『住宅双六』というおもしろいイラストがある。
1973

これは建築家・上田篤が作ったもの。1973年に朝日新聞掲載された。当時の住宅の住み替えを双六に見立てていて、上りは「庭付き郊外一戸建て住宅」だ。73年はぼくが生まれた翌年だが、確かに子供の頃見聞きした理想の住まいは「庭付き一戸建て」だった。

興味深いのは団地は終の棲家ではなく、「上り」のためのワンステップでしかない、という点だ。こんどのイベント『団地団』(2020年2月27日(木)19時30分から阿佐ヶ谷ロフトAにて。詳細・チケットは→こちら)ではこの話をしようと思う。

ちなみに、73年は関東大震災から50年目で、ちょっとした「地震ブーム」の年だった。過日の美術展『慰霊のエンジニアリング』に出品した、長さ1.2kmの巨大防火壁団地・白鬚東アパートの写真(→こちら)のテキストにも書いたように、同時期に地震学者河角広の「大地震69年説」が発表されて都民に大きなショックを与えた。郊外の庭付き一戸建て信仰には地震への怖れも影響していた気がする。子供心に「都心のビルはやばい」と思った記憶があるから。そういう報道が盛んになされていたのではないか。
 
 
で、この『住宅双六』には続きがある。34年後の2007年に日本経済新聞掲載された『新・住宅双六』である。作者は同じ上田篤。
2007

1973年版の「上り」はひとつだけだったが「農家町家回帰」「外国定住」「老人介護ホーム」に加え「都心(超)高層マンション」も含んだ複数の「上り」が描かれている。いずれにしても団地(「7.公営公団中層アパート」)は上りではない。これは先日発売された大島隆さんの『芝園団地に住んでいます : 住民の半分が外国人になったとき何が起きるか』 の内容に照らし合わせるとおもしろい。終の棲家となった団地(だからこそ高齢化が起こっているわけだ)と、そこをこの双六のようにステップアップのひとつとしている中国人住民の方との話があった。ちなみにこの本に関しては前回の「団地団」でお話しした。お勧め本です。あと、この芝園団地は実は「防音壁団地」でして、さきほどの防火壁団地とあわせて「日本四大防壁団地」のひとつです。大友克洋の『童夢』のモデルでもある。

『新・住宅双六』は2007年。じゃあ現在の『シン・住宅双六』はどうなるのか。これに関しては連載中の『マンションポエム東京論』の次号『本の雑誌442号2020年4月号』と次次号特別号に書いた。結論から言うと、かつてSNSで話題をさらった、あの『東京カレンダー』の浮ついた連載こそ、実は現在の住宅双六なのではないか。この話題もこんどの団地団イベントで話そうと思っている。

Amazonプライムで映像化もされ、書籍化もされた『【東京女子図鑑】~綾の東京物語~』 には、予約の取れない高級レストランや代理店の彼氏、高級ブランドのファッションなどがこれみよがしに登場する。SNSではそのあまりの「バブル臭」に辟易した人たちによる冷笑的な書き込みがあふれた。書籍化された際の煽り文句に自ら「大論争を巻き起こした「綾」の物語」とあるし、わかってて連載してたのだろう。この「わかってて」はマンションポエムに似ている。連載第1回で、マンションポエムを「誰も真に受けていない」と書いた。「大航海時代。かつて、既存の価値を超え、大いなる可能性を秘めた新天地を求めて、大洋へと航海に乗り出す人々がいた。そしていま燦然たる魅力を発信し続けるこの東京という大地に、粛然と"発見"を待つ地がある。」(住友不動産「シティテラス杉並方南町」)をどう真に受けろっていうのか、って話だ。東京カレンダーのあの浮ついた感じも、わざとやってて、書き手も受け手も誰も真に受けていない。

で、あれのどこが現在の住宅双六なのか。それはこんどの連載第2回で分析した、マンションポエムに頻出する語の集計を見ると分かる。
R

文章がポエムの体裁をとるときそこには何かが隠蔽されようとしている。だから政治家の答弁はしばしばポエムのようになる。そしてマンションポエムの場合、その隠されているものはなんとマンションそのものである、というのがこの連載第2回の結論であった。

だって、第1位は「街」、第2位は都心、といったぐあいで、ほんらい売り物であるはずのマンションそのものに関してはほとんど何も謳っていない。マンションポエム、それは土地の詩であり、売られているのはマンションではなく「街」なのだ。なぜならマンションの価格はもっぱらどこに立っているかによって決まるからだ。マンションそれ自体の価値では価格の説明ができない。だからマンションポエムはマンションを隠蔽する。

「住まいを買うことは、すなわちどこに住むかを選ぶこと」。団地団メンバー速水さんの『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』はそれをよく表している。マンションポエム分析なんつって大げさに言ってるが、そんなのあたりまえじゃないか、とお思いだろう。そうなのだ、あたりまえなのだ。その当たり前が問題で、だから現代の住宅双六には街の名前が書かれるはずなのだ。

1972年のものも2007年のものも、住宅双六は結局、住宅ハードウェアを上り詰めていくことになっていた。しかし、いまや上昇していくのは「どの街に住むか」なのだ。主人公の男性遍歴と街の遍歴が重ね合わされている『東京女子図鑑』。主人公の上昇志向が街に反映されていると見れば、これはまさに「住宅双六」なのである。

……っていう話をこんどの団地団イベントでしようとおもいます。速水さんの話聞いてみたいし、できたらみんなで「上り」にいたるまでの街の名前を決めてみたい。やっぱり「上り」は港区なんだろうか。

『団地団』2020年2月27日(木)19時30分から阿佐ヶ谷ロフトAにて。(詳細・チケットは→こちら)皆さんをお待ちしております!