2006年02月24日
「恒久的な」危機の構造
アフリカ東部の干ばつは、人道上の大災害となる危険な状態だと国連は警告している。ケニア、エチオピア、エリトリア、ソマリア及びジブチでは約1,100万人が重大な危機にあり、その半数は飢餓の瀬戸際にあって緊急の支援を必要としているが、援助に必要とされる5億7,400万ドルのうち世界食糧計画(WFP)が調達できたのは、その1/3の1億8,600万ドルにすぎない。
よい年でさえ、収穫物が尽きてから次の収穫までの間に「空腹の季節」があるが、どんな潅漑システムもほとんどない。
ある年、雨が降らなければ、人々は次の収穫までを生き延びるだけの蓄えを、食物、現金ともにほとんど持っていない。
イギリスのNGO「オックスファム(Oxfam)」によれば、ケニア北部のいくつかの地域では、生き残るために家族は野生の木の実やリス、昆虫を食べることを強いられているほど、危機は深刻だという。
アフリカの角とニジェールの両方では、最も脆弱なのは牧羊者だ。喰う草がなくて動物が死ぬとき、その持ち主は食べるだけの食物を得る他の方法を持っていない。
エチオピアは非常に貧しく、よい年でさえ食糧援助を必要とする人は約5百万人いるが、雨季に雨が降らない年には、さらに何百万もの人々が危機に陥ることになる。
「干ばつは常にこの地域にとって命を左右する現実でした」と首都アジスアベバの社会研究フォーラムの経済学者デサレグ・ラマト(Dessalegn Rahmato)氏は言う。
「しかし、それは、かつて25-30年のサイクルでした。それが4-5年になりました。私たちは、まだその現実に対処することができるようになっていないのです」
以上、イギリスBBCの2月23日付けその他の記事でしたが、BBCは今年に入ってアフリカの危機的な状況を集中的にリポートしていました。
しかし、そのなかには、いわゆる「援助慣れ」とかの問題を扱ったものもあって驚きました。緊急に援助が必要だというときに、構造的な問題を取り上げるのは時期的にうまくないように思ったのですが、もはや避けて通れないということかもしれません。
ロンドンに本部を置く「ジャスティス・アフリカ」(Justice Africa)のタユデーン・アブドゥル・ラヒーム(Tajudeen Abdul-Raheem)氏とWFPの幹部職員との2月2日付けの対談は、総論に過ぎて具体性に欠け、議論も噛み合わずといった具合に中身に乏しいものでしたが、アフリカの知識人・活動家の「思い」といったものは伝わってきますので、ラヒーム氏の発言部分だけをメモしておきます。
なぜ国民の基礎的な生存権、国民が生命を維持するための手だてを破壊することが出来るのか、多くのアフリカの政府にとって、彼らが国民に責任を負っていないことは真実です。
しかし、国際的な人道機関は、それ自身誰に責任を負っていますか?
永続する「危機」に注意を引く助けにはなるが、他者の支援を必要とするひどく貧しいアフリカ人といったステレオタイプのイメージの裏側にまで踏み込むことはできない、そういう同情を掻き立てるアフリカの否定的なイメージに、人道機関は囚われているというのが悲しい現実です。
アフリカの悲惨が進行している最中、多くの地域、国家及び国際的な利害関係者にキャリアと数十億ドル規模の産業をもたらしたという皮肉な結論を誰一人として支持することはできません。
私は、他の誰でもなく、私たち自身、そして特に近視眼的で無責任な指導者たちを非難します。
世界は私たちの生活に対して借りはありません。私たちは、私たち自身の生活を負っています。
ここには、容易に解決することのできない難しい道徳と政治の問題があります。
非常に長年にわたる食糧援助とその他の慈善活動は、私たちの政府の多くをより無責任にしており、人々の間には自分たちの問題を解決するのに救世主がヨーロッパから来るだろうという誤った希望を生み出しました。
エチオピアとエリトリアが無益な国境紛争にこれほど多くの資源を浪費する一方で、国民への食糧供給はNGO、WFP、UNHCRその他に任せるなど、道義的に矛盾しており、政治的に承認されるべきものではありません。
援助は習慣性のものです。
非常に多くの人が援助に燃料を供給している間は、アフリカ人は決して自らの足で立ち上がることはできないでしょう。
私は餓えている人々に対する食料援助に反対していますか?
もちろん違います。しかし、私たちは飢餓を越えて未来を思い描き、何故彼らが餓えていて、こうした状況、すなわち食糧を他人に依存する屈辱を何百万もの人々に与えている絶対的な貧困を造り出した状況を、いったい何が終了させることができるか、尋ねる必要があります。
それは、地域、国家及び国際的なレベルの権力に関係しています。
有名な引用句「貧乏人に食べ物を与えれば『聖人』と呼ばれるが、なぜ貧乏なのかを問えば『共産主義者』と呼ばれる」を思い出してください。「共産主義者」がまったくいない中で、あまりにも多くの「聖人」たちが、現代の宣教師たちのためにアフリカを恒久的な緊急事態に変えてしまい、目立つ慈善活動をふりまいているのです。
援助は、奴隷制度、植民地主義及び現代の再植民が介在する相互関係における優越感や劣等感を強化しています。
援助組織は、新しい帝国主義の自発的だが気の進まない護衛になりました。多くのアフリカ人が援助組織で働いているという事実は、その組織の性格を変えていません。植民地の官僚政治はアフリカ人でいっぱいでした。
国際機関の官僚を相手に、こうした総論的抽象的な物言いは無意味と言うしかありませんが、ラヒーム氏が指摘したかった「新しい帝国主義」についてふれたようなリポートもありました。
対談と同じ2月2日付けのピーター・グレスト(Peter Greste)記者のリポートは、「多くの援助があって、人々は怠惰になった」というエチオピア北部の農民の声を伝えた後で、次のような出来事を伝えていました。
エチオピアのアディス・レゲッセ(Addisu Legesse) 副首相は、「私たちは外国から莫大な量の穀物を輸入しています。従って、これは必然的に国内生産と市場に影響しているでしょう」と言う。
対外援助が到着すると、どうにか余剰を生んだ地方でも農作物の価格破壊が起きるので、農民は、翌年の種や肥料に使うだけの収入が得られない。
主要な食糧援助機関の一つであるアメリカ国際開発庁(USAID)の上級職員でさえ、そのマイナス面を認識している。
その職員は、オフレコで「私たちは議会の承認なしに変わることはできません。また、議会は、政府に穀物を売るカンザス農民の支持を失いたくはありません」と語った。
しかし、この価格破壊は今年の出来事ではないようですから、緊急に援助を必要としている今の時期に取り上げることについては疑問が残ります。
もっとも、降雨が順調だった年にも同じ問題が報告されていました。
降雨が順調だった2003年10-12月の収穫は大豊作で、エチオピア国内では干ばつに襲われた昨季と比べて46%増となる1,305万トンの穀物・豆類生産があったと推定されたが、2004年1月14日、国連食糧農業機関(FAO)とWFPは、2004年も人口の約12%に当たる720万人に対して98万トン(2003年は1,320万人に対して180万トン)の食糧を供給する必要があると報告した。
また、その報告書は、豊作が価格を低下させるとの予想を示したうえで、「実効価格安定化の必要を過度に強調することができない」と述べ、援助用の食糧をエチオピア国内で購入するというルールを食糧援助計画に採用するよう求めていた。
エチオピアでNGO活動や開発事業に関わってきた人々による「エチオピアフォーラム」の記事によると、「日本がエチオピアに食糧支援をおこなうばあい、WFPに資金を提供し、WFPが北米で小麦を調達して、エチオピアに送ります。しかし今年(2004年)のようにエチオピア国内に余剰の穀物があるばあい、エチオピア国内で調達すれば、農産物価格の低下を抑えられる」という。
ラヒーム氏も指摘していたとおり、「何も無いよりは何かあったほうがいい」という考え方も問題ではあります。
しかし、当然のことですが、援助の必要性は否定できません。。。
【関連記事として】ライブ8のコンサートから数週間経ったが・・・(2005/07/27)|旱魃に強い作物は・・・(2005/10/31)
なぜ国民の基礎的な生存権、国民が生命を維持するための手だてを破壊することが出来るのか、多くのアフリカの政府にとって、彼らが国民に責任を負っていないことは真実です。
しかし、国際的な人道機関は、それ自身誰に責任を負っていますか?
永続する「危機」に注意を引く助けにはなるが、他者の支援を必要とするひどく貧しいアフリカ人といったステレオタイプのイメージの裏側にまで踏み込むことはできない、そういう同情を掻き立てるアフリカの否定的なイメージに、人道機関は囚われているというのが悲しい現実です。
アフリカの悲惨が進行している最中、多くの地域、国家及び国際的な利害関係者にキャリアと数十億ドル規模の産業をもたらしたという皮肉な結論を誰一人として支持することはできません。
私は、他の誰でもなく、私たち自身、そして特に近視眼的で無責任な指導者たちを非難します。
世界は私たちの生活に対して借りはありません。私たちは、私たち自身の生活を負っています。
ここには、容易に解決することのできない難しい道徳と政治の問題があります。
非常に長年にわたる食糧援助とその他の慈善活動は、私たちの政府の多くをより無責任にしており、人々の間には自分たちの問題を解決するのに救世主がヨーロッパから来るだろうという誤った希望を生み出しました。
エチオピアとエリトリアが無益な国境紛争にこれほど多くの資源を浪費する一方で、国民への食糧供給はNGO、WFP、UNHCRその他に任せるなど、道義的に矛盾しており、政治的に承認されるべきものではありません。
援助は習慣性のものです。
非常に多くの人が援助に燃料を供給している間は、アフリカ人は決して自らの足で立ち上がることはできないでしょう。
私は餓えている人々に対する食料援助に反対していますか?
もちろん違います。しかし、私たちは飢餓を越えて未来を思い描き、何故彼らが餓えていて、こうした状況、すなわち食糧を他人に依存する屈辱を何百万もの人々に与えている絶対的な貧困を造り出した状況を、いったい何が終了させることができるか、尋ねる必要があります。
それは、地域、国家及び国際的なレベルの権力に関係しています。
有名な引用句「貧乏人に食べ物を与えれば『聖人』と呼ばれるが、なぜ貧乏なのかを問えば『共産主義者』と呼ばれる」を思い出してください。「共産主義者」がまったくいない中で、あまりにも多くの「聖人」たちが、現代の宣教師たちのためにアフリカを恒久的な緊急事態に変えてしまい、目立つ慈善活動をふりまいているのです。
援助は、奴隷制度、植民地主義及び現代の再植民が介在する相互関係における優越感や劣等感を強化しています。
援助組織は、新しい帝国主義の自発的だが気の進まない護衛になりました。多くのアフリカ人が援助組織で働いているという事実は、その組織の性格を変えていません。植民地の官僚政治はアフリカ人でいっぱいでした。
国際機関の官僚を相手に、こうした総論的抽象的な物言いは無意味と言うしかありませんが、ラヒーム氏が指摘したかった「新しい帝国主義」についてふれたようなリポートもありました。
対談と同じ2月2日付けのピーター・グレスト(Peter Greste)記者のリポートは、「多くの援助があって、人々は怠惰になった」というエチオピア北部の農民の声を伝えた後で、次のような出来事を伝えていました。
エチオピアのアディス・レゲッセ(Addisu Legesse) 副首相は、「私たちは外国から莫大な量の穀物を輸入しています。従って、これは必然的に国内生産と市場に影響しているでしょう」と言う。
対外援助が到着すると、どうにか余剰を生んだ地方でも農作物の価格破壊が起きるので、農民は、翌年の種や肥料に使うだけの収入が得られない。
主要な食糧援助機関の一つであるアメリカ国際開発庁(USAID)の上級職員でさえ、そのマイナス面を認識している。
その職員は、オフレコで「私たちは議会の承認なしに変わることはできません。また、議会は、政府に穀物を売るカンザス農民の支持を失いたくはありません」と語った。
しかし、この価格破壊は今年の出来事ではないようですから、緊急に援助を必要としている今の時期に取り上げることについては疑問が残ります。
もっとも、降雨が順調だった年にも同じ問題が報告されていました。
降雨が順調だった2003年10-12月の収穫は大豊作で、エチオピア国内では干ばつに襲われた昨季と比べて46%増となる1,305万トンの穀物・豆類生産があったと推定されたが、2004年1月14日、国連食糧農業機関(FAO)とWFPは、2004年も人口の約12%に当たる720万人に対して98万トン(2003年は1,320万人に対して180万トン)の食糧を供給する必要があると報告した。
また、その報告書は、豊作が価格を低下させるとの予想を示したうえで、「実効価格安定化の必要を過度に強調することができない」と述べ、援助用の食糧をエチオピア国内で購入するというルールを食糧援助計画に採用するよう求めていた。
エチオピアでNGO活動や開発事業に関わってきた人々による「エチオピアフォーラム」の記事によると、「日本がエチオピアに食糧支援をおこなうばあい、WFPに資金を提供し、WFPが北米で小麦を調達して、エチオピアに送ります。しかし今年(2004年)のようにエチオピア国内に余剰の穀物があるばあい、エチオピア国内で調達すれば、農産物価格の低下を抑えられる」という。
ラヒーム氏も指摘していたとおり、「何も無いよりは何かあったほうがいい」という考え方も問題ではあります。
しかし、当然のことですが、援助の必要性は否定できません。。。
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