創価学会・顕正会・正信会からの脱会を考える会

創価学会、顕正会、正信会からの脱会の相談に応じます。黒川和雄 090-9626-7585 当方大阪在住です。ワン切りOK,こちらからお電話を差し上げます。 大阪の方大歓迎(#^.^#)

恐れることはありません。勇気を出して脱会しましょう。

私の所属寺院は「日蓮正宗大阪南布教区妙輪寺支部法華講」。

お寺は天王寺から阪堺線(チンチン電車)で20分。姫松下車、進行方向へ100m。左側にございます。

妙輪寺住所
〒558-0054
大阪府大阪市住吉区帝塚山東1丁目12-14
脱会相談 黒川和雄 090-9626-7585
ワン切りOK,こちらからお電話を致します。

※このブログのコンテンツは一信徒の個人的なものであり、宗教法人日蓮正宗及び法華講連合会とは一切関係はありません。
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【でっち上げの記事を書いておった、離脱僧 宮川雄法、創価離脱 笑 笑】


かつて日顕上人がステテコ姿で御本尊を書いていたと嘘ぶいていた、山口県・大栄寺の元住職・宮川雄法は、創価の待遇に不満を募らせ、とうとう爆発して離反し(又は追放されて)、今では保田妙本寺の能化に成っているということです。
ま、保田妙本寺も大変ですナ!・・・信徒も坊主もカスのオン・パレードです。

第三十七世日琫上人・御生骨説法 御肉牙に関して

第三十七世日琫(にっぽう・王扁に奉)上人様は御生骨説法として

「御生骨、是れは御肉づきの御歯とも云い、宗祖大聖人より当山の開基日興上人へ一期の弘法残る処なく御付嘱これあり、血脈付法の証拠として、御歯に少し肉の付きたるをぬきて賜わりしなり。それより御肉次第に増え、五百年来の事ゆえ、此の頃にてはあらまし御肉と成り、御歯は少し見ゆるなり。金言に云く、広宣 流布の時光明を放つべしとなり。信心の人々拝見の上、疑いを晴らし信心を増すべし。但し代替りの虫払でなかれば開帳なし」(御法蔵御説法本)

守護国界主陀羅尼経(守護国界経)臨終の姿(無間地獄の死相)

阿闍世王が釈尊に質問をしたというのです。「仏様、あなたの言われるとおりなら、悪衆生は死後、地獄に堕ちるわけですが、どうして、それを知ることができるのでしょうか。誰か、見てきた人でもいるのでしょうか。また、死後に餓鬼界や畜生界に堕ちる、あるいは人界や天界の衆生として生ずる、ということを、どうして知ることができるのでしょうか。誰か、見てきた人がいるのでしょうか」と。

これは今日においても、世間の謗法の人々を折伏した時に、往々にして出る質問であります。「死んだ後のことなど、どうして分かるのか」「死んで帰ってきた人はいない、誰が見てきたのか」等という質問がそれです。

これに対し、釈尊は「よく聞きなさい。わかるように説明してあげるから」と言われて、臨終の相に差別があることを説かれています。

すなわち、「人が命を終えて地獄に堕ちた場合には、15種類の相が顕われる。餓鬼界には8種類、畜生界には5種類、人界・天界にはそれぞれ10種類の相がある。だから、臨終において、15種類の地獄の相が顕われたなら、その人は地獄に堕ちたのである」と仰せられたのです。

何故、このように臨終の相に違いが顕われるのか、といいますと、生と死の境である臨終は、一生の総決算であるとともに、死へのスタートです。それ故、臨終の相には、その人が生前、どういう生き方をしてきたのか、死後、その生命がどうなってしまうのか、ということが如実に顕われるのであります。

もし臨終において、皆、同じ相になって差別がなかったなら、死後に成仏や堕地獄という差別がある、といっても信じられないかもしれません。ところが、臨終の相には厳然たる違いがあって、正法を信仰して成仏した人は成仏の相、謗法を犯した人は地獄の相になって、亡くなるのです。

つまり、死後の命に差別があるからこそ、その違いが臨終の相に顕われてくるのである、と釈尊は示されたのです。

では、地獄に堕ちた場合の15の相とはどのようなものか、一つずつ見ていきましょう。

「一には、自らの夫妻・男女・眷属において悪眼をもって瞻視す」ーー集まってきた家族などを険しい目つきで見上げる。臨終の時には、すでに地獄の苦しみが始まっていますので、恐怖と苦しみのあまり、黒目が上を向いて、険しい目つきとなってしまうのです。

「二には、その両手を挙げて虚空を捫す」ーー悶絶して、手で空を掴む。

「三には、善知識の教に相い随順せず」ーー臨終に至ってなお、成仏の法に従おうとしない。周囲でお題目を唱えるように言っても、嫌だといって従わない、という姿です。

「四には、非号啼泣嗚咽して涙を流す」ーー狂乱して泣き叫び、嗚咽して、涙を流す。

「五には、大小便利を覚せず知ぜず」ーー本人の意志と関係なく、大小便が垂れ流しになる。

「六には、目を閉じて開かず」ーー苦しみのあまり、固く目を閉じてしまう。

「七には、常に頭面を覆う」ーー苦しみのあまり、手で顔面をかきむしったり覆ったりする。

「八には、側に臥して飲す」ーー倒れたまま飲み食らう。本当に、喉が渇いたり、お腹が空いたというのでなく、神経に異常をきたして、手あたり次第に飲み食いする、という状態です。

「九には、身口臭穢なり」ーー身体が腐って、口や皮膚の毛穴から腐敗臭が出てくる。これは、医療に従事している人からよく聞く話です。たとえば、癌の患者が亡くなる時などは、生きているうちから凄まじい臭いが出て、病室の前を通っただけで、身体に臭いが移ってしまうことさえあるそうです。

また生前に限らず、臨終の後においても、腐敗臭を放つのは地獄に堕ちた相です。現代では、遺体をドライアイスで凍らせた上、棺に消臭剤を入れたりして、腐敗臭を防いでいますが、この経典の説かれた3千年前には、ドライアイスも消臭剤もありません。ですから、そのような処置は取らない、遺体を自然のままにしておく、ということを前提にして、腐敗臭が出てくるのは地獄に堕ちた姿だというのです。

「十には、脚膝戦掉す」ーー恐怖のために、足や膝が震えてしまう。臨終は生と死の境ですから、臨終が近付いてくると、死後の恐ろしい地獄の苦を感じ始めるため、恐怖して震えだすのです。

「十一には、鼻梁欹側す」ーー鼻筋が曲がって、生前と全く人相が変わり悪相となってしまう。まるで般若の面でも被せたような相に変貌してしまうこともあります。

「十二には、左眼動す」ーー黒目が完全に横にいって、白目がむき出しになってしまう。

「十三には、両目変じて赤し」ーー両目が真っ赤に血走ってしまう。

「十四には、面を仆して臥す」ーー苦しみのあまり、顔を枕に臥して悶絶し息絶える。

「十五には、身を屈めて左の脇を地に著けて臥す」ーー苦しみのあまり、身体をエビのように屈め、横になったまま息を引き取る。

釈尊は、この15の相を挙げて、「もし臨終に臨んで、これに該当する姿が顕われたなら、その人は間違いなく無間地獄に堕ちたものと知りなさい」と説かれました。

守護国界主陀羅尼経参考資料

【創価婦人部員の生の声】これが現在の創価学会の現実の姿です。 学会員諸君、一日も早く脱会しましょう。


①離脱僧・工藤玄栄のこと。離脱僧が学会を離れたことを全く知らされていない。

②金原明彦氏が創価から除名されたことも末端会員に知らされていない。都合の悪い情報は全て隠す。聞いても答えない幹部。

③座談会で本心は話せない雰囲気だが、みんな、内心「オカシイ」と思っている。(村十分になる)
今、学会員に現証が出ています。

④聖教新聞の多部数購読は「ノルマ達成の数字合わせ」で、購読数を維持するために「マイ・聖教」となって自腹を切る。年金暮らしの高齢者で一人住まいの方は年間8万円も「マイ・聖教」

⑤長老は「マイ・聖教」、若い人材が不足しており、若いのは役職が4段も飛び級し「ヨイショ!」され組織から離れるのを防ぐ。

⑥ニセ本尊に取り換えるよう、何百回も強要された。自分は日達上人の御本尊を護りぬきました。

⑦教宣部が法華講員にイヤガラセ行為をしていることを、全く知らされていない等々

⑧東村山市の市会議員・朝木さんの自殺はおかしな話であり、学会側を疑う。

創価学会破折、その他 動画でもご覧いただけます。

動画一覧

離脱僧が制作とされていた 「学会授与の御本尊正当性パンフ」は 学会が作ったと離脱僧が暴露!

離脱僧が制作とされていた
学会授与の御本尊正当性パンフ」は
学会が作ったと離脱僧が暴露!

 これは本紙の読者が、離脱僧グループ(青年僧侶改革同盟)発行の『創価学会の御本尊授与の正当性について』なるパンフレットを破折した本紙記事(二月一日号)を読み、改革同盟の中心者であった工藤玄英(東京都立川市。平成四年に宗門を離脱して学会側に付いた) に電話をしたことから、明らかになったもの。

 工藤といえば、昭和五十二年路線( 学会の第一次教義逸脱問題)以前からの、筋金入りの親学会派僧侶で、当時の御法主・第六十六世日達上人をして「『池田会長に衣(ころも)を着せれば即大聖 人様だ』などという僧侶がいる。私はびっくりしました。(中略)さらに『自分は、会長が袈裟(けさ)・衣を着けたらそのまま大聖人であるから、もしも学会 と宗門が手を切ったならば私は学会の方につきます』と言明しているそうです。全く私は情けないと思います。(中略) そういう人がいるから日蓮正宗の教義がおかしくなってくるのであります」(日達上人全集第二輯七二九頁)
 と嘆(なげ)かせた程の池田本仏論者である。ゆえに、平成三年以降、宗門を離脱して学会に付いた離脱僧の中でも、いわば別格的な存在であったのだが、その工藤も、今般、崇(あが)めてきた池田大作が無残にも頭破七分してしまったことにより、ついに学会離れを起こしたようだ。

以下、本紙読者に工藤が語った内容を紹介する。
 まず工藤は、

「青年僧侶改革同盟」の名で発行されたパンフ『創価学会の御本尊授与の正当性について』に関し、「これ(※パンフ)はね、我々が書いたってされてますけども、全部、学会なんです!学会の一部のね、人間の考え方をそのまま書いた。早く言えば!」



 さらに、ニセ本尊を正当化しようとするパンフレットの内容については、

「私は、そんなものは相手にしてません!私自身、原稿も見ていないし、タッチしていませんけど、できあがったパンフレットをちょっと見せてもらった。だけど、こんなことを書いて何だっ!これが私の結論なんです」

と、自身が作成関わっていないことを重ねて述べた上で、その内容をキッパリと否定したのである。


 そして、その理由として、

「御本尊のことは、こんなふうに簡単に書けるもんじゃないです!やっぱりね、本山も知らない、大御本尊も見た ことがない、こういう若者がただ『日蓮正宗は邪教だ、自分達がやっていることが正しい』という前捉で書くものだから、正しい理論なんて生まれるわけがないです! 」

と、日蓮正宗における伝統的な御本尊の取り扱いを否定して自前のニセ本尊を正当化しようとする、学会の姿勢を指弾した。 以上のことから明らかなように、学会ではニセ本尊作成の当初から離脱僧の名を利用し、あたかもニセ本尊が日蓮正宗の御本尊と変わりかないかのように装って きたが、当の離脱僧(それも長く僧籍にあった工藤玄英など)は、こうした学会の主張が誤っていることを承知しているのである。

 さらに工藤は、パンフレットについて、重ねて 「学会のやっていることが全て正しい、ということをペースに書かれているものだから、これを読んで納得する方が、どれだけいるのかな、と思います」 と切って捨てた上で、学会の在(あ)り方についても



「学会の素晴らしさも否定しませんけどもね、学会が全て正しくて本山を邪宗と称してやっているわけでしょう。でも私こ言わせると、(学会から) 言われたとおりにね、そんなに簡単に間違っているわけなんか、ないですよ」  「とにかく、こういう状況がずっと続いていましてね、大聖人も泣いているんだよ」


と批判した。  もっとも、大聖人の御意を推(すい)し奉(たてまつ)るならば、袈裟・衣を着けた工藤らが大聖人の正続宗門に背(そむ)いて学会に加担( かたん)したことこそ、宗祖の末弟にあるまじき醜態(しゅうたい)と、お嘆(なげ)きになられていることであろう。
 ともあれ、こうして、離脱僧を利用した学会のニセ本尊正当化や、日蓮正宗誹謗の論調を批判した工藤は、


 「私もね、(学会に付いて)二十年経ちましたけど、最初はこうじゃなかった。だんだん変わってきちゃったの。こういう形では、残念ながらね、僕個人としてはやっていられない」 と、自らの学会離れの心情を吐露(とろ)した上で、  「やっぱり大聖人の 仏法に照して、こっち(学会)が正しくて向こう(本山)が間違っているなどと、我々の立場で言えるもんじゃないでしょ」
 「真実が伝えられていない、これが現状ですね。聖教新聞なんて(学会の)良いことばかりしか言わない。機関紙だから、悪いことを載(の)せる必要はないけど。でも学会員の中にも、疑問を持っている方はたくさんいて、皆さん、何も納得していない」


 「考え方を変えないと、いろいろな意味で大聖人の仏法がおかしくなっちゃう。ある意味、死にかかっている。だからといって、今すぐ、こうだ、というわけにもいかないんですよ」
 等々と、日蓮正宗を謗じてきた学会の誤りや、真実を報じない大本営発表的な学会報道の欺瞞(ぎまん) 、学会には正法が死滅しはじめていること(実際は、日蓮正宗と離れた時点から、すでに学会には正法は存在していない。それを今、ようやく感じ始めた、とい うこと)について語っ たのである。

 まさに、離脱僧の学会離れであるが、学会離れを起こしているのは工藤ら離脱僧だけではない。工藤の言葉の端々からは、学会離れを起こした会員達か密(ひそ)かに離脱寺院の門を叩いていることが窺(うかが)われた。  それもこれも、すべては池田大作の頭破七分によって、学会の求心力が著しく低下し続けているためである。  秋谷グループ、離脱僧、一般会員達ーーよいよ、創価学会の大崩壊時代が始まった。

(『慧妙』平成24年3月1日号)

なんや、創価学会仏ってヤッパリ池田タサクが自分ででっち上げてるんやわ!

なんや、創価学会仏ってヤッパリ池田タサクが自分ででっち上げてるんやわ!
アホクサっ! 笑笑
………………………………

<創価学会仏とは>

アメリカの著名な仏教研究者であるクラーク・ストランド氏は、こう述べられておられた。
「歴史的に見ても、新しい宗教革命が起きる時は、その宗教が伝わる勢いは大変なものがあります。理屈を超えて、人の心から心に伝わっていく。
創価学会を研究してきて、おそらく500年、1000年に一度、誕生するかしないかの偉大な宗教であると確信します」
深く、鋭く見てくださっています。
戸田先生はこう語られたことがあります。
「法華経には、威音王仏(いおんのうぶつ)という仏が登場する。
二万億もの仏が、みな同じ威音王仏という名前で、長遠の歳月、衆生を救済してきたと説かれている。この威音王という名も、優れた仏の名であったかもしれないし、また、そういう教団があったとも考えることができる。
同じように、“創価学会”という教団は、必ず未来の経典に金文字で記される。
“一閻浮提(いちえんぶだい)広宣流布”という未来記を実現した創価学会仏として、永劫に仰がれゆく」 
(以上、主要部分の抜粋)
==================================
池田大作及び学会執行部への質問
①戸田会長が「創価学会仏」といった音源を出しなさい。
②音源が無ければ戸田会長が言ったとされる「原本」をだしなさい。

創価諸君
このようなインチキ教団から一日も早く脱会しましょう。
お電話ください。090-9626-7585 黒川 大阪在住 

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今、池田先生に伝えたいこと。

私は一人の非活動の創価学会員に過ぎません。

そんな私もかつてバリバリに活動をして、けっこうな幹部でした。ま、大したものでもなんでもありません。ちょっと活動すれば誰でも上から持ち上げられてそれくらいの役職にはなります。
しかし本質は単なる無名の学会員だったということです。



ただ私は中央幹部たちの実態をよく見てきました。最近の幹部に見られる傾向ですけど、大して教学も学ばずにただ創価大学卒とか本部職員とかいうだけで、全国幹部として活躍していた、その実態を見ています。
彼らには内実がありません。ろくな教学もろくな体験もありません。どうせ折伏したって先日の本幹で体験発表していた元暴走族のT君に足元も及ばないでしょう。彼は個人で23世帯の折伏をしています。私は彼のこともよく知っています。



私の父はかつての大幹部でした。父と一緒に戦っていた石田幸四郎さん、渡部一郎さん、有島重武さんたちのことは、私は小さい頃からよく聞いて知っています。同時に父は池田会長の側近の一人でした。父は本門の弟子の一人でもあったはずです。私は当時の幹部たちのことを父から聞いてよく知っています。原島宏治さんや柏原ヤスさん、小泉隆さん、和泉覚さん、辻武久さん、竜年光さん、渡部一郎(城克)さん、秋谷栄之助(城栄)さん、竹入義勝さん、矢野絢也さんたちのこともよく知っています。柏原先生とか辻先生の指導とかおもしろかったことが子ども心に記憶にあります。



父も母もそうでしたが、私と私の家族は創価学会に尽くしに尽くし抜いてきました。そして池田会長にどれほど奉仕してきたか、計り知れません。
私はその中で、父を通じて池田氏という人物を知るようになりました。



父もそうでしたが、私もまた池田名誉会長から直接に薫陶も受けてきました。私は首都圏の代表の一人として池田名誉会長より直接に激励も受け、指導を受けてきました。その恩も忘れてはいません。



だからこそ思うのですが、今こそ池田名誉会長は自身の実像を会員に晒すべきだと考えます。
今こそ真実を語るべきです。
小説人間革命も篠原善太郎氏による代筆であり、対談集も他人に書いてもらっていましたよね。『御義口伝講義』等は原島嵩さんに書いてもらったものではありませんか。
トインビー対談だって、側近の方が書いたものではありませんか。嘘だというなら対談全編の録音音源を公開してご覧なさい。できないではありませんか。結局、池田氏は対談などしておらず、ほとんど弟子たちの作成による代筆だったのです。
私の父も多くの学会員さんの信心のためにと何も言わないできました。



しかし実像が、もはやごまかせない状況になってきたではありませんか。
いつまでこんな欺瞞を続けるのですか。
池田名誉会長のスピーチを聞いても、池田先生はご自身でスピーチの原稿なんて書いていないではありませんか。
それをあたかも自分のスピーチであるかのように偽装しただけではないですか。
ほとんど第一庶務と国際部で上手に虚像を作っただけですよね。
池田先生の思想には日寛教学と現世利益の信心くらいしか内実はなかったんですよ。


若い頃の池田氏は教学において原島宏治先生に何も言えなかったではありませんか(ま、だから後にご子息の原島嵩さんを重用したというのは容易に推測がつきますが)。石田次男さんにも教学的に何も言えなかったではありませんか。
「次の会長」についての戸田会長の遺言は「皆で相談して決めろ。みんなで仲良くやっていけ」だったではありませんか。
戸田さんは池田先生を唯一の後継者に指名したことなどなかったのです。エレベーターの相承も「追撃の手を緩めるな」もみーんな作り話ですよ。だいたい入信の際に即興詩なんて読んではいないでしょ。
池田先生が当時、昭倫寺でご授戒を受けた際に最後まで御本尊を頂くことを拒んだことは有名な話です。堀米日淳さんも困っていたではありませんか。
私は父によく聴いて知ってます。
池田先生、いつまでも嘘をつかないでください。



池田先生、あなたはあなたを大切に信じてきた弟子たちを一方的に全て切ってきたではありませんか。
原島嵩さん、竹入義勝さん、福島源次郎さん、矢野絢也さん、みんな反逆などしていません。みんな池田氏が切って捨てたのです。私の父は竹入さんのこともよく知っていますよ。そんな反逆なんてことをする方ではありません。
恩知らずは実は池田先生の方なのではありませんか? 例えば原島嵩さんがどれほど池田先生のことを守ったのか、忘れてしまったのですか? 全部原島さんがかばって池田先生を守ってきたではありませんか。



どれほどごまかして嘘をついても真実は一つしかありません。
私と私の父を否定しても構いませんけど、真実は一つしかありません。
新宿では当時、石田幸四郎さんから私の父に部隊長が変わったので、その時の記念植樹を池田先生は父に提案してくださいましたよね? 私は父からの遺言で全部聴いてます。牧口記念庭園の敷地内に私の父と石田幸四郎さんを記念する木が植えられているはずです。敷地が広すぎてどこにあるのかわかんないんですけどね(笑)。
私の父のことをたくさん池田先生は激励してくださいました。そのことに感謝しています。
私は3歳からすでに五座三座の勤行をしていました。寝る前には必ず池田先生の写真に手を合わせて「池田先生、おやすみなさい」と言って寝るのが日課でした。そんなことを幼稚園に入る前からやっていました。
母からの教えでしたけど、信心だけは純粋になりなさいと教わりました。その通りにやってきたのです。
だから今まで言うべきでないことは黙ってきたんです。



でももう沈黙してはいられません。
私は、池田先生の信心は純粋な現世利益だったのだと思っていますよ。
でもそれ以上はなかったんですよね。
それ以上のものが何もないので、必死に"池田先生神話"を創作してきたんですよね。



青年時代の池田先生が病気で苦しんだことは事実です。経済苦に苦しんだことも事実です。
だからこそ、それらが信仰で改善されていった時に先生が確信をつかんだことは理解できます。
しかしそれ以上の思想は池田先生には何もなかったんですよ。
だから自分たちの信仰の無謬性と絶対性を肥大化させて、虚像を作り上げてしまったんです。
総括して反省するなら今しかありません。
どうするんですか? 池田先生?
だんまり決め込んで老残の醜を晒しますか?
もう引き返すことができないくらいまで、虚像は膨れ上がってしまいましたけど。


創価の言う「南無妙法蓮華経は宇宙の法則」は間違い


総本山第六十五世・日淳上人は、
「仏法に於(おい)ては法華経寿量品の文底の南無妙法蓮華経が肝心の要法であって、此(こ)の要法は日蓮大聖人の所有遊(あそ)ばされるところである」(日淳上人全集981頁)
「題目を主として御本尊を忽(ゆる)がせにする者が多いのであります。(中略)元来かような考へは南無妙法蓮華経は法であるとのみ考へるからでありまして宇宙に遍満(へんまん)する妙法の理が題目であるとするからであります。此は大変な誤りで南無妙法蓮華経は仏身であります。即ち法報応(ほっぽうおう)三身具足(さんじんぐそく)の当体であらせられ報身中に具し玉(たま)ふのであります。妙法の理は天地の間にありましてもそれは理性(りしょう)であります。実際には仏の御智慧のうちにのみ厳然として具(そな)はり玉ふのであります。」(日淳上人全集982頁)
「久遠本有(くおんほんぬ)の妙法蓮華経は大聖人の具有(ぐゆう)し玉ふところであります。大聖人はその御境界を観心(かんじん)の本尊として建立し玉ふたのであります。くれぐれも此の報身を離れた妙法を以(もっ)て御本尊と考へてはならないのであります」(日淳上人全集1004頁)
等と、明確に御教示されています。
池田大作の唱える妙法観は、日蓮正宗本来の正しいそれと比べれば「まったく似て非なる邪説」となります。大聖人様の御内証を離れた「宇宙の根本法則」だの「宇宙に遍満する法」だのを求めても、そんなものは存在不明であり、実体がありません。
ましてや、「池田先生と呼吸を合わせるように唱題するんだ」などと指導するに至っては、それのどこが日蓮大聖人の仏法なのかと、学会員は違和感を感じないのかと、不思議でなりません(「先生と呼吸を合わせる唱題」というのは、私が学会時代に受けた迷指導です。破門のずっと以前からそんな調子でした)。
創価仏法で説く「宇宙の根源法」なるものは、日蓮大聖人の妙法ではありません。それをはっきりと認識しなければ、どこまでいっても邪見に堕(だ)します。創価学会は昔から、日蓮正宗の教義ではないものを学会員に教え込んでいたのです。

戒壇の大御本尊に於ける「法華講衆等」の脇書について

誠に畏れ多い事であるが、過日、本尊の何たるかも解からぬ無宗教の痴れ者が、我ら正統・富士門流の大根本たる戒壇の大御本尊の脇書について誹謗して来たのであるが、当室管理人は、此の痴れ者を追放するに際し、其の脇書の正義を説教せしめたのであるが、此の痴れ者は案の如く、追放の後に於いても執拗に、弘安二年当時に「法華講」は存在していない、という概念を以って戒壇の大御本尊を中傷する事について、改めて其の正義を申し述べるものである。尚、本投稿の趣意は、あくまでも、法華講員諸氏、就中、初信の方々が閲覧されている事を考慮して、此に敢えて再掲するものである。

さて、本門戒壇の大御本尊の脇書に記(しる)されている「法華講衆」の御意を感ずるに於いては、
日蓮大聖人が、御書文中に於いて『大講堂』もしくは『講堂』と表記されている事に、先ずは意を
向けなければならないという事である。

つまり、僧が経典の講義などを行う建物を指して講堂という認識が大聖人御在世当時からしてあった
という事からして、其れら僧の教えを受ける信者の集合を指して講衆と呼ぶは至極当然の事と成るの
である。して、其れらの講衆が応に法華経を信ずる者達であるならば、其の法華経を説かれる大聖人
からして、それらの者を『法華講衆』と呼称されるは、応に当然の理と相成るのである。

して、当室から追放された痴れ者などは、戒壇の大御本尊が御建立された当時、現今のような組織
としての「法華講」は存在していないとして「法華講衆」との脇書がある此の御本尊は後世の偽物である、と曰(のたま)うのである。

小笑。

本より、当室管理人は、其の痴れ者の文句について、其の浅識の極みを一笑の下に破折せしめたのであるが、ここに改めて破す事としよう。

本より大御本尊に記されている「法華講衆」の読み方は「法華講の衆」ではなく「法華の講衆」と読むが正解なのである。又、其の事は語尾の「等」の文字を接続すれば、実に「法華講の衆等」という表現は不自然と成り「法華の講衆等」が実に自然と成る。

例えば「小泉法華衆等」とは「小泉の法華衆等」と読むものであり、又「上野講衆等」に於いても、
「上野の講衆等」と読むが正解であり、決して「上野講の衆等」とは読まないのである。

つまり、無宗教の痴れ者は、そういう解読が出来ずに、単に熱原の法難当時に於て「法華講」という
現在の様な組織が存在していない事を以って、大御本尊の脇書を侮蔑しているのである。
応に痴れ者にして浅識の極みとは此の事であろう。

而して「法華講の衆」ではなく「法華の講衆」と読むが正解である事は、前(さき)にも引用した日興
上人の『御講衆の申さるゝ旨聞こしめし候ぬ』との表現からしても其の正解が裏付けられるのである。

して、此の『(法華の)御講衆』という御認識は、当然の事ながら日蓮大聖人が御在世当時から持たれ
ていたのであるから、大聖人御入滅後十年経とうが四十年経とうが、日興上人をして、其の御認識は
些かも変わらないという事であり、其の不変の御認識をして『御講衆の申さるゝ旨聞こしめし候ぬ』
と表記されたのである。つまり、今の「法華講」に対する見方を以って読むから、そういう屁理屈が
生まれて来るのである。無論、そこに記さる「法華の講衆」をして、我らが「法華講」の御事である、
と解読するは、興門正統の我らからして当然の事であり、決して牽強付会の偏読ではない。

尚、当室管理人として前(さき)にも申し述べたが、将来の大戒壇に御安置さる本門戒壇の大御本尊の
脇書に於いて、それら将来に亘る法華講衆の大結成をも達観されて、願主に「法華講衆等 敬白」と
記念された其の御本仏の御予見こそを、我々は唯々感嘆するのである。して、これこそが信仰という
ものであって、無宗教の痴れ者が、文献の面上を舐めて唾を吐こうとも、一切立ち入る事の出来ない、生命感得の大分野なのである。

日蓮大聖人に曰く『いまだ顕はれざる後をしるを聖人と申すか。日蓮は聖人の一分にあたれり』と。

果たして、其の時に無かろうとも、そして其の時に顕れざる事であろうとも、聖人は、其の御予見を
以って其の名を示し、又は初出の記述を以って、其れらの証文と為されるのである。実に前代未聞の
表記こそは、未萠(未来)を知る聖人、就中、御本仏たる日蓮大聖人の証明であるという事を此に知る
べきであろう。

http://6238.teacup.com/tsurutaro33/bbs/47496

 

「戒壇の大御本尊は後世(日有上人)の偽作」を簡単に破す。

後世の偽作という時にまず出てくるのが日有上人説である。日有上人は第9世であるが、既に第5世日行上人が次のように述べられている。

『御会式奉読立正安国論並御申状』
1.日行上人の暦応五年三月の申状
「法華本門の肝要妙法蓮華経の五字並びに『本門の大曼荼羅』と戒壇とを今の時弘むべき時尅なり、所謂日蓮聖人是れなり。」

ここに、はっきりと『本門の大曼荼羅』としたためられています。

ここに「本門戒壇の大御本尊は日有上人の偽作」の論拠は崩れ去りました。

創価学会 脱会相談 大阪市 住吉区

創価学会員の皆さんへ
脱会を検討している方、何となく創価はオカシイな?と思っている方、是非お電話ください。
日蓮正宗に戻りましょう。
090-9626-7585

「仏教なんて、なんだって同じだ」と思っているあなたへ

仏教の開祖釈尊はその出世の本懐である法華経をお説き遊ばされる前置きとしてこのように仰せであります。

「四十余年未顕真実」「正直捨方便」

これは「私が四十数年間説いた教えは未だ真実でありません、正直に方便を捨てなさい」ということです。またこのようにも言われました。

「已に説き、今説き、当に説かん。而(しか)も其の中に於て、此の法華経、最も為れ難信難解なり」(『法華経』法師品第十)
即ち過去に説き、今説き、これから説くであろう教えの中で法華経が最高峰であると宣言遊ばされたのであります。

また経典の最高峰である法華経では「自分はインドの菩提樹の下で覚者になったのではなく、遠く五百塵点劫という数えられない久遠に菩薩道を修業して既に仏であった」と宣言されます。そして「私の死後、私を仏にされた師匠である末法の本仏が登場する。その方は多数の法難に会うであろう」

このように予言されたのであります。その末法の御本仏こそが日蓮大聖人であり、その教えは現在日蓮正宗のみに血脈相承により正しく伝えられています。

今あなたの家系の宗教は江戸時代の寺請制度(幕府安定の為に行われた現在の戸籍のようなもの)の名残があるだけです。その様なものに縛られず、正しい仏教を修業され、よりよい人生を共に歩みませんか?

ご興味のある方は是非お電話ください。

090-9626-7585 気楽にね(^_-)
当方、大阪在住です。

威音王仏に関する創価学会のゴマカシを解く 

まるで戸田会長が言っているように書いてありますね。実は、この言葉はタサク池田が言っているのです。こういうところがペテン師教団ですね。 
以下、破折します。 
===================== 
今回、創価学会が発表した「創価学会仏」は、過去の池田氏著書を遡ると、戸田氏が語った「威音王仏」のトンデモ解釈に由来しているようです。 
『御書と師弟 池田大作著』 
戸田先生はこう語られたことがあります。 
「法華経には、威音王仏という仏が登場する。(中略)この威音王という名も、優れた仏の名であったかもしれないし、また、そういう教団があったとも考えることができる。 
同じように、“創価学会”という教団は、必ず未来の経典に金文字で記される。“一閻浮提(いちえんぶだい)広宣流布”という未来記を実現した創価学会仏として、永劫に仰がれゆく」 
→「考えることができる」ですか。。。要するに、池田大作の我見ということですね。 
『随筆 人間世紀の光』 
ある時、戸田先生は、その「創価」の誉れを、私に語ってくださった。 
「『創価学会仏』――木来の経典には、こう学会の名が記されるのだよ」 
(中略)法華経の不軽品に、「威音王仏」という名前の仏が登場する。実は、この仏は"一代限り"ではない。最初の威音王仏の入滅後、次に現れた仏も威音王仏と言った。そして「是の如く次第に二方億の仏有し、皆な同一の号なり」と。 
 つまり、二方億もの仏が、みな同じ「威音王仏」という名前で、長遠なる歳月、衆生を救済してきたことが説かれているのだ。 
 先生は、これは、威音王仏の名を冠した「組織」「和合僧団」とはいえまいか――と鋭く洞察されていた。(中略)ゆえに戸田先生は、もしも未来に仏が経典を作られるならば、大聖人に直結した広宣流布遂行の和合僧団――創価学会に、「仏」の名を冠されることは当然であろうと断言されたのだ。 
→「とはいえまいか」・・・また池田大作の我見炸裂ですね。 
戸田氏の指導内容にそのような妄想話はありません。 
『学会伝統の《実践の教学》 聖教新聞 昭和37年10月18日』 
会長: 
威音王仏とかいろいろあるでしょう。そういう立場で「創価学会仏」という仏になるという、そういう意味の、先生のおおせらしいのですよ。これは不思議ですね。(後略) 
秋谷: 
威音王仏の威音王という名前も、今で考えれば、創価学会というような名前で、当時、あったと考えてよいわけですね。 
会長: 
そういう代表の仏の人物がいたともいえるし、ひとつは教団があったともいえる。威音王仏とは、法華経の常不軽菩薩品に説かれる仏で、同号の仏が二万億、次々に出現したとされる。 
→「代表の仏の人物がいたともいえるし、ひとつは教団があったともいえる」 
つまり池田大作の我見ということです。 
だそうです。 
池田大作氏の我見(=十四誹謗)・妄想もここまでくるとコメディですね。 
因みにですが 
◆威音王仏 
『妙法蓮華経常不軽菩薩品第二十』 
「其威音王仏。於彼世中。為天人阿修羅説法。為求声聞者。説応四諦法。度生老病死。究竟涅槃。為求辟支仏者。説応十二因縁法。為諸菩薩。因阿耨多羅三藐三菩提。説応六波羅蜜法。究竟仏慧。」 
威音王仏は、天人阿修羅の為に法を説かれた仏様で、その求めに応じて、声聞→『四諦の法』、縁覚→『十二因縁の法』、菩薩→『六波羅蜜の法』を説かれた 
→御義口伝を否定した創価学会では、五乗の教法は『方便』ということになりますかね。 
「創価学会仏」とは方便の仏に逆戻りするという宣言だったようです。 
『無量義経』 
「諸の衆生の性欲不同なることを知れり。性欲不同なれば種種に法を説きき。種種に法を説くこと、方便力を以てす」 
また、 
『妙法蓮華経常不軽菩薩品第二十』 
乃往古昔。過無量無辺。不可思議。阿僧祇劫。有佛名威音王。如来。應供。正遍知。明行足。善逝。世間解。無上士。調御丈夫。天人師。佛世尊。 
(中略) 
正法像法。滅尽之後。於此国土。復有佛出。亦号威音王如来。應供。正遍知。明行足。善逝。世間解。無上士。調御丈夫。天人師。佛世尊。如是次第。有二萬億佛。皆同一号。 
→とありますので、威音王如来が何代もいたのでなく、仏様が再誕されていたことが分かります。 
未来の経典には書かれているなどと言ってるということは、「創価学会版 新妙法蓮華経」を造作するんでしょうかね? 
威音王仏のトンデモ解釈を根拠にしていますので、威音王仏は実は前世の創価学会だったと言い出すかもしれないです。 
今回の創価学会の発表とは 
「創価学会は方便である」 
「経文を捏造解釈した団体。つまり宗教詐欺団体」 
と世間に公表したに等しいですね。 
まあ、威音王仏については、御義口伝から引っ張ってきていると思いますが、その御義口伝を創価学会は否定し(血脈相承否定)、本門戒壇の大御本尊様を受持の対象とはしてませんから。。。 

ahokusa3

 

"池田大作の言葉は創価学会本部の代筆"と元職員が実名証言! だが告発本の広告出稿を全国紙が拒否

必読 拡散
「毎日届く聖教新聞を見れば、池田(大作)先生からの長文のメッセージが連日掲載されていました。(しかし)私たちは本部職員が、師匠(=池田大作)のメッセージを代筆している実態を知っていました。ゆえに、本部職員が師匠の代わりにメッセージを代筆して、聖教新聞に掲載して、創価会員員を欺くために、ご判断のできない師匠を利用していると思ったのです」(滝川氏)
池田大作が公から姿を消した後も、本部は「健在」をアピールしつつゴーストを続けており、それが創価学会、ひいては公明党という与党にまで多大な影響を与えているという事実だ。
ところが、この実名告発を後追いするマスメディアはほとんど皆無と言っていい状況だ。そこには創価学会がテレビやラジオ、そして新聞に巨額の広告を出稿するなど大口のスポンサーであることが関係する。

https://news.biglobe.ne.jp/domestic/1213/ltr_161213_6323960912.html

六條本圀寺を破す


昨今、見渡すに、我ら正統・富士門流に対して疑難中傷する徒輩らに於いては、自らが所属する門流について、正々堂々、其の正義の完璧を主張する者皆無にして一人も居らず、但、我ら宗義の相伝を疑々し、文句し、小脇に抱えた古文書をまさぐっては、裏付けがどうの、証拠がどうの、と騒ぎ立てるのである。鼻笑。

ならば一体、お前らが身を置く門流の何処が、絶対唯一のものであるのか。
其れこそ、お前らが小脇に抱える古本を以って、自身門流の絶対正義を此に宣言すべきである!

見るにお前らの所業は、己(おのれ)の邪臭に蓋をして、我ら興門正統の小荒を捜さんとする、まこと浅ましい根性であって、其の醜態の奥には、自らが持ち得ない、宗義の統一性に対する妬みと、其の一貫性に対する劣等感が渦巻いているのである。そして其の性根は、小荒探しによる反抗反発の憤念となって、文献収集という熱病に憑りつかれて往くのである。鼻笑。何とも哀れな姿であるよな。

さて、其の一件を挙げて見れば、我が富士大石寺に御格護さる、本門戒壇の大御本尊をして偽作後作と侮言する者の中に、一致派六條門流・京都本圀寺の信徒が紛れ込んでいるのである。

さて、一致派六條門流とは何か。して、其の本圀寺四代・妙竜院日静とは何者なのか。

其れこそ、毎々、重箱の小荒を突かれる我らからして、其れら六條門流の正体を、此に知らしめたいと思うものである。

言うまでも無い。一致派六條門流とは、摩訶一日印の弟子・日静が開いた門流であり、本圀寺とは、其の日静が京都六條に移建した寺院である。

本より、本迹一致派の言い分は、玄義に於ける『本迹異なりと雖(いえど)も不思議一なり』という釈を基とするものであり、其れこそは、借用の取捨と勝劣の判釈を、同一の見解として混同するものであり、其の混義は『本迹の相違は水火・天地の違目なり。例せば爾前と法華経との違目よりも猶相違あり。(中略) 而るを本迹を混合すれば水火を弁へざる者なり』(新編 1236 真蹟)という、日蓮大聖人の勝劣義に違背せんとする邪義である。

仍って、一致派六條門流の徒輩らが、其れら邪義を覆し、上記、日蓮大聖人が御教示されるところの本迹勝劣義について、其の正答を顕記できない以上は、我ら興門正統の相伝書たる本因妙抄の一節、

『今日熟脱の本迹二門を迹と為し、久遠名字の妙法を本と為す』との大義に対して、指一本も触れる資格などは有しないのである。此の言っている意味、解かるよな。哀。

して、其の六條門流の日静は、京都本圀寺を日伝に、越後本成寺(摩訶一開基)を日陣に与えたのであるが、本圀寺の日伝は、本迹一致の立場から、法弟日陣(勝劣派陣門流派祖)と対抗するのである。

ならば六條の邪徒よ。先ずは、我ら富士門の宗義に対して吠える前に、お主ら本圀寺に徹底反抗した越後本成寺派の邪義こそを、日静の教義からして此に顕示すべきでないか! そういう足下の腐臭を片づける事なく、我ら七百年来の伝法に対して疑々するなどは、其れこそ身の程知らずの莫迦者が為す恥行である!

先ずは、其の事を肝に銘じなさい。よろしいか。

して、現在の本圀寺(圀の字は、水戸光圀公の由来による)などは、身延一致派日蓮宗の大本山と成り、日向門流の足下にひれ伏しているが(ひれ伏していない、と言うのであれば、身延の邪義を破折せよ!)果たして、其れが本圀寺開基・摩訶一日印の本意であるのか。先ずは其の事を証明すべきであろう。

果たして何故、摩訶一の末裔が身延日向門流の足下に甘んじておるのか。

よいか。そういう事をしっかりと明記して始めて、我ら興門正統に対してモノが言える、というものである。其の事を能く能く覚えておきなさい。果たして、派祖の訓戒を厳守し給う寺門であるのか、そして、現在はどうなっておるのか。其れこそ、先代本圀寺貫首を指して『聖人』と尊称するならば、其れら『聖人』に対する違背は、須らく宗義の破壊を意味するものではないか。よいか。お前ら六條門流の者らは、そういう宗義の統一性に対する姿勢を持って初めて、摩訶一の本意に沿うものと領解しなければならないのである。して、其れが何故に身延派なのであるか。哀

ったく、ふざけるものではない。

尚、現在の本圀寺などは、燕尾帽子(もうす)を被ったオレンジ袈裟の『大和尚』が、座布団を被った紫袈裟の日蓮大菩薩坐像を先頭に、一塔両尊四士、其の他諸々の置物を陳列して拝んでいる様であるが、果たして其れが、日蓮大聖人の御遺訓にして、摩訶一の遺誡に即しておるのか。して其れらの陳列が、足下に伏している日向門流の本尊陳列と、どこがどう違って、どこに優劣があるのか。して、そこに優劣が無いとなれば、何故お前らは、六條門流を未だに名乗っておるのか。そういう事をはっきりしなければ、大石寺がどーの、戒壇の大御本尊がどーのと、其れこそ、お前らの滅裂本尊義からして何百倍も統一性の有る我ら富士門に対して、文句のこれっぽっちも言える資格など無いのである!

尚、本圀寺の分寺、本満寺などは、今では十界曼荼羅を本尊とし、其の本満寺八世日乾などは、其れら十界曼荼羅を本尊(根本尊崇)としない身延山久遠寺に晋山し、日蓮宗僧侶が邪宗信徒から布施を受けても良いとする所謂「受派」の先鋒となり、本圀寺日伝已来の軟派教義を、其れこそ日向身延の軟義に組み重ねた張本人なのである。

兎も角、お前らがやっている事は、複合教義・門派混同・本尊形式滅裂の、所謂、雑乱教学の醜態であり、又、だからこそ、あれやこれやと、末寺修徒などが、自分勝手な教説を作り上げて、文献莫迦よろしく、想像や妄想を捻(ひね)くり回して、得意然とするのである。哀。

よいか!

先ず以って、あの大和尚の帽子を何とかしなさい!
そして、大聖人の人形が被っている座布団を何とかしなさい! (被る文証を出しなさい!)
そして、大聖人と大菩薩。そして日朗菩薩と摩訶一聖人、そしてお前らの大和尚と聖人との違目を、しっかと答えてみなさい! 果たして伝師の資・日尚聖人とは何ぞ! 圓師の資・日澄聖人とは何ぞ!
而して、伊藤日瑞上人とは何ぞ!! 日圓大和尚とは一体何ぞ!!

さても、本圀寺と云えば、織豊時代の永禄十二年(1569)、三好三人衆らが、将軍足利義昭を襲撃した、所謂、殺人未遂現場の寺院でもある! しかも遡(さかのぼ)れば、本圀寺などは彼の天文法華の乱に於いて灰燼と帰した寺院ではないか! 果たして、そういう物騒にしていい加減な寺院の檀信徒ずれが、我が正統・富士門流の小荒探しをする、其の性根の腐り様よ!

お前らは先ずもって、其の体たらくを恥じなさい! そして、現今、日蓮正宗末寺のすべてに於いて、御法主上人御書写御本尊による、其の統一性の大義に対し、お前らが露呈する本尊雑乱と教義混濁と勝手教学の体たらくについて、先ずは赤面し、そして悔悟し、其れら邪宗形態から脱皮せる小蟲に先ずは成って、それから我ら多宝富士大日蓮華山大石寺の甚深なる相伝教義に文句すべきである!

よろしいか!

日向身延の足下にひれ伏している様では、法華のほの字も語る資格などはないのである!!

破邪の欄室より転載) 
 

元創価教学部副教学部長・須田春夫氏による創価大哲学部教授・宮田論文を破す。

創価の連中は創価にとり都合の悪い御書を「偽書」という時があるが、須田氏は見事にそれを破折しておりますね。
これは法論に使える!
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須田氏の論文より抜粋

⑨真偽未決の御書について
これまで、真蹟および直弟子写本が現存(あるいは曾存)する御書をもとにして日蓮自身に日蓮本仏論が存在したことを述べてきたが、それは宮田氏が真蹟や直弟子写本のない御書を偽書として扱い、日蓮の教義を考察する資料からは排除する立場に立っているかである(真蹟・古写本がない御書まで考察の範囲を広げれば、日蓮自身に日蓮本仏論があったことについて更に多くの裏づけを得ることができる)。

しかし、日蓮の思想を把握する資料として真蹟および直弟子写本が現存(あるいは曾存)する御書だけに限定する在り
方は必ずしも適切とは思われない。

この問題についても拙著『新版 日蓮の思想と生涯』で少し述べたので、次のように該当箇所を引いておくこととする。

「日蓮の思想や事跡を考察する根拠として、御書の中でも真筆が現存するもの、真筆がかつて存在していたことについて確証があるもの、直弟子または孫弟子の写本があるもの以外は基本的に偽書と見なして全面的に排除する傾向が見られる。しかし、このような在
り方は妥当ではないと思われる。誰が見ても明らかな偽書と判断されるものを除くのは当然だが、そうでないものは真偽未定となる。真偽未定のものは偽書と断定できないので、真書である可能性があることを否定できない。

かつては真筆や古写本が存在していても、戦乱や火災等の歴史的偶然によってそれらが失われた例も少なくないであろう。真筆や古写本が現存しているのは、それらが失われるような災厄にたまたま遭わなかったという僥 倖ぎょうこうによる。真筆が現存しない御書を全面的に排除するということは、不幸にして真筆滅失の災厄に遭った御書をも全て切り捨てることに他ならない。

真筆あるいは古写本が現存(または曾存)するものだけを用いるという在り方は、日蓮の思想を考えるための根拠をサイコロの目のような偶然に委ねることになる。

真偽未定の御書で、かつては偽書の疑いが強いとされていたものでも、後に真筆や古写本が発見された例もある。『諸人御返事』(一二八四頁)はその例である。同抄は録外にするので、偽書の疑いが強く掛けられていたが、真筆三紙が完全な形で大正時代に発見さ
れた(千葉・本土寺蔵)。同抄に限らず、『内記な い き左近さ こ ん入 道にゅうどう殿御返事』など、近年になって真筆や古写本が発見される例は少なくない。このような例もあるので、現時点で真筆が存在しない御書をそれだけの理由で偽書と言い切ることはできない。

また、かつて偽書説が強く言われていた御書でも、従来とは全く異なる角度から検討した結果、逆に真書の可能性が高いとの判断が出た例もある。その典型が『三大秘法抄』である。同抄は真筆がないために、古来、真偽の議論が盛んになされてきたが、近年、計量
文献学の研究をもとに同抄の用語などをコンピュータで解析した結果、真書の可能性が高いとの結論が出た(伊藤瑞叡『いまなぜ三大秘法抄か』)。

計量文献学だけでなく、将来にはそれまでの発想では考えられない新しい観点から検証されていく可能性も大いにありうるだろう。

このように、真偽の判断も決して確定したものではなく流動的であり、現在、偽書の疑いが濃いとされているものでも一転して真書と見なされることもありうる事態である。このように考えてくると、真偽未定の御書を一律に排除する在り方は多くの真書を切り捨て
る恐れが大きく、厳密なように見えて真偽に余りにもこだわり過ぎており、行き過ぎと言うべきであろう。

真偽未定の御書を全面的に排除する在り方について勝呂博士は『日蓮聖人の宗教思想を実態よりも狭小に限定することになりかねないと思う。それは偏った日蓮像を作りあげることにもなるであろう』(「御遺文の真偽問題」)と述べている。博士の意見に同意
したい」(同書 177 ㌻)

創価学会員 【あまりにも多い猛毒・ニセ本尊の現証 =精神病=】

【あまりにも多い猛毒・ニセ本尊の現証 =精神病=】
【実録・創価学会員の生の声】
【それでも分からぬ創価学会員】

これは今や現代病かもしれませんね。私の周りの法華講員のなかにも、うつ病や統合失調症の方が数名おられます。しかしこれらの方は徐々に、その病状が回復しつつあり、薬の量も徐々に減ってきている。精神病は本門戒壇の大御本尊様に身口意の三業でちゃんと信仰を続けれいけば、時間はかかりますが必ず完治いたします。

しかし創価ニセ本尊を真剣に拝めば、病状は回復どころか、さらに悪化し、最後は寝たきり、発狂、自殺へとつながります。

大聖人、種種御振舞御書に曰く、
「かかる日蓮をうやまうとも、悪しくうやまわば国滅ぶべし」

開目抄に曰く、
「過去の因を知らんと欲せば、其の現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲せば、其の現在の因を見よ」

また聖愚問答抄には、
「只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪や有るべき、来たらぬ福や有るべき。真実なり甚深なり、是を信受すべし」

我々法華講員は一人でも多く、この方たちを救ってまいりましょう。
===========================
【実録 創価員の生の証言】
①婦人部員
今日は、精神疾患を持ってる、私の体験をお話しします。
平成19年、妄想、幻聴、幻覚にて、隔離入院を♪当時24年連れ添った酒乱と暴力の夫と別れ、さまざまな事情から、大切な子供と離れた寂しさを二時間題目、フルタイム勤務で、紛らしておりました。この時統合失調症と診断を受けました。

退院後、重症鬱になり、母も鬱に、やはり題目を上げても上げても、自殺願望の襲い来るなか、折伏、新聞拡大で結果を出していきました。四年前に母のガンが発覚し手術に、その時生活保護担当者から転院を許されました。

母は、危篤状態を7ヶ月続け、題目と折伏対話に奔走中に、私の病気が誤診と判明して、躁鬱の薬に全て変えられました!!母は、奇跡的に退院すると、精神科医から私に、施設入所の話が舞い込み、体験入所翌日からグループホーム入居と成りました。

②婦人部員
皆さんおはようございます?
無冠の友の皆さん毎日ありがとうございます。お疲れ様でした。

私は重度の不眠症なので眠剤を飲んでも今日も一睡も出来ずに朝を迎えます。
鬱も患っていますが、信仰があったからこそここまで生きてこれました。
素晴らしい師匠と同士の皆さんに守られているから今も生活していられます。

眠れなかった日は頭痛がしたりだるかったり体は最悪でも
威風堂々の指揮をとられている先生の姿を見ながら一緒に
唄い心と体を振るい立たせています。

同じ病気を持つ方もここに沢山いらっしゃいますが、共に
焦らずマイペースで頑張りましょう。

③婦人部員
私は発達障害、知的障害、自閉症を持ってます。
伝えたいことを伝えられる不愉快な文になってしまうかもしれません。ご理解ください。
障害を抱えても難しいことを理解出来なくても今は一生懸命ママをしてます。
旦那が居ますが出張の為1人で育ててます。
題目あげられる時はあげられるように努力したいです。
皆さんこんな私ですがよろしくお願いします。

④壮年部員
金曜日に、会社の上司から、僕の業務の仕方について怒られた。それも、僕の人格を否定した言い方で…
昨日 も、今日も、会社に、行こうとすると、吐き気を感じ、トイレに行く有り様です。
ちょっと、会社に行くのが怖く感じており、昨日、今日と、会社を休んでしまっています。

明日も、会社に、行ける解らないくらいです。
ここ、数ヶ月こんな感じです。

実は、5年程前にも、同じような感じになり、精神課で診察してもらったら、『鬱病』と診断され、1年程会社を休みました。

これでは、いけないと、思うのですが…
なかなか、体調的にも、精神的にも、自分自身で、思うようにならない苛立ちを感じる状況です。また、勤行・囁題が、できません。

壮年部として、『黄金柱の誉れ』の中で、戸田先生が言われた、「信心は一人前、仕事は三人前」、そして、「社会で実証を」との指導の実戦を、考えると少し焦る気持ちも、あったりします。
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※創価学会からの脱会相談に応じます。
お電話ください。 日蓮正宗信徒 黒川(大阪市在住) 090-9626-7585


【実録 創価池田教】



創価員がよく言う「イケダ・センセー、マンセ~!」の類ですね。 
非常に危険な「個人崇拝」の典型が創価池田教です。 
「ハイル・ヒトラー!」「毛沢東 万歳!」と同じく非常に危険なカルト教団と言っても過言ではない。 
哀れであり、仏教本来の姿ではあるまい。 
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信心をして30年になりますが、初めて夢で先生にお会いしました。先生はセーター姿でくつろいだご様子で「皆さん、なんでも話しましょう」と、衛星放送の、あのままの姿でした。なぜか地区の人々が、記念撮影のように先生の周りに集まって(^^)。夢でもとても嬉しかったです。今日は、仕事バリバリ頑張れそうです(^^)/ 
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【犯罪教団 創価学会】


これが宗教団体か? これは犯罪です。


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