デザイン

2008年12月22日

路傍の花 〜第14回〜

 切る風がだんだんと痛いレベルになって参りました。こんにちは、劉牙です。

 本日は路傍の花14回目。次回作シリーズ二人目でございます。


 孫魯班 さあ、この人は一体誰でしょう(☆゚∀゚)

 一応ロハンって書いてありますが、JOJO第4部の岸辺露伴先生ではありません。

 ねぇ、ジャンケンしようよ。こ、小僧ーーーっ!!

 
 名前の残っている女性はかなり限られているとはいえ、まあ知名度は下の中といったところでしょうか。

 姓は孫、名は魯班、字は大虎。

 三国志大戦をやっている人間の中では割と有名かと思いますw

 
 孫魯班は三国の皇帝の一人である孫権の長女。若い頃に周瑜の長男である周循と結婚しますが、周瑜に似てか息子の周循も早逝。周瑜は30代半ばまで生きましたが、この周循は恐らく20代に亡くなってますね。

 結婚して十年も経たない内に未亡人になってしまった彼女ですが、子もいなかったために孫権が皇帝に即位する前後に、別の武将に嫁ぎます。

 しかしこの辺りからスーパーアル中タイムが始まってしまった孫権さん。

 二宮の変と呼ばれる相続争いを放置、呉は大変なことになってしまうわけですが、この孫魯班はこの相続争いの中核にいたと考えられている人です。

 呉がズタボロになった原因の最大の人間として、悪女と言われています。

 理由としては、

1.権力争いのためにあることないこと孫権に吹き込み、有力な忠臣たちを追いやった。

 丞相である陸遜もこの影響で孫権にいびり殺されてしまいます。


2.時の最高権力者と姦通した。

 権力争いの最中に二人目の夫が亡くなってしまいますが、この時子もあり家もあり。ですが、その後も自分の権力のためか政治を牛耳った人間と懇意な仲になり、それを利用しました。


3.妹を謀殺した。

 孫魯班には孫魯育という妹がいます。字は小虎で、大虎小虎の姉妹だったわけですが、なかなか面白い字を孫権さんは付けたものです。 
 まあそれは置いておいて、妹の孫魯育は混乱した呉を牛耳る悪い権力者を倒そうと暗殺計画を立てたのですが、その権力者と懇意であった魯班は、それに気付き妹を殺害。

 
 だいたいこの三つが大きな要因でしょうか。

 呉の最大の悪女と言われている孫魯班。呉伝では、彼女の伝から始まる予定です。

 
 デザインの方は、作中の雰囲気よりも孫家の女というイメージを優先。孫尚香しかり、呉夫人(孫堅の嫁さん)、呉国太(呉夫人の妹)しかり。

 男を叱咤して動かす、やはり血の気の多い女たちの血を継いでいて、その芯の強さが感じられればなと思います。

 
 ちなみに右下の方にモザイクがかかってますが、何が描いてあったのかはご想像にお任せします。完全にデザインした文月のご乱心です。(…いつものこと? いえいえ、そんなことはない、と思う)

 ちなみに孫魯班伝のサブタイトルは「狂華」。

 美しい花には棘があるといいますが、その棘が何のために出てくるのか。その辺が描ければなと思いますね。

soumeitei at 02:37|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2008年12月16日

路傍の花 〜第13回〜

 昨日は酢酸への怒りに我を忘れていました。というわけで路傍の花第13回。

 どうも、劉牙です。


 一応定期的に一週間に一度という風にやってますが、この回を更新する時はもう一週間経ったのか…。と思いますね。本当に時間が経つのが早い。


 さて、今回からしばし「次回作シリーズ」♪

 夏に向けて制作予定の呉伝(仮)で描く予定の子たちのデザインを紹介していきます。

 栄えある最初の呉伝の子はこいつ。


諸葛恪 諸葛恪、字は元遜。

 諸葛瑾の子供にして諸葛亮の甥。

 時代的には孫権が死ぬ前後に活躍した人間でしょうか。

 諸葛一族の若き期待の星とも言えた人間です。


 諸葛一族にはいろいろ逸話があり、三国それぞれに存在することでどの国が勝利しても一族を絶やさないようにしたという説もあります。

 晩年まで子供のいなかった諸葛亮に、諸葛瑾は自分の次男を養子として送り出しますが、それもその一環だったのであれば頷ける話です。

 この諸葛恪は諸葛瑾の長男。

 若い頃から才気に溢れ、将来を期待されていましたが、どうも自分の才を鼻にかけるところがあったらしく、諸葛瑾に「あの子は才はあるが、その才のために一族を滅ぼしてしまうかもしれない」と言われていたようです。

 そして大都督である陸遜にも、その人を人とも思わない性格を何とかした方がいいと言われたり。

 更には、劉備の死後国交を回復した蜀と呉の手紙のやり取りの中で、叔父である名軍師、諸葛亮にも「あの子に重要な仕事を任せるのは止めた方がいいですよ」と忠告される始末。

 どうも内にも外にも敵が多い人間だったようですね。


 そして、結果的には父親の言葉の通り、呉の二代目皇帝によって誅殺され、その煽りを受けて一族は皆殺しに。

 諸葛瑾は孫権にも気に入られ、呉軍内部でも重要な役割にいましたし、諸葛亮ももちろん蜀の丞相として蜀を担った大人物。そんな一族の中で若く才を持った諸葛恪は、あまり良いとは言えない最期を迎えてしまいました。

 自分の才能に自信を持つことはいいことですが、それを鼻にかけて傲慢になってしまうのは慎んだ方がいいということでしょうかね。


 デザインの方は諸葛瑾、諸葛亮のデザインの流れから、自然な形になっていると思います。

 今現在肴里がネームを切っていますが、このデザインは肴里が描き始めた後に決定したもので、肴里はとりあえずの自分デザインで描いていたようなのですが…。


 面白いことに、この文月デザインと肴里デザインが大変よく似ていました。髪形は修正を加えたようですが、もう顔はそのまま。

 これは諸葛一族の見えない力が作用しているのかと思わざるを得なかったですねw


 今のところ、諸葛恪伝のサブタイトルは「言の石」。

 呉伝は自然物をテーマにサブタイトルを全て決定していて、それを表現していきたいなぁ、と劉牙は思っておりますが。

 まあ、そこは作家次第ですかね(゚∀゚)アヒャヒャ

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2008年12月08日

路傍の花 〜第12回〜

 どうも、劉牙です。

 今日は間を挟んで路傍の花第12回。

 
 ちょうど大都督中心の呉の話ということで今回はこの人。

ちゅーぼう 性は孫、名は権。字は仲謀。

 三国志における三国の君主の内の一人。

 孫堅の息子であり孫策の弟と言えば、ほう!? と唸ることも出来るかもしれない。

 でも呉の孫権、というとなんだあの酒癖の悪い影の薄い奴か、とも思われるかもしれない。


 黄巾賊を討伐した将の一人として有名な朱儁と仲が良かった孫堅は、その繋がりで黄巾の乱に参加し地位を上げ、地方の一勢力として確立。

 その先祖は孫氏兵法を書いた孫武とも言われていますが、孫武自体が本当にいたのかどうか疑わしいところ。

 どこぞの長耳といい、まあ言ったもん勝ちな時代ですから問題ない。

 
 まあそんなこんなで有名になった孫堅の次男として生まれたのが孫権仲謀。黄巾の乱が起こる少し前ですね。

 孫家は美男美女が多かったようですが、その中でも彼はかなりの威風を漂わせ、将来この子は大物になるなんてパパに言われたりして。完全に親バカです。可哀想に。

 若い頃はもう本当にスタンダードな孫家一門。

 狩りが好き。戦場が好き。でしゃばるのが好き。うっかりしてピンチになるときっと誰かが助けてくれるに違いない。そんな感じで兄孫策に負けず劣らず猪行動。

 が、あろうことか猪教師であった伯符兄ちゃんが死んでしまってあら大変。孫策は幼い自分の子供ではなく、孫権を後継者に選びました。


 う〜む、兄ちゃんに習ってばんばん戦いたいんだけどなぁ(ノд・。)  でも兄ちゃんのせいでみんな神経過敏になって困る。トイレに行く時でも張昭のジジイが、何を狩りに行かれるのですか? とかマジうぜ〜し(`ε´) トイレだよ、トイレ! どこのトイレに獣が出るってんだよ!? とか思ってたらトイレで黄蓋が裸で踊ってた。トイレ大好きジジイは、素晴らしい虎をお持ちでした(((( ;゚д゚)))(孫権の秘密日記☆ 1759pより抜粋)

 
 三国の英雄のうち、曹操は格段の、劉備も周囲が認めるくらいの軍学はありましたし、一角の武将として才能はあったのですが、彼にはどうもそれがなかったようですね。

 二代目はロクなのがいないとは言いますが、魏の文帝・曹丕も孫策の後を継いだ孫権も、自分が戦に出てもなかなか勝てないちょっと残念な子。

 張遼を相手にトラウマ状態までの敗戦を喫してからは、合肥に出ては負け、戦っては休戦の申込みを入れ。まあ親父や兄貴が凄すぎたのもあるでしょうけども。あ、劉禅は色んな意味で論外。

 しかし、なんだかんだで上手くやってた前半はさすが三国の英雄の一人。

 最終的に荊州まで手に入れ、皇帝まで名乗っちゃいますからね♪


 しかしその後がいけなかった…。

 
 最近酒がまずい。みんなうるさいんだよ〜。・゚(゚`Д)゙ 俺の好きなようにさせろよ。誰のお陰でここまでこの国が大きくなったと思ってんだよ。今日は娘の大虎がやってきた.。゚+.(・∀・)゚+.゚ やっぱり可愛い☆ なんか変なこと言ってたんだが何だったっけ? まあいいや。酒飲んで寝よう。そういえば日記を最初の方を読み直してみた。成長したな〜、俺。父ちゃん兄ちゃん、俺皇帝になったんだよ、ってこれ前も書いたかな?(^∀^)(孫権の秘密日記☆ 8794pより抜粋)


 晩年は酒をたらふく飲んで判断力が鈍り、今まで戦場で発散できなかったストレスが爆発したのか思考力も鈍り、後継者争いを放置、呉はそのために大変なことになってしまいます。

 まあこの辺は大都督の続きで書くと思いますが。


 まあ結局何が言いたいのかといいますと。


 あまり劉牙は孫権が好きではない。以上。


 デザインの方はそううろうろすることなく決定。孫策は元々肴里がデザインしてかなりの美形君主になってますが、この孫権は文月デザイン。

 あまり孫策と兄弟だという意識なく考えたみたいですが、一家の中でも特異な風貌を持っていたという孫権は、やはり偉丈夫な感じですね。

 しかし、どこか孫策に似ている気もします。まあ恐らく意思の強そうな目の辺りですが。


 しかし半裸キャラて。酔って周泰を裸にした上に自分も裸に…?

 …この話は止めよう。地球が静止してしまうかもしれない。


 ちなみにかなりの節約家で贅沢はほとんどせず、本拠地の改築の際にもリサイクル材で何とかしたとか。戦場に出るのも大変好きですが、やはり内政の才は抜群だったようですね。

 劉牙の理想ならば、劉備皇帝、曹操大将軍、孫権丞相がやはり一番。曹操はもう前線に出れば負けなし。孫権は内務をやらせれば卓越した手腕。劉備はどっちも中途半端なのでその人徳だけで皇帝。

 どんな勢力にも負けないに違いない編成。いつか役職含めて事細かく作ってみようかな?w

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2008年12月01日

路傍の花 〜第11回〜

 こんにちは、劉牙です。

 続きを迷った路傍の花、ちょうど前回が10回だしちょうど良かったかなと思っていたんですが、カウンターを見ると5000をちょうど突破してました。

 ということで記念として続けることにしましたw

 今回は路傍の花、11回目。


 まあ半分は身内だと思いますが、そうでなく見て下さっている方に感謝の意を込めつつ、これからもカオスなブログを更新していきたいなと思っております(☆゚∀゚)

 さて、今後はほとんどまだ物語を得ていない武将たちのデザイン雑話となっていきそうなこの路傍の花。

 その節目の最初はこの子。

きょっちょど〜ん 姓を許、名をチョ(ころもへんに者)、字を仲康。

 通称許チョどん。

 曹操の親衛隊長といえばこの人。馬超が恐れたのもこの人。虎痴もこの人。

 
 許チョの住んでいた城に賊が到来した際には、若者や一族と城壁を固め、城内の人間たちに石を集めろと命令。

 許チョの投げた石は当たった賊を粉々に粉砕し(言いすぎかな?w)、その気勢を削ぎました。

 城内の兵糧が尽きた際には賊と一時休戦、交渉し、牛と兵糧を交換。

 ところが渡した牛が城内へと逃げてきてしまい、許チョは嫌がる牛を賊の下へと連れていこうと、その尾を引いて百余歩引きずります。

 それを見た賊はその豪力に仰天、逃亡。牛も兵糧も手に入れるとは何とも頭の良い男ですw

 曹操軍に仲間を引き連れ帰服すると、すぐにその武勇を認められ宿直警護の任に付きます。寝所に入ることが許されるのは許チョだけだったとか。

夏侯惇「お〜い、孟徳。起きてる…」

許チョ「帰れ」

夏侯惇「ちょ! 許チョ、ちょ! おい、孟徳、こいつを何とか…。アッーーー」


 馬超討伐の際には馬の鞍を用い、劣勢に追い込まれた曹操を雨のような矢から救いました。

 そして、曹操が馬超、韓遂と単身会見をします。馬超は隙あらば曹操を殺してやろうと思ってましたが、その傍には荒武者が。

 馬超はある噂を思い出し、恐る恐る尋ねます。

馬超「ここここ、こ、虎こ、こ、虎候という人は、い、一体どこに…?」

曹操「そこにいるぞ!!」

許チョ「丞相…。それ、丞相のセリフと違う」

馬超「げぇっ!? 虎候!!」

 ということでまるで虎のように力強く、呆としている様子から虎痴と呼ばれ恐れられていた許チョが傍にいることを知り、馬超は事を起こさず会見終了。

 そのあだ名から、後の人々はしばらく許チョの姓を虎と思い違い、虎チョと思っていたほど、定着していたようです。

 曹操が死ぬと号泣して血を吐いたといいますが、血を吐く=孔明の罠というイメージがまとわり付くのは横山先生の罠。

 曹操死後も曹丕に仕え、死ぬまで忠を尽くしました。


 デザインの方は、すんなり決定。

 正史には腰回りの太さが記述され、無双や蒼天の許チョのような体型をしていたのでしょうが、やはり重視したかったのは呆とした雰囲気。

 呆とはしているけれども、どこか貪欲にも見える。そんなイメージが、戦場で虎のように戦い、普段は寡黙でどこか何を考えているのか分からない立ち姿を想像させ、これで決定、と自然な流れに。


 曹操が出る以上、許チョが出る。そんなセットな感覚で今後草命庭作品に登場してくるのではないでしょうか。

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2008年11月25日

路傍の花 〜第10回〜

 グリコCMに興奮し過ぎてすっかり忘れてました。どうも、劉牙です。

 まあ、とはいえもうそろそろネタも限界だったりしますw

 というのも、出そうと思えばまだ結構あるのですが、まだ出来ていない作品のものが多かったりするので。

 しばらくこの路傍の花はお休みかな? まあもしかたしら気が変わって先行公開とかあるかもしれませんがw

 というわけで今回は三軍師。
三軍師 実際これも出来てない作品のものだったりしますw

 漫画「天へもがく竜」二話のイメージ。

 劉備軍夢の三軍師という陣容ですね。

 まあ法正もいますが、やはりこの三人が揃うのが一番熱いですね♪

 右上はどこで見ても不遇の軍師・徐庶。左が孔明。そして下が…。

 よく訓練された愚民…、じゃなかったIKEMEN軍師・鳳雛。ホウの漢字が出ないので鳳雛で(゚∀゚)アヒャヒャ

 もう手に握っているものとかはち巻きの文字とか、完全に毒されています。その内三国武将アイドル化計画とか出そうですが、どこぞのゲームの二番煎じに間違いありません(´Д⊂)

 ちなみに額のはち巻きに書かれているのは…、と、これを書き始めると通常の三倍の文章量+劉牙のキモさ爆発なので止めておきます♪


 この三人は同じ門下で学んだ学友だと言われていますが、実際の所はいろいろ怪しいようです。

 水鏡先生と呼ばれていた司馬徽は、荊州を代表する名士。色んな人間に学問を教えていて、諸葛亮を臥竜、そしてホウ統を鳳雛と評します。

 臥竜、鳳雛、そのどちらかを得れば天下が取れるとまで言われた二人。徐庶も彼らと同じ門下ですが、諸葛亮は実際にはほとんど司馬徽の元では学んでいなかったという噂もあります。

 そして、どうも勘違いされがちなのが司馬徽の年齢。なぜかおじいちゃんなイメージがまとわり付いてますが、実際には孔明と十歳も離れておらず、見識の広いお兄さん的な感じだったかもしれません。

 漫画天へもでは分かりやすいイメージで、ということで外見はお爺ちゃんな感じになりましたが。

 しかし実際がどうであれ、やはり三人が同じ門下で友情を育み学に励み共に切磋琢磨していた光景を思い浮かべてしまいますね。

 司馬徽は曹操が南下し荊州を取った際に曹操勢力に参入しますが、直後に病死。あまりにも若く、呆気ない名士の最後。

 代表格の弟子三人はみな一度は劉備軍に入り、そして三人揃うことなく果てていきますが、その中の一人は未だに三国志の主人公の一人として挙げられる存在です。

 偉大な師と得難い友、その全てに別れを告げてきた孔明は、一つの意思と一つの国を背負い魏に立ち向かっていく。

 無謀な戦いと言われながら、宿敵司馬懿という存在にぶち当たりながら、決して諦めず意思を貫いた。

 そういう点は、三国の英雄・曹操に繋がる部分があるのではと思ったりします。

 一軍師でありながら時代を超えて英傑君主に肩を並べた孔明は、やはり人間として尊敬すべき部分が多々ありますね。

 ま、それでも劉牙は劉備が大好きですがw


 おかしいな、なんでこんな話になったんだろう?(つд⊂)ゴシゴシ

 こんなまともな話を、きっといつか劉備を題材にしてやってみなければ! …はてさて、あの草鞋売りで出来るのか?(´∀`)

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2008年11月17日

路傍の花 〜第9回〜

 間に挟んで路傍の花。どうも、劉牙です。


 今回は第9回ですね。

 前回が酢酸画のペーパーデザインならば、今回はDENさん封筒デザイン。

ミニなやつら 上が孔明。左下が月英、右下が劉禅。

 コミケ参加二回目…だったかな? 

 夏コミだったような気がしますが。

 販売したのは偲蜀伝、コピー本軍師伝。

 コピー本ということで、表紙や裏表紙なんかが折れやすく、何とか綺麗な形で持って帰って頂きたい、ということで封筒に細工をしたときのもの。

 
 DENさんがミニキャラを描いてくれたので、それを封筒に刻印しました。

↓最終デザインはこんな感じに

包装表 ここを見て下さっている方で、果たして持っておられる方がいらっしゃるのかどうかw

 これは用意するのがけっこう、というかかなり大変でした (´▽`)

 どっかにこういうことをしてくれる業者さんがいるのかどうか知りませんが、結局手作り。

 黒の封筒に、切り抜いて型を作った分厚い画用紙を上に載せ、銀スプレーで吹き掛ける。

 あぁ草命庭の命の文字の中身が! 切り取られて別パーツに!


 スプレー吹き掛けるとそのパーツが飛んでいくというね、何ともストレスな現代社会の縮図というかね。

 あとスプレーのせいか何度か頭がクラクラしたり。

 あ、おじいちゃんが河の向こうに見える…。

 もう少し利口なやり方があったのではと作り終わった後に激しく思いましたがw


 そして表はまだいいのですが、趣味に走ってしまい裏は文章に。


 先帝不以臣卑鄙
 三顧臣草盧之中
 諮臣以当世之事

 この文字を切り抜くために画用紙三枚は無駄にしましたね。

 そして別パーツの多いこと、多いこと。口が入っている文字は天敵でしたw


 ちなみにこの文章は、孔明が南蛮を慰撫した後、劉禅に対して提出した出師の表から抜粋。

 本来は、

 先帝不以臣卑鄙 猥自枉屈 三顧臣草盧之中 諮臣以当世之事

 訳:先帝(劉備)は私が卑しい身分であるに関わらず、自らへりくだって三度も草盧をお訪ね下さり、天下のことについてご下問下さいました。

 いわゆる、三顧の礼イベントの元ネタですね。

 この出師の表を読み、昔からの群臣、そして劉禅は涙を流して、孔明の北伐に賛成したと言います。

 まあ、劉牙もこの三行のために泣きましたが。いろんな意味で(゚∀゚)アヒャヒャ


 しかし本を買って下さった方はどなたもいい反応を示して下さったので、苦労した甲斐はありました♪

 原版はまだあるので作ろうと思えば作れたり。ただ、相当な時間を取られるので数は量産できませんが。

 
 劉牙が再び三途の河を渡りかけておじいちゃんに会っていいというならば、リクエストどんと来い!
 
 って感じですw

soumeitei at 03:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年11月11日

路傍の花 〜第8回〜

 また曜日がずれてしまいましたな。どうも、劉牙です。


 路傍の花8回目。

奴ら 今回は珍しく文月のものではなく、酢酸画。

 ちなみに左上が周瑜、右上が孔明、左下が司馬懿、右下が馬謖。…馬謖?

 明らかに劣る子が混じってます(コーエー三国志の数値的に)。

 夏のペーパーに使用したやつですね。

 夏に配布したペーパーは、CAと酢酸の共同制作。画・酢酸、創作・CAって感じでした。


 一番最初にコミケに参加した時はR.I.PさんとCA、次が劉牙とDEN、そんで前回が酢酸とCAですから、ペーパーの絵を描く人は毎回違ってます。

 次は肴里か文月辺りに描いてもらいましょうか♪


 このペーパーは半分に折られていて、開けると周瑜、孔明、司馬懿が飛び出してくるようになってました。


 そして何かと邪魔をする馬謖…。

 基本的に軍師伝の宣伝な感じなのに、なぜか馬謖…。

 一番元気そうなのも、馬謖…。

 中身のオチも馬謖…。


 酢酸は馬謖が大好きなようですね。まあ、本人は実際軍師伝に馬謖はどうかと反論したらしいですが、全てはCAの赴くままだったとか。酢酸の意見が通ることなど万に一つしかありませんからね♪

 ちなみにこれが就職後の酢酸の初仕事でしたw


 司馬懿が明らかにバケて出そうなのは愛嬌です。夢に出てきませんように…。

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