以下は、2016年に週刊朝日の書評欄コラム「最後の読書」に寄稿した文章。
「最後の読書」はタイトル通り「人生の最後に読みたい本」をめぐるエッセイで、本を選び、なぜその本なのかについて書く、というものだった。
なかなかおもしろい依頼だったで、熱を入れて書いたんだけど、凝りすぎて「エッセイ」ではなくなってしまった(そのせいで、あまり評判が良くなかった)。
ともあれ、自分では気に入っているのでここに載せておこう。出だしの一文、9文字だけで、ぼくが選んだ最後の一冊が何か分かる人もいるだろう。
「最後の読書」はタイトル通り「人生の最後に読みたい本」をめぐるエッセイで、本を選び、なぜその本なのかについて書く、というものだった。
なかなかおもしろい依頼だったで、熱を入れて書いたんだけど、凝りすぎて「エッセイ」ではなくなってしまった(そのせいで、あまり評判が良くなかった)。
ともあれ、自分では気に入っているのでここに載せておこう。出だしの一文、9文字だけで、ぼくが選んだ最後の一冊が何か分かる人もいるだろう。
ノックの音がした。
はじめそれをノックだとは思わなかった。ふつう訪問者はチャイムを鳴らす。もう一回こんどははっきりと扉を叩く音がして、はて、と思いながらドアスコープを覗いた。そこには父が立っていた。
どうしたの急に、とドアを開けると「やあ、お父さんだと思っただろう」とその男は言った。よく見ると似てはいるが父ではない。びっくりしたのと怖くなったのとで、誰ですか、という声も出せないでいるぼくの様子を見ながら、男はにやにや笑う。「あまり時間がないので手短に。ぼくは君だ」「SF好きの君なら理解してくれるだろう。タイムマシンに乗って未来からやってきたんだ。君は今『最後の読書』の原稿を書いているはずだ。どの一冊を選ぶか悩んでいるよね。ぼくがそうだったように」
あっけにとられているぼくを尻目に、彼は靴を脱いで勝手知ったる風にずかずかと上がり、あっというまに部屋の本棚の前までたどり着いた。背表紙を撫でながら「なつかしいなあ」とつぶやく。「近いうちにぼくは死ぬので、その『最後の一冊』をとりに来たんだ。おっと、いつ死ぬか、どうして死ぬのか、なぜそれを事前に知ることができるのか、などは訊かないでくれ」そうまくし立てながら彼は本棚の奥の捨てられない本が並んでいるエリアに手をつっこんだ。「君は死ぬ間際に読む本として自分の本を選ぼうかとも思ったはずだ。しかしあいにくだね、ぼく、つまり君が選ぶのはこれだよ」と彼が引っ張り出したのは星新一の『ノックの音が』だ。西日が差し込んだ部屋にほこりが舞った。
確かにぼくが老け込んだらこんな顔になるのかもしれないと思われる顔を呆然と見ていると、かれはまたにやにや笑って「ずっと手元になくってね。どういうことかわかるだろう?」と言った。すっかり混乱して、その意味がよく分からないぼくを見て、その男は、まあぼくが帰った後どういうことかわかるはずだ、とつぶやいた。
「次にこれを読むのは君が死ぬ直前だ」と彼は言う。「つまり、これこそが本当に『最後の読書』なんだよ。ただ依頼された原稿のために選ぶだけではなくてね」。本を顔から少し離して窓の方を向き、文庫本の天にうっすらと積もったほこりを払う。そして振り向いてぼくに言う。「君が小学生のころはじめてお小遣いを貯めて買いそろえた本が星新一だったよね。夢中になって読みふけった。そしてお母さんに言ったんだ。将来小説家になりたい、って。君がこの先その夢を叶えるかどうかは言えないけど、少なくとも物書きにはなれた。思い出の一冊だろ?」たしかにそうだ。
「さ、これでぼくは本を手に入れて、君は原稿を書くことができる。めでたしめでたしだな」。ようやくこのやりとりの意味が分かってきたぼくは、すこし考えて言った。いずれぼくも今あなたがやったことと同じことをしなければならないんですよね? 全く同じことがちゃんと言えるかな? すると彼は、ぼくがそう言うであろうことは分かってた、という風情で 「大丈夫。ぼくが言ったことが原稿で残るわけだから。こうやって」と一枚の紙をポケットから取り出した。掲載された『最後の読書』の誌面だ。「紙にプリントなんて久しぶりだったよ」
あのうー、それ、いただけたら、ぼくは原稿書かなくていいわけですよね。というか、それをそのまま写さないとパラドックスが起きちゃう。そう言うと、彼は父にそっくりの笑顔で「そのとおり!」と言った。そしてその紙片を差し出し、言う。「手間が省けたな」
そこに書いてあったのがこの原稿である。