学会歌

2011年10月23日

創立100周年へ!祈りと勇気で大勝利の豊中支部!

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12年ぶりの支部総会。


わが豊中支部はトップを切って23日に開催。


私は壮年部の合唱を担当。


『明日があるさ』と『世界広布の歌』を生ギター伴奏で歌った。


最後に、全員で『ふるさと』を大合唱!


感謝感謝の支部総会だった!


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2011年07月04日

7・17記念座談会

七月度座談会は地区で開催した。

式次第は、

一、勤行・唱題(M副県長)

一、学会歌(常勝の空)

一、未来部コーナー(夏休みの目標)

一、リリーズコーナー(白百合長)

一、BBコーナー(壮年部・同志の歌合唱)

一、7・17について

(今回の目玉は7・17に参加した生き証人のN支部副婦人部長のお話だった。一度皆さんに聴いて頂きたい話。)

一、N地区婦人部長挨拶。

一、御書講義(諸法実相抄・さくら地区部長)

一、M副県長

一、題目三唱

一、記念撮影

これで、ちょうど一時間。

お疲れ様でした・・・。


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2010年11月30日

広友会総会出動決定!

広友会(私鉄関連)の職種G総会が12月12日(日)13時半より、関西文化・牧口講堂にて開催。

出動依頼があり、決定した。
曲目は未定。

学会歌で大いに盛り上げたい。

このあと引き続き、さくらの10周年記念勤行会をする予定だ。

詳細は未定。

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2010年01月24日

音楽は常に変化する。

今日は朝から、中央文化で練習会を開催。

新しいご婦人が見えた。
昨年ご主人を亡くして悲しみに暮れていたそうだが、本部幹部会衛星放映の前に流れる、学会歌に感動して、歌いたくなったそうだ。

悩み苦しむ人には学会歌ほど勇気を与えるものはない。

今日の練習は2月2日に決まったG長会の出動曲で、『あの鐘を鳴らすのはあなた』『母』の2曲。

『あの鐘〜』は一部替え歌にして歌い、『母』はオールレガートで練習した。又カンニングブレスを利用して休符なしの練習をしたり、色々と実験をして今までにない演奏を試みた。
これは歌い手がブレスする事で気持ちまで音楽を休めないで緊張感を持続できる様にと試みた。

思ったより上手くいったので次回もこれを採用してみたい。

音楽は生き物である。
佐渡さんのリハーサルの様に、演奏ごとにどんどん変化していく様に、我々の練習もどんどん変化し続ける事が、大事だと言う事を一緒に学んだ一日だった。


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2008年07月16日

本部幹部会出動!5

今日、師匠の下、本部幹部会が開催される。先月の婦人部の歌に続いて、今月は壮年部が登場する。壮年部合唱団として全国代表約40名の内、関西男声合唱団OBの5名が出動する。 『滝の詩』を歌うそうだ。 私の後輩が時間をやり繰りして頑張ってくれた。師匠の前で演奏出来る喜びを表現できれば最高だ。大成功祈る。



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2008年07月05日

人間が輝いている歌、それは学会歌!5

いよいよ明日、13時からさくらの出動と、18時からの21響の演奏会がある。
仕事も久々の全休をとって望む。
体は結局休みなしだ!

学会歌が大きくクローズアップされはじめてきた。
我々にとっては遅過ぎる位だが、いい流れとなってきた。
しかしこれもすべて師匠の雄叫びで進んできた。

何故、誰も叫ばないのだろうと思う。
いや、叫んでも掻き消されているのかもしれない。
それを師匠が代弁して下さったのかもしれない。

とにかく新しい学会歌運動を広げていくべきだ。
そして新しい力で、新しい流れを作って行くのだ。

学会歌とは決して学会だけのものではなく、世界が求める新時代の音楽運動の源流となるだろうと思う。いやそうしていかねばならない。

そこには、名も無き民衆の声があり、麗しい師弟の魂が響いている。
汗と涙の歴史があり、素晴らしい同志の団結がある。

人間がいて人間が輝いている。
そんな最高の人間の歌。
それが『学会歌』だ!

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2008年06月19日

聴け!師匠の雄叫びを!5

今回の本部幹部会の席上、師匠は叫んだ!
中国の文豪の言葉を引かれて
『歌は最も人を感動させる』また、『歌声は人びとの感情と意思をたちまち一つに融け合わせ、行動に転化さえ得る』と。

また『学会の前進も、学会歌とともに始まった。恩師の戸田先生も、学会歌が大好きであった。愛する同志と、声高らかに、広宣流布のため、人生向上のため、一緒に歌っていくのが学会歌である。』と。

この学会歌でどれだけの人が救われたか!
幾百万の人の心に希望の灯火を燈したか!
草創の先輩たちの勇気を奮い起こしたか!

つまらぬ事にこだわり続けている小心者たちよ!
目線を世界に向けよ!
心を未来へ向けよ!
生命を師匠に向けよ!

聴け!この師匠の雄叫びを!
まだ君の心の扉には届かないか!
まだ判らないか!
鈍感な生命の肥満児たちよ!

師匠は待っている。
君の勇気ある行動を!
希望あふるる歌声を!
一緒に歌おう!
世界のみんなと!

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2008年05月02日

学会歌を声高らかに歌い続けよう!5

先日の名字の言より
本年、郷土広布の愛唱歌誕生から、30周年を迎える方面・県が多い▼関西の「常勝の空」、中部の「この道の歌」など、今日まで友の胸に響き渡る凱歌。すべて、池田名誉会長作詞の歌である▼30年前の1978年(昭和53年)、名誉会長は北海道から九州まで、同志の激励に列島を走った。激務を縫い、移動の車中で詩想を巡らせた。行く先々で、同志の幸福を祈り励まし、鼓舞する歌を作り続けた。3月の女子部歌「青春桜」から、11月の「静岡健児の歌」まで、その数、実に30曲!▼だが翌年、第3代会長を辞任。同志は、悪侶等の策謀に激怒した。多くの友が、前年に贈られた歌を“生命で歌いながら、再びの陣列を!”と、師への報恩を固く誓ったのだ▼「正義の反撃」を革命の定義の一つに挙げたのは、フランスの人民史家ミシュレ。彼は、革命歌「ラ・マルセイエーズ」は「敵軍からわずか二歩」の場所で作られたと語る。そして「戦いのさなかにも平和の心を失わない歌」だからこそ、「全世界にとどろきわたる」と(『フランス革命史』桑原武夫ほか訳)▼学会歌は、広宣流布という平和のための大闘争の中で歌い継がれた。その連帯は192カ国・地域に! 今、世界中で正義と平和の歌が轟く。(杏)


今から12年前、関西男声合唱団は阪神淡路大震災をきっかけに、神戸を始め関西各県「あっとほーむコンサート」と称して開催。また関西のみならず他方面でも開催。ある方面での事。団員は当たり前のように思っていた関西の歌「常勝の空」の如く、開催地の方面で「山本伸一作品の方面歌」は当然の根付いてるだろうと思い歌った所、参加者の皆さんは「方面歌」は殆ど歌えなかった。師匠が命を削って作って下さった「学会歌」。その師匠のお心に応えよう、どうして歌い継がないのか不思議でならなかった。

しかし、関西でもそのよく似た状態が見られてきた。それは青年部が歌えなくなっていたのだ。「常勝の空」「威風堂々の歌」の2曲しか歌えない。何と「紅の歌」でさえ歌えなくなっていたのだ。

その懸念からさくらでは、5年前の平成15年から何とか学会歌運動を復活させようと企画。翌年の関西男声の定演で偶然にも出会った、当時のF関西青年部長に「青年部が師匠お心をもっと歌うべきだ!」と進言、さくらのCDを進呈した。
翌々年の平成17年8月に、学会創立75周年記念・歴史で綴る師弟の絆CD『創価継承の魂』と、学会歌15曲とその歴史CD『創価の源流・学会歌』を作成し師匠にお届けした。
何故学会歌を歌うのかは、歴史をしっかりと学べは分かる。
だから三代会長の歴史をCDにまとめた。

私達に出来る事。
それは「師匠のお心」を歌い続ける事。
それは何時でも、何処でも、誰でもできる事だ!

出来るか出来ないかではない。
結局、やるかやらないかだ!

そう!誰が何と言おうとこの民衆運動の歌「学会歌」を声高らかに歌い続けよう!

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2007年10月11日

滝の歌3

今回、関西男声OBのメンバーでそれぞれの地元の地区総会を回る。
もう既に何年か前からメンバーは実施しており、私は昨年に引き続き2年目である。
今回は5日間、9ヶ所を回る。

様々な曲を用意しているが、やはり『滝の歌』が多い。

この曲は、結構エネルギーのいる曲で歌う方は、正直避けたい曲である。
でも先生があれだけ関西男声に激励頂いた縁深き曲なのでそうはいかない。

滝の如く 激しく
滝の如く 撓(たゆ)まず
滝の如く 恐れず
滝の如く 朗らかに
滝の如く 堂々と
男は
王者の風格を持て


http://www.sokanet.jp/sg/FWIM/sn/member-support/useful-box/song_06.html

ここ(創価ネット)で、歌が聴ける。
歌っているのは、関西男声合唱団。

もっといろんな先生の歌が出来て、世界中の人達が歌ってくれたらこんな幸せはない。

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2006年09月01日

9月度社会部G長会出動4

いよいよ本番を迎えた。
ストレッチ、発声、マイクチャック、曲目練習を45分間で仕上げなければならない。別に練習会場がないので、練習は本番と同じ池田講堂。
会場の中はゾロゾロと社会部員が入場して来るのでちょっと騒がしい。
しかしその中で、緊張感を切きらさずいかにボルテージを盛り上げていくかで、本番の演奏の良し悪しが決まる。

式次第では、演奏はいつも最後の幹部指導の前となるので、緊張感が一段と増す。
段々と社会部員の決意が増している中で、我々の演奏で盛り下げる演奏は絶対に許されない。失敗すれば二度と出動依頼はないだろう。それだけに責任重大である。

だから団員との約束事で、本番前に必ず言っている事は、例え出演者が数人でも歌い切る。遅れてくる団員を当てにしないと言う事だ。
いくら合唱と言えども誰かを当てにしたり、頼って歌うと情けない演奏となってしまう。一人ひとりが合唱団の使命を自覚し、歌うところに初めて、聴いて頂けるに値する演奏となり得るのだ。

この日の演奏は、選曲(花・世紀に光る)も内容も満足な出来栄えだった。
終了後、参加者全員32名で記念撮影をした。

いつもながら師匠から多大な激励に感謝の一日だった。

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2006年08月31日

前日練習3

いよいよ本番を明日に迎えての練習会である。

午後からは仕事で高槻市までバイクで行っていたので、夕方高槻市内でのスコールでびしょぬれだった。
しかし大阪市内に付く頃には完全に乾いていた。

練習後一度職場に戻ってから帰宅したものだから、又大雨に遭遇しびしょぬれだった。今日は雨との付き合いが多い日だった。

練習会では『世紀に光る』が全く歌えていなかったので、短時間の中、丁寧に練習した。ある意味さくらのテーマソングでもあるので、中途半端な演奏は出来ない。この歌い方が本家本元の歌い方だと主張できる位にしたかった。
がしかし、そう簡単にはいかない。

『花』は、歌詞の中にある『かわ』を歌い手一人ひとりのイメージになぞってみた。自らのイメージが聴く人へのメッセージへとつながるからだ。全ての人に花と咲いて幸せとなってほしいとの祈りが表現出来たら満点だ。

さあ、明日が本番。
最高の演奏が出来ますように。

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2006年08月26日

関西男声OB合唱団デビュー?1

今日26日、関西文化会館にて開催された総大阪壮年部本部長会に出動した。
曲目は『替え歌メドレー』と学会歌『嗚呼黎明は近づけり』の2曲。
関西男声OBとして紹介されたのは今回が初めて。
実質のデビュー?だ。

評価はまずまずだった。
しかし自分的にはまだまだ、演奏も選曲も人数も不十分だと感じている。

いろんな意味で中途半端だと反省している。
我々の目指しているのはこんな『二流』もんじゃない。
目指しているのは『一流』いや『超一流』だ。

師匠は言われた。
『亜流ではなく一流を目指しなさい』と。

この師匠のお言葉を現実にするのは誰か?
いつか?
どこか?

いや、誰かではない。
また、いつかではない。
そして、どこかではないはずだ・・・。


『天の時』
『地の利』
『人の和』


まだ来ないのか・・・。
何が揃わないのか・・・。
どこにいるのか・・・。


イラチの虫が騒ぐ!




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2006年07月23日

ご伝言5

今日、早速ご伝言を頂きました。
『ありがとうございます。 呉々も宜しくお伝え下さい。』
なんと電光石火の如く!です。

おめでとうごさいます。


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2006年07月21日

関西総会5

実は、先日21世紀交響楽団と関西男声合唱団から喜びの声が届いていた。

21響からは
『本幹の勤行前の各グループの出し物の中の一つで、21響の7.2の演奏の中で威風堂々の歌のみ(ナレなし)司会の紹介のもと流していただきました。全国の代表が集っている会場にあの演奏が流れたのです。楽団の歴史はじまって以来初です。大変すばらしいことです。皆で喜びあいたいです。』

関西男声からは
『本部幹部会で、本部会場で会合前に関西男声の「常勝の空」を何回も流して下さり、1部の司会の一声で「嗚呼黎明は近づけり」を流して頂いたそうです。また聖教新聞で発表があった「新・男子部歌」は先生が関西男声の学会歌のテープを聴かれてる中で、昨年にお出しした「原野に挑む」を聴かれた事が今回の発表に繋がったとの事です。本幹では「しなの合唱団」が演奏し藤田君がメンバーとして出動しました。先生の元より出発させて頂いた事に感謝し、全員で勝利のご報告をして参ります。』

そして、創価さくら合唱団は演奏こそ会場で流して頂けませんでしたが、CDで参加するという、それぞれの楽団が使命を果たして、この記念すべき『関西総会』に歴史を刻むことが出来た。

これからが勝負だ!
最高の戦いで最高の結果を!
新しい人間で、いや新しい人間となって、
新しい歴史を作り上げていこう!



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2006年07月20日

新・男子部歌『若獅子よ 勝ちまくれ』5

出ました!
新男子部歌『若獅子よ 勝ちまくれ』
男子部歌『原野に挑む』の新歌詞で復活ですね。
私も大好きな学会歌の一つで、結構この歌のファンが多いと聞く。

特に歌詞で素晴らしいのは、二番の♪心勇みて若獅子は どんな苦難も走り越え 王者の如くに勝ちまくれ♪の、この『勝ちまくれ』がいい。
三番は♪誓い果たさむ 弟子なれば 永遠にこの道 師と共に♪がいいですね。男子部は師匠から自分に頂いた歌だと、心に刻んで歌ってもらいたい。
いい加減な気持ちでは歌ってほしくない歌だ!

第2面に『随筆 人間世紀の光』の中で先生は、女子部結成満55周年を記念して、戸田先生の言葉を引かれながら『ヒマワリ』の事を書かれている。
実は昨日お出ししたCDのラベルは、真っ青な青空に『ヒマワリ』が咲いているものだった。
驚き桃の木山椒の木(笑)うれし半分!驚き半分!呼吸バッチリ!
師匠の下には、直接行けなかったけど、代わりにCDが行ってくれた。
さくらの新しい歴史がまた一つ誕生した。

随筆の中で「『女子部は一人残らず幸福になりなさい』。先生は、これまでの女性史は『宿命に泣く女性の歴史だった』と厳しく指摘された。この不幸な歴史を大転換してゆく使命を、先生は、若くして妙法を持った女子部に期待されて言ったのだ。」とあるように、これからは本当の意味で女性が活躍できる世界でないと本当の平和が来ない。

わが娘が、一日でも早く広布の陣列の先頭で、戦ってほしいと願う、親父の独り言!ぶつぶつ・・・。




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2006年07月17日

7月度練習会・録音5

昨日、7月の練習会を別館で録音をした。
曲目は『今日も元気で(女声)』『一献歌(男声)』『星落秋風五丈原(混声)』の三曲である。
テーマは『師弟誓願』
午前中を練習としたが、座談会最終日であったり各区で女子部セミナーの開催と重なり参加状況は悪かった。
午後からも殆ど増えず結局30名足らずの録音。
午前の練習は最悪で、完成への見込みが立たず録音に来て下さった盛さんに帰って頂いた方が良いのかなと思った位である。しかし歌い込んで行く上で徐々にではあるが完成の道が見え、録音状態に届いてしまった(笑)
メンバーも根性以外の何物でもない。

『今日も元気』では、前回の本部幹部会で東京の『白ゆり合唱団』が素晴らしい演奏をされたので、その感想を一人ひとり述べて頂き、そのまま歌って頂いた。
結局は一人ひとりの心の奥底で感じた事しか、声となって現れない。
表面的な気持ち程度では、相手の心に響く声などは出て来ないのが真実だ。
今回は技術的に巧く歌おうと言うよりも、メンバーの師匠を求める自主性を重視したかった。
信心にめぐり合えた喜び。
信心で勝ち得た幸せ。
本物の信心を教えてくれた師匠への報恩感謝と誓い。
そんな素直な心を表現したかった。

『一献歌』は男声トリオで歌った。
しかし殆どソロ状態であった。
この曲は池田先生が勇退された昭和54年11月に、金城会のメンバーとの懇談の席上、東京のメンバーが歌い、先生はとても喜ばれた曲である。
詳細は随筆・新人間革命で書かれているのでここでは避けるが、壮年部の心意気として表現させて頂いた。

『星落秋風五丈原』は有名な曲なので詳細は避けるが、今回は京劇団の来日中ということもあり、また先日の先生の随筆にもあった様に特別の思いで演奏させて頂いた。
未熟な我々にはまだまだ『師弟不二の精神』は万分の一も解らないが、しかし少しでもその精神に近付こうとする心意気だけでも表現できたらと懸命に取り組んだ。

先日の21世紀交響楽団で歌った時とはまた違ったイメージで仕上がったと思います。
今晩から編集に入ります。これも戦いです。
一日で済むか?
睡眠不足の日々が続きます。










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2006年06月03日

青年部は学会歌を歌って戦おう!3

何年か前に、ある青年部幹部と食事をした時の話である。

≪今の青年部は学会歌が歌えない≫
≪いや、学会自体が学会歌を歌わなくなった≫

それも師匠が命を削って作った『山本伸一作品』が歌えない。
池田門下生として情けない。

それでも関西は四者で『常勝の空』は歌い続けてきた。
先生の歌を・・・。
関西の伝統の一つである。
関西で『常勝の空』を知らない会員は誰もいないくらい流布している。

他の方面は第一次宗門問題以降、師匠が一番大変な時、師匠に作って頂いた方面歌を歌い続けてきただろうか・・・。
各方面に行った時に北海道以外方面歌が歌われていると聞いた事がない。
師匠から言って頂かないと気が付かないのだろうか?
最近では方面歌が聖教新聞・SGIグラフに掲載して頂いている。
青年部が先頭に立って、会合でバンバン歌って頂きたいものだ。

今、関西の青年部が歌える学会歌は『威風堂々の歌』『常勝の歌』くらいだそうだ。
あと歌えても『紅の歌』。
女子部は『緑の栄冠』と『青春桜』くらい。
壮婦では『母』『森ヶ崎海岸』『広布に走れ』程度。

そんな話を当時の関西青年部幹部のF氏とあるうどん屋で話す機会があった。
誰が師匠の魂を継承するんですか?
命がけで作られた歌を誰が歌い続けるんですか?

F氏は深く考えておられた様子だった。

大阪ドーム




それから2ヵ月後、大阪ドームで関西青年部総会が開催。
2万人の青年部に10曲以上の学会歌で出迎え、励ましたいと。
今の男子部に学会歌の精神を教えてあげて下さいとの依頼があった。
さすがF氏だった。
真剣に池田門下生を作りたい。そんな情熱が伝わってきた。

今大きな会合でもあまり歌わない。
時間革命で1時間になってから特に。
1曲たった3〜4分である。
だらだらした話より1曲の歌の方が絶対会員は喜ぶ。
魂の入っていない話より1曲の学会歌の方が元気が出て勇気がわく!

広宣流布の興隆の源泉には必ず学会歌があった事を忘れてはいけない!










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2006年05月27日

明日の練習は・・・。2

明日の練習は、25日と同じ内容の練習ですが気分によっては曲目が変わるかも・・・。

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2006年05月26日

平日練習やりました!2

第一回目の平日練習会を25日(木)に開催した。

呼吸法と発声の基本からやり直す。

1.腹式呼吸
2.歌う姿勢
3.顔の表情筋の使い方
4.声の出し方
5.日本語に相応しい発声の仕方
6.フレージングの収め方
7.他の人との声の合わせ方
8.母音と子音のバランス等々

少人数なので一人ひとりの声を聞けたので価値ある練習会になった。

練習曲目は
1.ふるさと
2.母
3.青い山脈
4.高校三年生
5.若いって素晴らしい
6.太陽がくれた季節
7.あの素晴らしい愛をもう一度

変な組み合わせだが、これが楽しい!

新入団員が一人来られた。
この合唱団は毎回の練習会に新入団員が来るのが特徴。
それで最終は210名まで集まった。

興味のある方は一度、練習会を覗いて見てください。



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2006年05月24日

山本伸一作品4

私が判っている山本伸一作品を上げてみたい。
皆さんは幾つご存知?
何曲歌えますか?

ああ感激の同志あり
ああ共戦の歌
ああ誓願の歌
ああ陽は昇る
青葉の誓い
旭日遥かに
厚田村
熱原の三烈士
永遠の青春(指導部)
桜花縁
大いなる希望(少年少女部)
お月様の願い
音楽隊愛唱歌
凱歌の人生
牙城会愛唱歌
歓喜の城光れ
北町広布
紅の歌(男子部)
高貴な笑役者に贈るー尊き母の歌
広布に走れ(学生部・四者)
広布の鐘
広布の旗
この道の歌
混声合唱組曲「わが心の歌」
山光讃歌
静岡健児の歌
信濃の歌
常勝の空(関西方面歌)
女声合唱組曲「雑草」
女声合唱組曲「四季」
女声合唱組曲「民衆」
地湧
地涌の讃歌(中国方面歌)
地涌の旗
人生の旅(壮年部)
正義の走者(高等部)
青春桜(女子部)
青年よ21世紀の山に登れ
青年よ広布の山に登れ
創友の道
太陽のマーチ
誓いの友
散る桜
友よ起て
友よ強く
人間革命の歌

「母の詩」より
母の曲
火の歌
ヒマラヤの如く
文化と薫れ
文化と大地
平和の天使
防塁跡
星は光りて(女子部)
誉れの故郷
負けじ魂ここにあり
碧き光彩
緑のあの道
森ヶ崎海岸
雪山の道
義経
我が青春譜
我等が天地

抜けている曲があればお教えください。



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2006年05月23日

旭日会総会出動決定!3

6月25日(日)14時〜大阪中央文化会館にて旭日会総会を開催。
ここに出動が決まった。曲目は『野に咲く花のように』『母の曲』である。


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2006年05月20日

録音2

創価さくら合唱団は結成以来、毎年必ず人生の師匠に学会歌の演奏録音テープをお出ししている。録音だけで10回は超えた。
根本は合唱団として、録音を通じて師弟の道を学び、その道を生涯貫くためである。
また録音は、コンクールや演奏会の機会の少ない私達には、限られた時間の中で技術や信心を磨くにはもってこいだからだ。

録音は何日もかけてやらない。
一日の練習会の数時間で5・6曲はこなす。
この緊張感は会合本番の6分間に匹敵する。いやそれ以上かもしれない。
コンクールを経験したことのないこの合唱団には今のところこれしかない。
だからメンバーにはこの日は、通常の練習会と違って自然と厳しくなる。

ただうまく録音すれば良いというものではない。
歌の時代背景や学会の歴史や代々の会長の魂など等を学びながら歌う。
その場しのぎでは出来ない。常日頃の練習で培った歌声の集大成である。

企画や構成は当然何ヶ月も前から熟慮を重ねて、当日一日で仕上げる。
あと、録音の編集や飾り付けや様々な手配にはとても手間がかかるが手を抜けない。
真心でお出しするまでが、その歌の仕上げになると思うからだ。

いつか創価さくら合唱団が合唱コンクールの出場できれば、感動の歌声を会場一杯に奏でたい。こんな素敵な歌声の持った合唱団が存在するのかとびっくりさせたいね。
その時まで技術を磨き続けていきたい。

コンクールは音楽をとことん磨き上げていくには最高のステージである。
しかし消耗戦でとても疲れる。勝てばそれまでの苦労は報われるが、結果が出なければ犠牲も大きい。根気のいる戦いである。


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2006年05月14日

花の街・母の曲2

11日に初出動があった。
場所は関西文化会館・池田記念講堂である。
出動のたびに感謝する。会場は約千人収容出来る。
そんな多くの人に我々の拙い演奏を聴いて頂く。
本当に感謝の連続である。

私は常々に聞こえてくる音楽は、さくらに相応しい曲かどうか、を聴いている。
さくらヴァージョンの合唱曲に出来るかどうかを。

今回の演奏曲目は『花の街』と『母の曲』。
『花の街』は先日ラジオ番組でこの歌は、作者の方が戦後すぐ日本を元気づけようと作った歌であるという事を聞いた。もしそうであるならば、この曲にはさくらに相応しい曲であると思った。是非ともさくらで歌いたいと思い選曲した。

私達の使命は、勿体なくも師匠の名代として、学会員の皆様を含め聴く方々に勇気と希望と感動の歌声をお送りする事である。この歌の持つエネルギーで何としても元気になって頂きたいと決心したのである。

『母の曲』は山本伸一作品であるが、『母』ほど有名ではない。
私はこの曲のほうが特に関西の婦人部にはピッタリとくる曲であると秘かに思っている。『母』も良いけれども何となく上品さが東京風で、関西のおばちゃんの印象ではやはり『母の曲』の方がしっくりくると思うのは私だけだろうか。

私達の人生の師匠であり、創価さくら合唱団の名づけの親でもある池田先生の作品、(ペンネーム:山本伸一)は100曲近くあるが、殆どが歌われていない。
昭和50年初頭からの第一次宗門問題などで、池田先生が自由に動けなかった頃に、命を削って作って下さった作品が眠ったままである。
この時代に宗門から学会歌は会合で歌うのを自粛するようにといわれ、その名残か草創の座談会の時の様に学会歌はあまり歌われない。歌われても『常勝の空』か『威風堂々の歌』である。又悲しいことに今の青年部は学会歌を知らなすぎる。
『歌は世につれ、世は歌につれ』である。大変な時にこそ学会歌である。
当時は貧しかった。しかし生きる喜びがあった。みんなで歌った学会歌。
私達の親達はそうして時代を開いてきたのである。

私は師匠への恩返しに全ての曲に光を当てて世界の人々に、先生の正義と、世界平和の人間主義を、歌声を通じて紹介していきたいと念願している。

この日の演奏の出来は、聴く人の反応から判断してまずまずの出来だった。
学会員の反応はシビアである。感動しないものや、手抜きには拍手はしない。
しかしいくら下手でも感動したものには惜しみない拍手を送る。
この拍手でその日の演奏の評価が決まる。本当に喜んでいただいたのか、ご苦労さんのだけの拍手なのかが。

1回1回の演奏を大切にして行きたい。
何の為に歌うのかを決して忘れずに。




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2006年03月31日

15.『青春の城』

2005年春。
創価大学・男子寮の寮歌が誕生した。
『第二の草創期の今、新しき男子寮の伝統を作ろう!』
池田名誉会長のスピーチを学びあい、何度も試行錯誤を重ねて、皆の心は一つになった。

『城』それは壮大な人材の城にして勝利の城。
その建設への誓いを歌に込めた。
総会の前日に創立者から思いがけない伝言。
『後世に残る寮歌にしよう!もう一度曲を持っていらっしゃい』。

桂冠詩人の創立者が何度も何度も推敲し生まれ変わった『青春の城』。
それはまさしく父と子の、師と弟子の共戦譜だった。


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2006年03月29日

13.『紅の歌』5

反転攻勢の戦いは、昭和56年11月8日の関西指導から始まった!
池田先生と会員との絆を裂こうとしていた≪悪の謀略≫は四国でも嵐のごとく吹き荒れていた。
香川の日・記念幹部会で『もう一度、私が指揮を執らせていただきます。私と一緒に戦ってくれますか!』               
この感動の後、青年部との共戦で20数回の推敲(すいこう)をかさねた名曲『紅の歌』。
邪悪と断じて戦い、師弟の道を貫いていく、との青年の燃えるような決意が込められた歌。
まさしく『正義の歌声よ 世界に轟け!』とばかりに誕生した瞬間だった!
名誉会長の反転攻勢の闘争は100万ボルトのモーターのごとく回り始めた。
大分では21世紀への新たなる『青年訓』ともいうべき『青年よ21世紀の広布の山を登れ』が発表。
全国の青年部が雄々しく立ち上がったのである。
四国指導を終え関西入りした11月16日の夕方、関西文化会館の1階ロビーに降りてきた池田名誉会長に、藤原関西男子部長らが池田先生に聞いて頂きたいと、心に秘め意を決して報告。
『次の関西青年部の育成、訓練の為に、明春、文化祭を行いたいと思います』
『学会ここにあり、師匠は健在なり!と満天下に示す舞台に致します!』
『十万の関西の青年がお待ちしています!』と。
いわば関西青年平和文化祭は、関西青年部が池田名誉会長に、直々に熱き思いを伝え、開催が実現した行事である。
いよいよ始まった、100日間の短期決戦の文化祭であった。
寒風の中に厳しい練習が続く。
それまでの文化祭とちがい、冬から立ち上がった練習は、寒風と雪との厳しい戦いを余儀なくされ、誰もが全くの未経験の中でのスタートだった。
そしてむかえた3月22日。関西青年平和文化の幕は切って落とされた。
大阪・長居陸上競技場に『世紀の魁』4000人の組体操の登場である。
オーケストラの『紅の歌』『原野に挑む』など次々と男子部の愛唱歌を隊形の変化に合わせの演奏してゆく。
三段円塔、四段円塔と次々と立ってゆく。そして八葉蓮華にちなんで八ヶ所の五段円塔が見事に開花した。
その中心に、圧巻の六段円塔を、今まさに立てようとしていた。 
一段目の60人がガッシリと組まれ、39人の二段目が乗っていく。
中腰のままで友の肩に足を食い込ませながら次の19人を乗せていく。
腰を少しでも折ればたちまち円塔の中央に落下し、左右にゆれればたちまち崩れる。
歯を食いしばり背骨をよじるようにして耐える。
三段目までが立ったときに一瞬円塔がグラリと揺らいだ。
観衆からどよめきとも悲鳴ともとれる声が起こった。
全員が懸命に持ちこたえながら、『いくぞ・よーし』声を掛け合いながら渾身の力を込めて立ち上がっていく。
四段目、五段目が、体をよじるように立ち上がった。少し揺れている。
『揺れるな!止まるんだ!』
一瞬の静けさが会場を包んだ。皆固唾を飲んで中央の一点を見つめる。
この時刻、関西各地では、各拠点で皆が成功を祈っていた。
『六段円塔、立ちましたんやろか?』
関西文化や聖教新聞社に問い合わせの電話が殺到した。
関西の同志の心はその場にいなくとも長居競技場に向けられていたのである。グランドに登場しない役員、今演技を終えた出演者達、皆が心の中で唱題をしていた。
ざわめきは消え場内を不思議な静寂が包んだ。
ほんの数秒が永劫の長さに感じられた。 
実は数日前、男子部の体操メンバーであった、一人の青年が病の為に亡くなった。
しかも六段円塔の頂点に立つ、
菊地さんの親友であった。
六段円塔は出場を果たせなかった友の心を抱きしめての、まさに友情の塔であったのだ。
菊地さんが呼吸を計り、もう一度体制を立て直す。
『立て!俺達を信じて立つんだ!』下で支える98人の仲間の祈るような思いが、菊地さんに届く。
彼は中腰から二度三度ひざを伸ばし、すっと一気に立った。その後ろには『関西魂』の人文字があった。
午後三時六分。
彼が顔を上げ、亡くなった友の名前を叫んだ。
『弘二郎、やったぞ!』
彼の目の位置は地上九メートル。その視線のかなたに池田名誉会長の姿があった。
『関西魂の結晶・六段円塔の完成です!』


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2006年03月28日

12.『嗚呼黎明は近づけり』3

昭和56年11月22日午後一時過ぎ。
待ちに待った『第3回 関西総会!』。ここ関西戸田記念講堂において池田先生をお迎えした関西のメンバーの歓喜が爆発した。
総会は『人間革命の歌』の大合唱で開幕した。
大西関西青年部長が翌年3月に大阪・長居陸上競技場において関西青年平和文化祭の開催を発表。
池田先生は『信心は強気で行け!』と指導された。
最後に各副会長の『常勝の空』の指揮の後、池田先生が『私がやりましょう。
嗚呼黎明は近づけりをやりましょう!』と参加者に呼びかけ、勇壮に華麗に指揮を執った。
参加した誰もが涙、涙・・・。
師匠の舞に応えたい。
なんとしても師匠の仇を討って見せる!との決意を込め、声を限りに大合唱したのであった。

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2006年03月27日

11. 『広布に走れ』 3

「広布に走れ」が誕生したのは1978年(昭和53年)6月28日、学生部結成21周年記念日の前々日のことであった。
新学生部歌の作成を知った池田名誉会長は、「後継を託す諸君のために後世に残る学生部歌を作ってあげよう」と、自ら詞を詠み、曲をつけた。
名誉会長は、「21世紀こそ諸君らの本舞台である」と強調。
爐海遼槁饌罎卜つまでは、いかなる障害も、我が人間革命のための善知識である。約束の本舞台で乱舞するまで、すべては飛翔(ひしょう)のための助走である。
「我と我が友よ」と、互いに励まし合いながら、異体同心で広布に走ろう瓩帆覆┐拭E時は、悪徳弁護士と結託した僧侶らが、激しく学会を攻撃していた時期であった。この日、参加した学生部員は、こうした学会を取り巻く厳しい環境の中で、一人戦う名誉会長の思いと、「21世紀を頼む」との一言を深く胸に刻み、広布後継の熱き誓いを「広布に走れ」の合唱に込めた。

まさしく犹嫩鏘戦の歌瓩任△襦

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2006年03月26日

10.『母』 4

1976年(昭和51年)8月5日、創価大学での第二回研修会の席上、池田名誉会長から発表された。
5年前の発表された名誉会長の長編詩「母」をもとに山本伸一の名で作詞されたものに曲が付けられた。
名誉会長は、「母」の歌に託した思いを、こう語っている。
「長編詩『母』を歌にと考えたのも、けなげな庶民の母たちが、世界の人々の幸せと平和を祈り、日夜、献身的に行動しておられることへの感謝の思いからである」……と。
この曲が出来上がったのは、名誉会長の母・一(いち)さんが亡くなる一ヶ月前。
苦難の人生を生き抜いた母を思い、さらに草創から広布の道を切り開いてきた幾百万の母への賛歌として、美しい調べの結晶となったのである。
そして今、母への感謝、その幸福を願う心をうたった名曲として、日本のみならず、世界のトップアーティストたちが、歌い、演奏している。
美しい猜譴悗了寝劉瓩蓮国境を超え、民族を超え、文化を超え、世界で平安の調べを奏でている。

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2006年03月25日

9.『人間革命の歌』  3

「人間革命の歌」…それは同志の魂を揺り動かし、"地涌の使命瓩棒犬る心を奮い立たせる。
作詞・作曲ともに池田名誉会長の手になるこの歌が1976年(昭和51年)7月17日の本部幹部会の席上発表された。
当時、学会に対する悪侶らの魔の蠢動(しゅんどう)が始まっていた。
赤誠を尽くしてきた僧侶らから、一方的にいじめられる庶民の苦悩…。名誉会長は、そのけなげな尊き同志のために「魂の自由」の歌、「幸福への前進」の歌として贈ったのである。
名誉会長はこう語っている。
「『人間革命の歌』はどんな吹雪にも、胸を張って生きていこうという、心を歌ったものです。人生には暴風雨があり、暗い夜もある。それを超えれば、苦しみの深かった分だけ、大きな幸福の朝が光るものです」。
苦悩の暗雲を払い、犂望の太陽瓩鯀汗こΔ陵Г凌瓦傍韻せてきた「人間革命の歌」。
それは、どんな「苦難」をも「歓喜」に転換していく「人間王者」の「勝利の凱歌」である。

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2006年03月23日

8.『厚田村』   3

1976年(昭和51年) 4月8日、創価学園での祝賀会で『厚田村』が発表された。
作曲でもある当時、学園の音楽家教論だった杉野泰彦さん自らが独唱。
学園生が、未来への志を抱いて世界へと旅立つその深い決意が名誉会長の詩と重なり、会場は感動に包まれた。
「厚田村」は1954年(昭和29年)8月、戸田第2代会長とともに北海道・厚田村を初めて訪れた若き日の名誉会長が少年時代の恩師・戸田先生の姿を偲んでしたためた詩である。  
「厚田村」はまさに師弟の道に生きる「父子の共戦譜」なのである。

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2006年03月22日

7.『今日も元気で』  3

1968年(昭和43年)8月31日、東京・両国の旧日大講堂で開催された婦人部幹部会の席上、婦人部愛唱歌「今日も元気で」が発表された。        
一番は、太陽の光を受けて、新鮮な気持ちで朝をスタートする友の心意気を、   二番は、力強く、活動に駆ける様子を。                    そして三番は、活動を終えた後の、心に広がる充実感と明日への希望、決意を歌詞に託している。
この曲は、今や世界へと広がり、まさに学会歌 の世界的ヒット・ソングとなっている。


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2006年03月21日

6. 『緑の栄冠』 3

新緑の木々の若葉のように、さわやかな歌声がこだまする。
池田名誉会長の会長就任8周年の1968年(昭和43年)5月26日、水滸会、華陽会、潮会などの各グループの野外研修が、東京・八王子市で行なわれた。
楽しい懇談のひとときがもたれ、名誉会長を囲んで学会歌が次々と歌われた。
華陽会、潮会の友は女子学生部の愛唱歌「緑の栄冠」を合唱した。
若い緑の木々が、光いっぱいに浴び、風雪に耐え、大樹へと育っていく喜びを歌にしよう、作くられた。

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5.『世界広布の歌』  3

1963年(昭和38年)7月、男子部結成12周年を記念し、池田名誉会長は巻頭言に「青年よ世界の指導者たれ」との一文を発表した。
「新しき青年は、さらに世界的視野に立ち、幅広く立体的な活動を展開し、各界において有為なる人材、一流指導者として巣立ちしていかねばならない」
「青年部の成長は、わが学会の前進である。すなわち、われわれの成長こそ世界平和への前進である…」。
翌月、男子部幹部会の席上で発表され、気宇広大なこの歌に胸躍らせ、世界広布を決意し、世界各地へと飛翔していったメンバーも多い。

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2006年03月20日

4.『新世紀の歌』 3

池田名誉会長が第三代会長に就任した1960年(昭和35年)以来、学会はまさに破竹の勢いで前進した。                
就任当時、150万世帯だった学会は、1年後には200万世帯、10年後は750万世帯へと発展した。
この大前進の節を刻んだ毎月の本部幹部会で合唱したのが、「新世紀の歌」であった。

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2006年03月19日

3.『大楠公(青葉茂れる桜井の)』3

昭和33年4月20日、東京青山葬儀場では、戸田第2代会長の創価学会葬が行われていた。
会葬者は実に25万人。
空は美しく晴れわたり、既に葉桜となった葬儀所周辺の桜並木の瑞々しい青葉が目にしみた。池田室長は青葉を見ると『大楠公』の歌として知られる『青葉茂れる桜井の』の歌が脳裏に浮かんだ。
恩師・戸田会長がこよなく愛したこの歌は、1336年(建武3年)朝敵・足利尊氏の上洛を防ぐために湊川の戦に赴く、武将・楠木正成と正行(まさつら)の父子の別れを歌ったものである。
戸田はこの歌に広宣流布への師弟の精神を託して、当時の青年部達に歌わせてきた。
その都度、戸田は『正行の精神はそんなものではない。
そんな目で広布の戦いは出来きんぞ。俺の目を見ろ!』
池田室長はその鋭い戸田の眼光と厳愛の指導を思い返しながら、今、父との最後の別れの日が来たことを思い、広布への父子の誓いを新たにした。


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2006年03月18日

2.『威風堂々の歌』3

広布一筋に燃える思いが込められたこの歌は、1956年1月、京都の四地区総決起大会の席上、『京都地区歌』として発表され、この歌と共に京都地区は躍進を遂げた。
『これはいい歌だ、これからは皆で歌おう』
1958年秋、関西に訪れた池田青年室長はそう提案し「平安の洛土見ん」との詩を「日本の楽土見ん」と筆を入れた。
『威風堂々』、その言葉のなんと力強く、勇壮なことか。
1番は民衆の救済へのほとばしる心意気を。
2番では烈々たる弘教の息吹を。
3番は平和社会の建設への熱い思いを、歌い上げている。
広宣流布に前進する同志を、奮い立たせ鼓舞するこの勇壮な歌は、たちまち全国へ広がった。


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2006年03月17日

1.『同志の歌』3

歌う者、聴く者の心を揺さぶる『同志の歌』は、戸田第2代会長が獄中にあって、自らの決意の歌として作詞したものである。
1946年(昭和21年)5月1日、戦後、第一回幹部会の席上、第2代会長が口ずさんだのが『同志の歌』として正式に発表された。
729日に及ぶ獄中生活。その中で師・牧口初代会長の死去を知らされた第2代会長の限りない悲しみ、そして怒り。
『広宣流布は誰がやらなくともこの戸田がやります!』との烈々たる決意が込められている心の叫びであった!
一人立つ精神を歌い上げたこの歌は、まさに学会歌の原点とも言うべき『魂の歌』である。

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2006年03月16日

創価師弟の源流・学会歌4

昨年、創価学会創立75周年を記念して、創価さくら合唱団では学会歌の歴史『師弟共戦の魂・学会歌』を録音し、師匠にお出しした。
その時のシナリオから、学会歌の歴史を列記してみたい。
なお、シナリオの原稿は創価学会の公式HPや学会関連出版を参考にさせて頂いた。

≪プロローグ≫

広布の前進には常に学会歌があった。たくましく力強い歌、明るく希望あふれる歌。言葉に尽くし切れない『心の叫び』が学会歌には込められている。学会歌を歌う意義について、草創の先輩達から教えられた。

1.己身の魔、そして会場の魔を破る!
2.同志の士気を鼓舞する!
3.民衆の興隆するところには必ず歌がある!

創価学会の会合で歌が歌われたのは1946年(昭和21年)9月の第二回法華経講義の席がその始まりとされている。また『学会歌』という呼び方が、定着したのは1948年頃である。当時の学会歌は『花が一夜に(学会の歌)』『同志の歌』『青年部の歌』の三曲であった。1954年(昭和29年)5月9日に、池田名誉会長によって音楽隊が発足。この頃から学会歌は活発に歌われ、学会活動には不可欠の存在となっていく。広布に邁進する同志を、常に鼓舞してきた「学会歌」。それは、まさしく「人間勝利の歓喜の歌」である。


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2006年02月04日

感謝!感謝!5

Iさま
創価文化合唱運動を そして創価さくら合唱団を
五年間 師弟共戦の戦いで まもり育てて頂き
大変お世話になりました 団員一同感謝でいっぱいです 
そのIさんの心を 私たちは決して忘れません
池田先生と共に 学会と共に そして学会歌と共に 
いつまでもお元気で長生きして下さい 誠にありがとうございました
創価さくら合唱団 団員一同
2005・11・26


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2006年01月30日

師弟の歌・学会歌

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関西音楽隊が誇るオーケストラ・関西管弦楽団と関西男声合唱団が友情出演。
『森ヶ崎海岸』『母』『青年よ21世紀の広布の山を登れ』の4曲を演奏。

あると



『森ヶ崎海岸』・『母』


だんせい1


『厚田村(男声)』


ぜんたい



『青年よ21世紀の広布の山を登れ』






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