昼餉の後、午後にはいよいよ「菊合(きくあわせ)」が行われます。
部屋頭のお安芸が朝のうちから仕上がったばかりの打掛を衣桁に広げ、細々と着替えの支度をしております。
「御台さまでもあるまいに、着替えなどよい」
箸を置いてお夏の淹れた茶を飲みながらお美代さまは面倒そうにされました。
もともと衣装や装飾にこだわりのないお方ゆえ、いちいち着替えるのも季節ごとに装いを新しくするのも仕事のひとつとしかお考えにならず、特に必要がなければしないで済ませようとするのをお安芸もわかっていて、それでも念入りに用意を致します。
「そうは参りませぬ。他のお局の方々も午は皆様お着替えになられますのに、お方さまだけ朝の装いのままなど。御義父上さまのせっかくのお心遣い、無碍にしては申し訳もござりませぬ」
打掛は御目見得以上の女中たちが必ずお召しになるもの、けれど大変高価なものですから、そう簡単に幾つもあつらえることが出来るわけではありません。御中臈といえども衣装や装飾を十分に揃えるには幕府からの扶持では足りず、実家から相応のお金を出して賄うのが常でした。
お美代さまのご実家中野家は、大名さえその動向を気にせずにはいられない程のご権勢を誇っておりましたから、毎年の付け届けはもとより季節や各行事ごとに相当の金子が届きます。また、諸大名、旗本からのご献上品も多く、身の回りは常に新しく美しいもので飾られて、それが大奥でのご権威を更に強いものにしておりました。
「そういえば本所向島のご別邸がようやく完成したとか。大変ご立派なお屋敷だそうで、城下で評判になっていると御用商人が申しておりました」
「お雪もそちらに移ったそうじゃ。馬鹿馬鹿しく大きな家だと書いて寄越した」
江戸城下に立派な本屋敷があって、そのうえ更に豪奢な別邸を持とうという御義父上の贅沢ぶりは、その殆どが賄賂で賄われていることを大奥では誰もが知っています。力をもって人の口を封じ、城内の人事を動かし、賄賂の多寡によって大名、旗本に有利な口利きをする、そして受け取った礼金で更に富を増やす。その繰り返しの中で相当な額がお美代さまの手元に流れておりました。
もう一人の義父日啓が住職を務める智泉院は、将軍家御祈祷所として、この大奥はもとより諸大名からも莫大な寄進があります。智泉院の僧たちが見えないところで贅沢三昧の暮らしを送り、その一部がまたお美代さまに流れ、つまりは打掛も飾り物も高価な菓子も、もとはと言えば賄賂で得たお金、だからこそ、お美代さまは義父たちがどのような贅沢をしても口を挟む立場にないことをわかっておりました。
 お雪は普請の様子から引っ越しの有様まで、当たり障りのない事柄を細々と書き送って参りましたので、義父から聞く以上のことは知っています。それよりも別邸の話にかこつけて、お雪の奥入りについて進展したという話がなにもないことの方が気掛かりでした。

お安芸の勧めで新しい打掛に袖を通して局を出、再び新御殿に赴いて朝と同じように御台さまと御庭に下ります。既に上様もお越しになって、たくさんの御中臈、御次を従えて咲き誇る菊を観賞されておりました。
見事な打掛の文様に御台さまからお褒めの言葉を頂きながら、共に揃って菊段の方へ行きかけた時でした。
御殿向表廊下のあたりに人だかりがして、何やら言い合う声が聞こえて参ります。
見ると廊下に立つ大崎さまの前に数人の女中が控え、幾つかの問答の後、大急ぎで四方へ散って行きます。大崎さまはすぐに履物を取らせて御庭に下り、何事かと立ち止まっている御台さまとお美代さまの許に参じました。
「大崎、何事じゃ」
「ただいま急の事態にて、御報告申し上げます」
大奥で起きる問題はどんな小さな事でも御年寄方に報告され、指示を得てそれぞれのお役目の方が解決にあたります。事と次第によっては御年寄が直接出向いて采配することもありますが、殆どの場合、御台さまの御耳に入れることはありません。御台さまに正式に報告されるのは大奥の人事異動のみ、余程のことがない限り、問題はそれ以下で解決することになっています。
御台さまに、しかも庭先で御報告とは相当な緊急事態、皆が一様に息を詰めて立ち竦む中、大崎さまはいつにも増して厳しい声音で申し上げました。
「菊千代君と溶姫さま、僅かの隙に乳母の手を離れ、お姿が見えませぬ。昼餉の後、気付いてから探し始めて半刻(はんとき)、未だ見つかりませぬゆえ、御広敷の者、女中総出で探索にあたっております」
「溶姫が」
「まだ奥内すべてを探し終えたわけではございませぬ。御殿向だけでなく、長局と御広敷にも人をやりましてございます」
「お八重さまには」
「松葉が知らせに参りました」
青ざめたお美代さまを見やって、御台さまはすぐにご決断されました。
「菊合せは中止じゃ。直ちに上様に申し上げ、人手をすべてお二人の探索に回すよう」
「御意に」
「お美代、心休めて座敷にて待て」
「いいえ、わたくしも探しに参ります」
お美代さまは一礼して急ぎ御殿向へ向かいました。

二日ほど前、お八重さまの三男、四歳の菊千代君の乳母が風邪をこじらせたため、同じ年頃の溶姫の乳母が預かって、回復するまでお世話することになったのでした。
この日の昼餉のあと、いつものお昼寝の時刻にお二人がようやく寝息をたて始めた頃、その日の行事に使用する調度品やら御道具を運んでいた女中たちの列に、勇ましく走り回る御子たちが突っ込んで転び、幾人かは泣き出し、廊下には膳や椀が飛び散って、大変な騒ぎになりました。手助けを呼ぶ声に溶姫の乳母と侍女も慌てて廊下に飛び出し、泣いている御子をあやし、散らばった御道具を拾い集め、そうしてようやく御部屋に戻ってみると、眠っていた筈の菊千代君と溶姫の姿が見えなくなっておりました。
御布団はまだ暖かく、その辺りにいるものと思って探しましたが見当たらず、範囲を広げ、他の女中たちも動員して探し回りましたが、遂に見つけることができずに大崎さまに御報告と相成ったのでした。

「手の空いている者、すべて駆り出せ。御納戸も御不浄も隙なく探すのじゃ!」
御納戸、御不浄といってもひとつやふたつではありません。呉服の間、御三の間、御火の番、御仲居、御使番、御末に至るまで、当面の仕事を放り出して探索にかかります。
長局では部屋方が押入から風呂場、自分たちの寝起きする二階の座敷まで探し回り、果ては井戸に落ちたのではないかと釣瓶を落として呼ばわりますが、幼子の姿は見当たりません。
御広敷では男役人が許しを得て大奥に入り、半分は広い御庭を探し回り、半分は女中方と座敷を隈無く探します。
小さな御子たちゆえ、どんな狭い隙間に入ったものやも知れぬと、長持や壺の中に頭を突っ込む者までおりました。
御殿向、長局、御広敷と部屋数にして六百余り、そのすべてが探索の対象となりました。中奥に続く上下の御鈴廊下は上様が出入りする時と申し送りのある時以外、御錠口がしっかりと鍵を掛けています。
探すなら大奥の内、そして御庭以外にありませんでした。

お美代さまはまずは一目散に溶姫の居室に駆け込み、捲れた布団を確かめました。
並べて敷いた小さな布団にはそれほどの乱れもなく、枕元には溶姫の愛着する人形が投げ出されておりました。
これはお美代さまが布を集めて手ずから縫った姫人形で、溶姫は必ずこれを抱いて眠るのです。
「溶姫!」
座敷を出て手近の別の部屋に飛び込みます。
廊下には女中たちが右往左往して行き交い、今や座敷中の戸襖が開け放たれ、その向こうに慌てふためく溶姫の乳母と侍女の姿がありました。
「お美代の方さま!」
お美代さまを見つけると、乳母はその場で泣き崩れました。
「申し訳ございません。わたくしが目を離した隙に、溶姫さまが」
「事情は聞いた。幼子がそう遠くに行けるわけもあるまい。とにかく探すのじゃ」
「はい」
御自身も他に行きかけてはっと立ち止まり、踵を返して廊下を北へ、次の角を曲がってすぐの御部屋の襖を、声を掛ける間もなく引き開けました。
「誰ぞ!、・・・・・・お方さま」
驚いて振り向いた乳母は腕にしっかりと仲姫を抱き、袖をたすき掛けにした二人の侍女が番人よろしくその両脇を固めておりました。
「お仲は無事か・・・」
「溶姫さまは」
「まだ見つからぬ」
「我らも溶姫さま探索に加わろうとは思いましたが、今は仲姫さまをお護りすることが大事と心得、ここに居座ってございます」
「それでよい。お仲のこと、くれぐれも頼む」
「はい」
襖を閉め、新御殿に続く御通廊下へ出たところで、御次を数名従えた大崎さまと出会いました。
「御座之間、御仏間の奥まで探しましたがおられませぬ。詰に戻り、報告を待ちまする」
「他の御子方は」
「西の丸、二の丸、中奥にお住まいの方々には護衛を付けてお戻り頂きました。こちらにお住まいの御子方はみなご無事であらせられます」
歴代の将軍御霊をお奉りする御仏間や、式日に使う御座之間など、許された者しか入ることが出来ない場所は御年寄方が女中たちを指図して見回りました。遠くから男の太い声がするのは、大納戸を捜索する役人のものでしょう。
「ここはよい。他の探索に加われ」
女中たちを行かせてから、大崎さまは声を落として言いました。
「騒動に乗じてお美代さまに何かあっては取り返しがつきませぬ。御局にお戻りなさいませ」
ここ最近、大奥内に不穏な動きはなかったというものの、将軍御世継ぎ、または御側室方の権勢を巡って様々な恐ろしい謀りごとが横行した時代は決して終わったわけではありません。
御側室方の中には、表向きそうでない風を装いながら、お美代さまを嫉み、隙あらば足下を掬おうと企む者もいないとは限りませんでした。
溶姫は将軍世継ぎではありませんが、既に加賀百万石の大大名の許に嫁ぐことが決まっています。もしその方の御子が取るに足らない弱小藩へ輿入れするとしたら、知らぬうちに嫉妬の思いを滾らせていたかもしれません。
三代家光公の時代から百五十年余り、毒を使った謀殺は列挙する暇もないほど多くの命を奪い、その為、上様、御台さまはもとより御子方に至るまで、必ず御毒味役が御口に入るすべての物を吟味してからでなければお出し出来ないことになっています。
無論、長い歴史の中には毒だけではなく、刃傷沙汰によるものや神隠しなど、公の記録に残るものもそうでないものも、様々な悪事が日常的に行われておりました。
上様の御寵愛や大奥での御自身のお立場を考えると、最悪の事態を予想してもおかしくはありません。
お美代さまは逸る胸を押さえ、返事もそこそこに大崎さまの許を離れました。いつしか早足になり、表廊下に出て、先程脱いだ履物を突っかけて御庭に出ます。
青々と広がる芝生と生け垣、そのあちこちを男役人が走り回っておりました。
突然床下から若侍が現れて、髷に付いた埃を払い、お美代さまに気付いて一礼して走り去ります。
「北の床下も回れ!」
「天守台の裏を見よ!」
大声で呼ばわる役人たちの声と地を蹴る足音に急かされるようにして、お美代さまは生け垣の隙間から中を覗き、芝生を巡って離れた四阿の方に行きかけ、不意に思いついて、打掛の裾をたくし上げて大きな池の端に走り出ました。
太鼓橋の欄干に身を寄せて息をつきます。
池の周囲は既に見回ったものと見えて、遠く東の端に役人が一人、木々の間を探し歩いているのが見えました。
橋の下の水面が揺れ、まさかと思って身を乗り出すと、鯉が餌を求めて尾鰭を振っています。それ以外に変わった様子はなく、欄干から身を起こしたお美代さまの耳に、突然大きな声が聞こえました。
「待たれよ!」
顔を上げると東にいた役人が池の西端を差して駆け出して行くのが見えました。欄干の陰になってこちらからは見えず、急ぎ太鼓橋の上まで上がって役人が指し示した方へ目を向けます。
丈の伸びた草々の間に、池端に蹲るように丸めた打掛の背中が見えました。
その向こうに子供の小さな頭がふたつ見え隠れしています。
打掛の袖から伸びた細い腕が、一人の御子の肩を掴み、池に向かって押しやった時、お美代さまは今までにない程の速さで太鼓橋を駆け下りていきました。