2006年06月23日

獄中からの投稿

今日、本当に刑務所にいるんだと思いました。私は、自分がどのように感じているのかわかりません。
自分は大丈夫だと思いますが、私はずっと起きたままでいます。囚人仲間は私を見て気分が悪いようだと言いますが、私は実際、そう感じることができません。

刑務所は予想したようなものではないと言えますが、私は期待を持っていませんでした。何のイメージもなく、恐れさえも、何もありません。
時間がかかると推測してください。私はここで1ヶ月も過ごすことになるでしょう。それは刑務所の醜い側を全部見て、心底落ち込むのに十分な時間だと確信します。

私は、たぶん良い監房にいます。
「明日(Al-Ghad)党」の若い党員であるカリーム・レダと、私だけが、経験のない新入りです。

監房付きの陸軍兵士について書きますが、それはイカれた犯罪者向けだと告げられました。
ここでは誰もが死に至る打擲に直面しているように見えます。最初、私より僅かに年上の3人と、30代初めが2人、年輩者が2人でした。2人は2003年以来ここにいて、残り1年未満です。最初の死、それは、唯一の主張が無実というものでしたが、彼はケチな泥棒だと言われていました。

区画全体が封鎖されたなかで、私は1日目を過ごしました。たとえ数分であろうと、誰も外に出ることを許可されませんでした。
それはハンストに対する罰だとわかりました。

私は他の房を知りません。しかし、第7房では、彼らはカリームを傷つけませんでした。彼らは、彼に止めるように説得しましたが、脅かしたりはしませんでした。しばらくして、彼らのうちの2人が、4日間ハンストを続けていたカリームの健康を深刻に心配するようになりました。
私は、ストライキには、まだ参加していません。カマル・ハリからか外からの言葉か何かを待つことに決めました。

同房の者が肩越しに読むのを防ぐために、私は英語でこれを書いています。これが役に立つと確信しているわけではありませんけど。

私は、キファーヤ運動(Kifaya movement)その他のすべての運動を防衛しなければなりません。
私は(司法の危機にある)裁判官に関して説明しなければなりません。また、なぜ私がここにいるのか説明しなければなりません。


しかし、それは、なぜ価値があるか、率直に言って私には何の考えもありません。エジプトをより良くするために、3日間マナル(Manal)から離され、さらにまた30日間一人にさせて置くことには、価値がない。
だけど、私は、実際にそう言うことはできないだろうね。(2006年5月9日 トラ(Tora)刑務所にて)
Submitted by alaa on Wed, 10/05/2006 - 18:49


【マナルの注】 次の投稿は、ずっと前(今はアラ(alaa)が逮捕されてから24日目ですから、ほとんど1週間前)に書かれました。直接公表しないのは私の欠点です。私は、時間どおりに物事を行うのに苦労しています。
ですから、私は、数日の間、外に出ることに関するアラの感情は、特にシャルカウィに起こった出来事の後で変化したと思います。


既に17日が経ちましたが、私には、刑務所について書くことは困難だとわかっています。
今なら、たとえ数日だろうが外に出られるなら、悪い気分がするはずがない、と確信しています。

それは正確に言えば、すべてが時間の浪費ではありませんでした。私は、シャルカウィと絆ができました、私はファディとアフマッド・マーヘルを知り、ドロウビをもっとよく知るようになりました。
私は、外でも彼らとの友情を発展させることができたと確信しますが、刑務所に加えて房を分け合って使うことはユニークな経験でしたし、そうでなければ、 シャルカウィの中にある最上の部分を引き出して、彼の才覚に優れた信頼できる側面を見る機会が得られたかどうか、私は疑問です。

刑務所は「くそ退屈」なところです。私は、外に出るのを待つことができません。
Submitted by alaa on Wed, 31/05/2006 - 13:20

治安部隊は、プレス・シンジケートを包囲攻撃して、記者と抗議デモの参加者が立ち去るのを阻止しました。
LAタイムズのジャーナリスト、ホッサム・ハマラウィ(Hossam L Hamalawy)氏は秘密警察に攻撃され、顔に胡椒スプレーをかけられました。

秘密警察は、数日前にトラ刑務所から釈放され、今日の午後、プレス・シンジケートで民主化を求めるデモに参加したモハメド・エル・シャルカウィ(「変革のための若さ」の活動家)を拉致しました。
また、秘密警察は、ダイナ・サマク(Dina Samak)の車を襲撃し、アフマド・サラを打ち、カリーム・エル・シャエルを拉致しました。サマクはBBCの記者で、妊娠はこの一連の出来事で害されました。アフマド・サラとカリーム・エル・シャエルの両名は数日前にトラ刑務所から釈放されたところでした。

目撃者は、彼らが全員通りで打たれ、マイクロバスで連行されたと言います。
私たちは、今、彼らに何が起こっているか知りません。
弁護士たちは現在、警察署を手分けして彼らを捜しています。
Submitted by Nora on Thu, 25/05/2006 - 19:46

キファーヤ運動の2人は、苦しめられ、性的暴力にさらされました。
今、何か、誰か考えを持っていますか?
Submitted by Dalia on Fri, 26/05/2006 - 02:53

ヘリオポリス(Heliopolis)の国家保安検察局から、ちょうど戻ってきたところです。
性的な暴力・危害および残忍な鞭打ちは、シャルカウィに与えられただけです。カリームは激しく打たれました。
両名は、大統領の侮辱で再び同じ罪状が科せられ、拘留15日となりました。
Submitted by Nora on Fri, 26/05/2006 - 05:30

私たちは今日、国家保安検察局の事務所前で丸一日を過ごしました。

アサマ、アフマド・アブデル・ガーフェル及びアフマド・アブデル・ガワドが釈放されました。
アラ、ラシュ及びナダは、刑務所で既に30日を過ごしていますが、15日間の拘留延長となり、これで更新は3度目になりました。15日間の更新は、さらに永久に続けることができるのです。

昨日、私は、アラが釈放されなかった場合に何をするか考えていませんでした。
私は、明日の訪問のために、お料理をしましょう。
Submitted by Manal on Sun, 04/06/2006 - 20:27


以上、エジプトの人気ブロガーで民主活動家のアラ・アブデル・ファタ(Alaa Abdel Fattah)氏のブログ(www.manalaa.net)からの引用(一部抜粋)でした。

アラ・アブデル・ファタ氏は、5月7日、カイロ裁判所近くのデモに参加した他の活動家10人とともに逮捕・拘留されましたが、6月22日、逮捕から46日後に釈放されました。
夫と一緒にブログを運営していた妻のマナル・ハッサン(Manal Hassan)氏は、釈放の決定が20日に下されると、「それは、最も幸せな時だった」とブログに書いたと、アルジャジーラは伝えました。

日本の主要メディアは取り上げていないかもしれませんが、逮捕された際にも英紙「ガーディアン」が取り上げたほか、その後も世界中で、5月31日には夫妻の写真入りで「ワシントン・ポスト」紙が取り上げるなど、いろいろと報道されており、ブログには各国から数多くの激励のコメントが寄せられていました。

なお、5月25日の事件について、BBCはエジプト内務相に対して正式な抗議を行い、6月2日付けで発表していました。
以下は、そのプレスリリースの一部です。

BBCのスタッフ・ジャーナリストのダイナ・サマクとデナ・ガミールを含む4人のジャーナリストを乗せた車は、1台のタクシーによって故意に停められました。
タクシーから私服の5人の男が出て来て車を囲みました。さらに、通りで待っていた少なくとも10人が、彼らとともに直ちに攻撃に加わりました。

彼らは、口汚く罵りながら、車のフロントガラスとサイドウィンドウを壊しました。2人が車から引きずり出されて攻撃にさらされました。
その攻撃は、介入しようとしなかった安全保障機関の制服職員たちが全てを見ている前で起こりました。

犠牲者の一人であるジャーナリストのカリーム・アル・シャエルは酷く打たれました。
彼は、それに続いてパトカーの中に連れこまれ、まだ拘留されています。


【関連記事として】民主化は西からではなく路上から(2006/05/19)

soliton_xyz at 22:39│Comments(0)TrackBack(0)イラクと中東 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔