恒川光太郎
2010年09月23日
「南の子供が夜いくところ 」恒川光太郎
南の子供が夜いくところ
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恒川さんというと、異界です。身近なところに口を開けた異界への入り口に対する恐れと、それにノスタルジックなものを感じて惹かれてしまう気持ち、それを鮮やかに感じさせてくれるところが好きです。
今回の舞台は架空の南の島、トロンバス島が舞台ということです。土俗的なものって地域を越えて共通するものがある気がするのですが、やはり空気が違うと気質は違ってくるようで、今までのものとはちょっと雰囲気が違っています。
今までのものが日本的なノスタルジックホラーならば、こちらは南の海に浮かぶ島々の濃密な空気をまとった時代を超えたファンタジーという感じです。怖さも抑えめですが、各短編の時代を超えたゆるやかなつながりが物語の世界を広げていて、これはこれでおもしろかったです。
でもやっぱり日本的な世界の方が私にはぞくっとくる気がします。
内容(「BOOK」データベースより)
「今年で120歳」というおねえさんと出逢ったタカシは、彼女に連れられ、遠く離れた南の島で暮らすことになる。多様な声と土地の呪力にみちびかれた、めくるめく魔術的世界。
各短編を思い出してみると、バラエティに富んでいるなぁといまさら思いました。
おもしろかったのは「十字路のピンクの廟」と「夜の果樹園」。特に「夜の果樹園」
のフルーツ頭とか巨大な案山子のいる畑の話とか、すごい発想です。
「南の子供が夜いくところ」と「十字路のピンクの廟」「蛸漁師」「夜の果樹園」は現代のちょっと怖い話。リアルだったり不思議だったり悪夢のようだったり、それぞれ手触りは違いますが、登場人物はかなりリンクしています。
「紫焔樹の島」「雲の眠る海」「まどろみのティユルさん」は伝説とか叙事詩の世界です。そしてそのどれもがユナのいる現代のトロンバス島につながっています。もしかしたらトロンバス島、あるいは呪術師のユナが時空を超えた異界への入り口なのかもしれません。抜けるような南国の青空の下、あるいは濃密な闇の中にそんなスポット・・何だかありそうな気がしてきました。
ところでタカシの最初の描写っていつ頃のどこなんだろう?
2009年04月18日
「草祭り」恒川光太郎
草祭
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恒川さんの作品はこれが4冊目です。恒川さんの描く、日常の中にそっと潜んでいる異界への入り口は、踏み込むのはもちろん覗き込むのも怖いのだけれど、妙に心ひかれてしまいます。それは原初に刷り込まれたような怖さと同時に、同じように刷り込まれた心がざわめくようなノスタルジックな気持ちをかきたてるからかもしれません。恒川さんの描くこういう世界は大好きなのですが、「草祭」はさらにそれに磨きがかかった気がします。ノスタルジックホラーを続けて描きながらもマンネリにならないのもすごいと思います。恒川さんの作品の中でも一番好きです。
遠くで怪物が、もおん、と鳴く。あれは夫を殺した男の影――あるいは、私の?
ひっそりとした路地の奥、見知らぬ用水路をたどった先。どこかで異界への扉が開く町「美奥」。その場所は心を凍らせる悲しみも、身を焦がす怒りさえも、静かにゆっくりと溶かしてゆく。消えたクラスメイトを探す雄也、過去から逃げ続けてきた加奈江……人びとの記憶に刻まれた不思議な死と再生の物語を注目の気鋭が綴る。
「美奥」という町を舞台にした短編集なのですが、その「美奥」というのはどうやら異界へとつながる扉のような町なのです。
「けものはら」を読んだ時点では、「美奥」というのは「けものはら」という異界への入り口なのだと思ったのですが、読んでいくうちに「屋根猩猩」のいる古い町並みだとかいろいろな顔があることがわかります。そして「けものはら」ではまだ現実に近かった世界が「屋根猩猩」で歪みを大きくしていって、3つめの「くさのゆめがたり」で物語はさらに時代をも超えて広がっていきます。そして苦解き盤を使ってする天化という不思議な世界を描いた「天化の宿」、最後の「朝の朧町」まで読んだときには、「美奥」の世界がゆっくりとつながったかのようでした。
太鼓腹の男と小さな双子の兄弟がどの話にも出てきます。彼らも案内人のようになってそれぞれの短編をゆるやかにつないでいます。
心の弱くなったとき、危ういバランスが崩れたその時、「美奥」にある異界への扉が開くようです。でもそれは誰にでもあることだし、人はどうしても「美奥」のような世界にはひかれてしまう気がします。怖いと思いながら踏み込んでいく人の気持ちがわかってしまうし、私だったら「天化の宿」から自ら出ることはできないんじゃないか・・そんなことを考えて背筋が寒くなりました。
2008年03月13日
「秋の牢獄」恒川光太郎
秋の牢獄
楽しみにしていた恒川さんの新刊。秋を過ぎ、春になってやっと読むことができました。かなり期待して読んだんですが、期待は裏切られませんでした。恒川さんの描くこういう世界、すごく好きです。この本に収められた3作も、日常の世界にぽっかりと穴を開けている異界だとか、不思議な力だとかが描かれてるんですが、それぞれおもしろくて、心配していたマンネリ感はありませんでした。それにしても恒川さんの描く異界は、すぐそこにありそうなのが、怖くて魅力的です。今回も、主人公たちのようにすっかり恒川さんの描く異界にとらわれてしまいました。
「秋の牢獄」は、上の内容紹介にもありますが、北村さんの「ターン」を思い出しました。でも「ターン」よりも寂しい感じです。「ターン」は完全に一人になっちゃったのに、まわりに人がいるこちらの方がさみしい感じがしたのは不思議でした。主人公が解決を求めてじたばたしてないからでしょうか。「風わいわい」を彷彿とさせる「北風伯爵」とか独特のネーミングが恒川さんらしいなって思いました。
「神家没落」は、ある夜公園へ向かっていたはずの男が、不思議な家に迷い込んでしまい、そこに住む翁の面をつけた男から家を受け渡されてしまう話です。家は誰かに受け渡さない限り出ることはできず、移動して日本各地に出没しているらしい・・。
神さびた雰囲気にところどころ現れる日常の世界が、逆にここの世界が異界なんだということを際立ててます。近くにありながらどうしても手が届かないというのが、辛いところです。そこに日常の邪悪がするりと入り込むんですが、それが生々しくてぞっとしました。
「幻は夜に成長する」は、人の地獄を受け取り人に光を渡すため、幽閉された女のお話です。女はかつてリオという少女だった。リオは偉大なおばあちゃんと旅をして、幻術を会得した。波がくるたびに強大になっていくその力のためにリオは・・。
特殊な力に苦しめられるって話はよくありますが、なんだかこの話は薄気味悪いというか、寒々としていてすごく後味が悪かったです。
楽しみにしていた恒川さんの新刊。秋を過ぎ、春になってやっと読むことができました。かなり期待して読んだんですが、期待は裏切られませんでした。恒川さんの描くこういう世界、すごく好きです。この本に収められた3作も、日常の世界にぽっかりと穴を開けている異界だとか、不思議な力だとかが描かれてるんですが、それぞれおもしろくて、心配していたマンネリ感はありませんでした。それにしても恒川さんの描く異界は、すぐそこにありそうなのが、怖くて魅力的です。今回も、主人公たちのようにすっかり恒川さんの描く異界にとらわれてしまいました。
出版社 / 著者からの内容紹介
十一月七日、水曜日。女子大生の藍(あい)は、秋のその一日を、何度も繰り返している。毎日同じ講義、毎日同じ会話をする友人。朝になれば全てがリセットされ、再び十一月七日が始まる。彼女は何のために十一月七日を繰り返しているのか。この繰り返しの日々に終わりは訪れるのだろうか――。 まるで童話のようなモチーフと、透明感あふれる精緻な文体。心地良さに導かれて読み進んでいくと、思いもかけない物語の激流に巻き込まれ、気付いた時には一人取り残されている――。
「秋の牢獄」は、上の内容紹介にもありますが、北村さんの「ターン」を思い出しました。でも「ターン」よりも寂しい感じです。「ターン」は完全に一人になっちゃったのに、まわりに人がいるこちらの方がさみしい感じがしたのは不思議でした。主人公が解決を求めてじたばたしてないからでしょうか。「風わいわい」を彷彿とさせる「北風伯爵」とか独特のネーミングが恒川さんらしいなって思いました。
「神家没落」は、ある夜公園へ向かっていたはずの男が、不思議な家に迷い込んでしまい、そこに住む翁の面をつけた男から家を受け渡されてしまう話です。家は誰かに受け渡さない限り出ることはできず、移動して日本各地に出没しているらしい・・。
神さびた雰囲気にところどころ現れる日常の世界が、逆にここの世界が異界なんだということを際立ててます。近くにありながらどうしても手が届かないというのが、辛いところです。そこに日常の邪悪がするりと入り込むんですが、それが生々しくてぞっとしました。
「幻は夜に成長する」は、人の地獄を受け取り人に光を渡すため、幽閉された女のお話です。女はかつてリオという少女だった。リオは偉大なおばあちゃんと旅をして、幻術を会得した。波がくるたびに強大になっていくその力のためにリオは・・。
特殊な力に苦しめられるって話はよくありますが、なんだかこの話は薄気味悪いというか、寒々としていてすごく後味が悪かったです。
2007年01月07日
「雷の季節の終わりに」恒川光太郎
雷の季節の終わりに
これはすごかったです!何がってこれだけしっかりした異世界が出来上がっているのにまず驚きました。読みながら「穏」という世界がありありと想像できてしまうのです。そして「穏」のノスタルジックな風景や謎にひかれて読むうちに、するりと私たちの住む世界の描写が入ってるのです。この入れ方もうまかったし、こちらの世界がリアルだったので、逆に私たちの世界のすぐそばに「穏」の存在があっても不思議でないように思えてぞくりとしました。以前読んだ「夜市」に併録されていた「風の古道」も、その世界観とこの世界との距離にどうしようもなくひきつけられたのですが、ここで描かれた「穏」はさらにそのスケールが大きくなっていたのです。「夜市」を読んだ時には朱川さんに似てるなんて思ったのですが、この世界観は恒川さんのものです。すごい!そう思いました。
地図にも載らず、その存在を隠されている町「穏」で暮らす少年賢也。彼にはかつて一緒に暮らしていた姉がいたが、姉はある年の雷の季節に行方不明になってしまう。「穏」には冬と春の間に雷という季節があり、この季節には鬼が人を攫い、「風わいわい」が人にとり付き、人が消えても仕方がないと言われていた。姉の失踪と同時に、賢也は「風わいわい」に取り憑かれた。「穏」では「風わいわい憑き」は嫌われるため、賢也はその存在を隠して穂高や遼雲らの友と少年時代を過ごしていたが、ある日闇番と知り合い「穏」に入り込もうとするものたちと接するようになり、ある秘密を知ってしまう。
「穏」の謎がだんだんと明かされていく前半も、物語が大きく動く後半もおもしろくて、謎や結末を知りたい一心で一気に読んでしまいました。すっかりこの本の世界にはまり込んでしまいました。こういう世界がどこかにあるかもしれない・・本を読んでそんなふうな錯覚に陥るのはとても楽しいものです。往きて還りし物語とも違うのですが、私も一緒にはらはらしたり、ちっぽけだった賢也の成長と無事を願ったりしました。よかったです。
これはすごかったです!何がってこれだけしっかりした異世界が出来上がっているのにまず驚きました。読みながら「穏」という世界がありありと想像できてしまうのです。そして「穏」のノスタルジックな風景や謎にひかれて読むうちに、するりと私たちの住む世界の描写が入ってるのです。この入れ方もうまかったし、こちらの世界がリアルだったので、逆に私たちの世界のすぐそばに「穏」の存在があっても不思議でないように思えてぞくりとしました。以前読んだ「夜市」に併録されていた「風の古道」も、その世界観とこの世界との距離にどうしようもなくひきつけられたのですが、ここで描かれた「穏」はさらにそのスケールが大きくなっていたのです。「夜市」を読んだ時には朱川さんに似てるなんて思ったのですが、この世界観は恒川さんのものです。すごい!そう思いました。
地図にも載らず、その存在を隠されている町「穏」で暮らす少年賢也。彼にはかつて一緒に暮らしていた姉がいたが、姉はある年の雷の季節に行方不明になってしまう。「穏」には冬と春の間に雷という季節があり、この季節には鬼が人を攫い、「風わいわい」が人にとり付き、人が消えても仕方がないと言われていた。姉の失踪と同時に、賢也は「風わいわい」に取り憑かれた。「穏」では「風わいわい憑き」は嫌われるため、賢也はその存在を隠して穂高や遼雲らの友と少年時代を過ごしていたが、ある日闇番と知り合い「穏」に入り込もうとするものたちと接するようになり、ある秘密を知ってしまう。
「穏」の謎がだんだんと明かされていく前半も、物語が大きく動く後半もおもしろくて、謎や結末を知りたい一心で一気に読んでしまいました。すっかりこの本の世界にはまり込んでしまいました。こういう世界がどこかにあるかもしれない・・本を読んでそんなふうな錯覚に陥るのはとても楽しいものです。往きて還りし物語とも違うのですが、私も一緒にはらはらしたり、ちっぽけだった賢也の成長と無事を願ったりしました。よかったです。
2006年05月04日
「夜市」恒川光太郎
夜市
ホラー大賞受賞作とあったので、怖いんだろうな・・と思いつつ手にとったのですが、ホラーといっても、ノスタルジックな色合いが濃くて、そんなに怖くはなかったです。異界ものっていうんでしょうか、2編とも異界に迷い込む話です。異界の話って好きなのです。小さい頃、探検に出かけて見知らぬ街角に出てしまった時(一般的には迷子といいます)、怖くて不安なのだけど周りの風景に妙にひかれました。家の天井裏がどこか別の世界につながっているんじゃないか、そんなことを考えるのも好きだったし、トトロのあの木根元の室のような存在も信じていました。ここで描かれるのは、朱川さんの「都市伝説セピア」とか「かたみ歌」にも異界の話がありましたが、あの世界に近い感じでしょうか。怖いことは怖いのですが、それ以上にノスタルジックで哀しくて、おどろおどろしているんではなくて、美しいのです。
大学生のいずみは、高校時代の同級生・裕司から「夜市にいかないか」と誘われた。裕司に連れられて出かけた岬の森では、妖怪たちがさまざまな品物を売る、この世ならぬ不思議な市場が開かれていた。夜市では望むものが何でも手に入る。小学生のころに夜市に迷い込んだ裕司は、自分の幼い弟と引き換えに「野球の才能」を買ったのだという。野球部のヒーローとして成長し、甲子園にも出場した裕司だが、弟を売ったことにずっと罪悪感を抱いていた。そして今夜、弟を買い戻すために夜市を訪れたというのだが −。 〜帯より
「夜市」は、美しくて怖くて哀しげな情景がありありと思い浮かびました。話はありがちだと思ったのですが、この情景を思い浮かべるだけでも楽しかったのです。でもラストでもう一ひねりありました。こうくるとは思いもしませんでしたー。
併録の「風の古道」もよかったです。「夜市」より、こちらの方が好きです。こちらは異界に迷い込む少年の話なのですが、少年のひと夏の冒険譚かと思ったら、それだけではなくって古道を放浪する男の物語でもありました。それにしても、どこかにこんな世界が存在して、どこかでこちらとつながっているかもしれない・・そう信じてしまいたくなるくらい、古道の世界はありあり想像できたし、魅力的でした。「雨の寺」とか熊野、七尾、とか単語や地名もうまいんですよねぇ。ゾクゾクしてしまいました。ホラーだけれど、楽しい読書でした。
ホラー大賞受賞作とあったので、怖いんだろうな・・と思いつつ手にとったのですが、ホラーといっても、ノスタルジックな色合いが濃くて、そんなに怖くはなかったです。異界ものっていうんでしょうか、2編とも異界に迷い込む話です。異界の話って好きなのです。小さい頃、探検に出かけて見知らぬ街角に出てしまった時(一般的には迷子といいます)、怖くて不安なのだけど周りの風景に妙にひかれました。家の天井裏がどこか別の世界につながっているんじゃないか、そんなことを考えるのも好きだったし、トトロのあの木根元の室のような存在も信じていました。ここで描かれるのは、朱川さんの「都市伝説セピア」とか「かたみ歌」にも異界の話がありましたが、あの世界に近い感じでしょうか。怖いことは怖いのですが、それ以上にノスタルジックで哀しくて、おどろおどろしているんではなくて、美しいのです。
大学生のいずみは、高校時代の同級生・裕司から「夜市にいかないか」と誘われた。裕司に連れられて出かけた岬の森では、妖怪たちがさまざまな品物を売る、この世ならぬ不思議な市場が開かれていた。夜市では望むものが何でも手に入る。小学生のころに夜市に迷い込んだ裕司は、自分の幼い弟と引き換えに「野球の才能」を買ったのだという。野球部のヒーローとして成長し、甲子園にも出場した裕司だが、弟を売ったことにずっと罪悪感を抱いていた。そして今夜、弟を買い戻すために夜市を訪れたというのだが −。 〜帯より
「夜市」は、美しくて怖くて哀しげな情景がありありと思い浮かびました。話はありがちだと思ったのですが、この情景を思い浮かべるだけでも楽しかったのです。でもラストでもう一ひねりありました。こうくるとは思いもしませんでしたー。
併録の「風の古道」もよかったです。「夜市」より、こちらの方が好きです。こちらは異界に迷い込む少年の話なのですが、少年のひと夏の冒険譚かと思ったら、それだけではなくって古道を放浪する男の物語でもありました。それにしても、どこかにこんな世界が存在して、どこかでこちらとつながっているかもしれない・・そう信じてしまいたくなるくらい、古道の世界はありあり想像できたし、魅力的でした。「雨の寺」とか熊野、七尾、とか単語や地名もうまいんですよねぇ。ゾクゾクしてしまいました。ホラーだけれど、楽しい読書でした。