2017年05月25日

散髪屋の看板を見て頭髪を思う、雑草「ギシギシ」を見て子供のころを思い出す

       
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 昨日久しぶりの雨が降ったが、もう少し降ってほしかった、乾いた畑には足りない。



 散歩道の途中にある散髪屋さん。
 髪を切られるんじゃなくて首切られそうじゃないか、怖くてとても入る気にはならん。


 というても散髪なんて幾久しく行っていない。
 散髪代がもったいない、自分でできる。


3070101[1] 「オジサン旅」のメンバーのうち1人は完全にハゲ。

 頭の周囲に若干残っている程度。

 こんな感じ。


 「月に1度は散髪に行くぞ」

 「どこを切るんだ、散髪代は普通の人と変わらないのか」、みんなが聞いた。


 「うん、変わらん」

 「へぇ~~~~~」


 私のほうがまだ髪はある、こういう奴と一緒にいるとなんだかうれしい。

 「勝ったぞ」、と思うのだ。


 まあ、こういうのを「目くそ鼻くそ、、、、、」というのであろうが、いずれにしても「勝ったぞ」。


 「オジサン旅」のメンバーは大学の時の同じクラスの4人。
 みな還暦を迎えたのを機に、年に1度温泉旅行をしている

 

 40年も前の学生時代を思い出す。

 白菜一束、剣菱、それに花かつおとしょう油で鍋をつつく。
 あの時の白菜の味、酒の味は忘れることができない。


 みんな髪の毛がフッサフサで白髪もないころだ。
 今では、2人が白髪頭、1人は完全ハゲ、そして私は全速力でハゲ進行中。


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 これ、ギシギシという草じゃないかな。
 たぶん、私が子供頃、スイバと言って茎をガジガジと齧っていた草だろう。


 齧ると酸っぱい味がして、一服清涼感、なんて子供のころは思いもしないが、なんといってもいつもお腹を空かせていたころだ、なんでも口に入れていた。

 一番気に入っていたのはつつじの花。
 花をもぎ取って尻尾のほうをチュウチュウ吸うのだ。

 甘い、とても甘いのだ。



 
 子供のころの悲しい思い出、悔しい思い出がある。

 隣に雨川のケンちゃんというガキがいた。

 ある日のこと、私の家に、なんと羊羹を持ってきたのだ。
 
 私に分けてやろう、なんてやさしい、思いやりのあるガキじゃない、見せびらかせに来たのだ。


 私の目の前で、一気に食べてしまえばいいものをペロ~リ、ペロ~リと舐めるだけ、それもこんなに甘い、美味しいものなんてないなぁ、と恍惚の表情を浮かべながら。


 私にもプライドはある。

img_0[1] のどから手が出るほど欲しいが、「ぼ、ぼ、僕にも舐めさせて」なんて言えない。

 屈辱の時だった。 

 




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 これも口に入れた記憶がある。
 名前はわからない



 よほど貧しい家庭に育った子か、と思われるかもしれんが当時の子供たちはみんなこうだった。

 






 このところ、テレビのニュースを見ているとなんだか情けなくなる、もっと言えば苦痛になってきている。


 森友に続いて加計学園問題で、民進党、共産党は安倍総理の首をとろうと騒いでいる。

 国会議員の失言は後を絶たない。
 
 
 加計問題では元文科省事務次官が籠池みたいになってしまった。


 唐突で前のめりの憲法改正発言、「読売新聞を読め」との国会答弁、安倍総理を支持している私でも首をかしげたくなった。


 自民党内では安倍総理後を見据えた動きが出始めている。

 
 安倍一強体制のタガが緩み始めたようだ。




 テロ等準備罪が成立したからといっていわゆる一般人が捜査の対象になるなんて考えられない。

 にもかかわらず重箱の隅をつつくような、不毛な議論に終始した。
 それも冷静な議論ではない、キーキーキャーキャーわめくだけ。


 与党も野党も、政治家たち、それに官僚は、いったいこの国をどこに向かわせようとしているのか。



 マスコミは興味本位でスキャンダルとして報道し、評論家、芸能人たちが中身のない薄っぺらな意見を言い合っている。


 なんだか、どうしようもない国になっていくような、何とも言えない不安に駆られるのである。


 田舎のジジイが心配してどうなることでもないのだが、、、、、、。

 

 こんな曲を大音量で聞きたくなる気分だ。
 




 まあ、それとも「これで日本も安心だ!」、フンニャラカフンニャラカ オラ知ラネ~と歌いますかねぇ。
 








sokudotsuru at 22:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年05月24日

私の葬儀ではアルバート・アイラーの「スピリチュアル」、ベートーベンの「田園」なんかを流してほしい

                      
 Walking with WANKORO
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 曇り空、今日は雨が降るらしい、久しぶりの雨である。
 畑の野菜にありがたい雨である。 

 もうしばらくすると梅雨に入る。

 ジメジメとした鬱陶しい日が続く、暑いのも嫌だが、湿度が高く蒸し暑いのは不快である。

 私は夏が苦手、暑いのが苦手である。
 冬の寒さは着込めばいいが、夏はもう脱ぐものがない、ナメクジ状態となる。

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 踏みつぶされてペッチャンコになった哀れ嫁のみかんの皮、まだ路上にへばりついていた。

 再度、「残ね~ん!!!」  __ISO-2022-JP_B_GyRCJE8kPxsoQi5qcGc____400x400[1]






 この歳になるまで、様々な人の葬儀に参列をしてきた。

 仏式、神式、カトリック教会とあったが、ほとんどは仏式。


 今ではお寺や自宅ではなくベルコや農協などの葬儀場で行われることが多い。

 お寺や自宅葬で正座をして坊主のお経を聞くのに比べれば、葬儀場だと椅子が用意されているので楽でいい。



 会場に行くと、いかにもお涙頂戴といった、これも陳腐なエレクトーンの音楽が流されている。


 受付に行き香典を差出して、「本日はまことにもってご愁傷、、、もごもごもご、、、、、、、、、」と言って記帳をする。


 記帳をし終わってナメクジが這ったような、ある意味芸術的な自分の文字に恥じ入りながら葬儀会場に向かう。


 会場に入っても、エレクトーンの陳腐な音楽が流れている。


 そして、坊さんのお経、これも浄土真宗、禅宗といった宗派の違いによりやり方も様々。

 禅宗の葬儀に参列した時に銅鑼や妙鉢をチンチンドンシャラドンシャラ打ち鳴らすので、死者がお棺の中から飛び出してくるんじゃないか、と思ってしまった。



 私の家は浄土真宗のお寺の檀家で、お墓もその寺にある。


 ただ、先代、先先代の坊さんは誠にできたお方で、講話や説教もなるほどとうなずくことを話されていた。


 先代の跡継ぎがいなかったため、寺なしの坊さんが養子に迎えられたのであるが、この坊さんがどうにもならん。

 お経は下手糞だし、お経の後の説教話も小学生に言うて聞かせるような話なのである。

 まあ、私たちの知的レベルがその程度ってかっ、バカにするな~




 今は葬儀についての考え方も変わってきた。
 無宗派で葬儀が行われこともあるらしい。

 今はどうなったか知らんが、アマゾンが葬儀の出前をするという時代だ。


 そこで、私は自分の葬儀ぐらい、自分の思うように、描く形でやってもらえたら、とここに「エンディングノート」として書いておくこととした。


 書いたとおりにされなくても死んだ私にはわからないが、私を送ってくれるだろう嫁、息子や娘にぜひともお願いするのである。

 

 私の葬儀については以下に書き置くところにより行うようお願いいたします。                 

                          

 

・正福寺の坊様に葬儀をお願いする。                            

・私の骨は、正福寺にある我が家のお墓に入れること。

ただし、「永大供養」とする場合は、将来的に共同の「永大供養墓」に納骨されることになってよい。


・葬儀は自宅あるいはお寺で行うこと、知らせるのは基本的には近親者のみとする。

・葬儀全般については、母の葬儀のときに頼んだ葬儀社にお願いすること。

 

・友人については、

片足バージャー病、片足静脈瘤の男には知らせてほしい。

ただ、もう死んでいるかもしれない。

 

それと「オジサン旅」のメンバーである大学時代の友人たちに知らせてほしい。

ただ、同じく連中が生きておればのことだ。


・法名は三文字の一番安いのでいい。

・祭壇は簡素なもので良い。
・遺影の写真は写真屋さんに頼んで増毛しておくこと、必ずフッサフサにしておくこと。
・死装束はジーンズにTシャツで良い、恥ずかしいなんて思わんでくれ。

・棺桶も一番安いのでいい。

 

・それから、「永大供養」について家族で相談をし、この際、「永大供養」をお寺にお願いしたらどうか、と考えている。

 

なお、坊さんに、今あるお墓を残したままできるのか、それとも永大供養墓にいま埋葬されている遺骨を全部移すことになるのか相談をすること。

 

すべての遺骨を永大供養墓に移すことになるとしても、私は先々のことを考えればやむを得ないと考えている。

 

・最後にぜひお願いした置きたいことがある、通夜から出棺、納骨までの間、以下の音楽を絶え間なく流しておいてほしい。

 

 音源はポータブルCDラジカセでよい。

 流す曲のCDは準備してわかるようにしておく。

 

 ・Albert Ayler :Spiritual Unity, My name is

John ColtraneMy Favorite Things,Crescent,Ascension

Keith Jarrett:My Song,The Köln Concert

Halie Loren:Heart First

Sonny Rollins:Saxophone Colossus

 

 ・ベートーベン:交響曲第6番「田園」、交響曲第7番

 ・ブラームス:交響曲第4番

 ・ブルックナー:交響曲第7番

 ・チャイコフスキー:弦楽セレナード

 ・チャイコフスキー:偉大な芸術家の思い出

 ・モーツァルト:クラリネット五重奏曲

 

世間体を気にして嫌かもしれないが、出棺の時にはぜひはこの曲を大音量で流していただきたい。

生前から顰蹙の人生を歩んできたんだ、今更気にすることはない。

Little Richard - "Long Tall Sally"

 



 なぜ、今日こんなことを書いたか、というとたまたまモーツァルトの「レクイエム」のDVDを見ていて思ったのだ。

 生涯1度しかない自分の葬儀だ、坊さんのお経だけでなく、自分の好きな音楽で送られたい。


 ただ、モーツァルトやブラームスの「レクイエム」は荘厳というか厳粛過ぎて、三途の川で溺れてしまいそうなので、止めることにした。


 それとファンであると公言はばからないBaby Metalと森高千里。
 これは、、、、、う~む、やめておこう。


 私の希望の曲をいくつか挙げるとこんなもんだ、今後曲目を入れ替えることもあるだろう。



 この曲を出棺の時に大音量で流してほしいのです。
 できれば霊柩車にスピーカーをつけて大音量で流しながら火葬場までいってほしいのですが、さすがに無理だろうね。












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2017年05月23日

嫁と認知症、介護などについて話す

      


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 鬱蒼として、暗い夜には何かが出そうな道を進んでいくと、戸数10戸にに満たない限界集落に到着する。


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  朝7時ころには着いた。
 嫁の母、今日は朝寝坊、まだ起きていなかった。


 唐辛子、枝豆、落花生それにピーマンを定植するため、耕運機で地面をひっかきまわす。


 しばらく雨が降っていないので土地がカラッカラに乾燥してカッチカチに固まっていた。

 耕運機の歯が立たずえらい苦労した。

 ポカリスエットを飲みながら一休み、ブロッコリー、カリフラワーを見ているとモンシロチョウが葉っぱに卵を産み付けている。



 蝶も子孫を残さなきゃならんのはわかるが、青虫になったら、また殺しますぞ。


 それにしても、聞こえてくるのは鳥、カエルの鳴き声、それに風の音、その他の音は何にも聞こえてこない。


 桃源郷だな。




 10時ごろ作業終了、帰ってシャワーを浴びて飲むビールが美味い。





 昨晩のことだが、


 「おい、認知症になった人間ちゅうのはどのような感覚、というか何を感じ、何を思って日々を過ごしているんだろうか、なんもわからんでパッパラパ~で逆に幸せじゃないのかなぁ」


 介護福祉士の資格を持つ嫁に聴いた。

 嫁は50歳まで民間会社で総務、経理の仕事をしていた。
 
 50歳になったときに、
 
 「私は介護の仕事をしてみたい、あなたのお母さん、それに私の両親の介護ということもある、それに今の会社ではもうお局様状態、そんなのには我慢ができません」


 と言って会社を辞めた。


 定年まで勤めれば給料もいいし、ボーナスもあるし、と思わんでもなかったが、もう子供たちにお金がかからなくなっていたし、家のローンも終わっていた。


 それに、いかに仕事をしない私でもそれなりの役職についていたので生活に困るようなこともない、と思い嫁の気持ちを尊重して会社を辞めることに同意をした。


 いまでは、介護現場ではもうベテランの域に達している、と思い嫁に聞いてみたのだ。


 「私にもわかりません、でもその人の本来の性格、良いところも悪いところも出てくるような気がしますし、、、、、何とも言えませんけどね」


 「普段とても品がよくて、食事をされるとき、お茶を飲まれるとき、この人はきっといい家庭で育ったんだろうなぁ、と思っていたところ、自分の思いどおりにならないと、突然噛みついたり、唾を吐きかけたりされる人もいます」


 「私も「特養」で働いていた時に、突然肩を「ガブッ」と噛みつかれたことがあります、普段はそんなことをするような人には見えなかったんですがねぇ」


 「部屋の片隅に誰かが居ると言って幻覚を訴える人もいます、今までできていたことができなくなったことへに苛立ち、なんかおかしいなぁと思いっても自分では何もできない、,,,,,こんなことで結構ストレスがあるんじゃないですか」


 「1日中眉間にしわを寄せて黙って座っている人もいます、鬱でしょうね」


 「あなたが言うようにパッパラパ~で幸せなんてことはないと思いますよ、本人も辛いのだともいますよ」



 「ふ~む、そうかぁ」


 
 「暴力的な傾向のある人もいるんじゃないか」


 「いいえ、私の勤めている施設ではそういう兆候のある人は他の入所者に迷惑をかけるので入所を断っているみたいです」




 認知症になったらパッパラパ~どころか、苛立ち、不安、幻覚に襲われたり、鬱になったりとどうも辛い人生を送らねばならんようだ。


 「まだらボケ」というのがあるらしいが、ふと我に返ったときに、認知症が進んでいるということを受け入れなければならない、その時の辛さ、悲しさ、これからどう生きて行けばいいんだろうかという不安、私だったら耐えられない。


 我に返ったときに自ら命を絶つ勇気もないだろうし。



 一回認知になってみないとわからんようだが、認知から戻った人はいないんだから、そうはいかない。





 「あなたのお母さん、私の父も認知の症状はありませんでした、母も大丈夫だろうと思います、それだけでも幸せだと思わなければなりません」



 「私の父は、こんな言い方は変かもしれませんが、とってもいい死に方をしたと思っています、肺がんだったけれどちっとも苦しむことはありませんでした、最後まで母が付き添っていましたし。」


 「それは、お父さんが食事をほとんどとらずに衰弱死に近かったからではないか、それと朝晩に必ず「南無阿弥陀仏」と唱えられていた、その信心もあったのではないか、と私は思うぞ」



 嫁の父は進行性の肺がんと診断されてからは一切の治療を拒み、

 「人間ちゅうもんは、年とりゃぁみんなこねぇになる、しょうがないそいや」
 と言って自宅で療養し、自宅で息を引き取った。


 私は、自分の死期が近いと知ったときに淡々とそれを受け入れ、仏さまにすがり感謝をし、静かに息を引き取った嫁の父に感銘を受けた。


 
 亡くなる1週間前ぐらいに息子や娘を連れて行った。

 「おお、これでええ、これで安心じゃぁ、みんなええ子に育ったのぉ」、
 と笑顔で話していたのをよく覚えている。




 「私が認知症になったら殺してくれ、すまんが刑務所に行ってくれ、老老介護に疲れたうえでの殺人ちゅうのが結構あるじゃないか、そんなに重い刑にはならんだろうが。」、

 と嫁に頼んでみた。


 「私は自分が分からんようになってからも生きていたいとは思わん、それにこんな性格だ、お前に暴力をふるうかもしれんぞ」



 「それはお互い様ですよ、私が認知になったらあなたはどうしますか、殺すなんてできないでしょう」


 「う~む、それじゃぁ、不治の病と分かったときには一切の延命措置はやらんでくれよ」


 「ハイ、チューブをブチンと切ってあげますよ」



 こんな冗談を言い合っているうちはまだいいかなぁ。
 
 私は嫁が認知、あるいは脳梗塞かなんかで寝たきりになったとき、どうするか、ただおどおどとしているだけかもしれない。



 ご近所に、お母さんは認知症で、奥さんは喉頭がんで自宅療養、長男は40歳過ぎてニート状態、ご主人は大変だろうなぁ、と思うがお会いした時は明るく振る舞っておられる。


 救われるのは同居されている次男坊の奥さんが底抜けに明るいこと。
 さらにお孫さんの天使のような可愛らしさ。


 大変な日々の中にも救いはある、人生はそんなもんだろう、プラスマイナスで大きくマイナスに振れることがないようになっているんじゃないか、と信じたい。

 


 ニノン・ヴァランが歌う「ソルヴェイグの歌」
 ニノン・ヴァラン(1886-1961)はフランスの大ソプラノ歌手。

 「ソルヴェイグの歌」は小学校の音楽の時間に聴いた曲だ。
 











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