2006年06月

2006年06月30日

5対3(あるいは5対4)でも勝利は勝利だが・・・

オサマ・ビンラディン氏の運転手だったイエメン人のサリム・ハムダン(Salim Ahmed Hamdan)被告の裁判で、6月29日、アメリカ連邦最高裁は、グアンタナモ基地の収容施設内に設置した特別軍事法廷で収容者の裁判を行うことは、戦争捕虜の扱いを定めたジュネーブ条約に違反するだけでなく、国内法にも違反するとの判決を下した。

弁護人のチャールズ・スウィフト(Charles Swift)海軍少佐は、「グアンタナモ基地に着いたとき、収容所の護衛官が『ここは無法地帯だから、やり放題だ』と言っていたと、ハムダン被告は私に言いました。無法地帯など存在しません。今日の最高裁の判決も、そうした考えに基づいています」と言う。
ジョージ・ワシントン大学のジョナサン・ターリー(Jonathan Turley)教授は、「(被告人欠席のまま、被告が原告と対面できず、弁護士も被告も見ることができない秘密の証拠が採用される)この軍法委員会は、国際社会の弁護士たちからは笑い者になっています。合法的な裁判所に必要とされる保護措置が何もないんです」と言う。

判決は5対3だったが、ジョン・ロバーツ(John Roberts)最高裁長官は、高裁判事時代に特別軍事法廷を適法とする上訴審の審理に加わっていたために最高裁の審理に加わらなかったので、実質的には5対4だった。
少数派となったクラレンス・トーマス(Clarence Thomas)判事は、判事席から反対意見を読み上げる異例の行動をとり、「新しく恐ろしい敵と対峙する大統領の能力を損なわせる判断だ」と述べ、同じく少数派のアントニー・スカリア(Antonin Scalia)判事は「最高裁は、大統領の判断を覆す権限を持っているのかどうかすら疑わしい」と述べた。
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2006年06月29日

まだ丸くなれない・・・

ファンは共和党支持の州に多いから、星条旗カラーのギターを持って、「アイ・ラブ・ブッシュ」と書いたシャツを着よう。
そんなことは考えもしないわ。私たちはミュージシャンよ。政治家じゃないわ。

こんなことは耳にしませんか?
「お客様の反感を買うようなことはするな」、これがビジネスの鉄則では?

そんなものに左右されないのが音楽というものじゃないかしら。だから、私はいつも音楽を称え愛してきた。
意見を持たずに事なかれ主義でいることが、正直に生きることだとは思わないわ。主張すべきよ。私は、メッセ−ジ性のある音楽を、いつも愛してきた。

イラク戦争の開戦直前の2003年3月10日、前年夏にリリースした3枚目のアルバムのプロモーションのために開催したロンドンでの講演で、3人姉妹のカントリー・バンド「ディクシー・チックス(Dixie Chicks)」のボーカル、ナタリー・メインズ(Natalie Maines)は、「私たちは、ブッシュ大統領が自分たちと同じテキサス州の出身であることは恥ずかしいと思っている」と発言。
他のカントリー・ミュージックのスターたちが戦争支持の曲を発表している中でのこの発言は、多くのカントリー・ファンから猛反発が起き、カントリー専門のラジオ局からボイコットされ、暗殺するとの脅迫も受けるようになった。
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2006年06月28日

こういう人は能吏、あるいは酷吏と言う。

我々が現在グアンタナモでしていることは、基本的に人間関係を構築するということです。
それは、我々が今やっているインタビューと似たような尋問です。あなたが知っていて私にすることができた、私に対するあなたの質問は、我々の尋問者が、ここの抑留者に対して行う対応と違っていません。

しかし、あなたは床に繋がれませんよ。

それは、そうです。
しかし、抑留者全員が、床に繋がれるというわけではありません。

グアンタナモ収容所の管理責任者であるハリー・ハリス(Harry Harris)海軍少将は、アメリカのABCニュース「ナイトライン」のテリー・モラン(Terry Moran)記者のインタビューに応じました。
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2006年06月27日

弁護士は、なぜ会見したのか?

秋田県藤里町の小学1年生(7)が殺害された事件で、2006年6月9日、秋田弁護士会所属の池条有朋、有坂秀樹の両弁護士は、逮捕拘留中の被疑者と接見した際の被疑者の供述内容を詳細に明かす異例の記者会見を行った。
その主な理由は、「母親ら家族を守りたい」という被疑者本人の強い意向を受けて、「家族への取材を自粛してもらうため」だという。

会見当日の前、両弁護士は、幹事社を通じて秋田県警記者クラブ加盟の報道各社14社に対し、「被疑者の供述・様子について発表するに当たっての制約条件」と題する文書を配布した。
文書の内容は、報道各社に対して、(1)被疑者の親族には、取材しない、(2)親族の顔や姿の写真や声を、取材済みの分も含め、掲載・放映・再生しない、(3)親族への取材は、弁護士を通じて書面で行う、という3点を要望するものだった。

会見会場で協議を開始した各社は、当初、多くの社が「一方的だ」と応じない姿勢だったが、弁護士と交渉し「同意やむなし」が大勢となり、「要望に最大限配慮し、節度ある取材、報道に努める」ことで合意し、会見が始まった。
最後の段階で「同意」に回った毎日新聞は、「弁護士の事前説明で会見内容が一定程度担保された。家族への報道被害は、最大限、防ぐべきだと判断した」と述べ、読売新聞などとともに「原則としてのめない」立場だった朝日新聞の板野康郎(秋田総局長)は「求めに応じれば、報道の自主性を放棄することになる。各社が自主的に取り決めるべきだと考えた」と話す。

両弁護士による会見は、9日に続いて14日、23日の計3回行われたが、池条弁護士によれば、会見以来、家族への取材を試みたのは週刊誌1誌のみだという。

以上、6月27日付け朝日新聞の石川智也記者のリポートから事実に関する部分(一部は同月10日付け同紙の報道から補足)のみを抜き出したものですが、これでは状況がわかったようでわからないように思いました。
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2006年06月25日

遠くの国家より、近くの隣人

これまで、フランスには「不法移民であっても、一定条件を満たせば、10年後に滞在許可が得られる」という制度があったが、このほど新たな移民法案が6月末にも成立する見通しとなり、この制度は廃止されることになった。

5年前にアルジェリアから渡ってきたソフィアさんは4人家族で、息子のサミール君(12)も娘のイクラムちゃん(7)もフランスの学校に通っていおり、今ではフランス語以外話せないという。
ソフィアさんはベビーシッターを、薬剤師だった夫のアブデラフマンさんは塗装工をして生活を支え、滞在許可の条件とされる収入申告も毎年欠かさず行ってきた。

ソフィアさん一家にとって滞在許可制度の廃止は大きなショックで、国外退去を求められるおそれも出てきた。
こうしたなか、一家と家族ぐるみのつきあいをしてきたマルタさんは、支援活動を始めた。

最近の世論調査でも「移民規制をもっと強化すべきだ」と考える人は60%に上っており、マルタさんも「新たな移民が増え続ける状況では、規制強化は必要だ」とは考えているが、自分の子どもの同級生までもが国外に追い出される恐れがあると知って、法案に反対するようになったという。
後見人となって子どもたちを守ろうというフランス人のグループが結成され、マルタさんも、ソフィアさんの子どもたちのために後見人となるための署名式典に参加した。

マルタさんは、「これからも、ずっとそばにいて、彼女たちの家族を助けていくつもりです」と言う。
国外追放にならないように後見人となったり支援を申し出て今回の法案に反対している人は、既に6万人を越えている。
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2006年06月24日

「罪作りなことをする」という日本語をアメリカにも広めたい

2005年12月16日、マイアミで左官及び石工事の建設業を営むナジール・バティスト(Narseal Batiste)氏(32)は、ホテルの一室で、国際的テロ組織「アルカイダ」(al Qaeda)の代理人と面会した。
このとき、バティスト氏は、聖戦を戦うイスラム軍創設を計画していると言い、アルカイダの代理人に対して、機関銃、ブーツ、制服及び車両を含むイスラム軍の創設に必要な物資・装備のリストを示した。

同月22日のアルカイダの代理人との会合では、バティスト氏はシカゴのシアーズ・タワー(110階建て)への攻撃を含む彼の作戦の概略を示して、兵士のブーツのサイズを書いたリストを提供し、29日にアルカイダの代理人からブーツを入手すると、新たに、ラジオ、双眼鏡、防弾チョッキ、武器、乗り物、車両及び現金5万ドルを含む必要な物資・装備のリストを示した。
翌2006年1月28日、バティスト氏のほかにアブラハム(26)、ヘレーラ(22)、Rオーガスティン(22)、ファノール(31)の4人がフロリダ州イスラモラダ(Islamorada)で車を交換する際にアルカイダの代理人と会って、バティスト氏と会合した。

2月19日、マイアミデード(Miami-Dade)郡のアパートで、バティスト氏とアブラハム氏は、アルカイダの代理人と会合した。
バティスト氏が、4月第2週に彼の5人の兵士にアルカイダの訓練を行いたいと述べ、「できるだけ多くの悪魔を殺す」合衆国に対する「全面的な地上戦」は「9.11とちょうど同じか大きいぐらいの」シアトル・タワーの破壊で開始されるという彼の作戦の詳細を語って、シカゴまでの旅行に一緒に来るかどうかを尋ねて、ビデオカメラが必要だと述べた。

3月10日、バティスト氏とレモーリン(31)氏がアルカイダの代理人と会い、このときにバティスト氏はアルカイダに忠誠を誓う宣誓を行った。
同月16日、バティスト氏ら7人は、マイアミデード郡の倉庫でアルカイダの代理人と会合し、先に宣誓したバティスト氏を除く6人がアルカイダに忠誠を誓う宣誓を行い、5都市のFBIビルを爆破する筋書きについて討議するとともに、アルカイダの代理人からデジタルビデオカメラを入手すると、バティスト氏は今週中にマイアミのFBIビルを撮すのに「ちょうど良い尺の長さだ」と語った。

23日、バティスト氏は、共謀者に写真とビデオでFBIビルを偵察させるために彼が使うバンを借りるよう、アルカイダの代理人に依頼した。
翌24日、バティスト氏とアブラハム氏は、アルカイダの代理人とともにFBIビルを撮すデジタルカメラ用のメモリーチップを購入するためにマイアミデード郡の店に行き、車を運転して、FBIビルと州兵兵器庫を通り過ぎた。

26日、バティスト氏とBオーガスティン(21)氏は、アルカイダの代理人に対して、FBIビルの写真を提供したが、それと同様に、マイアミデード郡内にある連邦司法省ビル、連邦裁判所ビル、連邦拘置センター、マイアミ警察本部を撮影した写真とビデオを提供した。
このときに、FBIビルを爆破する筋書きについて討議したが、4月6日にも、バティスト氏のほかBオーガスティン、ファノールの2人が、アルカイダの代理人と会合して、同様の討議を行った。

5月24日、バティスト氏はアルカイダの代理人と会合し、彼の組織にある様々な問題のために遅れているが、彼としては、自分の作戦を継続し、アルカイダとの連携を維持したいと望んでいると述べた。

以上、起訴状からの一部抜粋ですが、6月22日夜までにバティスト氏ら7人はテロを共謀した容疑で逮捕され、翌23日には起訴されました。
なぜなら、ここに登場する「アルカイダの代理人」は、「おとり捜査官」だったからです。

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2006年06月23日

獄中からの投稿

今日、本当に刑務所にいるんだと思いました。私は、自分がどのように感じているのかわかりません。
自分は大丈夫だと思いますが、私はずっと起きたままでいます。囚人仲間は私を見て気分が悪いようだと言いますが、私は実際、そう感じることができません。

刑務所は予想したようなものではないと言えますが、私は期待を持っていませんでした。何のイメージもなく、恐れさえも、何もありません。
時間がかかると推測してください。私はここで1ヶ月も過ごすことになるでしょう。それは刑務所の醜い側を全部見て、心底落ち込むのに十分な時間だと確信します。

私は、たぶん良い監房にいます。
「明日(Al-Ghad)党」の若い党員であるカリーム・レダと、私だけが、経験のない新入りです。

監房付きの陸軍兵士について書きますが、それはイカれた犯罪者向けだと告げられました。
ここでは誰もが死に至る打擲に直面しているように見えます。最初、私より僅かに年上の3人と、30代初めが2人、年輩者が2人でした。2人は2003年以来ここにいて、残り1年未満です。最初の死、それは、唯一の主張が無実というものでしたが、彼はケチな泥棒だと言われていました。

区画全体が封鎖されたなかで、私は1日目を過ごしました。たとえ数分であろうと、誰も外に出ることを許可されませんでした。
それはハンストに対する罰だとわかりました。

私は他の房を知りません。しかし、第7房では、彼らはカリームを傷つけませんでした。彼らは、彼に止めるように説得しましたが、脅かしたりはしませんでした。しばらくして、彼らのうちの2人が、4日間ハンストを続けていたカリームの健康を深刻に心配するようになりました。
私は、ストライキには、まだ参加していません。カマル・ハリからか外からの言葉か何かを待つことに決めました。

同房の者が肩越しに読むのを防ぐために、私は英語でこれを書いています。これが役に立つと確信しているわけではありませんけど。
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2006年06月22日

偽装工作(おそらく、そのプロローグ)

2006年4月26日の真夜中、バグダッド州の西端に位置するハムダニア(Hamdania)の町に住むファルハーン・アーメド・フセイン(Farhan Ahmed Hussein)氏の自宅玄関のドアを激しく連打する者がいたので、彼はアメリカ人が来たと思った。
ドアを開けると、その兵士は、カタコトのアラビア語で「Tefteesh」(捜索)と言い、武器を持っているかどうかを尋ねた。

多くの家と同様に彼の家にもAK-47が1丁あったので、そう答えると、兵士たちはアラビア語で彼の協力を感謝すると言い、そのAK-47と家の前に置いてあったシャベルを持ち去った。
フセイン氏は、それを重要なことだとは思わなかった。翌朝、最初に会ったパトロール隊を止めて、自分のAK-47とシャベルを返してくれるように頼むつもりだった。

次に、その兵士たちは、近くに住むフセイン氏の従兄弟のアワド・イブラヒム・アワド(Awad Ibrahim Awad)氏の家のドアをノックした。
それは午前2時頃だったが、彼がベッドから出ないままでいると、兵士たちは立ち去った。その地域は電灯で照らされていたので、アワド氏が外を見ると、兵士たちが彼の兄弟の家の裏に歩いていったので驚いた、と彼は言う。

ムハンマドとだけ名乗った匿名の隣人は、「兵士たちは、私たちの家に他に人がいるかどうか私の母に尋ねました。母が誰もいないと言うと、彼らは家を捜索せずに立ち去りました」と言う。
その後、兵士たちはアワド氏の兄弟であるハシム・イブラヒム・アワド(Hashim Ibrahim Awad)氏(52)宅のドアをノックすると、「戸口まで出てきたハシムを、2人の兵士がそれぞれ片手を掴んで、彼を家から引っぱり出した」とアワド氏は語る。

しかし、きっと数日間ほど調べられた後で解放されるだろうと考えていた。
アワド氏が銃声を聞いたのは、その30分後だった。
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2006年06月21日

キャンペーン

サウス・ウェールズのニューポート(Newport)にあるロイヤル・グウェント(Royal Gwent)病院の小児科医イベット・クロート(Yvette Cloete)医師(30)は、2000年8月30日、彼女が転居しなければならなかった理由を初めて公にした。
同月28日、クロート医師が借りていた家の正面玄関のガラス窓を横切るように黄色のペンキが塗りつけられ、「paedo」と落書きされていたのである。彼女は警察に直ちに電話をかけるとともに、できるだけ早くきれいにしようとして、その言葉から消し始めた。

私は今、友達と一緒に住んでいます。二度と前の家には戻らないでしょう。どこかもっと上流階級が住むような所を探そうと思っています。
私には、それが単に私の職名を他の何かと混同したように見えます。実際のところ、私は無知の犠牲になったように思っています。


と、クロート医師は語る。

誰がやったのかは不明だが、グウェント警察も、彼女と同様、この野蛮な破壊行為に関する唯一の説明は「極端な無知」だと信じている。
つまり、小児科医(paediatrician)と小児性愛者(paedophile)の違いのわからない誰かが行ったことだと考えられているのだ。

折しも、同年7月、サラ・レイン(Sarah Payne)ちゃん(8)が性犯罪の前歴者に殺害された事件を契機として、タブロイド紙「ニュース・オブ・ザワールド」(The News of the World)が、有罪判決を受けた性犯罪者の写真を公表し、200人を指名して、11万人を「追い出す」キャンペーンを展開していた。
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2006年06月20日

選挙結果を無効にする方法

2006年6月15-18日に、ヨルダン川西岸地区とガザ地区で、パレスチナ政策分析センター(Palestinian Center for Policy and Survey Research)によって行われた最新の世論調査の結果が、このほど公表された。

無作為に選択された127地区で対面調査を行った成人1,270人の調査によると、イスラエルの刑務所に拘束されているハマスやファタハなどパレスチナ各派のメンバーが合意し5月10日に発表した18項目の提案「パレスチナの統一を保持するために」(俗に言う「囚人文書」)を国民投票に付すことについては、賛成53%、反対43%で、仮に、今日投票が行われた場合の囚人文書に対する賛否は、賛成47%、反対44%、未定9%だった。

「マハムード・アッバス(Mahmoud Abbas)議長は国民投票を要求する権利を持っている」ことについては、「同意する」が56%、「同意しない」が38%で、「ハマスがボイコットを呼びかけた場合」は、「国民投票に参加する」が50%、「ボイコットする」が44%。
「国民投票が囚人文書を承認した場合」は、「ハマス政権は囚人文書を拒否すると思う」が67%、「受け入れると思う」が23%で、逆に「国民投票が囚人文書を承認しなかった場合」は、「アッバス議長とファタハは、ハマスの計画を受け入れ、ハマスの計画に基づく挙国一致内閣を組織しないと思う」が60%だった。

既に、アッバス議長は、7月26日に国民投票を行うと表明しているが、この調査を見る限り、囚人文書の承認は微妙で、現に国民投票を拒否しているハマスがボイコットを呼びかけた場合には、その正当性すら失いかねない情勢のようだ。

しかし、国民投票で賛否を問うという「政策の内容」については、賛成多数なのである。
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