2006年08月06日
登山中の熱中症事故判決
熱射病の罹患が疑われる場合、(1)直ちに応急措置を開始(2)、速やかに医師と連絡、(3)緊急下山の方策をとるべき注意義務を負う
暑い日が続きます。
ある県立高校の山岳部の合宿登山中に熱射病によって部員の高校生が死亡した事故において、事故は引率教師の法的な過失が原因であるとして、県に約5000万円の損害賠償金の支払いを命じた判決文から抜粋(一部省略)してご紹介します。
事件番号は平成9年(ワ)第1162号。裁判所は浦和地方裁判所です。
主文
1 被告県は、原告らに対し、それぞれ金2550万7376円及びこれに対する平成6年7月24日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らの被告A、被告B及び被告Cに対する請求並びに被告県に対するその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その2を原告らの負担とし、その余を被告県の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
請求と事案の概要
第1 請求
被告らは、原告ら各自に対し、連帯して、5356万1068円及びこれに対する平成6年7月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、被告県の設置する高等学校の山岳部に所属していたXが、平成6年7月24日、同部の夏山登山合宿に参加中熱射病を起こして死亡した事故につき、Xの両親である原告らが、本件事故が被告県の公務員で本件山岳部の顧問教諭として右登山合宿中部員を引率していた被告A、同B、同Cの過失により生じたものであるとして、被告県に対しては国家賠償法一条一項に基づき、被告教諭らに対しては民法七一九条及び七〇九条に基づき、それぞれ損害賠償を請求した事案である。
裁判所の示した教諭らの注意義務
学校行事も教育活動の一環として行われるものである以上、教師がその行事により生じるおそれのある危険から生徒を保護すベき義務を負っており、事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務を負うものであることはいうまでもなく、
とりわけ、登山活動には天候急変などの自然現象による危険の発生や体力、登山技術の限界などに伴う様々な危険が存在することは公知の事実であるから、
登山活動が学校の部活動において行われる場合には、部員を引率する教師は、部員の安全について一層慎重に配慮することが要求され、 登山活動の計画立案に当たっては、事前に十分な調査を行い、生徒の体力・技量にあった無理のない計画を立てるとともに、
登山活動中においても、部員の健康状態を常に観察し、部員の健康状態に異常か生じないよう、状況に応じて休憩、あるいは無理のないように計画を変更すべきであり、
さらに、部員に何らかの異常を発見した場合には、速やかに適切な応急処置をとり、必要な場合には下山させて医療機関への搬送を行うべき注意義務を負っているというべきである。
そして、前記のとおり、熱射病が死亡率の高い重篤な疾病であり、登山における代表的疾患としても一般的に認知されていることからすれば、引率教諭は、登山活動中、部員が熱射病に罹患することがないように十分配慮すべきことはもちろん、
部員に体温の過上昇や意識障害その他の異常が現れ、熱射病の罹患が疑われる場合には、直ちに部員を安静にさせ冷却措置などの応急措置を開始するとともに、速やかに医師と連絡をとり、緊急に下山させるための方策をとるべき注意義務を負っているというべきである。
裁判所が法的過失有りと判断した理由
被告らは、吊り橋手前付近における冷却借置によってXの体調が相当程度回復したことなどからして、当時のXの身体の状況からは、被告教諭らにおいて、Xが熱射病に罹患していることを認識することはできなかった旨主張する。
しかしながら、登山活動による熱射病の危険性については、従来から国や地方公共団体による通達や手引書などによって、登山活動の引率を行う教諭らに対し注意が喚起されていることが明らかであり、山岳部の顧問教諭として登山活動を引率する立場にあった被告教諭らは、熱射病の基本症状及び熱射病に罹患した場合の対処法については周知のことというべきであるところ、
前記のとおり、熱射病の症状として意識障害が生じた場合には、放置すると生命の危険が高く、一旦症状が発生したらすべて医療機関受診の適応であるとされているのであるから、意識障害が発生している本件では、その後若干回復したかのような症状の変化がみられたとしても、Xを医療機関に搬送すべき義務を負っていたといわなければならない。
そうすると、被告教諭らには、国家賠償法一条一項にいう、職務を行うについての過失があったと認められる。
まとめ
以上をまとめると、引率登山においては、メンバーに熱射病の疑いがある場合は:
(1)直ちに適切な応急措置開始
(2)、速やかに医師と連絡、
(3)ヘリコプター等による医療機関への搬送の依頼
上記の3点が、引率登山の引率者に、法的な義務として課せられている、と解釈しておくべきと思われます。
なお、適切な応急措置については、例えば、熱中症のホームページをどうぞ。