2016年07月21日

日本人の生き方を変えた男・大橋巨泉〜罪悪視されていた「遊び」を人生の楽しいテーマにしてしまった

ab730783.png 大橋巨泉が亡くなった。いろいろ報道されている。でも、どこか違う。肝心のことが語られていない気がする。巨泉の「価値」は報道されているより大きいと思う。巨泉は日本人の生き方に大きな影響を与え、それを変えてしまった。

 人生は楽しむためにある。それが巨泉のモットーだった。「11PM」以前の日本人は生真面目すぎた。そこにするりと巨泉は球を投げたのだ。高度経済成長期の日本人に球を投げた。遊び、という球を。

 大いに遊ぶべし、という価値観を打ち出した。それまで、遊びというものは、どこか後ろめたいものだった。真面目な大人は遊ばない。それが一般的な見方だった。巨泉の出現で、遊んでいてて、いいんだ、となった。コペルニクス的転換である。

 それを実践していったから説得力があった。ゴルフでも麻雀でも競馬でも、上手かった。遊びでも手を抜かない。とろいことはしない。理詰めでいく。真面目に遊んだ。その、遊びにかけては、徹底したところが素晴らしかった。

 56歳での「セミリタイア」宣言はその延長線上にあった。はるかに年下の女と再婚し、一緒に遊んだ。冬の寒い時期は南半球の温暖なオーストラリアやニュージーランドで過ごし、くそ暑い夏は涼しいカナダ・バンフで避暑をした。日本滞在は春か秋。その生き方は、羨望の的でもあり続けた。

 巨泉逝くの報を聞き、そんなことを思った。惜しむらくは、82歳での他界であろう。本人は100歳ぐらいを目指していたはずだ。がんの転移が相次ぎ、それが叶わなくなったと知った時は落胆したと思う。冥福を祈りたい。

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son630son at 21:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ジャーナリズム 

2016年04月15日

映画「家族はつらいよ」は山田洋次監督らしいほんわか小市民的コメディだが、トシのせいか切れ味に欠ける

bf3f02fe.jpg山田洋次監督は僕が大好きで、欠かさず見ている人である。小市民的コメディに味がある。ひねりがある。今回の「家族はつらいよ」はあまり期待しないで見たが、残念ながら彼の力量からすると、かなり落ちる。トシのせいか。前作の「母と暮らせば」も、どうということのない作品だった。2作続けて、というのは気になる。

脇役俳優の橋爪功を73歳の主人公にすえた。妻役は吉行和子である。いいバランス。長男役に西村雅彦(妻に夏川結衣)、次男役に妻夫木聡(婚約者に蒼井優)、長女役に中島朋子(夫に林家正蔵)。マンネリすぎる「山田組」メンバー。なんの照れもなく、こうしたマンネリ配役をするのは、やはりただものではない。

吉行が橋爪に離婚届を突きつけるところからドラマが始まる。橋爪には思い当たるフシがなく、ただ驚く。行きつけの居酒屋(ママは風吹ジュン)での酒量も上がる一方だ。同居する長男夫婦、次男、税理士の長女も驚く。吉行は小説を教えるカルチャーセンターの創作教室に通っている。そこで自由の「味」を覚えたのだ。

熟年離婚どころか老年離婚。だれが言い出すともなく、離婚をめぐって「家族会議」が開かれることになった。もっとも、この日は妻夫木が婚約者を連れてきて、家族に紹介する日でもあった。自然に蒼井は家族会議にオブザーバーとして出席する羽目になるのだが、思いがけず重要な役割を果たすことになる。

さてクライマックスの家族会議。吉行は離婚を思い立った理由として、日常生活での数々の「不快」を挙げていく。自分自身が非難されているような、だれにでもあるような日常生活の不手際で、つい笑ってしまう。多くの夫婦が程度の差こそあれ、身につまされるであろうレベルの言ってみれば「たわいのない話」。

蒼井は両親が離婚しているという設定。一家のやり取りを聞いた後、「こういう風に話せるっていいなあ、と。うちの父親は無言で家を出ていきました」と語り、一家の面々を驚かせる。さらに蒼井は看護師の設定でもあるので、橋爪のピンチを救急看護で救う。このあたりはうまい流れ。でも・・

これ以上、書くのは失礼になるので控える。ただ、ハッピーエンドで終わるとだけ言っておこう。ラストは、小津安二郎の「東京物語」へのオマージュ。よっぽど好きなんだなあ、と笑ってしまう。また、タイトルは巨匠・横尾忠則がつくった。凝ったタイトルだなあと思っていたら、エンドロールで「なんだ横尾か」と目を瞠った。

涙もろい私なので、泣かされるのではとも思ったが、泣かなかった。ただ、蒼井優のやさしい笑顔が妙にこっちの心にしみてきて、なぜか目頭が熱くなった。普通は泣く場面じゃあない。妻夫木聡は私のお気に入りでもあるので、その嫁さんになるという話はうれしいじゃないのっていう話。

要するに、どこにでもあるような話。あんまり当たり前すぎて、映画なんだか、現実なんだか、分からなくなる。ひねりが足りない。そこが物足りない。客席からは結構笑い声が聞こえて、お客は満足しているようだった。私は笑いに引き込まれない。平日の午後にしてはかなり客が入っているように思えた。人は人、私は私。

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2016年02月11日

映画「ストレイト・アウタ・コンプトン」は黒人英語がチンプンカンプンだが、アメリカ社会の生々しい現実を知るには良い映画

6bc1aabb.png渋谷まででかけて、映画「ストレイト・アウタ・コンプトン」を見てきた。平日の昼間だが、思ったよりたくさんの客が入っていた。コンプトンとは、ロサンゼルス特派員だった私にとって懐かしい地名。名前だけでビビる。

映画はそのコンプトンが舞台。全米でも犯罪率の高い地域として知られ、映画でも麻薬取引、殴る蹴るの暴力、貧困、差別がのべつまくなしに登場する。映画は、そのコンプトン出身のラップグループ「N.W.A.」の成功と挫折を描く。

1986年が出発の年だから、私が37歳の時。そのグループを知らないわけだ。ハリウッドには「レイ」(レイ・チャールズの伝記映画)、「ウォーク・イン・ザ・ライン」(ジョニー・キャッシュの同)、「ドリームガール」(ダイアナ・ロスとシュプリームスの同)があり、近年ではフォー・シーズンスを扱ったイーストウッドの「ジャージー・ボーイズ」といったアーティストの伝記映画の秀作が多い。それを期待したが、裏切られた。

知らないと、感情移入しにくい。映画はまずヒットを出して、のし上がっていく姿を描く。成功して、お金がどんどん入っていくようになると、メンバーに亀裂が入る。「おれのギャラはお前に比べ、低すぎる」といった具合に。そして会計のスキャンダル、最終的には分裂し、解散する。隆盛を誇ったのは数年にすぎない。

成功と挫折と描き方はワンパターン。それより、私にとって厄介だったのが、黒人のスラング英語。ほとんど聞き取れない。それが、白人のマネジャーが登場すると俄然分かる。マネジャーはメンバーに問う。「NWAは何の頭文字なのか」と。そして自分でおどけて「No White Allowed」(白人お断り)かい、って。これはきれいに聞こえる。メンバーは否定して、正解を言うのだが、もう聞き取れない。黒人の英語には悩まされた。

映画は1992年に起きたロサンゼルス暴動の引き金になった白人警官による黒人青年殴打事件(ロドニー・キング事件)前後にも触れる。ロス暴動は私も現地で取材したから、ある意味、懐かしい。暴動は白人対黒人の対立を背景に起きたようにも思えるが、取材した実感では韓国人とヒスパニック(ラテン系住民)の対立もある。

いずれにせよ、すさまじい人種差別、憎悪、暴力、ギャング、麻薬、エイズといったものがこれでもかこれでもかというぐらい登場する。暴力装置としての警察も出てくる。「Fuck The Police」(くそくらえ、警察)を叫んで逮捕されるメンバー。米国社会の生の姿をむきだしの形でアラアラしく描いた作品である。

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2015年12月15日

映画「母と暮らせば」(山田洋次監督)は、ほんわかムービーながら、反戦の主張も色濃く

08e7107a.jpg私の中では、山田洋次=鉄板なので、必見ムービーです。ただ、監督初のファンタジー映画というところ、吉永小百合を使った母もの=涙、というところに若干の抵抗を感じながら、映画館に行ったわけです。130分という尺も長すぎる。

映画は昭和20年8月9日の長崎への原爆投下から始まる。医大生の浩二(嵐の二宮和也)は講義中に遭遇し、絶命する。その浩二の母親役が吉永小百合だ。あとは浩二の恋人役町子の黒木華。この3人を中心に展開する。

3年後、一人暮らしの吉永の家に浩二の「ゴースト」が現れる。涙をみせると消えるという設定。毎日のようにゴーストは現れ、吉永は浩二との対面を楽しみにするようになる。このゴーストの処理が自然で、山田洋次の手腕を感じる。

町子は浩二を思うあまり、残りの人生を1人で暮らす決心をする。それは無理だし、健康なことじゃないと吉永は思い、浩二と話し合う。浩二も最初は抵抗があるが、母の意思を尊重するようになる。それを受けて、吉永は町子を説得する。

ある日、町子が松葉杖の男性を連れてくる。新しい恋人だ。浩二が祀られている仏壇の前で静かに手を合わせる。見るからに誠実そうな人物で、吉永の心が晴れていく。ドラマで言えば、ここがクライマックスか。

130分の長さを感じなかった。吉永、二宮、黒木をはじめ、芸達者がそろった。二宮はクリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」に出たころは、幼さが目立ったが、今回はどんピシャの年齢帯だった。70歳の吉永は50歳を演じたことになる。

涙腺のゆるい私だが、涙が止まらないといった現象は起きなかった。何カ所かでホロッとし、涙が出たが、そこまで。山田洋次監督の淡々とした、味のある描写に今回もしてやられた。派手さはないが、おすすめの映画です。

故・井上ひさしへのトリビュートでもある。戦争の場面も、反戦の場面もほとんどないが、不戦の訴えが全編にしみこんでいる。それをどうとらえるか、言うまでもなく、皆さんの自由です。

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2015年10月09日

映画「野いちご」(イングマール・ベルイマン監督)は、夢と現実が交錯する中、現代人の信仰についての議論を巧みに織り交ぜた傑作

83bc9e95.png10代のころ、見た記憶があり、老人が主人公とまでは覚えていたが、中身は完全に忘れていた。最初から最後まで、会話にウィットがあり、分かりやすく、面白い。人生は走馬灯のごとしというが、主人公にとって人生は老境に達すると、存外、苦しみに満ちたものなのかもしれないと思わせられる。

主人公のイサークは78歳。元医師。明日は名誉博士号を受けに車で出掛ける。「名誉博士号なんてバカバカしい。愚者の称号の方がふさわしい」と自虐的なイサークだが、息子の嫁とのドライブは楽しみでもある。

出発前夜、イサークは奇妙な夢を見た。街灯の時計には針がない。自分の懐中時計も見ると、針がない。このあたりシュールレリスムの影響が色濃く出た場面だ。人の肩に手を触れると奇妙に歪んだ顔が見え、倒れると血が出る(モノクロなので多分)。馬車から転がり落ちた棺桶には自分がいて、手を引っ張る。

ドライブ中の嫁との会話も、結構辛辣なところがある。嫁は言う。「あなたの息子はあなたを憎いんでいるわ。エゴイストだから。自分にしか関心がない。一見優しそうな紳士だけど」。このやり取りを聞いていて、自分のことを言われているような感じがした。僕も「自分のことしか考えていない」といつも妻に糾弾されているのです。

途中、寄り道をして、イサークが少年時代に夏を過ごした林に入る。野いちごがあちこちに咲いている。実っているかな。「命名日」のお祝いというのが登場してきて、スウエーデンと我が国との違いにちょっと戸惑う。そもそも命名日って、何なのだろう。名付け親が名をつけ、与えた日か。

そうこうするうちに、ある種のクライマックスが来る。全体の半ばよりちょっと後半に入ったあたり。途中で車に乗せた若者たち(男2人、女1人)が議論を始める。「信仰は麻薬だ」「おのれの無意味に立ち向かうのが現代人」といった神を巡る議論。

イサークはいう。「そよぐ風、咲き誇る花(メモできなかったので、正確ではないと思うが、そのようなこと)。いたるところに神のしるしがある」と。でも若い女は「神なんて信じられる?」とあくまで懐疑的だ。映画は名誉博士号の授与式をへて、また夢のシーンで終わる。とにかく、夢だらけ。現実と半々ぐらい。夢の中でなぜかイサークは有罪となり、「普通の罪です。孤独という罪」と告げられる。

ベルイマン監督は牧師の家庭で育った。神に関する蘊蓄(うんちく)は、そのころから培養されていたのだろう。前回のブログで取り上げた同監督の「鏡の中にある如く」も、同じように神について語る部分が「核」になっていた。今回の「野いちご」は幻想的な味わいの中で、人生を観照する作風になっていて、会話もユーモアに富み、だからこそ、ベルイマンの代表作の一つと言われるのだろう。

1957年製作。1時間27分。ベルリン国際映画祭金熊賞受賞。

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2015年09月20日

映画「鏡の中にある如く」(イングマール・ベルイマン監督)は神について静かに語っていて映画史上に残る傑作

40493cf3.jpg僕が高校生のころ、映画を本格的に見始めたきっかけがスエーデンのイングマール・ベルイマン監督(世界的巨匠とされている)の「道化師の夜」という映画だ。ベルイマンの人間洞察の深さ、モノクロの濃淡の見事さに圧倒された。映画監督を目指した時期もある。

1998年からMXテレビに出向していたころ、映画配給会社の人と知り合い、「野いちご」、「冬の光」を含む8本ものDVDをもらった。上記のようなベルイマン監督との「縁」を語ったので、先方が好きだろうと思って、好意としてくださったのだ。

その8本は眠ったままだった。10余年がたって、その8本に立ち向かう心理的、肉体的余裕が生まれた。そこで見たのが、「鏡の中にある如く」(1961年)である。妻と一緒に見た。感動で言葉が出なかった。泣かなかったが、心に深く残った。

前置きが長くなった。この作品は1時間26分の尺である。近年はやたら長い作品が多く、2時間超えもザラだ。それは編集というものが分かっていないからである。ベルイマン作品は1時間半未満のものが多い。簡単に言えば、編集が優れている。

この作品は作家一家4人が海辺の別荘で過ごす1日の出来事を描いている。登場人物は4人だけで、まるで演劇のようである(晩年のベルイマンは舞台に心血を注いだ)。その心理ドラマ。舞台も別荘と海岸と船の中だけで展開される。

作家の娘は、統合失調症を患っている。その夫の医師と17歳の弟、作家の父親が出てくる。娘は父親の日記を見てしまう。そこには「娘の病の進行を作家として観察していく」といった冷めた記述があった。これを見て、娘はショックを受ける。

詳しくはあえて書かないが、船の中で、弟と結ばれてしまう。近親相姦である。そこは暗示するだけで、生々しくは描かない。その罪の意識もあって、娘は症状が急激に悪化し、救急ヘリで病院に搬送される。

最後は父親と弟の会話だ。父親は「悪いことをした」と日記の記述を謝罪する。弟は「父さんは神の存在を信じるのか」と質問する。父は直接は答えず、「神の存在は愛に現れている。崇高な愛、下劣な愛、とんでもない愛が存在する」と遠くを見つめる。

そこで映画は終わる。かなり唐突に。しかし、すべてを言いつくしているのだ。これ以上、くだくだと説明的に展開するのは野暮というもの。娘は治療を受け、死ぬことはない。父親は罪を感じている。それで十分だ。余韻を残す優れた演出だ。

細かく見ていると、やたら人物をアップにするのではなく、ロングショットで遠目から描いたカメラワークの巧みさが目立つ。白夜と夜明けの明かりをうまく使っている。音楽も控え目。クライマックスだけ、管弦楽が流れる。見事というしかない。

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2015年09月18日

小説「煉獄」の書き出し部分〜昭和天皇の「他殺」説も打ち出す

小説「煉獄」の書き出し部分です。重いテーマを軽く書くよう心がけました。250枚なので、ごく一部です。

中には皇室記者時代の話も盛り込み、昭和天皇の「他殺」説を打ち出したところもあります。111日間の闘病の末、天皇は1989年1月7日、87歳で逝ったのですが、「自然死」説には無理があると思います。

::::::::::::::::::::::::::::::

煉獄
                            

天より降り、現身のまま
正義の地獄と煉獄を見、
生還して神を観照し、
真理の光をわれらにあたえ、(以下略)
   
ミケランジェロ・ブオナローティのダンテを讃えるソネットより


葛谷茂が最初に酒を飲んだのは十二歳の時である。
早くから酒に親しむようになったのは祖母はなの「仕掛け」による。中学に入ると、茂は祖母から晩酌の相手を務めるよう言い渡された。
昔は数えの十五で元服した、中学になったらもう大人だという勝手な理屈を持ちだした。祖母が還暦を越えて建てた数寄屋風の離れの四畳半で日本酒を酌み交わした。やがてそれが日課になる。

茂は酒をうまいとも、まずいとも思わなかった。中学生に酒のうまさを分かれという方に無理があるのかもしれない。ただ義務とも感じなかった。祖母と二人だけで過ごす時間は悪くはなかった。
茶の湯も嗜まないのに、水屋をしつらえた新築の四畳半は風情が漂う。目の前に池が広がり、大きな藤棚がその池を覆っていた。古くからの平屋の家で、この離れだけは上質のにおいがした。


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son630son at 08:53|PermalinkComments(1)TrackBack(0)文芸 

2015年09月05日

映画「あの日のように抱きしめて」はウッドベースの音がビシバシ効いて、1時間半で終わる〜悪くないじゃん

5e640081.png映画「あの日のように抱きしめて」(クリスティアン・ペッツォルト監督)は妻に先を越された。しゃくにさわったが、じっと我慢。渋谷西武デパートのヨウジ・ヤマモトの店長と軽いアポがあったので、昨日見た。東急文化村の「ル・シネマ」で鑑賞。昼というのにかなりの入りだ。

ナチスの強制収容所で顔に大怪我を負ったユダヤ人妻にニーナ・ホス(ネリー役)、夫約のロナルト・ツェアフェルトがタッグを組んだ。名作「東ベルリンから来た女」のコンビだ。残念ながら、この作品は見ていない。しかし、妻は見ている。しゃくだ。

1945年戦争終結の年のベルリンが舞台だ。医師は「どんな顔になりたいか」と手術前ネリーに尋ねる。ネリーは「いいえ、昔の顔に戻してください」と要望する。医師は「それはできない」とつっぱねる。

夫ジョニーを探し出そうと奔走するネリーは、ついにジョニーと再会を果たす。しかし、ジョニーは顔の変わった彼女が自分の妻ネリーであることに気づかないばかりか、収容所で亡くなった妻になりすまして遺産をせしめようと彼女に持ちかける。

夫は本当に自分を愛していたのか、それともナチスに寝返り自分を裏切ったのかを知るため、ネリーは彼の提案を受け入れることにするが…。があらすじだが、妻のサインと一致したのに、ネリーが妻だと分からない夫にいらつく。じれったい映画だ。

ただ、良い点が3つある。冒頭とエンドロールで流れるウッドベースが素晴らしい。監督のセンスを物語る。途中、バイオリンとかピアノの曲も流れるが、ここはベースだけでいった方が映画は深まったと思う。

ラストシーンはネリーの歌で聴かせる。伴奏のピアノは鈍感な夫だ。でも、シンプルでいいラストシーンだった。心に残る。上映時間が1時間半というのも素晴らしい。2時間が当たり前になっているのに。冗漫な部分をうまくカットした編集者に拍手。

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2015年09月04日

五輪エンブレムにはデザイナー、梅野隆児さんの作品を採用すべきだ〜シンプルでかっこいい

5a9268bd.png2020年五輪・パラリンピックで使用するエンブレム問題は、佐野氏の話から進んで、新しくどのようなものにするか、に焦点が移ってきた。僕は、案と称するすべてのデザインを見てはいないが、梅野隆児さんのものが素敵だと思った。(画像はクリックすると拡大します)

複雑に色はたくさん使っている(お金がかかるというネックがある)ので、アホの五輪組織委は採用しないとは思うが、現時点でベスト。オリジナリティーでは文句のつけようがない。梅野さん作品を採用せよ、とのムーブメントを起こそうではないか。

音痴で運動神経がまるでダメな僕も、美術は「5」だった。娘は美大だし、審美眼には多少自信がある。皆さんのご意見を聞きたいところだ。

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2015年09月02日

懲罰的賠償が認められれば、佐野氏は50億円は取られる〜五輪エンブレムを白紙撤回しても残る訴訟問題

22be314b.png僕は8月5日付の本ブログで、「2020東京五輪エンブレムはつくり直すべき〜そもそもデザインとして半世紀前のものに劣る」と題したメッセージを送った。それから約1カ月もたって、五輪組織委は佐野研二郎氏のエンブレム白紙撤回を発表した。

僕は佐野氏も安易だが、組織委の対応が遅すぎたと批判したい。前のブログ記事に書いたことだが、エンブレムは単独で使われることもあるものの、ポスターなどにはめ込んで使われることが多い。なので、シンプルなものがいいのだ。半世紀前のエンブレムもそう。

パクリは深刻だ。特に飲料メーカー(サントリー)のキャンペーン賞品を取り下げた問題で、アメリカジョージア州のデザイナー、ベン・ザラコーさんは「佐野氏が利益をあげているなら法的手段も検討する」と話している。「BEACH」(写真)と書かれたデザインについて、およそ15年前に、自分が制作したものと完全に一致すると指摘する。

ベン・ザラコーさんは「全てが一致する。文字の間隔も同じだ。わたしがあえて変えた文字の太さも同じだ」と話した。この「あえて変えた文字の大きさも同じ」と指摘した点が重要だ。単なる模倣よりたちが悪い。佐野氏が利益をあげていたことは言うまでもない。

米国の訴訟では、PUNITIVE DAMEGE(懲罰的賠償)という概念があり、悪質な違法行為については、再発防止の観点から、とんでもない破格の賠償を言い渡すことがよく見られる。100億円単位の賠償など日常茶飯事だ。

ザラコー氏が米国で訴訟を起こすべきだと考える。今回の問題の深層が分かってくる可能性がある。とにかく「BEACH」はひどすぎる。ヘラヘラして記者会見を行った元財務次官の武藤事務総長は即刻、クビにすべきだと思う。それが責任の取り方というもの。

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2015年08月12日

人生常にアテンション・プリーズ!だと教えてくれる抜群に面白い傑作教育映画「人生スイッチ」

b737f68a.jpg新聞やネットの映画情報で芳しい作品がないという時は、映画館の個性に頼るしかない。昨夜、「人生スイッチ」(ダミアン・ジフロン監督・脚本)をみた渋谷のシネマライズもそういう個性的な映画館。やっているものはたいてい面白い。ここで傑作「グランド・ブダペスト・ホテル」を見たものだ。

「人生スイッチ」はアルゼンチンが舞台だ。汚職捜査官が堂々と出てくるところなんか、かの国らしいが、それ以外は普遍的なテーマを扱っている。そう、この映画6つの短編映画からなるオムニバス映画なのだ。すべて日常茶飯事が大ごとになるという話。極限状態を軽妙なタッチで描く。

さびれた食堂に客が来る。ウェイトレスは凍った。父が自殺する原因をつくった男だからだ。客は成人したウェイトレスの見わけがつかない。料理人の女は「猫いらず」の缶を取り出して「やんなよ」とけしかける。でも、ウェイトレスはそこまでできない。で、料理人が取った最後の手段とは・・・「おもてなし」という題の短編。

表題に「傑作教育映画」と書いた。ブラックユーモア満載の映画なのだが、人生について教えられる。なにげない、ささいな一言から殺人事件に発展するなど、人生常にアテンション・プリーズ!だとあらためてかみしめる。教育的な要素もあるのだ。

最初は飛行機内の客同士の普通の会話から始まる。共通の知人がいることに気づく。そこで思わぬ展開。乗客が次から次へと、その知人との関係をカミングアウトするのである。で、みなこの飛行機に乗り合わせたことが偶然でないことを知る。この「つかみ」がうまい。うなる。

これだけではなんのことか分からないだろう。すべての加害者が被害者になりうることをサスペンスタッチで描いた。飛行機は最悪の結末を迎える。さらに地上にも犠牲者が出る。この描き方がすごい。見たことない。小説に映画が優位に立つ瞬間である。小説では描けない。

客席からは時折、爆笑がもれた。最後の短編のタイトルは「HAPPY WEDDING」。こりゃ、ハッピーじゃないな、とここまでくれば分かる。結婚式は修羅場になる。新婦が、哀れな新郎を抱きしめる義母との姿を、「みんな、写真に撮ってよ」という場面は圧巻。再婚の際、この映像を流すといきまく。最後は後味が悪くならないような結末になるのだが、あえて言えば、不自然なもっていきかただ。でも、面白かった。

この映画は万人にお薦めだが、特にストレスで疲れている人には強く勧めたい。映画から得られるものがあるはずだ。ストレス解消につながる何かが。そう真面目に考えなくても、料金分のエンターテインメントであることは間違いない。ここまでやるか、という南米の激情ぶりがよく伝わってくる。

ネットの映画評の採点は、そこそこ。口コミによる採点。極端に評価が分かれている。満点の人も多いが、最低評価の人もいる。ナットク。でも、この映画は確かに荒唐無稽だが、リアリティーがある。アルゼンチンで興行収入史上1位を獲得しただけのことはある。監督の手腕に脱帽。アカデミー賞受賞の「バードマン」よりずっと面白い。

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2015年08月05日

2020東京五輪エンブレムはつくり直すべき〜そもそもデザインとして半世紀前のものに劣る

65e7a6f0.png2020年東京五輪のエンブレムに選ばれた作品が、ベルギーの劇場ロゴと酷似していると指摘され、訴訟になる恐れも出てきた。僕はこの作品そのものがよくないと思っている。これを選んだ組織委はあの人がトップにいるだけあって、すげえセンスだ。

デザインはベルギーのに似ていると思う。デザイナーは5日、記者会見し、疑惑を否定したが、万人を納得させるだけのことを言ったかというと、NOである。訴訟にはならないのではないかとの見方もあるが、甘いと思う。欧米の権利意識をなめてはいけない。

エンブレムは、ポスターはじめ、いろいろなところに使われるものであって、ゆえに、シンプルでなくてはならない。1964年五輪の際は、亀倉雄策氏(1915-1997)のデザインを採用したが、日の丸を中心にすえた極めてシンプルなものだった(写真)。もちろん盗作疑惑も生じなかった。

なので、単独で見ると、物足りないが、五輪ポスターにはめ込んでみると(下の写真)、見事に生きてくる。ポスターを生かしている。これこそ、エンブレムなのだ。僕はこのエンブレムが好きだ。亀倉さんがご存命なら、今回のような駄作は選ばれなかったと考える。6fba0f63.jpg

盗作かどうかも重要だが、デザイン的にすぐれていないということの方がもっと問題だと考えている。ちなみに話題のデザイナーは、多摩美術大グラフィックデザイン科卒業。うちの娘も同じ学科です。だから擁護とはいかない。

いまからでも全然遅くない。選び直すべきであろう。新国立競技場問題で物議をかもした上に、いたるところでお目にかかるエンブレムに「けち」がついているとなれば、面白くない。東京五輪が決まった時のあの高揚感はどこへ行ってしまったのか。

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2015年07月31日

宇多田ヒカルとフレディー・マーキュリー、偉大なる2人のアーテストと僕の「関係性?」

9b8b081e.png宇多田ヒカルが「Automatic」でデビューしたのが、昨日のことのように思えたり、遠い昔の出来事のように感じられたり、微妙です。それはさておき、彼女の15歳での登場は日本音楽史上の大事件でしたね。

そう、あれから17年がたったのです。短いですか、長いですか。僕は最初に聴いた時から好きになり、ちょうど東京MXテレビに出向していた時期だったので、彼女の「衝撃」をテレビのニュース特集にしたものです。完全に趣味の世界を仕事場に持ち込んだ感じ。

ひまな時に(いやー、いつでもなんですけど)、彼女について調べる(というほどのもんじゃないけど)と、尊敬するアーティストに「フレディー・マーキュリー」とあるじゃないですか。これは知らなかった。うれぴー。僕的にはガッテン。

いまさら講釈をたれるもんじゃないけど、フレディー・マーキュリー(1946−1991)は英国のロックバンド「クイーン」のリーダーで、曲も作っていた。若くしてエイズで死んだけど、「ボヘミアン・ラプソディー」など名曲はみな彼の楽曲。作詞も作曲も。今も慕われています。史上最高のシンガーソングライターと。
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で、僕はこの数年、「クイーン」にはまっていて、なにを勘違いしたのか、あの長い曲をカラオケで歌ってひんしゅくを買ったりしました。なので、僕も宇多田さんのようにフレディーを尊敬しているのです。これで現実世界とは関係なく、僕なりの三角関係が成立。

クイーンの楽曲はメロディーも素晴らしいが、歌詞も素敵です。素敵というか、つぼをくすぐられる感じ。「彼女は小さなキャビネットにモエ・エ・シャンドンを隠していた」なんてね。モエは高いので、滅多に飲めないが、おいしいシャンパン。隠したくもなります。

「人生が始まったばかりなのに、人を撃って殺してしまった。僕は生れてくるんじゃなかったと時々思う」(意訳)なんて、暗いところも含めて好きです。だから、宇多田さんの素晴らしい楽曲の根底のどこかにクイーンがあるかと思うと、うれしいのです。

これを書いた後、さらに調べたら、フレディーはエルビス・プレスリーの影響を受けたということです。エルビスは、マイアイドルでもあり、ガッテンです。クラシックではラフマニノフ、パガニーニから感化されたとしており、この2人は僕の好きな作曲家でもあります。ガッテンだらけ。

追伸 宇多田さんは、youtube を活用されています。ほかのちんけな歌手が著作権とかを盾にyoutube 上の「動画狩り」をやっている中、ホッとします。フリーのサイトといっても、それが最終的には商業的な利益につながるわけだから、賢い選択です。ほかの歌手も見習ってほしい。「クイーン」といわず、欧米のアーティストは原則 youtube活用派です。

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son630son at 17:09|PermalinkComments(1)TrackBack(0)音楽全般 

2015年07月09日

交通安全協会のなぞ

5年に1度の運転免許証更新のため、警察署に行ってきた。いつも思うのは、なんでこんなに金がかかるのかということ。更新手数料3000円に加え、郵送料1000円(バスを乗り継いで行っても800円以上かかるので)さらに持参した写真が古いと言われ、撮影料900円で計4900円。外国ではこんなに金を取らないだろう。

これらはすべて、警察そのものではなく、一般社団法人・全日本交通安全協会に払う。3000円は薄いパンフと、30分の講習(うち15分はDVD)の対価ということになるが、べらぼうな儲けだ。仕組みは分かっている。全日本交通安全協会は警察の最高の天下り組織なのだ。警察のキャリアは交通安全協会の全国組織のトップに天下り、ノンキャリもそこそこの地方ポストがある。

交通安全協会は警察の敷地内にあり、免許証更新業務を独占している。女性職員2人がいたが、きっと殉職警官の妻なのであろう。そもそも、警察本体がやるべき業務をなぜ外の組織に丸投げしているのか。疑問が消えない。既に書いたような蜜月関係というか、そういう「仕組み」になっているのは明らか。利益をあげさせるように出来ている。こういうのに、以前は怒っていたが、もう正直どうでもいい。5年に1度のことだと納得しようとしてしまう。ただ、実態は知っていただきたいと思い、書いてみた。

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son630son at 09:47|PermalinkComments(5)TrackBack(0)ジャーナリズム 

2015年06月29日

祝なでしこJAPAN決勝進出〜キーウーマンはなんといってもDF岩清水ではないか〜岩渕のゴールの陰に見事な「パス」

サッカーの女子W杯、なでしこは事前の予想をいい意味で裏切る形で勝ち続け、決勝進出を決めた。なでしこJAPANは、この4年間の国際試合であまり結果を残せなかった。なので、大健闘と言えるだろう。佐々木監督の采配も評価されている。ただ、さあ連覇などというのは早すぎる。準決勝の中身がいまいちだったから。

準決勝はイングランドのいいシュートがたくさんあったが、日本に運があったのだろう。枠外に飛んだり、GKの正面(ばかりではない。海堀のファインセーブもあり)に飛んだり、とかで助かった。日本の攻撃は、特に後半はっきり言って、手詰まり感があった。オウンゴールとはいえ、その前の決定的パスに意味があった。

川澄のクロス。遅くはないが、あえて表現すれば、どろーんとしたクロス。大儀見狙い。GKは触れない場所にとぶ。イングランドDFが必死で、そのボールに触り、外に出そうとしたのだろうが、運悪くゴールに飛んでしまった。でも、あそこでDFが触らねば、大儀見がゴールしていた可能性もあり、DFの判断は間違っていなかった。功労者は川澄である。大儀見は髪を一部金髪にするなど目立とうとしているが、シュートミスも多い。オウンゴールで助かった。

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豪州との準々決勝もしびれる試合だった。私はあえて早起きせず、録画で800ごろから見た。なぜかというと、ほとんどスコアレスということは予想できたから。サッカーにおけるゴールというものは、まさに村上龍の言うように「奇跡」なのである。滅多にないものだから、追っていると疲れる。なので情報を遮断して録画鑑賞。

ご存知のように、豪州との試合は、敵のゴール前の混戦から岩渕がW杯初ゴールを決めたともてはやされ、それはそれで素晴らしいのだが、このゴールシーン、よく見ると、だれが一番貢献したか、はっきりしてくる。岩渕ではないのだ。こぼれ球でなく、れっきとしたアシスト。

この混戦、ボランチの宇津木がシュートしたことから始まった。なので、彼女の貢献も大きい。このボールがこぼれ、今度はDFの岩清水がシュートした。これも決まらない。この直後である。岩清水は短いパスをあいたスペースに出した。これを岩渕が決めた。あんな絶妙なボールはない。岩渕は蹴るだけでいいのだから。

敵ゴール前で、体勢を崩しながら、ちょこんと出した「パス」。いや、あれはパスといえるようなもんじゃない。必死で、前にかきだしたというのが当たっているのかもしれない。でも、このセンス(とあえて言う)、好きだな。嗅覚ってやつかもしれない。いいところに出た。出した。うまい。敵GKもDFも届かない場所。

4年前のW杯決勝で岩清水は、レッドカード覚悟で、体のでかいアメリカFWの突進を体でとめた。そして、当然のようにレッドカード・退場になった。でも、アメリカの攻勢を防いだ。宮間・澤の見事なゴールに隠れているが、岩清水の貢献は話題になったものだ。そして今回の素晴らしいワンプレー。

書き忘れたが、今回のW杯、日替わりのヒロインというか、毎回のゴールが違う人というのがすごい。万が一、えらいことになったら、佐々木監督の功績になる。これまでの戦いで全選手を出場させたことも評価されている。有吉、阪口みたいな「地味な」選手、守備中心と思われている選手が活躍しているのは素晴らしいことだ。

皆さん、あの豪州戦のゴールシーンをよくご覧になってください。岩清水選手が体勢を崩されながらも、本能的に出した「キラーパス」を!

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son630son at 17:37|PermalinkComments(2)TrackBack(0)スポーツ | ジャーナリズム

2015年06月24日

外国人観光客実績で韓国に劣る日本〜中国にはさすがに負けて当然だが

最近気になっていること。それは政府が外国人観光客拡大に血道を上げるのはいいが、よく実態を見ないと、ということ。既に1300万人、目標2000万人とか言っていますが、韓国の方が観光客が多いという事実をどう考えたらいいのか。

地理的にみても、どう考えてみても、韓国の方にたくさんの観光客が行っているというのは、理解しにくい。国土も狭いし、国土の形も長方形だし、どうみても魅力が日本よりあるとは考えにくい。くやしい。

でも事実は事実。で、冷静に考えてみると、韓国の方が英語が通じやすい。wifi環境も整っている。通貨レートも有利。ま、これは今年の円安で解消されてきたが。あとは対外的なPRがうまいということかな。ホテルも安いのが多いし。でも、くやしいですね。

中国は2000万人を既に達成している。中国は大気汚染もひどいし、都市以外ではひどい暮らしだ。でも、中国は悠久の歴史があり、観光地は多い。物価は安い。英語も日本よりは通じる(ここがくやしいのだが)。国土も広い。でも、再度言う。日本はこれまで観光政策があまりに貧弱だったのだ。2020年五輪を契機に、流れが変わることを期待したい。

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son630son at 15:58|PermalinkComments(1)TrackBack(0)随想 

2015年06月14日

「ジェームス・ブラウン 最高の魂(ソウル)を持つ男」〜米エンタメ伝記映画の系譜を引き継ぐ

a3ffb6b7.jpg僕は中学生時代から、R&Bが大好きで、サム・クックやレイ・チャールズは i Pod に入れているほか、カラオケでもよく歌います。ですが、伝説の歌手で「ミスター・ダイナマイト」「ゴッド・ファーザー・オブ・ソウル」「セックス・マシーン」「ファンクの帝王」とも言われるジェームス・ブラウンだけは、なぜだか距離があるのです。理由は分かりません。ヒット曲も知りません。で、彼のことを知りたくて、渋谷でこの映画を見ました。平日の昼で客は20人いませんでした。

レイ・チャールズを描いた「レイ」、ジョニー・キャッシュの「ウォーク・イン・ザ・ライン」、ダイアナ・ロスとシュプリームス「ドリームガールズ」とハリウッドには、エンタメ伝記映画の秀作が目白押しです。昨年にはクリント・イーストウッドが、フォー・シーズンズをモチーフに「ジャージー・ボーイズ」をつくりました。ただ、結論的に言えば、このジェームス・ブラウンは過去の秀作には劣ります。

この映画、ローリング・ストーンズのミック・ジャガー製作というところにまず目を奪われます。ということは、それだけ影響を受け、リスペクトしているということの証でしょう。監督は「ヘルプ 心がつなぐストーリー」のテイト・テイラー。貧しい南部の家に生まれ育ったジェームス・ブラウン。両親に捨てられ、叔母に引き取られる。

この「捨てられ」が決定的です。辛すぎる。ジェームスは、教会で聞く音楽だけを希望に、寂しい少年時代を過ごすことになります。窃盗で刑務所へ入ったジェームスは慰安に来たゴスペルグループのボビー・バードと運命的な出会いを果たします。ジェームスの才能を見抜いたボビーは彼の保証人となって釈放、ふたりが中心のバンドを結成。

これからはサクセスストーリーです。ラジオ局への働きかけ、全国ツアー、ヒットの連発・・ジェームスの才能は見事に開花します。そしてお定まりの常軌を逸した行動や女性関係によって、ジェームスは仲間との間に亀裂を作ってしまう。常に彼を支え続けてきた盟友ボビーも他界。まあ、想定内のストーリーなのです。成功は永劫に続かない。バンドの決裂は日常茶飯事なのです。ねたみもあるしやっかみもある。

この映画を見て、やはりジェームス・ブラウンには、耳になじむヒット曲がないと思いました。聞いたことがない。例えば、上記のフォー・シーズンズでいえば「シェリー」のような強烈な歌。レイ・チャールズは「ジョージア」とか。カントリー歌手のジョニー・キャッシュに関しては、ヒット曲が分からないが、映画の良さで印象に残りました。この映画は139分もある。せめて120分におさめれば、もっといい評価を与えられたと思います。無駄なカットが多いのです。

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son630son at 12:48|PermalinkComments(1)TrackBack(0)映画 | 音楽全般

2015年05月06日

「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」は極端に好き嫌いの分かれる映画〜「空中浮遊」にはついていけず〜女優2人が光る

9acd90f0.jpg一応映画ブログをやっている人間として、その年にアカデミー賞作品賞をとった映画ぐらいは参考までに見ておくというのが僕的なモラル、規範なのです。なので「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督=監督賞もとった)を眠気をこらえ昨夜見てきました。

映画はF用語を含むスラングだらけで、僕の英語力では大半ついていけません。パンチのある映画なのでしょう。ほぼ全編にドラムスのインプロビゼーション(即興演奏)が流れ、いかしています。このドラムスはいい。緊迫感をもたらす。ドラマとしての展開力もなかなか見事。スピーディーで飽きさせません。一種のハッピーエンディングも、もちろん悪くない。でも、芝居の主人公が大けがするんだから、後は代役?とか1回こっきりの「ハプニング」を評価してどうなるの、てな狭い視野で恐縮ですが、疑問も残る。

では評価できるか、となるとこれが違う。冒頭に劇場の楽屋で、主人公の中年男性がパンツ一枚で「空中浮遊」しているシーンがあります。ここから違和感が消えなかった。なんで、いきなり、って感じ。僕はすぐに麻原彰晃とオウム真理教事件を思い出しましたね。米国にもカルト事件は、シャロン・テート事件みたいなのがあったが、日本ほど深刻ではなかったので、こういう「遊び」も平気なのでしょう。後半にも延々と「スーパーマン」になりますが、呆れるだけ。勝手にやってれば、てな感じ。

それにしても、よくもまあ、楽屋をぶっ壊す人たちですね。ああまで壊すのか。激情にかられて、なんだろうけど、少しは後のことを考えろ、と言いたくなります。掃除するのも大変だし、損害は出演料を上回るかもしれない。映画のストーリーはたいしたものはありません。今のSNS社会ですから、市民が動画を撮って、アップし、you tube再生回数何十万回とかで、ウワッとくる。逆転ドラマ。そうしたもはや「古典的」手法が前衛っぽいこの作品で使われているのは皮肉です。

とかいって、映画をくさしていても、始りません。よかったのは女優2人の演技。主人公の娘サムの役をやったエマ・ストーン。クスリ依存症から脱しきれていない。ふてくされかたが、僕の見方ですが、なかなかカッコいい。不良。ネコ的存在。男優にキスを迫るところなんざ、エロくて見所でしたね。あと新聞の演劇批評家。大御所。リンゼイ・ダンカン。いやーリアルですねえ。本物以上に本物っぽい。そう、僕のつまらぬ評価基準ですけど、リアリティーなんです。ですので、この批評家の登場する場面は買えます。

書き忘れるところだった。こういうエンターテインメント業界の内幕ものをハリウッドは好む傾向にあるそうです。親近感があるのでしょう。きっと。その意味では、監督の狙いは当たっていた。長くて難解なタイトルも、ハリウッド人種の劣等感=知的コンプレックスにつけこんだものと言えなくもない。そういった、もろもろ、も計算したうえで見ると、興味深い点があるかもしれません。

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son630son at 10:06|PermalinkComments(9)TrackBack(0)映画 | ジャーナリズム

2015年04月24日

24日午後、無事退院しました

1カ月の初入院生活でした。いい体験というには、ちょっと辛かった。逮捕されたことがないので、拘留生活の経験はありませんが、それに近いと思います。きっと。報告は来年小説の形で発表したいですね。うまく書けるかどうか。ある種の極限状態を。「かぎ」で閉ざされた世界をどう描けるか。

早速今夜かねて予定していた高校時代の友人との飲み会があります。うちの近くであるんです。うまい蕎麦屋で。ただ、アルコールを絶っていたので、あまり飲めない。正直なところ。徐々に適応していくしかない。新たまねぎの天麩羅を食べたい。あと、しめのそば。その店はセイロと田舎の両方を出す本格的な店。田舎にしようかな。

執筆中の自叙伝的小説ですが、ずっと大長編にしようと考えてきました。1300枚とかの。膨大なもの。でも、もしですが、コケたらショックは大きいと思い直しました。自分からみると、面白いものでも、編集者や最終的には読者の方に、いいと思っていただかないといけない。結論から言うと、中編小説(300枚ぐらい)にしようと今は考えています。その分量で書くのは難しいが、やってみます。

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son630son at 15:48|PermalinkComments(1)TrackBack(0)随想 

2015年04月10日

病気で入院中につき、しばし開店休業します〜毎日、長編小説を執筆中

入院中の外出でいま自宅。入院前のフェースブック見て、びっくり。こんなことまで詳細に書いていたんや。こりゃ、娘も怒るわな。納得。みなさんもドン引きされたこととお察しします。申し訳ない。以下、現状を手短に。

わたしごとですが、3月25日から、精神病ということで川崎市宮前区の病院に入院中です。いま一時帰宅でこのブログを書いています。経過は良好で、24日には退院できる見通しです。ただ、入院当初は過酷でした。いずれ報告します。

<問題はやはり食事>

人生初の入院で参ったのは、やはり食事。思ったほどまずくはないが、3食とも原則ご飯というのは辛い。ただでさえ、日ごろ、夕食ではご飯を食べない生活だったので、大変です。たまに、パンとかうどんとか、まれですけど、あるとホッとします。 運動不足に当然なります。僕は病棟の端から端まで歩くことを1日45往復を義務として自分に課してきました。

あとはラジオ体操第一、第二。股関節や脚のストレッチ。でも、運動不足。そして乳製品不足。これでは便秘になります。患者には便秘を訴える人がやたら多い。下剤が大人気です。僕なんかも、下剤を数回もらっても効かないということがありました。なので、座薬を使う人も多いようです。座薬ってやばくないですか。というわけで苦闘の日々でもあります。


<大長編小説執筆中>

いまは家に毎日帰って、日々、4〜5時間は机に向かうようになっています。大長編小説がようやく佳境に入ってきました。と言いたいところですが、まだ序盤。ようやく「1968年」が終わったところ。19歳の青春グラフィティー。ただ、エピローグはほぼできていて、結末は固まっている。なので、その間を埋めるだけ。というと簡単そうですが、やはり、そんなに安易にはいかない。

19歳の初恋は淡いものだが、20代に入ると、大人の恋で生々しくなる。で、飛んで60代になる。仮題には「輪廻」と「宇宙」という2つのキーワードが入る。えらく長いタイトル。当初2000枚を超える、なんて思っていましたが、やはり「上・下」2巻におさめたいので、1300枚ぐらいが限度かな、と。それでも相当ぶ厚い。9月末完成予定。

<第1章は「初恋」>

第1章は「初恋」。 各章の題は2文字にする。恋愛は永遠のテーマです。生殖という観点からは、生物としての人類の存続にかかわる重要課題。脇のテーマは、「生と死」あるいは「性と死」。死生観、世界観、宇宙観みたいなもの。価値観を超える。ドストエフスキーと埴谷雄高、渡辺淳一、林真理子をまぜたような小説になるとひとには説明しています。筒井康隆のユーモアも入れたいが、かなり困難。

ネタ本はあるのです。15冊のノートと言うか、日記というか。まあ、概ね観念的な内容だから、ノートでしょうね。とにかく、びっしり書いてある。なので、僕はそれを原稿用紙(ワードの原稿用紙・縦書き)に書き写しているだけみたいな・・・だけではないですよ。妄想、空想の力を発揮しています。

夢はこの本が大手出版社から刊行されることです。既に3流出版社(失礼)からは、出します、との返事をもらっているので、活字にはなる。でも大手から出したい。大手は小説全体が完成しないことには話にならない。大手出版社の文芸誌に掲載され、単行本化されるのが夢です。賞は不要。もらえるならもらいますが、書いている途中でこんなことを妄想しているから家族に嫌われるのです。


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son630son at 15:50|PermalinkComments(6)TrackBack(0)随想