『幾春別の詩』ライマンはなぜ道に迷ったか?

2014年04月07日

住友赤平小学校、閉校。

今日は多くの小学校で入学式・始業式が行われたようですね。

こちらは赤平市立住友赤平小学校。

290住友赤平小

291住友赤平小

341住友赤平小2

この校舎にランドセルを背負った子ども達が
訪れる事はもう二度とありません。
この春、ついに閉校となりました。

住友炭砿が赤平で操業を始めたのが昭和13年。
その3年後に開校した小学校です。
炭鉱マンの子ども達がたくさん通い、
ピーク時の昭和34年度には児童数2908人という
マンモス校でした。
が、次第に少なくなり、閉校。
今年度からは新生・茂尻小学校に統合されました。
北海道内で旧財閥の名前を冠した公立小学校は
ここだけでしたが、これで無くなります。


校舎の左側には空き教室を利用して
「赤平市炭鉱歴史資料館」があるんですけど、
現在は休館中のよう。
今後どうなるのでしょうか。気になります。
できればこの校舎で継続、または別の施設に移すかして、
いつまでも赤平の炭鉱の歴史を語り継いで頂きたい、と、
願ってやみません。

287赤平資料館

IMG_5803赤平資料館

IMG_5827赤平資料館


住友赤平小学校については赤平市のブログ「あかびらのとびら」
2012118日、20131118日に記述があります。



sorairocm at 22:37│Comments(6)空知炭田 

この記事へのコメント

1. Posted by EXTRA   2014年04月08日 12:46
こんにちは。

今日から小学校などでは、始業式のようです。
ランドセルやカバンを持った子供たちを
沢山見かけました。

この地区では、小学校が閉鎖とのこと
統合されて閉鎖? それとも、通う子供が
いない?
人口が少なくなり、閉鎖となってしまうのは
寂しいですね。

(^o^)
2. Posted by P&J   2014年04月08日 22:46
♪EXTRAさん
そちらの地域は今日だったんですね。北海道は大半が昨日だったようです。
数年前からランドセルの色が急に多彩になって、
小学校の周りはまるで花が咲いたようですね。

赤平に限らずですが、ひとつの産業が終わると、
街の人口も劇的に減りますよね。
それに少子化。
札幌でさえ閉校した小学校があります。
子どもが減って閉校するのは仕方ないけど、
せめてその学校の証を後生に遺してほしいものです。
3. Posted by 阪本 幸子   2022年06月02日 12:08
とっても懐かしく
もう一度 会いたいです
74歳 この学校を卒業して今日迄 忘れる事はありません炭鉱での生活そして今は亡き父母そして兄弟友達 思い出 みんな みんな 良い思い出に 変えられます。
元気な内に絶対会いに行きます。あの時のままの姿
嬉しい😃ありがとうございます😊
4. Posted by P&J   2022年06月02日 21:17
♪阪本様
ようこそいらっしゃいました。
つらいこともおありだったでしょうけど、
良い思い出に変えられるのは、
阪本様が懸命に生きてこられたからこそでしょう。
この校舎が今もそのままかどうかは分かりませんので、行かれるのでしたら事前に市役所に問い合わせをされた方がよろしいかと思います。
いつまでもお元気で☺️☺️
5. Posted by 飯島富子   2024年01月06日 11:21
昔通っていた小学校の写真が見たくて探していたところ、こちらにたどりつきました。
懐かしいです。私は62才。私が通っていた頃は1学年10クラスまでありました。
学校の中に給食センターがありました。
冬は石炭ストーブで暖をとり、バケツを持って石炭を取りに行く当番がありました。体育館で集まる事が多くあり、朝礼だったのかなぁ?定かではありませんが、校歌を歌う事が多くあり、何回か転校してますが、ここの校歌だけ、今でも歌えます。
50年以上の月日が流れても校歌を歌うと友達、今は亡き両親、親戚、沢山の懐かしい顔が浮かびます。
ありがとう!
6. Posted by P&J   2024年01月07日 10:04
♪飯島さま、ようこそいらっしゃいました!
私どものブログがお役に立てたようで、うれしく思います!
その町で当時、暮らしていらした方が見つけてくださり、
当時の様子を知ることができるのは、私どもにとって大変、貴重な機会です。
1学年10クラスはすごいですね!石炭当番ももう無くなってしまいましたよね・・・。
私(J)の小学校時代を振り返ると、校歌を歌うのは、年に数回で、多いほうではなかったと思います。
これからも校歌を時々歌って、豊かなお気持ちで、お元気にお過ごしください!
ありがとうございます!

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