2018年08月

2018年08月30日

NHK「廃墟」、再再放送

23日にお知らせした24日の放送と同じものが、また放送されます。

 

NHK BSプレミアム『新日本風土記・選「廃墟」』

2018831日(金)午前800から900

 

もしかしたら来週木曜日の午後1145からも、あるかもしれません。




2018年08月29日

テレビで芦別の祭り(北海道のみ)

NHK(札幌)総合テレビ『北海道クローズアップ「祭りが地域をつなぐ―芦別健夏(けんか)山笠30年―」』

2018831日(金)午後730から755

再放送 92日(日)午前800から825

 

芦別健夏山笠は北海道空知地方の芦別市で30年続いている祭りで、

九州の博多祇園山笠の正式な分家。

締め込み姿の男たちが大きな山笠をひいて街を駆け抜け、タイムを競います。

健夏は「けんか」ですが、喧嘩をする祭りではありません(^^




2018年08月26日

自然の番組ですが、夕張岳

NHK総合『さわやか自然百景「北海道 夕張岳」』

201892日(日)午前745から800

再放送 総合で93日(月)午後405から420

BSプレミアムで98日(土)午前815から830の予定




こころ旅、再放送は27日(月)午前6時

NHK BSプレミアム『日本縦断 こころ旅 ディレクターズカット第4弾・夕張』再放送

2018827日(月)午前600から645




2018年08月23日

テレビで室蘭の新日鐵住金

北海道のみですが。

元は北炭が造った製鉄所、新日鐵住金室蘭製鉄所が出ます。

 

TVh(テレビ北海道)『けいざいナビ北海道「室蘭・鉄づくりの現場にカメラ潜入」』

2018825日(土)午前1100から1130

 

前述の『こころ旅・夕張』と同じ日、同じ時間ですね!

でも大丈夫です!

再放送もあります。木曜日深夜305から。

それに、放送後、YouTubeで観られるようになると思います。




sorairocm at 21:56|PermalinkComments(0)工場 | メディア情報

テレビで2011年の夕張

NHK BSプレミアム『日本縦断 こころ旅 ディレクターズカット第4弾・夕張』

2018825日(土)午前1100から1145

 

この番組最初の春の旅ラスト、札幌から夕張へ。

シューパロダムに沈む前の鹿島が出ます。

 

ちなみに今年の秋の旅は924日から1221日まで放送。

スタートは北海道です。

(北海道分のお手紙募集は締め切られています)




速報:今週のエクスカは延期

台風が北海道にも来そうなので、

825日(土)に予定されていました鹿ゼミ・エクスカーションは

929日(土)に繰り越しとなりました。




NHKで軍艦島など再放送

NHK BSプレミアム『新日本風土記・選「廃墟」』

2018824日(金)午後900から1000

本放送は2015130日でした。

 

長崎県の炭鉱の島・軍艦島(端島)、岩手県八幡平市の松尾鉱山ほか、

兵庫県神戸市の摩耶観光ホテル、香川県・小与島の採石場及びリゾートホテル、

宮城県・旧古川市の化女沼(けじょぬま)レジャーランド、

新潟県にあったロシア村などが取り上げられています。

 

 

「廃墟(廃虚)=はいきょ」とは、

国の発展を支え、人の暮らしを支えてきたにもかかわらず、

時代の波に押され、役割を奪われ、放置され朽ちていく建造物で、

一生懸命に生きた人々の、夢と努力の証です。

と、この番組を観て思いました。

 

 IMG_3327レンガ造り

 
 (
写真はイメージです)




2018年08月22日

9月の鹿ゼミはこちらです(修正・さらに追記あり)

20189月・第62回 鹿之谷ゼミナール

テーマ:大夕張・鹿島の地域アーカイブ

 地域の写真と地図記録を中心に

 (「大夕張」の記憶と記録Part3
内 容:鹿島地区の全戸移転から20年。
    大夕張の地域新聞と写真記録から、
    大夕張での日常の暮らしを振り返ります。

日 時:915日(土) 13時から15

場 所:日本キリスト教会夕張教会(夕張市鹿の谷1-61)

講 師:青木隆夫 氏(夕張地域史研究資料調査室室長)

※申込み不要(どなたも自由に参加できます)

※参加無料(配布資料は有料の場合があります)

問い合わせ:青木氏まで(090-2622-4455

★テレビの取材が入ります。ふるってご参加を!

 

20189月・第8 7回 鹿ゼミ・エクスカーション(修正済み)

テーマ:夏の夕張炭鉱住宅地跡を歩くPart2 1

 ―丁未から社光まで・炭住街の記憶を辿る―

日 時:929日(土)13時から16

定 員:10

集 合:ゆうばり共生型ファーム「らぷらす」(旧夕張小学校・夕張市本町5)

※必ず事前にお申し込みください ※雨天延期

※参加無料(配布資料は有料の場合があります)

問い合わせ・申し込み:青木氏まで(090-2622-4455

8月エクスカの続き 延期になった分です)

  
IMG_9777北炭夕張鉱ズリ山

BlogPaint


IMG_6600丁未から夕張岳2

BlogPaint

(写真は、道道38号線・丁未から見る北炭夕張鉱ズリ山と、夕張岳・前岳。

エクスカでここまで行くかどうかは分かりませんけど(^^ゞ)




sorairocm at 17:10|PermalinkComments(0)夕張炭田 | 鹿ゼミ

2018年08月17日

明日! 釧網本線で呑み鉄

釧路の石炭列車も登場します。

 

NHK BSプレミアム『六角精児の呑(の)み鉄本線・日本旅「夏・釧網本線を呑む!」』

2018818日(土)午後630から730




2018年08月16日

遠幌、予習復習

728日に鹿ゼミ・エクスカーションで遠幌を訪れましたが、その時は行かなかった所、撮れなかった所を、別の日の写真で掲載しておきます。

 

【浄水場そばのおトイレ跡】(20186月)

 
IMG_2489浄水場WC

IMG_2488浄水場WC


【浄水場跡】(20186月)

IMG_2492浄水場

 

【遠幌橋】(20187月)

前述しましたが、町の名は「えんほろ」、橋の名は「えんぽろ」。橋の下を流れる川の名は「遠幌加別(えんほろかべつ)川」です。

橋は現在、補修などの工事をしています。

 
IMG_5579遠幌橋

IMG_5567えんぽろはし

IMG_5575標識

IMG_5563えんぽろはし


【遠幌橋横の三菱大夕張鉄道橋台】(20187月)

草が多いので見づらいのですが、写真右側にあります。

IMG_5569遠幌の橋脚

 

【遠幌小学校跡】20188月撮影)

校歌が刻まれた閉校記念碑だけがあります。碑文をお書きになったのは矢壁さんという方。「矢壁柏雲謹書」と読めます。

 
IMG_5648遠幌小跡

IMG_5649遠幌小跡

IMG_5650遠幌小跡

IMG_5656遠幌小跡

IMG_5655遠幌小跡


【矢壁商店】(20188月撮影)

その矢壁さんゆかりのお宅でしょうか。矢壁商店は今は営業されていません。食料品や日用品などいろいろなものを販売されていたようです。昭和40年代の地図にも、場所は少し違いますが載っています。


IMG_5669矢壁商店

 

【清水沢炭鉱と遠幌炭鉱をつないだ通洞の跡】(20104月)

先月4日の記事には1本の写真しか載せませんでしたが、通洞は2本あるので、追加して再掲します。

 
043清水沢砿02遠幌炭礦への運炭通洞

IMG_0212清水沢通洞201004


【北炭遠幌炭鉱跡】(201011月)

こちらも先月4に載せましたので、よかったらリンクでご覧ください。




sorairocm at 23:47|PermalinkComments(0)夕張炭田 | 鹿ゼミ

2018年08月15日

テレビで赤平の炭鉱跡(北海道のみ)

2018816日(木)午後610から700

NHK(札幌局)総合『ほっとニュース北海道』

の中で、赤平の炭鉱の歴史を伝える方を。

 

今年714日、旧住友赤平炭鉱・立坑櫓のそばに、

「赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設」がオープンしたんですよね!

入館は無料、

開館時間は9時半から17時、

休館日は月曜・火曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始です。

詳細は赤平市ホームページ内・新着情報2018711日のページでご覧ください。

 

私共はまだ行く機会に恵まれてないんですけど、

近日中に訪れたいと思います。


385住友赤平201404




2018年08月14日

エクスカで遠幌へ

去る721日、鹿ゼミ・エクスカーションで遠幌(えんほろ)を訪ねました。

かつて走っていた三菱大夕張鉄道の沿線で、北炭遠幌炭鉱があった地域です。

 

参加者は清水沢駅横の駐車場に集合した後、国道452号に入って、まず旧遠幌保育園へ。

 
IMG_5232遠幌保育園1

この近くにかつて三菱大夕張鉄道の遠幌駅がありました。

遠幌駅の前身は、昭和15年に帝室林野局(現 森林管理局)が設置した遠幌加別停留所。専用線もあり木材輸送を担っていました。

22年、遠幌炭鉱の送炭開始に伴い、23年、北炭が駅舎を建てます。

遠幌炭鉱のほか北夕炭砿、北菱鹿島炭鉱からも石炭が運び込まれていました。

62年、大夕張鉄道廃止により駅も廃止。

今は何の痕跡も確認できません。

 

遠幌保育園の建物は元々、北炭遠幌炭鉱の事務所でした。昭和23年完成だそう。

保育園閉園後、夕張シューパロダム建設工事の関係者が使っていた時期もあります。

 

車はここに停めて、歩きます。住の江町の住宅地を抜けて、林道へ。

 
IMG_5309遠幌林道ゲート

ここは国有林で、徒歩で行く場合は届け出も不要。ゲートを越えて行けます。

 
IMG_5245くるみ

IMG_5251小橋

ひたすら続く未舗装の道。

周りの植物や虫たちを観察しながら進むと、右側の草むらの中に、赤いブロックの小さな建物が見えます。おトイレです。

この向こうにはかつて浄水場があったので、それに付随するものでしょう。

この日はそこまでは行きませんでした。

道の下には遠幌加別(エンホロカベツ)川が流れています。

 
IMG_5266浄水場管理棟?

少し進むと、川のそばに白い建物が見えました。浄水場の管理棟でしょうか。

その近くに、赤い鉄骨の橋も見えます。近くまで行ってみましょう。

鉄骨しかありませんので渡ることはできません。横の斜面をさらに下に降りてみます。

 
IMG_5276橋

IMG_5280橋

降りると広い河原がありました。辺りの空気が涼しい! 気持ちいい!

川の流れは穏やかで、炊事遠足でもできそうな平坦な河原です。ここでしばし休憩。

IMG_5290橋の真横

IMG_5285水門?

IMG_5296浄水場付近

珍しい石や化石、石炭、レンガなどを見つけては、互いに見せ合いました。

 
IMG_5300石と虫

IMG_5291貝の化石

IMG_5294葉の化石

IMG_5298石炭

IMG_5289レンガ

河原から上がって林道に戻ると、道を挟んで正面に開けた所があります。

昔はここに何かあったのか?と感じる方も。・・・そうなのでした。

この向こうに遠幌炭鉱があったのです。

けど、坑口などの遺構までは距離があるし、草がとても繁茂しているので、この日は割愛。草のあまりない季節に再訪したいところです。

 IMG_5274広い所

北炭遠幌炭鉱は昭和19年、遠幌加別川の支流・石炭沢のそばに坑口を付けました。

22年に送炭場が完成し、遠幌駅まで索道で石炭を送り始めます。

26年、清水沢炭鉱とつなぐ通洞が完成。翌年、清水沢炭鉱と合併。

55年、清水沢炭鉱は閉山しました。

 

石炭沢には石炭の露頭があるとのこと。奥には北炭の中央竪坑跡もあるのですが、それらの風景は、またの機会に繰り越すとして、引き返します。

 

国道まで戻り、次は遠幌橋へ行きました。

IMG_5321遠幌橋

橋から下を見ると、とても深い谷だと分かります。昔は難所でしたが昭和33年、永久橋になりました。現在の橋ができたのは49年。

町の名前は「えんほろ」ですが、橋の名前はなぜか「えんぽろ」です。

旧遠幌保育園前に戻り、解散しました。

IMG_5323遠幌保育園

遠幌炭鉱と清水沢炭鉱とをつないでいた通洞は、またの機会のお楽しみ、です。

炭鉱とその町の面影を追って歩いた、夏の一日。

あまり暑くなく、自然の豊かさも感じながら、気持ちよく歩くことができました。



sorairocm at 23:40|PermalinkComments(0)夕張炭田 | 鹿ゼミ

2018年08月10日

鹿ゼミでかつての大夕張

夕張シューパロダム建設に伴う大夕張(鹿島=かしま)地区の全戸移転から20年。今年の鹿ゼミは大夕張を多く取り上げています。5月にはエクスカーションで三菱大夕張炭鉱のズリ山や神社跡、学校跡などを訪ねました(当ブログ内関連記事はこちら「大夕張でのエクスカ」)。

座学は4月に続いて2回目。画像を見ながら青木氏(夕張地域史研究資料調査室室長)と水島氏(東海大学教授)が解説をし、参加者みんなでかつての鹿島に思いを馳せました。

 

まず、NHKテレビ『新日本探訪 北海道シリーズ』の中で1991915日に放送された「夕張 ミヨさんの夏」について、水島氏がお話をされました。氏のお話と配布資料から少しだけピックアップしますと、

・当時、鹿島地区で最も大きな建物だった「代々木アパート」に住む「ミヨさん」(83歳)、ほかに、葛西さん夫婦の生活を追った番組。

・息子が入院しているのでミヨさんはこの街、この家を離れるわけにいかない。

・この年は、鹿島の街全域が沈むダム建設が決定した年。1973年の三菱大夕張炭鉱閉山から18年経って、街はかなり寂れている。

・住民が「あそこに○○があった」と指差しているが、カメラは指の先を映していない。「なにもない」から。

・番組のトーンはさほどネガティブではない。住民の人々が愛でる草花や、ゆったりした時間が、価値あるものと捉えられている。

といったところでしょうか。

 
IMG_5099代々木AP

 (この日のレジメ。表紙は代々木アパートの写真です。)

 

それから、青木氏所蔵の、鹿島の昔の映像を観ました。学校行事や街の様子が映し出され、参加されていた元鹿島住民の方々から「千年町だ」、「自分が映ってる」などの声が上がりました。

 

そして、水島ゼミが撮影した、水没前の鹿島地区の映像を鑑賞。改めて「なにもない」風景を見て、複雑な思いがしました。

「なにもない」けれど、かつてのこの街を知っている人は、当時の風景を思い浮かべるでしょう・・・。

水島氏は今後さらに、元住民と対話し資料を集め、地図上に、街があった頃の写真と、街がなくなってからの映像を組み込んで、比較して見られるようなシステムを作っていきたい、とのことです。

完成が楽しみですね。

 

最後に青木氏は、「現在も鹿島の元住民は、インターネットなどを通して交流が活発で、故郷のことを、熱を持って語っている人が多い」と仰いました。

 

確かに、「大夕張」や「鹿島」でネット検索すると、多数ヒットします。

やはり、故郷、慣れ親しんだ街並みや学校などが無くなってしまうと、何とも言えない虚しさを覚えますよね。

よく「心にポッカリ穴があく」と言いますけど、本当にそういう感覚になるんですよね。

「心のドーナツ化現象」とでも言いましょうか。

Pは夕張出身なので、故郷の風景が変わっていくのを見て寂しさを感じることがあります。Jも、通っていた中学校と短大が無くなりました。中学校は無くなる前に見学に行きました。短大は、だれも居なくなった校舎を見に行きました。その時の空虚感、喪失感。本当に「穴があいた」感じがしました。

 

心に穴を感じると、穴を埋めるため、なにかせずにいられず、自らの記憶や記録を残しておきたい、と思う人が多いのでしょう。

 

私共が炭鉱跡などの写真を撮ってこのブログに載せたり何か書いたりするのは、そういう理由もあるのかな、と思います。

 

今年の鹿ゼミでは、この後も奇数月に大夕張(鹿島)地区を取り上げる予定です。

 

IMG_0438頂上から湖

 (三菱大夕張炭鉱ズリ山から鹿島を眺める。昔は街がありましたが今は大半が水の中です。20185月、鹿ゼミ・エクスカーションにて撮影。)




sorairocm at 11:35|PermalinkComments(0)夕張炭田 | 鹿ゼミ

2018年08月06日

ラジオで上砂川、新聞で赤平

◆今週のHBCラジオ『気分上昇ワイド ナルミッツ!!!』で、

上砂川町が取り上げられます。

「私のふるさと マイタウン」のコーナーで。

メール、FAX、電話で上砂川町の情報や思い出話を送ると、

抽選で上砂川町の特産品詰め合わせが当たりますよ!

番組放送は月曜から金曜の午前9時から昼12時まで、

「私のふるさと マイタウン」は10時台です。

 

聴き逃しても、1週間はラジコで聴けます。

 

 

◆昨日85日(日)の北海道新聞・日曜版12面『時を訪ねて』で

「赤平事件」(「前進座事件」)が取り上げられていました。

どうしん電子版での閲覧はできなさそうです)

 

昭和271952)年、レッドパージが盛んに行われていた時代の出来事です。

劇団前進座と、その歌舞伎公演を阻止しようとした警察の攻防、

警察から逃げる俳優・中村翫右衛門(かんえもん)をかくまった炭鉱員、

奈井江から上砂川まで炭鉱の坑道をトロッコで移動した翫右衛門、

などのエピソードが記載されています。

1面には、赤平市内の豊里炭鉱跡地に佇む、

キャップランプを模した滑り台兼展望台が、大きく載っています。

 

185豊里炭鉱跡の滑り台

(これです。この写真は2013年6月、Jが撮影)

 

先日の鹿ゼミと鹿ゼミ・エクスカのレポはもう少し・・・(^^