June 09, 2007

近況と最近かんがえていること

さいきん、もっぱら
早起き生活 に書いてます。
http://www.hayaoki-seikatsu.com/users/sotacafe/monthly/

気づきは

・ブログというインターフェースよりも書きやすい
・「今日の気分は?」という問いで日記(日気)的に書ける気安さがいい
・書き連ねてみると、案外いろいろ書いている

ほんとうは、

・本の話題を書きたい(1日1冊ペースで読んでるので)

なのでいいやり方考えます。

もうひとつ
20代の自分色好奇心メディア - 9rio.com


をやりはじめたのだが、なかなか編集が進まない。
話す、まとめる、確認する、というなかで文脈や
空気が薄れてしまう。

それはともすると過去にあったものへの興味や
再構築することに編集的なバイアスがかかること
への問いなのかもしれない。

テキストである限りは「生っぽさ」を出すのは
難しいのだが、そしてなによりも面倒になって
しまう自分がいる(笑。ブログより日記の方が
書きやすいという感覚や、インタビューをテキストに
編集しなおす手間への疑問が今の課題。

でも今後、なにかしらの発信は続けるし
日々は出会い、読み、話し、考えているので。

□読み中&最近読んだ本

生物と無生物のあいだ(科学エッセイ)
逆立ち日本論(内田さんと養老さんの対談)
生きて死ぬ私(茂木さんのエッセイ)
富の未来
戦わない経営
野口体操 感覚こそ力
禅と脳
禅的生活

□整理

・やりとりの生っぽさと早さを活かす
 会話の編集方法 例)動画、ポッドキャスト?

・出会わなくてもしごとはすすむ「出会わない系」
 フェースtoフェースの価値について

・作業記録とLifelogにみる生活時間の再設計


他、近況などなにかあるひとはメールをください。
sotacafe@ gmail.com(スパム対策なのでつなげて投稿してください)。

対話メールからの気づきは今後この場所で
紹介していこうとおもいます。

それでは。

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May 25, 2007

今を、一行で

Twitterというミニブログ、チャットツールが
流行っている。「what are you doing?」
というシンプルな問いに150字以内で答えたものが
リアルタイムに共有できる。

doingでもthinkingでも、なんでもいい。

今、この瞬間に何を考えて行動しているのか
という刹那の積み重ね、もしくはルーティンに
ある生活をかいま見られることがおもしろい。

やってみておもったのこと。
一行(150字以内)で表現するということが大事。
ミニブログ、一行ブログといわれる。

シンプルに今、言いたいメッセージを一行で。

そういうものを書き連ねてみる。

これなら、毎日続くはず。

■Twitterに投げるような自分の一行気づき

しごとは人とどう関わりたいかという姿勢をあらわす

じぶんのしごとがメディアだ とかんがえる

過去のに無いモノは企画書にならない(By小山薫堂さん)

知識×編集力。情報の量のつめこみは、ある程度大事(By嶋浩一郎さん)

生活の密度を高める、身体の感度を上げる

・・・

一行でできることはけっこうある。
コピーもそう。「一行力」という本もある。

ただ、そこには多くの情報や経験がある。
選ばれたものがそこに出ている。
奥にある多くのデータへの入り口。

一行ブログのようなちょっとした記憶のトリガーを
つくっておくと振り返りにいい。情報圧縮と編集にぜひ。



今日を一行であらわすと?



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May 22, 2007

著者の声

週末は好きな著者の話を聞く機会に恵まれた。

ブックコンサルタントの土井英司さん
米文学翻訳家の柴田元幸さん
ここでもよく紹介する内田樹さん

どの人も、生で聞くことで本では
得られない、そして文字では読めない
言葉を聞くことができた。

こういうものはすぐに消化できるものではない。

メモ書きも熱は伝えるけど、意味を深めるには
じぶんが追いついてないと感じる。

・・・

そんな未消化な感覚を持ちつつも、普段から
ウェブや、本ごしに読んでいる著者の声を
聞けることの良さがもうひとつある。

話を聞いた後、著者の本に音が入るのだ。

その人が語っていることばの向こうにあるもの
を意味や行間とは別のものを受け取れる。
(これはふつう2回目以降の読み返しでおこる)

こういう体験を増やすのは自分のなかで
その後の読み方をおもしろくするよい方法。

ABCや紀伊国屋、リブロなどこまめにウェブを
調べるといろんなところで出版記念講演会をやってます。

おすすめです。

そんなことを考えつつ、明日はスクーリングパッドで
博報堂ケトルの嶋さんとN35の小山薫堂さんの話を聞きに行きます。

▼まなぶのかたちをかんがえる

 よむ→きく→よみかえす
 自分に問い返す→行動する


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生活の基礎体力

コメントから展開します。

---------------------------
>あらためて、基礎体力を積もうと(ウェブ>でも、本でも、運動でも)。

そうたさんは、
基礎体力を積む、と意識して
まず何をはじめましたか?

ネット社会前は、
「基礎体力を積む」といえば、俗に言う仕事の
”動いて学べ”の要素が必ず入っていたと思うのです。

足腰を鍛えろ、ってやつです。
泥臭い、と表現されるような部分。
---------------------------

いいレス=質問ありがとう。

最近、一対一のメールのやりとりから
ブログのエントリーができるというのが
いい気がします。対話系。

「動いて学べ」ももちろんあります。
(社会人1年目とか)

が、仕事や働くという限定された機会だけでなく、
生活時間すべてをとらえたときに
生きていく上での「生活の基礎体力」ってあるのかな
と思って、書きました。

ひとことで言うと「生活の型をつくる(ルーティン化)」。

よい人生はよい生活から、
というだけで大きく変わった気がしてます。

□やり始め、続けていること

 ・朝型化
早寝、早起き、朝アポで
 ・食生活の見直し
3食たべる、自炊を増やす
 ・生活の記録
日誌、家計簿から運動、体脂肪まで
 ・運動の日常化
泳ぐ、走る、ジムに行ってみる(期間限定)
 ・発信、共有
   勉強会、月1で自分の振り返り
 ・座禅
和尚さんと話すことが目的だったり

 +でやりたい=予定の

 ・継続的なBlog更新
 ・文学を読む(英米文学+カラマーゾフの兄弟再挑戦)
 ・ジャンルを決めて読み進める(心理、身体、貨幣論など)
 
 ・武道を習う

 ・生活記録(家計簿、運動記録)の振り返り

 ・周囲の人との生活知の共有
ライフハックから生活の知恵まで

 ・読書法についてまなびなおす
我流+速読

 ・生活時間のみなおし(ライフログ)

 ・方向性の検討(価値観やビジョン)

そんな感じです。

生活の基礎体力の上で、
並行して進めたいのが「身体の感度を高める」こと。

今回の雑誌「フラウ」や「身体知」という本に内田樹さんが
書いてたことがヒントになってます。

これはまた別の機会で。

こうやって、書いてみる、宣言してみるっていいですよね。


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May 17, 2007

「フューチャリスト宣言」 茂木健一郎・梅田望夫

ちょっとでも空くと、滞るのがブログの更新。
やるときめたらやり続けたいもの。

5/10に出た脳科学者茂木さんと「ウェブ進化論」の
梅田さんの対談「フューチャリスト宣言」を
渋谷の氷川神社で一気に読む。

一度目はざーっと、二度目は赤ペンもって。

一番考えたのはネット時代の仕事のしかた。

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自分では手を動かさなくても
駄目なものは駄目と言って、
きちんと方向を示して全体を
動かしていくタイプの人はいますね。

日本の現場主義はこういう人を嫌う傾向にあります。

-----

 なるほど。
 あと、梅田さんはGoogleをあまりつかわないらしい。
  
-----
要は、「この人たちは大事だな」という人をネット上で
発見していくということに大きな価値をおいていて、
その人たちのブログやサイトを巡回していくわけです。

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ネット上で作業をする、ネットを使って仕事をする
ということはこういうことかと。

先日講演に行った田坂広志さんの「プロフェッショナル進化論」
でも「ウェブ上で師匠をみつけよ」というのがあった。

渡辺千賀さんが「アルファブロガー」で仕事で無駄なことは
「会議・会食・通勤」と言っていて共通している。

先ほどの「手を動かす」でいえば、
多くの企業は手を動かさない代わりに、
こういう口や足を動かしている気がする。

この3つは仕事を「やった気になる」という危険がある。

もちろん、米国という環境では移動がものすごいコストになるけど、
会う以外の関わり方(それは想像力や孤独の共有も含めて)もある。

ウェブ時代の働き方を、梅田さんは「ネット・アスリート」と
呼んでいて、動かなくても動けるということと、止まることで
見えてくるものがあると最近おもってます。

・・・

あと、おもったことは知的体力。
ネットを使いこなすことも本を読むことも、体力がいる。

あらためて、基礎体力を積もうと(ウェブでも、本でも、運動でも)。

他の引用

・Wikipediaは日本人がパブリックライティングの訓練をする
 歴史的な教育機会だ

・これからの時代における個人と組織の関係は、
 所属というメタファーではなくてアフィリエイト(連携)
 というメタファーでとらえるべきだと思っています。

・無料って英語で言うと「free」ですよ

・生命原理というのは、近代が追求してきた「管理する」
 などの機械論的な世界観にはなじまない。
 オープンで自由にしておかないと、生命の輝きは生まれない。

・「自分はいま何をすべきなのか」ということを毎日必死で
 考えているから、そのために未来を見たいと希求するのである。

というわけで、はたらきかたについて考えるよい本。

そしてけっこう長くなった


「自分はいま何をすべきなのか」ということを毎日必死で考えているか?





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May 16, 2007

朝つよく、夜よわい

早起き生活が定着。

朝アポ(7時に渋谷スタバ)も
フツーになるが夜によわくなる。

しぜんといえばそうだが
しごとの仕方も根本的に
変えていくべきだ。


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May 11, 2007

だれとやるか


なにをやるか



だれとやるか

その両方だが

入り口は後者
のことが多い

他者をみると
己が見えるね

------------

それ、本気?

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May 07, 2007

田植えと遊びと。「すばらしい新世界」池澤夏樹

GW中に田植え作業をしました。

田植えといっても、機械がやってくれるので
苗を田植え機にセッティングしたり、苗を育てた
板を洗うなどの補助作業中心。

富士のふもとで、田ぐつをはいて身体を動かす。
ご飯がいつもの3倍くらい食べられる。

80半ばのおじいさん、おばあさんは元気に動き、
農作業の歴史から田植えのコツまでいろんなことを
教えてくれる。人と自然から学ぶということは
こういうことなんだろうと。

時間がゆっくり過ぎる。水を張った田んぼに
しっかりと立つ稲を見て秋もまた来よう、
もうすこしお米を食べようときめる。

・・・

「遊ぶということは、自然からまなぶこと」

パタゴニアの創業者、イヴォン・シュイナードは
今月の「coyote」で語る。自然を相手にした遊び
をもつということは、最高のまなびなのだ。

・・・

池澤夏樹は「すばらしい新世界」から。

環境NGO活動をする妻と、風力発電の技術協力に
ヒマラヤに行く主人公のメールでの会話から。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「でももう人は畑に行かないのです。土の匂いを嗅いで、
あの湿り気を足の裏に感じて、全身の筋力で耕して、芽が出るのを待つ。

そういう喜びはもうないのです。みんな抽象的な、頼りにならない
バリューだけを相手に、宙に浮いた生活をしているのです。

それが畑を捨てて都会に出てきたことの報いなのです。

 畑の祈りは単純でした。豊作を願い、かなえられたら感謝する。
不作ならばまた祈る。しかし、都会の祈りにはそういう手応えのある
対象がない。抽象的にならざるを得ないから、それだけ強力な神を
作り出すようになった。強力で危険な神々。

 それでも、どこの国でも、それでなんとかやってきたのです。
危ないこともあったけれど、それなり効果はあったのです。

 でも、戦後、日本人はそういうものさえ全く無視して生きてきた。
経済の上り坂がおもしろくてしかたがなかった。

そして、頂点を超えて、自分たちの中が空洞であることにようやく
気づいた。

 そう、わたしたちは空っぽなんです。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

悲観的に語るけど、登場人物は肯定的に活動する。
仕事や家族というベースから、環境問題、経済格差など
この時代の生き方について考えながらできることをする。

今、という時代を「現実的に」(あえてこう言う)とらえると
どういう理想があるのか、を問える一冊。



今、生活している場所と仕事から選択肢をもう少し広げる。







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May 01, 2007

なぜ、なにを書くか

作家で教授、森博嗣のブログ「何のために書くのか」が印象に残った。

・・・・・・・・・・・・・・・・
 万人が納得する当たり前の意見を書くことよりも、
 「こいつの言っていることは、ちょっと変だ。
 しかし気になるから、また読んでみよう」と思わせる文章、
 だいたいは納得できるものの、一部だけ、「そうかな?」と
 反論したくなる文章、読んでいるだけで刺激的で、これまでに
 なかった思考に触れられる文章、そんな「読みもの」こそが
 プロの仕事である。
・・・・・・・・・・・・・・・・

いいと思えるものを読むときは
この要素があることに気づく。

自分はプロではないけれど
違和感を残し、時間が経って
見返したときに考えられるものを
書いていこう、と思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・
 訴えたい意見、正しい見識、知識の披露が主目的ではない。
 ちなみに、世の中に一番数多く溢れかえっている文章とは、
 「僕はこんなに良い人ですよ」という趣旨のものだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・

就職活動の頃、初めてエントリーシートを
書いた時の違和感を思い出した。


じぶんと世間のあたりまえを
それぞれに理解して書く


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April 27, 2007

読 「村上春樹、河合隼雄に会いに行く」


初めて読んだ対談本。96年に出た当時、中学生。

家の書棚でサイズと想定に惹かれ、
内容がわからないまま読み進めた。

以来10年以上経つ。文庫本になってからも10回
以上読んでいる。読むたびにいろんな発見がある。

文学、身体、物語、個人、関係、結婚、世界への
興味の原点がこの一冊にあったと後で気づく。

そして村上春樹の入口がこの本だった。

中学のときは少年文学系を除いて、
マンガしか読まない中、この本に
めぐり合えたのは運がよかった。

というわけで、今もなお現役で走り続ける
二人の言葉。色あせない対話をつむげる
ということ。

以下、引用。
これからも紹介し続けます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

■日本にあるいい意味での「ずるさ」について

人間の思想とか、政治的立場とか、そういうものを
論理的整合性だけで守ろうとするのはもう終わりだ、
というのがぼくの考え方なのです。

人間はすごく矛盾しているんだから、
いかなる矛盾を自分が抱えているか
ということを基礎に据えてものを言っていく、
それは外見的に見るとやっぱりずるいわけですね。 (河合隼雄)

→これを機会にものの言い方、聞き方が変わった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分のなかにどのようなメッセージがあるのかを
探し出すために小説を書いている。

→書くことの意味がここにあるかなと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 でも僕は小説の本当の意味とメリットは、
 むしろその対応性の遅さと、情報量の少なさと、
 手工業的しんどさ(あるいはつたない個人的営為)にあると思うのです.
 
 それを保っている限り、小説は力を失わないのではあるまいか.
 時間が経過して,そのような大量の直接的な情報が
 潮が引くように引いて消えていったとき、
 あとに何が残っているかが初めてわかるのだと思います。

→この文章は今、メディアのあり方について考えるきっかけ。









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April 26, 2007

朝型にしたので朝アポ希望

最近、朝型に切り替えている。

前のルームメイトは5時台におきて
メルマガを書き続けていた。

そして早く出社し、早く帰るというスタイル。
今は週に一度、午前6時からの勉強会をしている。

今のルームメイトは朝の6時に出社している。

誰もいない朝から働いて、早く帰ると
当然だが「あいつは働いているのか」と言われるそうだ。

だから、残業ではなく前業にしましょうと社内に
働きかけてるようだ。ブログにも書いている

ふたりともかなり突き抜けている。

にもかかわらず自分は、午前0時にもつ鍋や
コンビニ弁当、アイスを食べて午前3時帰宅。

朝ごはんは当然食べず、お昼が17時ということも。

不規則な生活は当然限界が来る。

周囲にいい生活をしている人がいるから見習おう
ということで、朝型の日常をつくりはじめた。


詳細は「早起き生活」で。記録し続けると
いろんな発見がある。なにより身体の調子がいい。

・・・

いままでの習慣を見直すと変えるべきことが出てくる。

そのひとつが夜の飲み会。一年目にこの会社はこうも
飲み会が多いのかと感じだが、それはどこでも普通らしい。

最近は少なくなったが、この習慣をやめてみることにする。
(というか、飽きた)

夜アポ=飲みではなく、朝アポをカフェで、
もしくは昼アポをランチでという考え方。

朝はホテルビュッフェなんてのもある。
高くても2500円+サービスで3000円くらい。
それでも飲み代より安い。

欧米では夜は家族の時間、朝は勉強や交流の時間
だそうだ。これもある意味では当然な気がする。

日本は夜の飲み会で交流、情報収集というけれど
それだけではない、と思う。

というわけで、朝アポ希望。


何がふつうか、今ある当たり前を見直して
なにをやるかだけでなく、「何をしないか」を考え動く。

・・・
思い立って2年くらいだけど、その気になったら人間できます。

↓の本は少しずつ実践してみると発見があります。



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April 25, 2007

読 「ビジョナリーピープル」その2

(その1の続き)
村上龍はなぜ若い人が、じぶんがどのように
生きたいかを考え、努力することを最優先に
しないかと問う。

・・・

 曖昧でポジティブな前提と、その実現に際して
 持つ不可能性の自覚だけが、人生の局面に
 小さな亀裂を作り、努力する対象にわたしたちを
 フォーカスさせる。
「ハバナ・モード」村上龍

・・・

こういう大人からのアナウンスは少ない。

それは理由があって説明することではなくて、
ある種の危機感や本能によってなされるもの
という感覚があるのだろう。

どこで、その危機感を感じるかはひとそれぞれ
だけど、未来を想像し、今の自分を客観的に見る
ということはいつであっても必要だと、社会に出て
数年の変化からも感じること。

個人的には著者のインタビューへの姿勢に感銘を受ける。
著者もまた、継続的な自己の成長を探求する人だからだ。



自分の意義はふりかざすものではないが、
しっかりと根の部分で問い、持ち、行動する。

まずは、問うことから。

そしてビジョナリーな人やモノに触れることから。





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読「ビジョナリーピープル」その1

ビジョナリーであること、
それは生き方の信念に基づく
継続的な行動軸があること。

何をやるかやどうやるかではなく、
その人自身を貫き続けるものがあること。

スティーブジョブスやリチャードブランソン、
ダライラマをはじめ、世界で活躍する人に
インタビューをした記録。

一定の功を成すことではなく、
継続して成果を出し続ける個々人の信念に
焦点を当てる。

自分の使命はなにか、大義はということを
もうすこし真剣に考える必要がある。

・・・

学生時代に、当時お世話になっていた人(勝手に
師匠と呼ぶ)から自分の母校の名前である
「立命」の意味を聞かれて、答えられなかった。

立命とは、
「人為によって損なうことなく、天命を全うすること」。
自分はこの意味を知ってから、学ぶ姿勢が変わったと思う。

大学名はたまたまの縁だけど、どこかに所属したとき、
その理念や考えに共感できるかどうかは大事なことだ。

そういった考えを残せる人を本書では
いつまでも生き続けるビジョンや文化という
「時計をつくる人」という。

何を残すかというのは形のあるものだけではなく、
もっと壮大なものなのだと気づく。


自分が出会い、影響を受けたビジョナリーな人
(時計を作る人)を振り返ってみる。





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April 24, 2007

読:「伝説の社員になれ」 土井英司

タイトルは強いが、中身の文章はやさしい。

6回の転職から起業まで自らの経験を語りつつ、
大切なことを伝えようとする姿勢に熱がある。

本が自分の人生に大きな影響を与えてきた
という点でひとつの目指す方向にあるので
参考になる部分が多かった。

前作「成功読書術」も良書の紹介としておすすめです。

仕事を通じて真摯に生きる姿勢を学ぶ一冊。


この人の紹介で買った本は30冊以上。
土井さん、年内に会ってみよう。

□読んで実行しようリスト
・自分の経験のたなおろし
  時間とお金を何に投資してきたか
  これから続けたいことはなにか



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April 23, 2007

言いたいことは引用で

個人でメディアを持てるようになり、
メッセージが発信できるようになった
というけれど、言いたいことを言ったり、
表現することは難しい。

教育とか文化という話と別の違和感がある。

だから何かを経由させることにする。

引用や物語化、メタファは
言いたいことをあらわすために使える。

・・・・

「伝える」ではなくて「伝わる」もの、
言葉やテクストというコンテンツと
ウェブや本というコンテクストの関係を愉しむ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

▼今日の引用

「現代文学を信用しないというわけじゃないよ。
ただ俺は時の洗礼を受けてないものを読んで
貴重な時間を無駄に費やしたくないんだ。
人生は短い」

村上春樹 「ノルウェイの森」

・・・・

昨日、モネ展へ行く。
時の洗礼に耐えたものを感じる。

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April 19, 2007

質問の質

スクーリングパッドに通って、
質問とメモのとり方について考えている。

まず質問について。

その場の文脈に合った問いと
相手が興味のあること、
自分のききたいことの接点を
うまく合わせたいとおもう。

自分が聞きたいことを一方通行ではなく、
相手に発見のあるかたちで問えれば、と考える。

講師(先生)とじぶんの圧倒的な距離に
緊張感がある。

・・・

なにが知らないかを知るために聞くことは
チャレンジだ。

一方的に知りたいことを
聞くならHowでいい。

「どうやって考えてるのですか?」
「どうしてそれができたのですか?」

が、聞いたところでできるものではない。

聞いてできるならば苦労しない。

聞いてもわからないようなことを
自分なかに残せるといいかもしれない。

・・・

じぶんの認識を改める問いをだせるかどうか。

今、読んでる「ビジョナリーピープル」は
聞く側としての姿勢の謙虚さをとことん追及して
書いている本だと思う。

聞く側、書きまとめる側としての姿勢を学ぶ。


最近、いい問いを意識して言えただろうか。


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April 12, 2007

生成的時間と書斎

自転車に乗りながらかんがえた。

日々の食べるもの、読むもの、
住む場所、出会う人、
ちょっとうれしかったこと、そうでないこと。

繰り返される日々は確実に
いのち終わりに向かっているけれど、
そのリアリティを日常に見出すことは難しい。

映画や本での想像はリアルの補完になる。

読み、観る。あとの余韻を味わうには
内側にこもる時間と場所がいる。

建築家の伊藤豊雄は社会的にすごす外の時間
と分けて「生成的時間」と読んだ。

生成的時間を過ごす場所、
書斎というものにあこがれるこのごろ。

毎日訪れているはずの夜
という静謐な時間をすごす場所。

・・・

物理的には贅沢なのぞみなので、
書斎的なるものをどのようにつくるか
を実践してみようとおもいます。


ひきこもれる場所、
作家の書斎的空間をもつ。

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モノローグとダイアローグ

パーティでわいわいやるよりも
サシで「今、考えていること」を聴く。

ブログというすこしソーシャルな場よりも
プライベートな本音を独白で読む。

一個人が、世界と対峙したときに感じる
弱さ、途方にくれた感じに触れる。

・・・

不特定多数のだれかへの発信を通じて、
特定の「対話を続けられる人」と
出会いたいのだろう。

ネットワークの外部性ではなく
そのものがネットワークである。



聞き手、読み手にとって
いい関わりかたってなんだろう。


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April 10, 2007

人に学ぶ−スクーリングパッド


最近、素敵な人の話を聞く中で
いいインスピレーションを受けている。

考え、言葉、生き方に芯があるから話を聞き
終えたあとも、自らに多くの問いを持たせる。

スクーリングパッドという場所で
学ぶこと、知ることのおもしろさを思い出す。

よいものを吸収し、
そこから動くきっかけにする。

場を暖める場のつくりかた、
対話の進め方も参考になる。


「最近、どんな本を読んだ?」
のノリでどんな人に会った、聞いたか
ということを取り入れる。

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April 06, 2007

出会う動機


「人と会うモチベーションってなんですか?」

と、問われる。

会うことが原動力になってる
ように見えるらしい。

本と同じく、出会ったことのない人に
会うことは楽しみの一つだ。

他者を通じた新しい世界が開けて、
触発されるじぶんを発見できる。

・・・
新しい出会いではなく、
親しいつきあいもいい。

時間が空く再会には互いの生活の密度が見える。

最近は目に見える変化よりも、
生活スタイルや安定さを聞いている。

・・・

出会う動機は今の興味を起点にしている。

会うにあたっては相手との接点を持てるような
テーマ、興味のアンテナを広げておく。

アンテナにかかる情報を広げ、掘り下げると
感度が上がる。

興味のきっかけには、身近に触れる本や
情報があり、さらに先には現場で動く人がいる。

その関わりをたのしむ。

・・・

ネットを通じて人と会うことが気軽になった今、
まずじぶんのテーマと相手の活動が接点になる。

これだけ通信手段が発達して、
出会いやすい時代は、社内外問わず
じぶんの興味を一人で広げて掘り下げていくことと、
人が興味をもっていることに触れること。

東京という情報の密度が濃い場所の
遊びかたのひとつだと思う。


「最近、おもしろいことあった?」
と聞かれてこたえられるようにしておく。

できればバリエーションを持って、
地味なことほどよかったりする。


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April 05, 2007

聞ける人

聞いてくれる人との会話はたのしい。
話し手であるじぶんが心地よいから。

聞くことがうまい人は、
話の中身や意味だけではなく、
雰囲気を受け取ることができる人。

聞くことが相手への肯定につながる。
話す側は心地よくなり、相手に好意を抱く。

そういう人はモテるようだ。
(先日会った聞き上手の女性談)

・・・

じぶんが話すことが心地いい
というだけでなく、話すことが
じぶんへの気づきとして戻ってくる。

気づくことはタイムラグがある。

話しながら気づくこともあれば、
別れた後の帰り道にふと、そうだったのか
ということもある。

長いときは2年くらいあいだがある。

時間差を届けるものとして話すことの
面白さがある。

・・

デジタルな通信手段より直接
はなすことでしか残らないもの。

そんな聞き上手に出会った日に、
じぶんもなれるようにと思ったこのごろ。


【今日の自問】
▼人の話を聞けているだろうか


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April 02, 2007

新しい生活−早起き編

4月、何かを始める季節。
1月の挽回をする季節。

まずは早起きから。

ルームメイトを始め、周りには早起きが多く
朝から食事をつくり、読書や勉強に運動と
充実した生活をしています。

というわけでこんなサイトを見つけました。
生活改善応援サイト『早起き生活』

ブログパーツとして公開できるので近況報告にもいいですね。

そのうち、ここに食べるもの(栄養価含めて)
体脂肪率とか加わりはじめるのかな?

ブログのように書いているものや
職業的な肩書きだけではなく
じぶんのからだに入れているものの総体、
つまり生活がその人をあらわす。

元ルームメイト
は泳ぎ、走った距離、読んだ本を記録している。

こういうものがコミュニケーションのきっかけになったら
おもしろい。音楽ならNIKE+やLAST FMのような共有形態。

現在進行形の生活ログがそのまま、人とかかわる機会になる。

・・・・

▼その人を構成しているものを見ていきます

 食べ物、住んでいる家、時間の使い方・・・。
 そうしてじぶんの今の生活も見直してみる。



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March 30, 2007

快楽・才能・ステュディオス

内田樹さんのコラムより。

3年くらい前から考えているテーマ。

・・・

才能について


才能とはアウトプットではなく「快楽の総量」で測る。

「快楽」は他人や世の中のものさしで測れない個人的なもの。
また、快楽は何かの結果ではなくプロセスである。

自分の快楽を言えて、努力できること、さらにそのことを
選択できる人を才能がある人という。

・・・

茂木健一郎さんと佐藤雅彦さんの対談を聞いたとき、
熱中できる状態を「ステュディオス」という言葉でまとめた。
(これが派生するとスタディになる)

人間が生き生きとしている状態を「ステュディオス」状態とします



また佐藤雅彦さんがステュディオスの状態を、
「自分を忘れる瞬間程幸せなことは無い」
と言っていて、快楽の本質をついている。

内田さんのコラムで他人の模倣や欲望からは
快楽は生まれないとあって、社会的な記号の中で
他人との比較やモデル化してしまうと「快楽」にならない。

つまり、ビジネスという限定された世界で
才能を見出すのはけっこう難しいかもしれない。
(googleやパタゴニアは別かもしれないが)

だからこそ、ビジネス以外の「遊びに全力になる」
ということもひとつの才能に気づくきっかけになる。

・・・

ステュディオスを見つけるのは才能に気づくことと同じだと思う。

こういうものは社会に出てというよりも学生時代までの体験に
その一端はあると思う。一時、「ソースプログラム」という自分の
過去の快の経験を掘り起こすワークショップをやってみて、
過去を掘り起こす、意味を捉えなおすことの大事さを知る。

才能の芽を見つけるために、過去をさかのぼるのは参考になる。
また、日々のちょっとした快をつづるのも有効だ。

・・・

じぶんが人に惹かれるはその活動内容だけではなく、
自らの快、スタディオスに忠実で、才能に気づいて
選び、取り組んでいる人。

・・・

ほか、考え中。

□ひとはどのように才能に気づくのか
 気づいた才能をカタチにする、才能の育て方
 いろんな事例、人別ケーススタディ

□才能と仕事と人間関係のマッチングについて

□じぶんにとっての「才能」考
 

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原動力

自分の原動力は
人の考え、生きる姿勢からくる。

直接人と会うこと、話すことで発見がある。

会話や聞いたことからの問題意識で、
調べたり、興味が行く。

よい流れは、よい関わりのなかで生まれる。

異質な他者の存在を身近に感じるのは
街という住む場所の生活にとけこむときだ。

ちがう生きかた、考え方の人が
ひとつの場所で時を同じくしている。

この感覚がいい。

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March 29, 2007

繰り返すこと、続けること、生活すること。


このところのテーマは
繰り返すこと、続けること、生活すること。

生きること、とすると大きい。
けれど、その本質(ほんもの)に
近づく方法をかんがえてみる。

よく生きることを
身近なところに小さな変化を
おこすこととして。

・・・

来年見返しても、
3年前のブログをみても
書いている軸がぶれないのは
いいことだと思うこのごろ。

「スティルライフ」は
ひとつの原点。


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