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ついに!待ちに待った本が出ました!ちょううれしい!

凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩
・皆川 典久著/洋泉社/2,310円

■目次:
東京広域MAP
本書の見方
I.「スリバチ」とはなにか――スリバチ概論
1)東京は谷の町
2)見えがくれする谷
3)スリバチの法則と類型
4)スリバチの楽しみ方

II.「スリバチ」を歩く~断面的なまちあるきのすすめ~
■都心にひそむ谷
1 スリバチが守る町(六本木)
2 谷あっての丘(麻布・白金)
3 4つの谷を探せ(四谷)
4 坂の下の路地(本郷)
5 谷のターミナル(渋谷)

■スリバチコードで巡る谷
6 東京遺産が並ぶ谷(雑司が谷)
7 丘の狭間の谷(碑文谷)
8 谷と谷の出会い(世田谷)
9 谷をわたる土手(幡ヶ谷・笹塚)
10 偉大なる窪み(大久保)

■住宅地の知られざる谷
11 町をデザインした谷(田園調布)
12 巨大スリバチ団地(赤羽)
13 台地の北・夕陽の西(成増)

■埋もれた谷
14 江戸を造った谷(日比谷)
15 下町低地の微地形を巡る(日本橋)
【コラム】
絵画で楽しむ、東京の地形 浦島茂世 スリバチの地下で見つけたかつての川 三土たつお
暗渠・川跡から見る東京 本田創
GPSがこすり出す微地形 石川初
東京のスリバチと階段 松本泰生
低地の微かな丘――新橋・烏森神社周辺 佐藤俊樹

■すごくわかりやすい!びっくり!

著者の皆川さんは東京スリバチ学会の会長。スリバチ学会とは、"スリバチ状の地形"を愛でて東京の街をうろうろする団体だ。どうかしてる(←褒め言葉)。ちなみに副会長は本ブログを読んでくれている方ならご存じ、石川さんだ(@hajimebs)。「どうかしている具合」が分かろうというものだ(←褒め言葉)。

「どうかしている」なんて人のことはいえないわけで、ぼくもスリバチ学会には参加しているし、そもそも本ブログやぼくが書くデイリーポータルZの記事で、地形の話が頻出するのはスリバチ学会の影響なのである。この「学会」を通じて知り合った友人・知人も多い。ちなみにこの本に登場する3Dマップのデザインを手がけたのが我が盟友、「壁の人」杉浦さんなのだ。

そんなわれわれ地形好きにとっての念願がスリバチ学会の活動の書籍化だった(*1)。長かった。ぼくも分かってくれそうな編集者に会うたびに書籍化を持ちかけていたのだが、なかなか実現しなかった。なぜか。

地形って、表現するのが難しいのだ。

地形って、その一端は常に姿を現しているのに、いざ全体像を把握しようとするとやっかいなのだ。いつも駅に行くまでの道にある坂、車窓から見える住宅街の盛り上がり。路地裏のちょっとだけ低い曲がりくねった道。そういう断片はいつも体験しているけど、それが東京という都市全体のグラマラスな肉体とどうつながっているのかは、なかなか理解しがたい。

で、これを表現しようとすると、地形図になっちゃう。だけどねー、地形図ってけっこう高度なリテラシーが必要なんだよねー。一方の風景の中の凹凸を表現しようとすると、写真を撮ることになると思うんだけど、これがまた難しい。坂を坂のように撮るって、たいへんなのよ。

だけど、スリバチ学会に参加して皆川さんの話を聞きながら街を歩くと、よくわかるのだ。魔法のようだ。たぶん、地形は歩き回ってはじめて感じることのできるものなのだと思う。だから本に著そうとするとたいへん難しい。

この難題に挑んだこの本、結果はすばらしいものだった!あの手この手でわかりやすく説明している。専門的なことは全く分からないけど、なんとなく坂とか気になる、とかブラタモリとか好き、とかそういう地形好きかも、って方に絶好の入門書だ。この本と最近文庫化された名著『東京の自然史 』を合わせて読めば、胸を張って「地形好き」と言えると思う。

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↑すげーわかりやすく東京の地形的全体像を解説!

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↑わかりやすい写真もたくさん。すばらしい。さすがだ。

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↑断面図もナイスわかりやすさ!


■なじみの街の章から読むといいと思う

前掲の目次にもあるように、東京各地のおすすめスリバチが楽しめる街を紹介しているこの本、思ったのは、最初からめくって読むよりなじみの街の章から読んだらいいんじゃないかと。前述したように地形は現場での体験あってこそなので、あまりよく知らない街の章を読んでもぴんと来ないだろう。たとえば新宿によく行く人ならこの一文と地形図に「あああっ!」って思うはずだ。

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↑"歌舞伎町へは新宿アルタ裏から緩やかに下っていくが、あの斜面こそ蟹川の削った谷の始まりである"

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↑旧コマ劇の北のホストクラブの看板とか立ち並ぶ、あそこだけなぜかちょっと曲がりくねった道は川の跡だったのか!

あるいは渋谷
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↑「谷のターミナル」とは名コピー!こうやってみると、ほんとにハチ公前は谷底だ。

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↑そしてこの一文にも「なるほど!」ってなるはずだ。"迷ったら坂を下りていけば駅に辿り着く"


■しっかりしているのに、ポップ

このように皆川さんの文章がまたすてきなんだよね。地形の本にありがちな無味乾燥なものじゃなくて、なんだか要所要所に個人的な体験や詩的な表現があって、それが理解を助けてくれる。万人にお勧めしたいゆえんだ。

たとえば「スリバチが守る町」と題された六本木にはこんな一節が。

"やがて地下鉄大江戸線が開通し、六本木ヒルズがオープンすると、六本木は親子連れでも訪れられる観光地に変わった。町に陽が射し闇は薄れていったが、明るい六本木を見て人は知る。「奥」とか「闇」とか感じていたのは、実は地形的な断崖や窪地だったり、ビルの谷間の墓地だったことを。六本木交差点は丘の頂部に位置し、六本木通りと外苑東通りの2つのメインストリートはいずれも尾根道で、どちらも逸れれば急峻な窪地、ひとたび坂を転がれば一気に谷底まで落ちていくという、危うい丘の町が六本木なのであった"


アマゾンに「見た目のわりにかなりしっかりした本です」などというレビューがあるが、逆なのだ。「しっかりしているのに、ポップ」あるいは「しっかりしていて、ポップ」なのだ。重要なのはそこだ。そこを間違えてはいけない。


膨大なフィールドワーク(というなの楽しい散歩)を繰り返してきたスリバチ学会ならではの"法則"もすてきだ。たとえば「スリバチ第1法則」。高台には高い建物が建ちスリバチの底には地面に張り付くような低層の町並みが広がる傾向にあるために、建築スカイラインが地形を増幅しているというものだ。

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↑"建物は地形の起伏を増幅するように建つ"


■本書を持って谷に出よう!

この本を読んであらためて面白く思ったのは、地形の楽しみって、つまるところ「確かめている」だけなんだよなあ、ってこと。だって国土地理院の地形図に描いてあるんだもん、どこそこが坂だ、って。だけど奇妙なことに、この「やっぱり坂だー!」っていうのがすごく楽しい。なんなんでしょうね、これ。

地形について詳しい人はいくらでもいて、きょうび種明かしや解説はそこらじゅうにころがっている。しかしそういう事ではない。たぶん、「答え」より「問い」を発したくなる体験が楽しいのだ。「そういえばなんでこの道びみょーに曲がってるんだろう?」っていうその問いそのもの(*2)。

そういう意味で、本書には一点だけ訂正を求めたい。あとがきのタイトル「書を捨て谷に出よう」↓
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これは正しくは「書を持って谷に出よう」だと思う。もちろん本書を、だ(*3)。


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*1---この本の編集者は、実は拙著『高架下建築』『共食いキャラの本』の編集者でもあって、まあそういう意味では編集含めて「どうかしている」わけだ。ちなみに本書後ろの方でぼくの高架下建築の写真を使ってもらってます↓
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*2---その点での本書の白眉は94ページの三土さんの「スリバチの地下で見つけたかつての川」と題されたコラムだ。"家に戻ってから、あのとき見た穴がなんだったのかを確かめてみることにした(中略)「小石川後楽園」。その文字が何気なく目に入り、その意味に気がついたとき、ぼくはとても興奮した。あのとき地下で見たのは「小石川」だったんじゃないか?"

*3---というか、この本、ナビゲーション付きでiPhoneアプリ版を出すべきだと思う。