2006年06月22日

偽装工作(おそらく、そのプロローグ)

2006年4月26日の真夜中、バグダッド州の西端に位置するハムダニア(Hamdania)の町に住むファルハーン・アーメド・フセイン(Farhan Ahmed Hussein)氏の自宅玄関のドアを激しく連打する者がいたので、彼はアメリカ人が来たと思った。
ドアを開けると、その兵士は、カタコトのアラビア語で「Tefteesh」(捜索)と言い、武器を持っているかどうかを尋ねた。

多くの家と同様に彼の家にもAK-47が1丁あったので、そう答えると、兵士たちはアラビア語で彼の協力を感謝すると言い、そのAK-47と家の前に置いてあったシャベルを持ち去った。
フセイン氏は、それを重要なことだとは思わなかった。翌朝、最初に会ったパトロール隊を止めて、自分のAK-47とシャベルを返してくれるように頼むつもりだった。

次に、その兵士たちは、近くに住むフセイン氏の従兄弟のアワド・イブラヒム・アワド(Awad Ibrahim Awad)氏の家のドアをノックした。
それは午前2時頃だったが、彼がベッドから出ないままでいると、兵士たちは立ち去った。その地域は電灯で照らされていたので、アワド氏が外を見ると、兵士たちが彼の兄弟の家の裏に歩いていったので驚いた、と彼は言う。

ムハンマドとだけ名乗った匿名の隣人は、「兵士たちは、私たちの家に他に人がいるかどうか私の母に尋ねました。母が誰もいないと言うと、彼らは家を捜索せずに立ち去りました」と言う。
その後、兵士たちはアワド氏の兄弟であるハシム・イブラヒム・アワド(Hashim Ibrahim Awad)氏(52)宅のドアをノックすると、「戸口まで出てきたハシムを、2人の兵士がそれぞれ片手を掴んで、彼を家から引っぱり出した」とアワド氏は語る。

しかし、きっと数日間ほど調べられた後で解放されるだろうと考えていた。
アワド氏が銃声を聞いたのは、その30分後だった。

夜が明けて昼間になると、ハシム氏の家族は、自宅から約500ヤード離れた未舗装道路に広い穴を見つけたが、その穴は血痕で濡れていて、廃棄された合成皮革のグローブで散らかっていた。
一方、近くのガソリン・スタンドで働いていたアワド氏は、イラクの警察に連行され、アメリカ人によって殺された近所の人の死体を識別するように依頼された。

AKー47を持っていてシャベルを使っていたというその死体は、顔が打たれのか腫れており、口から撃ち込まれた弾丸によって底歯の一部が破壊されていた。
後日、「ワシントン・ポスト」紙が入手した写真によれば、木製の棺桶の中のビニール・シートに包まれた遺体の顔には、少なくとも4つ(片方の頬に2つ、顎に1つ、唇に1つ)の弾痕を見ることができるという。

アワド氏は死体を凝視し、「私はこの人を知っています」と警官に言ったものの、激しく損傷した顔からは誰だか確認できず、ハシム氏はAKー47を持たずシャベルも使っていないし米軍に連行されていたので、「兄弟かもしれないとは思いもつかなかった」と言う。
しかし、アワド氏は、何か気になるところがあったので、病院に行って死体を再び見てみると、脚でハシム氏だと確認できた。ハシム氏は15年前の農作業中の事故で脚に障害を負っており、数年前には金属棒を挿入する外科手術を受けていた。

部族指導者によれば、地元警察署にアメリカ人が死体とAKー47とシャベルを持って来て、穴を掘って起爆装置を設置していたところを殺害したと報告したと言う。

葬式の直後、近所の住民から海兵隊が撒いていたというビラを遺族たちは見たが、それには、彼が「破壊活動家」であって、「海兵隊は発砲し、彼は所持していたAKー47で応戦したことで、海兵隊は銃火を返して彼を殺害することを強いられた」とあり、「路肩爆弾を仕掛ける敵対的行為を認め、それを阻止するために致命的な攻撃力を行使する前に、イラク軍並びに海兵隊は警告した」とあった。

部族指導者たちは、5月1日の地域の定期会合の席上、ハシム氏の事件を海兵隊の将官に告げた。
その直後から米軍の調査が開始されたが、調査チームが現地入りするようになると、その地域のアメリカ軍は住民からビラを取り戻し、破棄することを始めたという。

親類によれば、ハシム氏の遺族は繰り返し質問を受け、それは時々夜中にも及んだ。何人かは近くのアブ・グレイブ収容所に連行されたが、質問を受けたのは1人だけで、何時間も留め置かれたという。
また、アメリカ軍の部隊が家へ乗り込むこともあった。

「アメリカ人は、私たちが話さないように私たちを脅迫しようとしていたと確信している」と、ハシム氏の従兄弟のフセイン氏は語る。
アワド氏は、軍の捜査官が彼の口から綿棒でDNAを採取したと言う。

この事件については、5月25日、海兵隊第5海兵連隊第3大隊K中隊に所属していた海兵隊員7人と海軍衛生兵1人が本国に送還され、カリフォルニア州ペンデルトン基地の営倉に拘置されており、正式に調査がアメリカ海軍犯罪調査局(NCIS:Naval Criminal Investigative Service)に委ねられたと報道された。

ハシム氏の兄であるサダウン・イブラヒム・アワド(Sadoun Ibrahim Awad)氏(60)は、5月31日に制服と私服のアメリカ人の調査チームがやって来て、弟の墓地の場所を尋ねて遺体を発掘する許可を求めたので、場所を教えて発掘を許可したという。
また、調査チームの一人は、「彼が無罪であると証明されれば、家族に賠償したい」と申し出たので、サダウン氏は同意した。

ところが、その翌日午前9時頃、違うアメリカ軍の軍人のグループがやって来た。
彼は他のイラクの一般市民と同様に軍の制服を識別することもできないし、軍人の職名や名前を聞かなかったが、妻や13歳の息子その他の子どもたちの前で、その軍人はサダウン氏に話しかけた。

サダウン氏によれば、このグループのトップに見えたアメリカ人は「私たちは、あなたの望む金額で賠償する準備ができていますが、1つ条件は、調査委員会が戻って来たときに、あなたの兄弟が反政府活動家と関係があり、一緒に活動しており、彼は夜間、知らない場所に外出したと彼らに伝えることです」と言ったという。

サダウン氏は、この申し出を拒絶し、「私が何を承知しているか彼らに伝えようと思って彼らに話しました」と言う。
「世界中のすべての金を積まれようと、弟を亡くしたことや彼の家族の13人にとって損失を補えるとは限らないでしょう」

以上、 「ナイト・リッダー」(Knight Ridder)紙のナンシー・ユセフ(Nancy A. Youssef)特派員のリポートを基に、一部「ワシントン・ポスト」紙のエレン・ニックメイヤー(Ellen Knickmeyer)記者のリポートで内容を補足しました。
なお、アメリカ政府の公式発表を含む複数の記事では、「Hamdania」を「Hamdaniyah」と表記しています。

この事件については、6月21日、ローレンス・ハチンズ(Lawrence G. Hutchins)三等軍曹ら8人は、死刑を科せられる可能性のある計画殺人、誘拐、攻撃、共謀、窃盗と押込み強盗の容疑で起訴されました。
被告らは1人を除いて殺人と隠蔽工作の事実を認めていると伝えられていますが、弁護士や家族は「検察は、死刑をちらつかせて自白を強要した」と反論しているようです。

ABCは、海兵隊員たちは家から引きずり出したハシム氏の手足を縛り、何発も銃弾を浴びせて殺害したと伝えていました。
また、関係者の話として、4月6日に現地入りした海兵隊員たちは事件のあった夜まで最重要の武装勢力指導者を捜していたが、発見できず、ハチンズ軍曹の命令でハシム氏を捜し出して彼を殺害したと伝えていました。

「最重要の武装勢力指導者」に偽装するため、識別できなくなるまで顔に損傷を与えた、歯型の鑑定を防ぐために口に銃弾を撃ち込んだなどというのが本当なら、犠牲となったハシム氏は背格好や見た目の年齢で選ばれたということなのでしょうか。
それに、このとき偽装に失敗したのなら、その探していた人物は、現在どうなったのでしょう。

事件後に配布された宣伝ビラといい、遺族に偽の証言を持ちかけた謎の軍人グループといい、ただの軍曹クラスの仕業とも思えず、背後の闇は深そうですけどね。
不明な点が多い事件ですが、幕引きが異常なほど早いのも気になりますし。。。


【関連記事として】再び、戦場の規則 Part3 (リークする意味) (2006/05/31)

soliton_xyz at 21:17│Comments(0)TrackBack(0)イラクと中東 

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