2005年08月20日

虫のここち

秋の夜の灯かげに一人もの縫えば小き虫のここちこそすれ
(歌集『青海波』より)

『青海波』は1912年1月刊行。

秋の夜、というと虫のコーラス、これは日本的なイメージ。
その虫と歌い手自身とを同一視する視点。
一見したところユーモアにあふれている。
だがこの歌に登場する「虫のここち」は実にもの悲しい。
「小さき虫」に喩えることで、イメージされる部屋の奥行きは増す。
そこに1つの孤独感が演出されているからだ。

「一人もの縫」う作業。
ステレオタイプな見方だが、これは女性的な作業である。
当時の晶子にはすでに鉄幹というパートナーがいた。
伝え聞くところによると女癖のよろしくない男性であったらしい。
晶子の嫉妬心が露骨に詠まれた歌もある。

この歌には決して露骨な嫉妬心は登場しない。
寂しいとも言わずつらいとも言わない。
ただ「一人もの縫」う作業。
何かを作り出すひたむきさだけが伝わってくる。

そして虫と言えば、コーラス。
歌、すなわち短歌を連想させる。
まさに晶子自身が唄われているように感じられる。
孤独感がそのまま創作意欲へと転化する、
そんな歌人としての状況が、である。  
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2005年06月15日

舞ひいでよ

おどけたる一寸法師舞ひいでよ秋の夕のてのひらの上
(歌集『佐保姫』より)

『佐保姫』は1909年刊行。
翌年、晶子の三女・佐保子が生まれている。

冒頭のコミカルな描写、転じて鮮やかな描写。
ただ、少し謎めいた空間がある歌だ。
この歌を詠んだときに晶子が1人だったのかが気になる。
この歌を詠む時点で、長男、次男、長女、次女と4人の子がいるからだ。

一寸法師、これは「幼子」のたとえとしては格好の題材。
ここで「舞ひいでよ」と口にしたのは晶子とも限らない。
そう口にしたわが子の言葉に驚かされた晶子の表情も想像できるからだ。

和む空気は「秋の夕のてのひらの上」でさらに表情豊かになる。
「の」を連ねることで、ひらひらと舞い降るリズム感を演出している。
何か舞いふるものを手にした晶子もしくはわが子。
その喜びもまたリズミカルにエコーする。
冒頭の「おどけたる」という言葉のエコーとともに。  
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2005年05月29日

白桜忌

木の間なる染井吉野の白ほどのはかなき命抱く春かな
(歌集『白桜集』より)

白桜院鳳翔晶輝大姉。
これは与謝野晶子の法名である。
「白桜院」は晶子自身の希望でつけられているという。
法名にちなんで遺歌集『白桜集』の名がついた。

今日はただただ、晶子の数々の歌を今一度心に響かせておきたい。  
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2005年05月22日

末も終りも無き世

皐月よし野山の若葉ひかり満ち末も終りも無き世のやうに
(歌集『深林の香』より)

『深林の香』が世に出たのは1933年。
与謝野晶子晩年の作風を存分に堪能できる歌といえる。
かつて晶子は「卯月より皐月に移るおもむき」について詠んだ。

晩年の晶子は皐月の風情を見事に歌い上げている。

多くの偉人が眠る多磨霊園。
与謝野晶子と与謝野寛の2人の墓には4つの歌が刻まれている。
寛の墓石に晶子の歌、晶子の墓石に晶子の歌、
そして墓の入り口に2人の歌が一首ずつ。

そのうち入り口の、晶子の歌が上の歌である。

与謝野晶子が亡くなったのは5月29日。
まさしく皐月である。
新緑の五月といえば清々しい印象だ。
だが、五月という言葉は梅雨(五月雨)を連想させる響きをもつ。

もちろんこの歌は五月雨とは無縁の歌だ。
清々しい風情を晶子は「若葉」と「光」で詠みあげている。

皮肉にも、墓に刻まれた歌という事実が邪魔をする。
晶子の死が頭をよぎる。
にもかかわらずこの歌は決して暗い影を落としていない。
むしろ明るく大きな広がりを持った世界が描かれている。
その描き方に、涙ではなく笑顔を選ぶのは私だけではなかろう。

永遠を感じるとき、どこかで命の有限性が対比される。
晶子は、有限のはかなさではなく、美しさの永遠、を詠んだ。

「末も終りも無き世」。

歌そのものが歌人から与えられる世界。
「ひかり満ち」た世界。
「若葉」という言葉に示される、生命力溢れる世界。

そんな歌がこの世とあの世を繋ぐ場所に刻まれている。  
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2005年05月14日

二つ逢ひ

ためらはず雪解の流二つ逢ひ綿雲のごともり上がるかな
(歌集『白桜集』より)

『白桜集』は1942年に刊行された平野万里編纂の歌集。
晶子の遺歌集ともいうべき作品である。

円熟するにつれ、与謝野晶子は自然風景の描写が巧みとなる。
素朴な風景に大きなドラマを感じさせる歌。
比類なき想像力をもちあわせていた晶子ならではの技だ。
そして、激しい情念を綴った歌は少なくなる。
老いとともに挽歌の味わいが歌い出されてくる。

だが『白桜集』にはそんな作風にさらに独特の奥行きが生まれる。
大半は1935年に他界した与謝野寛(鉄幹)を詠んだ歌だ。
あるいは彼亡き後の晶子自身が歌われている。
何度も現れる「君」あるいは「われ」という言葉。
鉄幹と晶子の夫婦の対話そのものだ。
そうなるとどんな歌も鉄幹への言葉に思えてくる。

読者とは勝手なもので、作者のことわりなく想像をする。
私もその1人だが、「流二つ」は鉄幹と晶子の2人の人生だろう。
となれば、「逢ひ」は夫婦の契りということになろうか。
響きとして、愛、の掛詞ともなっている。

それは「綿雲のごともり上がる」豊かなものとして歌われている。

そんな目でこの歌をよむと、
「ためらはず」は冒頭にあるだけあって大事なキーワードだ。
鉄幹に寄り添っていた晶子の愛情の強さ、潔さを想起させる。

この歌、過去形を示す助動詞がない。
現在形で記されているが、もちろんそれは情景描写なのだろう。
この情景が夫婦の時間を示すとすれば別の解釈も成り立つ。

歌としてよまれるごとに現在形である夫婦愛。
晶子にとって「ためらわず」寄り添う相手だからこその、愛。

単なる自然描写でもなく、ましてや老女の挽歌でもない。
むしろ鉄幹への熱烈なラブレターと思えてくる。  
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2005年05月13日

ファウストが悪魔の手より得し薬われは許され神よりぞ受く
(歌集『心の遠景』より)

歌集『心の遠景』は1928年刊行、与謝野晶子最後の単独歌集。
情景描写、それも自然の風景を愛でる晶子の姿が印象深い。
与謝野寛らと『日本古典全集』の編纂に取り組んだ時期でもある。

このように当時の晶子を綴ると、この歌は異色作にも感じる。

ゲーテの代表作の1つ、「ファウスト」。
学問学問学問学問を極めたファウスト博士の話。
悪魔に連れて行かれた魔女の部屋。
そこで若返りの薬を得たファウスト博士。
その薬を飲み、ファウスト博士は情欲の世界へと・・・。

歌の中では「悪魔」と「神」とを対比させている。
それは「ファウスト」と「われ」との末路の違いを強調するものだ。
となれば、何が違うのかが焦点となる。

ファウストは学問を究めた過程を否定することで堕落の道を行く。
それまで過ごしてきた時間を否定することで堕落する。

すでに述べたように晶子は『日本古典全集』編纂に取り組んでいた。
それはまさに学問と呼ぶにふさわしい努力の過程である。
晶子にとってはそれなりの自負があったことに違いない。
その自信を「神よりぞ受く」という語句によみとってみたい。
努力を積み重ねた者のみが享受する達成感。
エネルギッシュな、若々しい活力を与えたに違いない。
まさしく若返りの「薬」に類したものだったのだろう。

素直によめば西洋の空気や若々しさを感じさせる歌。
だが日本の古典を極めた境地がこのときの晶子にはあったはず。
まさしく歌人晶子が到達した、心の遠景、だったのだろう。  
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2005年05月12日

寂しき心

天変のいと大きなるものに逢ひさらに寂しき心となりぬ
(歌集『瑠璃光』)

『瑠璃光』の発刊は1925年。
関東大震災直後に詠まれた歌を収めた歌集である。
この歌も然り。

震災を詠んだ歌は他にもある。
多くは悲哀を詠んだものだ。

この歌で気になるのが「さらに寂しき」という言葉。
とりわけ、「さらに」が気になる。
震災に直面する前に何か寂しさを覚えていたことになる。

震災前後の時期を少し捉えておきたい。
まず第一に想起されるのが大正デモクラシー。
この思潮、震災前後の時期には陰りを見せ始める。
(大杉栄・伊藤野枝が虐殺されるのは震災直後)。

評論活動に精力的であった与謝野晶子。
その晶子が大正デモクラシーの動向に敏感でなかったはずがない。
感性鋭敏な晶子のこと。
その陰りに一種の「寂し」さを感じていたかもしれない。

日露戦争のように人為的なものであれば、抵抗もできよう。
だからこそ晶子は「君死に給ふことなかれ」を綴った。
だが、震災ともなれば訴える相手もいない。
その感性が凡人には想像すらつかないものであるがゆえ、
晶子の直面した寂しさの大きさもはかりしれない。

『瑠璃光』の刊行後、文学界には「さらに」暗い影が忍び寄る。
芥川の自殺がそれだ。
彼は「ぼんやりとした不安」を抱えて命を絶った。
晶子も似たような不安や寂しさを抱えていたのかもしれない。
ただ、この推察の是非はともかく晶子は生き続けた。
歌うことを決してやめなかった。

この歌をしめる言葉、「なりぬ」の「ぬ」。
独特の意味合いをもつ語。
乗り越えるべき困難に立ち向かうひたむきさを感じずにいられない。  
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2005年05月11日

すういとぴい

火となりてわれに近づく心かとすういとぴいを思ひけるかな
(歌集『太陽と薔薇』)

『太陽と薔薇』は1921年刊行。
この年に晶子は文化学院を創設している。
女性問題、教育問題に関する発言の機会を増やしていく時期だ。

「君死に給ふことなかれ」という反戦詩の印象が強いためか、
与謝野晶子を社会主義運動と結びつける発想は多くの人にある。
深作欣二監督『華の乱』(主演:吉永小百合)。
伊藤野枝(石田えり)が『乱れ髪』の熱烈なファンであったことを
大杉栄(風間杜夫)そっちのけで晶子に告白するシーンがある。
このシーンが事実を反映していようがいまいが、
晶子と社会主義者との密接な関係性は想像だけはしやすい。
それで晶子の姿を歪曲するようなことがあってはならない。
(紹介した映画がその例だというつもりもない)
とはいえ晶子は立派な社会運動の担い手の1人だった。

「すういとぴい」、図鑑の世界ではこんな花だ。
花を「火」/「心」ととらえるあたり、手の込んだ比喩/擬人法だ。

どちらかといえばこの歌の晶子は受動的である。
歌い手に訴えかける被写体の生命力が強調されている。

円熟するにつれてそのような歌が多くなっていることも歌人晶子の特色だ。
社会評論のように特別に筆を執る機会があれば積極的に議論を展開していた。
だが歌については、私は、という主体性が次第に薄れていく。
むしろ対象を的確にとらえることで強調される主体性、とでもいおうか。
どちらかといえば伝統的な日本の美意識に通じる主体性のあり方だ。

主体性を2つに類型するのもどうかと思うが、便宜上そう区分しておく。
この区分上、「すういとぴいを思」う主体性は日本的ともいえる。
ただし、ややすっきりしない部分がある。
「われに近づく」という箇所。
伝統的な主体性とは反する、ちょっとしたエゴイズムが見えかくれしている。

ハイカラな側面が強調されがちな晶子。
しかし伝統的な日本の美意識に根づく感性をも持ちあわせている晶子。
その相反する性格が混在するところも彼女の魅力の大なる部分だ。
この歌にそんな両面性の魅力を感じてみたりもする。  
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2005年05月10日

皐月に移るおもむきを

卯月より皐月に移るおもむきを二十歳ばかりの人は知らじな
(歌集『火の鳥』)

『火の鳥』は1919年刊行。
この歌を詠んだ与謝野晶子は四十に手が届くか届かないか。。。
若いというにはむしろ失礼な年齢だ。

「卯月より皐月に移る」という時間の流れを思わせる言葉で始まる歌。
その趣は若いと分からないわねぇ・・・これがこの歌の素直な解釈。

つまり詠われている時間の流れは「卯月より皐月に移る」どころではない。
ハタチじゃまだまだよねぇ、というニュアンスが浮かぶので。

同時に違うことも少し考えてみる。
この歌を詠んだ晶子はデビューして約20年(『乱れ髪』は1901年刊行)。
歌人として晶子が「二十歳ばかり」だったことになる。
「知らじな」という言葉、晶子自身にも向けられていたのかもしれない。

勝手な解釈となるのは承知の上だが、例えば

"若い頃は分からなかったこの季節のおもむき、
今はようやく分かるようになった、
でも分かるといってもまだ浅薄かもしれない、
いずれさらにわかるようになりたいものだなぁ"

といった歌人としてのある種の決意表明。
そんな前向きな姿勢を私はよみとってみたい。  
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2005年05月09日

おごりの春の美しきかな

その子二十櫛に流るる黒髪のおごりの春の美しきかな
(歌集『乱れ髪』)

『乱れ髪』の刊行は1901年。

1938年刊行の自選歌集のあとがきで、晶子は
「質の甚しく粗悪でしかない初期のもの」
という形容でデビュー当時の作風を綴っている
(岩波文庫『与謝野晶子歌集』、362頁)。
その自選歌集の最初に載っているのが、上の一首。
若き日の作風を責める晶子が妥協の末に最初に並べた自作の歌だ。

この歌を詠んだ晶子にとっては後年の自分自身の評など無縁だろう。
また、若き自分の容姿がやがて移ろい行くことも察知していたはず。
むしろ瞬間の美のスナップショットがもつ潔さがこの歌の魅力でもある。

印象的なのは「おごりの」という修飾語。
ナルシズムに陥っていることを自覚し、正直に吐露している。
「おごりの」、これはどちらかといえばネガティブな表現だ。
そのネガティブな表現の潔さがポジティブな風景への転換を起こしている。

正直に堂々と否定的側面が詠われることでかえって肯定的な印象が伝わる。

若き日の作品を「質の甚しく粗悪でしかないもの」と言い放った晶子。
その潔さの源流は、すでに若き日の歌にも見いだせるように思える。  
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