March 29, 2014

風を知る人達 and I thank you for all of you!!

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photo: Ryoko Tanaka, 2014.03.23 旧横田医院屋上、西風、約3m/s

鳥取にて耳を澄まし、風を知る人達に出会い、彼らから預かった言葉とそこから考えた事、想像した事を自分なりにパフォーマンスと展示に編集することができた。協力してくれたみんなのおかげでやれたこと、時間が限られていてやれなかったこと、それらを憶いながら、ずいぶんと暖かくなったな、と思いながら鳥取を発つ。

展示は4月13日までやっていますのでお近くの方、鳥取を訪れる予定がおありの方、ご覧頂ければ幸いです。

エンドロール・クレジット

<風を知る人達>

・パラグライダー
インストラクター:市川 正さん(JHF公認インストラクター)
協力:砂丘本舗/鳥取砂丘パラグライダースクール(http://para.sakyu.info/

・ヨット
インストラクター:新家憲一郎さん(全日本トッパー級優勝、湖山池ヨット活動代表)、長尾達彦さん(Laser鳥取湖山池フリートサブキャプテン、鳥取大学体育会ヨット部第50代主将)
インタビュー:新家和憲さん(レジェンドセイラー、スナイプ級全日本グランドマスターズクラス優勝、スナイプ級マスターズ世界選手権優勝など)
文章取材:岡崎志保さん(鳥取大学体育会ヨット部 新 4 回生 )

・鳥取大火に関してのインタビューに応じて下さった皆さん

・気象データ
解析:石田祐宣さん(弘前大学大学院理工学研究科・気象学研究室)

資料提供:鳥取県立図書館、鳥取県立公文書館、鳥取地方気象台

<風を知るための/team mamoru_tottori>

・キュレーター:赤井あずみ
・リサーチ、取材コーディネート、記録など:
大下加奈恵、谷口沙希、河本珠奈、藤木美里、
佐々木航平、井上舞、伊垣実智、樽本光代、上山梓、小林巧三、隅田麻梨香、大西利永子、中田心、他

・撮影:田中良子、三宅航太郎

soundartist77 at 23:25|この記事のURLComments(0)2014 Tottori 

March 20, 2014

風を知るための幾つかのパフォーマンスとそのスコア and the lecture performance + a show of its score!

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image: 北西の風、風速11m/秒を知るためのパフォーマンス / wind study - NW, 11m/s

mamoru|風を知るための/幾つかのパフォーマンスとそのスコア
Lecture Performance|幾つかのパフォーマンス 2014/03/22 & 23 15:00 start
Exhibition|幾つかのスコア 2014/03/27-4/13 13:00-18:00 入場無料・会期中無休

会場:旧横田医院(鳥取市栄町403)
このたび、ホスピテイルではサウンド・アーティスト、mamoruによるレクチャー・パフォーマンスを実施します。4週間にわたる鳥取滞在中、mamoruはこの土地の風を知ろうと、リサーチグループを作り資料にあたり、風を知る人達に会い、インタビューを重ね、自らもそれらの風を体験するためのフィールドワークを行いました。本作はその「風のスタディ」に基づいて制作され、パフォーマンスではそれらの成果がレクチャーされ、演じられ、集まった人達もまた「風を知る」でしょう。 パフォーマンス後に残された舞台装置と、新たに置かれるインストラクションおよびテキスト・スコアによる「風を知るための」手がかりとなる展覧会も開催します。

プロフィール|mamoru
1977年大阪生まれ。近年は身近な物や行為から生まれる微かな音をとりあげる「日常のための練習曲」や、過去−現在−未来/架空の音風景を実際のリスニングやリサーチによって書きおこす「THE WAY I HEAR」などのシリーズ作を発表。普段あまり気にとめない音を「聴くこと」から知りうる世界を提示することを試みる。主な展覧会に「MEDIA/ART KITCHEN」(アヤラ美術館、マニラ、2013)、「十和田奥入瀬芸術祭」(十和田湖、2013)など。www.afewnotes.com

主催・お問い合わせ:ホスピテイル・プロジェクト実行委員会(鳥取大学野田研究室内) 〒680-8551 鳥取市湖山南4-101
tel & fax:0857-31-5128/090-9546-9894(担当:赤井)email: hospitale.project@gmail.com http://hospitale-project.jimdo.com/
後援:鳥取市中心市街地活性化協議会
協力:砂丘本舗/鳥取砂丘パラグライダースクール、湖山池ドリームジュニアの皆さん、鳥取地方気象台、弘前大学大学院理工学研究科・気象学研究室
企画:鳥取大学地域学部(野田研究室、榎木研究室、小泉研究室、藤井研究室、浅井研究室)、赤井あずみ(キュレーター)
鳥取大学地域再生プロジェクト

soundartist77 at 12:01|この記事のURLComments(0)2014 Tottori 

March 14, 2014

「風を知るための/竹ざおとロープ」and the wind brings the fish!

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image taken at 10:52, 2013.Mar.13

テキスト :mamoru
コーディネート、撮影:三宅航太郎、リスニング:藤木美里

取材協力:東郷池の白魚を捕る人達
。。。。。

T18

2014.03.12 快晴、気温も高め。鳥取滞在中で一番いい天気かもしれない。
朝早くから好天ということもあり、予想していた午前10時よりも前に、風が海風に変わった。

急いでポイントへ向かう。三宅君が言っていた通り、竹ざおに荷造りロープをくくりつけけたのDIY風見が脇に立てられた小さな浜には、すでに何人か魚捕りの人達が居た。

東郷池では2月終わりから5月まで白魚が捕れる。
産卵期を迎えた白魚が風が強いと浜際にたくさん流されてくるのだそうだ。

首からさげた、ペットボトルを切っただけの魚かごに、網ですくった何匹かの白魚をつまみあげながら

「ポイントはわからん、網をただいれるだけ」

と、胴長を履き、腰まで海水につかって網を右へ左へと動かしながら、魚捕りのお父さんが楽しそうに、でも真剣に言った。

彼らはこの季節、風を何気なく待っていて、海風が吹いてくると家から出かける。

風は強ければ強いほど良い。
多い時には、網でひとすくいするだけでごっそりと大漁だそうだ。

「そんな時は何キロも捕れる」
「あれがあるさかい、やめられん」

一人の魚捕りの方が何も言わずに数匹の白魚を私の目の前に網であげてくださった。
つまんで透明の小さな5cmほどの白魚を眺めていると、横にいた別の魚捕りの方が

「生でも食べれる」

と、いうことで一匹頂いた。ザクっという良い歯ごたえ。(ちょっと生臭い)

しばらく話しを聞かせてもらってからその場をあとにした。
池沿いに車を走らせていくとおなじ様な竹ざおの風見が何本か目につく。
風見を誰が立てたのか聞き忘れたことを思い出し、先ほどのポイントに慌てて戻った。

「誰っちゅうことはない」

北北西からの風が強さを増す
目の前の波の音はひときわ大きくなり
すぐ後ろを通る車の音、
時折、魚捕りの人達同士がかわす短い会話だけが聞こえている

その場を離れ、その日の取材を終えて再び同じポイントを午後に通過した時には風は拮抗しつつも、すでに南よりの風にかわりつつあった。魚捕り達の姿はもうない。

Tougou_afternoon
image taken at 14:32, 2014.Mar.13

soundartist77 at 09:26|この記事のURLComments(0)2014 Tottori 

March 13, 2014

「風を知るための/データ」and the Tottori Meteorological Observatory!

Meteorological Observatory
image taken at the Tottori Meteorological Observatory


テキスト: mamoru
インタビュー:北脇安正さん(鳥取気象台 調査官)
コーディネート: 谷口沙希

。。。。。。。。

T16

1952年4月をリスニング

現在は鳥取市内にもある観測ポイントだが、当時は湖山池付近にしかなかった。今では車で20分ほどの距離だが、湖山池というのは海際にあり(今では海とつながっているいわゆる汽水)気象条件は市内とずいぶん異なる事もある。当然風向きの変化も異なる場合がある。

調査官の方のお話によれば、当時は全国規模の天気図を一枚作成するのに半日かかったそうだ。

「当時はまだモールス信号ですかねぇ、外国からのそういうデータが集まってきて・・・それで手でねこういう等圧線なんか書き入れていったんでしょう・・・」

私にが天気図に大して抱いていたイメージは「現在」を知る手だてであり、また「予測」をたてるためのものだが、つまりその当時は純然たる記録でしかあり得なかったのだ。だから明日の天気がどうなるか、よもや明日どんな風が吹くのかは(今もってそれはとても困難な事だそうだが)知り得るものではなかったのだそうだ。

「予測は・・・できなかったでしょうね」

資料を撮影し、その後当時を知る人のお話を聞きに急いで移動。

リスニング継続・・・

取材協力、資料提供:鳥取地方気象台

soundartist77 at 22:36|この記事のURLComments(0)2014 Tottori 

March 08, 2014

「風を知るための/テイクオフ」and I did Paragliding !

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「風を知るための/テイクオフ」

テキスト:mamoru
画像:三宅航太郎、映像:河本珠奈、リスニング:大下加奈恵、コーディネート: 谷口沙希

パラグライダーインストラクター:市川 正さん(JHF公認インストラクター)
協力:砂丘本舗/鳥取砂丘パラグライダースクール(http://para.sakyu.info/
。。。。。。。。。。

T-10

2014年3月4日、晴れてはいるが、曇が多く時折日が隠れる、気温は10℃を下回りじっとしていると寒い

砂丘にたたずみ海に向かって耳をすませば、
少し遠くから、幾重にも力強い波の音
時折、とんびが上空でピュロロロローと鳴く
耳元で風がする音がして、砂の上では何かがころがっている
そしてゴォォ、シュー、ドゥオーンとひときわ大きな波が打ち寄せる
周囲から砂丘散策を楽しむ話し声や、服がこすれる音がちらほら聞こえ
上空をヘリが南西の方向へぬけていく

つい30分ほど前に砂丘に到着した時はまだ陸地があったまっておらず、山から海へと弱い南風が吹いていたが、インストラクターの市川先生が「10時前後にはきっと、風のおしあいがはじまって、北向きに変わると思いますよ」と言った通り、10時きっかりに吹き流しはほぼ真北からの風を受けてそれまでとは逆の方向へとはためきだした。風速1−2m/秒程度の穏やかな北よりの風。私たちはその風をとらえるためにテイクオフのポイントを変えた。


「もう少し右に動きましょうか」

私の目の前には、砂につきたてられたプラスチック棒にとりつけられた吹き流しがたっていて、海から私の背後へとはためている。これが海風だ。

「それじゃあ、そのまま前に進みましょう」

背中に背負ったパラグライダーにずしんと抵抗が加わる

「手を挙げてー」

キャノピー(パラグライダーの翼)からのびている何本もの細くて固いラインがピンと張って、風は私の体を上へと吊り上げはじめる。

「はい、はなしてくださいー。そう帯はなしてー」

ラインを束ねた先にあるベルト状の帯と呼ばれる部分を手放すと、手に握られているのは舵取りのためのハンドルだけだ。下が砂地ということもあって、一歩前に進むのにも相当に力が必要になるが、前傾姿勢になるとブレーキ作用が働き余計に進まない。ここからが風からの抵抗を最大に感じる場面。

「前に走って!」

そう言われて走ろうとするも殆ど前に進んでいる気がしない、上半身をあげ、目を海の方へやり、必死で前へ前へ、ともがく。

<ほんとに前にすすんでる?>

「そう、まだ走って、まだまだ!」

<でも、もう足浮いてますよ!>

そう思いつつも、教えられた通り走っているかのように足を動かし続け、砂丘の頂上から斜面が下りにさしかかる、と同時にテイクオフ。間際まで、帯のあたりを手に持ちひっぱりながら並走してくれた先生の息はもう聞こえない。

足が宙に浮く、まだ重心は乱れていて、地表に戻されそうな力を感じて不安になった、のも束の間、体は完全に浮かび上がる。

「はい、肩ーー!」

ハンドルを握った両手を肩の位置へやる。バランスがとれてくる。
つい先ほどまで全身に感じていた抵抗は「0」に近づいている。

風にのったのか?

「はい、右ーー!」

おそらくほんの数秒のことなのだろうが、目には見えない大気の動きにあわせてすべる、ただすべる。少し異質な空間の流れ方を知る。驚いたことに私はほとんど「無音」に近い感覚を覚えた。

「両手ーーー!」

地表が迫ってきて<あともう少し飛んでいたい!>という私の想いは、私の背中へと伝わってきたパラグライダーの重みによってかき消され、束の間味わいかけた異質な感覚は散り散りになる。風にあおられたキャノピーが私の前方にスクリーンのように広がってから砂の上に落ち、少し引っ張られる。

風はそのあとも刻一刻と変化を続け、午後になって太陽が雲に隠れ陸が熱を失いはじめてからは海風が負けて、風速6−8m/秒の少し強めの南風にかわった。

私は砂丘をあとにし、その風をたどるためにある山へと向かった。

soundartist77 at 17:30|この記事のURLComments(0)2014 Tottori 

March 05, 2014

風を知るための幾つかの習作ープロローグー and THE WAY I HEAR, Tottori 2014

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image: 旧横田医院の一室

現在、鳥取市に滞在しながら「風を知るための幾つかの習作ーパフォーマンスなどー」の制作を行っています。「THE WAY I HEAR」というサウンドスケープをあつかったシリーズの新作を、と思ってたのですが、どちらかというと2012年頃から地味にやってきた「風のスタディ」という風や大気に関連した作品になりそうです。

鳥取では3月8日14時よりトーク
https://www.facebook.com/events/236066536517644/

3月22、23日(両日とも15時開演)にパフォーマンス
おそらくこちらに詳細がアップされると思います
https://www.facebook.com/pages/Hospitale-Project/292567924186154

パフォーマンスもテキスト(語り)が主体になる作品ですが、こちらのブログではその一部、または別の内容を、1月の下見から、幾つかの場面だけになるとは思いますが書き起こしてみたいと思います。
。。。。。。。。。。。。。。。。。

<プロローグ>

T-1

2014.1.4. くもり・雨
大阪駅11時24分発のスーパーはくとに乗って鳥取へと向かう。
途中、明石辺りでは灰色の海が間近に見え、大原駅辺りからは雨が振り出した。
枯れた山を両側に眺めつつ、いくつかの川を越えて、トンネルを抜けていく。所々、雪が積もっている。

予定よりも少し遅れて鳥取駅に到着。プラットフォームから階段を降りつつ、迎えを探そうと改札付近に目をやると、小柄な女の子が私の名前を書いたメモを頭の上にのせているのが見えて、すぐにそれとわかる。

鳥取市内も小雨まじり

大学三年生だというOさんに連れられて、いったん地下に下り、短めのアーケードを抜け、今回の滞在先であることめや旅館に着いた。駅からわずか5分くらいであろうか。

宿は想像していたよりも小綺麗な構えで、もと旅館(その前は遊廓)の風情をそのままに備えている。

ガラガラ、と引き戸をひらき、「おじゃまします」と一言

宿のご主人の岩原さんが木造二階建ての建物内を案内してくださった。「旅館」と言っても、すでに旅館業としては廃業し、現在はコワーキングスペースとしてWi-Fi、コピー機などを用意し、一階の居間部分を安い使用料で開放したり、二階部分は別のアートプロジェクト関連のアーティストのためのレジデンスとなっている。(そしてまさしく私がその「別のアートプロジェクト関連アーティスト」なのだ。)

表から見えるよりも奥行きがあって、部屋数も多い印象を受けた。

「この建物自体は築何年くらいなんですか?」と尋ねると、岩原さんは昭和18年の鳥取大地震、そして昭和27年の鳥取大火の事を話してくれた。そして今私達がいるこの宿はその大火のあとに建てられたのだと。土地の記憶はこうした大きなエポックによって区切られていて会話の端々にのぼるのかな、などと考えた。ともかくこの建物は築60年ということになる。

今回、鳥取にやってきたのはHospitale Projectというアートプロジェクトからのお誘いを頂いたからで、鳥取大学の地域学部の学生達とも連携し、3月に滞在制作と作品発表の予定。このプロジェクトは旧横田医院という元病院施設をベースにして活動を展開されている。

私もことめやを後にして早速旧横田医院へ下見へと向かった。町の病院にしては規模が大きい、事前に聞いてはいたが、鳥取の近代建築物として異彩を放つこの円形の病院は廃墟と呼ぶにはしっかりとした風体であるが、病院としての機能を放棄した感が覆っていて、時間が止まった様な印象は否めない。外よりも冷んやりとした病院内を歩いて回る。

..................
病院内に作られた小さなサロンにてリスニング

窓の外から雨音
壁にかけられた時計の秒針
少し離れたところから、横断歩道かなにかの電子音
すぐ窓の外で、鳥のギャーギャーと鳴く音
雨に濡れた通りを車が走りぬける
猫が耳障りな鳴き方をしている

.............

約1週間の下見だったが、町を見下ろせる山に登り、図書館で資料をあさり、そこからインタビューをしたり、小学校を訪ねて貴重な資料を借りたり。。。手伝ってくれる人たちにも助けられ、いくつか「風の種」をみつけた。私は協力してくれるスタッフに追加リサーチやそのレポートをお願いして、ひとまず鳥取を離れ、3月にその「風の種」をさらに掘り下げる事にした。

soundartist77 at 18:25|この記事のURLComments(0)2014 Tottori 

January 31, 2014

独奏曲「六ペンスの風」という作品 and my second wind study

(please scroll down for English)
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installation view

本日より開催される下記の展示にて小品を出品しています。AITのオフィスに併設されたレクチャーなどが行われているシェアオフィスの様なスペースでのアールブリュットの作家さん達との展示で「リビングー日々の世界の奏でかた」という展示です。詳しいことはリンクからご覧下さい。
http://www.a-i-t.net/ja/future_archives/2014/01/living-exhibition.php


独奏曲「六ペンスの風」、日常のための練習曲(風のスタディを兼ねて)、2013
テキスト、ケトル、水、コップ、六ペンス銀貨、二種類の茶葉、書籍による独奏又は独想

という長いタイトルなのですが、etudeシリーズで扱ってきた日常の音と、そこから徐々に興味を膨らませてきた「風」に関するのスタディをテキストでつないだ新作で、来場された皆さんに私の書いた楽譜ースコアを元に独奏&独想してもらう作品です。小品というか習作的なものですが新しい試み(といってもなんだかわかりせんよね。。。)なので、期間は短いのですが、是非お近くにこられた際にはお立ち寄り下さい。よろしくお願いします!

。。。。。

リビング - 日々の世界の奏でかた

会期:2014年1月31日(金)- 2月9日(日)
時間:11:00 - 18:00 *入場無料
場所:AITルーム(東京都渋谷区猿楽町30-8ツインビル代官山B403)
休 :2月2日(日)
主催:「リビング - 日々の世界の奏でかた」展実行委員会 
(MAD2013受講生+NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト])
特別協力:日本財団
協力:工房集/社会福祉法人ほのぼの会 わたしの会社/救護施設 松山荘

※ 本展は、NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]のアール・ブリュット講座受講生による修了展です。

..........

I'll be showing my small work for a small exhibition at AIT room in Tokyo, Daikanyama along with 3 other so-called-outsider artists.

My new work titled; "a wind for sixpence"

The visitor would read the score and play/imagine the sound to realize the piece.

Please come by if you are around. The score is written both in Japanese and English!

Exhibition"Living"

Date;
2014 Jan 31st-Feb 9th, not open on the 2nd
Time; 11:00 - 18:00
Free admission
Place;
AIT
https://www.a-i-t.net/en/form/contact.php

soundartist77 at 07:03|この記事のURLComments(0)exhibition 

January 24, 2014

リサーチ最終日 and I've finished my research in MA !

(Please scroll down for English)
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image: Lyman's filed notebook, L10 from The Lyman Collection at the Library of the University of Massachusetts Amherst

2014.1.21 リサーチ最終日。くもり、これまでにない寒さー明らかにマイナス10度は下回ると言った感じ、息をすると喉鼻が痛い。それもそのはず、スノーストーム警報がニューイングランド地方に出ている。ボストン行きのバスや、その先のフライトは果たしてスケジュール通りに出るだろうか。。。

ともかく大学図書館での最後の6時間。

こちらに来てフィールドノートや手紙のコピーなどを眺めているうちに、開拓使によって出版された公式の報告書に書いていある事の詳細な様子が見えてきて本当に興味深い。ライマンはあちこちに痕跡・ヒントを残しているのでリサーチする側にとって面白いのかもしれない。

ライマンは夕張川の調査後に石狩川へ移動した際、途中で数日雨が続いた時に、報告書を書き、手紙を書き、改めて夕張川や江別川(現在の千歳川)での調査に関して整理しなおし、地図スケッチをしたりしている。
その日付辺りのフィールドノートをチェックしてみたところ、私がフォーカスしている1874年6月19日前後の行程を示した簡単な川の形のスケッチ、文中にはEbetsuやYubaribetsuなどの文字も見える。おそらく先日発見した、手紙のコピーに付されている手書きの地図の下書きと思われる。

夕張川から、石狩川の調査になったとたんに川のスケッチにジグザグ線が書き込まれ明らかに距離を図りながら遡上した事が伺える、前回の記事に紹介したMaxineさんに聞いてみたところスチールテープを使って測量するために規則的にジグザグにうごきながら移動したのではないか、ということだった。石狩川の様な川幅も水深も十分な時にはおそらくカヌーではなく船で移動していたと思われ、その際にはこういった測量もできたのだろう。

ライマンの地図コレクションを参照していたところ、想像していた通り、彼が参照していた松浦武四郎の地図の北海道全図を手写しした(又は誰かにそれを用意させた?)ものを見つけた。
その地図に書き入れられた日付から蝦夷調査前に作成(又は入手)しているのだが、墨で書かれた地図には三年間の調査の行程が朱線で引れている。きっと調査の後か、途中で随時書き入れたのだろう。

彼が調査の集大成として出版した「日本蝦夷地質要略之図」という石版四色刷りの美しい地図はこうした地道な調査と度々の整理の末に出来上がったことがより実感できる。この地図に「来曼氏巡回道筋明治六年至八年」と銘打たれたいう点線があって、小さく書き込まれた夕張川とその縁をかたどる点線を見て、私がフォーカスしている部分などは全体の10分の1にも満たない事に気づき、改めてその偉業に驚く。

いろいろな方の協力もあって、今回のマサチューセッツリサーチに期待していた内容よりも随分と様々な発見があった。そして何よりも実際にニューイングランド気質を持った方やそれを知っている人達にライマンの話をし、彼らから聞く意見もライマンの行動や動機を知るのに多いに役立った。

さて、どんな作品に仕上げよう。

追伸:2014.1.22. アメリカ東部上空、雲の上

前日のバスは吹雪の中、なんとか予定通りにボストンへ。今朝のフライトは一本キャンセルになったが、無事に次のフライトに乗れたのでさほどの狂いなく次の目的地へ移動中。

2014.Jan.21 cloudy, freezing; probably below -10℃, it hurts my throat and nose, snow storm alert over the New England region
(I am concerned about my bus and flight to Montreal...)

The last day at the Special Collection room of the UMass Library.

There is an official report that was published from Kaitakushi, the Hokkaido Development Commision that is written by Lyman. The filed notebooks, and letterpress copies that I have been looking at are the drafts of the report in a sense. There are much more details found in the drafts, and it visualized or clarify the details of what's written on the report.

Lyman went up the River Ichicari (the spelling as he wrote) after investigating on the River Ebetsu and Yubaribetsu, which is my focal point. There were a few rainy days where he got stuck and spent his time writing letters, reports, sketching maps, and reorganizing notes.
I checked the field notebook around those dates and found an interesting sketch of River Yubaribetsu and Ebetsu, which seems to be the draft of a handwritten map that was attached to his letter to Horace Capron.

His sketch of River Ichicari is somewhat different from the ones from Yubaribetsu; he drew in zigzag line in the river, which probably is the trace of calculating the distance of the river by steel tape according to Ms. Maxine. Ichicari was wider and deeper than Yubaribetsu, so I guess he probably took row boat instead of canoe so that he was able to work on the measurements.

In the collection, there is also a hand-drawn-copy of the Takeshiro Matsuura's map, which Lyman had used as his reference through out his expedition (sometimes even complains about its inaccuracy...). It is dated before his trip, but has a red ink lines drawn over it showing Lyman's 3-year-expedition routes. Lyman might have written in while he goes on or after the trip. I had imagined that Lyman would have left some of his studies on Matsuura's map, so this was a great proof.

The "Geological Map of Yesso", 4 color stone print, that Lyman published later was the crystallization of all these little efforts of him and his team. There is a dotted line which says "ROUTE OF THE GEOLOGICAL SURVEY OF 1873-75", and the part that I had investigated on is even less than 1/10 of his entire route. I just admired Lyman's commitment and avility again for what he had done within his first 3 years in Japan.

My research here at Amherst was truly fruitful. Thanks to everyone I met. It was also just nice and helpful to be here, get a little more sense of what people of New England are like. Some of the conversation explained to me more about Lyman.

Next step is to weave all these experience into a work.

P.S. 2014.Jan.22 over the sky of North East USA, cloud underneath the airplane, of course sunny up here.
The bus took off as it was scheduled. My morning flight got cancelled but rescheduled ok, and I am heading to my next destination.

January 18, 2014

フィールドノート解読中 and Iistening to 1874!

(Please scroll down for English)
画像1
image: Lyman collection in the box

アマーストでの時間の大半はライマンのフィールドノートの解読、解読に手助けとなる他の資料の閲覧、それらの撮影、に時間を費やしているが、大学図書館司書の方々の協力が本当に素晴らしい。打てば響くとはこの事で、当初からコンタクトをしていた東アジア専門の司書のSharonさんは私のプロジェクト自体にも高い関心を持って下さり、幾つか質問し私の関心事が具体的にどの辺りにあるのかを特定した上で、次々と興味深い資料を自らひっぱり出して来てくれる。

例えば、ライマンは自分が書き送った手紙の写しを手書きや、カーボンコピーなどで残しているのだが、そのうちのひとつ、1874年6月29日(と思われる)に自分の上司である開拓史の最高顧問であったケプロンに書き送った手紙には手書きの地図が付されていて、私が特にフォーカスしている1874年の夕張川での調査が含まれている。これは今までに見た事の無い資料だったし、かなり正確にかかれているのでフィールドノートや公式な報告書と照らし合わせるとライマン隊が果たして当時の夕張川のどの辺りまで来たのかがはっきりとする。予想していた地点よりは少し奥まで行っていた様に思えるが、だいたいは推定していた通りだった。残念ながらカーボンコピーの退色は激しく手紙の方はほとんどが解読不能なのだが、おそらく公式な報告書にも同内容が含まれている様に思う。これは要確認。

さらには自らフィールドノートの解読にも挑戦して下さって、「私よりも適任者がいる」と、自然科学系の学部の司書で地質学を専門とされるMaxineさんを紹介して下さった。
その方も関心を持って下さった様で、あらかじめライマン資料を予習(!)して来て下さった上に、フィールドノートの解読に半日ほどお付き合い下さった。
ただでさえ手書き文字というのは読みづらいし、専門用語も混じっているので少々お手上げのところもあったのだが、彼女も苦労しながら、幾つも頻出の単語を解読して下さった。おかげでかなり解読は進んでいる。ついでに地質学のレッスンもして貰って以前よりも正確にライマンの言葉が示す内容が理解できる様になってきていて、私のチューニングも進んでいる。

カヌー(ライマンの時代を考えるとおそらく丸木舟)の上で川の形や河畔の特徴を目測しつつ、次々とメモを書き加えていくためだろう、ノートには彼独特の記号的表現も多く、わかるまでは暗号だが、いったん読みとれると、彼の目に何がどう写っていたのか、そしてそこから彼はどんなサウンドスケープを聞いたのか、想像がすすむ。そして細かく文章で書き記している瞬間と記号でメモをつけている瞬間の違いも感じられ、それはさながら「譜面」に書き記された音長の違いの様で、書かれた「音楽」の形が聞こえてくる。

何かを発見する瞬間は何にも替えがたい喜びを感じる。

司書の方達も、私が単にアカデミックな論文を書くための資料をあさっているわけではなく、ある場面を想像するためのマテリアルとして資料を精査している点を大変理解して下さっていて、適確なアドバイスや鋭い思いつきをシェアしてくれたりもする。
「もし私が調査に参加していたら・・・」とMaxineさんは話し始め、とても重要な示唆を下さった。その事で、漠然と知っていただけの事柄に、その背景にある動機が感じられ、情報が肉付いて活き活きとしてくる感覚が生まれてくる。

ライマンは本当に記録魔で自分の機材表とそれをいつ誰にかしたか、帰ってきたかなどを刻銘に記録している。そこでSharonさんは1874年の調査前、調査中の表から彼がどんな道具を携行していたかが想像できるし、Maxineに聞けばどの道具をカヌーに持ち込んでいたかも推定できるかもしれない、それらがどんな音を出していたのかも想像できるんではないか?という事で早速聞いてみたところ、貸出リストからそれに該当しそうなものを抜き出し、参考画像も添えて返信が来た。

アメリカは月曜日がマーティンルーサーキングJr記念日で祝日のため長い週末を迎えている。ここアマーストで私に残された時間もあとわずか。

耳を澄ます

mamoru

...................

I am spending most of my time here at Amherst to figure out Lyman's hand written field notebooks, and documents that are related to it, or that would clarify the descriptions. I must say that the librarians are super helpful and I am so grateful for their knowledge and suggestions they make.
Ms. Sharon whom I have been in touch with since I started this project would ask me a few questions to see what I am looking for and get the documents, sometimes unexpected ones.

For example, I asked her if there is any drafts of the official report that might have a little more detail about his 1874 expedition since he wrote on the forward of the report that it was made out of further detailed diary. She brought a box of "CORRESPONDENCE". Lyman kept the copy of his letters by hand writings or carbon copy. I found a carbon copy of the letter from 1874 June 29th, a little after his survey trip on River Yubari and other rivers. The letter was written to Horace Capron, his boss, and there was a hand-drawen map attached to it. I had never seen it before or known its existence at all. The map clearly shows his route of the expedition; the shape of the river and how far he had gone up the stream. It was very close to what I had been guessing, but it was great to find out. Unfortunately, the letters are almost lost/faded away, but it may have some information about the expedition. I must check this later.

Ms. Sharon also tries to read the notebook for me as well, and suggested that the librarian who is specialized in geology may be able to read better than us! The next day, Ms. Maxine came up to offered a help. She spent half a day reading this notebook for me.
The notebook is really hard to read and contains some technical terms, which makes me helpless. However, she was able to figure out some of the words that appear very often. She gave me a little geology lesson so now I am more "tuned in" to Lyman's terminology. (I guess)

When you think about a guy on a canoe trying to sketch the river shape, make observation of whats around the river and take memo on a notebook as his canoe going up against the stream, it is easy to imagine that he would use a lot of symbols or short form of writings and repetitive expression for later readings. Therefore, it looks like a secret code, but once you figure it out, even a word, the whole note becomes way clear; I can see what he saw, and I hear what he heard. When he uses the sign, maybe the canoe was going faster? When he writes a little sentence, it was slow or it was important? It suggests the dynamics of his movements both physical and psychological on the river.

It is the greatest joy when you actually getting to know something.

Lyman was a type of person that takes memo of everything. He had listed the equipments he had and took memo of which he lend to whom until when and what happened (lost, broken, etc).
Ms. Sharon suggested to check on the ledger that has the list of 1874 before the expedition, which must had included the things he brought to River Yubari. I was not able to tell what they are by reading, so I took photos and sent them to Ms. Maxine asking which may had been taken into canoe, and if there were any particular sound they would have made. She replied with the images of 19C geological tools that are similar to what Lyman might have used. I will hear from her later how it might have sounded like.

Monday is Dr. Martin Luther King Jr. Holiday in US. It is a long weekend. My time here is not much left.

Collective listening,

mamoru

January 16, 2014

ライマンの故郷へ! and it's to see a notebook

(Please scroll down for English)画像1
image: University of Massachusetts, Amherst, old chapel and the library building

2014.1.14. 小雨、気温ー思ったよりも寒くはない、風は感じない

とうとうやってきた。
徒歩、電車、飛行機、バス、車を文字通り乗り継ぐこと24時間。たった一冊の小さなノートを見るために。などと言うといかにも大げさだし、恐らくだいたいのリサーチというのはそんなものだろうし、興味を持つというのはそういう事だと思う。でも、そうは思っていても、やはりハイになる。そしてだいたいのリサーチというのはそんなものだと思う。

Benjamin Smith Lymanを追って夕張川を遡った昨年の夏以来となる「ライマン」作品の制作を再開し、米国マサチューセッツ州のアマーストという町にやってきました。

ニューイングランドの美しく深い深い森の中にアマーストはあって、マサチューセッツ大学アマーストはその中心にある。このエリアには幾つもの名門大学が古くからあって、各種エリートを輩出し続けている。明治政府によって雇われたアメリカ人の中にもマサチューセッツに関係のある者は少なくない。北海道開発に深く関わった開拓使最高顧問のケプロン、我らがライマン、札幌農学校(後に北海道大学)のクラークだけをとっても日本の近代化とそれを担った日本人達への影響は直接も間接も含め決して少なくないのではないだろうか。(新島襄や内村鑑三などはアマースト校に留学していた事もあるそうだ)

キャンパスで1番の高層ビルが図書館で、ここにライマンが持ち帰った膨大な書籍、メモ類、写真の多くがコレクションされている。そして、25階に今回のリサーチ/リスニングの主な現場となるスペシャルコレクション用の閲覧室がある。

他の部屋とは違って、少し重厚な装いの特別閲覧室の入り口に受け付け、その向こうに二つガラス張りのオフィスルームがあり、壁には北斎の浮世絵、壁際に幾つかガラスケースにいれられた何やら歴史を感じる資料が並んでいて、部屋の真ん中にかなり大きめの四人がけテーブルが4つ並んでいる。そしてその片隅に、昨年来あれこれと問い合わせに応じてくださった大学図書館司書の方があらかじめ用意しておいて下さったライマン関連の資料が古いダンボールや書類ケースに仕分けられてカートに載せられていた。
いいかげん見慣れているライマンの印鑑をあしらったラベルがそれらには貼ってあって一目でそれとわかる。

「The Benjamin Smith Lyman Collection
来曼(これが印鑑で、見た目的には[曼来]となる)
SERIES 4: SURVEY NOTEBOOKS,
Japan
Y1-3 1871(1873)
L3-39 1873-76)
UNIVERSITY LIBRARY
UNIVERSITY OF MASSACHUSETTS AT AMHERST
BOX 31 」

というラベルが貼られた箱を開き、ずらりと並んだ40個ほどの封筒の中から鉛筆で「L10 1874 (MAY-JUNE)」と記されたものを見つけ、中身をそっと引き出す。

これが本命のノート

思っていたよりも小さく、痛みのすすんでしまっているそのノートの表紙は元の色よりも茶けていて、真ん中には大きく「L10」と墨でレタリングされていて、鉛筆の補助線が見える。よくみると表紙の柄も薄墨でストライプ線を自らひいた様にも見える。

背表紙がボロボロなのと、わずかながら緊張の様な感情が入り混じった興奮もあって、恐る恐る初めの(と私が思った)ページを開く
ー 数字の羅列 ー
何かのデータだろうか?

そして次のページ。左上にはページ番号があるはずだ
ー「99」ー
99?おかしいな、と思い、数ページめくると数は減っていく。そう、ライマンはこのフィールドノートを日本式に右から開いて使っていたのだ。私の方が西洋式に左から開いたものだから最後のページ番号が現れたのだった。この事実が早速、フィールドノートのスキャンデータを読んでいた時に感じていた違和感の一つを解くヒントになった。
フィールドノートには川をさかのぼりつつスケッチした夕張川の図が描かれている。時々は見開きで使われるているページもあるが、大抵は半ページずつ進んで行き、何故か右側から書き始められていた。時刻がメモしてあり順番がわかったのだが、左にページをめくると思い込んでいたため、どうにも不思議に思っていたのだ。だが右から開いて使っていたのならむしろ自然だと言える。
ライマンが石炭の小塊を発見した場所を特定するためにこの川のスケッチは最終材料になっていたのだが、実はそのページは見開きで使われている様に見えるのだが、もしも右、左と別のページであったらば、ずいぶんと意味合いが変わってくるし、その可能性もなきにしもあらず。これは、改めて検証し直す必要があるかもしれない。

ともかく第一日目、初見で上々のスタートだ。その後も少しずつだが、幾つか重要な発見があった。

ライマンが開拓使から出版したレポートに、江別川(千歳川)と夕張川(現在の旧夕張川)が交わるところから少し先を遡った際に「湖の様な大きな水場を通った」という記述があり、リサーチ全体の中でも重要なポイントなのだが、どうしてもフィールドノートのスキャンデータを見ている限りは見つけられず、妙だなと思っていたところ、実物には鉛筆で(非常に読み取りづらい走り書きですが)「lake」と読める文字と簡単なスケッチが、レポートの記述と符号する形で書かれており、少しほっとした。鉛筆の線がほとんど消えかかっていたためスキャンデータには写っていなかったようだ。

発見というほどでもないが鮮明なイメージを得たのは、ノートに「deer」と読みとれる記述があり、河畔に鹿を見かけ思わず書き入れたのだろうか、私も昨年の夏に夕張川での現場検証の際に鹿の家族を見かけたのだが、その事を思い出した。

現在ウィンターブレイク中の大学図書館ではスペシャルコレクション室の開室時間は短くて、10時〜16時。土日休館を挟んで最長で火曜日の午後までの6日間ではたしてどこまでいけるだろうか。何が聴こえてくるだろうか。とにかく耳を澄ます。

追伸:2014.1.15、2日目の今日も未見の資料からはっきりとライマンが夕張川のどの辺りまで来ていたかが推察できる手書きの川のスケッチを見つけたり発見が続いています。またなんとか時間を作ってアップします!

..................

2014.1.14. raining, it is not as cold as I had expected, no wind

I am here to see a little notebook.
It took me about 24hrs to get here; walking, train, flights, bus, and car ride. I believe your interest drives you as far as it can, and that is how most of the research have done I guess, so no surprise.

My trip to Amherst, Massachusetts is a continuous research trip from the one that I made last summer in Hokkaido.

I have learned that there are strong connection between Japanese and people in this region especially around the early 19C. There were handful of people hired by the Japanese Meiji government from Massachusetts who played an important roll in the early stage of the Japanese modernization such as senior supervisor for Hokkaido Development Commission Horace Capron, the founder of Sapporo Agriculture School (now it is Hokkaido Univ.) William Clark Smith, and Benjamin Smith Lyman whom I am researching on, to name a few.

The library that I am going to spend most of the time here is in the 25th fl of WEB Du Bois Library. There is a reading room for their Special Collection, which include Lyman Collection.

The reading room has an atmosphere somewhat different form the other rooms in the library. There is a reception next to the door, and two office behind the glass wall. I see several Hokusai, Ukiyoe print and probably-historical-documents in the glass case. In the middle of the room, there are 4 tables for the researcher to study documents and they are big enough to unfold and view the oversized ones.
In a corner of the room, there was a cart prepared by the librarian whom I have contacted since last year. I can tell these were for me right the way because the boxes got the label that looks familiar to me; the stamp design that Lyman made in Japan.

"The Benjamin Smith Lyman Collection
来曼 (this part is the stamp, and the these are the chinese character he chose to represent his name)
SERIES 4: SUERVEY NOTEBOOKS, Japan
Y1-3 1871(1873)
L3-39 1873-76
UNIVERSITY LIBRARY
UNIVERSITY OF MASSACHUSETTS AT AMHERST
BOX31"

I opened the box and, from about 40 envelopes, I picked up the one that says "L10 1874(MAY-JUNE)" .

This is it.

It looks a little smaller than I had imagined. The notebook is handmade by Lyman with Japanese paper and also with Japanese bookmaking technique. The 140-year-old looking notebook has the hardcover with black sumi lettering "L10".

I was little nervous to open it since the spine of the book already tearing apart.
The first page;
some kind of numbers on the upper part of the page.

Next page;
it says 99 on the left upper corner.

99? That looks strange. The next says 98 and onward...
Lyman made his notebook in Japanese style that he also started pages from right to left. I might have been read about this fact, but it just stroke me and resolved one question I had when I first got the scan date of this notebook in summer.
I was trying to read his sketches of the river. I first figured the order by his notes on time and direction. Then, I noticed he started from the right page instead of left. I was not sure why he had to use the notebook in that manner. Now I know; he was more Japanese than I thought he was.
This first discovery lead me to reconfigure page 48 on L10; the page that has the most important information to locate where he found the first "Coal Pebbles" on the shore of River Yubari. It looked that he was using it as an open page (right +left), but I realized that it would suggest totally different shape if I read from right page and then to left. I have to investigate more on this later.

I am happy that the first day started well. There were other things I found out.

On the scan data, I didn't find a page that has any description about the "lake like expanse of water" that he wrote on the official report that they passed through. This lake/pond has disappear after the settlement and agricultural development in the region and even I find something similar on the old maps, it appears with so many variations. I have wanted to know the shape of this "lake like expanse of water" from more direct source of information.
I looked up very carefully to his field notebook where it may appear, and then I found pencil line almost fading away that looks like a "lake". I guess the scan wasn't able to capture the thin line at all.

It is also amusing to find words like "deer". He saw a deer on the shore or on the bank of the river and made a note I guess, which reminds me of my experience seen deers while I was researching on the River Yubari.

It is a interterm here at University of Massachusetts Amherst, so that I only have 10-16. I am staying until 21st, so altogether 6 library days to go. Let's see how far I can get.

Listening,

mamoru

November 24, 2013

本日終演 and the final boat has come back


17)


2013年11月24日10時19分、私のiPhoneの着信音が鳴った。
電話越しに最後の遊覧の報告を受けた。「良い遊覧でした」と。

本日の天候は晴天、それに伴う湖のコンディションも良好、最終便、満席という空気感、お客さん達のコンディション、そして何よりも10週間を経てこのコンポジションを私よりもずっと熟知された船長と乗務員の皆さんの「演奏者」として意図された動作のキレ。いろんな条件がそろった時に生まれる素晴らしいライブパフォーマンスがなされた、と想像した。私もその場に立ち会い、1人の乗客としてその「ライブ」を味わいたかった。

残念ながら、フィリピン帰国前後でひどく体調を崩したため、どうしても行かれなかった。が、遊覧船の出航時刻から帰港時刻までスタジオでひとり、座って目を閉じてイメージの中で遊覧していた。船に乗り込み、湖の上を走り、アナウンスや周りの音に耳をすまし、プログラムを読み、景色に圧倒され、静かに遊覧を終え、下船してからスタンプをプログラムの裏表紙におすまでの全行程、刻み込まれたあれこれの光景は思っていた以上に鮮明で、1時間はあっという間に過ぎて行った。

芸術祭期間中に計画された18便のうちたった1便だけ風のために欠航したが、残り17回の遊覧は無事に運航されました。芸術祭と遊覧船の関係者の皆様、デザインや音の制作スタッフ、そしてご乗船下さった皆様に心からお礼申し上げます。

この記事をもちまして「湖とその遊覧船のためのコンポジション」終演いたします。
本当にありがとうございました。

(ウェブ上で今後何かしらのアーカイヴを発表しますので、その際はまたご案内します!)

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

2013.Nov.24th 10:19am
I hear the ring tone of my iPhone.
"It was a beautiful one."
The person over the phone reported about the last performance at the lake.

At 9:00 am, the weather was fine, so the lake was calm. It was the last day of the festival and the last boat to play my composition. The seats were full; the audience expectation was high. In short, very good vibe all around. Moreover, the captain and the crew who now know the composition much more than I do after 10 weeks of playing the composition, were more than ready to make it to be their best. I can easily imagine how the performance was. I really wish I could be there and be an audience.

Unfortunately, I have been sick even before I left Manila last weekend, and was still sick this morning.
At 9:00am, I sat down in my studio alone, closed my eyes, and took my last cruise in my mind. All the detail of the composition came arrive from the moment of getting on the boat to the moment of stamping on the back of the program at the end; all the voice, action, sound, light, and so on. An hour went by so fast.

During these 10 weeks, only one boat was cancelled due to the strong wind; however, I am grateful for the other 17 that made it without any accident. I express all my gratitude to the staff of the festival, captains and crew members of the excursion boat, my creative team, and all the audience that came and realized the composition.

I announce the end of the piece by posting this article.

Thank you again,

mamoru

PS I will upload some kind of archive on my Web about this project!

soundartist77 at 18:19|この記事のURLComments(0)2013 Lake Towada 

November 22, 2013

マニラを聴く and THE WAY I HEAR, Manila 04

<日本語は下へスクロールして下さい>
sml_neilsontower
image: Neilson Tower, Ayala Triangle, Manila

(continuing from previous post)
The first night I arrived in Manila, a coordinator took me around Makati area. We passed one park/yard. It was at night, but wasn't dark enough to miss its distinctive shape. She told me the place is called Ayala Triangle. Many often, there are reasons why places like this end up being in such a shape. As I started researching the area, I found out that, In this case, it was the two crossing runways of the Neilson Airpot that made it into triangle. You can see the ex-control tower in the corner of the triangle at least for a little more. (It is under construction and I am not sure whether they are keeping the building or putting it down.)

On March 15, 1941, the Philippine Airlines' first flight took off from the Neilson airport to Baguio with 5 passengers and two pilots on board. The aircraft was a Beech Model 18 NPC-54, known as "twin engine"; one of the fastest of the time. The PAL acquired another one, NPC-56, later. However, the war between USA and Japan broke out, two planes were impressed into military service to fly supplies and later evacuate Americans to Australia. The NPC-54 when flying to Australia had an engine trouble and grounded at Surabaja, while the NPC-56 got shot down by a Japanese fighter over Malabang. (The pilot who flew the first PAL, was unhurt and made back to Australia.)

Listening

sml_BM18
image: airplane model; Beech Model 18 by Joseph Gabriel

(前回の記事の続き)
1941年3月15日 5人の乗客と2人のパイロットを載せてフィリピン航空最初のフライトがマカティ・ニールソン空港を北部バッギオへと飛び立った。機体は当時の最速機のひとつビーチクラフト社のモデル18、通称ツインエンジン、NPC-54。フィリピン航空は後にもう一機同モデル,NPC-56を購入するが、すぐに日米開戦にともない軍用輸送機として軍に接収され、物資の輸送、後には米国人をオーストラリアに避難させる際に用いられた。NPC-54はオーストラリアに向かう途中にスラバヤ上空でエンジントラブルをおこし墜落、NPC-56はマラバン上空で日本軍機によって撃墜された。(パイロットは無傷。オーストラリアに生還。)

耳を澄ます

マニラに到着した最初の夜に、現地でいろいろとコーディネートしてくれているスタッフの方に美術館周辺を案内してもらった時に、ひとつの公園のような広場を通りかかった、暗かったとは言えその不思議な形が見てとれた。私がその名前をきいたからだったか、その方が自ら教えて下さったのかは忘れたが、そこが「アヤラトライアングル」と呼ばれている事を知った。こういう場所というのは、それなりに妙な形に落ち着く経緯というか、理由がある事が多い。案の定、調べはじめてわかったのは、この土地にあったニールソン空港の2本の滑走路がちょうど交わってできた三角形だということだ。その一画には元管制塔のニールソンタワーが現在も(いまのところ)建っている。1948年に飛行場としての役目を終えた後に警察署、オフィス、レストラン、図書館と姿を変え現在は工事中。(聞いたところでは、レストランとして再オープンするそうだが、概観が保たれるかどうかは不明)

・・・・・・・・・・
Two more days before closing the exhibition at Ayala Museum. The text and images posted here are supplementary to the main text exhibited there, so please go check it if you can and visit Neilson Tower if you have a little more time, just a block away from the museum. I will introduce more "sound" that I encountered in Manila somehow online after the show is over. Thank you for your listening!

「マニラを聴く」と題してブログで書いたテキストや掲載した画像はアヤラ美術館での展示に関連した物です。展示終了後(11月24日)にまとめてからウェブ上で他の「音」もご紹介したいと思います!展示に行ける方はどうぞ作品を観に行ってください、その際はニールソンタワーもほんの一ブロック先にありますので是非訪れてみて下さい。展示終了まであと2日!

mamoru

November 07, 2013

THE WAY I HEAR/LAKWATSA, Manila 2013

(Bilingual)
sml_installing_AIRPLANE
image: installing an paper craft object for "13. AIRPLANE" @ MEDIA/ART KITCHEN, Ayala Museum, Manila 2013

a day before the opening
at around 6 o'clock in the evening
the awaited airplane flew into the exhibition space

Can you "HEAR" the airplane landing?

Makati area, where the museum located, is a clean mega shopping mall area, and I was curious to find out what it was like before. It just started when I start asking several locals(I am not sure how local they are) about it, but they didn't know.
Then one of the local/my assistant/then-a-collaborator found out that there was an airport. We started researching, and off course, there is a history behind. The Ayala Avenue, a block away from museum, used to be the run way of the Neilson Airport since 1937 to 1948.

(Today is the opening day. It will open soon, so I will write more about this in the next post. mamoru)
.................

展示オープニング前日
夕方6時頃
待ちわびた一機の飛行機が会場に飛来

聴こえますか?

美術館が位置するマカティという地区は巨大なショッピングモール街があるのだが、以前の姿はどうだったのだろうと単純に興味をもって数名の人に聞いてみたが答えはなかった。
マニラっ子でもあり、結局コラボレーション相手になった、私のアシスタントの1人が飛行場がこの辺りにあったらしいということを調べてきてくれた。興味をもった彼と私はさらにリサーチをすすめ、美術館(私の受け持つ展示会場)の窓からも見えるアヤラ通りがニールソン飛行場(1937−1948)の滑走路であったこと、またその飛行場にはフィリピンと日本にまつわる物語があった事実を知る。

(今日が展示オープンなので、そろそろ会場へ。次回にもう少し詳しく書こうと思います mamoru)



November 01, 2013

マニラを聴く and THE WAY I HEAR, Manila 03

(Bilingual)

2013.10.31 chilly, very windy, stars and clouds
around 3:30am, strong wind hitting the tent (I can't sleep)
around 5:00am, my friends start talking outside (time to wake up?)

7:14 foggy, windy, at the peek of Mt.Balagbag, Rodrigues, Rizal
"LISTEN" to the sound

......

2013年10月31日 肌寒い、強風、星が雲の合間から見える
午前3時半頃、風がテントにあたり激しく音をたてる(目が覚める)
午前5時半頃、テントの外から話し声(そろそろ起床?)

7時14分 霞、風あり、Balagbag山頂上

sml_MtBalagbag_peek





soundartist77 at 09:52|この記事のURLComments(0)

October 23, 2013

マニラを聴く and THE WAY I HEAR, Manila 02

(Bilingual)

2013.10.22. 13時頃、晴れ、30度前後、湿気あり
「マカティの中心部の巨大なショッピングモール。入り口ではセキュリティゲートをくぐり、かばんの中身を細い棒でなんとなくかき回され、形ばかりにも思える様な銃所持チェックを受けた後にモールへ入る。ドーム上に見える天井までは3〜4階分ほどの吹き抜けで、床には大理石調のタイルを敷き詰めてある。通りゆく数えきれない人達の足音と、彼らの交わす会話、無数の店から流れて来る音楽、全ての音が反響し、その残響も加わり、聞き分ける事が不可能なひとつの巨大な音の塊と化している。「ここで昔、と言ってもそんなに前じゃないんだけど、ガス爆発があったんだよ」と聞く。その「音」に圧倒され、ますます目眩がする。歩けど歩けどモールは果てしなく連なっているが、時折外にでる。と、同時に音の塊から解放され思わずため息をつく。」

.......................

2013.10.22. around 13:00, sunny, hot, humid
"The shopping mall in the center of Makati. I have to go through the security gate, and a guy checks my bag with a thin rod before going into the mall. The inside is 3-4 stories hight with a dorm-shape-ceiling. The floor is made with marble-looking tiles. The footsteps of so many people, their conversation, and different music from every single stores are reverberated and amplified in the space; It becomes a gigantic chunk of sound. My friend said 'You know, not too long ago, there was a gas explosion here in the mall.' The overwhelming 'sound/image' made me little dizzy. As I walk out from a mall, I breath the air, free my ears a little while before walking into another mall."

マニラを聴く and THE WAY I HEAR, Manila 01

(Bilingual)

2013.10.21, 晴れ、30度近い気温、湿気あり
「頭をかがめながら、キアーホ行きのJeepneyに乗り込む。両側にある長椅子にはすでに制服姿の高校生や数名の乗客が座っている。外で行き先を叫んでいた運転手も車に乗り込んで、すさまじい騒音の中を走り出す。トラックに吹き込む風が暑い。時折、乗客から乗客へ、そして運転手へと手渡される運賃やそのおつりが私の目の前を行き来して、小銭のたてる小さな金属音が聞こえる。信頼で成り立っているこの"運賃システム"が微笑ましいせいか、すさまじい騒音の中でも何か際立って聞こえる。」

Jeepneyって何?と思われた方は>こちら wikiですが参考までに

........................

2013.10.21. Sunny, hot, humid
"I bend my body and get on the Jeepney to Quiapo. There are high school students with their uniforms on, and a few other passengers already on the seats on the both side of the truck. The driver stops screaming the destination, gets on the car, and starts driving into the great noise of the city. The hot wind comes through the open window. I hear the coins been passed from my left to right. People passes their fare to someone sitting next to them, hands to hands to the driver. Maybe because this 'system
' is somewhat smile-provoking to me that I hear the sound very clearly regardless of the noise all around."

If you wonder what Jeepney is. Here is what the wiki says.

October 18, 2013

マニラへ向けて and I am goingo to be in Manila !

(Bilingual)
画像1
image: plan drawing for the exhibition

今週末日曜日からマニラでの滞在を開始します。今年は夏ー秋の間夕張川、十和田湖、と日本の北側で仕事していた分、季節外れの夏に負けない様にしないとな、と思っています。滞在は4週間ありますが、前半は展示のための制作をマニラ中心部にあるアヤラ美術館という"ショッピングモールの中にあるガラス張りの美術館"というなかなか経験の無い環境でかつ"三階分のガラスケースの中”というこれまた難条件、後半はGreen papaya Art Projectsという現地のアーティスト・ラン・スペースの人達とラジオを使ったプロジェクトを郊外のケソン市で、と盛りだくさんのため、おそらく息つく暇なくあっという間に出発の日、ということになりそうな気がしています。

今回のプロジェクトは国際交流基金が主催する「MEDIA/ART KITCHEN」というASEAN諸国のキュレーター、アーティスト達によって4カ国で開催される展覧会事業の一環で、現在既にインドネシア、マレーシアなどで展示が始まっているようです。特設サイトは>こちら、(基金の関連ページ>こちらから)

果たしてどんな制作/プロセス、作品/結末になることやら。。。このブログや、FB(https://www.facebook.com/afewnotes)で様子をアップ出来ればと思っています。

............................

I will be in Manila for 4 weeks from this coming Sunday for the group exhibition taking place in the center of Manila and the radio project in Quezon. The project is a part of Japan Foundation's "MEDIA/ART KITCHEN", which is organized by the curators from ASEAN nations. They have already opened 2 exhibitions in Indonesia and Malaysia so far. You can see the detail > here.

The Ayala Museum that I will install my work is located in the shopping mall, and people can see the inside of the museum through glass wall. (as far as I understand.) The works will also be installed into two glass casesI, 3 storeys high with shelves. I haven't seen the space yet, so decided not to get into details until I see it. But it will be challenging, and hope to update the process and the result here on my blog or on my FB(https://www.facebook.com/afewnotes). The radio project is the collaboration with artists based at Green papaya Art Projects

Looking forward to meet the new city and people there!

September 19, 2013

皆様のご乗船を心よりお待ちしています。 and we are getting ready for your visit!

(Please scroll down for English)
sml_captain01
image: captain's cabin (C)2013 mamoru

「遊覧船は生ものだから」と言われた。その意味は、十和田湖に通う度、船に乗る度に重みをましています。その日その日の気象条件、そしてそれが「風」という形になって主に影響してくるのですが、その範囲は、私の想像の範囲を越えていて、端的に言って本当になにもかも変ってしまう。
前回書いた様に、船の性能と仕様などの違いもあいまって、どういった条件でも実現可能な作品の骨格をとらえることがなかなか出来ませんでした、が今回の「湖とその遊覧船のためのコンポジション」を運航して下さる十和田観光電鉄、十和田湖観光汽船の皆さんが何度も船を走らせて下さり、いろいろと教えて頂く中で、先日3回目の最終リハーサルを終えて「コンポジション」は完成しました。
完成しました、と言っても、実際には運航する日の船長さんはじめ船を運航して下さる方々、そして皆さんが来て船に乗って頂かない事には作品は存在しません。

そこで、今日はお越し下さる皆様のために十和田湖へのアクセスに関して現状をお伝えしたいと思います。それと芸術祭のWeb等にもある程度の情報がありますが、僕自身が重要だと思う事をここではお伝えします。

「mamoru より"湖とその遊覧船のためのコンポジション"の観賞をご検討下さっている皆様へ」

まず運航日をご確認下さい>こちらから

<11月2日アップデート/11月の土曜日は芸術祭パスで乗れるサバイブバスにて十和田湖往復できます!詳しくは芸術祭にお問い合わせ下さい。スケジュールこちら 0176-20-1127>
↓ですので公共交通機関を利用なさる際も以下の様なことがなくうまくアレンジ出来ると思います!良かった!
<9月19日現在>公共交通機関をご利用の場合ですが、最も重要な点として、十和田市内などから日曜9時の遊覧船に間に合う朝のバスはありません、又、土曜日3時半の遊覧船に乗ると帰りのバスがなくなります。そんな風にわざわざスケジューリングしたわけでもちろんありませんが、遊覧船の通常営業スケジュールはすでに通年で体制が決まっており、その複雑な船の運航スケジュールから、なんとかこの2便を出して頂いている現状です。ですので、皆さんの予定に是非とも土曜日の夜は十和田湖畔/休屋で1泊、と組み込んで下さい!土曜日3時半の遊覧船にのってから泊まるパターンか、土曜日に泊まってから日曜朝にのるパターンか。
バスでのアクセスは便数が少なく、あれこれ兼ね合いが難しい上に結構高いので、人数がいる場合でレンタカーが選択肢になるならそちらが良いかと思いますが、アクセスに関してJR東北バスまたは、遊覧船HPも参考になると思います>JR東北バス 遊覧船HPこちら
宿泊は「十和田湖 休屋 宿泊」などで検索頂くか、>十和田湖国立公園協会HPも参考になると思います。

お車でおこしの場合、美術館がある市街から車で1時間半はかかります。順調にきても乗船チケットを買う必要があるので、もう少し余裕を見て下さいね。
各所から休屋への所要時間の参考になると思います>十和田湖国立公園協会HP
遊覧船の方々から聞いたところ、紅葉シーズン(10月中ー下旬が例年は来客のピーク)にはかなりの渋滞も予想されるので、さらに時間には余裕を持って下さるようにおすすめします。
そして是非気をつけて頂きたいのは「湖についた!」と思ってもそこは「子の口」(ねのくち)という別の港で、私の作品/遊覧船が出港する「休屋」(やすみや)という場所はそこから湖沿いに車を15分ほど走らせたところから出港しますので、どうぞ港を間違えない様にご注意下さい!ギリギリできて子の口に行ってしまうと船に間に合わないかもしれませんので。

それと、遊覧船の作品は定員が一応設定され公表されていますが、この点に関しては実際には、その日運航する船の3階席の上限が基本的な定員人数となっています。また、もしもそれをオーバーしても1、2階でも構わなければ乗れますので、おそらく来て下さった方は全てご乗船いただけますのでご安心下さい。心配な方はチケットカウンターにお問い合わせ下さい。0176-75-2909

11月には風が強くなってくる事があると聞いています、時々強すぎる場合には運航取りやめもあり得ます。。。

「そんなに行きにくいのか!」と思われるかもしれません。正直なところ、私もこの地の利の悪さに最初は戸惑いました。それでも、十和田湖は素晴らしい景観を誇る日本屈指の湖です。「ここに日本がある」とリサーチで読んだ本のひとつにありましたが、そんなことの1つも言いたくなる、心動かされる湖です。断言できますが、いつ来て頂いても、例え雨でも、もしかして風で遊覧船が運休しても、霧で何も見えなくても、十和田湖は素晴らしいです。きっと湖が来られた方々に代え難い時間を与えてくれると思います。この湖にはそういう魅力がある、私も今回の作品のために何度も訪れる機会を得て心からそう思っています。もしも宿泊の際は湖畔を秋田県側の方にいってみたり、十和田神社の方にいってみたりして違った景観を楽しんで下さい。車があれば、展望ポイントに行ったり、大川岱というところにも桟橋があるのでそこからの湖の景色もおススメです。

湖を知れば知るほど、もともと、人を寄せ付けないロケーションに秘められた湖であったことを考えれば、こういう不便さは十和田湖へのアプローチの一部だと今は自然と感じています。そして実は、遥々やって来る感じもこの湖の魅力のひとつなので、ゆっくりめの日程でそこものんびりする口実にして楽しんでみて下さいね。

今回作らせて頂いた作品はその名の通り、湖とその遊覧船のためにかきあげた新作です。芸術祭期間中に18回予定されている全ての便にその時々の発見があるように心から願いつつ、皆様のご来船を心からお待ちしています!

mamoru

また具体的に情報が上がって来たら掲載します!

9月20日更新> 乗船チケットの購入の際に芸術祭パスポートの提示が必要なのですが、乗船チケットカウンターでは今のところパスポートを同時に購入できないので、遊覧船が出る休屋港周辺ですと、隣のビジターセンターか国立公園総合観光案内所(場所は>こちらで確認下さい。)で買う必要があります。朝9時便にのるためにははまだそちらが開いていないこともあると思うので、芸術祭のスタッフがチケットカウンター入り口で販売するという話しもあるのですが、ローソンチケット(Lコード 23793)で購入出来る様なので特に9時便に乗られる場合でパスポートをお持ちでない場合は、事前にそちららら買っておいて下さると安心かと思います!

9月20日更新>
乗船するには芸術祭パスポート又は招待状、それに加えて!乗船チケットを購入して下さい。招待状だけでは乗船出来ませんのでご招待の皆様もご注意下さい!

9月21日更新>
十和田湖畔にもホステルがあるようです。恐らく一番安い宿のような気もします、問い合わせてみて下さい。>こちら

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I would like to inform a little more about how you can access to Lake Towada and my excursion work.

First of all, please do check the schedule of the excursion boat > click here



If you are thinking about taking PUBLIC TRANSPORT, it is very very difficult or the option is quite limited. There is JR bus running from Towada City, but only 1-3 bus a day; There is no morning bus that can arrive before 9:00 boat leaves, and there is no bus going back after 15:30 boat comes back.... so in short, you need to stay a night around the lake, which can be a great opportunity to spend time there ; Yasumiya, Lake Towada is the keyword you can search. (Only Japanese but it may help you; hotels) There is a hostel as well. HOSTEL
But, if your time is tight and cannot stay a night by the lake, I suggest you to rent a car.

When you take a car from Towada City, please take 1h30m at least; if you are coming in mid Oct or arround, there would be a lot of traffic, so take more time. When you reach the lake, the first place is called "Nenokuchi" areat, which is NOT the port my excursion boat leaves. Please drive 15 more min to get to "Yasumiya" area.

You need to have a Festival Passport or invitation letter to purchase the ticket. (The invitation does not include the ticket for the boat) You can buy the Passport at the ticket booth if Fesitval staff is around, but if you are coming for 9:00 boat, I suggest you to get the Pass prior to your arrival. You can buy at LAWSON, the convenience store chain. (you go to the machine, put code number "23793" and that's the pass. It should be 2000yen) There is a visitor center next to the ticket place, you can buy the Pass there as well, but I am not sure if they open before 9:00....

There is a limitation to the number of passenger to be on board, but I think you don't need to be concerned about this too much. My work mainly uses the 3rd floor of the ship, and each ship holds different number of people there. However, even in case of full seats on the 3rd floor, you can still get in if you don't mind being on the 2nd (or 1st in the least case) floor. I don't think this would happen, but even if it does, you can walk up to 3rd floor and be in the deck for sure.

Well....all these may discourage you to come, but I felt urged inform since there aren't much info on the official Web so far about these...

But let me insist that it is worth coming to the lake. It is one of the most beautiful place in Japan. I guarantee you with that. I have been coming to the lake so many times now for research and still be fascinated. Yes, it is far in the woods, so it cannot be convenient. That is a part of beauty of this lake. Regardless of the weather, time, season, etc, even if you miss my work, you will have a great time here at the lake.

I have finished rehearsing with captains and crews of the ship. The composition is finally completed. However. we still need a passenger to make it realized. We welcome you and looking forward to see you on board !

mamoru

soundartist77 at 22:14|この記事のURLComments(0)2013 Lake Towada 

September 15, 2013

遊覧船を知ること and the excursion boat as an instrument.

(Please scroll down for English)
画像1
image: view, this morning, from the window of the house I am staying.

遊覧船を知る

下見の度、作品の構想を得るために何度か遊覧船に乗船し、普段どんな感じなのか体験した上で、実験的に普段とは違うコースを走って貰ったり、操縦の仕方を変えてもらったりした。「遊覧船」というインストゥルメントをさぐり、同時に湖という場所を知るために。

遊覧船と一口に言っても、何隻もある船は大きさも、仕様も異なるため、細かく言えば操縦方法や手順が変わる場面もある。そこから共通項や変化の幅を理解し、整理するだけでも時間がかかる。
イメージを描き、プランを作り、遊覧船を運航している方々と協議しながら、少しずつ出来ることと、出来ないこと、場合によって変わる事、その理由を知っていく。

リハーサル一回目を終えて、あれこれと修正点を洗い出している時に、ふと、この夏、偶然立ちあったひとつのリハーサルを思い出した。
友人の作曲家と、彼女に新曲を委嘱した打楽器奏者は新しい曲のイメージを得るために、楽器の新しい奏法や、普段は使われない様な道具を楽器と組み合わせたりしながら、新しい音色を探していた。私も面白く見学していたのだが「こんな風にしたら面白い音がするかもよ」などと観察を伝えているうちに、「何かやってみて」と、促され、慣れない打楽器に触れ音色を探した。

そういえば「日常のための練習曲」ではそんな事を繰り返してきた。そういう発見が持つ拡がりに興味があるし、そこにも世界を知る興奮がある。「THE WAY I HEAR」と題して、目の前にある風景に耳をすまし、資料をあさり、過去や架空のサウンドスケープにも耳を傾け、それを文字に書き起こしているのも、そこに世界の一端があると感じるからだ。そして私はそれを知りたいと思っている。

「遊覧船」をスタディすることもきっとそうだ。船のスケジューリング、船の仕様、航行上の制約、船の動き、操縦のバリエーション、そこから生まれる動き、音、時間の流れかたを知って行く。観察しているうちに、「こういうふうにしてみたらどうなるだろうか」と発想し、船長さん達の経験と、彼らが身につけている「奏法」と重ね合わす。そこで両者が新しい「響き」を見つける場になる。

今日は2度目のリハーサル。窓の外は雨が降っている、きっとまた違った湖が待っている。

コンポジションの完成まであと少し。

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I have been learning about the excursion boat a little by little from the captains of the ship. I mean they have different types of boats; size, power, etc, and that means there are some differences in the way they operate them. I have to know what is common to make the score for them to be able to "play" the piece with any of the ship. I am not planning or intending to do anything fancy, but I still need to know a lot about the boat and the lake. We made some experiments to test different course for views, different patterns of operation for time feeling and sound. It is truly like studying the "instrument".

After the first rehearsal, I remembered my composer friend's rehearsal that I happened to join this summer. She was commissioned to write a piece for the percussionist and they were experimenting a new ways to create tone colors by combining tools that are not usually used for the instruments. It was very interesting and, as I watched them doing it, I was also getting ideas. Eventually, I was playing the instruments that I have never touched before.

It reminded me that the excitement of knowing objects and behaviors through making "etude for everyday life". Also, the soundscape series "THE WAY I HEAR", to listen to what is surrounding me with my ear and what were there through excerpting "sound" from the documents and images of the past. I am curious about the world I am living in, and these are some ways to know it.

Studying excursion boat; the time schedules, features of the ships, operations, rules on the water, and so on. I make careful observation, and make suggestion to do things slightly different or bring my sound or idea to play. The "composer" and the "instrumentalists" are discovering.

Today, the 2nd rehearsal. I have made some adjustment and reedited my sound. Let's see how it works.

I opened the window.
It is raining.
The lake would look different.

A little more to complete the score.

soundartist77 at 11:35|この記事のURLComments(0)2013 Lake Towada 

September 07, 2013

湖とその遊覧船のための作品 and a listening work at the lake

(Please scroll down for English)
Towada02
Towada lake, June 25th, 18:47

9月21日にオープンする「十和田奥入瀬芸術祭」。十和田市現代美術館やその周辺で展開されるのですが、私は十和田湖にて「湖とその遊覧船のためのコンポジション」という作品を発表します。その名の通り遊覧船を用いた1時間ほどの作品なのですが、乗船中、眼前にひろがる風景や、周りから聞こえて来る音、またそこに積み重なってきた時の流れ、遠い過去からも聞こえてくる/想像できる音の風景を体験してもらえれば、と思っています。

十和田湖は数十万年の時を経て、幾度も噴火を繰り返し出来上がったカルデラ湖。不思議な静寂がそこに満ちています。実は、この夏に北海道で洞爺湖や支笏湖など他のカルデラ湖に出かけて見比べてみたのですが、周囲の地形やアプローチが異なるので当たり前なのですが、本当に全く違う印象で、十和田湖独特の景色と時間の不思議な魅力を改めて感じました。私なりにその魅力を探ってみた結果で着上がった作品になっています。

あまりあれこれ書いてしまうとネタバレになってつまらないので、「THE WAY I HEAR」というシリーズで取り組んでいる、各種資料などから過去の音風景を書きおこす仕事と、遊覧時間をダイレクトに扱うので、パフォーマンスや、音楽的な要素も含まれていて、これまでの実践をフル動員しています。とだけお伝えしておきます!

正直なところ、十和田湖は十和田市内からも遠いですし、今回の芸術祭の会場のなかで最も僻地です、でもその道のりも奥入瀬があったり、山を越えたりと、素晴らしく、何より日本有数の湖とその景観を誇る十和田湖、紅葉へと向かうその姿を見ずして帰るのはもったいなすぎる、そして十和田湖まで来られたなら是非とも私の作品をご鑑賞頂きたいです!ただし遊覧船は主に週末のみで、日によって9時便と15時便があります。どうぞ運行日、運行時間を確実にチェックなさって下さい。

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十和田奥入瀬芸術祭
SURVIVE この惑星の、時間旅行へ

会期:2013.9.21-11.24
会場:十和田湖

特別遊覧船「湖とその遊覧船のためのコンポジション」運行スケジュール


■運航スケジュール
9:00運航
9/22(日)、9/29(日)、10/6(日)、10/13(日)、10/20(日)、11/3(日)、11/10(日)、11/17(日)、11/24(日)
15:30運航
9/23(月/祝)、9/28(土)、10/5(土)、10/12(土)、10/19(土)、11/2(土)、11/9(土)、11/16(土)、11/23(土)

所用時間は約1時間です。
各船の定員は30名を予定しています。予約不要。
天候状況などにより、欠航になる場合もございます。
会期中、通常の十和田湖遊覧船も運航されておりますが。上記の船以外では作品をご覧頂けませんのでご注意ください。


■乗船料
大人1000円、小人500円/中学生以上は大人料金
※乗船チケットは、十和田湖遊覧船ターミナルのみの販売になります。
※mamoru作品の特別遊覧船への乗船には、芸術祭パスポート(2000円)と乗船券が必要です。

■乗船場所
十和田湖遊覧船ターミナル(青森県十和田市十和田湖畔休屋486/ TEL0176-75-2909)

■アクセス
<11月の土曜日は芸術祭パスで乗れるサバイブバスにて十和田湖往復できます!詳しくは芸術祭にお問い合わせ下さい。スケジュールこちら 0176-20-1127>

十和田湖遊覧船ターミナル 
・交通:JRバス「十和田湖」バス停から徒歩3分
・ 駐車場:休屋南駐車場(有料)から徒歩3分

■お子様をお連れのお客様へのお願い
本作品は静かな環境の中でお楽しみいただく作品となっております。お子様もお静かにご鑑賞頂きますようお願い申し上げます。また、他のお客様の鑑賞の妨げとなる場合、一次的に1階席へのご移動をお願いいたします。あらかじめご了承ください。

■運航状況のお問い合わせ 
十和田湖遊覧船運航事務所 TEL 0176-75-2909

■「作品、芸術祭ついてのお問い合わせ」十和田市現代美術館 TEL 0176-20-1127

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I am participating in the Towada Oirase Art Festival that will be opening on the 21st of September. The festival will take place at the Towada City Contemporary Art Museum and other venues around the city, but my work "a composition for the lake and its excursion boat", as the title refers, would be shown at the lake Towada. The work is an hour cruise that people can enjoy the view and the sound of the surrounding, and I am hoping to expose the soundscape of the past as well.

The silence on the lake was the most impressive aspect that I encounter when I first went to the lake Towada, the 3rd largest crater lake in Japan. Towada lake is one of the first lake that became national park in Japan to be preserved. I have actually travelled to Hokkaido, the northern island of Japana, to see 1st and 2nd largest crater lake this summer. The approach to them or the geology of them are so different that I recognized Towada's atmosphere as completely original. So many poets in the past has tried, and now I have made my attempt.

I won't go into too much details until the festival finish, but I can say it includes a apart of "THE WAY I HEAR" which I research documents and reconstruct the soundscape of the past, a type of performance, musical work. All of my practice are put into this work!

To be very honest, the lake is very far even from Towada City. However I guarantee you it would be worth, even the way to the lake, you would pass natural preserved mountain and river called Oirase, and the mountains surrounding the lake will be turning red and yellow. If you are coming to the festival, you must see the lake! and please note my work is scheduled as you see in the following.

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TOWADA OIRASE ART FESTIVAL
SURVIVE, Time Hoppers on the Earth

2013.9.21-11.24
place: Towada lake, Aomori, Japan

special cruise "a composition for a lake and its excursion boat"

■schedule
departure time: 9:00 on the following date
9/22(sun), 9/29(sun), 10/6(sun), 10/13(sun), 10/20(sun), 11/3(sun), 11/10(sun), 11/17(sun), 11/24(sun)

departure time: 15:30 on the following date
9/23(Mon/Holiday), 9/28(sat), 10/5(sat), 10/12(sat), 10/19(sat), 11/2(sat), 11/9(sat), 11/16(sat), 11/23(sat)

The work lasts about an hour and limited to 30 person for each cruise (no reservation).
The cruise may be cancelled according to the weather of the day. Please make sure if you are not sure. TEL 0176-75-2909
There are other excursion boats at Towada lake, however, the ohter boats would not include mamoru's work.

■ticket
adult 1000yen, childen undere age of 12 500yen


The ticket is only available at the Towada lake excursion boat terminal.
You must have the pasport of the Towada Oirase Art Festival and the ticket for the special cruise.

■Place
Towada lake excursion boat terminal
Towada kohan Yasumiya 486, Towada City, Aomori

■Access


Towada lake excursion boat terminal
・from JR Bus, "Towada ko" stop, 3min walk
・from parking: Yasumiya Minami Parking, 3min walk

■Please be noted that the work require you to be quite on the boat. If there is any disturbing noise or children crying, we may ask you to stay in the first floor of the boat in order for the others to appreciate the work better.

■Any question regarding the work, Towada Contemporary Art Museum TEL 0176-20-1127

soundartist77 at 11:00|この記事のURLComments(0)2013 Lake Towada | news