2017年09月24日

夕張、新聞掲載情報

先日916日に行われた第50回鹿之谷ゼミナールの記事が、

22日の北海道新聞夕刊に掲載されました。

主宰者・青木隆夫氏が50回目に際して、

鹿ゼミを始めた時の思い、今後の展望など語っています。

参加者のインタビューも(^^(^^

 

北海道新聞(どうしん電子版)」でも閲覧できます。

会員登録していれば全文、未登録なら一部を読むことができます。

こちらからその記事に行けます。または、

トップページから「北海道・一覧」で「9221700」を探してみてください。

WEB上の記事は一定の期間を過ぎると削除される可能性があります。)

 
075教会201605

(鹿ゼミメイン会場となっている夕張教会 20165月撮影)



 

そして、今日924日の北海道新聞日曜版12面「本と旅する」に、

夕張出身の作家・佐々木譲氏の連作小説『廃墟に乞う』が取り上げられています。

その中の、旧北炭清水沢火力発電所と清水沢ダムを舞台に書かれた作品について、

特に詳しく記事にされています。

 

こちらは電子版では閲覧できないようです。


2006清水沢火発rt

(旧北炭清水沢火力発電所 2006年撮影)




2017年09月21日

10月の鹿ゼミの予定です

先週の土曜日は第50回の鹿ゼミに出席しました。

50回のあゆみを振り返り、その後、夕張の映像を観ました。

感想などは後で書きます。その前にまず、

10月の鹿ゼミと鹿ゼミ・エクスカーションのお知らせです。

 

201710月・第51「鹿之谷ゼミナール

■日 時: 1014日(土) 1300から1500

■場 所: 日本キリスト教会夕張教会(夕張市鹿の谷161

■テーマ: ゆうばり博徒伝―『風雪六十年 ―簗田群太郎伝』を読み解く―明治・大正期の博徒と夕張の地域社会

■講 師: 青木隆夫氏(夕張地域史研究資料調査室室長)

■内 容: 1900(明治33)年に夕張で発生した博徒の大抗争事件の全容を通して、新開地としての夕張の発展期から現在に通じる「光と影」を辿る。

■問い合わせ: 09026224455 青木氏まで

 ※どなたも自由に参加ができます。申し込み不要。

※入場無料(資料は有料になる場合があります)。

 

 

2017年・第5回「鹿ゼミ・エクスカーション

日 時: 1028日(土)(雨天延期)
テーマ:  夕張の記憶を訪ねて北から南まで…JRで行く紅葉の[滝の上]―円空と松浦武四郎の記憶を訪ねて歩く―」

■問い合わせ・申し込み: 090-2622-4455 青木氏まで

参加ご希望の方は必ず事前にお申し込みください。

※通常は13時から16時頃までですが、今回はJRの時間によります。

参加者には青木氏より連絡。



鹿ゼミ・エクスカーションでJRに乗るのは初めてですね。楽しそう!

IMG_1481夕張支線201707

JR石勝線・夕張支線 鹿ノ谷駅とキハ40 (20177月撮影)



sorairocm at 23:17|PermalinkComments(0)

2017年09月18日

石勝線と夕張支線の再放送

台風18号、すごかったですね・・・。

13日から沖縄に大雨を降らせ17日には九州に上陸、

18日の午前、北海道の檜山地方に再上陸しました。
あまり台風が来ない北海道ですが、去年に引き続き今年も。
今回の台風、北海道ではほぼ全域が暴風域に入りましたし、
ほとんど全国に影響があったと言えるのではないでしょうか。
皆様、大事ありませんか?
被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。
台風が去っても、強風や川の増水、土砂災害などに注意しましょう。

 

交通機関にも大きな影響が出ました。

18日、北海道の鉄道は大半が運転見合わせとなり、明日19日も続きます。

夕張支線は、18日は終日運休でしたが、19日は通常運行するようです。

 

さて、この話題の流れで心苦しいんですけど・・・番組情報、二つです。

 

NHK(札幌)総合『I Love JIMOTO なるほど物語 「驚異の●●!革命をもたらした石勝線」』

2017923日(土)午前1150から1153

放送は北海道のみですが、このミニ番組、ネットで視聴できます。

NHK札幌局HP内「北海道をLOVEでいっぱいに。I Love(ハートと北海道の印) JIMOTO北海道」というオレンジ色のバナーから。

 

NHK BSプレミアム『六角精児の呑み鉄本線・日本旅 「夏・石勝線(夕張支線)を呑む!」』

2017924日(日)午後130から230

今年823日の再放送。炭鉱鉄道の跡も訪ねています。

 

IMG_4774南大夕張駅跡201706

(三菱大夕張鉄道・南大夕張駅跡 20176月撮影)

 

先日の鹿ゼミと次回の鹿ゼミ情報は、あとで・・・。



sorairocm at 23:49|PermalinkComments(0)

2017年09月15日

真谷地でのエクスカ(後編)

道が2つに分かれていて、左にはゲートがあるけど、開いています。左の道道へ。

ゲートの左手、山の中腹に、危険品庫と思しきレンガの建造物が2つあります。この季節は緑が多くて行けませんけど。
(当ブログ内関連記事2016312。下の2枚の写真は2016年3月撮影)

557mayachi

359美唄三井通洞坑口前煉瓦

 

道道の右側にはかつて北炭真谷地炭鉱の繰り込み所、事務所、大きな立坑やぐらなどがありました。

 

右に小さめの立坑の跡があります。希望者のみ、道道を反れて立坑の方へ。

IMG_5859真谷地エクスカ立坑

IMG_5862真谷地エクスカ

真谷地には立坑のほかに斜坑もありました。

奥に行くと、大きなコンクリートの遺構が。丸いのでシックナーでしょうか。

IMG_5870大きな丸いもの

IMG_5869丸いものに付いてる四角いもの

四角い、出入り口のようなものも付いてます。三笠の幌内にあるシックナーに似てますね。

 

 ※シックナー・・・沈降槽、沈殿槽。水中にある粉状の石炭を沈殿させ採取するための装置。

 

道道に戻って西へ。

左手に梨の木があります。

IMG_5886梨の木2

 

真谷地1区まで行き右の細い道を行くと真谷地小学校と真谷地神社の跡地。小学校の記念碑もあるのですが、笹藪に覆われていて、近付くのは非常に困難です。

 

一向に止まない雨。OBの方の車で数人が車を取りに行き、戻って来た車に分乗して集会所に引き返します。

集会所に着いた頃、なんと、雨は上がりました。

IMG_5887


集会所の中には炭塊の置物が。

上の棚には目無し炭の工芸品。下のものは

「北炭真谷地炭鉱KK 原料炭 発熱量 8,000カロリー」とあります。

 
IMG_5890炭塊

 

OBの方に、あの2つのレンガ建造物についてお聞きしました。

青木氏から配布された昔の地図で「火薬渡場」と記されているのがそれでしょう。

IMG真谷地の地図2

道路と線路が交差する辺りが、現在、道道のゲートがある所です。

 

やはりレンガ建造物は火薬庫(広義で危険品庫)でした。

火薬渡場は、のちにもっと西の、ズリ山の方に役割が移ったそうです。

 

真谷地炭鉱OBのお三方から真谷地炭鉱のことをお聞きすることができて、良かった!

ありがとうございました!

トマトと枝豆のご提供にも感謝! 真谷地の写真集や地図などを見ながら、皆で頂きました。おいしかった!

たくさんあって残ったので、ウチのほか何人かでテイクアウトさせて頂きました。

 

OBお三方とはお別れし、真谷地集会所を後にしました。

ここからはオプション。希望者は真谷地墓地へ。

真谷地墓地には北炭真谷地炭鉱ゆかりの碑があります。

IMG_5896真谷地エクスカ墓地2

こちら、左は馬頭観世音菩薩。真谷地炭鉱で働いていた馬の霊を慰めています。

右は明治42年建立の「萬霊解脱塔」。当時、北炭の炭鉱すべてに建てられましたが、真谷地以外のものは戦争中に失われました。

その間にある慰霊堂は、真谷地炭鉱で殉職した方々や、新鉱の事故犠牲者93柱を供養するものです。

これらは昭和62年に真谷地神社境内からこちらに移転されました。

 

真谷地墓地にはほかに中国人労務者の墓や、友子の墓も数基。

友子の墓は、明治・大正期からある産炭地の墓地には大体あります。

 

【真谷地炭鉱】 

玄洋社の頭山満が所有する「久留木(クルキ)炭鉱」の鉱区を、

明治38年、北炭が買収し「夕張第二鉱」として開発に着手。

大正2年、「真谷地炭鉱」に改称。馬鉄に代わり「真谷地炭鉱専用鉄道」が開通。沼ノ沢-真谷地間の石炭輸送のほか、一時は旅客輸送も行った。

7年、北炭の坑名変更で坑口に「榊」「桂」「楓」など樹木の名が付けられた。

8年、北炭が三井登川炭鉱を買収したことにより楓坑を登川鉱に移管。

昭和53年、北炭の三井分離により榊・楓両坑が「北炭真谷地炭鉱」として独立。

62年、閉山。「新真谷地炭鉱」となり露天掘りを行うも平成3年に閉山。

最盛期(昭和28年)の従業員数2,100人、閉山直前には70万トンを出炭。
 
(参考:青木氏作成新旧資料 ほか)



真谷地の炭鉱の歴史により深く触れることができ、楽しく充実した一日でした。



sorairocm at 11:49|PermalinkComments(2)夕張炭田 

2017年09月10日

真谷地でのエクスカ(前編)

去る826日、今年3回目の鹿ゼミ・エクスカーションが行われ、私共も参加しました。

沼ノ沢駅前から真谷地集会所に行き、案内役のお三方と合流。お三方はいずれも、かつて北炭真谷地炭鉱で働いていらっしゃいました。

 
IMG_5789真谷地集会所

集会所を出発し北西へ向かいます。

 

集会所の裏には共同浴場。その前には最近まで公園があったようです。(2014年のgoogleストリートビューには遊具が写ってます。)

 
IMG_5791浴場


真谷地のまちはは1区から6区まであり、沼ノ沢に近い方が6区、炭鉱施設があった所のさらに奥が1区です。

 

IMG_5793まやち

IMG_5794まやち

広い道路・道道750号に出て、

少し歩くと真谷地西小学校の跡。本を開いたような形の記念碑もあります。
(当ブログ内関連記事2017324

 
IMG_5806真谷地西小

IMG_5810真谷地西小碑


さらに進むとバス停「朋心寺」。朋心寺というお寺の前です。お寺には今はどなたもいらっしゃらないみたい。

IMG_5820朋心寺

IMG_5821朋心寺バス停

この裏に真谷地通学橋があります。今回は行きませんでしたが。

夕鉄バスはこの9月末で登川線と南部線が廃止されるのですね。予約制のデマンドバスに切り替わるようです。ほかにも減便や時間変更などがあります。

 

 

夕鉄バス「市街入口」バス停のそばには昔、神社があったそう。

IMG_5828市街入口バス停



雨がパラパラ降ってきました。

 

看板には「〇〇洋服店」。読み取れません。洋服のお直しの店だったそう。

IMG_5832洋服店


雨が激しくなってきたので、商店の軒先で雨宿り。営業はしてないようです。

IMG_5835商店軒先

IMG_5833豆腐店

向かいは・・・元豆腐屋さんでしたっけ?

この日、出発の時までは晴天たったので雨具を持ってこなかった人も居ました(ウチもです)。

案内役の真谷地炭鉱OBの方が、わざわざ戻って傘を5・6本持って来て下さいました。感謝!

傘をお借りして、再び歩きます。

 

昭和275月、大火があり真谷地市街、炭鉱の事務所なども焼失したそう。だからそれ以前の建物はほとんどないのです。

 

真谷地郵便局の跡。

IMG_5843真谷地郵便局


夕鉄バスの車庫の跡。

IMG_5848夕鉄バス車庫


木炭化工場(左)は真谷地炭鉱専用鉄道の機関車庫の跡。

IMG_5853機関車庫


リサイクルセンターやその裏の建物も北炭真谷地炭鉱の施設でした。

IMG_5851リサイクルセンター


 

(つづく)



sorairocm at 01:04|PermalinkComments(2)夕張炭田 

2017年09月03日

鹿ゼミで夕張工業学校生の遭難について

IMG_4125夕張教会

去る8月19日、夕張教会で行われた「第49回鹿之谷ゼミナール」に出席しました。

テーマは「片隅の墓石が物語るもの ―三笠市弥生墓地の墓碑から―」。

 
BlogPaint

この鹿ゼミのお知らせの際にも掲載しましたが、こちらがその墓碑です。


墓碑の正面にはもちろんお名前。田淵さんという方です。

向かって左の側面には氏の生年月日や学歴・勤務歴が記されています。

明治3年に生まれ、幾春別小学校を卒業。大正15年、東京電気学校を卒業して帰郷します。

昭和2年、北炭夕張砿、4年からは同空知砿に勤務した、と知ることができます。

 

そして右側面には、亡くなった経緯が次のように刻まれています。

「昭和七年八月五日午前十時北海道炭礦汽船株式會社空知礦舞鶴坑内ヘ夕張工業學校實習生六名ヲ引率入坑シコールカッタ取付作業中瓦斯爆發ニ遭遇シテ入坑者五十六名ト共ニ殉職ス」

北炭空知砿の舞鶴坑で、夕張工業学校の6人の実習生を引率して入坑し、コールカッターの取り付け作業中にガス爆発事故に遭って56名と共に亡くなった、と。

 

裏面からは、昭和711月に、甥御さんによってこのお墓が建てられたと分かります。

 

この日の鹿ゼミでは、講師の青木氏が、当時の新聞記事や学校の記念誌などから、この事故と6人の実習生について紐解いた結果を発表。さらに夕張工業学校や空知砿舞鶴坑についても解説されました。

 

青木氏のお話を掻い摘んで記しておきます。

・田淵さんが勤務していたのは歌志内の空知炭鉱だったが、三笠の出身だからお墓が三笠にある。

・炭鉱殉職者の慰霊碑はあるが、この事故個別の慰霊碑は存在しない。

・コールカッターとは巨大なチェーンソーのような機械で、炭層の下部に切り込みを入れて崩しやすくするもの。

・事故のニュースは、6人の実習生のことも含め、小樽新聞や北海タイムスといった新聞で大きく伝えられた。

・6人の実習生は事故の前日で実習を終え、事故当日は挨拶のために坑内に入っていた。コールカッターの取り付け作業中ではなかった、ということが、『六十年のあゆみ』(北海道夕張工業高等学校)から分かる。

・夕張工業学校には、道内各地から生徒が入学していた。

など。

夕張工業学校の変遷にも触れられました。

 

青木氏による今回の調査・発表がなければ、85年前に犠牲になった6人の実習生の真実が語り継がれることはなかったかも知れません。大変貴重なお話をお聞きすることができました。

 

 

ゼミの後、私共は夕張工業学校の跡地を訪れました。

鹿ゼミの会場でもある夕張教会のほど近くです。

今は何もない広場に閉校記念碑が建ち、左手にはグラウンドが広がっています。

 
IMG_4138夕張工業学校跡

IMG_4148夕張工業学校跡

 

こちらは歌志内にある空知炭鉱の立坑やぐら。(20162月撮影)

118空知立坑やぐら201602




sorairocm at 01:25|PermalinkComments(0)夕張炭田 | 空知炭田

2017年08月31日

お久し振りの三弦橋

KIMG0811


目をこらしてよーく見れば見えます。
今日8月31日、三弦橋がうっすら見えました。
今のところ橋の形を保っているようですね。
明日9月1日からは、かんがい用水の放流が止まるので、水位は下がらないそうです。

sorairocm at 18:04|PermalinkComments(2)夕張炭田 

2017年08月27日

もうひとつ、番組情報。再放送ですが。

NHK BSプレミアム『ジパング・ハンター 天地と地下の迷宮鉱山』

829日(火)午後300から430

愛媛県の別子銅山が取り上げられています。



sorairocm at 22:00|PermalinkComments(0)鉱山 | メディア情報

夕張出身の方がラジオで

昨日は「鹿之谷ゼミナール」のエクスカーションで

夕張市真谷地に行き、かつての炭鉱まちを散策しました。

そのことは後日、詳しく書くとしまして、今日は番組情報です。

 

昨夜(26日夜から27日朝)のNHKラジオ第1『ラジオ深夜便』で

夕張出身のお二方が登場しました。

午後11時台・午前0時台は本町出身の大橋純子さんが、

「オトナのリクエストアワー―過ぎ去りし日 思い出の曲」のコーナーで。

午前1時台は登川出身、テレビマンユニオンの今野勉さん。

326日のアンコール放送ですが、「私の“がむしゃら”時代」というテーマでお話をされました。

 

ラジオでの放送は終わりましたが、29日から1週間、インターネットで聴取できます。

NHKのホームページから『ラジオ深夜便』のサイトに行き、「聴き逃しサービス」で。

 

ちなみに、この日の担当アンカー・森田美由紀アナウンサーは札幌出身です。



2017年08月25日

9月の鹿ゼミの予定です

20179月・第50回「鹿之谷ゼミナール」

■日 時: 916日(土) 1300から1500

■場 所: 日本キリスト教会夕張教会(夕張市鹿の谷161

■テーマ: 改めての夕張アーカイブ ―地域映像の活用と可能性を探る―

■講 師: 青木隆夫 氏(夕張地域史研究資料調査室室長)

■内 容: 50回目の開催を迎え、先月、札幌国際芸術祭でも公開する機会のあった、

      夕張の地域映像の上映・解説と併せて、今までの鹿ゼミを振り返ります。

■問い合わせ: 09026224455 青木氏まで

※どなたも自由に参加ができます。申込み不要。

※入場無料(資料は有料になる場合があります)。

 

2017年・第4回「鹿ゼミ・エクスカーション」

 ■日 時: 930日(土) 1300から1500 (雨天延期)

 ■テーマ: 元祖「新夕張」―末広地区に炭鉱の面影と街の歴史を訪ねて歩く―

  ※参加ご希望の方は必ず事前にお申し込みください。

■申し込み・問い合わせ: 090-2622-4455 青木氏まで

 

 

下の写真は末広墓地に建つ追悼碑。新夕張炭鉱を経営していた石狩石炭(株)のものです。

9月のエクスカで墓地に行くかどうかは分かりませんけど。)

IMG_4212石狩石炭追悼碑

IMG_4206石狩石炭追悼碑