浪川大輔

リクルート『就職ジャーナル』に声優・浪川大輔さんが登場








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浪川大輔


『就職ジャーナル』 Vol.128 浪川大輔

「 “向き” “不向き” なんてない。やり切ることが大事」

大学卒業後、アパレル会社に勤務。声優だけでは食べていけなかった

芸歴は長いんです。9歳で子役としてデビューして最初の仕事が声優で。『E.T.』や『グーニーズ』など当時の海外映画のヒット作の吹き替えをやらせてもらったりして作品にはすごく恵まれました。それで、調子に乗ってしまったんですね。中学時代は収録で学校を休むのがイヤで、ふてくされて台本も読まずに現場に入ったりして。高校生になると、部活でやっていたハンドボールの練習に打ち込んで声優の仕事からは遠ざかり、自然と仕事も減っていきました。

将来はスポーツの世界で生きていけたらと思っていましたが、けがで断念。大学に入って心理学を学びましたが、専門知識を生かせる就職先は狭き門で。自分が社会で勝負していけることは何かと悩んでいた時、1年に数本くらい細々と続けていた声優の仕事をたまたま頂きました。映画『ロミオ+ジュリエット』のテレビ放映にあたり、レオナルド・ディカプリオさんの吹き替えをやらせていただいたのですが、声をかけていただいたことがうれしくて前向きに仕事に取り組んだら、演じることをすごく面白いと感じたんです。

それで、あらためて声優としてやっていこうと決め、以前お世話になった制作会社にごあいさつにうかがったのですが、相手にしてもらえませんでした。中学時代に相当迷惑をかけましたから、当然ですよね。過去のことはきちんと反省して、前を向いて進んでいくしかないとは思っていましたが、とにかく仕事がなくて。とても声優だけでは食べていけなさそうだったので、大学卒業後はアパレル関連の会社に就職しました。

会社では洋服や雑貨の仕入れから百貨店への営業、倉庫番まで何でもやりました。声優の仕事が入ったときだけお休みをもらっていましたが、最初はそんなこともめったになかったです。ただ、いつ仕事が来てもいいように演技のことはいつも考えていました。会社で仕事をすることも、演技の勉強には絶好の機会でしたよ。仕事をしていると、老若男女、いろいろな性格の人に出会うでしょう。そのたびに相手の物腰や話し方を観察するのが習慣になっていました。芸の肥やしばかり蓄えて、使い道がない状態でしたけどね(笑)。

20代はそんな毎日が続きましたが、救われたのは、僕のことを気にかけてくれる方たちに恵まれたことです。ある演出家にアドバイスを頂いて海外作品のボイステストに積極的に応募するようになったことが転機になりました。ボイステストというのは録音した声をもとに海外の制作会社が配役を決めるオーディションで、日本の制作会社にコネクションがほとんどなかった僕には数少ないチャンスだったんです。応募を続けるうちに、『スター・ウォーズ』や『ロード・オブ・ザ・リング』など大作で役を頂けるようになり、国内での仕事も増えていきました。ちょうど3D映画の登場や「活字離れ」の影響で映画の吹き替えの制作が以前よりも多くなった時期でしたから、その波に乗れたのはとてもラッキーだったと思います。

声優の仕事が忙しくなり、会社を辞めたのは30歳の時です。僕は本当に運がよかったと感謝しています。声優としてほとんど仕事がない時期が10年以上続きましたが、やめようと考えたことはありません。やるからには逃げたくなかったんです。逃げるのは簡単だけど、どんな仕事をしていてもつらいことは必ずあると思うんですよね。だったら、自分が選んだ道を突き進んだ方がいい。

仕事についてよく「向き」「不向き」を問題にする人がいますが、僕に声優が向いていたかというとわかりません。なんたってずいぶん長い間、仕事がなかったくらいですから(笑)。でも、仕事というのはやるうちに向いてくるものだと思うんです。やり切ることが大事で、その道でうまくいかなかったとしても、続けないとわからないことが絶対にある。やる前から「自分にはできない」とあきらめてしまうのはもったいないです。

(続きはソースで)

































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