さて、きたる3月7日に行う「ジャンクションツアー川沿い編」。みなさんの参加をお待ちしております。「一人で参加ですがだいじょうぶでしょうか」というメールをしばしばいただきますが、だいじょうぶです。たいていのジャンキー(ジャンクション好きのこと)はひとりっきりなのです。われわれは残念なことに少数民族なのだ。

で、コース中の堀切ジャンクションと東京のファイアーウォール白髭団地について予習しておこう。



GoogleEarthで建築物立ち上げて堀切ジャンクションをみたところ。期待が高まる。これまで行ったツアーではたいていビルの谷間を苦労してはしるものばかりだった。こういう河原でのびのびと青春を謳歌するジャンクションもたまにはよい。

で、ぼくのへやにはなぜか「首都高速道路公団二十年史」という首都高の社史的なものがあるのだが(リンク先はアマゾン。もちろん中古だけどなんと1冊だけ在庫があった!)、このなかに建設中の堀切ジャンクションの空撮写真があった。


首都高速道路公団二十年史より

いわゆる「栓抜きタイプ」の橋脚が赤い。なんでこんな色(いまはこんな色ではない)。水門とコーディネートか。

脱線するけど、この二十年史はほんとおもしろくて、こういう写真もある。





そう、あの日本橋上空の首都高高架建設中の写真。あらためてさぞかし当時は盛り上がってたんだろうなー、とこれを見るとそう思う。

ぼくがいちばんぐっとくるのは、これだ。


いぜんDPZで跨線橋下の公園について書いたことがある。高架が都市内に大量に出現しはじめたころにはこういう"活用"がいろいろいわれたのだろう。いかにも健全な公園の風景みたいに描かれているのがいい。


で、問題の白髭団地だ。


壁。ちょう壁。前回「ジャンクションツアー川沿い編」の告知でも書いたが、これはなんと震災などで下町が火の海になったとき、付近住民を川原の公園へ避難させ、この長さ1キロにもなろうという団地がいっせいに防火シャッターを下ろして一枚のファイアーウォールとなり、火の手を食い止めるというすさまじい代物。


最寄り駅鐘ヶ淵駅からのアプローチで、すでにこんな偉容が。あいにくの雨天だが。


各棟のあいだには通路や道路が通っていて(!)、有事にはここが閉まる。


ここはそんなゲートのひとつ。墨痕鮮やかその名も「鐘ヶ淵門」。


いざというときはこのグリーンな門扉がごごごご…と閉まる。


裏の避難する川沿いの公園から見ると、こんな。あいにくの雨天だが。


ベランダ上部に見えるグリーンのものは、すべてシャッター。いざというときはこれが降りて、白髭団地は一枚の壁になる。そして赤い通路は…


共通の避難通路。


そしてきわめつけはこれ。


白髭団地は守りだけじゃない。攻めの防災も。なんと各所に放水銃が。屋上にはこのための水のタンクがある。

ちなみにこれら白髭探訪写真は、記念すべき第1回「団地ナイト」のときお見せしたもの。もう5年前か…。同行しているのは我が相棒長野氏と、スキージャンプペアの真島会長。あいにくの雨天でした。

で、この鐘ヶ淵ってところは面白くて。

大きな地図で見る

「東白髭公園」となっている隅田川沿いのグリーンの帯が実は団地なのだが、ここの地形はこんな。

【国土地理院の5mメッシュ数値地図をカシミール3Dで表示】

鐘ヶ"淵"の名にふさわしい淵っぷり。うねった川筋まわりの高いのは自然堤防だろうか。さぞかし氾濫になやまされたことだろう。そして白髭団地が建っている場所がくっきりと高くなっているのが印象的。駅から行くと登っていくのがよくわかるよ。

で、国土地理院「国土変遷アーカイブ」にある1947年の地図を見るとこんなだ。

団地のいちばん北端にかつてあったのが、のちの「カネボウ」の工場。「鐘ヶ淵紡績」。そうだったのか!って初めて知ったときはびっくりした。


…って、すっかりジャンクションの話とは関係なくなってしまったが、とにかく3月7日はたのしいよ、ってことで。行ってみたい、ってかたはメールください。