めりくり謹 賀 新 年

2018年12月26日

鹿ゼミで夕張のクリスマスについて

去る1215日、第65回鹿之谷ゼミナールが開催され、クリスマスについて青木さんが講演されました。

そのレポを少し書いておこうと思います。今年のクリスマスは終わりましたが・・・。

 

クリスマス定着の日本における経緯、夕張における経緯、

炭鉱地域のクリスマスの特徴などのお話でした。

また、夕張にかつてあったキリスト教の教会の画像も見せて頂きました。

 

たとえば、

 

・クリスマスツリーが日本で一般の人の目に触れたのは、明治331900)年、明治屋が銀座に飾ったものが最初と言われる。夕張では、明治421909)年に日本聖公会でツリーが飾られたとの記録がある。

・戦後はGHQが日本の子どもたちと交流した。

・クリスマスは福祉の機会でもある。夕張では昭和35年に小児マヒ(ポリオ)が流行したこともあり、病気の子どもたちのために募金活動や振る舞い鍋が盛んに行われた。夕張のクリスマスは「福祉型」と言える。

・戦後、保育園や幼稚園で園児たちが楽しめるようクリスマスの催しをするのが一般化した。炭鉱会社は保育園を持っていたので、会社の福利厚生の一環として行われ、多くの子どもたちが経験し、定着した。

・大人たちも、炭鉱会社や労働組合が主催するダンスパーティー、映画などを楽しんだ。

 

など。また、

 

・あるコラムニストは「日本のクリスマスには伝統が感じられないが、それも良い」と書いている。

・クリスマスツリーの飾りは、昔は日本が多く生産・輸出していたが、今は中国。

 

というエピソードも興味深いものでした。

 

夕張教会の渡辺牧師も出席されていて、キリスト教のことや夕張のクリスマスについてお聞きすることができました。

・多くの教会と同様に、昔は夕張教会でもキャロリング(クリスマス・キャロル)を行っていた。

24日から25日にかけての夜、ろうそくに火を灯して複数の人々が、お世話になった方や病院を訪ねて讃美歌を歌う、というもの。ろうそくの明かりはキリストの象徴で、暗く辛い状況でも光を分かち合い頑張りましょう、というような意味がある。

 

など

 

夕張は雪が多いので、雪景色に教会が映えます。ホワイト・クリスマスですね。

皆さん、良いクリスマスを過ごされましたでしょうか・・・。

 

IMG_2058夕張教会

(鹿の谷に建つ日本キリスト教会夕張教会。昭和元年1227日に竣功しました。こちらの教会についての記事は20137292016527にもありますのでどうぞ。)




sorairocm at 01:10│Comments(0)夕張炭田 | 鹿ゼミ

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