2006年06月18日

非対称性の戦争の記録

「家族で海辺に座り、楽しくトウモロコシを食べていたら、突然イスラエルの砲弾2発が撃ち込まれ、隠れようとしたけど、砲弾が近くに落ち、気が付いたときには、周りがすべて真っ白でした」と、ガザ地区北部のベトラフィア(Bet Lahiya)に住むフダ・ガリア(Huda Ghalia)さん(12)は語る。
6月9日の夕方、彼女は、父親、義理の母(負傷した実母とは別の夫人)及び生後8ヶ月の弟ハイサム(Haitham)ら兄弟5人を含む家族7人を失い、他に海辺では子どもを主に35人が負傷した。

同日、イスラエル防衛軍(IDF)の砲艦はベトラフィアの地中海沿岸から肉眼で見える位置にあって、事件後に軍が設置した調査委員会の発表によれば、海岸及び海岸周辺に向けて155mm砲弾6発を発射していた。
そして、砲撃が午後4時30分から48分の間に行われたのに対して、海岸を監視していた際の鈍い低音に加えて、ちょうど5時前までリラックスしていた人々が見えたこと及び5時15分に救急車が到着したことから、ガリア一家に致命傷を与えた爆発は4時57分から5時10分の間に生じたものであり、この9分間のギャップはイスラエル軍が責任を負うには大きすぎるという。

調査委員会を率いたIDFのメイア・カリフィ(Meir Kalifi)少将は、「私は、この時間にIDFによって使用された手段が、その出来事を引き起こさなかったと、疑問の余地なく言うことができる」と述べた。
さらに、その調査は「負傷者から摘出された榴散弾は、砲弾のものではない」との結論を下し、その爆発は「おそらくハマスによって敷設された地雷又は埋設された古い砲弾」だという。

Huda Ghaliaまた、メディアの報道に影響を及ぼそうと努力しているアメリカのイスラエル支持派の圧力団体「カメラ」(Camera)は、世界中に衝撃を与えた事件直後のフダさんのフィルムは「作り物」であり、「死体は動かされたのではないか、少女は死体を発見する場面を再び演じるように依頼されたのではないか、ビデオは脚色されたものではないのか」と言う。

しかし、目撃者、医師及び救急救命隊員の証言や入院記録は、軍が海岸を砲撃している時間に爆発が生じたことを示唆している。
榴散弾についても、ヒューマン・ライツ・ウォッチの依頼を受けて調査に当たった元アメリカ国防総省戦場分析官のマーク・グラスコ(Marc Garlasco)氏は、直ちに反論した。

生存者の一人、ハニ・アサニア(Hani Asania)氏は、砲撃が始まると、4歳と7歳の娘たちを掴んで海岸の端に停めてあった車に近寄ったが、そのときガリア一家は近くの砂浜にいてタクシーを待っていたと言う。
「500mほど遠くで爆発がありました。その約2分後、はるかに接近して第2弾がありました。人々は海岸から走って来ました」「おそらく2分後に、3つ目の砲撃がありました。それは、顔に爆風の圧力を感じることができるほど、強いものでした。私は、人々の破片を見ました」と、アサニア氏は言う。

事件の際にフダさんと一緒にいて無傷だった兄のアイハム(Ayham)君(20)は、座っていた場所に砲撃が近づいてきたので、ガリア一家は荷造りを始めてタクシーを呼んだが、200m離れたところに第1弾が着弾してパニックになったと言う。
第2弾で家族は道の方に逃げ出したが、第3弾は致命傷になった。

「私たちは砂の上に座ってタクシーを待っていました。片側に男性がいて、反対側には女性がいました。砲弾は少女の近くに落ちました」と語るフダの叔父のアナン・ガリア(Annan Ghalia)氏は、「私は助けてくれと叫び声を上げましたが、誰も来ませんでした。約2分後、私は救急車を呼びました」と言う。
最初に到着した救急車は負傷者をカマル・オドワン(Kamal Odwan)病院に搬送したが、爆風で傷ついた5人の子どもたちは5時5分に登録された。

この病院の記録は、その前後に海岸から搬送された負傷者の記録を含んでいるので、改竄された様子はない。
さらに、病院のコンピュータは、犠牲者の血液検査を5時12分に記録している。

海岸からカマル・オドワン病院までの距離は6kmだが、ベトラフィアの混み合った裏通りと荒れた道路を通るので少なくとも5分かかるし、搭乗した負傷者のために速度を落として走行している。
同病院で負傷者の1人の治療に当たったバッサーム・アルマスリ(Bassam al-Masri)医師は、病院との往復には少なくとも10分かかるとして、救急車は4時50分には病院を出発していただろうと述べたが、これはイスラエル軍が砲撃を止めたというちょうど2分後である。

救急車のドライバーであるカーレド・アブサダ(Khaled Abu Sada)氏は、4時45分から4時50分の間に緊急管制室から呼び出しを受けたと言う。
「私は、一緒に来る看護師を捜しに行きました」というアブサダ氏は、「4時50分に病院を出発し、5時まで海岸にいました」と言う。

アルワダ(Alwada)の麻酔専門医アフマド・マウハナ(Ahmed Mouhana)医師は、寝ていたところを病院のフェロー・ドクターからの呼び出し電話で起こされたが、「それは4時55分でした」と言う。
家から病院までは僅か10分とかからないというマウハナ医師は、直ちに出発したので「遅くとも5時10分から5時15分頃には病院に着いた」と言い、「私は受付に行きました。彼らは既に子どもたちのトリアージを行っていました」と言う。

病院に行って負傷の様子を見たグラスコ氏は、「医師は、傷が主として頭と胴にあると言います。それは、地下で爆発する地雷ではなく地上で爆発する砲弾による負傷と一致しています」と言う。
犠牲者から摘出された金属は、爆発時に放出された分解物か自動車の破片だろうと語るグラスコ氏は、19歳の負傷者の父親から彼に与えられた血まみれの榴散弾を検査したところ、砲弾の信管の破片だと断定したと言う。

他方、イスラエルのオルメルト首相は、閣議後の定例会見で、ガザの海岸での出来事について「深い悲しみ」を表明したが、「イスラエル防衛軍は世界で最もモラルの高い軍隊です」と述べ、「それは、決して民間人を傷つける政策を執ったことはなく、今日もそうしていません」として民間人を標的にしたことはないと主張した。

以上、英紙「ガーディアン」ほか、イギリスITNニュースのリポートでした。

パレスチナでは、このところ主として「イスラム聖戦」が手製ロケットを多数発射しており、この報復としてイスラエルは地上と地中海沖からガザ地区北部に向けて、この数週間、砲撃を加えていました。
手製ロケットのほうは境界近くのイスラエルの町に着弾したものの、そのほとんどは空き地に落ち、負傷者を出しても死者は出ていませんでしたが、イスラエル政府が否定した上記のガリア家の7人を含めると、8日から9日にかけてイスラエルの攻撃によるパレスチナ側の死者は18人になりました。

さらに、この海岸での事件を受けてハマスの軍事部門は16ヶ月に渡る停戦の終了を宣言し、11日だけで少なくとも30発の手製ロケットを発射して1人に重傷を負わせましたが、15日、ハマスの率いるパレスチナの政府の報道官は、「イスラエルがガザ地区に対する攻撃を停止すれば、喜んで停戦を更新するように戦士に促す」と表明。

ギャジ・ハマド(Ghazi Hamad)氏が、イスラエル・ラジオに対して「私たちは、至る所で停戦に関心を持っている」と述べ、「ガザ及びヨルダン川西岸地区ですべてのパレスチナ人に対する軍事攻撃をすべて停止するとのイスラエルの声明がある場合にのみ、私たちは、ロケット発射の停止について党派と議論を始める準備ができています」と述べると、イスラエル外務省報道官は、「もしも静かになるならば、私たちも静かになることで答えるでしょう」と歓迎の意向を示し、イスラエル国防省高官は「私たちは明瞭なメッセージを送りました・・・そして最後にロケットの発射を停止した」と述べたとAP通信は伝えています。

9日の海岸での事件ですが、幼い子どもたちに死者が出たことについて、「イスラエルの砲撃によるものではない」というのは「真っ赤な嘘」のようですが、これを「誤射」だと表現するのも無理があるように思いますね。
そもそも艦砲射撃ですから誰が死亡してもおかしくはないし、人口密集地ではなく人の少ない海岸を狙ったことで積極的に甚大な被害を与える意図はないにしても、「リラックスしていた人々が見えた」にも関わらず着弾位置を次第に近接させるような攻撃は、十分に予測可能な範囲で(あるいは確信的に)被害を生じさせたと言えます。

従って、パレスチナ過激派の手製ロケットによる攻撃と、その意図に大きな差はないと言えますし、言い換えれば、イスラエル側としては、自分たちが受けた攻撃に相応の報復手段を執ったと言えるでしょうけど、問題は、火力の差が大きく、双方の死者数に大きな非対称性が生じていることです。
そこで火力に劣るパレスチナ側が同程度の損害を与えようとすれば、それこそ自爆攻撃などの手段に走る可能性も出てくるわけですが、今回のところは、そうした攻撃を自制するだけのパレスチナ側の組織的な統率力が示されたということのようです。

他方、イスラエル側について言えば、「世界で最もモラルの高い軍隊」が本当だとすれば、平気で嘘をつくようなモラルは政治家の責任ということになります。
小さな子どもが殺されたことも当然に問題ではありますが、その責任をとらずに「正義」を独占しようとする情報の非対称性には、もっと大きな問題がありそうですけどね。


【関連記事として】日常的な死の記録(2005/11/20)

soliton_xyz at 23:58│Comments(0)TrackBack(2)イラクと中東 

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1. イスラエルとパレスチナの民主主義  [ そこ、つっこみ処ですから ]   2009年01月23日 18:42
以下は、14日に某所にアップした書き込み。最後に追記あり。--http://ww...
2. イスラエルとパレスチナの民主主義  [ そこ、つっこみ処ですから ]   2011年03月20日 14:01
以下は、14日に某所にアップした書き込み。最後に追記あり。--http://ww...

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