September 09, 2018

巨石文化の残響 and I am listening to the prehistory!!

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8月11日のメモより

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台湾東海岸に点在する巨石文化の遺跡などを先史博物館の研究者と見て回る。大方は観光地化されていて正直なところ感じるものはそこまで無い。面白いものとしては、民家の裏庭に忽然と現れたかのように存在する巨大な岩石を利用した石棺。ただこれも周囲に見物用の構造物が組まれており保護されている。

最後に訪れたのは、つい最近まで発掘が行われていたという遺跡で、とある集落の奥から山手に向かって伸びる林道を進み、車をおりて5分ほどあぜ道を行く。
あぜ道と言っても細いわけではなく、2本の轍がくっきりあるところをみるとまずまずの頻度で車も出入りしていたことが想像できる。道端にはプラスチックシートで覆われた何かしらが積み上げられていたり、檳榔の実が入っていたと思われる小さめのジップロックの袋があちこちに落ちていて、運搬作業員だろうか、男達の存在を感じさせる。

少し開けたところに出ると、右手に美しく切り立った山々の連なりと重なりが見える。前方にはやや場違いな雰囲気を放つコンクリート製の貯水タンクがあり目を引くが、人気はまったくない。その奥、一段あがったところには今にも転げ落ちそうに見える大きな岩石があり貯水タンクとは違う意味で風景から突出している。柵に囲まれることもなく、立て看板の説明もない。数千年前の時間と現在とが接続している風景がそこにはあった。

近づいて登ってみると岩の頂上部には疑いもなく人手によるとわかる形の石棺状のくり抜きがあり、その角度や面の精度から金属器によるものと想像される、とのこと。

方位を確認すると石棺の縦軸はやはり南西ー北東のラインに沿っている。

実際にそれが石棺なのか何かの貯蔵施設なのか儀式のための祭壇なのかはっきりしたことはわからないが、ちょうど岩の下のあたりからはドーナツ状に円形のくり抜きがほどこされた例の岩の断片も見つかっており巨石文化の存在が確認される、とのこと。

私は岩を降り、もと来た道を戻ろうとして今一度岩を振り返ってみた。

岩の下に生える一本の木の脇に置かれたように見える檳榔の袋と300mlほどの酒瓶に気づいた。ちょうど誰かがそこに座るのにちょうどよいと思えるような大きさの平たい石もあって、なんとなく海の方を眺めながらここで休憩したか先祖に参ったのか、いずれにせよ先程の散在していたジップロックから感じるのとは違うリアルを感じた。
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メモ:9月8日記す

現在、台湾の東海岸側には先住民系の方々が多く住んでいる。一口に先住民、原住民という言葉では言い表せないほどたくさんのグループがいる。もちろん、もともとは島のあちこちに住んでいたのだが、16世紀以降の外来勢力の入植とともに、多くの先住民グループは東側に追いやられていった。

檳榔は日本語ではビンロウと書かれる事が多いが中文の発音ではビンランになる。台湾のあちこちでこの文字を掲げた看板を見かけるが、特に東側は多い気がする。先住民文化にはゆかりの深いものだからではないかと思う。彼らの神話にも「檳榔を3つ贈り物に・・・」とか「檳榔を捧げた」とかそういう記述がしょっちゅうでてくる。先日、プユマの長老を訪ねた時に土産にもっていった檳榔を自分で噛むはめになったが、体温があがり、少しふわふわと酔ったような感じがした。唾も出てくるのだが、それを飲み込むと気持ち悪くなるかもしれないから吐き出すように言われた。しばらく噛んでいた檳榔を吐き捨てると、ものの数分程度で体の状態は普通になった。なるほど、こんな感じなのか。私の周りにはビンランを噛む人はいないし、話をきいてみても皆たいがい、うまいもんじゃないよ、という感じで勧めない。試した結果、味に関しては正直なところ・・・植物の味としか言いようが無い気がする。平たくいってまずい。だけど長老いわく、これのおかげで冬も寒くないし健康なんだ、と。

ここ卑南を植民地時代初期に訪れた日本人考古学者達の多くは人類学、民族学に通じた研究者が多く、彼らは先史時代の生活を想像する手がかりの多くを様々な先住民グループに残る生活様式や神話などに求め島全域を可能な限り踏破し調査をすすめた。彼らも檳榔を土産に長老達を訪ねて、一緒に噛んだりしただろうか。

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