February 20, 2017
グレイト・ホワイトが死者100人という大惨事に見舞われた日
エアロスミスやデフ・レパード、Kiss のような例外を除けばハード・ロックのバンドは、そんなにHot 100 の上位には顔を出しません。あのディープ・パープルでさえTop 40 ソングは、たった3作品なのですから。
そんな中で、Great White の「Once Bitten Twice Shy 」が1989 年夏にHot 100 で5位に上がったのは、ちょっとした驚きでした。
さて、そのGreat White (=ジャック・ラッセルズ・グレイト・ホワイト) は
2003 年2月20 日に悲劇に襲われます。その日彼らはロードアイランド州ウエスト・ウォーリックのナイト・クラブ「ザ・ステーション」でライブを行っていました。ところが、演出で使った花火から引火して火事になり、100人が犠牲になるという大惨事になったのです。この火事で、バンドのギタリスト、タイ・ロングリーも亡くなっています。
ところで「Once Bitten Twice Shy 」というタイトルとフレーズですが、ワム ! の「ラスト・クリスマス」の歌詞にも出て来ますね。「ラスト・クリスマス」が発表されたのが1984 年ですから、このフレーズを歌詞に使ったのは一見ワム! の方が古いように見えます。
しかし、実はグレイト・ホワイトが唄ったのは、英国のシンガー、イアン・ハンターが1975 年に発表していた楽曲のカバーだったのです。
もっとも、誰がオリジナルかは問題ではありません。「Once Bitten
Twice Shy 」とは、「羹 (あつもの) に懲りて膾 (なます ) を吹く」に近い慣用句ですから、探せば他の歌にも使われているかも知れません。(洋楽のソムリエ)
そんな中で、Great White の「Once Bitten Twice Shy 」が1989 年夏にHot 100 で5位に上がったのは、ちょっとした驚きでした。
さて、そのGreat White (=ジャック・ラッセルズ・グレイト・ホワイト) は
2003 年2月20 日に悲劇に襲われます。その日彼らはロードアイランド州ウエスト・ウォーリックのナイト・クラブ「ザ・ステーション」でライブを行っていました。ところが、演出で使った花火から引火して火事になり、100人が犠牲になるという大惨事になったのです。この火事で、バンドのギタリスト、タイ・ロングリーも亡くなっています。
ところで「Once Bitten Twice Shy 」というタイトルとフレーズですが、ワム ! の「ラスト・クリスマス」の歌詞にも出て来ますね。「ラスト・クリスマス」が発表されたのが1984 年ですから、このフレーズを歌詞に使ったのは一見ワム! の方が古いように見えます。
しかし、実はグレイト・ホワイトが唄ったのは、英国のシンガー、イアン・ハンターが1975 年に発表していた楽曲のカバーだったのです。
もっとも、誰がオリジナルかは問題ではありません。「Once Bitten
Twice Shy 」とは、「羹 (あつもの) に懲りて膾 (なます ) を吹く」に近い慣用句ですから、探せば他の歌にも使われているかも知れません。(洋楽のソムリエ)