2006年07月01日

パートナーシップ

2006-07年国連予算(総額37億9千万ドル)は昨年12月23日に承認されたが、「国連の抜本改革」を主張して「改革が進まない限り、予算を一切認めない」と主張するアメリカの主導で、予算執行には6月末までの半年分の支出に相当する上限(9億5千万ドル)が設定されていた。
6月28日に開催された国連総会第5委員会(管理・予算)は、支出上限を解除する決議案を全会一致で承認したが、「改革は不十分だ」と主張する国連分担金最大拠出国のアメリカと同2位の日本及びオーストラリアは、この合意に加わらなかった。

開発途上国77ヶ国グループ及び中国を代表して、南アフリカのドゥミサミ・クマロ(Dumisani S.Kumalo)国連大使は、この委員会の決定に満足したと述べ、次のように語った。

私は、アメリカ、日本及びオーストラリアが、合意に加わらないと決めたことを残念に思います。
ある点で言えば、結局のところ合意に加わらないということは、そうした同僚たちにとって、共通のゴールに向かって仕事を進めていくことが、どうすれば可能になるのか、理解するのにメンバーの助けが必要だということでしょう。

そのためには既に多くのことがなされました。
私たちのグループは、そうした貢献をしたことを誇りにしていますが、今から6月30日までの間に、さらに熱心に働くことが委ねられました。

まず第一に支出上限が課されるべきでなかったように、無条件で支出上限を解除することは非常に重要なことでした。
(予算を承認した)2005年12月23日に使用された言葉は、「適切な時期に事務総長からの要請に応じて国連総会は行動する」というものでした。事務総長は、今、承認を要請する時が来たと述べています。行動する時がやって来たのです。

合意に基づき支出上限が解除されることに驚く人は誰もいません。私たちのグループは、(事務総長が要請を行った)6月20日には対処する準備ができていました。
私は、支出の上限が「害毒と乱用」に変わり、共に仕事をするうえで必要とされる信頼に影響を及ぼし始めたときに、委員会が行動したことを喜んでいます。

私たちは、信頼の再建に関与しました。
自ら離れていった同僚たちと信頼を再建することは困難でした。私たちは、国連が組織として強くなったことを確実にするために日夜働くことでしょう。

欧州連合(EU)を代表してオーストリアのゲアハルト・プファンツェルテル(Gerhard Pfanzelter)国連大使は、支出上限の解除に合意すると述べ、6月28日付けの書簡で、今後行われる必要のあることに関する主要国の意見の一致を反映させ、著しい量の改革が達成されたことを示した。
プファンツェルテル大使は、信頼の雰囲気を醸成し、かつ前進する方法を示していた国連総会議長のギャップを埋めるための疲れを知らぬ努力に対して、深く感謝の意を表明するとともに、次のように述べた。

もしも、パートナー全員が建設的な精神で働けば、委員会はセッションを成功裡に終えることができるでしょう。私は、すべての代表団に対して、可能な限り時間を使って、良い結果に到達するように懇願します。
全てのパートナーは、改革への道筋に確実な進歩が得られることを実証しなければなりません。確実な進歩には、木曜日と金曜日が必要でしょうか。

それは、対立化する精神においてではなく、グローバル・パートナーシップの精神において可能でしょう。

6月30日、国連総会は、支出上限を解除して7月以降の予算執行を承認する決議案を無投票で採択した。
総会では、アメリカ、日本及びオーストラリアに加えてカナダの4ヶ国が承認決議案に加わらず、不満を表明した。

以上、国連の資料からの引用でした。


他方、日本は、委員会の決議案と併せて一括採択に持ち込むべく、「権限の見直しを含む改革に関する多くの本質的な提案」を提出したそうですが、予算が切れるというぎりぎりの段階での具体性のない提案は「グローバル・パートナーシップの精神」に欠けるものでしょう。
「予算を人質に取る戦術」も、期限までの半年間で「目に見える成果」が得られるような具体的な提案があるなら、まだしも納得できるというものですが、EUがそうした立場を取ったのに比べると、日本は「適度の提案を提唱し、よく受け入れられた」と述べるなど、そうした一面を見せていたにも関わらず、最終的にはアメリカと共に「対立する道」を選んだということになります。

これを、読売新聞の白川義和記者のように「数の力で勝る途上国側は、『最後は表決でも予算承認を勝ち取れる』との計算から、改革に抵抗する態度を変えなかった」と報じることもできますが、見方を変えれば、真に問われているのは「改革」の中身でしょうから、「カネの力で勝る日米両国は、自分たちに都合の良い『改革』を途上国側に押しつけようとする態度を変えなかった」と報じることも出来そうです。
もっとも、どちらの見方が正しいかは読者に委ねることにして、基礎的な事実を伝えるのが一番いいとは思いますけどね。

また、国連分担金について言えば、日本の分担率は2006年時点で19.5%と、アメリカの22%に次ぐ第2位の水準になっていますが、再計算の時期に当たっているそうです。
最近の低成長を反映して現行方式でも日本の分担率は約16.2%まで下がるらしいのですが、「地位と責任に応じた負担」を求める日本は、「安保理常任理事国の分担率を3%(又は5%)以上」とする案を、3月10日に国連総会第5委員会に提出しているとのこと。

アメリカも中国の負担増を狙った改定案を出しているそうですが、日本の提案で、引き上げの標的となるのは中国(2.1%)とロシア(1.1%)です。
中国は現行方式でも2.7%に上がるらしいので、「3%以上」なら日本提案と大差ないと言えそうですし、放って置いても長期的に見れば日本を抜くことになるかもしれませんが、現実的な見通しで言えば「日本提案」の実現は難しいでしょう。

それにしても私が気になるのは「国家の品格」です。
なにやら「これだけカネを出しているんだから責任ある地位が与えられてしかるべきだ」と言ってるようで、情けない。


もっと、国際平和に対する理念や哲学を語ってもらいたいですね。
もちろん安保理常任理事国が、いつまでも第二次世界大戦の勝利を反映するべきではないと思いますし、現在の常任理事国や他の候補国が「国際平和に対する理念や哲学」をどれだけ持っているかも大いに疑問があるところですが、低きに倣うは恥とすべきでしょう。これこそ「愛国心」というものです。

soliton_xyz at 23:17│Comments(0)TrackBack(0)日本とアジア 

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