2019年09月23日
「人生は夢のようなものじゃない」

人生なんて夢のようなものだ。―――― と、もっともらしく語る者がいる。全くの大嘘である。夢とは、後に何も残らないもの。けれど、懸命に生きた者の人生は、必ずこの世に何かを残す。何かを実際に残せるものが、夢であるわけがない。だから 日々その場限りの快楽に耽って、何も努力せず何を残さない愚劣な人間だけが、人生を夢だと思うのだ。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
懸命に生きれば、何かしらの足跡を、必ず残せるものなんですね。僕の場合、死んだあとに残せるのは、このブログだけかもしれません。子供たちには、借金を残さない代わりに、財産も残せないと思います。カッコつけて云わせてもらえば、残せるのは“想い出”だけですかね。キャハ~!

でも、まじめな話、それでいいと思っています。借金は論外だけど、大きな財産も子供たちのためにはならないような気がします。僕の人生が終わったとき、子供たちにはそれぞれのパートナーがいるでしょうし、その人たちにとっては、パートナーの兄弟姉妹は他人でしかありませんからね~。
いや、考えてみると、当のパートナーだって他人ですね。兎にも角にも、そういう身内(他人がらみ)での財産話ほど、難しいものはありませんから。もめるくらいなら、余計な火種は残さないことです。ま、幸いなことに、もめるような財産は持ち合わせていませんけどね。

たとえば、“想い出”とか役に立たないものでなくて、誰かに施した恩義のお返しであれば、有意義な“何かを残した”って事になるかもしれませんね。つまり、「生前お世話になったから、あの人のお子さんになら」という他人からの援助です。これはもう、立派に財産を残したことになりますよね。
そういうことを考えると、生前の行い=あなたの人生は、良い事にしろ悪い事にしろ、後に残ったものに影響するということです。子供たちに真面目な生きざまを見せるためにも、他人様から恨みを買わないためにも、日々努力を怠らず、生きることが大切ということですね。

それがゲーテの云う、“世に何かを残す”ことだと僕は解釈しました。『生きざま』とか書くと仰々しいですが、何らかの信念は持って生きるべきでしょう。最後に、『わたしは、●●●で生きました』と、端的に答えられる人生ならすばらしいですよね。
だらだらと過ごして、『う~ん、別に何とかない人生でした』ってのが最悪です。でも、自分も含めて、このタイプがいちばん多いような気がします。『~な人生』と云えるように頑張ります!
う~ん、今日はとっても堅いお話になってしまいました。ま、ゲーテの言葉なんだからしょうがないですかね?!とにかく、面白みのない話で申し訳ありませんでした。

さて、今日の1曲に行きましょう!堅く仰々しい文章には、ショスタコーヴィチの『交響曲第5番第4楽章』が似合います。もちろん、こんなにドラマチックで勇壮な人生なんて、そうはないですけどね。日本では、サブタイトルとして『革命』なんてつけている曲です。
曲を聴いて、「どんな人生じゃ!」とツッコミたくなるでしょうが、こらえてくださいね。ただ、みなさんにこの迫力というか“パワー”をお届けしたかったんです。N響も最高の演奏ですし、ある意味、下手なロックよりロックしてると思います。では、心の準備をしてお聴きください!!
■『交響曲第5番第4楽章/ショスタコーヴィチ』アシュケナージ;指揮 NHK交響楽団
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sosegon226 at 11:50│Comments(0)│エッセイ








