのは、事実上、「ダンスを嫌いになれ」と仕向けているようにしか自分には思えない。

せめて「選択科目」に留めておくべきだったと思う。

結局、日本の「教育」に対する論考は、一事が万事、これである。

だから、自分は全く期待していない。

本年もいよいよ残り僅かに成って来た。

さて、来年のはやいうちに、自分としては一つ区切りを付けたいと思う。

自分の中のもやもやとした思い。

多分それは自分自身に対する幻想への妄執なのだが、それを断ちたい。

自分は拙ブログを2005年2月から開始して、もう11年が経った。

「塵も積もれば山と成る」で、それなりの分量に成った。

そこで、お金を貯めて自費出版をしてみようと思う。

自分なりに編集をして、なるべく安価なかたちでやりたいと思う。

拙ブログの拙文は、同じような内容の文章が結構有る。

当然である。

自分の考えた末の論理だから、それが時間の経過と共に、くるくると変わってしまうようであるならば、かえってその方が駄目だろう。

だから、なるべく同じ内容のものがかぶらないようにしていきたいと思う。

既に題名を決めてある。

「駄馬の骨」

何故、そんな題名にしたのかは、巻頭の書き下ろしの「序」で書くので、今は明かさないでおく。

何しろ手持ちの資金が無いので何部作れるのか解らない。

100部くらいかな?

あんまり刷ってしまうと、後で処分に困ると思うのでほんの少しの部数に限定したいと思う。

ただ、その後、どういう風にさばいていくのか、それはまだ見当もつかないのだ。

とはいうものの、自費出版をすることは、必ず実行する。

そして、これが自分にとって、最初にして最後の出版に成るであろうと覚悟している。

今日、12月25日は、昨年平成27年に電通の社員だった高橋まつりさんが過労による自殺をされて丁度丸一年がたつという。

まずは、故・高橋まつりさんのご冥福を改めてお祈り申し上げたい。

さて、この高橋さんの死をきっかけとして、大手広告代理店・電通へ労務管理に対しての追及がはじまった。

そして、現在の日本の職場に蔓延している長時間の過重労働に対しての議論が活発に成って来た。

自分から見ると、あまりに遅きに失していたと思う。

自分はこれから歳末の墓参りなどを控えているので、以下、端折って書かせてもらう。

舌足らずで、意味不明な拙文に成ると思うが、何卒ご容赦願いたい。

いわゆる長時間の過重労働に対しての解決策は簡単なことである。

心身共に辛く成ったら、そんな職場はさっさと辞めれば良い話しである。

頑張って、無理して職場に居残る人が多いから、経営陣はこの問題を認識出来ないのだし、解決しようという意欲さえ湧かないのである。

自分たちの職場や組織の足元から、どんどん人員が流出し、戦線崩壊の危機を察知して、ようやく事の重大性に気が付くのである。

職員に過重労働を強いる企業が諸悪の元凶であることは明らかであるが、そもそも企業は利潤を上げるための法人である。

儲かるためならどんな手段でも選ばないし、法人としての自己保存本能から職員の一人や二人の犠牲者が出すことに何の躊躇も感じない。

かつて、あまりに年貢が重過ぎる所領に於いては、「百姓」が「逃散」した。

それは、集団的な「夜逃げ」であった。

つまり、ひとつの「集落」の住民が全員、一気に蒸発してしまうのである。

あまり、この歴史的事実は認識されていないのだが、これは執政担当者にとっては極めて深刻な問題である。

つまり、利潤を生みだす部署が無くなるだけではなく、生産から次世代形成から土壌環境・自然環境から全部が荒廃し、破壊されてしまう危機に直面する訳だから。

だから、「逃散」が有った部落や村へは、大慌ててで他所から「百姓」を連れて来て充当したのである。

だが、年貢や労役という「税制」が変わらなければ、しばらくしたら再び「逃散」の発生は不可避であろう。

結局、「逃散」の連鎖を解決するには、税制改革と行政改革と農業改革を同時並行で実施しない限り無理に成る。

これと同様に、現状の日本の企業「風土」、職場「体質」を変革させていくならば、(あくまで極論であるが)社員がどんどん辞めていけば良い話しである。

いわゆるブラック企業が無く成らないのは、企業や経営者の問題もさることながら、ブラック企業にしがみつく社員にも問題が有ると云えよう。

まず、我々が認識しなくてはいけないことは、最早、「組織は人員を必要と見なしていない」という冷徹な現実である。

人を採用し、雇用することに対して発生する費用は、他の諸々の諸経費と同様に「削減対象」項目でしかないのである。

だから、削減可能であるならば、それこそ社員が一人も存在しない、あとはAI(人工知能)やロボットでもって利潤だけを生みだしてもらえれば良い、そういうところまで行き着くのである。

まあ、それでは単なる「ペーパーカンパニー」であるが、「人件費」を「固定経費」と見なしている以上は、職場の人員は戦線崩壊の寸前の状況から増加されることは有り得ないだろう。

だから、企業や職場に対して、身も心も捧げ奉ったところで、社員が思っているほど企業も職場も社員一人のことを思っている訳は無いのである。

よく、「お前がいなくなったら困る。」と云う。

確かに、「今すぐにいなくなったら」それは困るだろう。

だが、「もう辞めたい。」と申し入れをしたら、企業や管理職は、すぐさまその補充や外注委託について作業を着手することだろう。

確かに、辞職・退社を引き止めることが出来るならば、そちらに期待をするのだが、あくまで辞意が強固であるならば、いつまでもその社員に対して固執しているわけにはいくまい。

だから、「君の代わりはいない。」などという言葉は嘘だと思うべきである。

と同時に、全社員が、或る時、突然、「不要宣告」をされる可能性を有するのである。

「もう、お前なんか要らない。」と冷たく言い放たれる可能性である。

つまり、最早、組織と構成員の紐帯は細く成ったのである。

企業や職場が冷淡に変わったならば、社員も冷淡に変わるべきなのである。

もう、企業が社員を守ったり面倒を見てくれる時代は終わったと覚悟すべきだ。

ならば、社員は、いつまでも企業や職場にしがみつくのではなくて、いつでもそこから追い出されても良いように覚悟を持って生きていくしかない。

現在所属している企業や職場に依存しない「意識」というのは、つまり、徹底したプロ意識を持て、ということである。

或る特定の組織や場でしか適応出来ないのではなく、あらゆる組織や業務に於いて「戦力」として認められるような、そういう人材に成ることを意識して目指していかなくてはならない。

それは、いわば、「職人」の世界である。

職人の世界では、「流れ板」とか「独り親方」という存在が既に有る。

「流れ板」とは、特定の調理場に所属しないフリーランスの板前のことである。

ただ、どんな調理場でも務まるように成るには、瞬時にその実力を認めさせるほどのレベルに達していなくては駄目である。

また、「独り親方」とは、或る特定の工程の技術に於いて、他の追随を許さないほどの圧倒的な高度な技巧を有する職人である。

もしくは、人間的に秀でており、どんな職場や現場にでも溶け込んで、その一員として機能してくれる職人である。

最早、組織が人員を抱え込むことを忌避するようになった以上は、世の中に、膨大なフリーランスの個人が溢れかえることになるだろう。

そうなった時、「この仕事は彼でしか務まらない。」という評価が高まった人物は、「付加価値」を有して、あちこちから引っ張られるようになる。

場合によっては、三顧の礼をもって組織内へ招聘されることも有るだろう。

つまり、今後は、短時間にどれだけ優れた成果を出せる人材に成れるかどうか、ということが厳しく要求される時代と成るだろう。

そうなれば、ただ単に大きな組織に採用されれば良い、ということではなくなるだろう。

これは、大変厳しい時代である。

だが、意欲と才能に富んだ人間にとっては、大いに飛躍出来る可能性に満ちた時代と成ろう。

但し、自分のような浅学菲才で不器用な無能者は、覚悟を決めなくてはいけないと思う。

後は、既存の組織から排除されたり、飛び出してしまった人々を、どうやって再組織化し、人材として機能・活用させていくのか。

その為の仕組みや仕掛けを新たに構築していかないといけない。

そうしなければ、間違い無く、社会秩序の底が抜けてしまう。

そうなれば、憎悪と嫉妬と怨恨といった負の感情が吹き荒れる暗黒の時代と化すだろう。

だから、若い優秀な諸賢に対して、自分は大いに期待している。

何とか自分のような愚民たちを救済して欲しい。

自分も愚昧なりに精いっぱい頑張らせてもらうから。

「貧しい」とは侘しいものである。

かつて、正社員だった頃は、本もたくさん買ったし、見聞を広めるために講演会や勉強会にも片っ端から参加して行った。

また、その後の懇親会まで参加し、名刺を交換して回ったものであった。

だが、只今現在の自分は、一介の派遣労務者であり、全身クタクタになるまで働いても日給6000円にしかならない。

本当はもっと稼ぎたいのだが、派遣先の現場が「経費節減」のために、残業が厳禁で、そうでなくてもなるべく勤務時間を短縮しようとしている。

だから、もう一つぐらい、勤務先を見つけないといけないのだが、心身共にそこまでの余力が、もう無いのである。

だから、講演会や勉強会に参加することは無くなった。

多分、かつての自分を知る方々は、「あいつは逃げ出した。」とでも思っているだろう。

まあ、あながち間違いではないので、敢えて抗弁はしない。

それに、もし、講演会に招待されたとしても、現在の自分は居眠りをしてしまうのだ。

知らず知らずのうちに眠りこけてしまい、気が付いた時には、終わっているのである。

だから、尚更、講演会にも勉強会にも行かなくなった。

ただ、いわゆる講演会で、情報や知識を吸収しようとするのであれば、実はあまり効率は良くない。

やはり、知識や情報を収集し、深く理解し、思考をめぐらすには文字情報からの方がはるかに効率が良い。

だから、やはり、読書をどれだけしているかが最終的には、差と成って現れて来る。

まあ、ここ数年、読書量が払底状態で、誠に情けない限りである。

講演会などにさっぱり行かなくなったので、その後の懇親会にもほとんど参加しなくなった。

だが、それを残念とは全く思わない。

いわゆる「保守系」の懇親会は、ミーハーな人ばかりが参加して来る。

つまり、「肩書」が有る人の周りを取り囲んでワイワイやる為の集まりなのだ。

評論家、学者、議員、そして「保守系運動の指導者」。

自分は、明確に、そのいずれにも該当しない。

下手の横好きで、それなりに顔は知られているようだが、「よく見る顔だよね。」というレベルの認識しか持たれていない。

まあ、事実、その通りであるのだから、今更不平不満も感じないし、逆に何の根拠も無いにもかかわらず、自分が「先生!」なんて呼ばれてしまったら、かえって怪訝に思う。

幸い、現在の自分は名刺が無いので、名刺が無いことを詫びた時の反応を見て、いろいろと解るものである。

「すいません、自分には名刺が無いのです。」と謝った時、さっと顔色が変わる人は今後自分がお付き合いしたい人ではない。

そういう人は、実は目の前の「人物」そのものではなく、表面上に付いている「肩書」とお付き合いをしたいだけなのだ。

だから、幸いなことに、そういう人と長々と会話をすることをしないで済むので手間が省けている。

で、いわゆる「保守系」の「懇親会」に参加すると、ほぼ「そういう人」だらけなのである。

だったら自分が参加したって何の意味も無いし、そもそも自分には参加する資格すら無い。

ところが、会合によっては、自分が何なのか、そういうことを一切問わずに接してくれるところが有る。

「白井さんは何をしているの?」

「今は派遣社員です。」

「あらそう。」

顔色一つ変わらない。

だから、そのうち会話が弾んで来て、ブログで書いていたような事柄を話し始めると、

「あんたは一体、何者だ?」ということになるwww

勿論、その回答は、

「いえ、ただの派遣社員です。」

でしか有り得ないのだが。

だから、現在の自分は、そういう会合しか参加していない。

一昨日、昨日と二夜連続で懇親会が続いた。

一昨日でお会いした方とは大変お話しが盛り上がったので、拙ブログで書いた拙文の幾つかを出力して、郵送してみようと思う。

昨日、天長節に於いては、靖国神社崇敬奉賛会青年部の靖国神社境内と遊就館の清掃奉仕の懇親会だった。

自分は「あさなぎ」のOBなので、そういう面では気安い感じであった。

更に、「あさなぎ」を「卒業」してだいぶ経ってきたので、若い方々は自分のことを知らないということも良かったのである。

そこで、或る一人の参加者と、延々と話し込んでしまったwww

実は彼は支那人の留学生だったのである。

別に、外国人だろうが何だろうが、清掃奉仕を真面目に行おうという御仁であるならば、何の問題も無い。

彼は、あまり日本語が習熟されておらず、正直云って、会話の意思疎通が上手く行ったとは云えなかった。

まず最初に、彼は、「今の日本人は、中国のことを何故悪く思っているのですか?」と質問してきた。

「お、お出ですなすったなwww」と内心苦笑していた自分は、即座に彼は靖国神社に参集して来た日本人を「探り」に来たのだろうと勘繰った。

だが、彼と会話を交わすうちに、というよりも正確には自分の方が10対1の割合でまくし立てるものであったが、当初の自分の見立ては全くの間違いであることに気付かされた。

彼は、虚心坦懐に、「日本」を知ろうとして来たのである。

だから、「靖国神社」に対しても、ありのままの姿を知ろうと思って、参加して来たのである。

そして、彼と会話をするうちに、彼が驚くほど勉強をしていることが解ったのである。

朱子学、陽明学、清の雍正帝、老荘思想、孔子、魯国、周礼。

これらの語句を投げかけて、即座に頷いたのである。

つまり、彼は、これら漢籍についての知識を持っているのである。

また、会話のやりとりで、彼がそれらに関しての資料を相当読み込んでいることもうかがえた。

彼は、自分の不親切な日本語に難渋しながらも、この会話の内容に対しては大いに満足してくれたようであった。

自分は、懇親会に参加して充実感を得る時は、まさにこういう時である。

それはさながら、古代ギリシアのプラトンの「饗宴」のような知的な刺激と興奮に満ちたものである。

原初、哲人たちの「論理」と「真理」は対話から生まれた。

古代ギリシアのソクラテスやプラトン。

古代インドの釈迦牟尼世尊とその高弟たち。

イエス・キリストとその高弟たち。

そして孔子とその高弟たち。

それらは、現在、「聞き書き」というかたちで仏典、新約聖書の福音書、論語という書物に成って読まれている。

事実、仏典では「如是我聞」で始まり、論語では「子、のたまわく」で始まるのだから。

こういう懇親会に参加出来たのであれば、大いに収穫が有ったと満足出来る。

ただ、そういう「知の饗宴」は、僥倖であるので、そうたびたび有ることではないだろう。

最後に、昨日の支那人の若者との対話は本当に実り有るものであった。

だが、同時に、残念な気持ちにも成った。

多分、自分のお付き合いの有る極めて限定的な「若者」のサンプル群でしか云えないのであるが、現在の日本人の若者で、支那人の彼と同じくらいの知識を有する人を自分は知らない。

また、彼ほど貪欲に知的興味を抱いている日本人の若者を自分は知らない。

支那人の彼は、今、どうしようもないほどの切迫感に駆り立てられている。

それは、彼の祖国である「中華人民共和国」の「崩壊」をひしひしと感じているのだ。

最早、毛沢東主義では社会秩序は維持出来得ない。

かといって、経済資本至上主義でも十億を超える人民を救えない。

ならば、この「危機」をどういうかたちで超克していったら良いのか?

それは、支那の人民が依拠すべき精神的な支柱、基礎としての土台を構築し直さなくてはいけない。

そういった目もくらむばかりの巨大な「課題」を意識し、自らの「課題」として出来得る限りの「格闘」を強いているのである。

この「覚悟」に、自分は文字通り「後生、畏るべし」と感嘆したのであった。

多分、彼は数年もたたぬうちに「飛躍」すると思う。

それは、「肩書」云々ではない。

「知識人」として、瞠目するほどの急成長を遂げていくことであろう。

今のままであるならば、日本人の若者は、知的レベルに於いて完全に圧倒されるであろう。

「日本サイコー」などと自己陶酔するばかりであったり、「アベ政治を許さない」などと独善的自意識過剰に興奮するばかりであったり。

そんな知的レベルであったならば、間違い無く、日本人の若者は支那人の若者に圧倒されるだろう。

多分、感覚的なお洒落のセンス以外は、ボロ負けするのではないだろうか?

日本の「保守派」は、憲法改正をして、航空母艦と核武装保有をすれば、あとは「めでたし、めでたし」と思い込んでいる。

確かに、それらは「解決すべき喫緊の課題」であることは事実であるが、ならば、それらの諸問題を解決した後は、後顧の憂いは一切存在しないのだろうか?

もし、そうであると云い切ってしまうのであるならば、日本の「保守派」の「知的射程距離」は、あまりに短過ぎるように自分は思う。

本当の「危機」とは、未だ自覚せざる「危機」である。

殆んどの人間が意識さえしない事柄こそに、真の重大事が潜んでいるように自分は予感している。

ただそれが具体的に何なのかは、愚昧な自分には、現在に於いて明確に指摘出来得ないでいる。

まあ、自分は、所詮、日給6000円の派遣労務者に過ぎないので手に余る。

もっともっと頭脳明晰で偉い方々に期待するしかないのかもしれないがwww

昨日の天長節は、数年ぶりにゆっくりさせてもらった。

本当なら皇居の一般参賀に行くべきところであったが、今年は行かずに、午前中はゆっくりさせてもらった。

午後からは、靖国神社の清掃奉仕に参加させてもらった。

ご神域や遊就館の蒸気機関車、戦車などを清掃奉仕させてもらった。

やはり、靖国神社には明確に「ご存在」を感じる。

ちなみに、我が祖父はフィリピンで亡くなっている。

そして、結局、祖父の遺骨は戻って来なかった。

だから、生前の祖母は、墓参りに行った際に、「誰も入っていないから、有難味が無くてねえ。」などと不謹慎なことを云っていた。

現在、その祖母も父も亡くなってしまい、納骨されている。

但し、骨壺は祖母と父の二つ。

だが、お墓の帳簿上は、祖父、祖母、父の三人が入っていることに成っている。

勿論、お墓詣りによって祖父と繋がることは出来るのだが、自分としては靖国神社へ参拝した方が、より濃密に祖父と邂逅出来る気がするのである。

 

自分はかつて、靖国神社境内に泊まり込む機会を得た。

また、サイパン島へも慰霊巡拝に行く機会を得た。

どちらも、夜間に、何らかの「不思議」が有ると云う話を聞いていた。

聞こえる筈の無い音が聞こえたり、存在しない筈の姿を目にしたり。

実は自分は、そう云った怪現象に遭遇することに内心恐怖を抱きながらも、英霊によるものであるのならば是非ともお出ましを願いたいと思って、心待ちにしていた。

ところが、靖国神社境内に於いても、サイパン島に於いても、結局自分は全日程をぐっすりと快眠してしまったのである。

何事も無く、全日程を終了出来たのである。

その時、内心、安堵したのと共に、一抹の無念さを感じていた。

で、こういう「目に見えない世界」について詳しいお方にこのことを話してみた。

「結局、英霊がお出ましに成られなかったということは、まだまだ自分が到らないせいでしょうか?」

すると、あからさまに侮蔑されてしまったwww

「お前は、さしづめ、馬鹿だな。

そもそも、『出て来る』っていうことは、気が付かない奴に対して『思い知らす』ために実行しているのだ。

ところが、お前は、『そういうご存在』を見る能力は無いのだが、『よく解らない』にもかかわらず、既にあらん限りの礼を尽くしている。

もう、これ以上、何をやったら良いのだ?というくらいに実施している訳だ。

そんなお前に対して、何で今更、安眠を妨害し、背筋を寒くさせるような思いをさせなくてはいけないのだ?

お前に対して『思い知らせる』必要が無かったから、何も起こさなかったのだ。」

そして、さも、「情けない」と云う風に指摘されてしまった。

「お前さあ、もっと自分のやって来たことを自覚しろよ。」

 

残念ながら、自分は、自分がいろいろと実施してきた「ことがら」が、結果として、どれくらい「目に見えない世界」に届いているのか、評価出来なかった。

ただ、それは、とんだ勘違いなんだそうである。

やはり、実行したことは、明確に向こうへ到達し、受け止められていると云う。

だから、善い行いも悪い行いも、明確に「目の見えない世界」に届いているようなのだ。

そして、善い行いには善い結果が、悪い行いには悪い結果が還って来ると云う。

まさしく「因果応報」である。

自分は別に、善い結果を期待していろいろと行動をしている訳では無い。

だが、知らず知らずのうちに、いろいろな「種子」を撒いているようなのである。

そして、その「種子」は、芽を吹き、成長をとげている「らしい」のである。

それがどんな「花実」を付けるのか、自分には見当がまるで付かない。

しかし、「撒いた種は、必ず芽を吹き、花実を付ける。

良い種でも悪い種でも必ずそうなる。

そして、自分で撒いた種は、いずれ、自分で刈り取らなくてはいけない。

だから、なるべく良い種を撒くようにしなければ、後々苦労することに成る。」と云う。

 

自分がこの先どうなってしまうのか。

まだ、さっぱり解らないのだが。

既に引退された成宮寛貴氏の報道を見ての私見。

いわゆるLGBTに関して。

LGBTとは、性的な指向が、いわゆる世間一般の「多数派」とは異なる。

また、「表向き」は「タブー」とされてきた「歴史的経緯」が存在する。

宗教的な倫理価値観に於いては指弾される存在と決め付けられてもいる。

だから、自分の本当の性的指向を「容認」出来ないジレンマが存在する。

明確に、LGBTとしての性的指向が有るから、新宿2丁目のそういった場所へ行くわけなのだが、しかし、自分が「LGBT」として周囲から認識されることにも実は嫌悪感が有る。

それは、

・性的指向はLGBTである。

・しかし、周囲からはLGBTと見なされたくない。

・だが、それは欺瞞であり、偽装であり、不誠実であるので、そういう自分の意識に罪悪感を覚え、自己嫌悪と成る。

この、幾重にも累積する負の感情の悪循環にさいなまれていくのである。

「自分はLGBTである!」と割り切れて、自他共に表明出来る人は、既にLGBTについての問題は解決済みの人である。

そうではなくて、自分自身の性的指向について煩悶し懊悩している人へこそ、本当の意味で理解と救いの手を差し伸べるべきであろう。

それには「あなたはあなたの望むべき姿で良いの!」とあからさまな「応援」のやりかたも有るだろう。

だが、「そっと見守る」。

そういう配慮も、人によっては最適な「処方箋」である場合もあると思う。

LGBTだからどうのこうの声高に主張することだけが唯一の「方法」ではなかろう。

ちなみに、どんな素晴らしい「言葉」も「主張」も、不用意に多用した場合、明確に陳腐化する。

つまり、「大安売り」に成ってしまうのだ。

云っている本人は大真面目なリスペクトのつもりなのだろうが、それは傍から見えるとカリカチュアにしか見えないように成って来る。

その証拠に、「平和」「人権」「平等」という語句が、只今現在、何と薄っぺらく安っぽく感じられるように成ってしまったことか!

それは、ひとえに左翼どもの涙ぐましい「運動」の結果である。

だからこそ、今まさに「愛国心」や「自己犠牲」と云った言葉も、是非とも陳腐化しないように、心して意識しないと駄目だと痛感するのである。

私に「肩書」は、無い。

だから、私を「品定め」する際には、その「実物」に触れなければ評価も判断も出来ない。

そういう面では誠に「不親切」であろう。

ただ、私を「評価」して下さる方が、有り難いことに、存在している。

実は、自分自身、何処がどうなのか、解っていない。

自分自身が把握出来ていないのだから、うまく説明出来ない。

にもかかわらず、人が寄って来て下さる。

別に自分は「仕組んだ」訳でも「仕掛けた」訳でも無い。

ただ、自分の出来ることをただひたすらやり続けてきただけのことである。

多分、自分の中から何か得体の知れないものが噴き出しているのだろう。

それを、無視出来ない人だけが、何の「肩書」も持たない自分を評価して下さるのだと、自分はそう一人合点しているwww

本日は天長節、天皇陛下のお誕生日である。

すめらみこと、いやさか(天皇弥栄)!と申し上げたい。

 

さて、いわゆる「御譲位」の件について考えて参りたい。

今上陛下の御譲位は、ご皇室に関して定められた法律、皇室典範に基づいて行われるべきである。

だが、その皇室典範には、陛下の御譲位に関しての取決めがなされていない。

つまり、法制度上、重大な「欠陥」が有ったのである。

そもそも皇室典範は戦前に定められた。

明治・大正の政府の要人にとっては、我が祖国・日本を短期間のうちに「強化」することを強いられた。

当時の世界は「帝国主義」の時代であり、国力が劣る国は、容赦無く「植民地」にされてしまう弱肉強食の非常な時代であった。

気が付けば、アフリカもアジアも、そのほとんどが英仏蘭米独といった欧米列強の植民地によって分割統治されていたのである。

そのような「非常事態」に於いて、日本は鎧兜で身を固めて、刀や槍で戦争する状態だったのである。

日本は、急激に変化を要求された。

変わらなければ呑み込まれてしまう緊急事態だった。

だが、変化には必ず反発やとまどいや揺り戻しが生まれる。

だからといって、停滞している猶予は無かった。

そこで、変化する部分と絶対不変な部分を設定する必要が生じた。

つまり、いくら変化しても絶対不変な部分が残っていれば、その不変な部分を拠り所にして、「安定」させる。

その絶対不変なものが、天皇陛下とご皇室であり、日本神話と神社神道であったのである。

明治時代によって、日本はあらゆる面で激変が強制された。

だが、それゆえに絶対不変な「伝統」を整備し直し、日本人の「安定」と「推進力」を担保させたのである。

「伝統」とは、単に「古くから存在している」ものではない。

継続している、継承されている、ということは、絶えず時代の変遷と格闘した上でその生存競争に勝ち抜いてきたからこそ可能であったのである。

例えば、「初詣(はつもうで)」も古来からのお正月の慣習ではなかった。

そもそもお正月は、年神(歳徳神)を自宅にお迎えするために、外出を控えたのである。

勿論、地域の鎮守様氏神様には参拝をした。

だが、交通機関を利用して参拝する習慣は無かった。

つまり、「初詣」は、交通機関・鉄道が敷設された以降に生まれたものなのである。

ならば、「初詣」は革新的で、日本人古来の伝統からかけ離れた代物なのだろうか?

そうではない。

新しい年を迎えるにあたって神仏に礼拝をする、感謝と祈願を行うという普遍的な要素は全く変わっていないのである。

これこそが「伝統」なのである。

時代は変わる。

状況も変わるし人心も変わる。

だが、そういった万物が流転し、諸行無常の世の中で、何を守り何を残していくのか。

そこが問われているのである。

「伝統」とは、強制される激変に対する抵抗戦の結果である。

だからこそ強靭であり、尊いのである。

明治時代に於いて、天皇陛下が、その時の政治状況や天候災害などでころころ変わるようであっては日本の国家も社会も国民も維持出来得ないという判断が有った。

だから、天皇陛下は「終身」であり、また「明治」という年号も天皇陛下の御存在、一代限りのものにされたのである。

それこそ明治時代以前であるならば、年号も、国家や社会の変化に応じて変わっていったのである。

だから、江戸時代までのような考え方であったならば、日清戦争や日露戦争の終了後には確実に年号は変えられたであろう。

だが、変えることはなかった。

そして、明治天皇陛下の崩御によって、ようやく「明治」という年号が終わり、国民は時代の変遷を「意識」したのである。

明治天皇陛下の崩御が、どれだけ日本国民の精神に時代の変遷を自覚させたのかは、夏目漱石の「こころ」を読めば解る。

だが、大東亜戦争に敗北し、GHQの占領統治を経て、戦後の日本は変わった。

にもかかわらず、天皇陛下やご皇室に関してのことがら、特に法制度の皇室典範は「不変」であった。

天皇陛下やご皇室を取り巻き、御支えする人員も財産も、何から何まで強制的に激変されたのにもかかわらず皇室典範は「不変」であった。

破壊的とまで云えるほどの激変が強いられたにもかかわらず、皇室典範は変えられなかった。

それは、明確に、意識的な不作為による「不変」であったのである。

何から何まで「変えさせられた」にもかかわらず、皇室典範は変えられなかった。

それが結果的に、天皇陛下におかれては、過酷な状況を強いた訳である。

ただ、皇室典範を「いじくる」ことに関してはリスクが不可避であった。

何故ならば、戦後の日本社会に於いて、左翼の人間があらゆる組織の指導層に充満していたからである。

だから、不用意に皇室典範を「改正」しようとすれば、その条文に時限爆弾のような破壊的な条文を挿入される危険性が濃厚で有ったからである。

さて、今年の8月に於ける今上陛下の玉音ビデオによって、「ようやく」この問題が国民の前に突き付けられたのである。

そして、国民は「ようやく」事の重大性を実感したのである。

御譲位に関しては、今上陛下のご高齢と陛下ご自身の強いお気持ちを考慮するのであれば、その実施は緊急でなくてはならないだろう。

つまり、まずは、今上陛下御譲位ということを第一に考慮したやり方でなくてはいけない。

ならば、まずは「特例」としての「特別措置法」として、皇室典範の法制度不備を補完するべきであろう。

しかしながら、それは所詮「一時しのぎ」であり、欺瞞的と指弾されても致し方無い。

だが、この喫緊の課題である御譲位は、緊急避難として対処するしかなかろう。

但し、今上陛下の御譲位と並行して、皇室典範そのものの改正を目指していくべきであろう。

例えば、御譲位の特別措置法の条文の中に、「本法は平成29年現在の在位中の今上陛下のみに適用される。皇室典範は、本法の制定から○年以内に改正されることとする。」と明記すれば良かろう。

現在の天皇陛下とご皇室の「現状」と皇室典範が制定された時の「状況」が大きく乖離している以上、皇室典範の「改正」は不可避である。

だが、自分は、そもそも皇室典範を「法律」とし、現法制度内に包括されることについて異議が有る。

皇室典範は、あくまでご皇室内でのことであり、云ってみれば「家の中の規約」と云えよう。

現在の我が国の政府、つまり「政体」は共和制である。

だが、我が祖国・日本の「国体」は君民一体の「広義」の君主制である。

共和制の「政体」による「法律」で、君主制の「国体」を規定し、支配することは重大な齟齬である。

だから、自分は皇室典範を日本国政府の「法律」してはいけないと考える。

もっと云ってみれば、日本国憲法をはじめとする「法律」は、あくまで近代国家の産物であり、「普遍的」では有り得ない。

むしろ、皇室典範とは、憲法よりも上位の「伝統的慣習法」として認識されるべきであろう。

それに、日本国憲法はあくまでGHQが占領統治を行うにあたって一週間足らずの短期間で無理やりの急ごしらえで、その草案を作った。

その作成チームには日本人は一切存在せず、しかも法律の専門家は皆無であった。

つまり、素人が軍政当局から現実追認で作らされた代物でしかないのである。

それをGHQが、軍事的強制力を以て日本国政府と国会に「憲法改正」というかたちで強要したのである。

これは事実上、「マックアーサー占領基本法」であり、「日本国憲法」という「名」に値しない。

それを有り難がっているようであるならば、本当の意味での「民主主義」や「自主独立」ということは実現不可能だろう。

国家とは何か、社会に真に求められた法制度とは何か。

そして、「伝統」とは何か。

それが我々日本国民に対して問われているのである。

今日の「良き日」に、改めて、この課題に対して真摯に向き合いたいものである。

平成28年12月20日に日本国政府が「同一労働同一賃金」実現のためのガイドライン(指針)案をまとめた。

自分はしがない派遣労務者なので、まさに「当事者」に該当するため、大変興味深く拝読した。

だが、意識してなのか、無意識からなのか、この“問題”の根本的な問題点の捉え方が間違っているような気がした。

それは、「正社員」という「存在」と「非正社員」という「存在」が別個に、確固として存在しているという認識なのである。

確かにそれは、現状に於いては「事実」なのであるが、問題点を解決するにあたっては、「表層的な事実」にばかりこだわっていたならば、必ず的外れに成る。

そもそも、高度経済成長期を経た日本の「職場」は、その「構成員」のほとんどは「正規雇用者」つまり「正社員」だったのである。

ところが、バブル経済崩壊後のデフレによって、各企業は否応無く、「経費削減」が急務に成ったのである。

結局、「経費」の中で、一番効果的な「削減対象項目」は「人件費」だったのである。

特に、「終身雇用」「年功序列」の賃金体系制度に於いて、中高年層の人件費削減は、劇的な帳簿上の数字の改善と成って現れた。

だから、赤字続きの「事業部」が、部長とその同期の課長が二人とも定年退職に成ったら、一気に「黒字転換」してしまった、という現象が見られたのである。

そこで、「肩叩き」「早期退職要請」である「リストラ」が猛威を振るった。

さらに、新入社員の採用を抑制した。

そうやって、職場での「人減らし」をひたすら推し進めていった結果、ついに「職場」での最低限必要な人員を割り込むような状況にまで到ったのである。

で、半年、一年は、「各自奮闘努力セヨ」でもって、個々人の「頑張り」でもってしのいでいたが、所詮は「無理筋」だったので、「過労」で倒れる者が続出しはじめた。

ついには「過労死」する犠牲者まで出現し、職場の「戦線崩壊」が危惧される事態まで追い詰められたのである。

最早、「人員」は削減出来ない。

しかし、「固定経費」たる「人件費」は増やせないし、出来れば更に減らしたいのである。

そこで、「従業員」ではあるが、「社員」ではない、「非正規雇用者」という、誠に「都合の良い」存在が蔓延したのであった。

つまり、「従業員」へなるべく給与を払いたくない、という「欲求」が根強い限り、この「問題点」は、絶対に解決することは有り得ないのである。

「理想」としては、「正規雇用者」(正社員)と「非正規雇用者」(非正社員)の「格差」を無くしていくことにあるのだが、上記のとおり、「給与をなるべく支払いたくない」という魂胆が有るから「格差」が必然的に発生するのである。

だから、折角、「非正規雇用者」でもって「正規雇用者」よりも安く使えるようになったのに、「なるべく同じにしろ!」と指導されても、それならそもそも「正規雇用者」から「非正規雇用者」に切り換えたことの「意味」が無くなってしまう。

だから、「正規雇用者」と「非正規雇用者」との「格差」を解消する、そういう「解決方法」は、現在の「正規雇用者」の「待遇」を、現在の「非正規雇用者」の「待遇」にまで引き下げることでしか有り得ないだろう。

給与体系、福利厚生、身分の安定さ、それらもろもろの「労働者の権利」を引き下げる、と云うことに成る。

ただ、それは「戦後の労働運動」もしくは「戦後の労務法制」の「変容」を意味する。

もっと云えば、「敗北」を意味する。

正社員はもとより、労働組合や関係省庁、そして政治家や学者に到るまで猛反対することに成る。

だが、既に、我々の「職場」や「社会」は、そこまで「構造劣化」していることを真摯に受け止めないといけない。

もし、無理やり、政府などの役人や政治家たちが、短絡的に「同一労働同一賃金」を「制度化」したならば、現在の「非正規雇用者」の数が激減するだろう。

多分、企業や「職場」は、「従業員」を「自前」で持たなく成る。

つまり、丸ごと「外部発注」(外注)することに成るだろう。

それは、土木建設現場のような「多層的な下請け構造」であろう。

つまり、現在は、「個人単位」の派遣社員であるのだが、今後は、或る「職場」「部署」「現場」を担当する「グループ」が外注と成り、下請けに成るのだ。

当然、「給与体系」は「適用外」と成る。

外注先の下請け企業には、独自の給与体系が存在するからである。

で、「セクション」ごと外注にしてしまえば、「同一労働同一賃金」に成る。

但し、それは劣悪な方へ引き下げるかたちで。

これは、とても重要な問題をはらんでいる。

というのは、「構成員の組織への帰属意識」が、間違い無く「稀薄化」するからである。

「職場」そのものは、一流大企業が「所有」しているのであるのだが、そこでの「従業員」は、一流大企業の「給与体系」が適用されないのである。

ならば、「従業員」は、どちらに向いて「帰属意識」を持ち得るのだろうか?

それこそ「忠誠心」はどうなるのだろうか?

かつて、中世の日本人の価値観は「御恩と奉公」であった。

それは、絶対的で倫理的な「忠誠心」ではなかった。

俸禄や領地といったかたちでの「御恩」に対する「見返り」「対価」としての身命を賭した「奉公」であったのである。

だから、「元寇」によって、蒙古勢襲来を撃退したものの、「賠償金」も新たな領土も得られなかった鎌倉・北条得宗家幕府は、御家人たちに対して「御恩」を給与出来なかった。

と云うよりも、給与しなかったのである。

そこから「鎌倉武士」たちの幕府への「求心力」は、「遠心力」へ転化してしまい、そこへ後醍醐天皇という極めて激烈で個性的な「帝」の登場によって、「倒幕」という時代の急変に到るのである。

このまま、日本の「職場」や「社会」に於いて、「組織内の空洞化」が進んで行けば、間違い無く、激烈な転換を迎えるだろう。

そう云えば、歓楽街での路上の「客引き」で、大きな変化が見られた。

「フリーランス」の「客引き」である。

本来、「客引き」とは、自分が所属する「店」へ、路上の「客」を引っ張って行くことだった。

ところが、「客引き」の摘発が進むことによって、「店」は「客引き」を抱え込むリスクを拒否するようになったのである。

つまり、「客引き」が摘発されても、「店」が処罰されないようにしたくなったのだ。

そこへ、「フリーランス」の「客引き」の「需要」が生まれたのである。

「客引き」は、もっと大金を稼ぎたい。

「店」は、「客引き」との「雇用関係」を無くして「後腐れ」が無いようにしたかったので、多少お金がかかっても「フリーランス」に「外注」するように成った。

まさしく歓楽街の路上の「あだ花」と云えよう。

だが、ここで注意したいのは、「組織」が「従業員」を抱え込む、つまり「雇用関係」を持つことに「リスク」を感じるように成ってしまった、という点である。

しかしながら、「人と人とのつながり」というのは、金銭の授受だけでは、非常に明快ではあるものの、脆弱であるのだ。

それは、歴史を紐解けば明確である。

かの「世界帝国」であったローマ帝国は、395年にいわゆる「東西分裂」をきたす。

だが、フン族の西進からゴート族などのゲルマン民族の大移動によって、西ローマ帝国は滅亡する。

西ローマ帝国の滅亡に関しては、実は紆余曲折が有るのであるが、その大きな要因として「軍隊が傭兵だった」という点が有る。

「傭兵」というのは、「プロの兵隊」であるが、現在の我々が「職業軍人」というかたちでの感覚とは正反対である。

与えられた報酬によって、どのような「動き方」もするものであった。

つまり、「裏切り」や「戦線離脱」「怠業」、何でも有りだったのである。

ところが、「蛮族」と蔑んで居た筈の異民族の方が、戦闘に於いては強靭だったのである。

「蛮族」は、いわゆる地縁血縁の強固な連帯感、帰属意識が有った。

また族長制であり、個々人の「意思」よりも、族長という組織の「長」の「意思決定」に絶対服従だったのである。

それが、「命のやりとり」といった極限状態に於いては、決定的な強さの差として顕現したのである。

だから、それ以降、封建時代、絶対王政と、「傭兵」は主流ではなくなる。

つまり、自分たちの土地は自分たちで自衛する、という意識が主流と成るのだ。

さらに、フランス革命に於いて、「革命防衛戦争」に勝利するために、国民義勇軍が結成される。

つまり、民主主義が国民皆兵・徴兵制を生んだのである。

民主主義こそが、徴兵制を生み、最終的には「総力戦」をも生み出すのである。

封建社会ならば、国民全員が総動員されることは無かったのだから。

まだ「国民」という「意識」そのものが曖昧糢糊だったのだ。

それはさておき、「組織」が「構成員」の「帰属」にリスクを感じるように成ったならば、むしろ「個人」としての優劣が極端に評価されることに成るだろう。

つまり、「個人」として「優秀」であるのならば、あらゆる「顧客」から「フリーランス」としての依頼発注が寄せられるからである。

それは、従来が「組織」(企業)というかたちで、枠組みが明確な「硬質」な「人間関係」であったものが、その「プロジェクト」ごとに、あらゆる「フリーランス」を募集して「チーム化」し、成果が上がったならば、利益を分配して、「チーム」を「解消」する。

つまり、「人間関係」は維持しつつも、上下関係や担当部署まで割り当てが決定されているような「組織」ではなくなるのだ。

それは、「緩やかな関係性によるネットワーク」とも云える、融通無碍なものに成るだろう。

だから、優秀な「個人」は、それこそ依頼が殺到する。

当然、「個人」という「個体」と密接な評価でもって外注費の金額が設定されるので、「固定給」のような金額とは比較に成らない程多額なものと成る。

一方、その時、その時に、或る定型化された業務を依頼されるような業務は、必要に応じて募集される。

勿論、「誰でも良い」「代わりはいくらでも居る」ようなことになるので、支払われる金額は少なく成る。

これは、かつての「寄せ場」である。

「こういう仕事が有るから来ないか?」と云われて、集められる人々である。

かつては、ヤクザの日雇い求人業者が、駅前で立っていて、集まったらトラックの荷台に乗せて建設現場まで運んで行ったものである。

それが、これからネットやスマホで行うかたちとなろう。

間違い無く、貧富の差が拡大する。

さらに、こういう「職場」と成るならば、構成人員が絶えず流動化する訳であるから、業務遂行事項に誤解が生じないようにしなくては駄目である。

つまり、徹底的に明確化された指示でなければ、業務は混乱してしまう。

だから、「空気を読め」「以心伝心」「察しろ」「気を使え」といった、従来のようなナアナアな業務遂行では絶対に立ちいかなくなるだろう。

ここまで見て来ると、今まさに、日本人の「仕事観」が根本的に作り替えられる時機が到来しつつあるのかもしれない。

だが、これで良いのか?

「優秀である」とされる者と、その他大勢の「使えない奴」に峻別され、どこに帰属したら良いのか解らずに、フワフワと漂流するような、そんな時代を迎えるということに成るとも云えよう。

「優秀な人」ならば、縦横無尽に伸び伸びと活躍出来て、しかも、高額な報酬を得られることになろう。

だが、自分のような低学歴で、語学力が皆無で、浅学菲才な者どもは一体どうしたら良いのだろうか?

武田信玄は「人は石垣、人は城、情けは味方、仇は敵」と称したと云われる。

各個人に応じたかたちで、組織や職場が、もっと寄り添う「意識」を持つべきなのではないだろうか?

期末決算の数字の良し悪しでもって、職場の人員を安易に操作するのは、やめていくべきなのではないだろうか?

それには、やはり、企業の「会計基準」を変えていくべきなのではないだろうか?

具体的には、「人件費」は「固定経費」ではなく、「長期的投資」であるという「価値観」である。

そもそも、「組織」とは人と人とが結集して構成されるものである。

その構成要素である人を、無視したり、忌避したりして、果たしてその「組織」は存在する意味が有るのだろうか?

自分は貧しさゆえに、只今現在、今流行りのスマートフォンを持てずにいる。
だが、周囲の方々の様子を目にするにつけ、スマートフォンを持つことに躊躇(とまど)いが出て来た。
スマホの特色は、「常時接続」である。
つまり、いつでもどこでも、インターネットに接続出来る。
また、映像も見ることが可能なのだ。...
大変便利だし、何よりも「退屈」することが無い。
だが、この「退屈」すること、これが全く無くなってしまうというのは、実は良いことなのだろうか?
自分は、「常時」あらゆる「情報」に「接続」し続けることに耐えられないように思う。
自分は、「頭が悪い」から、「情報」から「遮断」される「時間」がないと、多分、脳みそが煮えてしまうと思う。
ちなみに、自分は、通勤電車の中で、ぼーっと突っ立っているうちに、3本から4本ぐらいの文章を書く「ネタ」が思い浮かぶのである。
多分、スマホをいじくるように成ったら、逆に何も書けなく成るような気がする。
機械が利口に成った分だけ、それに接する人間は愚かに成るのかもしれない。
だから、めちゃくちゃ頭が賢い人でないと、利口な機械に接することは「危険」なような気がするwww

或る大手生保会社が、定年65歳にし、最長定年70歳まで延長にするという。

さらに、給与も、定年延長後も、現役時とほぼ同額にするという。

理由としては、「人手不足」という。

何だかなあ。

要は、新人を一人前に育成するコストよりも、定年延長した方が「良い」と判断したのだろう。

利点は三つ有る。

一つは、正社員の減少を防げる。

最近の新入社員は、折角、採用されても3年以内に相当の割合が退職すると云われる。

かといって、あまり事前に「流出人員数」を見越して、大量採用する訳にもいかない。

つまり、組織への「入り」が不安定ならば、「出」を調節すれば良いということである。

勤続20年、30年という正社員ならば、突然、「この仕事、自分に合っていないんです。」などと云って辞めたりはしないからだ。

二つ目は、育成する手間が省ける。

「保険」という「商品」は、「物品」でないため、その「商品」を「理解」するのが比較的難しい。

また、ちょっと前提や設定条件の組み合わせが変化するだけで、保障内容も変化し、当然、毎月の保険金支払額も変動する。

今はコンピューターでの自動計算なので、以前よりかは簡便には成っただろうが、顧客からそのコンピューターへ入力するにあたっての前提や設定内容を聞き出して、納得させるという外交交渉能力が問われて来る。

こういう対人交渉能力は、やはり経験が必要で、新卒新入社員を「一人前」に育て上げるまでは、なかなか生産性は上がらない。

ならば、定年延長したベテランにそのまま従事してもらった方が良い。

三つ目は、いざと成ったら退職してもらいやすい。

つまり、既に年金が支払われる段階まで進んでいる訳なので、もし、企業の業績が悪化し、どうにもこうにも人員整理をしなくてはいけない状況に追い込まれても、30代、40代の正社員と違って、「リストラ」(というより解雇)しやすい訳である。

一見、「高齢化社会」に対応し、時流に先駆けた方針に見えるが、そこは「善意」だけではなく、ちゃんとした「計算」が為された結果のことである。

しかし、これで良いのかと自分は一抹の疑問を感じる。

いくら若年層人口が減るとはいえ、新卒新入社員を基本とした「採用」制度のもとで、大胆な定年延長を導入して果たして大丈夫なのだろうか?

それに、自分は、本当に「人手不足」の状態であるのかどうか、疑問が有る。

今、日本の各職場で、本当に「人手不足」なのか?

只今、アベノミクスによる好景気でたまたま「人手不足」に成っているが、しかし、2020年の東京オリンピック終了後は、果たしてどうなのか?

多分、各経営者は、「その先」を見通せていないのだろう。

先行き不透明な状況であるならば、何よりも「リスク回避」という対応に成る。

だから、只今現在は人手不足だが、状況が急変したらすぐに「清算したい」というのが「本音」だろう。

結局、組織内に多数の人員を抱えることを忌避する傾向は変わりが無いのである。

組織に於いて、職場に於いて、人間が要らない。

そういう傾向は変わっていないように私は思う。

しかし、「経費がかかるから人間は要らない」という方針が有っても、人間は存在している。

それらの人間は生きていかなくてはいけない。

生きていくには、当然、お金がかかる訳である。

ならば、職場に行けなくなった人間は、どこからお金をもらうのだろうか?

そうやって「生活保護」制度に、全部ツケ回しにして、それで日本の社会も国家も維持出来るのだろうか?

現在、今一つ、景気が上向かないのは、ひとえに国民全体の「不安感」から起因している。

経営者は、いつまでこの好景気が継続するのか不安。

勤労者は、いつまでこの職場で、この賃金と待遇で勤務出来るのか不安。

さらに、病気や介護や地震などの天災に直面することへの不安。

これらの「不安感」が、景気の更なる飛躍を阻んでいるのである。

つまり「この先、何とか成るさ。」といった、「安心感」こそが最大の景気浮揚策と成る。

自分は、やはり、政治が貧困問題により一層全力で取り組む姿勢を鮮明に示さない限り、上手く行かないと思う。

と同時に、国民の側も、役所からお金をもらうことばかりあてにしていてはいけない。

国民の中から、相互補助(互助)のセーフティーネット構築のムーブメントを起こして行かないと駄目であろう。

科学技術の目覚ましい進歩と発展は間違いないだろうが、それだけで世界的な貧困問題の解決には到らないだろう。

地球上の化石燃料の埋蔵量は、刻々と減少していくのである。

現在のような産業活動をどれくらいまで拡大させ、その期間があと何年間なのか。

その試算から、全世界の産業活動に於ける「富」の全生産額が算出可能であろう。

そして、今後、世界の総人口がどのような傾向に成るのかも、おおよそは試算可能であろう。

それらを突き合わせてみた時、一人当たりに幾らの「富」が算出出来るのか?

勿論、「富」の偏在は一層大きな格差と成っていくだろう。

どの地域で、どのような格差と成るのか。

現在、国際政治の行く末は、まさに「五里霧中」である。

だが、資源と経済成長と人口の増加・減少の傾向は、或る程度は予測可能であろう。

だから、もっと「第一線」の方々には、本当にシビアに取り組んで欲しいと、一介の派遣労務者でしかない自分は、願ってやまないのである。

「知識」にしろ、「情報」にしろ、ただ単にたくさん「知ってい」れば良いのではない。
どう「使う」か、どう「作用させる」のか、であろう。
だから、或る「知識」は、それに「相応しい」場面や状況で使わない限り、「価値」は無い。
逆に、本当に必要としている場面や状況で使った場合、その「効果」は絶大であり、成果が出せるのである。
これは「トランプ」に似ている。...
トランプは、手札の強弱、優劣で、そのゲームの勝敗の確率はだいたい決まるのであるが、勝敗そのものの結果はまだ定まっていない。
ゲームの途中に於ける、札の裁き方が最終的な勝敗を決定する。
知識も情報も、多い方が良いし、良質な方が優れているのは当然である。
だが、それをどう活用するのか。
それが問われて来る。
だから、敢えて「出さずに伏せておく」ということも重要なのである。
人生もそうである。
その出自や気性、能力や体力、そして運。
これらは或る程度事前に規定されており、その有意差は認めなくてはならない。
しかしながら、「恵まれた」人物が、果たして望ましい生涯を全う出来得るかというと、それは必ずしもそうではない。
明らかに「恵まれていない」人物が、「頂点」を究めることも有り得るのである。
人生も「生き方」次第と云えよう。

「ファザコン」と揶揄されるだろうが、とにかく亡父は凄かった。

以下、その一例として、亡父の年賀状に関する逸話を書き留めておく。

 

亡父は、会社を退職した時、会社関係、つまり仕事関係の「つきあい」の方々へ「退職通知の挨拶」のハガキを送付して、「以後、年賀状は無用」と詫びを入れた。

さらに、数年に一度、敢えて年賀状を書く時期を、新年に成ってから行った。

生前は、単なる不精、怠惰によるものだとあきれて見ていたが、今考えると、敢えて「出さない」年を設定したようであろう。

つまり、自分から「欠礼」することによって、「年賀状」の数を徐々に減らしていったのである。

こちらから「欠礼」してもなお年賀状を送って下さる方々に対してだけ、年賀状を出していたのである。

さらに、折りに触れて、「そろそろ年賀状のやりとりを清算したいと思います。」といった「やりとり」をしていたようである。

だから、往時、100枚を超えていた亡父の年賀状は、死を迎える年ぐらいには30枚弱まで減っていた。

そういう意味では、亡父は極めて緻密な人だった。

残念ながら、亡父のそれら怜悧で緻密で思いやりの有る「要素」を自分はあまり受け継いでいないように思う。

不肖の愚息であると嘆じている。

平成28年12月17日現在、「現時点での世界最高のサッカー選手」と云われるクリスティアーノ・ロナウド選手が日本に滞在中である。

自分はサッカーに関しては良く解らないので、彼の飛び抜けた凄まじさが今一つピンと来ない。

ただ、彼の鍛え抜かれた筋肉を見れば、自己管理を徹底しているストイックさがうかがえる。

このロナウド選手は、現在31歳だというのだが、年俸が日本円で約57億8千万円らしい。(フォーブス誌の記事によると)

これを単純に一日あたりで計算すると、日給で1583万円余というとてつもない金額に成ってしまったwww

ちなみに、自分は現在、毎日の日給は6000円である。

勿論、そこから所得税と雇用保険料が引かれる。

年金と健保は国民年金と国保なので、手取りの中から納付することになる。

もう、体力的に休み無しで働けないので、月収20万円に届くことは無くなった。

以前も書いたのだが、派遣先の「事情」で、残業が無くなったのである。

まあ、その分、労働時間が短くなったので楽には成ったが、当然ながら収入も減ってしまった。

一方で、睡眠時無呼吸症やアレルギー体質であるための「持病」がそれぞれ毎月必ず医療費としてかかる。

文字通り、かつかつである。

それはさておき、先程のロナウド選手の「日給」と自分のそれを比較すると、2638対1に成る。

つまり、自分の2000倍以上もロナウド選手は収入が有るのだ。

勿論、それは、ロナウド選手が、それだけの報酬を貰えるだけの「富」を生み出しているからに他ならない。

つまり、経済的な生産性に於いて、ロナウド選手は毎日毎日、それこそ3000万円ぐらい稼いでいるのであろう。

ロナウド選手という「存在」によって、莫大な金銭が動いているということである。

一方の自分は、一日汗水流して働いても、一万円「生み出せる」かどうか。

この違いは何なのであろうか?

それは付加価値である。

しかも、ロナウド選手という「個人」そのものが有する、属人的な要素である。

それが、スーパーアスリートとしての「才能」であり、「実績」なのである。

凡百のサッカー選手とは、明確に「差別化」出来得るまでの好プレーと勝負強さ(決定力)を有するがゆえに、ロナウド選手には莫大な付加価値が付いたのである。

一方の自分は、はっきり云って、「他に代わりは幾らでも居る」のである。

何も、自分という「個人」に「限定」されたかたちで評価がなされるのではないのだ

あくまで、その仕事場に於ける、1名の派遣社員が生産するだけの「金額」に応じた「給与」が支払われるだけなのである。

いわゆる「所得格差」とは、その「職場」が「人件費」「労賃」として支払い可能な「限度額」の格差として発生する。

それは、その「職場」の「生産性」そのものを反映した評価額である。

具体的に云えば、「組織の規模」「収益性」「属人性の割合」が、そうである。

大企業と中小企業では、やはり、賃金体系は異なる。

また、企業体の規模がほぼ同等であったとしても、収益が高い組織の方が、人件費を高額に設定出来る。

そして、同じ企業でも、専門性や能力でもって、賃金や報酬は違って来る。

同じ企業内で、しかも「正規雇用」の正社員であっても、営業職と補完部門では給与基準に違いが出て来る。

日当やインセンティブ、残業代の有無など。

さらに、管理職や役員に昇進すれば、もっと賃金や報酬は増額されていく。

管理職や役員の賃金や報酬が、何故、一般社員よりも高額なのか?

それは、企業体組織に於ける「生産性」が高いからである。

管理職は、組織を管理し、部下を指示し育成していく。

つまり、管理職への給与は、その担当部署そのものの生産性から算出されるのである。

また、役員は、その経営戦略判断によって、企業体組織そのものの命運を左右する訳である。

だから、その企業体組織そのものの生産性を決定付ける責任が有り、その責任ゆえに役員報酬が企業体組織の業績から算出されるのである。

これで云えることは、一般社員ならば、自分独りの身の回りの仕事「だけ」に没頭していれば「合格」なのである。

しかしながら、管理職や役員へと昇進していったならば、必然的に管理する部署組織全体の業績が問われて来るのである。

だから、「個人プレー」は抜群でも、「チームプレー」を指導するように成ると全く精彩を欠くような人が出て来るのである。

現在の「組織」に於いて、その人事評価の尺度は、まず、一般社員「個人」として業績を上げられたかどうかが問われる。

だから、まず個人としての「売上実績」の良し悪しでもって、その「組織」の「幹部候補生」が選別されることと成る。

だが、そういう人事評価基準に於いては、かの「漢の高祖・劉邦」のような人物は絶対に浮上出来ないのであるwww

一昔前の企業体組織に於いては、創業者一族関係の「縁故採用」や大学の教授推薦といった、正規の採用ルート以外の人員供給システムが有った。

そのどちらも、即現場で対応出来る人員ではないのだが、そういった多種の背景から参入して来た人員によって企業体組織は多様性を有していた。

勿論、それが「足手まとい」に成り、組織全体の生産性を下げる要因に成っていた場合も有っただろうが、中には「数値化不可能」な面での貢献をしていた人員も居たのである。

例えば、今で云うところの「癒し系」の人である。

納期末や年度末の切羽詰った職場に於いて、社員各自、感情的に余裕が失われていく中で、それほど仕事の能力は抜群ではないものの、嫌な顔をせずにニコニコと周囲に接している人が居ると、その職場は何とか回っていったりするものである。

こういう人材は、だいたい正規の採用ルートから参入することは稀れであるがwww

勿論、どうにもこうにも成らない、周囲にとっては不快な存在の「人材」ならぬ「人“罪”」は、そのうち「退出」されたり「隔離」されたりしたのであった。

現在の職場はいったいどうなっているのだろうか?

人事採用の「公平」「公正」といった点から云って、そういう人員はなかなか参入することは無くなっているのだろう。

だが、「荘子」にも「無用の用」と云う。

「人間」というものをどう評価し、さらに「組織」に於いては、どのように配置をしてどのように機能してもらうのか。

そこのところは、もっと意識的に掘り下げて考慮する必要性が有るように思う。

 

現在、「才能」とは「どれだけ金銭を稼げるのか」ということに直結している。

例えば、三流芸人に過ぎなかったジミー大西は、その独特の絵画のセンスによって、「画伯」とまで呼ばれるようになった。

また、色紙をちぎって絵を完成させた画家・山下清も、作家の東田直樹も、単なる「保護対象者」ではなく、「先生」と呼ばれる芸術家に成った。

何故なら、彼らの絵や本が売れたからである。

つまり、経済的に「富」を生産する「要素」で有り得るのであれば、それは「才能」として評価される。

LGBTや性同一障害で苦悩する人も、その美的センスや会話の妙でもって「稼ぐ」ことが出来たならば、「才能」として認知されるのである。

また、盛り場のゴロツキであった粗暴な奴も、格闘技に於いて「稼ぐ」ことが出来たならば、「才能」として賞賛を浴びるのである。

そして、その「才能」は、その「才能」が稼ぎ出した金額に応じたかたちで報酬が与えられ、経済的に成功していくのである。

さらに、「才能」は、その「個人」そのものと不可分であるために「属人的」であり、その「個人」そのもののへの金銭的な評価と成っていくのである。

要は、「こいつは稼げるのか?」という問いに応えられた人間のみが「才能」を有するのである。

だから、「とにかく凄い!」という感触だけでは、それは「才能」とは呼ばれ得ないのである。

今日の「経済至上主義社会」に於いては、人間のあらゆる「要素」が、金額によって評価が「可能」であると、「想定」されているのである。

だから、お金を稼げない人間は「無能」であり、貧困であって当然であると見なされるのである。

これが良いとも悪いとも、敢えて自分は結論付けない。

何故なら、現在は、そういう価値基準で評価する「時代」であり、「状況」であるからなのだ。

そして、かつて、それ以外の価値基準で評価した「時代」や「状況」が必ずしも「生きやすい」ものであったかどうか、それは甚だ疑問であるからである。

とにかく、現時点に於いて、どれだけ金銭を稼いだのかが肝要なのである。

だから、さしづめ日給6000円しか貰えない自分は、「無能」であると断定して差し支えがないのであるwww

産経新聞系のサイトで「IRONNA」が有る。

その記事から平成28年12月16日産経新聞朝刊に、「情報を万引き&転売してカネ儲けするDeNAの「組織犯罪」」と云う記事が載った。

藤本貴之(東洋大学准教授・博士/メディア学者)

IT大手のディー・エヌ・エー(DeNA)が、いわゆる「まとめサイト」を運営していた。

だが、医療関係記事の「まとめサイト」に於いて、医学的な知識が無い、つまり、単なるアルバイトなどの「作業員」が、ネット上のそこらじゅうのサイトから「掻き集めて」来たものだった。

1字あたり0.5円だとかで、しかも、多少表現を変えて「無断転載」のかたちならないようにしたとか。

また、「本サイトは一切責任を負いません」みたいな一文も明記していたとか。

そういう「やり方」だから、肩の痛みなどの症状で、「霊によるものとも」などと、およそ医療関係者の文章とは思えないような表現がいけしゃあしゃあと掲載されていたとのこと。

いくら、「玉石混交」が「前提」であるインターネットであっても、これは酷過ぎた。

特に、今や「IT大手」となったDeNAである。

横浜ベイスターズというプロ野球チームを「所有」するくらいの「大企業」なのである。

このあまりにお粗末さには、反吐が出るくらいである。

それはともかく、このような事態は、藤本先生が指摘されたように、だいぶ以前から予想されていたことであった。

私から云わせてもらうと、インターネットを利用する人々の「意識」の問題であると思う。

つまり、「知識」や「情報」に対する「畏敬」の念が、最早皆無に成ったということであろう。

かつて、「知識」や「情報」を得ることは、大変なことであった。

歴史をさかのぼれば、それはまず「伝聞」というかたちであった。

年寄りや旅人などから昔のことや遠方のことを耳で聞くしかなかった。

そして、そのうち、「読む」という「手段」が出て来た。

だが、「書物」は世の中に出回っておらず、所有するには大変な費用が必要だった。

けれども、「書物」ならば、入手すれば、いつでもどこでも読むことが出来た。

そして、書物は本や辞典や事典となり、新聞や雑誌に成った。

「知識」や「情報」を得るには、それらを入手し管理する為のお金が必要であった。

つまり、「知識」や「情報」は、富や権力と不可分であったのである。

そして、「知識」や「情報」は、本などの紙媒体の「物質」に属する「属物的」なものであったのである。

だから、「知識」や「情報」を得るためには、本や新聞、雑誌を「購入」しなくてはいけなかった。

そこで、「知識」や「情報」を得るためには、お金を支払わなくてはいけない、という「前提」が存在していたのである。

ところが、インターネットの誕生によって、「知識」や「情報」の発信者と受信者は、一気に爆発的に増加した。

誰でもネット上で「知識」や「情報」を発信出来る。

そして、誰でも、「無料」でほとんどの「知識」や「情報」を入手出来る。

そういう「画期的」かつ「革命的」な変化が起こったのである。

これは、「データ化」である。

インターネットに於いて、「データ」は、瞬時に複製と拡散が可能である。

つまり、「データ化」されたもの、写真であれ、映像であれ、音声であれ、文字であれ、それらは瞬時にいくらでも複製可能であり、また受信する者ならば、億単位の人々が閲覧することが可能に成ったのである。

しかも、「無料」で、だ。

勿論、情報回線の使用料金など、全くの「無料」と云う訳ではない。

また、閲覧される「発信者」に対しても、全く「報酬」が無い訳でも無い。

ただ、その「報酬」は、閲覧訪問者数に対しての広告閲覧料金としての「評価」である。

つまり、地上波民放TVの形態と同じである。

民放TVの視聴者は、そのTV番組を視聴することに対して、「直接的」な金銭の支払いは行っていない。

だが、「間接的」に、番組提供企業の「商品」を「購入」することによって、番組制作に関する費用を支払っているのである。

とはいえ、視聴者は、その民放TV番組に対して、自分の財布からお金を支払ったという「自覚」は持つ事が無いだろう。

それと同様である。

いや、もっと徹底されているだろう。

今や、「知識」も「情報」も、あらゆる「知的コンテンツ」は、「データ化」され、インターネット上で飛び交ったならば、瞬時に拡散していくのである。

だが、それによって、「木戸銭」も「拝観料」も「印税」も支払われることは無いのである。

一部、「ペイビュー」というかたちで、お金を支払いことが前提に成っているサービスも存在はしている。

だが、それも、「無断コピー」したりしてアップしてしまう「不心得者」が居れば、「ただ見」されてしまうのである。

既に、「音楽」の分野では、明確に成っている。

かつては、レコードやテープ、CDなどの「記録媒体」を「商品」として「販売」していた。

つまり、「音楽」は「記録媒体」という「商品」と一体化し不可分の関係であったのである。

それ以外は、ラジオや映画、TVなどで採用された場合に、享受することが出来た。

ところが今や、ネットに於いては、動画サイトなどで、いくらでも「聞く」ことは出来る。

むしろ、ネット上で「認知度」が上がり、評判に成れば、「有名」に成れる。

そして、超「有名」に成れば、TVや雑誌などのメディアが取材に来る。

何よりも、超「有名」に成ることによって、コンサートにたくさんの観客がやって来るのである。

多分、今の音楽関係者は、データ配信での「収益」ではなく、コンサートなどの「興行」での「収益」がほとんどなのではないだろうか?

つまり、「記録媒体」としてのレコードなどでは、かつてのような利益は得られない。

その分をライブでしっかりと儲ける。

そういう収益方法に変化しているように思う。

一方の、「文字」などの「表現」はどうであろうか?

いくら苦労して書いても、ネットに上がった途端に、「無料」に成るのである。

そんな風であるならば、いずれ、知的コンテンツの制作は、全く儲からない構造に成るであろう。

これは、ひとえに、「知識」や「情報」に対する「畏敬」の念が無くなったことによる。

だから、本当の意味で、重要な「知識」や「情報」は、インターネットで晒されることはほとんど無いのである。

一方、「知識」や「情報」への「畏敬」の念は無くなるということは、「知識」や「情報」に対する接し方などのノウハウが劣化することに成る。

つまり、明らかに「虚偽」であろうと思われる表現でさえも、「ネットで出ていたから」という一点のみで無批判で鵜呑みにしてしまうのである。

現在、インターネットでの「表現」で致命的なのは、「監修者」が不在なことである。

例えば、サイト上での「質問コーナー」に於ける、「ベストアンサー」である。

これも、本当に、「正確」で「妥当な」「回答」であるかどうか、実は定かではないのである。

その「質問コーナー」に来訪したユーザーたちの「イイネ!」による、サイト上の「多数決」「民主主義」によって、「ベストアンサー」が決まってしまうのである。

だから、「宗教」絡みの質問には、一部のカルト教団の関係者が大挙して「イイネ!」を投票するために、正確な回答には成らず、著しく偏向した回答も存在するという。

今回の事件によって、いわゆる「まとめサイト」は、その運営管理が厳しく見られていくことであろう。

だが、やはり、インターネットを利用する人々が、「知識」や「情報」に対して「畏敬」の念を持つ事。

さらに、「知的コンテンツ」の制作者、発信者に対する「畏敬」と「感謝」の念が生まれて来なければ、人類の「知的劣化」は不可避に成るのではないのか?

ジュール・ルナールは、かの「にんじん」の作者である。

その彼の「博物誌」の中の一篇が秀逸である。

題は「蛇」。

「長過ぎる」。以上。

 

多分、自分の拙文もそう思われているのだろうなあ。

といっても、書き始めると自分は「制御」出来ないのだ。

何卒ご容赦のほど。

先程、NHKの番組で自閉症の作家・東田直樹氏の番組を見た。

以下、それに啓発されて、拙文を綴りたい。

 

人間は、その「資質」と「境遇」から逃れることは出来ない。

忌避することも出来ない。

だから、受け止めるしかないのである。

 

「しあわせ」とは、あくまで主観的で、絶対的なものなのだ。

だから、相対的に比較評価することに意味は無い。

ただ、「しあわせ」をつかむ近道は存在する。

「ありがとう」と、率直に「感謝」することである。

 

人間は「変わる」。

「変わる」ことが出来るし、また、「変わり果ててしまう」こともある。

だが、より良く「変わる」には、頑なに成らず、感謝の心に根ざして暮らしていくことだろう。

その中から、前に進むための指針が見出せるような気がする。

 

そして、自分は「祈り」を実践すべきだと思う。

「祈り」は、「逃避」でも「ごまかし」でもない。

自らが背負っている「もの」を、いったん、下ろす「行為」なのだ。

そこから「安らぎ」と「休息」が生じ、時には「視界」さえ開けることも出て来るだろう。

また、ほんとうの「祈り」は、お金も知識も技術も体力も不要なのだ。

「祈ろう」という「意識」さえ有れば。

ただ、真摯な「祈り」を捧げることで、人間はもっと「まとも」に成れるだろし、楽に成ることが出来ると思う。

 

(関連して)

「どうやら人の幸・不幸はみな等しく同じ量らしいんだよ。」

「だけど本当は災難をさけようさけようとしてはいけないんだ。

災難は来る時には来るんだよ。

その災難をどう受け止めるかが大事なんだ。

必要以上に幸運を望めば、すみに追いやられた小さな災難は大きな形で戻って来る。」

(漫画「白眼子」山岸凉子・著より)

毎朝の通勤電車で不快なのは、電車の遅延である。

信号機故障、車両故障、踏切内侵入。

そして、人身事故。

人身事故は、警察の現場検証が有るので、どうやっても約1時間は不通に成る。

その為、「どうせ死ぬのだったら、他人に迷惑をかけるんじゃない!」と悪態の一つも出て来てしまう。

ただ、人身事故は、約1時間は不通である、と予想が可能なので、他の路線などへ振り替えする方法へ、早々に転換出来る。

逆に厄介なのは、故障の類いである。

どれくらいで回復するのか、さっぱり見当がつかないので、困惑するばかりである。

そして、急病人救護である。

車中で、倒れ込んだりした乗客を救護するために、最寄駅で10分くらい停車する羽目に成る。

朝の通勤時の10分の遅れというのは、結構痛い。

しかも、10分くらいの遅れだと、遅刻した際の「言い訳」としては効力に欠ける。

だから、尚更、不快感が増して来るのである。

車内アナウンスで「只今、急病人救護のため」といった文言を耳にすると、「全く、体調が万全じゃないなら乗って来るなよ!」と内心愚痴が出てしまうのだった。

しかしながら、今後は、そんな文句も云えなくなってしまった。

実は、今朝、通勤電車に乗っていたら、車内で突如、体調が急変したのである。

にわかに気分が悪く成り、額には脂汗が滲み出し、意識が朦朧に成って来たのである。

このままだと立っていられなくなるだろうと思ったので、途中駅で停車したところを必死に成って下車した。

まさに「体調を崩す」と云う言葉通りの急変だった。

何とか駅の公衆便所に向かって、個室が開くのを待った。

否応無く、顔は苦悶で歪んだ。

個室に籠って済ませた後、ホームに戻ったが、ベンチに座り込んでしまい、そこから動けなくなった。

何とか会社へ電話を入れたが、もう、最悪である。

ただでさえ「人の振り分け」に難儀しているところへ、土壇場の欠勤である。

今朝のこれが遠因と成って、派遣会社から「切られてしまう」可能性が出て来た。

とは云うものの、体調というものは、自分の思い通りにはいかないものである。

自分は、心身共に惰弱な人間なので、人並み以上には日常生活の管理には留意して来た。

暴飲暴食や無理なスケジュールなど強行しないように努めてきていた。

にもかかわらず、年齢を重ねていくごとに、体力の衰えを痛感せざるを得ない。

今朝も、起床して、喉頭が腫れていることに気が付いて、嫌な予感はしていた。

だが、通勤電車に乗るまでは、と云うよりも、乗ってからも、まさかこんなに体調が急変するとは予想もしていなかったのである。

今後、どのように体調管理をし直していくのか、只今、途方にくれているところである。

 

健康というものは、失われてみて、はじめてその有り難さを痛感するものである。

だから、逆に、持病が有る人は、体調の状態を絶えず意識して立ち居振る舞いをするように成るのだ。

特に、喘息を持病に持つ人はそうである。

季節の変わり目、寒暖の差が大きくなる時、呼吸器が変調をきたす。

途端に、窒息の惨状を来たし、死の恐怖さえ感じる。

だから、喘息の持病を持つ人は、気温、湿度、風向き、空気中の汚れなど、過敏に意識する。

そうせざるを得ないのである。

だが、そういう日常を続けていくうちに、きわめて感覚が鋭く成っていく。

周囲の環境と自己の体調とを、絶えず意識し確認するようになっていくのだ。

意外と、トップアスリートに喘息患者が居ることは知られている。

スピードスケート金メダリストの清水宏保選手がそうであるし、フィギュアスケート金メダリストの羽生結弦選手がそうである。

羽生選手の精神力の強靭さはずば抜けている。

ここ最近の羽生選手の試合に臨む様を見ると、「凄味」さえ感じられる。

うちの母などは、「羽生選手は、この頃、怖く成った。」と云っている。

長らくフィギュアスケートの「帝王」は、ロシアのプルシェンコ選手だったが、その彼をして「自分の後を継ぐのは君だ。」と羽生選手に云わしめたのである。

自分の見るところ、現在の羽生選手は、未だ王座には就いていない。

頂点に向かって急上昇している昇り竜の段階なのだろう。

触れれば切れるような鋭さは、そのせいである。

「帝王」に自他共に認める境地に到った時、鋭さは消えて、圧倒的な安定感と重みが出て来る。

同じ「凄味」であっても、違うのである。

 

喘息は呼吸器の病(やまい)であるので、絶えず、「死」を意識せざるを得ない。

身体の不調という点で、心臓と呼吸器の病は、他のものと比較して精神的に大きく影響を与えてくる。

つまり、若くして、否応無く死を意識せざるを得なくなるのだ。

近代日本に於ける「業病」は、結核だった。

若き「天才」たちの多くは、ことごとく、この病気の毒牙に罹って夭折していった。

正岡子規、石川啄木、樋口一葉、宮澤賢治、滝廉太郎。

毎日、毎日、迫り来る「死」の影を意識しながら余命を削っていったのである。

それは、大東亜戦争後も続いていた。

抗生物質(抗菌剤)が処方されるように成って、「死の病」であることから脱して来てはいたが、患者にとって精神的な影響は、まだまだ重篤であった。


かつて、渥美清という役者が居た。

「喜劇俳優」という肩書が相応しい人だった。

ただ1996年に死去してしまい、今年で丸20年が経過してしまった。

今の十代、二十代の若い世代の方々にとっては、既に「歴史上の人物」に成ってしまっているだろう。

ただ、衛星放送などで「男はつらいよ」シリーズが放送されたり、DVDで彼の演技を見ることは可能であり、さらに、ユーチューブでも(あくまで違法であろうがwww)彼の才能を堪能することは出来るだろう。

とりわけ、「男はつらいよ」シリーズは、既に、或る種の「神話」(レジェンド)に成っている。

映画館のスクリーン(銀幕)で見ることは無いのだが、自宅にDVDを揃えて、繰り返し、繰り返し見ている若者も結構多いと云う。

自分にとっては、かつて「盆と正月は寅さん」と云われていて、既に世間では周知、一般化されてしまっており、「年中行事」みたいな存在だった。

十代、二十代の自分は、「インテリ左翼」を気取っていたのでwww、映画「男はつらいよ」なんぞ、端(はな)から馬鹿にして、遠ざけていた。

だから、映画「男はつらいよ」を「きちん」と見たのは、大阪で休職した時だった。

同じく、かつて「低級」「通俗」と馬鹿にしていた任侠映画と共に、自分は大阪界隈でたて続けに見たのである。

映画「男はつらいよ」に於いて、俳優・渥美清の存在感は決定的である。

彼という「役者」が登場しなければ成立しない映画だった。

かつて「ピンクパンサー」シリーズで、主役のクルーゾー警部を「怪優」ピーター・セラーズが演じていたが、急逝してしまった。

仕方がないので、過去の映像を使用したり(「ピンクパンサーX」)や代役を立てたり(「ピンクパンサー5」)とあざとい真似をしたのだが、所詮、開いた穴を埋めることは不可能だった。

まあ、鬼才スタンリー・キューブリックの「博士の異常な愛情」(ドクター・ストレンジラブ)で主要な3役を演じ分けたピーター・セラーズに匹敵する役者など、そうそう居なかったのである。

さしづめ、渥美清も同様であった。

実際に、戦中戦後に「本物」のテキヤの中で習得したと云われる、立て板に水の売り口上などは、絶品である。

さらに、何気なくつぶやく一言一言のセリフの情感は、役者・渥美清ならではの観さえ有る。

そして、渥美清こと「車寅次郎」を取り巻く、おいちゃんやおばちゃんなどの街中の人々の「人情」は、さながら、「失われつつある、昔の東京」を彷彿とさせた。

だから、今日只今、特に若い世代の方々は、映画「男はつらいよ」を見ると、「本当に、かつて存在した風景」だと思い込んでしまうようである。

だが、映画「男はつらいよ」というのは、完全な「フィクション」なのである。

そもそも監督の山田洋次は、出生地は大阪府豊中市であり、その後は満州、支那の大連、山口県宇部市で育った。

ひと月ほど、旧制都立中学に在籍していたが、あとはほとんど東京で生活していないのである。

18歳に成って新制都立高校を卒業し、東京大学法学部を卒業している。

だから、全く、東京のことを「知らない」訳では無いのだが、「生粋」の「東京っ子」と云う訳でも無いのである。

さらに、かつて、東京に於いて「下町」といったら隅田川よりも西側を指した。

だから、日本橋、新富町、柳橋、浅草などは「下町」に該当するが、荒川沿いの葛飾・柴又は「下町」ではなかったのである。

ただ、日蓮宗の古刹である、葛飾柴又帝釈天・題経寺の門前町であり、比較的、古い町並みが残存していたから映画の「舞台」という「設定」に成ったのである。

そういう面では、映画「男はつらいよ」は、徹底的に「作り込まれた」映画なのだと云えよう。

別に、映画に於いて、「作り物」であることは悪徳ではないし、映画「男はつらいよ」を毀損する理由などには成り得ない。

「作り物」を否定的に評価するのは、リアリズム偏重の左翼インテリ的偏見である。

面白いのは、そういう山田洋次監督自身が、徹底した「日本共産党系」の左翼インテリ文化人なのであることだwww(日共系の「九条の会」にも参加)

(だから、2006年の人間魚雷・回天を描いた映画「出口のない海」は、山田洋次が脚本に参加していたため、見ていて大変「欲求不満」に成る結果の作品に成り果ててしまった。)

ただ、そういう映画「男はつらいよ」に対して、決定的な説得力を持たせることが出来たのは、ひとえに、上野下谷出身の渥美清の「存在」そのものであったのである。

渥美清は、大変な才能の持ち主で、芸達者だった。

主役は張れるし、脇に回って固めることも出来た。

そういう意味では、大変「器用な」役者だったと云えよう。

だが、彼は、結核で右の肺を切除している。

いわゆる「片肺」である。

この「闘病」が、或る面、彼の生涯の「土台」に成ったと思う。

映画「男はつらいよ」の中の「渥美清」しか知らない人は、彼を陽気で芸達者な人情家だとしか見なさないだろう。

だが、それはあくまで「車寅次郎ことフーテンの寅」を「演じている」姿でしかない。

人間・渥美清は、極めて怜悧なニヒリストだったのである。

彼についてのエピソードはなかなか興味深い。

それこそ、東京の「下町」で生まれ育ったにもかかわらず、彼は私生活を一切明かさなかった。

タクシーで仕事仲間と一緒に同乗して帰宅する際も、自宅の前で降りることは無かったという。

自宅から少し離れたところで、「この辺りで」と云って降りていったという。

だから、脚本家の早坂暁を除いて、仕事仲間は誰一人、渥美清の自宅が何処にあるのかを知らなかったという。

山田洋次さえ、葬儀の時まで、渥美清の家族と面識が一切無かったという。

この他にも、渥美清についてのエピソードは多数有るのだが、きりが無い。

渥美清は、大変賢い人だった。

特に批評眼は鋭かったという(作家・小林信彦)

だが、渥美清は、親しい人だけに口頭で指摘するだけで、文章などで残していない。

俳優というのは、やはり仕事柄、演劇を見ることが多い。

それが直接的な「芸の肥やし」に成るからである。

だが、彼は、いつも自分は「渥美清」であることを伏せて観劇した。

つまり、「お忍び」でやって来たのである。

当然、チケットは自腹で支払っていた。

それこそ、「関係者」として「招待券」など、いくらでも入手可能だった筈である。

だが、彼は、絶対に、「タダ券」を貰って入ったりはしなかったらしい。

そう云えば、2000年に引退した上岡龍太郎も、舞台などを見に行く時は、必ず、自腹でチケットを購入しているという。

「もう、引退しているから」というのが「理由」なのだが、何と云っても、かの「天才・上岡龍太郎」師匠である。

事前に、「今度、見に行ってもええか?」と云えば、「招待券」などいくらでも手配してくれる筈である。

だが、上岡龍太郎は、全部、自腹で券を買うのである。

渥美清と上岡龍太郎。

全く、異質な二人なようであるのだが、その「底」には、通じるものが間違い無く有るということなのだろう。

 

つい先月、NHKで、黒柳徹子の生涯を描いたドラマ「トットチャンネル」が放映されていた。

平成28年12月現在、大橋巨泉も玉置宏も立川談志も永六輔も死去してしまった以上、日本のTV草創期の「生き証人」は、最早、黒柳徹子ただ一人に成ってしまった。

最近は、往時と比べて滑舌が衰えてきてはいるものの、その独特の感性と存在感は今もって健在である。

さらに、そのチャーミングさに到っては、年老いてもなお、ますます増している観さえ有り、写真SNSのインスタグラムに「参入」すれば、若者たちから「女子力ハンパねー」と驚嘆される始末である。

だが、その黒柳徹子は、実はベストセラー作家だったことを、今の若い方々はご存知ないかもしれない。

しかも、ただのベストセラー作家ではない。

「超」ベストセラー作家なのである。

1981年に出版された「窓ぎわのトットちゃん」は、累計800万部突破という、「戦後最大のベストセラー」なのである。

自分も、その出版当時の「同時代人」だったので、よく憶えている。

この本を読んでみて云えることは、よくぞ日本に於いて、「黒柳徹子」という「個性」が潰されずに済んだなあ、という感慨である。

彼女自身の或る種の強靭さもさることながら、周囲の方々の「日本人離れ」した接し方が、今日の「黒柳徹子」を生んだのである。

日本という「社会」は、極めて「同調圧力」が強烈で苛酷である。

「個性的」であることは、「罪悪」とみなされて、指弾される。

とりわけ、「戦前」はそうであった。

だから、「戦前」で既に「個性的」であった人は、「戦後」に成ると、ほぼ「無敵」な存在と成ったwww

誰も、その人の「個性」を外から「制御不能」なのである。

岡本太郎、淡谷のり子などが典型的である。

只今現在だと、美輪明宏(丸山明宏)が「最後の生き残り」かもしれないwww

日本に於いて、「個性的」であることは、「攪乱分子」としか見なされない。

幸い、2016年の今日、「世界」は「狭く」成った。

英語さえ堪能であるならば、アメリカだろうが、欧州だろうが、行こうと思えば行ける。

勿論、隣町にいくようにはいかないのだが、それこそ、明治時代の永井荷風のように「ふらんすへ行きたしと思えど、ふらんすはあまりも遠し」といった「距離感」「隔絶感」は遥かに薄らいでいる。

だから、今の十代、二十代の若い方々で、只今現在、「生きにくい」「住み辛い」といった「違和感」を抱いているのならば、覚悟を決めて海外へ雄飛したら良いと思う。

そして、「外国」で「一旗揚げられれば」、後はチヤホヤしてくれる。

抑圧するにしろ、賞賛するにしろ、日本人は単に「無理解」から起因しているのである。
だから、自分に才能が有るのか否かを「勝負」するのであるならば、肚を括って、日本を脱出するべきだろう。

はっきり云って、本朝に於いて、新奇な才能は評価される可能性は低い。

それはさておき、黒柳徹子がTV番組で、ようやく売れっ子の女優として起用されるように成った時のことである。

ドラマ「トットチャンネル」では、満島ひかりが本人役を演じたが、その時の渥美清を中村獅童が演じた。

にわかに過密スケジュールと成った黒柳徹子は、ついに過労で寝込んでしまうのである。

倒れてしまった以上、彼女をカメラの前に引っ張り出す訳にはいかない。

ただ、よく使われる「余人を以て代え難い」と云うのは全くの嘘であって、TV番組には平然と代役が立てられて、無事に放映されるのである。

そこで、黒柳徹子はショックを受けるのだが、その中で、渥美清だけが、放送時に「黒柳徹子の不在」をアドリブでさりげなく嘆くのである。

これは、ドラマだけの「フィクション」なのかもしれない。

だが、自分は、多分、事実だったのではないか、と思う。

それは、渥美清自身が、体調不良による不遇の悔しさを痛感していただろうからである。

渥美清は、「丈夫で長持ち」をキャッチフレーズにしていた。

そして、役者としての「当たり役」を得ることを本当に願っていた。

だから、最終的に、「男はつらいよ」の「車寅次郎」という「当たり役」を手にした時、「絶対に手放すまい」と心底誓ったに相違無い。

だからこそ、晩年に到って、渥美清は、全てに於いて「車寅次郎」に徹し切るのである。

だが、渥美清自身は怜悧でニヒリストとしての面をも持ち合わせていた。

その側面と「車寅次郎」を、どうやったら相克させないか、大変苦心したのだと思う。

特に、最終作(第48作)の1995年「寅次郎紅の花」は、肝臓癌が肺に転移するなどドクターストップがかかるのを押して出演した。

しかも、その年の1月17日に起こった阪神・淡路大震災への「応援」のために、急遽、兵庫県神戸市の長田地区へロケに入ったのである。

もう、既に、渥美清はカメラが回っている時しか、自分自身を「制御」出来なかった。

あとは、何とか倒れないようにするのが精一杯だったのである。

ところが、「寅さん」のロケ現場を見に来た群衆は、その渥美清に声援を贈り、手を振った。

そして、渥美清が「反応」を示さなかったことを見て、「何だ。無愛想やな。」とくさした。

それを受けてだろう。

その時に密着取材をしたNHKのスタッフに、笑みを浮かべながら、「スーパーマンはご苦労さんだねえ。」と話すのである。

スーパーマンは、いつでも、誰かが望むのであるならば、ずっとずっと空を飛び続けなくてはいけない。

そういう話だった。

自分は、没後に放送されたそのドキュメンタリーでの渥美清の「笑顔」が忘れられない。

満面の笑顔だった。

寂しげで恥じらいも有った。

ただ、その細い眼は、笑っていなかった。

多分、その眼の奥の奥では、泣いていたのだと思う。

 

人間は「生身(なまみ)」である。

好調と不調を繰り返すし、管理は出来ても、予定通りに完全に調整することは困難である。

どこかで無理を押すことになる。

今、日本の社会のほとんどのところで、頭数を最低限に設定している。

人員は、いつも足らない。

しかし、補充も拡充もしないし、出来ない。

そんなことを行うようであるならば、会計上、支障をきたすのである。

だが、「生身」の人間は、スケジュール通りにはいかない。

帳簿が求めるようにもいかないのである。

何度も繰り返して指摘させてもらうのだが、「人件費」が「固定経費」であるという認識である以上は、現在の職場の諸問題は絶対的に解決は不可能である。

「人件費」は「長期的投資」であるという認識に転換され得なければ、いずれ、あらゆる職場から「生身」の人間は不要な存在と成るだろう。

何故なら、「生身」の人間は「不確定要素」が多過ぎるからである。

いずれ、AI(人工知能)とロボットだけで、「業務遂行」を徹底させることとなろう。

だが、そうなった時、人間は要らなくなる。

しかしながら、そもそも、人間が不要な社会とは、意味が有るのだろうか?

機械が働き、機械が儲けて稼ぐ。

しかし、人間は「生存」しているのである。

ハード、ソフト、両面に於いて、決定的なパラダイム転換が起こるということだろう。

その激変に対して、我々「人間」は、果たして「対応」可能なのであろうか?

 

おお、いつの間にか、「日付」をまたいでしまった。

「生身」の自分は、惰弱であるだけでなく、愚昧極まりない。

嗚呼。

「感謝」を忘れてはいまいか?

水神
先週末から今週半ばまで、九州は宮崎県へ旅行に行ってきた。

別に「傷心旅行」でも何でもない。

只今、熊本・大分大震災復興への「九州復興割り」で、九州地区のツアーに政府から補助金が出て、割安に成るのである。

本当は、その「旅行」に関して、全体的な「ご報告」を明記すべきなのだろうが、そんなことを始めると、明日の仕事に差し障ることに成りかねないので、今、すぐに書きたいことだけ書かせてもらう。

 

そば焼酎で有名な「雲海」酒造の本社工場の隣りが、観光施設に成っている。

食事も取れるし、温泉にも入れる。

で、お土産も買えるし、焼酎の試飲も出来るのだ。

ということで、観光バスが立ち寄ったのである。

ここで昼食を取った後、下戸の自分は焼酎の試飲をする訳にもいかず、かといって土産物を物色するでもなく、暇を持て余していた。

さて、「酒造り」をする「工場」なので、当然ながら「名水」が出る。

「名水」が湧き出ていて、ここに来た人間ならば誰でも飲むことが出来る。

それだけではない。

汲んで持ち帰ることさえ出来る。

その「名水」の出ている所のすぐ隣りに、お社が有った。

水神さま、だった。

覆いの御堂の中に、お社が有った。

なかなか趣きが感じられたので、自分は参拝させてもらった。

しばらく、そのお社を眺めているうちに、「名水」を「いただいても良い」気がしてきた。

そこで、お茶を飲んだ後の、空の250ミリリットルのペットボトルに、「名水」を汲んでみた。

さらに、掌で受けて、飲んでみた。

とても柔らかくてやさしい「名水」だった。

自分は、再度、水神さまを礼拝した。

すると、何となく、「写真を撮影しても良い」気がしてきたので、写真を撮らせてもらった。

自分は、その後、その「名水」の出て来る場所が見えるところで、観光バスが出発する時間まで待っていた。

しばらくすると、乗用車で乗り付けて来た人が、大きなボトルを何本も取り出して、「名水」を汲んで行った。

「名水」を汲むだけ汲んだ後、そそくさと去って行った。

少し経つと、また、別の車がやって来て、その人も大きなボトルを何本も使って、「名水」を汲むだけ汲んで、そのまま去って行った。

自分は、何だか、釈然としない気持ちに成った。

ここの「名水」は、とてもやさしい良い水である。

だから、多分、そのまま飲んでもおいしいだろうし、料理などに使えば、また美味しいだろう。

しかも、「タダ」で、「無料」で良いのだ。

「名水」を汲んで行く人らは、さながら、ごくごく当たり前の「作業工程」をこなすようにして、やって来て、そして、去って行った。

だが、そこに、自分は一抹の「感謝」を念を見ることが出来なかった。

これほどの「名水」をいただけることへの「感謝」。

それは、ここの酒造メーカーに対して、というよりも、ここの土地そのものに対してであり、また、こういう「名水」が湧き続けることに対する大自然そのものに対してであり、さらにもっと云えば、「目に見えない世界」の尊い御存在に対するものである。

その「感謝」の現れとしては、具体的な一例としては、すぐ隣りに有る「水神さま」への礼拝であろう。

彼等は、ただ単に、「水を取り」に来ているだけなのだ。

もっと、その奥の向こう側に対する「意識」など、さらさら持ち合わせていないのである。

自分は、その有り様が、あまりに悲しかった。

この「有り難い」ことを、「感謝」する気持ちが薄らいで、「当然」なことに転じてしまっているのだ。

こんなことで、果たして良いのだろうか。

何かを得たのならば、何かを差し出さなくてはならない。

何かを得たのならば、何かを失うことになるのだ。

それは、「取引」というよりも、さながら「質量保存の法則」のような、ひとつの「変化現象」なのだと思う。

この有り難い「名水」をいただくことに対して、あまりに「感覚」が麻痺しているような気がする。

もし万一、この「名水」が枯れるようなことに成ったならば、多分、単に違う場所でまた「名水」を汲めば良いとしか思わないのだろう。

この「名水」が枯れたことに対する「悲しみ」も感じることは無いだろうし、そして「枯れる」という「現象」の奥に潜む重要な「意味」に関しても思いをめぐらすことは無いのだろう。

それで、果たして良いのだろうか。

自分は、そんなことを感じてしまったのである。

自分が愕然としていること。
それは、若い人との「会話」が成立「しない」こと。
それは世代間で、見事に知識が「分断」されていることである。
つまり、年配者にとって「自明の理」が、若い世代には想像を絶するのである。
逆に、若い世代の「常識」に、年配者は理解不能に陥る。...
単なる、「世代間格差」と言い切ってしまえるほど楽観出来ないくらい、その「断絶」は深刻である。
勿論、「知識」とは「情報」であるわけなのだから、それこそインターネットでしっかりと調べていけば、ちゃんと懇切丁寧に解りやすく説明してくれるサイトが存在している。
但し、あまりにインターネットに於ける情報量が膨大で、さらに逐次新情報に更新されていくために、余程意識的に情報と接する人間でないと、ついていけないのだ。
だから、情報に「接する」機会は格段に増大したのだが、肝腎の脳裏に記憶が蓄積され、さらに系統だったかたちで整理、理解されていかないのである。
これは、或る面、情報に於ける「格差」が拡大することを意味している。
インターネットに於いて、どれだけ情報を取捨選択出来るか。
さらに、自らの脳裏に蓄積させ、一つの「構図」まで構成出来るか。
そこが、とてつもなく、大きな「格差」と成って出て来るだろう。
ちなみに、現在は、年配者の方が有利である。
何故なら、年配者の方が、生身に於ける脳の「データベース」が既に出来上がっているからである。
ただ、若い世代の人も、「やり方」さえ修得すれば、すぐに追い付ける。
問題は、若い世代の多くの方々が、情報や知識を自らの物に獲得する。
「血肉化させる」ということを「意識」出来ていないことにある。
ただ、漫然とスマホをいじっていれば、自然と博識に成れると高をくくっているのだ。
これは大変ゆゆしきことであるし、何よりも若い世代の方々にとって気の毒な結果に成ってしまうだろう。
インターネットによって、情報や知識の収集は、かつては比較に成らないこと安易に成った。
安易に成った筈なのである。
だが、安易に成り過ぎたゆえに、自家中毒に成ってしまったような気がする。
また、年配者も、若い世代の方々に対して、「知ること」の感激を継承させる努力を意識すべきだろう。
それが、「先輩」としての「親切」というものだと思う。

今日、「仕事場」で、「叱る」ということが話題に成った。

「叱る」という「行為」は難しい。

取り分け、今日只今、「叱る」ことが困難な時代に突入してしまっている。

「叱られる」ということに対しての「耐性」が、現在程、脆弱に成ってしまった「時代」は無いのではないだろうか?

だから、年長者も、組織の長やリーダーも、皆、「叱る」ことに対して臆病に成ってしまっている。

「叱る」ことで一番重要なことは、「人格と行動を完全に分離したかたちで叱る」ことである。

つまり、指摘や批判の対象は、あくまで行為や行動でしかない。

「人格攻撃」ではないことを明確化しなくては絶対にいけない。

もし、「人格攻撃」であると受け止められたらならば、その時点で、相手の心は閉ざされてしまう。

それ以後は、最早、何を云っても相手に「言葉」は何一つ届かなく成ってしまうのだ。

「君は間違っていない。君の行為が間違っているのだ。だから、行為を正して欲しい。」

このように「叱る」のでなければ、全くの無意味である。

 

さらに、「寸鉄人を制す」と云う。

「説教」は短かければ短い程、良い。

「説教」は短いのに限る。

亡父は、口下手ということもあったのだろうが、「説教」は決して3分を超えることは無かった。

短い時は、たった一言、数秒で終わった。

それで充分なのである。

解る「人間」なら、たった一言の指摘や示唆で良いのである。

逆に、解らない相手には、いくら長口上を費やしてところで結局解らない。

そういう人は、多分、「解りたくない」のだと思う。

だから、「説教」は3分以内で終わらせるべきであろう。

ちなみに、自分は、常々、この「3分ルール」を肝に銘じている。

何かを意図して「活動」を始める場合、その「成果」が、社会など広範な影響を希求したいならば、「平凡」であることの重要性を努めて意識するべきだと思う。

どうしても、急進的で尖鋭的なかたちで、その「活動」の中心的なメンバーは次第に熱を帯びて行く。

純潔さと過激さを競い合うように成って行く。

だが、そうなると、それは何時しか「奇矯」なものに変じてしまうのだ。

渦中に在るコア・メンバーは、「前衛」だと自負するのだろうが、広範な世間一般大衆からは「非常識な変人ども」としかみなされない。

さらに過熱すると、「反社会的な危険思想」と断罪されることになる。

あくまで、「閉鎖的」で「自己完結」してしまえる代物であるのならば、究極まで突き詰めていく手法も有り得るだろう。

だが、社会を変え、世の中を正そうというのであるならば、どこかでごくごく「ふつう」の人の感覚を残していなくては、世間一般大衆からは支持されない。

勿論、「大衆に媚び諂え」というのとも違う。

ただ、自分たちの理論や主張が、どのように他人の眼に映っているのだろうか?という視点を意識して持たない限り、絶対にその「活動」は破綻すると思う。

「専門家」の害毒、「凡人」の効用。

今回のいわゆる「今上陛下の御譲位に関しての有識者ヒヤリング」に関して、そんなことを感じた。

今、「イクメン」が流行りなんだそうで。

で、「イクメン」たらんとするあまり、精神的負担に耐えかねて「うつ病」に成る人が出て来たという。

何だかなあ。

結局、一種の「強迫観念」なんじゃないだろうか?

つまり、強烈な「同調圧力」である。

「かくあるべき」というモデルケースに外れると、駄目の烙印が押される。

現在は、「男女共同参画」なので、「男性だって家事や育児もせよ」というのである。

しかし、一方で、「正規雇用者」は、否応無く、職場で超過勤務が常態化している。

何故なら、「人件費削減」「人件費圧縮」の傾向は続いているので、職場の「人員」は増加させても、「正規雇用者」は増やせないのである。

しかしながら、「非正規雇用者」は、会議やプレゼンなどに参加出来ない。

報告書や会議資料の作成、会計処理など、全部、「正規雇用者」が行うことに成る。

だから、既に、職場で疲労困憊している筈なのである。

そこへ持って来て、ようやく帰宅して、休暇に入ったと思ったら、家事・育児までやらないと指弾される雰囲気なのだ。

これはもう、「逃げ場」が無いと思う。

ただ、自分は、家事・育児を「しなくて良い」とは思わない。

家事・育児というのも、実際に行ってみると、意外と新鮮であったり、面白かったりするのだから。

要は、「無理をしないこと」であろう。

仕事も家庭も「無理をしないこと」。

どうせ今後の企業の組織構成は、いわゆる「管理職」を減らす傾向に有る。

だから、いくら一生懸命に精勤しても、「昇格」も「出世」もする可能性は低く成る。

さらに、労働賃金もグローバリズムの影響で、人件費の低い地域に引っ張られるから、上昇することはない。

いくら死にもの狂いで働いたところで、そんなに収入が増えることはないのだ。

また、「お前の代わりはいない」などと云われて働かされるのだが、そんなことはない。

代わりはいくらでもいるのだ。

だから、「精勤」はしても、決して「無理はしないこと」である。

家事・育児もそうである。

とにかく、抱え込まないこと。

どうしても上手く行かない場合は、役所などの公的サービスに相談するなど、「救援」を求める意識を持つ事である。

だいたい、倒れるくらい頑張ったところで、周囲は絶対褒めてなんかくれないのだ。

「もっと体調管理をしっかりとしてください。」と冷たく厳しく叱責されるだけである。

仕事は真面目に一生懸命にやるとしても、没我しないことである。

自分の代わりはいくらでもいるのだし、この業務を仕上げるために例え自分が過労で倒れたとしても誰も賞賛などしてくれないのだ。

「組織」は自分を「或る程度」は守ってくれるかもしれないが、「無制限」ではないのである。

また、いくら家事・育児に精魂込めて頑張ったとしても、「お父さん、下手くそだから。」と周囲は絶対に思っている。

だから、どこか冷めた感じで、仕事も家事も育児も頑張れば良いと、自分は思う。

いわゆる「今上陛下ご譲位」に関しての、政府の有識者へのヒアリングが終わった。

何と云うか、気持ちが晴れない。

馴染み深い、保守派の「先生方」のご意見はおしなべて「ご譲位反対」である。

まあ、確かに、御懸念の理由は解らないでもない。

では、いわゆる「皇室の制度」を厳守するあまり、今上陛下ご自身の大御心はいったいどうなるのだろうか?

確かに、悠久の歴史と伝統の天皇陛下やご皇室の永久の存続と安寧は自分も切望するところである。

だが、今上陛下ご自身のお気持ちからかけ離れたかたちでの「決着」を誘導しようとするならば、国民の大多数は絶対に納得しないだろう。

そして、「常日頃、『陛下、陛下』と口にしておきながら、肝腎の天皇陛下のお気持ちを踏みにじって平気な『保守派』というのは、なんて薄情なんだ!人としての心が無いのではないか!」ということに成ろう。

それは、いわゆる「保守派」の「主張」に対して、「胡散臭さ」を国民は感じさせることに成るだろう。

そうなれば、当然ながら、「憲法改正」に関しても、いわゆる「保守派」に対しての「主張」に対して不信感を抱かれることに成って行くだろう。

いわゆる「保守派」の「先生方」は、自分たちの「得意分野」だったので、何の意識も無しに率直に「主張」をされたのだろう。

だが、それが「陥穽」であったのだ。

国民の大多数は、そんな「専門的」な理屈や事例をいくら並べ立てたところで、先月に今上陛下ご自身の録画映像で見聞きし、感じたことの方を「正しい」と思うのだ。

このままだと、いわゆる「保守派」の「主張」は、「何だかおかしいぞ。」と思われてしまうだけである。

今まさに、「保守派」は、自滅の道を歩もうとしているようにしか、自分は思えない。

「過労で倒れる」って、やっぱり格好悪いと思う。

自分は、やるからには全力投球するしかないのだけれど、だから、それゆえに無理はしないようにしている。

「短期集中型」で、もう、「納期」が見えている状態の「繁忙」ならまだしも、後から後から仕事が入って来る「エンドレス」のような状況であったなら、ちゃんと管理しないと駄目だろう。

だから、「早朝から深夜まで業務」っていうのが既に「常態化」している「正規雇用者」に成るのは、最早無理かもしれない。

いっそのこと、みんなみんな、「過労」気味の人は退職したら良いと思う。

そうすれば、ようやく、職場や経営陣も根本的な解決に乗り出すだろうから。

(ただし、自営業はそうはいかないのだが)


日本の職場での「会議」、どうなんだろうか?

もう、オフィスで仕事することから何年もブランクが空いてしまったので、実情は解らないのだ。

まあ、「以前」よりかは改善されたこととは思う。

だけど、「残業はするな!」と云いつつ、「朝礼」やら「会議」が「長過ぎる」ので、「サービス残業」が常態化するのである。

「朝礼」は、そこの上長一人のスピーチで5分くらい、最長でも10分以内でけりをつけるべきだと思う。

部長が出て、課長が出て、副課長が出て、課長代理が出て、課長補佐が出て来るような「総員オンパレード」は馬鹿馬鹿しい。

さらに、スピーチも話す内容や題材が、あまりに多岐に亘るようであるならば、口述筆記してメールで一斉送信した方が良い。

どうせ皆、途中で「えーと、この話し、一体何を云いたいのだろうか?」と理解不能に成っている。

あと、「会議」も「報告」を延々とするようなものならやめた方が良い。

「会議」で必要なのは「合意」と「決定」であるので、それに向けての「舞台設定」を図るべきである。

「みんなの意見を聞いて」と云うのも重要だが、「合意」と「決定」に結びつかない「発言」は、邪魔でしかない。

だから、「会議」は、明確で単純化した選択肢を提示した上で行わないと、時間ばかりを浪費するばかりである。

勿論、「頭の体操」として、とにかく「話させる」場を設定することも必要だろう。

だが、それは、「会議」とは別に設定するべきであると思う。

 

自分は、ADHD(注意欠陥多動症)なので、思いついたことはすぐに意見表明してしまいがちである。

だが、発言してしまった後、どうも「場違い」だな、と感じた場合は、後はひたすら「実務」を行うことに専念する。

「会議」によっては、「発言」が許される「人物」があらかじめ「規定」されていることがあるからである。

何を発言したのか、ではなく、誰が発言したのか、が「会議」に於いては、重要なことが多い。

そういう「会議」ならば、自分は「お呼びでない」のである。


平成28年11月26日土曜日のTBS系「報道特集」の「日本会議」の特集を見ました。

故・筑紫哲也を信奉する金平キャスターの番組だから、まあ、ミス・リードの見事な事。

ただ、そこを予想して、ちゃんと「回答」された取材された方々には、本当にお疲れ様でした。

自分も、もしインタビューされたら、「ただの会社員です。何となくこの運動に賛同して参加してます。えー、この活動に参加して3か月以上は経っているかなあ?」って回答しますわwww

只今、腹が立っている。

朝っぱらから、ご機嫌斜めである。

ということで、以下は愚痴の類いであるので、ご多忙な方は割愛されたくwww

三日前の土曜日に健康診断に行った。

市の健康診断で、市役所から受診の督促状が来ていたからである。

で、近所の主治医の処に行ったら、「風邪をひいてますね。」と予想外の宣告を受けた。

出された薬を飲み始めてから、症状が次々と出て来た。

当初は水っ鼻が止まらないだけだったが、喉頭の腫れ、咳、倦怠感と次々に増えていった。

そして、昨日の夕方から下痢に成った。

嫌な予感がして、就寝したのだが、今朝に起床してからたて続けの下痢である。

下痢の頻発に成った場合、今の自分の「仕事」では決定的な支障と成る。

事務所勤務であるならばまだしも、車で移動ということになると業務に支障をきたすことに成る。

今日は、仕事を休まざるを得ない。

風邪の症状が「悪化」しているのは、病状を解決するための現象とも云える。

また、下痢の原因は細菌の感染や消化器の衰弱というよりも、抗菌剤(抗生物質)の副作用であろう。

抗菌剤のせいで、腸内の細菌バランスが崩れたためである。

初診の段階では、下痢の症状が無かったので、当然、腹部への薬は処方されていない。

今日、受診して、下痢止めや整腸剤を処方してもらえれば、明日には回復が見込めそうである。

だから、自分の立腹は、下痢によるものではない。

下痢が止まらないことから、やむなく、会社へ電話を入れた。

すると、「人手が足らないので、何とか出勤してほしい。」と云う。

駄目なものは駄目だし、それに無理をすれば、かえって派遣先のドライバーさんへ迷惑をかけることになる。

きっぱりと拒絶した。

すると「体調管理をしっかりして下さい。」と叱られた。

このやりとりの「背景」は解っている。

自分が、現在の仕事を始めさせてもらった昨年3月頃は、急病などの突発的な「休み」に対してあまり文句は云われなかった。

ところが、昨年の冬に成り始めてから、急に「休み」が取りにくく成って来た。

多分、派遣社員の「人員」が不足してきたのであろう。

アベノミクスの成果で、若年層に於いては、間違い無く雇用環境が改善されて来ている。

様々な職場で人手が不足して来ているのである。

だから、今迄は、自分の居る現在の職場のようなところでしか働けなかった若者たちが、どんどん「契約社員」なり、「正社員」に雇用されて、他社へ流出しているのである。

一方、自動販売機の設置数は、既に淘汰が進んだ結果の状況であるため、激減することは無い状態であるらしい。

つまり、自動販売機に関係する「業務」には、それ相当の人員が必要不可欠な状態なのである。

しかしながら、いまだにデフレは解消されていない。

自動販売機の利益率は上昇していないので、結局、経費は抑制・削減が求められる。

結局、人件費も抑制・削減することとなるので、「正社員」を増やすことは出来ない。

そして、アルバイトや派遣社員も増やせない。

何故なら、「時間給」だからである。

残業が発生した場合、「人件費」がかさむ。

その「人件費」も絶対的な金額ではなく、当初編成した「予算」に対して、あくまで相対的に見て増加・上昇しているように「見える」のである。

結局、「経営」の状態は、数値でしか判断していないので、個々の各項目に於いて、「対予算比」というかたちでチェックするしかない。

だから、アルバイトなどの非正規雇用者に対する「人件費」が「対予算比」に於いて、大きく当初見込みよりも増額した場合、「人件費」の抑制・削減へのプレッシャーがかかることに成る。

ついには、下請け業者への「外注」と云うことに成る。

下請け業者は「歩合制」ということなので、時間給制ではない。

当然、残業手当などは「無い」と云うことに成る。

これは、残業手当が存在しないということを意味しない。

そうであるならば労務法の違反となろう。

そうではなく、発注先の企業が残業手当を考慮しなくて良い、ということである。

下請け業者へ「外注」しているわけであるから、後は、その下請け業者の社内給与体系が独自に設定される訳である。

下請け業者は大企業ではないから、労働組合も存在しないだろう。

「就業規則」では、残業・休日手当の「記述」が有っても、「例外条項」が常態化しており、事実上、支払われていない可能性が高い。

結局、全体的で見るならば、人件費は増額・上昇されることが抑制されているのである。

これでは、デフレは解消され得ない。

一方で、若くて仕事が出来る「使える」人間は、どんどん流出し、残るのは自分のようポンコツばかりなのである。

仕事量は減らない。

しかし、人員は確実に減っていく。

派遣会社もさぞかし苦悩しているのであろう。

だから、「今日、休ませてください。」と云われて、「はい、そうですか。」と承諾出来ないのである。

「何とかなりませんか?」と云うしかないのだ。

そして、ここ最近は、「体調管理をしっかりしてください。」と云われる。

確かに、突然、穴を空けてもらったら人の振り分けが大変なのは事実である。

しかしながら、駄目なものは駄目だし、無理をすることはリスクを高めることになる。

だから、「今日、休まれると困るのだ。」と云われて、情にほだされて、頑張ってしまう人は「良くない」のである。

それは、善意であり、誠実さであるのだが、それは結局、組織の構造的問題を各自の奮闘努力によって糊塗しているだけに過ぎないのである。

日本人の大好きなものの一つに「突貫工事」が有る。

つまり、納期期限のギリギリに成って、無我夢中で仕上げることである。

そして、その業務やプロジェクトに参加した個々の人間の奮闘努力のお蔭で、どうにかこうにか「間に合う」のである。間に合って「しまう」のである。

だが、これは、経営的観点からみたら「邪道」「外道」であろう。

本来ならば、緻密な「行程表」を作成し、その「行程表」に基づいた流れで、粛々と業務を遂行していかなくてはいけない筈なのである。

その場、その時の突発的な、場当たりな対処は、臨機応変の即応性が有るという「美名」がかぶせられるが、実は単なる「無計画」な「行き当たりばったり」でしかない。

そして、それは、「経費の増大」となり、「赤字の増大」となり、「損失の増大」と成る。

業務の「無計画」は、利潤の減少に直結する。

それは、業務の非効率そのものを放置していることである。

つい先日、広告業界最大手の「電通」に於いて、東京大学卒の才媛の新入社員が過労の末に自殺に追い込まれた。

痛ましい限りである。

「東京大学卒だから」と決め付ける訳では無いのだが、やはり「泣く子も黙る」www天下の東京大学に入学し卒業出来た人間である。

将来が嘱望されて当然だろう。

そういう有為の若者を、その「社会貢献」への「入り口」の段階で磨り潰してしまうというのは、全く以て愚かしいことである。

まあ、以前から、「電通」という企業の過労体質は有名ではあったのだが、広告宣伝という極めてクリエイティブな業務が文字通りの「殺人的」な過労・多忙であるということが異状である。

よりクリエイティブな「仕事」をしようと思えば、ゆとりと遊び心が絶対的に必要不可欠であろうに。

それにかてて加えて、自殺へ追い込むまでの「人格攻撃」まで常態化しているというのならば、それはクリエイティブな成果とは無縁の「場」であろう。

自分は、「電通」を「特殊」な会社だとは思う。

だが、「極めて特殊」ではない、とも思う。

「電通」は、日本の大企業全体の一つの「症例」であり、そこから日本の大企業に共通する「病理」を分析し、解決策を見出していかなくてはいけないだろう。

話は、自分のことに戻る。

自分は、「仕事が出来ない」し、人間的にも「個性」が濃過ぎ、さらに四十歳代半ばで、特殊技能も知識も無く、過去に於いて目覚ましい業績も上げられなかったポンコツである。

だから、現在は派遣労務者を、何とか生業にしているのだ。

しかし、自分は、出来ないなりに一生懸命に仕事をさせてもらっているつもりである。

それを、体調不良による突発的な欠勤を咎められてしまうのは、確かに申し訳ないと思いつつも、何故、そこまで指弾されなくてはいけないのか納得がいかない。

何しろ、自分には有給休暇も無いし、雇用保険以外の社会保障は無いのだから。

それを「急に休まれても困る。」といわれて、本心から「すいません。」とは思えないのである。

自分は以前から、別記先述しているように、「人件費」が「固定経費」であるという「概念」である以上は、デフレは絶対に解消出来ないと思う。

「人件費」は「長期的投資」であり、企業などの各組織の永続的な維持の為の能動的かつ主体的な出費であることを「意識」するべきであろう。

現在、外国人労働者の受け入れを強く求める声が財界から上がり始めた。

確かに、「とにかく人手が足らない!」という悲鳴から起因しているのだが、それがさらなる人件費の抑制・削減を求めた上での結論であるのであるならば、それは外国人労働者への冒涜以外何ものでもなかろう。

「日本人は安くこき使えないから外国人で。」という「意識」であるならば、それは経済至上主義に立脚した「外国人差別」「外国人蔑視」であろう。

そもそも、日本人でさえ満足に「使いこなせない」職場が、言語も価値観も時間的感覚も倫理・道徳観も全く異なる外国人労働者を「使いこなせる」筈が無いだろう。

まず、業務に於ける、伝達も指示も曖昧模糊としている。

さらに、日本人の、しかも今や日本人の年配層でしか通用しない「常識」を振り回す。

そして、「空気を読め」「仕事は盗むものだ」という、「黙契」ばかりの職場には混乱と衝突しか有り得ないだろう。

日本の職場の効率性の無さ、世界的な労働生産性の低さはここに有る。

それは、日本人の勤労観が「神聖」であるからでもある。

日本の神話に於いて、天神も勤労される。

機を織り、鍛冶を行い、稲作に従事されるのだ。

だから、勤労は「神事」であり、勤労する「仲間」が一緒に居るということは、「祭り」に従事していることに等しい。

だから、残業時間に突入しても、仕事が有る人も無い人も、等しく「残らないといけない」「空気」に成るのは、「神事」に参加した人間が自分勝手に退出することが憚られるからである。

一方、欧米に於いては「旧約聖書」の「創世記」に於いて、エデンの園で何の苦しみも無く暮らしていたアダムとイブは、蛇(悪魔とされる)にそそのかされて善悪の知識の果実(りんごと云われる)を、「取って食べると死ぬであろう」という神の戒めを破って、もいで食べてしまった。

その「原罪」ゆえに、女に対しては産みの苦しみと夫からの支配を、アダムに対しては地から苦しんで食物を取ることと土にかえることを預言した(創世記316 - 19節)という。

つまり、「旧約聖書」によれば、人間の死と勤労は神から課せられた原罪からの罰であるのである。

だから、勤労は悪であり、「聖」と対立する「俗」であるのである。

だからこそ、「安息日」は「勤労してはならない」のである。

「勤労」することは「祈り」を妨害すること「悪事」なのである。

だが、再び日本に論考を戻すと、日本人は勤労の中に「祈り」を込めるのである。

「技、神に迫る」と云ったり、勤労に精勤することは、「祈り」そのものと成るのである。

日本人の「勤労観」は素晴らしいと自分は痛感するのであるが、だからといって、日本人の立ち居振る舞い、物事の考え方捉え方が全部、「問題が無い」と受け止めては絶対にいかない。

時と場合によって、長所と短所が逆転することも有るのである。

或る時の「強靭さ」が、或る時には「脆弱さ」として変転することが有るのである。

さて、「正社員」は長時間の「職場」への拘束を課せられ、非正規雇用者はそうではないのは、非正規雇用者は結局、その「職場」に於いて「よそ者」だからである。

「よそ者」だから、「神事」に列席することは許されないし、そして「神事」の「利益」を享受することも許されないのである。

この日本人の深層意識に有る「勤労意識」と、昨今の労働環境の状況を考慮するのならば、間違い無く正規雇用者は激減するであろう。

事実上、役所に於ける「キャリア」と「ノンキャリア」のような捉え方に成ると思う。

つまり、企業などのその組織に於いて、将来の経営陣候補者以外は、最早、正規雇用者にすることをしなくなるのである。

いわゆる「新入社員」は「若干名」と成り、後は非正規雇用者の群れに入るしかなくなる。

さらに、AI(人工知能)やロボットなどの技術革新のお蔭で、労働に対する対価は暴落するだろう。

つまり、いくら働いても働いても、到底財産が築けなく成るのだ。

さらに、あらゆる知的分野で「データ化」が進んで行けば、「データ化」はその複製と拡散は瞬時にしかも膨大な多量が可能であるので、知的価値の稀少性は皆無と成る。

事実上、知的分野に於ける「価値の創造」「富の創出」は有り得なくなるだろう。

結局、財産は、最早、今後、新たに創出されることは有り得なくなると思う。

そうなれば、現在の「資本の格差」が相続・継承され、加速度的に貧富の差が増大することに成るだろう。

一般大衆の所得は増加することは無い。

後は、その「貧しさ」の中から、いかに「生命の危機」と「精神の危機」を除去・回避していくかが問われていくだろう。

今後、目覚ましい豊かさは有り得ない。

後は、つつましやかな幸せ以外は、大多数の人間は望むべきもないのだ。

持ち家は激減するだろう。

賃貸暮らしが主流と成る。

また、日払い・不定期給与が一般化するだろう。

だが、これを悲嘆する必要は全く無い。

じつは、「借家暮らし、日払い」という江戸時代の庶民の暮らしそのものなのだ。

つまり、落語の中の「熊さん」「八つぁん」の暮らしである。

要は、江戸時代まで引き戻さるということである。

ただ、そこにAIやロボットなどが存在する訳である。

絶望することはない。

その時その時に応じた暮らし方をしていけば良い話しだ。

さながら、漫画やアニメの「銀魂」のようではないかwww

それはさておき、日本人のエリート教育の不味さは定評が有ってwww、有為な秀才ばかりを揃えた筈が、いつの間にか組織の破綻に到達した事例ばかりである。

大東亜戦争の惨敗もそうであるし、かつての花形大企業が経営不振で苦悶するのもそうである。

その「組織」の幹部は、皆、揃いも揃って「秀才」ばかりである。

また、将来を嘱望された幹部候補生が、様々な理由でドロップアウト(脱落)することもまま有る。

そうなった時、「若干名」の幹部構成が欠員して、至急に補充を必要とする事態と成るかもしれない。

ただ、日本の「現状」の組織運営を見たならば、せいぜい、傍系部署に左遷させられた人間を呼び戻すことぐらいが関の山だろう。

日本人は実は「才能」が好きではないのだ。

むしろ「お人好しの無才無能」を好むのである。

何故なら、「才能」は、時としては調和を乱すからである。

組織や社会の維持・発展を望むよりも、眼前の調和が第一であり、絶対であるのだ。

手段と目的の捉え方が、そうなのである。

だから、日本に於いて「才能」は、往々にして「異物」扱いに成る。

今後、日本人の優秀な子供達はどんどん海外の大学へ進学して行くだろう。

一方で、逆に外国人もどんどん日本に住み着いて来る。

そして、日本人と外国人との混血(ハーフ)も増えて来よう。

そうなった時、どうなるのだろうか?

あくまで現時点であるが、海外の大学、具体例としてはハーバードだとかエールだとかUCLAだとかを卒業した若者は、間違っても日本の企業に「新入社員」で入ってはいけない。

潰されるか、追い出されるか、どちらかである。

そういう「無理解」な「場」に入るには、キャリアを積むしかない。

まず、海外で十年ほどキャリアを積む。

そして、「中途入社」へヘッドハンティングされれば良いのだ。

「無理解」であることに代わりは無いのだが、キャリアを積んでいる「だけ」で、「無理解」に平伏してくれるのである。

まあ、かつての「舶来品」に対する「心情」と同様である。

但し、日本の組織に於いては、どうあがいても「よそ者」であることを忘れてはいけない。

優秀であるかどうかは、問題ではない。

「生え抜き」であるかどうかが決定的なのである。

所詮、自分達は「客人神」でしかないと、割り切るべきであろう。

 

まあ、どちらにせよ、そういう雲上人の世界は最早自分には関係無いのでどうでも良いのだがwww

どうも愚痴が冗長過ぎたようである。

駄文、乱筆を何卒ご容赦の程。

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