2006年06月27日

弁護士は、なぜ会見したのか?

秋田県藤里町の小学1年生(7)が殺害された事件で、2006年6月9日、秋田弁護士会所属の池条有朋、有坂秀樹の両弁護士は、逮捕拘留中の被疑者と接見した際の被疑者の供述内容を詳細に明かす異例の記者会見を行った。
その主な理由は、「母親ら家族を守りたい」という被疑者本人の強い意向を受けて、「家族への取材を自粛してもらうため」だという。

会見当日の前、両弁護士は、幹事社を通じて秋田県警記者クラブ加盟の報道各社14社に対し、「被疑者の供述・様子について発表するに当たっての制約条件」と題する文書を配布した。
文書の内容は、報道各社に対して、(1)被疑者の親族には、取材しない、(2)親族の顔や姿の写真や声を、取材済みの分も含め、掲載・放映・再生しない、(3)親族への取材は、弁護士を通じて書面で行う、という3点を要望するものだった。

会見会場で協議を開始した各社は、当初、多くの社が「一方的だ」と応じない姿勢だったが、弁護士と交渉し「同意やむなし」が大勢となり、「要望に最大限配慮し、節度ある取材、報道に努める」ことで合意し、会見が始まった。
最後の段階で「同意」に回った毎日新聞は、「弁護士の事前説明で会見内容が一定程度担保された。家族への報道被害は、最大限、防ぐべきだと判断した」と述べ、読売新聞などとともに「原則としてのめない」立場だった朝日新聞の板野康郎(秋田総局長)は「求めに応じれば、報道の自主性を放棄することになる。各社が自主的に取り決めるべきだと考えた」と話す。

両弁護士による会見は、9日に続いて14日、23日の計3回行われたが、池条弁護士によれば、会見以来、家族への取材を試みたのは週刊誌1誌のみだという。

以上、6月27日付け朝日新聞の石川智也記者のリポートから事実に関する部分(一部は同月10日付け同紙の報道から補足)のみを抜き出したものですが、これでは状況がわかったようでわからないように思いました。

なお、同月10日付け同紙の報道によると、

池条有朋、有坂秀樹両弁護士によると、8日朝に接見した際に、被疑者から豪憲君を殺害したことを告白され・・(中略)・・弁護士と被疑者の弟が、同日、母親を訪ねて「殺害も認めた」ことを告げた。
母親の精神状態の安定を図り、対応を協議していた矢先に、被疑者は同日午後、(秋田県警能代署)捜査本部の取り調べに対しても、大声で泣きながら供述を始めたという。畠山容疑者は「話したことで楽になった」とも話したという。

とあるので、両弁護士は、8日朝に続いて、同日午後あるいは9日朝に再び被疑者と接見し、その際に捜査本部に対しても供述を始めたことと「話したことで楽になった」との話を被疑者本人から聞いたようにも読みとれます。

他方、9日付け同紙朝刊には、捜査本部に対して被疑者が殺害を自供したと大きく報道されているので、報道各社も8日午後から深夜にかけて警察関係者から情報を入手していたことが窺えます。

そこで、「8日午後から深夜にかけて、被疑者の家族及び弁護士に対して報道各社の取材申し込みが殺到した」というのが私の推測です。
ことによると、「本人が警察の取り調べに自供を始めた・・・」という話を両弁護士が初めて聞いたのは、被疑者本人から聞いたのではなく、メディアの取材を通じてだったかもしれない。

取材が殺到しても、弁護士としては返答に窮するし、「取材は避けたい」という家族の強い意向もある。
ということで、被疑者家族と両弁護士とで話し合い、弁護士が代表して会見に応じることで合意し、最後に被疑者本人から承諾を取り付けて、「(報道の)皆さんへの条件を詰めて(弁護士の)守秘義務を解除した」(池条有朋弁護士)というのが真相ではないかと、私は思います。

石川記者のリポートで違和感を感じるのは、警察からの情報を大々的に取り上げている状況や再度の弁護側が受けているメディア側の圧力について言及がなく、被疑者側が全く任意に会見を開いたように読めることですが、仮に、県警記者クラブのなかに「家族への取材自粛」のアイデアを弁護士側に持ち込んで会見をアレンジした記者がいたとしても、私は驚きません。
また、「弁護士を通じた容疑者側からの情報開示は、90年代後半から増えている」のは何故なのか、「その情報をどう見極めるかで、メディアの力量と責任が問われる」のは被疑者発の情報だけでなく、捜査当局発の情報についても同じではないのか、等々の視点が弱いのも気になります。

さらに言えば、弁護士が会見したことで「捜査当局の見方一辺倒ではない報道が可能になった」と手放しに喜ぶわけにもいきません。
なぜなら、今回の会見で、被疑者は不利益を被ることになったように思うからです。

例えば、犯行場所について、9日の会見では「(亡くなった長女の)部屋の前の廊下」だったのが、14日の会見では「玄関の扉を閉めて2人きりになったとき」と変更されたように、犯行の詳細も動機についても極めて曖昧な部分が多い。

捜査当局からすれば「半落ち」の段階であり、会見を聞いた限りでは、被疑者はまだ何か隠しているように受け取れますから、被疑者本人が被害者遺族に「謝罪を表明した」ところで、素直には受け取れないでしょう。
また、弁護士が「何度も、犯行に計画性はなく、発作的なものだと強調した」ところで、捜査当局側が疑問を表明したように、犯行の細部に矛盾が見える点もあるので説得力がありませんし、被疑者本人が今後「計画的な犯行だった」と認める可能性すら否定できないように思えます。

つまり、実際のところは「弁護方針も決められない」という状況であり、被疑者側から会見を開くなどは時期尚早だったのではないか。
言い換えれば、弁護士が接見の都度、その内容を公開するなどは愚の骨頂であり、本来は、被疑者の話をよく整理した上で、いったん文書にまとめて本人に読ませ確認させてから、必要に応じて上申書なりなんなり適切な形で公表するのが筋ではなかったかと思います。

9日の段階では、「(被疑者は)精神的に不安定な面があり、供述が揺れた経緯があるため、捜査本部は『今日(8日)は殺害を自供したが、明日になったらどうなるか分からない』としている」と報道されていましたが、皮肉なことに弁護側よりも捜査当局の見方のほうが事実に近かったかもしれません。
その後に供述が変わる可能性があるなら冷却期間を置いて観察を続けるべきでした。また、犯行場所のように捜査官に誘導され迎合しているように見えるところもあるので、たとえ警察の取り調べに自供を始める半日前に弁護士に告白したのだとしても、仮にその供述内容が維持されないのであれば、公判で供述の任意性を争うことも考えられるところですが、今回は、そうした可能性を弁護側が極めて早い段階で放棄してしまったようにも見えます。

ちょうど裁判員制度が始まるところでもありますが、「より真相に迫る報道を目指す」のが嘘でないなら、被疑者の取り調べ段階での報道は、その情報の出所が捜査当局であれ弁護側であれ、全廃したらいかがでしょう。
起訴後、起訴事実を伝えるところから報道が始まり、罪状認否で被告の主張を伝えたとしても、それで困るのはメディアの中の人だけかもしれません。

soliton_xyz at 23:02│Comments(0)TrackBack(0)日本とアジア 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔