我が家には、お不動さんなどの「厄除け」のお札が祀ってある。
自分の寝室に、それら、「魔除け」とも云うべきお札が祀ってある。
しかし・・・・

いつものように、疲れ切って、布団に横に成った。
就寝の時である。
まぶたを閉じると、不思議なことに、眼を開けた時のように、部屋の中の光景が「見えて」来た。
部屋の中に、とても長身の若い男の姿が見えた。
太ってはいないが、引き締まった鍛え抜かれた屈強な身体であった。
半裸の姿で、褐色の肌をしたアジアンの若者の「霊」であった。
やつは、不敵な笑みをニヤリと浮かべながら、自分の顔を覗き込んで言った。
「クックック。この時を自分は待っていたのだ」
そして、瞬時に自分の身体の上に覆いかぶさると、自分の鼻先まで顔を近付けて、こう言い放った。
「一日のうちで、お前が一番無防備なこの時を待っていたのだ」
自分の意識が混濁し、彼の「姿」が解らなくなった。
最後に、彼はこう言った。
「自分がこうしてお前の上を覆ってしまったならば、いかなる悪霊、邪霊とて、とても手出しは出来ぬであろう」

どうりで「魔除け」が効かない筈である。
だって、彼自身も「魔除け」そのものなのだからwww
彼は、いつも自分に「憑りついて」いる。
そして、自分に対して、「語りかけて来る」のだ。

「ねえ、ねえ、遊ぼう。遊ぼうよぉ」

「遊ぶ」と云っても、ただ単に、彼の「話し」を聞いているだけなのだが。
ちなみに、仕事中など、意識を集中しないといけない時は、ちゃんと「話しかけてこない」。
自分が、ぼーっとしている時だけを見計らって、話しかけて来る。

自分は、「霊」から話しかけられることなど「存在し得ない」と思い込んでいた。
また、そういう「不思議」は、滅多に起こらない、と思っていた。
だが、今では、毎日の「日常」の中で、彼とやりとりをしている。
まあ、だいだい他愛の無い、雑談なのだがwww

この世の中には、そういう「世界」や「存在」が有るということを、自分は信じるしか無くなった訳である。

公明党・創価学会とは、現在、自民党と連立を組み、安倍政権を樹立している。

そして、国政選挙は勿論、地方選挙に於いても自民党系の候補者の選挙を下支えしてくれている。

1999年の10月に自民・自由の「自自連立」に公明党が参加して「自自公連立」と成り、それから民主党政権誕生をはさんで、事実上、現在まで「自公連立」連携の体制が継続している。

既に、19年が経とうとしているのだ。

だから、自民党と公明党が「選挙協力」することが、当たり前に思えて来ている。

だが、公明党は自民党的な政治に対して極めて批判的な立場から結党しており、2009年の民主党政権誕生後は、自民党から民主党へ連携の相手を組み替える「構想」も存在していたのである。

しかしながら、民主党が、折角、政権を獲得したにもかかわらず、党内での意思決定を確固たるものに出来得なかった。

その為、公明党・創価学会は、民主党を相手に「取り引き」が成立出来ないと見切った訳である。

政党間の「取り引き」が成立しているのは、自民党と公明党だけ、と云うのが現実であって、自民党の「依頼」に公明党・創価学会が応じた場合、自民党が公明党・創価学会に対して「政治的配慮」を実行する、という訳である。

勿論、1999年の自公連立以前から、既に1980年代ぐらい前から地方議会や地方の首長選挙に於いては自民党と公明党は「与党会派」として気脈を通じていた訳である。

また、公明党・創価学会は、比較的、地方議員の影響力が大きい政党なのである。

都議会議員であった藤井富雄は、公明党が新進党結成のために公明新党と「公明」に分党した際に、「公明」の初代代表に就任した。

公明党の最高顧問も藤井富雄は就任した。

他党に於いて、ここまで地方議員が党内の中枢に位置することは皆無であろう。

だから、地方政治家のレベルに於いて、自公連立の政権樹立の以前から、自民党と公明党とは気脈を通じていた訳である。

勿論、公明党は、日本社会党や民社と共に「社公民政権構想」を抱いて、野党による政権交代を長年の間目指していた訳である。

自公連立に到るまでは、公明党・創価学会内部に於いて、相当葛藤が有った筈である。

だが、それを乗り越えられたのは、当時はまだ、カリスマの池田大作名誉会長が健在だったからである。

池田大作が自公連立を決断したところから、公明党・創価学会は自公連立へ大きく転換出来得た訳である。

しかしながら、現在、池田大作は「存命」ではあるものの、「政治的決断」を下せることは不可能な「状態」であると考えられる。

つまり、池田大作という「絶対的なカリスマ」は、死去はしてはいないものの、既に「かくも長き不在」の期間があまりにも長く経過してしまっているのである。

事実上、池田大作という「カリスマ」は、さながら画面からフェードアウトしていくように、徐々にその「存在感」を喪失しつつ有るように感じられるのである。

それは、公明党・創価学会にとって絶対的な「求心力」と「推進力」を減じさせているのではないだろうか?

かつての「入信一世」の会員が高齢化し、今では、二世や三世、四世以降の会員が多数を占めているであろう。

そうなると、やはり、創価学会という宗教団体へ入信したことへの「感激」の度合いが薄れて来る訳である。

入信一世の会員にとって、「入信以前」と「入信以後」の違いは絶対的である。

しかしながら、二世や三世、四世以降にとってみれば、既に生れる以前から創価学会の中に存在している訳である。

やはり、信仰に対する熱量に、差が生じて来るのはやむを得ないところが有るのだ。

さらに、創価学会という教団を巡る、日本の社会そのものの変容も無視出来ない。

高度経済成長と共に創価学会も教勢を伸長していった。

しかし、高度経済成長が鈍化するに従い、さしもの創価学会の教線も勢いが緩やかに成っていった訳である。

そして、今後、日本社会が徐々に縮小していくような傾向に成っていくならば、自分は創価学会の現在のような活発な諸活動は経済的に困難に成って行くように予感するのである。

創価学会は、「貧者の宗教」と云われるくらいなので、意外と入信後の「コストパフォーマンス」は良いのかもしれない。

しかし、聖教新聞をはじめとした各出版物を購入し、公明党の選挙活動に没頭するにあたっては、やはり、相当な金額を費やさずには無理であろう。

今後、日本の社会の各個人の所得金額は間違い無く減少して行く傾向に有ると自分は予感する。

何故なら、日本の社会の各個人の所得金額が、満遍なく増加、上昇していくような「要素」が全く思い浮かばないからである。

勿論、景気の良い「業界」や「企業」は存在するであろう。

だが、それらの「成功者」の利得は、日本の社会全体にまで行き渡らないと予感するのである。

そうなった場合、日本の社会やその「時代」の「気持ち」としては、やはり「縮小」的で「内向的」なものに成っていくのではないだろうかと予感するのである。

そういう日本の社会やその「時代」に於いて、現世利益を単純明快に標榜し、がむしゃらな突進的な活動を志向する創価学会という宗教団体の「スタイル」が適合するのかどうかというと甚だ疑わしい。

創価学会は、教団の施設を絶えず新設し、選挙や広告活動などに惜しげも無く金銭を投じている。

だが、その金銭の源泉は、皆、会員たちからのものである。

だから、創価学会の各会員の所得収入金額が次第に減少、縮小していく傾向に成っていったならば、否応無く、創価学会の諸活動も次第に「沈静化」していかざるを得ないであろう。

そうなれば、公明党という政党の「選挙活動」も、「現状維持」が当たり前、と云う訳にはいかなくなるであろう。

現に、創価学会内部では、会員たちの「選挙」に対する負担や消耗が看過出来ないくらい重たくなってきたという。

一部では、会員たちの生活に直結する地方議員の選挙に特化し、国政選挙から撤退する。

もしくは、国政選挙でも、参議院議員選挙だけにして衆議院議員選挙からは撤退する。

そういう事柄も想定されている、という。

もし、そういうことに成ったならば、自民党とて安閑とはしていられない。

何故なら、自民党の衆議院議員の相当数が、公明党・創価学会の「選挙支援」によって、何とか当選ラインに到達出来ている状況なのだという。

そもそもが、創価学会の会員は、低所得者層であり、いわゆる大企業の労働組合や財界に「組織化」されていない、未組織労働者や未組織事業主であった訳である。

そして、その創価学会の会員と成った、低所得者層や政治的未組織の都市住民(中小企業の労働者や事業主たち)は、本当は日本共産党の支持者に成っていて当然だったのである。

つまり、創価学会と日本共産党のターゲットとなる社会的な「層」は、大きく重なっていた訳である。

そこで、公明党・創価学会が日本共産党と一番、近接して対立している「構図」なのである。

現に、公営住宅団地に於いて、ベランダや壁面などに貼られているポスターは公明党と共産党のものばかりである。

資源ごみが回収される日には、ゴミ収集場には、日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」と創価学会の機関紙「聖教新聞」の束がたくさん並んでいる訳である。

そして、創価学会の本部が在る、東京都新宿区信濃町の創価学会系の書店「博文堂書店」の教団推奨図書の棚には、日蓮大聖人の著作である「御書」の解説本の他に、産経新聞出版刊行の「日本共産党研究」が並べられていた。

さらに、創価学会系の雑誌「第三文明」誌には、長期連載で「革新政党の虚偽」といった記事が掲載されていた。

そこから読み取れることは、現在の自民党の候補者は、国政、地方を問わず、「本来」ならば自分達に投票されることが有り得ない筈の「層」から、自公連立という「裏技」でもって得票出来得ている訳なのである。

だから、よく、いわゆる「保守派」が、「公明党・創価学会なんぞ消えてしまえ!」と云う。

しかし、今現在に於いて、公明党・創価学会が消えてしまったならば、自民党への得票数は間違い無く激減する訳である。

そして、現在、公明党・創価学会への「支持者」は、多分、日本共産党へ流れて行ってしまうと予想され得るのである。

残念ながら、アンチ自民党、アンチ与党という「層」は社会的にどうしても存在するのである。

自民党なり、保守勢力なりが、いくら情理を尽くして説得し、呼びかけたとしても、或る一定の「層」は絶対に投票してはくれないのである。

それらの「層」が、創価学会という「信仰」と「宗教団体」を媒介として、結果的に自民党候補に投票してもらえていることを、よくよく考えないといけない。

公明党・創価学会が、政治や選挙の分野から撤退、もしくは著しく関与を弱めた場合、その分の「空白」を埋めてしまうのは、日本共産党であると予想される。

現状の公明党・創価学会の「存在」と日本共産党の勢力が伸長する可能性と、どちらを選択するのか。

云わば、究極の選択をいずれ近い将来に於いて、我々は直面することに成るのかもしれない。

どちらにせよ、公明党・創価学会に依存すること無く、広範な「保守」の草の根を地道に張っていくように努力していくことしか進むべき道は有り得ない。

愚直にして迂遠な道ではあるのだが、それが一番堅実で最善の道なのである。

自分は、単なる「政治オタク」でしかなく、政治の「現場」も知らないし、ましてや「プロ」でもない。

勿論、「インサイダー」では有り得ない。

だからこそ、「こういう場」でもって、無責任なことを書き散らせる訳なのである。

そこのところを、敢えて、冒頭に書かせてもらった。

 

 

さて、ここ最近、かの「田中角栄」のブームである。

しかも、「ブーム」と呼ぶには、いささか「息の長い」ものと成っている。

何故か。

それは単なる「懐古」ではないのではないか?と気が付くべきであろう。

それは、つまり、「田中角栄」が象徴していた、かつての「田中角栄」的な「要素」が、現在の日本の「政治」の「現場」に欠落していることであろう。

その「喪失感」こそが、「田中角栄」的なるものへの「再評価」となって、かつての田中角栄と同時代を生きて来た世代だけではなく、田中角栄を新たに「知った」世代までをも惹きつけてやまないのだろう。

 

 

田中角栄が死んだのは1993年であり、既に今年で没後25年、四半世紀が経ってしまった。

だから、「闇将軍」や「今太閤」といった、当時の彼に対する「呼称」さえもピンと来なく成って来ている。

ちなみに、今年、2018年は田中角栄「生誕100年」に該当する。

田中角栄の政治を一言で表現させてもらうならば、「分配の政治」であった。

それは、彼を生んだ新潟県という故郷の風土が決定的な要因と成っていよう。

かつて、日本海側は「裏日本側」と呼ばれた。

冬には雪に閉ざされ、信濃川は氾濫し、その風土は住民たちにとって過酷であった。

田中角栄は、何よりもまず、その苛酷な風土から住民を「救済」することを目指した。

それが、新潟県と群馬県の県境にそびえ立つ「三国峠を崩せば新潟に雪は降らなくなり、崩した土砂で日本海を埋めて佐渡まで陸続きにすればよい」と云った演説の「表現」に成った。

 

さて、明治維新の「要諦」とは、「中央集権」である。

江戸時代の徳川幕府とは「三百諸侯」の大名家による「封建体制」であった。

しかも、「幕府」という「軍事政権」であり、帝(天皇)を頂点とする「朝廷」政権に対する、「臨時代理執政」であった。

つまり、「幕府」とは、現在のタイ王国が軍事クーデターによって、軍人出身の「臨時首相」を就任させて「統治」している「状態」が何代にも渡って継続しているようなものであったのである。

「幕府」の政権、統治機構の「正当性」は、あくまで天皇陛下による「朝廷」からの「任官」によって「担保」されていたのである。

だが、これは明確に「権力の二重構造」である。

「権力」が一元化され得ずに多元化した場合、どのような結果と成るかと云えば、決断と実行が遅滞し、もしくは不徹底に留まってしまうことである。

これは、「平時」に於いてはともかく「非常時」に於いては致命的な欠陥と成る。

皮肉なことに、「幕府」というものは「軍事政権」でありながら、幕末の欧米列強からの軍事的脅威に対して、対応が出来なく成っていたのである。

それゆえに、「明治維新」によって誕生した「明治国家」は、否応無く「中央集権化」の路線をひた走った。

「富国」も「強兵」も、皆、全て国外からの軍事的脅威に対しての対策であったのである。

そして、国外から軍事的脅威を撃退する為には、国内の「自国民」を弑逆することさえ躊躇しない、非情さと果断さが有った。

具体的には、不平不満の士族の反乱(西南戦争など)や自由民権運動に於ける武力蜂起(会津事件)に対して実施された。

だが、その「求心力」は、その成果として、半世紀も経たずして、欧米列強からの軍事的脅威を撥ね退けるだけの「強さ」を生んだのである。

しかし、その結果、近代日本は、さまざまなところで「後回し」に成ったところが生じてしまった訳である。

 

結局、明治国家日本は、大東亜戦争敗戦というかたちで「終焉」を迎えた。

しかしながら、容赦の無い攻撃によって焼野原と化した敗戦直後の日本は、GHQの「軍政統治」を経て、再び近代国家として再出発をする。

だが、戦後国家日本の統治機構は、戦前の「国家総動員法」のような「戦時統制国家」としての「体質」をそのまま継承してしまった。

いささか語弊が有るのかもしれないのだが、「軍事的」な要素を除いて、その他のほとんどの「統治機構」としての「体質」が、「戦時統制体制」のまま残存、維持されてしまったのである。

その「中央集権的」な国家体制に対して、果敢に立ち向かっていったのが田中角栄であったのである。

田中角栄が、議員立法の提案者としての記録保持者であることは、かつては「有名」であった。

高速道路などを敷設する為にガソリン税などの自動車に関する諸税(道路特定財源)を提案したのが田中角栄であった。

また、TVの電波に関する諸制度を整備したのも田中角栄である。

田中角栄は卓越した政策立案「能力」が有ったのである。

何故、田中角栄に、かくもずば抜けた政策立案「能力」が有ったのであろうか?

それは、「必要は発明の母なり」と云うことであろう。

田中角栄の「政治的原点」とは、故郷・新潟県の苛酷な風土に対する県民への救済であった。

そのために、政府や中央官僚たちと徹底的に掛け合うことが、彼の政治的な原動力であったのである。

裏を返せば、「地域エゴ」と云うことにも成って行くのであるのだが、田中角栄の中には「明治近代国家は、地方に対して冷たかった」という思いが根底に存在していたと思う。

それは、「昭和維新」を標榜して軍事決起した青年将校たちに通じるものが有った。

2.26事件の首謀者たちは、故郷で若い女性たちが実家の家計を助けるために女衒(ぜげん)に身を売られていった事実を、慟哭でもって受け止めていた。

この貧窮への憤怒と怨恨の念が、「昭和維新」という「国家改造」への「理想」へと突進していく原点であった。

貧窮への憤怒と怨恨は、社会主義、アナキズム、ボルシェビキズムへと人々を惹き付けていったのであるが、この「問題意識」は、何もいわゆる「左翼思想」の「専売特許」ではなかったのである。

「宗教運動」もそこから伸長して云った訳で、PLや創価学会などの新興宗教団体を生むことに成った。

また、戦前に於いて、官僚たちによって「新しい波」とも云うべき動きが出て来る。

それがいわゆる「革新官僚」と呼ばれ、「中央集権的」で「社会主義的」な国家体制プランであった。

ボルシェビキズムと共に、当時、欧州で勃興しつつ有ったファシズムなどの影響を加味して、「革新官僚」たちは、「新天地」に於いて、その「社会的実験」に踏み切っていく。

その「新天地」とは、かの「満州」であった。

石原莞爾、東條英機、そして岸信介らは、皆、満州で仕事をして来た。

そして、満州での実績と経験を身に付けた後に、日本「本土」へ戻って行った訳である。

田中角栄は、貧農(馬喰のせがれだったという)出身で、「公的」な学校教育での「学歴」は、「高等小学校卒」である。

だが、東京の王子の「中央工学校」という「専門学校」を卒業しているので、正確には「専門学校卒」であろう。

とにかく、「エリート」ではなかったため、戦前の「国家統治機構」内部に入っていくことは難しかった。

だが、土建会社を創業し、戦時中は軍部の下請けに従事し、戦後を迎えた。

田中角栄には、田中角栄なりの貧窮への憤怒と怨恨が存在しただろう。

だが、それは左翼思想という「労働者階級革命」といった方向を目指さなかった。

彼は、戦後に「再出発」をした日本の国家に対して、議員立法というかたちで故郷の県民への救済への糸口を見いだそうとしたのである。

そして、「コンピューター付きブルドーザー」と呼ばれるような、細心さと大胆さを持ち兼ね合わせた政治家へと大成していくのである。

田中角栄は、めっぽう数字に強く、さまざまな「数値」を頭脳の中に記憶して行くことが出来る能力が有った。

さらに、愛嬌たっぷりで、会った人へ強烈な印象を与えると共に、その心を鷲掴みにする人間的な魅力が有った。

それは、やはり、「愛」が為せる技であったような気がする。

だから、田中角栄は「党人」と呼ばれる、官僚ではない政治家であったが、官僚との「付き合い方」が上手かった。

官僚に対する「操縦」が上手かった、とも云えるし、官僚の「やる気」を引き出すのが上手かったとも云えよう。

後年、田中角栄の派閥からは官僚出身の政治家が多数誕生していく。

代表的な例として、内務官僚から警察官僚と成り、内閣官房の事務方としての副長官まで勤め上げた後に代議士に転じた後藤田正晴である。

彼は、中曽根内閣での官房長官であったのだが、自民党の派閥は「田中派」だったのである。

田中派が、自民党内で傑出した権力を保持出来得たのは、参議院議員を多数抱えていたからである。

参議院の一番の特色は「解散が無い」ことである。

つまり、時の内閣総理大臣であっても、「解散」でもって「辞職」させることが出来ないのである。

さらに、都道府県ごとの「地方選挙区」の他に、「全国区」が選挙区であり、日本全国に根を張った「組織」によって支持された候補ならば、例え、「地盤」という政治的な支持基盤地域が存在しなくても当選させることが出来たのである。

そこで、農協などの農業従事者の業界や土建業界、医師、歯科医師、薬剤師、看護婦、自衛隊といった「業界団体」の支持を集めることに成功した。

そして、各「業界団体」が擁立する候補者は、だいたい、その業界の監督官庁である高級官僚が政治家に転身することが多かった。

そして、各「業界」を構成する人々は、「職域」というかたちで自民党の「党員」に成った訳である。

この自民党の参議院議員で「多数」を抱えることは、自民党の参議院議員の「独自性」を生むことに成る。

そもそも、参議院は、戦前の貴族院の系譜であり、衆議院との独自性を志向していた。

「緑風会」という独自の「院内会派」が存在していた。

また、重宗雄三、河野謙三、といった議長の影響力も強かった。

また、青嵐会出身で中曽根派であった自民党参議院議員幹事長・村上正邦による影響力も強かった。

その後、村上正邦がKSD事件で辞職し、青木幹雄が自民党の参議院議員を事実上「統率」するようになっていく。

(村上正邦が参議院幹事長を辞任するきっかけは野中広務と1998年参院選の公認問題で衝突した為であると云う。

この参院選で第二次橋本改造内閣は惨敗し、参院で与党・自民党は過半数割れをきたし、橋本内閣は総辞職する。

後継の小渕内閣は、衆参ねじれ国会に苦しめられることと成る。

村上正邦の後任の参議院幹事長は青木幹雄である。

また、消費税が8%に成ったのは1997年4月1日であり、消費税増税が、参議院選挙大惨敗、衆参ねじれ国会、橋本政権崩壊の遠因に成ったと指摘出来よう。)

 

さて、田中角栄の「強さ」とは、「数は力、力は金」であった。

いわゆる日本社会の「エスタブリッシュメント」(支配階級)出身ではなかった。

日本社会の「エスタブリッシュメント」とは、「出自」といった「家柄」の他に、国立大学の「最高学府」を優秀な成績で卒業し、有力官庁へ入省して高級官僚に出世することで「参加」が可能である。

日本の「エスタブリッシュメント」は、出自、家柄といった「血縁関係」という「遺伝的閉鎖的社会」を、官僚エリートを取り込むというかたちで、外部からの優秀な「遺伝子」を吸収しているのである。

出自も学歴も職歴も無い田中角栄が、権力の中枢まで入り込むにあたっては、自らの傑出した才覚と努力と情熱だけでは無理であった。

そこで、まず、関連企業を何社も作成し、政治献金の貪欲な収集によって「選挙に強い」政治家を目指した。

そして、確実に選挙を連続して当選し、同志であり、配下である自分の「派閥」の議員を一人でも多く抱え込むことに尽力したのである。

だから、政策立案能力もそうであるのだが、選挙に関しても極めてシビアであり徹底していた。

いわゆる「賢人型政治家」は、選挙に関してやや淡泊な点が見られる。

宏池会の池田勇人の後に会長となった前尾繁三郎は政策通であり、賢人政治家として政界で尊敬されたのであるが、必ずしも選挙には強くなかった。

そして、前尾の死後、彼の後継に成ったのが野中広務であった、ということが何とも意味深に感じられるのである。

田中角栄の「選挙」に関する「名言」として有名なのがこれである。

「まず個別訪問3万軒、辻説法5万回。続いて、沢の奥まで行き、30軒、40軒しかない集落にも足を運ぶ。そして心を込めて名刺を差し出す」

さらに、

「村の鎮守様、寺の由来を頭に叩き込み、ソラで言えるようにする。神社の階段が何段あるかまで、一木一草を知らねばならない。外国ばかりほっつき歩いたり、朝から晩まで東京で演説しているようでは、ろくな政治家にならない」

田中角栄は、いわゆる「叩き上げ」であり、世間の裏表、人情の機微に通じていた。

特に、人々が貧窮ゆえに困苦していることを身に沁みて周知しており、敵味方関係無く、可能な限り、現金をばらまき続けた。

ついには、新潟県内の日本共産党の地方議員が田中角栄を鋭く追及していると、その共産党の議員までも現金を差し入れた。

当然、拒絶されるのだが、「まあ、荷物に成るわけでもないし、取り敢えず受け取ってくれ」と、なおも食い下がった、という。(勿論、受け取ってもらえなかったが)

ただ、その「金払いの良さ」が、国会の「裏側」である「国会対策」に於いては、極めて有効であった。

日本社会党や民社党などの野党国会議員が何食わぬ顔をして現金を受け取っていた訳である。

また、政治家としての候補者発掘にも熱心で、女優でタレントだった山東昭子を選挙にスカウトしたのは田中角栄であったと云う。

さらに、労働組合の活動家であった、山岸章まで手を伸ばそうとしたという。

もし、山岸章が自民党田中派から政治家に成っていたならば、労働組合の「連合」は誕生せず、与野党の政権交代も有り得なかったかもしれない。

田中角栄の「分配の政治」は、高度経済成長を成し遂げた1960年代70年代の日本社会に於いて、極めて「有効」であった。

明治維新以来、日本の国家は、ひたすら「国の富み」を集中化させて、国外からの軍事的脅威に対して費やして来た。

しかしながら、大東亜戦争敗戦後、日本はアメリカ主導のGHQの統治を経て、日本国憲法(特に9条)と日米安保条約の締結によって、国外の軍事的脅威を米軍に「外注」させてしまったのである。

国家安全保障をアウトソーシングさせてしまった訳である。

勿論、警察予備隊、保安隊、自衛隊という「組織」の誕生と変遷は有った。

だが、「専守防衛」という美名のもと、さらに在日米軍との連携というかたちゆえに、自衛隊は国家安全保障の実行部隊として大変「独自」の「かたち」に成らざるを得なかった。

だが、日本全国の「国の富み」を国外からの軍事的脅威に費やすことを「封じた」ことから、明治維新以来、行き届かなかった「部分」に対して、大々的に「国の富み」を分配することが可能に成った訳である。

だが、高度経済成長という経済的な「奇跡」は、最早、日本社会には再現され得ない。

むしろ、日本社会全体が老いて、さらに縮小していく局面を迎えつつある。

さらに、田中角栄には明確な日本国家への改造プランが存在した。

だが、現在、実は田中角栄「的」な国家プランしか、存在していない。

つまり、今だに、田中角栄「的」な国家プランしか日本国民に「共有」出来ていないために、生じて来ているのが諸問題の根本なのである。

田中角栄の「分配の政治」は、左翼勢力を減じさせるのに有効であった。

その証拠に、新潟県ではかつて日本社会党の勢力が、小作農民解放運動などの影響で強固であったのだが、それらの社会党員が田中角栄の個人後援会である「越山会」へ次々と参入していったのである。

つまり、日本社会の左翼的政治支持者を、池田勇人・佐藤栄作・田中角栄がどんどん切り崩していって、呑み込んでいった訳である。

そこから、社会党や共産党による主導の左翼運動に限界が生じ、トロツキストらの新左翼や全共闘運動という学生左翼運動へ「転進」するしか無くなった訳である。

(そして、1972年の連合赤軍の事件によって全共闘学生左翼運動は広範な国民の支持を失い、環境保護や反原発、性差別・ジェンダーなどの「個別政策闘争」の路線へ活路を見出す他無くなっていく訳である)

だが、日本と云う社会が成長や拡大という傾向から一転した現在、我々日本人全体の「国の富み」自体が否応無く、縮小し減少して行く訳である。

野放図な「分配」は、継続に限界が見えてきた訳である。

そうであるならば、本当の意味での「国の富み」の「運用」と「投資」をどのように行っていくべきなのか、を真剣に考えるべきであろう。

現在の我々が、「田中角栄」的な「政治」に、いくら郷愁や憧憬の念を抱こうとしても、最早、その「時代」に逆戻りすることは不可能であるし、許されることではないのである。

 

さて、「田中角栄」的な「政治」は、官僚を巧妙に操縦し、極めて「選挙」に強かった。

それは、一部、左翼的な「要素」を取り込み、内包することでもあった。

平成30年9月の自民党総裁選挙に於いて、石破茂が「田中角栄の最後の弟子」と自己PRしていた。

だが、「田中角栄の秘蔵っこ」と云えば、やはり小沢一郎であろう。

彼は古くから、その政治的手腕が評価され、47歳で自民党幹事長に就任した。

だが、小沢一郎は、世襲議員であり、「おぼっちゃま」であった。

貧農のせがれで「叩き上げ」であった田中角栄には、弱者に対する溢れんばかりの「同情」が有った。

だから、田中角栄の「選挙戦術」は、人情の機微を知り尽くした巧妙さが有った。

しかし、小沢一郎には、ただ単に「テクニック」としての「選挙戦術」しか感じられ無いのである。

ここをこうすれば票に成る。

そういう、「手練手管」の面ばかりが鼻につくのである。

その証拠に、小沢一郎には、その政治的手腕と強大な権力を慕って、幾人もの「側近」が生まれて来た。

中西啓介、熊谷弘、二階俊博、船田元など。

しかし、彼等は最終的に、皆、小沢一郎から離れていった。

同志であった、羽田孜や渡部恒三、鹿野道彦、小池百合子らも離れて行った。

彼に終始付いていたのは平野貞夫と藤井裕久ぐらいであろう。

側近がどんどん離れて行く、という致命的な「欠陥」を持った政治家は、この小沢一郎の他に田中眞紀子が挙げられよう。

そう云う面で、現在、「田中角栄」の薫陶を受けている政治家は、現役では二階俊博であろう。

そして、もう一人は青木幹雄であろう。

この二人の共通項は、「仕事師」であることである。

決して表立った「地位」を目指さないであるが、ちゃんと「仕事」をする。

「仕事を仕上げることが出来る」そういう政治家なのである。

政治に於いて、「仕事を成し遂げられる」ということは、いかに「他人を操縦するか」ということにかかって来る。

自分自身が動き回るということも必要ではあるが、それ以上に、明確にして精緻な「戦略」を構築し、「組織」の「筋目」「ポイント」を的確に読み取って押さえていく。

そうすることによって、敵味方共に、自分の「戦略」の中に組み込んでいき、他人を巧妙に「操縦」していくのである。

そして、その為には、「匿名性」を甘受するのである。

勿論、それは「院政」や「権力の二重構造」、「政治的決定の無責任化」という弊害をも生むのである。

そして、今日に至る日本政治の「権力の二重構造」を決定的に構築したのは、田中角栄であった。

田中角栄が、自分の関連企業でもって政治資金調達のための「錬金術」に没頭していたさなか、立花隆が文芸春秋のスタッフらと「田中金脈研究」というルポを月刊・文芸春秋誌に発表する。

その結果、田中角栄は、内閣総理大臣を辞任する。

まさに、「志半ば」での辞任であった。

その後、「バルカン政治家」の三木武夫が総理に担ぎ出されたが、「三木おろし」で自民党内は大荒れに荒れる。

何とか三木武夫は粘りまくったのだが、結局、田中角栄の「ライバル」であった福田赳夫が総理に代わる。

そして、福田赳夫が再選を目指したところ、大平正芳が田中角栄の支援によって自民党総裁選の予備選で、党員票でもって福田赳夫に圧勝する。

そのため、福田赳夫は総理と自民党総裁を辞任し、大平総理が誕生する。

ところが、福田赳夫と大平正芳との自民党内権力闘争は過熱し、日本社会党らの野党が提出した「内閣不信任案」に対して、福田・中曽根らの自民党「反主流派」の議員が国会の議場に欠席することによって「可決」してしまう。

そのため、与野党共に「望まない」かたちで衆議院・解散総選挙が実施され、その選挙の最中に大平総理は病気で急死してしまう。

選挙は大勝したのだが、大平総理は死んでしまったので、急遽、同じ派閥内の鈴木善幸が総理に担がれる。

そして、その後に、中曽根康弘が田中派に担がれて念願の総理に成るのだ。

中曽根内閣は、「田中曽根内閣」「直角政治」などと揶揄されたのだが、田中派の後藤田官房長官などに支えられて安定した政権運営と成る。

つまり、三木内閣以降、福田、大平、鈴木、中曽根の内閣の陰で、田中角栄は自民党内最大派閥の首領(ドン)として、その意思を無視することは不可能であったのである。

しかも、田中角栄は「ロッキード事件」で逮捕・起訴され、自民党を離党し、「無所属」議員に成ったのである。

つまり、自民党による「政権」の裏では、自民党の党籍さえ無い無所属議員の意思によって操縦されていた、と云う訳である。

これでは、時の総理大臣の政治的決断の「責任」が問われた時、本当に、その時の総理を「追及」することが可能であろうか?

自らの意思とは関係無く、田中角栄の影響下に有ったならば、その政治的「責任」はどうなるのであろうか?

さしずめ、東京裁判のように、「共同謀議」というかたちでもって、「訴追」するしかないだろう。

この「権力の二重構造」は、容易に「無責任体制」を惹起せしめる。

だからこそ、「権力の二重構造」は好ましくないのである。

二階俊博にせよ、青木幹雄にせよ、この「権力の二重構造」を渦中で「体験」している。

それゆえに、権力機構に於ける操縦法も遊泳法も、共に卓越していると云って過言ではなかろう。

今回の平成30年の自民党総裁選挙に於いて、自民党の党員票の相当数が石破茂に流れたのは、ひょっとすると「職域」の自民党員の「支持議員」である、参議院議員の竹下派が青木幹雄の「指示」によって「石破支持」へ舵を切ったことによる影響かもしれない。

しかし、「政治的なスタンス」とは、誠に「相対的」なものであると痛感する。

かつて、山崎拓は自民党の右派の急先鋒であった。

その証拠に、かつて山崎拓は中曽根派の若手政治家であったのだから。

ところが、YKKを経て、加藤紘一が失脚し、小泉政権が5年も続いて、安倍政権が誕生した時、当時の第一次安倍総理を徹底的に足を引っ張ったのは、「右派政治家」であった山崎拓であったのだ。

そして、中曽根派が、山崎拓による「山崎派」を誕生させた時、彼に同調出来得なかった中曽根派の議員は「志帥会」を結成した。

当時は、村上正邦や江藤隆美、亀井静香が率いたので、「村上派」とか「江藤・亀井派」と呼ばれた。

そして、村上正邦がKSD事件で辞職し、亀井静香が「郵政解散」で自民党を離党して国民新党を結党した。

さらに江藤隆美が引退してしまって、「志帥会」は伊吹文明が継いだ。

そして、伊吹文明の「伊吹派」と二階俊博の「二階派」が合流して、現在の「二階派」に成ったのである。

かつての「中曽根派」のイメージから相当、隔たったイメージに変わったと自分は個人的に感じるのである。

 

田中角栄の「系譜」は竹下登を経て、「小渕派」というかたちで残った。

しかし、「自民党をぶっ壊す!」と絶叫した小泉純一郎によって、自民党総裁選挙に敗北した橋本龍太郎は、かつての政治的な精彩を失ってしまった。

さらに、「田中派」「竹下派」の権力の「源泉」であった参議院自民党の支持基盤であった「業界団体」へ、小泉政権は斬り込んで行き、最終的には郵政をズタズタにしていく。

自民党の「最強支持基盤」であった「特定郵便局長会」は、自民党から離れて国民新党を支持していく。

さらに、村岡兼造や鈴木宗男らが逮捕され、旧竹下派の有力議員が相次いで政界から引退していった。

小泉・安倍・福田という、福田赳夫の系譜の派閥の政権が連続し、田中角栄・福田赳夫から始まった怨念の政治闘争は、額賀派・竹下派への「抑え込み」でもって、安倍晋三の「勝利」の「様相」に見える。

しかしながら、政界とは魑魅魍魎が棲む「異界」であるwww

自分のような「市井の凡人」には、その詳細な真偽はとてもではないがうかがい知ることは不可能である。

 

そろそろ、この取り留めの無い「拙文」を切り上げたい。

残念ながら、「書き手」の頭脳に明晰さが足らぬゆえに、まとまりの無い駄文に堕した。

最後に、お付き合い下された読者諸賢に対し、感謝とお詫びを申し上げて「おしまい」とさせていただく。

どうも有り難うございました。

戦後70数年という「経過」が、戦死された「ご先祖様」が靖国神社・護国神社にお祀りされた「英霊」であるという「前提」をすっかり「風化」させてしまっている。
だから、「ご先祖様」と「英霊」が「断絶」しているのである。
これでは、我々の父祖たちが行って来た英霊への「奉慰顕彰」の祭祀が継続出来なくなってしまう。
「英霊」とは、東条英機総理などの「戦前の歴史上の人物」を指すのではない。
「英霊」は、我々日本人の「ご先祖様」なのである。...
「英霊」を、さも我々の「家庭」や「日常」からかけ離れた遠い存在に変えてしまったのは何か?
それは、明確に左翼の反日プロパガンダ(宣伝工作)の結果である。
今こそ、我々日本人は、左翼の反日プロパガンダから「覚醒」し、我々の「ご先祖様」を「取り返す」行為を行わなくてはいけない。
英霊への感謝報恩の「ご供養」の「意識」こそ、我々日本人の心と魂の「国土回復運動」(レコンキスタ)の「原点」だと自分は痛感する。

お笑いコンビ(だった、と過去形を最早使うべきなのかどうか)キングコングの西野氏が、大ヒンシュクをかっている。
先般、世に出した自らの「絵本」に関する「美術館」の設立を目指し、約3億円の借金をしたのだが、その返済に向けて、広く「寄附」を募った。
その「寄附」の「募り方」が、世間の(特にネット世論の)ヒンシュクをかったのである。
要は、西野氏は「乞食芸」が下手糞だったのだwww
他人から金銭を募る、ということは古来から多く存在していた。...
「勧進」(かんじん)と云い、歌舞伎十八番の中の「勧進帳」の題名にも出て来る。
「勧進」とは、寺社などへの寄付であり、新たに堂宇や社殿、仏像を建立する際への資金集めであった。
しかしながら、「対価には労働が伴う」訳である。
いいや、「労働」と表現するよりも、「顧客満足」と云うべきであろうか。
つまり、いかに「他人からお金を気持ち良く出させるのか」ということであろう。
「喜捨」と云う言葉が示すように、お金を出してもらう人が気持ち良くお金を出してもらえるようにしなくてはならない。
それが「芸」であり、「サービス」であり、「商品」と云うことに成る。
結局のところ、西野氏の「絵本」は「金が取れる芸」であったのだが、その「美術館」に関しては「金が取れる芸」ではなかった、と云うことに尽きよう。
他人からお金を「入手」するということの困難さと有り難さを、もっと我々は深く自覚すべきだ。
そもそも、「借金」でさえ、それが出来ることは至難なのである。
だからこそ、企業経営者たちは血眼に成って日夜、金策に奔走しているのである。
「借金」でさえそうなのだから、「お金を貰う」ということの「重さ」はもっと深刻に、真摯に受け止めなくてはいけない。
自分がお金を拝受するだけの「価値」を有しているのかどうか。
そこのところを徹底的に自分自身を突き詰めていける人間でなければ、早晩、道を誤ることと成ろう。
はっきり云って、他人から「おひねり」を投げてもらうには本当に苦労と精進が欠かせない。
所詮、西野氏は「おぼっちゃま」だったのだろう。
そんなボンボンが、「乞食芸」の真似事をしたところで、「ご祝儀」どころか批判と指摘しか投げ付けられなかったということであろう。
いわゆる、世間の「意識高い系」の諸氏各位には猛省をお願いしたいところである。

実は、自分が就寝する時、自分よりも遥かに長身の屈強な男が自分の上に覆いかぶさってきます。
と、云うより、彼は自分のすぐ背後に常時、貼り付いています。
自分は、「彼」に憑りつかれているのです。
そして、彼は、ニヤリと笑みを浮かべながら、
「俺はお前から絶対に離れない!俺はお前を絶対に離さない!」と断言するのです。...
さらに、「俺にはお祓いなんぞ効かないからな!」とも云います。
彼は、東南アジア人の青年で、褐色の肌をし、身長は180センチを超える長身です。
ゴツい感じではないのですが、引き締まった「鞭」のような屈強な身体で、さながらムエタイのチャンピオンのような感じです。
顔はイケメンwwwですが、両目がクリクリと大きく、とにかく目力が強烈で、彼に見据えられたら凍り付いてしまいそうな魔力を宿しています。
さらに、恐ろしくずる賢く、奸智に長け、いつも何かしら悪巧みを考えています。
術数策謀、手練手管に秀で、罠や仕掛けを施すことに喜びを見出しています。
一方、単なる頭脳派ではなく、戦闘能力にも秀でていて、とにかくすばしっこく、細身の身体には似つかわしくないくらいの怪力で、技巧にも長けています。
しかし、彼の一番の「強さ」は、とてつもなく「タフ」であること。
倒されても、斬られても、転がされても、すぐに這い上がり立ち上がってくる凄まじいほどのしぶとさであり、「命を1000個持つ」と思えるほどなのです。
しかも執念深く、粘着質で、諦めるということを知りません。
一言で云うと「曲者」です。
まさに狡猾にして剽悍(ひょうかん)な偉丈夫。
そんな霊が常時、自分に貼り付いています。
ここまで見て来ると、彼は「悪魔」としか思えませんが、彼が「悪魔」と決定的に異なる点が有ります。
彼は「律儀」なのです。
実は、彼は、自分が東南アジアから「お招き」した「神様」なのです。
その「神様」が籠められている木偶は、「お地蔵さん」のような感じなのですが、自分は「中の御方はイケメンの青年のお姿だな」と解りました。
そして、その異国から来られた「神様」の御存在を常時、感じながら生活しています。
この「神様」は、とてもおしゃべりなのですがwww、自分が忙しくしている時は、話しかけてはきません。
自分が暇そうにしていると、「ねえねえ、」と話しかけてきます。
大変、食いしん坊で、毎朝「朝ごはん」を催促されます。
しかし、ちゃんと「ご供養」させていただくと、しっかりと「御働き」下さいます。
例えば、自分は現在、野外で仕事をしているのですが、ほとんど雨に降られてずぶ濡れになることがありません。
確かに、仕事中に雨には遭います。
しかし、パンツまでぐっしょりになるくらいまでの土砂降りには遭わないのです。
屋外の仕事が始まるまでの移動時間などには雨が降るのですが、いざ、仕事を始めようとすると、霧雨になるか、雨が止んでしまうのです。
この頻度は、偶然と呼ぶにはあまりに確率が高過ぎますので、明らかに作為を感じます。
これは、間違い無く、彼の「仕事」です。
最後に、彼の「正体」を明かしますと、彼は「蛇神」様だと感じます。
何故なら、
1、眼に魔力を宿す
2、執念深く粘着気質
3、しぶとい(例・ヒドラなど)
4、水を操るのが得意
5、美男美女(三輪大明神は白蛇の神様ですが、人身のお姿の時は美青年として現れました)
6、東南アジアの神はナーガと云い、コブラの神
といった要素が合致するからです。
で、その執念深さ、粘着気質が自分に対して強烈な「執着」と成っているのです。
ということで、今現在も、この蛇神様が一緒にいます。
自分は彼のお蔭で、この世の中には、「目に見えない存在」が確固として居られるのだ、ということを確信出来ました。
今後とも、末永く、お付き合いさせていただきたいと願っております。

亡父は下戸で、コップ一杯のビール1杯で真っ赤になって酔っ払って寝てしまう人であった。
自分もお酒が強い方ではないのだが、亡父ほど下戸ではない。
ただ、我が家は「晩酌が無い」家庭だったので、飲酒が日常生活の中に存在しなかったのである。
だから、自分はお酒を飲みたいと云う気持ちが起こらない。
確か、或る年は、たまたま、アルコールを全く飲まなかった年が有ったような気がする。...
一方、亡父は大の甘党だった。
和菓子やアイスが好きで、冬でも井村屋の「あずきバー」などが冷蔵庫の冷凍庫に入っていて食べていた。
勿論、自分も甘い方が好き。
だから、現在の「緩みきった」www身体の主因は、甘いものの摂取である。
なお、煙草は喘息持ちなので、一切吸ったことが無い。
だから、酒も煙草も「飲まない」。
(ちなみに、昔の人は「煙草をのむ」という表現を使った。自分の祖母がこの表現を口にしていたことを記憶している)
むしろ「プロテイン」の方が、多飲しているwww
亡父は、自己紹介の時に、自分が下戸であることを云い、その後こう付け加えた。
「自分は、皆さんよりも人生の”愉しみ”がひとつ少ないのです」と。
亡父は「口下手」だと自認していたのだが、逆に多弁で墓穴を掘ることは無かった。
その点に関しては、自分は全くの「不肖の息子」であり、大いに恥じ入っている。

今日で5月の大型連休が終わる。
明日から自分は仕事だ。
ところで、国会の野党のセンセイ方は、いつまで「お休み」するのかな?
まあ、いつまでも休んでも、お給料は満額もらえるから、ずっとお休み出来て大層良い御身分ですね!
どうせ、居ても居なくても変わらないようなので、このままずっとずっと「審議拒否」をなさって、衆議院解散総選挙の時まで全部「お休み」されていたらいかがですか?
自分は、いっこうに差し支え有りませんが?

よく、いわゆる「保守派」の集会に参加していた時のこと。
いわゆる「保守派」系のマスコミである、産経新聞を支援しようと産経新聞の購読申込み用紙を配布資料としてたびたび受け取っていた。
だが、結局、その申込み用紙は活用される事無く、古紙資源ゴミとして終わった。


そもそも、宅配の定期購読新聞紙を他社へ切り替えると云うのは、結構、冒険なのである。...
常日頃、読み慣れた「新聞紙面」から変化する訳である。
自分は、かつて独り暮らしの時に、宅配購読新聞紙を朝日新聞から東京新聞へ切り替えた時、その論調がほとんど変化が無かったにもかかわらず、違和感が生じた。
新聞各社によって、活字の大きさやかたち、紙面構成などが異なるからである。
だから、今現在購読している新聞を切り替えさせるというのは、実は結構ハードルが高いのである。
それこそ、「祖父の代から朝日新聞」といった家庭がゴマンと存在するのだ。
また、自分が以前、お世話に成った「お化けが見える」元上司の家庭では、元上司の御尊父様が、学生時代に読売新聞の奨学生であったため、その義理でずっとずっと読売新聞を購読されていたという。


しかしながら、やはり、産経新聞社を応援したい。
ならば、夕刊フジを買えば良いのだ。
そして、自分が読み終わったら、他に読みたい人へ差し上げれば良いのである。
自分は現在、馴染みの接骨院へ毎日、読み終わった夕刊フジを差し上げている。
そして、接骨院の先生方がお読みに成った後は、待合席に置いてくれて、接骨院に通院される方々の目に触れているのである。
中には、夕刊フジを楽しみにしているオジイチャンも居るとのことwww。
これなら、確実に産経新聞社への「入金」がされるし、産経新聞社の「論調」に接する人の数を増やせるのである。

もし、夕刊フジに対して抵抗感が有るのならば、サンケイスポーツ紙で良い。
「産経新聞」的な「論調」には接することは出来なくても、産経新聞社を経済的に支援することにはつながるのだから。

もっと金銭に余裕をお持ちの御仁ならば、月刊誌「正論」を定期購読されて、読み終わったら友人知人へ進呈すれば良い。
月刊誌「正論」には連載記事も大変充実しているので、どんな月の号でも読み応えが有るだろうし。


以上、産経新聞社への「支援」という「やりかた」一つとっても、いわゆる「保守派」のやり方は、「一本調子」な感じがする。
確かに、産経新聞紙がもっと購読者が増えれば、一番ベストなことではあるのだが、その「次」が無いのである。
「戦い方」は、たった一つだけではない。
実は、次善、次々善の策というものが存在する。
にもかかわらず、ごくごく限定された「戦い方」しか認めないのは、あまりに思考回路が硬直化してはいまいか?
一事が万事である。

いわゆる「保守派」界隈の方々と意見交換をすると、「純粋」な感じの方が多い。
「ピュア」と云うと聞こえは良いのだが、それは「狭量」である一面も持っている。
だから、ちょっと毛並みの違った「表現」をすると、途端に激昂したりする。
たった一言の「表記」や「語句」でもって、「同志」から「天敵」へ一変する。
自分は、その厚情と酷薄を味わわされ、一時期「人間不信」と「自己嫌悪」の淵に沈んだことが有る。...
だから、左翼はもとより保守派に対しても、虚無的な意識を持たざるを得ないのだ。
まあ、自分は「他人から失望させられるくらいだったら、自分から絶望した方がマシ」という「弱虫」だからでもあるのだがwww


それはさておき、
現在、いわゆる「保守派」の「大目的」は「憲法改正」である。
「憲法改正」への道のりは、誠に迂遠であり、短兵急には絶対に事が運ばない。
だから「急いてはことを仕損じる」訳である。
また、突っ込んだ「議論」をしていく上で、「理論武装」や「論点整理」といった「知的」な準備や戦略も必須である。
ただ、「政治運動」と云うのは、やはり「熱情」が無くては始動出来ない。
だから、絶えず「熱情」を駆り立てることに汲々とする。
また、「熱情」には、基礎知識や学習が不要なので、安直に「熱情」ばかりに傾倒し過ぎる。
結局、それは単なる「暴発」にしかならない。
少なくとも、自分が2003年から見続けているネット界隈の「保守派」の諸活動が、その投じられる「熱情」の割りには「対費用効果」が少ないのは、最終的に「熱情」の「暴発」に帰結してしまっているからであろうと感じる。


自分は、「本当の正念場は来夏2019年7月の参院選である」と指摘した。
だが、多分、多くのいわゆる「保守派」は、この指摘の重要性が理解出来ていないだろう。
むしろ、「参院選までまだ1年2か月も有る。今は、憲法改正運動にこそ傾注すべきだ!」と叱られるだけだろう。
こういう「会話」をすると、もう、何も話したく無くなる。
まず、自分は「憲法改正運動を止めろ」とは云っていない。
ただ、現時点の状況から云って、平成30年の年内に於いて憲法改正の発議さえ至難なのである。
来夏の参院選まで間に合わせるのは、相当大変である。
だったら、「何とか参院選までに間に合わせれば良いではないか?」などと云う。
確かに、「納期」や「締め切り」を設定しなければ、「行程表」は精緻に作成出来ない。
しかしながら、現在のいわゆる「保守派」は、単にしゃにむに「憲法改正」まで突進すれば良い、そのレベルである。
何かというと、「とにかく、やってみなければ解らない」などと云う。
はっきり云わせてもらう。
事前に「やってみなければ解らない」ような愚昧さならば、絶対に「やらない」方が良い。
だって、ろくに考えも無しに突っ込んで、勝利も成功も栄光も勝ち取れる筈が有り得ないではないか?
さらに、「そう云う戦略はお前が考えろ」などと云う。
戦略を立てられず、持ち合わせてもいないくせに、慎重さと謙虚ささえも持っていないのならば、単なる破滅願望による衝動に駆られているとしか感じられない。

自分としては、来夏の参院選の後まで「憲法改正」が遠のいたならばどうするのか?と云うことを指摘したい。
さらに、「憲法改正」の運動と、対「参院選」の運動は、両立しうる。
というよりも、参院選への地道な選挙活動の中の一つの「要素」として憲法改正を組み込むべきであろう。
具体的に云えば、ネットではなく、リアルな「人間関係」の「再構築」であり、新たな「人間関係」への構築への展開である。
いわゆる「保守派」内部でのマスターベーションでは駄目なのである。
「ネットでのアンケート調査では」などと、自分達に都合の良い「数値」ばかりに依拠してはいけない。
もし、そこまで言い張るのなら、これから行われる全国の各地方選挙に於いて、自前の候補者を1人でも多く当選させて欲しい。
地方選挙であろうと、憲法改正の国民投票であろうと、「投票」方法はほとんど変わらない。
だから、地方選挙で「下位当選」さえ不可能なら、憲法改正の国民投票での勝利も不可能であろう。
はっきり云って、いわゆる「保守派」はあまりに選挙に弱過ぎるのだ。
では、何故、選挙に弱いのか?
それは、準備と戦略が無いからである。
特に、準備が圧倒的にしていない。
ちなみに、日本共産党は、既に来夏の参院選へのポスター貼りを行っている。
東京選挙区の吉良よしこのポスターは、既に東京都内全域に貼りまくられている。
また、八王子市に於いては、来春の八王子市議選に向けて、立候補予定者の名前で「市政報告」が各戸へ投函されている。
つまり、いわゆる「保守派」が内輪の集まりだけで気勢を挙げているだけなのに、左翼は既に選挙区を全力で走り回っているのである。
この圧倒的な準備不足こそが、無様な選挙結果と成って現れるのである。


「憲法改正」も重要である。
これが、「政治運動」の「目標」であり、その設定された「目標」に対して「政治運動」の実践活動が為されていくのだ。
しかし、その実践活動が、どれだけ確実に得票に到っているのかどうか、甚だ心もとない。
何しろ、いわゆる「保守派」はてんで選挙に弱いからである。
せめて、そこらへんは公明党・創価学会を凌駕するほどの「結果」を出せるほどの「実力」を涵養させるべきであろう。
いわゆる「保守派」内の会話で、「うちには組織が無い」などと安易に愚痴を云う。
「組織が無い」と嘆くくらいならば、まず地道に「組織」を構築していくべきだろう。
さらに、組織を構築していくには、まず、こちらに無関心な人の声に対して、真摯に耳を傾けることである筈。
ただやみくもに、自説をがなり立てるだけのいわゆる「保守派」ならば、何時まで経っても「組織」なんか無いままである。
結局、選挙のたんびに、創価学会・公明党の「組織」に「依存」することになるのだが、本当に、いわゆる「保守派」はそれで良いのか?!

こんなことを書くと怒られそうだがwww
以下、あくまで、自分の独断と偏見でのことです。
悪しからず。


ここ数年、ジムで筋トレしていると、圧倒的に「お洒落」な方々が増えた。...
一昔は、筋トレに打ち込む人は、それこそ「修行僧」のようなストイックさで、トレーニング「のみ」しか興味が無いような人が多かった。
だから、髪型も服装も無頓着な感じの人が多かった。
トレーニングウエァも擦り切れてボロボロ。
タンクトップがちぎれていたら、結んで、さらに使い込む。
まあ、これも一種の「お洒落」だったのかもしれないのだが、ここ最近のジムでトレーニングをされている方々を見ると、大変、「お洒落」なのである。
帽子をかぶったり、ヒゲも無精ひげではなくて、ちゃんと手入れされたもの。
つまり、マッチョであることが「お洒落」である、という「感覚」を持った人が増えたのであろう。
少なくとも、今から20年前は、マッチョは「変な人」という扱いだった。
かの伝説的なボディビルダーのマッスル北村選手が、明石家さんまのTV番組に出た際は、何と云うか、扱いがやっぱり「凄いけど変な人」という感じが有った。
だが、ここ最近、TV番組でボディビルチャンピオンの鈴木雅選手が登場する際は、賞賛(リスペクト)の色合いが濃くなった。
これは、明確に、「決定的」な変化と云えよう。
現在、パーソナルトレーナーの方々で、自分でスポーツウェアや帽子などをデザインする人が多い。
こういう美的感覚を、素直に出すような「お洒落」な人が現在、ジムで真剣にトレーニングをされているのである。
やはり、これは、ボディビルの他に、フィジークやベストボディといった新たなジャンル、発表の舞台が設定されたことが大きいのだろう。
そして、お洒落で美的感性が鋭い方々が集まるように成ると、そこは「格好良い」イメージと成り、大衆が惹きつけられて来るように成るのだ。
それこそ、昔のボディビルダーだって、充分格好が良いのであるが、現在の方々と比べて「お洒落」に敏感であったかどうか?というと、自分は「お洒落」よりもストイックさを優先して来たような気がするのである。
だが、マニアックでストイックな集まりが熱を帯びて来ると、やはり、間口が狭く成り、敷居が高く成るのである。
別に、大衆を忌避している訳では無いのだが、自然と「変な人」ばかりしか集まらなくなるのである。


これを見て気が付いたのは、昨今の左翼運動である。
かのSELDS(シールズ)が登場した際、自分は、頭の中身はともかく、その「お洒落」な美的センスに関しては脅威を抱いた。
だが、何時しか、左翼運動は「アベ政治を許さない」に成っていた。
あの殴り書きの黒文字のみの「表示」を目にした途端、自分は安堵した。
確かに、「アベ政治を許さない」と云うのは、極めて明快である。
だから、左翼運動にどっぷり浸かっている人には、我が意を得たり!でヒットしたのだろう。
だが、あんな野暮ったくて、小汚い「表示」を得意満面に全面に打ち出す、その美的センスは醜悪以外の何ものでもなかった。
だから、SELDSの頃に蝟集して来た若者たちが、潮が引いたようにいなくなったのである。
実は、左翼運動の中でも「お洒落」で美的センスに秀でた人は存在する。
だが、彼等彼女等は、現在の左翼運動を主導する連中の中に入っていないのだ。
一つは、全共闘世代以上の年寄りが政治運動の主導権を握ったまま離さないのだろう。
あともう一つは、比較的若い世代もストイックでマニアック過ぎるために、野暮ったいものしか受け付けないのだ。
だから、その政治運動に広がりが生じて来ないのである。
なお、これは左翼運動に限らない。
いわゆる保守派もてんで「お洒落」ではない。
その異様さ、野暮ったさ、小汚さを左右でお互いに張り合い続けているのである。
これでは、さながら「仲良く喧嘩しな」と云う風である。


最後に。
サークルでも、会社でも、何でも良い。
人間の集まりの中で、「お洒落」な人が居づらくなっていった場合、早晩、その「集まり」は、閉鎖的に成り、小さく小さくまとまって行って、弱小化して行く。
だから、「お洒落」な人は大切にしなくてはいけない。

今、左派系の新聞や雑誌が喜々として「安倍3選は無理だ」といった論調の「分析」記事を載せている。
誠に愚かしい。
これらの記事は、「情勢分析」ではなく、単なる「希望的観測」に過ぎない。
旧日本軍の愚かな参謀たちと全く同じである。
自分達が「正しい」と思い込んでいることが、現実化すると思い込んでいるのだ。...
確かに、安倍内閣の支持率はジリジリと下降している。
だが、かつてのリクルート事件の際の竹下内閣の支持率急落などと比べたら、まだまだ大したことは無い。
それに考えても見よ。
安倍総理から石破茂や岸田政調会長に代えたところで、安倍さんよりも支持率が上昇すると云い切れる「根拠」が有るのか?
さらに、来年の統一地方選挙や参院選で、勝利出来ると云い切れる「確証」が有るのか?
はっきり云って、石破や岸田、野田聖子が成ったところで、現在の安倍総理よりも内閣支持率が上昇する筈が無い。
小泉進次郎という「奇手」が有るが、自民党は「組織」政党である。
かつての日本社会党や民主党のような「選挙の風頼み」の政党とは訳が違う。
実父の小泉純一郎も、岸信介・福田赳夫・安倍晋太郎の系譜の派閥の下支えが有ったからこそ、いくらエキセントリックであっても「組織」が付いて行ったのである。
まだ、小泉進次郎では、自民党は指揮出来ない。
そして、さらに「組織」政党である公明党・創価学会が支えきれないだろう。
ならば、結局、現時点(平成30年5月5日現在)に於いてもなお、「安倍さんの次は、安倍さん」と云う「状況」に変わりが無いのである。
ちなみに、自分は石破、岸田、野田が総理に成っても支持しない。
彼等では、北朝鮮問題やアメリカのトランプ政権との交渉などの国難に対処不可能だからである。
また、「財政規律」を安直に出して来て、折角立ち直ってきつつある「好景気」をぶっ潰そうとしている。
こういう国民の生活感を無視した無神経ぶりには、絶対に支持出来ない。
当然、これらの「ことがら」は野党へも云えることで、現時点で「政権交代」など絶対に許してはいけない。
だから、結局、消去法で、今年9月の自民党総裁選挙は安倍総理の3選、続投で行くしかない。
もし、安倍総理退陣の可能性が有るとしたら、来年2019年7月の参院選で惨敗した時であろう。


ということで、本当の「正念場」は、来夏の参院選である。
自民党総裁選や憲法改正に向けて、いろいろと意見が噴出するであろうが、それは枝葉末節の「おしゃべり」でしかない。
全ては、来夏の参院選で勝利出来るか否か、で決まる。
はっきり云って、来夏の参院選の前までに憲法改正の「国民投票」まで持ち込めるのだろうか?
不可能だろう。
ちなみに、それは、昨年の、10月22日に衆院選に勝利出来得た時期の「状況」であっても、2019年7月の参院選までに憲法改正の「国民投票」が出来ることは不可能だったと感じる。
何故なら、比較的、改憲に前向きな「希望の党」よりも、より左派色が濃厚な「立憲民主党」が圧倒的に支持を集めたからである。
今後は、「まず、参院選の勝利有りき」でもって、立ち居振る舞いを意識しないと駄目だと思う。
繰り返す。
来夏の参院選で惨敗したならば、憲法改正の発議条件(衆参両院の議院の3分の2以上)が消滅する。
ひいては、安倍政権も退陣する。
かつての第一次安倍内閣退陣の後の福田康夫内閣みたいな訳の解らない変てこな「政権」に変わってしまう。
そうなったら、いくらネット上で悲憤慷慨しようが、集会やら街頭示威行動やらでいきり立とうが、何の成果も出せなく成る。
幸い、まだ日数が残って居る。
だから、「残り少ない日数」を大切に有効活用するように、是非とも心掛けて欲しいものである。
特に、参院選の地方選挙区の1人区での当落が参院選全体の結果を決定する。
ゆめゆめ怠ったり、油断してはいけない!!!

「平和的解決」と「隷属」を取り違えている人が居る。
無自覚で、そのように「理解」しているのなら「おめでたい」奴。
一方、解っているにもかかわらず、そのように「理解」している「ふり」をしているのなら、人間として信用ならない奴であろう。
どちらにせよ、或る一定の距離を保って「お付き合い」するしかない奴である。

財務省など、日本の最優秀な人材がそろっている筈の中央官庁で、驚くほど程度の低い粗相の連続。
確かに「褒められた話しではない」。
だが、それで、「内閣総理大臣は責任を取れ!担当大臣は辞職せよ!」と云い切ってしまえるのが、おかしい。
考えてもみよ。
安倍総理、安倍内閣でさえ、この「体たらく」なのだ。...
「安倍一強」の状態でさえ、この「体たらく」なのだ。
では、その他の政治家が内閣総理大臣に成ったところで、果たして中央官庁へ睨みを利かせることが出来るのか?
ましてや、選挙で惨敗し、世論調査で政党支持率が自民党より遥かに低い野党各党が、中央官庁を監督出来るのか?

一方、「これらは全て、安倍総理が仕組んだこと」などと云うのなら、とんだ「陰謀論」である。
要は、政官共に弛緩しきっているがゆえの醜態なのだ。
誰彼構わず、全員辞任させようとしたならば、その後は混乱しか有り得ないだろう。
で、行政府と立法府が混乱し、停滞したならば、最終的に被害を受けるのは国民なのである。
現に、国会は野党による「審議拒否」でもって空転している訳だが、その期間の日数も、政治家はもとより、官僚たちにも満額の給料が支払われる訳である。
かつて、労働争議のストライキ(同盟罷業)を行った際は、その分の給料は支払われなかった。
当然である。
だって、働いていないのだから。
「働かない」という態度で、労働争議を行うのがストライキなのだから。
で、ストライキを打てば、当然、労働組合員には給料が支払われないので、そこで、労働組合では「闘争準備金」という「貯え」をしていて、ストライキ期間中の労働組合員への支給金として準備していた。
ところが、国会では、「審議拒否」しても、全員、給料は満額支払われるのだ。
勿論、その給料の出所は、我々国民の「税金」からである。
別に、「審議拒否」を全否定する訳では無い。
ただ、程度の問題である。
情報公開や、ことの真相を究明するのが「主目的」であるのならば、国会内で特別委員会を設置して、とことんまで審議するべきだろう。
「審議拒否」をして、国会を空転させ、その他の法案などの審議を全く遅滞させるというのは、政治家としての責務を果たしているとは云えないだろう。
政治家よ、国会議員よ。
ちゃんと「仕事」をしてくれ!
もう、その「したり顔」には、うんざりしているのだ!

一部で、現在の財務省・防衛省などの問題で、ジワジワと内閣支持率が低下している状況を「打開」するために、「衆議院解散・総選挙」を口にする人がいる。
馬鹿か。
総選挙は、昨年の10月22日に有ったばかりではないか?
まだ半年ぐらいしか経っていない。
そんな「時期」に、「衆議院解散・総選挙」を口にするなんぞ、頭がどうかしている。
これが、安倍政権を打倒しようという野党側から口にしているのなら、まだ首肯出来る。
ところが、野党各党の政党支持率は、全部合計したところで自民党の政党支持率にも満たないのが現状なのだ。
そんな状況なのにもかかわらず、何故、与党側から「衆議院解散・総選挙」を口にするのだろうか?
こういう不自然な発言をする人間は、馬鹿か、さもなくば狡猾極まりない奴である。
ま、どちらにしろ、始末が悪いことに変わりが無いのだが。

どうも、「選挙」に関して、あまりに認識が甘過ぎる人が多過ぎる。
例えば、いわゆる「保守派」界隈で、「今度、選挙に出馬するのだ!」と勇ましい話しを吹聴している人をしばしば見掛ける。
しかしながら、大抵、目的を達成出来ない。
落選するか、選挙そのものに出ることさえ出来ないのである。
しかも、同じ「落選」でも、当選に肉薄した「次点」どころか、見事な「下位落選」。
「独自の戦い」と評され、「通行人」と呼ばれるような体たらくである。
「選挙」というのは、熾烈な「消耗戦」なのである。
「取り敢えず、やってみなければ解らない」と云うような「お気軽さ」で出馬してはいけない。
もし仮に「選挙」に出て戦うからには、最低でも「負けない」選挙をしなくてはいけない。
だから、「選挙に落ちても、大義は残る」などと嘯くようであるならば、それは「浪費」や「蕩尽」以外の何ものでもない。
少なくとも、左翼は、日本共産党を除いて、そんな「浪費」は絶対にしない。(あ、中核派はしているかな?www)


また、2012年、2014年、2017年と過去3回の衆議院議員総選挙は、安倍自公が「勝利」出来た。
だが、この「勝利」は、よくよくシビアに読み解いてみれば、全部「相対的」な勝利に過ぎない。
つまり、過去3回の総選挙は、野党の自滅で勝利出来ただけに過ぎないのだ。
よく「安倍一強」などと云われているのだが、そんなもん、嘘である。
他が、あまりに駄目過ぎるから、あくまで「消去法」で安倍政権が生き永らえているだけであって、それを「一強」などと自惚れていたら、早晩自滅すること必至であろう。

まあ、確かに、現在の野党各党が政権を奪取出来るような「勢い」が感じられないので、仮に早期の「衆議院解散・総選挙」を仕掛けたところで、安倍自公連立政権は敗北することは無いかもしれない。
しかしながら、それはあくまで「下野はしない」といった政権を維持出来たというだけのこと。
現状の議席数を維持出来得るかどうか、ということは保証出来ないだろう。


どうも、いわゆる「保守派」界隈から聞こえて来ない「意見」が有る。
自分は、むしろそちらの方が心配だ。
どういう「意見」かというと、「参議院選挙」である。
実は、来年2019年の7月には、何もしなくても参議院議員選挙を迎えるのである。
さらにもっと云えば、その前の来年2019年4月中には、統一地方選挙が有るのである。
つまり、早期の「衆議院解散・総選挙」を仕掛けて、首尾良く安倍政権が窮地を脱したところで、来年には、新たに大きな選挙を戦い抜かなくてはならないのである。
しかも、一口に「選挙」と云うのだが、実は「選挙」の「戦い方」は、異なるのだ。
地方議員や首長の選挙、参議院議員の選挙、衆議院議員の選挙、全部、「別物」の選挙であると意識しなくてはいけない。
さらに、同じ参議院議員選挙でも、都道府県の「地方選挙区」と日本全国の「比例代表区」では、「選挙」の戦い方は全く異なる。
その格好の具体例として、自民党の保坂三蔵氏をあげる。
彼は、東京都台東区(上野や浅草)を地盤とし、都議会議員から国政へ進出した。
自民党東京都連からは、かつて参議院へは「国政枠」とも呼べる「もの」が存在した。
自民党東京都連の中のベテラン都議の中から、参院選の候補者として擁立させるのである。
田辺哲夫の後に、1995年の参議院議員選挙・東京選挙区から自民党公認として出馬し、当選。
2001年に再選されたのだが、2007年の参院選で東京選挙区が「定員1増」に変更されたのを期に、自民党は二人目の候補として丸川珠代が擁立された。
事前の下馬評では、丸川珠代が落選で、保坂三蔵は現職で元・都議6期の実績による組織票の下支えで「当選確実」と云われた。
ところが得票は、651481票で、丸川珠代は691367票。
川田龍平が683629票で滑り込み、次点で「まさかの」落選をした。
次の2010年の参院選では、かつての参議院議長・原文兵ェの娘婿の中川雅治参議院議員が出馬するため、保坂三蔵は比例代表区に出馬した。
当時、71歳で、比例代表の「70歳定年制」に引っ掛かるにもかかわらず、自民党公認が下りた。
だが、東京選挙区で65万票以上を獲得出来ても、比例代表区では、当選出来るだけの20万票以上を獲得出来なかった。
何故か。
それは、地方選挙区の場合、業界団体などの「組織票」が、「自民党公認候補」というかたちで得票が見込めるのであるのだが、比例代表の場合は、そこには「業界団体の組織内候補」が擁立されており、それらの業界団体の「組織票」は「組織内候補」へ投票されるので、地方選挙区の時のような得票数に成らないのである。
そして、参院選落選から保坂三蔵の「迷走」が始まる。
引き続き参院選への立候補を模索し、閣僚への夢を目指したのだが、結局2011年に地元の台東区長選挙に出馬。
現職に惨敗する。
事実上、これで彼の「政治生命」は終わった。
(ちなみに彼の子息が、自民党の区議であったのだが、昨年の都議選で「都民ファーストの会」公認で出馬。「めでたく」当選出来たwww)
この保坂三蔵氏の例のように、「選挙」が「変わった」ならば「得票数」も「変わらざるを得ない」わけなのである。


はっきり云って、「参議院議員選挙」は、政権にとって「鬼門」なのである。
「参議院議員選挙」というのは、「政権交代」へ「直結しない」。
だが、それゆえに、有権者が「安易」に「政権批判票」を投じてしまいやすいのである。
「このごろ、政府・自民党はおごり高ぶっているから、今回はお灸を据えよう」
こういう判断がなされやすいのだ。
これは、アメリカの「中間選挙」と同じ「構図」である。
アメリカは4年ごとに「大統領選挙」を行い、それでもって「政権」が選択される。
だが、下院議員は2年ごと、上院議員も2年ごとに3分の1が改選される。
これが「中間選挙」と呼ばれ、「大統領」への「信任」が問われることと成る。
で、この「中間選挙」は、「大統領」を直接選ぶ選挙ではないため、やはり、有権者は「安易」に「政権批判票」を投じやすい。
そのため、歴代のアメリカ合衆国大統領は、「中間選挙」に於いて、与党議席を減らしてしまう傾向に有る。
そのため、大統領選挙の時の議会選挙で、辛うじて議会多数派を獲得した大統領は、「中間選挙」の際に与党議席を減らしてしまうと、議会に於いては「少数与党」と云う「忌まわしき」状況に陥る。
そうなると、予算案やら法案やらが否決されて、大統領の足を引っ張る惨状と成る。
「政治力」を失った大統領のことを「レイムダック」と呼ばれるのだが、この「中間選挙」に大敗すると、任期を2年も残した時点で、大統領は「レイムダック」と化してしまう。
(現在のトランプ大統領の貿易政策や外交政策の「あざとさ」は、ひとえに、この「中間選挙」対策に有る)

日本に於ける参議院議員選挙も、1989年の土井たか子ブームによる参議院与野党逆転・ねじれ国会と云う事態となり、それ以降、自民党は単独でもって参院の過半数を獲得出来ていない。
この1989年以降、参議院選挙での「大敗」から、自民党は公明党や民社党といった野党を「取り込む」ことで、かろうじて衆参両院の「主導権」を維持出来た。
そして、それは1998年からの自民・公明の「連立政権」として「結実」してしまう。
これは、云わば、自民党が政権を維持し続けるために、どんどん「野党」を取り込んで行く、という「傾向」である。
それは、野党や野党支持者の「政策」をどんどん取り込んで行った軌跡であるとも云えよう。
はっきり云って、現時点(平成30年4月21日現在)に於いて、来る2019年7月の参院選に対して「憂慮」している声を、いわゆる「保守派」界隈から聞いたことが無い。
自分は、大変、憂慮している。
来年7月の参院選は、相当「厳しい」選挙に成ると覚悟すべきだろう。
現に2016年7月の参院選に於いて、自民党は改選議席50を6議席増やして56とした。
だが、比例代表でもって19議席も獲得出来たことが大きい。
一方で、地方選挙区の「1人区」で競り負けることが多く、東北地方は軒並み「野党統一候補」に敗北した。
この「1人区」は32県も有り、この32議席が参議院の多数派を決定する。
一方の比例代表区は定数48であり、自民党は過去で最大でも20議席である。
つまり、2016年の比例代表区の当選者は、ほぼMAXであったと云えよう。
そうなれば、来年7月の参院選で勝利する為には、「比例代表」で「勝つ」というよりも、「1人区」で「負けない」選挙を目指さなければ駄目だ、と断言出来よう。
それこそ、全国各地の「1人区」をポロポロと取りこぼすようなことに成れば、参院選の選挙結果は芳しくないことと成ろう。
そうなれば、「参議院での全議席3分の2」と憲法改正発議の前提条件が「消滅」することと成る。
さらに、負けが込めば、「参議院与野党逆転・ねじれ国会」という目を覆わんばかりの惨状と成る。
思い出してもらいたい。
2007年7月の参議院選挙を!
あの時の内閣総理大臣こそ、誰あろう、安倍晋三その人ではなかったか!
そして、2007年7月の参院選での大敗によって、第一次安倍内閣は「立ち枯れ」たのである。
そして、ひと月余りの迷走の果てに辞任へ追い込まれ、福田康夫、麻生太郎と「1年ごと」に総理が変わり、最終的に2009年の衆院選に於いて、当時の民主党に大敗し、「政権交代」という末路に到った。
このままであるならば、「いつか来た道」へ引き込まれてしまうだろう。
もし、現在の「隘路」から抜け出そうとするのならば、「衆議院解散・総選挙」に打って出るのではなく、只今現在から来年7月の参院選挙に対しての地道で手堅い戦略と対策に着手すべきであろう。
そうでなくてはいけない筈である。

はっきり云って、現在の財務省、防衛省、厚生労働省、農林水産省などの公文書の取り扱いに関しては情けないばかりである。
だが、それは中央官庁が弛緩しているためであって、中央官庁を全て否定してしまってはいけない。
官僚を全て目の敵にしてしまったら、それこそ、行政が破綻する。

また、これを「安倍政権の隠蔽体質」と朝日新聞や野党どもは批判する。
確かに、この件に対して、安倍政権は褒められたものではない。
だが、しかしながら、これらをもって、政権を倒そうとするのは断固反対である。
何故なら、安倍政権だったから、現在の我々日本国民は、かのバブル経済以来の「好景気」に成った訳だし、新卒の学生の就職活動も「売り手市場」に成ったのである。
どうか思い出してもらいたい。
2009年から2012年までの3年間の、いわゆる民主党政権時に、どれだけ我々の経済が苦しかったことか!
株価だって2万円に届かず、円高不況だった。
ハローワーク(職安)に行けば、若者たちが暗く、不安げな顔で就職活動にいそしんでいた。
ところが、政権が安倍政権に変わって、ハローワークからは若者の顔が驚くほど少なく成ったのである!
今、安部政権をぶっ潰せば、我々の折角つかみかけた「豊かな生活」さえも、スルリとこぼれ落ちてしまうだろう。

それに、さらに記憶を精査していけば、かの民主党政権時こそ、「隠蔽体質」が酷過ぎたのではないのか?
鳩山総理は、金銭スキャンダルで退陣し、次の総選挙には出馬さえ出来なかった。
菅直人総理の時には、東日本大震災によって、福島第一原発が津波によって被災、破壊された。
その原発事故に対する「対応」や「情報公開」はいったいどうだったのだろうか?
原発に関して、それこそ「情報隠蔽体質」だったのは菅直人政権であり、その時の内閣官房長官として連日連夜、記者会見を行っていたのが、誰有ろう、現在の立憲民主党の枝野代表ではないか!
さらに2009年の総選挙の際に公約した、「高速道路無償化」などなど、云うだけ云って、何もせずに国民を騙したのは、民主党である。
そして、その時の民主党政権の「責任者」は、ほとんどその顔ぶれが変わらずに、現在の安倍政権批判をしている野党各党の幹部として涼しい顔をしている。
さらに、かの尖閣諸島に於いて、海上保安庁の船舶に狼藉を働いた中華人民共和国の船舶に関しての「映像」などを「非公開」とし、「隠蔽」しようとしたのは、民主党の菅直人政権である!
はっきり云わせてもらう。
「安倍政権」が「隠蔽体質」ならば、野党各党も骨の髄まで「隠蔽体質」であろう!
偉そうな批判など、出来る資格は無かろうが!

さらに、北朝鮮やシリアを巡る安全保障問題が火を噴きつつある。
また、トランプ政権と習近平政権との貿易摩擦が、下手をすると炎上しかねない。
今まさに、軍事と経済のクライシスが目前に迫りつつあるのだ!
確かに、中央官庁の公文書の取り扱いに関しては、きちんと集中審議を行い、後顧の憂いを除去したい。
だが、それは「特別委員会」を別途、国会内に設定すれば良い話しである。
何時までも、予算委員会やら、本会議やらを「人質」にとって、国会審議を空転させたり、遅延させたりしてはいけないだろうが!
今、目前に迫った「国難」をどのように克服していくのか?ということが喫緊の大問題だろう。
そして、その「国難」に対処出来得るのは、現在、安倍政権しか有り得ないのである。
だから、自分は「やむをえず」でもあるのだが、安倍政権を支持し続けるしか有り得ないと感じる。
「安倍ヤメロ!」というような、無責任極まりない、単なる「破壊衝動」には絶対に賛同出来ない!

奈良県護国神社での「病気平癒」の御祈祷のお蔭です!!!

2018040713540000

お蔭様で、帯状疱疹は快癒しました!
今回の帯状疱疹の治療に関して、奈良県護国神社に於いて「病気平癒」の御祈祷をして下さいました!
その「御利益」でしょうか。
思いのほか、早く快癒出来ました!
この場を借りまして、奈良県護国神社の宮田宮司様へ心より御礼申し上げます!
どうも、有難うございました!

いわゆる「ネット保守」は、全国で200万人から250万人だと云うのが、古谷ツネヒラ氏の分析である。
自分も、この数字の算出に首肯出来る。
一方、日本共産党や社民党といった「セクト(党派)」でもって、強固な左翼支持層は、合計して約1000万人弱。
さらに、その上に、かつての民主党、民進党を支持していた「連合」系労組、立正佼成会、生長の家、世界救世教内の「いずのめ教団」、善隣教、部落解放同盟、生活クラブ生協、民団(日本に帰化している有権者)といった「票」が別に加算される。
だから、コアなセクト系の約1000万人に、さらに約800万人くらいの「票」が「広義の左翼」と云う感じだと、自分は愚考する。...
そして、ノンセクト・ノンポリの「中間派」でも、「アンチ」という「層」も存在する筈なので、反自民、反安倍政権の「票」は、だいたい約2000万人弱だろう。
だから、この約2000万人の「票」は、どう頑張っても「保守」陣営には入って来ない、と覚悟すべきであろう。
(そう云う意味では、800万から700万「票」を固定的に叩き出せる創価学会・公明党という「塊(かたまり)」は、とても重く、無視は出来ない)

現在のいわゆる「保守派」の最大の問題点は、「裾野」を広げられないこと。
もっと広範なかたちで「オルグ」していかなくては。
(注・「オルグ」とは「組織化する」ということ)
そのためには、もっと、理解してもらうような「ことば」を持たなくては駄目である。
別に左翼を粉砕するような「ことば」は要らない。
ごくごく普通の、平凡な、市井の国民に対して「伝わることば」を話さなくてはいけないのだ。
肩をいからせ、大声でがなり立てながら、日の丸を振るような「活動」の「段階」は既に終わった。
新たな切り口から活路を見出さなくてはいけない「段階」へ入ったのである。
だが、そういう「指摘」をすると、いわゆる「保守派」の中では「居場所」が無くなる。
だから、いわゆる「保守派」に固執される御仁には、もう、これ以上自分からは指摘はしない。
ちなみに、自分は「云いたい放題」指摘した結果、めでたく、「保守」から追い出された。
自分は、今、保守であるから、こうこうだ、という論考はしていない。
あくまで自分自身の価値判断で思索している。
それが、時には「保守」のように見え、人によっては「保守」ではないように聞こえる、のだろうと拝察する。
でも、それで充分だと思っている。

仕事で不愉快な思いをした。
と云っても、ご一緒したドライバーさんは人格者で、大変良くしてもらい、また、自分も精一杯働かせてもらって、とても感謝された。
だから、自分の「仕事」は、大変、愉快であったのだ。
ところが、ドライバーさんから聞いた話しが許せなかったのである。
そのドライバーさんは、人格者で、滅多にクレームをつける人ではなかった。...
そのため、派遣社員の中でも、「問題児」wwwをあてがわれていたようなのである。
仕事中にスマホで動画(!)を見ながら作業をする。
勝手にトラックから離れて、長時間、戻ってこない。
「何処へ行っていたのか?」と聞くと「トイレ」と回答する。
さらに、「トイレ」(自称www)に行く回数が恐ろしく多い。
さんざん、「トイレ」(やっぱり自称www)に行っているくせに、「お昼ご飯に行きたい」などと云う。
ちなみに、自分は「弁当持参」で、トラックの移動中に食事は済ませている。
便所に行くことは行くのだが、事前に必ず了解を取り、なるべく早く済ませて、作業に復帰している。
さらに、スマホを持っていないのでwww、スマホをいじる時間も、ひたすら雑用仕事をしている。
ドライバーさんの飲んだコーヒーの空き缶やコンビニ弁当のゴミ、煙草の吸殻まで、全部きれいに片付けている。
そういう自分だから、こういう「労働倫理」が欠落しているような輩(やから)に対して、無性に腹が立つ!
だって、貰う給料は「同一賃金」wwwなのだから。
身を粉にして働こうが、「休憩の合間に」www仕事をしているような感じだろうが、「同一賃金」wwwなのである。
「ふざけるな!やってらんないぜ!」と叫びたいくらいだ。
そうは云っても、自分は「手を抜けない」誠に要領の悪い人間なので、今後とも、出来得る限りの「仕事」をするしかやれないのだが・・・

現在の「人手不足」は、いわゆる「ブラック企業」のような雇用者側の横暴を懲らしめる、「プラス」の面が大きく出ている。
そう云う意味では、意外と「危機意識」が湧きあがって来ないような気がする。
だが、一方で、日本国内の「総人口」は減少傾向に有る筈なのに、「労働人口」は増加しているのである。
その「パラドックス」(逆説)を可能にしているのは、
女性
老人
外国人
以上の新規労働参入者数が増えているからである。
しかしながら、これが5年後、10年後に成ったらどうなるのか?
まず、現在、労働現場で働いている老人層が、肉体や認知機能の衰えで流出するだろう。
また、女性の労働者も、この「老人」の介護のために「離職」する可能性が有る。
となれば、このまま「人手不足」が続けば、「勤労意欲」や「勤労倫理」に欠ける「労働者」であっても、各職場に於いては依存せざるを得ない事態に陥るかもしれない。
そうなると、業務上で知り得た「プライバシー」などのさまざまな「情報」を「悪用」したり、「流出」させたりするような醜態をさらすことが多発するかもしれない。
そして、結果的に、ますます「外国人労働者」への「依存度」を産業界が突き進むことが予想される。
自分は既に、いわゆる「保守派」の主張するような「外国人労働者」や「外国人移民」に対する「厳格な絶対阻止」という主張は、不可能だと感じる。
既に、「第一次防衛線」は、とっくに突破されてしまっているのだ。
最早、現実的には、「第二次」「第三次」の「防衛線」をどのように「設定」するのか、という段階にまで「攻め込まれている」のが現状だと感じる。
ところが、こういう「現実論」は、美しい「理想論」の批判にさらされて満足に論じられることなく葬り去られてしまうことが多い。
自分は、むしろ、「神学論争」化してしまうことの方を深く憂慮している。

自分の父方の祖父は、昭和19年に召集されて、そのままフィリピンへ出征した。
そして、そこで、死んだ。
戦後、昭和23年に、芝の増上寺で、遺骨の引き渡しが有った。
白い布でくるまれた箱を渡されたが、やけに軽かったそうな。
帰路の電車の中で、電車が揺れるたびに、やけに軽いカタカタと云う音がしたと云う。...
帰宅して、箱を開けてみたら、白木の位牌だけ。
遺骨も遺品も一切、無かった。
仕方が無いので、その白木の位牌を、お墓の中に納めた。
そして、数十年後に、祖母が80歳の天寿を全うした際の納骨の時、お墓を開いた。
数十年の月日は、白木の位牌を朽ち果てさせ、一握の土に変えてしまった。
だから、我が家のお墓には、我が祖父に関わる「もの」は、一切消えてしまった。
そう云えば、生前、祖母はお墓詣りの際に、「でも、中には何も入っていないから、何だか、有難味が無くってねえ」とつぶやいていたとか。
そんな「思い出話し」をしてくれていた、我が父も、もう、亡くなってしまった。
だから、我が祖父をお参りするのは、やはり「靖国神社」ということになる。
政治的に、歴史的にどうのこうのといろいろと騒がしいのであるが、自分にとっては、「靖国神社」は我が祖父へお参りする「場所」なのである。
ただ、我が家の「気性」は「シャイ」なので、我が祖父もなかなか解りやすい「かたち」で「お出まし」に成らないwww
果たして、自分の「思い」が、我が祖父の「ところ」まで届いているのやら、いないのやら、よく解らない。
でも、自分には「解る」。
間違い無く、我が祖父は「靖国神社」に「居る」と。
だから、折に触れて、「おじいちゃん」に逢いに行っている。
靖国神社では「奉納プロレス」や「薪能」、「奉納大相撲」も催されるから、また、行ってみようと思う。
感覚の鋭い人だったら、ひょっとすると坂本龍馬や特攻隊の隊員の方々を「感じる」ことが出来るかもしれない。
(自分はよく解らないけれどwww)
靖国神社にお祀りされておられる「英霊」は、「ご先祖さま」なのだと自分は感じる。

先日の京都府舞鶴市の大相撲巡業で、挨拶の途中でくも膜下出血で昏倒された舞鶴市長を蘇生させようとした女性で救護技術を持った方々を、「土俵は女人禁制」の「伝統」から、場内アナウンスで「女性は土俵から下りて下さい」と呼び掛けた。
これを巡って「伝統保持」と「人命救助」と「女性差別」の論争が起こってしまった。
で、多数の意見は「人命がまず優先されるべき」で、「21世紀にも成って、今更、女人禁制というのはいかがなものか?」と云うもの。...
自分は、「人命が最優先されるのは当然であるが、人命救助の名目で、短絡的に伝統を否定するのはおかしい。今回の問題は、伝統と人命を守るための危機管理体制が全く出来ていなかった日本相撲協会の管理能力の駄目な点である」という意見である。

ところが、今度は静岡県に於いて、相撲巡業の「ちびっこ相撲」に於いて、「女の子」に対して、土俵に上がることを禁じた。
これもまた、「女人禁制」の「伝統」ゆえ、ということであるが、これに関しては、自分は批判をしたい。
まずは、過去に「ちびっこ相撲」に於いて、「女の子」を土俵の上に「上げていた」という「事実」である。
つまり、「土俵は女人禁制」という「原則」が有りながら、一方で、「女の子」は土俵に上げていた「過去の事例」が存在したのである。
これは「整合性」に欠ける。
何故、以前は「女の子」は土俵の上に上がれたのに、今回は禁じられたのか?
これは、舞鶴市での「醜態」を意識した結果であると、勘繰らざるを得ないではないか?
さて、ここで踏まえておきたいのは、「土俵は女人禁制」という「伝統」である。
無知な人間は、「女の子でも、女人禁制だから伝統を守るためには仕方が無い」と云うような意見に成りがちである。
しかし、自分の考えは、「女性は土俵に上がれないが、女の子は土俵に上がれる」というものである。
何故か?
それは、かつては、「男」「女」「童」という「区分」が有ったということだからである。
「童(わらべ)」「子供」というのは、第二次成長期の前である。
また、かつては子供の死亡率が高かった。
それらのことから、かつては「七つまでは神の内」という「概念」が存在した。
つまり、「童」や「子供」は、まだ「神」や「霊」の「領分」に属している「割合」が高い。
だから、「聖」なる存在、として認識されていたのである。
京都・祇園祭の「お稚児さん」や「稚児行列」など、「童」や「子供」は、神仏に近しい位置に存在していた。
また、不動明王の眷属である「護法童子」も「童」や「子供」の姿である。
「護法童子」は、容姿は「童」や「子供」であるのだが、その能力は「子供じみて」いる訳ではない。
「童」や「子供」が、神仏に近しい存在だからこそ、そういう容姿なのである。
現在も、大阪の「だんじり」も、「女人禁制」であるのだが、「女の子」の段階では、まだ許されているのだ。

これらのことを踏まえて云えることは、「ちびっこ相撲」で「女の子」を土俵に上げなかったというのは、「伝統」に対する「無理解」「誤解」から起因していると指摘せざるを得ない。
はっきり云って、日本相撲協会は愚昧である。
「伝統」「伝統」と云いつつも、どれだけ「伝統」を守るために真摯に取り組んでいたのだろうか?
また、どれだけ「伝統」に対して、学んだり研究したりしていたのだろうか?
ただ単に、「どすこい!どすこい!」「ごっつあんです!」というだけではなかったのではないのか?
それでは、さしずめ、頭の中は「脳みそ」ではなく、脂肪が目立つ「あんこ」型、つまり「腦あんこ」wwwなんではないのか?
それとも、「空っぽ」なのかもしれない。
残念ながら、こんな体たらくでは、日本相撲協会の今後の見通しは暗かろう。


なお、かつては「御神輿」も「女人禁制」だった。
ところが、今では大阪天満宮の「名物」にも成っている「ギャル神輿」など、神輿の担ぎ手に女性が多数参加している。
そして、そういう「御神輿が大好き!」という多数の女性たちの「参入」によって、「祭礼」が活性化され、維持されて来ている「現実」も存在している。
確かに、「伝統」は「守っていく」ものである。
何故なら、「伝統」は、いったん「廃れて」しまったならば、そのまま「消滅」してしまうような、誠に「はかない」一面を持っている。
だから、「原則」として、まず「伝統」を守ろう、と云うことに成る。
しかしながら、かの映画「山猫」の名台詞のように、「変わらないためには、まず、自分自身が変わらなくてはいけない」という側面が存在する。
だから、「伝統」を守るために、何処までを時代に合わせるのか?何処までを死守するのか?そこのところの真摯な問いかけと考察が必要であろう。
だからこそ、自分は、今回の一連の「土俵は女人禁制」という「ニュース」に関して、深刻に受け止めている。

連日のように、財務省、防衛省、厚生労働省などのニュースである。
昨年の春に世間を騒がせた、「森友」「加計」「自衛隊日報」の3点セットが、いずれも「無い」と云われた「資料」が、後から後から「発見」されている。
はっきり云って、自分は、実は昨年の時から、「無い」と云われた国会での証言は嘘だと感じていた。
と云うのは、「役人の性(さが)」として、あらゆる「資料」は、ほぼ「保存」されているであろう、と踏んだからである。
かつて、評論家・山本夏彦氏が、同様な指摘をされていた。...
「役人は、何でも記録や資料をつくる。そして、保管する」と。
そして、「多分、左翼市民団体が提出した膨大な”署名”も、きっと、役所の何処かに保管しているに違いない」と喝破された。
で、当初は「無い」と云われた「役所の記録や資料」が発見されて手柄を立てたのが、だいぶ昔になるが、厚生大臣だった菅直人であった。
「ミドリ十字社の薬害エイズ」の資料である。
あの事件で、無い筈の資料を「出させた」菅直人は、一気に政治家としての株が上がってしまったのである。
それまでの菅直人は、ミニ政党の社民連の一議員に過ぎなかった。
だが、新党さきがけ、民主党と野党の再編成の濁流をたくみに泳ぎ切って、ついには総理大臣まで上り詰めた。
勿論、「その器にあらず」ということは、後日、露呈されてしまうのだが・・・
とはいえ、役人は滅多なことでは記録も資料も処分はしない。
ただ単に、「出さない」だけなのだ。

しかしながら、後から後から、「出るわ出るわ」という感じで「無かった筈」の資料が「発見」されるというのは、何とも情けない話しである。

一方、この「不祥事」を以て、安倍内閣の政治的責任を追及しようとしているのだが、攻め切れていない。
確かに、安倍政権に対してはじわじわとマイナスのダメージが生じて来ているのだが、かといって、それで「安倍政権退陣」まで追い詰められるかどうか、というと、それもよく解らない。
政治家に対して、決定的かつ致命的な「新事実」が露見されていないためである。
また、野党側も、「証人喚問」を声高に要求している訳だが、いざ、「証人喚問」が実現しても、安倍政権に対して致命傷を与えられるような「国会質問」を繰り出すことが出来ないのだ。
野党議員が無能である、とも云えるのだが、やはり、これらの諸問題を「政治家」への責任に全て転嫁させるのは、いくらなんでも「無理筋」なのだからだろう。


一方の与党側も、今一つ、締りに欠ける。
もし、やましいところが無いのならば、安倍昭恵夫人だろうと、元秘書官だろうと、全員を「証人喚問」に出せば良いのだ。
それを変にひた隠しにしようとするから、国民だって、ますます疑心暗鬼に駆り立てられてしまうのである。

あと、「疑惑はいよいよ深まった。だから、政治的責任を取れ!」などと朝日新聞やら、左翼野党どもは声高に主張する。
だが、それは「人権思想」から見て、全く「基本的人権」を侵害する蛮行に他ならない。
何故なら、「疑わしきは罰せず」と云うのが、基本的人権の尊重の基本ではないのか?
ということならば、「疑惑はいよいよ深まった!」と煽るだけ煽るのであるならば、その「疑惑」に関しての明確な「根拠」を、追及する側も、もっときちんと提示しなくてはいけない。
一部の「内部」からの情報リークだけに依存するようでは、人権を尊重する「法治国家」とは云えない。
このまま、「疑惑はいよいよ深まった!」とだけ指弾して、それで政治家への責任追及がなされるのならば、それでは、さながらプロレタリア文化大革命時の人民裁判ではないか?
例え、権力者であろうとも、その批判に対して、権力者側への基本的人権は絶対に尊重されなくてはいけない。
「相手は権力者なのだから、何を批判しても良い」というのは、法律にも、人権にも、無神経であるということを白状していることであろう。
そういう、法律や人権に対して、ご都合主義を臆面も無く押し通そうとする傲慢さには、本当に嫌悪感をおぼえる。
まさに左翼の「暴力性」を暗示させる。


これらのことを考慮すると、安倍政権は、相当なダメージを被るものの「逃げ切る」と感じる。
ただ、政権に対するダメージが強過ぎるので、二つのことは絶対に延期しなくてはいけないだろう。
憲法改正と消費税増税、である。
これに対して、きっぱりと吹っ切れたならば、安倍政権は存続出来よう。
だが、しゃにむに突っ込むようであるならば、安倍政権は立ち往生すると危惧する。
「状況判断」を冷静に、あくまで冷静に行って欲しい。
「急いては事を仕損じる」である。


なお、「統一地方選挙」と「参院選」が来年に迫って来ている。
そろそろ、選挙地盤を「固める」ことに注力すべきだろう。

財務省(理財局と大阪近畿財務局)による「森友学園への国有地売却」に関する不可解なダンピング販売とそれに関わる公文書の改竄。
防衛省の南スーダンやイラクへの派遣部隊の日報の隠匿と防衛大臣などへの虚偽の報告。
厚生労働省の「働き方改革」に関する調査データの改竄。
これらの諸問題から、中央官庁に於いて、いかに嘘とごまかしが横行しているのかが露呈された。
そして、いわゆる「森友学園」問題に於ける財務省の公文書改竄に関しては、安倍総理や安倍政権の中枢の政治家から財務省への役人へ働きかけや指示、圧力が存在したのかどうか?ということが「疑惑」として浮上した訳である。...
ただ、「当事者」である財務省の役人は、国会答弁(もしくは国会証言)では皆一様に「否定」している。
けれども、誰もこの財務省の役人の国会答弁や国会証言を「信用していない」のである。
そこで、「疑惑はますます深まった!」と煽り立てるだけ。
別に新たな新事実が飛び出して来た訳でも無く、ただただ「信じられない!信じられない!」とまくし立てるだけ。
一方、防衛省の方でも、南スーダンやイラクへの派遣部隊の「日報」が、かつては「存在しない」と答弁されていたのだが、再調査の結果「存在が認められた」と発表された。
すると、今度は、「大臣や政務官といった”文民”が一切関知しないかたちで日報が隠匿され、虚偽の報告が上に行ったことは、シビリアンコントロール(文民統制)が成っていない」と云うことに成り、「憲法違反であり、立憲主義を冒涜している!」という批判と成った。
だが、この財務省と防衛省の二つの問題を突き合わせてみれば、本当の問題点は、「官僚が忖度というかたちで、政治家への確認を行わずに独断専行を行った」という「図式」なのではないだろうか?
だから、安倍政権に対して、官僚への「管理不行き届き」であるという「管理責任」を問うことは妥当であろう。
だが、当初、疑われていたような、「政治権力による不当な行政への圧力」といった「批判し易い図式」とは程遠いのではないだろうか?
このまま、「財務省、防衛省、厚生労働省を巡る、政治権力との疑惑はいよいよ深まった!闇はますます深まった!」と云い募ったところで、何一つ解明されることは有り得ないのではなかろうか?
いくら、大阪地検から情報をリークしたからといって、このままだと「灰色」のまま、収束しそうである。
これについて、自分は是非を問うつもりはない。
ただ、朝日新聞と野党各党の愚昧さばかりが印象に残るだけのことである。
どうやら、この勝負、朝日新聞の「負け」に成りそうである。

ここまで、中央官庁の嘘と隠蔽が露呈しながらも、時の政権が追い詰められていないのは何故か?
安倍内閣の支持率が20%を割らずに、40〜30%までしか下がらないのは何故か?
やはり、野党が駄目過ぎるからであろう。
何故、野党が駄目なのか?
それは、野党がきちんと国民の生活を直視した政治をしないから。...
アンチの立場からしか政策を提示出来ないから。
限定された支持者たちの声しか受け止められないから。
だから、駄目なのである。
ちなみに、朝日新聞の経済面で、某論説委員は偉そうに「消費税増税」を強く支持し、「消費税増税」を延期し続けた安倍総理をさんざんこき下ろした!
朝日新聞は、明確に国民の敵である。
少なくとも、低所得者層の敵であることは明瞭である。
こんな朝日新聞の誘導する方向が国民にとって最良な道である訳が無い!
さすがは言論エリートである。
増上慢ぶりも堂に入っている。

平成30年4月5日木曜日の地上波TVのワイドショー番組に関して。
財務省の「森友学園」に関する公文書改竄に続き、防衛省のイラク派遣部隊の日報の隠匿に関して、国会が紛糾している。
衆議院の本会議が空転している(午後1時現在の報道で)らしい。
だが、国会に関しては、「ニュース速報」のところで事実関係のみ報じられるのみ。
ましてや国会の外のデモ隊などの映像は報道されていない。...
一方、長時間に渡って放送されたのは、「オフィス北野」社の内紛に関してwww
森社長と「たけし軍団」の面々とのことがらが延々と放送されていた。
どうやら、「潮目」が変わったようである。
確かに、財務省や防衛省(さらに厚生労働省など)の中央官庁での公文書の管理取扱いがいかに嘘とごまかしがまかり通っているのかは露呈された。
だが、それが安倍総理の「政治責任」、「行政責任」であるかどうかは追及しきれなかった訳である。
まあ、元々が「無理筋」の追及であった訳であるのだが、しかしながら、過去に於いて、与党・政権側の「失態」を衝くかたちで野党側からの「無理筋」な追及で、時の総理が辞任に追い込まれた事例は幾つも存在していた。
リクルート事件、佐川急便事件、耐震偽装(姉歯事件)、消えた年金問題などなど。
やはり、野党側の駄目さ加減が決定的であろう。
取り分け、野党第一党の立憲民主党の辻元清美国会対策委員長の「無能さ」である。
確かに、辻元のオバちゃんは、マスコミたちの囲み取材を受ける様は「絵に成る」。
だが、ただ「それだけ」。
国会対策委員長と云うのは泥臭い「裏方」であり「黒子」なのである。
大向こうに受けるような大見得ばかり切っていては駄目なのである。
だから、自民党の二階俊博幹事長なんぞに完全に舐められてしまった。
本当だったら、今の野党の国対委員長や党の幹事長クラスの政治家は、自民党の懐に手を突っ込んでかき回すぐらいのことを仕掛けないと駄目なのである。
それこそ、当時の野党だった公明党や民社党まで巻き込んだ「二階堂進擁立構想」のような術数策謀を駆使しなくてはとてもではないが主導権は握れない。
もし、今、自分が野党第一党の幹事長だったら、表面では麻生太郎副総理兼財務大臣を徹底的に糾弾して「即刻、辞任せよ!」と迫るが、裏では「政策協定を結べれば、安倍総理辞任後に、麻生政権樹立で野党は一致して支えるぞ」と、ささやくwww
それだけの「策士」「寝業師」が野党には全く存在していないのである。
だから、ヤイノヤイノとケチを付けるだけしか出来ないのである。
これでは、折角、上昇した国民の激怒もそのうち治まってしまうのである。
多分、このまま安倍政権は「逃げ切って」しまえそうである。


なお、いわゆる保守派界隈で、石破茂が小泉進次郎と「共闘」することを危惧している。
さらに、早合点して、「小泉進次郎ケシカラン!」などと吼えまくっている。
愚昧の極みである。
考えてもみよ。
石破茂と小泉進次郎とでは、全く「役者」が違う。
確かに、年齢とキャリアから見れば石破茂の方がはるかに格上に見えるが、「政治家」としては小泉進次郎の方が石破茂よりも数段、上等である。
小泉進次郎は、おのれが「一匹狼」の「孤高」さが受けていることを充分に自覚している。
だから、或る時は安倍政権側に寄り添った言動をし、また或る時は安倍政権をたしなめるような「小生意気」な言動に踏み込むのである。
そんな一言半句に振り回されているのが、石破茂なのだ。
こんな体たらくでは、とてもではないが石破茂には総理総裁を任せられない。
この分だと、追い詰められた石破茂が、小泉進次郎に泣き付いて、すがり付いてはみたものの、ものの見事に袖にされてすっ転ぶ結末と成るようだ。
これくらいの顛末を見通せないようでは、いわゆる保守派とは、全く駄目なもんで、てんで頼りに成らない。
つくづく、保守派から追い出されて良かったと感じるwww

今週の週刊ダイヤモンドの特集は「新たなる日本の階級社会」。
いわゆる「アンダーグラウンド」と云う、最下層の貧困層に関しての分析が読ませる。
特に、現在、40歳代から50歳代の非正規雇用者でアンダーグラウンドに転落した人々についてが重要。
この「層」が、10年後、20年後に成れば、現在は「労働問題」だけで済んでいるのだが、自身の健康問題が発生して、一気に「福祉問題」などへ複雑な発展に転化すると予測している。
はっきり云って、35歳を境として、35歳以上の「非正規雇用者」が、企業の主要部署に参入することは、ほぼ有り得ない状況である。...
結局、日本の職場の人事考課は、いまだに「年功序列」「終身雇用」の時代から転換出来得ていないため、「40歳代の新入社員」に対する客観的かつ合理的な人事査定が構築出来ていないのである。
従って、35歳以上の遊離している「非正規雇用者」の人材育成、人材登用は現実的にはほぼ有り得ない惨状と成っている。
このままだと、100万人を超える数の40歳代、50歳代の貧困層が一気に「生活保護」へ雪崩れ込むこととなろう。
「生活保護」の対象者が激増する、ということは、単に「生活保護」の費用が急増するだけではない。
健康保険料などの医療費と納税者という「財政の支え手」が激減することをも意味する。
どうも、「いわゆる保守派」は、貧困層に対しては全く冷淡であり、現在もなお、「自己責任論」でもって斬って捨てている。
「あいつらが貧乏なのは、能力も意欲も無いからだ!」と決め付けている。
まあ、百歩譲って、能力と意欲が乏しい連中ばかりが貧困層に落ちているのだ、と仮定しよう。
だが、既に、その貧困層の人数が、あまりにも大量に成りそうなのである。
日本の社会に於ける割合から見ても、この貧困層を無視していく訳にもいかない。
いずれ、「こんな大量な人数を面倒見きれない!」といった「悲鳴」が上がってこよう。
そのうち、「自分達が働いたお金から支払った税金の相当な割合をこいつら貧困層の奴等を養うために使うのは我慢出来ない!」という不満が爆発することと成ろう。
その時、100万人を超える大量の人間を「切り捨てる」ことをするのか、しないのか、といった大問題に直面することと成る。
だから、そのような「究極の選択」に到達しない前の段階で、何とかこの貧困問題を軽減させるように尽力すべきなのである。


また、別の視点から考察すれば、この「アンダーグラウンド」層を、新たに政治的に「組織化」出来得れば、相当な「政治勢力」を形成出来ることとなろう。
ちなみに、現在、いわゆる「貧困問題」に熱心に取り組んでいるのは、創価学会・公明党と日本共産党である。
しかしながら、今後、この「アンダーグラウンド」層という貧困層の大多数を、創価学会・公明党や日本共産党が「取り込める」かどうか?というと自分は否定的である。
何故なら、今後、「アンダーグラウンド」層の所得額はほぼ増額しないだろうから。
つまり、「アンダーグラウンド」層は、可処分所得が増えないから、創価学会・公明党や日本共産党に「参入する」ことが出来ない。
と云うのは、創価学会・公明党や日本共産党は、その「メンバー」に参入した後は、「参加費」(党費、会費、寄附金など)が多額であるからである。
創価学会・公明党も日本共産党も、共に「専従職員」の割合が高く、また、所有する建造物が多い。
従って、固定経費である「人件費」と「施設維持管理費」が否応無く、必要と成る。
現在は、過去の「貯金」が有るから何とか維持出来ているのだが、「組織」として「高コスト体質」である以上、多額な「参加費」を支払うことが不可能な「アンダーグラウンド」層は、創価学会・公明党や日本共産党に「定着」することは難しいと思う。
さらに、「アンダーグラウンド」層は、「余暇」の時間も少ない可能性が高く、組織活動への参加強制力が強い、創価学会・公明党や日本共産党へは、やはり溶け込んで行くのは難しいであろう。
そうなると、いずれ、「アンダーグラウンド」層は政治的にも見放される可能性が有る。
何しろ、かつての左翼党派でさえ、最下層の「ルンペンプロレタリアート」の組織化は困難であったのだから。
だが、スマホが社会的なインフラとして大多数に行き渡り、ネットでの情報交換(ラインやSNSなど)が可能と成った状況ならば、この「アンダーグラウンド」層の政治的組織化はあながち難しくは無いような気がする。
しかも、ポスター貼りや政治集会、寄附金の要請などを一切、課すことなく、ただ単に「投票行動」だけを行う「政治的組織化」に特化すれば、貧しく多忙な「アンダーグラウンド」層でも参入のハードルは低くなろう。
しかも、選挙に於いて「決定的」なのは「投票行動」なのだから。
100万人規模の「塊」の「票」が、特定の党派や候補者へ確実に投じられることとなれば、それは既に有力な「政治的圧力団体」としての資格を有するだろう。
さて、この「アンダーグラウンド」層の「政治的組織化」を行い得る党派はいったいどこなのであろうか?
自分は、その党派こそ、今後の日本の政界を主導していくこと間違い無しだと予感している。

京都府舞鶴市での大相撲巡業で、土俵上で挨拶をしていた舞鶴市長が卒倒してしまった。
慌てて救護を行うために多数の人間が駆け付けたが、その中に女性の看護師が幾人か居られた。
ただ、土俵は「ご神域」でもあり、古来から「女人禁制」であった。
だから、大相撲の「神事担当者」でもある、行司の方が場内アナウンスで、「女性の方は土俵から下りて下さい!」と再三に渡って呼び掛ける破目と成った。
この「醜態」がマスコミで報道されて、にわかに「伝統」と「人命救助」に関して議論が噴出事態と成った。...
自分としては、あまりに「プロトタイプ」な議論に、辟易するしかなかった。
まず、「女性が土俵に上がってはいけないという伝統」に対する「批判」。
さらに、「人命救助が最優先」と云う、「人命至上主義」。
しかし、それで良いのか?
それだけで良いのか?
「人命を尊重する為なら、伝統は無視して良い」と安直に云い切って良いのか?
自分は、この問題に関して、本当に責められるべきことは、巡業の主催者である日本相撲協会の危機管理体制の不備だと感じる。
そもそも、土俵上で、如何なるトラブルの発生に備えて、土俵際に、救急救命士の資格を持った男性職員や男性の医師を配置しておくのが当然であったろう。
さもなくば、土俵上で人命救助の必要性が突如発生した際に、女性の医療関係者が土俵上に駆け上がる可能性を排除出来ない。
今回の事件は、まさにこの通りだった訳で、「土俵は女人禁制」という「伝統」をあくまで死守したいのであれば、事前に、危機管理体制を万全に整備して臨まなくてはいけない。
また、「伝統」と「人命」が、相克した場合、「伝統」を無視しても良いと云い切ってしまって、果たして良いのだろうか?
そもそも「女人禁制」の「伝統」の起源は、「神の祟り」から来ている。
つまり、「ご神域内に女性が立ち入れば、神の怒りが祟りとして現れる」という太古の「概念」が、「伝統」というかたちで継承されて来た訳である。
だから、これも一種の暴論めいて聞こえるだろうが、「瀕死の重病人の人命救助をするために女性の医療関係者が土俵に上がる」ことが「人命第一」なのと同様に、「女人禁制の土俵に女性が上がることで、土俵の神の祟りが起こり、相撲関係者が不慮の死を遂げてしまうことを防ぎたい」ということも、或る面、「人命第一」ということと云えよう。
「伝統」というものを「根拠薄弱」であるとか「非科学的」であるという視点で、安直に切って捨ててしまうことの「軽率」さ、「無神経」さを自分は恥じ入りたい。
勿論、ただ単に「伝統」を守るためだけに、多くの犠牲が安直に当然視されるのも許し難い。
しかしながら、「伝統」には「伝統」の存続してきたことへの「根拠」と「理由」が存在するのである。
だからこそ、「伝統」の存続と継承をきちんと為されるように、あらゆる面で不備や遺漏が無いようにしっかりとしなければいけない。
少なくとも、現在の日本相撲協会は、まわしはしっかりとしていそうだが、ふんどしはユルユルの緩みっぱなしの状況であるようである。
きちんと、ふんどしを締め直して欲しいと猛省を望みたい。


(追記)
確かに、今回の事例は、まず「人命救助」最優先だったと感じます。
ですから、女性であろうが、男性であろうが、救命の技術を持った人間が駆け付けるべきです。
ただ、この事例をもってして、短絡的に「伝統」を批判するプロトタイプに自分は同意したくないのです。
日本相撲協会として「土俵の女人禁制」を「伝統」と決めているのであれば、その「伝統」は認めるべきです。
ただ、当の日本相撲協会が、「女人禁制」の「伝統」を守るために、どれくらいしっかりとして意識や覚悟が有ったのか?と云えば、それは甚だ不充分だったと感じます。
自分は、「伝統」そのものを批判することよりも、「伝統」を保持する上での運営体制の不備こそが批判されるべきだと感じるのです。
現に、本日の朝日新聞の天声人語コラムでは、得意気にこの問題を批判しています。

あと、「伝統」に関してですが、それは「古さ」や「歴史の長さ」でもって単純に決めることは出来ません。
「伝統」は、時代の変遷によって変化していくことも有ります。
ただ、大相撲の起源である、江戸時代の両国・回向院境内の「勧進相撲」の頃から既に「土俵の女人禁制」は存在しており、さらに、明治時代に於ける徹底的な「文明開化」の価値判断基準の激変にもかかわらず、「土俵の女人禁制」が維持・継承されたことの「重み」を自分は軽視してはいけないと感じます。
少なくとも、自らを「保守派」と自認される方々ならば、もっとこの「問題」に対して、真摯に受け止め、徹底的な思索を深めて対処すべきものであると、自分は感じます。
自分としては、この「問題」を大変、重く受け止めており、今後も深く考えていきたいと考えております。

先程、病院から帰宅した。
本日、払暁、激痛で七転八倒し、堪りかねて救急車を呼んだ。
そして大学病院に運ばれて診察してもらった。
案の定、帯状疱疹ヘルペスだった。
最初は、腰痛と足の裏の「かぶれ」だと思っていた。...
だから、それぞれ、別々だと思っていた。
だが、腰痛は、接骨院で診てもらったら「坐骨神経痛の場所と違います」ということで「不明」。
足の裏のかぶれも、なかなか治らなかった。
そして、腰痛のところを触ってみたら皮膚に異状が感知出来たので「もしや」と考えたのである。
だが、昨晩就寝してから、痛みが一気に激化した。
現在は鎮痛剤のロキソニンで何とか抑え込んでいる。
とにかく激痛が酷く、歩行も困難であった。
救急車を呼ばずに、朝まで我慢していたら家から出られなくなるのではないか、と恐怖したので、やむなく救急車を呼んだのである。
身体の激痛はロキソニンで何とか抑えられているが、医師から「一週間の安静」を言い渡された。
自分は「おまえの代わりなんぞいくらでも居る」派遣社員であり、賞与も有給休暇も存在しない。
だから、仕事を休めば、即、稼ぎが減る。
しかしながら、こんな体調で働けるわけでもない。
かくなる上は、肚を括って「一週間」、休養しようと思う。

実は一昨日3月31日の土曜日に、桜が舞い散る靖国神社を参拝した。
お正月にも「行った」のであるが、拝殿迄の行列があまりに凄すぎたので、「参拝」しなかったのである。(合掌して一礼はしましたがwww)
そんなこんなで、自分は靖国神社に対して不敬、無礼な振る舞いをしてしまった。
「いずれ神罰を被ってもだえ苦しむこと必定」と覚悟していたのである。
ところが、一昨日に「桜みくじ」を引いてみたら驚いた!
「大大吉」「幸せの絶頂」「これ以上ない大盛運」という、ウルトラ・スペシャルなwwwのを引いてしまったのである。
だが、その時に、既に腰痛で苦しかったので、この「おみくじ」の「ご神慮」が自分には訝しく思えた。
そして、本日払暁の激痛のさなか、「大大吉なのに、何故、こんなに苦しまなければいかんのか!」と愚痴が脳裏に浮かんだ。
しかしながら、今、考え直してみた。
人間にとっての「災厄」というものは避け難い。
いつかは「出て来るもの」である場合が多い。
己自身の「因縁」と呼んでも良い。
そういう「人生に於ける債務」を、いつかは支払わなくてはいけない。
そういう「災厄」を「引き受ける」とするならば、どういう「時期」が良いのだろうか?
それは、自分自身が一番「幸運」な時が良いだろう。
何故なら、幸運な時に災厄を被れば、「強運」ゆえに「重傷」にならずに済むからである。
どうせ、マイナスされるのならば、プラスの時にマイナスされたならば、後々、その悪影響は軽微で済むだろう。
逆に、大凶の時に災厄が襲って来たならば、まさに「弱り目にたたり目」と云うことに成ろう。
そのように「受け取らせて」いただくならば、今、自分が帯状疱疹ヘルペスで寝込むはめになっても、これはこれで有り難くお受けしなくてはいけないだろう。

自分は、しょっちゅう「体調不良」に成る。
だから「身体が弱い」ように思われる。
しかしながら、本当は「身体が弱い」訳では無い。
本当に「弱い」ところは、実は違うのである。
自分は「身体が弱いのではなく、頭が弱い」のであるwww
とにかく、自分は不器用で要領が悪い。
何でもかんでも全力で取り組み、一切手抜きが出来ない。
だから、しょっちゅう、「体力の限界」を突破してしまうのである。
そして、その経験から、全く「学習」出来ていないのであるwww
これはもう「頭が弱い」としか云いようがないのである。
馬鹿なのである。
もう、「大」が付くくらいの馬鹿なのである。
かつて、浪曲(浪花節)の主人公と云えば「清水の次郎長親分」だった。
彼には「大政」「小政」と云った個性あふれる魅力的な子分たちが支えていた。
だが、そんなキラ星の如き子分たちの中で、庶民が一番熱烈に愛したのは片目の侠客「遠州・森の石松」だった。
何故、森の石松がずば抜けて庶民から愛されたのだろうか?
それは、馬鹿だったからである。
もう、森の石松は、馬鹿で馬鹿で大馬鹿者で、どうしようもないくらいの馬鹿だったのだ。
ついには二代目広沢虎造の名調子で、「馬鹿は死ななきゃ治らない!」と謳われた。
だが、森の石松には、その馬鹿に比例してとてつもなく愛嬌が有った。
だから、「まったく、石の奴はどうしようもねえくらい馬鹿なんだから!」と云われながらとことんまで愛された。
まさに「愛嬌有る馬鹿」だったのである。
今更、自分はいくらしゃかりきに成ったって「利口」には成れない。
だったら、精一杯生き抜いて「愛嬌あふれる大馬鹿者」を目指していきたい。
二代目広沢虎造も謳っている。
「森の石松、いいおとこ」。
IQより愛嬌だと、自分は思う。

新年早々、「罰当たり」をかましたwww
靖国神社へ初詣でに行ったのだが、既に拝殿前からの参列が「人大杉」www
まあ、小一時間並んで待っていれば良いのだが、この後に神田明神と千葉県護国神社を参拝する予定だったので、時間が無かった。
ということで、物凄い「行列の後ろ」から”礼拝”して、千葉県護国神社への「お土産」(靖国ゴーフレッド)を購入して退出した。
靖国神社の境内まで入っておりながら、参拝をしない、とは「罰当たり」以外の何ものでもないだろう。...
多分、早晩、この「不敬」の「神罰」を被ること、必定であろう。
ちなみに、明日の正月二日は、皇居の一般参賀も有り、より一層参拝者が押し掛けることと拝察される。
だから、社頭参拝は寒中、長時間、行列で待つことが予想される。
ならば、昇殿参拝をお奨めしたい。
個人ならば2000円の玉串料で、御本殿まで奥深く参拝が出来る。
また、待機する参集殿は暖房も効いており、身体にやさしい。
新年の始めに、是非、「昇殿参拝」をなさってみてはいかがだろうか?

自分は2006年7月に大阪へ転勤した。
そして2011年8月に退社し、東京へ戻った。
約5年間の「大阪暮らし」であった。
幸い、靖国神社崇敬奉賛会青年部「あさなぎ」の関西支部の立ち上げが翌2007年2月に為され、その準備委員会の段階から自分は関わることが出来た。
そして、2007年2月の「あさなぎ」関西支部設立の懇親会へ、ご多忙な中で和歌山県護国神社と奈良県護国神社の両宮司様が駆け付けて下さった。...
このことを自分は、個人的に大変有り難く感じ、それぞれの護国神社へ参拝し、宮司様へ御礼のご挨拶をして回った。
そして、奈良県護国神社へ参拝した折、宮司様が「折角だから社務所へお上がりなさい。」と仰ったことから奈良県護国神社との現在に至るまでの「御縁」が生じたのである。
あれから、奈良県護国神社の宮田康弘宮司様とは、「うまが合い」、長時間に渡って雑談させていただくようになった。
気が付けば、自分は(大阪在住時)毎月、奈良県護国神社へ参拝し続けていたのである。
奈良県護国神社詣でが2年ほど過ぎた頃、宮田宮司様から、
「白井君は陸軍墓地を知っていますか?」と云われた。
「大阪の真田山の存在は知っています」と答えたところ、
「実は、奈良にも在るのです」とのこと。
そして、現在の奈良陸軍墓地の「惨状」を聞いた訳である。
お話しが終わった後、宮田宮司様が「何ならご案内しましょうか?」と仰ったので、そのまま奈良陸軍墓地へ宮司様の車で連れて行ってもらった。
「ここです」とご案内されて、絶句した。
雑木林の中の荒れ地の中に、不釣り合いな石の鳥居と墓碑が目に入った。
辺りは荒涼たるもので、寂寥感で満ちていた。
ただ、ただ、言葉を失う状態であった。
英霊の墓地が、捨て置かれて荒れるにまかされていたのである。
常日頃、「靖国神社が!」「英霊が!」などとご大層な口を利いていた以上、この惨状を目にして、そのままにしておくことは出来なかった。
すぐさま、「あさなぎ」関西支部の仲間にこの窮状を訴え、有志での参拝を実施した。
そして、それから自分は、毎月、奈良陸軍墓地を参拝してから奈良県護国神社を参拝するようになった。
別に宮司様から頼まれた訳ではない。
また、自分自身も「月参りをしよう!」と決心した訳ではない。
ただ、「あ、そろそろ奈良陸軍墓地に行こう」と思い立って、振り返ってみたら、結果的に毎月ずっと参拝していた、と云うことに過ぎない。
自分は、リュックサックに2リットルの空のペットボトル2本に水を入れ、お線香一箱とマッチを持ち、2対の仏花を買って、大祓詞とお経本を持って泉州の大阪府泉大津市から向かって行った。
春夏秋冬、毎月、参拝した。
まず、二つの大きな墓碑へ献花をし、満州事変の大きな墓碑に向かって、大祓詞の祝詞を上げ、さらに読経した。
そして、大きな二つの墓碑とその他の小さな墓碑の一基づつに、少しづつお水を捧げて回った。
さらにお線香を2、3本くらいを小さな一基づつに手向け、残りを大きな二つの墓碑にも捧げた。
お水とお線香の際には、ずっとお題目を上げながら行った。
ただ、それだけのことである。
そのうち、水をつめるのを自宅ではなく、奈良県護国神社にするようにして、順番を入れ替えた。
たった約3年間の「月参り」だった。
残念ながら、会社を辞めることとなり、大阪に住み続けることが出来なくなって、東京の実家に戻ることに成った。
そのため、奈良陸軍墓地も奈良県護国神社も、「不義理」をしている。
ただ、宮田宮司様とは頻繁にお電話をしている。
本日、有志の方々が、奈良陸軍墓地の清掃奉仕をして下さったそうである。
誠に有り難く、かたじけなく思う。
自分は奈良県の英霊とは何の縁も所縁も無い。
だが、今や、自分にとって奈良陸軍墓地と奈良県護国神社は、とても大切な「存在」なのである。
我が身は、遠方に居るのであるが、何とか出来得ることはさせていただきたいと常日頃から意識しているものである。
英霊がどのようにお感じになられておられるのかは、自分にはよく解らないのではあるのだけれど。

今日、帰りの電車の中で醜悪なものを目にした。
電車の床にべったりと座りこんでいる奴が居たのだ。
それもいい歳をした「おっさん」。
まあ、「おっさん」だけなら侮蔑だけで終わる。
ところが、その「おっさん」に寄り添うように座り込んでいる3,4歳ぐらいの子供が二人。...
間違い無くこの「おっさん」の子供達であろう。
二人の子供達は、父親がしていることに何の疑問も抱かずにあどけなくまどろんでいた。
自分は、これを目にして無性に腹が立った。
さながら排泄物でも目にしたような、生理的な嫌悪感を憶えた。

数年前、路上の地べたに平気で座り込む若者たちが報道で冷笑された。
そして「ジベタリアン」などと呼ばれた。
確か曽野綾子先生だったかもしれないが、「路上の地べたに平気で座り込む者が出てくれば、いずれ電車内でも平気で座り込む者が出て来るだろう」と指摘されていた。
まさしく、その「想定」通りに成ってしまった訳である。

自分は、ただ単に電車の床に座り込むのが駄目だ、とは思わない。
体調を崩し、倒れ込むようにして、やむなく座り込むのであるのならば、それは致し方がなかろう。
だが、この親子連れは、単に立っているのが嫌だったから座り込んだだけなのである。
この、あまりに弛緩しきった精神を自分は受け入れられない。
しかも、まだ、年端もいかない子供達が二人もこの父親の振る舞いをうのみにしていた訳である。
この子供達が、数年後、進学して友人や教師からその「異状性」を指摘された時のことを考えると心が痛む。
あくまでも、弛緩しきった父親のやり方が良い、と思っているに成らば、今後の人生の様々な局面でずれや行き違いに直面して苦労することだろう・
一方、父親が「異状であった」と思い知らされた場合は、親子間の信頼関係は亀裂が生じることになるだろう。
親は子供の鑑(かがみ)なのである。
「おれがどうやろうと勝手ではないか」と開き直ったならば、そのツケは、そういう親の生き様を見て育ってしまった子供達が支払う破目と成ろう。
まさに「親の因果が子に報い」という図式と成る。

本当は、自分がこの「おっさん」に一喝してやれば良かったのだが、車中もどっと混雑して来たし、また、子供達二人の気持ちを思うと頭ごなしに父親の恥をかかせるのも気の毒におもってしまった。
そうこうしているうちに、3人は何ともなく立ち上がって電車を降りて行ってしまった。

残念ながら、我が日本は本当に劣化してきている。
公徳心や恥じらいを喪失したこの親子三人がまさにそうである。
と同時に、嫌悪感だけでイラついているだけの自分自身も、全く以て駄目であろう。
まあ、風邪がひどくなって、頭が朦朧としてきたのも有ったのだが。

嗚呼、情けない・・・・

BSで坂本龍馬没後150年記念の番組をやっていた。
坂本龍馬を巡る人々の反応と云うか、「ことば」に自分はちょっと違和感が有る。
何と云うか、生前の坂本龍馬がとてつもなく「有名人」であった、という錯覚を抱いているような気がする。
実際は、当時の生前の坂本龍馬は「無名人」だった。
「インサイド」のごくごく少数の人々の間では話題には成っていたのだが、世間一般に於いては、全く「無名人」だったのである。...
現に、明治維新の「当事者」で、長命を得た「最後の将軍」徳川慶喜は、晩年時にいわゆる「大政奉還」などに於いて「坂本龍馬」という「一介の脱藩浪士」が黒子で動き回っていたことを始めて知って愕然としたと云う。
つまり、幕末・明治維新の当時、徳川慶喜は坂本龍馬の「存在」そのものを知らなかった訳である。
今、坂本龍馬を回顧するにあたって自分が必要と感じるのは、小さな「私」の名利を求めずに大業を為さんとする志を持って欲しい、ということである。
坂本龍馬は、あの幕末の当時、自分が後世に於いて「有名人」と成り、日本各地に自分の銅像が立つことを全く望んではいなかったと思う。
ただ、彼は、この「日本」を立て直したかった。
「今一度、この日本を洗濯致したく候」と書き残した坂本龍馬は、ただ単に、「仕事」をしたかっただけなのだと思う。
この「名誉も要らず、金も要らず」というのは、かの西郷隆盛にも通じている。
この、「無名」の存在であることを悲しまず、自負を持って目の前の「仕事」に精一杯取り組む「意識」こそ、今の自分たちが学ぶべきことであろう。
そうでなくては、坂本龍馬の魂は、きっと泉下で苦笑されておられると、自分は思う。

只今、いわゆる「保守界隈」に於いて、左翼のことを「パヨク」と呼んでいる。
いわゆる蔑称ということになるのだろう。
まあ、侮蔑されるだけの「知的劣化」をしている連中もいる。
だが、左翼そのもの、もしくは左翼「全て」が、愚昧であると高をくくっているようであるならば、それは大間違いである。
対峙する相手を侮るということは、油断を生む。...
このままだと、保守は、また、左翼に負けることに成りそうである。
ま、自分は、もう、「保守じゃない」そうだから、保守の方々は可哀想に、としか思わないけど。

いわゆる「保守界隈」の方々に問いたい。
そもそも「左翼」とは何なのか、貴方がたはきちんと説明出来得るのだろうか?
また、「左翼」と「右翼」の違いをどう説明出来るのか?
上記の事柄が「抽象的過ぎて、回答する気にさえ成らない」と云うのであるならば、これはどうだ?
トランプ政権発足以前に於いて、「TPPに参加すると、日本はアメリカに蹂躙される」といった「意見」が有った。...
水島総はその代表格だった。
そして、日本の主要政党の中で、「TPP断固反対」を主張したのは日本共産党である。
この「TPP」を巡る「態度」を見て、日本共産党は「左翼」なのか?「右翼」なのか?
もし、日本共産党は「TPP反対」なので「左翼」である、というのであるならば、水島総も「左翼」なのか?
いいや、水島総は「右翼」であるし、「TPP反対」も「右翼」である。
だが、そうなると「TPP断固反対」の日本共産党は「右翼」なのか?
さあ、どうなのだ?
ちなみに中島岳志は、自らを「リベラル保守」であると「自認」し、「TPP断固反対」という「姿勢」を評価して、「日本共産党と共闘出来得る」と主張している。
この中島岳志の「論理」は、何処が正しくて、何処が間違っているのか?
是非とも、きちんと説明してもらいたい。
それとも、「肉体言語」でしか「語れない」から、「無理」?
(続く)

以前も書いたことが有るのだが。
よく、「叱られる」と云う。
或いは、「怒られる」という。
さて、この「叱られる」と云う行為と「怒られる」と云う行為は「同じ」なのだろうか?
この「疑問」は、かの「笑点」終身名誉司会者の桂歌丸師匠もお感じに成られていて、「違うのは解るのだが、どう違うのかが上手く説明出来ない」と仰っておられた。...
自分は、毎日ように「お小言」をくらっているせいもあってwww、何となく違いが解る。
以下、自分なりの「解釈」である。
「怒る」と云うのは、相手の人格を否定する。
「叱る」と云うのは、相手の行為を否定する。
つまり、相手の人格を否定するか、しないのかが明確な違いだと思う。
「怒られる」場合は、
「何だ、この、馬鹿!」
「根性が駄目だ!」
と云われる。
一方、「叱られる」場合は、
「何でそんなことをしでかしたんだ!」
「そんな口のききかたが有るか!」
と云われる。
一見、同じように聞こえるのだが、そこには明確な違いが認められることが理解出来ると思う。
よく、「怒る」と「叱る」の違いは、
論理的であるか、感情的であるか、
愛情が感じられるか、感じられないか、
と云った「説明」がされている。
しかし、例え、論理的に否定されても、ネチネチとやられたら、その「論理」は相手には届かない。
また、「愛情」がこもっていると云われても、それが相手にとって苦痛に感じられたならば、それは「愛情」とは云わない。
それは「愛執」に過ぎないと思う。
自分の過ちや誤りを指摘されるのは辛いことである。
だが、慢心の中から成長は決して生まれてはこない。
重要なのは、相手が「いったん立ち止まり、やり直さなければいけないことを自覚して、再出発をしてくれるかどうか」ということにかかってくる。
だから、例え、相手の人格を否定しないことを念頭に置いていたとしても、「叱り方」が拙劣な場合は、相手にこちらの「真意」は届かないのである。
その点、亡父は凄かった。
自分に叱る時も、場所、タイミング、言葉遣い、時間配分、それら諸々を全部考慮してから叱った。
だから、亡父から叱られた時は、本当にこたえた。
これは、ちゃんと受け止めないといけないと心底思ったものである。
実は、「叱る」にしろ、「怒る」にしろ、相当なエネルギーが要る。
心身共に余裕が無く成って来ると、ついには「叱る」ことも「怒る」ことも出来なくなる。
また、以前に或るお年寄りの方がこんなことを仰っていた。
「もう、この年齢に成ると、自分のことを叱ってくれる人がほとんど死んでしまっていなくなってしまった。
これはこれで寂しいもんだ。
人間、叱られているうちが花ですぞ」と。
今の若い方々は、如何だろうか?
「怒られる」ことはともかく、「叱られる」こともちゃんと受け止められるのだろうか?
「叱られる」ことをちゃんと受け止めることが出来なければ、後年に成って、しっかりと「叱る」ことも出来る筈が無いと思う。
今は「新入り」や「新人」であったとしても、しばらく経てばいずれその下に「新入り」や「新人」が付いてくる。
その時に、お互いが「不幸な関係」に成らないように、是非とも、意識してほしいと願うものである。

自分は路上で仕事をしているせいで、よく、道をたずねられる。
(ちなみに、自分は路上で生活しているわけではないwww。
いずれはそこまで身を落とすかもしれないがwww)
で、そういう場合、ほとんど自分は「解りません」と答えて断ってしまう。
「なんて薄情な奴だ!」と侮蔑されるだろうが、自分は道をたずねられても、断ることに決めた。...
実は、道に迷った人に道を説明すると云うのは、とても難しいのである。
何故、説明するのが難しいのだろうか?
そこで、ちょっと視点を変えてみたい。
そもそも「道に迷う」ということは、いったいどういう「状態」なのだろうか?
つまり「道に迷う」という「状態」を成立させる「条件」が有るのである。
どういう「条件」なのか、しばらく、お考え下されたい。


何故、人は道に迷うのだろうか?
道に迷うには、二つの条件が有る。
一つ目は、自分の居場所が解らなくなること。
二つ目は、自分の向かう目的地の有る方向が解らなくなること。
この二つがあやふやに成ると、人間は道に迷うことになる。
だから、道に迷った場合、道が解るところまで「戻る」のが一番確実なのである。
電車やバスなどで降りたところまでいったん戻って、そこから道を聞かないと結局は道に迷うことに成る。
一番駄目なのは、道に迷っているにもかかわらず、取り敢えず、歩き出してしまうことである。
もう、そうなると「戻る」ことさえ出来なくなってしまう。


で、「道に迷っている人」に対して、「自分の今の居場所」と「目的地までの方向」を、「言葉」だけで説明するのは、とても難しいのである。
だから、「道に迷っている人」への説明には地図が無ければ、要領を得ない。
そのことに気が付いてから自分は、「言葉」だけで「道案内」することをやめた。

さらに、だいたい「道に迷っている人」というのは、駄目な人が多いwww
まず、こちらが作業中に忙しくしているにもかかわらず、平気に聞いてくる。
多分、ただ単に「目に付いた」だけで聞いてくるのである。
で、さらに聞いてくる「ことがら」もマイナーことばかりなのである。
例えば、「なんとかビルは何処ですか?」
「なんとかという店なんですけど」。
そんな、ゼンリンの分厚い白っぽい地図帳にしか載っていない様なマイナーな名前なんぞ、答えられる人はほとんどいない。
どうせ聞いてくるならば、もっと一般に名の知られたランドマークを上げて来なければ無理である。
「新宿駅はどちらですか?」
「伊勢丹に行きたいのですが、どちらですか?」
こういう聞き方ならば、まだ答えようが有るのである。
で、こういう駄目な人にあれこれ説明しても、徒労に終わる。
最終的には、「カム ヒア」と云って、自分がそいつをその場所に連れて行かないと駄目な破目と成る。
勿論、こちらは作業中で、そんな「お人好し」なことは出来ない。
結局、駄目だと予測出来るのならば、初めから断った方が後腐れが無い。
変に情けをかけて、いろいろとやりとりをした挙句に、「駄目だこりゃ」と成った場合、気まずいことに成る。
そこまで「乗りかかった舟」ならば、もう、自分がそいつを引っ張って行って道案内しないと引っ込みがつかなくなるだろう。
かといって、自分の今の仕事は一分一秒も惜しいのである。
昼食だってトラックの移動中に助手席で口の中に押し込むようにして食べている。
それくらい、時間に追われている我々に、ぶしつけに「あのー」と聞いてくる奴に対して、自分は憎悪しか感じない。
だから、何が「おもてなし」だ!と思う。
そんな、「おもてなし」なんてきれいごとを云う奴は、「大層な御身分」だと思う。
こっちは、食事も便所も我慢して追われるように作業をしているのである。
「おもてなし」「おもてなし」とはやし立てるのならば、「おもてなし」の専門の人間が担当すれば良い。
もし、我々が、「道に迷う」人々にいちいち親身に成って付き合っていたら、会社はそのことを「美徳」として賞賛してくれるのか?
勤務評定の中で、「たいへんよくできました!」と評価してくれるのか?
する筈が無いだろう。
じゃあ、会社はどう「指導」するのか、といえば、
「そういうことは、上手い具合にやれ」と云うのだ。
文字だけで読むと、全く意味不明なのだが、要は、
「悪感情を抱かれないように、上手に断れ」
と云っているのである。
「道に迷っている人」に対して、情けをかけ、いくら親切にしたところで、売り上げにも業績にも一切反映されない。
だいたい「道に迷う」ような迂闊な人が、親切にしている人間の所属している企業名まで瞬時に記憶出来る訳がなかろう。
だから自分は現在、路上で作業中に道を聞かれても、
「ごめんなさい。自分もよく知らないのです。」
といって、断っている。
そうしなければ、埒が開かないのである。
そして、この現状は、日本の社会そのものがどんどん余裕を失って世知辛いものに劣化していることの証しなのである。


この分だと、いずれ日本の社会から無償の「おもてなし」は、絶滅することと成ろう。
はたして、その良し悪しについては、賢明なる諸氏に結論を出してもらいたいと思う。
自分はただ、現状報告のみしか出来ない。

今、自分の身の回りで一種の「逆転現象」が起こっている。
正社員(正規雇用者)は、定期的に「異動」が存在する。
或いは、不本意な「人事異動」が下された場合、会社を辞めてしまう。
現在、一人でも「職場」から抜けると、なかなか補充が難しい。
新規の補充が出来ない場合、玉突きのように、穴埋めのための穴埋めをするために、広範囲を巻き込んで対処しないと収まらないように成って来ている。
そうなると、正社員は、新しい場所で仕事をすることに成る。
しかし、会社に「辞表」を叩きつけて辞めた人間とは、業務の引き継ぎがきちんと為されないことが多い。
だから、正社員は、新しい職場のことがよく解らないまま、過重なノルマを課せられることと成る。
一方、職場には非正規雇用者(契約社員もしくは派遣社員)が居る。
そして、結構、大人数、存在する。
非正規雇用者は、一般的に見て、仕事が出来ないwww
自分を見れば、納得してくれると思うwww
ところが、仕事が出来ない筈の非正規雇用者の方が、職場については習熟し、知悉していることが多くなってしまったのである。
そういう「逆転現象」が起こるようになった時、どういう悲喜劇が繰り広げられるのだろうか?
非正規雇用者は、多くの職場に於いて、会議に参加出来ない。
いわゆる「社外秘」の「ことがら」について「知らされる」ことはない。
会社や職場に関する「数字」(業績や予算など)を「正式」な場によって示されることはない。
そうなると、非正規雇用者にとって、会社や職場とは目の前の自分の作業に関すること「だけ」しか認識され得ないのである。
例えば、会社全体、職場全体で「経費節減」という目標が掲げられたとしよう。
正社員は、その「経費削減」という目標が掲げられた背景や経緯、根拠や数値まで知らされる。
だから、トータルな視点でもっておのずと業務を行わなければいけない、といった意識が持たされるようになる。
だが、非正規雇用者にとっては、ただ単に「無駄遣いはするな」としか認識出来ないので、目の前の自分の作業に関することしか考えられない。
だから、会社全体、職場全体の「新潮流」の中で、どう自分の作業を組み替えていくのか?といった意識は持ちようが無いのである。
ただ、上から命じられたことだけやれば良い。
それしか、規定されないのである。
さらに、非正規雇用者は、「人事異動」というものは存在しない。
勿論、職場が変わる、ということは有るのだが、それは正社員の「人事異動」とは明確に異なる。
いずれ、会社という組織の中で、どのような役割を与えられていくのか?といった問題意識が生まれようが無いのである。
だから、非正規雇用者にとっては、今現在の「職場」の「居心地」だけしか関心が持てなくなるのだ。
今の「職場」で、今の「作業」が、いかに自分にとって「居心地が良いのか」ということしか考えなくなるのである。
そして、「新しい」職場に来た正社員は、古株の非正規雇用者から、様々ことを「教えてもらう」立場に成らざるを得なくなる。
倉庫内の何処に何が保管されているのか?
得意先までの道順、
効率的な作業のやり方、など。
だが、非正規雇用者は、「全体」を見ている訳でもないし、「全体」を意識しようとも考えないように成っている。
結局、非正規雇用者は、現在の職場に於ける「マイ・ルール」「自分の好みの作業のやりかた」を押し通すようになるのである。
そこで、正社員と軋轢が生じる。
しかし、以前のように、非正規雇用者に対して高圧的な態度に出ることは出来なくなった。
もし、非正規雇用者に嫌われたら、酷い場合は非協力的な仕打ちをされかねない。
最悪の場合は、いきなり辞職していなくなってしまう。
そうなったら、例え短期間であったとしても、その穴を正社員が埋めなくてはいけなくなる。
かろうじて「戦線維持」がされていた職場で、非正規雇用者といえども作業をさぼったり、職場からいなくなったりしたならば、「戦線崩壊」といった惨事に成りかねない。
だから、非正規雇用者に対して以前のように強く出られなくなってきたのである。
一方、非正規雇用者からすれば、今迄、軽く見られていたことに対する鬱憤が少なからず溜まっている。
そこへ、正社員側からの圧迫が無くなってくれば、次第に増長が生じて来る。
勿論、そんな増長するような奴は人間として駄目な奴なのだが、今迄ひたすら虐げられて来た非正規雇用者の中には、「好機到来」とばかりに勘違いをする者が必ず出て来る。
それに非正規雇用者には、会社に対する帰属意識や忠誠心は薄い。
当然である。
何故なら、正社員と違って、「会社の構成員」と見なされていないことを常日頃から痛感しているからである。


かつて、或る金融機関の帳簿管理をパートの女性が長年に渡って担当させられていた。
彼女以外の正社員は、人事異動で次々に通り過ぎて行ってしまうため、いつしか、そのパートの女性でしか知り得ないことがらが多くなってしまったのである。
そして、そういう業務の丸投げを長年続けて来た結果、その金融機関で多額の使途不明金が発覚した。
なんと!そのパートの女性が、金融機関から多額の現金を横領していたことが判明したのである。
そして、この使い込みに関するチェックが全く出来ていなかったのである。
その当該金融機関にとっては「飼い犬に手を噛まれた」という気持ちだったろうが、横領したパートの女性にとっては、多分、「自分はこの金融機関とは、所詮、他人だ」としか感じられなかったのであろう。


今や、契約社員でさえ、なかなか補充が出来ない状態に成っている。
さらに、例え、非正規雇用者が補充出来得たとしても、職場の戦力としてちゃんと機能してくれるような人材が入ってこない。
だから、例え「問題児」の非正規雇用者であろうと、以前のようなあしらいが出来なくなって来たのである。
そして、さらには、増長した非正規雇用者の方が、新人の正社員を職場や現場に於いて振り回したり、衝突したり、さらにはいじめたりするような惨状が出て来ている。
最悪な事例としては、
折角、苦労して獲得し、入ってもらった新入社員が、非正規雇用者にいびりつぶされてしまい、会社に対して嫌気がさして退社してしまう。
しかしながら、そんな「問題児」の非正規雇用者であっても、機嫌を損ねたり、辞められたりしたら業務に支障が出るので厳しい処分が出来ない。
そんな、悪夢のような状況が、多分、全国の到る所で起こっているようである。

以上を見て来ると、短絡的に、
正社員(正規雇用者)が悪い、
いや、非正規雇用者(契約社員もしくは派遣社員)が悪い、
とは即断し難い、と云えると思う。
ただ、この「難問」は、個々人が「各自奮励努力セヨ」と頑張ったところで、とても解決は出来ないだろう。
最早、「個々人の頑張り」で克服出来るような状況ではなくなったのである。
そして、さらに、この上に、女性や外国人を多用することによって「しのごう」とするのである。
ますます、この「難問」は複雑化していくことだろう。


自分は、あと少しすれば、いわゆる「正社員」は、出世コースに乗った「次世代の経営陣候補」「幹部候補生」のみしか認められなくなり、大多数の「従業員」が非正規雇用者に変わると思う。
ただ、そうなった時、従来のような「日本型の会社組織」は維持出来ないだろう。
また、高圧的な姿勢で「従業員」に対して当たることも出来なくなると思う。
大多数の勤労者は低所得の貧困層に落とされ、さらに、個人個人がバラバラに遊離し、浮遊する状態と成るだろう。
「定年」という制度が事実上消滅し、いつまで自分が働けるのか、絶えず不安感を抱えながら生活することとなろう。
日本社会の「底」が抜ける「瞬間」が刻々と近づいていることを自分は予感している。

自分は、靖国神社に新たな「記念碑」を建てることには反対である。
そもそも、靖国神社は、各戦友会からも慰霊碑を建てることを極力断り続けて来た。
その代わりに、各県の護国神社に於いて、各戦友会からの慰霊碑を引き受けていたようなところが有った。
「記念碑」というものは、いったん認めてしまうと、後から後から増殖してしまって収拾がつかなくなる。
考えても見よ。...
仮に、靖国神社の境内の到る所に「記念碑」だらけになった光景を想像して見よ。
今の境内と比べて、雑然としているであろうことは想像に難くない。
それに「記念碑」ばかりの境内に成ったら、それはさながら「墓地」のようである。
自分は、現在の境内のままが良い。
だから、これ以上、靖国神社に新たな「記念碑」を建てることには反対である。


また、「記念碑」を建てることによって、いわゆる「靖国問題」という政治的問題を解決しようと意図している(らしい)。
自分は、姑息だと思う。
いわゆる「靖国問題」とされる政治的問題は、あくまで「言論」でもって勝ち抜くべきだろう。
物や仕組みを利用して政治闘争を勝とうという魂胆は卑しい。
総理や閣僚などの政治家が靖国神社へ参拝することを裁判所へ訴えて「法廷闘争」を仕掛けた、左翼の「やり方」と同じではないか?
いわゆる「保守派」が、周回遅れで「左翼」どもに追いつき、追い越そうとしているようにしか自分には見えない。
「左翼」どもの「政治闘争戦術」のみを取り込もうとしているのかもしれないが、そのうち「ものの見方」や「ものの考え方」まで見事に「左翼」そのものと同じに成り果てるだろう。
醜悪にして愚昧極まりない。

平成29年の後半に於けるベストセラーとして、一冊の漫画が話題と成っている。

マガジンハウス社刊行の「君たちはどう生きるか」である。

作画は羽賀翔一であるが、実はこれには原作が有る。

原作者は吉野源三郎である。

この「君たちはどう生きるか」と云う本は、いわゆる学校の「課題図書」である。

国語の教師から「お墨付き」が与えられた「名著」であり、中勘介の「銀の匙」と並んで、よく推奨されたものであった。

自分もこの「君たちはどう生きるか」というのは、確か中学校時代に読破している。

この「君たちはどう生きるか」という本は、初版が1937年昭和12年である。

つまり「戦前」の本なのである。

ところがそんな80年前に出版されたこの本が、今、漫画化されたということで、俄かに世間から脚光を浴びている。

ただ、原作者の吉野源三郎という御仁が、実は曲者wwwなのである。

彼は社会主義者だったのだ。

そのため、1931年に治安維持法で逮捕される。

そして、1937年に「君たちはどう生きるか」を執筆し、戦後は1946年昭和21年に月刊誌「世界」を創刊して初代編集長と成る。

いわゆる、「戦後進歩的知識人」「岩波文化人」「左翼文学者」の代表的な人物だったのである。

こういう「経歴」を書いてしまうと、いわゆる「保守派」の連中は「脊髄反射」で、即座に否定してしまう。

そして、原作者・吉野源三郎を否定すると同時に、この「君たちはどう生きるか」と云う本まで否定してしまうのである。

全く愚かしいことである。

「君たちはどう生きるか」と云う本は、紛れも無く、「名著」である。

一読するに値する「良書」である。

だが、重要な問題は、このような「良書」を書き上げた人間が、最終的には「左翼」に到達してしまった、ということなのである。

だから、いくら吉野源三郎が左翼だからといって、「君たちはどう生きるか」を拒絶するというのは間違いなのである。

 

「君たちはどう生きるか」という本の真骨頂は、「自分で考えよ」ということに尽きる。

つまり、「他人の考えに流されずに、とことんまで自分の頭で考え抜け」ということである。

勿論、そのメッセージの通底には、昭和10年代に濃厚に成った戦前の日本の国家権力に対する強烈な懐疑が込められている。

だが、吉野源三郎は、その「真意」を解りやすく込めていない。

つまり、単なる「プロパガンダ」(宣伝工作)に止まらないからこそ、「名著」足り得た訳である。

これは中沢啓治の漫画「はだしのゲン」にも通じる。

但し、「はだしのゲン」は、後半部から日本共産党系の「文化評論」誌や日教組系の「教育評論」誌に連載され、紙上媒体が移行するにつれて、最初の「週刊少年ジャンプ」に連載された時のよりも左翼党派色に傾き、「プロパガンダ」化してしまうのだが。

それはさておき、「君たちはどう生きるか」という本では、「自分の頭で考え抜け」と示した吉野源三郎は、戦後は典型的な左翼人として活躍していく。

そこには、反米・反韓国(南朝鮮www)・親ソ・親中・親北朝鮮と云う、誠に解りやすい構図でもって論考が展開されていった。

つまり、吉野源三郎は、あれほど「君たちはどう生きるか」という本でもって、「他人の考えに流されずに、とことんまで自分の頭で考え抜け」と熱く語りかけたのにもかかわらず、結局、左翼・ボルシェビキセクト(党派)の世界観を無批判で受け入れたのである。

つまり、吉野源三郎は、戦前の日本の国家権力や権威に対して「抵抗」するために、左翼・ボルシェビキセクトの権力と権威に「従属」したということに過ぎなかったのである。

かのレーニンによれば、「国家と革命」によって、暴力革命によってプロレタリアートが、ブルジョアジーや帝国主義者どもとの「階級闘争」に勝利する。

そして、「階級闘争」に勝利し、全世界に於いて共産主義革命が成就した結果、「国家」は消滅する、と予言した訳である。

ただ、プロレタリアートを暴力革命による階級闘争で指揮・指導するのは、「革命に於ける前衛党」たるボルシェビキである、と規定した。

つまり、「革命に於ける前衛党」たるボルシェビキ(共産党)は、「国家」の「上位」に存在するのである。

最終的に「国家」を消滅させ、階級闘争勝利後の共産主義革命の「権力」は、「革命に於ける前衛党」たるボルシェビキ(共産党)が担当するのである。

それは、結局、従来の国家権力の支配から左翼セクト(党派)による権力の支配へと、看板が付け替えられるだけに過ぎないのである。

 

吉野源三郎は、戦後、一貫して左翼知識人として生き抜いた。

それは、左翼セクトの「党中央」の指導に依存したかたちでの「思考停止」であった。

吉野源三郎は、「自分で考えよ」と書き綴ったくせに、結局、「自分で考えずに、党中央の考えを従属した」のである。

これは、何と云うアイロニー(皮肉)であろうか?

だから、こういう皮肉な「背景」を含んだ上で、敢えて「君たちはどう生きるか」という本を一読してもらいたいと自分は考える。

だってそうではないか?

吉野源三郎が左翼だから、彼の著作は全部駄目だと否定し尽くして良いのか?

それなら、三島由紀夫が右翼だから、彼の著作は全部駄目だと否定し尽くすことと同じではないか?

そういう上っ面の表層的な「理解」では、知的劣化は克服出来ない。

自分は、長らく「左翼」として生きて来た。
勿論、神社や仏閣が好きで、神社巡り、お寺巡りをしてはいたが、政治的な思想信条としては、30歳過ぎまで明確に「左翼」だった。
だから、少なくとも、「シールズ」の若い連中よりかは、こと「左翼」に関しては年季が入っている。
だが自分は、マルクス・レーニン・毛沢東から、
トロツキー・グラムシ・ローザ=ルクセンブルクと変遷し、...
最終的に竹内好に到達した。
竹内好とは、魯迅の翻訳家で研究者であった。
そして「大アジア主義」であった。
なお、「大アジア主義」は、西郷隆盛・頭山満・玄洋社という「右翼」の系譜が存在する。
だから、後年、或る御仁からは、「竹内好まで来たら、もう、保守じゃないか」とも云われた。
つまり、自分は「左翼」思想の隘路の中を懸命に暗中模索した結果、最終的に竹内好まで到達したのである。
だから、「転向」出来た。
いきなり、マルクス・レーニン・毛沢東・トロツキーといった「ボルシェビキ」の「左翼」から「保守」への「転向」は、ほぼ「跳躍」に等しい。
だが、「大アジア主義」の竹内好まで変遷した結果、「左翼」と「保守」の断絶は、あまり無かったのであった。
だから、2003年の小泉総理の靖国神社参拝に関して、自分は研究し直し、考え抜き、悩み抜いた末に、「転向」した。
ちょうど、いわゆる「ネット保守」の「勃興期」の渦中に自分は飛び込んでいったことに成る。
西村修平、桜井誠、水島総、田母神俊雄、等々。
巨大ネット掲示板「2ちゃんねる」の「オフ会」にも参加し、その時の事柄は西村幸祐が著作の中で記録してくれている。(自分の名前は一切、記載されていないが)
だから、自分は、比較的、いわゆる「ネット保守」の活動を間近で見ていた。
そして、自分も自分なりに、懸命にそれらの活動に関わって来た。
だが、今、その「ネット保守」の活動に関しては、失望と幻滅の思いが強い。
何故か。
既に、2004年2005年の段階で、当時の「我々」の「憂愁」はあまりに深刻であった。
そして、そこから込み上げてくる「焦燥感」には、正直、いたたまれない思いだった。
「とにかく、早くしなければ。早くしなければ手遅れに成る!」
この切迫感と焦燥感と苛立ちが、寝ても醒めても「我々」を苛んで行った。
だが、あれから、15年近く年月が経とうとしている。
その間、2009年から2012年まで、民主党政権が続いた。
「1000年に1度」という東日本大震災が有り、福島第一原発の壊滅的な事故も起こった。
だが、この十数年の間、果たして「我々」は「前進」したのであろうか?
自分は、「後退」はしていない、と思う。
だが、いわゆる「ネット保守」の「しゃかりき」な「情熱」の割りには、あまりに「成果」に乏しい、と評価せざるを得ない。
そして、いわゆる「ネット保守」の可能性と限界を提示してくれたのは、2014年2月の東京都知事選挙に於ける田母神俊雄候補の約61万票獲得と同年2014年12月の衆議院選挙に於ける次世代の党の壊滅的な惨敗にあった。
はっきり云って、自分から見て、現在、いわゆる「ネット保守」は、この2014年の都知事選の「成果分析」と衆院選の「敗戦総括」が、両方とも全く出来ていないと感じる。
もし、それらがきちんと為されていたならば、「ネット保守」の「選挙対策」はそれなりの「かたち」に成っていた筈である。
だが、分析も総括もしないし、出来ないようであるならば、最早、「ネット保守」は恍惚としつつも隘路の途上に居るのであろう。
だから、2年前、1年前と同じことを繰り返し続けている。
そして、今年に行ったことを、来年も再来年も、飽きもせずに、ただ、何の疑問も抱かずに同じように繰り返していくのである。
何故、「ネット保守」はそういう「マンネリズム」の「ループ」に嵌まっているのだろうか?
それは、運動目標とそれに対する「ロードマップ」(行程表)を作成しようとしないことである。
その代わりに、「大変だ!大変だ!今すぐに、急いで、早く早くやるんだ!」と「だけ」絶叫している。
だから、結局、何も「出来ない」のである。


自分は、お金が無くなった。
能力は、元から無いwww
体力も無くなった。
だから、いつ果てるとも知れない「消耗のループ」から身を引いた。
もう、いわゆる「保守派」の集まりで、名刺を配って自己紹介などしない。
別に、「保守界隈だけ」の有名人に、どこの馬の骨とも解らぬ自分の名刺を渡したところで、資源の無駄であろう。


じゃあ、何をするのか?


その回答は、「例え話し」でもってさせていただきたい。

只今現在、「我々」は飢えている。
ろくに食べるものも、飲む水さえも不足している。
このままでは、この「飢饉」でもって、皆が飢え死にしてしまう。
だから、大慌ててで稲や麦の種を撒こうとする。
田畑を必死に成って耕そうとする。
しかしながら、ちょっとした雨風で、土砂崩れや河川の氾濫が起こり、折角、撒いた種たちも泥をかぶるか、水に流されてしまった。
そこで、自分は山々に苗木を植えたい。
或いは、草花の種を撒き、山々の斜面に緑を取り戻したい。
さらに、川底をさらい、川幅を広げ、堤を厚く高く長くしていきたい。
水路を掘り、田畑の石や砂利をさらい、堰や水門を作りたい。
そして、山河に対して、しっかりとケアを施した上で、改めて、田畑を耕し、稲や麦の種を撒きたい。
これは、誠に迂遠である。
切迫した「飢饉」に対しては「手遅れ」に成るかもしれない。
だが、自分は、東大や早稲田・慶応を出たような「頭の良い」賢い人たちのように妙案は浮かばない。
要領が良く、短期間で成果を上げられるほど器用でもない。
浅学菲才で短慮で愚昧で不器用で無様な自分には、このような、どうしようもないくらいの「遠回り」をするしか出来ないのである。
この愚かさを嘲笑するなら、嘲笑してもらって大いに結構である。
もし、仮に、もっと早期に容易に成果を上げられる妙案が有り、実現可能であるならば、それが出来る方々で、是非ともおやりに成れば宜しかろう。
だが、自分は自分の「やり方」で進むだけである。
かのレーニンも云っている。
「別々に進んで、共に撃て」である。


だから、自分の「やり方」しか無いとは思わないし、これが絶対に正しいとも決め付けるつもりはない。
ただ、自分は自分の「やり方」で、あくまでも突き進む。
勿論、「たった独りぼっち」で行く訳ではない。
頼もしい仲間や思慮深い諸先輩方のご理解をいただきながら、一歩一歩、歩みを進めて行きたいと考える。
自分の一歩は、あまりにも小さいし、しかもその歩みは遅いだろう。
だが、決して後戻りはすまい、と心に誓っている。
この「決して後戻りはすまい」というのが、2003年からのいわゆる「ネット保守」の活動に関わって来た自分が、その骨身に沁みた経験から出て来た結論である。

昨晩のNHKEテレ、の深夜番組、ETV特集で、ロシア革命100周年の検証番組を放映していた。
そう云えば、自分が学生時代の頃、「社会主義革命70周年」の特集を雑誌「経済」とかで為されていて、左翼学生だった自分はよく読みふけったものであるwww
つまり、「あれから30年!」である。
綾小路きみまろもびっくりであるwww
それはさておき、改めて、レーニンの主著である「国家と革命」が「最重要文献」であることを再認識させられた。...
つまり、いわゆる対「左翼」批判を行うにあたっては、最低限、レーニンの「国家と革命」は読み解かなければ、全く話しにならない。
だから、いわゆる「保守派」の中で、左翼に対して「ブサヨ」などと偉そうに嘲笑している奴で、レーニンの「国家と革命」を読んでいない奴は、ただ単に「日の丸」を振っているだけの「ハタ坊だじょー」ということである。
ちなみに、日本共産党は、党員への「学習文献」として、意図的にこのレーニンの「国家と革命」を外している。
もう、既に、ここに日本共産党の欺瞞性が露呈されている。
もし、「国家と革命」を「否定」するのであれば、日本共産党の組織理論、「民主集中制」も「否定」しなくてはいけない。
だが、日本共産党は、頑なに「民主集中制」を維持し続けている。
だから、日本共産党は「ご都合主義」なのである。
そう云う意味では、「終始一貫して、ぶれない、二枚舌」の政党なのであるwww

まあ、それはさておき、東京大学名誉教授の和田春樹。
全く、いけしゃあしゃあと出て来てしゃべりまくる。
その面の皮の厚さには、或る面、感服した。
典型的な「左翼文化人」の振る舞いであり、「左翼」の「鑑」と云ってよろしかろう。
自分は、ああは成りたくなかったので、転向したのである。


しかし、本当に、左翼に関する「基礎知識」が風化している。
これじゃ、「論争」に成らない。
勿論、左翼はそもそも「論争」に乗ってこないのであるが、だからといって、水掛け論の非難の応酬、罵り合いのレベルに堕ちてしまえば、広範なノンポリの「中立」勢力の支持と理解が得られない。
左翼は知性劣化したが、保守もそれにお付き合いして、恐ろしく知性劣化が著しい。
こんな体たらくだから、「嗚呼、つくづく『お前は保守なんかじゃない!』って認定してもらって良かった!」って痛感してしまうのである。


最後にもう一度繰り返す。
「資本論」は大著だから、せめてレーニンの「国家と革命」は読破しろ!

これは何も「政治運動」に限定されないのだが、若者と女性の参加が多く望めない限り、その「運動」は、絶対的に尻つぼみに成る。
当然、成果が上がらない。
勿論、若者や女性に対して「媚び諂う(こびへつらう)」ことを推奨しているのではない。
ただ、若者や女性に対して、敬意を抱いているのか?
若者や女性が求めている事柄に対して、どのように回答出来るのか絶えず真摯に意識しているのか?...
そこのところである。
口先だけで、「青年たちよ!女性たちよ!」と褒め称えていたところで、本音は単なる「頭数確保」でしかないならば、早晩、彼等や彼女等は離れていく。
別にやりかたが稚拙で良い訳ではないのだが、かといって、上手くやることが良い訳でもない。
結局、若者や女性たちと「呼応」出来る「関係性」が構築出来るかどうか、にかかってこよう。
頭ごなしに「とにかく、俺に云うことをきけ!俺の云う通りにしろ!」とだけ云うのならば、駄目だろう。
但し、「いったん関わったからには、地獄の底まで同道して面倒見る。」と肚を括れるのならば、また別であるのだが。

最早、「死語」と化してしまった、と自分は思っていた。
かつて、「一宿一飯の恩義」と云う言葉が有った。
いわゆる、「股旅もの」や「任侠もの」といった、浪曲(浪花節)や大衆演劇で演じられた「渡世人」の物語の中で語られる「言葉」であった。
いったん、草鞋(わらじ)を脱いで、一晩の宿を貸してもらい、握り飯ひとつでも出されたからには、その恩義には絶対に応(こた)える、という「義理と人情」である。
この「義理と人情」という「行動規範」もしくは「美学」は、我々の父祖たちから、延々と語り継ぎ受け継いで来たものであった。...
で、戦後に於いても、この「一宿一飯の恩義」といった「行動指針」は、廃れることはなかった。
東映が時代劇の代わりに量産した任侠映画で、大衆は改めて「義理と人情」というものを再認識していったのである。
特に、左翼学生と云われた「戦後レジームの申し子」たちも鶴田浩二、高倉健の任侠映画に熱狂した訳である。
だが、それから既に半世紀以上経った。
「義理と人情」なんぞ、犬でも喰わぬ時代に成り果てた、と思った。
ところが、思わぬところから「一宿一飯の恩義」は今時の若者たちに受け継がれていたのである。
格闘技漫画の「刃牙」シリーズの中の登場人物に、「喧嘩師」花山薫がいる。
桁外れの握力を持つヤクザなのだが、それはともかく、彼の背中に掘られた刺青が「侠客(おとこ)立ち」と云われる。
かつて、庄屋の家柄であった花山家に、或る晩、流れ者の渡世人が宿を借りた。
無名の一渡世人に対し、花山家は宿と風呂とご馳走をふるまった。
だが、その夜、花山家を逆恨みした連中が徒党を組んで斬り込んで来た。
寝込みを襲われた当主夫妻や使用人など、皆殺しの憂き目を見た。
ただ一人、幼子の嫡子が、宿を借りて泊まっていた渡世人に背負われて生き延びた。
しかも、渡世人は、背中の幼子の上に釣鐘を被(かぶ)せ、追っ手からの刃傷を防いだ。
だが、渡世人自身は、文字通り「立ち往生」して事切れていた、と云う。
これが侠客・花山家に伝わる「侠客(おとこ)立ち」の伝承である。
このエピソードは、いわゆる「刃牙」ファンなら、知らない者はいないだろう。
で、このエピソードを若者たちは、まぶしげに受け入れているのである。
自分は、このエピソードを読んで、とても懐かしく感じた。
まさに、これこそが、「一宿一飯の恩義」そのものではないか!
もう、時代遅れの極とも云える「一宿一飯の恩義」という「行動規範」「美学」が、今の十代や二十代の若者たちに共感されているのである。
ああ、やっぱり、「義理と人情」というのは、普遍的なものなのだなあ、と改めて痛感した次第なのであった。

そう云えば、只今、大人気の漫画「ワンピース」であるが、あれをスタジオジブリの敏腕プロデューサー鈴木敏夫が開口一番、
「ワンピースって、任侠ものだよね。」とwww
自分はそれを聞いて、「激しく同意!」www
あの「ワンピース」を読んで行くと、もう、往年の任侠映画を彷彿とさせてしまうのである。
別に、「ワンピース」が任侠映画をパクっていると貶めているのではない。
まさに「娯楽の王道」を突き進んでいる訳である。

ちなみに、いわゆる任侠映画が大好きなのは日本人だけではない。
かのラモス瑠偉選手も任侠映画が大好きだし、映画監督では鬼才タランティーノも熱狂的なファンである。
古臭くて、もはや時代遅れだと自覚してはいるのだが、自分はやっぱり「一宿一飯の恩義」や「義理と人情、浪花節」って云うのは捨てられませんなあ・・・

かの聖徳太子を描いた名作少女漫画「日出処の天子」の作者、山岸涼子はその他にも優れた作品を描いている。
その中で、あまりに知られていないのだが、自分が感銘を受けた秀作が有る。
「白眼子」という。
常日頃、ご指導を頂戴している講師の方に、この漫画をご紹介しようと思ってネットで調べてみたら、現在、「絶版」である。
この作品は、或る、「霊能者」の生涯を描いた作品であり、この「霊能者」というのが、ネックになって、どうも「絶版」になっているのかもしれない。...
だが、この作品は、自分としてはもっと読まれても良いと感じている。
全てをご紹介すると、ネタバレに成ってしまうので、自分が感銘を受けた、作中の霊能者・白眼子のセリフのみ、引用させてもらう。

「どうやら人の幸・不幸はみな等しく同じ量らしいんだよ。」

「だけど本当は災難をさけようさけようとしてはいけないんだ。
災難は来る時には来るんだよ。
その災難をどう受け止めるかが大事なんだ。
必要以上に幸運を望めば、隅に追いやられた小さな災難は大きな形で戻ってくる。」

いわゆる「保守派」に顕著なのは、「やたらとマイクを握りたがる」こと。
だから、自分自身は、このことに注意して、極力戒めている。
自分も「下手の長談義」の口なので、話し始めると長く成るのだがwww。
或る程度、長く話し続けていくと、「脳内麻薬」が分泌されて、「快感」を得られるのである。
そうなると、止まらなくなるのだ。...
だから、「話し」ながら、冷徹に「聞き役」としての自分を意識していないと、そのうち、話しの内容が支離滅裂に成って、訳の解らない代物に堕していく。
ただ、そんな状態でも、「熱意」が込められると、聴衆の半分はその「熱意」にほだされて、一緒に成って「興奮状態」に成ってくれる。
そこで、話し手と聞き手の双方が「脳内麻薬」だだ漏れwww状態となる。
この状況は、一概に良し悪しが付け難い。
ただ、こういう即断が難しい事柄に関しては、意識的に反省していかないと、そのうちボロが出て、必ず害毒を生じる。
だから、自分がスピーチした後は、自分の評価が一番厳しく成る様に努めている。
そうしないと、「やたらとマイクを握りたがる」誘惑に負けてしまう。
カラオケと同じ。
「もう、やめちゃうの?」と云われているうちに、退くのが上等。

話し始めて、話しながら、「はやくまとめて切り上げないと」自分自身をけしかけないと、絶対長くなりすぎる。
あとは、盛り込む「ネタ」の数を絞り込む。
もし、時間の配分上、絞り込めなかったら、「ネタ」に関して「強弱」、「アクセント」を付ける。
「この話しは、聞き流してくださーい。」
「ここの部分は重要なので。試験に出ますよー、って試験はしませんがwww」
と云う感じ。
そうでないと、聞いている方は頭に残らない。

これが、街頭演説だと、始めにガツンとやって、通行人を振り向かせるか。
もしくは、はじめは低いトーンでゆるゆるやって、途中から、トントントンと上げていくか。
まあ、街頭演説は結局「出たとこ勝負」だし、「本弁士」と「つなぎ弁士」で、また違って来る。

ま、しがない派遣労務者には、もう、遠い世界の話しに成ったから、今更どうだっていいやwww

自動車製造メーカー大手各社が、現在の「期間工」の「無期」化を逃れる為に、「対策」を講じている。
こういう事実を目にすると、最早、「企業」は、なるべく「社員」を抱え込みたくない、というのが本音なのだな、と痛感する。
つまり、この先、10年、20年と雇用し続ける「自信」が「経営的」に無くなっているのである。
それだけ、経済界の時代の変化のサイクルが急激化しているのである。
いわゆる、現在の諸問題の根本は、「企業」の「旬」の期間が短縮化したことである。...
かつては、鉄鋼・造船メーカーが経済全体を牽引する期間が20年とか30年も続いた。
家電・自動車のメーカーもそうだった。
だが、ここ最近の「企業」はどうか?
かつて一時代を風靡した「スターバックスコーヒー」はどうか?
さすがに潰れてはいないが、かつてのような圧倒的な「勢い」は最早無い。
一方、ソフトバンクやグーグルやアマゾンは、注意深く見て行けば、かつての「コアビジネス」から大きく逸脱した、別の事業に主軸を移して「存続」している。
まさに、映画「山猫」の台詞、
「変わらないためには、まず自分が変わらなくてはいけない」のである。
つまり、企業が、その存続を賭けてサバイバルを繰り広げている状況の中で、ただ単に「従業員の雇用の確保」という「硬直化」した主張ばかりでは、企業側からの「現実主義」という回答に圧倒されてしまうだろう。
それに、必ずしも「企業」に「帰属」し続けることが、「確実」でも「安全」でもなくなりつつある、とも云える。
企業に「正社員」として依存し続けることが、従業員にとって、本当に良いことなのか?
ただ、一方で、「組織とは畢竟、人なり」である。
「人」を大切にしない「組織」は、早晩、破綻する。
だから、「人はいらない、人はいらない」と我が身を切り刻んでいった「企業」は、いずれ「人もいらないが、そういう会社もいらない」と放棄されることと成ろう。
まあ、結局は「塩梅」の問題なのだろうが。

個人としては、「企業」の中に「入っていく」というよりも、「企業」と「つながる」という「距離感」「位置関係」にいずれは変化していくのではないだろうか。
それは、すなわち帰属「企業」内の「人事考課」と共に、「企業」外での「人物としての評価」が、重要に成る、と。
究極的には、ほとんどの「勤労者」が「フリーランス」と化していくのかもしれないのだが、その過程として、「企業」外に於いて、どれだけ「評価」されているのか、ということが、今後問われていくのであろう。

ま、派遣労務者のポンコツには関係ないけど、さwww

自分に対して、ズケズケと物を云って下さる方がおられる。
どういう御方か?というと、「曲者」www
とにかく、狡猾でw、剽悍w
しかも剛直で律儀。
だから、さんざんからかわれたり、悪口を浴びせかけらりたりするのが、不快に感じないのであるwww...
で、その御方に、
「もう、ひと月近く、左手が痺れているんです。」
と泣き言を。
で、しばらく、こっちの云うことを聞いてくれた。
「日常生活は少し不便だが、仕事に行くことは出来る。
痛みは有るが、寝付けない訳ではない。
でも、大好きな筋トレが出来ないので、不満が溜まっている。」と。
すると、
「そりゃあ、お前、”守られている”んだよ。」とポツリ。
「え?」
「だって、そうだろう。
日常生活はおくれる。
仕事にも行けて、問題は起きない。
ただ単に、筋トレだけ出来ない。
そうだろう?」
「はい。」
「ということは、『筋トレだけ休め』ということじゃあないか?
つまり、無理をしないで、少しは休養を取れということ。」
「はあ。」何だか、釈然としない。
「あのさあ、神様や仏様っていうのは、『良いことも悪いことも与える』んだ。
ただな、それはな、食事に於いて『食べて美味しいものと、不味いけれど健康に良いもの』と両方出してくれているようなもんだ。
つまり、お前が調子に乗って筋トレで無理をしないように、左の肩を痛めさせたのさ。
そして、ただ単に痛いだけなら、筋トレを中止しないから、さらに左腕を麻痺させたんだよ。
だから、身体の休養が十分に取れるようになったら、全部治るさ。
逆に、全部治るまでは、『無理をするな』『調子に乗るな』という戒めだな。」
ちょっと、この御指摘にはびっくり。
「お前、実は、ちょっと、神仏を恨んだだろう?
全く、思慮が浅過ぎて話しに成らない。
そういうのを、『我が儘な逆恨み』と云うのだ。
折角、大怪我や大病に成らないように仕向けてもらったのに、全然、気が付かない。
もし、仮に、神仏がお前のことをお守り下さらなかったとしたならば、何で、仕事に行けるんだ?
日常生活だって、もっと、痛みや苦しみが酷い状態に成ったって当然だろう?
それが、ちょうど『筋トレだけ出来ません』という『状況』にされている。
つまりだ、お前は、神仏の『ご守護の範囲内で不幸に遭っている』訳なのだ。
ということは、『良いことも悪いことも皆、御守護の範囲内』ということだろう?
それを、お前は、仮初めにでも神仏を恨んだ。
全く、愚かしい奴だ。
次には、本当に神仏の罰をかぶってもだえ苦しんだら良いのだ。
そうすれば、少しは思い知るんじゃないのか?」
もう、ケチョンケチョン。
シュンと成っていると、
「もう、良いから、はやく養生して治してしまいな。」と云われてしまった。
はやく、治ると良いな。

(別のところで)
左腕の痺れが治らず、なかなか筋トレが再開出来ない。
正直、欲求不満がたまっている。
だが、ここで愚痴不足不平不満を爆発させても、何の足しにも成らない。
あくまで、自分なりの解釈なのだが、物事には必ず「意味」が有る。
幸・不幸、共に、そこから何かしら「教訓」や「示唆」が秘められている。...
だから、絶えず、この「現象」の奥の「寓意」を読み取れるように「意識」することに努めなくてはいけないだろう。
なお、比較的「寓意」を読み取り易いのは、むしろ不幸や災難の時である。
人間、順調な時には絶対に「反省」なんかしない。
「上手くやった。おれは正しい。」
そうとしか思わない。
その先に、大きく深い落とし穴が口を開けて待っているにもかかわらず、「僥倖」は当分続くであろうと、たかをくくってしまうのである。
その点、不幸や災難に見舞われ、自慢の鼻をへし折られ、地獄の底に叩きつけられると、ようやく目を覚ますことが出来る。
そこで、やっと、自分の愚かしさ、至らなさを自覚出来るのである。
また、今迄自分が与えられていた「愛情」や「環境」がいかに得難い、有り難いものであったのかを身に沁みて理解出来るようになる。
「有って当たり前」と思っていた「ことがら」が、みな、「当たり前ではなかった不思議」ということに、ようやく気付かされるのである。
人間、「気付き」を得られた時、ようやく歩み出すことが出来る。
いったん、地獄の底に叩きつけられたならば、あとは、そこを這いずり回り、這い上がっていけば良いだけの話しである。
今迄、「不幸や災難に対しても感謝の気持ちで」という言葉が理解出来なかった。
だが、ようやく、その真意が自分にも腑に落ちるように成った。
「南無地獄大菩薩」
合掌。

現在の好景気は、ひとえに安倍政権の経済政策の賜物である。
と同時に、この「アベノミクス」の恩恵に浴すまで、何とか生き延びられて来た各企業は、経費の圧縮、支出の抑制によって可能に成った。
具体的に云えば、本来ならば、「従業員」に支払うべき「賃金」を、徹底的にコストカットしたお蔭である。
本来ならば、「従業員」は全員「正規雇用者」であった筈である。
だが、今や、約4割が非正規雇用者である。...
また、従来ならば、「社内」で行っていた「こと」を、どんどん「外部発注」している。
これも、その大元は、「余剰人員を抱え込みたくない」というところから発している。

企業に於ける「固定経費」の一番の要素が「人件費」ということなのである。
だが、「人件費」が「経費」であるということならば、「正規雇用者」の数を削減すればするほど、企業経営の「数字」が「改善」される、と云う理屈になってしまう。
しかし、考えても見よ。
人間が少なければ少ないほど良い「組織」と云うのは、本当に良いのか?
もっと考えれば、究極の姿として、「無人の企業」が「理想形」なのだろうか?
それは、単に「ペーパーカンパニー」ではないのか?
いずれ、AI(人工知能)やロボットのみの「人件費ゼロ」の「企業」が誕生し、機械やシステムが「自己完結」して、ただひたすら「利潤」や「富」を「生産」し続けることに成った時、それは、本当に「理想の企業体」なのだろうか?
そして、「人が要らない」「人が不在」の「企業」によって構成された「社会」は、「人間」に対して「配当」だけしてくれるのだろうか?
だが、それは、本当に「理想社会」なのだろうか?
いずれ、AI(人工知能)から、「人間が介在すると、経営が悪化しますので、人間は一切不要です」と申し渡された時、人間は、その「企業」から退出して全てをAIに任せるのだろうか?

そうなって来ると、いずれ、人間にとって「働く」ということはどういうことなのか、が問われて来よう。
さらに、人間にとって「生きる」ということはどういうことなのか、ということも問われて来ることと思う。
だが、その「問い」に、果たして、我々は真摯に受け答えが出来るのであろうか?
それこそ、「オッケー、グーグル。質問が有るんだけど」って安直にAIに依存するのではないのだろうか?www

面白いことに気が付いた。
仕事場で、「残念な」人ほど、「自分は仕事が出来る」と思っているらしい。
また、現在の仕事の「出来」に満足してしまっているらしい。
だが、実際は、「残念」な代物なのである。

...

一方、憧憬を抱くほど、仕事が出来る人、もしくは、仕事に打ち込んでいる人ほど、自己分析が「過小評価」しがちなようである。
要は、自己評価が「正確」であるかどうか、ということが重要なのではないようだ。
「自己評価」が「過小評価」しがちな人は、さながら駆り立てられるようにして、創意工夫、分析調査、奮闘努力に打ち込むということなのである。
もし、「自己評価」が「正確」で、現状に「満足」してしまったならば、もう、成長も改善も努力も、それらに対する「意欲」が減退してしまうのであろう。
だから、傍から見ていると、仕事が出来る人ほど、気の毒なくらい、自分自身をとことんまで追い込んでいる。
「嗚呼、辛そうだなあ・・・」と感じる。

まあ、自分のように、何をやっても空回りしている「残念」な人よりかは、ましであるがwww
本当に、自分は、どうしてこんなに稼げないのだろうか?
「仕事が出来ない」ということの悲哀を噛み締めつつ、今日もこけつまろびつ頑張っていくしかない。

SNSでもって、「いいね!」が欲しくなるのは、何故なんだろうか?
まあ、褒めてもらえるのは誰しも嬉しい。
それに、「有名」に成れる。
よく、ユーチューバーと云われる方で、「自分」を映している御仁が多い。
「被写体として映る」という「気持ち」が維持出来る、ということだけでも、自分は尊敬する。...
はっきり云って、自分なんかカメラに撮影してもらえるほどの代物じゃない。
だから、写真を撮るのも、写るのもあまり好きじゃない。
あと、「有名」に成ることが、そんなに良いことなのか、自分は、実はピンと来ないのである。
なお、自分は、現状に於いても、一回会うと、だいたい「記憶されてしまう」。
何だか、めちゃくちゃ「強烈」なようなのである。
こっちは失念していても、向こうはしっかりと憶えておられる。
そういうことがしょっちゅうなのだ。
だから、下手に悪いことが出来ないwww
誰が何処で見ているか解らない。
で、しかも、しっかりと印象に残ってしまうようなのだ。
これを喜んでいいのか、哀しんでいいのか、よく解らない。
ただ、そんなにシャカリキになって、「有名」に成らなくても宜しかろうに、と感じる。
変に「有名」に成ると、訳の解らない「もの」まで押し寄せて来る。
だったら、「路傍の石」の方が余程、気が楽である。
一番良いのは、「玄人受け」www
ただ、これは「本物」に成らないと、絶対に無理。
「中身」が伴わないと「名は知られない」。
まあ、所詮、「名利とは無縁」と割り切った方が無難である。
好意を抱いて下さる方や評価をして下さる方が、ひとりでも二人でも居られたならば、もう、それで「以て瞑(めい)すべし」なのではないだろうか?
幸い、自分は、今迄、無名であっても素晴らしい人とたくさん出会うことが出来た。
また、無名であったとしても、ただの市井の一凡人として生涯を終えたとしても、悔いの無い幸福な人生を送った人を何人も見て来た。
だから、無名であろうが、有名であろうが、自分にとってはどうでも良いことである。

それに「悪名は無名に勝る」と云うが、「悪名」が世間に轟き渡ると云うのは、多分、壮絶な人生だと思う。
まあ、「ぼちぼち」で充分ですわwww

新作映画「サークル」の於いて、現在そして近未来のSNSの「ディストピア」が描かれている(らしい。未見なのでwww)
どうしても、SNSなどでは「いいね!」が欲しくなるのである。
これは人情として解る。
そして、さらに、「いいね!」やフォロワー数が増えると、その数に応じて広告料などの「収入」が入ったりするという。
自分のようなIT音痴には、「何処の世界の話しなんだろう」と云う感じである。...
はっきり云って、自分は拙ブログにしろ、FBにしろ、誰のことを念頭に書いているのか?と云うと、全部、「自分の為」だけに書いているwww
まさに「独善」である。
ただ、「世界には自分にそっくりな人が3人居る」という。
つまり、自分の為に書いたものでも、自分と多少同じ性癖の御仁には少しは「共感」してもらえるのである。
だから、徹頭徹尾、自分だけに対して書いた「極私的」な拙文であっても、意外と他人から「面白い」という評価をいただけるのである。
だいたい、なるべく多くの人の「いいね!」を頂戴しよう、という「感覚」が自分には卑しく感じる。
そんな、「不特定多数」の「没個性的」な「のっぺらぼう」のネット世界の大多数からの歓心を買おうなどというのは、まさに媚び諂い(こびへつらい)としか自分には思えない。
自分は、今迄もそうであったし、これからも徹頭徹尾、「自分のためだけ」の独善の拙文を綴り続ける。
どうせ所詮は「路傍の石」である。
揉み手しいしい、下卑た笑みを浮かべたところで、醜悪でしかなかろうが。

家業を継いだ若い経営者の方とお話しする機会を得た。
そこで、
「今、人を雇うことがリスクに成って来た」と云う。
何となく、漠然と「そうじゃないかなあ?」と感じていたのだが、実際に「企業経営者」の方の口から聞くと、やはり驚かざるを得ない。
詳細を書きたいのだが、そうすると、睡眠時間が無くなるので、詳述は後日ということで。...

昨日、週刊ダイヤモンド誌を購入。
特集は「右派と左派」。
ひとくちに「右翼」「左翼」と云うが、実はよく解っていない人が多い。
というか、「大杉」www
で、「左と右がねじれている」と指摘。
自分から云わせると、「何を今更www」。
既に、1980年代後半に、評論家呉智英が、「現在、右と左の違いがあいまいになっている」と指摘されている。
具体的な例として、
「イランのホメイニ師によるイスラム革命は、右翼なのか?左翼なのか?」。
なお、リビアのカダフィ大佐による「緑の革命」は「アラブ民族主義」と「社会主義」の「融合」によるものとされているので、広義の「左翼」に該当するだろう。
もう、既に、「左派」「右派」でもって政治対立軸を説明しようとする見方は、「破綻」している。
しかしながら、「左翼」も「右翼」も厳然として存在している。
そこを、どう読み解き、理解していくのか?
一見、簡単なようで、実はややこしいのである。
それはともかく、この特集はいささか期待外れ。
でも、さすがは「経済誌」なので、データや図表の見せ方は卓越している。
そう云う面で、一読してみる価値は有ろう。

なお、「左派」に関して、致命的な「欠落」が有ったことを指摘しておく。
「左派」の中に、「部落解放同盟」と「生協」が全く記載されていないこと。
「解同」は、西日本地域に於いては、政治的な影響力は侮れない。
かつては上田卓三、小森龍邦といった国会議員も輩出した。
日本社会党の強力な支援組織であったし、現在もそうである。
にもかかわらず、「水平社」や小説「橋の無い川」など、一切記述が無い。
また、生活協同組合・生協もそうである。
生協もピンからキリまで有るので、一緒くたには出来ないのだが、生活クラブ生協は、「生活者ネットワーク」というかたちで「地域政党」を生み出している。
で、その「生活者ネットワーク」の歴史認識や平和への意識は、全くの「左翼」なのである。
また、「生活者ネットワーク」の都議出身の大河原雅子は、民主党の参院議員であったし、今回の衆院選で立憲民主党の比例候補として代議士に当選し、政治家として復活した。
出来得れば、さらに山岸巳代蔵の「ヤマギシ会」「ヤマギシズム」などをも含めて「生協」についても言及して欲しかった。

なお、中核派全学連委員長のインタビュー記事は、ネットでのダイヤモンド・オンライン上に全文が掲載の予定。
こちらの方が読み応えが有る。

以前も書いた内容なのだが、再度、書かせてもらう。

上手くいかない時、
苦しい時、
哀しい時、...
辛い時、
不本意な時、
そういう時は「逆境」と云えよう。
その「逆境」の時こそ、
自分の「修行」の時と知るべきである。
「艱難(かんなん)辛苦、汝(なんじ)玉にす」と古来から謂われる。
また、「若いうちの苦労は、買ってでもせよ」とも云う。

一方、
得意の絶頂、
会心の笑み、
当たりが続く、
そういう時は「順境」と云えよう。
だが、その「順境」の時こそ、
自分は「試されている」と心身を引き締めなくてはいけない。
「勝って兜の緒を締めよ」と古来から謂われる。

人間、哀しいかな、上手く行っている時は、絶対に「反省」なんかしない。
「ああ、助かった」と思った、その直後から、もうケロリと忘れてしまっている。
だから、もし、失敗するならば、中途半端に「助かる」よりも、いっそのこと、地獄の底まで落ちた方が良い。
人間は、結局、骨身に沁みるような思いをしなければ、思い知ることは無い。
不幸のどん底、地獄の底まで突き落とされて、這いずり回るような責め苦を体験して、ようやく「猛省」するのだ。
だが、ひとたび、反省し、意識が転換されれば、後は立ち上がって、這い登れば良い話しである。

その点、「順境」の方が恐ろしい。
あまりにことが上手く運び過ぎると、現状把握も認識も制御も出来なく成って行く。
そして、調子に乗って慢心し、いくつもの「気付き」の機会を見過ごして、挙句の果ては、ほんの些細なつまづきで一気に暗転する訳である。

小池百合子東京都知事を見よ。
ほんの3か月前は、得意の絶頂で「向かうところ敵無し」であった。
ところが、今や、下手をすれば東京都知事さえも「辞任」へ追い込まれるやもしれぬ、と云うほど、悄然としてしまった。

また、山尾しおり代議士を見よ。
彼女は大変「気の毒」である。
何故ならば、彼女はその「才覚」ゆえに、「落ちる選挙」に勝ってしまったのである。
勿論、勝ったとはいえ、薄氷を踏む辛勝に過ぎないのだが、「ダブル不倫」という重い醜聞を抱え込みながらも、当選してしまったのである。
選挙に「勝ってしまった」以上、彼女は「反省」なんか絶対にしない。
案の定、選挙終了後、ひと月もたたぬうちに、不倫相手の弁護士を「政策顧問」に指名した。
このあまりの「厚顔無恥」さには辟易とせざるを得ない。
多分、彼女は、その持前の「才覚」や「容貌」ゆえに、短期間で一気に野党勢力の「顔役」に上り詰めていくだろう。
だが、そもそもの「ダブル不倫」の醜聞も、身内から「刺されて」週刊誌に情報がリークされたとも云う。
今度は、更なる致命的な醜聞を暴露されて、一気に叩き落されることだろう。
勿論、それは結局、彼女自身の「身から出た錆」なのだが。
本当は、彼女は、僅差で惜敗し、落選して悲嘆にくれるべきであったのである。
そして、その悲しみの中から立ち上がり、選挙区の地盤を日々、頭を下げて歩き回り、有権者へ許しを乞うべきであったのである。
だが、この「お詫び行脚」は、最終的には彼女の選挙区の地盤固めに成る。
数年後の衆院選では、間違い無く「判官びいき」で彼女は大量得票をしてぶっちぎりで当選するだろう。
そして、以後の選挙も負け無しの常勝将軍と成るであろう。
だが、実際は、中途半端に「辛勝」してしまったために、彼女は折角の「再起」の「好機」を逸してしまったのである。
数年後の次の選挙以降、彼女はどうなるのか?
ただ、ぶっちぎりで当選する可能性は低いと思う。
自民党の候補とデッドヒートを繰り広げる破目になるだろう。

ところで、自分は長らく、ずっとずっと人生の「修行」をさせてもらっているwww
だが、そろそろ「試されて」みたいものであるwww
しかしながら、なかなか人生の「受験」の機会が巡って来ないのである。
ひょっとしたら、死ぬまでずっとこのまま「修行」なのかもしれないwww
嗚呼・・・

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