2006年08月02日
飲酒運転、飲酒登山、飲酒スキー
一緒に酒を飲む場合は、相手が酒酔い運転をしないように制止すべき注意義務(法的責任)がある。
5日前の7月28日。東京地裁で、飲酒死亡事故についての民事事件の判決がありました。
この裁判の特徴は、原告が、加害者の30代の男性(刑事責任が確定しています。危険運転致死傷罪などで懲役7年)だけではなく、以下の二者にも、法的な責任があると主張して賠償金の支払いを求めた点にあります。
(1) 加害者の男性と一緒に酒を飲んでいた同僚。加害者の男性の飲酒運転を止める法的責任を怠ったとして。
(2) 加害者の男性の配偶者。「飲酒運転を繰り返していたのに止めなかった」として。
「長時間飲酒を共にしたことは、酒を勧めたことと同視できる。飲酒運転をほう助した」
東京地裁の判断を、2006年7月28日付の東京新聞から以下に抜粋して引用します。
埼玉県坂戸市で二〇〇一年、飲酒運転の車にはねられ死亡した大学生正林幸絵さん=当時(19)=の遺族が加害者の男(37)のほか、一緒に飲酒した同僚の男性(33)、飲酒運転を知っていた妻らに計約八千百万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は二十八日、男と同僚、車所有者である元勤務先に計五千八百万円の支払いを命じた。
佐久間邦夫裁判長は同僚について「長時間飲酒を共にしたことは、酒を勧めたことと同視できる。飲酒運転をほう助した」と判断。しかし、妻は「自宅にいて制止する現実的な方法がなかった」として賠償責任を認めなかった。
判決などによると、事故は〇一年十二月二十九日午前二時五分ごろ、坂戸市道で起きた。酩酊(めいてい)状態の男(危険運転致死傷罪などで懲役七年確定)は、当時勤めていた土木建設機械メーカーのライトバンで正林さんら歩行者三人をはねて逃走。正林さんら二人が死亡、一人が負傷した。男は現場に戻り、埼玉県警に逮捕された。
男は前日午後七時半ごろから事故直前まで、賠償を命じられた同僚らと居酒屋やキャバクラでビール大瓶六本、焼酎ボトル一本程度を飲み、帰宅するため運転した。
遺族は〇四年十月に提訴。妻については「飲酒運転を繰り返していたのに止めなかった」と指摘し、同僚と妻の賠償責任が争点となった。 判決は「同僚は男が正常に運転できない状態と認識し、運転して帰宅することも予見できた。制止すべき注意義務があったのに怠った」と認定。事故の四日前、危険運転致死傷罪を盛り込んだ改正刑法が施行されたことも重視した。
■ 両親怒りの訴え届く
「タクシー代をけちったために二人も死亡し、家族や周囲の何百人もの人が、その後苦しみ続ける。本当に飲酒運転はなくしてほしい」。飲酒死亡事故をめぐる損害賠償訴訟で、加害者だけでなく一緒に飲んだ同僚の責任も認めた二十八日の東京地裁判決。亡くなった正林幸絵さんの母信子さん(56)は判決後に記者会見し、涙声で訴えた。
信子さんは事故後、同僚が約六時間も加害者と一緒に酒を飲みながら、運転を全く制止しなかったことや、娘をはねた男が運転せずにタクシーに乗っていたら千円程度で済んだことを知り、怒りが込み上げた。
信子さんと父俊幸さん(57)は会見で「同僚も罰せられて当然なのに刑事事件では裁かれない。その責任を裁判所は認めてくれた。感謝しています」と語った。
また信子さんらの代理人を務めた佐々木惣一弁護士は「飲酒運転をすると分かっていた周囲の人の責任を認めた画期的な判決だが、当たり前といえば当たり前のことだ」と静かな口調で解説した。
飲酒登山と飲酒スキー
この判決をうけて、将来、以下のような事故があった場合には、事故を発生させた当事者だけではなく、周囲の人に対しても損害賠償請求が行われる可能性があるように思われました。(引率登山中の場合は、リーダーやガイドの法的責任の追求は必至かもしれません。)
仮想事例A
ある山岳会の夏山合宿。目的の初登攀を果たした一行は南稜のテント場に戻り、ビールや日本酒で登攀成功を祝った。担ぎ上げたアルコールを全部消費したが、まだ、飲み足りない。会員のAが、指呼の距離にある山小屋にビールを買い出しに行くと提案した。リーダーも仲間も、誰一人、酩酊状態のAの行動を制止しなかった。買い出しの帰り。Aは、摂取したアルコールが原因で足下がふらつき転倒、通りかかった登山者Xさんに衝突した。Aは無事だったが、衝突されたXさんは左足骨折の重傷。ヘリで病院に搬出された。
仮想事例B
あるスキー場。スキー仲間のAとBは昼食時に生ビールを飲み酩酊状態となった。危険を感じたBは午後のスキーをやめることにした。しかし、Aは午後も滑ると主張した。Bは「気をつけて滑れよ」とは言ったもののAの酒気帯びスキーを制止しなかった.この後、酩酊状態のAはスキー板のコントロールを誤り、初心者の小学生に衝突し、重傷を負わせた。
酒を提供した側の法的責任は?
判例を調べたら、酒を提供したバーの店員に損害賠償請求をした判例がありました.ただし、裁判所はこのバーの店員の法的責任を認めませんでした。
事故を起こした男性をA、酒を提供したバーの店員(被控訴人)をバーテンと書き換え、その理由を判決から引用します。
「原判決掲記の各証拠によれば、Aの飲酒の経過及び飲酒量並びに本件事故に至った経過については、前記引用の原判決の認定した各事実(前記訂正部分を含む。)を認めることができ、これによれば、Aは、午前零時ころに仕事が終わった後明け方まで飲酒をした後運転を行い、自ら眠くなって前方注視が困難なことを認識しながら運転を続けた過失により本件事故を引き起こしたものであって、本件事故の直接の原因が、Aにおいて、眠くなって前方注視が困難であることを認識しながら、運転を止めて仮眠等をしなかったことにあることは否定できないところであって、飲酒自体が直接の原因ということは困難といわざるを得ない。
そして、バーテンは、Aについて、飲酒運転による事故発生の一般的危険性を予見できたとはいい得るけれども、前記認定事実によれば、本件事故の発生自体を具体的に予見することができたとはいい難く、バーテンがAに酒類を提供したことと本件事故の発生との間に相当因果関係があるとはいえないから、本件事故発生について、バーテンに不法行為責任を認めることは困難である。」
かくて、もし事故の直接の原因が「居眠り」ではなく、「飲酒」であったと証明された場合は、「酒類を提供したことと事故の発生との間に相当因果関係がある」と認定される可能性を否定できないように感じます。
事件番号は、東京高等裁判所平成15年(ネ)第5552号です。
追記
判決は、妻は「自宅にいて制止する現実的な方法がなかった」として妻の法的責任(不作為不法行為?)を否定したようです。
しかし、もし「飲酒運転をするなら離婚する」と伝えたとしても夫を制止できなかったのでしょうか?たとえ自宅にいたとしても、電話でそう通告すれば、制止できた可能性は少なくないと思います。
ただし、僕の意見は、そもそも、30代後半の成人をそこまで監督する法的責任は配偶者にはないのでは、ということです。
なお、弘前大学医学部山岳部遭難訴訟は、山岳部OBらの不作為不法行為、つまり、後輩の計画を制止すべきだったか、否か、が争点となった裁判でした。詳しくは、以下をどうぞ。
宗宮誠祐(2002)「先輩には無知な登山計画を変更させる法的責任あり!? 何がなんでもそれはないんじゃないでしょうか。 -弘前大学医学部山岳部遭難訴訟控訴審第一回口頭弁論の報告書-」(HP登山事故の法的責任について考えるページ)
http://homepage3.nifty.com/tozanzikosekinin/%91%E5%8Aw%8DT%91i%90R%88%EA%89%F1%8A%B4%91z.htmlトラックバックURL
この記事へのコメント
先日も道が濡れていたので道のそばの岩場を通っていて乗った石(1mくらい)が落ち、その人は下の人にぶつかり止ったのですが、ぶつけられた人は飛ばされて10m落ち骨折する事故がありました。同じパーティーで何とか保険も出たので良かったのですが、訴えられるは保険は過失相殺されるはという事態も十分想定できそうです。山で一番大切なのはリスク管理かも知れません。いろんな意味で。
20年位前、ぼくの山岳会の同期は、帰りに御在所の藤内小屋で飲んだBEERで酔っぱらい、その後、丸木橋から落ちました。
今なら、制止しないとだめなのかもしれませんね...登山やクライミングの世界も、訴訟リスク管理が必要な時代に突入でしょうか・・