2010年01月06日
終結と開始
年が改まった。
だからといって自分の境遇が一斉にどころか部分的にでもリセットされたわけではない。体調も預金残高も前年の状態を引き摺っているし、未解決の問題は依然として持ち越され、更に不透明度とややこしさを増してさえいる。けれども、暦が変わったことで、どこか意識が改まり、見えない節目が確かに刻まれた心持がする。物事に向かい合う心象がリセットされたのか、身辺の周囲を漂う空気臭が幾分新鮮になったように感じられて身が爽やかに引き締まる。
昨年末、ある忘年会に出席した。そこで乾杯の音頭を取られた方の言葉が印象に残っている。
「今日は忘年会ですが、この年に味わった苦労を忘れようとするのは、良くありません。忘れるのではなく、既に済んだこととして取り敢えず終結させるのです。そうすることで必ず新しい展開が始まります。この1年の間に、不況の波もあり、皆様方はそれぞれにさまざまなご苦労をされたと思います。それらを、さしあたって、今、ここで終結させて、乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
そして、年が明けた。
寅がこちらに向かって勢いよく駆けてくる。賀状に群がり、低い声や大きな声をそこかしこから上げてくる。それらに応える声が記憶の森から響いてくる。
新たな感慨。
微妙に変化する気分。
これまでとは意趣の異なる局面が密かに、けれども、確かに、開始されている。
だからといって自分の境遇が一斉にどころか部分的にでもリセットされたわけではない。体調も預金残高も前年の状態を引き摺っているし、未解決の問題は依然として持ち越され、更に不透明度とややこしさを増してさえいる。けれども、暦が変わったことで、どこか意識が改まり、見えない節目が確かに刻まれた心持がする。物事に向かい合う心象がリセットされたのか、身辺の周囲を漂う空気臭が幾分新鮮になったように感じられて身が爽やかに引き締まる。
昨年末、ある忘年会に出席した。そこで乾杯の音頭を取られた方の言葉が印象に残っている。
「今日は忘年会ですが、この年に味わった苦労を忘れようとするのは、良くありません。忘れるのではなく、既に済んだこととして取り敢えず終結させるのです。そうすることで必ず新しい展開が始まります。この1年の間に、不況の波もあり、皆様方はそれぞれにさまざまなご苦労をされたと思います。それらを、さしあたって、今、ここで終結させて、乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
そして、年が明けた。
寅がこちらに向かって勢いよく駆けてくる。賀状に群がり、低い声や大きな声をそこかしこから上げてくる。それらに応える声が記憶の森から響いてくる。
新たな感慨。
微妙に変化する気分。
これまでとは意趣の異なる局面が密かに、けれども、確かに、開始されている。
2009年11月05日
リフォーム/リニューアル
最近、30年近く住んだ自宅を基礎部分だけを残してほぼ全面的にリフォームすることにした。また、偶然なのだけれども、時を同じくして、7年前にオフィスを移転する際に立ち上げたホームページをリニューアルすることにした。少し大袈裟な言い方をすれば、公私に亘って私の存立基盤を刷新しようとしている。
今、それなりに定常化して落ち着いてる状態を壊すにあたり、いくつもの色とりどりの想いや感情が現在とスパン交々の過去を交錯させながら脳裡に浮かび上がってくる。初めて家を手に入れた時の歓び、そこに到る迄の私自身の生き様、家族内でのドラマ。そして、平成元年に臨床心理士としてオフィスを開設したものの継続できるか不安だった頃の抑うつ感、なんとか細やかであっても発展する形で移転を決断した時の緊張感と躍動感。その後の紆余曲折がある過程。そうした経緯を経て、今回、私の今の想いと夢を託してリフォームとリニューアルに臨んでいる。
家のリフォームの場合も、ホームページのリニューアルの場合も、先ず、幾つかの業者から見積もりを得ることにした。各業者の営業の仕方、セールスポイントとか強調点の置き所やその特性、見積もり金額等から一社を選択したが、それは面倒ではあるが興味深いプロセスだった。何を選択基準にするかは、いろいろな考え方や価値観があり、人それぞれだろうが、私の場合、工法・使用素材など技術的な要因に加えて、実際に作業をする人がどれだけ私の趣向やセンスを共有すると同時に発展させてくれそうかといった直感が決め手になった。もちろん、これは何の根拠もない主観的な事柄なので、後でがっかりするかもしれないというリスク含みではある。そうした観点で、リフォームについては、見積もり段階で営業担当者だけでなく営業担当者と設計担当者と施工担当者がチームになって対応した業者を選んだ(中には、営業担当者が建築士であるところもあったが、私の望むセンスとは違っていた)。リニューアルでは、どの業者もセールスポイントとそれを裏付ける技術面についての説明に際立った差はなかったが、微妙な違いを考慮し、なおかつ、ページ作成に際して一番オリジナリティを重視して、そのための労を惜しまなさそうなところを選んだ。
自分の想いを形にすること、想いを共有できる人たちと共同で作業する過程で新たに明日への活力を鼓舞されたい。今後、今回のリフォームとリニューアルを機にして、どのような新たな事態に出くわすのだろうか?
今、それなりに定常化して落ち着いてる状態を壊すにあたり、いくつもの色とりどりの想いや感情が現在とスパン交々の過去を交錯させながら脳裡に浮かび上がってくる。初めて家を手に入れた時の歓び、そこに到る迄の私自身の生き様、家族内でのドラマ。そして、平成元年に臨床心理士としてオフィスを開設したものの継続できるか不安だった頃の抑うつ感、なんとか細やかであっても発展する形で移転を決断した時の緊張感と躍動感。その後の紆余曲折がある過程。そうした経緯を経て、今回、私の今の想いと夢を託してリフォームとリニューアルに臨んでいる。
家のリフォームの場合も、ホームページのリニューアルの場合も、先ず、幾つかの業者から見積もりを得ることにした。各業者の営業の仕方、セールスポイントとか強調点の置き所やその特性、見積もり金額等から一社を選択したが、それは面倒ではあるが興味深いプロセスだった。何を選択基準にするかは、いろいろな考え方や価値観があり、人それぞれだろうが、私の場合、工法・使用素材など技術的な要因に加えて、実際に作業をする人がどれだけ私の趣向やセンスを共有すると同時に発展させてくれそうかといった直感が決め手になった。もちろん、これは何の根拠もない主観的な事柄なので、後でがっかりするかもしれないというリスク含みではある。そうした観点で、リフォームについては、見積もり段階で営業担当者だけでなく営業担当者と設計担当者と施工担当者がチームになって対応した業者を選んだ(中には、営業担当者が建築士であるところもあったが、私の望むセンスとは違っていた)。リニューアルでは、どの業者もセールスポイントとそれを裏付ける技術面についての説明に際立った差はなかったが、微妙な違いを考慮し、なおかつ、ページ作成に際して一番オリジナリティを重視して、そのための労を惜しまなさそうなところを選んだ。
自分の想いを形にすること、想いを共有できる人たちと共同で作業する過程で新たに明日への活力を鼓舞されたい。今後、今回のリフォームとリニューアルを機にして、どのような新たな事態に出くわすのだろうか?
2009年10月01日
〈私〉の中にいる怖い人
田島里子さん(仮名、25歳)は、「将来が凄く不安で、生きているのが苦しい」と言って来談された。彼女は短大を卒業後、いくつかのアルバイトをしていたが、昨年8月、念願だった正規社員として小さな出版社に採用された。けれども、「仕事にうまくついていけないし馬が合わない同い年の女性がいて、仕事に行くのが嫌」になり、1月で辞めてしまった。それ以降、ずっと落ち込んでうつ気分と闘いながら、周囲の友人たちと自分を比べて「みんな働いているのに、自分だけ仕事がなくて取り残されているのは嫌だ」と必死で求職に奔走しようとするが、不意に呼吸が苦しくなったり、身体が重くなったりして、思うように動けない。焦りと苛々ばかりが膨れ上がって悶々としている里子さんに、「グズ!能無し!お前は、何でこんなにも出来ない人間なんだ!?お前は他人に迷惑をかけているだけじゃないか!」と厳しく叱咤する声が繰り返し浴びせられる。耳を塞いでも、「長い人生なのだから、ゆっくり道草したり休んだりしていいのよ」と懸命に自分に言い聞かせようとしても、その声は容赦なく次から次に飛んでくる。しかも、だんだんエスカレートして、最近では、「お前なんか死んでしまえ!そんな無能な人間は社会には要らないんだよ」と止めを刺してくる。これほどまでに辛辣でリアルな声であるにも拘らず、その声は里子さんだけにしか聞こえない。
里子さんの内面は、まさに戦場である。攻める人と攻められる人との激しい攻防線だが、攻める側が圧倒的に優勢である。里子さんは、断崖絶壁のぎりぎりの縁に追い詰められ、顔面は蒼白で、半ば夢遊病者のような足取りである。医者に入院を勧められるが、「無職の期間が増えるだけ」と断っている。
「嫌な現状から助けて! いくら叫んでも、助けがこない。」
「しっかりしなきゃダメ。こころが弱い自分が嫌い。」
「ミスして失望されるのが恐い。」
「優しく教えて欲しいけれど、迷惑をかけたらいけない。」
里子さんのこころの中で、頼りたい気持ちとそれを抑えて強がろうとする気持ちと依存心を糾弾する気持ちなどが入り乱れて戦いを交えている。それは、今に始まったことでなく、幼少期以来の長期戦なのだが、ここにきて激しさを際立たせている。こころの中の《怖い人》は、幼い里子さんがお母さんに甘えたいのに、仕事で疲れているお母さんに迷惑をかけてはいけないと思っていた頃の名残であり、不機嫌になったお母さんに対して感じた怖さの痕跡でもある。
一人でしっかり仕事をしなければいけない局面で、他者に頼りたい気持ちが昂じると同時にそれを凌駕する自戒する気持ちに圧倒され、里子さんは、その間で危機に陥ってしまった。面談を通して里子さんが少しづつ抑えていた気持ちに触れて話していく過程で、こころの中の《怖い人》が《優しい人》の表情をも見せるようになり、もう少しこころ安らかに自然に動けるようになれるのではないでしょうか?
里子さんの内面は、まさに戦場である。攻める人と攻められる人との激しい攻防線だが、攻める側が圧倒的に優勢である。里子さんは、断崖絶壁のぎりぎりの縁に追い詰められ、顔面は蒼白で、半ば夢遊病者のような足取りである。医者に入院を勧められるが、「無職の期間が増えるだけ」と断っている。
「嫌な現状から助けて! いくら叫んでも、助けがこない。」
「しっかりしなきゃダメ。こころが弱い自分が嫌い。」
「ミスして失望されるのが恐い。」
「優しく教えて欲しいけれど、迷惑をかけたらいけない。」
里子さんのこころの中で、頼りたい気持ちとそれを抑えて強がろうとする気持ちと依存心を糾弾する気持ちなどが入り乱れて戦いを交えている。それは、今に始まったことでなく、幼少期以来の長期戦なのだが、ここにきて激しさを際立たせている。こころの中の《怖い人》は、幼い里子さんがお母さんに甘えたいのに、仕事で疲れているお母さんに迷惑をかけてはいけないと思っていた頃の名残であり、不機嫌になったお母さんに対して感じた怖さの痕跡でもある。
一人でしっかり仕事をしなければいけない局面で、他者に頼りたい気持ちが昂じると同時にそれを凌駕する自戒する気持ちに圧倒され、里子さんは、その間で危機に陥ってしまった。面談を通して里子さんが少しづつ抑えていた気持ちに触れて話していく過程で、こころの中の《怖い人》が《優しい人》の表情をも見せるようになり、もう少しこころ安らかに自然に動けるようになれるのではないでしょうか?
2009年09月11日
旅
先日、北欧を2週間弱旅行してきた。
ノルウェーとデンマーク。殆どの人がそれなりに英語を話すけれども、当然のことながら、道路標識もレストランのメニューもそれぞれの国の言語で書かれたものが大半を占める。言葉は全く分からない。レンタカーで動くものの、通りの読み方も通りと街の位置関係も給油の仕方も、兎に角、何も分からない。自分が今どこにいるのか分からない。どうしても行きたい、あるいは、行かなければならない目的地があるわけでもない。いったい、私は、今、ここで何をしているのだろうか。どんなふうにして今ここにいるのか。見知らない場景に取り囲まれ、誰にも存在を認識されない状態。私は、いったい、何者なのか。
まさしく異国で覚えたこの感覚は、しかし、どこか馴染みのある感覚でもある。こうした情況に類した心象の中でずっと暮らしてきたような気がする。取り敢えずある日常生活を縁(よすが)にして、時間の流れに逆らえないで過ごしてきた歳月。それは、旅先でレンタカーを仮初の寄る辺にして、目先の事柄に気を取られて漠然と彷徨っているうちに経過していく時間と同質のようでもある。それでも、旅行中は行き先を定めて地図に印をつけ、車で走りだせば、必ず目的地に辿り着いた。フィヨルド、城、要塞、王宮、教会、大聖堂、博物館、市庁舎、等々。自然と歴史の厳然たる佇まいに圧倒される。ありとあらゆる場所に人々が暮らした跡があり、今も生活を営む人たちがそこにいる。そして、私は、どこに行っても、観光客という路傍の人であり、群集の中の一人である。
多分、私は今、人生という旅程の半分以上を終えてこれといった実績が無く、市井の人という群集に紛れているのが苦しいのかもしれない。旅先では、私を特定するものは、パスポートと数枚のクレジット・カードだけで十分だった。けれども、私自身が生活を営む場では、住民票や健康保険証だけでなく、〈私〉を際立たせて特定させるものが欲しい。社会的承認を得る対象になるものと言うか、私が生きた証になるもの。少なくとも、私の自意識が認めるものを得られていないという心許なさが私を苦しめる。
今回の旅の随所で、たとえば、島から島へ渡るフェリーの中,フィヨルドを走る鉄道の車内、チェックアウト直後のホテルのロビー、方向を見失った路上などで、繰り返し湧き起こった想いがある。
「本当にやりたいことを、やりたかったことを、やるべき時が来ている。」
今からまた、新たな旅が待っている。荷物が重くならないように、大半のものは残して本当に大切で必要なものだけを持って、再び出掛けよう。必ず目的地に辿り着くことを信じて。
ノルウェーとデンマーク。殆どの人がそれなりに英語を話すけれども、当然のことながら、道路標識もレストランのメニューもそれぞれの国の言語で書かれたものが大半を占める。言葉は全く分からない。レンタカーで動くものの、通りの読み方も通りと街の位置関係も給油の仕方も、兎に角、何も分からない。自分が今どこにいるのか分からない。どうしても行きたい、あるいは、行かなければならない目的地があるわけでもない。いったい、私は、今、ここで何をしているのだろうか。どんなふうにして今ここにいるのか。見知らない場景に取り囲まれ、誰にも存在を認識されない状態。私は、いったい、何者なのか。
まさしく異国で覚えたこの感覚は、しかし、どこか馴染みのある感覚でもある。こうした情況に類した心象の中でずっと暮らしてきたような気がする。取り敢えずある日常生活を縁(よすが)にして、時間の流れに逆らえないで過ごしてきた歳月。それは、旅先でレンタカーを仮初の寄る辺にして、目先の事柄に気を取られて漠然と彷徨っているうちに経過していく時間と同質のようでもある。それでも、旅行中は行き先を定めて地図に印をつけ、車で走りだせば、必ず目的地に辿り着いた。フィヨルド、城、要塞、王宮、教会、大聖堂、博物館、市庁舎、等々。自然と歴史の厳然たる佇まいに圧倒される。ありとあらゆる場所に人々が暮らした跡があり、今も生活を営む人たちがそこにいる。そして、私は、どこに行っても、観光客という路傍の人であり、群集の中の一人である。
多分、私は今、人生という旅程の半分以上を終えてこれといった実績が無く、市井の人という群集に紛れているのが苦しいのかもしれない。旅先では、私を特定するものは、パスポートと数枚のクレジット・カードだけで十分だった。けれども、私自身が生活を営む場では、住民票や健康保険証だけでなく、〈私〉を際立たせて特定させるものが欲しい。社会的承認を得る対象になるものと言うか、私が生きた証になるもの。少なくとも、私の自意識が認めるものを得られていないという心許なさが私を苦しめる。
今回の旅の随所で、たとえば、島から島へ渡るフェリーの中,フィヨルドを走る鉄道の車内、チェックアウト直後のホテルのロビー、方向を見失った路上などで、繰り返し湧き起こった想いがある。
「本当にやりたいことを、やりたかったことを、やるべき時が来ている。」
今からまた、新たな旅が待っている。荷物が重くならないように、大半のものは残して本当に大切で必要なものだけを持って、再び出掛けよう。必ず目的地に辿り着くことを信じて。
2009年08月03日
プロフェッショナル
プロとアマの違いは、必ず成果を出すことに因る。アマであれば、これといった成果が特に無くても、自分が楽しければ、それで良し、と済ませることができる。けれども、プロと言われる人たちは、自分が携わる仕事の成果をきちんと出してこそである。
成果を出すこと。他者の批判や厳しい評価に耐えて、尚且つ、他者に資するだけの価値を提供できること。それは、本当に生易しいことではない。
最近、今までになくさまざまな人たちの仕事ぶりに関心がある。マスコミで取り上げられるような第一線のプロたちばかりでなく、日常生活のありとあらゆる場面で出くわすプロたちの仕事に感動する。たとえば、賃貸アパートを借りる必要があり、不動産屋を訪ねれば、当然のことながら、いくつかの物件を内覧することになるが、二十台のルーム・コンシエルジュの女性は、地図を見ながら運転し、話しかけられても愛想よく的確に応答する。また、車を整備に出せば、営業職の人は営業のプロとして、整備士は整備のプロとして、しっかりと仕事をする。スーパーマーケットの鮮魚売り場では、威勢のいいおじさんが魚をきれいに刺身用に捌いてくれた。
こんなことは、当たり前と言えば、その通りだが、名も無い人たちの確かな仕事ぶりが私たちの生活を下支えしているのだと殊更強く感じられてくる。皆、それぞれの事情を抱えながら、自分の持ち場で自分の力を精一杯に発揮している、その《意識》の在り様に惹きつけられる。多分、こころの臨床に携わっていると、自分なりに持っている力を発揮する生き方が、実は、それほど当たり前でなく、大変に貴重で特別なことだと思い知る場面にいくつも立ち会ってきたからなのかもしれない。
成果を出すこと。他者の批判や厳しい評価に耐えて、尚且つ、他者に資するだけの価値を提供できること。それは、本当に生易しいことではない。
最近、今までになくさまざまな人たちの仕事ぶりに関心がある。マスコミで取り上げられるような第一線のプロたちばかりでなく、日常生活のありとあらゆる場面で出くわすプロたちの仕事に感動する。たとえば、賃貸アパートを借りる必要があり、不動産屋を訪ねれば、当然のことながら、いくつかの物件を内覧することになるが、二十台のルーム・コンシエルジュの女性は、地図を見ながら運転し、話しかけられても愛想よく的確に応答する。また、車を整備に出せば、営業職の人は営業のプロとして、整備士は整備のプロとして、しっかりと仕事をする。スーパーマーケットの鮮魚売り場では、威勢のいいおじさんが魚をきれいに刺身用に捌いてくれた。
こんなことは、当たり前と言えば、その通りだが、名も無い人たちの確かな仕事ぶりが私たちの生活を下支えしているのだと殊更強く感じられてくる。皆、それぞれの事情を抱えながら、自分の持ち場で自分の力を精一杯に発揮している、その《意識》の在り様に惹きつけられる。多分、こころの臨床に携わっていると、自分なりに持っている力を発揮する生き方が、実は、それほど当たり前でなく、大変に貴重で特別なことだと思い知る場面にいくつも立ち会ってきたからなのかもしれない。
2009年07月06日
人生の二本柱
愛することと働くこと。
人生で最も大切なことについて、嘗て精神分析学を創始したフロイトは、この二つを挙げた。そのどちらかが欠けても、生きる実感が苦痛や虚しさで損なわれる。
この二つを、別の言い方をすれば、安心感と自発性、もしくは、余裕と創造性、である。大切な人と愛情で結ばれていると感じることでこころが満たされて安定し、生きる火種を点されて自分が持っている力を発揮することができる。けれども、誰との間にも希薄な結びつきしか感じられていなければ、こころは揺れて不安定なので、目標を立てることも、立てても、その実現に向かって進むのが辛くなる。活力も意欲も持続力も供給されることがままならないからである。そうした人たちにとって、働くこと、自発的に動くこと、自分なりの力を発揮する以前に、愛されることが最優先事項になる。
達成感よりも安心感を得ることが生きるうえで何よりも大切な一本柱になった人たち。
「誰からも好かれたい」
「周りの人たちに好かれなくてもいいから、せめて嫌われたくない」
「たった一人でいいから、私のことを一番に思っていてくれる人がいてほしい」
この、こころの底からの願いが思うように満たされない限り、二進も三進もいかない。自力ではどうすることもできないので、他者に求め、その求めの激しさ故に疎んじられる悪循環に嵌り込み、益々やる気を奪われる。そうした状況で絶望し、消耗しきってくる。
愛することと働くこと。そうした主体的な姿勢を保つためには、その礎として、愛されることが不可欠である。受動的に満たされる体験を、どれだけ持っているか、が人生の二本柱の置き場として大切である。
日々のこころの臨床を通して、そう強く想うこと頻りである。
人生で最も大切なことについて、嘗て精神分析学を創始したフロイトは、この二つを挙げた。そのどちらかが欠けても、生きる実感が苦痛や虚しさで損なわれる。
この二つを、別の言い方をすれば、安心感と自発性、もしくは、余裕と創造性、である。大切な人と愛情で結ばれていると感じることでこころが満たされて安定し、生きる火種を点されて自分が持っている力を発揮することができる。けれども、誰との間にも希薄な結びつきしか感じられていなければ、こころは揺れて不安定なので、目標を立てることも、立てても、その実現に向かって進むのが辛くなる。活力も意欲も持続力も供給されることがままならないからである。そうした人たちにとって、働くこと、自発的に動くこと、自分なりの力を発揮する以前に、愛されることが最優先事項になる。
達成感よりも安心感を得ることが生きるうえで何よりも大切な一本柱になった人たち。
「誰からも好かれたい」
「周りの人たちに好かれなくてもいいから、せめて嫌われたくない」
「たった一人でいいから、私のことを一番に思っていてくれる人がいてほしい」
この、こころの底からの願いが思うように満たされない限り、二進も三進もいかない。自力ではどうすることもできないので、他者に求め、その求めの激しさ故に疎んじられる悪循環に嵌り込み、益々やる気を奪われる。そうした状況で絶望し、消耗しきってくる。
愛することと働くこと。そうした主体的な姿勢を保つためには、その礎として、愛されることが不可欠である。受動的に満たされる体験を、どれだけ持っているか、が人生の二本柱の置き場として大切である。
日々のこころの臨床を通して、そう強く想うこと頻りである。
2009年06月09日
究極の選択
先日、一人の青年の死を伝えるファックスがオフィスに届いた。今もカウンセリングを続けている女性からだった。マジックペンで書かれた大きな字は整っていて、文面は事実を過不足なく的確に伝えると同時に、長らくニートだった兄に対する情愛と悼みが簡潔で率直な言葉を通してストレートに表出されていた。こうした事態は半ば予想されてはいたが、彼女が現実に全身全霊でしっかり向き合っていることに、私は心を打たれた。
「兄は自らの命を自分で絶ちました。」
「命は、本当にはかないと思った。」
〈生きる〉ことよりも〈生きない〉ことを選択し、自らの生命を奪う行動を取る。生きようとする意志、生きる火種、が完全に消滅する過程およびその背景には、いったい、どのような〈こころ〉があるのだろうか。
〈生命力〉は、どこから来るのか。
〈活力〉の源は、何なのか。
彼女自身、ずっとこうしたことに悩んできた。大学卒業を目前にして、就職活動をする気にならないし、大学院に進学するつもりもなく、したいことも目指したいこともない。「生きていてもしようがないなあ」と何度か呟くことがあった。
私が電話した時、彼女は涙声であったけれども、穏やかな調子で(私には、そのように聴き取れた)言って、電話を終え、〈先〉に向かった。
「今夜が通夜…これから湯灌してお兄ちゃんをきれいにしてあげる…行ってきます。」
「兄は自らの命を自分で絶ちました。」
「命は、本当にはかないと思った。」
〈生きる〉ことよりも〈生きない〉ことを選択し、自らの生命を奪う行動を取る。生きようとする意志、生きる火種、が完全に消滅する過程およびその背景には、いったい、どのような〈こころ〉があるのだろうか。
〈生命力〉は、どこから来るのか。
〈活力〉の源は、何なのか。
彼女自身、ずっとこうしたことに悩んできた。大学卒業を目前にして、就職活動をする気にならないし、大学院に進学するつもりもなく、したいことも目指したいこともない。「生きていてもしようがないなあ」と何度か呟くことがあった。
私が電話した時、彼女は涙声であったけれども、穏やかな調子で(私には、そのように聴き取れた)言って、電話を終え、〈先〉に向かった。
「今夜が通夜…これから湯灌してお兄ちゃんをきれいにしてあげる…行ってきます。」
2009年05月11日
高みへ、もしくは、深みへ
ここのところ、決して避けることが出来ない《老い》が次第に足音高く、而も、足早に近づいてくるように感じられてきた。そして、日常的な所作の合間でふと気づくと、今更めいて来し方行く末に想いを馳せていたりする。
数々の悔恨を残す過去が蘇る。何故あの時、あのような選択をしたのか。どうしてもっとしっかりやろうとしなかったのか。自分の意気地なさに歯軋りするが、さりとて、どんなに生き方を改めるからと誓っても、最早時間を逆行させることはできない。《夢よ、もう一度》と改めて高みを目指すだけの気力も湧いてこない。それに、今となっては、その意味も褪せてぼやけている。ならば、今現在の地点から深みを目指してみてはどうだろうか。これまでの自分の体験を篩にかけ、現状の自分の意識に最もストレートに嵌り込んで来る《こと》をとことん深追いしていくことで、これまでならば全く思いも寄らない場所に行き着いて、何某かの充足感を得られないだろうか。
「もう年齢的に高みを目指すのがきつくなった。これからはひたすら深みに向かって進むのがいいんじゃないかな。深化しつつ進化、その先に何かいいことがありそうな気がしない?熟成したヴィンテージ・ワインのような深みと濃くのある境地とか…」
私が言うのを受けて、友人がからかうように言った。
「それって、沈みに沈んで沈没。荒涼とした闇の中で老衰してお陀仏ってことになるかもよ。」
そうした折、五木寛之の『人間の覚悟』(新潮社)を読んでいて、「下山の哲学」という言葉に遭遇した。その内容の一部を引用しよう。
「人生の前半に登山の時期を終えたら、今度は下山の時期を考えるのです。下山は決して寂しく惨めなことではないし、穏やかで豊穣で、それまでの知識や情報では及びもつかなかったような知恵にふれる、そういう期間であるはずです。」
五木氏に拠れば、「人生において、下山の哲学をしっかり持たなければならないのです。」
生まれ、生き、死ぬ。《生命》という山を下りる過程で、何を、どんなふうに、体験するのか。そして、そこで、周りの景色を眺め、どのように過去を俯瞰し、新たに何を見つけるのか。あるいは、何を為そうとするのか。
名も無い、野辺の石ころのようであっても、自らの生命を生きる者として、自分なりに生きたという納得と感慨を覚えることを願って、自己の存在の底に降り立ち、そこから更に、深みに向かっていくこと。
きっと、その先にこそ、一個の生命が放つ微かな光彩と永遠の安らぎが待ち受けているのではないだろうか。
数々の悔恨を残す過去が蘇る。何故あの時、あのような選択をしたのか。どうしてもっとしっかりやろうとしなかったのか。自分の意気地なさに歯軋りするが、さりとて、どんなに生き方を改めるからと誓っても、最早時間を逆行させることはできない。《夢よ、もう一度》と改めて高みを目指すだけの気力も湧いてこない。それに、今となっては、その意味も褪せてぼやけている。ならば、今現在の地点から深みを目指してみてはどうだろうか。これまでの自分の体験を篩にかけ、現状の自分の意識に最もストレートに嵌り込んで来る《こと》をとことん深追いしていくことで、これまでならば全く思いも寄らない場所に行き着いて、何某かの充足感を得られないだろうか。
「もう年齢的に高みを目指すのがきつくなった。これからはひたすら深みに向かって進むのがいいんじゃないかな。深化しつつ進化、その先に何かいいことがありそうな気がしない?熟成したヴィンテージ・ワインのような深みと濃くのある境地とか…」
私が言うのを受けて、友人がからかうように言った。
「それって、沈みに沈んで沈没。荒涼とした闇の中で老衰してお陀仏ってことになるかもよ。」
そうした折、五木寛之の『人間の覚悟』(新潮社)を読んでいて、「下山の哲学」という言葉に遭遇した。その内容の一部を引用しよう。
「人生の前半に登山の時期を終えたら、今度は下山の時期を考えるのです。下山は決して寂しく惨めなことではないし、穏やかで豊穣で、それまでの知識や情報では及びもつかなかったような知恵にふれる、そういう期間であるはずです。」
五木氏に拠れば、「人生において、下山の哲学をしっかり持たなければならないのです。」
生まれ、生き、死ぬ。《生命》という山を下りる過程で、何を、どんなふうに、体験するのか。そして、そこで、周りの景色を眺め、どのように過去を俯瞰し、新たに何を見つけるのか。あるいは、何を為そうとするのか。
名も無い、野辺の石ころのようであっても、自らの生命を生きる者として、自分なりに生きたという納得と感慨を覚えることを願って、自己の存在の底に降り立ち、そこから更に、深みに向かっていくこと。
きっと、その先にこそ、一個の生命が放つ微かな光彩と永遠の安らぎが待ち受けているのではないだろうか。
2009年04月07日
満月は欠け、また丸くなる
欠けている。足りない。満たされない。
そんな状態を喜ぶ人は、殆どいない。けれども、誰にでも、何かしら欠けているところがある。大部分の人は、そうした欠け損じがある中で悩み、苦しみ、渇望し、足掻きながら、慰めを見つけ、寛ぎ、楽しみ、笑い、気を取り直して生活している。
しかし、なかには、僅かの不足も引き受けかねて、絶えず意識をそのことだけに集中させ、ひたすら満たすこと/満たされることに躍起になる人たちがいる。それらの人たちには、〈隙間〉とか〈空白〉が並外れて耐え難く感じられるので、たとえば、決して間を置かないで機関銃のように話し続けたり、空き時間が少しもないように予定を埋め尽したり、満腹なのに食べ終えることが出来なかったりする。自分や他者に対しても、完全無欠を求める余り、逆説的にも、いつも満たされない想いで満たされる。
「それ位は知っていないといけないし出来ないと駄目という感覚。」
このような想いに囚われたAさんは、絶えず自分を周りの人と比べて自分に欠けているところを見つけて自信を喪失してしまう。自分の優れているところには目もくれず、周りの人たちが各々に持つ長所や特技に対して自分が欠けていることに焦点を合わせる。かといって、それを満たす努力をしようとはしないで、「そういうふうに欠けている自分は劣っているに違いない。本当に自分は駄目人間なのだろうか?」と果てしない堂々巡りに嵌まり込む。相互に欠けているところを、相互に優れているところで補完し合うという発想を巡らせないで、ひたすら完全な自分を追いかける。
また、新婚2ヶ月で実家に帰ってしまった26歳の女性Bさんは、いつも自分の側に居て守ってくれる人を求めていた。その気持ちが弾け、夫が仕事に出掛けた後、一人で家に居るのに耐えられなくなった。実家では、心配する母親の庇護に甘えていたが、母親にも生活があり、Bさんのニーズを満たしてばかりもいられない。已むなく欠けることに対して、時には荒れることもあったが、やがてBさんはその現実を受け容れられるようになった。
「子どもの頃、お母さんは何でもしてくれる、とても大きな人だったけれど、今は年を取ったこともあって、お母さんの人間的限界を知るのは悲しい。それでも、私のことを気にかけていてくれる。」
満たされることと欠けること。
満たされても、またすぐに何か足りないことが出てくる。かつ、欠けても、また暫くして何か満たされることがある。そうした満ち欠けは、丸くなった満月が欠け、また丸くなるように、古今東西、森羅万象、永々と繰り返されるダイナミクスの根源でもある。
そんな状態を喜ぶ人は、殆どいない。けれども、誰にでも、何かしら欠けているところがある。大部分の人は、そうした欠け損じがある中で悩み、苦しみ、渇望し、足掻きながら、慰めを見つけ、寛ぎ、楽しみ、笑い、気を取り直して生活している。
しかし、なかには、僅かの不足も引き受けかねて、絶えず意識をそのことだけに集中させ、ひたすら満たすこと/満たされることに躍起になる人たちがいる。それらの人たちには、〈隙間〉とか〈空白〉が並外れて耐え難く感じられるので、たとえば、決して間を置かないで機関銃のように話し続けたり、空き時間が少しもないように予定を埋め尽したり、満腹なのに食べ終えることが出来なかったりする。自分や他者に対しても、完全無欠を求める余り、逆説的にも、いつも満たされない想いで満たされる。
「それ位は知っていないといけないし出来ないと駄目という感覚。」
このような想いに囚われたAさんは、絶えず自分を周りの人と比べて自分に欠けているところを見つけて自信を喪失してしまう。自分の優れているところには目もくれず、周りの人たちが各々に持つ長所や特技に対して自分が欠けていることに焦点を合わせる。かといって、それを満たす努力をしようとはしないで、「そういうふうに欠けている自分は劣っているに違いない。本当に自分は駄目人間なのだろうか?」と果てしない堂々巡りに嵌まり込む。相互に欠けているところを、相互に優れているところで補完し合うという発想を巡らせないで、ひたすら完全な自分を追いかける。
また、新婚2ヶ月で実家に帰ってしまった26歳の女性Bさんは、いつも自分の側に居て守ってくれる人を求めていた。その気持ちが弾け、夫が仕事に出掛けた後、一人で家に居るのに耐えられなくなった。実家では、心配する母親の庇護に甘えていたが、母親にも生活があり、Bさんのニーズを満たしてばかりもいられない。已むなく欠けることに対して、時には荒れることもあったが、やがてBさんはその現実を受け容れられるようになった。
「子どもの頃、お母さんは何でもしてくれる、とても大きな人だったけれど、今は年を取ったこともあって、お母さんの人間的限界を知るのは悲しい。それでも、私のことを気にかけていてくれる。」
満たされることと欠けること。
満たされても、またすぐに何か足りないことが出てくる。かつ、欠けても、また暫くして何か満たされることがある。そうした満ち欠けは、丸くなった満月が欠け、また丸くなるように、古今東西、森羅万象、永々と繰り返されるダイナミクスの根源でもある。
2009年03月06日
孤独な熱狂と圧倒的努力
数日前、新聞に掲載されていた新刊広告で、ふと目にした文言に強烈に惹き付けられた。それは、見城徹氏が石川拓治著『奇跡のリンゴ』に寄せた推薦文の中にあった。前後の文脈は忘れてしまったが、「孤独な熱狂」と「圧倒的努力」という言葉が私の長年の葛藤というか根源的なジレンマというか何かよく分からない未解決な問題を解消をさせてくれる啓示であるかのように感じられた。
見城氏がそれらの言葉によって表現されようとした内容と私が勝手に受け取って感じ入った内容とは異なるかもしれない。しかし、私にとっては、それらの言葉によって体験できた内容にこそ意味があり、深い了解を得た感じがしている。
その本は、これまで絶対に不可能とされていたリンゴの無農薬栽培を30年の歳月をかけて成し遂げた農家木村秋則氏についてのノンフィクションである。本の中に、挫折して自殺を考えたという若者に対して彼が言った言葉として、次のような一節がある:
「…バカになればいいんだよ。バカになるって、やってみればわかると思うけど、そんなに簡単なことではないんだよ。だけどさ、死ぬくらいなら、その前に1回はバカになってみたらいい。同じことを考えた先輩として、ひとつだけわかったことがある。ひとつのものに狂えば、いつかは必ず答えに巡り合うことができるんだよ。」
本書に拠ると、木村氏は長年の極貧生活と孤立に耐え、実のならないリンゴの木の下でシャクトリムシを眺める日々の連続だった。世間では、農薬を使わなければ市場に出せるリンゴを収穫することができない、というのが自明の理、常識とされていた。そうした苛酷な状況下で、自らが求めるリンゴの無農薬栽培という目的、他人から見れば、狂気の沙汰、に向かって、狂った炎を燃焼し続ける「圧倒的努力」の数々。
目に見える成果や風評に惑わされず、来る日も来る日もただただ一途に半端でない苦労や挫折に耐え続けるなど、まさしく常人の及ぶところではない。けれども、そこに貫かれている明晰で透徹した意志。
ひとつのものに狂えば、必ず答えに巡り合う。
その力強いメッセージ。
深い闇に光が射し込んだ一瞬だった。
見城氏がそれらの言葉によって表現されようとした内容と私が勝手に受け取って感じ入った内容とは異なるかもしれない。しかし、私にとっては、それらの言葉によって体験できた内容にこそ意味があり、深い了解を得た感じがしている。
その本は、これまで絶対に不可能とされていたリンゴの無農薬栽培を30年の歳月をかけて成し遂げた農家木村秋則氏についてのノンフィクションである。本の中に、挫折して自殺を考えたという若者に対して彼が言った言葉として、次のような一節がある:
「…バカになればいいんだよ。バカになるって、やってみればわかると思うけど、そんなに簡単なことではないんだよ。だけどさ、死ぬくらいなら、その前に1回はバカになってみたらいい。同じことを考えた先輩として、ひとつだけわかったことがある。ひとつのものに狂えば、いつかは必ず答えに巡り合うことができるんだよ。」
本書に拠ると、木村氏は長年の極貧生活と孤立に耐え、実のならないリンゴの木の下でシャクトリムシを眺める日々の連続だった。世間では、農薬を使わなければ市場に出せるリンゴを収穫することができない、というのが自明の理、常識とされていた。そうした苛酷な状況下で、自らが求めるリンゴの無農薬栽培という目的、他人から見れば、狂気の沙汰、に向かって、狂った炎を燃焼し続ける「圧倒的努力」の数々。
目に見える成果や風評に惑わされず、来る日も来る日もただただ一途に半端でない苦労や挫折に耐え続けるなど、まさしく常人の及ぶところではない。けれども、そこに貫かれている明晰で透徹した意志。
ひとつのものに狂えば、必ず答えに巡り合う。
その力強いメッセージ。
深い闇に光が射し込んだ一瞬だった。