September 16, 2016

オランダからの左折。青山、表参道、再訪。

懐かしい、という言葉がしっくりくるほど馴染んだ街並みでもないのだけど、運良く1年ほどこのあたりにアーティストインレジデンスしていた。その頃に知り合った友人の好意で、またもや運良くこのあたりにロングステイできることになった。早速、何軒かよく知っているお店を訪ねてみた。と言っても、小さな自転車を乗り回し通っていたのはもちろん、ハイエンドにクールでおしゃれでステレオタイプではない、こんなところにこんなお店が、という地に足付いた店。それは好みというよりも生活する実感を得る必要に迫られて。

いつ行っても「あら、mamoruさん!」と言って迎えてくれて、個人的には特に日曜の遅い時間に珈琲もウィスキーも飲めて、相当に音も良くて、その気になれば考え仕事ももちろんできて、海外から帰ったときは「おかえりなさい!」と声をかけくれるとっても素敵なカフェのドアに貼り紙がしてあってつい最近閉店したことを知った。(お疲れ様でした。)

ドアは空いていて中を覗くとテーブルに置かれた「Closed」の看板がまず目に入るという相変わらずの入りにくさをかいくぐり「いるー?」と言うと少し歳をとったけど少年の様な好奇心が溢れかえっているマスターが出てきて「ひさしぶりだね〜」と迎えてくれ「あのもう一人のお兄ちゃんはどうした?」からはじまってノンストップで話し続けることもあってか食べ物持ち込みOKという意味不明で絶対に打ち合わせの際には言ってはならない喫茶店(と言っても結局、珈琲も飲まず1時間くらい話しをほぼ聞いていたただけで帰ったのだが・・・)は1971年から続いていて、観葉植物のプランターがぶらさがりまくった素敵なベランダとともに今も健在だ。

当時、青山でおそらく最安であったはずの中華料理店ではなぜか窯焼きピザがメニューに加わり、気に入っていた大きめの豚まんと酸辣湯みたいなセットメニューはどこかへ消え、餃子が窯で焼かれ不味くなり(個人的な意見です)、飲む人は2時間まででお願いしますというどうやって線引するのかわからないルールがなくなっていて、時間帯のせいもあったかもしれないが客が前ほどあまり忙しく出入りしていなかった。

あの居酒屋にはまだいっていないが、相変わらずビールは薄く感じ(個人的な意見です)、もしかしたらパンクな店員さんたちが減ってたりはするのかもしれないが人の話し声がうるさすぎて結局隣に座った人としか話せない音環境はきっと何も変わっていないだろう。曲がった角のビル2階だかには同じ名前のカラオケ屋があってそちらも異常な安さを醸し出している。店や人と結びついた記憶というのはこうして再訪のたびにアップデートを余儀なくされ、その幅によって懐かしさみたいなものを感じるのだろうか。

あの坂を下ってみる。あの道を曲がってみる。体がロケーションとそこに結びついた自分の行動パターンを結びつけて記憶しているように感じ、時間が経ったにも関わらず身体は感覚で土地を認識できる?そのことの方がむしろ懐かしさなのだろうか、などと考えながら別の友人から借りた自転車であの頃よく行ったスーパーへ買い物に向かっていくがまったくたどり着かない。

「そうそう、このあたりは決まった道以外はできるだけ通らないようにしていたんだった。」

あの頃乗っていた自転車よりは大きめの自転車で車道の脇を走っていた私は左折しようとした瞬間に左腕をのばし、いるのかどうかもわからない後続の車にサインを送った。思わず笑ってしまった。日本でもそういう交通ルールはあったような気もするが、私としてはこれは完全にオランダの習慣。そうか、確かに何かを身に着けて帰ってきたのか。

行為によってあるロケーションに別の土地の記憶を持ち込む・・・

少しだけいま考えている作品と通じるところもあって気になる感覚に思える。よし、特に迷惑でもないだろうからこの習慣は続けてみることにするか。

soundartist77 at 09:38│Comments(0)field notes 

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