2006年07月08日

最低のドキュメンタリー

モルドバから「独立宣言」した未承認国家「プリドニエストル・モルドバ共和国」(Pridnestrovian-Moldavian Republic:PMR)の「首都」ティラスポリ(Tiraspol)の北方130km、コルバスナ(Colbasna)にある武器貯蔵施設は欧州最大と言われ、旧東ドイツやハンガリーなどから運ばれてきた砲弾・手榴弾など旧ソ連軍の弾薬が貯蔵されている。
その量はピーク時には約4万トンを超えていたが、「独立」後の1992年の武力紛争以降に相当数が流出したとされるほか、2001年に欧州安全保障協力機構(OSCE)の査察が実施され、3年間で2万トン以上の弾薬がその場で廃棄されるかロシアに移送され、現在も引き続き廃棄・移送作業は続けられているものの、今なお2万2千トンの弾薬が貯蔵されている。

OSCE駐モルドバ軍事顧問のベルナール・オセダ(Bernard Aussedat)氏は、コルバスナの貯蔵施設を数回訪れたことのある数少ない西側の軍人の一人だが、この日、カメラクルーと車に同乗してコルバスナの貯蔵施設に向かった。
ところが「国境」の検問所で、PMRの警察から「権限のある査察官の名簿にオセダ氏の名前がない」ことを理由に停止させられたが、オセダ氏は未承認国家にはその権限がないとして自分の持つ外交官パスポートの提示を拒否して、検問を通過するのに1時間待たされることになった。

さらに、コルバスナの貯蔵施設を目の前にして、撮影と立ち入りは拒否された。
「入ってはいけないなんて本当に腹が立ちますよ。彼らに対する不信感がどんどん募ります」「わかっているのは武器や兵器があるということだけです」と、オセダ氏は言う。

これは、NHK・BS1「世界のドキュメンタリー」「旧ソ連軍巨大兵器庫-密輸疑惑に迫る-」(Transnistria フランス・CAPA制作)の一場面ですが、この部分だけを見せられると、オセダ氏はただの間抜けにしか見えないので、お気の毒としか言いようがありません。
PMR側からすれば「国家」として「入国」しようとする外交官や査察官の身分を確認する行為を省略できるわけがなく、他方OSCE側も通常は事前通告するなどPMR側に配慮をして査察を行ってきたはずですが、この日は取材の便宜を図ってやると安請け合いして見事に失敗したように見えます。

番組では、「国際法に違反して、汎ドニエストルの警察は査察官の仕事を邪魔します」とナレーションを付けていましたが、これは報道とは呼べないですね。
邪魔されたのは「査察官の仕事」ではなく、安易な手法に頼った「この番組の作り手たちの仕事」でしょう。


英紙「サンデータイムス」の仕事で現地入りしたジャーナリストのブライアン・トーマス(Brian Thomas)氏は、「アルジェリアのテロリストのために働く武器ブローカー」を装ってPMRの武器商人との接触を始めた。

トーマス氏によれば、ティラスポリの近くで会った「ドミトリ」と名乗る人物は、放射性物質をまき散らす「汚い爆弾」を弾頭に付けた小型ロケット弾を20万ドルで売ると言い、直接飛行機で届けると言ったという。

「ドミトリ」との2度目の商談では、小型ロケット弾3個を50万ドルで買わないかと言われたが、トーマス氏は高すぎて無理だと伝え、最初の商談の「汚い爆弾」の実物を2,000ドル出して見せてもらおうとしたが、それなら前金で2万5千ドル出すように言われて断念したという。
トーマス氏は、実物を見ることが出来なかったが、彼の書いた記事は「サンデータイムス」紙に掲載され、評判となった。

「この番組の作り手」である「私たち」は、「放射性爆弾を搭載したロケット弾38個」のことを記したPMRの公式文書を入手した。
「私たち」は、この文書をOSCEのオセダ氏に見せたところ、オセダ氏は「偽物だという可能性もありますが、私は本物だと思います」と言い、検討の必要性を認めてPMRに説明を求める意向を示したが、「彼らがどう答えるかはわかっている。『我々は、このような文書については一切知らない。放射性爆弾が何なのかも知らないし、持ったこともない』と言うでしょう」と述べた。

また、「私たち」は、「ドミトリ」と名乗る人物の調査を進めて、ドミトリ・ソイン氏に辿り着き、彼の写真をトーマス氏に見せて確認を求めたところ「私の会ったドミトリに間違いない」という。
ドミトリ・ソイン氏が設立した「プロルイフ」(ロシア語の「前進」)という組織は、若者を犯罪や麻薬から守る教育組織だというが、「汎ドニエストルとロシアの再統合を求める運動」をしているという。

「私たち」が「放射性ロケット弾」のことを質問するとソイン氏は知らないと否定したが、ブローカーになりすましたトーマス氏と会ったかどうか、「私たち」は「あえて尋ねることはしなかった」。
なぜなら、ソイン氏は数件の殺人容疑でモルドバの警察から手配されている人物であり、うかつに質問すれば「凶暴になるおそれがあったからだ」。

これも、同じ番組の一部ですが、奇妙な話だと思いました。
トーマス氏が会った武器商人が本物なら、どこかの国の治安機関に連絡して実際に前金を用意してでも取引を進めて「放射性ロケット弾」の確保を優先すべきであり、そうすれば、現物の受け渡しと残金の支払い時に相手の身柄を確保することもできそうです。もちろん、そうなれば大事件ですから、記事だって大きくなる。

他方、「私たち」がどうやってソイン氏に辿り着いたかは明らかにされませんでしたが、モルドバの情報機関・警察関係者からの情報だとすれば、この事件全体を「モルドバや他の国の情報機関が企んだでっち上げ」だとするPMR側の主張も、相当の根拠があるように思いました。
番組の作り方としては、「私たち」がソイン氏に行った質問の内容が明らかになっていないのも気になります。「プロルイフ」の活動を取材する名目で、それらしいインタビューを行っている最中に、突然、武器取引の話を持ち出したのでしょうけど、これでは図星を指されたにせよ事実無根であるにせよソイン氏が怒り出すのも当然で、その場面から得られる情報に意味はないですね。

この地方には旧ソ連軍の兵器や武器を生産する工場があったほか、1992年の武力紛争後は、マカロフのような小型の自動拳銃を生産するために独自の武器工場を設立したが、現在では武器を生産していないという。
もっとも、戦争になれば、いつでも武器の生産を再開できるという。

拳銃を製造しているという噂のある「エレクトロマッシュ」社の電化製品工場だが、「足を踏み入れた西側の専門家は誰もいない」。
「私たち」は同社に何度も取材を申し入れたが断られ、なおも交渉を続けると外務省から拒否の理由を説明したいとの連絡があった。

「私たちは、よく知っている人には協力したいと思います。しかし、残念ながら、私たちは、あなた方のテレビやあなた方が物事をどう解釈するかを知りません。どんな国も自衛が必要でしょう」と、ビタリー・ヤンコフスキー外相代理は語った。

最近は、ただのアルミ管がロケット砲の部品だと言われてしまうくらいですから、神経質になるのも無理はないのですけど、それにしても異常なほどガードが固いように見えますが、この話で重要なことは、「今回は無理だが、次回以降は工場の取材を認める可能性がある」と示唆されたことでしょう。
しかし、今回の取材で作成した「この番組」を見せたら、ヤンコフスキー外相代理は「自分の判断は正しかった」と思うでしょうね。

もちろん、この地域内における武器取引が皆無であるはずはないのですが、他の欧州諸国や旧ソ連構成国と比べて咎め立てするほどのものなのかどうかは疑問ですし、仮に真に安全保障上の重大な懸念材料となるくらい危険な存在であるなら、いっそのこと国家として承認して国際社会に組み入れてしまった方が安全だというものです。
この地域を「ブラックホール」にしてしまった責任の半分は、承認を与えない国際社会の側にあることは否定できないでしょう。

この番組について言えば、検証抜きで断定を下したり、「広場にレーニン像が立っているところを見せるだけで説明は不要だ」的なところが強く、なにやら出来の悪いプロパガンダの見本のような番組で、この1年ほどの間に私が見たドキュメンタリーの中でも最低の部類に入るものでした。
このブログでは普通、あまりに出来の悪い物は取り上げない方針なのですが、この地方については情報が不足していることと、「番組の作り手」たちの「嫌いだから潰してやる」的な敵意を映し出し、この種の程度の低いプロパガンダが欧州を席巻している状況を伝えるという意味では貴重かもしれません。

番組の中で、「報道の自由がない」と嘆くタクシー運転手の隠し撮りがありましたが、どこの国のことであれ、この「番組の作り手」たちに報道の自由を語る資格はないですね。


【関連記事として】ヨーロッパのブラックホール(2006/06/01)

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