平成31年3月も半ばを迎え、各大企業からの労働組合への「集中回答日」が有った。
で、自動車や電機などで、昨年に比べて定期昇給の金額の伸びが減額された、という。
現在、有給休暇も存在しない「派遣労務者」の境遇である自分から見たら、「まだ、定期昇給が存在するだけ凄い!」と感嘆するのみである。
自分は、何年勤続しようが、どんなに精勤しようが、この仕事に就いてから「昇給」なんて一切無かった。
よく、巷で「昇給有り」などと求人広告が書かれているが、それは「東京直下型の大地震発生」と同程度の「実行」と「事実」を明記しただけであろう。
「昇給」は「無い」ことは無いのであるが、もし「昇給」が起こったら、「非常事態」である、ということであろう。
自分のことはさておき、現在、ボーナス以外で、通常の給与が年々再々「上昇」し続けている、ということに驚きを感じる。
何しろ、現在の世界的な経済状況は「不確実性の時代」なのである。
昨年と同様に今年が続き、さらに来年もまた同様であろう。
そんな単調な時代推移が為される訳が無いのである。
だから、現実的には、企業の業績が上がった場合は、賞与(ボーナス)一時金というかたちで従業員へ還元させない限り、「人件費」という「固定経費」の増大というリスクが増えることを意味するだろう。
しかも、日本の「労使」関係から云えば、「賃下げ」などということは実施不可能である。
労働組合は、意地でも「賃下げ」を認めないだろう。
ならば、企業経営陣は、労働組合側のベア定期昇給の要求を受け入れ続けなければいけないのだろうか?
現状は、受け入れざるを得ない。
だが、企業は「固定経費増大」というリスクに対して、どう対処すべきなのだろうか?
簡単なことである。
お給料が上昇し続ける「正社員」の数を減らしていけば良い。
だから、「非正規雇用者」である、契約社員や派遣社員の割合を増やし、職場内の「従業員数」は現状維持もしくは増加傾向に成ったとしても、「人件費」はむしろ減額に出来得るのである。
さらに、契約社員や派遣社員も、「個人事業主」に成ってもらって「業務請負」にしてしまえば、さらに経費は削減出来る。
1か月なり、3か月間の「請負金額」を、「業務委託契約」でもって締結してしまえば、あとは「残業やり放題」である。
それに「個人事業主」であるならば、労働法の「対象外」だから労働基準監督署も怖くない。
公正取引委員会が「業務停止」を突き付けて来たら大変であるが、まず、公取は動かないだろう。
そう考えたならば、今後、春闘のベア定昇などというのは、事実上「有名無実化」していくだろう。
現在、「正社員」採用という「求人」が有るが、いわゆる「試用期間」に該当するかたちで、まず「契約社員」として雇用する。
そして、企業にとって「次世代の幹部候補生」と認められた者「だけ」が「正規雇用者」(正社員)に成れるのである。
現在、「正社員」は、その「企業」の「ほぼ全員」という認識であるが、いずれは現在の「キャリア組」「出世コース」に選別された者「だけ」が「正社員」に成れるであろう。
だから、「従業員」の大多数は、「非正規雇用者」と「外部業務請負個人事業主」と化すだろう。
今後も春闘が継続され、「数字」だけのベア定昇ばかりにこだわり続けていくように成るならば、上記のような想定のコースを辿るであろう。
そうなれば、広範な国民の所得は、むしろ激減していくであろう。
所得の格差はとてつもなくなる。
多くの国民の可処分所得は激減していくから、デフレに成る。
旺盛な消費活動は、国民の1割から2割程度の富裕層のみしか行えない。
残りの8割の国民は貧困で窮する。
そして、経済的な身分保障が為されず、貧困で窮する国民が増加すれば、結婚する割合も減り、当然、出生率も低下していくであろう。
さらに「貧困は連鎖する」ため、8割の国民の家庭環境の次世代は、学習意欲と自己肯定感が低く、進学や知的好奇心といった意欲を喪失しているかもしれない。
日本の社会の次世代を担う「人材」は、国民の2割の中から見出さざるを得ないこととなろう。
なお、2割の「富裕層」の中でも、本人や家族が事故や疾病で入院・通院するような状況と成れば、一気に暗転して貧困層に落ちるであろう。
これでは、駄目である。
やはり、広範な国民が豊かに成らない限り、強靭な国家は形成出来得ない。
もう、職場の労働環境の諸問題を、外国人「移民」や「非正規雇用者」でもって「間に合わせる」のは止めるべきだ。
はっきり云って、今後、激烈な「人手不足」が日本社会を襲うであろう。
何しろ、韓国と中華人民共和国に於いて、今後間違い無く「少子高齢化社会」に成っていくのだ。
だから、韓国や支那から人員を充当することは出来なくなるだろう。
むしろ、日本人の優秀な人材を、とてつもない高賃金でもって「引き抜き」していくことが想定される。
そして、支那の場合、下手をすれば、向こうに就職したら最期、「パスポート」まで企業に管理されて、出入国も個人の自由に出来ないかもしれない。
また、東南アジアやインド、アフリカなどが経済成長をしていった場合、それらの国々や地域からも「勤労者」がやって来なくなって人員の供給が出来なくなるだろう。
そして、現在、極めて意欲的で優秀な人々は、既に「日本」に全くこだわっていない。
大学進学先だって、東大なんて目もくれずに、ハーバードやらMITやらオックスフォードなどに照準を当てている。
また、起業する場合も、日本よりもシンガポールを選択する経営者が増えているようである。
このままだと、日本の国家と社会は、貧しくスカスカの空疎な代物と成り果ててしまうかもしれない。
やはり、まず、日本国民を豊かに富ませなければ駄目だ。
さもなくば、「失われた20年」で、下層貧困層に落ちた「非正規雇用者」の40歳代の人々が、一気に心身を病み衰えさせ、社会福祉の介護が必要な状況に変わってしまうであろう。
もっと、社会や組織が、人々を「抱え込んで」不安感や絶望感を払拭させ、意欲を発奮させるように設定していかなくてはいけない。
これは、間違い無く「時間との戦い」に成ると感じる。
多分、「破綻」が顕在化するのは5年後ぐらい。
だから、現在のここ2、3年の間にどこまで「対処」出来得るのか?ということが「決定的」なことに成ると感じる。