森山良子さんの澄んだ美しい歌声で有名な 思い出のグリーングラス これは元は イギリス人歌手 トム・ジョーンズ (Tom Jones) が歌った歌です ‘60年代後半の大ヒット曲です
原題は Green Green Grass of Home


歌詞は こちら です 
因みに 森山良子さんの歌った歌詞は こちら で中身は似て非なるものになっております

故郷の街並みは昔と同じ
列車を降りると 両親が迎えに来てくれている
通りを走ってくるメアリーが見える
金髪でさくらんぼのような唇の
故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ
そうなんだ 皆が迎えに来てくれる
両手を差し伸べて 優しく微笑みながら
故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ

古い家はまだちゃんと建っている
壁は干からびてひび割れてはいるけれど
そして 僕が遊んだあの古い樫の木もある
愛しいメアリーと一緒に小道を歩くんだ
金髪でさくらんぼのような唇の
故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ

そして僕は目覚める 辺りを見回してみる
僕は灰色の壁に囲まれている
そして気づくんだ そうなんだ 僕は夢を見ていたんだ と
看守がいるし 悲しそうな顔をした年老いた牧師がいる
夜明けには 腕を掴まれ歩くんだ
それから僕は故郷の緑に触れることになる

そうなんだ 皆が僕に会いに来るんだ
あの古い樫の木陰のところに
皆は僕を故郷の緑の下に横たえるんだ


もうおわかりですね 
これは死刑囚の歌なのです

なかなかずしりと重い曲です
トム・ジョーンズは さすが〜 というほど上手いですね
表現力も素晴らしいです
特に 目覚めた時の語りの部分が本当に上手です

この歌には 色々な歌詞のバージョンがあるようですが とりあえず映像で歌われているもので訳してみました 因みにこれは元は他の歌手が歌ったもので トムはそれをカバーしたのです
いつものように私見を交えた意訳になっております

さて 英語ですが

there to meet me is my Mama and Papa

there is my Mama and Papa to meet me

の組み換えですね
there is 構文の時 be 動詞のすぐ後ろが単数形の場合 それに引きずられて その後に何かがきて日本語で考えますと複数になる場合でも be 動詞は is になります

Down the road I look and there runs Mary hair of gold and lips like cherries

これは学校文法で組み替えると却ってややこしくなります
詩ですからね
これは I look down the road / Mary runs down the road どちらとでも取れますね
細かく考えれば and が間にありますから I look down the road が正解なのでしょうが
わたしは個人的には 意味から考えると Mary runs down the road の方だと思っております
この down を 自動詞 look に目的語を取らせるための前置詞と捉えると 下に ということになり意味がおかしくなります この down は the road についていて ・・・を通って の意味と捉えるのが良いように考えております こういうのって感覚の問題ですが まあ 歌詞の場合そんなに文法云々に拘っておりますと ワケワカラン になることがございますから ここは深く考えないことにします 
要は メアリーが道を走って来ているのが見えているのです そして彼女の容姿が描写されております 因みにこの there にはなんの意味もありません ただ注意を惹きつけるために使われる用法です 例えば There goes the bell. (ほらベルが鳴ってるよ) そしてこの用法では 主語が代名詞の時には倒置はされず There he comes. (ほら彼が来たよ) のようになります。
この there につきましては 10月12日の ∴★ Fountainhead のちょっとだけ英語講座 #26 ★∴ でも書いておりますので お暇がおありでしたらお読みくださいませ (二つ記事がございますので 下スクロールで二番目の記事をご覧くださいませ)

arms reaching この二語の間に a が聞こえる方もおありかもしれませんが 語呂合わせ とか 口調を合わせるみたいなもので なんの意味もありません

tho' = though の省略です

there's that old oak tree I used to play on

there's that old oak tree that I used to play on
と歌っております

Down the lane I walk with my sweet Mary

I walk down the lane with my sweet Mary
下が普通の語順です
 
第2パラグラフ(段落)の Yes 以下の2行は歌われておりません

語りの部分ですが

at four grey wall surround me

at four grey walls that surround me

ですね これが文法的にも正解ですし トムもそのように歌っております
因みにこれを書き取ったのは イギリス人か或いは英英語を勉強した人だと思います
灰色が grey と綴られておりますので (参考にした歌詞カードがそうなっているのかもしれませんが)
アメリカ英語では gray になります
この最初の at に疑問をもたれる方もおありになるかと思いますが わたしは これは look が省略されている と捉えております
つまり 周りを見回すと四方に灰色の壁が見える のです 
すなわち 独房 です

I realize that I was only dreaming

ここの部分は 元はこの歌詞だったのではないかと思うのですが 映像では that を省いて yes と歌っております

For there's a guard and there's a sad old padre

For, you see, there's a guard and there's a sad old padre

上が元の歌詞なのですが この映像では あたかも聞いている人が見ているかのごとく わかるだろう 看守と牧師が居るんだから と歌い 臨場感を盛り上げております
この辺りがトムの上手いところですね
因みに padre は 元はスペイン語だと記憶しているのですが father のことです
発音は pa:dri/pa:drei ですが トムは pa:drei と発音しておりますですね
英英辞典を引きますと この言葉 特に軍隊で使われているようです
ですから 深読みをするなら 戦争で相手方に囚われて処刑されるのを待っている とも取れますね

arm in arm we'll walk at daybreak

これも we'll walk arm in arm at daybreak を入れ替えてあります
ここですが arm in arm の代わりに on and on と歌っているものもあるようです その場合は ずっと歩いて行く 或いは どんどん歩いて行く という意味になります つまり死刑台に行くまでの歩く時間の長さを表現している とても言うのでしょうか 本当はそんなに遠い所ではなくても そう感じてしまう のです

Again I touch the green, green grass of home

Then I'll touch the green, green grass of home

このように歌っております 元は again だったと思うのですが ここでは変えて歌っております
それからこちらの歌詞 未来形にならないとおかしいのですが 書き取った人がミスをしたか聞き取れなかったかしたのでしょう

Yes, they'll all come to see me in the shade of that old oak tree

ここってなんでもないことのように見えるのですが はじめ meet で 迎えに来る を使っているのに 同じ 会う でも 見る という意味を含んだ言葉を使っております
つまり 彼はもうこの時点で亡くなっているのです

neath これは beneath の前の be が落ちたもので 正しい表記は‘neath になります

改めて聴いてみますと この曲は暗〜い歌ですね
訳してみて はぁ〜 と溜息が出ました
可哀想かと問われれば可哀想でもあり でも死刑になるということはそれなりのことをしたわけで 犠牲者がいるのですから・・・

これはひょっとして 死刑廃止を唱えるメッセージソング なのでしょうか それとも 死刑についてもっと考えてみましょうよ と呼びかけているのでしょうか 

或いは padre から考えて 戦争に行き捕虜となり処刑されることの不条理にかけた反戦歌なのでしょうか まあ戦時に相手方の捕虜を処刑するのに 牧師をつけたりはしないでしょうし処刑された後故郷に遺体が帰ることもないので これはないかな と思うのですが でも やたら故郷を思い出し帰りたがっている 罪の意識がどこにも示されていない 歌が作られたのがベトナム戦争中の‘60年代 そして作ったのがアメリカ人 ということから 遠く離れた地で意味無く処刑される捕虜の無念さを表しているのではないか とか考えてしまったりします 深読み人のわたくしめは

いずれにしましても考えさせられる歌ですね