こんばんわ。
ライブラリアン及びHP管理担当の津田です。

本日の遊声合同練習で、私たちは鈴木先生よりお叱りの言葉を頂きました。
とても根本的で重要な命題に関してであり、私自身、鈴木先生のお言葉に非常に強い衝撃を受け、猛省するとともに、これからの「遊声」に向けての意識に大きな変化がありました。
個人的な解釈になってしまいますが、練習に出ていない方とも是非共有したい情報ですので、この場を借りて書き留めることをお許し下さい。

発端は、鈴木先生の発声のご指導を、ちゃんと自分の頭で考えて全力で実行しなかった、私たちの態度にありました。
それらの指示は決してはじめて聞くものではなく、以前に幾度となく先生が仰ってきたことばかりです。
言われたことをやらないばかりか、あまつさえ言われたことも忘却している私たちに、先生は激怒なさっていました。
仕事に関しても、自分で考えることをせず、先生の意見ばかり求めて常に後手に回り、そのうえ決して上手くいってはいないことで、常日頃より先生は苛立っていらしたようです。
私たちは主役として、「遊声」というイベントを積極的に作り上げていくべき立場であるのに、自ら何かをしようという姿勢があまりになさすぎたのです。
それら全ての根底にあるのが、自らのやるべきこと、やりたいことを考えておらず、そしてその事実に気づかず漫然と過ごしていた私たちの、停止している思考にあると、先生は仰っていました。
このことは、「遊声」の活動に限らず、その後の私たちの人生においても、大きな障害となりえます。
先生は、そうした状況に非常に強い危機感を持っておられ、そのことを私たちに伝えてくださいました。

私たちは、心のどこかで自らの可能性を見限ってはいなかったでしょうか。
自らが主体となって何かを生み出すことを、放棄してはいなかったでしょうか。
自分がそうであったと気づいたとき、私は本当に心の底から悔しくなりました。
こうして皆で集まって歌っていることの意味など何もないと、自分で自分に言っているのと等しいことですから。
これほど悲しく、また情けないことは、あってはならないと感じました。

先生は、「全力で遊べ」と仰いました。
好きなことでさえ全力でできないならば、何をしてもそれなりの結果しか返ってきません。
そして、その結果に満足できるような人間では、私たちはあってはならないのです。
もしそうであるなら、それは鈴木先生にも、また私たち自身にも、大変失礼なことです。

曰く、「失敗から学ぶより、成功してのぼせあがって、そのいい気分を味わうためにやるほうがいいに決まっている。」

私はこれから、独立した思考をもつ1人の人間として、主体的に「遊声」に臨みたいと思います。
今日同席した皆さんも、同じ心持ちでいるものと確信しています。

絶対、成功させましょう。