2017年05月21日

第1328話(必死の勝ち点3)

この時期としては気温が高く、サッカーをするには厳しい環境でしたが、美作のピッチでは激しい戦いが繰り広げられました。よもやの低迷が続くベルですが、今日は下位の高槻が相手、どうしても勝ち点3をゲットしたい相手です。ベルは442で、この前のハリマ戦よりは落ち着いたプレーぶりでスタートしました。亀岡選手がゲームキャプテンを務めましたが、チームのまとめ役的な存在になりつつあり、DFの齊藤、ボランチの亀岡トップの尾田と縦のラインは固まってきたような印象です。これにスピードのある木龍、得点力のある巴月、走れる濱本などが絡めば面白くなりそうです。さて試合ですが、前節首位の日体に互角の勝負ができて自信がついてきたのか、立ち上がりからベルが主導権を握りました。そして前半のうちに(17分)FKから先制に成功、優位に試合を進めました。ところが、後半やや疑問の残る判定からPKを献上。同点となってしまいました。課題はそのあとの戦い方。何か浮足立って本来のプレーが出ずじまいで、運動量も落ちたことも重なって、なにか焦りを感じさせるプレーが多くなってしまいました。まだ時間もあったし、落ち着いてプレーすべきでした。ただ、今日は最高の終わり方ができました。終了間際、PKを与えてしまったエースの亀岡が、早い球回しからシュートのこぼれを起死回生の勝ち越しゴールを高槻ゴールに突き刺しました。ゴ〜〜〜〜〜ル!!!!自信につながる勝ち点3をゲットしました。選手の特徴が分かってきたので、それぞれのプレーが楽しみだし、倉敷から2時間弱かけて応援に来た甲斐がありました。続きを読む

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2017年05月19日

第1327話(昔話)

まだJリーグがJ1しかなかった時に、全国各地で「わが街にもJクラブを作ろう!」という動きが湧き上がっていました。サッカー後進県の岡山でもその動きがあって、実は私もかなり深く関わっていました。当時は岡山でスポーツの話といえば巨人か阪神が中心で(ジムの更衣室でのオジサンたちの話題は今でも巨人か阪神で時々稀勢の里)サッカーは超マイナーでした。そんな中で、J規格に適合したスタジアムもない土台になりそうな強いチームもない状態でJクラブを作ろうとするなど、ある意味無謀だったかも知れません。ただこの動きに関わっていた人たちは、非常に熱く意欲に満ちていたことは間違いありません。皆がサッカーに限らず、プロスポーツクラブが街にあることの意義を理解していましたし、「スポーツのある生活が人生を豊かにする」そう信じていました。だから、プロクラブがあっていい、それならJクラブを作るにはどうしたらいいか?を本気で考え、議論を戦わせていました。
幸い、今岡山にはJクラブがあります。昨年はプレーオフまで進み、それなりの盛り上がりも見せました。ただ、プロスポーツクラブとしての効果が色々な面で出ているかというと、「まだまだ、これからだ。」というのが正直なところです。私が「Jクラブを作る運動」に関わっていた時に考えていたことは、プロスポーツクラブができることで、自らスポーツに親しむ人が年齢・性別を問わず増えること(県民の健康意識が変わることも含めて)、人口当たりのアリーナの床面積、小中学校のグラウンドの照明設備数、公式戦(サッカーに限らず) 開催可能なスタンド付きのスタジアム数、芝生広場の面積が全国のトップレベルになること等でした。そんなことが新しい公共としてのプロスポーツクラブの意義の1つだと今でも考えています。その意味では岡山のJクラブのスローガン「チャレンジ1」は何か方向が違うような気がしています。まあ、文化としてのスポーツが市民権を得るにはまだまだ長い時間が掛かるのでしょうから、ゆっくり見守ることにしたいと思います。続きを読む

sojafc01 at 22:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年05月10日

第1326話(松江城)

所属しているある団体の研修旅行で、松江に行ってきました。まあ、オーソドックスな松江城⇒県立美術館というコースではありますが、なかなか良かったです。IMG_20170510_202739鉄筋コンクリート造りの城も多い中、松江城は木造5階の天守です。最上階からは宍道湖も望め、風は強かったものの絶景でした。美術館も立派な作品が多く(当たり前か?)一緒に行った仲間の中に、美術に詳しい人もいたので、彼の話を聞きながら見て回りました。私は勿論絵の素養はありませんが、本物を見ると心を揺さぶられるものがあります。ところで、松江城の外で高齢のご夫婦が写真を撮ろうとしていたので「ご一緒にいかがですか」と声をかけると、仲良く手をつないでカメラに収まってくれました。カメラを返しながら「どちらから来られたのですか?」と尋ねると、ナント「さいたま市です」とのこと。「エッ!僕今は倉敷ですけど、生まれも育ちも浦和です!」というと、すっかりさいたま市の話で盛り上がってしまいました。松江市でさいたま市の人と会えるなんて、もの凄い偶然の出来事でした。続きを読む

sojafc01 at 23:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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