フェイスブックで教えてもらいました。

(以下引用開始)

-1923年、台湾を訪問した際に舞踊で迎える原住民アミ族を「蛮族です」と紹介した将軍に対して-

「朕の国民を蛮族呼ばわりするとは何事か!」

昭和天皇

※その後、舞踊や芸術にちなんだ言葉である「高砂」を用い、先住民族の総称は「高砂族」へ変更。
大東亜戦争末期には高砂族志願兵からなる部隊が編成され「高砂義勇隊」としてフィリピン・ニューギニア戦線などで日本と共に闘った。
画像内で腰に装備されているのは先祖伝来の蕃刀。世界最強の傭兵といわれるイギリス軍グルカ兵と互角に闘える能力を持っていたとされる。

(以上引用開始)

そうなのです!
朝鮮も臺灣も、欧米列強の「植民地」ではなく、同じ「大日本帝国」だったのです!
果たして、イギリスの国王、女王が、印度人に対して「朕の国民」と云ったでしょうか?
脳裡に浮かびもしなかったと思います。
しかし、昭和先帝陛下は、臺灣の高砂族の方々を「朕の国民」と仰られた訳です。
この意識の違いは決定的でしょう。
臺灣の方々が今もって親日であるのは、やはり「同朋」だったからです。
(何故か朝鮮は目の敵にばかりしていますが・・・)