2012年01月25日
古今東西デュエットの名曲ベスト5(わたしの独断と偏見)
男女2人で歌うデュエットが好きな人も多いでしょう。わたしは、カラオケでデュエットしたことがほとんどありませんが、このYOU TUBEシリーズで、数々のデュエットを聴くうち古今東西のデュエットの名曲について思いをめぐらしたくなりました。以下、わたしの趣味、独断と偏見の世界です。
わたしの選ぶベスト5。日本では、裕次郎の「銀恋(銀座の恋の物語)」など有名な曲がたくさんありますが、わたしは裕次郎と浅丘ルリ子の「夕陽の丘」をまず筆頭に挙げます。いかにも古い匂いのする曲ではあります。でもその古さが懐かしいのです。昭和38年(1963年)の歌なのに、戦争の色が濃く残っている歌詞ですが、この曲の哀調を帯びたメロディーにひかれます。裕ちゃんの甘い声はサイコー。歌詞でも「バスの車掌の襟ボクロ、別れた人に生き写し」なんていいですね。「真菰の葦の」というところもいい。この映像にはなぜか、浅丘ルリ子ではなく、八代亜紀の名前が出てきて、笑ってしまいますが。浅丘はうまくないけど、薄幸な女をうまく表現しています。
日本の近年の曲では、稲垣潤一と相川七瀬の「愛が止まらない」を挙げます。ちょっとドラマチックな仕立てのモノクロチックな映像もかっこいいが、2人の声質がうまくかみ合っていると思います。仲良く2人が並ぶのも悪くありませんが、こういう風に2人が別々の方向を向いて歌い、なれ合っていないようなのも好感が持てます。稲垣の高く澄んだ声がわたしは好きです。相川七瀬もなかなかチャーミング。(稲垣は小柳ゆきとデュエットした「悲しみがとまらない」の方が高評価のようだが、わたしは相川とのデュエットにこだわる)
海外に目を転じますと、まずサラ・ブライトマンとホセ・カレーラスによる「Amigos Para Siempre」が浮かんできます。スペイン語で、永遠の友、という意味だそうです。いい曲です。イントロから心が高鳴ります。稲垣・相川のデュエットと違って、2人は手を握り、仲が良さそうです。あまりにも美しい2人の声。声質もドンピシャという感じです。2人の表情もなかなかいい。1992年バルセロナ五輪のテーマ曲でもあり、このコンビによって閉会式で歌われたということです。わたしは当時、アメリカにいて(五輪ムードがないのです)、閉会式など見逃したのですが、すごく盛り上がったのは間違いなさそう。そういえば、カレーラスの白血病は完全に治ったのでしょうか。五輪の時、「完全復活」と言われ、もう20年もたつんですからね。
セリーヌ・ディオンとアンドレア・ボッチェリの「The Prayer」も素晴らしい曲です。2008年ボストンでのライブから採ったもので、冒頭、ディオンの語りが入ります。「素敵なデュエット曲を世界一流のアーティストとたくさん録音するという特権に恵まれてきたが、これもその一つ」と言っています。ボッチェリの甘い声、ディオンの硬質の声、見事に絡みます。デュエットの成功典型例とでも言えましょうか。2人がイタリア語と英語でそれぞれ勝手に歌っているのも、不思議ではあります。最後は英語で統一ですけど。カレーラスもそうですが、オペラ歌手がこういったポピュラーな曲を歌うのもいいもんです。
ベスト5の最後の曲になりました。これも以前から大好きな曲です。やはりイントロにしびれます。メアリー・J・ブライジとロックバンド「U2」のボーカル担当ボノによる「One」です。これは掛け合いが素晴らしい。まずボノが歌いあげ、途中から、ブライジの声も混じり、ボノの「メアリー」という声かけで一気にブライジが歌います。この声かけがセクシーですね。男性の声ながら。タイミングがいい。曲の美しさは特筆すべきものです。モノクロ映像の光と影、見事です。以上、いかがでしたか。1曲でも気に入っていただければ嬉しいです。できればコメントをお願いします。この5曲の選曲について。
次点は、以前にも書きました都はるみと岡千秋の「浪花恋しぐれ」。本当は、岡がピアノを弾きながら歌っていて、そこに、はるみが寄り添っていくものがよかったのですが、(YOU TUBEではよくあることですが)削除されてしまいました。今回リンクした映像は相当古いものでしょう。司会の徳光和夫の若いこと!今回の映像は都も岡も若過ぎて、ちょっと物足りない。味わいが足りない。なので次点。ピアノ・バージョンならベスト5に入れたかった。
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わたしの選ぶベスト5。日本では、裕次郎の「銀恋(銀座の恋の物語)」など有名な曲がたくさんありますが、わたしは裕次郎と浅丘ルリ子の「夕陽の丘」をまず筆頭に挙げます。いかにも古い匂いのする曲ではあります。でもその古さが懐かしいのです。昭和38年(1963年)の歌なのに、戦争の色が濃く残っている歌詞ですが、この曲の哀調を帯びたメロディーにひかれます。裕ちゃんの甘い声はサイコー。歌詞でも「バスの車掌の襟ボクロ、別れた人に生き写し」なんていいですね。「真菰の葦の」というところもいい。この映像にはなぜか、浅丘ルリ子ではなく、八代亜紀の名前が出てきて、笑ってしまいますが。浅丘はうまくないけど、薄幸な女をうまく表現しています。
日本の近年の曲では、稲垣潤一と相川七瀬の「愛が止まらない」を挙げます。ちょっとドラマチックな仕立てのモノクロチックな映像もかっこいいが、2人の声質がうまくかみ合っていると思います。仲良く2人が並ぶのも悪くありませんが、こういう風に2人が別々の方向を向いて歌い、なれ合っていないようなのも好感が持てます。稲垣の高く澄んだ声がわたしは好きです。相川七瀬もなかなかチャーミング。(稲垣は小柳ゆきとデュエットした「悲しみがとまらない」の方が高評価のようだが、わたしは相川とのデュエットにこだわる)
海外に目を転じますと、まずサラ・ブライトマンとホセ・カレーラスによる「Amigos Para Siempre」が浮かんできます。スペイン語で、永遠の友、という意味だそうです。いい曲です。イントロから心が高鳴ります。稲垣・相川のデュエットと違って、2人は手を握り、仲が良さそうです。あまりにも美しい2人の声。声質もドンピシャという感じです。2人の表情もなかなかいい。1992年バルセロナ五輪のテーマ曲でもあり、このコンビによって閉会式で歌われたということです。わたしは当時、アメリカにいて(五輪ムードがないのです)、閉会式など見逃したのですが、すごく盛り上がったのは間違いなさそう。そういえば、カレーラスの白血病は完全に治ったのでしょうか。五輪の時、「完全復活」と言われ、もう20年もたつんですからね。
セリーヌ・ディオンとアンドレア・ボッチェリの「The Prayer」も素晴らしい曲です。2008年ボストンでのライブから採ったもので、冒頭、ディオンの語りが入ります。「素敵なデュエット曲を世界一流のアーティストとたくさん録音するという特権に恵まれてきたが、これもその一つ」と言っています。ボッチェリの甘い声、ディオンの硬質の声、見事に絡みます。デュエットの成功典型例とでも言えましょうか。2人がイタリア語と英語でそれぞれ勝手に歌っているのも、不思議ではあります。最後は英語で統一ですけど。カレーラスもそうですが、オペラ歌手がこういったポピュラーな曲を歌うのもいいもんです。
ベスト5の最後の曲になりました。これも以前から大好きな曲です。やはりイントロにしびれます。メアリー・J・ブライジとロックバンド「U2」のボーカル担当ボノによる「One」です。これは掛け合いが素晴らしい。まずボノが歌いあげ、途中から、ブライジの声も混じり、ボノの「メアリー」という声かけで一気にブライジが歌います。この声かけがセクシーですね。男性の声ながら。タイミングがいい。曲の美しさは特筆すべきものです。モノクロ映像の光と影、見事です。以上、いかがでしたか。1曲でも気に入っていただければ嬉しいです。できればコメントをお願いします。この5曲の選曲について。
次点は、以前にも書きました都はるみと岡千秋の「浪花恋しぐれ」。本当は、岡がピアノを弾きながら歌っていて、そこに、はるみが寄り添っていくものがよかったのですが、(YOU TUBEではよくあることですが)削除されてしまいました。今回リンクした映像は相当古いものでしょう。司会の徳光和夫の若いこと!今回の映像は都も岡も若過ぎて、ちょっと物足りない。味わいが足りない。なので次点。ピアノ・バージョンならベスト5に入れたかった。
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2012年01月12日
「断捨離」という言葉を知っていますか?〜名曲「sukiyaki」にまつわるエトセトラ
元日、友人からの年賀状に「断捨離(注:だんしゃり)をすすめています」というものがあった。意味が分からなかったので、家に来ていた娘(29)に尋ねると、パソコンでグーグル検索を行い、出してくれた。やましたひでこさんという女性が提唱しているもので、彼女のブログには「断捨離とは、自分とモノとの関係を問い直し、暮らし・自分・人生を調えていくプロセス。不要・不適・不快なモノとの関係を、文字通り、断ち・捨て・離れ、停滞を取り除き、住まいの、暮らしの、身体の、気持ちの、人生の新陳代謝を促す」と書かれていた。つまり単なる整理整頓より一歩、進んだ形態といえる。なぜか若者の方がよく知っているようだ。プチ流行なのか。
というわけで、わたしも断捨離の必要性を感じているが、差し迫った必要性とまではいかない。なので、何もせず、このままダラダラ生きていくような予感がする。
音楽があまり好きでないという方には苦痛だろうが、最近の関心事はもっぱらYOU TUBEなので、そこにまつわる話を書く。以前から、メアリー・J・ブライジの「everything」を聴くたびに、あれーこんなに公然とパクッていいの、と感じていた。途中からは完全に坂本九の「上を向いて歩こう(sukiyaki)」なのだ。この問題が気になっていた。で、書くに当たって調べると、この曲はThe Stylisticsの「You Are Everything」と「sukiyaki」の合体だと分かってきた。この手法は、サンプリングとか呼ばれ、かなり普及しているようなのだ。
著作権ってどうなっているの、と当然の疑問が湧く。米国では違法とされた例もあるようだが、著作権者と話がついていれば問題はないわけである。もちろん金銭に絡む。売り上げの○%を渡すといったことで解決しているのではないかと推察する。というのも、実例に基づいてこの問題を解説した文章にお目にかかっていないからだ。坂本九というか作曲家中村八大側とブライジ側はおそらく処理済みなのであろう。
ところで、このブログで何度か取り上げたこともある「sukiyaki」だが、メロディーがあまりにも美しいため、ブライジも取り入れたくなったのであろう。いま由紀さおりが米国のジャズバンドと組んだ「1969」が世界的にヒットし話題になっているが、米国で1位になったのはあくまで「jazz」部門なのである。一番権威のあるビルボードtop100の1位には到底なれない。そこで3週間1位になったのが「sukiyaki」なのだ。もちろんアジア初で、それ以降も1位はない。100年に一度の傑作と言ってもいい。ドリカム、ピンク・レディー、宇多田ヒカルと米国進出を狙ったアーティストは多いが、みな成功したとは言い難い。そう考えると、坂本九の快挙の価値が分かる。
「sukiyaki」には個人的思い入れもある。ロサンゼルス支局長時代の1994年、夕食の時、レストランでこの曲のアカペラ版を聴き、ビビビときた。調べると、そのアカペラ版が先のtop100に入っていたのだ。坂本九のオリジナルから数えると、3回目のヒットになる。そこで記事を書いた。朝日、毎日、読売、東京などにかなり大きく記事が掲載された。わたしの着眼がよかったということになり、自画自賛したものだ。今でも、小さな誇りだ。アカペラ版は、4PM (午後4時という意味だが、for positive music=前向きな音楽のために=、の頭文字でもある)というボルティモア出身の黒人4人グループによるもので、その後、8位まで上りつめる。2回目のヒットは1981年にさかのぼる。A Taste of Honeyという女性デュオ(黒人)によるもので、これは3位まで上りつめた。つまり、カバーは毎回、ヒットを繰り返していたのだ。坂本九の世界的大ヒットは1963年だから、名曲はいつまでたっても名曲ということです。
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というわけで、わたしも断捨離の必要性を感じているが、差し迫った必要性とまではいかない。なので、何もせず、このままダラダラ生きていくような予感がする。
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著作権ってどうなっているの、と当然の疑問が湧く。米国では違法とされた例もあるようだが、著作権者と話がついていれば問題はないわけである。もちろん金銭に絡む。売り上げの○%を渡すといったことで解決しているのではないかと推察する。というのも、実例に基づいてこの問題を解説した文章にお目にかかっていないからだ。坂本九というか作曲家中村八大側とブライジ側はおそらく処理済みなのであろう。
ところで、このブログで何度か取り上げたこともある「sukiyaki」だが、メロディーがあまりにも美しいため、ブライジも取り入れたくなったのであろう。いま由紀さおりが米国のジャズバンドと組んだ「1969」が世界的にヒットし話題になっているが、米国で1位になったのはあくまで「jazz」部門なのである。一番権威のあるビルボードtop100の1位には到底なれない。そこで3週間1位になったのが「sukiyaki」なのだ。もちろんアジア初で、それ以降も1位はない。100年に一度の傑作と言ってもいい。ドリカム、ピンク・レディー、宇多田ヒカルと米国進出を狙ったアーティストは多いが、みな成功したとは言い難い。そう考えると、坂本九の快挙の価値が分かる。
「sukiyaki」には個人的思い入れもある。ロサンゼルス支局長時代の1994年、夕食の時、レストランでこの曲のアカペラ版を聴き、ビビビときた。調べると、そのアカペラ版が先のtop100に入っていたのだ。坂本九のオリジナルから数えると、3回目のヒットになる。そこで記事を書いた。朝日、毎日、読売、東京などにかなり大きく記事が掲載された。わたしの着眼がよかったということになり、自画自賛したものだ。今でも、小さな誇りだ。アカペラ版は、4PM (午後4時という意味だが、for positive music=前向きな音楽のために=、の頭文字でもある)というボルティモア出身の黒人4人グループによるもので、その後、8位まで上りつめる。2回目のヒットは1981年にさかのぼる。A Taste of Honeyという女性デュオ(黒人)によるもので、これは3位まで上りつめた。つまり、カバーは毎回、ヒットを繰り返していたのだ。坂本九の世界的大ヒットは1963年だから、名曲はいつまでたっても名曲ということです。
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2012年01月03日
YOU TUBE 中毒患者日記PART掘舛錣燭靴旅イな歌手サム・クックが「史上4位」にランクされていることを知り、驚き、感動しました
明けましておめでとうございます。
50年も前の話で恐縮です。わたしが都内の私立中学に合格し、父(養父)からお祝いに「ステレオ」を買ってもらった。そのステレオはビクター製で、幅150cm、高さ100cmぐらいあった。記憶は定かでないが、当時で10万円ぐらいしたと思う。父は町工場を経営していたが、そんなに余裕があるとは思えなかった。もっと安いのでよかった。でも、父は一番いいのにしろ、といって、買ってくれた。申し訳ないと思ったが、とてもいい音がした。低音の響きにしびれた。
ステレオありき、ではなく、もうそのころには既に米国のポップス好きになっていたと思う。でも、ステレオを買ってもらってから、音楽熱がエスカレートした。FEN(極東米軍放送)ラジオで毎週土曜夜にやっていた「ビルボードトップ20」(不確か)とかいう番組を楽しみにしていた。英語ができたわけではない。毎週トップ20か10の曲名をノートに書き写すうちに自然と英語が分かってきたのかもしれない。当時はプレスリー時代が終わり、ポール・アンカやニール・セダカ、パット・ブーンとかが幅をきかせていた。あの時代から1曲だけ選べ、と言われたら、Cascadesの「悲しき雨音」を挙げたい。時代を超えた名曲だと思う。こういう昔の曲に、時代を飛び越えて簡単にアクセスできるという意味では、いい時代になったものだ。
そうした時代に好きになったのが、R&B歌手の黒人サム・クックだった。なぜか、理由は自分でも分からない。R&Bでありながら、ポップスに近くとっつきやすかったのかもしれない。クロスオーバー(黒人にも白人にも愛される)として、その名が米国史に登場することもある。でも、彼は1964年、33歳の若さで愛人に射殺される。新聞の片隅で死亡記事を見つけた時はショックだった。中3のころだったと思う。とやたら前置きが長くなったが、言いたいのは、そんな50年近く前に亡くなっている人が、「歴史上偉大な歌手100人」の第4位にランクされていることを年末に知ったのだ。
もうクリックした方は、ご存知だが、米の「ローリング・ストーン」誌が2009年3月に選出したものだ。同誌の創設者を含む180人の専門家が選んでいるから、そんなにいい加減なものでもないと思う。1位のアレサ・フランクリンはちょっと意外だが、2位のレイ・チャールズ、3位のエルビス・プレスリーなどは妥当だと思う。というか、わたし的にはプレスリーが1位なのだが。どうだろう。アレサ・フランクリンは「ソウルの女王」と呼ばれ、いわば米国の美空ひばり的存在なのかもしれない。彼女をオバマ大統領が好んでおり、09年1月(投票の最中)に行われたオバマ大統領の就任式典でも、彼女が歌っているから、その印象も投票にかなり影響したのではないかと、わたしは見る。
サム・クックの代表的ヒット曲は「You Send Me(意訳=以下同:君に夢中さ)」だ。わたしも時々、カラオケで歌う。すると、サム・クックって?と訊かれる。でも、わたしがもっと好きなのは、「Twistin’ Yhe Night Away(ツイストで踊り明かそう)」かもしれない。夏の林間学校なんかで、こんな歌で、見よう見まねで、はやっていたダンス「ツイスト」らしきものをやったもんだ。とにかく、このサム・クックが4位ということには、ファンと言えるわたしでも?に思う。だって、5位はジョン・レノンであり、ベストテンにはスティービー・ワンダーやボブ・ディランが入っているが、サム・クックより下位なのだ。ちなみにポール・マッカートニーは11位、デヴィッド・ボウイが23位。マイケル・ジャクソンは25位。ホイットニー・ヒューストンは34位。エルトン・ジョン38位。マライア・キャリー79位。ショッキングなのは、わたしが歌のうまさではNO1と確信しているカレン・カーペンターが94位なのだ。
順位には疑問があるとは思う。100位まで見ていくと、へーこの人がこのランクなんだ、などと思ってしまう。マドンナやダイアナ・ロス、ビヨンセなどは100位以内にも入っていない。現役バリバリなのは、ちょうど100位のメアリー・J・ブライジぐらいかもしれない。サム・クックが亡くなったのは、人種差別撤廃を目指す黒人の公民権運動が最高潮に達している時代でもあった。で、彼が亡くなった年に発表したのが、「A Change is Gonna Come(変化が起きようとしている)」という曲だった。1位のアレサ・フランクリンが歌っているバージョンをリンクしておいた。なぜか、この曲はサム自身より、こちらの方がいいとわたしは感じている。でも、この記事を書くに当たって、もう1回聴いたら分からなくなった。やっぱりサムも悪くない。お時間のある方は聴き比べてみてはいかがでしょうか。
わたしが書きたかったのは、もう既にお分かりの通り、ガキのころの自分のテーストがまんざら的外れではなかったのではないか、という自慢だ。いや率直に言って、ここまで評価されると気味が悪いほどだ。それも50年後に「判明」するというのも、不思議な気がする。正月のYOU TUBE散策はそんなわけで、洋楽中心になった。紹介したい曲は多数あるが、ちょっとびっくりしたのはEXILEのAtsusiが、米の偉大な人気グループ、Boys 供。唯紕遒閥Ρ蕕靴討い襪發里あって、Atsusiが堂々と渡り合っていることだった。「End Of The Road」。歌の出来もそこそこ、共演して恥ずかしくないぐらいの仕上がり。これには参った。このビデオには偶然たどり着いたので、わたしは別にEXILEのファンではないのだ。きょうの中心テーマが、R&Bだったと思うので、これを最後に紹介する次第です。
ことしもよろしく。
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50年も前の話で恐縮です。わたしが都内の私立中学に合格し、父(養父)からお祝いに「ステレオ」を買ってもらった。そのステレオはビクター製で、幅150cm、高さ100cmぐらいあった。記憶は定かでないが、当時で10万円ぐらいしたと思う。父は町工場を経営していたが、そんなに余裕があるとは思えなかった。もっと安いのでよかった。でも、父は一番いいのにしろ、といって、買ってくれた。申し訳ないと思ったが、とてもいい音がした。低音の響きにしびれた。
ステレオありき、ではなく、もうそのころには既に米国のポップス好きになっていたと思う。でも、ステレオを買ってもらってから、音楽熱がエスカレートした。FEN(極東米軍放送)ラジオで毎週土曜夜にやっていた「ビルボードトップ20」(不確か)とかいう番組を楽しみにしていた。英語ができたわけではない。毎週トップ20か10の曲名をノートに書き写すうちに自然と英語が分かってきたのかもしれない。当時はプレスリー時代が終わり、ポール・アンカやニール・セダカ、パット・ブーンとかが幅をきかせていた。あの時代から1曲だけ選べ、と言われたら、Cascadesの「悲しき雨音」を挙げたい。時代を超えた名曲だと思う。こういう昔の曲に、時代を飛び越えて簡単にアクセスできるという意味では、いい時代になったものだ。
そうした時代に好きになったのが、R&B歌手の黒人サム・クックだった。なぜか、理由は自分でも分からない。R&Bでありながら、ポップスに近くとっつきやすかったのかもしれない。クロスオーバー(黒人にも白人にも愛される)として、その名が米国史に登場することもある。でも、彼は1964年、33歳の若さで愛人に射殺される。新聞の片隅で死亡記事を見つけた時はショックだった。中3のころだったと思う。とやたら前置きが長くなったが、言いたいのは、そんな50年近く前に亡くなっている人が、「歴史上偉大な歌手100人」の第4位にランクされていることを年末に知ったのだ。
もうクリックした方は、ご存知だが、米の「ローリング・ストーン」誌が2009年3月に選出したものだ。同誌の創設者を含む180人の専門家が選んでいるから、そんなにいい加減なものでもないと思う。1位のアレサ・フランクリンはちょっと意外だが、2位のレイ・チャールズ、3位のエルビス・プレスリーなどは妥当だと思う。というか、わたし的にはプレスリーが1位なのだが。どうだろう。アレサ・フランクリンは「ソウルの女王」と呼ばれ、いわば米国の美空ひばり的存在なのかもしれない。彼女をオバマ大統領が好んでおり、09年1月(投票の最中)に行われたオバマ大統領の就任式典でも、彼女が歌っているから、その印象も投票にかなり影響したのではないかと、わたしは見る。
サム・クックの代表的ヒット曲は「You Send Me(意訳=以下同:君に夢中さ)」だ。わたしも時々、カラオケで歌う。すると、サム・クックって?と訊かれる。でも、わたしがもっと好きなのは、「Twistin’ Yhe Night Away(ツイストで踊り明かそう)」かもしれない。夏の林間学校なんかで、こんな歌で、見よう見まねで、はやっていたダンス「ツイスト」らしきものをやったもんだ。とにかく、このサム・クックが4位ということには、ファンと言えるわたしでも?に思う。だって、5位はジョン・レノンであり、ベストテンにはスティービー・ワンダーやボブ・ディランが入っているが、サム・クックより下位なのだ。ちなみにポール・マッカートニーは11位、デヴィッド・ボウイが23位。マイケル・ジャクソンは25位。ホイットニー・ヒューストンは34位。エルトン・ジョン38位。マライア・キャリー79位。ショッキングなのは、わたしが歌のうまさではNO1と確信しているカレン・カーペンターが94位なのだ。
順位には疑問があるとは思う。100位まで見ていくと、へーこの人がこのランクなんだ、などと思ってしまう。マドンナやダイアナ・ロス、ビヨンセなどは100位以内にも入っていない。現役バリバリなのは、ちょうど100位のメアリー・J・ブライジぐらいかもしれない。サム・クックが亡くなったのは、人種差別撤廃を目指す黒人の公民権運動が最高潮に達している時代でもあった。で、彼が亡くなった年に発表したのが、「A Change is Gonna Come(変化が起きようとしている)」という曲だった。1位のアレサ・フランクリンが歌っているバージョンをリンクしておいた。なぜか、この曲はサム自身より、こちらの方がいいとわたしは感じている。でも、この記事を書くに当たって、もう1回聴いたら分からなくなった。やっぱりサムも悪くない。お時間のある方は聴き比べてみてはいかがでしょうか。
わたしが書きたかったのは、もう既にお分かりの通り、ガキのころの自分のテーストがまんざら的外れではなかったのではないか、という自慢だ。いや率直に言って、ここまで評価されると気味が悪いほどだ。それも50年後に「判明」するというのも、不思議な気がする。正月のYOU TUBE散策はそんなわけで、洋楽中心になった。紹介したい曲は多数あるが、ちょっとびっくりしたのはEXILEのAtsusiが、米の偉大な人気グループ、Boys 供。唯紕遒閥Ρ蕕靴討い襪發里あって、Atsusiが堂々と渡り合っていることだった。「End Of The Road」。歌の出来もそこそこ、共演して恥ずかしくないぐらいの仕上がり。これには参った。このビデオには偶然たどり着いたので、わたしは別にEXILEのファンではないのだ。きょうの中心テーマが、R&Bだったと思うので、これを最後に紹介する次第です。
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2011年12月28日
続・YOU TUBE 中毒患者日記〜井上陽水と宇多田ヒカルの共通点
世の中には、当然のことかもしれないが、井上陽水の好きな人種と嫌いな人種がいる。なんで、そんなところから書き始めたかというと、わたしは十数年前の地方勤務の際、会社の上司から「カラオケで陽水は歌うな」と命令調で言われたからだ。どうやら、その上司は陽水を生理的に受け付けないのだな、と分かった。僕の当時のレパートリーには、陽水が多かった。それを聴いて嫌になっていたのだ。当時から、カラオケで都はるみの「おんなの海峡」なんかは歌っていたのだが、どうしても歌っていくうちに陽水になってしまう。
わたしが言うまでもなく、井上陽水は間違いなく日本の生んだ不世出の天才である。歌が斬新だ。特に歌詞がユニーク。その典型は「傘がない」であろう。「都会では自殺する若者が増えている」と歌いだす。まず、歌詞に冒頭から「自殺」なんて入れたのは、ほかに例をみない。よくレコード会社が許したな、と思う。そして「だけども、問題はきょうの雨。傘がない」と歌は続く。世の中には大きな事件事故があり、喜怒哀楽がいっぱいある。でも、自分個人の目の前の小さな問題が自分にとっては、すべてなのだ。1970年代までには、そういう「自分の在り方」、世界観を軸にすえたような歌がなかった。陽水が切り開いた地平は無限大だ。タブーにさりげなく挑んだ先駆者である。
理屈はよそう。井上陽水で好きな曲は何かと問われれば、躊躇なく「リバーサイドホテル」を挙げる。この歌詞のでたらめさは半端ではない。詮索する気はないが、「金属のメタルで」、「川沿いリバーサイド」と重複を平気で歌っている。それから、「川に浮かんだプールでひと泳ぎ」という個所があるが、そんなもの、ありえますかねえ。でも、いいのです。すべてが仮想世界、幻想と思えば。何でも許せるのです。この歌には多数のコメントが寄せられているが、その中に「クレーの絵のような」という、さすがなコメントがあった。まさにクレーだ。ダリではなく。「歴史的世界的傑作」という賛辞もあった。「飾りじゃないのよ涙は」も素晴らしい。前奏部分から時折、アップになる女性ベース奏者、すごくかっこいい。
タイトルに書いたように、宇多田ヒカルとの共通点も多い。まず楽曲が斬新なこと。それまでの既成概念を破った。自作自演も共通している。デビュー曲「Automatic」を懐かしさを込めて、聴いてください。それから、著作権を理由に、YOU TUBEからの削除を求める動きが、アーティスト、レコード会社などから強まっている中、2人は割り切ってかどうか知らないが、自分の映像・音声をほとんど無制限に許可しているように見える。むしろ、YOU TUBEを積極的に利用する考え方なのかもしれない。宇多田はもっとも、PV(プロモーションビデオ)がほとんどだが。「Wait&See」のように、近未来的な乗り物に乗って、渋谷を飛ぶといった面白いCGのPVが多い。
そして極めつきは、もちろん「First Love」でしょう。この素晴らしいバラードは一度聴いたら、忘れられないものだ。イントロが特に好き。ウィキペディアによると、この曲をメーンにしたアルバムは日本内外で990万枚売れ、日本の歌としては(歌じゃなくてもだけど)史上1位の記録を塗り替えた。この記録は現在も破られていない。という枚数の話ではなく、この人の感性はどこから来たのか、が?である。母、藤圭子もYOU TUBEで聴くことができる。例えば、代表作の一つ、「圭子の夢は夜ひらく」。このブルースの味は、確実に娘に引き継がれている。ハスキーな声質も。そう思いませんか。この味わいと、アメリカ生活で聴いたであろう、ポップスやR&Bが宇多田ヒカルの中でうまく融合したと言えるかもしれない。
バラードと書いてきて、近年のこの人たちのYOU TUBEもここで紹介しておきたい。わたしの好きな曲という意味で。まず、コブクロの「流星」。これは長く残る名曲中の名曲でしょう。デュオ2人の声の質が違うところに、しびれる。デュオといえば、ゆす、もかなり好きだ。NHKのアテネ五輪テーマソングになったので、みみたこ、になった感があるが、「栄光の架橋」もまた名曲と言えるだろう。ゆず、は映像付きのものがあまりないのが残念。アヤパン(高島彩)と結婚したのはどっちだっけ。
ここで、都はるみファンとして、こんなに「浮気」をしていいものだろうかと、自問自答する。なので、昭和の演歌に戻って、今年の最後を締めくくりたい。推薦するのは三橋美智也(1930〜1996)の「星屑の町」だ。昭和37年=1962年(半世紀前ですよ)の歌だが、わたしは古さを感じない。ハイトーンが澄み切っていて、爽快になる。ちなみに三橋は、18枚のミリオンセラーを持ち、総セールス・レコードが1億枚を超えていて、2005年時点では(ウィキペディアによる)日本の歌手のトップである。この「星屑の町」をわたしが最近猛烈に好きになった、ちあきなおみが歌うとこうなる。歌手によって、こんなに違ってくるんだ。
皆さん、よいお年を。
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わたしが言うまでもなく、井上陽水は間違いなく日本の生んだ不世出の天才である。歌が斬新だ。特に歌詞がユニーク。その典型は「傘がない」であろう。「都会では自殺する若者が増えている」と歌いだす。まず、歌詞に冒頭から「自殺」なんて入れたのは、ほかに例をみない。よくレコード会社が許したな、と思う。そして「だけども、問題はきょうの雨。傘がない」と歌は続く。世の中には大きな事件事故があり、喜怒哀楽がいっぱいある。でも、自分個人の目の前の小さな問題が自分にとっては、すべてなのだ。1970年代までには、そういう「自分の在り方」、世界観を軸にすえたような歌がなかった。陽水が切り開いた地平は無限大だ。タブーにさりげなく挑んだ先駆者である。
理屈はよそう。井上陽水で好きな曲は何かと問われれば、躊躇なく「リバーサイドホテル」を挙げる。この歌詞のでたらめさは半端ではない。詮索する気はないが、「金属のメタルで」、「川沿いリバーサイド」と重複を平気で歌っている。それから、「川に浮かんだプールでひと泳ぎ」という個所があるが、そんなもの、ありえますかねえ。でも、いいのです。すべてが仮想世界、幻想と思えば。何でも許せるのです。この歌には多数のコメントが寄せられているが、その中に「クレーの絵のような」という、さすがなコメントがあった。まさにクレーだ。ダリではなく。「歴史的世界的傑作」という賛辞もあった。「飾りじゃないのよ涙は」も素晴らしい。前奏部分から時折、アップになる女性ベース奏者、すごくかっこいい。
タイトルに書いたように、宇多田ヒカルとの共通点も多い。まず楽曲が斬新なこと。それまでの既成概念を破った。自作自演も共通している。デビュー曲「Automatic」を懐かしさを込めて、聴いてください。それから、著作権を理由に、YOU TUBEからの削除を求める動きが、アーティスト、レコード会社などから強まっている中、2人は割り切ってかどうか知らないが、自分の映像・音声をほとんど無制限に許可しているように見える。むしろ、YOU TUBEを積極的に利用する考え方なのかもしれない。宇多田はもっとも、PV(プロモーションビデオ)がほとんどだが。「Wait&See」のように、近未来的な乗り物に乗って、渋谷を飛ぶといった面白いCGのPVが多い。
そして極めつきは、もちろん「First Love」でしょう。この素晴らしいバラードは一度聴いたら、忘れられないものだ。イントロが特に好き。ウィキペディアによると、この曲をメーンにしたアルバムは日本内外で990万枚売れ、日本の歌としては(歌じゃなくてもだけど)史上1位の記録を塗り替えた。この記録は現在も破られていない。という枚数の話ではなく、この人の感性はどこから来たのか、が?である。母、藤圭子もYOU TUBEで聴くことができる。例えば、代表作の一つ、「圭子の夢は夜ひらく」。このブルースの味は、確実に娘に引き継がれている。ハスキーな声質も。そう思いませんか。この味わいと、アメリカ生活で聴いたであろう、ポップスやR&Bが宇多田ヒカルの中でうまく融合したと言えるかもしれない。
バラードと書いてきて、近年のこの人たちのYOU TUBEもここで紹介しておきたい。わたしの好きな曲という意味で。まず、コブクロの「流星」。これは長く残る名曲中の名曲でしょう。デュオ2人の声の質が違うところに、しびれる。デュオといえば、ゆす、もかなり好きだ。NHKのアテネ五輪テーマソングになったので、みみたこ、になった感があるが、「栄光の架橋」もまた名曲と言えるだろう。ゆず、は映像付きのものがあまりないのが残念。アヤパン(高島彩)と結婚したのはどっちだっけ。
ここで、都はるみファンとして、こんなに「浮気」をしていいものだろうかと、自問自答する。なので、昭和の演歌に戻って、今年の最後を締めくくりたい。推薦するのは三橋美智也(1930〜1996)の「星屑の町」だ。昭和37年=1962年(半世紀前ですよ)の歌だが、わたしは古さを感じない。ハイトーンが澄み切っていて、爽快になる。ちなみに三橋は、18枚のミリオンセラーを持ち、総セールス・レコードが1億枚を超えていて、2005年時点では(ウィキペディアによる)日本の歌手のトップである。この「星屑の町」をわたしが最近猛烈に好きになった、ちあきなおみが歌うとこうなる。歌手によって、こんなに違ってくるんだ。
皆さん、よいお年を。
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2011年12月17日
YOU TUBE 中毒患者日記〜島津亜矢の「俵星玄蕃」を是非1回聴いてみてください
そもそも、アマゾンが悪いのだ。危険を承知で、クレジットカードナンバーを登録したため、6ケタのパスワードを入れさえすれば、何でも買える。自分の財布に触らないので、金を使っている気がしない。注文即→宅配だから「中毒」になる。それで、ヘッドフォンを3つ立て続けに買ってしまった。ベッドの脇に置いてある小さなDVDプレーヤーが対象なので、2つ余る。そこで、1つを居間にあるPCにつなげた。耳を完全に覆う大きなタイプだ。そこから別のもう1つの「中毒」が始まった。
と、前置きが長くなった。そう、今回は「YOU TUBE中毒」である。ヘッドフォンで音量を上げ、家族がテレビを見ている時も、1人黙々とYOU TUBE で遊んでいる。すぐに2、3時間はたつ。それが最近の日常だ。結論を急ごう。YOU TUBE で視聴者のコメントを読むのが面白いし、役立つ。そこで知ったのが、演歌歌手の島津亜矢だ。歌のうまい人として、美空ひばりなどと並んで、いつもこの名前が出てくる。最初は、へえーと思っていたが、試しに聴いてみて仰天した。特に「俵星玄蕃」。これは何度聴いても絶品。一言で言えば、潔い歌かな。三波春夫のオリジナルを超えていると断言できる。
歌いっぷりがまずいい。振袖姿で両脚をやや開き、どーんと構える。その姿に、ある種の覚悟のようなものを感じる。開き直ったというか。凛としている。まさに仁王立ち。声量は豊か。声がよく伸びる。すごく気持ちがいい。声が伸びすぎて、やや粗っぽく聞こえるところも、かえって、なんだか突き抜けた爽快感がある。迫力は半端ない。40歳。紅白には10数年前に1回出ただけ。ウィキペディアによると、大ヒットもないようだ。そんな地味な存在なのに、YOU TUBEで真価を知ることができた。著作権問題(正論だが)で削除される映像も多いが、YOU TUBEの存在意義も見直されていいのではないか。YOU TUBEで知って、CDやDVDを買うというケースも多いと思う。島津亜矢に戻ると、もしかしたら、美空ひばりの後継者的存在なのでは、とまで思った。島津はほかに「白虎隊」もいいし、「昭和演歌メドレー」も楽しい。
わたしはこのブログを読んでくださっている方はお分かりと思うが、都はるみのファンである。最近は、宮崎アニメ「おもひでぽろぽろ」の主題歌「愛は花・君はその種子」をよく聴く。癒される感じ。都はるみはいろいろ歌えるのだ。浪曲入りの「王将一代 小春しぐれ」は保守本流という雰囲気。8分半もある。これを紅白で歌ったらどうだろう。でも、もし紅白復帰があるとすれば、「ムカシ」あたりが順当なところだろう。これも新機軸で初めての方には新鮮に聞こえるはずである。その都の、ポップス的な「小樽運河」を聴き終えた瞬間、画面に大きく出てきたのが、なんと、ちあきなおみの「黄昏のビギン」であった。結果的にはなるほどと思うが、おやっというような、こういう「関連付け」、「推薦映像」の巧みさが、YOU TUBEの優れた特徴である(アマゾンにも似た機能があるが)。
書き忘れたが、歌のうまい人にはこの、ちあきなおみもよく挙げられている。「黄昏のビギン」はもともと水原弘の歌で、水原の渋い声も悪くないが、ちなみのさらっとした歌い方が際立っている。「上を向いて歩こう」の中村八大作曲、永六輔作詞のコンビによる作品で、楽曲のよさは抜群だ。濁りきった心が洗われる感じがする。永遠の名曲。いまもテレビCM(TOYOTA)に使われている。ちあきでは他に、意外性という意味で「矢切りの渡し」なんかどうだろう。何を歌わせても、うまいが、この演歌はちあきが歌うと、別のジャンルに聞こえる。視聴者のコメントで知ったのだが(真偽は確認のしようもないながら)、美空ひばりが一番恐れていたのが、ちあきなおみだという。そう言ったとしても不思議ではない。わたしは彼女の現役時代(引退して20年になる)も、もちろん知っているが、お色気の方ばかり気にしていたように記憶している。
ちあきなおみあたりに行くと、ポップス系の歌手が右の欄に「関連付け」、「推薦」で登場してくる。昨日は、アン・ルイスあたりを聴いてしまった。彼女の「六本木心中」は昔から好きだったが、第二のヒット曲「ああ無情」とともに、YOU TUBEでの再生回数が100万回を超えていた(その後再チェックしたら、ああ無情は100万行っていなかった)。若い世代にも「信者」が多いようだ。心強いことである。自分の感覚が間違っていなかった(?)と妙に安心した。ちなみに100万回再生というのは、削除→アップロード→削除→アップロードを繰り返しているとみられるYOU TUBEでは相当なものである。さきほどの「黄昏のビギン」も100万回超えだった。最初に取り上げた「俵星玄蕃」は5万回程度である。たいていがそうなのだ。英国のオーディション番組なんかでは1億回再生というのも見つけたが、7歳の女の子はここで取り上げるほどのインパクトはなかった。
きょうは、テレビで宝塚出身の黒木瞳と大地真央がデュエットで歌っている曲が気になった。いい曲なのだ。歌のタイトルは見逃したが、歌詞から見当をつけ、竹内まりやの「人生の扉」と分かった。YOU TUBEで聴く。これがまた素晴らしい。ど真ん中のストレートという趣の歌詞が、照れ臭いけど、いい。そういえば、わたしもかつて、カラオケでこの歌に挑戦したことがあったが、見事に失敗した記憶がある。それからは、旦那の山下達郎を聴き、その延長線上(?)で高橋真梨子(例えば「時間よ止まれ」)、矢沢永吉なんかを楽しむ。思えば、島津亜矢から始まって随分遠くに来てしまった。これは一つの旅だ。YOU TUBEの醍醐味。これ以上、いくらでも出てくるが、このあたりで「無料の快楽」の話は止めておこう。プレスリー、カーペンターズからマイケル・ジャクソン、そしてラビ・シャンカールまで古今東西、なんでもパソコンでタダで見られる現代に生きている幸せを感じる。皆さんも、是非、歌をクリックして、わたしの言っていることがどれほどのものか、確かめていただきたい。
(追記1)別件。このあいだ、野田首相が「原発事故は収束した」と発言したのは、取り返しのつかないミス。被災地が反発するのは当然だ。少なくとも「事故収束に向けた最初の大きな山場を超えた」とでも言うべきだった。
(追記2)別件。金正日総書記死去の後を受け、後継者とされる3男、金正恩氏。28歳というのに、あの体型はなんだ。二重あごだし。自己管理がなっていない証拠。北朝鮮はこれからうまくいくはずがない。
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歌いっぷりがまずいい。振袖姿で両脚をやや開き、どーんと構える。その姿に、ある種の覚悟のようなものを感じる。開き直ったというか。凛としている。まさに仁王立ち。声量は豊か。声がよく伸びる。すごく気持ちがいい。声が伸びすぎて、やや粗っぽく聞こえるところも、かえって、なんだか突き抜けた爽快感がある。迫力は半端ない。40歳。紅白には10数年前に1回出ただけ。ウィキペディアによると、大ヒットもないようだ。そんな地味な存在なのに、YOU TUBEで真価を知ることができた。著作権問題(正論だが)で削除される映像も多いが、YOU TUBEの存在意義も見直されていいのではないか。YOU TUBEで知って、CDやDVDを買うというケースも多いと思う。島津亜矢に戻ると、もしかしたら、美空ひばりの後継者的存在なのでは、とまで思った。島津はほかに「白虎隊」もいいし、「昭和演歌メドレー」も楽しい。
わたしはこのブログを読んでくださっている方はお分かりと思うが、都はるみのファンである。最近は、宮崎アニメ「おもひでぽろぽろ」の主題歌「愛は花・君はその種子」をよく聴く。癒される感じ。都はるみはいろいろ歌えるのだ。浪曲入りの「王将一代 小春しぐれ」は保守本流という雰囲気。8分半もある。これを紅白で歌ったらどうだろう。でも、もし紅白復帰があるとすれば、「ムカシ」あたりが順当なところだろう。これも新機軸で初めての方には新鮮に聞こえるはずである。その都の、ポップス的な「小樽運河」を聴き終えた瞬間、画面に大きく出てきたのが、なんと、ちあきなおみの「黄昏のビギン」であった。結果的にはなるほどと思うが、おやっというような、こういう「関連付け」、「推薦映像」の巧みさが、YOU TUBEの優れた特徴である(アマゾンにも似た機能があるが)。
書き忘れたが、歌のうまい人にはこの、ちあきなおみもよく挙げられている。「黄昏のビギン」はもともと水原弘の歌で、水原の渋い声も悪くないが、ちなみのさらっとした歌い方が際立っている。「上を向いて歩こう」の中村八大作曲、永六輔作詞のコンビによる作品で、楽曲のよさは抜群だ。濁りきった心が洗われる感じがする。永遠の名曲。いまもテレビCM(TOYOTA)に使われている。ちあきでは他に、意外性という意味で「矢切りの渡し」なんかどうだろう。何を歌わせても、うまいが、この演歌はちあきが歌うと、別のジャンルに聞こえる。視聴者のコメントで知ったのだが(真偽は確認のしようもないながら)、美空ひばりが一番恐れていたのが、ちあきなおみだという。そう言ったとしても不思議ではない。わたしは彼女の現役時代(引退して20年になる)も、もちろん知っているが、お色気の方ばかり気にしていたように記憶している。
ちあきなおみあたりに行くと、ポップス系の歌手が右の欄に「関連付け」、「推薦」で登場してくる。昨日は、アン・ルイスあたりを聴いてしまった。彼女の「六本木心中」は昔から好きだったが、第二のヒット曲「ああ無情」とともに、YOU TUBEでの再生回数が100万回を超えていた(その後再チェックしたら、ああ無情は100万行っていなかった)。若い世代にも「信者」が多いようだ。心強いことである。自分の感覚が間違っていなかった(?)と妙に安心した。ちなみに100万回再生というのは、削除→アップロード→削除→アップロードを繰り返しているとみられるYOU TUBEでは相当なものである。さきほどの「黄昏のビギン」も100万回超えだった。最初に取り上げた「俵星玄蕃」は5万回程度である。たいていがそうなのだ。英国のオーディション番組なんかでは1億回再生というのも見つけたが、7歳の女の子はここで取り上げるほどのインパクトはなかった。
きょうは、テレビで宝塚出身の黒木瞳と大地真央がデュエットで歌っている曲が気になった。いい曲なのだ。歌のタイトルは見逃したが、歌詞から見当をつけ、竹内まりやの「人生の扉」と分かった。YOU TUBEで聴く。これがまた素晴らしい。ど真ん中のストレートという趣の歌詞が、照れ臭いけど、いい。そういえば、わたしもかつて、カラオケでこの歌に挑戦したことがあったが、見事に失敗した記憶がある。それからは、旦那の山下達郎を聴き、その延長線上(?)で高橋真梨子(例えば「時間よ止まれ」)、矢沢永吉なんかを楽しむ。思えば、島津亜矢から始まって随分遠くに来てしまった。これは一つの旅だ。YOU TUBEの醍醐味。これ以上、いくらでも出てくるが、このあたりで「無料の快楽」の話は止めておこう。プレスリー、カーペンターズからマイケル・ジャクソン、そしてラビ・シャンカールまで古今東西、なんでもパソコンでタダで見られる現代に生きている幸せを感じる。皆さんも、是非、歌をクリックして、わたしの言っていることがどれほどのものか、確かめていただきたい。
(追記1)別件。このあいだ、野田首相が「原発事故は収束した」と発言したのは、取り返しのつかないミス。被災地が反発するのは当然だ。少なくとも「事故収束に向けた最初の大きな山場を超えた」とでも言うべきだった。
(追記2)別件。金正日総書記死去の後を受け、後継者とされる3男、金正恩氏。28歳というのに、あの体型はなんだ。二重あごだし。自己管理がなっていない証拠。北朝鮮はこれからうまくいくはずがない。
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2011年12月02日
「適応障害」の雅子・皇太子妃は国家にとって計り知れない損失ではないか
「女性宮家」創設を政府が検討を始めたという。官房長官が明言した。そのためには皇室典範(単なる法律なのに、このようないかめしい名称であることに留意したい。戦前を踏襲した名称ではなく、「皇室法」などとすべきだ)の改正が必要となる。確かに秋篠宮の長男が皇太子となり、いつの日にか天皇となる時期には皇族がその長男オンリーとなる恐れもあり、天皇の系統を絶やさない意味では政府が検討をするのは当然のことである。
それ以前にわたしが懸念するのは、皇太子夫妻のことだ。インターネットの世界では、すさまじい勢いで、「雅子妃バッシング」が展開されている。そのどぎつさには辟易する。可哀想な思いにとらわれる。病は本人の責任ではないのだから。しかし、雅子妃が「ロイヤル・ニート」と呼ばれることは、実態として仕方がない気がする。わたしは四半世紀前に宮内庁担当をしていたこともあり、著書もいくつかあるが、その経験から少し書く。また、わたしは4種類の睡眠導入剤を毎晩のむ重度の「睡眠障害(俗に不眠症)」を患っているから、心の病に少しは理解があると自負している。なので少し書く。
雅子妃が「適応障害」という心の病を患われていることは広く知られている。しかし、その適応障害とは何か、と問い詰めていくとよく分からなくなる。秘密のベールに隠れているところが一番よくない。病気を持ちだせば、何でも許されてしまう。わたしが懸念することは多分、多くの国民が思っていることと同じである。皇太子妃としての「機能」を果たせないということは、皇后になっても「機能」が果たせないということになる。その恐れだ。それは、大げさに言えば、「国家の危機」である。
機能を果たしていないのは特に外交面だ。先日、国賓として来日したブータン国王夫妻は、震災で疲弊した我が国にさわやかな風をもたらしたが、雅子妃は公的にも私的にも一度として顔を見せなかった。皇后さまは、体調がすぐれない中、単独で迎賓館に出向くなどして接遇されていたが、そういうことは1回もなかった。もちろん、医師に言わせれば、雅子妃がそんなことをしたら、適応障害が悪化するということになるのだろう。しかし、非公式に訪問するのなら報道もされないし、宮内庁が後で発表すればいいことである。それも出来ないというのか。
外遊も皇太子お1人だ。痛ましい姿だ。ご夫妻揃ってこその外国訪問なのに。妃殿下がいてこそ、相手国の国民は興味を持つ、といっても過言ではない。わたしは今の天皇、皇后が皇太子夫妻時代、北欧4カ国を公式訪問された際、同行したことがあるが、どこへ行っても話題は美智子妃の気品であり、美しさであり、着物姿の素晴らしさであった。優雅で機微に富んだ美智子妃の一挙手一投足すべてが、好意的に報道された。いまはそういう光景がまったく見られないのである。
国家の損失は計り知れない。ではどうすればいいのか。皇室典範を改正して、皇族にも離婚を可能にする必要がある。別居状態が長く続く三笠宮寛仁夫妻も、はっきり離婚した方が双方にいいのではないか。皇太子が離婚して、若い女性と再婚するのが一番であろうが、皇太子は頑な人だから、一度真剣に愛した女性とは別れるのは不可能であろう。しかし、世論がいまのままでは、国家として危ういという警鐘を高く鳴らせば、道は開かれるかもしれない。
妃殿下の病気といっても、やはり皇太子も責任を免れないだろう。愛子内親王を中心に家族第一でやっていることはいかがなものか。家族愛も大切だが、皇太子は皇位継承順位1位として、公の仕事、公務がなにより重要なのではないか。国民を思う気持ちが前面に出ないといけない。そのために恐らく警備も含めれば100人以上のスタッフが働き、何十億円もの税金が使われているのだ。「マイホームパパ」のイメージが強くなりすぎた皇太子は、国民とともに歩む天皇像からかけ離れている。
いずれにしても、このままの状態を放置できるはずがない。外交行事と並んで、皇室の責務である宮中祭祀にも消極的とされる雅子妃。父親の小和田・元国連大使の意味不明な「欲」で、皇室に入れられたのだと今でははっきりと回顧できる。小和田氏の言動から、今日の事態も想像できたような気がする(詳述できない)。皇室典範の改正には、かつての小泉信三・宮内庁参与(元慶応義塾塾長)のような人格的にも圧倒的な人物の存在が必要になるが、いまの時代にそのような人物はいるのだろうか。いないとすれば、暗い日本の近未来が予想される。別に皇室がすべてではないが、日本国には欠かせないのが皇室なのではないだろうか。何しろ憲法第1条は天皇条項なのだから。
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それ以前にわたしが懸念するのは、皇太子夫妻のことだ。インターネットの世界では、すさまじい勢いで、「雅子妃バッシング」が展開されている。そのどぎつさには辟易する。可哀想な思いにとらわれる。病は本人の責任ではないのだから。しかし、雅子妃が「ロイヤル・ニート」と呼ばれることは、実態として仕方がない気がする。わたしは四半世紀前に宮内庁担当をしていたこともあり、著書もいくつかあるが、その経験から少し書く。また、わたしは4種類の睡眠導入剤を毎晩のむ重度の「睡眠障害(俗に不眠症)」を患っているから、心の病に少しは理解があると自負している。なので少し書く。
雅子妃が「適応障害」という心の病を患われていることは広く知られている。しかし、その適応障害とは何か、と問い詰めていくとよく分からなくなる。秘密のベールに隠れているところが一番よくない。病気を持ちだせば、何でも許されてしまう。わたしが懸念することは多分、多くの国民が思っていることと同じである。皇太子妃としての「機能」を果たせないということは、皇后になっても「機能」が果たせないということになる。その恐れだ。それは、大げさに言えば、「国家の危機」である。
機能を果たしていないのは特に外交面だ。先日、国賓として来日したブータン国王夫妻は、震災で疲弊した我が国にさわやかな風をもたらしたが、雅子妃は公的にも私的にも一度として顔を見せなかった。皇后さまは、体調がすぐれない中、単独で迎賓館に出向くなどして接遇されていたが、そういうことは1回もなかった。もちろん、医師に言わせれば、雅子妃がそんなことをしたら、適応障害が悪化するということになるのだろう。しかし、非公式に訪問するのなら報道もされないし、宮内庁が後で発表すればいいことである。それも出来ないというのか。
外遊も皇太子お1人だ。痛ましい姿だ。ご夫妻揃ってこその外国訪問なのに。妃殿下がいてこそ、相手国の国民は興味を持つ、といっても過言ではない。わたしは今の天皇、皇后が皇太子夫妻時代、北欧4カ国を公式訪問された際、同行したことがあるが、どこへ行っても話題は美智子妃の気品であり、美しさであり、着物姿の素晴らしさであった。優雅で機微に富んだ美智子妃の一挙手一投足すべてが、好意的に報道された。いまはそういう光景がまったく見られないのである。
国家の損失は計り知れない。ではどうすればいいのか。皇室典範を改正して、皇族にも離婚を可能にする必要がある。別居状態が長く続く三笠宮寛仁夫妻も、はっきり離婚した方が双方にいいのではないか。皇太子が離婚して、若い女性と再婚するのが一番であろうが、皇太子は頑な人だから、一度真剣に愛した女性とは別れるのは不可能であろう。しかし、世論がいまのままでは、国家として危ういという警鐘を高く鳴らせば、道は開かれるかもしれない。
妃殿下の病気といっても、やはり皇太子も責任を免れないだろう。愛子内親王を中心に家族第一でやっていることはいかがなものか。家族愛も大切だが、皇太子は皇位継承順位1位として、公の仕事、公務がなにより重要なのではないか。国民を思う気持ちが前面に出ないといけない。そのために恐らく警備も含めれば100人以上のスタッフが働き、何十億円もの税金が使われているのだ。「マイホームパパ」のイメージが強くなりすぎた皇太子は、国民とともに歩む天皇像からかけ離れている。
いずれにしても、このままの状態を放置できるはずがない。外交行事と並んで、皇室の責務である宮中祭祀にも消極的とされる雅子妃。父親の小和田・元国連大使の意味不明な「欲」で、皇室に入れられたのだと今でははっきりと回顧できる。小和田氏の言動から、今日の事態も想像できたような気がする(詳述できない)。皇室典範の改正には、かつての小泉信三・宮内庁参与(元慶応義塾塾長)のような人格的にも圧倒的な人物の存在が必要になるが、いまの時代にそのような人物はいるのだろうか。いないとすれば、暗い日本の近未来が予想される。別に皇室がすべてではないが、日本国には欠かせないのが皇室なのではないだろうか。何しろ憲法第1条は天皇条項なのだから。
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2011年11月26日
ツアー最年長41歳のクルム伊達公子、執念の下部大会出場強行で世界ランキング急上昇
タフネス伊達に脱帽ー。テニスの世界も、言うまでもなく、いろいろなレベルがある。ウィンブルドン大会のような華やかなグランドスラム4大会を頂点として、男子はATPツアー、女子はWTAツアーというのが年間を通して25試合ぐらいある(同じ週に2つの大会が同時進行というケースもあるが、それを1つとして勘定)。そこに出るのには、一定の世界ランキングが必要で、ランキング下位の場合は予選(通常3試合勝って本戦に出られる)から大会に出ないといけない。ずっと下位だと予選すら出られない(以下このあたり詳述)。
女子に限って話を進めると、WTAなんかは、いわばメジャーリーグ。空港への出迎えから、ホテル、食事、マッサージなど豪華なところで、VIP接遇を受ける。これに対し、マイナーにあたるのがITFツアーという。下部大会なので、ほとんど報道もされない。ホテルも狭くてぐーんと落ちるし、ほかのサービスもしかり。ドサ回りに近い。でも、世界ランキング100位以下の選手はここでポイントを積み上げ、WTAへの昇格を狙う。ここでも予選があり、あんまりランクが低いと予選からになる。
なんで、こんなことを延々と書いたかというと、41歳のクルム伊達公子がこのマイナーなITFツアーにこのところ毎週のように参加しているからだ。伊達は現役復帰後、最高で50位ぐらいまでいった。ただ、ことしは不調で1回戦負けが多く、70位台ぐらいまで落ちていた。ここでとどまれば問題はない。しかし、10〜11月の試合で昨年は準優勝など好成績を残していたため、その獲得ポイントが1年でどんどん消滅していったのである。
最悪144位まで順位を下げた。このランキングだと、どの試合も予選が精一杯。しかし、伊達は諦めなかった。ITFでポイントを稼いでやろうと決意した。フランスの知らない町・ポワティエで開かれたITFに出場。いきなり優勝してしまった。これでかなり順位を上げた。さらに翌週には台湾でのITFに強行出場(欧州との往復だけで大変。時差もあるし)。ほとんど休養日なし。ここでも決勝では、47位(現在)の森田あゆみに敗れたものの、準優勝となり、さらに順位を上げ、とうとう100位にまで戻した。
100位なら、目前のグランドスラム、全豪に予選からではなく、いきなり本戦に出られる位置だ。ストレートインという。全豪は128人が出場できるからだ。主催者推薦枠、予選勝ち上がり枠などを除いても、104位までは本戦から出られると言われている。しかし、伊達は満足していない。翌々週、すなわち今週、愛知県豊田市で開かれているITF大会に出場(名前だけは、ダンロップ・ワールド・チャレンジとかっこいい?)。ここでも決勝に進んだ。
あすの決勝の結果にかかわらず、獲得ポイントでもう80位台が確定した。伊達のタフネスぶりに脱帽である。いつ2度目の引退かともささやかれていた伊達だが、この調子だと、あと2、3年くらいは楽しませてくれそうである。ツアー最年長選手に改めて拍手を送る。来年こそ、1回戦負けは少なくしてほしい。若いころ以上のハードなトレーニングをしていることをブログなどで知っているだけに応援したくなる。
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女子に限って話を進めると、WTAなんかは、いわばメジャーリーグ。空港への出迎えから、ホテル、食事、マッサージなど豪華なところで、VIP接遇を受ける。これに対し、マイナーにあたるのがITFツアーという。下部大会なので、ほとんど報道もされない。ホテルも狭くてぐーんと落ちるし、ほかのサービスもしかり。ドサ回りに近い。でも、世界ランキング100位以下の選手はここでポイントを積み上げ、WTAへの昇格を狙う。ここでも予選があり、あんまりランクが低いと予選からになる。
なんで、こんなことを延々と書いたかというと、41歳のクルム伊達公子がこのマイナーなITFツアーにこのところ毎週のように参加しているからだ。伊達は現役復帰後、最高で50位ぐらいまでいった。ただ、ことしは不調で1回戦負けが多く、70位台ぐらいまで落ちていた。ここでとどまれば問題はない。しかし、10〜11月の試合で昨年は準優勝など好成績を残していたため、その獲得ポイントが1年でどんどん消滅していったのである。
最悪144位まで順位を下げた。このランキングだと、どの試合も予選が精一杯。しかし、伊達は諦めなかった。ITFでポイントを稼いでやろうと決意した。フランスの知らない町・ポワティエで開かれたITFに出場。いきなり優勝してしまった。これでかなり順位を上げた。さらに翌週には台湾でのITFに強行出場(欧州との往復だけで大変。時差もあるし)。ほとんど休養日なし。ここでも決勝では、47位(現在)の森田あゆみに敗れたものの、準優勝となり、さらに順位を上げ、とうとう100位にまで戻した。
100位なら、目前のグランドスラム、全豪に予選からではなく、いきなり本戦に出られる位置だ。ストレートインという。全豪は128人が出場できるからだ。主催者推薦枠、予選勝ち上がり枠などを除いても、104位までは本戦から出られると言われている。しかし、伊達は満足していない。翌々週、すなわち今週、愛知県豊田市で開かれているITF大会に出場(名前だけは、ダンロップ・ワールド・チャレンジとかっこいい?)。ここでも決勝に進んだ。
あすの決勝の結果にかかわらず、獲得ポイントでもう80位台が確定した。伊達のタフネスぶりに脱帽である。いつ2度目の引退かともささやかれていた伊達だが、この調子だと、あと2、3年くらいは楽しませてくれそうである。ツアー最年長選手に改めて拍手を送る。来年こそ、1回戦負けは少なくしてほしい。若いころ以上のハードなトレーニングをしていることをブログなどで知っているだけに応援したくなる。
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2011年11月21日
たった11球で新たな野球伝説をつくった小兵、森福投手が真のMVPではないのか
プロ野球日本一に福岡ソフトバンクホークスがついた。中日とのロースコアの神経戦を勝ち抜いた。秋山監督は「とにかく疲れました」と優勝インタビューで語っていたが、ナインも同じように神経をすり減らしたに違いない。見る者には打撃戦の方が楽しいが、たまにはこういう投高打低のシリーズもあっていい。
MVPには40歳の小久保が選ばれた。第4、5戦で先制タイムリーを放っているから、資格は十分にある。というか、今回の日本シリーズは、日替わりのヒーローという感じで、MVP選出はきわめて困難と思われた。小久保の受賞には、最年長受賞で年功という側面もあったように理解できる。わたしは密かにMVPは森福投手だと思っていた。「森福の11球」は、新たな野球伝説として鮮やかにファンの脳裏に刻まれているからだ。
改めて言うまでもないが、森福投手は第4戦、2−1とホークスリードの場面ながら、6回裏無死満塁という絶体絶命のピンチで登板した。この試合を落とせば、中日の3勝1敗となり、シリーズの流れは大きく中日に傾く。そんな重大な場面で、森福はたった11球で3者凡退に抑えたのだ。この快投の意義は限りなく大きい。身長は公称で171cmの小兵(公称なので実際は168cmぐらいかもしれない)。それが大きな仕事を成し遂げた。流れを引き寄せた。年俸2400万円の男の仕事とは思えない。「江夏の21球」や「江夏のオールスター9連続三振」を超えたと思う。
正直なところ、わたしはそんなに熱心な野球ファンではない。森福の名前だけは知っていたが、今回初めて、実際の投球を見た。そんなわたしが、あっという間に森福ファンになってしまった。体をクルッと回転させて投げる。でもコントロールが抜群。球のキレが抜群。小気味いい投法。実に渋い、味わいのある投手だ。
野村克也監督時代の社会人野球「シダックス」に在籍していた。そんな野村氏が昨夜テレビの解説者で出演、「森福には教えられることの方が多かった」と述懐していた。ちょっと驚いた。小柄な森福がプロで活躍できるとは思っていなかったという。精神力にも脱帽、と言っていた。わたしはくどいようだが、今回の真のMVPは森福だと信じている。
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MVPには40歳の小久保が選ばれた。第4、5戦で先制タイムリーを放っているから、資格は十分にある。というか、今回の日本シリーズは、日替わりのヒーローという感じで、MVP選出はきわめて困難と思われた。小久保の受賞には、最年長受賞で年功という側面もあったように理解できる。わたしは密かにMVPは森福投手だと思っていた。「森福の11球」は、新たな野球伝説として鮮やかにファンの脳裏に刻まれているからだ。
改めて言うまでもないが、森福投手は第4戦、2−1とホークスリードの場面ながら、6回裏無死満塁という絶体絶命のピンチで登板した。この試合を落とせば、中日の3勝1敗となり、シリーズの流れは大きく中日に傾く。そんな重大な場面で、森福はたった11球で3者凡退に抑えたのだ。この快投の意義は限りなく大きい。身長は公称で171cmの小兵(公称なので実際は168cmぐらいかもしれない)。それが大きな仕事を成し遂げた。流れを引き寄せた。年俸2400万円の男の仕事とは思えない。「江夏の21球」や「江夏のオールスター9連続三振」を超えたと思う。
正直なところ、わたしはそんなに熱心な野球ファンではない。森福の名前だけは知っていたが、今回初めて、実際の投球を見た。そんなわたしが、あっという間に森福ファンになってしまった。体をクルッと回転させて投げる。でもコントロールが抜群。球のキレが抜群。小気味いい投法。実に渋い、味わいのある投手だ。
野村克也監督時代の社会人野球「シダックス」に在籍していた。そんな野村氏が昨夜テレビの解説者で出演、「森福には教えられることの方が多かった」と述懐していた。ちょっと驚いた。小柄な森福がプロで活躍できるとは思っていなかったという。精神力にも脱帽、と言っていた。わたしはくどいようだが、今回の真のMVPは森福だと信じている。
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2011年11月11日
ついに読売巨人軍帝l国にも「アラブの春」到来か
(このブログを書いた後、桃井オーナーが清武代表の行動を批判し、「共闘」を否定しましたので、かなりの部分を書きなおします)
TPPで首相決意表明という日に、とんでもない大ニュースが飛び込んできた。わが耳を疑った。巨人軍の清武球団代表が文科省で記者会見し、野球解説者の江川卓氏をヘッドコーチにごり押ししてきたとして、ナベツネこと渡辺恒雄会長を「越権行為。コンプライアンス上の重大な問題」と手厳しく批判したのだ。清武代表は会見で涙まで流している。ありえない。読売内でこうした例は今までなかった。この造反劇、桃井社長兼オーナーとの関係がどうかという点が注目だ。
わたしは冗談ではなく、これは「アラブの春」の延長線上の出来事だと思っている。独裁者への造反、という点では、スケールの差こそあれ、共通点がある。ナベツネは90近い高齢にもかかわらず、隠然たる勢力をこれまで示してきた。ナベツネに対してNOを突きつけるのは、ご法度、事実上不可能という読売という特異な組織体。現に全メディアがネットでこの問題を大々的に扱っているのに、読売のネットは音無しだ。明日の朝刊でも多分、報じないだろう。日本テレビ、スポーツ報知なども同じ。読売は言論封殺の北朝鮮と同じだと言っていい。
これは野球界とかスポーツ界という域を超えたスケールの話である。平成23年の日本における「組織論」としても、強烈なものがある。巨人軍の桃井社長兼オーナーは、わたしの宮内庁担当当時の記者仲間である(27年も前の話)。誠実で、冷徹で、面白い人物だ。皮肉屋でもある。彼の協力なしにわたしの「新天皇家の自画像」(文春文庫)という本を出しえなかった。あとがきにほかの協力者とともに名前を記した。その後、時間がたって、彼は読売新聞の総務局長から巨人軍の社長になった。これを栄転とみるかどうか、微妙なところだ。それはともかく今回の清武代表の発表した声明によると、桃井オーナーのオーナー職を解き、清武代表にオーナー代行を任せるという人事も渡辺氏は命令したそうである。
当初、わたしは「共闘」ではないかと想像もした桃井氏は同日会見を開き、清武代表の暴走と批判した。もちろん彼はオーナーになったばかりだ。「解任」されて、心中察するに、面白いはずがない。世間的には江川人事が中心となろうが、この桃井オーナー解任も大きな要素として今回の造反劇の背景にはあるように思われる。清武代表は「2年後には社長にする」というナベツネの甘言にも乗らず、桃井サイドに立った。旗幟を鮮明にしたわけである。しかし、桃井オーナーは会見で、清武代表の行動を批判した。ということは清武代表1人による造反劇ということになってしまうのである。桃井氏の冷徹さが際立った。わたしのような第三者がなんと言おうと、どこかで「結論」が出るわけである。万骨枯れて一将功成る、になってしまうのか。それとも、「正論」が通るのか。これからが、本当の見どころである。あくまで、現時点での日本の組織の在り方論として注視していきたい。
現実的な話として、ナベツネをあそこまで、コケにして清武代表がこのまま巨人に留まることは考えにくい。役員退職金の(多分)出るいま、依願退職をするのではないか。ほかの選択肢は考えにくい。ただ、清武代表が意固地になれば、なんらかの第三の道もあるのかも。
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TPPで首相決意表明という日に、とんでもない大ニュースが飛び込んできた。わが耳を疑った。巨人軍の清武球団代表が文科省で記者会見し、野球解説者の江川卓氏をヘッドコーチにごり押ししてきたとして、ナベツネこと渡辺恒雄会長を「越権行為。コンプライアンス上の重大な問題」と手厳しく批判したのだ。清武代表は会見で涙まで流している。ありえない。読売内でこうした例は今までなかった。この造反劇、桃井社長兼オーナーとの関係がどうかという点が注目だ。
わたしは冗談ではなく、これは「アラブの春」の延長線上の出来事だと思っている。独裁者への造反、という点では、スケールの差こそあれ、共通点がある。ナベツネは90近い高齢にもかかわらず、隠然たる勢力をこれまで示してきた。ナベツネに対してNOを突きつけるのは、ご法度、事実上不可能という読売という特異な組織体。現に全メディアがネットでこの問題を大々的に扱っているのに、読売のネットは音無しだ。明日の朝刊でも多分、報じないだろう。日本テレビ、スポーツ報知なども同じ。読売は言論封殺の北朝鮮と同じだと言っていい。
これは野球界とかスポーツ界という域を超えたスケールの話である。平成23年の日本における「組織論」としても、強烈なものがある。巨人軍の桃井社長兼オーナーは、わたしの宮内庁担当当時の記者仲間である(27年も前の話)。誠実で、冷徹で、面白い人物だ。皮肉屋でもある。彼の協力なしにわたしの「新天皇家の自画像」(文春文庫)という本を出しえなかった。あとがきにほかの協力者とともに名前を記した。その後、時間がたって、彼は読売新聞の総務局長から巨人軍の社長になった。これを栄転とみるかどうか、微妙なところだ。それはともかく今回の清武代表の発表した声明によると、桃井オーナーのオーナー職を解き、清武代表にオーナー代行を任せるという人事も渡辺氏は命令したそうである。
当初、わたしは「共闘」ではないかと想像もした桃井氏は同日会見を開き、清武代表の暴走と批判した。もちろん彼はオーナーになったばかりだ。「解任」されて、心中察するに、面白いはずがない。世間的には江川人事が中心となろうが、この桃井オーナー解任も大きな要素として今回の造反劇の背景にはあるように思われる。清武代表は「2年後には社長にする」というナベツネの甘言にも乗らず、桃井サイドに立った。旗幟を鮮明にしたわけである。しかし、桃井オーナーは会見で、清武代表の行動を批判した。ということは清武代表1人による造反劇ということになってしまうのである。桃井氏の冷徹さが際立った。わたしのような第三者がなんと言おうと、どこかで「結論」が出るわけである。万骨枯れて一将功成る、になってしまうのか。それとも、「正論」が通るのか。これからが、本当の見どころである。あくまで、現時点での日本の組織の在り方論として注視していきたい。
現実的な話として、ナベツネをあそこまで、コケにして清武代表がこのまま巨人に留まることは考えにくい。役員退職金の(多分)出るいま、依願退職をするのではないか。ほかの選択肢は考えにくい。ただ、清武代表が意固地になれば、なんらかの第三の道もあるのかも。
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2011年11月06日
日本のテニス界史上例のない大快挙を成し遂げた錦織圭を改めてたたえる〜3条件がそろえば、さらなる高みへ
日本のマスコミはテニスに冷たい。野球、サッカーなんかとは比べ物にならない。テニス・ファンはかなりいるはずなのに、新聞(スポーツ紙含む)のスポーツ欄での扱いは驚くほど小さい。テレビも同じ。ところが、さすがに今回の錦織の大快挙は無視できなかったようだ。うちでとっている朝日などはスポーツ面(野球などは別の面)のトップ5段扱いと破格の報道をした。これまでが小さな扱いだったから、一般読者はかえって驚いたのではないか。既にご存知のように男子テニスツアーのスイス・インドア(優勝賞金31万8000ユーロ)シングルス準決勝で、錦織圭(日本)が第1シードで世界ランキング1位のN・ジョコビッチ(セルビア)に2-6, 7-6 (7-4), 6-0の逆転で勝利、決勝に進出する大番狂わせを演出した。
日本の男子テニス選手が世界ランキング1位の選手を破るのは史上初めてのことだという。女子では伊達公子がグラフという女王をかつて破ったこともあり、彼女は世界ランキングでも4位にまで登りつめるが、男子は長年、松岡修造の46位が最高位という、ていたらくで、ようやく錦織というスーパースター候補を得たわけである。錦織は21歳でこれからの数年は楽しみだ。グランドスラム制覇の期待もかかるし、世界ランキング10位以内も視野に入ってきた。今夜、フェデラーとの決勝の結果にもよるが、現在の32位から大幅アップし、24位になるはずだ。
昨夜、GAORAの生中継で見ていたわたしの疑問は、接戦が予想された第3セット、錦織が一気に6ゲームを連取してジョコビッチを圧倒、6−0で決勝進出を決めたことに関係する。ちなみに1ゲームも取れず「0」で負けるのを、テニス界では「ベーグル」と呼んでいる。食べるベーグルが0の形に似ているからという。屈辱的なことになる。話を戻すと、既に早い段階で、メディカル・タイム・アウトを取り、右肩の治療をしていたジョコビッチなので、体調もあって、第3セットは完全に戦意喪失したのではないか、という疑問を持った。それで録画を再度、見た。結論はラストゲームの最後は別として、それなりに真剣に懸命にプレーしていたということである。錦織の快挙の価値は損なわれない、と思った。
それにしてもである。今シーズンのジョコビッチは絶好調で、グランドスラムで3勝するなど他を圧倒する成績を残しており、試合に負けたのはわずかに3度のみ。しかも、そのうち2試合は途中棄権であり、敗戦を喫していたのは全仏オープン準決勝での対フェデラー(スイス)戦のみであった。そう考えると、今回の大金星の価値がよく見えてくるというものだ。今夜のフェデラー戦がいまから楽しみだが、わたしは3条件がそろえば、接戦になると信じている(平凡なことなんですが)。〕招廚淵潺垢鬚靴覆き▲侫 璽好肇機璽咼垢粒領┐鬚擦瓩藤僑亜鵝△任れば70%に上げる常に攻撃的になっていることーである。
ちなみに、わたしは同じことをジョコビッチ戦の前にも考えていた。実際のサービス確率は期待までにはならなかったが、良いサーブが大事な場面で入った。ジョコビッチ戦の勝利を予想していたとまでは、ほら吹きになるので言わないが、3条件がそろえば、ありえる、とは思っていた。一流のスポーツ選手はどこかで飛躍、大化けのタイミングがあるのだ。前記の伊達選手なんかは、90年代前半、トップ3の実力者サバティーニを破って、世界上位に大きく羽ばたいた。錦織も大きく飛躍してほしいものだ。そういえば錦織は、Most Improved Player of the Year(ことし一番進歩した選手)の候補にもなっている。今回、世界ランキング1位を破って、年初の100位ぐらいから24位まで躍進したのだから、かなり有力だと思っています。
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日本の男子テニス選手が世界ランキング1位の選手を破るのは史上初めてのことだという。女子では伊達公子がグラフという女王をかつて破ったこともあり、彼女は世界ランキングでも4位にまで登りつめるが、男子は長年、松岡修造の46位が最高位という、ていたらくで、ようやく錦織というスーパースター候補を得たわけである。錦織は21歳でこれからの数年は楽しみだ。グランドスラム制覇の期待もかかるし、世界ランキング10位以内も視野に入ってきた。今夜、フェデラーとの決勝の結果にもよるが、現在の32位から大幅アップし、24位になるはずだ。
昨夜、GAORAの生中継で見ていたわたしの疑問は、接戦が予想された第3セット、錦織が一気に6ゲームを連取してジョコビッチを圧倒、6−0で決勝進出を決めたことに関係する。ちなみに1ゲームも取れず「0」で負けるのを、テニス界では「ベーグル」と呼んでいる。食べるベーグルが0の形に似ているからという。屈辱的なことになる。話を戻すと、既に早い段階で、メディカル・タイム・アウトを取り、右肩の治療をしていたジョコビッチなので、体調もあって、第3セットは完全に戦意喪失したのではないか、という疑問を持った。それで録画を再度、見た。結論はラストゲームの最後は別として、それなりに真剣に懸命にプレーしていたということである。錦織の快挙の価値は損なわれない、と思った。
それにしてもである。今シーズンのジョコビッチは絶好調で、グランドスラムで3勝するなど他を圧倒する成績を残しており、試合に負けたのはわずかに3度のみ。しかも、そのうち2試合は途中棄権であり、敗戦を喫していたのは全仏オープン準決勝での対フェデラー(スイス)戦のみであった。そう考えると、今回の大金星の価値がよく見えてくるというものだ。今夜のフェデラー戦がいまから楽しみだが、わたしは3条件がそろえば、接戦になると信じている(平凡なことなんですが)。〕招廚淵潺垢鬚靴覆き▲侫 璽好肇機璽咼垢粒領┐鬚擦瓩藤僑亜鵝△任れば70%に上げる常に攻撃的になっていることーである。
ちなみに、わたしは同じことをジョコビッチ戦の前にも考えていた。実際のサービス確率は期待までにはならなかったが、良いサーブが大事な場面で入った。ジョコビッチ戦の勝利を予想していたとまでは、ほら吹きになるので言わないが、3条件がそろえば、ありえる、とは思っていた。一流のスポーツ選手はどこかで飛躍、大化けのタイミングがあるのだ。前記の伊達選手なんかは、90年代前半、トップ3の実力者サバティーニを破って、世界上位に大きく羽ばたいた。錦織も大きく飛躍してほしいものだ。そういえば錦織は、Most Improved Player of the Year(ことし一番進歩した選手)の候補にもなっている。今回、世界ランキング1位を破って、年初の100位ぐらいから24位まで躍進したのだから、かなり有力だと思っています。
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2011年10月31日
意地のクルム伊達、下部大会ながら優勝〜さすがダテック!
どうせテニスに冷たい日本マスコミは報じないだろうから、わたしのような零細メディアでお伝えしたい。世界ランキング50位台から、144位まで転落し、ふつうなら「第二の引退」さえ考えるのではないかという窮地に陥ったクルム伊達公子(41)が優勝した。フランスの地方都市で。万歳!
すごいファイティングスピリットだ。不屈の精神。尊敬なんてもんじゃない。試合は、WTAという女子ツアー団体のものではなく、その下に位置する「ITF」のフランス・ポワティエ(Poitiers)大会。賞金総額10万ドル。でも、出場しているのは世界ランキング40〜60位台の選手が多い。バカにできないのである。
今回の優勝(ITFとしては最高齢優勝ではないかと思う。手元にデータはないが)で、150ポイントを得てランキングは110位近くまで回復する。それよりも、シングルスで不振をきわめていた伊達が、どこであれ、優勝したことがうれしいのである。1回戦、2回戦、準々決勝、準決勝、決勝と5連勝したのだから。優勝スコアは7−6、6ー4である。
きょう未明の出来事である。さきほど、ご本人のブログで試合結果だけを知ったばかりだ。伊達は9月に41歳になった。12年ぶりにプロ復帰したのが、37歳の時だから、体はしんどくなるばかりだろう。今大会でも、股関節の痛みがひどかったらしい。ブログには、悲鳴に近い言葉が記されていた。でも、勝った。勝負師としてのたくましさとしか言えない。
もう、次の試合、台湾のITF試合に向けて、航空機に乗っているはずだ。WTAツアーは、豪奢なホテルが用意されるし至れり尽くせり。それに比べ、ITFは格段に選手たちの扱いが違う。例えば、洗濯もWTAでは主催者任せだが、ITFは自分でコインランドリーに行かねばならない。伊達はそれを苦にしていない様子だttが、常識的に考えて士気は落ちる。若い選手相手だし。野球でいえば、40歳を超えての二軍落ちだ。でも、そこで、最高の結果を一発で出してみせた。伊達の偉大さは称える言葉が見つからない。
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今回の優勝(ITFとしては最高齢優勝ではないかと思う。手元にデータはないが)で、150ポイントを得てランキングは110位近くまで回復する。それよりも、シングルスで不振をきわめていた伊達が、どこであれ、優勝したことがうれしいのである。1回戦、2回戦、準々決勝、準決勝、決勝と5連勝したのだから。優勝スコアは7−6、6ー4である。
きょう未明の出来事である。さきほど、ご本人のブログで試合結果だけを知ったばかりだ。伊達は9月に41歳になった。12年ぶりにプロ復帰したのが、37歳の時だから、体はしんどくなるばかりだろう。今大会でも、股関節の痛みがひどかったらしい。ブログには、悲鳴に近い言葉が記されていた。でも、勝った。勝負師としてのたくましさとしか言えない。
もう、次の試合、台湾のITF試合に向けて、航空機に乗っているはずだ。WTAツアーは、豪奢なホテルが用意されるし至れり尽くせり。それに比べ、ITFは格段に選手たちの扱いが違う。例えば、洗濯もWTAでは主催者任せだが、ITFは自分でコインランドリーに行かねばならない。伊達はそれを苦にしていない様子だttが、常識的に考えて士気は落ちる。若い選手相手だし。野球でいえば、40歳を超えての二軍落ちだ。でも、そこで、最高の結果を一発で出してみせた。伊達の偉大さは称える言葉が見つからない。
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2011年10月28日
「最低でも県外」という鳩山とんでも発言がすべてだった
鳩山由紀夫元首相がなんだか、平気な顔をして、政治の表舞台にしゃしゃり出ているのを見ると不快感がふつふつと湧いてくる。この政治家にものを言う資格などあるのだろうか。せめて、ぴったりのネーミング「宇宙人」らしく振る舞っていれば、まだ許されるのだが。この人にアドバイスを求める政治家もいるというから、情けない。
鳩山の大罪は沖縄に対し、「(普天間の移設は)最低でも県外」と明言したことだ。根拠なき約束。県外じゃあどこにするのかという見通しも、リサーチもないまま、沖縄にリップサービスした。アテもないのに、約束するのは最低だ。史上最悪発言と断定してもいい。これが今日、沖縄問題が混迷する大原因としてある。
自民党時代にもひどい政治家はたくさんいたが、鳩山のように相手に(実現不能な)期待を抱かせ、挙句、失望させる卑劣漢はみたことがない。なんの見通しもないのに。言葉があまりにも軽い。翌年、抑止力から考えると沖縄は大事だ、日米同盟は崩せないなんてしゃーしゃーと平気で言う。
民主党政権交代で、これほどまでにひどい人物が総理に座ったことで、もちろん政府も民主党もダッチ・ロールに突入した。鳩山の「最低でも県外」はわたしの62年間の人生で、許しがたいものNO1である。沖縄をおもちゃにした。沖縄を怒らせた罪は限りなく重い。
毎月何千万円もの「子ども手当」を母親にもらっているなら、なんでもいいから、沖縄県民の気持ちを踏みにじったことへの「賠償」に全額提供すべきである。だからゆるされるとも思わないが、自分のあまりにも軽率な発言への贖罪の一部とすべきであろう。あれさえなけらば、仲井間知事も対応がまったく違ったと思う。
鳩山よ、表舞台にしゃしゃり出るな。恥じらいがあるならば。本人の意識では、大失言という感覚すらないから恥じらいはないのであろう。政治家の言葉、その重みに気付けと言っても、手遅れか。
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鳩山の大罪は沖縄に対し、「(普天間の移設は)最低でも県外」と明言したことだ。根拠なき約束。県外じゃあどこにするのかという見通しも、リサーチもないまま、沖縄にリップサービスした。アテもないのに、約束するのは最低だ。史上最悪発言と断定してもいい。これが今日、沖縄問題が混迷する大原因としてある。
自民党時代にもひどい政治家はたくさんいたが、鳩山のように相手に(実現不能な)期待を抱かせ、挙句、失望させる卑劣漢はみたことがない。なんの見通しもないのに。言葉があまりにも軽い。翌年、抑止力から考えると沖縄は大事だ、日米同盟は崩せないなんてしゃーしゃーと平気で言う。
民主党政権交代で、これほどまでにひどい人物が総理に座ったことで、もちろん政府も民主党もダッチ・ロールに突入した。鳩山の「最低でも県外」はわたしの62年間の人生で、許しがたいものNO1である。沖縄をおもちゃにした。沖縄を怒らせた罪は限りなく重い。
毎月何千万円もの「子ども手当」を母親にもらっているなら、なんでもいいから、沖縄県民の気持ちを踏みにじったことへの「賠償」に全額提供すべきである。だからゆるされるとも思わないが、自分のあまりにも軽率な発言への贖罪の一部とすべきであろう。あれさえなけらば、仲井間知事も対応がまったく違ったと思う。
鳩山よ、表舞台にしゃしゃり出るな。恥じらいがあるならば。本人の意識では、大失言という感覚すらないから恥じらいはないのであろう。政治家の言葉、その重みに気付けと言っても、手遅れか。
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2011年10月21日
国会議員が身を削る、ということがなぜできないのだ
復興増税の議論では、国民の中に幅広く、国会議員がまず率先して身を削ってほしいというのがどうやらコンセンサスになっているように思う。身を削る、には2つあって、議員歳費の削減あるいは返上というものと、議員定数を削減し、同時に「1票の格差」も是正しようというものとの2つだ。前者は簡単なことなのになあ、と思うのだが。定数は政党の利害がはっきり出るから、確かに調整は困難だろう。でも、国民は許してくれない、という危機感があれば、どこかで妥協点を見いだせるはず。
そうした「姿勢」が納得できれば、国民も増税を受け入れる用意はあるのだ。もちろん、両方やっても、金額的には大したことはない。でも、そうした決意、実行力、本気度を国民は重く受け止めるわけだ。野田総理はきのう延々とニュースウォッチ9に出演してしていたが、キャスターからの質問もなかったせいか、このあたりの思いをうかがい知ることができなかった。発信力の前に、大きな構想力がない。だから、失点しない安全運転でよし、としている。
議員定数は、比例だけでやる、という案が出て、それに危機感を持った公明党が民主党に歩み寄るという綱引きが行われただけだ。比例だけでなく、小選挙区でも削減しないといけない。いつも同じことを言っている気がするが、欧米に比べ、議員数がとにかく多すぎるのである。それを何とかしようという総理の決意が見えない。既成政治の枠内ではなかなか困難なのか。
もっと国民を失望させているのは、天下りが自民党時代よりひどくなっているという目を覆いたくなるような惨状である。独立行政法人、公益法人は相変わらず、わが世の春である。こんなはずではなかった、とわたしも思う。民主党政府は程度こそあれ、この問題ぐらいにはメスを入れると期待していた。でもダメ。どうして、この問題に真剣に取り組まないのだろう。不思議でならない。
要するに、行政刷新とか国家戦略とかきれい事を並べているものの、ムダの根絶へ向けたステップがまったく取られていない。余談になるが、その国家戦略会議は民間議員が6人。連合会長は入るものの、経団連、経済同友会と財界代表が2人も議員になる。庶民感覚のある議員は見当たらない。ところで野田総理は、どじょう総理とか言われて、朴訥さで2人の前首相より優り、期待感があるが、わたしが上に挙げたような課題に取り組むには力不足だ。実行力、突破力がいま求められている。大阪の庶民インタビューにあったが、橋下大阪府知事のように、過去のしがらみにとらわれない政治家でないと実現できないような気がする。
橋下氏は「大阪都」問題に熱中しているようにみえるが、本当は、ああいう男が総理になれば、上記したもろもろに決着をつけられるはずだ。まあ現実離れしたことを言っているようだが、既成概念にとらわれない、突破力のある中央政府を望むということである。橋下はあんまり好きではないが、その突破力、行動力、構想力は異次元のものがある。彼でないとできないということではないが、既成事実をゼロベースで考えられる若い損得抜きの政治家に国政を任せたいものだ。
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そうした「姿勢」が納得できれば、国民も増税を受け入れる用意はあるのだ。もちろん、両方やっても、金額的には大したことはない。でも、そうした決意、実行力、本気度を国民は重く受け止めるわけだ。野田総理はきのう延々とニュースウォッチ9に出演してしていたが、キャスターからの質問もなかったせいか、このあたりの思いをうかがい知ることができなかった。発信力の前に、大きな構想力がない。だから、失点しない安全運転でよし、としている。
議員定数は、比例だけでやる、という案が出て、それに危機感を持った公明党が民主党に歩み寄るという綱引きが行われただけだ。比例だけでなく、小選挙区でも削減しないといけない。いつも同じことを言っている気がするが、欧米に比べ、議員数がとにかく多すぎるのである。それを何とかしようという総理の決意が見えない。既成政治の枠内ではなかなか困難なのか。
もっと国民を失望させているのは、天下りが自民党時代よりひどくなっているという目を覆いたくなるような惨状である。独立行政法人、公益法人は相変わらず、わが世の春である。こんなはずではなかった、とわたしも思う。民主党政府は程度こそあれ、この問題ぐらいにはメスを入れると期待していた。でもダメ。どうして、この問題に真剣に取り組まないのだろう。不思議でならない。
要するに、行政刷新とか国家戦略とかきれい事を並べているものの、ムダの根絶へ向けたステップがまったく取られていない。余談になるが、その国家戦略会議は民間議員が6人。連合会長は入るものの、経団連、経済同友会と財界代表が2人も議員になる。庶民感覚のある議員は見当たらない。ところで野田総理は、どじょう総理とか言われて、朴訥さで2人の前首相より優り、期待感があるが、わたしが上に挙げたような課題に取り組むには力不足だ。実行力、突破力がいま求められている。大阪の庶民インタビューにあったが、橋下大阪府知事のように、過去のしがらみにとらわれない政治家でないと実現できないような気がする。
橋下氏は「大阪都」問題に熱中しているようにみえるが、本当は、ああいう男が総理になれば、上記したもろもろに決着をつけられるはずだ。まあ現実離れしたことを言っているようだが、既成概念にとらわれない、突破力のある中央政府を望むということである。橋下はあんまり好きではないが、その突破力、行動力、構想力は異次元のものがある。彼でないとできないということではないが、既成事実をゼロベースで考えられる若い損得抜きの政治家に国政を任せたいものだ。
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2011年10月14日
錦織の快進撃にも、あまりにも鈍感な、勘違い日本マスコミ
テニスの4大大会(全英=ウィンブルドンとか)に次ぐレベルの「上海マスターズ」で昨日、日本のNO1にして、21歳のホープ錦織圭が3回戦に勝ってベスト8に残り、日本男子では世界ランキングで歴史上、最高位に上昇することが確定した。正確に言うと、現在のポイント制になってからの歴史上、という意味だ。それ以前には英国の評論家が選定する世界ランクというものが存在した時代があり、1930年代に日本の佐藤次郎が世界ランク3位に認定されている。4大大会でも5回ベスト4に入ったすごい選手だ。伝説の人。さて本題に戻る。一応、テニスファンのわたしとしては、錦織の活躍が新聞でどの程度の扱いなのか知りたく、朝日、毎日、読売、日経、産経、東京さらにはスポーツ紙までチェックしてみたのだが、がっくり来るような小さな記事ばかりだった。
まあ、中では東京新聞がやや派手めに扱っていて、比較的まともな報道であった。多くの新聞は、同時に大阪で行われている女子の「HPオープン」で、女子NO1の森田あゆみがベスト8になったことの方を大きく取り上げていて、これには唖然とした。大会のグレードがまったく違うのだ。分かりやすく言えば、優勝賞金はHPが3万7000ドルに対し、上海は62万ドルという具合に断然違うのである。錦織はベスト4に残ったことで、既に15万3000ドルを獲得している。3回戦に到達した一昨日の時点で4万ドルだから、そこでHP優勝を超えている。もちろん金だけではない。得られるポイントもケタが違う。
日本ではテニスの人気はその程度と言ってしまえば、それまでだが、ひどすぎる。各社テニス専門の記者がいるはずなのに、である。そして今日、準々決勝で錦織はストレート勝ちし、なんとベスト4に名乗りを挙げたのだ。これはさらにすごいことである。まあ、明日の新聞が楽しみといえば、楽しみではある。勘違いを続けるか、シカトするのか、軌道修正して、ややまともになるのか。一転、こそばゆいような記事になるのか。そこを見極めたい。幸か不幸か、森田の出ているHPオープンが雨で順延になった。なので、テニス用のスペースは空いているわけだ。
さー、勘違い新聞・テレビはどこだろう。ちなみにこれまでの日本男子最高位は松岡修造の46位(錦織もタイまでは過去行った)で、今回のベスト4で、錦織は30〜32位が確定したとされる。これは単にテニス界を超えて、日本スポーツ界にとって、やや大げさに言えば、歴史的な日なのだ。でもサッカー、プロ野球、ゴルフにしか関心のない日本スポーツマスコミ。来年1月に行われるグランドスラム緒戦の全豪オープンで錦織がシード選手になる可能性すら出てきたのである。シード=一流ということになる。どうするつもりねん。
もちろん、なでしこの快挙には遠く及ばないが、なでしこのW杯決勝トーナメント進出ぐらいの値打ちはある。控えめに言っての話だ。次の準決勝は多分、先のジャパンオープンでナダルを破って優勝した英国のマレー(世界4位)が相手になるだろう。そこを突破するとまでは思っていないが、13歳から米国に渡って武者修行してきた錦織の成果を見せる時ではある。のんびりと結果を待ちたい(なんで生中継がないの? まあ、CSのGAORAでは、当日の夜遅く、録画で放送するけど)。
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まあ、中では東京新聞がやや派手めに扱っていて、比較的まともな報道であった。多くの新聞は、同時に大阪で行われている女子の「HPオープン」で、女子NO1の森田あゆみがベスト8になったことの方を大きく取り上げていて、これには唖然とした。大会のグレードがまったく違うのだ。分かりやすく言えば、優勝賞金はHPが3万7000ドルに対し、上海は62万ドルという具合に断然違うのである。錦織はベスト4に残ったことで、既に15万3000ドルを獲得している。3回戦に到達した一昨日の時点で4万ドルだから、そこでHP優勝を超えている。もちろん金だけではない。得られるポイントもケタが違う。
日本ではテニスの人気はその程度と言ってしまえば、それまでだが、ひどすぎる。各社テニス専門の記者がいるはずなのに、である。そして今日、準々決勝で錦織はストレート勝ちし、なんとベスト4に名乗りを挙げたのだ。これはさらにすごいことである。まあ、明日の新聞が楽しみといえば、楽しみではある。勘違いを続けるか、シカトするのか、軌道修正して、ややまともになるのか。一転、こそばゆいような記事になるのか。そこを見極めたい。幸か不幸か、森田の出ているHPオープンが雨で順延になった。なので、テニス用のスペースは空いているわけだ。
さー、勘違い新聞・テレビはどこだろう。ちなみにこれまでの日本男子最高位は松岡修造の46位(錦織もタイまでは過去行った)で、今回のベスト4で、錦織は30〜32位が確定したとされる。これは単にテニス界を超えて、日本スポーツ界にとって、やや大げさに言えば、歴史的な日なのだ。でもサッカー、プロ野球、ゴルフにしか関心のない日本スポーツマスコミ。来年1月に行われるグランドスラム緒戦の全豪オープンで錦織がシード選手になる可能性すら出てきたのである。シード=一流ということになる。どうするつもりねん。
もちろん、なでしこの快挙には遠く及ばないが、なでしこのW杯決勝トーナメント進出ぐらいの値打ちはある。控えめに言っての話だ。次の準決勝は多分、先のジャパンオープンでナダルを破って優勝した英国のマレー(世界4位)が相手になるだろう。そこを突破するとまでは思っていないが、13歳から米国に渡って武者修行してきた錦織の成果を見せる時ではある。のんびりと結果を待ちたい(なんで生中継がないの? まあ、CSのGAORAでは、当日の夜遅く、録画で放送するけど)。
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2011年09月23日
なぜ円高の否定的側面だけをマスコミは取り上げるのか
以前からではあるが、最近とみに、円高に対する否定的・悲観的見方がマスコミで広まっている。確かに、輸出大国・日本にとっては、円高は痛手ではある。これだけ円が高くなると、海外での販売の際、値上げするか、生産段階で大幅なコストカットをしないと輸出レベル総体を維持できない。さかんに「産業空洞化」も言われるようになった。こうなったら、海外に生産拠点を移さないとやっていけない、というのである。
ではなぜ、マスコミがそのような報道ばかりするのであろうか。一言で言えば、勉強不足。あるいは「ワンパターン症候群」。政府の動き、政策、雰囲気に流されてしまっている。一歩、下がって、全体像を見ようという姿勢がない。だから円高悲観論しか報道しないのだ。わたしもその業界で40年になるので、情けないが、この「体質」は40年来、変わっていない。優秀な人材がマスコミにはたくさんいる。でも、ダメ。日本人の習性として、右向け右、で同じような紋切り型の報道しかしない。この世界に染まっていくと、みな「KY」になる。空気が読めない、ではなく、空気だけ読む、なのだ。
余談になるが、3年前、フランスに行った。その際、事前に日本で1ユーロは170円で買ったものだ。それが、いまでは1ユーロ=102円にまでなっている。確かに170円換算で言うと、買うもの、食べるものがべらぼうに高い気がした。全仏オープンテニス観戦が主な目的だったが、会場でTシャツを買うと、確か25〜30ユーロした。ふーん、このTシャツが4500円〜5000円か、随分高いなあと嘆きながら、それでも、折角だからと買い求めた。今なら、2500円〜3000円だから、まあ妥当だ。これで普通なのだと言えるかもしれない。
話がそれた。わたしの言いたいことは賢明なる読者の皆様には既におわかりだろうと思う。そう、円高のデメリットばかり強調するのは全く的外れだということだ。円高のメリットは言うまでもない。輸入品が安くなるのだ。日本は輸出大国であると同時に輸入大国でもあるから、オイルからオージー・ビーフ、小麦まで事実上、すべて価格が下がっていることになるのである。この恩恵はすさまじいものがある。店頭のワイン格安セールの類とはレベルが違うのだ。円高はだから、冷静に受け止めなければならない。
存命中の昭和天皇が、かつて円高のご進講を金融専門家から受けた際、「それは日本の価値が上がったということではないか」と看破したという有名な逸話がある。昭和天皇の「慧眼」とされている。その言葉をいま思い出している。いま欧米を旅行したら、円高メリットを思う存分実感できるのに、と悔しい。会社はパートみたいなものだから、いくらでも休暇は取れるのだが、肝心の先立つものがない。正確に言うと、貯えが少ない。なので、カミさんも働いているほどだ。カミさんに海外旅行なんて言ったら、断固反対されるに決まっている。だから、やむなく、東野圭吾の全作品読破に挑戦して(購入はすべてBOOK OFF。それも、できるだけ105円で)うさを晴らしている。
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ではなぜ、マスコミがそのような報道ばかりするのであろうか。一言で言えば、勉強不足。あるいは「ワンパターン症候群」。政府の動き、政策、雰囲気に流されてしまっている。一歩、下がって、全体像を見ようという姿勢がない。だから円高悲観論しか報道しないのだ。わたしもその業界で40年になるので、情けないが、この「体質」は40年来、変わっていない。優秀な人材がマスコミにはたくさんいる。でも、ダメ。日本人の習性として、右向け右、で同じような紋切り型の報道しかしない。この世界に染まっていくと、みな「KY」になる。空気が読めない、ではなく、空気だけ読む、なのだ。
余談になるが、3年前、フランスに行った。その際、事前に日本で1ユーロは170円で買ったものだ。それが、いまでは1ユーロ=102円にまでなっている。確かに170円換算で言うと、買うもの、食べるものがべらぼうに高い気がした。全仏オープンテニス観戦が主な目的だったが、会場でTシャツを買うと、確か25〜30ユーロした。ふーん、このTシャツが4500円〜5000円か、随分高いなあと嘆きながら、それでも、折角だからと買い求めた。今なら、2500円〜3000円だから、まあ妥当だ。これで普通なのだと言えるかもしれない。
話がそれた。わたしの言いたいことは賢明なる読者の皆様には既におわかりだろうと思う。そう、円高のデメリットばかり強調するのは全く的外れだということだ。円高のメリットは言うまでもない。輸入品が安くなるのだ。日本は輸出大国であると同時に輸入大国でもあるから、オイルからオージー・ビーフ、小麦まで事実上、すべて価格が下がっていることになるのである。この恩恵はすさまじいものがある。店頭のワイン格安セールの類とはレベルが違うのだ。円高はだから、冷静に受け止めなければならない。
存命中の昭和天皇が、かつて円高のご進講を金融専門家から受けた際、「それは日本の価値が上がったということではないか」と看破したという有名な逸話がある。昭和天皇の「慧眼」とされている。その言葉をいま思い出している。いま欧米を旅行したら、円高メリットを思う存分実感できるのに、と悔しい。会社はパートみたいなものだから、いくらでも休暇は取れるのだが、肝心の先立つものがない。正確に言うと、貯えが少ない。なので、カミさんも働いているほどだ。カミさんに海外旅行なんて言ったら、断固反対されるに決まっている。だから、やむなく、東野圭吾の全作品読破に挑戦して(購入はすべてBOOK OFF。それも、できるだけ105円で)うさを晴らしている。
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2011年08月20日
名匠キアロスタミ監督作品に主演する妄想に取りつかれていた・・・
わたしには妄想癖がある。無茶苦茶な妄想を楽しみ、現実から逃れる。よく寝る前に妄想する。たとえば宝くじ。わたしは「ロト6」を定期的に買っているのだが、1等当選の妄想をよく楽しんでいる。それは、まず当たっていることが分かった瞬間(わたしも多くの人と同じように当選の見分けを係の人に頼んでいる)、売り場の女性がなんと言うか。どんな表情で絶句するのか。いろいろ夢想する。もちろん、当たりくじを後ろの人に取られてはいけない。当選判明の瞬間を想像するのが楽しい。女性が「お客様、大変ですよ」と顔をひきつらせるのか、「わたしも初めての体験ですが・・」と言うのか。そして、当たりくじを手にしたわたしは、印鑑を手にみずほ銀行本店に行くのだ。その先、当選金の振込先をどの口座にするか、何にカネを使うのか(妻に言うかどうかも含めて。多分言うと思うけど)、などたくさんの選択肢があるが、ここでは割愛する。
今回、わたしの妄想は、アッバス・キアロスタミ監督の最新作「The End(仮)」に主演することだった。キアロスタミ監督はイラン人で、「桜桃の味」などたくさんの名作で、いまや世界的巨匠。最新作は日本で今秋、撮影し、主演の日本人男優(素人歓迎。監督は素人をうまく使うことでも有名)を募集していることを知ったからだ。主演男優は60代のインテリ男性で、20代の女性と恋に陥る役どころ。ひょっとしたら、と思い始めたら、もう止まらない。問題は応募用紙に添付する写真。本来ならスタジオでちゃんとしたものを撮って、添付するのだろうが、わたしは街角の証明写真BOXで済ませてしまった。もちろん、あまりカネをかけたくなかったからだ。でも、2回トライし、気に入った方を送った。1400円也。
選ばれたことを妄想したら、これが暴走した。マスコミがまず殺到する。その、さばき。3カ月缶詰になるので、ギャラは安くて300万円か。でも、撮影場所(東京近郊となっている)の近くに泊らないといけない日も多いだろうから、ホテル代もかなりの額に上る。まあ、そんなカネはどうでもいい。キアロスタミ監督作品に主演するというのは、わが人生の最大のハイライトになるはずだ。5月のカンヌ映画祭にも出なくてはならない。タキシードは持っているが、ロサンゼルス時代のもの(アカデミー賞取材などにはタキシード必須)で、もう20年前のものだ。体型も変わっているし、新しく作らないと。エナメルの靴も買わないといけない・・・。作品は「パルムドール」(最高賞)を勝ちとる。そして晴れて、映画祭での英語の感謝スピーチは・・・。
その主演男優の書類選考が終わり、次のステップに進む、運命の連絡日が昨日だった。午前中に電話がなかったので、やはりダメだったのか、と思った。でも、午後に期待した。映画関係者なんて、夜型じゃあないか。ならば午後だ。しかし、夜まで待っても連絡はなかった。落選した。やはり、こんなに鼻が低くて、眼鏡をかけていて、目が細い顔では無理だったのか、と考えた。やはり「顔」だ。残念ながら。落胆ではない。一応、冷静に敗因を分析したわけ。それにしても、どんな男性がこの役を勝ちとるのか。それは10月にならないと分からないが、もちろん興味はある。後悔はしていない。よいチャレンジだったと思う。でも、受かっていたら今日はVTR収録の日だった。今週月曜に、突然、ぎっくり腰になったわたしは収録場所に行くのさえ、大変だったろう。幸い、連日の針きゅうが効いて、今日あたりから、ほぼ平常通り歩けるようになった。受からなくてよかったのだ、と自分に言い聞かせている。さあて、次の妄想の対象を見つけないと。
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その主演男優の書類選考が終わり、次のステップに進む、運命の連絡日が昨日だった。午前中に電話がなかったので、やはりダメだったのか、と思った。でも、午後に期待した。映画関係者なんて、夜型じゃあないか。ならば午後だ。しかし、夜まで待っても連絡はなかった。落選した。やはり、こんなに鼻が低くて、眼鏡をかけていて、目が細い顔では無理だったのか、と考えた。やはり「顔」だ。残念ながら。落胆ではない。一応、冷静に敗因を分析したわけ。それにしても、どんな男性がこの役を勝ちとるのか。それは10月にならないと分からないが、もちろん興味はある。後悔はしていない。よいチャレンジだったと思う。でも、受かっていたら今日はVTR収録の日だった。今週月曜に、突然、ぎっくり腰になったわたしは収録場所に行くのさえ、大変だったろう。幸い、連日の針きゅうが効いて、今日あたりから、ほぼ平常通り歩けるようになった。受からなくてよかったのだ、と自分に言い聞かせている。さあて、次の妄想の対象を見つけないと。
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2011年07月27日
なでしこ ジャパンの佐々木則夫監督は「理想の上司」NO.1
いま「理想の上司」の世論調査があれば、きっとこの人が上位に来るに違いない。そう確信する。「なでしこ ジャパン」をW杯初優勝に導いた佐々木則夫監督(53)だ。これほど采配や人心掌握術が称賛された例を見たことがない。選手は監督のことを「ノリさん」と呼ぶという。それだけを取ってみても、選手に親近感を持たれていることが分かる。普通はやっぱ「監督」でしょう。しかし、選手の中には「ノリちゃん」さらには「ノリ」と呼び捨てにする者もいるというから、すごい。スタメンの選手よりベンチの選手により目をかけ、可愛がっているのも素晴らしい。それが、ベンチで控えている選手の力を見極め、的確な途中投入につながるからだ。
それで、佐々木監督の書いた「なでしこ力」とかいう本を読んでみようと思い、そして、読んでからブログを書こうと思ったのだが、書店で見つからなかった。自分の話になって恐縮だが、わたしは40代で管理職の部長になったものの、見事に大失敗した。その後の会社人生も、ここで決まってしまった。定年後のいまでも、トラウマになっているほどだ。若くして部長になったので、無理して力んでしまったのだ。部員のタクシー・チケットの扱いに文句をつけ、それから部員全体を敵に回すような格好になってしまった。部員を思いやり、彼ら彼女らの立場に立って考えるということをしなかった。佐々木監督の成功体験を読むたびに、ああそうか、そういう発想がなかったなあ、と遅すぎた反省をしているところだ。
佐々木監督は、綾小路きみまろのDVDを合宿に持っていき、それを見せて選手を笑わせ、リラックスさせるという。あるいは、オヤジギャグを言って、雰囲気をなごませるのだそうだ。選手の気持ちになって考える、ということがきちんとできている。選手から見れば、完全に父親の年齢だが、父子とも違う濃厚なコミュニケーションを取っていることがうかがえる。いろんなメディアが書いているが、あの決勝戦・PK戦の前の円陣で、笑顔を見せていた監督の姿が忘れられない。日頃の信頼関係がもたらしたものだと理解する。あんなピリピリする場面で笑顔とは信じがたい。
管理職は「アメとムチ」で部下を引っ張っていく、とされている。厳しい局面では、きついことも言うが、いいところは大いにほめて士気を鼓舞する。その、さじ加減が難しいと言えば、難しい。佐々木監督はその割合を「8;2」か「9:1」ぐらいにしているように見える。もちろん、アメが「8」ないし「9」である。その程度にしていて、ちょうど結果的に「5:5」になるのだ。わたしは最初から「5:5」にしようと思っていたから、失敗した。まず、選手と一体感を持てるように、雰囲気作りをしないといけない。選手の心をつかまないうちに厳しいことを言っても、相手の心に響かない。逆に心をつかまえれば、キツイことを言っても、聞いてもらえる。「なでしこ ジャパン」の世界制覇はもちろん選手が成し遂げたことだが、佐々木監督という存在がものすごく大きかったと思うところだ。
本当は、中国の高速鉄道事故をめぐる、中国当局のひどさについて書くつもりだったが、なでしこ熱の残っているうちに監督論?を書いておこうと思った次第。
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それで、佐々木監督の書いた「なでしこ力」とかいう本を読んでみようと思い、そして、読んでからブログを書こうと思ったのだが、書店で見つからなかった。自分の話になって恐縮だが、わたしは40代で管理職の部長になったものの、見事に大失敗した。その後の会社人生も、ここで決まってしまった。定年後のいまでも、トラウマになっているほどだ。若くして部長になったので、無理して力んでしまったのだ。部員のタクシー・チケットの扱いに文句をつけ、それから部員全体を敵に回すような格好になってしまった。部員を思いやり、彼ら彼女らの立場に立って考えるということをしなかった。佐々木監督の成功体験を読むたびに、ああそうか、そういう発想がなかったなあ、と遅すぎた反省をしているところだ。
佐々木監督は、綾小路きみまろのDVDを合宿に持っていき、それを見せて選手を笑わせ、リラックスさせるという。あるいは、オヤジギャグを言って、雰囲気をなごませるのだそうだ。選手の気持ちになって考える、ということがきちんとできている。選手から見れば、完全に父親の年齢だが、父子とも違う濃厚なコミュニケーションを取っていることがうかがえる。いろんなメディアが書いているが、あの決勝戦・PK戦の前の円陣で、笑顔を見せていた監督の姿が忘れられない。日頃の信頼関係がもたらしたものだと理解する。あんなピリピリする場面で笑顔とは信じがたい。
管理職は「アメとムチ」で部下を引っ張っていく、とされている。厳しい局面では、きついことも言うが、いいところは大いにほめて士気を鼓舞する。その、さじ加減が難しいと言えば、難しい。佐々木監督はその割合を「8;2」か「9:1」ぐらいにしているように見える。もちろん、アメが「8」ないし「9」である。その程度にしていて、ちょうど結果的に「5:5」になるのだ。わたしは最初から「5:5」にしようと思っていたから、失敗した。まず、選手と一体感を持てるように、雰囲気作りをしないといけない。選手の心をつかまないうちに厳しいことを言っても、相手の心に響かない。逆に心をつかまえれば、キツイことを言っても、聞いてもらえる。「なでしこ ジャパン」の世界制覇はもちろん選手が成し遂げたことだが、佐々木監督という存在がものすごく大きかったと思うところだ。
本当は、中国の高速鉄道事故をめぐる、中国当局のひどさについて書くつもりだったが、なでしこ熱の残っているうちに監督論?を書いておこうと思った次第。
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2011年07月21日
W杯優勝でも、日本はいまだアメリカに勝っていない? 〜記録上、PK勝ちは引き分けになってしまう 〜なでしこに「国民栄誉賞」を贈るべきではないか。政府よ、早く決断せよ(世論にこびた、なんて批判は気にすべきではない)
ちょっとサッカーに通じた人には、なにをいまさら、と言われそうだが、わたしのように知らなかった人もいるわけで、紹介する意味はあると思っている。きょう、気付いたのだ。いま、アルゼンチンで開かれている南米選手権。これは南米の人にとって、W杯に等しいような価値のある、夢の大会。しかし、本命とみられていたブラジル、アルゼンチンが敗退し、決勝はパラグアイvsウルグアイという奇妙な(失礼!)組み合わせになった。それはともかく・・・。
きょう、パラグアイが決勝進出、という記事を会社で処理していて気付いたのだが、きょう勝った相手のベネズエラとも、準々決勝で勝ったブラジルにも、PK勝ちなのである。それはいいとして、記事には、「パラグアイは予選3試合を含め5試合をすべて引き分けで勝ち上がった」とあった。ハテ、なんだろう。PK勝ちでは勝ったことにならないのか。そんな疑問を持って、ちょっと調べたら、すぐに分かった。PK勝ちは記録上、引き分けとされることを。
ということは、である。あの女子W杯決勝でも、日本はアメリカに勝ったということには記録上、ならないのである。つまり、日本とアメリカは今回を含め、25回戦い、21敗4引き分け(今回を含め)のままなのだ。違和感がある。ついにアメリカに1勝したと思っていたのに。ちょっとがっくり来る話ではないか。まあ、しかし、あくまで記録の話であるから、現実には「勝って」W杯トロフィーを手にした。それも厳然とした事実だ。もちろん誇っていい話だ。
それにしても今回の「なでしこ ジャパン」の大活躍には驚かされるばかりである。感動もあるが、わたし的には、驚きがまず来る。ドイツに勝ったあたりから、不思議な感じになってきた。あり得ないことが起きている、と思った。スウェーデン戦はまず勝てないだろうと思って寝ていた。早朝起きたら、なんと3−1で勝っているではないか。目をこすった。なにかの間違いではないだろうか。勝っているのもびっくりだったが、2点差をつけていたのには驚愕であった。
で、決勝のアメリカ戦はまた、いくらなんでも勝てないだろう、と思いつつ、準優勝でも画期的なことなので、午前4時に目覚まし時計をセットし、早く寝た。どうか、起きてテレビを見た時に、0−0でありますように、と願いながら。まあ、キックオフが午前3時45分だったので、これはかなり期待した。そうしたら、前半を終わっても0−0ではないか。これ以上ない、という展開だ。1−0で仮に勝っていたとしたら、それはかえって危うい。逆転される。0−0がベストだ、と思っていた。
しかし、後半先に先制点を取られてしまう。あんなロングパス1本から点を入れられるなんて、とちょっと不満だった。モーガン選手とやらに、DFはもっと体を寄せられなかったのか。今でもあれは防げた失点だと思っている。これでがっくり来ていたら、すぐにゴール前の混戦から、宮間がゴールを決めたではないか。信じられなかった。延長に入っての展開も同じ。確認の意味で書いておく。
確かCKからのボールを、FWワンバックにヘディングされた。きれいに決まった。とはいえ、何度もこのシーンを見ていると、日本のDFがワンバックをフリーにしていることが分かる。体を寄せるなり、CKのボールが向かってきた時に、ワンバックの前に飛び出せば防げた失点ではないか、との思いが消えない。それはともかく、試合終了3分前に、宮間−沢コンビの同点ゴールが生まれる。ワンバックのゴールで試合は終わった、と諦めていたのに。なでしこたちは諦めていなかったのだ。
沢のゴールは、奇跡的とか芸術的とか表現されている。NHKのニュースウォッチ9に生出演した沢は、キャスターとこのゴールを「再現」していたが、それを見ても、納得できない。沢がジャンプして、右足の外側で蹴った(触った)ことになっているが、あんなゴールは男子の試合でも見たことがない(そんなに熱心に見てきたわけではないが)。理解不能。事前に宮間が沢ともう1人の選手を呼んで「ニアに蹴るから」と言ったそうだが、そして、沢だけでなく、もう1人呼んだことが相手をかく乱させるという意味で、「宮間の賢い戦術」とスポーツ紙に絶賛されているが、それでも、あんなにドンピシャに決まるものか。やはり奇跡のゴールとしか、言いようがないのか。
そして運命のPK戦。ここでも、わたしは弱気だった。アメリカの方が身長が平均10センチ高いのである。高い方が有利に決まっている? 決勝に来る前に、ブラジル戦でアメリカはPK戦を勝ち抜いている。アメリカの最初の5人がすべてPKを決めた。勝ち方を知っている。だから、アメリカの最初のPKをゴールキーパー海堀が防いだ時、また、びっくりした。アメリカの2番手がボールをふかした時もびっくりし、喜んだ。でも、日本も2番手が失敗している。
差は1つしかない。で、アメリカの3番手のPKを防いだ時、やっと勝てるのかも、と思った。ここで決めればという時のキッカーは一番若い20歳のDF熊谷(なんでFWかMFじゃないのか)。表情がアップになった。意外に冷静に見えた(内心は不安だらけだったろうけど)。そして見事に鋭く決めた。ホッとした。本当は「沢はなんで蹴らないんだ」とイライラしていた。後に沢が「PKは嫌です。最後にしてください」と監督に直訴していたエピソードが明らかになるのだが、中継を見ている時は、なにも知らないから、「なんで沢が蹴らない」と不思議がっていた。
楽しい思い出なので、いくらでも書きたいが、もう長くなりすぎた。日本がサッカーW杯で(男女を問わず)優勝、なんて、自分が生きているうちに目撃できただけで、表現できないくらいの幸せをかみしめている。言うまでもないが、W杯の金は五輪の金よりも価値が高いとされる。国民は大喜びしたが、政府はすべきことをしなくてはならない。国民栄誉賞の規定を変えて、団体にも贈れるようにし、「なでしこ ジャパン」をその第一号にすべきだ。もちろん、銀座を祝賀パレードすることも是非、実現させたい(都知事もたまにいいことを言う)。巨人が優勝した程度で(よくパレードしたもんだ)、35万人も集まったという。なでしこ、のパレードには、一体、どのくらい集まるのだろうか。3・11の大悲劇があった年に、この大偉業。神様はどこまで、ひねくれているのであろうか。
追記:政府は25日、なでしこジャパンに国民栄誉賞を贈ることを内定した。
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きょう、パラグアイが決勝進出、という記事を会社で処理していて気付いたのだが、きょう勝った相手のベネズエラとも、準々決勝で勝ったブラジルにも、PK勝ちなのである。それはいいとして、記事には、「パラグアイは予選3試合を含め5試合をすべて引き分けで勝ち上がった」とあった。ハテ、なんだろう。PK勝ちでは勝ったことにならないのか。そんな疑問を持って、ちょっと調べたら、すぐに分かった。PK勝ちは記録上、引き分けとされることを。
ということは、である。あの女子W杯決勝でも、日本はアメリカに勝ったということには記録上、ならないのである。つまり、日本とアメリカは今回を含め、25回戦い、21敗4引き分け(今回を含め)のままなのだ。違和感がある。ついにアメリカに1勝したと思っていたのに。ちょっとがっくり来る話ではないか。まあ、しかし、あくまで記録の話であるから、現実には「勝って」W杯トロフィーを手にした。それも厳然とした事実だ。もちろん誇っていい話だ。
それにしても今回の「なでしこ ジャパン」の大活躍には驚かされるばかりである。感動もあるが、わたし的には、驚きがまず来る。ドイツに勝ったあたりから、不思議な感じになってきた。あり得ないことが起きている、と思った。スウェーデン戦はまず勝てないだろうと思って寝ていた。早朝起きたら、なんと3−1で勝っているではないか。目をこすった。なにかの間違いではないだろうか。勝っているのもびっくりだったが、2点差をつけていたのには驚愕であった。
で、決勝のアメリカ戦はまた、いくらなんでも勝てないだろう、と思いつつ、準優勝でも画期的なことなので、午前4時に目覚まし時計をセットし、早く寝た。どうか、起きてテレビを見た時に、0−0でありますように、と願いながら。まあ、キックオフが午前3時45分だったので、これはかなり期待した。そうしたら、前半を終わっても0−0ではないか。これ以上ない、という展開だ。1−0で仮に勝っていたとしたら、それはかえって危うい。逆転される。0−0がベストだ、と思っていた。
しかし、後半先に先制点を取られてしまう。あんなロングパス1本から点を入れられるなんて、とちょっと不満だった。モーガン選手とやらに、DFはもっと体を寄せられなかったのか。今でもあれは防げた失点だと思っている。これでがっくり来ていたら、すぐにゴール前の混戦から、宮間がゴールを決めたではないか。信じられなかった。延長に入っての展開も同じ。確認の意味で書いておく。
確かCKからのボールを、FWワンバックにヘディングされた。きれいに決まった。とはいえ、何度もこのシーンを見ていると、日本のDFがワンバックをフリーにしていることが分かる。体を寄せるなり、CKのボールが向かってきた時に、ワンバックの前に飛び出せば防げた失点ではないか、との思いが消えない。それはともかく、試合終了3分前に、宮間−沢コンビの同点ゴールが生まれる。ワンバックのゴールで試合は終わった、と諦めていたのに。なでしこたちは諦めていなかったのだ。
沢のゴールは、奇跡的とか芸術的とか表現されている。NHKのニュースウォッチ9に生出演した沢は、キャスターとこのゴールを「再現」していたが、それを見ても、納得できない。沢がジャンプして、右足の外側で蹴った(触った)ことになっているが、あんなゴールは男子の試合でも見たことがない(そんなに熱心に見てきたわけではないが)。理解不能。事前に宮間が沢ともう1人の選手を呼んで「ニアに蹴るから」と言ったそうだが、そして、沢だけでなく、もう1人呼んだことが相手をかく乱させるという意味で、「宮間の賢い戦術」とスポーツ紙に絶賛されているが、それでも、あんなにドンピシャに決まるものか。やはり奇跡のゴールとしか、言いようがないのか。
そして運命のPK戦。ここでも、わたしは弱気だった。アメリカの方が身長が平均10センチ高いのである。高い方が有利に決まっている? 決勝に来る前に、ブラジル戦でアメリカはPK戦を勝ち抜いている。アメリカの最初の5人がすべてPKを決めた。勝ち方を知っている。だから、アメリカの最初のPKをゴールキーパー海堀が防いだ時、また、びっくりした。アメリカの2番手がボールをふかした時もびっくりし、喜んだ。でも、日本も2番手が失敗している。
差は1つしかない。で、アメリカの3番手のPKを防いだ時、やっと勝てるのかも、と思った。ここで決めればという時のキッカーは一番若い20歳のDF熊谷(なんでFWかMFじゃないのか)。表情がアップになった。意外に冷静に見えた(内心は不安だらけだったろうけど)。そして見事に鋭く決めた。ホッとした。本当は「沢はなんで蹴らないんだ」とイライラしていた。後に沢が「PKは嫌です。最後にしてください」と監督に直訴していたエピソードが明らかになるのだが、中継を見ている時は、なにも知らないから、「なんで沢が蹴らない」と不思議がっていた。
楽しい思い出なので、いくらでも書きたいが、もう長くなりすぎた。日本がサッカーW杯で(男女を問わず)優勝、なんて、自分が生きているうちに目撃できただけで、表現できないくらいの幸せをかみしめている。言うまでもないが、W杯の金は五輪の金よりも価値が高いとされる。国民は大喜びしたが、政府はすべきことをしなくてはならない。国民栄誉賞の規定を変えて、団体にも贈れるようにし、「なでしこ ジャパン」をその第一号にすべきだ。もちろん、銀座を祝賀パレードすることも是非、実現させたい(都知事もたまにいいことを言う)。巨人が優勝した程度で(よくパレードしたもんだ)、35万人も集まったという。なでしこ、のパレードには、一体、どのくらい集まるのだろうか。3・11の大悲劇があった年に、この大偉業。神様はどこまで、ひねくれているのであろうか。
追記:政府は25日、なでしこジャパンに国民栄誉賞を贈ることを内定した。
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2011年07月15日
「サンザシの樹の下で」鑑賞、チャン・イーモウ監督は、1990年代の懐かしい味わいを取り戻した。ハリウッド的大作路線からの「回帰」にひとまずホッとした。
待望のチャン・イーモウ(張芸謀)監督新作「サンザシの樹の下で」を見てきた。わたしの最も好きな監督である。わたしより2歳下。国、環境は違っても同世代感覚みたいなものは、多分ある。だから、以下長くなります。東日本大震災後、初めて映画館に行った。新宿ピカデリーで。映画そのものには関係ないが、伊勢丹裏の新宿ピカデリーがすごくモダンなシネコンに変身していたのには驚いた。10のスクリーンがあり、平日の昼なのに若い人でいっぱい。「サンザシ・・」を見るには、エスカレーターで9階まで上がらないといけない。エレベーターはない(見た限り)。もちろん、歩いて登るわけではなくラクチンではあるが、ちょっとばっかり厄介である。
映画は中国・文化大革命の時代のラブストーリー。イーモウ監督自身、若いころ、文化大革命で下放され、3年間農村で、さらに工場労働者として7年間、計10年間働いていた時期があるので、この時代(1960年代末から70年代)には、ひときわ思い入れが強いようだ。映画の学校を出たのは、31歳で遅咲きの人だ。これまで何回もこの時代の物語を描いてきた。さて、見る前に考えていたのは、イーモウ監督が近年のCGやワイヤーアクションを駆使した「HERO」のようなハリウッド的大作路線から、「あの子を探して」みたいな90年代の名もなき市民の心のひだを描いた路線に戻っているかどうか、だ。原点回帰。いや戻る、じゃなくて、どう進化したか、かもしれない。あるいは衰退したか。映画の題名、評判からは期待してしまう。
結論から言えば、90年代路線のテーストをかなり濃厚に残した作品に仕上がっている。そこは素直にうれしい。ただ進化したかどうかは微妙。イーモウ監督が手掛けた、あの3年前の北京五輪開会式のやたら壮大な演出を感じさせる部分はない。そこはホッとしている。でも、どうみても筋書きは、どんくさい。エンディングが途中で分かる。それでも身を乗り出して見てしまうのは、優れたエピソードの積み重ねがあるからで、そこにあらためて敬服もする。珠玉の小話の詰まった映画である。純愛がテーマだが、「初恋のきた道」のようなハッピーエンディングではなく、悲しい結末(バラしてごめん)。
なにより関心は、女子学生ジンチュウ(静秋と表記。きれい)役のチョウ・ドンユィ(周冬雨と表記する。これもきれいな名前。両方に季節が入っている)がどんな女の子なのか。7000人から選ばれたというが、映画のHPなんかを見ている感じでは、とても地味。悪く言えば、のっぺりしている。果たして、この人が、「紅いコーリャン」や「菊豆」のコン・リーや「初恋のきた道」のチャン・ツィイーようにイーモウ監督のお眼鏡にかなった女優、女性として輝き、世界に羽ばたくのであろうか。恋人のスンが映画の中で言う。「君はどうしてそんなに悲しそうな顔をしているの」と。イーモウ監督はそう、「悲しそうな顔」の少女を探していたのか。ちなみに現実のチョウさんは高校3年だったそうだが、どうみても中学生にしか見えない。いや小学校高学年かも。
コン・リーは妖艶さ、濃厚な美貌で群を抜き、チャン・ツィイーはあまりにも可憐な美少女として名をなした。チョウ・ドンユィはどちらにも属さない。笑顔は美しいが、ふだんの顔は美少女とは言い難い。よく言えば、あどけない。竹久夢二の絵に出てくる女性みたい(美人画というけど)。でも、幼く見えていいジンチュウ役は、はまり役ではあった。その意味で、やはりイーモウ監督の女優発掘能力の高さには、あらためて感嘆する。ラストシーンでは、あどけなさが消えて、目に見えて、美しくなっている。これは一体、何なのだ、と思ってしまう。イーモウ監督の発掘した女優は「ボンドガール」になぞらえて、「謀女郎(イーモウガール)」と呼ぶそうだ。チョウはその最新版となる。
ジンチュウの両親は、地主階級=右派として迫害されている。父は獄中。だから母はジンチュウには安定した教師の道を歩んでもらい、一家を再興したいという願いがある。だから、ジンチュウの「恋愛」(とはいえ、キスさえない。プラトニックすぎる。でも、そこが新鮮)には厳しい。世間の目があるし、将来を傷つけることにもなりかねない。で、スンとの交際を断つよう迫る。正式な教師に採用されるまでは、と。でも若い二人が会わないでいられるわけがない。スンは「いつまでも待つよ。一生、待つよ」と言う。一目ぼれとはいえ、どうしてこんな大げさな表現をするのか、やや違和感がある。どうして、そんなに急に思いが深くなるのか。
二人が自由奔放に自転車に乗るシーン(「ローマの休日」のオートバイを思い出した)、嫌がるジンチュウを病院に行かせるためスンが自らの腕を切るシーン、狭いベッドに二人で寝るシーン(結局、プラトニック)、川の両側で二人そろって腕を広げ、抱擁をイメージするシーン、ジンチュウが負った足の火傷の包帯をスンが巻くシーン、・・・と印象的な場面を書けば、きりがないが、これから見る人もあるだろうから、止めておく(既に書きすぎたことは自覚しています)。青春の痛ましいような、切ない「輝き」に満ち溢れている。なので、もっと、もっとたくさん名場面があるので、ご安心を。
スンが入院している病院をジンチュウが見舞うシーンは、93回も撮り直したという。後からパンフレットで知った。チョウ・ドンユィは「昼食後からホタルの見える夜まで撮り直し続けました。自分でも、もうダメだと思いました」と語っている。そこまで徹底的にやるから、いいものができるのだろうと理解できる。とはいえ、先に名を出した90年代の「あの子を探して」(ヴェネチア映画祭で「秋菊の物語」に続いて2回目のグランプリ)のような意表をつく展開で観客をスクリーンに引き込み、涙腺を激しく刺激する大傑作には残念ながら及ばない。そこは、はっきり認めないといけないだろう。
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映画は中国・文化大革命の時代のラブストーリー。イーモウ監督自身、若いころ、文化大革命で下放され、3年間農村で、さらに工場労働者として7年間、計10年間働いていた時期があるので、この時代(1960年代末から70年代)には、ひときわ思い入れが強いようだ。映画の学校を出たのは、31歳で遅咲きの人だ。これまで何回もこの時代の物語を描いてきた。さて、見る前に考えていたのは、イーモウ監督が近年のCGやワイヤーアクションを駆使した「HERO」のようなハリウッド的大作路線から、「あの子を探して」みたいな90年代の名もなき市民の心のひだを描いた路線に戻っているかどうか、だ。原点回帰。いや戻る、じゃなくて、どう進化したか、かもしれない。あるいは衰退したか。映画の題名、評判からは期待してしまう。
結論から言えば、90年代路線のテーストをかなり濃厚に残した作品に仕上がっている。そこは素直にうれしい。ただ進化したかどうかは微妙。イーモウ監督が手掛けた、あの3年前の北京五輪開会式のやたら壮大な演出を感じさせる部分はない。そこはホッとしている。でも、どうみても筋書きは、どんくさい。エンディングが途中で分かる。それでも身を乗り出して見てしまうのは、優れたエピソードの積み重ねがあるからで、そこにあらためて敬服もする。珠玉の小話の詰まった映画である。純愛がテーマだが、「初恋のきた道」のようなハッピーエンディングではなく、悲しい結末(バラしてごめん)。
なにより関心は、女子学生ジンチュウ(静秋と表記。きれい)役のチョウ・ドンユィ(周冬雨と表記する。これもきれいな名前。両方に季節が入っている)がどんな女の子なのか。7000人から選ばれたというが、映画のHPなんかを見ている感じでは、とても地味。悪く言えば、のっぺりしている。果たして、この人が、「紅いコーリャン」や「菊豆」のコン・リーや「初恋のきた道」のチャン・ツィイーようにイーモウ監督のお眼鏡にかなった女優、女性として輝き、世界に羽ばたくのであろうか。恋人のスンが映画の中で言う。「君はどうしてそんなに悲しそうな顔をしているの」と。イーモウ監督はそう、「悲しそうな顔」の少女を探していたのか。ちなみに現実のチョウさんは高校3年だったそうだが、どうみても中学生にしか見えない。いや小学校高学年かも。
コン・リーは妖艶さ、濃厚な美貌で群を抜き、チャン・ツィイーはあまりにも可憐な美少女として名をなした。チョウ・ドンユィはどちらにも属さない。笑顔は美しいが、ふだんの顔は美少女とは言い難い。よく言えば、あどけない。竹久夢二の絵に出てくる女性みたい(美人画というけど)。でも、幼く見えていいジンチュウ役は、はまり役ではあった。その意味で、やはりイーモウ監督の女優発掘能力の高さには、あらためて感嘆する。ラストシーンでは、あどけなさが消えて、目に見えて、美しくなっている。これは一体、何なのだ、と思ってしまう。イーモウ監督の発掘した女優は「ボンドガール」になぞらえて、「謀女郎(イーモウガール)」と呼ぶそうだ。チョウはその最新版となる。
ジンチュウの両親は、地主階級=右派として迫害されている。父は獄中。だから母はジンチュウには安定した教師の道を歩んでもらい、一家を再興したいという願いがある。だから、ジンチュウの「恋愛」(とはいえ、キスさえない。プラトニックすぎる。でも、そこが新鮮)には厳しい。世間の目があるし、将来を傷つけることにもなりかねない。で、スンとの交際を断つよう迫る。正式な教師に採用されるまでは、と。でも若い二人が会わないでいられるわけがない。スンは「いつまでも待つよ。一生、待つよ」と言う。一目ぼれとはいえ、どうしてこんな大げさな表現をするのか、やや違和感がある。どうして、そんなに急に思いが深くなるのか。
二人が自由奔放に自転車に乗るシーン(「ローマの休日」のオートバイを思い出した)、嫌がるジンチュウを病院に行かせるためスンが自らの腕を切るシーン、狭いベッドに二人で寝るシーン(結局、プラトニック)、川の両側で二人そろって腕を広げ、抱擁をイメージするシーン、ジンチュウが負った足の火傷の包帯をスンが巻くシーン、・・・と印象的な場面を書けば、きりがないが、これから見る人もあるだろうから、止めておく(既に書きすぎたことは自覚しています)。青春の痛ましいような、切ない「輝き」に満ち溢れている。なので、もっと、もっとたくさん名場面があるので、ご安心を。
スンが入院している病院をジンチュウが見舞うシーンは、93回も撮り直したという。後からパンフレットで知った。チョウ・ドンユィは「昼食後からホタルの見える夜まで撮り直し続けました。自分でも、もうダメだと思いました」と語っている。そこまで徹底的にやるから、いいものができるのだろうと理解できる。とはいえ、先に名を出した90年代の「あの子を探して」(ヴェネチア映画祭で「秋菊の物語」に続いて2回目のグランプリ)のような意表をつく展開で観客をスクリーンに引き込み、涙腺を激しく刺激する大傑作には残念ながら及ばない。そこは、はっきり認めないといけないだろう。
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2011年06月30日
誕生日に行った都はるみのコンサートは、自分による自分へのプレゼント〜大好きな「おんなの海峡」で原因不明の涙がほろり〜アンコールがないのがちょっと残念
きょうはわたしの62歳の誕生日。息子も娘もこのあいだの日曜にやった誕生祝いではバースデーケーキを(別々に)買ってきてくれたが、いわゆる誕生日プレゼントというのは妻からもない。もう何十年も。そこで、自分の誕生日に自分でプレゼントしようというわけだ。厚木市で行われる「都はるみコンサート」。10日ほど前に電話で申し込んだのだが、まだ余裕で席がある感じ。私鉄を乗り継いで本厚木駅からちょっとある文化会館まで歩いた。窓口でチケットと交換するが、なんと3列目のほぼ中央ではないか。これは相当についている。
少し前にこのブログで書いたが、都はるみのデュエットによる「浪花恋しぐれ」があまりにいいので、聴き惚れ、思えば昔から都はるみが好きだったことを再認識した。はるみが一時引退していた時に、サンミュージックに手紙を書き、米国のエラ・フィッツジェラルドなんか、晩年まで歌っていた、と歌手復帰を嘆願したこともあった。ということで、ならば、直接聴いてみようと、思い立ったわけ。ネットで検索してみたのだが、都心のコンサートなどはない。地方都市を回っている感じだ。そう遠くない時期で、わたしの家から行けるところを探したら、厚木市の文化会館公演に行き当たり、そして、なんという偶然か、その日はわたしの誕生日当日なのだ。なんだか、うまい具合に地球が回っているという感じだ。
会場に行くと、わたしと同年代か少し上の中高年ばかり。女性の方が7:3か、6:4で多い。当然だろうと感じる。大ホール1400の席は8−9割埋まった。ガラガラだったらどうしようと、思っていたので安堵する。オープニングは「アンコ椿は恋の花」から。独特のこぶしがたっぷり聴ける。白地の振袖がとてもきれい。顔も美しい。神々しいというのか。「こんな時期なのに、申し訳ない気持ちですが、電気を使っています」と照明を見上げた。被災地の宮城県に五木ひろしさんらと行った際の話になり、励ますつもりが、「頑張って」と逆に励まされたと話した。
知らない曲が多い。ということはわたしは正真正銘のファンではないということだ。4曲目ぐらいで、ステージを降り、客席で歌う。合間に客と握手。わたしも体を精いっぱい伸ばして、かすかに手を握った。握手は5、60人としただけだから、幸運だったということになる。客席で3、4曲歌ったか。戻って、「涙の連絡船」などを歌い、1部の最後として、「ムカシ」という曲を歌った。聴いたことがない。宇崎竜童の作曲だけあって、ロックの要素も取り入れ、盛り上がった。気に入った。帰宅して、この曲のYOU TUBE画像をお気に入りに入れた。客席から「日本一!」、「ミヤコ!」などの掛け声が飛ぶ。自分に声を出す勇気はないが、もっと盛り上がれと祈った。
休憩をはさんで第2部。こんどは黒をベースにしたシックな振袖だ。いきなり、デュエット曲の「浪花恋しぐれ」を1人で歌う。「おんなも泣かす。それがどうした文句があるか」と男性パートを淡々と。「お浜、酒買うてこい」などというセリフもこなす。女性パートになると本領発揮。「いつも1人で歌っているんですよ。岡千秋さんは作曲家だから、あまり歌ってくれないんです」とボソボソ。ここで、楽団がイントロ当てクイズなるものをする。時間稼ぎだな、と分かった。この後、はるみはブルーを基調にした振袖に着替えて出てきた。西陣の呉服屋生まれなのに、きょうは、原色ばかりが多く、本当にいい着物はなかったように思う。
「おんなの海峡」で上体を反らしていつものイナバウアー。結構長く続く。続いて、なにしろ舞台の端から端まで走るので、客席も刺激される。相当な盛り上がり。わたしの好きな曲。なぜか知らず涙が出てくる。振袖のひざの動きに魅了される。激しく動く。好きと言えば、「大阪しぐれ」をはるみは「わたしの一番好きな曲」とも言っていた。で、「好きになった人」で大きな手拍子。今夜、一番のノリだ。これで、終わってしまった。
「好きになった人」は「さようなら、さよなら、元気でいてね」で始まるから、ラストの曲にはぴったりなのだと思い直す。でもアンコールがない。客も求めず、さっさと帰り支度をしてる。演歌、歌謡曲の世界はどうやらそういうことになっているようだ。わたしは数多くないコンサート体験で、アンコールがないのは初めてで、肩すかしというか物足りなさが残った。わたしの予想では「好きになった人」をアンコールソングにするというものだった。それは見事に外れた。ぴったり2時間で終わった。中高年にはこのぐらいがいいのかもしれない。
女性歌手で振袖なのは都はるみぐらいだろう。イメージが定着してしまっている。63歳になっても、はるみは振袖に固執している。「死ぬまで振袖でいきます」ときょう、小さな声で宣言していた。
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少し前にこのブログで書いたが、都はるみのデュエットによる「浪花恋しぐれ」があまりにいいので、聴き惚れ、思えば昔から都はるみが好きだったことを再認識した。はるみが一時引退していた時に、サンミュージックに手紙を書き、米国のエラ・フィッツジェラルドなんか、晩年まで歌っていた、と歌手復帰を嘆願したこともあった。ということで、ならば、直接聴いてみようと、思い立ったわけ。ネットで検索してみたのだが、都心のコンサートなどはない。地方都市を回っている感じだ。そう遠くない時期で、わたしの家から行けるところを探したら、厚木市の文化会館公演に行き当たり、そして、なんという偶然か、その日はわたしの誕生日当日なのだ。なんだか、うまい具合に地球が回っているという感じだ。
会場に行くと、わたしと同年代か少し上の中高年ばかり。女性の方が7:3か、6:4で多い。当然だろうと感じる。大ホール1400の席は8−9割埋まった。ガラガラだったらどうしようと、思っていたので安堵する。オープニングは「アンコ椿は恋の花」から。独特のこぶしがたっぷり聴ける。白地の振袖がとてもきれい。顔も美しい。神々しいというのか。「こんな時期なのに、申し訳ない気持ちですが、電気を使っています」と照明を見上げた。被災地の宮城県に五木ひろしさんらと行った際の話になり、励ますつもりが、「頑張って」と逆に励まされたと話した。
知らない曲が多い。ということはわたしは正真正銘のファンではないということだ。4曲目ぐらいで、ステージを降り、客席で歌う。合間に客と握手。わたしも体を精いっぱい伸ばして、かすかに手を握った。握手は5、60人としただけだから、幸運だったということになる。客席で3、4曲歌ったか。戻って、「涙の連絡船」などを歌い、1部の最後として、「ムカシ」という曲を歌った。聴いたことがない。宇崎竜童の作曲だけあって、ロックの要素も取り入れ、盛り上がった。気に入った。帰宅して、この曲のYOU TUBE画像をお気に入りに入れた。客席から「日本一!」、「ミヤコ!」などの掛け声が飛ぶ。自分に声を出す勇気はないが、もっと盛り上がれと祈った。
休憩をはさんで第2部。こんどは黒をベースにしたシックな振袖だ。いきなり、デュエット曲の「浪花恋しぐれ」を1人で歌う。「おんなも泣かす。それがどうした文句があるか」と男性パートを淡々と。「お浜、酒買うてこい」などというセリフもこなす。女性パートになると本領発揮。「いつも1人で歌っているんですよ。岡千秋さんは作曲家だから、あまり歌ってくれないんです」とボソボソ。ここで、楽団がイントロ当てクイズなるものをする。時間稼ぎだな、と分かった。この後、はるみはブルーを基調にした振袖に着替えて出てきた。西陣の呉服屋生まれなのに、きょうは、原色ばかりが多く、本当にいい着物はなかったように思う。
「おんなの海峡」で上体を反らしていつものイナバウアー。結構長く続く。続いて、なにしろ舞台の端から端まで走るので、客席も刺激される。相当な盛り上がり。わたしの好きな曲。なぜか知らず涙が出てくる。振袖のひざの動きに魅了される。激しく動く。好きと言えば、「大阪しぐれ」をはるみは「わたしの一番好きな曲」とも言っていた。で、「好きになった人」で大きな手拍子。今夜、一番のノリだ。これで、終わってしまった。
「好きになった人」は「さようなら、さよなら、元気でいてね」で始まるから、ラストの曲にはぴったりなのだと思い直す。でもアンコールがない。客も求めず、さっさと帰り支度をしてる。演歌、歌謡曲の世界はどうやらそういうことになっているようだ。わたしは数多くないコンサート体験で、アンコールがないのは初めてで、肩すかしというか物足りなさが残った。わたしの予想では「好きになった人」をアンコールソングにするというものだった。それは見事に外れた。ぴったり2時間で終わった。中高年にはこのぐらいがいいのかもしれない。
女性歌手で振袖なのは都はるみぐらいだろう。イメージが定着してしまっている。63歳になっても、はるみは振袖に固執している。「死ぬまで振袖でいきます」ときょう、小さな声で宣言していた。
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