dc団地「時をかける少女」に団地が出てくることについて書いたことがあるが、「電脳コイル」にも団地が出てきた。

電脳ネットワークやサービスがいかに発達しても都市の風景は変わらないことに生々しいリアリティがある、と気づいてそれを意識的に使ったのは、士郎正宗あたりからだろうか。いや、パトレイバーかな。ドラえもん的な「技術が発達すると街の姿も未来的になる(エアカーがビルとビルの間のチューブの中を走り回る、とかビルが妙に流線型とか)」が長いこと優勢だったところに正反対の「都市の風景の方は退廃的にダメになる」ビジョンで衝撃を与えたブレードランナーあるいはギブスン。そしていまのリアリティは「木賃アパート地帯もなくならないしいまのまま」になったような気がする。すごくおおざっぱだけど。いや、あいだにマトリクスと「星を継ぐもの」の世界がはいるかな。

この電脳コイルでも電脳世界のサイバーパンクな世界と今と全く変わらないふつうの街の姿とのギャップが見どころのひとつだ。というか、そのことがこの作品の重要なプロットになっている。

物語上重要な神社とかも宮本佳明的に言えば「硬い」ので2026年程度じゃなくならないわけだ。そして、我らが団地もある、と。

dcおばけ煙突サイバーパンクな電脳世界の発達ぶりと街の変わらなさ、でいえば13話ではいまはなき千住火力発電所のおばけ煙突まででてくる念の入りよう。

しかし、あちこちの電脳コイルファンのあいだでこのおばけ煙突については語られているのに団地についてはまったくない。嘆かわしい。見たところ都営か公社だな。

こういう「電脳技術が発達したした世界で街はどう描かれているか」は調べると面白いテーマだと思う。都市デザインとかの卒業論文でだれかやってそうだけど。それでいうとメタバースってどうなんだろう。